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「冠詞」「線過去」「確認性」「性」「アスペクト」

1 :名無し象は鼻がウナギだ!:2001/07/20(金) 03:10
外国語を習うとき、日本語の文法に無い概念って苦労します。。

僕が苦労しているものを挙げると、、

冠詞
 簡単そうでややこしい。英語は何とかできる
 が、英語の感覚でスペイン語の冠詞を使うと失敗する

「線過去」
 和訳すると過去進行形と同じ

「確認制」
 日本語にも過去にはあった
 現在もあれば、政治はとてもクリーンだし、SEの仕事もはかどるだろう

「性」
 なぜ無生物に性別の概念を取り入れたのか。。

「アスペクト」
 相。ロシア語はこれで挫折しました。

*英語がデフォルト地球語でよかったです。いやマジ

474 :名無し象は鼻がウナギだ!:03/09/25 13:31
>>437
seiはseinの接続法現在、wäreは接続法過去だったっけ?

475 :名無し象は鼻がウナギだ!:03/09/25 15:14
>>474
そう。接続法第一式、接続法第二式とも言う。
主に接続法第一式(現在)は伝聞。接続法第二式(過去)は非現実に用いるが、
本来的には内容責任を話者に帰属させないための用法。

伝聞ではない場面で接続法一式を使うと、
日本語では「〜らしい」「〜だそうだ」「〜のようだ」「〜と主張されている」「〜という」「〜かもしれない」
などと訳出される。
論文や記事などで自己の意見と異なる他人の意見を紹介するときに使われるのをよく目にする。

接続法二式は非現実をあらわす。
Hätte ich Geld, würde ich eine Weltreise machen.^
「お金があれば、世界旅行するのになぁ」というようなオーソドックスな非現実の仮定から、
Deutschland ist zu weit, als dass ich da besuchen würde.
「ドイツは訪れるには遠すぎる」(=実際にはドイツを訪れない)
というような文章にも使われる。

476 :名無し象は鼻がウナギだ!:03/12/17 01:56

呼んだ?

http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1070541487/

477 :名無し象は鼻がウナギだ!:03/12/24 09:23
>>461
JEAL 12-3:259-331

478 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/03 06:22
>>376
> ……主節のあらわす時を基準にして,連体修飾説や他の従属節中において,
> タ形はそれより「以前」,非タ形はそれより「以後」または「同時」をあら
> わすと解するばあいにはそれを相対的テンスと呼び,発話時を基準とした
> 「過去」「現在」「未来」をあらわす絶対的テンスと区別することになる。
>  しかし以上のように考えると,英語にみられるような時制の一致をもたな
> い日本語では説明しがたい点が生じる。たとえば,
>   定刻では午前10時に到着する列車が,遅れて午後になってついた。
> では,「到着する」という非タ形は予定の意をあらわしているが,主節との
> 前後関係を考えることはできない。
この場合、「午前10時に到着する」ことが事実だった蓋然性は零だから、現実の時である発話時からも主節時からも、前後関係を考えられないのは当たり前の話。
"I wish I were a bird." における "were" が、発話時=主節時に対して以前か同時か以後かと問うても無意味なのと同じだ。

479 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/07 03:59
>>478
『日本語百科大事典』204頁以下(紙谷栄治執筆)より例を追加。

a.(この問題が)できる人は帰ってよろしい。
b.(この問題が)できた人は帰ってよろしい。


480 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/07 04:14
>>478
>この場合、「午前10時に到着する」ことが事実だった蓋然性は零だから、

いや、少なくとも午前10時までは定刻通り到着する蓋然性が“あった”はず。

481 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 00:57
>>479
> a.(この問題が)できる人は帰ってよろしい。
> b.(この問題が)できた人は帰ってよろしい。
発話時と同時または発話時以後において、だれかにこの問題ができる蓋然性はあると、話者はふつう思っているはずだ (そうでないと教師は困る)。
だから、a は発話時基準 (絶対テンス)、b は主節時基準 (相対テンス) でいいんじゃないの?

>>480
> 少なくとも午前10時までは定刻通り到着する蓋然性が“あった”はず。
それを言いたいなら「到着するはずだった」となるのでは?
文脈上、明らかに発話時より前、かつ主節時より前であるべき事態が非タ形で表されている場合は、その事態が実現しなかったという印だ。

482 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 01:32
>それを言いたいなら「到着するはずだった」となるのでは?

と、ばかりは限るまい。

定刻では午前10時に到着する列車が,遅れて午後になってついた。
定刻では午前10時に到着するはずだった列車が,遅れて午後になってついた。
定刻では午前10時に到着するはずである列車が,遅れて午後になってついた。
定刻では午前10時に到着するはずの列車が,遅れて午後になってついた。


483 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 01:38
>>481
b.(この問題が)できた人は帰ってよろしい。

これは、誤記。『日本語百科大事典』から正しく引用すると――

b.(この問題をといてみて)できた人は帰ってよろしい。

「できた」は主節時基準の過去かあ? タ形だけど未来だぜ?

484 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 02:48
>>482
> 定刻では午前10時に到着する列車が,遅れて午後になってついた。
> 定刻では午前10時に到着するはずだった列車が,遅れて午後になってついた。
> 定刻では午前10時に到着するはずである列車が,遅れて午後になってついた。
> 定刻では午前10時に到着するはずの列車が,遅れて午後になってついた。
三つ目は言いにくく感じる。
最初と最後は、「定刻に着かなかった」という意味が強く出て、午前10時までは定刻に着く蓋然性があったという意味は、あまり感じられない。

>>483
> b.(この問題をといてみて)できた人は帰ってよろしい。
>
> 「できた」は主節時基準の過去かあ? タ形だけど未来だぜ?
「帰ってよろしい」時よりは前だから、発話時よりあとでもタ形をとる。

485 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 10:10
>>484
>最初と最後は、「定刻に着かなかった」という意味が強く出て、
そんな感じは全然しないけど。
二番目の「するはずだった」に引っ張られすぎでは。
まあ感じる感じられないは個人差もあるしなあ、決着つかないよ。

486 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 10:43
>>485
いずれにしても、過去のことなのに「到着する」の所で非タ形が使われているから、

・定刻では午前10時に到着する列車が、ホームに入って来た。

と言えば、十中八九定刻どおりじゃない。延着または早着している。

487 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 10:49
では早着の場合。

・定刻では午前10時“迄”に到着する列車が、ホームに入って来た。

この時点で、午前九時五十九分現在だとしたら如何。

タ形を全て過去と見做すのは無理がありますよ。


488 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 11:18
>>487
> ・定刻では午前10時“迄”に到着する列車が、ホームに入って来た。
>
> この時点で、午前九時五十九分現在だとしたら如何。
この場合は、まだ定刻どおりに到着する蓋然性があるから、発話時以後と見ても主節時以後と見てもよい。

> タ形を全て過去と見做すのは無理がありますよ。
基準時以前だというだけで、必ずしも発話時以前ではないのだが。

489 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/08 16:17
>>488

タ形の議論で前から気になってたんだが
本来は過去と言うより完了の標識であるもの、
あるいは出来事を既成のものと捉えるモダリティ標識が、
結局過去を表しているだけ、ということはないの?
それともこの種の本質論は意味を為さない?

そもそもの疑問として、過去とか非過去とかいう西洋文法的な時制概念を
そのまま日本語文法にあてはめるのは妥当なの?


490 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/09 00:40
>>489
同感ですが、その辺は>>236以下で論議になりました。結論は……
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/gengo/995566202/236-

491 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/09 22:50
>>489
> タ形の議論で前から気になってたんだが
> 本来は過去と言うより完了の標識であるもの、
「過去 (基準時以前)」と「完了」の違いが、満足に説明されたためしがない。

> あるいは出来事を既成のものと捉えるモダリティ標識が、
> 結局過去を表しているだけ、ということはないの?
反例に瞬殺されるだろう。

> そもそもの疑問として、過去とか非過去とかいう西洋文法的な時制概念を
> そのまま日本語文法にあてはめるのは妥当なの?
「西洋文法的な時制概念」というものは存在しない。
例えば、英語とフランス語とロシア語とでは、それぞれのテンスは互いに性質を大きく異にする。

>>490
結論は >>296 あたり。

492 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/14 01:53
プゲラ

493 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/16 01:47
「 定刻では午前10時に到着する」
というのは“習慣”を表しているから発話以前でも「する」を使ううんじゃなくて?




494 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/19 13:53
a

495 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/21 09:56
>>493
それも十分ありうる解釈だと思うが、ここに来る語感の鈍い人たちはなかなか認めない。
議論は >>378- 。

496 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/01/21 13:09
「予定では午前10時に到着する」なら?


497 :493:04/01/24 02:25
>495
なるほど。語感のちがいっていうのは大きな壁でもありますね。

>496
それも話者の経験に裏打ちされた事なら「習慣」という解釈ができると思います。
また、初めて乗る列車だったとしても、その「予定」であるということを、
(時刻表等で)既知であるなら話者にとっては初経験でも、
その列車が習慣的に午前10時に到着することを認識しているのですから、
同様に解釈できると思います。


498 :借訓:04/02/03 19:21
>493
僕もそう思います。
そもそも、連体節でも、普通名詞につくか、形式名詞につくかで、φ形(何もつかない形ね)
とタ形の表す文法的意味は変わってくると思うんだけど。

はじめて来たので、自分がどういう考えを持っているかということを少し。
僕は、主節だろうと従属節だろうと、φ形とタ形の基本的なはたらきは変わらないと思います。
 φ形:未完了
 タ形:完了
野村剛史「存在の様態―シテイルについて―」(『国語国文』72−8)が述べるように、
究極的にはこれでいいと思ってるんですけど。
まぁ、反例がないわけではなく、
 ○飛行機でアメリカに[行ったとき]、機内で[吐いた]。
 ※「行く」という動作が完了する前に、「吐く」という動作が完了している。
 ○エベレストに[登るとき]、山頂に国旗を[立ててくれ]。
 ※「登る」という動作が完了した後で、「立てる」という動作が完了する。
なんてのは、原則に反しているわけなんだが。

499 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/03 20:23
>>498
> 僕は、主節だろうと従属節だろうと、φ形とタ形の基本的なはたらきは変わらないと思います。
>  φ形:未完了
>  タ形:完了

*きのうの朝の段階では、午後彼に会う。
*あしたの 3 時ごろ、その仕事は終わっただろう。

上のようなのが言えないからダメ。(>>410)

500 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/03 20:41
横レスだが

> *きのうの朝の段階では、午後彼に会う。
> *あしたの 3 時ごろ、その仕事は終わっただろう。

これは「タ」が完了であるという主張を否定するcrucialな根拠にはならないだろう
主節の「タ」は発話時現在が基準時になる、といえばそれまでの話だから



501 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/03 21:03
>>500
> 主節の「タ」は発話時現在が基準時になる
発話時現在を基準時とする「完了」と、「過去 (以前)」とは、どこが違うのか。

502 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/03 21:15
さあねえ、あんま変わんないんじゃない?
強いて言えば「過去」「非過去」は時間直線に視点を置いたものの見方で
「完了」「未完了」は出来事に視点を置いたものの見方って感じがするけど
経験的な違いがあるのかどうか

503 :借訓:04/02/07 14:21
>>501
>>発話時現在を基準時とする「完了」と、「過去 (以前)」とは、どこが違うのか。

発話時から見て未来に相当するデキゴトもタ形で表すことがあるので、「過去」
とすると、わざわざ「相対的テンス」というカテゴリーを設けないといけないので、
「完了」とした方が述語が少なくて済む。僕が「完了」とする理由は、ただその一点のみです。
特に「完了」という述語にこだわりがあるわけではありません。「既然」でも「実現」でも、
呼称は何でもよいです。「過去」とか「以前」のように、時間軸に定位させてしまう
ような呼称でなければ。「完了」という述語がポピュラーなので使っているだけでして。

504 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/07 15:02
>>503
> 発話時から見て未来に相当するデキゴトもタ形で表すことがあるので
「ことがある」ではダメ。「完了」は時間軸にかかわらない概念のはずだから、タ形が「完了」を表すというのなら、未来のデキゴトであっても「完了」していれば、「常に」タ形で表されなければならない。

505 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/07 16:47
> 「完了」とした方が述語が少なくて済む。

「過去」と「完了」と呼び分けるか
「絶対的過去」と「相対的過去」と呼び分けるかで
術語が多くなったり少なくなったりというのは特にないように思うが

506 :借訓:04/02/07 17:11
>>505
僕の文章はとても分かりにくいですね、改めて読みかえすと…。
相対的テンスを認める立場では、テンス・アスペクトというカテゴリー以外に、
新たに相対的テンスというカテゴリーを設けなければならない、という意味です。
相対的テンスと呼ばれているものは、アスペクトと考えれば済みますので。

507 :借訓:04/02/07 17:21
>>504
>>「ことがある」ではダメ。「完了」は時間軸にかかわらない概念のはずだから、
 タ形が「完了」を表すというのなら、未来のデキゴトであっても「完了」してい
 れば、「常に」タ形で表されなければならない。

タ形で表すことができない未来における完了したデキゴトは、テイル形が表します。
つまり、タ形とテイル形が完了というカテゴリーを相補分布しているのです。
 ○*明日の今頃には[書き終わった]よ。
         ↓
 ○明日の今頃には[書き終わっている]よ。
反例を安易に「例外」として処理するのは問題外ですが、こうした処理ならOKでは?

508 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/07 17:32
「タ」と「テイル」が相補分布であるならば
「シテイタ」はどう考えるんだ

509 :借訓:04/02/07 17:36
改めて>>498を読むと、テンスはないと主張しているように見えますね。
 ○*明日、パリに着いた。
 ○*来年の今頃、モスクワに行った。
が言えないことから、主節にテンスがあるのは明らかです。
各語形のテンス・アスペクトは、次のようになると思います。

     (テンス)(アスペクト)
  φ形   非過去   未完了
  タ形   過去    完了
 テイル形 非過去  未完了/完了
 テイタ形  過去  未完了/完了

テイル形・テイタ形をここに含めていますが、僕は奥田靖雄氏らが
提唱するような、単なるアスペクト形式ではないと思います。
金水敏氏や野村剛史氏がいうところの「状態化形式」というのが、
一番しっくりくると思います。その名の通り、動作を状態化させる形式。

510 :借訓:04/02/07 17:43
>>508
>>509を参照下さい。
非常に安直ですが、単純にテイル形の過去形と考えています。


511 :借訓:04/02/07 17:51
古代語の場合、
 テンス形式  :「φ」「キ」(「ケリ」は問題が多いので除く)
 アスペクト形式:「φ」「ツ」「ヌ」「タリ・リ」
と、ある程度はっきり分かれてますが、現代語の各形式は、
テンス・アスペクトの両方を担っていると考えます。
時間形式は、中世で「タ」に収斂され、体系もその時に大きく変わったのだと。

512 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/07 20:20
>>509
> 金水敏氏や野村剛史氏がいうところの「状態化形式」というのが、
> 一番しっくりくると思います。その名の通り、動作を状態化させる形式。
同意。だから、こう考えればいいんだよ。

     (テンス)(アスペクト?)
  φ形   非過去   動作
  タ形   過去    動作
 テイル形 非過去   状態
 テイタ形  過去    状態

「完了」とか「未完了」とかいう、ややこしいものは要らないだろ。

513 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/07 20:52
     (テンス)(アスペクト?)
  φ形   非完了   -
  タ形   完了    -
 テイル形 非完了   状態化
 テイタ形  完了    状態化


514 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/07 21:24
とすると「テイル/テイタ」の「テ」が「状態化」を司っているわけですね

515 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/07 22:14
「テ」と「タ」は同じじゃねーの?
少なくとも語源的には

516 :借訓:04/02/08 12:31
>>512
「動作」と「状態」というのが、日本語のアスペクト?の根本ということでよいと思います。
ただ、やはりφ形とタ形の対立はあるので、細かく見れば、「未完了」と「完了」ではないか、と。
難しい問題ですね、φ形とタ形の対立の問題は。「ムードのタ」(「あっ、今日は会議だった!」などの「タ」)
なんてのもありますしね。

>>514
「テイル」全体で文法化してますから、別に「テ」が司っているということはないかと。

>>515
「テイル」の「テ」は、古代語のアスペクト形式「ツ」のいわゆる連用形ではないかと。
「タ」は「タリ→タ」ですから、語源的には違うかと。
ただ、語源論は100%推論の域を出ませんから(語源関連の本も、ほとんどインチキまがいですし)、
これ以上は何とも言えません。

517 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/08 16:14
「タリ」は「テアリ」なんだから、結局同じだろ
勿論、推測の域を出ないが

518 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/08 18:09
>>513
>  テイタ形  完了    状態化
「状態」が「完了」するというのはおかしい。「私は30分前にはもうここに坐っていた」: 発話時現在も坐っている。「完了」していない。

>>516
> ただ、やはりφ形とタ形の対立はあるので、細かく見れば、「未完了」と「完了」ではないか、と。
基準時点が決まったうえでの「未完了」 「完了」は、結局、「非以前」 「以前」と変わらないから、テンスになってしまう。
基準時点が発話時現在である場合のみをテンスと呼ぶという態度は、実は、ものすごい英語コンプレックスだ。英語は事態を常に発話時現在から計測したがるからね (時制の一致)。

519 :借訓:04/02/09 09:07
>>517
昨日、帰りのバスでふとそれに気付きました。
全くその通りです、すいません。

>>518
 ○あの時君は[若かった]。
 ○しまった、今日は10時から[会議だった]!
などもあるので、「完了」というのはやめた方がよいかもしれませんね。
昨日読んだ論文で、どなたか(失念)が「確述」(話し手にとって、確かなデキゴトの叙述)
とおっしゃってました。「完了」とか「過去」とか言っているが、根本的なはたらきは
そうなのだ、と。ふむ、なるほど、言われてみれば、確かにそうかも、と感心しました。
この「確述」っていうのはどうでしょうか?相当アバウトですが。

520 :借訓:04/02/09 09:10
しかし、そうなると、きっちりとしたテンス・アスペクト体系を日本語で
構築するのは不可能(ってか無意味)ということにもなりかねないので、
少し寂しい気もしますが。

521 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 11:55
>>519
> この「確述」っていうのはどうでしょうか?相当アバウトですが。
これもよくある意見だが、「しただろう」 「したかもしれない」 「したらしい」では、タ形が使われていても「確述」なんかしていないから、全然ダメ。

522 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 15:51
それは言い方の問題だな
「しただろう」とかの類で問題になる確、不確と
「た」に関して問題となる確、不確は別のものだろう

まあ、どのみち、あまりいい言い方ではない、ということだろうが

523 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 16:58
>>522
> 「しただろう」とかの類で問題になる確、不確
「11月には米大統領選挙が {行われる/*行われるだろう}」: 非タ形が使われていても「確述」。
タ形/非タ形の対立と、「確/不確」とは関係がない。

> 「た」に関して問題となる確、不確
それを「以前/非以前」、すなわちテンスという。

524 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 17:55
「確述」はたしか森田良行の用語だったかと。

525 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 18:00
とても気になるのですが・・・

http://page8.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h5903288

526 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 18:04
>>523

だから、それを言い方の問題と言ったのだが…

坊やには難しかったかな?

527 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 19:57
>>526
文法記述は「言い方」がすべてなんだが。

528 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/09 21:25

 え っ え っ そ う な の ! ?

529 :借訓:04/02/14 14:52
>>524
ありがとうございます。

>>521
>これもよくある意見だが、「しただろう」 「したかもしれない」 「したらしい」では、タ形が使われていても「確述」なんかしていないから、全然ダメ。

森田氏が言うところの「確述」は、「実現」に近い意味だと思います。
それと、「しただろう」の文構造は、

 ○[[した(=実現)]だろう(=推量)]

なので、確述していないということはありません。
「ダロウ」が、なぜ終止形接続なのかを考えれば、すぐに分かることです。
また、「確述」と考えれば、タ形で未来のデキゴトを表す現象も説明できます。

 ○明日雨が[[降った(=実現)]ら(=仮定)]、行くのは止めときます。

ちなみに、「降ったら」と「降るなら」の差は、

 降ったら:発話の時点では、まだ行く可能性も残っている(つまり、行くか行かないかは、雨次第)。
 降るなら:発話の時点で、すでに行くことを断念している。

です。次のように、

 ○明日雨が{降るなら/*降ったら}、もう、行くのは止めときます。

副詞「もう」の許容の可否から分かります。
長くなってすいません。

530 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/14 19:29
>>529
> 森田氏が言うところの「確述」は、「実現」に近い意味だと思います。
> それと、「しただろう」の文構造は、
>
>  ○[[した(=実現)]だろう(=推量)]
>
> なので、確述していないということはありません。
> 「ダロウ」が、なぜ終止形接続なのかを考えれば、すぐに分かることです。
では、「するだろう」の文構造は、「[する (=未実現)] だろう (=推量)」ということか?
「5 年後には夢が実現するだろう」というのは、まだ実現しないことを推量するのか?
こういう考え方は根本的におかしい。

> また、「確述」と考えれば、タ形で未来のデキゴトを表す現象も説明できます。
>
>  ○明日雨が[[降った(=実現)]ら(=仮定)]、行くのは止めときます。
その「ら (=仮定)」という形態素は、どうやって認定したの? 「たら」以外に「ら」が現れる場合はあるの?
ほかに使い道のない形を、形態素とすることはできないよ。

> ちなみに、「降ったら」と「降るなら」の差は、
>
>  降ったら:発話の時点では、まだ行く可能性も残っている(つまり、行くか行かないかは、雨次第)。
>  降るなら:発話の時点で、すでに行くことを断念している。
>
> です。次のように、
>
>  ○明日雨が{降るなら/*降ったら}、もう、行くのは止めときます。
>
> 副詞「もう」の許容の可否から分かります。
「降るなら」は、ほとんどの場合、「降るのだったら」と言い換えることができる。
「降ったら」の「たら」と、「降るのだったら」の「(だっ) たら」とは、おそらく同じ形態素だ。
だから、「降るなら」 (≒「降るのだったら」) の意味は、「降ったら」の意味よりも、何らかの要素が多いと推測される。
こういう場合、「降ったら」と「降るなら」との関係は、範列的 (paradigmatic) でない蓋然性が大きい。すなわち、簡単に対比することはできない。

531 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/19 22:54
古いですけど、
>>303 で紹介されてるものを皆さん読まれましたか?
リンクが変わったようなので、載せておきます。

http://www.jomon.net/nihongo/nihongo.html
 我々日本語を母語とする者は、スルとシタの間にまっすぐな境界線を引い
ているはずである。それはテンスの境界線とアスペクトの境界線とを別々に
引いてい るのでもなく、単にスルとシタの境界線を引いているのである。

532 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/19 23:55
宣伝ご苦労さん

533 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/25 19:38
テンス、アスペクトというカテゴリーが絶対の前提になるのがおかしい
という見方はあって当然だと思います。
前提が正しければこんな混乱はないはずですからね。

534 :借訓:04/02/26 22:04
書き込みが遅くなりました、申しわけありません。

>>530

>では、「するだろう」の文構造は、「[する (=未実現)] だろう (=推量)」ということか?
>「5 年後には夢が実現するだろう」というのは、まだ実現しないことを推量するのか?
>こういう考え方は根本的におかしい。
未来のデキゴトなので、「まだ実現しないことを推量する」ことに問題があるとは思いませんが。
ではなぜ、

 ○*5年後には、夢が[実現しただろう]。
 ○*明日は雨が[降っただろう]が、それでも試合は行います。

とは言えないのでしょうか。

>その「ら (=仮定)」という形態素は、どうやって認定したの? 「たら」以外に「ら」が現れる場合はあるの?
>ほかに使い道のない形を、形態素とすることはできないよ。
確かに、おっしゃる通り、「たら」を「た」と「ら」に分けるのはおかしいです。
便宜上、そうしただけであって(逆に分かりにくかったようですが)、形態素で分けたわけではありません。

 ○明日雨が[降ったら(=実現・仮定法)]、行くのは止めときます。

とするのが適当だったでしょうか。

>「降るなら」は、ほとんどの場合、「降るのだったら」と言い換えることができる。
>「降ったら」の「たら」と、「降るのだったら」の「(だっ) たら」とは、おそらく同じ形態素だ。
>だから、「降るなら」 (≒「降るのだったら」) の意味は、「降ったら」の意味よりも、何らかの要素が多いと推測される。
>こういう場合、「降ったら」と「降るなら」との関係は、範列的 (paradigmatic) でない蓋然性が大きい。すなわち、簡単に対比することはできない。
もう少し詳しく説明してもらえますか。正直、これだけではよく分かりません。

535 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/27 00:58
>>534
> 未来のデキゴトなので、「まだ実現しないことを推量する」ことに問題があるとは思いませんが。
> ではなぜ、
>
>  ○*5年後には、夢が[実現しただろう]。
>  ○*明日は雨が[降っただろう]が、それでも試合は行います。
>
> とは言えないのでしょうか。
ということは、「実現する」 「降る」が「未だ実現しない」なのは、発話時現在においてであって、「5 年後」 「明日」においてではない、ということだよね?
すると、「未実現」と「未来 (=発話時以後)」とはいったいどう違うのか、という問題が起こって来る。

> 確かに、おっしゃる通り、「たら」を「た」と「ら」に分けるのはおかしいです。
> 便宜上、そうしただけであって(逆に分かりにくかったようですが)、形態素で分けたわけではありません。
>
>  ○明日雨が[降ったら(=実現・仮定法)]、行くのは止めときます。
>
> とするのが適当だったでしょうか。
「実現」が発話時現在におけるものなら、上の例は言えないはずだ。「*明日雨が降っただろう」とは言えないのだから。
「実現」が発話時現在におけるものでなく、「明日」におけるものであるなら、上の例が言えるのと同様に、「*明日雨が降っただろう」も言えるはずだ。

> もう少し詳しく説明してもらえますか。正直、これだけではよく分かりません。
「降ったら」と「降るのだったら」との関係が、「『降っ・たら』+α=『降る・のだっ・たら』」のようなものだということは、わかるよね?
で、「『降るのだったら』≒『降るなら』」が成り立つから、「『降ったら』+α≒『降るなら』」も成り立つことになる。
「降ったら」に何かの意味要素を足せば、「降るなら」に近くなるということだ。
「降ったら」と「降るなら」とを対比させるのなら、その「+α」を明らかにする、という方向でなければならない。

536 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/27 11:20
>>533
テンス、アスペクトなんて現行パラダイムの便宜的なものでしょう。
原理はほかにあるという531(のリンク先)は力強いと思われ。

537 :借訓:04/02/27 11:28
>>534

>ということは、「実現する」 「降る」が「未だ実現しない」なのは、発話時現在においてであって、「5 年後」 「明日」においてではない、ということだよね?
>すると、「未実現」と「未来 (=発話時以後)」とはいったいどう違うのか、という問題が起こって来る。
「未実現(未然なり未完了なり、術語は何でも可)」と「未来」は、どちらか一方しか成り立たないということではないと思いますよ。
「未来」に生起するから「未実現」なのだし、発話の時点で「未実現」だから「未来」に生起する。
寺村秀夫氏は、タ形には、「完了」の場合と「過去」の場合があるとしたが、両者を分立させる必要は、そもそもない。

 ○晩ご飯はもう[食べた]。
 ○三年前、京都に[行った]。

前者は「完了」、後者は「過去」とよく言われるが、どちらも発話時以前(つまり「過去」)において
実現された(つまり「完了」)デキゴトであるのだから。

>「実現」が発話時現在におけるものなら、上の例は言えないはずだ。「*明日雨が降っただろう」とは言えないのだから。
>「実現」が発話時現在におけるものでなく、「明日」におけるものであるなら、上の例が言えるのと同様に、「*明日雨が降っただろう」も言えるはずだ。
確かにその通りです。僕が考える「実現/未実現」は、発話時基準で判断しているので、これはおかしい。
ただ、

 ○??雨が[降れば]、行くのは止めときます。

とは普通言わない。古代語では、「雨降らば…」とか言ったのでしょうが。
これはなぜか、今考えているところです。まとまってなくてすいません。

538 :借訓:04/02/27 11:29
訂正
×>>534
 ↓
>>535

※続き

>「降ったら」と「降るのだったら」との関係が、「『降っ・たら』+α=『降る・のだっ・たら』」のようなものだということは、わかるよね?
>で、「『降るのだったら』≒『降るなら』」が成り立つから、「『降ったら』+α≒『降るなら』」も成り立つことになる。
>「降ったら」に何かの意味要素を足せば、「降るなら」に近くなるということだ。
>「降ったら」と「降るなら」とを対比させるのなら、その「+α」を明らかにする、という方向でなければならない。
そう考えると、「タラ」は、「タ」の未然形などと考えること自体に弊害があるのかも知れませんね。
国語学専攻なので、どうしても歴史的背景を持ってこようとするクセがありまして。
「降ったら」と「降るなら」の差について考えるのであれば、まず、「降る」と「降るのだ/降るのである」
の差を明らかにしなければなりませんね。古代語の「〜ナリ文」と現代語の「〜ノダ/〜ノデアル文」について
考えてみたいと思います。

539 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/28 20:25
>>536
> テンス、アスペクトなんて現行パラダイムの便宜的なものでしょう。
どんな概念だって、「便宜的」なものだよ w

> 原理はほかにあるという531(のリンク先)は力強いと思われ。
過去 (以前) のことは「請合」えないし、未来 (以後) のことは「受止」められない。言い方を変えただけ。
「調べればわかる。*彼は以前ここに来るはずだ」
「*すみません、さっき私、3 時って言っちゃったんですけど、明日の会議は 2 時に始まりました」
「*夜行列車は、明日の朝 8 時にはもう終着駅に着いたよ」
全然ダメでしょ。

540 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/28 20:27
>>537
> 「未実現(未然なり未完了なり、術語は何でも可)」と「未来」は、どちらか一方しか成り立たないということで> はないと思いますよ。
> 「未来」に生起するから「未実現」なのだし、発話の時点で「未実現」だから「未来」に生起する。
要するに、同じなんだよ。
「未実現」かつ「過去」、「実現」かつ「未来」がありえないんだから。

> 寺村秀夫氏は、タ形には、「完了」の場合と「過去」の場合があるとしたが、両者を分立させる必要は、そもそ> もない。
同意。

>>538
> そう考えると、「タラ」は、「タ」の未然形などと考えること自体に弊害があるのかも知れませんね。
> 「降ったら」と「降るなら」の差について考えるのであれば、まず、「降る」と「降るのだ/降るのである」
> の差を明らかにしなければなりませんね。
まさにそのとおり。

541 :?:04/02/28 23:36
>>539
>「調べればわかる。*彼は以前ここに来るはずだ」
>「*すみません、さっき私、3 時って言っちゃったんですけど、明日の会議は 2 時に始まりました」
>「*夜行列車は、明日の朝 8 時にはもう終着駅に着いたよ」

これらは、時間軸を意識した上での論理的言語表現です。
「スル/シタ」の使い分けは、基本的なところでは、
論理的思考によって自覚できない無意識的“悟性”(≠理性)領域から発せられる
ある種の衝動によるものです。
両者は言語使用の意識レベルがはっきりと異なります。
日本語話者が常に論理的言語表現のみを使用するという前提なら、
テンス・アスペクト等の説明だけで足りるでしょうけれども、
それでは説明しきれないところで行われる非論理的で衝動的な表現を説明するには
もっと“悟性”のメカニズムを究明しなければなりません。
「請け合い/受け止め」は、そのレベルでの仮説だということになりす。

542 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 01:30
>>541
なんだ結局日本語は論理の枠にはめられないといって
学問=論理=理性の働きの枠の外に逃亡しているだけか。
よくあるクソ日本文化論と同じじゃないか。ツマンネツマンネ。

543 :?:04/02/29 10:02
学問=論理=理性の働きの枠の外に「逃亡」ですか?
その枠の中に引きこもってるからいつまでたっても進歩がないのですよ。
英語研究者も同じ壁に突き当たっているはずです。

544 :?:04/02/29 10:11
“悟性”メカニズムの究明も言語化する必要性がありますから、
論理的説明を行う必要が当然あります。
しかし実際のメカニズムはどんな顕微鏡でも見えないところ、
私たちがはっきりそうだと自覚できないところにあります。
そのために仮説を立て、例外のない原理を導出する試みが必要なのです。
その努力を怠って外来のカテゴリーだけで全てが説明できるはずだと
信じるのは単なる宗教にすぎません。

545 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 10:22
脳内仮想敵である「単なる宗教」を勝手につくりあげて叩く。
チンケな手法ですね

546 :?:04/02/29 10:48
545さんへ

あなたの発言は、誹謗の類でまったく反論になっていませんが、
それが「学問」なのですか?

547 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 11:09
俺は自分のレス>>545が学問的であるなどと言った覚えはないが。


548 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 12:18
アスペクト表現のところでちょっとわかんない事があるんですけど

a.あそこで 太郎が ご飯を 食べている
b.あそこで 太郎が 倒れている

で、aが運動の継続になってbが運動の結果になりますよね?
何でこうなるのかちょっと判り易く教えていただけませんか?
今レポート書いてるんですがちょっとこんがらがっちゃってて…
よろしくお願いしますー

549 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 12:39
>>548
とりあえず、「食べる」、「倒れる」という運動の時間的特性と
主語「太郎」の意味役割に注目すること。

後者に関しては、「倒す」と「倒れる」の対比、また「ている」と「てある」の
対比に注目するのもいいかも。

太郎が木を倒している。
太郎が倒れている。
木が倒してある。

550 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 12:39
c.ピサで 塔が ゆっくり 倒れている

551 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 13:02
>>548
おかしい動作表現
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1072987295/l50
34 :名無し象は鼻がウナギだ! :04/01/11 14:10
雑誌記事索引で調べたら、こんな論文があるみたいだけど、これ?
だれか内容紹介よろ

論題     疑似自動詞の派生について--「イチゴが売っている」という表現
著者     田川 拓海 (タガワ タクミ)
請求記号   Z12-B82
雑誌名    筑波応用言語学研究 Tsukuba journal of applied linguistics
出版者・編者 筑波大学大学院博士課程人文社会科学研究科文芸・言語専攻応用言語学領域
巻号・年月日  (通号 9) [2002]
ページ    15〜28
ISSN     1342-4823
本文の言語コード jpn: 日本語
キーワード  無対他動詞 ; 動作主 ; アスペクト ; 状態性
雑誌記事ID  508764700

あり、おり、はべり、いますがり・・・
http://academy.2ch.net/gengo/kako/1009/10097/1009701601.html

552 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 13:58
口頭語は更に先に進んで「イチゴが売る」のような表現まで聞いた事がある。
しかし今回の質問とは別問題だろう。

553 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 14:03
35 :名無し象は鼻がウナギだ! :04/01/11 15:18
短い論文なんだから自分で嫁や
ぱらぱらっと見た感じ、痒いところに手が届かない感じがした
ぱらぱらっとしか見てないけど

「てある」文には形式的に具現していない動作主が統語構造中にあるが
「ている」文には統語構造中に動作主はない、っていう分析はどうなんだろうね。
あまりぴんとこないが

554 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 18:55
>>541
> 両者は言語使用の意識レベルがはっきりと異なります。
どう異なるのか全然わからない。

・すみません、さっき私、3 時って言っちゃったんですけど、
 明日の会議は {2 時からでした/*2 時に始まりました}。
述語が名詞類+指定詞か、動詞かで異なるだけ。

・明日駅に着いた時にまた電話するね。
・*夜行列車は、明日の朝 8 時にはもう終着駅に着いたよ。
述語が従節にあるか、主節にあるかで異なるだけ。

>>544
> “悟性”メカニズムの究明も言語化する必要性がありますから、
> 論理的説明を行う必要が当然あります。
> しかし実際のメカニズムはどんな顕微鏡でも見えないところ、
> 私たちがはっきりそうだと自覚できないところにあります。
> そのために仮説を立て、例外のない原理を導出する試みが必要なのです。
それを文法と呼ぶ。普通の話者が、いちいち論理を考えながら言語を使っていないのは当たり前。

> その努力を怠って外来のカテゴリーだけで全てが説明できるはずだと
> 信じるのは単なる宗教にすぎません。

>>  「そんな自分なんて、どこにいるんだよ」って、まだわかんない人は、もっと深く瞑想して、もっとたくさん「わかる、わかった」を唱えてみてよ。そうすると「自分」と「自分の外側」という二つの領域の境界があるんじゃないかってことに気付くはず。
>> 頭で考えるんじゃないよ。魂(たましい)で感じるんだ。
>>  そうするとだ、なんか信号(あるいは「気」)みたいなのが、出たり入ったりする感じ、するでしょ?これが一番肝心なところ。
>>
>>  「わかる」…信号(気)が出る。
>>
>>  「わかった」…信号(気)が入る。

どっちが宗教だよ w

555 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 19:09
単なる宗教と、インチキ宗教との違い

556 :sage:04/02/29 19:19
>>554,555
なんでそんなに怖がってるわけ?(w

557 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 19:20
さげ入れるとこ間違ったんで逝ってきます。

558 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 19:26
>>556
オウムを見て非合理主義と戦わないのは文明人として間違ってる

559 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 19:42
>>558
だったらがんがって戦えYO!

560 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 20:01
悟性なんてワケワカランことを言っているヤシの主張は
間違いなく「非学問」の戯言になっているんだよ。だから宗教だと嘲笑されるんだw
ヤシが敵視しているテンス・アスペクト・モード(ムード)といった
「西欧語の文法概念」は、これはラテン文法で形態論的にも機能論的にも
論理的にきれいに収まる諸概念であるというだけで
別に言語=論理=理性=ロゴスの、おおよそ「学問」すべての絶対的基盤となるものと
必要十分であるわけじゃないだろ。
日本語に新しい概念枠が必要だというのなら
言語=論理=理性=ロゴス→学問の大前提の上で、
新しい概念を立ち上げて議論を挑めばいいだけの話じゃないか。
それを、悟性(←これ自体西欧哲学用語なんですがw何を指すつもりで使っているのかな)
などという言葉でごまかして、妙な独りよがりのニセ論理を展開している。
学問としての論理的議論の土俵からの逃亡を自分で宣言しているから、
論理的批判をしようとしても批判のやりようがないだろw
こりゃ宗教かファンタジーだよww

561 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 20:58
>>560
とはいえ、
藻前のやってることはレテール貼りってYASIぢゃないのかと思われ(わ

562 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 21:04
>>560
まあ、あれ書いてる人も批判が先に立つのは藻前と同レベルだが、
核心部分をしかと間違いだと論証する義務ってのもありそう。
因みに漏れはまあ、そう間違ったことは言ってなさそうと見る立場ね。

563 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 21:58
>>561-562
間違いかそうでないかを論ずるより前の段階がおかしいんだよ。
だから門前払いせざるを得ない。というよりヤシが門前から逃亡しているww
テンスやアスペクトなどの、ラテン文法を雛形とする
西欧の文法学の概念には存在しない概念を立てて日本語文法の説明に資する試みは
もういろいろなヤシがしてきているじゃないか。
「話者の記憶の確かさ」「自然生成/話者の意志」など
挙げればキリが無い。
でもすべて、ちゃんと言語=論理=理性=ロゴスの大前提の上で、
他のヤシと議論することの可能な概念が立ち上げられ、批判にさらされている。
おおよそ学問というのはそういうものだ。
でもこのヤシはそこから逃亡しているんだよ。
もうすでに「悟性」の用法が意味不明で(間違いなく"Verstand"とは何の関係も無い。
Verstandが精神ではない肉体の働きのことだといったら(そう主張しているように見えるが)、
驚きの余りドイツの哲学者は全員心臓発作で即死するかもしれない)、
554(漏れではない)の引用している最後の部分に至っては
議論しようにも議論のしようがない。
「信号が出たり入ったりする感じ。瞑想汁。そうすればわかる。」
などという内容をどうやって議論せよというんだよ・・

564 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 22:23
>>544
> その努力を怠って外来のカテゴリーだけで全てが説明できるはずだと
> 信じるのは単なる宗教にすぎません。
そんなことだれも信じてないって w

>>562
タが言えるかどうかは、事実 (真偽) の問題だから、魂をいくらはたらかせたって、何もわからない。頭を使ってくれ。
魂は価値 (善悪) を判断する。魂を導くのは宗教だろ。

要するに、教え方がヘタクソなんだよ。
日本語教師はテクノロジストなんだから、理論をうまく応用してもらわなきゃ困る。
それに、適切な文法を知ったからって、急に日本語が上達するわけでもない。つべこべ言わずにレッスンしないと絶対ダメ。
日本人だって苦労して外国語を勉強するんだから、外国人も苦労するのは当然のこと。

565 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 22:58
>>564
タが言えるかどうかは、事実 (真偽) の問題、なのか?
藻前も相当怪しいこと言うな。

566 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/02/29 23:41
>>565
ほう。では、タが言えるかどうかについて、日本語話者の判断が分かれる (と思われる) 例を挙げてみてくれ。

567 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/03/01 08:22
>>566
(ヨコレスでスマソけど)
事実でルを言うことも多いからタが事実真偽と言われても「?」だね。

568 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/03/01 09:50
>>567
ルとタの使い分けについて、ネイティヴの判定が分かれることはほとんどない。両方言えるなら意味が違う。
使い分けの原理はあくまで事実の問題。好みや主観では選べない。

569 :?:04/03/01 10:23
564さんへ

そんなオカルトじみたことではありませんよ。
形態素「ル(-u)/タ(ダ)」の現れ方を自己観察して割り出したというだけのことです。

「ル(-u)」=甲対乙の関係で、甲が主導的
「タ(ダ)」=甲対乙の関係で、乙が主導的

甲=非事象(認知主体)
乙=事象(認知対象)

ここを見つけて私も勉強させていただいております。
真摯な反論をお願いできたら幸いです。

570 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/03/01 21:20
>>569
……それが文法なのか?

571 :?:04/03/02 15:00
「ヨウ(-oウ)」=甲対乙の関係で、甲が主導的
「タロウ(ダロウ、タダロウ、ダダロウ)」=甲対乙の関係で、乙が主導的

「レバ(-eバ)」=甲対乙の関係で、甲が主導的
「タラ(ダラ)」=甲対乙の関係で、乙が主導的

▼形容詞
「イ」=甲対乙の関係で、甲が主導的
「カッタ」=甲対乙の関係で、乙が主導的

▼形容動詞・名詞
「ダ」=甲対乙の関係で、甲が主導的
「ダッタ」=甲対乙の関係で、乙が主導的

甲=非事象(認知主体)
乙=事象(認知対象)

・・・・品詞を問わず同義の形態素がペアになっていて例外も一切ないと見ます。
こういうのを“原理”というのではないでしょうか?

忌憚なきご意見、ご教授を賜れば幸甚です。

572 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/03/02 21:48
>>571
「主導的」とはどういうこと?

573 :?:04/03/03 12:31
ご質問ありがとうございます。

話者自身の思考や記憶は、話者の認知対象(話者自身に認知される話者内部の事象)となります。

しかし、「ル/タ」の選択は通常、認知対象とはならないレベルで行われています。
(原理の特定がこれだけ難しいことからも明かでしょう。)

「主導的」というのも、意識の表層に上ってこないレベルでそう認知されているということです。

574 :名無し象は鼻がウナギだ!:04/03/03 22:40
>>573
「主導的」の説明には全然なってない。

> 話者自身の思考や記憶は、話者の認知対象(話者自身に認知される話者内部の事象)となります。
> しかし、「ル/タ」の選択は通常、認知対象とはならないレベルで行われています。
ネイティヴ・スピーカにとっては、あらゆる文法規則が、普通そのようなレベルではたらいている。

> (原理の特定がこれだけ難しいことからも明かでしょう。)
説明のための言葉を、われわれがまだ見つけていないだけだろう。

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