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人間の身長周期説

1 :てん:04/06/18 16:34 ID:Rk73LHYk
人間の身長は、高い時代と低い時代が周期的にあるって話を聞いたんですけど、詳しく知ってる方いらっしゃいます?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/18 16:37 ID:Rs/ZXymX
2

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/23 21:13 ID:EHvXDqub
悲惨なスレ立てた1を晒し上げ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/23 21:18 ID:FodyAug+
その時代の気温に関係があるのだよ。
気温が高い時代の日本人は背が高い。

おそらく食糧事情と関係があるのではないか?


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/11 20:29 ID:+L9HSDP5
気候と身長

(4)無視できない気候・風土の影響

高温だから伸長が伸びる
 現代はどんな時代かを考えるとき、忘れてはならないのは、日本独自の気候・風土である。
   ―(略)―
 この若者の伸長の伸びを、戦後、食生活が西洋化して、動物蛋白が多くなったせいだと、
誰でも考えたくなる。ある著名な生理学者などは、日本人が今まで身長が低かったのは、
米ばかり食べていたせいであるという暴論まで吐いた。
 しかし、日本人の身長が高くなったのは、動物蛋白中心の食事のせいでも、
米を食べなくなったせいでもない。
 なぜなら、この身長の伸びは、戦後まもなくの頃からすでに顕著だからである。
つまり、戦中戦後の最悪の食糧事情にもかかわらず、そのさなかに育った人たちが
青少年期にぐんぐん大きくなったのである。また、それ以後の若者たちにしても、
彼らを産んだ母親たちは戦前、米ばかり食べて育った世代である。
また、栄養が体型と関係があるのなら、西洋化した食生活が欧米人的な体型を
つくり出しそうなものである。しかし、最近身長が高くなった若者たちの体型を
よく観察すると、けっして欧米人のそれと同じではない。
 欧米人の体型の特徴は、胴が短く、足が長い。これにくらべて、日本人は胴が長く、
足が短い。いわゆる胴長短足の体型である。最近の若者は、確かに足も長くなったが、
それ以上に躯幹《クカン》部(銅の部分)が長い、つまり、坐高の高さで身長の高さを
カバーしているわけで、体型の比率からいえば、依然として胴長短足の日本人的体型
から脱していないのである。
 むしろ身長は高くても、貧弱の体格だったり、逆に肥満して、しまりがない若者
たちを見ていると、あきらかに彼らの食生活の不均衡さを感じられる。いや、
食生活のみが身長や身体のバランスを、はたしてどの程度変えるのか疑問になってくる。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/11 20:31 ID:4au5WHyU

やっぱり神奈川は朝鮮だった。
  ↓↓↓

http://www.infogogo.com/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C.html
神奈川県(かながわけん)は、関東地方の県。この地方(県域)には、
朝鮮系の住民が流域に多く住んでいた「韓川」(からかわ)という名の
川があった。この川の名前が変化して、神奈川となった。


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/11 20:34 ID:pNIVx2q1
   ―(略)―
鎌倉時代の鎧が大きいのは、なぜか

 日本列島は、ほぼ三〇〇年おきに暖かい時期と、寒い時期を交互にむかえている。
つまり、六〇〇年を一サイクルとする気候周期があるわけだが、これは、日本列島をめぐって
流れている寒流と暖流のぶつかっている地点の移動に関係がある。
 現在、サケが捕れるのは北海道が本場で、本州ではせいぜい北上川か阿武隈川が限界である。
それより南の河川にはサケは姿を見せない。”カム・バック・サーモン・の呼びかけで、
多摩川でもサケを放流しているが、サケが帰ってくるかどうかはまだ不明である。ところが、
江戸時代には利根川の関宿(現・千葉県)あたりでもサケはよく捕れた。平安時代に遡ると、
和歌山県の熊野川でサケが捕れた記録もある。
 サケが捕れなくなったのは、乱獲したからというわけではない。現在では、寒冷気の平安時代や
江戸時代にくらべて、寒流がその流れを変え、はるか北に後退したせいである。そのかわり、
近年、カツオやイワシなどの暖流系の魚が日本近海でよく捕れた。だが最近では、それらの魚の多くは
近海から遠海へと移動し、サンマも三陸のはるか沖合いでなければ捕れなくなった。
 寒流と暖流は、時代によって北上したり南下したりして流れを変化させる。そればかりでなく、
陸地に近づいたり、沖合いに離れたりするので、陸との距離で日本列島の気温を変え、作物に影響を与えたり、
日本人の体格まで大きくしたり、小さくしたりする作用があるのではないかと考えてはどうだろうか。
 歴史上の記録、出土品などが何よりもそれを証明している。高温期の日本人は身長も高く、がっちりした
体格をしているが(現代の若者が背が高くても体格が貧弱なのは、先述したように誤った食生活のためである)、
寒冷期は背が低く、からだつきも小さめである。
 高温期にあたる南北朝時代(十四世紀)の墳墓から発掘された骨を調べると、当時の男性の平均身長は
五尺四寸七分(約一六六センチ)と推定され、現代の成人男子の平均身長とほぼ同じである。この時代の武将たちが
身につけて戦場を駈けめぐっていた鎧は、どれも大きい。わざわざ身体に合ない、重くて動きにくい鎧を着て
出陣するはずはないから、当時の日本人の体格がよかった何よりの証拠である。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/11 20:43 ID:ovAKVncE
日本人の腸は、欧米人にくらべて極端に長い
 これにくらべて、寒冷期にあたる平安時代や江戸時代の男女の体格は貧弱だった。
 とくに江戸の天明年間(十八世紀後半)には、寒冷のために東北地方は大飢饉に見舞われたが、
この頃の日本人の身長は男で五尺二寸(約一五七センチ)、女で四尺八寸(約一四五センチ)がせいぜいであった。
 中国では辛酉《シンユウ》革命といって、六〇年ごとにめぐってくる辛酉《カノトトリ》の年を基準に変革期が訪れ、
その一〇倍の六〇〇年ごとに王朝が交代すると伝えられているが、これが寒暖の周期と一致することを発見したのは、
ハンチントンというアメリカの気象学者である。
 地球の北半球は寒冷化の傾向が伝えられているが、日本では日本列島をめぐる海流のおかげで、現在、
少しずつ暖かくなっている。今から一三〇年ぐらい後にはそれが頂点に達し、南方の海岸にはバナナやヤシの茂る風景が見られるかもしれない。
そしてその頃には、日本人の身長は胴長短足のまま、さらに大きくなっているはずである。ちなみに、日本人が欧米人よりも胴長短足なのは、
消化器官、とくに腸の長さがずいぶん違うせいである。
 たとえば、動物でいえば肉食のトラやライオンと、草食動物の牛や馬とでは、腸管の長さがまるで違う。
ライオンの腸が体長の五〜六倍であるのにくらべて、草を反芻《ハンスウ》する牛は二〇倍、羊は二五倍もある。人間もこれと同じで、
穀食を中心とした雑食民族である日本人の腸は、肉食民族の欧米人にくらべて約九〇センチも長いそうである。これには医学者の中にも
異説があるが、私はこの説を一応信じて、私見を展開したいと思う。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/11 20:45 ID:ovAKVncE
 この腸管の長さの違いは、そのまま体型の違いとなって現われたのが、欧米人の胴短長足と、日本人の胴長短足である。
そして、数千年に浄化かって築き上げ、遺伝因子化しつつある身長伸縮の事実は、たかだか一〇〇年や二〇〇年、
今さら急に欧米型食生活を試みたところで変わるものではないだろう。欧米型の食生活をすれば、すらっとした足の長い、

カッコいい若者が増えるというものではないということでである。
 つまり、日本人は日本独特の気候・風土や民族的な遺伝因子から逃れるようにはできていないし、まして逃れる必要もない。
明治以来、ひたすら欧米から学び、第二次世界大戦後はアメリカ型生活に憧れてきたのが現代史の一面である。しかしその反面、
日本独自の環境や風土的条件と、その中での生活様式が歴史を規制している、ということも忘れてはならないのである。

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