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平安貴族は何て幸せだったんだろうか

1 :火の鳥:02/08/18 21:13
上流平安貴族に生まれたかった。
平和だし、優雅だし、月見ながら感動する日々。
何の心配事もないし。
みんなはどうよ?


2 :日本@名無史さん:02/08/18 21:13
>>1
平安貴族なんて、なりたくないね。

3 :日本@名無史さん:02/08/18 21:15
上流平安貴族に生まれたくなかった。
政争に巻き込まれて殺されるし、寿命短いし、
風呂に入らないから体は臭いし。
まともな医療が無いから病気の心配はしなきゃならんし。
みんなはどうよ?

4 :日本@名無史さん:02/08/18 21:18
>>1
>平和だし、優雅だし、月見ながら感動する日々。
>何の心配事もないし。

末法思想に怯える毎日でしたが。

5 :日本@名無史さん:02/08/18 21:20
今以上にストレスを抱えていたと思うぞ。
勤務時間だって相当長い。

夜になれば怨霊や魑魅魍魎に毎日怯える。
まあ側女とかには手をつけ放題だな。

6 :T:02/08/18 21:20
3≫、そんなのみんな同じ事ない?やっぱ中流かな?

7 :日本@名無史さん:02/08/18 21:21
ただ、長生きする人はとてつもなく長生きしてるよな。
余ほど遺伝子に恵まれてたんだろう。

8 :T:02/08/18 21:21
あ、時代は初中期って事で。

9 :日本@名無史さん:02/08/18 21:25
安部清明に助けてもらえ

10 :日本@名無史さん:02/08/18 21:28
というか現代タイやラオス、インドといった垂れ流しの生活のほうが俺にとってはまだいい。
そのほうがまだ個人のプライバシーがあるから。
平安貴族のようにお付きの女性なりが自分の糞尿が入った筒や箱にもって
街中を堂々と歩かれるのだけは絶対して欲しくない。
恋しい女のブツを一度でも見てみたいという糞尿フェチストーカーのエピソードが
「今昔物語」に出てくるがその男の気持ちもわからんでもない。
とにかくそんな余計なことをされたくないってこと。
こっちも自分で自分のお尻の始末くらいはつけます。

11 :T:02/08/18 21:34
それが当時の常識ならいいじゃん。

12 :日本@名無史さん:02/08/18 21:38
毎日暇だろう2ちゃんもないし

13 :日本@名無史さん:02/08/18 21:44
あと平将軍平貞盛が家臣に命じて幼児の生き肝を探させ
その家臣が泣く泣く自分の幼児の生き肝を差し出したという
カニバリズムのエピソードも「今昔物語」には出てくるが
平安貴族絶対主義の人種差別社会では結構そんな残酷なことも横行していたみたい。

俺だったら遠慮します。寿命なのでそろそろ逝きますで済ますけど。
そんなにしてまでも不老不死にこだわっていたのかな平貞盛?
NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」ではおべっか使いがうまくて
小一条院のおとど関白藤原忠平にとりいって破格の昇進を成し遂げていた平貞盛。
平安貴族の真似事をして女の尻を追いかけてばっかりいる軟弱男だったのに!

俺はやはりそんな悦楽にふける人でなしの平安貴族に
腹の底から怒りをぶつけ坂東の男の心意気を示した小次郎将門が好きだ。
神田明神は徳川将軍も頭のあがらなかった江戸の総鎮守。
現代東京にも将門公の霊位は生きておわします。

14 :日本@名無史さん:02/08/18 21:44
平安貴族って女々しい感傷家が多くない?

15 :日本@名無史さん:02/08/18 21:47
毎日風呂には入れないし、肉は喰えないし・・・

遠慮します。 文才無いから歌も詠めず、恥かくのは必至。

16 :日本@名無史さん:02/08/18 22:00
明治ぐらいの公家だったらいいかもしれないね。
貴族院議員でさ、学習院長やったり神社の禰宜やったりさ。

17 ::02/08/18 22:03
現代の喧騒とどちらが凄いかな?

18 :日本@名無史さん:02/08/18 22:05
最期の元老西園寺公望は由比に別荘を構えていました。
西園寺ありし日は由比詣でをする政治家が絶えなかったようです。
西園寺邸は現在は料亭になっています。

19 :日本@名無史さん:02/08/18 22:06
>>18
だから何だ?

20 :日本@名無史さん:02/08/18 22:20
インドシナ半島やインドを旅してわかったんだが
地球上で最も夏暑いところは熱帯ではなく実は温帯。
特に甲府とか京都とかいった盆地は夏場は地獄と化す。

インドはカルカッタとかベナレス、デリーあたりは
日中の暑さが40度以上に上がりさすがに酷いが
その他の州はわりとゆるやかな気候だし
なんといって湿度はそんなに上がらない。
インドシナ半島に至っては夕方必ずといっていいほど
地面に叩き付けるようなどしゃぶりのスコールがある。
そしてスコールで出来た水溜まりが蒸発していくので一気に5度か10度は気温が下がる。

それに比べて京都の夏はマジで最悪。
盆地なので空気がどんよりと固まってしまい周りに逃げない。
そのうえ湿度が高い。
こんなところで毎日白粉を塗りたくって衣冠束帯をつけていた平安貴族ってマジ???
兼好法師の詠んだ「目に青葉山ホトトギス初がつお」みたいな
鎌倉の海と山に囲まれた環境で藁葺きの屋根の下ですごす生活を
関東武士が全国に普及したおかげで日本人の精神生活はだいぶ救われてきたはずだ。

マジで平安貴族信じられん。どういう神経していたんだ。

21 :日本@名無史さん:02/08/18 22:38
>>20
当時の方が平均気温は低かったと思われ
それと、シルクは意外と冷たく感じられる
屋根が高いから、熱気は上に逃げるし、シトミ戸を開け放つと風が吹き抜ける
日中の熱い時間帯は、釣殿で過ごすもよし
夕方涼しくなってから、牛車をゆっくり遣って殿中に出仕
清涼殿の東側の廊下に座すから、西日は当らないし、スノコ縁だから涼しい

22 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/18 22:40
どうせ京に暮らすなら「今昔物語集」の編者(無名の一僧侶)くらいの方がいい。

23 :日本@名無史さん:02/08/18 22:43
目に青葉山ホトトギス初がつお

これ、吉田兼好の作なの?

大体鎌倉は京都を模して造られた武家の都じゃないか・・・。
平安貴族だって日常生活は桧皮葺の寝殿造りの邸宅。わらぶきとどう違う?

24 :日本@名無史さん:02/08/18 22:44
兼好自身公家社会の一員だし。

25 :日本@名無史さん:02/08/18 22:46

近所にちっとは田んぼが残ってるやろ
夜、行ってみい
むっちゃ涼しいぞ

26 :日本@名無史さん:02/08/18 22:49
残ってない

27 :日本@名無史さん:02/08/18 22:52
や、でも京都が日本でも有数の夏すごしづらい土地なのはたしかだよ
それだけに生活様式に涼しく過ごすいろんな工夫がみられて、好きなんだが

28 :日本@名無史さん:02/08/18 22:54
あつい、くさい、きたない
↑平安時代の京都のイメージ

29 :日本@名無史さん:02/08/18 22:57
>>28
16、17世紀の江戸のことかと思った。

30 :29:02/08/18 22:58
17、18の間違いだなあ

31 :名無しさん@ピンキー:02/08/18 23:05
かぐや姫みたいなのに生まれたかった。
あ、宇宙はいかないで

32 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/18 23:13
>31
「かぐや姫」の時代設定は天武朝の頃のようですけどね。

33 :日本@名無史さん:02/08/18 23:33
とにかく中世の合理精神とかけ離れた平安の礼式に則った生活はしろといわれても絶対嫌だ。
礼式が人間生活を律するのではなく
人間の生活が需要と供給を定めるという当たり前の市場原理が働くべき。
東夷と思われようが礼式にのっとらない無作法、無教養と思われようが
一定の価値観を普及させて結果的に日本人の社会生活のWelfareを上げてきたのが
中級武士、地侍、名主クラス。

そりゃ清涼殿の日陰に座ってられるのはいいが、
同時刻の暑熱の中でそいつらのために文を運んだり
牛車を引いたり、使いぱっしりをする人達はどうするよ?

34 :日本@名無史さん:02/08/18 23:34
それに人に会わなければならなかったら即刻会うべき。
今日は方角、日付が悪い明日とかいっていたら
いつまでたってもGNPは発展途上国のままだ。
インド、マレーシアなどの英連邦圏で英国人支配層がかつて奉じていた価値観と
平安貴族の怠惰な生活感とは全く同じだとおもった。
例えば俺は自分の糖尿が心配だったら砂糖は入れない。
疲れていて腹を壊しそうだったらミルクもいれない。
それに第一、茶だろうが水だろうが自分の好きな時間に飲むべきだ。
目的は水分摂取、リラックス、音楽観賞、おしゃべりなど。
しかし旧英国人支配層のAfternoon Teaというのは
行儀作法、話題、メンツ、ご丁寧に茶の品種まで決まっている。
まるで平安貴族そのままではないか!
これじゃアジア人の生活にカスタマイズされていないし
本当の意味での現地人の意識向上にまったく寄与しない。
つまりマクロ経済に貢献していない因習姑息たる慣習なのだ。

35 :日本@名無史さん:02/08/18 23:37
京都大学の先生たちが雑談している「足利尊氏」という本があったが
後醍醐は敗れるべくして敗れると。
俺もそう思った。
ぐびりぐびりと王子、王女をこさえる帝。
庶民に底無しの負担をかける内裏建設を当然と思うその神経。
織豊政権によって年貢という形で大成されるまでに
武家の農地への負荷は半済、下地中分、一円支配と試行錯誤したが
朝廷公家の課税思想は祖庸調以来の公事の一辺倒。
なんの問題意識もないし制度面における改善や効率化をねらった努力のあともない。
それに比べて質素だが家庭の団結とか
質実剛健、一所懸命といった価値観を大事にする関東武士。
朝廷よりはまだ全然庶民の声が近かった幕府政所、門註所、評定衆。
多少美化し過ぎてもいると思うが
幕府天領とくに旧後北条氏領内(15、16世紀の時点で3公7民があったという)の
租税制度などは治世の鏡だとつくづく思う。

36 :日本@名無史さん:02/08/18 23:46
>>23
吉田兼好が俳句を詠むわけないよな

37 :日本@名無史さん:02/08/19 00:04
結局、平安は苦しいって事か?
やっぱ縄文時代が一番だ。(←マジ

38 :日本@名無史さん:02/08/19 00:09
>>36
by 山口素堂:江戸中期の俳人。松雄芭蕉の友人。

兼好が「徒然草」に書いたのは、鎌倉の老人が「昔は下人すら食べなかった
かつおを最近では上流の人々までが食べるようになり、誠に末世だなあ」と
嘆いていた、という文。

39 :日本@名無史さん:02/08/19 00:16
>昔は下人すら食べなかった
>かつおを最近では上流の人々までが食べるようになり

すごいな。どんな魚食ってたんだろ?

40 :日本@名無史さん:02/08/19 00:24
>>39
マグロだって昭和初期までは下魚とされて普通の人は食べなかったんだからね。
今と昔じゃ上下の感覚が違うのよ。

41 :日本@名無史さん:02/08/19 00:26
>>マグロだって昭和初期までは下魚とされて普通の人は食べなかったんだからね。

じゃ何食ってたの?

42 :日本@名無史さん:02/08/19 00:33
魚と言えばタイや平目などの白身の魚

あと、鮎、鯉などの川魚。

43 :日本@名無史さん:02/08/19 00:41
上トロ、中トロって江戸時代はなかったの?

44 :日本@名無史さん:02/08/19 00:52
>>43
ない、マグロは鍋料理にして食った。

45 :日本@名無史さん:02/08/19 01:04
江戸時代、鮪は下品な魚とされており、その中でも特にトロは質が悪い
部分であった。
従って赤身が普通食べられ、商品価値のないトロは貧乏人の食べ物、
「ねぎま」といって、葱と共に汁物にして食されていた。

それが今ではネギマは完全に高級料理である。

46 :日本@名無史さん:02/08/19 01:09
まあでもそりゃ江戸時代と現代の飽食時代とでは価値基準が違うだろうな
タンパク源やビタミン、ミネラルの極端に不足していた江戸時代の日本人の平均身長は
わずか150センチ程度という話もあるわけだし
せっかく獣肉や沖合いでしか捕獲できない魚肉にありつけるなら赤身の肉がいいわな


47 :火の鳥:02/08/19 01:12
じゃあアイヌは?

48 :日本@名無史さん:02/08/19 01:26
京都は暑い暑いゆうけどね、平安の都で各自自分の屋敷に涼し
げなお池くらい持ってるでしょ。舟遊びでもして、和歌でもつ
くって涼んでりゃいいんとちゃうの。

49 :日本@名無史さん:02/08/19 01:26
アイヌの伝説や昔話には
「赤肉も白肉も魚も一番脂こい部分を煮炊きして神に捧げ」
とか、
「一番脂ののった上肉を客に振る舞い」などといったくだりがあるので
脂身が上等とされていたようだ。寒冷地では体温維持のために多量の
カロリーを必要とするため、無理のない話。

ここ、平安貴族スレだよね?

50 :日本@名無史さん:02/08/19 01:46
平安貴族はナニを食っていたのじゃい
四つ足喰ったんかいな
聞くところによると鎌足不比等親子は百済のスパイだとか
百済と密接な関係があるらしいんだが
鍋料理好きだったんかいな?

51 :日本@名無史さん:02/08/19 01:51
今昔物語には、肥満に悩む貴族が医者から湯漬け飯と水漬け飯を
食べるダイエット法勧められ、鮎のなれ鮨と瓜の粕漬けおかずにして
湯漬け飯食べる話がある。

湯漬け飯大食いしてダイエットは成功しなかったらしい。

52 :日本@名無史さん:02/08/19 01:54
芥川龍之介の芋粥の短編に出てくる藤原利仁の話って今昔物語だっけ?

53 :日本@名無史さん:02/08/19 02:00
>>50
それは平安の御世ではない。


54 :日本@名無史さん:02/08/19 02:45
>>52
今昔ですね。10世紀の人物。受領階級が身分は低いが、
財力は相当なものだということを表した内容ですね。

55 :日本@名無史さん:02/08/19 11:30
要するに平安は駄目って事?

56 :コギャルとHな出会い:02/08/19 11:32
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57 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/19 12:14
>52
摂関家に仕える男を接待してパイプを確保しようとしていたようです。見方を変え
れば芋粥を食わされた男よりも無理矢理食わせて機嫌をとったつもりになっていた
利仁の方が物笑いの種になる。
因みに利仁は同じ「今昔」の中で新羅の僧に呪われて死んでいます。

58 :日本@名無史さん:02/08/19 13:29
夜這いとか通い婚はどうかのう?

59 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/19 14:55
>58
郡司の女房の所へ夜這いをかけたら実は郡司が外法使いで交わろうとした途端性器
が失せてしまったという話が「今昔物語集」にありましたね。
他にやり手婆に紹介された古いお堂の中で女と落ち合った男が妖怪達に出て行く様
に言われた話もありました。女は事件後まもなく亡くなったとか。
主なデート場所(というか落ち合う場所)としては竈の辺りが選ばれたそうです。

60 :日本@名無史さん:02/08/19 15:03
何百年後かの日本史で、今の時代は何時代と呼ばれるんだろう?

61 :日本@名無史さん:02/08/19 15:05
その頃は環太平洋鉄道もあるだろうし
既成の国の枠組みがあるものかのう。

62 :日本@名無史さん:02/08/19 15:10
>>60
無難に東京時代とか?

63 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/19 15:11
>62
経済発展と無防備に代表される時代と見られるのは間違いない。

64 :日本@名無史さん:02/08/19 15:31
>>62
第二次大戦終戦の前後で時代を分けるべきか否か?

65 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/19 15:33
>64
分けられるんじゃありませんか。それよりこのまま不況が続いたら分けられ
るかも知れない事の方が気になります。

66 :これからは:02/08/19 17:19
時代区分なんて無くなる様な気がする。
あぁ悲しいかな。
温暖化で日本は亜熱帯になり、法隆寺も消えて
多くの土地も水没するからハワイみたいな国になってまう。
そしたらもう時代も誇りもなくなる。
そんな気がする。

67 :日本は俳句の国:02/08/19 17:25
>>20 >>23
「目には青葉」

「は」が無ければ,単なる季重なりの散漫な句になってしまうです.

68 :日本@名無史さん:02/08/19 17:39
根本的な問題は,需要不足ではなく生産性の伸びの減退ですな.
だとすれば,いまの日本を形容するのに「不況」という言葉は不適切か.

>>64
むしろ,高度成長の「前」と「後」で分けるのがよさそう.


69 :日本は俳句の国:02/08/19 17:42
>>66
一年中,真夏だったら,デントーハイクやってる連中は困るな.
戦時中の歳時記みたいに「熱帯季語」を復活させるか.

  川を見るバナナの皮は手より落ち   虚子


70 :日本@名無史さん:02/08/19 17:53
既に平安貴族とは何の関係もないスレッドになってますな。

71 :今から:02/08/19 17:56
このスレは時代区分について考えるスレになりますた。

72 :sage:02/08/19 21:56
さげぇ!

73 :日本@名無史さん:02/08/19 22:09
平安貴族といえば芥川龍之介の「羅生門」とかあのあたりはどう?
芥川は平安小説に果敢に取り組んでいたね
鴎外が幕政時代のものしか取り扱わなかったし。
菊池寛はその辺りどう考えていたんだろう?

74 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/20 13:08
>68
成る程。しかし1000年後には近代以降の変化も何でも無くなってるんでしょう
ね。今の小説を読んだ未来人は「新猿楽記」を読んだような気分になる訳か(?)。
>73
「今昔」の話はすでに出ておりますが、「どう」とは?

75 :1へ:02/08/20 14:02
その裏で、奴隷にされていた関東人は気の毒。


76 :日本@名無史さん:02/08/20 20:39
age

77 :日本@名無史さん:02/08/20 21:19
>>75
ぜんぜん!!

78 :日本@名無史さん:02/08/20 23:27
age

79 :日本@名無史さん:02/08/20 23:39
平安時代珍重されていたキノコはヒラタケだが、
何故後世はマツタケになったのか。

森林破壊でヒラタケの生える自然林が松林に取って代わったのが理由か?

80 :日本@名無史さん:02/08/20 23:45
平安貴族って結構長生きしてるよな。

当時の閣僚人事ってかなり高齢化激しいよ。
少なくとも、江戸時代の幕閣よりかなり高齢。
いまとそう変わんないかも。

81 :日本@名無史さん:02/08/20 23:49
関白在職48年、藤原頼道(道長の息子)は83歳で死んだな。
この人、80近くまで関白職勤めてたよ。
でも、外戚になれずにじまいだったな。
後三条帝の院政開始とともに、摂関時代は終焉した。

82 :日本@名無史さん:02/08/20 23:54
やんごとなきおこちゃま、坂上おじゃる丸は妖精貴族!
閻魔大王のしゃくを振り回し、伝書ボタルのデンボーを配下とする。

83 :日本@名無史さん:02/08/21 00:05
不衛生極まりない生活だよ。

84 :日本@名無史さん:02/08/21 03:43
q

85 :謝罪要求:02/08/21 16:37
繁栄の裏で、奴隷にされていた関東人は気の毒。

86 :日本@名無史さん:02/08/21 17:38
誰の荘園にいたの?責任者を特定して、そいつに言ってくれ。(w

87 :日本@名無史さん:02/08/21 20:11
紫式部の光源氏は同人誌です

88 :日本@名無史さん:02/08/21 22:57
s

89 :日本@名無史さん:02/08/21 23:11
平安時代の某の日記につまらない宴に行く前にキノコを食べる話がある。
気分をハイにする為に笑い茸(マジックマッシュルーム)を食べて出かけたのね。

90 :日本@名無史さん:02/08/21 23:25
>>87
道長「ぼくもね、読者なんだ。この前も晴海で、田畑50町歩
くらいカンパして買ってきたよ。この前ね、鼻血出たよ。いや
ほんと。それから、時折、式部んちで、書いてる途中のやつ、
読ましてもらったよ。うらやまだろ。でもな、式部本人はさ、
かなり、物語ヲタはいっちゃってるもんだから、全然萌えない
ぜ。」



91 :日本@名無史さん:02/08/21 23:32
>>90
厨房は文章の書き方を習ってね、立て読みかとも思ったけど違うし。
コミケの状況を伝えたいなら普通な書いてごらん。

92 :日本@名無史さん:02/08/21 23:47
>>91
you too

93 :日本@名無史さん:02/08/21 23:54
>>91
読解力をつけろよ。

94 :日本@名無史さん:02/08/22 00:00
>>90
なんで晴海やねん。
というか、平安時代にコミケやるとしたらどこよ。宇治?

95 :日本@名無史さん:02/08/22 00:05
>>94
宇治もいいね。初瀬あたりでもいいんじゃない。

96 :謝罪せよ:02/08/22 03:23
繁栄の裏で、奴隷にされていた関東人は気の毒。

97 :帝都民:02/08/22 12:04
>>96
別に奴隷にされてたわけじゃないが…。
何に影響されてるのかしらんが、最近そういう誤解を持ってるやつ多いな。
元ネタはなんだろう?

98 : :02/08/22 15:27
繁栄の裏で、奴隷にされていた関東人は気の毒。

搾取の対象

99 :JF:02/08/22 15:29
繁栄の裏で、奴隷にされていた関東人は気の毒。

搾取の対象

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101 :日本@名無史さん:02/08/22 15:30
繁栄の裏で、奴隷にされていた関東人は気の毒。

搾取の対象

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102 :日本@名無史さん:02/08/22 16:21
うわあ、何だか荒らし業者が参入してきたようだな。
はじまって早々にこのスレも終わりだろうか。

103 :日本@名無史さん:02/08/22 16:43
1を関白太政大臣に任ず。
by愛子


104 :日本@名無史さん:02/08/22 16:56
1は世界史スレで中世ヨーロッパに憧れてた勘違い野郎そのものだな。
ちなみにそのスレでは1は悔い改めたが。

105 :日本@名無史さん:02/08/22 17:03
貴族マンセー

106 :日本@名無史さん:02/08/22 17:15
風呂に入る習慣が無いので体臭がモノ凄いのれす
だから香が発達したのれす
不潔なので平均寿命も短かったのれす


107 :日本@名無史さん:02/08/22 17:23
俺は平安貴族より、江戸時代の裕福な町民の方がいいよ。
平安時代の衛生観念は絶対現代人には耐えられないはず。

108 :日本@名無史さん:02/08/22 18:25
やっぱ、トイレの問題がなあ・・・・
洗髪も日を占ってからでないと自由には出来なかったらしいし。

109 :日本@名無史さん:02/08/22 18:50
よし100Get

110 :日本@名無史さん:02/08/22 19:21
とりあえず1よ、花輪和一の漫画よんでから考え直そう。

111 :日本@名無史さん:02/08/22 23:17
>>107
和宮が将軍家茂への降嫁したが、毎日風呂に入る
大奥の風習にはなじめなかったそうだよ。

御所じゃ、週1回くらいタライで水を浴びる程度だからな。



112 :日本@名無史さん:02/08/22 23:51
典雅な王朝絵巻なんていやぁ格好いいけど、要約しちまえば
教養や様式の皮を被ったセクース三昧の日々っつーかね。
その抽出物としての源氏物語なんざソフトなエロ本じゃねぇかと思う。
しかし年増からロリまでカバーしてるのは凄ぇわな。

113 :日本@名無史さん:02/08/23 00:13
>>112
俺、きっと抱けないなあ、平安美女(?)。
不潔極まりないだろうから。臭いも凄そうだ。
市中で立ち働いてる女達の方が水浴びとかちゃんとしてて清潔な気がする。

114 :pt:02/08/23 00:43
笛吹いて宴会三昧 調停での権勢の追い落とし
幸せだったかねえ…


115 :日本@名無史さん:02/08/23 01:31
しかも白粉の原料は鉛か水銀だろ。
中毒になっちゃうよ。
それで長生きした奴はよっぽど体が丈夫だ。


116 :日本@名無史さん:02/08/23 01:42
このスレは、自分の生活が惨め過ぎ、あまりにもうらやますい
貴族の生活に、あれこれアラ探しをしてはうさをはらし、その
日その日を暮らす哀れな人々の集うスレですか。

117 :日本@名無史さん:02/08/23 02:02
平安時代の庶民は柱のない建物に住んでい事を知ってますか?
柱のない建物は弥生住居と同じ形式ですよ。
ちゅうか江戸時代にもそんな庶民は一杯いたし。

平安時代の貴族は当時の日本人口の数パーセントしかいないとかさ。
もっと想像たくましく考えろよ。

118 :pt:02/08/23 02:13
そういうわけでお公家さんはみな蒲柳の質なんですな
>115

119 :日本@名無史さん:02/08/23 02:20
>>116
むぅ、あんたマジでウラヤマスィと思っているのか…。

120 :日本@名無史さん:02/08/23 02:39
>>117
別に貧乏庶民になりたいわけじゃないんだが…。
つーか>>107にも「江戸時代の裕福な町民」がいいって書いたし。
正直平安貴族よりは現代の中流日本人の方がいい。
あんたは「日本人口の数パーセント」って所にエクスタシーを感じて全て我慢
出来るタチなのか?

121 :日本@名無史さん:02/08/23 03:22
俺が平安貴族になったら、特別に湯船を作らせて毎日風呂に入り、ちゃんと個室
トイレも用意し、衣服は毎日着替えて、白粉もお歯黒もせず、吉凶も無視し、他の
殿上人や女房連中から、変人よ気狂いだわと後ろ指さされるような生活を送る事
だろう。
まあ金持ちだしなんとかなるか?

122 :日本@名無史さん:02/08/23 03:26
でも、出世できないよ。
そうすると、あまり女に持てない。

123 :121:02/08/23 04:04
>>122
まあ現代人の俺がいきなり平安貴族(仮に三位以上としとく)なったらって前提
だから。
公事も故実も知らないから出世どころか仕事も出来ない。即引退だね。
この時代のハンサムたる”太っ腹”な体型でもないし、歌も詠めないから姫君や
女房連中にもてるわけもない。「蟲愛づる姫君」のような変人なら話は合うかも
しれないが。
市中から好みの女性でも見つけて現代風に教育するか。少なくとも風呂には毎
日入らせるぞ。

124 :日本@名無史さん:02/08/23 06:44
有職故実に関心はないから、
首にならないうちに財産をなげうって近代的な帆船を作り
コメとムギと奴婢を乗せて北米に大航海と行きたいね

125 :日本@名無史さん:02/08/23 07:09
>>124
アホ、当時の造船技術で近代的な船をどうやって作るんだよ。
それ以前に難破して終わりだろ。

126 :日本@名無史さん:02/08/23 09:16
>>117
見積もりが多すぎない?貴族の定義にもよるだろうけど。
1桁違うんじゃない。 0.X % くらい。


127 :日本@名無史さん:02/08/23 09:46
>>13
遅レスですが禿道!
将門公マンセー!


128 :日本@名無史さん:02/08/23 09:54
>>122
反対だよ。女にもてないと出世ができない。
この「女」は当然、「身分が極めて高く、自分を政治的にも
引き上げてくれる親を持った貴女」のこと。
まあ、財力もあるわけだから、女に不自由はしないが、
中途半端な身分の女なんぞにかかわってると体力と時間の
無駄だしな。(w
超いいとこの娘をゲットするために和歌のひとつもひねらない
とまずいが、まあ、傍のヤシに代作させる手もあるし....(w

129 :日本@名無史さん:02/08/23 09:59
>>126
貴族の定義は5位以上だろ
家族を含めても数百人くらい?
(家族含めてるから数十人てことは無いよな)
平安期の全国の石高は400万石くらい
石高=人口として
全人口にしめる貴族とその家族の割合は0.01%以下じゃないかな

130 :126:02/08/23 10:10
>>129
さんくす、同意。
俺も1,000/3,000,000ていう計算したんだが、計算間違いしてた(わ

131 :日本@名無史さん:02/08/23 10:19
そういえば消防のとき平安貴族にあこがれたなあ(w
寝殿造りの家に庭には竜頭船浮かべて観月している風景想像したりして

なんかアホですた

132 :129:02/08/23 10:27
>>126
貴族って定員があったから人数が決まってたと思うけど、何人くらいいたのかな?
「現」「前」含めてだよ
それから家族も含めて
>>129の石高は平安後期のものだから300万石超の方が実勢にあってるかもね

食い物なんかびっくりするほど質素だし末法思想に怯えなきゃなんないし
怨霊には悩まされるし女寝取られるわ
実際にはあまり幸せじゃなかったかもね

133 :日本@名無史さん:02/08/23 10:33
以下に位人臣を極めたところで、
病気におびえ、末法におびえ、
鬼におびえて暮らすのはイヤだ。
とりわけ、病気がイヤだ。
今では考えられないような軽い病気で
コロコロ死んでいく。
盲腸、はしか、虫歯、痔、擦り傷切り傷、食中毒などなど。


134 :日本@名無史さん:02/08/23 10:49
>>111
それは江戸時代の話だね。
平安時代だともっと引っ張ってたはず(w

135 :129:02/08/23 10:55
見た目の優雅さでは平安貴族だろうけど
奈良時代の貴族の方がいいな

不健康な生活(カロリー過多・運動不足・ストレス)をおくっていた
平安貴族の平均寿命は男35歳・女27歳〜男50歳・女40歳まで諸説幅があるけど
「早死に」だったってのは共通している
日常茶飯事でコロコロ死んでいったんだろうな

136 :129:02/08/23 11:00
>>134つーか>>111
「陰陽寮 暦 風呂」で検索すると結構出てくるとおもうよ
月に1〜2回くらいかな?

137 :129:02/08/23 11:03
>>135
今思ったんだが
平均寿命:男35歳・女27歳
平均余命:男50歳・女40歳
のような気がする

明治初期の平均余命が14歳だって言ってもこの板の人は驚かないよね?

138 :日本@名無史さん:02/08/23 11:04
>>137
平均余命って意味知ってるか?

139 :129:02/08/23 11:09
知りませんでした!!

○明治初期の平均寿命
×明治初期の平均余命

140 :日本@名無史さん:02/08/23 11:15
>>139
平均余命てのは、それぞれの年齢において平均あと何年生きるかという年数。
だから、平均余命をいう場合は、必ず何歳の平均余命なのかが必要になる。
ゼロ歳児(生まれた瞬間の子供)の平均余命を平均寿命と呼ぶ。

141 :129:02/08/23 11:29
>>138
やっぱり気になったんで調べたんだが、見事に勘違いしてました
俺の脳内平均余命=平均寿命=0歳児の平均余命
俺の脳内平均寿命=乳幼児死亡者を抜かした平均寿命

「乳幼児死亡者を抜かした平均寿命」ってのが適当かどうかわからないけど
意味はわかるよね?
ある程度の年齢まで生き残った集団の0歳時からの平均余命ってことで

142 :日本@名無史さん:02/08/23 11:34
>>141
昔は新生児の死亡率が激しく高かったから、
新生児の死亡率を除けば、人生50年くらいだったろうな。


143 :日本@名無史さん:02/08/23 11:43
マメな人だね。感心。

144 :日本@名無史さん:02/08/23 13:43
124が気になる。
現代人一人が平安時代にタイムスリップして、貴族級の財産と地位を持ったとして、
アメリカに行ける帆船を作らせる事が出来るか。
 朝廷に「天竺まで行ける船を作ろう」とかいって造船と操船の技術に投資させるか?

145 :日本@名無史さん:02/08/23 13:47
>>144
北周り航路(蝦夷→千島→カムチャツカ→アリュ−シャン→アラスカ)なら小さな船でも可能。


146 :日本@名無史さん:02/08/23 13:49
>>144
源実朝はバカでかい船を作ろうとしてなかった?計画だけ?

147 :日本@名無史さん:02/08/23 13:53
ただし、当時の軍事力でマヤやトルテカ、インカに勝てたかどうかは不明。


148 :日本@名無史さん:02/08/23 13:55

物凄いスレ展開になってまいりました!文明の衝突!

149 :日本@名無史さん:02/08/23 13:57
やはり坂東武士と馬が必要だな

150 :日本@名無史さん:02/08/23 13:58
>>147
できたよ!

しかし、  浮かばなかった。(みじめ

151 :日本@名無史さん:02/08/23 13:59
マロは天竺などへ渡るのはイヤでおじゃる!


152 :日本@名無史さん:02/08/23 14:02
男も女もマユを剃り落とし、お歯黒。

コワヒヨー

時代劇や映画は歴史を捏造しないで下さい。

153 :日本@名無史さん:02/08/23 14:14
逆に言えば、当時の貴族たちからすれば、
白い歯やゲジゲジ眉毛は背筋が寒くなるくらい
気味悪かったんじゃないか。

捏造してくれている人たちは君がこわくて見たく
ないものを見ないようにしてくれてるわけだから
感謝しないと。 (w

154 :121:02/08/23 15:30
>白い歯やゲジゲジ眉毛
「蟲愛づる姫君」だな。
解説: ttp://www.cyberoz.net/city/sekine/HIMEGIMI.htm
原文: ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~Taiju/tutumi_tyunagon.htm
あたり読んでみそ。
ごく少数ながらこんな”変人”もいたし、それに魅力を感じる人もいたようだ。
こういうのを読むと、案外現代人との距離は遠くないように感じるんだがね。

155 :日本@名無史さん:02/08/23 15:34
>>154
イモ虫をハァハァ愛でる姫なんて正直怖いよ!!

156 :日本@名無史さん:02/08/23 15:35
現代でも爬虫類おんなとかいるじゃん。

157 :日本@名無史さん:02/08/23 15:38
>>154
>素早く毛虫を袖に拾い入れる姫

うわぁぁぁ

158 :121:02/08/23 15:49
>>155
>>157
こらこらそんな瑣末な事で騒いじゃいかん(w
まあ俺も毛虫はやだが歌詠んだりしてポエマーに生きるより、合理的に物事とらえる
こんな姫と遊んでる方が楽しかろ。

159 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/08/23 23:29
>158
和歌も紙も凄いし(藁)。平安の世に行ったらある意味理想的な女。

160 :日本@名無史さん:02/08/24 00:12
でもその時代に生まれていればその時代以前しか知らないわけで
いやーいい時代になったなー!とか便利になったなー!
誰が最初これを考えたのかなー!などと言いながら
それなりに慣れて、免疫力もUPして抵抗力も向上して
それなりに満足して暮らせたのではないかな

161 :日本@名無史さん:02/08/24 00:15
>>159
紙で思いだしたけど、平安時代に行ったら困りそうだなあ、トイレットペーパー。
和紙自体高級品だし、金と権力に物をいわせて、柔らかいのを特注するしかない?

162 :日本@名無史さん:02/08/24 00:33
当時は竹べらでウンチふいていたんだよね。

163 :日本@名無史さん:02/08/24 00:46
貴族の女は竹べらすら使わない。
しっぱなし。
寄生虫なんかいっぱい居たんだろうな。

164 :日本@名無史さん:02/08/24 00:59
今昔物語に、サナダムシが人間に変身した話があったな。

何故か胡桃が苦手で、胡桃料理食わせたら溶けちゃったそうな。

165 :日本@名無史さん:02/08/24 01:45
それで真田氏は胡桃を忌んでいたのか。

166 :日本@名無史さん:02/08/24 01:59
高校の日本史の先生がいってたけど、首を吊ながらの自慰がはやっていたとか。
実際に死ぬやつもいたそうだ。


167 :日本@名無史さん:02/08/24 02:23
クンニやフェラなんかできないよね。不衛生で。
もっとも、フェラが日本で普及したのはここ20年とか。
AVの影響で。

168 : :02/08/24 02:31
http://www.satsuma.ne.jp/hanaze/
田舎の寂れた田代商工会のHPを、100万アクセスの
超人気サイトにしてあげる、夏休み特別企画です。

(現在ここがターゲットです)

どんどんコピペして他の板にまいてください

169 :日本@名無史さん:02/08/24 16:12
今も昔も、金や権力のある所に生まれた人は
割と、仕事にしばられずに、好きに遊んでます。

170 :日本@名無史さん:02/08/24 17:39
某水道局の浄水課の方々とか・・・

171 :日本@名無史さん:02/09/03 19:11
でも、同じ時代の他の国々よりはるかに清潔な国だったという印象があるんだけどな。
湯浴みだってちゃんとしてたらしいけど・・・

172 :日本@名無史さん:02/09/03 19:24
>>168
君はどう思う?平安時代で生活してみたいと思うかい?

173 :日本@名無史さん:02/09/03 20:22
>>171
それは庶民の話だろ

174 :日本@名無史さん:02/09/03 20:37
>>171
高貴な女房衆や姫君たちなど、あの長い髪を洗髪するのは年1回程度だったようです。
夏の暖かい頃に吉日を決めて一斉に鴨川で洗ったので、見物客が押し寄せたりしたらしい。
きっと川は真っ黒になったに違いない。


175 :日本@名無史さん:02/09/03 22:10
陰陽寮の発行する暦をその通り厳守するヤツばかりではなかったってのが、
前出てたよな。

176 :171:02/09/03 23:18
ははあ、なるほど。
寝殿造りの下屋や雑舎には湯殿が設えてあったので、もう少し湯浴みを
することもあるのかと・・・
すると、湯殿というのは家司や、家人が使ったのでしょうか?
髪を洗うのが偶になのかと思っていました。

177 :日本@名無史さん:02/09/04 21:25
立ち歩くのもまれなすわりっぱなしの姫たちは、あんま汗かかないから、
今思うほど、汚れないかもよ?日にもあまり当たらないし、おそらくは小食だろうから
新陳代謝も悪そうだし…。
が、男はバッチイだろうな。出歩くからな。いいわけできない…

178 :山野野衾 ◆NDQJtGoM :02/09/04 21:35
>174
年に二回で一回は七夕にやったという話も聞きましたが、汚い事に変
りはありませんね。椿油が水面に浮きまくったらある意味公害。

179 :174:02/09/07 02:02
洗うのは年に数回だけど、そのほかに米のとぎ汁を使ってクシで梳いたりも
してたらしいです。
…でもふけは取れないだろうなあ。
花輪和一がマンガでそういう平安貴族の不潔さを描いたりしてましたね。

180 :日本@名無史さん:02/09/09 17:21
私は山登りが趣味で、一週間くらい髪を洗えないことがある。
すると、汚い抜け毛が山のように出る。
・・・あの長ーい髪が、フケにまみれていっぱい抜けてたらカナ−リいやかも。

181 :日本@名無史さん:02/09/28 11:27


182 :日本@名無史さん:02/10/12 11:25
 

183 :日本@名無史さん:02/10/12 11:57
>>180
道灌!
自分、39度の熱があっても頭洗ってしまう方なんで、
つくづく現代人でよかったと思うよ。
人の頭はなおさら気になる。

184 :日本@名無史さん:02/10/12 16:08
>>154-158

亀レスだが、「今昔物語」の「イモ虫をハァハァ愛でる姫」(wは、
かの宮崎パヤオ監督の「風の谷のナウシカ」のモデルだ。
彼女と「オデッセイア」に出てくる心優しき姫「ナウシカ」から、
あのヒロインを考えたそうな。


185 :日本@名無史さん:02/11/03 21:06


186 :日本@名無史さん:02/11/04 19:08
知れば知る程、平安貴族には生まれなくて良かったと思う。
人間関係狭くてやたら体面気にしなければならないし、
ちょっとの失敗にもすぐに突っ込まれて物笑いの種になるし、
特になまじ身分の高い姫君に生まれつこうものなら、
外出はおろかに人前に出るのもままならないし、
女房に手引きされた男にいつ覗き見されたり忍びこんで来られるかわからんから、
自分の寝床でも四六時中気は抜けないし、
現代の価値観からは明らかに男の方が悪い場合でも、
女の方が「はしたない」「軽々しい」とか責められるし…。

187 :日本@名無史さん:02/11/15 16:36
平安貴族っていいよね。枕の草子なんかから想像するとほとんど毎日遊びが仕事。

ただし、権門に生まれなければ、悲惨な生活から一生抜けられないけど。

188 :日本@名無史さん:02/11/18 00:48
うーん、
さぞかし退屈だっただろうとも、思うけど・・・
今の方が、遊ぶにはいいかもしれないね。

189 :日本@名無史さん:02/11/18 00:54
遊びが仕事ってのも案外苦痛かも知れんよ。
人間ってのは、何らかの不自由が無いと生甲斐を感じられないと思うし。

190 :日本@名無史さん:02/11/18 01:14
その時代にいたらいたで「○○の方がよかった〜」とか言うだろう。
そしてどうしようもないからそのまま生きてくのだろう

191 :日本@名無史さん:02/11/18 01:17
平安貴族も今日の政治家と変わらないでしょ

要は派閥の領袖(藤原四家)が利権(国司・荘園)を分配して
子分どもがそれに群がる
派閥の領袖はその上前をはねると同時に、他派閥をつぶそうと画策
する。

政治家同士の結びつきが、結婚戦略であったり、同好会(自民党の
派閥も表向き政策集団でそのじつ利権集団) であったりすることも
似てますね

192 :日本@名無史さん:02/11/18 01:35
>>167
フェラチオは平安時代にもあったぞ。



193 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/18 08:07
>184
「堤中納言物語」でしょうが・・・。

194 :日本@名無史さん:02/11/18 08:55
>遊び・枕草子

そりゃそうだ。清少納言は
「遊び」の場面しか見てないもん。

王朝貴族の日記だけ見れば逆に
「随分働いてるなあ」って思うよ。

195 :日本@名無史さん:02/11/18 09:02
今でいえば社交クラブやホテルでの会食、ゴルフ場での場面だけで
政府高官や財界トップの姿を描くようなもんじゃないのか>枕草子

196 :日本@名無史さん:02/11/18 09:04
まあその場合も「仕事」を兼ねることが多いけど
王朝貴族の歌会とかだって人脈作りとか
雰囲気を探る、相手の教養の度合いで組むべきか組まざるべきか
見極める、なんてことがあったんじゃないか?

197 :日本@名無史さん:02/11/19 14:45
>194
で、実際のところ仕事って何していたんだ。武官はまだ想像つくけど、
それと国司、まあこれも税金取り立てて中央に運ぶ手配とかあったわけだ。
でも中央の役所には何していたのか想像もできない部署おおし。

198 :日本@名無史さん:02/11/21 02:08
こんなんみつけた。
http://members10.tsukaeru.net/nihonshi/index.html
このサイトのゲームめちゃムズ。
日本史に自信のあるやつはやってみ。
ちなみに時代はAD900〜AD1200。



199 :真言立川流:02/11/21 02:59
>>197
例えばどんなところが?

200 :日本@名無史さん:02/11/28 09:04
蔵人なんかは忙しかったんだろうけど、あとはね・・・
真剣に呪詛対策なんかしてたわけだし、踊るとか、歌うとか、奏でるとか
詠むとか・・・
そんで忙しかったんだろうと思うな。

201 :日本@名無史さん:02/11/28 09:29
素朴な疑問だけど、冬は寒くなかったのかな?
家の中で凍死したりしなかった?

202 :日本@名無史さん:02/11/28 19:32
貧しい人は、イパーイ凍死してたよ
中も外もあんまり関係ないんじゃない?

203 :日本@名無史さん:02/11/28 21:17
当時は湯船につかることなどせずに髪は米のとぎ汁であらい、
食べ物は乾し飯に干物。甘いものはせいぜい柿ぐらい。
現代人以上に食べ物の偏りが激しかった。
酒は糖分がおおい濁り酒。そのために糖尿病患者も多かった。
さらに歯が悪くて歯槽膿漏。しかし歯医者はいない等々・・・。
ぜったいに幸せとは思えない・・。


204 :日本@名無史さん:02/11/28 21:35
儀礼、祭祀、仏事は当時は
「やるべき仕事」だもん。
如何に先例に忠実に儀礼を滞りなく行うかが肝心.
詩歌管絃を通じて文化を守るってのも仕事だ。
平成時代の官僚機構の職務と比べても意味はないだろう。

205 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/28 21:50
>201
醍醐天皇ないしは一条天皇が「民は寒がっているだろう」と衾をかけずに寝て
おられたという逸話があります。

206 :日本@名無史さん:02/11/28 22:40
逸話と史実は別だろ。

207 :日本@名無史さん:02/11/29 00:29
>>205
イイ話〜っ
出典が分かれば、キボンヌ・・・

208 :日本@名無史さん:02/11/29 00:55
>>207
私も出典を知りたい。でもイイ話か?
上に立つものは健康でいるのが最低限の仕事だと思うけどな。

209 :日本@名無史さん:02/11/29 03:18
関西は暑いからな。クーラーないのは勘弁だ。
都が仙台か札幌だったら平安貴族やりたいな。

210 :日本@名無史さん:02/11/29 07:44
江戸時代は暑かったけど、平安時代は割と涼しかったらしいyo

211 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/29 12:17
>207
醍醐天皇の事跡とするのは「大鏡」。一条天皇の事跡とするのは「古事談」、
「続古事談」、「十訓抄」、「宝物集」。
>206
それでも過ごせる寒さだったと分かる。当時の貴族の寝起き姿を知る史料と
しては「松崎天神縁起」あたりが良い。

212 :日本@名無史さん:02/11/29 12:57
大鏡にはどんな風に書かれているんですか。

213 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/29 13:10
>212
小寒・大寒の頃の事として、上記の事が書かれています。というか岩波
で出ているので原典を当たって下さい。現代語訳されたものなら講談社
学術文庫。

214 :運子:02/11/29 13:11
『垣間見(覗き)』で見えるのはせいぜい着物の一部か髪の一部。
そんなんで女性像を判断してプロポーズ。
ヤダ・・・。

215 :日本@名無史さん:02/11/29 13:14
>>213
御衣って「ふとん」と理解していいんですか?
すっとふとんなしで寝てたと理解していいの?

216 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/29 13:18
>214
虫愛でる姫君は分かり易かったようですが(藁)。今から見ても強烈。

217 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/29 13:25
>215
それでいいのでは?風邪をひきそうですが。

218 :215:02/11/29 17:13
いや、「「ある」とても寒い日に民の気持ちを理解するために「寝巻き」を外
に放って寝られた。」と理解していたものですから。ふとんに当たるものは
かぶってないんですか。ちなみに「大鏡」の原点は手元に持っていますが。


219 : :02/11/29 17:14

http://www.freewebz.com/kotish/cgi-bin/img20021122154429.jpg




220 :日本@名無史さん:02/11/29 19:20
>>210
逆だyo。
江戸時代は今より寒くて、平安時代は今と同じぐらいだったみたいだYO。
http://www.nature-n.com/g_wrm/img/0201_g1.gif



221 :ああ:02/11/29 19:21
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222 :210:02/11/29 21:14
>>220
ありゃ・・・
本当だ、記憶違いです。スマソ・・・

223 :日本@名無史さん:02/11/30 05:23
貴族同士結婚して子どもを3人以上造ると、
両親二人だから時代と共に貴族の人数がどんどん増えてって、
財産は細分化されて目減りされてくよね。
そのへんどうなってたのかな。
貴族って定員あったのかな。

224 :日本@名無史さん:02/11/30 05:40
分割相続なんて

225 :日本@名無史さん:02/11/30 05:54
俺は平成貴族
高級ブランド住宅地の持ち家一戸建てに住み、ベンツやアストンマーチンを
乗りまわし、オンナは途切れたことがない。
身長180cmマッチョ体型、顔はブラピ似。
現在28歳。

226 :日本@名無史さん:02/11/30 11:38
ベンツとアストンの両方に乗っちゃうところに「趣味の問題」を
感じるね。やんごとなき貴族は牛車のかざりにまでこだわったもん。
よって、平成貴族認定却下。

227 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/30 14:56
>218
「源氏物語絵巻」で柏木らが着ていた「直垂衾」なら御衣と書かれてもおか
しくないかな・・・と考えたものですから。天皇が素っ裸になられるのは下
賎の者のようでイメージしにくかったので。(よく分かりません)

228 :日本@名無史さん:02/12/06 03:18
雨降ると、あんまり外出しなかったらしいね。
忌み日になっちゃうらしくて。
不便じゃん。

229 :日本@名無史さん:02/12/06 03:26
>>228
あのころは雨に濡れると、衣装の染料が落ちちゃうんじゃなかったっけ。

230 :日本@名無史さん:02/12/06 06:45
これ、カズマ。おんぶしてたもー、プリンを取って来てたもー。

231 :日本@名無史さん:02/12/06 07:01
清少納言の父親って八十を越えても現役で働いてたんだね。
九州あたりの守だっけ?
意外に元気だな。
彰子と弟、母も九十近くまで生きた。
すごい若死にが多いにもかかわらずこうして長命だった人って
現代の泉重千代さんみたいなもんだったんかな。

232 :日本@名無史さん:02/12/06 09:20
平安時代の貴族は自宅でくつろぐ時パンツ一丁なんてことはなかったの?

233 :日本@名無史さん:02/12/06 16:45
源氏物語に女房同士かなんかで碁を打ってるんだけど、どっちかが
上半身裸っていうなかなかすごいシチュがあったような。

234 :日本@名無史さん:02/12/06 17:21
セックスし放題だったんだよね。

235 :日本@名無史さん:02/12/06 17:29
>>234
233は暑かったので寝所で碁を打つ時に、衣をはだけて胸のあたり
が露となっていたって話だろ。あまり興奮しないように。

236 :日本@名無史さん:02/12/06 17:39
結婚相手探すのに広場いって乱交パーチィーって教わったのですが(^^;

237 :日本@名無史さん:02/12/06 17:59
試乗して決めるわけですね。非常に合理的。さすが平安時代。

238 :日本@名無史さん:02/12/06 18:08
文化が南方的であり 半島系でないと言っておられましたが・・
最近はどんな感じなんですか?

239 :日本@名無史さん:02/12/07 11:48
今の価値観で当時を見るのは野暮ってもの。
その時代の文脈のなかにいきないとな。

240 :日本@名無史さん:02/12/07 14:22
少し関係ないかもしれんが、
中世のヨーロッパの人々は砂糖菓子の普及により虫歯になって地獄の苦しみを味わう事が多かったそうで、
治療法もペンチで歯を抜くしかなかったとか。
私はこの間、歯医者に行って虫歯の親知らずを抜いてもらったがが
歯の根元の方が曲がっているとかで、どうしても抜けない。
それで30分ほどの悪戦苦闘のあげく歯を粉砕して何とか抜き取ったのだが、麻酔のおかげで痛くはなかった。
こんな私はたとえ王子様に産まれてきても、虫歯で地獄だったろう。
確か、徳川13代将軍も幼い頃から虫歯に苦しめられ続け
常に激しい歯痛と頭痛、発熱などに悩まされ続け若くして死んでいったなんて話しがある。
他に秀忠も晩年は虫歯に苦しんだという。
虫歯の適切な治療が受けられないとそんなもんだろ。

虫歯の事を想像すると昔の貴族王族より今の平凡の家庭の方がいいや。

241 :日本@名無史さん:02/12/07 14:27
平安貴族に虫歯はあったのか?

242 :日本@名無史さん:02/12/08 16:03
平安時代の人はマムコ臭かったんだろうな。
それでも、本能で舐めざる得なかったんだうろうな。
うげげ。

243 :日本@名無史さん:02/12/08 16:35
平安貴族は虫歯だらけだと思う。
歯のない貴族の絵を見たことあるし。

244 :日本@名無史さん:02/12/08 16:38
お江戸でござるの先生によるとお歯黒は抗菌作用があり、お歯黒をしていた女性は健康な歯だったらしいよ。

245 :日本@名無史さん:02/12/08 19:23
そうすると虫歯の男女比率は、カナ-リ偏ったものになったんでしょうね。
昔は歯がなくなると致命的だったらしいし、すると平均寿命も違ったのかな・・・

246 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/12/08 20:42
>244
種類にもよりましたが、岡山県の香登お歯黒などは現在の歯学部教授も認める
優秀さでした(江戸期に流行)。海南島やインドネシアにもお歯黒(に似た
習慣)があり、これらも虫歯に効果があったそうです。
三条天皇は虫歯を京極辺りに住む老女(巫女か)に抜かせたとか。

247 :日本@名無史さん:02/12/09 15:44
平安貴族は男女ともにお歯黒してたんでしょ。

それより気になったのはお白粉。クレンジングなんてなかっただろうから
落とさなかったのかな? まさか付けっぱなしでドンドン上に重ね塗り?

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249 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/12/09 18:51
>247
笑うだけで剥がれ落ちるくらいの厚化粧でしたね。

250 :名無しさん:02/12/10 08:23
髪にも油ぐらい使ってたみたいだから
椿油でクレンジングか?

251 :日本@名無史さん:02/12/12 15:09
こんな状態でよくあんな和歌がよめるよね。僕らも千年後には「あんな不潔な中で…」って言われているかも。

252 :日本@名無史さん:02/12/12 15:36
そう、我々の体内には様々な細菌その他の生物が寄生してるわけで、
そう言えば細胞ひとつひとつにあるミトコンドリアだってもともと
は別の生物だったものが入りこんで寄生してひとつになったわけだし。
そう考えると現代人は未来人からすると、超キモイ不潔な存在かもね。

253 :日本@名無史さん:02/12/26 09:26
age

254 :日本@名無史さん:02/12/31 14:22


255 :日本@名無史さん:03/01/02 19:03
>>135
>見た目の優雅さでは平安貴族だろうけど奈良時代の貴族の方がいいな
奈良時代の貴族との差異のひとつは、文武の分離だろうね。政争に伴う武力抗争に
奈良期宮廷藤原氏は、自らも臨戦していたのに、平安期公卿藤原氏は、何故事務官
一辺倒に転向したのかな。武術を蔑む思想は、誰が広めたんだ。

256 :日本@名無史さん:03/01/02 19:20
>>255
朝鮮の王宮とかぶるな。
だいたい貴族のルーツって大和朝廷建てた渡来人だろ。

257 :日本@名無史さん:03/01/02 19:29
>>251
今の人間が清潔好きすぎるんだよ
昔は洋の東西を問わず肌は垢だらけ
エリザベス1世なんか無類の清潔好きで
年に2回も風呂に入って呆れられた

258 :日本@名無史さん:03/01/03 08:28
>>1
平安期族には、あまり憧れないなあ。
大貴族ならともかく中・下流貴族だと結構生活が不安定だよ、特に家族が。
日本の貴族って官位であって爵位ではないだろ。
だから法に定められた領地というものがない。荘園はあったけどね。
つまり、相続の規定が非常に曖昧で親が大貴族の嫡男であっても、
親の地位を相続できるとは限らないからなあ。
中流以下なら尚更。
当主が死ぬと跡継ぎがある程度の年齢と地位にいなければ明日をも知れぬ立場。

259 :日本@名無しさん:03/01/03 15:49
女の場合は当時の基準で美形で琴や和歌など教養にあふれていれば
愛人として通ってくる男がいるかもね。
でもずーっとそれが続くとは限らないし・・・・
いい家に生まれれば実家の後ろ盾を求めて求婚してくる男性ひくてあまたかも。

反対に男はいいとこのお嬢さん見つけて出世の足がかりにしなきゃならん。

260 :結論 ◆ftPPm1xT6Q :03/01/03 16:13
お歯黒は歯を酸化鉄でコーティングして、虫歯を防ぐため。
現在ではフッ素を使う

261 :日本@名無史さん:03/01/06 01:02
1/5 23:30-24:00 TBS「世界遺産」で、宇治平等院が紹介されていた。
阿弥陀如来は死後、極楽浄土へ案内してくれるパイロットだったんだねえ。
南無阿弥陀仏...って、アッラーアクバルのような言葉だったんだ。
それにしても平安上流貴族は、何でそんなに極楽浄土に憧憬したんだろう。
第333回 2003年01月05日 古都京都の文化財(III)(日本)
http://www.tbs.co.jp/heritage/20030105/outline_p.html

262 :日本@名無史さん:03/01/06 01:05
>>261

末法思想っていうキーワードでぐぐってみたら。

263 :日本@名無史さん:03/01/06 01:06
慢性的な皮膚病が流行ってたぞ

264 :日本@名無史さん:03/01/06 22:57
>>261
平安貴族は、怨霊と地獄を信じていたんだよ。病原菌で、ばったり若年で死ぬのは、
平安人には、理解不能な現象だったろうね。
>>263
慢性的なって、何病のこと?

265 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/06 23:33
守護霊に憑かれて長生きすることもあれば(大鏡)、逆に怨霊に憑かれて長生
きして苦労する事もある(愚菅抄)と考えられていた。

266 :日本@名無史さん:03/01/07 17:43
鉛が原料の厚化粧と、偏った食事と、不衛生の複合要因なんじゃないの?
慢性的な皮膚病・・・。

267 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/07 18:54
藤原実資(享年90歳)のような長生きも居ましたけどね。薬を調合し、蜂
蜜や牛乳まで口にしていたお陰か。藤原道長の妻子は妻の遺伝か長生きが多い。

268 :日本@名無史さん:03/01/07 21:20
なんで貧乏なの?
被官に「早く仕送りしろよ」とか言えないの?

269 :日本@名無史さん:03/01/07 23:20
>>267
藤原実資を始め、実頼流はだいたいが長命。政争にも加わらず。
もっとも、実資は他流からの養子だったかもしれない。

270 :日本@名無史さん:03/01/07 23:31
奥州藤原氏・・・

271 :日本@名無史さん:03/01/07 23:36
>>270
がどうしたの?

272 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/07 23:42
>269
意外と長生きも多いんですよね。乳幼児の死亡率を入れない(15歳
以上で計算した)平均寿命だといつの時代でも60〜62歳くらいで
あったとか。もっとも病になって道端に捨てられたような人達はどう
やっても長生き出来そうにない。

273 :日本@名無史さん:03/01/08 07:57
今、源氏物語読んでるんですけど、
平安時代のセックス観について知ってる人、
何でもいいので教えてください。
タブーとか、・・・。

274 :日本@名無史さん:03/01/09 07:15
>>273
例えばどんなの?
噂で美人だとか聞いて、歌を送りまくって相手をなびかせて
夜通ってきて、セクースして、日がのぼる前に帰って、朝に「昨夜は
サイコー!またやろーぜ」とか歌を送ったりして、結局晴れてケコーンする
までセクースの相手がどんな面してるかわからんとか?

275 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/09 09:26
「堤中納言物語」や「今昔物語集」をお読みになっては。貴族というよりは
庶民の性感覚が中心ですが。

276 :日本@名無史さん:03/01/09 10:19
或宮腹の女房,みそか法師をもちて夜な夜な局にいれけり.
ある夜法師,しとのしたかりければ,「いづくにかあなある」と
女房にたづねければ,「そのさをのしたにこそあなははべれ」と
をしへければ,この法師はひよりてさぐるに,あなにさぐりあひにけり.
すでにせんとしける程に,折節あしく,へのひられんとしければ,
しとをも念じてためらひにけり.しとをいきづまば一定もろともに
いでぬべくて,ひかへたるをばしらずして,この女房あなをさぐりえぬと
心えて,はひよりて,「いづくにぞ」とさぐる程に,あやまたず手を
僧のわきへさしいれてけり.この僧こそばゆさにたえぬ物なりけるにや,
おびえて身をふるふ程に,へもしとも一度にいでにけり.
あなにとりあてたるまらもはづれて,しとさむざむにはぜちらされにけり.
隣の中へだてのやり戸に,あなのありけるよりしととほりて,
遣戸のそばにねたりける女房のかほにかかりければ,かくとはしらで,
雨のふりてもるぞと心えて,さわぎまどひける,をかしかりけることかな.

277 :日本@名無史さん:03/01/09 20:26
昨日歯医者行ってきたんだけど、平安貴族が幸せとは思えないと再認識したよ

278 :日本@名無史さん:03/01/10 00:35
>>276
なにこれ?やたら下品だけど自作?

279 :日本@名無史さん:03/01/10 09:44
>>278
鎌倉時代の説話集「古今著聞集」より
「或宮腹の女房の局に密夫法師入りて尿を漏らす事」

作者の橘成季は諸兄の子孫で下級公家.没落貴族であるだけに古代王朝文化へのあこがれと
思慕の念が強かった.そこでひろく雅びな題材を古代に求めた説話集を編纂したのだが,
そこは鎌倉文学のリアリズム.雅びな王朝文化を書き残したいという作者の意図に反して
かえって貴族生活の空虚さと貴族文化の貧しさが表面化して,おもしろくなってしまった.
「古へよりよき事もあしき事もしるしをき侍らずは,誰か古きを慕ふ情を残し侍るべき」

280 :bloom:03/01/10 09:54


http://www.agemasukudasai.com/bloom/

281 :日本@名無史さん:03/01/10 10:06
追記.
著聞集の性格からいって,作者の創作した話とは考えにくい.
作者自身が収集した文献や伝聞をそのまま書き残したものだろう.

古典的な雅味を中心に収録した説話集の中に尾籠・卑猥をきわめた説話がまぎれこむ
のも作者のしゃれっ気のないきまじめさゆえだろう.
同じ題材でも宇治拾遺の作者だったら,もっとユーモラスに書くんだろうけれど
著聞集の実録的な文体でこういう説話を扱うとなると,どうにもならない.
鎌倉期の没落貴族の内面的なまずしさをも読み取れるという意味で,二重に楽しめる.

282 :山崎渉:03/01/11 16:43
(^^)

283 :日本@名無史さん:03/01/12 01:48
自由な結婚・離婚はうらやましい。自分の家から複数の妻のところに通い、
子供ができても養育費なんてヤボなこと言わず、妻方の実家が責任を持って
育ててくれる。女性のほうが男性をもてなすってのがうれしい。

284 :日本@名無史さん:03/01/14 02:58
>>283
貴族間ならガキできたらケコンしなきゃいけないんじゃなかった?
貴種の血が欲しい地方の豪族のとこならともかく。

源義朝みたいに日本中に女散りばめとくのも悪くないが、
彼は結局養育費払ってたんじゃないの?
熱田神宮の神官の娘ならまだしも、
常盤御前とかは収入低そうだし。

285 :日本@名無史さん:03/01/14 12:47
>>283
養育費なんてセコイこと気にするような貧乏人は
女の家に通わせてもらえない罠

286 :日本@名無史さん:03/01/14 12:52
当時はすべて母親のもとで子は育てるもんです。


287 :日本@名無史さん:03/01/14 18:06
常盤御前は身分の低い召使いだったから、義朝の囲われ女だったんでしょうけど、
男に養われる女性は一般には身寄りのない可哀想な存在。
貴族の娘が亭主の家に引き取られたりしたら、本人のみならず実家の親族までが
笑われてしまう。
わが息子は嫁さんの実家が面倒をみてくれるから放っておいても大丈夫。
その代わりに婿殿を非常に大事にした時代で、俺も生まれたかった。

288 :日本@名無史さん:03/01/15 01:11
ろくなもの食ってなかったろうに、違う女に次々とヤル時、チ○チ○は立ったのだろうか。

289 :日本@名無史さん:03/01/15 05:57
歌やりとりしながら、さりげなく相手の家格とか収入も考えてたんじゃないかな。
自分より高い格の家の女に歌送ったら、思いっきりバカにされるとか。
だから、必然的に摂政関白までいく家の娘は天皇の妃になるまで手付かずになってた。

藤原高子に手を出した在原業平はスゴいってことか。

290 :vvv:03/01/15 05:57
http://www6.ocn.ne.jp/~endou/index2.html

291 :日本@名無史さん:03/01/15 18:49
業平が高子に手を出したのは色恋だけではあるまい。
もっと世俗的な打算があったのではないか。

292 :山崎渉:03/01/16 08:43
(^^)

293 :日本@名無史さん:03/01/16 21:18


294 :日本@名無史さん:03/01/16 21:55
>>291
政治的な打算があったのは確かだが、
業平が身分が上の女を落としたことも確か。

295 :日本@名無史さん:03/01/17 02:13
子供の世話は母方の実家がすべて面倒見るんじゃなかったっけ。

しかし、いつから夫婦同姓になったのかな?

296 :日本@名無史さん:03/01/17 03:08
夫婦同姓は制度としては明治の民法から。
実態としては江戸時代から夫の姓を名乗る女性もいたし、
商家では婿養子相続が多かった。

297 :日本@名無史さん:03/01/17 20:55
天皇の位も母親の実家次第。実家がパッとしない氏族では・・・後見不足で落選。

298 :日本@名無史さん:03/01/18 01:58
夫婦別姓と叫ぶやつらには、どうせなら夫婦関係も夫婦別姓の平安時代に倣って
「同居しなくなったら、婚姻関係自然消滅」というふうにしてもらって、慰謝料
だの、うるさいことは言わないことにしてもらいたいですな。

299 :日本@名無史さん:03/01/18 02:23
俺は歌の詠める彼女を募集している。どこかにいないだろうか?

300 :日本@名無史さん:03/01/18 02:48
>299
サーヤ

301 :日本@名無史さん:03/01/18 02:58
さやこ内親王殿下は、出自が違いすぎるので・・・

しかし、もし、結婚ということになったとしたら、「降嫁」ということに
なるのだろうなぁ・・・

302 :日本@名無史さん:03/01/18 03:25
さやこちゃんて普段どんな会話してるんだろ?

303 :日本@名無史さん:03/01/18 04:04
かきくもり
夕立つ波の荒ければ
浮き立つ船の静心なき

これ、誰の歌?

304 :日本@名無史さん:03/01/18 04:15
紫式部

305 :日本@名無史さん:03/01/18 04:20
湯島天神のおみくじにあった歌なんだけど。
紫式部の歌だったのね。

おみくじ曰く、仕事がとらぶって、大変になるだろうってさ。
鬱。

306 :日本@名無史さん:03/01/18 04:24
冬ごもり
春さり来らし
あしびきの山にも野にも鶯鳴くも

というのも引いたことある。去年年末に引いたおみくじで、期待した
んだけどな。今年は、あまりいいことないのか・・・

ついでに、この歌の作者、ご存知?

307 :あらいぐま ◆9klrrr3OOI :03/01/18 12:14
>>306
作者不詳かも。

308 :日本@名無史さん:03/01/18 17:11
フェミニスト女よりも,婿養子で姓が変わっちゃうかもしれない男にとって
夫婦別姓は福音になろうかと思うのだが.
研究者にも結構おおいのだが,途中で名前が変わってしまうと不都合このうえないからな.

309 :日本@名無史さん:03/01/18 18:49
妻問婚では一夫多妻だけじゃなくて、多夫一妻状態も可能だったはず。
子供の父親は適当に決めてたのかな。どっちみち育てるのは妻だからな。

310 :日本@名無史さん:03/01/18 23:10
あの頃は異父兄弟なんてめずらしくなさそうだ。


311 :日本@名無史さん:03/01/18 23:27
業平を今の芸能人に例えると誰になるだろう?
高校時代の古文の教師曰く「今で言うところのキムタクみたいな・・・」漏れ的には石田純一のイメージがあるのだが。

312 :日本@名無史さん:03/01/19 00:16
>>309
近代以前までの西日本などの農村の風習から考えると、
娘がよばってきていた男の中から特に気に入っている男を父親であると指名し、
男が認知する、というシステムだったと思われ。

313 :日本@名無史さん:03/01/19 01:44
貴族が内裏に出勤するときって、車だったのだろうか?騎馬だったのだろうか?
それとも徒歩?
位階、官職、出自などでも変わると思うが、ちと気になる。
車だとしたら、九条あたりからだと結構時間がかかるかと思われ。

314 :日本@名無史さん:03/01/19 02:06
>>311
業平はいっぺん干されてるので
吉田栄作(マネーの虎)に一票。

315 :日本@名無史さん:03/01/20 02:22
最近、仕事が忙しくて休み取れないから、明日は物忌み休暇とろうかなぁ。

316 :日本@名無史さん:03/01/20 02:35
>>314
姿かたちでいけば、
西田敏行

と見た。

>>315
「方たがえ」して来いって上司に言われたらどうする。
それも、小枝にはさんだ文でメッセージが来たりして。(w

317 :日本@名無史さん:03/01/20 02:53
>>316
当社は方違え手当てが出るので大丈夫です。

318 :日本@名無史さん:03/01/20 03:05
>>317
御社は進んでるねえ。弊社は自分持ちや。(涙
国司にでもなって回収せんと(w

319 :日本@名無史さん:03/01/21 21:16
貴族は別として、農民、庶民はどんな家に住み、どんなものを食べて、どんな娯楽をして、どんな勉強をしたのだろうか?天皇がいるとか、将門が反乱をおこしたとか、道長が支配しているとかといったことは知っていたのだろうか。

320 :くじは毎年無限凶 ◆zss4ehCn86 :03/01/21 21:49
どうだろうね。以外に庶民のことはあまり知られてないから。
トイレはどう処理してたかとかも全然w

321 :日本@名無史さん:03/01/21 22:20
>>313
騎馬か車でしょう。徒歩で行くのは地下官人ぐらいでは?
そういった連中は六条とか七条に住んでいただろうから、
通勤も一苦労!

>>319
天皇の存在については当然知っているでしょう〜。
代替わりに際しては、派手に即位の礼とかやっていたわけだから、
イヤでも目に入ったはず。
将門は庶民の間でも結構有名人だったらしい。
乱を起こす前にも裁判沙汰を起こして、ひと騒動あったみたいだし。
道長とか、殿上人個々の名前は案外知られていなかったかもね。

便所は、そこらの川や溝にテキトーにしていた模様。
「平安の都」って本に詳しく出ている。

322 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/21 23:17
「大鏡」に落ちぶれたとある貴族の娘が歩いて道長に嘆願に来たという話が
ありましたね。かなり異様なこととして書かれていました。
>319
やはり説話集が分かり易いのでは。

323 :日本@名無史さん:03/01/22 01:14
> 道長とか、殿上人個々の名前は案外知られていなかったかもね。
殿上人全員はどうか知らんが、御堂関白くらいは知ってただろう。
当時、天皇についで偉かった人だから。

多分、摂関家にかかわるしたっぱの連中が威張り散らしていただろうと思う
よ。そういう連中は都の一般庶民と近いところにいたからね。接触も多かっ
たのでは。
伴大納言絵巻で伴大納言に仕える下級役人が、主人の威光をかざして他人の
子供を蹴り飛ばす場面があって、そういうのを見て、ふと、そんなふうなこ
とを思ったわけだが。

> 通勤も一苦労!
徒歩もそうだが、車も、かなり遅い乗り物のように思えるんだよね。
で、九条あたりに屋敷を持ってた上級貴族もいたわけだから、もし、車で通っ
てたら、結構、時間がかかったのではないかなと思ってしまう。

324 :日本@名無史さん:03/01/22 01:18
便所といえば、深窓の姫君は、箱を袖から服の中に入れて、おしりの下
において、服を着たまま、部屋の中で、用を足したと聞いたことがある
が。しかも、終わった後は、侍女がそれをどこかへ持っていくらしい。
源氏物語にも、その場面があって、美女の×××は、きっとかぐわしい
にちがいないとか言って、運んでいく侍女から奪って云々というくだり
が、あるとかないとか。

325 :日本@名無史さん:03/01/22 02:19
われてもすゑにあわんとぞおもふ

しばしのお別れ。

326 :くじは毎年無限凶 ◆zss4ehCn86 :03/01/22 02:25
>>324 怖い話だ。。。どこに持って行かれるのか最後まで見届けないと危険w

327 :日本@名無史さん:03/01/22 02:28
ところで官人たちの出勤時間ていうか仕事開始って夜明けなんですよね。

328 :日本@名無史さん:03/01/22 02:31
奈良時代はね。
平安貴族は遅い。

329 :日本@名無史さん:03/01/22 02:34
時代が下るにつれ遅くなっていったような。

貴族の日記を見ると、どこどこに行った。深更、退がるみたいな記述を
よく見かける。

330 :日本@名無史さん:03/01/22 02:40
下っ端の役人どもも重役出勤なんすか?いいなあ。

331 :日本@名無史さん:03/01/22 02:49
下っ端まで、そうなのかはわからないよ、記録がほとんどないから。

でも、仕えた先にもよるけど、武家時代ほど、厳しくはないと思うけ
ど。すくなくとも、ミスすると命を落とす羽目になるなんてことはない
よな。

尾張国司の暴政を農民たちが訴えた有名な事件で、農民側にはなんの
咎めもなくて、逆に訴えられた国司が解任されてるんだから、江戸時代
と比べたら、ずいぶん、いい時代だったかもしれん。

332 :あらいぐま ◆9klrrr3OOI :03/01/22 22:07
>>324
源氏じゃなくて平中物語じゃなかったかな。

333 :あらいぐま ◆9klrrr3OOI :03/01/22 22:09
>>331
平安時代の尾張は土着民の一致団結の一揆ぶりが特別凄かったと聞く。

334 :日本@名無史さん:03/01/22 22:37
自分をフッた女性を忘れられない男がその女性のウンチの臭いをかいだら
恋心も醒めると思い、侍女からウンチ箱を奪取するのよ。
ところが、ウンチ箱に入っていたのは香木。
いっぱい食わされた男は悶死しちゃう。

335 :日本@名無史さん:03/01/22 22:43
>>331

尾張国司だった藤原元命は、もともと花山天皇派で、
あの厳しいやり方も、花山の政策の流れを受けたものであり、
罷免されたのも、百姓の訴えを利用して、花山派を追い落とす
目的があった、とか保立氏あたりは言っとるね。

オレ日本史専門じゃないから、正しいかどうかわからんけど。

336 :日本@名無史さん:03/01/23 02:01
あの解は、とても郡司風情が書いたものとは思えん。相当の教養人が書いた
か、後世の加筆・修正があったか。

平安時代に一揆とは、はじめて聞いた。
豪族同士の私闘と言うのはよくあったが、農民が暴動を起こした例はないと
思うが。

国司の暴政を中央に訴えたのは何も尾張だけではない。
このころは、結構、多かったのだ。しかも、元命のように解任されるのも、
何人かいたが、しばらくして重任したりしているのもいて、それほど、深刻
なことでもなかったようだ。
その後は、政策がちと変わったせいで、訴えるのは減った。

元命が訴えられた原因は、高い税率をかけたことに対する不満が主だが、こ
の時代の税率は、反別三斗というのが標準的なものだが、別に規則で決まっ
ているわけではなく、国司の裁量に任されていた。このことを悪用して、当
時の受領は高い税率をかけて、中央に納めた残りを多くせしめたというから
くりである。


337 :日本@名無史さん:03/01/23 02:11
i


338 :日本@名無史さん:03/01/23 16:44
藤原師輔って九条辺りに住んでたんでしょ。内裏まで行くのって大変だったのかな〜。でも彼は朝起きるとお祈りしたり、髪に櫛あてたり、軽い朝食食べたり、日記つけたり、とゆっくりしてるよ〜。

339 :日本@名無史さん:03/01/23 18:33
>>338
大変だって言っても、師輔自身は牛車に乗っているだけだからねぇ。
係の者は大変だったろうね。

ここにこんなのがあった。随分と早起きだこと。

ttp://www.toride.com/~sansui/materials/date/yogo22.html
>書く時間は基本的に次の日の朝食前。
>官庁の出勤時間がAM6:30前後で起きるのが
>AM3:00くらいですからその間に書いていたようです。

340 :日本@名無史さん:03/01/24 01:49
午前三時とは、真っ暗ではないか。真冬なぞ、寒くて手が震えると思うぞ。
しかし、真冬に車に揺られて内裏へ向かうのは、やはりかなり寒くて辛かった
のでは?

日記といえば、九暦はほとんど残っていないね。この日記は将門関連の記事が
あるよね。ちょっとだけだけど。

341 :日本@名無史さん:03/01/24 02:02
牛車の中の人も大変だな

342 :日本@名無史さん:03/01/24 02:32
貴族は日が高く昇ってからしか活動しないから大丈夫

343 :日本@名無史さん:03/01/24 03:37
朝早いよ・・・(ネムー)

344 :日本@名無史さん:03/01/24 03:38
夜が明けないうちに彼女のトコから帰らなくちゃいけないし。

345 :日本@名無史さん:03/01/24 13:16
>>324 >>334
芥川龍之介の短編「好色」の元ネタやね。

346 :日本@名無史さん:03/01/24 19:12
平安貴族というと日々疫病に怯えてまじないをしていたり
不老不死の薬と称して金を食べて中毒にかかったりと
とかく死を意識した生活ばかり送っていたような気がする

347 :あらいぐま ◆9klrrr3OOI :03/01/24 20:02
>>346
金食べると中毒になるの?

348 :日本@名無史さん:03/01/24 20:43
>>347
金自体が有毒かどうかは分からないけど、精製過程で水銀や砒素が混じったり
していたらしいよ

349 :日本@名無史さん:03/01/24 20:49
平安貴族が風邪の時に飲んだのは、金を 使った秘薬「金液丹」。
長い間飲めば、腸が 金色に染まって不老不死になると信じられ たが、一方で失明のリスクもあった。

350 :あらいぐま ◆9klrrr3OOI :03/01/24 20:50
>>348-349

さんくす。
勉強になりました。

351 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/24 23:18
>346
どちらかというと宮本常一先生のご指摘通り「ケガレを避けた生活」かと。
「今昔物語集」の中の藁しべ長者譚では従者が主人に命じられて斃馬の死骸
を片付けている。

352 :日本@名無史さん:03/01/25 01:06
犬の死体が転がってるだけで大騒ぎだったね。

353 :日本@名無史さん:03/01/25 01:57
ほうき星もそうだね。

354 :日本@名無史さん:03/01/25 02:51
ある日の知足院。

康和三年六月十七日
丙午、天晴、辰剋許参御前、申剋許下宿所、其次参宮御方、頃之向宿所、入夜
又参御前、頃之退出、夜中許也、



355 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/25 13:49
牛が建物に上がりこんで来たくらいでガタガタ抜かすな。by徒然草
平安時代には騒いでいたのに・・・。

356 :日本@名無史さん:03/01/25 14:34
食生活や娯楽、健康、行動の自由さにおいては現代の平均的所得者の方が幸せでしょう。
性生活となると別だが、個人的にはしもぶくれの平安美人とやるのはちょっと・・・

357 :日本@名無史さん:03/01/25 23:20
しかも平安貴族の女性は基本的に膝を使ってすり歩きの生活だから
今みたいなボインですらっとした足の体型の女性は皆無だろうし、、、
しかも顔に塗りまくっているおしろいの主成分は
な・ま・り
ですけど。
それでもあなたは平安女性とエチーできますか?

358 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/26 00:06
しかも基本的に年二回(もの詣での時は除く)しか洗髪せず。それと美容と関
係があるかどうか分かりませんが、正座が定着したのは戦国期でこの頃には片
膝を立てて座ることもあったようです。

359 :日本@名無史さん:03/01/27 02:14
おお、良スレ。

>309
妻問婚は、基本的に一夫多妻だったはず。
多夫多妻は、イエ制度成立前の古代共同体社会かな。

360 :日本@名無史さん:03/01/27 21:46
平安時代の貴族女性は自由に動けなくてお気の毒だな。
まだ万葉集の時代の方が、大らかでのびのび生きていたような印象をうける。

食生活なんかも、奈良朝期の方が現代に近くて、
おいしいもの食べていたかもね。

361 :日本@名無史さん:03/01/27 23:28
原則としては、多夫一妻でもいいわけだが、男が女の家に通う、あるいは女の
家に住むという婚姻形態では必然的に一夫多妻になりやすいということですな。

この時代、一応夫婦の始まりは、儀式があって明確なのだが、夫婦関係解消の
タイミングが実に不明瞭だよね。女のもとにいつかなくなったら、「離婚か
な?」みたいな感じ。

362 :日本@名無史さん:03/01/27 23:49
戦後より前で、一番女性が自由だったのは江戸後期だなあ。

363 :日本@名無史さん:03/01/28 00:21
ある日の知足院。

長治元年二月四日
戌申、天晴、依物忌不出行。

364 :日本@名無史さん:03/01/28 00:49
五日  依物忌不出行。

365 :日本@名無史さん:03/01/28 01:02
(五日の続き)
院今日令籠広隆寺給云々、余依物忌固不参、依御風気籠給云々、酉剋許
為隆来云々、今日可有下名云々、則参内了、頭弁・頭中将等皆来、同則
皆参内了、

366 :日本@名無史さん:03/01/28 22:10
十二単って当時の女性も着辛いと思っていたのかな?

367 :日本@名無史さん:03/01/29 01:04
当時は五つ衣っていってたのかな?
女房の仕事着だったっけ。
あの格好で動くのはやはり辛そうだ。トイレなんてどうしてたんだろ?

368 :日本@名無史さん:03/01/29 01:18
服の色の出し方には染め色、織り色、かさねの3種類があったらしい。
このうち、かさねとは裏の色を透けて表の色に混色させる色の出し方だそう
な。このかさねでは、裏の色と表に色の組み合わせで××かさねと呼ばれてい
たそうな。ほかに、重ね着したときの表の色の組み合わせのこともかさねと
いったらしくて、両者、言葉の上では区別がつかない。

369 :日本@名無史さん:03/01/29 03:24
test

370 :日本@名無史さん:03/01/29 09:23
平安貴族、たいして偉くなかったんだよ。

閉鎖的な御所に閉じ込めて、とりさん同士でスワッピングさせとけば、満足。
華やかそうに見えて、心身症患者の隔離所。

虚弱体質多いから、病気多いしね。いつでも財政難。

身内間で詐欺して、金が動けば満足。


371 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/29 09:42
>368
二条が「とはずがたり」の中で平頼綱の妻がかさねのやり方を間違え
ていた、という話を書いていましたね。「伊勢平氏はすがめなり」と
いう言葉も素瓶、つまり磁器に対する素焼きの焼き物のようなものが
宮中に顔を出しているといった意味であったと言いますが分不相応な
真似はするなと言いたい感情が当時の貴族らにはあったのでは。

372 :日本@名無史さん:03/01/29 19:30
>>366
重くてつらかっただろうけれど、天皇や中宮の前に出るときは、やはり相手を敬う
気持ちを、着ている服の枚数で表すという意味もあったようで…
作業中邪魔になるくそ長い髪の毛は、裳の下に着込めたりした。
後、平安時代は今より平均気温がずっと低かったので、くそ寒い寝殿造りの中で生
活する時に防寒着として有効だった。最も夏でも天皇や中宮の前に出るときはあの
格好(単にはなっているけど)なので、蒸れてくそ暑いために香を焚きしめる習慣
が根付いたともいわれる。

それと「十二単」「五つ衣」という言い方は鎌倉時代以降の言い方。摂関最盛期
(西暦1000年頃か)の「十二単」は12枚では済まないほど枚数を重ねたら
しい…。

ちなみに平安女性の一番の正装はいわゆる「十二単」ではなかった。

373 :日本@名無史さん:03/01/29 22:25
>>367
とりあえずこのスレの>>324見るように。

374 :日本@名無史さん:03/01/29 22:57
>>367
>>368
>>372
さんくす、大変ためになりました。
現代服も肩が凝ったり蒸れたりするから当時も同じこと考えていたのかなと思いました。

375 :日本@名無史さん:03/01/31 01:43
ある日の宗忠くん。

承徳二年四月二十五日
従内参結政、依有政也、治部卿、左大弁、右少弁、少納言三人参入、事了南所
物忌、仍渡参陣、此間甚雨也、左大弁并少納言実明又参結政、有度牒請印、民
部卿参仗座、被勘申臨時奉幣日時、来月二日、是依天下疾疫也、予此前退出、
依為服者也、今日午後甚雨、已入夜陰、

二十六日
入夜参内、宿侍、

二十七日
晩頭退出、

376 :日本@名無史さん:03/02/01 17:35
>「伊勢平氏はすがめなり」

瓶子と平氏を掛けたかな?

377 :日本@名無史さん:03/02/06 19:51
平安時代の人たちって実際みたらどんな感じなんだろう。平安美人って今とは美意識
逆なんでしょ?二平三満(おでこと鼻とあごの高さが同じでほっぺがふっくらしている)で太ってる人がきれいなんでしょ
おかめのような顔がもてはやされたんでしょ

378 :日本@名無史さん:03/02/06 19:53
ビタミンと微金属が不足していて青白くむくれていたらしいって事聞いた事
あるよ

379 :???:03/02/06 20:38
平安時代の人たちって息臭そう。

380 :日本@名無史さん:03/02/06 22:42
今より粗食だったから 太っている人は貴重だったんだろうか

381 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/02/06 23:07
>376
眇説は否定されているようですね。
>377
一方では「虫めづる姫君」のようなタイプ(眼が大きい)も好まれていたよ
うで。引目かぎ鼻=美人というわけでは無かったようです。
時代はずいぶんと下りますがフロイスの「日欧文化比較」に当時の日本の女
性の美意識が書かれています。
>379
一応仏神に向かう時には髪を洗ったり口を濯いだり風呂に入ったりしていた
ようですが、それでも臭いそうですね。

382 :日本@名無史さん:03/02/06 23:12
虫めづる姫君が、「女性」として設定されていたかは疑問だが。

383 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/02/06 23:21
>382
一応こういった意見もありますし。↓作中では「美人なのに勿体ない」と言われていた。
>>229
引き目鉤鼻平安美女説は最近では否定されてるよ。
つか、鈴を張ったような大きな眼が美しいという記述が残ってるのに、
何をソースに広まったのか

384 :日本@カオナシ:03/02/06 23:27
紫式部は才は長けても容姿は芳しくなかったかも。
そのコンプレックスがあのような未曾有の小説を書かせたのでわなかろうか?

385 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/02/06 23:32
>384
それで「今物語」では死後影のような姿で現れたことに(違)。「古事談」
中で下をまくり上げるまで女と分かってもらえなかったという清少納言もど
うかと思いますが。
(もっともどちらも両者が死んでからずいぶん経って書かれたものですが)

386 :日本@名無史さん:03/02/11 02:18
儒教観念が広まる前の時代だったから性に対してもオープンだったんだろうな。
だけどオープンすぎて近親相姦とかザラだったんじゃない?

387 :あらいぐま ◆9klrrr3OOI :03/02/11 11:04
同父母の元で生まれた兄姉の婚姻は古代から許されていなかったと思う。
ただ、異母とかの場合は、同じ家に住まなかったから他人臭が強かったし、
そもそも禁止もされていなかったような。
ただ、身近な異性だからといって行為に至るような禽獣的な近親相姦は、
当時としてもけしてザラではないと思う。

388 :日本@名無史さん:03/02/11 23:28
白河院と、その養女の待賢門院とが関係を持っていたということに対して、確か
藤原忠実が、かなりの不快感を持っていたというのを聞いたことがある。
たとえ、養女、つまり、本来は他人でも形式上、親子の関係ならば、そういう関
係は当時でもタブーだった模様。

389 :日本@名無史さん:03/02/12 14:39
近親相姦は、人類共通でタブー。
ようわからんが、タブー。
学問的範囲としたら、日本史じゃなくて、人類学か民俗学か心理学かなあ。

390 :日本@名無史さん:03/02/20 03:37
平安貴族のチンコってでかかったの?

391 :日本@名無史さん:03/02/24 12:58
>389
近親相姦は人類に限らず、動物にもタブーらしいよ(それが出来ないほど種が少なく
なったり、人間の手で無理矢理交配される場合はのぞく)
野生での生活史の上で、近親相姦が起きないシステムが自然に出来てるみたいだ。
だから、人間が近親相姦をさけるのは、動物としての本能だろう。
その本能を、宗教や風習と言う形で、後から人間が意味付けしたんだと思う。

と、スレ違い。sage

392 :日本@名無史さん:03/02/24 13:48
いや、ボノボがいるから。
母子相姦はタブーらしいけれど。

393 :日本@名無史さん:03/02/24 14:38
ボノボは確か98パーセントくらいまで、遺伝子が人間と同じらしいからなぁ。
人間と同じで、そういう本能の枷が薄れてるんじゃないか?
それを人間の場合は、宗教とか道徳とか言う形で枷をはめ直している。

もう少し本能が勝つ動物――例えば、シマウマの雌は自分の生まれた群れの雄とは
交尾しないで、必ず他の群れに嫁にいく風習があるとか、ドングリキツツキっていう鳥は、
自分の親族の子育てのヘルパーはするくせに、同じ親族同士でつがいにならないとかいう(うろ覚え)
記事を読んで、ちゃんと近親相姦ができないシステムが出来てるんだと感心した覚えがあって、
俺はそういう風に解釈していたのだが……

でも、鳥の世界にレイープはあるぞ。俺、写真見たことある。しかもリンカーン(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

て、無茶苦茶スレ違いじゃないか! この話題はどこに振ったらいいんだ?
野生生物板に行けばいいのか?

394 :日本@名無史さん:03/03/01 18:10
agetokou

395 :日本@名無史さん:03/03/01 19:10
面白いからいいんじゃない。続けてくれ>393

396 :日本@名無史さん:03/03/01 19:28
近親婚が人類共通のタブーだなんてことはない。

ゾロアスター教はすべての人間に近親婚を奨励してたし。
あと王族に限り近親婚が望まれてた国なんて
日本以外にもいくらでもあると思うが。

397 :日本@名無史さん:03/03/08 21:24
天然痘と虫歯が怖いからイヤだ。現代が良い。

398 :日本@名無史さん:03/03/08 23:00
白河院は璋子(後の待賢門院)を藤原忠実の嫡子忠通に妻にしようと画策したが、
芳しからぬ噂を気にした忠実に辞退されてしまい、自分の孫の鳥羽天皇に嫁がせたとか。
そんなことしなくても、堂々と自分の愛人にして自分の子を産ませりゃいいのにな。

399 :日本@名無史さん:03/03/09 00:56
>>398
ところが、璋子は「白川院の娘」ということになっていたので、
堂々と愛人にできなかったのですな。
娘と行っても養女だから血縁の上で問題はなかったのだが

>>388もご参考あれ

400 :日本@名無史さん:03/03/09 11:19
孫の嫁とやるとは元気な爺様じゃ!

401 :日本@名無史さん:03/03/10 02:10
「二代后」って話もあったよね。近衛天皇の皇后を二条天皇が皇后にした
んだっけ?(うろ覚え)
平安前期・中期に比較して、院政の時期は性のタブーが弱まっていたんだ
ろうか? 男色もわりと当たり前だったようだし。

402 :日本@名無史さん:03/03/10 03:42
>401
多子のこと?近衛天皇が若くして亡くなり、強引な性格の二条天皇が
多子の美貌を聞き及んで何度も入内を要請、断りきれなくて
仕方なくのことらしいね。本人はかなり嘆いていたらしい。

403 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/03/10 11:22
>401
「台記」には藤原頼長の随身との男色行為が書かれていますが、花園天皇によれば
現存しない部分に延々50頁も随身の死の悲しみが綴られていて浅ましいという気
も失せたそうです。

404 :日本@名無史さん:03/03/11 21:47
>>403
その部分読んでみたかったなーっ
、、、冗談っす(w)
その部分を読んでいる花園天皇の顔を見てみたかったなー
これは本気(汗)
結構あのたれ目でへらへらしながら読んでられたのか
それとも、しかめっ面で読まれたのやら。



405 :日本@名無史さん:03/03/14 22:24
別宅スレがどっか行ってしまったよ・゚・(ノД`)・゚・
「平安貴族間の抗争」
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1009215061/l50

406 :日本@名無史さん:03/04/02 21:21
どっかって・・・

407 :日本@名無史さん:03/04/02 23:27
当時の人達の体型って、どうだったんざんしょ?
正座しなかったということは、足長だったの?

408 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/04/02 23:34
>407
しなかったわけではありません。16世紀まで定着せず、片膝を立てる
やりかたが一般的だったのは確かですが。

409 :日本@名無史さん:03/04/03 00:00
>>405
どこにもいってはおりませんが。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1009215061/

410 :日本@名無史さん:03/04/03 01:20
あの時、日本史板のサーバーが変わったんで、まだスレの移行が
完了しなかったために、一時的に見えなかったんだろ。

411 :日本@名無史さん:03/04/17 11:58


412 :山崎渉:03/04/17 12:44
(^^)

413 :日本@名無史さん:03/04/18 00:21


414 :山崎渉:03/04/20 02:01
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

415 :日本@名無史さん:03/04/20 16:57
漏れ女性の美意識が少しずれていることに気づいた。
茶髪よりも黒髪。ショートカットより伸ばし放題に伸ばした超ロングヘアー
髪は長ければ長いほど良くて身の丈オーバーなら最高。
顔は目鼻立ち良くすっきりよりも、目の細いおたふく顔。もちろん色白。
引き締まったグラマーな体型より運動不足でぷよぷよした感じの体
・・・こんな感じの女の子を探しているんですが、どっかにいませんかねぇ。

416 ::03/04/20 20:18
あなたのお好みの彼女は




絵巻物の中だけに存在します。タブン
そいで、平安時代の女性は厚着で着膨れしてるだけで
実際は栄養が偏っていたので痩せてたかと思われ



417 :日本@名無史さん:03/04/30 21:37


418 :日本@名無史さん:03/05/01 03:08
いくら処女とは言え、人が噛んで作った酒しかないのモナー
度数も低いから雑菌繁殖しまくり。現代人が飲んだら腹壊すだろう。

419 :日本@名無史さん:03/05/15 20:20
いつの時代の話?平安時代にそんな風習あったの?

420 :日本@名無史さん:03/05/16 00:44
マラリアが怖いね。

421 :日本@名無史さん:03/05/16 02:18
>420
わらわ病みってやつだっけ

422 :日本@名無史さん:03/05/16 08:13
>>421
ワロタw

423 :日本@名無史さん:03/05/17 13:15
>>419
さすがにそれはない。

424 :日本@名無史さん:03/05/17 13:18
藤原実資は目をつけた美形の下女を手当たり次第部屋に連れ込んだんだよね。

425 :日本@名無史さん:03/05/17 14:43
>>424
「小右記」あたりにでてくるのかな?
いや実資はどちらかというと別の方の趣味だったような、、、

426 :日本@名無史さん:03/05/17 16:20
>>425
実資は女好きだよ。
たしか、度が過ぎたため、頼通に釘さされてる。
すごーく年をとってから、その頼通と臥して
陰茎が「岩のごとし」だったか「木のごとし」だったか
って夢を見るんだけどね。


427 :日本@名無史さん:03/05/17 20:30
爪の根元に「さかむけ」ができたら、現代人は爪切りで簡単に取り除けるが、
平安貴族はどんな道具を使っていたのだろう。
何日も取れずにいると、きっとイライラがたまるぞー。

428 :日本@名無史さん:03/05/18 00:53
>>426
頼通と寝た夢で興奮したということは、実資は両刀遣いだったのかな。
頼通も両刀だったっけ?

429 :日本@名無史さん:03/05/21 22:16
>>428
亀レス、スマソ。
頼通も実資もノーマルだよ(多分)。
ただ、実資は頼通を結構気に入ってたみたい。
「小右記」に、道長なんかはさんざんに書かれてるけど、頼通は
ほとんど悪く書かれてない。
ただ、そういう夢を見たよっていうことが一度だけ書かれてるんだけどね。
そうそ、調べたら「木のごとし」だったw
おまけに場所は清涼殿の東廂(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル  

430 :山崎渉:03/05/22 03:07
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

431 :日本@名無史さん:03/05/23 10:02


432 :日本@名無史さん:03/05/23 11:13
>>429
清涼殿で……。(絶句)
今で言えば、年をとった副総理が、息子くらいの年齢の総理大臣と
国会議事堂でヤッちゃう夢を見たようなもんですか。

433 :日本@名無史さん:03/05/24 08:56
>>432
中曽○と○泉が国会でハァハァ

434 :山崎渉:03/05/28 11:06
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

435 :日本@名無史さん:03/05/28 22:08


436 :日本@名無史さん:03/06/06 00:07
         

437 :日本@名無史さん:03/06/08 17:26
平安時代は腹違いなら妹とセークスしてもよかったと聞きました。
妹萌えなもんでそのあたりをゼヒご教授してチョ。

438 :日本@名無史さん:03/06/08 21:01
>>437
飛鳥時代にいったほうがよい。

439 :日本@名無史さん:03/06/09 16:51
>>437
財産の分散を防ぐために、やむを得ずお兄さまのを出し入れするんだよ。

440 :日本@名無史さん:03/06/09 16:59
過去ログからのコピーです。http://natto.2ch.net/mass/kako/974/974478132.html

489 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 2001/04/11(水) 17:25
 一般人なのに盗聴される、じゃなくて、「一般人だから盗聴される」んじゃないのかな?
 基本的にネタ集めのためにやってんなら、有名人のネタを盗むと、有名人は告発できるし、
そんなことされても当たり前だと思われるので告発しても信じてもらえる。
 そうでない人は、ここの途中の書き込みにもあったように「電波」扱いされるだけ。

 ただで、ネタを仕入れるんなら、一般人に限るでしょう。
 マスコミは自分らの無能さを恥じてほしいです。

 ちなみに私が盗聴されはじめたのは、芸能人にストーカーされ始めてからでした。
 そこからマスコミに広がって行った。
 だから余計「妄想」とか思われそう。
 友人に話したら完全に病気扱いされた。ストーカーって言葉がない時代だったしね。
 書いておいておいた小説のネタが、他人の原作でドラマ化されたときにはきれまくっ
たなあ。(一度や二度のことじゃないけど)


441 :日本@名無史さん:03/06/10 02:12
>>1
風呂に入れなくても幸せな生活できますか?

442 :日本@名無史さん:03/06/10 07:15
>441
本人が幸せだと思う生活が幸せでつ

443 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/10 13:44
>>441
全く入れなかったわけでは。流石に温泉となると珍しいものでしたが。

444 :日本@名無史さん:03/06/10 19:33
>>441
>>443
平安時代のお風呂は今のお風呂とは違ってサウナみたいな感じのものだったようです。
さすがに平安時代のお風呂は残ってないが、鎌倉時代とか室町時代の風呂は奈良のど
こかのお寺に残ってた様な

445 :  :03/06/10 19:39
マスコミの「盗聴、盗撮」は許されるのか?その8
http://natto.2ch.net/mass/kako/1011/10115/1011522150.html

583 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 02/03/05 15:33 ID:A9o87Nml
フジテレビの10時からの番組は、この一つ前の
『どうなってるの』の時からして最悪。私の個人情報を使って、
丸一本「恐怖のサイテー女」とかいった特集を組みやがった。

素人投稿を騙っては、そのもの自体は必ずしも私とは
言いかねるようなものに、同じ名前、同じイニシャルを当てはめたり、
盗聴・盗撮をしているから分かるのであろう様子のほのめかしを
所どころに散りばめては、出演者総出で「サイテー、サイテー」を
連呼していた。

あざとさ極まったことをしながらも、司会者のY・Tと掛け合って、
私の個人情報をボロクソにこけ落としながら大笑いしていた
局アナのN・K(かな?)のけたたましい声が今でも耳から離れない。
仕事だから仕方がないのかも知れないけれど、
ここに出ている者はサイテー最悪の盗聴者。

でもここでの書き込みが筒抜けだからか、
最近は一頃の悪意に満ちたほのめかしが少なくなっている。
しかも明日の項目は「心の〜」だって。

この枠での私への盗聴ほのめかしは、とりあえずのところ  
「許せない、とんだ賠償請求」みたいな感じの特集が最後となっている。     
賠償を意識せざるを得ないほどに、本当はヤバい盗聴・盗撮と、
そこから得られる個人情報の悪用ですものね。


446 :日本@名無史さん:03/06/10 20:57
>444
去年だっけ?歴博で湯屋の展示やったな。

447 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/10 21:55
>>444
寺院なら打たせ湯です。『是害坊絵詞』などに出て来ます。勿論播磨や熊野
の(巡礼途中に入るような)温泉もあり。

448 :日本@名無史さん:03/06/11 21:52
他のスレにも書いたんですが平安時代はそんなに怨霊は
すごかったんでしょうか?
怨霊信仰が政治に与えた影響を教えて欲しいのですが。

449 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/11 22:03
>>448
『大鏡』でも『平家物語』でも『愚管抄』でも(漢文ではないので)お読み
下さい。『崇徳院怨霊の研究』という本も出ておりますから。

450 :448:03/06/11 22:13
それが、ちょっと急ぎで知りたいもので、できれば
少し内容を教えて欲しいのですが。。

451 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/11 22:25
>450
大急ぎで図書館で調べればいいでしょうに・・・と文句をいいつつ。
「九条左大臣殿師輔と元方の大納言とは、御孫の王子あらそひに、元
方の民部卿の霊といはれておはすめり。
御堂の関白と左大臣とは、小一条院の女御あらそひに、悪霊の左府と
いはれたまふ。
一条の摂政伊尹と朝成の中納言とは、蔵人頭争ひに、中納言はおそろ
しきものになりて、一条殿の御族をばほろぼしたまふぞかし。」
(『宝物集』巻第二)

452 :日本@名無史さん:03/06/12 12:28
>>450
はっきり言って怨霊抜きには平安時代は語れないほど
大変な影響力でした。
ですから、ごく有名な常識的なところを並べるだけでも
すさまじい量になってしまいます。
原文でなくて構わないので、平安時代の本を1〜2冊
お読みになることをおすすめします。


453 :日本@名無史さん:03/06/18 22:23


454 :日本@名無史さん:03/06/24 02:29
平安時代に行きたいな。
優雅に管弦の宴なんかやりながら、ふわふわ生きたい…

455 :日本@名無史さん:03/06/25 09:14
温室育ちの漏れは、一週間で病死しるだろうな・・・。

456 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/29 11:18
>>454
かなりハードでしたが・・・?面倒な儀式は多いですし。逆に陰陽道絡みで
欠席しなければならない場合も多かった。

457 :日本@名無史さん:03/06/29 11:58
>454
ちょいミスで実資に日記で散々叩かれ、
1000年後まで愚か者と嘲笑されるのを希望するか。

458 :日本@名無史さん:03/07/02 13:02
超ロン毛女萌えのオレとしては夢の世界。女の髪にうずもれながら、
せくすしたい。

459 :日本@名無史さん:03/07/02 13:17
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460 :日本@名無史さん:03/07/02 14:04
平安時代に藤原氏の傍流に生まれて地方の受領をやってそのまま土着。
貴種として地方豪族にちやほやされながら暮らすのが理想だな。

461 :日本@名無史さん:03/07/02 18:14
>>460
都生まれで青年期に地方へ下り、そのまま土着するのはどんな気分かな?
どうしても「都落ち」の感がぬぐえない。
老年期には「これでよかった」って思えるかもしれないけど、それ以前には、都への望郷の念がなかなか捨てられないかもしれないよ。
それより俺は最初から、地方の豪族に生まれたいね。



462 :日本@名無史さん:03/07/02 18:30
平安時代には平安時代なりにつらいこと苦しいことがあったんだと思うよ

463 :日本@名無史さん:03/07/02 18:54
都にコネが残り続けないと、ちやほやされないから、なかなか大変かも。

464 :日本@名無史さん:03/07/03 18:43
コネを保つのはなかなか大変そうだな。
定期的に貢物送らなきゃな。

465 :日本@名無史さん:03/07/10 00:36


466 :日本@名無史さん:03/07/10 01:34
大国の受領なんてのは優雅なモンだが、毎回、任官するのが大変だが。

467 :日本@名無史さん:03/07/10 20:10
成功をしまくるしかあるまい

468 :山崎 渉:03/07/12 11:56

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

469 :山崎 渉:03/07/15 11:53

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

470 :日本@名無史さん:03/07/18 23:23


471 :日本@名無史さん:03/07/20 01:12
左大臣藤原頼長の「台記」には、木曾義賢(義仲の父)との
熱い色恋が書かれております。

472 :日本@名無史さん:03/07/20 04:17
無礼に及ぶも景味あり。

秦公春もおきにだったっけ。

473 :日本@名無史さん:03/07/26 17:50


474 :日本@名無史さん:03/07/26 20:09
>>472
秦公春は随身だったかな。
お稚児さんみたいのよりも逞しいのがお好みだったのかねえ。

475 :日本@名無史さん:03/07/26 22:00
頼長はウケだったの?

476 :日本@名無史さん:03/07/27 02:54
どっかにあったよ。
基本的には攻。
で、たまーに受。
だってさ。

477 :日本@名無史さん:03/07/27 10:46
平安時代関係のサイトって、陰陽道と男色ばっか。
キモヲタしか興味を持たないのか、この時代・・・。

478 :日本@名無史さん:03/07/27 21:41
そんなことないですよ
私の行きつけは、みんなとてもまともです
探せば、内容の濃いサイトさんもいっぱいあります

479 :日本@名無史さん:03/08/01 09:07


480 :山崎 渉:03/08/02 01:10
(^^)

481 :日本@名無史さん:03/08/05 00:35


482 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 19:48
        ,,,--─===─ヽ/へ
      /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
     iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶
    iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
   iiiiiiiiiiiiiiiiii/             \iiiiiiiゞ
   iiiiiiiiiiii/                \iiヽ
  iiiiiiiiiiiiiii《    ━━━'/  ヽ━━━ ヽミヽ
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483 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 19:54
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484 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 19:57
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485 :納言の直系子孫が二等兵・・・:03/08/09 13:45
冷泉家の跡取息子が二等兵如きに徴収されて戦死、男系断絶
なんか一人息子とかは特攻隊にも選ばれないとか配慮があったって聞いてたんだけど
公卿の直系子孫が二等兵で戦死断絶って酷すぎない?

486 :日本@名無史さん:03/08/10 21:14


487 :日本@名無史さん:03/08/10 21:26
公方様の孫で直宮殿下の義理のご兄弟も二等兵ですよ。

488 :山崎 渉:03/08/15 13:21
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

489 :日本@名無史さん:03/08/16 02:49


490 :日本@名無史さん:03/08/20 21:16


491 :日本@名無史さん:03/08/20 21:51
>>485-487
初めて知った。
どのあたりの本読めば載ってますか?

492 :日本@名無史さん:03/08/21 15:12
電話帳を見て、冷泉家に電話。

493 :日本@名無史さん:03/08/29 19:34


494 :日本@名無史さん:03/08/29 19:47
>>485
無能な人間が将校になるより理にかなってると思うけど?
有能であれば将校になる道もあったはずで、軍隊が嫌で逃げ回った結果
二等兵として徴兵されたのなら自業自得。

495 :日本@名無史さん:03/09/03 20:43
>>494
一行目は尤も、ただ、公卿の子孫だから偉くしろとは言ってない
家を絶やさない配慮がなかったことについて
>一人息子とかは特攻隊にも選ばれないとか配慮があったって聞いてた
からこそ、公卿の直系が二等兵として前線に送られ戦死断絶、という落差に驚いた

496 :日本@名無史さん:03/09/04 20:55


497 :日本@名無史さん:03/09/10 13:09
ttp://www.tlhw.com/1-3-dyq17.htm

平安時代って、こんな感じの女の人がうじゃうじゃいたんでしょう。萌え〜。

498 :日本@名無史さん:03/09/10 14:09
>>457

ついでに、病状も激詳しく記述されて「文献に残る最初の糖尿病
自然経過例」となるというおまけもつけてくれ。
藤原道長の系統は糖尿病になりやすい体質だったみたいだねえ。
DMの怖さが良くわかるよ。
女性の場合は(あまり記録も無いみたいだが)子宮頚ガンなんかも
多かったんじゃないのかな?

あの時代に一番健康だったのは、きちんとした仕え先のあって飯に
困らない下々の者だったんじゃないか、と思えてくるよ。

499 :日本@名無史さん:03/09/17 22:16
DMってなんですか?

500 :498:03/09/18 00:37
>>499

糖尿病のこと。Diabetes Mellitus の略。
ちなみに糖尿と呼ばれるようになるのは明治以降のこと。

501 :日本@名無史さん:03/09/25 22:16


502 :日本@名無史さん:03/09/26 15:26
平安時代は、女性も無駄毛処理なんかしてなかったの?
脇もボーボー?

503 :日本@名無史さん:03/09/26 15:41
あたし、平安時代のお姫様(大臣の娘)に生まれたかったな〜。
そして、女御として帝に入内して、藤壺か梅壺に住んで、
優雅な暮らしがしたいぴょ。

504 :日本@名無史さん:03/09/26 16:32
司馬遼太郎の戦友に、ある大名直系で華族の人がいたらしいのだが、彼曰く、(司馬に)君は徴兵されて一等兵だがワシは志願した生え抜きの一等兵だ!と、威張ったらしい。 冷泉家が二等兵なのも、明治維新の革命が平等だった事を物語るエピソードだろう。

505 :日本@名無史さん:03/10/07 00:41
平安時代って、牛車の中でシちゃったりしてたんですか?
それとも陰陽道かなんかで、決められた場所でしかしなかったんですか?

506 :日本@名無史さん:03/10/07 02:41
>505
小柴垣草子とか見ると、野外でしてるのもあるし
どこでもあるんじゃないの。

そういえば源氏の宇治十帖で、薫が大君に仏間で迫って
たしなめられるってのもあったな。

ただ薫は相当我慢強いという設定なんで、並の男だったら
かまうこと無しに致しているだろうけど。

507 :505:03/10/07 18:53
>>506
即レス、ありがとです。
屋外もありですか…
平安時代って退廃的である意味閨以外では禁欲的なのかと思って
ました。納得です。m(_)m

508 :日本@名無史さん:03/10/07 19:01
古文読んでたら愚痴ばっかじゃねえか。

509 :日本@名無史さん:03/10/07 19:12
ぐち…?
蜻蛉日記とか?

510 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/10/11 23:10
>>508
『紫式部日記』に出て来る悪口とか?

511 :日本@名無史さん:03/11/06 19:10


512 :日本@名無史さん:03/11/23 10:38
>505
陰陽道でそんなこと規制しないよ。
どちらかというと「穢」方面から規制があるかね。

誰だか忘れたが、神使を銘じられたけど、
前日やっちゃってたからどうしよう、
と博士に相談してる記録があったと思う。

513 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/11/23 16:54
時代は下りますが『発心集』に寝ぼけて金峰山方面に詣でる最中に妻と交わって
しまい神罰を受けた話がありますね。
あいびきの場所を誤って「魔」に出会ったという話もありますがこちらは下手な
場所にはよるなということか。『源氏物語』でもそうでしたが、廃屋には狐・木
霊などが住み着くとされていたようです。

514 :日本@名無史さん:03/12/07 12:20
ほっしゅほっしゅ

515 :日本@名無史さん:03/12/07 14:33
>514

じゃぁageなよ・・・。

516 :日本@名無史さん:03/12/07 15:42
>>515
保守はageなくてもできますよ。

517 :日本@名無史さん:03/12/19 14:49
ではsageたままで、保守w

518 :日本@名無史さん:03/12/30 01:19
この時代に詳しい方にお聞きしたいのですが、
当時の女房達は十二単とかそういう衣装を身に着けたわけですよね。

そういった衣装にはお金もかかると思いますが、
それらの着物は宮中で支給されたんですか?
それとも宮仕えはそんな衣装を用意できる家柄の娘にだけ許されてたんでしょうか。

519 :日本@名無史さん:03/12/30 01:27
女官は公務員なので衣装も支給されるはず
(だが、平安時代も中期以降は律令機構ががたがたなので、この辺りがどう処理されていたかは不明)

女房は貴族が后として入内した娘につけてやるいわゆる契約社員さんみたいなものなので(苦藁)
衣装は、雇い主の貴族があてがったり、あるいは自前で調達してたりしていたようです。
紫式部も、清少納言も地方受領の娘ですが、地方受領は経済的には中央の中流貴族よりは豊かな面
があったようなのでそういう点にも目を付けての採用だったかも知れませんね。

誰か後補足よろしく。

520 :日本@名無史さん:04/01/02 03:13
>>519
お答えありがとうございます。
なるほど、女官と女房は違うものだったんですね。

言われてみれば、確かに「父親は、入内した娘に気の利いた女房をつけて帝を呼び寄せようとする」
みたいな文を読んだ事があった気がします。
だから自前調達と雇い主からの支給、どちらもアリと。
勉強になりました。

521 :日本@名無史さん:04/01/02 03:20
そうか、尚侍とかそういうのが女官(公務員)で、帝の世話とかしてたのか。
で清少納言とかは女房で、入内してる女性やその後ろ盾の貴族に仕えてると。
納得です。

522 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

523 :日本@名無史さん:04/01/17 00:46
平安時代にトリップする際に持っていくもの(滞在予定:一ヶ月)

リンスinシャンプー1本 ナイーブボディソープ1本
歯ブラシ・歯磨き各1本 下着5〜6組 
アルコール付き清浄布(ポケットティッシュ型)50個
ファブリーズ3本 スプレー式消臭力(無香料)5本
除菌のできるアタック1箱 掃除用マイペット2本 チャーミーグリーン1本
マスク10組 透明ポリエチレン手袋10組 軍手5組
クォーツ時計 懐中電灯 マヨネーズ2本 キットカット大袋3個

クロネコ宅急便で送るしかない大荷物。

524 :日本@名無史さん:04/01/17 00:48
あっ忘れてた。
コン○ーム イブプロフェン錠

525 :日本@名無史さん:04/01/17 00:50
虫下し。
寄生虫は覚悟しとけ。

526 :日本@名無史さん:04/01/17 04:26
それ以前に各種予防接種受けて行かなきゃダメだろ。

天然痘、マラリアにも注意だな

527 :日本@名無史さん:04/01/17 10:42
醤油と正露丸ももって行こう。
レトルトカレーなんかもあるといいかも。

528 :日本@名無史さん:04/01/17 19:13
>>524
コン○ームはいらんでしょ。
平安時代の女相手に避妊する必要なし

529 :日本@名無史さん:04/01/17 23:07
性病の不安じゃないの?

でなければ、過去の世界に生まれた子供が、
自分の先祖になるというパラドックス防止か?

530 :日本@名無史さん:04/01/18 11:57
523は女であります。いちおー要るでしょゴムは。興味深々。
皆さんは勇気あるんだ。私は恐ろしく怖いよ。
正露丸、虫下し、予防接種ね。ふむふむ。
筆で書くのは下手だから、ぺんてるサインペンも持っていくね。

最大の問題は、身長166cm股下83cmボブで茶髪の外見だな。
下手したら動物園行きか魔女裁判の火あぶりだよ。
「胡人」或いは「天使」とか言ってごまかそうと思っているんだけどね。

531 :日本@名無史さん:04/01/18 12:05
続き。
上手くいけば、外国通か宗教かぶれの貴族のお屋敷に招かれ
管弦の遊びなんかに参加させてもらえるかも
そんで物好きなお后から陛下のお耳に入り「見てみたい」の鶴の一声で対面
バレエかパラパラダンスを披露。
「ひと月で煙のように、いずこへともなく消えてしまった踊りの天使」
という伝説になる。

好奇心があるのは、やっぱり食べ物かなぁ。資料でも記述が少ないもの。
あとは既出の、化粧関連。クレンジングなど。

532 :日本@名無史さん:04/01/18 15:29
女性でしたか。ならゴム持って言ったほうが安心ですな。

まぁしかし、
京師有狂女、遣保長及刀祢令捕縛了、
となるのが関の山かと・・・。

533 :日本@名無史さん:04/01/19 02:34
>京師有狂女、遣保長及刀祢令捕縛了、

おい、俺これ読めない。誰か翻訳頼む

534 :日本@名無史さん:04/01/19 02:44
>533
トンデモ女がいたから、とっつかまえた

535 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/19 14:38
京師に狂女有り、保長及び刀祢を遣わし捕縛せしめおはんぬ。

536 :日本@名無史さん:04/01/19 21:50
狂女とはヒドいな。でもまぁそんな感じかね。
文徳実録か三代実録あたりに、内裏だったかどこかに美女が現れて消えた、とか、騎馬のものが現れ消えた、とかいう記事があったな。
>>523=530=531のことか?

537 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/19 23:09
『文徳天皇実録』には怪異記事が多いですね。『日本三代実録』にも鬼の足跡
の記事があったと思いますが。

538 :日本@名無史さん:04/01/20 21:54
「遣保長及刀祢」ってのは、おかしくないかね?
保長・刀祢はその辺の住人なんだから、「遣」わしてるわけじゃないでしょ。

令保長及刀祢捕之了
(保長及び刀祢をして、これを捕らえせしめおわんぬ)のほうがよくない?

539 :日本@名無史さん:04/01/23 16:20
摂関期全般を語るスレってここぐらい?

540 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/25 00:04
「平安貴族間の抗争」スレはどうです?
しかし1のレス内容の割にうまく伸びましたね・・・。

541 :日本@名無史さん:04/01/25 09:53
この時代って神道と仏教は区別されてたんでしょうか?
本とか読むと同じ人が仏に祈ったり今度は神宮におまいりに行ったりしてて
わりと無節操な気がするんですが。

542 :日本@名無史さん:04/01/25 10:11
神仏習合という言葉を高校の日本史で習わなかったか?

543 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/25 10:13
基本的に本地垂迹説。但し伊勢の神宮や斎院は仏教から離れ、仏教用語を口
にする際には隠語を使用しました(平安後期には本地が観音などと言われる
ようになりますが)。
何より一番差があったのは神官であれば穢れを極端に避ける一方で神饌とす
る魚鳥を獲る為に殺生に関っていたということ。
往生伝他の説話集ではこれが真っ先に指摘されています。
病の時にはまず陰陽師と医師の意見を聞き、然る後生霊や死霊によるもので
あると判断されれば(複数の医師や陰陽師の意見を聞き、妥当と思われたも
のが採用されました)僧侶による加持が行われました。
病の時には「陰陽師が祭・祓いを、僧侶が加持をした」というのが基本的な
描写。
もっともいかがわしい祈願(恋愛成就や呪詛、口寄せなど)の時には民間の
法師陰陽師や巫が活躍したようです。
(勿論「神仏」ないしは「仏神」に恋愛成就を願ったというものもありまし
たが、もっと民俗的なものにもすがったようです。)

544 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/25 10:27
ああ但し「神事の前には穢れと仏法には触れられない」という一般的な通念
があったので祭りの前に生霊に襲われたものの僧侶に加持をしてもらえず
息を引き取らざるを得なかった葵上のような例もあります。
この場合は陰陽師の祭・祓いに頼るしかなかった。

545 :日本@名無史さん:04/01/25 13:09
>>388
だいぶ遅いレスなのだが、、、
>白河院と、その養女の待賢門院とが関係を持っていたということに対して、確か
>藤原忠実が、かなりの不快感を持っていたというのを聞いたことがある。
>>398
>白河院は璋子(後の待賢門院)を藤原忠実の嫡子忠通に妻にしようと画策したが、
>芳しからぬ噂を気にした忠実に辞退されてしまい、自分の孫の鳥羽天皇に嫁がせたとか。

「良からぬ噂」を断わる口実にするためにあえて「そういうのは不快だ」と
言っていただけなのでは?とも考えられるね。
自分の正妻(忠通の母親)は白河院の女房で白河院の子供も産んでいる女性で、
親子2代で「院のお古」では摂関家の格好が付かないということもあったそうで。

ずれるけど、晩年を除いては白河院と待賢門院と鳥羽院は仲良かったらしいですね。
一時期は女院を挟んで同じ屋敷に住んでいたらしいし・・・
そっちの感覚の方が凄いね・・鳥羽院のね、、。

546 :日本@名無史さん:04/02/01 12:30
平安時代って本当に奔放だったんだねえ。
ある意味古代エジプトより罪悪感がない…

547 :日本@名無史さん:04/02/07 14:42


548 :日本@名無史さん:04/02/21 01:41
お前ら平安貴族になりたくないのかよ!ageるぜ!

549 :日本@名無史さん:04/02/21 20:49
よく平安時代はいいって言うと
「いいのは貴族だけ。庶民は苦しんでいた」
って言う人がいますが
本当なのでしょうか?

550 :日本@名無史さん:04/02/21 20:54
権力者が良い思いをして、庶民が犠牲になるのはいつの世も同じ。


551 :日本@名無史さん:04/02/21 23:18
いや、実際のとこ平安王朝は庶民を支配したり搾取したりする
意識があきらかに薄いから庶民は案外自由に生きれたと思う。
武士の台頭はその一環。

552 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/02/21 23:33
『今昔物語集』や『扇面法華経』や『伴大納言絵巻』を見ているとずいぶん
楽しそう・・・とまではいかないにせよいきいきしていますね。
『今昔物語集』は受領・武士・庶民の取り上げられる割合が多い。
これらの面々、とりわけ後の二つは戒を守る信仰が出来ずに戒を破りながら
も往生を願うような信仰を求めていたのであって、彼らの登場する機会が増
えた事は必然的に彼らを救済する新たな信仰の出現につながった。

553 :日本@名無史さん:04/02/21 23:39
平安庶民が苦しんでたって根拠は
山上臆良が中国の猿真似して詠んだ歌だけだべ?

554 :日本@名無史さん:04/02/21 23:54
ビッグバンの問題点
Horizon 地平線の問題
宇宙の年齢に限りがあるのなら、互いに情報を交換する範囲が限られるはずである。
それなのになぜ、宇宙背景輻射の温度がどの方向でも同じなのか。
Flatness 平坦性の問題
現在の宇宙は非常に平坦である。なぜなのか。 big bang モデルだと、平坦さが 1 から遠ざかるはずである。
平坦…宇宙の空間がゆがんでいない。三角形の内角の和が正確に180度になる。
Monopole モノポールの問題
Grand Unified Theory によると、宇宙には大質量の magnetic monopoles が、大量にあるはずである。 しかし、見つからない。
粒子の総数の問題
観測できる現在の宇宙に含まれる粒子の総数は 1088 個。 big bang 理論で予想する粒子は 10個。
解決策
inflation theory が解決する。
現在の宇宙背景輻射の特質として次の2つがある。
1. 1万分の1の精度で、等方的(isotoropic)、一様(homogeneous)。
2. 10万分の1の変動がある。
インフレイションは、この両方を予測する。
inflation theory は、前述の問題点を解決するとともに、
新しい素粒子理論、標準理論・大統一理論と宇宙の理論を結びつけた理論として、魅力があった。



555 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/02/21 23:56
『今昔物語集』には有名な「受領は倒るるところに土をつかむ」という名言
があり、また不正が発覚するのを恐れて書記を殺害させた大隅守の話もありま
すね。勿論こんな連中ばかりではなかったでしょうが、受領の経済力はよく知
られたところ。
源頼光の場合は藤原実資はおろか、藤原道長ですら問題視していたほどでした
から取る分も相当だったでしょう。だからといって一方的に虐げられていたな
どという事は言いませんが。

556 :日本@名無史さん:04/02/22 10:15
住民から重任を求められる受領もいたしね。
まぁ、その住民に都合のいい支配をした結果だろうが。

557 :日本@名無史さん:04/02/27 23:49
平安時代の貴族の生活
 百人一首や王朝文学の影響で、平安時代の貴族の生活はかなり優雅だったように思われがちですが、
実際のところは我々がうらやましがるようなものではありませんでした。
 まず食べ物を見てみると、仏教の教えで4本足の動物を食べることがタブーとなっていたため、
動物性たんぱく源はほとんど魚の干物。あとは海藻類や木の実、干物、葉っぱなど。
しかも調理方法がそれほど発達していなかったため、消化吸収も悪かったハズ。
というわけで、天皇も含めて貴族達は運動不足もあって、栄養失調と言ってもよい状態だったようです。
 そんな貧弱な身体は、蒸し風呂に入る(湯船に入るのは室町時代末頃から)だけなのであかだらけ。
当然臭うので香をたいていました。
いかにも優雅な身だしなみ、といった感じですが、もとをただせば不潔さを隠す苦肉の策なのでした。


558 :日本@名無史さん:04/02/28 01:25
http://shop.b-shop.jp/koimage/videos/sonicfilm/SOF015.jpg

V6の岡田似


559 :日本@名無史さん:04/02/28 22:32
>>557
千年も前なんだから、そこらへんはしょうがないと思う
当時に生まれてたら順応してただろうし

560 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/02 17:04
>>557
まれに鹿・猪の肉や川魚を食べたという記述も出て来ますが、多いというほど
でも無かったようで。もっとも近代以前の食生活なんてどこもこんな感じだっ
た気もしますが。
悲惨といえば、親を失った下人の子がそこらへんをうろついていたのが見えな
くなったと(同僚が)思っていたら数日後犬が死体の一部をくわえて来て五体
不具穢が生じたという話がすごい。
捨て子はしょっちゅう見られたものですが、こちらは犬に喰われたり牛馬に踏
まれるのが分かっていてもそのまま通り過ぎざるをえなかった。
もっとも似たような話は江戸時代まで続いたようですが(下手すりゃ大正)。

561 :日本@名無史さん:04/03/02 17:09
捨て子は大名の門前に捨てれば、しかるべく手当をしてくれる。


562 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/02 17:14
>>561
『御堂関白記』や『小右記』には公卿の屋敷の門前に捨てられていた
子供の話も出て来ます。公的な手当てを受けた訳じゃありませんが。
こちらは比較的いい着物を着ていたようですが、鎌倉時代に書かれた
『撰集抄』には「貧乏で育てられない」という旨と和歌の書かれた手紙を
添えて捨て子をした話があり、後にその事を知った子供(少将になっていた)
は実父の後を追って出家したそうです。

563 :日本@名無史さん:04/03/02 19:02
このスレ見てると俺らも未来人から

「20C後半から21C前半に生まれたら良かったっていう人がいるけど冗談じゃない。
あんな死と隣り合わせの不潔な時代のどこがいいの? 
交通事故なんて相当多かったらしいし、まともな医療もない。
癌で皆結構苦しんだそうだし、内臓疾患の治療なんて直接刃物で体を切り開いたっていうじゃん。
食生活が悪いから肥満だらけで、長生きしても八十年かそこらで死ぬし。
おまけに競争社会で人間関係もきついし、体中バイ菌だらけの不潔な奴らが町中うろつくから
インフルエンザとか感染しまくり。あの時代に生まれて幸せな奴っていないだろ」

とか言われるんだろうなって思って凹む・・・


564 :日本@名無史さん:04/03/02 20:01
未来へ行けば行くほど幸せな世界であればイイね。

徳川綱吉は捨て子禁止令と捨て病人禁止令を出していたな。

565 :日本@名無史さん:04/03/02 20:40
捨て将軍禁止令

566 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/02 22:54
>>564
地域によっては(仙台など)病馬を捨てることも禁止されたようですが、捨てず
に済むようなら誰も捨てないでしょうに。

567 :日本@名無史さん:04/03/03 01:21
(´・ω・`)


568 :日本@名無史さん:04/03/03 02:22
占い師が「今日は方角が悪い」とでも言おうものなら、公務にも
行けないし遊びにもいけない。窮屈じゃな。

569 :日本@名無史さん:04/03/03 09:58
>568
ずる休みの言い訳にはちょうどいいぞ。


570 :日本@名無史さん:04/03/03 13:29
>>545
その辺の話は
角田文衛先生の『待賢門院璋子の生涯』(朝日選書)に詳しいね。

>>白河院と、その養女の待賢門院とが関係を持っていた
鳥羽天皇は待賢門院の産んだ子は実は、白河院の子ではないか
という疑惑を持っていて、その子のことを「叔父子」と呼んでいた、とか。

角田先生は、当時の文献と産婦人科の先生の協力の下に、
どちらの子か研究されたんですよね。待賢門院の生理周期や排卵日を考えて。
で、結果は白河院の子ではないか、という結論に至ったのではなかったかな。
大学で専攻この時代だったけど(平安中期から後期にかけて)
ブランクあるし、うろ憶えだから間違ってたらごめん。

ところで、話はそれますが『平安時代史事典』の復刻を激しく希望。
賛同される方はぜひ!
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=6538

571 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/03 16:23
>>570
オギノ式云々でしたら、間違い御座いません。感心するがどうかな・・・といった
感じで扱われている話題です。
>『平安時代史事典』の復刻
復刻もいいですが、改訂版も欲しいですね。

572 :日本@名無史さん:04/03/03 23:41
>占い師が「今日は方角が悪い」とでも言おうものなら、公務にも
>行けないし遊びにもいけない。窮屈じゃな。

一端、別の方角に移動して、何か抜け道があったみたい。


573 :日本@名無史さん:04/03/04 09:52
>572
方違えとかいうやつじゃなかったか?

574 :日本@名無史さん:04/03/04 11:34
>『平安時代史事典』の復刻
>復刻もいいですが、改訂版も欲しいですね。

平安遷都1200年記念で出たんですよね。
もう10年か。改訂版いいですね〜 欲しいです。


575 :日本@名無史さん:04/03/05 18:02
あげておきます

576 :日本@名無史さん:04/03/08 17:02
>>573
それどういう考えかよくわかんないんだよねー。
一旦別の方向行っても、結局行き先が同じだったら
最後は不吉な方角に向かうわけじゃん?
まあ占いに対抗するためのこじつけみたいなもんなんだろうから
関係ないのかもしれんけどさ。

577 :日本@名無史さん:04/03/10 19:28
平安時代はもっとも素晴らしい時代。
権力者の政争なんていつの時代でもある。
その政争の規模もたいしたことない。基本的にかなり平和な時代。
それは文化を見ればわかる。国家も弾圧的でなく、かなり民衆に優しい統治。
だからこそ武士が台頭できた。

578 :日本@名無史さん:04/03/16 09:22
age

579 :日本@名無史さん:04/03/16 11:57
>国家も弾圧的でなく、かなり民衆に優しい統治。
というより、民衆統治を放棄しているのが平安時代の政治のような気がするのだが

どうなのかな?

580 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/16 17:16
>>577
あまりの私闘の多さに藤原実資が「これじゃ京都だか夷の地だか分からん」と
嘆いた時代。それに平安貴族も影では闇討ちに関わっていたらしく、清少納言
の兄も花山院の女王(認知されなかった気の毒な人)も殺害されている。
この時代の暴力の行使については池上洵一先生や高橋昌明先生が書いてらっし
ゃいます。高橋先生は軍事貴族から武士が誕生したと前々から述べている人。
『新猿楽記』でも商人や馬借に対する非難は見られても、博徒や武者の生業自
体に対する否定的な意見は見られない。
また治安のほうも夜歩きが危険な程度には悪かった。

581 :日本@名無史さん:04/03/20 09:46
あげ

582 :new:04/03/20 10:13
>民衆統治を放棄・・

弾圧されるより、放棄された方がマシですよ。


583 :日本@名無史さん:04/03/22 10:28
しばらくこのスレに来なかったから、なんで復刊ドットコムで
平安時代史事典がここのところ立て続けに投票されてるのか
分からなかったよ。
以前は一ヶ月に一回くらいぽちっと投票されただけだったのに。
みんな、投票してもいいけど、もし復刊されたらちゃんと買うんだよ〜

584 :日本@名無史さん:04/03/22 10:29
>>582
独裁者が消えて治安最悪のイラクがいいか
照明が無くても女の夜歩きが出来るほど治安はいいが言論弾圧の偉大なる将軍様の北の国がいいか

究極の選択ですな

585 :日本@名無史さん:04/03/22 14:29
国司請負制は、統治を放棄したのか、委託したのか、評価の難しいところだ。
国家に頼らない自治をしていたと思おう。

586 :日本@名無史さん:04/03/24 09:19
>>583 まだまだ交渉まで遠いですが、ちょっとずつ増えていますね。

わたしは出たら買いますよ〜(…高いけど)
うちに学生時代に研究室で調べ物するたびコピーしてたのが
段ボールに溜まってます(笑)

587 :日本@名無史さん:04/03/24 09:24
>>583
ここに晒される前に、「平安京○○団」のサイトで紹介されて、どっと増えた。

588 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/24 12:21
というか畿内以外の土地にはあまり関心が無かったようですね。刀伊の入寇時
の対応を見てみても明らかな事ですが。

589 :日本@名無史さん:04/03/24 13:33
平安時代史事典って5万以上するんですねえ、欲しいけど高すぎ…。
実物見たことないんですが、
やっぱり相当ボリュームあるんだろなあ。

590 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/25 23:29
>>589
上下巻に索引付き。

591 :日本@名無史さん:04/03/30 16:53
>>591 その索引(資料篇というのかな)もよかった

592 :日本@名無史さん:04/03/30 16:54
↑すみません 590のレスでした。

593 :日本@名無史さん:04/03/30 17:30
復刊ドットコムで投票するなら、橋本義彦「平安貴族」(平凡社)も頼むよ。
あれこそなかなか手に入らない幻の名著だろ。

594 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/31 22:13
『平安時代史辞典』の角田先生の著作集の文庫化・・・は贅沢過ぎるか。

595 :日本@名無史さん:04/03/31 23:36
民明書房から文庫化を

596 :日本@名無史さん:04/04/01 14:58
文庫化されれば、とっても買いやすいよね。
でも復刊ドットコムで復刊される物って結構高いよ。

597 :日本@名無史さん:04/04/01 18:10
そこで「平安貴族」ですよ。
平凡社ライブラリ(文庫)でひとつどうです。

http://www.fukkan.com/vote.php3?no=2584

598 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/04/01 22:16
でももう古い気が・・・。>平安貴族

599 :日本@名無史さん:04/04/02 13:05
角田先生の著作を文庫化するなら
王朝3部作(勝手に銘々)
映像・残映・明暗 読みたい

これもけっこう古いか。


600 :日本@名無史さん:04/04/02 13:23
皇居内に昔のままの麻呂が飼われているの知ってた?


601 :日本@名無史さん:04/04/02 13:36
まろ…が飼われているというと、えとつまり…
どういうことでそ?

602 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/04/02 17:20
ネタでしょうが、飼われているといえば当時から羊や孔雀も輸入されていた
ようですね。駱駝もいたかな。

603 :日本@名無史さん:04/04/02 17:40
皇居内で麻呂に会ったよ!
サインもあるし。

皇宮につまみ出されてたけど。


604 :日本@名無史さん:04/04/02 22:39
麻呂って何?

605 :日本@名無史さん:04/04/03 01:54
>麻呂って何?

蹴球王


606 :日本@名無史さん:04/04/05 20:31
蹴球じゃなくて、蹴鞠ちゃう?

607 :金正日:04/04/09 16:42
金日成の子供として生まれたく無かった。
アメリカに睨まれて殺されるのも時間の問題だし、容姿は最悪だし、電波な発言ばかりして2ちゃんでは馬鹿にされるし、死んだら地獄に行くのかとおびえる毎日。
毎日鏡で容姿を見てため息をつき、ニュースを見てガクガクブルブルするだけの毎日。
産油国の王の子供として生まれたかった。
みんなはどうよ?

608 :日本@名無史さん:04/04/16 08:32
平安時代ってみんな超ブスだったらしい。
教授が言ってた。
疱瘡からはじまって、水疱瘡、はしか、etc.
きれいな人は存在しなかった。
なので、「髪」が大事だったんだと。

609 :日本@名無史さん:04/04/21 21:47
>>608

ブス・ブサの理由に虫歯・歯周病も入れなきゃ。

鉄漿は虫歯予防という意味合いもあったらしい。
それでも歯かけ・歯抜けだったりしたろうけどね。

610 :日本@名無史さん:04/04/22 08:38
今の基準と今の感覚を持っていたらそうだろうね。

611 :日本@名無史さん:04/04/24 15:47
口臭がかなりきつかったのも想像がつく

612 :日本@名無史さん:04/04/24 21:09
女だけがあばた顔ってわけじゃなくって、男もだからねぇ。

613 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/04/24 22:44
容貌についてはかなり気を遣っていたようです。『栄花物語』に、「今時娘を
宮仕えに出していないのは、顔に傷があるかかたわものだからだろう。」
という台詞が出て来ますし、実資は顔に負った傷が治るまでの事をわざわ
ざ『小右記』に書いている。
逆に自分の顔を傷つけて社会での出世を防ごうとしたのが明恵上人。

614 :日本@名無史さん:04/04/25 09:50
外出しないから、(おしろいの有無に関わらず)
皆本当に色が白かっただろうなあ。
太陽に当たらないと髪も傷まないし。
不健康だがちょっと羨ましい。

ところで、お歯黒してたらほとんど虫歯にならないって聞いてたんだけど
そうでもないの?


615 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/04/25 10:08
>>614
鉄漿の種類にもよります。岡山県の特産品だった「香澄お歯黒」は医学的に
見ても虫歯予防に効果があったそうですが、何時頃出来たのかは不明。

616 :日本@名無史さん:04/04/25 10:40
>>615
へえ、お歯黒にも種類があるんですか。初めて知りました。
じゃあ当時の人は虫歯が少ないってわけじゃないんですね。
歯医者もいないし、大変だ…。

617 :日本@名無史さん:04/04/25 11:30
>>616
歯医者という歯の専門家はいないけど、歯痛の治療法はあったらしい。
10世紀後半に書かれた『医心方』には、歯の治療に関する記述がかなりあるんだって。

槙佐知子『日本の古代医術-光源氏が医者にかかるとき-』(文春新書、H11)

618 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/04/25 14:24
長さ10〜30センチもある楊枝も使用されていました。
『九条殿遺戒』には朝起きた際の事として、
「次取鏡見面、見暦知日吉凶、次取楊枝向西洗手、次誦仏名及可念尋常所
尊重神社、次記昨日事<事多日々中可記之>」
といった行動が記されています。『類聚名物考』にも、
「やうじをもて、歯を刺、口そそぐ事、すでに天暦の比より見えたり。九条
殿遺戒ハ、その比の物なるに、そのうちに見えたれば、そのまへつかたより
有しことと見ゆ。」
と書かれています。
もっとも砂糖や蜂蜜は公卿でも一生の内に口に出来るか出来ないかといった
もので、アマチャヅルの甘味がせいぜいだったと思いますが。

619 :日本@名無史さん:04/04/25 20:25
平安末、平家政権、高倉院の頃に起きた殺人事件の顛末。百錬抄から。

安元元年閏九月二十九日

前中務少輔為綱(親隆卿男也)、為賊被殺害。風聞云、密向女家、依有疑事帰宅。
敵人等則襲来殺害之。

安元二年正月十三日

雅宝僧都被付使庁使。後見僧延済。為綱殺害嫌機人之故也。
延済、為綱愛妾乳母夫也。密通、云々。

安元二年二月二十日

殺害為綱者僧宴済召出使庁拷問。承伏已畢。同類上西門院前蔵人平盛方也。
左中将平知盛朝臣召進之。依為一族也。各承伏已畢。為綱密通女房故顕能女
也。件女宴済養君也。而密通。盛方者件女之弟夫。同密通。同意殺害。盛方下
手。配流佐渡国。

安元二年三月十九日

平盛方配流佐渡国。殺害為綱下手人也。

620 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/04/25 22:47
『日本霊異記』には坊主が尼寺に来た不信心者の妻との密通を疑われたとい
う話がありましたね。もう少し人間味のある『今昔物語集』になると実際に
密通したという話が出て来ますが・・・なんともはや。

621 :日本@名無史さん:04/04/25 22:51
現代人の暮らしは日本史上一番贅沢な暮らしだそうだ

622 :日本@名無史さん:04/04/26 00:00
今昔物語集にある逸話。

筑前の前司藤原章家が若いころ、部屋に侍が集まって食事をしていた。
時に主の章家は、食事をすまし、そのお下がりを侍達が順に預かる段になって
頼方という侍が、主の器を受け取る。普通は、そこで、主の器から飯を自分の
器に移して食べるところを、この頼方、主の器の飯をそのまま食べ始めた。
まわりの侍は
「あれは、いかに御器ながらは食ひつるぞ。」
などと咎めるのを聞いて、頼方、はっと気が付き、「こりゃ、やばい・・・」と
思って・・・(以下省略)

623 :日本@名無史さん:04/04/26 14:21
>>617
鎌倉時代だが、明月記には定家が歯を抜く記述がある。
麻糸で包んで抜いたらしいから、ごく初歩的な麻酔技術は知っていたっぽい。

624 :日本@名無史さん:04/04/26 17:08
極初歩的な麻酔技術といえば
どついて気絶させるとか(ry

トリカブト麻酔の発明は江戸時代後期の話だしなあ・・・

625 :日本@名無史さん:04/04/27 21:13
どついて、とは豪快だな。
虫歯以外にも打撲とか骨折とかの問題起きそうだw

626 :日本@名無史さん:04/05/20 00:45


627 :日本@名無史さん:04/06/06 09:56
>621
大半の国民は、とりあえず衣食住には困ってないもんなあ。

628 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/06/06 10:14
あの時代に生れるのなら、受領がいいでしょうね。なったらなったで高所に
憧れるんでしょうが、欲を出すときりがない。

629 :日本@名無史さん:04/06/13 21:15
すいませんが…尾張国郡司百姓等解文の

裁断せられんことを請ふ 例挙の外に、3箇年の収納、暗に以って、加徴せる
正税四十三万千二百四十八束の息利十二万九千三百七十四束四把一分の事。

ここの部分だけ詳しく知りたいのですが、具体的どのようなことを訴えているのですか?
よく分からないんですが、稲の利息が30%くらいだったということですかね?



630 :日本@名無史さん:04/07/15 01:06
>>629
マルチポスト

631 :日本@名無史さん:04/08/08 21:46
平安なんか虚栄の都さ

632 :日本@名無史さん:04/08/09 07:24
だからいいんだよ

633 :日本@名無史さん:04/08/09 18:37
>>631
今も十分虚栄の都だがなw

634 :日本@名無史さん:04/08/09 20:27
ロックフェラは250兆

635 :日本@名無史さん:04/08/13 23:56
>>20-29
世界で一番進んでいたリサイクル・エコ都市江戸が
たかだか200年でこれだけゴミだらけでクソ暑くて住みにくい街になるなんて
当時の人には想像もつかなかっただろうな。
生れだけでバカでもなれた将軍より無能なんかなァ、現代の政治家って。

636 :日本@名無史さん:04/08/16 18:51
平安貴族の政争スレは1000まで行ったの?

637 :日本@名無史さん:04/08/16 19:36
>>636
dat落ちみたい
漏れが確認したのは8/14の985の書き込みが最後。

638 :日本@名無史さん:04/08/17 15:19
すいません、貴族の生活について詳しい皆さんに質問させてください。
当方、後白河法皇について調べている者ですが、
当時の天皇ってお出かけする際、道中での大便はどうやって処理したのですか?
野グソですか? それとも宮中のように箱に入れて持ち歩いたのですか?
お尻は何で拭いたのでしょうか?
スレ違いだったら申し訳ありません。よろしくお願いします。

639 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/18 00:18
>当時の天皇ってお出かけする際、道中での大便はどうやって処理したのですか?
まあこちらでしょうね。
尻を拭くものとしては、木製のヘラもありましたが『餓鬼草子』には大路の一角
で大小便をする庶民の中に紙で拭いている姿も見られます。
それよりなんでそんな事をお聞きになられるのかが・・・。

640 :日本@名無史さん:04/08/18 01:24
なんかこのスレ…平安時代をどうにかして貶し
いかに自分が生きてる現代が素晴らしいかを説いてるスレに見える。
平安時代にも、素晴らしいことがあったでしょ。
米軍基地に日本を占領され、アメリカの言いなり。
原発事故もあったし・・・この現代のどこがすばらしいんだ?

マクドナルドも、ディズニーランドもなかった日本国に時間をもどしてほしい。



641 :638:04/08/18 03:02
>>639
ご回答ありがとうございます。
実は保元の乱を中心に、お話を書こうと思っているんです。
どうも貴族の実生活、特にキタナイ事ってイメージがなくて…
しかし、庶民まで紙で拭くとは意外でした。当時紙って全部高級品だと思ってました。

>まあこちらでしょうね。
こちらって、箱…ですよね?
ってことは、箱持ち係がいたってことでしょうか。
天皇に会えるって事は、殿上人クラスでしょうか。相当エライ身分ですよね。
それなのにうんこ箱専用ってなんか嫌ですね。

642 :日本@名無史さん:04/08/18 10:36
>>641
宮中でも仕えているひすまし童(漢字失念)もお供してたんじゃないの?
まさか御幸だからって、殿上人がお世話するわけないでしょ。

643 :日本@名無史さん:04/08/18 18:52
今でも憧れるな平安貴族

644 :日本@名無史さん:04/08/18 21:17
>>637
じゃあ、政治関係も当面こっちで扱って次スレで正式統合では?

645 :日本@名無史さん:04/08/19 06:15
>>398
璋子(待賢門院)が結局鳥羽帝に嫁いだときには、白河院の子を孕んでいたといわれているので、
白河院としては自分の血統を摂関家に送りこみたかったのかもしれない。

646 :日本@名無史さん:04/08/20 16:25
桐生操『やんごとなき姫君たちのトイレ』(角川文庫、平成7)

647 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/20 21:05
>桐生操
二次史料からの転載と使いまわしが多いのであまり引用なされない方が。
基本的に世界史系の方ですが、世界史板での評判は・・・。

648 :日本@名無史さん:04/08/22 20:42
今、平岩弓枝の「平安妖異伝」を読んでいます。
小説としては結構面白いですね。

649 :日本@名無史さん:04/08/26 21:26
>>640
平和ボケしている時点で平安と平成は一緒。
ただし、それを否定しているわけじゃないぞ。

650 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/26 21:55
あの治安の悪さで平和ボケは無いと思いますが・・・。
『紫式部日記』には作者の同僚二名が賊に身ぐるみを剥がれたが、人を呼んで
もなかなか来なかったとあります。大路となれば推して知るべし。
花山院の女王、清少納言の兄など不幸な死に方をした人も多い。

ただ刀伊の入寇の後の賊船数百隻が襲来するという噂の後も対策をとらなか
ったという点は非難されそうですね。肝心の入寇時における現地側の対応は
まあましなもので、論功行賞の場でも藤原実資らの発言によって恩賞が約束
されていましたが。

余談ですが、平治から平成まで「平」の字がついた年号は無かった筈。
乱を忌み嫌ったためともいいます(まともな出典を知りませんが)。
例外は南朝の正平ぐらい。承平・天慶の乱というのもありましたね。

651 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/26 22:04
年号といえば、一条天皇の諱が公卿達にも忘れられており、うっかり
抵触する字を年号に使用しそうになった事があったといいますね。
崩御された後、諱の読みが「あつなり」となっていたので上東門院
が「あつひらと聞いていたけれど」と述べたのが後一条天皇。

652 :日本@名無史さん:04/08/26 23:25
平安京は不衛生
大路はうんこだらけ

653 :日本@名無史さん:04/08/28 04:18
平安時代に保健所みたいな仕事する機関なかったの?


654 :日本@名無史さん:04/08/28 05:49
平安時代のやつらはなぜ和歌や漢詩の勉強をしたの?
接待のため?教えて偉い人

655 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/28 10:54
和歌は教養というか、無くては日常生活の交渉も出来ないものでした。
漢詩は新羅・渤海・唐の使節との交流に不可欠な存在で、菅原文時の意見三
箇条にも鴻臚館(接待用の使節)の再興が述べられています。
ここで大江朝綱が渤海使に送った「前途程遠し 思ひを雁山の夕の雲に馳す」の
名句は有名で、『和漢朗詠集』や『平家物語』で誰もが知る所。
国風文化が興隆し、上記三国の滅ぶ中で漢詩の地位も以前程の重みを持たなく
なって三善清行の意見十二箇条などにも「文章経国」思想の衰退が読み取れる様
になりますが、やがて勧学会の様に法会の場で漢詩や和歌が詠まれる様になりま
した。政治的に重要な訳では無くなったにせよ、才の一つとしては已然有効なま
ま後世まで続いた・・・という事でよいかと。
ただ大江朝綱の名句については以下の様な話が『江談抄』に記されています。
「これを聞いた時、渤海使たちは涙を流し、胸を打って感動を示した。そして
何年か経った後再び来日し、朝綱が三公の位に就いていないのを聞いて、「日本国
は賢人を用いる国では無い事を知った」と語ったそうだ」
これには大江匡房自身の境遇に対する不満も含まれていたのかもしれません。
彼は『中外抄』によれば「摂政関白の家の子は漢文など達者でなくても構いませ
ん」と語っていたそうですが、これは累代の学者の家以外はという意味であった
のでしょう。

656 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/28 11:03
>鴻臚館(接待用の使節)
当たり前ですが、施設の間違いです。

657 :日本@名無史さん:04/08/28 18:08
それに平安時代の男性は漢文しか使わなかったでしょう?

658 :日本@名無史さん:04/08/28 18:10

男もすなるにきというものを…

659 :日本@名無史さん:04/08/28 20:46
伊達宗行氏の「数の日本史」を読んだのですが、
平安時代には今日同様理数科離れが酷く、「今昔物語集」の24巻の俊平入道の弟の話として、
算術は人を生かすことも殺す事も出来、「算の道は極めておそろしきことにてありなるぞ、人語りしとなむ語り伝えたるとや」で締めくくるとあり、この時期の人々は算術を恐れ蔑み割り算や分数も分かる人が急速に減少してきた。
とあります。
では、国家財政とか荘園の経営とかは上手く行ったのでしょうか?

660 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/28 22:09
>657
皆無という訳では。『宇津保物語』・『落窪物語』、『三宝絵』はどうなります。
>659
目代の才覚に、筆跡と計算の腕が必要とされた事が同じ『今昔物語集』に出て来ます。
算道に限らず、秘伝を必要とするような道には安易に関わるなという戒めでしょう。
当時の宋人に対するイメージを垣間見ることの出来る話でもある。
その先生が日本史自体には不慣れなだけでは?

661 :日本@名無史さん:04/08/28 22:12
言うねえ。人の恩師に向かって。

662 :日本@名無史さん:04/08/29 03:28
>>650
だから治安が悪いのに、政府が何の手も打たないことを
「平和ボケ」と揶揄しても間違ってないでしょう。
さすがに平安時代と比べれば
現代の方が、国内の治安は維持されてる。
外国に向けての治安維持の第一歩は、憲法改正だな。




663 :日本@名無史さん:04/08/29 03:52
ttp://brackrose-alliance.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/imgbbs/img-box/img20040413234456.jpg

長嶺時代。

664 :659:04/08/29 13:11
>>660
著者略歴には阪大理学部長・日本物理学会会長を歴任し、91年に紫綬褒章・2000年に勲二等瑞宝章授与と書いてあります。

665 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/29 13:20
略歴は著書の著者略歴(立ち読み)でおおよそ。そうでなければ日本史
云々は言えません。

666 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/29 13:21
とはいえ、分野の異なる先生が日本史を学ばれるというのは素晴らしい事です。

667 :日本@名無史さん:04/08/30 12:55
>>659
平安時代に予算とか決算の概念ってあったのだろうか?

668 :日本@名無史さん:04/09/01 04:12
もののけとか、マジで信じてたと思う?

669 :日本@名無史さん:04/09/01 19:12
>>657
和歌は漢文じゃないよ

670 :日本@名無史さん:04/09/03 12:57
>>667
予算制度はなかったはず。 世界中知る限りでは古代・中世は
前年上がってきた税を元に支出をしてた。あらかじめ決めた額は
あったろうからそれを予算といえば予算と言えるけれど。

私が知っている唯一の例外は中国・唐の後期に一時的に当年
徴税予想額をもとに予算を組んでいたことがある(両税法)。

ある程度会計制度の発達と安定した収穫や交通・交換経済を
見込めないと予算って立てられないし。

671 :日本@名無史さん:04/09/03 15:19
企業の複式簿記だって14世紀のイタリアが始まりだから、
金にルーズそうな古代の官制にきちんとした財務は期待できない。

672 :日本@名無史さん:04/09/03 17:54
>>670
量出制入主義と制出量入主義でしたっけ?

673 :日本@名無史さん:04/09/05 22:06
日本医学史の大家・服部敏良氏の「平安時代医学史の研究」を読まれた方はいますか?
平安時代の貴族がいかに健康に悪い生活をしていたかを栄養・服装・運動などの面から分析されていましたが…。

674 :日本@名無史さん:04/09/09 01:51
平安貴族はフリーセックスで性別も関係なくだもんな。

675 :日本@名無史さん:04/09/09 08:37
>674
フリーセックスの意味を激しく勘違いしてるな

676 :日本@名無史さん:04/09/09 11:20
平安貴族の食卓

蘇(そ)・・・・・・・  牛乳を煮詰めた加工濃縮乳製品。平安時代の医学書に、筋を鍛え、肝を強くし、肌を潤すと
             あります。貴重なタンパク源だったとか。
醢(ししびしお)・・・・魚介鳥類の肉を和した醤。後世の塩辛。海鼠腹(このわた)、雲丹(うに)などが主な素材。
焼蛸・・・・・・・・・・・・いい蛸を焼いた物
脯宍(ほじし)・・・・・・いのしし。二杯酢で和えて食べます。
ほし魚(ほしいお)・・漢字が出ません。月ヘンに借りるという字の右側をつけます。鰹節のように魚の肉を切って
             干した物。写真はきす。
脯鳥(ほしどり)・・・・野鳥を塩漬けにした後、天日干しに。平安時代の野鳥は雉が主。
蒸鮑(むしあわび)・・薄く切ったあわび。
楚割(すわやり)・・・・割り干し。さけとかつおです。


677 :日本@名無史さん:04/09/09 12:41
野菜類が見当たらないが…。

678 :日本@名無史さん:04/09/09 12:42
>677

ほんの一例だから

679 :日本@名無史さん:04/09/09 14:39
野菜なんて飾りよ!下々の者にはそれがわからんのでおじゃる

680 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/11 06:07:26
>673
たまにこの先生の文章をお見かけしますが、その本は未読です。
『医心方』はなかなか面白いですね。
>676
食事に関わるものを口にするのは下品だとされていた様ですね。
歌に詠み込んだのは紫式部の鰯、和泉式部の味噌ぐらいですか。
男性作者の手になったらしい『宇津保物語』には調理風景や漬物も出て来ますね。
『大鏡』には雉の刺身が出て来ますが、『今昔物語集』では大江定基が雉を生け作
りにして発心している。


681 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/11 06:11:56
>食事に関わるものを口にするのは下品だとされていた様ですね。
勿論、言葉(和歌)にするという意味ですよ。源俊頼などは厳しかった事が、
『俊頼髄脳』や『古来風体抄』に見える。

682 :日本@名無史さん:04/09/11 12:48:14
>>680
古い本なので、県立図書館クラスでないと…所蔵していないかも知れません。
(既読者…他の時代の本を読むと良書だと分かるのですが、「平安時代」は余りの不健康な生活に知らず知らずのうちに著者の感情が少し入っていましたね)

683 :日本@名無史さん:04/09/11 12:49:06
山野さんは中国には来ませんの?

684 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/11 15:14:30
>682
>著者の感情が少し
おおよそ想像はつきます(笑)。容貌や糖尿、歯痛についても書いてらっしゃ
いましたね。
>683
現代中国には通じておりませんので。碌に行った事もありませんし。

685 :日本@名無史さん:04/09/11 15:15:01
いや中国板っす

686 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/11 15:36:04
ですから、中国板の事です。歴史や料理のお話は世界史板で間に合いますから。

687 :日本@名無史さん:04/09/11 21:25:19
そういえば何年か前に古代医術の新書が出て種。

688 :日本@名無史さん:04/09/15 12:28:21
そういえば、「政争」スレで散々だったアニメ「御伽草子」が10月から『現代編』だそうです。
もう、アニオタでもついていけませんわ。

689 :日本@名無史さん:04/09/17 11:09:19
もし平安時代に2chがあったら

1: 【院政】後白河uzeeeeeeee!!【イラネ】part 41 (546)  2: 蹴鞠がつまんねーと思う香具師→ (868) 
3: 源氏>>>>>平家 (724) 4: 16歳以上の年増を娶ったヤシは負け組 (441)  5: 【牛若】義経
たん(;´Д`)l \ァ l \ァ【イケメソ】 (98)  6: おすすめの陰陽師教えれ。(101)  7: 紫の上タンのアイ
コラきぼんぬ (4)  8: 恋文キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! (774) 9: 【腐女子】紫式部
アンチ総合スッドレ (547)  10: IDにkyoを出したヤシはネ申 その11 (524)  11: 大化の改新は捏造 
(213)  12: 妾が入水しました (15)  13: 【タレコミ】烏帽子の下はハゲ頭【カミングアウト】その9 (275) 
14: おまいら歌会始に何着ていく? (11) 15: 神が童貞のおまいらに十二単の脱がせ方を教えて
くれるスレ (601)  16: 【女御】あなたの屋敷の小町タンPART3【女官】 (28)  17: ようやくしおらしくな
ってきた菅原道真154 (456)  18: ここが変だよ藤原氏 (555)  19: 次の天子さまを予想するス
レ (992)

690 :日本@名無史さん:04/09/17 12:55:57
>>689
13が激しくワラタ

691 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/17 21:27:36
9は・・・紫式部と清少納言が自作自演しまくりでえらい事になりそうです。

692 :どうせヒマだし、次の元号でも考えておこうぜ!スレの1:04/09/17 21:54:38
これ加えておいて下さい。

どうせヒマだし、次の元号でも考えておこうぜ! (279) 

693 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/17 22:30:47
21:源氏・藤原氏以外で公卿になれそうなのは?スレに鬼のように書き込む
大江匡衡の姿が脳裏に浮かびました。

694 :日本@名無史さん:04/09/18 12:18:49
17: ようやくしおらしくなってきた菅原道真154 (456)

略すと、一応 しおかん ですなw

695 :日本@名無史さん:04/09/18 21:00:16
あと、当時大ブームだった仏教関係のスレが無いな。

22:東寺の空海さん(応援専用) 55(108)
23:【千手タン】 観音さまハァハァスレ 第11面 【如意輪タン】(20)
24:俺、下品中生。おまえ何品?(3)
25:末法の世に(´・ω・`)ショボーンするスレ(217)
26:熊野詣でヤレル宿・王子 7(866)

696 :日本@名無史さん:04/09/18 21:43:11
ニートの拳

作:武論尊
画:蛭子能収


697 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/18 22:50:06
27:勧学会ってもう解散したの(87)
28:書写山でオフ会をしたいのですが(232)
29:増賀は名僧・・・でいいのか(684)
30:【強盗】初瀬詣での思い出を書き込むスレ【夢想】其の三(731)

698 :日本@名無史さん:04/09/19 03:38:41
31:空海が達筆だと思ってるヤシは素人。その2 (416) 
32:【お宝】遣唐使復活きぼーん【がっぽり】 (105)

699 :日本@名無史さん:04/09/19 11:24:32
33.高麗ウザイ…スレはやはり出きるのでしょうか?

700 :日本@名無史さん:04/09/19 11:34:15
中卒が搗き、高卒がこねしドキュン餅。座りし
ままに食うは三流大卒


701 :日本@名無史さん:04/09/20 10:05:22
藤原兼家とともに苦難を乗り越えるスレ

摂政就任後は一転してアンチスレに…。

702 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/20 17:09:19
「花山院とともに苦難を乗り越えるスレ」は退位後の書き込みの方がすごそう。
出家後の慶滋保胤は書き込んでくれそうにありませんが。

703 :日本@名無史さん:04/09/20 17:30:38
…ここはキチガイのスレか?
平安時代にネットなど存在するはずないだろうに…。

手塚の火の鳥でさえ電話しかなかったのに。

704 :日本@名無史さん:04/09/20 18:37:04
山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM


こいつって、著書を丸写しした書き込みをして
何が面白いんだろう・・・・・
これだけ知識ありますって披露してるつもりならお笑い。
本読めば分る事、延々と書き込まれてもな〜
リアルで人間付き合いしたことないだろう>山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM




705 :日本@名無史さん:04/09/20 18:41:59
お前はその本すら読んでないだろうに…。
超良コテにつっかかって何がしたいんだ?

706 :日本@名無史さん:04/09/20 18:43:45
山野ちゃんは単純なコピペ野郎じゃないぞ

つーか歴史なんて書物が基本だろ。

707 :日本@名無史さん:04/09/21 17:19:05
704は学生時代に日本史の成績が赤点で留年にでもなったんだろう、放っておけ!

708 :日本@名無史さん:04/09/21 20:29:35
34:【高倉】おいおまえら衣紋道はなに流だ【山科】
35:【束帯】へんな着方している香具師ハケーン【衣紋】
36:【最近】武士について総合スレ【生意気】
というのも有りそうだね

709 :日本@名無史さん:04/09/21 20:58:19
>>703
ネタに決まっているだろう。
みんなの戯れとお遊びにツッコミを入れるとは雅ではないぞよ。

710 :日本@名無史さん:04/09/21 21:05:24
>709
まったくまったく
ここはあくまで、お遊びを楽しむスレですから

711 :日本@名無史さん:04/09/21 21:59:13
37:|炎炎炎| 平等院に放火予告 |焔焔焔|(1001)
38:ほっぺがふくよかな千寿タン14歳が白拍子デビュー(本人画像有)(677)
39:【将軍】坂上田村麿は神! その32【万歳】(54) 

712 :日本@名無史さん:04/09/21 22:16:27
40:おい、おまいら鷹狩りに行きませんか (367)
41:【東は日本じゃない】平将門公総合スレ【新皇ってどうよ】(56)

713 :日本@名無史さん:04/09/21 22:23:30
40:白拍子にハアハアするスレ(984)
41:【東寺】西寺あぼ〜んww【勝ち組】(201)
42:山門VS寺門(733)
43:【美味?】茶ってどうよ?【ゲロ不味】(623)
44:【DQN】あんたの坊の京童【マジうるせえ】(211)
45:飲み屋に検非違使を連れてくるな!!!(1001)

714 :日本@名無史さん:04/09/21 22:42:13
48:俺在原業平だけどなんか質問ある?(578)

715 :日本@名無史さん:04/09/21 23:04:52
スレタイからずれてきてる

716 :日本@名無史さん:04/09/22 09:17:37
>713
平安時代に「飲み屋」ってあったのか?
外食産業ってもっとあとから出来たと
何かで聞いた記憶があるんだが…

717 :日本@名無史さん:04/09/22 10:24:16
またお前か…
ネタに決まっているだろう。
みんなの戯れとお遊びにツッコミを入れるとは雅ではないぞよ。

718 :716:04/09/22 10:55:57
違う違う。スマン、素で疑問だっただけなんだ。
俺が間違って覚えてたのか?と。

無粋者は逝ってくるわ。

719 :日本@名無史さん:04/09/22 12:45:13
>>718
真面目な質問に真面目に考えると唐の長安なんかは市の中や周囲に旅人や行商人の為に邸店と呼ばれる宿屋があり飲食店を兼ねている事があった。
従って、唐の法規には邸「店」と肆「輔」(「しほ」、英語で言うところのshop)を併せて「店舗」と呼んだ。
だが、唐の律令を日本に導入した時、邸店のような施設がなかったから、「店舗」=物を売り買いする場所と考えて誤った意味で日本で定着してしまった。
一般人の夜間外出禁止の規定があった律令時代には夜に一般の店は開いていないはずなので、邸店がなかったとすれば、「飲み屋」が生ずる可能性は低いと思う。


720 :719:04/09/22 17:02:26
現代の中国で「飯店」=ホテルなのは、飯店が「飯屋兼の邸店」という意味だから。

721 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/22 17:41:01
>>713
>43:【美味?】茶ってどうよ?【ゲロ不味】(623)
『小右記』にも何度か出て来ましたが、『本朝文粋』所収の慶滋保胤の詩によれ
ば、三河の一寺院にも既に茶園が存在した様ですね。
>>719
>一般人の夜間外出禁止の規定があった律令時代には
後の事になりますが、『落窪物語』の中で、夜間に外出して呼びとめられて道端
の汚物の上に尻餅をついてしまっていた左近少将を思い出しますね。
『今昔物語集』でも路の向こうから火が見えた時には楼上や橋の上に逃れてい
ますが、果たして何を恐れたものやら。死体を運ばされた話もありますが。
中世には同じ盗みでも夜間に行なわれたものの方がより厳罰に処せられたそ
うで、この点は欧州の古いゲルマン法とも一致している。
戦国時代にも、夜間の路頭念仏や通行・施設の利用は避けられたとか。

722 :日本@名無史さん:04/09/22 21:42:45
49:【エソート】地方豪族の子弟ですが、北面の武士になれまつか?【親衛隊】(72)
50:落書グループ”朝日”、厳島神社の造営中止と諸国のお助け小屋拡充を提言(653)


723 :日本@名無史さん:04/09/22 21:56:43
51:【ショック】弘法大師が発現させた温泉の69%が天然湧出と判明【ペテン師?】

724 :日本@名無史さん:04/09/23 16:04:45
>>721
唐末では中国国内で広く飲まれていた(唐に渡った円仁も飲んでいる)から平安中期には茶が入っていても不思議じゃないが、
やはり当時の日本では薬感覚だったのか?

725 :日本@名無史さん:04/09/23 17:21:58
>>721
夜は外出禁止だから、弁慶は夜な夜な出没するわけですか?


726 :日本@名無史さん:04/09/23 19:17:21
平安時代に行きたいなんておもわない。
明治時代の写真みても当時の女性は超ブサ
つか10年前の映像見てもあれでチ○コ勃った当時の男はマジ凄いとおもう。

727 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/23 20:23:11
>>724
団茶といって、突き固めたお茶を削って飲んでいましたからね。一般的な
ものでは無かったでしょう。砂糖ほどでは無いにせよ、珍品扱い。
>>725
あれもある意味盗人ですからね。『義経記』が今手元にありませんが。

728 :日本@名無史さん:04/09/23 22:17:20
>726
平安時代の女も、お前とやりたいと思わないから安心しろ。

729 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/24 00:31:20
平安時代中期の女性は、白粉を塗りたくった後で頬紅をつけていた様ですね。
中心から次第に薄くなる様にしていたらしい。
もっとも、『中外抄』によれば、院政期には白粉ばかりだった様ですが。
『源氏物語絵巻』などを見ていても、頬紅が分からないのはそのせいか。

730 :日本@名無史さん:04/09/24 04:45:49
寒いし服は重たいし眉毛は変だし怨霊は出るし
いいところなんて一つも無いじゃん

731 :日本@名無史さん:04/09/24 12:42:40
>>725
>>727
そこまで深く考えなくても、平安末期には検非違使だけで治安が守れなくなったと考えていいのでは?

732 :日本@名無史さん:04/09/24 12:46:58
伝説というのは承知の上で言うけど、
同じ橋の上で999本も武器を強盗してて、どうにもならなかったの?
すさまじく夜はカオスだったということですか。

733 :日本@名無史さん:04/09/24 16:53:46
散々既出だと思うけど、大学で読まされた『中右記』(だったかな?)を見ると、
過労死してもおかしくないぐらい長時間労働だった気がする。

734 :日本@名無史さん:04/09/25 18:44:36
>>730
眉毛は現代も男性も巻き込んでかなりおかしくなってると思うがな。顔の
骨格無視した角度に描いたり。

735 :日本@名無史さん:04/09/27 12:23:05
>>719
それ以上に、「酒」を店で飲ませるというチマチマした行為に対する対価を
払うための銭貨がなかったと思われ。
土地を買うとかなら砂金とかで代用可能だが、銅銭が庶民レベルに普及して
くるのは平安も後期あるいは末期になってからだろう。

736 :日本@名無史さん:04/09/27 12:50:47
微妙だな…貨幣の流通規模については都の一部限定のみとする定説よりも幅広かったと言う説もあるからな。

737 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/27 20:09:10
『日本往生極楽記』に、自分の葬斂(『法華験記』では斂葬)に使用するための
銭を用意していた「律師無空」が蛇に転生したという話がありますね。
『日本霊異記』にも類話が載っている。
で、新日本古典文学大系本『今昔物語集』の索引をざっと引いてみたの
ですが、なんと無空の話以外はほとんど『霊異記』由来の話でした。
寺の修理料100貫、交易料40貫など。一番少ないのが盗まれた経
典料500文でした。
ただ、『善家秘記』逸文と見られる巻第16の第17には、
「今昔、備中の国、賀陽の郡、葦守の郷に賀陽の良藤と云ふ人有けり。
銭を商て家豊か也。天性淫奔にして心色めかし。」
とありますね。これも『霊異記』の僧同様利殖に銭を商っていた様です
から、細かい単位で使用されていた事を証明する事は出来ませんが、と
りあえず普及していた事は読み取れます。

738 :日本@名無史さん:04/09/28 00:04:36
>>728
まあね、歌詠めないし、解することも出来やしないし
平安時代の先祖は諸大夫から侍におっこってく真最中の下級官人だし
一応直系の先祖には鎌倉時代の関東歌壇にいた人もいるんだけどなあ。

739 :日本@名無史さん:04/09/28 22:21:52
先祖は立派でも子孫はアフォか。草葉の陰で泣いてるな。合掌。

740 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/28 22:48:43
平安時代なら「天翔りて」、鎌倉時代なら「草の陰にて」ですね。

741 :日本@名無史さん:04/09/29 14:54:18
平成時代ならば何でしょう?

742 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/29 18:22:31
それこそ「草葉の陰から」でしょう(笑)。
『源氏物語』や『浜松中納言物語』に「草の原」とありますが、墓を指した
これらの言葉から来たものではないかと。
「草の庵」だと、『枕草子』の有名な話になりますが、これも心寂しい。

743 :日本@名無史さん:04/09/29 19:55:32
つまり草葉の陰というのは野ざらしの供養法からきている慣用句ということですか?
文字通り原っぱにぽーんと死体を置いて供養したため、故人は草の葉っぱの裏にいるという認識だったということでしょうか。

744 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/29 20:00:41
いえ、『平家物語』、『承久記』、『閑居友』、『とはずがたり』などに見られる
言葉ですから、普通の墳墓(と書いてあっても野ざらしだった例もあり
ますが)でしょう。
『浜松中納言物語』を書いた菅原孝標女の、『更級日記』には、姉の墓を乳母
が訪ねた時の思い出が記されていますね。

745 :日本@名無史さん:04/09/30 00:20:23
>>739
俺よりはマシだけど先祖も大して立派じゃないよ。


746 :日本@名無史さん:04/09/30 07:57:18
こんどは先祖を悪く言ってるぜおい。

747 :日本@名無史さん:04/10/01 12:34:30
>>144
平安中期は江戸時代以上の厳しい鎖国時代

748 :日本@名無史さん:04/10/01 13:27:37
平安は短命だ。臭かったし。

749 :日本@名無史さん:04/10/01 14:12:57
>>350
752年の奈良の大仏建造時には水銀中毒で数百人が犠牲になったとも言われている。

750 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/10/01 21:03:19
>>748
角田文衛先生も書いてらっしゃいましたが、子供の死亡率を除けばそうでも
ありません。貴族でも庶民でも、還暦を過ぎた辺りまでは生きられましたし、
中には80代・90代も存在していました。
確実な史料で分かるところでは、春海貞吉(779年〜897年)が凄い。
光仁天皇の時代に生れて、醍醐天皇の時代に亡くなっています。
因みに、泉重千代さん以前の最高齢記録保持者は、孝明天皇の即位された年
の弘化3年(1846)生まれの小林やすさんでした。
甲斐の出身で、昭和39年に亡くなられています。

751 :日本@名無史さん:04/10/01 23:56:59
>>746
先祖自慢よりはいいでしょ。

>>747
大宰府とか東北に赴任してる貴族の貢物は私貿易で手に入れた物じゃないの?

752 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/10/02 00:16:12
『宇津保物語』に大宰府で富を得た話があり、大江匡房が政界の荒波を乗り
きったのも、『古今著聞集』でいう「非道にとったもの」を利用したから
ではないかといいますね。
もっとも、『法華験記』には、富裕な僧侶の財産を没収した国司が出て来
る事ですし、交易関係とは限りませんが。
ただ、「鎖国」云々は無断で国外に出るのを禁じたものでは。
『浜松中納言物語』にも、「今では僧侶しか渡っていない」とある。

753 :日本@名無史さん:04/10/02 01:27:08
大鏡の大宅世継、夏山繁樹も、すげー長生きだったしな・・・・・・

754 :日本@名無史さん:04/10/02 10:36:17
>>751
日本人の海外渡航は制限されていなかったっけ?

755 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/10/02 22:33:01
>>753
まあ、あれは後の鏡物に受け継がれた創作された長寿ですが。
夏山繁樹が五月生まれで縁起が悪いという説は面白いですね。
『宇津保物語』や、源為憲の『世俗諺文』にもありますが、為憲の指摘通り
本来は『史記』に見える俗信が定着したもの。

756 :日本@名無史さん:04/10/02 23:31:59
人のほうですか。

757 :日本@名無史さん:04/10/04 07:54:24
>>755
子供の背が戸を越えると親を殺すってネタ?

758 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/10/04 19:12:04
>>757
そう、孟嘗君の故事ですね。どちらかといえば、鶏鳴狗盗の方が有名ですが。
しかし元々は俗信否定を記したものなのに、俗信の方が広まってしまうとは
皮肉な話。五月の節句には魔除けのイメージが強く、清少納言に言わせると
一番人気の高いものであったそうですから、無理もありませんが。
『宇津保物語』では九月も嫌っていますが、こちらは菊酒絡みでしょう。
なお、『宇津保物語』の例は、厳密に言えば結婚に相応しくない月の話です。

759 :日本@名無史さん:04/10/04 20:57:06
タコの赤ちゃんキタワー.*:.。.:*・゚(n‘∀‘)η゚・*:.。.:*!!☆
生まれたよ!生まれたよ!

760 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/10/05 19:25:49
五月生まれを忌む事、当然の事ながら『大鏡裏書』に載っていますね。しかも冒頭。
しかしなかなかスレが伸びない・・・。

761 :日本@名無史さん:04/10/07 12:23:55
>752
僧侶以外の渡航を禁止した法令がありましたよね。
内蔵寮が博多周辺に寮領をもっており、それは貿易の利潤のため、というのをきいたことがあります。

762 :日本@名無史さん:04/10/07 14:49:34
>>760
プゲラッチョチョゲラプップラプープラプラップププッチョラゲプゲララゲラゲプゲラッチョラケラプップラプープラプラゲプゲラララッチョチョゲラプップラララゲラゲプゲラッチョラケプゲラッチョチョゲラプップラプープラプラップププッチョラゲプゲララゲラゲプゲラッチョラケラプップラプープラプラゲプゲラララッチョチョゲラプップラララゲラケ
お前おもしれーよ!
腹いてえ!!
立ち上がれねえよ!!!
息も吸えねえ!!!!
しょんべんもれちまった!!!!!

つーわけでage!

763 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/10/08 22:53:15
>761
刀伊の入寇時の対馬判官代永岑諸近は、一旦家族と共に捕らえられたものの
単身脱走し、その後家族の救出のために単身舟を出して高麗に渡っています
が、渡海の禁を犯して禁錮刑を受けていますね。その後は不明ですが。

764 :日本@名無史さん:04/10/11 08:48:40
>>682
読んでみたけど、この人は若い頃に太平洋戦争に出征しているようですね。
なら、医者としても戦争体験者としても自堕落な態度で健康を害する姿勢が嫌いなのだと思う。

765 :日本@名無史さん:04/10/12 12:16:38
渡海の禁については榎本・利光間で論争があります。

766 :日本@名無史さん:04/10/18 13:02:05
>>1
そうは思わない

767 :日本@名無史さん:04/10/21 17:50:27
ネタがないな

768 :日本@名無史さん:04/10/22 01:17:56
平安=李氏朝鮮

両班=平安貴族


平安時代なんかに生まれたくないね

769 :日本@名無史さん:04/10/22 13:36:56
今の方が、便利だし、なにより安全だ。
でも平安の頃の雅さも捨てがたいって。

770 :日本@名無史さん:04/10/22 17:54:59
都会に住みながら田舎の生活にあこがれ、
実際には都会の便利さから離れられない、ってことだな。

771 :日本@名無史さん:04/10/23 10:38:49
>>768
科挙があるだけ李朝がマシ…まあ中身はダメダメなのだが。

772 :日本@名無史さん:04/10/23 11:19:48
>>771
科挙受けられる層がかなり限られていたからな、李朝は。
そこが中国と違うところ。

773 :推定少女ファン:04/10/23 20:57:50
額田王最高!

774 :日本@名無史さん:04/10/24 01:20:10
長暦三年十一月二十五日、資房卿が頭中将の頃、参内し御前にて

仰云、五節間行経為長、能長、経家、資仲等、相共迎取永圓僧正僕
童名乙丸、令入其員、五節所行経懐抱而臥、以此童令通嫁其所陪
従并童女、又将渡義忠、五節所童女又令婚此乙丸已及一両夜云々、
此事只一日所聞也、希有事也、件乙丸件党愛幸施資貨、是只為彼身
事也、但為公家遺耻、是非善事也、行経已有大望、尤不覚事、須致
其責也、而事渡謬事、仍寃免了、希有之又希有也者・・・


775 :日本@名無史さん:04/10/24 11:42:24
東夷関東には生まれたくないね

776 :日本@名無史さん:04/10/25 17:56:00
>>772
中国でも少数だが、明で庶民から科挙に受かって最後は宰相になった人もいたわけだし…。

777 :日本@名無史さん:04/10/25 18:05:35
>>776
中国は、「事実上」少数。勉強するには金が要るからな。
たしか、明・清時代の受験資格は、「男子で、本人から二代前までの間に賤業(娼館など)
を営んでいないこと」。それだけだった気がする。

これに対して、李朝は、「制度上」少数。当初、両班層じゃ無きゃ受験すらできなかった。
両班の下の階級である、郷吏層が受験資格を獲得するのに何百年も掛かっている。
その下は、結局最後まで無い。


778 :日本@名無史さん:04/10/27 13:55:31
>>775
平安貴族が今の都が東夷・武州にあると聞いたら腰を抜かすな。

779 :日本@名無史さん:04/10/27 16:08:46
平安貴族は東夷の武士に征服されたと言う事だ。


780 :日本@名無史さん:04/10/30 11:37:14
伊勢物語の都鳥の行は東京遷都の予言だった!

…って事はないだろうな。

781 :日本@名無史さん:04/10/30 11:38:31
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1098598781
このスレ利用できませんか?

782 :日本@名無史さん:04/11/02 23:07:27
あの頃の貴族って普通に13〜14才で父親になってるのね…
学校で年齢の入った資料観て驚いたよ。
そうか、そんな年でも無問題で父親になれるのか…

783 :日本@名無史さん:04/11/03 01:27:52
武家だって元服すりゃ親父になれるよ。


784 :日本@名無史さん:04/11/03 03:31:45
元服するとすぐケコーンだからな

785 :日本@名無史さん:04/11/03 11:34:23
<13〜14で結婚
だから女の方も出産で死ぬ場合が多かったらしいね。
身体が未熟なのに生ませるから……

786 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/11/03 17:50:49
その癖産死は罪が深いとされていましたからね。
『今昔物語集』には早くもウブメという妖怪が出て来ますが、その息の長い
事には驚かされます。子供を抱かせるという近世・近代の民間伝承の形式
と大して変わらない。

787 :日本@名無史さん:04/11/05 01:14:40
>>782
嫁の実家が面倒みてくれたからね。

788 :日本@名無史さん:04/11/17 12:32:08
平安時代の内親王の婚姻先は皇族か賜姓源氏あたりですか?

789 :日本@名無史さん:04/11/17 14:05:49
http://homepage2.nifty.com/hpsuiren/asobi/naisinnou/2mankinen.htm
正確かどうかわからんが。

790 :日本@名無史さん:04/11/17 15:45:51
あんな無能集団なんかになりたくないわ。

791 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/11/17 17:31:56
師輔はこましまくりましたねえ。一物が大きかったそうですが。
>あんな無能集団なんかになりたくないわ。
一概に無能・軟弱とも言えないかと。

792 :日本@名無史さん:04/11/17 17:52:20
>>782
自分で子育てするわけじゃないから。
種付けだけ。
乳母を始め、お付きの人がたくさん居るので。

>>785
最初にあてがわれる女(正妻ではないことが多い)は、年上のケースが多い。
男は、精通後直ぐに子作りしても体に何の負担も無いが、
女は、初潮後直ぐに妊娠すると、負担に耐え切れず死んでしまうから。

793 :日本@名無史さん:04/11/20 23:10:47
ヒカルの碁の回想シーンに出てくるような女官ばかりなら平安にも行ってみたいでつ。

794 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/11/21 15:38:22
よく小野小町の容貌について、「下膨れで」云々を仰る方がいらっしゃいま
すが、院政期に描かれた『源氏物語絵巻』あたりのイメージで語られても困
りますね。
もっとも、当時の女神像やそれ以前の正倉院の遺物から考えても、あまり
好める御面相で無かったのは間違いありませんが(笑)。

795 :日本@名無史さん:04/11/21 22:24:16
男同士のモーホー関係はOKっつーか、男女のフリーセックスもありだったしな。

796 :日本@名無史さん:04/11/23 23:30:01
平和で優雅、のうち、優雅ってのはどうなんだろ?
宮中で殴り合いになって謹慎くらったとか、ヘマやらかした下部に気の荒い上卿がどなりつけて回りが引きまくった、てのもあるから、あの時代でも男の世界は結構普通に殺伐としてたんじゃないの、と思ってたけど。それを普通、と思うのは現代の感覚なのかも知れないけど。

797 :げんじ:04/11/28 14:18:01
わがみさく みやこのうちの みすのうち わがなははぢね かみのまにまに

※現代語訳
やぁ、2ちゃんやってる歴史ヲタのかた。今日もひまでつね。わたしもひまでつよ。
だいつきな彼女タン(;´Д`)ハァハァにふられて(´・ω・`)ショボーンなのでつ。
てなわけでそろそろ2ちゃんもやめて布団の中でひとりでギシギシアンアンしようかしまいか。
とはいえかかぁも妹もいるし、オマケに親父までいるよorz
さぁ、しかたない。どっか他にいい女いないかなぁ〜。
はぁ、恥も捨ててあの子にでもこくってみようかなぁ。
くそー!誰かいい女しょうかいしろよぅ!
ヽ(`Д´)ノウワァアアアアン!!

798 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/11/29 08:33:34
>>796
高橋昌明先生が強調してらっしゃる様に、実際には荒事も多かったですね。
『宇津保物語』や『落窪物語』も合わせて考えた方が、実状に近い。
『源氏物語』も、所詮は一女房が書き綴ったものですから。

799 :日本@名無史さん:04/12/02 12:29:39
まあ国会で椅子けっとばしたり机ひっくりかえすやからが
いるくらいだから、平安時代にもいて不思議ではない。

それに所詮は男の世界。カッときて腕力に訴えてしまう
のは結構いるだろ。目撃者がいるか、自分が日記に残さなければ
歴史に現れないだけで。

800 :日本@名無史さん:04/12/02 19:03:35
究極は陽成天皇

801 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/02 22:30:40
政敵宅への放火があり、中・下級貴族であれば闇討ちも多かったですよ。
花山院の女王など、殺害された後路傍で犬に食べられて夜明けには頭と手足
だけが残されていたといいますからね。酷いものです。

802 :日本@名無史さん:04/12/04 10:02:35
嵯峨源氏スレ
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1093815082/l50

803 :日本@名無史さん:04/12/09 22:29:22
平安時代の酒宴が楽しいね。吐くまで飲むってのがすごい。
当時の酒宴って高校生みたい。
当時のアルコールなんて度数が低いだろうに、そこまで飲めるなんて結構貴族もマッチョだね。
漬物樽の中に吐いてかき混ぜて誤魔化した話もあるくらいだし。

804 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/09 22:52:13
『亭子院賜酒記』のことでしょうか。吐くまで飲むという習慣は、戦国期
まであった筈ですが、『言継卿記』などを見ていると、ほぼ毎日数回飲ん
でいますね。『酒飯論絵巻』というのも製作されています。
『紫式部日記』や、『宇津保物語』に出て来るのは酒乱の嵐。
『源氏物語』の酒宴が大人しいのは、体験者の願望・要望でしょう(笑)。
>漬物樽の中に吐いてかき混ぜて誤魔化した話もあるくらいだし。
『今昔物語集』の鮒鮨の話では。当時は物売りを胡散臭い職業と見る観念
があった事からして、ミミズバーガーの様な都市伝説だと思いますが。

805 :日本@名無史さん:04/12/10 00:27:37
平安時代ってなんか落ち着いた感じがしていいよね。
飛鳥時代や奈良時代はなんか騒がしい感じがしてやだ。

806 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/10 01:02:01
>805
イメージはともかく、実態は>801に近いものでしたけどね。
花山院の女王が、盗人に人質にとられ、解放されて川に落ちた後、民家の戸
を叩いても誰も開けてくれず、そのまま凍死しています。
夜間に道を歩いたり、郊外に護衛無しで出かけて賊に会えば、無防備な方が
悪いとされた時代。そこいらの犯罪者にせよ、貴族にせよ、かなり物騒。
揺らぎつつあるとはいえ、現代こそが「平安時代」かもしれません。

807 :日本@名無史さん:04/12/11 00:52:17
なんか、うまくまとめられた感じ。

808 :日本@名無史さん:04/12/11 10:55:23
>>806
質問です。
今、高橋秀樹氏の「日本中世の家と親族」を読んでいるのですが、
その中で「栄花物語」で花山院が死ぬ間際に女宮の将来を不安に思う余り、娘たちも一緒にあの世へ連れて行きたいと言ったが、
末娘だけは母方の縁者の兵部命婦に「汝が子にせよ」として養女に出したところ、その姫以外はみんな夭折したという話が出てくるのですが、凍死された女王の話とは関係あるのですか?

809 :日本@名無史さん:04/12/11 11:59:29
そうそう。平安貴族といっても意外と武が重んじられてた。
源氏物語は少女漫画みたいなもんだしな。実際にはあんなにヤサ男ばっかりじゃなかった。
平安といいつつどろどろとした果てしなき抗争の世界。

810 :日本@名無史さん:04/12/11 16:34:20
>>808
養女=凍死された女王

811 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/11 20:48:38
そう、その皇女です。『栄花物語』後篇では、皇女が宮仕えをされる例を引く
際に、「数に入らない様な方であったから、まだ良かった」といった書き方を
されてしまわれた、お気の毒な方ですよ。

「宿を貸してくれた」例としては、『今昔物語集』で産の場所を貸してくれた老
女や、『平治物語』で常盤御前らに宿を貸してくれた老女が当て嵌まりますね。
もっともこれらは郊外の話。都の内では、入れてもらえなかったか。

812 :日本@名無史さん:04/12/17 20:53:55
>>269
超遅レスですが、実資は実頼の実の孫にあたります。

813 :日本@名無史さん:04/12/17 21:01:30
牛車も雅びな乗り物かと思いきや
路上で競走したりしてかなり物騒な乗り物
人を2人蹴り殺した駿牛なんてのもいて

814 :日本@名無史さん:04/12/18 03:01:51
年中行事絵巻に、暴走する牛車が描かれている場面、なかったっけ?
>>813見て、思い出したんだが。

815 :日本@名無史さん:04/12/19 21:58:45
花山院といえば、神祇伯を代々務めた白川家はその子孫だそうですが、身分的には皇族なのか臣下なのかよく分かりません。

816 :日本@名無史さん:04/12/19 22:18:53
>>815
まあ、源氏姓を賜った時点で臣下ですよね。
白川家でも王・女王を名乗れたのは、神祇伯に任じられた男子と、
天皇即位の際に奉仕するケン帳の女王になった女子だけですから。

817 :日本@名無史さん:04/12/22 06:39:31
牛車といえば、手形の存在を知らなかったお上りさんの武士を
あざ笑った歌が、どこかにあった。
酔って身体がアザだらけになるってことは、充分物騒な乗り物だよ。

818 :日本@名無史さん:04/12/22 12:40:22
>>816
じゃあ、神祇伯だった人は身分的には「王」であっても臣下だったの?

819 :日本@名無史さん:04/12/22 13:53:15
藤原道長なんて飲水病(糖尿病)で死んだんだぜ、
平安時代に贅沢病だ・・・。

820 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/22 14:27:14
伊尹・道隆・伊周らも糖尿病でしたよ。宗通・良実もそうで、おできを併発
しての薨去というのはかなり多かった。
道長の場合、晩年には白内障・心臓神経症・下痢も患っていたといいますか
ら、重症です。それでも阿弥陀佛への祈り以外はいらぬと断っていましたが、
結局は頼通や上東門院による治病の祈祷も行われていましたね。

821 :日本@名無史さん:04/12/22 20:48:26
>>818
親王も王も天皇の臣下には違いない。
弾正尹や中務卿は廷臣だけど親王が就くでしょ?
御三家だって徳川将軍の臣下だというのと一緒。

神祇伯はその職務の性質上皇族が望ましいので、
白川家の世襲職となった後はいわば「名誉皇族」「代理皇族」として王号を許されたと見るべき。
だからこそ>>816の言っているように嫡子であっても伯に就任するまでは「源○○」なわけで。

822 :日本@名無史さん:04/12/23 21:17:39
>>820
それでもあの当時では長生きしたのだから、人の生き死には本当に分からないですね。
私もネットばかりやっていないで時にはスポーツでもすることにします。

823 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/23 22:24:25
道長の馬術の才能は有名で、『栄花物語』巻三十「つるのはやし」によれば、
彼の死後遺されたものの中に、選りすぐりの名馬たちが存在していたとか。
『大鏡』の弓術に未来をかけたという話は有名。騎射もやっていたかも。
火災の時には、文字通り「火急の用件」とばかりに騎馬で急行しています。
不健康な様でいて、案外スポーツと言えそうなものにも手を出している。
まあ、晩年はいささか怪しいところがありますが・・・。

なお、近代化より前の時代も、還暦越え程度であれば普通に見られました。
乳幼児の死亡率こそ高かったものの、一定年齢を越えれば後はそこそこ長
生きする事が可能。
流石に、倫子やその腹の子供たちは長生きし過ぎな気もしますが。

824 :日本@名無史さん:04/12/23 23:14:39
>>823
道長のころまでは、一部の上級貴族も武装し、「武」の蔑視はまだ始まっていなかった
ようですね。源頼光もけっこう出世したり。

しかしその後、武を蔑視するようになり、武(実力)を放棄した結果、下郎に権力を奪わ
れてしまった。



825 :通行人:04/12/23 23:15:56
日本海表記がピンチです、みなさまのお力添えをなにとぞ…
        ↓

http://ca.sakura.ne.jp/%7Eeddy/Japansea/index.htm

826 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/24 18:20:13
軽視していた訳でも無く、中世を通して「武」に通じた貴族の姿は確認出来
ますが、紀伝道出身者の手になったとも言われる『今昔物語集』の時代には、
既に「その家の出身でもないのに武を弄び、家が衰えた」という思想が見ら
れますからね。
専門職の一つを司っていた家の子孫がここまで突出するとは、思っていな
かったでしょう。

827 :日本@名無史さん:04/12/24 21:29:40
>>823
倫子の母親が最強だと思う、ひ孫の即位なんて普通は見れません。

828 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :04/12/24 21:46:58
『増鏡』の中で、倫子・彰子と北山准后が比較されていた事を考えると、今
ひとつ影が薄いですね。
この血統以外で当時長生きだったのというと・・・赤染衛門もなかなか。
曾孫の大江匡房の産着を縫って、85歳を過ぎるまで生きていましたから。

829 :日本@名無史さん:04/12/29 12:42:00
質問です。
藤原師長って謀反人となった頼長の息子なのに、何故に太政大臣にまで昇れたのですか?

830 :日本@名無史さん:04/12/30 00:19:19
>>826
>専門職の一つを司っていた家の子孫がここまで突出するとは、思っていなかった..
のは誰で、専門職家の子孫って何氏の誰のことなんですか?

831 :日本@名無史さん:04/12/30 00:51:49
平安貴族って平均寿命えらい短いし、体臭きつそうだよねー

832 :日本@名無史さん:04/12/30 01:47:55
>>829
母親の実家がしっかりしてて、本人もお父ちゃんよりは余程謙虚でおりこうちゃんで、
なおかつ執政を諦めたから。それでも最後は清盛に地方に飛ばされたけど。

833 :日本@名無史さん:04/12/30 08:36:05
>>829
頼長の怨霊を鎮めるために流罪を赦免になって中央に呼び戻されたんじゃなかったっけ?

834 :日本@名無史さん:04/12/31 03:24:23
>>826
>軽視していた訳でも無く、中世を通して「武」に通じた貴族の姿は確認出来..
政争が武力衝突にまで至った保元・平治の乱では、源氏・平氏の活躍ばかりが
伝えられていますが、藤原氏貴族の中でも弓刀を取り戦闘した者もいたのですか?

835 :日本@名無史さん:04/12/31 03:45:00
高望王みたいに王族をリストラされて、平姓になって、
これから自分の食い扶持は自分で稼がなきゃならなくなって
従五位下上総介なんて中級のお役人になって、
たいして武力もない、その辺のスチャラカ貴族と同じで、
そんなしがない公務員が、
任国に勢力はって、

孫に検非違使に就任を目指した「平 将門」とか鎮守府将軍の「平 貞盛」とか
を輩出しちゃう、そんな貴族もいたんよ。

836 :日本@名無史さん:04/12/31 11:41:52
なんか知識のひけらかしばかりで、レスが繋がってない気がするな。

837 :日本@名無史さん:04/12/31 21:55:37
知識のひけらかしこそが歴史板ですよ

838 :日本@名無史さん:05/01/01 15:54:47
>>829
(まあ、最近知ったことだが)頼長が忠通の養子だったという事実もあるから驚くにも値しないかも…。

839 :日本@名無史さん:05/01/02 16:38:34
>>831
参考過去スレあり。
平安時代の頃の日本人の平均寿命 02/04/28−
http://mentai.peko.2ch.net/history/kako/1020/10200/1020001916.html

840 :日本@名無史さん:05/01/03 00:13:15
>>835
武士の発生
http://mentai.peko.2ch.net/history/kako/1009/10095/1009509278.html

841 :日本@名無史さん:05/01/03 04:04:43
>>1
>何の心配事もないし...
そうでもないようだよ。
平安貴族間の政争
http://mentai.peko.2ch.net/history/kako/1009/10092/1009215061.html

842 :日本@名無史さん:05/01/03 17:48:07
>>841
そこここの兄弟スレ…なぜか1000目前に落ちたのだが。

843 :日本@名無史さん:05/01/03 17:54:04
>>842
1000目前落ちたって、>>841のログは、1:01/12/25--294:02/05/12までしかないぞ。

844 :日本@名無史さん:05/01/03 18:09:47
>>843
>>636-637参照

845 :日本@名無史さん:05/01/03 20:44:35
平安時代にはまとも軍隊もなかったのに
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1103855145/

846 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/05 00:25:32
>>834
直接戦場で戦ったというものは、まずありませんね。そもそも、武芸を軽視
しないまでも、然るべき家以外の出身の人間が殺人に秀でていると、子孫が
栄えないという俗信めいた「良識」がありました。
『今昔物語集』には、藤原保昌・橘則光などが「武」の家の出身でなかったのに
武芸に秀でており、殺人も行っていた事、保昌などはその道の家の出では無
いものが人を殺し、家運を傾けた者であった事が語られています。
従って、院政期には殺人自体は「殺人の上手」の家以外では忌避されていたらし
く、せいぜい藤原信頼が戦の庭に赴く際に騎乗し、甲冑も装備していたという
『愚菅抄』の記述くらいしか、見出せませんね。

847 :日本@名無史さん:05/01/05 00:34:14
平安時代はシビリアンコントロールが効いた時代でしたね。
江戸時代もそうでした。武士が武士でなくなり、官僚化して行きました
から。江戸幕府も軍隊は持ちませんでしたよ。旗本八万騎などと言われ
ましたが、江戸時代の旗本層がどんな暮らしをしていたかを知れば、お世辞
にも軍隊などとは言えませんね。江戸幕府に軍隊と言えるものがあったなら、
黒船来航時にあんなぶざまなことにはならなかったでしょう。

848 :日本@名無史さん:05/01/05 01:18:46
>>846
>直接戦場で戦ったというものは、まずありませんね...
関白藤原道隆の子息で、花山院を狙射したり、刀伊の来襲を撃退した隆家を
思い出しましたが、おそらく部下を指揮しただけでしょうね。然るべき家とは
佐伯氏等を指すのでしょうか。

849 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/05 20:13:24
>佐伯氏等を指すのでしょうか。
ええ。それに加え、佐伯経範の主などの家も指したつもりでした。
刀伊の入寇における勲功者の中では、意見具申のみが記録されている、大蔵
種材が目立ちますが、これは『大鏡』が、「純友うちたりしもののすぢ」である
としている通り、大蔵春実の子孫である事が注目された様です。
戦功があったのは、藤原氏六名・平氏三名・大蔵氏二名・其の他六名。
しかし、『大鏡』にある、「弓のもとすゑ」を知らなかったが、「やまと心」に長
けていたので撃退出来たというのは、どう考えても大袈裟ですね。

850 :日本@名無史さん:05/01/06 16:50:43
佐伯・坂上とか軍事官僚氏族は、摂関期にはB級じゃないの?

851 :日本@名無史さん:05/01/07 17:26:36
でも、大伴(伴)氏よりはマシだろう。


852 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/07 19:38:11
『江談抄』や『宇治拾遺物語』に到っては、伴善男の前身は佐渡の郡司に仕えて
いた下人扱い。ろくな逸話を語っていない藤原有国の前世が伴善男だという話
といい、他氏族出身者を貶める傾向が強い。>大江匡房
大江氏の先祖は菅原氏と同じ土師氏の筈なのに、何時の間にか皇族になってい
ますし・・・。>『続本朝往生伝』ほか

853 :日本@名無史さん:05/01/09 02:49:41
>>832
>大江氏の先祖
阿保親王としたんですよね。

前出の佐伯経範の出自も、『尊卑分脈』では秀郷流の藤原公光の実子(母佐伯氏)と
なっているが、実は源頼信に仕えた佐伯経資の子で公光の婿となって藤氏に改姓した
という説(湯山学、野口実)がありますね。ま、どちらの説が正しいにしろ秀郷流に
連なることは間違いないけど。

854 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/09 23:11:17
>阿保親王としたんですよね。
その上、『江談抄』では「土師氏は殉死を取り止めさせたので、その不忠により、
代々子孫は多いが官位は低いのだ」と。『菅家文草』で同祖とされている事など、
百も承知であったでしょうに(笑)。
>前出の佐伯経範の出自も
本人たちからすれば迷惑でしょうが、経歴詐称はそれ自体面白いですね。

855 :日本@名無史さん:05/01/10 10:04:31
微妙にスレ違いですが、佐伯氏も歴史書には大伴氏の庶流とされていますが、近年では佐伯氏>古代の「佐伯部」に由来とする軍事豪族とし、逆に大伴氏はその庶流だったのが力をつけて大連を務めるようになった後に系譜を改ざんしたのでは? という説もあるようです。

856 :日本@名無史さん:05/01/10 14:11:49
近年って・・・。10年以上前から言ってるだろ。

857 :日本@名無史さん:05/01/10 15:52:46
幸せかなー
マロ=バカって印象だけどなー
まあバカって幸せだよねー

858 :日本@名無史さん:05/01/11 08:03:44
漫画の読みすぎ

859 :日本@名無史さん:05/01/11 20:37:34
服装や生活様式は美しかったかもしれんが、
入浴習慣や排泄の問題で現代人はムリ。

860 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/11 21:59:41
>入浴習慣や排泄の問題で現代人はムリ。
ただ、これだけ見れば「現代以外どの時代でも無理」という事になりますが。
水洗便所があって、毎日入浴出来る生活の実現は、歴史的に見ればつい最
近のこと。毎日風呂に薪を使って、いくらかかるのやら。

861 :日本@名無史さん:05/01/12 07:34:45
年末に風呂釜がこわれて1週間近く風呂に入れず
気が狂いそうになった私は現代以外で暮らすのは無理か…

862 :日本@名無史さん:05/01/12 10:58:40
>>861
現代社会でも南極とか北極逝ったらその生活になりますな


863 :日本@名無史さん:05/01/13 00:58:27
あんなに服きてたらうんこすんの大変だべ!

864 :日本@名無史さん:05/01/14 12:30:20
平安京の燃料とかってどこから入ってきたの?

865 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/15 17:49:35
『梁塵秘抄』などにある通り、大原などから売りに来ていました。
『沙石集』には薪売りが出て来ますが、『信貴山縁起絵』や、『慕帰絵』には、
薪を遠方から運んで来たらしい姿が描かれています。

866 :日本@名無史さん:05/01/15 19:52:35
>>861
>1週間近く風呂に入れず気が狂いそうになった私は現代以外で暮らすのは無理か…
現代でも、95年の阪神震災や昨年の中越地震に遭えば、無理ですね。
歴史板訪問者にしては、現代日本の偶々の享楽安逸に染まりきっていま
すね、気が狂いそうだなんて。風呂が壊れても、湯浴みの方策はとれる
のに。中越地震からまもない時期のこの発言に、不快を感じました。

867 :日本@名無史さん:05/01/15 20:20:32
自分おもっきり神戸で被災したけど、とりあえず風呂に1週間入れなくて発狂寸前でしたが何か。
いちいちヒトの発言に不快を感じるなどと淋しいこと云ってないで、
今はただ好きなときにフロ入れる幸せだけ噛みしめてたらよろしいがな。

それにしても誰か忘れたけど、公家さんの日記(台記か中外記だったと思われ)で、
「昨日アタマ洗った、今日は洗わなかったけどフロは入った」って書いてたヒトがいたと思うんだけど。
意外にちゃんとしてるじゃないの、とその時は感心していたんだけど、あれは例外なのかな?

868 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/15 21:04:25
『九条殿遺戒』の影響ではありませんか。三日に一度頭を洗え、五日に一度
は湯浴みをしろと書いてありますから。『礼記』の文に由来するものです。
五日の定日に拘らず、日の吉凶を選べとあります。そのせいでしょう。
女性は髪を洗うのが物詣の時か、七夕の時ぐらいでしたから、より臭う。
面倒過ぎるので、当たり前かもしれませんが。湯づるに漬けるだけならたま
にありましたね。

869 :日本@名無史さん:05/01/15 21:13:59
一週間風呂に入らんでも平気な俺は、平安時代でサバイバルできそうだw

ところでアレな話題だが、平安時代では便所に行った後始末を、
「手」でしてたと聞いたんだが、ほんとなのかな。

870 :867です:05/01/15 21:34:32
>>868
おーそういうことですたか。流石師輔ですなあ。ご指摘ありがとうございました。
頼長でも宗忠でもそーいうのはクソ真面目に実践しそうなキャラだからちゃんとやってたわけですね。
それとすみません、「中外記」じゃなくて「中右記」の間違いですた。
アヒャ。


871 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/15 22:36:21
>>869
「ヘラ」がありました。『餓鬼草紙』では、道端の特定の場所が共同便所と
して描かれていますが、そこでは庶民が紙を使用しています。
『落窪物語』に道端が用足しに使われていた描写があり、『枕草子』にも引
用されていますから、平安時代から利用されていた筈です。
>869
『中外抄』と混同してしまわれたのでしょう。しかし、日記には特徴が現
れるから面白い。世俗の事も記してくれる藤原定家がお気に入りです。

872 :日本@名無史さん:05/01/16 15:14:03
夏はぜってーワキガ臭がすごそう!

873 :日本@名無史さん:05/01/16 18:50:57
ワキガはいつでも臭いよ?

874 :日本@名無史さん:05/01/16 19:13:51
腋臭は冬の方がヤバい・・・という話は置いとくとして、
貴族の必需品である香を扱う商人はずいぶん儲かったんだろうなあ。

875 :日本@名無史さん:05/01/16 21:04:14
香には多少殺菌作用がある(らしい)し、空気も今ほど汚くないから
臭くなるまでには意外に時間がかかると何かで聞いたことが。
夏も猛暑じゃないだろうし、もしかしたら
一週間ぐらい大丈夫だったかもなあ。

876 :日本@名無史さん:05/01/16 21:53:08
気持ち悪くて寝れねーべ

877 :日本@名無史さん:05/01/17 20:25:02
ほとんど風呂に入らないのにセックスはほぼ毎日だもんなぁ〜
以外と性病(カンジタとか)多かったかも

878 :日本@名無史さん:05/01/17 20:57:25
>>855
大伴氏には、系譜を改竄したくらいではすまないくらい重要な伝承がたくさんありますが?
中臣じゃあるまいし

879 :日本@名無史さん:05/01/18 07:15:38
ここは平安貴族のスレなので継人以前の事は原則板違いでOK?

880 :日本@名無史さん:05/01/18 08:16:45
板違い?

881 :日本@名無史さん:05/01/18 09:01:27
平安貴族は臭かった。それだけだね。

882 :日本@名無史さん:05/01/18 09:02:22
体臭がきついのではなく、衛生の概念がなかったようだね。

883 :日本@名無史さん:05/01/18 09:03:17
鼻の悪い人だけが、セックスできたのでしょう。

884 :879:05/01/18 19:03:35
>>880
スレ違いの間違いでした

885 :日本@名無史さん:05/01/18 21:06:26
>>貴族の必需品である香を扱う商人はずいぶん儲かったんだろうなあ

今で言う、資生堂とかカネボウとかかよ。
社内ではぶられた奴の机を廊下に出して一人で仕事させるとか聞いた。
泣くわな、そりゃあ

886 :日本@名無史さん:05/01/18 23:59:22
>>877
一日風呂に入らないだけでもキンタマがくさくなって、下手すると痒くなってくるよな。数日入らないとインキンになったり

887 :日本@名無史さん:05/01/19 01:40:16
風呂に入らないから、毎日きれいにキンタマしゃぶらせるんじゃない?

入院して何日か風呂に入らなかった時のことなんだが、彼女がお見舞いに来てしゃぶらせたわけ。
パンツ下ろしただけで自分でもツーンと臭うもんがあったんだが、しばらくしゃぶらせ玉の裏まで舐めさせると
あら不思議、ちっとも臭くなくなったんだよ。
まじで。

888 :日本@名無史さん:05/01/19 09:33:54
日が暮れてから女のところへ行き
日が昇る前に帰るのだから
真っ暗で何も見えないので
匂いで誰だか判別してたんだよ

889 :日本@名無史さん:05/01/19 10:00:57
何がいいんだか
リアルヒキばっかでみんな精神病んでたじゃん

890 :日本@名無史さん:05/01/19 11:06:22
特に女は一歩も外に出ずに・・・・地獄だな

891 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/19 11:43:52
物詣・法会にはよく出ていましたよ。『枕草子』には、「あやしからむ女だに、
(説教)をいみじう聞くめるものを。さればとて、はじめつ方は、かちあるき
する人はなかりき。たまさかには、壺装束などして、なまめき化粧じてこそは、
あめりしか。それも、もの詣でなどをぞせし。説教などには、ことに多く聞え
ざりき。このころ、そのをりさし出でけむ人、命長くて見ましかば、いかばか
り、そしり誹謗せまし」とある。
稲荷詣での記事は『大鏡』・『蜻蛉日記』・『今昔物語集』にも出。
貴賤を問わぬもので、二月の初午には多くの参詣者が訪れた様です。
ホトトギスやウグイスの音を聞くのに、山荘まで赴く事もありました。

892 :日本@名無史さん:05/01/19 11:46:44
へぇ〜、そうなのか。やんごとなきお姫様(中宮、皇女とか)も外出してたのかな?

893 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/19 20:12:51
あまり気をつけて見ていませんでしたね。院同様、出家後は物詣に頻繁に出
かけていますし、出家した「火の宮」のために源為憲が執筆した『三宝絵詞』下は、
進上相手の参拝を念頭に置いて執筆された可能性がありますが。

894 :日本@名無史さん:05/01/20 18:20:44
確か、貴族が京の外に出るには規制があったと聞きましたが、確か丹波・近江だと五畿以外だからダメとか…。

895 :日本@名無史さん:05/01/25 12:05:47
道綱の母は、あっちこっち行ったって書いてあるよね…
お弁当がいまいちだったとか…?

896 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/25 21:23:27
石山寺に、長谷寺に。姪っ子も同じところに行っていますし、紫式部が石山
寺で『源氏物語』の構想を練ったという伝説もありますね。
『石山寺縁起絵巻』に、道綱母の夢想について記した場面があります。

897 :日本@名無史さん:05/01/26 00:37:10
>>894
五位以上の貴族でしたか
その割に伊勢で乱闘してる人とかいましたが

898 :日本@名無史さん:05/01/29 21:35:38
この当時の病気一般について知るには、病草紙ですかね。
あと、治療法としての医心方なのかな・・・。
ちなみに俳優の丹波哲朗は丹波康頼の子孫で、
役者なんて丹波家の恥さらし、とまで言われたとか・・・。

・清盛に見られるとおりの温帯性マラリア
(熱帯性よりも強烈ではないらしい、ちなみに韓国ではいまでもあるらしい)
・天然痘、結核、麻疹、風疹、インフルエンザ関連
・ポリオ、皮膚病、感染症一般、寄生虫
・梅毒はまだ伝わってなかったろうけど、淋病はあっただろうな。

うーん、書いてて思ったけど、今でも途上国では普通に見られる光景だな。
あな、おそろしや

899 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/29 22:08:22
『病草紙』の成立は鎌倉時代まで下る様ですが、おおよそ同じ光景が見られま
したね。「人の忌む病」=ハンセン病にかかると、乳母にすら見捨てられたと
いう話が、『今昔物語集』にあります。
行き着く先は、清水坂か羅生門か。これは捨子や死体も同じ。
下人が病に陥った場合、死穢を避ける為、外に仮小屋を設けて出していました。
中には東山の聖と契約して同所で死なせてもらった例もありますが、中流貴族
の出身者でも、身内や友人が冷たければ、鳥部野で死んだそうです。

900 :日本@名無史さん:05/01/29 22:36:07
山野センセにレスもらえた。
うーん、死ねば野ざらしだったんすね。
清水の舞台から下を眺めたとき、谷底はむかし死体捨て場だったんだよな、と思いました。
ニュアンスは相当違うけど、見た目としては、
「ガンジス川に死体がプカプカ」みたいなもんだったですかね。

世界史板で、「幕末まで日本ではペストがなかった」っていう書き込みを見たんですが、
あと、日本になかった流行病・感染症ってあるんかな。
古墳時代前の人骨からは、結核による骨変形(脊椎カリエスなど)が見られないので、
古墳時代前には結核はなかったんじゃないか、という説を本で読んだことがあります。



901 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/30 00:27:55
>うーん、死ねば野ざらしだったんすね。
庶民はほとんどが曝葬でしたね。ただ、特定の野や谷に送る事に鎮魂の意義
を見出す発想も存在した様です。
疫病や神罰による異常死を遂げた人間なら、樹上葬の対象となりました。
なお古代・中世には、葬儀に関るのは余程の善意の持ち主でも無い限りは家
族に限られており、隣人であっても死体は放置していました。
孤独死(大抵、死ぬ前に離れた小屋などに移った)の場合、犬や烏に食われで
もしない限りは、死体はそのままで、祟りをもたらしました。

902 :日本@名無史さん:05/01/30 11:37:31
>>898
役者をやっていることより、大霊界のことの方が…。

903 :日本@名無史さん:05/01/30 18:20:26
ところでここで聞いたらいいのかわかりませんが、
平将門の反乱に同調した興世王ってどの天皇の末裔なのですか?

904 :日本@名無史さん:05/01/30 18:28:11
なんか洛中でも盗賊団とか出てるんじゃなかったっけ。
公達

905 :日本@名無史さん:05/02/02 01:20:12
>>903
あーこないだどっかの掲示板で読んだわ。
けど忘れたスマソ。

906 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/02 01:50:46
>903
桓武天皇の子孫だともいいますが、よく分かっていません。
>904
袴垂保輔や、藤原保輔が有名ですね。

907 :日本@名無史さん:05/02/03 12:28:46
>>906
手持ちの資料だと桓武天皇の皇子は16人いて、3人は天皇に即位、7人は本人あるいは子孫が臣籍に降り、2人は若死です。
他の4人中伊予親王と葛井親王には王を名乗る子孫がおり、坂本・佐味親王の子孫は不明です。


908 :日本@名無史さん:05/02/03 16:43:55
>904
「治安が悪い」の話はいい加減秋田。過去スレ嫁。

909 :日本@名無史さん:05/02/03 18:16:05
袴垂保輔と藤原保輔って別人なの?

910 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/03 18:25:36
同名異人で、同一人物説は後世の創作の様です。

911 :日本@名無史さん:05/02/04 12:24:38
十二単って、服飾史上もっとも華麗な…って言われてるけど
袖のトコだけ重ねたのってダメなのかしらん?
杉くい論直り方をしてあュ手も(←ブラインド打ちした)
すごく凝った織り方をしてあっても
袖のトコだけしか見れないし、後の部分もったいないよね?
その上、身分の高い女の人は御簾のなかが多いし。

あと、立っているのははしたないとか?
運動不足で死にそうだね。


912 :日本@名無史さん:05/02/04 14:53:03
>>910
時代も違う人なの?

913 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/04 16:26:16
>>911
簾の下から袖をチラリと覗かせてみるのが、壮観だったのです。
移動する際には、主に膝をすっていました。物を運ぶ様な時は別。
>912
ほぼ同時期に活躍しているので、余計にややこしい。

914 :日本@名無史さん:05/02/07 12:50:48
次スレの話は早いですか?

915 :日本@名無史さん:05/02/07 16:32:02
贅沢なものをチラリとしか見せないなんて贅沢の極みだと思う。

膝をすって移動って「膝行」というやつでしょうか?
ちょっとスレ違いですが、以前どこかの映画監督が
「時代劇撮る時に膝行の出来る役者が少なくなったので困る」
と言ってたのを思いだしました。
歩くより大変そうですよね、ひざで移動なんて。

<次スレ
980ぐらいで立てる?

916 :日本@名無史さん:05/02/08 16:42:49
同時期に同名の悪いやつがいたのか。なるほど。

917 :日本@名無史さん:05/02/09 16:54:36
>>301
なんとかこのスレのうちに婚約が決まって良かったですね。

918 :日本@名無史さん:05/02/10 03:54:32
平安時代の人ってどうやっておかゆを食べてたんだろう?
箸か?
しかし箸では到底粥は掬えないし。
それとも直接皿を傾けたのだろうか?

919 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/10 09:12:31
匕ぐらいありますよ・・・。

920 :日本@名無史さん:05/02/10 14:00:04
普通に発掘されているだろう、匙類

921 :日本@名無史さん:05/02/10 15:22:04
ありがとうございます。やっぱ蓮華みたいなものはありますよね。

922 :日本@名無史さん:05/02/10 17:43:36
>>918
匙って、箸より歴史は古いぞ。

923 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/11 00:13:23
918氏を叩き過ぎた様で、悪い気が・・・すみません、言い方が悪かった。

924 :日本@名無史さん:05/02/12 17:59:33
平安時代の日記の材料となった紙はどこから入ってきたの?

925 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/12 20:16:55
当初の日記は、公の暦の間に書き込んでいました。時代が下ると、文書の紙背
に書き込んだものも出てきます。
外記日記は良い紙を使用していた為に、盗んで漉きなおして売りに出す輩が後
を絶たず、院政期には既に収集作業も行われていましたが、結局ほとんど散逸
してしまいました。

926 :日本@名無史さん:05/02/13 02:28:24
平安貴族になりたい。
十二単衣着て牛車に乗って、扇持って、たまに和歌なども読んで、貝合わせなど楽しんでまったりしたい。


927 :日本@名無史さん:05/02/13 11:55:01
>924
宮廷用の紙は図書寮・紙屋院で生産。
あと、中男作物の中にも紙があるから、地方でも生産されていた。

928 :日本@名無史さん:05/02/14 12:03:27
>913 914
レスありがとう。そう、贅沢の極みだとは思うんだけど
もったいないなあって思っちゃう。
例えば、台所事情の苦しい貴族が見栄はって、袖のトコだけ
重ねつくりした着物着てなんてことはなかったのかな。

膝行かあ。皇后・中宮クラスになると、一日座りっぱなし
ということですね?
以前、『和宮様御留』読んだ時も、一日家の中だったし
書道の練習してるばっかりだし、トイレは座敷でおまる。
中腰になるくらい。お尻も拭いてもらってたな。
足変形しないのかなあ。



929 :日本@名無史さん:05/02/14 15:50:28
実はフェラチオの練習とかアソコでバナナ切ったりの練習とか
けっこう忙しくてハードだったんじゃないか?
女貴族。

930 :日本@名無史さん:05/02/14 17:23:27
当時の日本にバナナなどない!!コケシである!

931 :日本@名無史さん:05/02/17 10:24:14
それで?

932 :日本@名無史さん:05/02/20 19:35:38
>>925
暦は陰陽寮が出していたのですか?

933 :日本@名無史さん:05/02/21 22:22:15
>>229
>引き目鉤鼻平安美女説は最近では否定されてるよ。

ホントですか?情報源教えてください(書籍か論文)

934 :日本@名無史さん:05/02/23 12:33:43
>>932
具注歴というものが公的な暦。
陰陽寮が発行していた。
3行で1日分で、日にちといろんな占いが1行目にあって、
残り2行が日記を書き込むところ。
足りない部分は次の日に割り込んだり、裏に書いたり、字を
細かくしたり。
藤原道長の日記(御堂関白記)の写真(ぐぐると出てくる)を見るとだいたい
雰囲気がわかると思う。

935 :日本@名無史さん:05/02/23 13:03:15
そういえば、今日のニュースで松浦某が十二単の女性と踊るという新作CMの撮影風景が流れたのだが、共演の平安女性がお歯黒をしていなかったので凹みました。

936 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/27 01:04:34
>藤原道長の日記(御堂関白記)
自筆本が現存していますが、彼ほどの地位にあった人物の日記としては、お
そらく世界最古でしょう。当て字・脱字が多いので有名。
分ればいい、という性格であった様です。多分実資とは正反対。

937 :日本@名無史さん:05/03/01 03:01:30
部屋を平安時代にしたいんですが、おすすめのインテリアショップはないでしょうか?
とりあえず御簾は手作りしました。

938 :日本@名無史さん:05/03/01 11:16:44
>>937
日本史板より家具板とかに逝った方が・・・

all手作りで逝くならハンドクラフト板とかもあるし。
細かい考証が欲しくなったら神社仏閣板に装束スレがあったかと。

939 :日本@名無史さん:05/03/05 10:46:57
>>935
確かに、お歯黒してれば、パーフェクトだったのに残念。
実際のテレビでは、どの番組でオンエアされているか知りませんか?


940 :日本@名無史さん:05/03/05 15:47:17
普通にあちこちで流れているんじゃないの?

941 :日本@名無史さん:05/03/05 21:47:08
寝殿造りの家に住みたい


942 :日本@名無史さん:05/03/05 21:53:19
刀伊などの満洲系が玄海灘から博多湾に入寇した時は大騒ぎだったけどな。
それにしても海に囲まれた日本はマジでノホホーンとできるもんな。
大陸と違って。まるで中国の南北朝時代の六朝みたいだな。
まあ、中国の南朝は日本の平安時代ほど生易しくはないけど。

943 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/03/05 22:20:59
894年にも、飢饉に苦しんでいた新羅政府に認められた海賊が攻めて来て
いますよ。2500人もいて、大将軍・副将軍も複数存在していました。

944 :日本@名無史さん:05/03/07 12:30:07
>>894
新羅も先行き真っ暗だったわけだが…。

945 :日本@名無史さん:05/03/07 20:00:40
この世をば
我世とぞ思ふ望月の
欠けたることもなしと思へば

946 :日本@名無史さん:05/03/08 15:26:29
>>936
当て字・脱字は他でもよくある。
むしろ道長の特長は、文法・語法にこだわらない、独特の語順・字順。
漢文と日本語順が入り交じった、ある種、木簡を彷彿とさせる。

947 :日本@名無史さん:05/03/09 20:10:35
それもある種の文才だと思う

948 :日本@名無史さん:05/03/09 21:03:40
いや、文才にとどまらない。
常識にとらわれない、まさしく歴史上の傑物である。
漢字かな混じり文が一般化するのは、まだまだ何百年後だから。

949 :日本@名無史さん:05/03/11 12:52:58
995年の疫病で公卿が大勢亡くなったのと、735年の疫病の時ではどっちがダメージが大きかったんだろう。

950 :日本@名無史さん:05/03/11 15:23:17
誰にとってのダメージ?


951 :日本@名無史さん:05/03/12 15:58:09
政局的なこと?

952 :日本@名無史さん:05/03/12 22:57:26
ところで平安貴族って避妊してたのかな?
フリーセックス状態だった割にはあんまり子供が出来ないような・・・

953 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/03/12 23:20:32
避妊はさておき、性空上人の母は妊娠中に「毒薬」を飲んで堕胎を試みたが、
結局果たせなかったと花山院のお作りになられた伝にありますね。
>フリーセックス状態
でも無かった上に、流産や死産もずいぶんありましたから。
スレタイトルからして無理もありませんが、そう楽でも無い。

954 :日本@名無史さん:05/03/14 00:13:30
「中世の天皇の位置付けってどうだったのか?」スレが落ちてから久しいが
昨年末某所で少し話題の上がった「武門貴族」も含めて
中世の権力・構造・構成についてのスレあってもよくない?
↑では「武門貴族」について藤原信頼・千田判官代親政・持明院基家などの名が挙がっていたが
本郷和人氏が梶原景時との関係を示唆していた高倉家もここに入るのかい?

955 :日本@名無史さん:05/03/14 00:52:29
あれだよなー、膝歩きしかしてなくて
トイレのおまるも、股下に差し入れてもらえる。
お尻も拭いてもらう。
外出はせいぜい牛車。日にも当たらない。
こんなに体使ってないんじゃ、貴族のお姫さまが出産に
耐えられるとは思えん。

956 :日本@名無史さん:05/03/14 01:05:57
十二単が何`あると思っているんだ?ドラゴンボールの重い道着みたいなもんで脱いだらすんごいマッチョなんだぞ。

957 :日本@名無史さん:05/03/14 01:08:24
952・953、自演

958 :日本@名無史さん:05/03/14 01:10:22
>>955
アナルはふきません。
庶民は糞ベラという竹や木の板で拭いていたようだけど。
紙がまだ貴重だったんで。

959 :954と958は自演:05/03/14 01:11:06
とはいっても俺はネタがないから書き込めないが
誰か立てて無知なもいらに話して聞かせておくれ。

960 :954・959:05/03/15 01:20:37
958さんすまんです。

961 :日本@名無史さん:05/03/15 02:48:29
謝罪も済んだことだし>>954のことよろしくたのんまっせ

962 :日本@名無史さん:05/03/15 02:53:25
>>958
ふかないということは舐めてもらうの?

963 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/03/15 19:44:09
やはり木のへらを使用していましたよ。紙の使用も『餓鬼草紙』には出て来る
・・・という話は、>639で既に。

>954
文人貴族や軍事貴族のスレは欲しいですが、伸びるまでが大変ですね。

964 :日本@名無史さん:05/03/17 12:20:21
次スレは平安貴族総合スレでいいのでは?

965 :日本@名無史さん:05/03/17 12:41:11
平安時代総合、にすると広すぎる?

966 :トホホ人物伝:05/03/19 00:01:57
今日放送のやつでお歯黒の凄さが詳しく解説されてたよ。
そういえば平安貴族は天然痘やら飲水病やらにかかる話は良く聞くけれど
虫歯はあまり聞かないような・・・(ただ『病草子』には載ってたと思う)

967 :日本@名無史さん:05/03/19 11:08:16
医心法には?

968 :日本@名無史さん:05/03/19 11:08:41
すまん、医心方だった…。

969 :日本@名無史さん:05/03/19 13:05:17
時代は古いが、キトラ古墳の被葬者の右上の奥歯はひどい虫歯だったと。
ttp://www.asahi.com/special/kitora/OSK200503100051.html


970 :日本@名無史さん:05/03/19 13:34:40
なんで平清盛が平安時代に属するの?

971 :日本@名無史さん:05/03/19 17:13:52
>970
鎌倉時代になる前の人だから。

972 :日本@名無史さん:05/03/20 01:18:22
平家時代は神戸が首都でしょ?

973 :日本@名無史さん:05/03/20 12:24:28
それを言ったら長岡時代とか難波時代とかも作る気か?

974 :日本@名無史さん:05/03/20 12:39:18
平清盛の時代が平安時代は違和感あるべ

975 :日本@名無史さん:05/03/20 12:41:47
鎌倉時代にはもっと違和感がないか?

976 :日本@名無史さん:05/03/20 12:50:34
神戸時代でいいじゃん

977 :日本@名無史さん:05/03/20 13:28:51
神戸って福原だろう、しかも半年で京に戻ったし…。

978 :日本@名無史さん:05/03/20 17:00:49
新スレ
【政治】平安貴族総合スレッド・1【生活】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1111305572/

979 :日本@名無史さん:05/03/20 17:51:55
>>976
古代だったら天皇が代わるたびに時代名を変えるのか?

980 :日本@名無史さん:05/03/20 18:27:26
1000年後は今頃をきっと国連時代とでもいうのかなー

981 :日本@名無史さん:05/03/20 18:59:29
平安時代は桓武天皇で始まり桓武平氏で終わる。
う〜ん、マンダム。

982 :日本@名無史さん:05/03/20 19:10:37
宇宙世紀から見ると20世紀(そしてたぶん今も)は中世らしい。


983 :日本@名無史さん:05/03/21 00:24:43
院政期でいいよ。

984 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 13:54:35
清和源氏で始まり光源氏で終わる。

985 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 14:04:27
光GENJI

986 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 14:04:57
中古じゃないのか?

987 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 14:05:43
平安貴族ベスト10でも作って閉めるか?

988 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 16:37:42
藤原道長

989 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 20:16:52
藤原顕光

990 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 21:39:45
在原業平

991 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 22:10:11
菅原道真

992 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 22:10:35
藤原緒嗣

993 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 22:35:45
閑院 藤原公季

994 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 23:04:05
五摂家の生みの親  藤原忠通

995 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 23:45:15
ナニがデカイ 藤原師輔

996 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 00:46:02
次スレ
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997 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 00:55:46
昔は傲慢宰相の典型としてけなされていた藤原道長。
最近の研究では割とまともな性格だったらしいし(土田直鎮・大津徹など)
一条天皇との仲も意外と良好だったと判明しているそうな。
同天皇の死後
「蘭が咲こうとすると風が吹いて散らし、
王が政治を行おうとすると奸臣が邪魔する」
の詩が発見されて道長がキレて破り捨てたという話も
道長死後150〜200年もたってから書かれた話だからなあ(愚管抄など)・・・。

小説でも円地文子「なまみこ物語」と平岩弓枝の小説では道長の性格正反対。
永井路子「この世をば」はいくらなんでも気弱&お人好し過ぎかな?

998 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 01:06:00
1000取りには誰も興味ないのだろうか?

999 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 01:07:32
初代・蔵人頭・冬嗣で1000!

1000 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 01:09:56
1000

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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