5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

    『町人の支えた江戸時代』     壱

1 :日本@名無史さん:03/05/05 20:49
大名は町人に借りまくり。しかも踏み倒しまくりでした。
公平にやって領地譲渡で借金を返していたら日本は町人のもの
になっていた?!(まあ領地は徳川家から与えられたもの
だから自由に売り買いできないが、、、)
大名に貸したため没落した豪商は数しれず!
しかも借金で滅んだ大名家はなし!

日本でブルジョワ革命が起きなかったのは何故?


2 :日本@名無史さん:03/05/05 20:57
あほうですか?

3 :日本@名無史さん:03/05/05 20:58
2get
できなければ、チンポだして街を歩きます。


4 :日本@名無史さん:03/05/05 21:10
市民参政は欧州の有史以来の民族文化。
その概念を移入しない限り欧米のような革命は起きなくて当然。

5 ::03/05/05 21:14
>4
つまり欧米のような市民参政が特異なんですか?

ただ日本と欧米は資本主義、民主主義が根付いたという点で
共通項はあると思うが、、、

6 :日本@名無史さん:03/05/05 21:36
>>5
特異だと思うよ。
欧州では有史以来ギリシア・ラテン・ゲルマンが
政治決定機関として民会を有していたのに対し、
オリエントにしてもヘレニズム時代以前には
市民が政治に参与していない。
東アジア・東南アジア・南アジアにも、欧米との接触以前には
そういう伝統はない。

7 :日本@名無史さん:03/05/05 21:39
大名はいいな〜500年ローンとかできるし。


8 :日本@名無史さん:03/05/05 21:46
日本には中世に惣村組織で、村の自治があり、
都市の自治も京都や堺が有名。

世界各地も探せば、自治組織はあるかと思えるが。
また、欧州の民会は、身分差別確定組織でもあり、全員参加ではない。

9 ::03/05/05 22:44
>6 ネイティブ・アメリカンは?
まあ部族社会だけど。
>8
日本でも本願寺の寺内町とかありますよね。
それはまた特殊だけど。
考えてみれば大阪も石山本願寺から発展したわけで。

10 ::03/05/05 22:45
>7
というか徳政令でチャラになる。

11 ::03/05/05 22:46
>>3
まあまた寄ってください。

12 :日本@名無史さん:03/05/05 23:32
惣村は、あくまで領主権力を前提とした自治組織であって
領主権力に代表を送り込んだり、領主就任や法令への同意権を有したり
あるいはそれを要求したわけではない。
もちろん特定案件についての土一揆はあるが、それらの法制化あるいは慣行化
を求めたことはなかった。

会合衆は市民の代表という性格はないので、
国人のような中小土豪の一種とみるべきでは。

13 ::03/05/05 23:36
前田家の来る前の能登とかは?

14 :日本@名無史さん:03/05/06 02:37
>>13
加賀?
お寺支配じゃないですかな

15 :1:03/05/06 21:17
>14
門徒衆ですか?

16 :日本@名無史さん:03/05/06 21:43
>日本でブルジョワ革命が起きなかったのは何故?

明治維新が日本のブルジョア革命です。
念のため言っておきますがその根拠は労農派とは違います。

17 :1:03/05/06 21:50
>16
うーん、商人主体じゃないでしょう。
維新の中心を担った下級武士はブルジョアじゃないし、、、

18 :日本@名無史さん:03/05/06 22:35
>維新の中心を担った下級武士

この認識は講座派、労農派共通の間違いである。
下級武士を二つのグループに分けないといけない。
 一つは尊皇攘夷の大義名分を心から信じていた多数の下級武士。
開国以来、商人が物資を輸出に回し、貿易で利益を挙げるようになると国内が物不足に成りインフレになった。
このため多くの庶民が経済的苦境に陥ったが、もともと貧しかった下級武士もさらに生活苦になり
尊皇攘夷のスローガンの下で結集する。
 もうひとつは維新の志士と呼ばれる人物。西郷とか大久保とか木戸。
彼らは薩英戦争などで(長州藩の人たちは上海視察、イギリス留学、下関戦争)などで攘夷の不可を悟り、
内心では開国を継続し、幕府を倒して近代国家に生まれ変わらなくてはならないと思っていた。
 そしてこれがもっとも大事なんだけど、少数の開国派下級武士たちはその政治資金を大商人から得ていた。
もちろん商人たちは貿易による利益を得るために開国には賛成で、また、
幕末に幕府が独自に近代化を進めようとしたとき、商人からの御用金、貸付金が増大した。
これに従い続ければいずれ自分たちは破滅するかもしれない。
 この二つの理由で商人は開国/倒幕を支持するようになった。
戊辰戦争の時は、三井、小野、島田が資金を提供した。
西郷はその癒着ぶりから、井上に酒の席で「三井の番頭はん、いっぱいどぎゃんでごわす」
と皮肉ったが、その西郷も三井や渋沢から資金を得ていて、頭が上がらなかった。
 こうして出来上がった維新政府は、開国和親を宣言した。
裏切られたと思った下級武士たちは各地で反乱を起こしたが鎮圧された。
 大隈が三菱と深い関係なのは有名だが、大久保には五台友厚がブレーンとしてついていた。
ではなぜ西郷が、西南戦争に走ったのか。それはまたいずれ。

19 :日本@名無史さん:03/05/07 00:47
>>1 俺自身は明治維新は「革新的な復古派によるクーデター」と考えてい
るがどうよ?
革命とはちょっと違う気がするんだよねえ。革命なら、フランスやロシア、
あるいはイランの様に政体が明確に変わるが、維新の場合は朝廷というの
は形式的とはいえ古代から続いていたし、議会制民主主義がすぐに日本に
根付いた訳でも無いし。

20 :1:03/05/07 21:42
>18
目からウロコが落ちました。続き希望。

21 :1:03/05/07 21:46
>19
でも議会制民主主義は比較的早く根付いたような気がするが?

朝廷を担いだのは良い意味での方便でしょう。
それが後に統帥権の濫用に繋がるとはねえ、、、

22 :日本@名無史さん:03/05/08 10:56
>>18
志士や商人が、開国の為に維新を起こしたというのは話が出来すぎだと思うぞ。
そもそも倒幕派とて、慶喜のおかげであれほど簡単に維新が成功するとは思ってなかった。
戦争が長引けばもっと軍資金をふんだくられるのは目に見えている。
それなら公議政体論に則り開明派の慶喜を担ぐ方がはるかに現実的。

維新の原動力は薩長の権力欲求だったから、そういう商人や日本全体にとっての
安全策は顧みられなかった。開国革命論では薩長間の対立も説明できない。

23 :日本@名無史さん:03/05/09 22:15
age

24 :18:03/05/09 23:20
>戦争が長引けばもっと軍資金をふんだくられるのは目に見えている。

もちろんそうだけど、幕府についていては大商人たちは破滅するしかなく、倒幕に賭けたんですよ。
三井の三野村は、幕府の新規御用を取り扱いながら、幕府の財政はぼろぼろであると判断したんです。
戊辰戦争の時、倒幕側は、商人たちに自分たちが勝ったら、軍需品の購入や金融、財政面で優遇するといって、
資金を商人たちから集めたんです。もっとも、初期のころは三井.島田.小野だけでしたが。
薩長間の対立は、薩長同盟ができるまでは藩同士のライバル意識が強かったこと、藩内で開国討幕派が実権を握った時期の違いで説明できる。
禁門の変で長州が御所に突入しようとしたときは、桂小五郎も参加していたが、彼は熱心な尊皇攘夷派ではなく、
なんとなく藩の流れに乗っていたのである。しかし彼も尊皇攘夷の不可に気づき、龍馬の取り計らいで薩長同盟が成立する。

>薩長の権力欲求

もちろん政治闘争では権力それ自体への欲求が動機としてあるが、
同時に討幕派なりの日本を憂い、近代を推進することが必要だとの思いも強かった。
一般論として、政治闘争って、自分なりの純粋な信念や政策と、権力の座に就くことへの欲求が絡み合って、
動いていくもんでしょ。
つづく


25 :日本@名無史さん:03/05/10 00:53
>日本でブルジョワ革命が起きなかったのは何故?
(1)うかつに政治に関わると持ち出しが増えるから→本間の例を見よ
(2)幕府の体制では商人への税負担が少ないから
(3)幕府は私的独占を認めてくれるありがたい体制だから


26 :日本@名無史さん:03/05/10 00:59
エタ・ヒニン

27 ::03/05/10 22:08
>25
>本間の例を見よ

もっと具体的に

28 ::03/05/10 22:13
ところで江戸時代の有力商人に近江出身が多いのはなぜ?

29 :日本@名無史さん:03/05/10 22:39
>>28
近江からは京都や大坂が近いこともあって、そこで成功した商人が多かった。
ただ、近江商人は都会で成功したら地元のことはあまり省みない。例えば高島
屋の創業者は福井の敦賀出身だが、近江高島の米屋「高島屋」に婿入りし、家
業を継がずに京都で高島屋を創業した。滋賀にはいまだに高島屋百貨店がない。

30 :18:03/05/11 01:07
>25
>>日本でブルジョワ革命が起きなかったのは何故?
>(1)うかつに政治に関わると持ち出しが増えるから→本間の例を見よ

24をよく読んでください。政治動向を探って、政府の次の経済政策はどうなるのか、
あるいは自分たちに有利になるように経済政策を誘導するために、市民(ブルジョア)は、
戊辰戦争のころから討幕派、そして新政府に政治献金をして癒着していったのです。
明治維新から少し時代が下るが、19C末、国会で尾崎行雄が{日本が共和制なら三井、三菱が大統領候補になっていただろう}
と、金権腐敗を批判する演説をした。遅くともこの時点で、政治家と経済人(ブルジョア)
の癒着が進んでいた。

>(2)幕府の体制では商人への税負担が少ないから
幕末に、商人に対する御用金が厳しくなり、彼らは追い詰められ、反幕府の機運が高まっていった。

>(3)幕府は私的独占を認めてくれるありがたい体制だから
株仲間に対して、冥加金、運上金を課せられ、天保の改革の時は一時解散させられるなど、
この時代、商人(ブルジョア)は、権力に対する影響力は限られていた。


31 :日本@名無史さん:03/05/11 05:39
日本でブルジョア革命が起きなかった理由なんか簡単だよ。日本にはブルジョア
なんかいなかったからだよ。

32 :日本@名無史さん:03/05/11 14:28
>31
ブルジョアの定義
都市に住む金融、商工業者の上層部分=日本史用語で言うところの町人

ブルジョア革命を市民革命と翻訳したことで混乱してしまった。
ブルジョア革命という用語を使うと、なんとなく左翼的なニュアンスになり、
市民革命というと、大衆が蜂起して民主的諸改革が徹底して行われたというイメージを持ってしまう。

ブルジョア革命を町人革命と訳すべきだった。まさか日本に町人はいなかったなんていう人はいないでしょう。

33 :日本@名無史さん:03/05/11 17:50
>>32
町人革命なんてないよ。そもそも日本には「革命」という概念がない。

34 :1:03/05/11 18:05
>>33
>そもそも日本には「革命」という概念がない。

「大化の改新」は?

35 :日本@名無史さん:03/05/12 17:57
>33
明治維新によって、領主は権力の座から引きずりおろされただけではなく、
領地も失った。
そして市民(ブルジョア=町人)が権力の座に就いた。
明治維新は日本における市民革命である。

36 :日本@名無史さん:03/05/14 20:34
それを言うなら、廃藩置県。
封建領主をみんな首にしたんだから、もっと誇ってもいい無血革命。

でも、日本には、やっぱ革命っていう概念が元々ないんでは。

37 :日本@名無史さん:03/05/14 21:52
戊辰戦争で、討幕軍が優勢に立ち、江戸城を明け渡した時点で、
全国土の4分の1を占める幕領における市民革命が達成された。
廃藩置県で全国が維新政府の支配下に置かれ、日本における市民革命が完成した。
*市民=町人=ブルジョア=都市に住む金融.商工業者の上層部分

>でも、日本には、やっぱ革命っていう概念が元々ないんでは。
あなたは革命をどのように定義しているのですか。

38 :日本@名無史さん:03/05/15 00:12
革命の定義は、階層間の権力移行。

と、明治維新は市民革命ではないと思いますが。

そもそも、下位階層救済からの社会変化が望まれた結果ではなく、
国策を巡っての支配層内政権交代の騒乱に過ぎません。

大体、上におく神輿をひっくりかえそうとしたわけではないし、
維新で、すぐに身分制度などが撤廃されたわけでなありません。

外国から見れば、革命に見えるかもしれませんけど、
言うなれば、変革、若しくは改革です。

だから、封建制度の自主的撤廃という、
廃藩置県・版籍奉還の方が、歴史的には大きいことだと思います。

39 :日本@名無史さん:03/05/16 15:09
>38
>廃藩置県・版籍奉還の方が、歴史的には大きいことだと思います。

これはニュアンスの違いですよ。鎌倉幕府の成立を 1180年/1183年/1185年/1189年/1192年
のいずれの時期とするか、程度の差です。

>封建制度の自主的撤廃

これについても反論がありますが小用ができたのでちょっと失礼します。

40 :39:03/05/16 19:14
>廃藩置県・版籍奉還

 戊辰戦争での幕軍の敗退ぶりを見て、官軍に抵抗する気力を藩主たちは失ったのではなかろうか。
財政破綻して廃藩を願い出た藩もあるし、版籍奉還の時は、旧藩士には旧俸禄同様の家禄を与えるなどの、
懐柔策もとった。旧藩主は華族という新しい「身分」を手に入れた。また、各藩の負債も維新政府が引き継いだ。
 それでも、幕臣たちは彰義隊を結成して抵抗したり、不平士族の反乱がいくつかおきた。
 私は明治維新は市民革命だと思っているが、明治維新を評価する人の中には、
「武士が新時代のために自己犠牲の精神を発揮した」などと美化する評価が見られるが、
これは主観的過ぎる。
 革命を起こすための必要条件として
 「指導者」「軍事力」「資金」の三つがあるが、大多数の下級武士は、
尊皇攘夷の大義名分の下で、軍事力として利用されたのである。
資金を提供していた三井などの存在は、彼らと利害が対立するから表には出ない。
しかし裏でちゃんと指導者(いわゆる志士)に資金を提供していたのである。
決して{「封建制度」の「自主的撤廃」}ではない。




41 :日本@名無史さん:03/05/16 19:18
>>34
所詮は天皇制の枠内のこと

42 :日本@名無史さん:03/05/16 19:42
廃藩置県・版籍奉還が予想以上にうまくいったのは、戊辰戦争や海防政策に
よって財政が壊滅的になり、破産同然になったからと聞いた事があるけど。
藩の借財は全て政府が肩代わりして棒引きに。

43 :39:03/05/16 19:51
>そもそも、下位階層救済からの社会変化が望まれた結果ではなく、
{下位階層}とは、被支配階級全体のことですか、それとも経済的貧困層のことですか。
いちおう、{「貧困な下級武士」と「被支配階級の中の貧困な庶民」}とすると、
維新の志士たちもある時期までは彼らの救済を考えていたんです。
大政奉還直後に死んでしまったが、生前、坂本龍馬は桂に
「私はこのごろ西洋の本を読んでいます。西洋ではね、国民をどのように食わすかということが
政治の根本なんです。ところで日本はどうだ。日本の政治家で、国民の台所に立ち寄って、
彼らがいったい何を食っているか、.....あんどんの影の晩飯までのぞいたものがありますか。
この一言だけでも幕府の制度は倒さねばなりませんよ」
と語っていた。高杉が挙兵した時、駆けつけた伊藤や井上などもその時点では、
正義感に満ちていただろう。
 指導者(いわゆる維新の志士)たちが権力を握った時、正義感を強く持ち続けるものと、
俗物的になるものとに分かれる。
 明治維新がまさに市民革命であるからこそ、その経済政策は、
下級武士や貧困層の救済よりも、商人たちの利益を優先する。
とは言っても、一応為政者であるからには、国益にかなうことをしなければならないが、
その範囲で、関係の深い市民(旧大商人、後には三井などの新興経済人)の利益になるような政策を採る。



44 :39:03/05/16 20:05
>国策を巡っての支配層内政権交代の騒乱に過ぎません。
1で、江戸時代の町人は絞りとられていたと指摘されている。つまりこの時点では町人は支配階級ではなかった。
明治維新で、この状態が逆転した。
しかし正義感が強いものは、貧困層や軍事力となった貧しい旧下級武士たちの救済をすべきだと思いながらも、
資金がなく、身動きが取れない。大久保や大隈などの開明派は、金銭面では腐敗していたが、
時代に沿った政策を実行していた。
 西郷や江藤らが、不平士族の反乱に祭上げられて滅んだのは、俗物に陥らずに正義感を持ち続けたことから来る宿命だった。
竜馬や高杉が維新後も生きていたとしても、居場所はなかっただろう。

45 :日本@名無史さん:03/05/17 02:41
>39
1の前提が間違えていると考えるから、言いようがないんだが、
なんか、書いている内容が、矛盾してない?

46 :日本@名無史さん :03/05/17 03:37
江戸時代の身分制、経済階層制度と
明治維新を結びつけるのはムリがあるのでは?
経済的な観念も違うだろうし


47 :39:03/05/17 13:56
>45
どの辺が矛盾してるんですか。

48 ::03/05/18 22:45
>>41
「天皇制」と一言にいっても古代から現代まで時代によって
そのありようは全く違うのでは?

49 ::03/05/18 22:48
ただ経済人が政治に深く介入しないという点で
明治以降より江戸時代のほうが良かったという気も
するのだが、、、

50 :日本@名無史さん:03/05/19 20:33
age

51 :日本@名無史さん:03/05/20 01:18
>49
それは現代人的感覚ですよ。政治家と官僚と企業の癒着でしばしばスキャンダルが起きてますよね。
じゃあ江戸時代はどうだったかというと、ご承知のとおり譜代、旗本などの一部の領主が
社会の発展に関係ない無用の官職を得て、そこから高い給料を得ていたんだ。もちろん自分の領地からの収入もあった。
権力の座に就いているのは特定の家柄の人たちだけで、評論家によってはその中での争いをもって、
「江戸時代も実は能力主義だった」なんていう人もいるけど、繰り返すけどそれはあくまで特定の家柄の人たちの間での争いであって、
どんなに優秀でも町人や百姓の家に生まれれば、権力の座に就くことはなく、
政治や社会の主要な地位につくこともなく、人生を終えるんだ。
 明治維新も遠くなって、今では世界のほとんどすべての国が近代国家になり、
門閥社会なんて一部の国を除いてほとんどなくなり、民主主義国も多くなったから、
明治維新の日本史における重要性が過小評価されてきてるんだね。
 1さんの意見を延長すると、フランス革命なんか起きなくて絶対王政のままのほうが良かったということにもなるんだよ。

52 :心と心のふれあいを大事にしたい関西人:03/05/21 13:47
フランスの学者にも、フランス革命不要論者が根強くいるね。

53 :日本@名無史さん:03/05/21 14:06
この天地のあいだにおいて、およそ変化のあるものは必ず陰陽の力による。
陽は、陰を得て変化し、陰は陽を得て変るのである。
これを先ずしっかり覚えておいてもらおう。
それからの、およそ女性を御する道は、できる限りはじめは徐々に、
ふざけ戯むれて、いそいではならん。
早漏とは拙速の謂と思え。よいか。いそいではならんぞ。
先ず両の手で、左右の女どもを撫でてやれ。
全身、隈なく、そろり、そろりと……裂け目もいとわずに……
こりゃ、指を埋没させてはならん。
ど助平、掌で撫でるんじゃ。指を曲げることはならんぞ……そう。
まあるく、満遍なく全身を……だいぶ調子が出ておったの。
そうしたらば、お前さん、いつまでも横着にねておらんと
身を起こさんかい。向きなおるのじゃ、箕坐がよい、箕坐というのは
両足をのばして坐ること……そうじゃ。
女どもは、仰向けになって、両手をごく自然にからだの脇へ投げ出すように……
その調子じゃ。

54 :山崎渉:03/05/22 02:48
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

55 :1:03/05/24 00:25
>>51
ただブルジョワの欲望が直に政治を動かすのも危険では?

ところで江戸時代の経済官僚(大久保長安、調所笑左衛門など)
って一時は栄えても没落してますよね。

56 :日本@名無史さん:03/05/24 00:51
>55
もちろんブルジョア社会=近代国家=国民国家が誕生すれば、
紆余曲折を経ながら政治的民主主義が発展していく。
その過程はそれぞれの国で様々だけど、とにかくすべての成人男女が参政権を持つと、
ブルジョア(この時点では財閥とか巨大企業集団になっていることが多い)も、
国民の批判に耐えられる範囲で物事を進めていかなくてはならない。
政治家や官僚も無制限に大企業などの要求に従うことはできない。
しかしイラクの復興にベクテル社が入るなど、ここぞと言う時には彼らの力の大きさを思い知らされる。
 その一方で、マイケル.ムーアみたいな人が出てきて、アカデミー賞の場で痛烈なブッシュ批判もできる。
中産階級以下の経済水準の階層のための政権ができることはアメリカでも日本でも難しいが、
長い目で見れば政治と官僚と大企業の癒着はましになっている。
雪印が不正をやって解散に追い込まれたりとか。

57 :日本@名無史さん:03/05/24 01:06
>>56
昔、学生運動とかしてた方ですか?

58 :56:03/05/24 21:20
>57

56の内容のどこから、学生運動につながるの?
カラオケではよく「イチゴ白書をもう一度」を歌うけど。

59 :日本@名無史さん:03/05/25 12:47
考え方が前時代的だってことさ

60 :57:03/05/25 12:59
>>58
失礼しました。ただ所謂アメリカの軍産複合体についてはどう思われますか??

あと「イチゴ白書をもう一度」って誰の歌ですか?


61 :日本@名無史さん:03/05/25 13:00
>59
今の考えかたってなんですか。

62 :56:03/05/25 23:23
>59
>考え方が前時代的だってことさ
具体的には?

>60
 {軍産複合体}ではなく「政軍財複合体」という用語を使いたいと思います。
{政=政治家/軍=軍部/財=巨大財閥、巨大企業}
すべての成人男女に参政権が認められた民主資本主義社会では、
理屈の上では中産階級とそれ以下の階層を代表する政権ができうるはずなんだけど、
選挙で多数を獲得するために、メディアを使った情報操作で大衆(中産階級とそれ以下の階層、以下、同じ)の支持を得たり、
いろんな組織票(その中には経済的には富裕ではない層も含まれることもある)を得たり
するために膨大な政治資金が必要なんだ。
そうするとやはり「政軍財複合体」が権力を牛耳ることになる。
 


63 :56:03/05/25 23:37
62の続き

 大衆の側にもそれに対する動きがあって、1867年にメーデーが始まったのもアメリカで、
ウォーターゲート事件で大統領が辞任に追い込まれたり(疑い出せばこれも何らかの陰謀かもしれないけど)、
90年代に「政治的正しさ」という動きが起こったりした。
 ブッシュ政権はネオコンが支配していてアメリカは暴走していると言われるが、
(私はそうは思わないが仮にそうだとしても)、共和党の院内総務が差別的発言をした時、
すぐに辞任に追い込まれたし、国務長官のパウエルは黒人、補佐官のライスは黒人で女性。
父ブッシュは大統領選挙で対立候補が州知事時代に犯罪者の仮釈放の条件を甘くして、
それで仮釈放した人物が殺人事件を起こしたというネガティブキャンペーンをやったが、
その人物は黒人だった。白人大衆の黒人差別意識に訴えたものだった。
アメリカで機会均等が進み差別が以前よりましになっていることは確かだと思う。
また、公文書の公開もアメリカは進んでいる。
地方的、個別的問題では「政軍財複合体」の思い通りにならないこともあるだろう。
しかし、大衆のための政策を掲げた政権ができるまでには、日本もアメリカもその道のりは厳しいだろう。

64 :56:03/05/26 00:04
>あと「イチゴ白書をもう一度」って誰の歌ですか?

「イチゴ白書」は、MGMの作品でコロンビア大学の学園闘争の体験記を映画化した。 
 愛や平和、自由を求める若者たちの姿と、主人公の学生二人が大人へと脱皮する様を描いた青春ドラマとして日本でも評判だった。
大学のあるニューヨークの街やハドソン川が印象的だった。
 1960〜70年代・アメリカのいわゆる”ニューシネマ”のひとつ。
政治的には無関心だったあるボート部の男子学生(ブルース)が、ボーイッシュでチャーミングな女の子(キム)に惹かれることがきっかけで、学園紛争の渦中に入っていく。
 機動隊突入を目前にして、ホールに集合した学生たちが拳で床を打ちならしながら、ジョン・レノンの「Give Peace the Chance(平和にチャンスを)」を歌うラストシーンは感動的だった。
 ユーミンがバンバンに提供した「イチゴ白書をもう一度」という歌もできて、大ヒットした。
 しかし、なぜ、「イチゴ白書」なのか。どんな意味なのだろう。
英語の原名をそのまま使ったらしい。
主人公の学生や愛や平和、自由を求める若者たちをイチゴにたとえたのだろうか。
 イチゴは、抜群においしいが、他の果物に比べれば、小粒で痛みやすい。
いつも集団で身を寄せ合っている。
そんなイメージがイチゴにはある。
 主人公のキム・ダービーが、いかにも女子学生という雰囲気でとてもよかった。




65 :56:03/05/26 00:05
「イチゴ白書をもう一度」
(1975)  作詞、作曲/荒井由実(松任谷由美)  歌/バンバン(ばんばひろふみ)

いつか君と行った、映画がまた来る
授業を抜け出して、二人で出かけた
哀しい場面では、涙ぐんでた 
素直な横顔が、今も恋しい 
 雨に破れかけた、街角のポスターに 
過ぎ去った昔が、鮮やかによみがえる
君も見るだろうか、
「いちご白書」を 二人だけのメモリー、
どこかでもう一度

僕は無精ヒゲと、髪をのばして
学生集会へも、時々出かけた
就職が決まって、髪を切ってきた時 
もう若くないさと、君に言い訳したね
君も見るだろうか、「いちご白書」を 

二人だけのメモリー、どこかでもう一度

二人だけのメモリー、どこかでもう一度



--------------------------------------------------------------------------------

66 :.:03/05/27 04:08
はいはい、話を戻しましょう。

67 :.:03/05/27 14:24
どっから戻すのよ。

68 :.:03/05/28 00:52
60さんはアメリカの軍産複合体についてどう思いますか。

69 :山崎渉:03/05/28 10:42
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

70 :60:03/05/29 22:41
>>68
諸悪の根源です。戦争反対です。

71 :_:03/05/29 22:43
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/jaz10.html

72 :60:03/05/29 22:44
アメリカは内側では民主的な部分も在るけど外に対しては
戦争好きの帝国主義国家に過ぎないと思う、、、

73 :日本@名無史さん:03/05/30 21:25
age

74 :日本@名無史さん:03/05/31 18:39
栗本慎一郎が日本の主な商社の創業者は近江の山人系の出自だと言ってます。

75 :日本@名無史さん:03/06/01 20:57
age

76 :.:03/06/03 02:26
イラク戦争ではアメリカは独走しちまったけど、イラクの脅威が無くなったからサウジからアメリカ軍を引き上げたり、
同様にイスラエルに対して「テロを支援したり大量破壊兵器を持つ疑いのある独裁政権(フセイン政権)はもはや存在しなくなった。」
と、パレスチナ国家を認めるように働きかけている。
もちろんイラクは石油が豊富だから、そこを押さえることは大事だけど。


77 :日本@名無史さん:03/06/03 07:49
ブルジョワ革命を町人革命と翻訳し直して、日本にも町人がいたのだから町人革命があったはず、と思い込んでるのは馬鹿。
フランスやアメリカには革命の司令部としての秘密結社があった。
彼らには自由だの平等だのの革命の理念もあった。
日本には町人がいて、金があったが、革命をやる理由も革命をやる組織もない。
日本の町人は保険の意味で佐幕に金を出したり、倒幕に金を出したりしてた。
倒幕後に廃藩置県その他が起きたのは町人が予測していたことでも要求していたことでも何でもない。
豊臣→徳川の政権交代も徳川→薩長の政権交代も大差ない。


78 :日本@名無史さん:03/06/05 15:52
やっぱり教育水準の高さなんじゃないのか?なぁ!?
http://www004.upp.so-net.ne.jp/s-zerocoro/jpn_biku.htm

79 :1:03/06/07 15:32
>>77
では日本の町人に所謂「市民」としての意識が芽生えなかったのは何故でしょう?



80 :.:03/06/07 16:36
>>77
>豊臣→徳川の政権交代も徳川→薩長の政権交代も大差ない。

おいおい、二つはぜんぜん違うぞ。
それならなぜ、島津幕府、毛利幕府にならなかったんだよ。

81 :日本@名無史さん:03/06/13 01:46
>>80
大差が出たのは西南戦争と思われ

82 :日本@名無史さん:03/06/13 14:56
>彼らには自由だの平等だのの革命の理念もあった。

じゃあ何で独立後のアメリカは、先住民(インディアン)を駆逐し、
黒人奴隷を続けたのよ。理念の陰に隠れて、本音では、利害関係で動くんですよ。
人間って奴は。

83 :日本@名無史さん:03/06/19 19:43
age

84 :日本@名無史さん:03/06/21 08:01
非基督教徒は人間じゃないので自由や平等の対象外。

85 :日本@名無史さん:03/06/22 21:47
age.

86 :日本@名無史さん:03/06/29 09:37
age

87 :日本@名無史さん:03/06/29 12:29
>>84
?
クリスチャンの黒人奴隷もいたけど、何か?

88 :山崎 渉:03/07/15 12:00

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

89 :山埼渉:03/07/24 17:40
戦国時代の堺も、自治都市として町人たちが取り仕切っていた。

90 :山埼渉:03/07/26 21:16
>>81
明治維新で、領主(大名、旗本)が権力の座から離された。
権力の基盤が、土地支配者(=固定資産の所有者)から金融、商工業者(=流動資産者)
に変化したのは大きいよ。


91 :山崎 渉:03/08/02 01:33
(^^)

92 :日本@名無史さん:03/08/02 15:28
age

93 :山埼渉:03/08/02 15:33
>>8
>欧州の民会は、身分差別確定組織でもあり、全員参加ではない。

平民身分が政治に参加できた。それは裕福な平民身分で、
身分差別確定というわけではない。裕福でさえあればいいんだ。
ただこの時期の都市国家、自治都市は点の集合体で、
後の国民国家=近代国家を基盤とする民主主義とは違う。

94 :山崎 渉:03/08/15 14:08
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

95 :日本@名無史さん:03/08/16 15:43


96 :日本@名無史さん:03/09/05 15:25
みなもと太郎の風雲児たちを見ろよ。
潰さないことでどれだけ困窮しているかを・・・。

97 :日本@名無史さん:03/09/09 23:11
age

98 :日本@名無史さん:03/10/19 20:01
age

99 :日本@名無史さん:03/10/19 20:02
age

100 :日本@名無史さん:03/11/06 23:15
あと900レスで1000ですね、ガンバ大阪

101 :日本@名無史さん:03/11/11 23:37
age

102 :日本@名無史さん:03/11/21 21:35
百姓の持ちたる国って何?

103 :日本@名無史さん:03/11/21 21:42
>>102
加賀

104 :日本@名無史さん:03/11/21 21:52
>103
サンクス、でももう少し広げてくれ

105 :日本@名無史さん:03/11/24 17:35
それでも漏れは田沼が好きだ。

106 :日本@名無史さん:03/12/06 02:13
age

107 :日本@名無史さん:03/12/24 15:27
それと、興味深いのは、関西の人は「美味しいものを食べる」事にどん欲だし、
それを恥ずかしいとも思わないから、美味いもの情報の交換に熱心。
ついでに、「あそこは美味い・不味い」の論争で盛り上がる。
しかし東京の人は、そこまで美味しいものに執着がないようで、
「食い物の事で熱くなるな」とすぐに言われる。
江戸文化は武士の価値感が基本だから、食い物と言う下賎なことには
関知しない、というポーズを取る習慣なのかもしれない。
そう言う事にも考えが及びます。

108 :日本@名無史さん:03/12/24 15:30
>>3
証拠写真うpキボンヌ

109 :日本@名無史さん:03/12/24 15:40
107へ
江戸時代に無知なやつがカキコするなよw
TVの時代劇程度の知識を振りかざして恥ずかしい。
武士は武士、町人は町人、それが江戸文化。
「美味しいものを食べる」事にどん欲なのは江戸も同じ。
江戸の街に現代でいうところのファーストフード店が乱立していたことも知らないのか?
都会は必然的にグルメに走るんだよ。
ちなみに、江戸でも大食い大会とかやってたしな。

関西叩きの糞カキコなんぞ、根拠なし。


110 :日本@名無史さん:03/12/24 16:15
ファーストフードや大食いがグルメなの?

111 :日本@名無史さん:03/12/24 16:20
武家は、食い物につべこべ言うなっていうのは常識だったな。
おおよそ五感に関わることに対して、何かをいうことは
男子のすることではなかった。
うまい、まずい、かゆい、いたい、あつい、さむいetcetc。

いうまでもなく町人にはそういう常識はなかったし、
江戸っ子も宵越しの銭は持たない、とばかりに、美食し遊興した。
江戸にうまい物が少なかったのは、それを支える生産地ができるまでのことで、
中期から後期の江戸では、それなりの酒や調味料も手に入ったよ。
それまでは京大阪からの下り物が最高級品だったんだけど
「くだらない」地付きの商品もおおく、江戸はあまりおいしい物がなかったみたい。

112 :日本@名無史さん:03/12/24 16:49
関西も関東も文化を持ち誇りにしていた。
その文化の違いを面白おかしく聞かせるのは楽しいが、悪意を持って叩こうとする言動には虫唾が走る。


113 :日本@名無史さん:03/12/24 17:39
元禄頃までの話だよな>下り物
幕末には、酒も醤油も千葉-茨城周辺でできていたし、
みそも信州からの中山道物が良かった。
江戸は一大消費地だったし、江戸っ子は、うまい店の取捨選択に
「粋」をかけていたから、厳しいものだったはずだよ。
京大阪ばかりが、食の中心地だった訳じゃないよ。

114 :日本@名無史さん:03/12/24 19:23
age

115 :日本@名無史さん:03/12/24 20:20
107、109とも間違ってはいない。
ただ味に関してはやはり京に勝てるとこはないんじゃないかな。
京が薄味なのは一つは
素材の味をそのまま生かすため。
洗練された食文化がなければ薄味は通用しない。
やはり、千年の歴史は伊達じゃない。

116 :日本@名無史さん:03/12/24 22:10
欧米の歴史を知る上で、重要なのは古代ギリシアである。まずはそこから検討していきたいと思う。
古代ギリシアでは同性愛は嫌悪の対象ではなかった。逆にむしろソフィストたちの間で、真剣に討議されるテーマだった。
特にソクラテスは『饗宴』[プラトン1952年]のなかで、男性同性愛の倫理を統制するために、哲学的根拠を与え、その基礎固めを行った[ハルプマン1995年]。
当時のセクシャリティは三つに分類されていた。一つは男性に惹かれる男性。もう一つは女性に惹かれる女性。
そして三つ目は、女性に惹かれる男性と男性に惹かれる女性(つまり異性愛)である。
この中で男性同性愛は一つ目のカテゴリーに属し、さらに二つのサブカテゴリーに分かれていた。
一方は成人男性が少年を愛すること(ペデラスト)で、他方は、少年が成人男性を愛する(フィレラスト)である。
しかし、現在でいう男性同姓愛とは違い、若いころはその傾向がある少年であり、年がいっては少年を愛するものとして定義していた。
つまり同年齢間の同性愛ではなく、互いに違う年代によって営まれるものであった[ハルプマン1995年]。
またこれは、ソクラテスにより、制度として確立していた。



117 :日本@名無史さん:03/12/24 23:21
>>115
それは単なる一嗜好。
中国は3000年の歴史があるが味は濃い。
フレンチもしかり。
司馬遼太郎が「京都ナショナリズム」と笑ったその意識はすばらしいけど、
他郷の人間から見ると、非常に滑稽だということを
自覚しておくべきかもね。

118 :日本@名無史さん:03/12/24 23:25
>>107は恥ずかしい。

119 :日本@名無史さん:03/12/24 23:56
「株式でもうかり、預金だけで1億円ある。若くしてカネを持つと目的意識がなくなってつまらない」


男なら一度言ってみたい。



120 :日本@名無史さん:03/12/25 01:27
欧米の歴史を知る上で、重要なのは古代ギリシアである。まずはそこから検討していきたいと思う。
古代ギリシアでは同性愛は嫌悪の対象ではなかった。逆にむしろソフィストたちの間で、真剣に討議されるテーマだった。
特にソクラテスは『饗宴』[プラトン1952年]のなかで、男性同性愛の倫理を統制するために、哲学的根拠を与え、その基礎固めを行った[ハルプマン1995年]。
当時のセクシャリティは三つに分類されていた。一つは男性に惹かれる男性。もう一つは女性に惹かれる女性。
そして三つ目は、女性に惹かれる男性と男性に惹かれる女性(つまり異性愛)である。
この中で男性同性愛は一つ目のカテゴリーに属し、さらに二つのサブカテゴリーに分かれていた。
一方は成人男性が少年を愛すること(ペデラスト)で、他方は、少年が成人男性を愛する(フィレラスト)である。
しかし、現在でいう男性同姓愛とは違い、若いころはその傾向がある少年であり、年がいっては少年を愛するものとして定義していた。
つまり同年齢間の同性愛ではなく、互いに違う年代によって営まれるものであった[ハルプマン1995年]。
またこれは、ソクラテスにより、制度として確立していた。


121 :日本@名無史さん:03/12/25 01:45
UMAの中で実在の可能性が高いのは?

ビンラディン

122 :日本@名無史さん:03/12/25 01:50
江戸は庶民が豊かとかいうけど薩摩は幕末の頃でさえ庶民、武士共に
サツマイモばかりをかじってその日暮をしていたそうだぞ。

123 :日本@名無史さん:03/12/25 09:57
江戸時代は地方交付税なんかないから、地方は自力で内政の結果だな。


124 :日本@名無史さん:03/12/25 10:10
>>122
天領と藩領の差だな。
中でも特に、島津は貧しかったらしい。

125 :日本@名無史さん:03/12/25 12:05
侍多すぎ

126 :日本@名無史さん:03/12/25 17:53
町人が支えたエロ文化!

127 :日本@名無史さん:03/12/25 18:03
>>126
すれ違い
■江戸時代の性風俗■
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1006037206/
こちらにどうぞ

128 :日本@名無史さん:03/12/25 18:03
>>126
確かにw

江戸時代は性におおらかでしたね。

129 :日本@名無史さん:03/12/25 18:26
陰間にハアハア

130 :日本@名無史さん:03/12/25 19:01
>>129
すれ違い
◆◆ 衆道の歴史 ◆◆
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1069466725/
こちらにどうぞ

131 :日本@名無史さん:03/12/25 19:10
>>130
すれ違い
雑談・質問スレ part2
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1052865407/l50
こちらにどうぞ

132 :日本@名無史さん:03/12/25 19:15
>>131
すれ違い
【ウホッ】衆道系の武将【いい男】
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1063447080/
こちらにどうぞ

133 :日本@名無史さん:03/12/25 19:36
>>114
外国はわからないが
濃い味付けは
どこにでもあるけど
薄味で勝負してる料理のあるところは
そうないのが事実ですよ。

134 :日本@名無史さん:03/12/25 19:48
そろそろ>>1を読んで議論しようよ。

135 :日本@名無史さん:03/12/28 19:21
age

136 :日本@名無史さん:03/12/28 19:27
浮世絵の絵師は、職人(工)に入るの?

137 :日本@名無史さん:03/12/28 19:31
>>1
商人「お代官様今回の件越後屋でよろしく」
武士「越後屋、お前もワルよのーウヒヒヒヒ」

仲良くやってました。

138 ::03/12/28 19:34
いつも悪役は町人と勘定奉行なんだよねー

139 :日本@名無史さん:03/12/28 19:36
武家の絵師もいるけどね

140 :日本@名無史さん:03/12/28 20:01
考えてみると、財と政のつながりって今と昔は変わりない気もする。


141 :日本@名無史さん:03/12/28 20:51
江戸、町人と来れば、やはり歌川国芳だろう。
彼を知ることによって、江戸というものが感覚的に掴めるはずだ。

ここの一勇斎国芳ギャラリーが面白い。
作家性が大体掴める。
http://www.nihombashi.co.jp/menu/heya/heya_index.html

あとここ。200枚くらい見れる。
http://www.hum.pref.yamaguchi.jp/seek/cgi-bin/index_1.idc?a=&b=%8D%91%96F&c=%25%25&n=1

↑から。これなんかかなり有名な作品だよね。
http://www.hum.pref.yamaguchi.jp/seek/cgi-bin/index_2.idc?nu=U00429




142 :日本@名無史さん:03/12/29 23:38
ホモ

143 :日本@名無史さん:03/12/30 01:24
   /::::::::::::::::::\
    /::::::::/  丶::::::\
   /:::::ノ     \:::::ヽ
   |::::::: \   / :::::|
   |::::| ●   ● |::::|   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |::::|         |::: |  < 1がホモだってことは
   |::::\ [__ ̄] /:::::::|  │  まるっとお見通しだ!!
   |::::::::::\___/:::::::::::::|  \__________________
    |_:::::::::|  |::::::::(⌒)::|
     |::::::::::|-、 ,-/......ノ~ レ-r┐
   /....|::::丿|,,,,,,/.....ノ__ | .| ト 、
  /.........レ.....| 〈 ̄   `-Lλ_レ′
  レ...................|/.... ̄`ー‐---‐′


144 :日本@名無史さん:03/12/30 21:42
「江戸男色考」

1 倒錯の世紀の幕あけ/(1)野郎歌舞伎への熱狂/(2)誉め言葉/2 軽業芸と売色/
3 若衆芸能座/4 日本人の男性美/5 若衆地獄/6 猿楽と男色/7 男色売春のはじめ/
8 催情記/(1)寝所の作法/(2)別れの作法/(3)忍びの作法/9 女装の神話 /
10 江戸城桐の間の秘密/11 史上最初の女形/12 男服女服/13 性の混淆/14 親爺若衆/
15 評判記という名の売春情報誌/16 衆道とはなにか/17 堺町風景/18 契りの方法 /
19 悪所の文化/(1)歌舞伎ファッションの裏側/(2)河原者/20 男色と俳諧/
21 衆道のテクニック/22 男色とはなにか/(1)色道ふたつ/(2)羅切/23 美少年/
24 薩摩「へこ組」の男色/25 切支丹布教時代の男色/26 非道の性戯/27 好色一代男の衆道/
(1)元禄的ユーモア/(2)飛び子あわれ



145 :日本@名無史さん:03/12/31 19:32
「江戸男色考」

1 倒錯の世紀の幕あけ/(1)野郎歌舞伎への熱狂/(2)誉め言葉/2 軽業芸と売色/
3 若衆芸能座/4 日本人の男性美/5 若衆地獄/6 猿楽と男色/7 男色売春のはじめ/
8 催情記/(1)寝所の作法/(2)別れの作法/(3)忍びの作法/9 女装の神話 /
10 江戸城桐の間の秘密/11 史上最初の女形/12 男服女服/13 性の混淆/14 親爺若衆/
15 評判記という名の売春情報誌/16 衆道とはなにか/17 堺町風景/18 契りの方法 /
19 悪所の文化/(1)歌舞伎ファッションの裏側/(2)河原者/20 男色と俳諧/
21 衆道のテクニック/22 男色とはなにか/(1)色道ふたつ/(2)羅切/23 美少年/
24 薩摩「へこ組」の男色/25 切支丹布教時代の男色/26 非道の性戯/27 好色一代男の衆道/
(1)元禄的ユーモア/(2)飛び子あわれ


146 :日本@名無史さん:04/01/01 13:33
高卒は高卒である限り受験生!
いつか大学に入ればそれでよし!
高卒は必ずしもドキュンではない!

コンプレックスを抱かない人間は自身の弱さや醜さから目をそらしているだけ。
コンプレックスは成長の糧。


147 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

148 :日本@名無史さん:04/01/09 15:03
京や大坂の遊郭の遊女は一晩に客を一人しかとらなかったらしいのですが、吉原では『廻し』といって何人かを相手にしてもよいことになっておりました。
籬の向こうから「登楼(あ)がっていってちょうだいよぉ」なんていわれてその気になって登楼したはいいものの、
馴染みがやってきたりなどすると遊女は馴染みのほうが気心が知れていますから、つい長居をしてしまってほかの客はおろそかになりがち。
待たされているほうは手酌で酒を飲みながら、「早くこっちにこいって花魁に言ってくんねえ」などと若い衆をせっつき、
それでもやってこなければ酒も入っているのでいよいよ腹が立ち、喧嘩っぱやいお兄いさんだと、ようやっときた遊女に向かって手を上げたりすることも少なくありません。
怒りの声と悲鳴は大声なのでよく響きます。遣り手や若い衆が何事かとやってきて「声を荒立てたら隣に響きますから」などと仲裁に入り、
「俺も大人げなかった」と客が反省すれば、遊女と仲直りの盃を交します。
しかし、結局、朝まで相方がやってこないこともたまにあったりする。相方はこなくても飲み食いの勘定を払わなければなりませんから、
こんなときの客の怒りは相当なもんでありまして、腹いせに畳をむしったり、蒲団をやぶいたり、さらに蒲団の中におしっこや挙句に大のほうまで用を足して、
何もなかったように蒲団をきちんとたたんでおくなんてこともあったようです。

小粋な江戸っ子!


149 :日本@名無史さん:04/01/25 19:37
age

150 :日本@名無史さん:04/01/25 21:01
c

151 :日本@名無史さん:04/01/25 21:44
江戸に住まう百万人の半数が武士残り半数が町人。
幕府崩壊後武士は国元に帰り商売の成り立たなくなった商人も四散。

明治初期の江戸(東京)人口はとても少ないのだよ。
現在の新潟県の人口は増加していたらしい。

152 :日本@名無史さん:04/01/26 01:25
江戸時代はとても野蛮なイメージがあります。しかし、実際に調べてみると冤罪(えんざい)を防止するために簡単ではありますが、
裁判の下調べをする等「体裁」を重んずる傾向がとても強く、『拷問』も余程のことがなければ用いられなかったようです。
なぜなら当時の人は、拷問にかけなければ自白がとれない、と言うことを『恥ずかしいこと』と考えていたからです。
従って、武士の横暴や幕府の恣意的な政治、と言うイメージはあまり現実とは合致しないようです。
一見残虐なようにも見えますが、その残虐さにはそれなりの理由と配慮があったんですね。



153 :日本@名無史さん:04/01/26 20:52
age

154 :日本@名無史さん:04/01/26 20:56
江戸人の間では京風が最高の価値を持っていた。
明治になって江戸が東の京都と改称される下地
は江戸時代からあった。

155 :日本@名無史さん:04/01/26 20:59
東京から京都に引っ越したら、都落ちでしょうかそれとも、
都に上るのでしょうか?

156 :日本@名無史さん:04/01/26 21:05
京都は千年の都&百年の田舎です。

157 :日本@名無史さん:04/01/31 20:13
東京発下り列車に乗ると京都に着きます。

158 :日本@名無史さん:04/02/01 08:59
>>157
(・∀・)!

159 :日本@名無史さん:04/02/01 12:34
>東京発下り列車に乗ると京都に着きます。

途中から、下りではなく「京都方面行き」に変わるよ。
JR西日本では「上り」「下り」の呼称は使用していないから。



160 :日本@名無史さん:04/02/01 12:35
>東京から京都に引っ越したら、都落ちでしょうかそれとも、
>都に上るのでしょうか?

上洛


161 :日本@名無史さん:04/02/01 13:41
s

162 :日本@名無史さん:04/02/02 14:03
>159
新幹線は下りじゃない?

163 :日本@名無史さん:04/02/11 00:47
都道府県の都は京都の都じゃないんだよね

164 :日本@名無史さん:04/02/27 17:31
>>107
「江戸の食い倒れ」

165 :日本@名無史さん:04/03/04 22:30
age

166 :日本@名無史さん:04/03/04 23:18
ホモと喧嘩は江戸の華!

167 :日本@名無史さん:04/03/10 15:43
age

168 :日本@名無史さん:04/03/10 18:57
町人=商工業者の世界は
上方マンセーな世界。



169 :日本@名無史さん:04/03/17 21:27
近江商人あげ

170 :日本@名無史さん:04/03/17 23:50
『ホモの支えた江戸時代』

171 :日本@名無史さん:04/03/18 03:33
>>166
それが本当の話だから嫌なところだぜ

172 :日本@名無史さん:04/03/21 17:19
江戸町人(工商人)の世界というのは
なんだかんだ言っても最後は結局、上方の権威がものを言う
世界であって、
そういう点からすれば彼等は江戸の上方派。
江戸の支配層の武士階級に対して喧嘩腰な面が
あったのも納得。

173 :日本@名無史さん:04/03/21 18:19
>>172
「武士の町大坂論」って知ってる?
江戸ほどではないにせよ、大坂には諸藩の蔵屋敷などがあって、
結構武士っていたんだよ。


174 :日本@名無史さん:04/03/21 22:15
v

175 :日本@名無史さん:04/04/19 01:54
age

176 :日本@名無史さん:04/04/19 12:34
2ちゃんでの議論のパターン

・同じ質問のループ
・唐突に勝利宣言
・双方が勝利宣言
・AAや第三者の乱入で話が横道へ
・やじ馬同士が論争を始める
・削除
・自演自作
・相手が消える
・双方消える
・ひろゆき乱入
・稀に、一方が負けを認める・・・ある意味カッコイイ!
・終始、意義のある論争で有益な結論を得る。
・議論と思っていたら、馴れ合いだった。
・議論に見えて、実はオナニカキコ。
・場違いのカキコでスルー


177 :日本@名無史さん:04/04/29 12:56
今の財政赤字も同じ様にすればよろし

178 :日本@名無史さん:04/05/05 20:58
町人が帯刀を許された場合、普段から刀を差していたのかな?

179 :日本@名無史さん:04/05/05 21:01
>178

使う時に帯刀では?

180 :日本@名無史さん:04/05/05 21:10
庶民は寛永寺に参拝できたのかな?

181 :日本@名無史さん:04/05/05 21:14
>>180
寺に電話して聞くしかないね。

182 :sage:04/05/05 22:08
当時の町民が、武士をどうおもっていたか、おおざっぱに言うと

 江戸‥尊敬の的、えらい人。つうか、雇い主。
 大坂‥何の役にもたたぬ人。つうか、ごくつぶし。
 京‥‥殺生を生業とする人。つうか、えたひにん。

183 :日本@名無史さん:04/05/05 22:10
>182
もう中学生の書き込みは禁止して欲しい

184 :日本@名無史さん:04/05/05 22:13
>182

江戸っ子は自虐的な考えはしなかったと・・・

京では特に意識しないのでは・・・




185 :日本@名無史さん:04/06/06 15:00
age

186 :日本@名無史さん:04/06/06 15:16
スポーツ平和党を与党にしよう!   

アントニオ猪木が世界平和及び青少年育成を実現の為に結党し、その理念を継承し、さらには、
経済大国日本をスポーツ文化大国へと飛躍せしめ、世界から敬われる真の国造りをする為の政治活動、
及び政治理念を具現化せんとする、スポーツ平和党


メリット:高卒でも国会議員になれる。もし、党首になれて、与党になれたら、高卒総理も可能!


187 :日本@名無史さん:04/07/28 02:33
江戸時代に花開いた退廃的で熟成した市民文化は、
暗黒の明治時代に圧殺されてしまうのであった...

188 :日本@名無史さん:04/07/28 19:08
まあ実際、江戸時代に見るべき文化といへば
まず王朝文化の流れをくむ上方文化、
そしてその上方文化を受けた江戸の町人文化であり、
支配層である武士の文化はそれ自体はたいしたものを残さなかった。
残したものは官僚的文化(?)程度のものかな。

189 :日本@名無史さん:04/07/28 19:11
で、江戸の文化が明治期に
急に失われたといいますが
たしかに武士はいなくなりましたが
庶民の文化は実際のところ江戸の文化を継承したものでした。
江戸の文化が庶民から本格的に失われたのは
やはり戦後でしょう。

190 :日本@名無史さん:04/07/28 19:36
>>180
将軍家の菩提寺だから
参拝は難しいかも。
ただしあの近辺は庶民がよく花見やなんやらで
賑わったという。

191 :日本@名無史さん:04/07/28 19:55
>>187
こういう意見はよく聞きますが実際に
圧殺された市民文化はそう多くないと
思いますよ。
むしろ継承されたもののほうが多い。
神社合シ令のような愚策はたしかに
ありましたが。

192 :日本@名無史さん:04/08/01 21:12
江戸文化の最大の貢献者は商人。
武士は雑魚。

193 :日本@名無史さん:04/08/08 16:56
不思議なことに武士は北方系文化、
町人は南方系の文化。
朝廷は両方。

194 :日本@名無史さん:04/08/08 17:03
ナイナイサイズに藤原竜也がゲストで出た時、妙〜〜に矢部に絡んでたけど、絡み方がゲイチックだった。

矢部に「2丁目みたいや〜」って突っ込まれてたし。


195 :日本@名無史さん:04/08/25 19:48
江戸切絵図 尾張屋清七版 全30図
http://www.iwabi.jp/page2.htm

原寸復刻・索引付
岩橋美術 製作発売

196 :日本@名無史さん:04/09/24 00:51:54


197 :日本@名無史さん:04/10/09 23:50:50


198 :日本@名無史さん:04/11/07 17:50:03
                       

199 :日本@名無史さん:04/11/27 06:15:33
欧州では町人が領主のかつアゲになった例もあるだろ?

200 :日本@名無史さん:04/12/25 00:45:45
どういう意味?

201 :日本@名無史さん:04/12/25 00:59:05
江戸の豪商は京都系・大坂系ばかりだな。

202 :日本@名無史さん:05/01/25 01:32:20
松坂商人、近江商人を忘れなさるな。

203 :日本@名無史さん:05/01/25 03:49:27
まだ借金を返してもらっていないとかいうのはあるのでしょうか。

204 :日本@名無史さん:05/02/24 21:03:59
「まだ」とは?

205 :日本@名無史さん:05/03/03 18:32:47
今日は江戸時代の庶民が
都の天子様を祝った雛祭りの日

206 :日本@名無史さん:05/03/03 20:43:49
江戸町人は支配者である武士を
笑いとばすたくましさがあった。

お上が贅沢な着物を着るなといえば
粗末な着物の下に贅を尽くしたふんどしを着けたりして
はむかった。

207 :日本@名無史さん:05/03/03 21:18:51
三船敏郎 -TOSHIRO MIFUNE-
http://www.mifuneproductions.co.jp/ BCC BCC

本  名 三船敏郎(同じ)
生年月日 1920年4月1日
没年月日 1997年12月24日(77歳)
ボディサイズ 身長172cm・体重73kg・靴のサイズ26cm
趣味・特技 乗馬・射撃・剣術
嗜好
<食事> 中国料理、和菓子他
<お酒> ビール、ワイン、ウイスキー他
<煙草> 愛煙家(ダンヒル、カルテェ他洋煙多し)
洋服 スーツはバーバリー他
Yシャツ、ネクタイはランバン他
靴はバリー他
車 1952年型MG-TDを45年間愛用。
その他、米映画「グランプリ」出演の際買い求めた1962年型ロールスロイス・シルバークラウドなど多数
船 モーターボートを所有。

208 :日本@名無史さん:05/03/03 21:20:52
江戸町人は支配者である武士を
笑いとばすたくましさがあった。

大坂町人は支配者である武士を
蔑ろにする商魂があった。


209 :日本@名無史さん:05/03/05 21:04:43
大坂の有力商人は武士と結託して庶民を苦しめた。
町奉行与力大塩平八郎は不正を摘発し悪徳商人の店を打ち壊した。

210 :日本@名無史さん:05/03/06 19:22:10
大塩先生は庶民の味方だからね

211 :日本@名無史さん:05/03/06 19:54:28
江戸時代に限らず、いつの世にも悪徳商人というものはいます。
江戸時代には、現在のような累進課税というものがなかった。
それだけ言うと、金持ち商人にとって江戸時代は幸せな時代のようにみえますが、
実はそんなに生易しいものではありませんでした。
格式・分限の多少に応じて公儀や領主から御用金を課せられる、
また下々に対して施行を行わなくてはならない、
よろづ、公的なことで募金ということがあれば、
金持ちは真っ先に金を出さなければならないものと考えられていました。
金持ちにして、格式・分限を超える贅沢をしたり、逆に出金を渋ると、
身分不相応として公権力からしっぺ返しを喰らったり、
物価高騰・飢饉の際には、真っ先に打ち壊しの対象になりました。
ただし、金持ちは、その規模に応じて社会貢献すべきものという認識は、海外(アメリカなど)
にもあります。ただし現在では、概して日本の金持ちは成金趣味・目先だけを考えるケチが多いように思います。

212 :日本@名無史さん:2005/04/06(水) 23:54:10
ウホッホ

213 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 19:03:02
いわゆる江戸弁てのは
もともと職人言葉だったものなんだよな


214 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 21:53:46
そうなの?

215 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 22:53:18
あげ

216 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 23:48:38
ふうん

217 :1:2005/06/04(土) 01:06:00
久々に来たらまだこのスレ残ってたんで感動した。そこで改めて聞きます。

日本でブルジョワ革命が起きなかったのは何故?

218 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 14:28:20
age

219 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 17:14:38
>>217
それと逆の発想なんだけど
江戸時代の退廃的文化って本当に国内のみで起きたものなのかな。
井原西鶴はオランダ流なんて噂もあったようだけど。


220 :1:2005/06/10(金) 22:39:43
退廃的文化って平和で豊かな時代が長く続けば自然と生じるものでは?
例えば2chとか.
日本と欧州社会が構造的に似ているというかんがえもありますが、、、

221 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 20:42:40
age

222 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 20:49:40
やっぱり太平な世の中でもっとも
ナウなのは職人だぜ!
今、流行りのタトゥーだって江戸時代の職人が走りだぜ。
ま、職人というより人足レベルの職種だがな。

223 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 20:50:50
かしこまってプライドだけ高い武士なんてだせー。

224 :日本@名無史さん:2005/06/12(日) 00:51:40
どなたか頭の良い方「口上之覚」の読み方と意味を教えてくれませんか?

225 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 23:46:43
age

226 :日本@名無史さん:2005/06/16(木) 23:54:58
age

227 :日本@名無しさん:2005/06/22(水) 22:43:33
口上之覚=こうじょうのおぼえ
申上げること、位の意味。

228 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 22:43:36
age

229 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 22:37:55
age

230 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:45:54
age

231 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 17:04:23
age

232 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 17:29:50
町人なんて朝鮮人と同レベルの賤しい連中だからな

233 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 01:10:34
あげ

234 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 06:01:38
日本って収奪が甘いんだよ、都市がこぞって為政者に反抗するまでに至るような
やっぱり生きぬよう死なぬようのうまいところに落とされて終わり

誰かこの辺をわかっていない馬鹿が出てくれば、日本も変わった可能性はある

235 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 07:56:00
やいやい!江戸っ子をなめるなよ!

236 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 00:48:04
何百年経っても町人は町人のまま今の時代を生きていくんだよな

237 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 22:13:48
age

238 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 01:00:56
age

239 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 21:59:26
あげ

55 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)