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弥生土器の年代が500年繰り上がる!?

1 :日本@名無史さん:03/05/26 10:47
なぜかスレがなかったので、立てておきます。

ともあれ、土器編年に基ずく絶対年代推定が信用できないことは、
確かなようですね。


2 :日本@名無史さん:03/05/26 10:55
<丶`∀´>捏造ニダ

3 :日本@名無史さん:03/05/26 11:53
削除は自分でヤレよ>>1

4 :日本@名無史さん:03/05/27 23:33
また、考古学は恥をかいちゃったね。
これって佐藤先生の説がでたとき、やっとくべき作業だよな。


5 :山崎渉:03/05/28 10:43
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

6 :日本@名無史さん:03/05/28 22:39
t

7 :日本@名無史さん:03/05/28 23:03
差別ニダ

8 :日本@名無史さん:03/05/31 22:57
土器編年に基づく絶対年代?
あんた考古学のこと全くわかってないな。
土器編年はあくまで相対年代だ。

むやみに理化学的年代測定法にとびつくのもどうかとオモフ。

9 :>8:03/06/01 00:31
見苦しい言い訳はやめろ

10 :世界@名無史さん:03/06/01 02:03
>>8

いや、だからさ、実際、庄内式時代はいつからいつまでだとか、
布留0はいつ頃だとかって、最近、わかったような議論、
されてるでしょ。絶対年代がさ。

絶対年代を直接押さえることのできる定点が非常に限られる状況で、
どうして、そういう議論ができるかっていうと、一つの定点と、
一つの定点の間で、このくらい土器世代の変遷があるから、じゃあ、
何番目の土器世代の絶対年代は、このくらいだろうって、
そういう推定しているわけだよね。

それが「土器編年に基ずく絶対年代」で、もうダメだってこと。
相対年代については、なんら問題ないよ。


11 :日本@名無史さん:03/06/01 02:10
あほやん。
庄内式時代はいつからいつまでだとか、布留0はいつ頃だとかって
実は年輪とか放射線炭素で出してるの知らんか?

12 :日本@名無史さん:03/06/01 02:16
>>11 しらんなぁ。
誰がどこでどう言ってるのか、ちゃんと示してくれ。

13 :世界@名無史さん:03/06/01 02:26
>>11

だれが出してるのかな??
少なくとも、現在の土器の大家の寺沢薫も石野博信も、
年輪だの、放射線炭素だのが根拠だなんて、
一言もいってないですね。

ちなみに、年輪で絶対年代を押さえるのは、理論上、不可能。
年輪では、木材の伐採年代しかわからない。
上限だけなら、わかるけどね。206年伐採の木材を
つかった遺跡なら、当然、206年以前ということは、
ありえない。


14 :日本@名無史さん:03/06/01 02:30
あのさー
実際、庄内式時代はいつからいつまでだとか布留0はいつ頃だとかって
ほんとは年輪や放射性炭素で決めたこと知らないの?

15 :aho 2:03/06/01 02:32
年輪で絶対年代を押さえるのは、理論上、不可能。

>>
そうではなくて絶対年代を押さえられたら困る人たちたくさんいるって事だろ。
仁徳稜にしても100年定説より新しく築造されてるし箸墓も定説の150年あと
につくられた事実がバレると。。  w


16 :日本@名無史さん:03/06/01 02:34
だからさ、何時誰がどこでそういってるのか、ちゃんと示してみろよ。
できるもんなら。

17 :日本@名無史さん:03/06/01 02:38
>>14

根拠まるで示さず同じことくりかえしても、無意味ですな。



18 : :03/06/01 02:43
>>16
お前は消防か?

19 :日本@名無史さん:03/06/01 02:50
宮地館長のご乱心がすべての原因です。

20 :日本@名無史さん:03/06/01 03:07
14は釣りだろ

21 :船上のさいタマちゃん:03/06/01 07:55
釣り針はきちんと始末して!まったく釣り人はマナーが悪い!
というか、釣りなんてやめてよね!ごみ撒き散らすだけなんだから!!

22 :日本@名無史さん:03/06/09 14:51
また、イルボンの捏造ニダ。

23 :日本@名無史さん:03/06/19 00:15
こうなると、朝鮮中部での倭語地域の存在などをかんがえても、
色々なものが伝わっていったのは、日本→半島ってことみたいね。

24 :日本@名無史さん:03/06/19 15:17
>>23 >朝鮮中部での倭語地域の存在

え?、そんなとこあるの?

25 :日本@名無史さん:03/06/19 19:49
高句麗語の数詞がなぜ判明しているか、については、朝鮮半島の三国史記の地志で、
旧高句麗領地の地名を新羅の景徳王が変更した、という記事が多数あるためです。

高句麗語地名の漢字表記(当て字=卑弥呼などと同じ)と、
新羅地名に変換後の漢字表記(漢字の意味利用)を対比すればよいわけです。

「三」は高句麗語で「密」なので当時の発音推定により「mit」
「五」は高句麗語で「于次」なので当時の発音推定により「utu」
「七」は高句麗語で「難隠」なので当時の発音推定により「nanun」
「十」は高句麗語で「徳」なので当時の発音推定により「tek」

例えば「兎山郡、本、高句麗、烏斯含達県」というのがあり、
「達」が「山」に対応するので、「烏斯含」が「兎」対応するものと考えられます。
そうすると「烏斯含」の音はosieGemなので、日本語 wosagi に対応する、と。
現代日本語で強いて読めば、烏斯含達=うさぎだけ(兎岳)。



26 :日本@名無史さん:03/06/19 19:49
倭語に対応していた高句麗語の地名を、産能大学の安本美典教授が調べ、
ほとんどが中部朝鮮に分布していることを明らかにしている。

それを同氏は「倭人語対応地域」と名付けたが、
なぜこの飛び地のような地域がぽっかりと朝鮮中部に残ったのか
疑問は深まるばかりである。

少なくとも倭人あるいは倭人と同言語系を話すものが朝鮮中部に居住し、
それらが名付けていたと思われる地名(県名など)を高句麗が採用していた。
我々日本人としてはこの驚くべき事実にすごく興味が持たれる。

27 :日本@名無史さん:03/06/20 00:40
ぜんぜん関係ないけど、秀吉軍の残存兵が祖先の人々の集落があったっけ。
昔、民放TVで見た。差別されているんだろうな〜まっ、がんばれや。

28 :日本@名無史さん:03/06/20 09:15
>>1
>>19
当事者たちが講演会をやるみたいなので、本当のところを聞いてみては
どうでしょう(なぜか、あんまり宣伝してないね)。
http://www.rekihaku.ac.jp/koohoo/kooenkai/kouen_sp.html

29 :日本@名無史さん:03/06/20 10:48
>>27
とすると、弥生時代が500年くらい繰り上がったのと関係があって、
数百年も昔に倭人が中部朝鮮に戦いで進出して、
そこで残った人々がいたかもしれないってこと?

しかし、県の名前が倭語になっていて、
しかも20くらいの県名がそうなっているわけだから、
倭人の数はものすごい数であったことになるわけで。

「倭人語対応地域」と名付けられてるけど、
倭人の植民地、あるいは、倭人が立てた別の国だったくらいの規模と思われ。

30 :日本@名無史さん:03/06/20 17:53
朝鮮半島から日本に逃れてきた人達もいたようだから、
そうした人達が日本に言葉を伝えただけじゃないの?
不学ゆえ、なぜ日本が先代だとなるのかが、分からない

31 :日本@名無史さん:03/06/21 02:58
まあ、ハヤト系をどう見るかだろ。

32 :>28:03/06/21 07:56
もうひとつ7/5にも関係する講演会があるよ
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/souken/kouen/index1.html

33 :日本@名無史さん:03/06/21 08:07
>>30
旧高句麗領で、新羅王により倭語系の地名がすべて消されたのは8世紀ですよ。

34 :日本@名無史さん:03/07/03 01:17
倭語系の地名があった地域は、朝鮮半島南部ではなく、中部なんだよね。
縄文文化は南部にまで及んでいないはずだし。
古代の最大の謎と呼ばれている。

35 :日本@名無史さん:03/07/03 01:40
>34
倭系が北へ広がれば、半島での権力中枢も移動するんで無いの?

36 :  :03/07/03 23:35
ソウルは「せふる」背、つまり後ろの「ふる」原、はらっぱという倭語であるのは有名。
韓国人が怒るので、声高には言えない。(笑)

37 :トレビアン:03/07/04 07:51
へ〜へ〜へ〜へ〜へ〜

瀬戸朝香さん、5へーでした。

38 :日本@名無史さん:03/07/07 19:32
このネタ、
NHK、クローズアップ現代でやってます。

39 :日本@名無史さん:03/07/07 20:11
数十年かけて研究してたことは全部無駄だったとはっきり認めたほうが男らしいよ
別にその期間の給料返せとは言わないし、脳内でひねり出してきた嘘の責任をとれとも言わないから
事実を事実と受け入れてこそ学問は発展するんじゃネーノ
みぐるしいったらありゃしねぇ、とクローズアップ現代を見て思ったよ

40 :日本@名無しさん:03/07/07 20:53
禿同!
同じこと思った!

41 :日本@名無史さん:03/07/07 20:55
あの金属片発見者があやしいのでないの ?

42 :日本@名無史さん:03/07/07 23:47
>>39-40
え? どっち派でつか?

43 :日本@名無史さん:03/07/08 00:33
曲り田の鉄器って,時期は大丈夫なんかい?ホントに早期?

44 :日本@名無史さん:03/07/08 00:37
だから学問的な論争じゃないってんだよ。協会での聖嶽の時もそうだし。T氏とH氏の,もっと広げりゃK大本流と亜流の堅果なんだって。
まともに捉えちゃダメ。



45 :>39-40:03/07/08 01:29
そういう捉え方がおかしいんじゃないの?44の見解は一面的にはそうとしても、
おいといて。

NHK(を始め報道の)の捉え方も結局センセーショナルにあおってるんであって、
考古学的成果と年測の成果は、一部の例外を除いて、合ってきてるっていうのが
現実じゃろ?最近の東大や明治での検討会や、総研大講演会とかでも、だいたい
大勢は決まってきた、っていう感じを受けたけど(註:全部は出てません、又聞き含む)


46 : :03/07/08 10:56
まぁ正直腐ってるよな。
そりゃ藤村みたいなペテン師も出てくるよ
考古学者全員がペテンに加担してるんだもん。

47 :日本@名無史さん:03/07/08 22:12
考古学って学問なの?

48 :日本@名無史さん:03/07/08 22:28
と、考古学を無視してトンデモ偽史をつくりたい人は言うのだった。

49 :日本@名無史さん:03/07/08 22:30
あぁ、そういう煽りか。ナルホロ

50 :日本@名無史さん:03/07/09 01:01
ヒッタイトからずっと伝播してきた経路とその年代を見直せばいいこと。
独自の「製鉄の発見」ならそれでもよし。

51 : :03/07/09 04:34
”埋めた”んだろ鉄器を
それらしい年代の地層に・・・

そりゃ調べられたらまずいよな

52 :日本@名無史さん:03/07/12 23:50
でも、たたら製鉄は、タタール系らしいよ

53 :山崎 渉:03/07/15 11:44

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

54 :日本@名無史さん:03/07/17 04:32
庄内式時代はいつからいつまでだとか、布留0はいつ頃だとかって
実は年輪とか放射線炭素で出してるの??

55 :日本@名無史さん:03/07/18 01:08
曲り田の鉄器の出土状況を報告書で調べてみなよ。崖の下にころがっててさ、
その上の方には中期の遺跡もあるんだよ。あれやっぱり相当あやしいよね。
写真も何にも載ってないし。
発掘した本人が、すぐキレる人だからみんな怖がって文句つけないけどさ。

56 :日本@名無史さん:03/07/18 15:20
>>55 詳細キボンヌ

57 :日本@名無史さん:03/07/18 15:25
>>55
Hさんか。
漏れ学生のときその人の下でバイトやったことがある...
確かに怖かったなw


58 :日本@名無史さん:03/07/18 23:37
青銅器も、布留0の土器も分析すればいいのに・・・

59 :山埼渉:03/07/19 21:52
考古学のことは右も左も分からないのですが、
要するに新しい計測方法で既存の土器、鉄器を分析したら年代が繰り上がったわけですよね。
だったら、中国や韓国の土器とか遺跡もその方法で計測しなおしたらいいと思うんですけど、
向こうでは、もう以前からその方法で計測してたんですか


60 :日本@名無史さん:03/07/19 22:16
石棒の詳細キボンヌ

61 :日本@名無史さん:03/07/19 22:53
資料の保護という名目で測定の妨害しているんだろ。
腐っているよな。
学説は2転・3転して始めて定説になるくらいの度量はないものかね。

62 :日本@名無史さん:03/07/19 22:56
なんか隠し方が前野文書みたいだな。
自ら、嘘です、と言ってるようなもんだw

63 :日本@名無史さん:03/07/19 23:00
>>59
というか、とっくにやっていると思う。日本だけが編年などに長い間支配されていた。それだけ。


64 :日本@名無史さん:03/07/20 13:12
土器編年を研究する研究者が居て、彼らが彼らの手法と結論を主張し続けると
いうのは理解できる。分からんのは、これまで炭素年代測定法を導入しようという
研究者がいなかったということ。あるいは導入した研究者は、何らかの形で
つぶされてきたのかな。

65 :日本@名無史さん:03/07/20 15:19
やりたくても出来なかったんだよ。現在の校正曲線が1998年だし。

AMSを比較的手軽に使える環境が整ったのが結構新しくて、
その成果が今出てるということ。

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69 :山埼渉:03/07/20 18:50
素朴な疑問

*1 「弥生式土器が最初に作られた時期=稲作開始の時期」
 これは間違いないことなんですか。(縄文時代に局地的に稲作が行われていたことは除くとして)

*2 「日本の鉄器の使用開始時期は中国より遅い」
 これも常識で、これを疑う人は飛んでも扱いですか。

私の脳内電波では、
「中国で鉄器が作られてすぐに日本に伝わったが、日本ではあまり普及せずに、
 中国ではすぐに普及した。」
「稲作は日本各地にその技術が伝わった後、各地の自然環境に応じて本格的にする時期が異なり、
 弥生式土器の製造年代とは関係ない」

という結論になるんですが。

70 :日本@名無史さん:03/07/20 19:13
無知だから>>1>>63みたいな誤解がはびこるわけだ。

71 :日本@名無史さん:03/07/20 20:07
それより>>55が気になる。
曲り田の鉄器って信じていいのか?

72 :日本@名無史さん:03/07/20 21:08
>>64
原本みて無いので情報としての信頼性が低いのだが、ちょっと古い情報を。
1996年埋蔵文化財研究会(高槻)会場で「考古学と実年代」と題する資料集が発売されたそうです。
約700件の日本各地で実施された理化学的測定記録集で、権威者の反対に遭いながらも若手が纏め、5000部が完売されたそうです。
私も見てみたいが何方か関西の公立図書館で所蔵している所を知りませんか。

73 :日本@名無史さん:03/07/21 21:27
C14の濃度は海洋地域と大陸部とで濃度が違う。
海洋地域と大陸部では海洋地域がC14の濃度が低いのだ。
今度の測定結果は大陸部の北アメリカの濃度を基準に測定されている。
日本が海洋地域にある事を無視した結果とんでもない数値が出たのだろう。

それからC14による年代測定は年輪年代によって補正を掛ける事になっているのも周知だろう。
日本の年輪年代が全く出鱈目である事も周知だよね。

74 :日本@名無史さん:03/07/21 21:29
と、無知をさらす

75 :日本@名無史さん:03/07/21 22:38
そんなこたあどうでもいいから、誰か曲り田の鉄器について答えてくれい。
ブレーキ踏んでるのはこれだけだろ。

76 :日本@名無史さん:03/07/21 22:39
>>73
ここで覚えた間違った知識を職場で喋りまくるバカがいるので、やめてね。
日本語の使い方間違ってるけど「C14の濃度は海洋地域と大陸部とで濃度が違う。」こんな研究結果もってるんだったら、MATUREにでも発表しなさい。
海外の大学から「ぜひうちの教授になってくれ」とオファーがたくさん来るよ。君が華々しくメジャーデビューするのを心待ちにしています。


77 :日本@名無史さん:03/07/21 23:08
76
ごめん。MATUREじゃなくて、NATUREね。

78 : :03/07/22 00:30
>59
韓国では近年、結構やってます。ソウル大にAMSがあるので。
さらに韓国の資料は日本の研究機関でも結構測定してます。これから成果は出てくるでしょう。
ちなみに弥生の鉄は測定してません。測れますが破壊してしまうので。古代の製鉄関係の鉄なら
測定例は多数あります。ただし、鉄の測定は、若干(10年くらい)狂うというデータが名古屋大
の研究で出てたような気がする。

>75
誰かが簡単に曲り田の鉄について、「上からの混入ですよ」っていえるとは思えないですが、
数年前の日韓の研究集会で、韓国の研究者からも、疑問があると発言されたと聞いています。

>73
馬鹿すぎて答えられません。AMSでくぐって、せめて最低限の知識を勉強してから書いてください。

>72
つい最近まで協会で売ってたような気がする。私は関東だが、利用している大学図書館にはありま
したよ。これ以外でも、古い年代測定データなら、2001年12月の第四紀研究40-6や、2000年の文化財
科学会の時に第四期でまとめた資料集とか、文化財と自然科学の山本直人氏の論文とか、いくつかあ
りますよ。特に、第四紀研究40-6の今村峯雄論文は、おもしろいよ。弥生に関する古い測定データ集
めてるんだけど。

79 :日本@名無史さん:03/07/22 01:40
>>73
とりあえず日本語の間違いとバカの勘違いを指摘するね。

誤「C14の濃度は海洋地域と大陸部とで濃度が違う。」
正「海洋地域と大陸部ではC14濃度が違う。」→違わない。海洋の生物と陸上の生物が吸着しているC14濃度には違いがある。
誤「海洋地域と大陸部では海洋地域がC14の濃度が低いのだ。」
正「海洋地域のほうが大陸部と比べてC14の濃度が低いのだ。」→低くない。海洋の生物が吸着しているC14濃度が陸上の生物に比べて低い。

誤「今度の測定結果は大陸部の北アメリカの濃度を基準に測定されている。」
正「今回の測定結果は北アメリカ大陸の濃度を基準に測定されている。」→意味がわからない。北半球の中低緯度地域の大気中のC14濃度をもとに計算されていると言いたいのか?

誤「日本が海洋地域にある事を無視した結果とんでもない数値が出たのだろう。」
正「日本が海に囲まれた島国であることを無視した結果とんでもない数値が出たのだろう。」→意味不明

誤「それからC14による年代測定は年輪年代によって補正を掛ける事になっているのも周知だろう。」
正「それからC14年代値を年輪較正プログラムを使って補正することも周知されている。」とした方が意味が通じる。

誤「日本の年輪年代が全く出鱈目である事も周知だよね。」
正「日本で確立されている年輪年代も、基礎データが公開されていないので検証しようがないよね。」ぐらいにしといてやれや。

あんた厨房ですか?


80 :日本@名無史さん:03/07/22 07:16
それが違うんだな。

海の多い南半球と陸地の多い北半球でC14の濃度に差がある。周知だろ?
大陸内部と海浜部とでも当然差がある。
大陸内部のデータを元に日本のような島国とでは同一には語れないと言っているのだ。

年輪年代については畿内説の厨房しか信用していない事は橿原考古学研究所の発言でもよく判るだろう。
勝山古墳の木片について「異論は多々あると思うが3世紀前半の中に収まるものと考えたい。」
KKKでさえ疑問を持ちながらの発表だった事がわかる。
君たちは樹齢2,300年の樹の年輪見た事があるかね。
樹芯部から100年位までと200年あたりでは年輪幅に10倍位の開きがあるのだよ。
だから樹芯から100くらいの年輪は捨てて外側だけを測定の対象にすることになっている。
109しかない勝山の木片では年輪年代は測定不能な事はわかりきっている。
それから年輪幅は樹の根の張る方向や枝の向きなどで必ずしも同心円にならず不規則な形になる事が知られている。
だから年代を測定するには丸太か精々樹芯を含む角材くらいでないと測定は不可能だ。
板材では測定できない。
それを敢えて確定した年代の如く発表した事を出鱈目だと言っているのだ。


81 :日本@名無史さん:03/07/22 07:28
C14が減少する要因って宇宙線以外にあったっけ。
あと、C14は二酸化炭素中のC14でいいんだっけ。一応ぐぐったんだけどさ。

82 :日本@名無史さん:03/07/22 07:34
>>80
「海の多い南半球と陸地の多い北半球でC14の濃度に差がある。周知だろ? 」

ソースプリーズ。「自分でしらべろそれくらい」は、なしね。

83 :日本@名無史さん:03/07/22 08:40
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Euro/2003/toukou/toukou-04/toukou-04.html


84 :日本@名無史さん:03/07/22 09:23
弥生時代の開始年代を400年遡らせた
AMS法による炭素14年代測定法ってなんだろう?

2003年5月20日の新聞に、「稲作伝来、500年早まる」、「国立歴史民俗博物館が発表」、「古代史
の大幅修正も」 といった見出しで、第1面を飾った記事があったのを、記憶しておられる方も多いでしょう。
早速、国立歴史民俗博物館のホームページにアクセスしてみると、「弥生時代早期から弥生時代前期にかけての
土器に付着していたコゲ・ススなどの炭化物の年代を、AMS法による炭素14年代測定法によって計測したと
ころ、従来考えられていたよりも300〜500年古い年代であることが分った。」 というものでした。

そこで、AMS法による炭素14年代測定法とは一体どんなものか調べてみました。難しいかも知れません
が、できるだけ分りやすく説明しますので、ぜひお読み下さい。
(炭素14年代測定法は、放射性炭素年代測定法ともいわれます)

85 :日本@名無史さん:03/07/22 17:39
http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-kat/nihon/4-2tannsonenndai.htm

また大気の循環により大気中のC14の濃度は地域によって大きな差は無いが皆無ではない。北半球と南半球では若干差がある事も知られるようになった。
このように測定値には理論の持つ誤差があり、補正を行ったとしてもなお誤差は避けられない。


86 :日本@名無史さん:03/07/22 18:33
焼物に使う薪は新しいものとは限らない。樹齢百年二百年の木を何十年も建材に
使った後で焚いたりもするだろう。
樹齢二百年の木が潟なり湖なりに二百年三百年沈んでたあったあとで流木になったら
それで四百年。
大昔なら、今は掘り尽くされている炭田も地表に露出した鉱脈も沢山あって
簡単に使用できただろう。薪にちょっとだけ石炭を混ぜただけで、随分と古さを
示す成分の比率が変わるんではないか?

燃料由来の煤なんて年代測定に使っちゃダメじゃん。

87 :日本@名無史さん:03/07/22 18:34
http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2120992&pid=871244709
http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2120992&pid=871244813
http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2120992&pid=871244747
http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2120992&pid=871329569
http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2120992&pid=871244631

88 :日本@名無史さん:03/07/22 19:52
>>80
厨房でつか?

89 :日本@名無史さん:03/07/22 20:45
>>86
原子レベルでの衝突を促すような行為を施したモノを年代測定に使える訳は無いね。
誤差の範囲を飛び越えるのは自明。

90 :日本@名無史さん:03/07/22 20:58
北部九州の渡来系弥生人と中国山東省で発掘された前漢時代の墳墓より出土の古人骨
とが酷似しているという日中共同の調査結果が、今年はじめに発表された。
現代の科学的人類学的分析で、古人骨に高い類似性が指摘されたわけである。
前漢は日本の弥生時代前半に当たり、大陸から古代人が農耕や金属器文化など
と共に次々と渡来していた可能性が出てきた。
従来の朝鮮半島南部経由の古代人渡来ルートとは異なる新説ということである
が、再び鍼医・徐福の渡来伝説や日本人の起源が新たな注目を浴びることになった。

http://kanemasa-web.hp.infoseek.co.jp/data4/kojin.htm

従来の朝鮮半島南部経由の古代人渡来ルートとは異なる新説ということである
従来の朝鮮半島南部経由の古代人渡来ルートとは異なる新説ということである
従来の朝鮮半島南部経由の古代人渡来ルートとは異なる新説ということである
従来の朝鮮半島南部経由の古代人渡来ルートとは異なる新説ということである

91 :日本@名無史さん:03/07/22 21:59
>>86
それは無理だな。土器一個だけで測定したわけじゃない。
複数が同じデータを示したわけだから。
測定方法に何らかの過誤があったとしか言えない。

92 :日本@名無史さん:03/07/22 22:47
>>73,80,85は同一人物ですが、ちゃんと日本語を書きなさい。
ライティングのレベルが幼児級だからみんなに厨房呼ばわりされるんだじょ。
それから訳のわからない年代測定の知識はどこで覚えたのでちゅか?

93 : :03/07/23 00:48
>81
大気中の炭素濃度が変動する要因は、太陽活動に伴う宇宙線の影響です。
ただし、様々な物質(例えば樹木とか貝に)に取り込まれ固定される炭素濃度の
違いを引き起こす要因には、様々なものがあります。
例えば、海洋リザーバー効果により、海の多い南半球と北半球では、濃度が違う
のです。確か2-3%位。
2つ目の質問はよく分からないが、まあ、生物が呼吸して、生体内に固定するのは、
二酸化炭素が多いですから、そういう風にも言えますね。でも、放射性同位体の存
在は、二酸化炭素に限らないのではないかな。

>79
あなたエライです。ようやく少し、73の言ってることが読解できました。

>86
91がいうように複数測ってるし、そもそも外面のススよりも内面付着の
煮焦げが多いです。これらは結果的に概ね一致する場合が多く、燃材も
多くの場合、丸太を燃やすんじゃなくて、枝とかを燃やす方が多いとも
想像されます。丸太など太い材は、ウイグルマッチングされ、実際に年
輪に沿った(かつ較正曲線にそった)炭素濃度が測定される例が多いです。
ちなみに、古い構築材を転用する例は、北米の乾燥地帯などで実際に確認
されています(例:考古学研究44-4・古城泰論考に紹介有り)が、湿潤な
日本では多くはないのではないだろうか。実際に縄文時代の火災住居での
測定例では、住居構築材の炭化材と、出土土器付着炭化物の測定値がほぼ
一致している例が報告されてます(セツルメント研究4号のSFC遺跡・大
橋遺跡の年代測定例)。

94 :日本@名無史さん:03/07/25 06:53
国立歴史民俗博物館の前館長 故佐原真氏曰く

 信じるものは幸いなり。信じてしまえばそれでそのことについての探求は、確かに止まってしまいます。
既成の考えを、定説であれ、偉大な先生の学説であれ、ともかく疑ってみる。それでこそ、学問は前進するのです。
だからわたしは、考古学の分野ではもちろんのこと、自然科学の分野に関しても、疑いの精神を忘れないようにしようと思います。

と言う事で歴博の発表も鵜呑みにして信じないで疑ってみましょう。

95 :日本@名無史さん:03/07/26 01:37
「測定例では、住居構築材の炭化材と、出土土器付着炭化物の測定値がほぼ
一致している例が報告されてます」
ということは、
「住居構造材の廃材で土器を焼いたり煮炊きをした」
証拠だろ?


96 :日本@名無史さん:03/07/26 01:59
>>95
火事?

97 : :03/07/26 02:18
>95
ハァ? 燃料材と土器付着物は別物だよ?

火災住居などの炭化材は構築材、または炉など出土の燃料材。
一方、土器付着の方はススではなくて、内面付着の煮焦げ、すなわち食料に
由来する炭素と考えられるもの。ススも含まれる場合があるだろうが、特に
縄文土器の土器付着のススでは量が多くないから、測定できない場合がおお
い。
原文なり、歴博のHPなりみれ。
または、土器付着物の殆どがススであり、かつ何百年も前の廃材を燃料にし
ている例を挙げてくれ。

98 :日本@名無史さん:03/07/26 08:33
>>95
新築まもなく食ったメシだってだけだわな。

99 :日本@名無史さん:03/07/26 08:39
当時の常食が海鮮オジヤだったらどうつる?

100 :日本@名無史さん:03/07/26 08:45
少なくとも>>1はアホ

101 :日本@名無史さん:03/07/26 10:55
「土井が浜の弥生人骨は、160センチメートルを遙かに超えた長身、華奢な四肢骨、
細面の顔に低い鼻、のっぺりとした、それでいて端正な顔立ちで、いわゆる北方系
「新モンゴロイド」の特徴がありました。
彼らのルーツを求めて朝鮮半島南部の慶尚南道金海と南部の勅島(ヌクド)の人骨、
中国は山東省の漢代の人骨を対象に調査されました。ところが、朝鮮半島2ヶ所の
人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず、中国山東省の人骨は、極め
てよく似た形質を持っていることが確認されました。弥生人のルーツはやはり中国
だったのです。」

http://sakezo.com/shumi/rekisi/keta1.html

ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず
ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず
ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず
ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず

102 :山埼渉:03/07/26 21:09
中国と日本でほぼ同時期に鉄器の使用が始まったということでいいんですか。

103 :日本@名無史さん:03/07/26 21:24
それはOK
ただし日本の一部だけ
(もちろん中国でも広い大陸の一部なわけだが…)

104 :日本@名無史さん:03/07/29 22:45
>>97
実際は歴博の測定では、内面の焦げや吹きこぼれではなく、単なる外面の煤を測っているものがあり、燃料材木の伐採年代を示している可能性は排除できない。
というより、非公開のシンポジウムで、今村氏自身が土器の年代ではなく、煤=燃料材の伐採年であることを認めている。
なお、AMSで内部の焦げを測っても、同時期の一括資料で200年ぐらい違う年代が出ることがある。
また、今回実は、土器型式の変遷とAMSの測定値が相対的に整合しているから、だから年代も正しいとされるが、補正年代の理論値(ある種の係数)が誤っていれば、軒並み年代がずれる可能性もアル。
まだ慎重に検討してゆくべきでしょう。
またC14自体、補正年代やC14濃度の問題、海洋蓄積の問題はまだ今後ぶれがあると思いますが。
あくまでも、現時点での仮説測定年代です。
ついでにいうと、中部地方あたりで名古屋大がやっている後期から晩期の土器のAMS年代と、今回の結果は少し齟齬があるような。
後期と晩期の境界は前1000年とされていましたが、今回、夜臼1式が前1000ねんの場合、晩期前半の黒川式などはどうなるのでしょう。
土器の併行関係はそれはそれで証拠はあるので、少なくともこのままでは納得がいきません。


105 :日本@名無史さん:03/07/29 22:48
この点で朝鮮半島トの関係も問題ですね。
朝鮮では前1000年に稲作があって、今回の結果で同時期になったからめでたしめでたしという人がいますが信じられません。
相対的な併行関係からすれば、仮に夜臼1式が前1000年とすれば、併行関係上これより前である半島の二重口縁などの初期無文土器(この時期の水田が発掘されている)はさらに以前となるからです。
ましてや、列島の突帯文と半島の一見同様な突帯文が、今回の測定値で同じだとする意見も出つつあるようですが、何を考えているのでしょう。
暦年代の根拠は考古学はこの時期あまり無いのが実情だったのですが、相対的な関係は、共伴関係の積み重ねで、そう大きく変わるとは思えません。
あと、曲り田の件は、報告書を見る限り(出土状況そのものの写真や図はないのですが)、床直上で出土したようであり、切り合いでも夜臼から板付1式でしか重複せず、混入を考えるのはどうかと思います。
念のためいうと、上層に後期の土器がわずかにあるものの、鉄器はさらに下層ですし、後期の鉄器とは異なるでしょう。
つまり、例が少ないけれどもこれを前800年とかそれ以前とするのはやはり問題と思うのですが?
あとは、青銅器の研究者がどう判断するかですが(半島の銅剣の年代、、、初期のものは中国の銅剣との関係から暦年代を絞り込める可能性がある)、そのあたりはどうなのでしょう?
少なくとも今までの理解よりは(銅剣の年代が)相当古くなってしまうことになるのですが、本当にそれでいいのかが問題です。


106 :山崎 渉:03/08/02 01:33
(^^)

107 :日本@名無史さん:03/08/02 09:59

朝鮮では前1000年に稲作があって、今回の結果で同時期になったからめでたしめでたし

108 : 97:03/08/02 22:46
>104
前半については概ね同意します。が、だからといってススが何百年か前の燃料材である
とはならないですよね。今村氏も、7月の講演会等で、お焦げやススを試料として
いるといっているが、燃料材も枝材や雑木類を用いているだろうから、土器の使用時に
近いと想定している。もちろん、その点についても検討すべきだが、少なくとも、私が
知っている縄文時代の炭化材においては、100年以上の年輪を数えたり、古材を使用し
ていると考えるべき例は知らないですね。

後半については、議論すべき点は多いが、まず、測定の年代値がずれている例については、
国立歴史民俗博物館のHP(縄文の方)や7月の講演会のレジメに、簡単に触れられている
が、測定例の1割程度であり、不適切な試料の使用、前処理の失敗を一定の率で避けられな
いし、そもそも2シグマでの確率分布であることを考えれば、それほど問題ではないともい
えます。

後期・晩期の年代については、名古屋大山本氏のは北陸のを用いており、かつ測定の多くが
名古屋大タンデトロン1号機の不安定な測定で、誤差も大きい。
歴博グループの測定では、BC1200ごろにしている。このあたりの詳しい測定データーは出て
ないですが、今年の文化財科学会大会要旨に東日本の関東後晩期の暦年代が出されています。

弥生の最初が1000年という結果は出ていません。あくまで、夜臼2式がBC800ごろというのが
出されただけですね。BC1000年は、マスコミ辞令に近いものがありますね。もっとも、歴博
のレジメにも()付きで書いてあるけど、それは確定された数値ではないでしょう。

109 : 97:03/08/02 23:08
>105
曲がり田や斎藤山の鉄器、板付の杭とかについては、是非、
出土状況などを含めて再検討してほしいです。最終的には、
鉄自体が測定されると最も良いとは思いますが。

青銅器については、東大や明大での検討会があったのですが、大陸関係の複数の研究者が、
(古くなった結果での年代観を)特に否定はできないと言う言い方がされていたのが印象
的でした。資料を全部、大学においてきたので参照できないんですが、確か、リョウネイ型
銅剣が、中国東北部ではBC9c頃でてるわけで、それがこれまでは500年おいてから、韓国
南部や日本に伝播される、または模倣されるとされていたわけですが、それも不自然といえ
ば不自然だったのではないか、ということも示唆されていたように思えます。

とりあえず、私が思うことは、もちろん年代論としては、考古学的にも再検討されていく
べきだし、年代測定もさらに辞令を蓄積し、精度も上げていくべきだし、なにより議論が
必要と思うが、今回の件では、考古学側、特に弥生研究者のあまりに年代測定に無知な反
応が多くて、健全な議論を損なう、と感じられることです。

110 :日本@名無史さん:03/08/03 00:09
どっちが正しくてもいいんだけど、
もし仮に従来の年代が正しくて、歴博の発表が間違いだというなら、
なぜ30点を越える資料が全部狂ってしまったのかという理由もあわせて考えて欲しい。
そうじゃないと進歩がないし、そのままじゃC14は全く使えない状態になる。

111 :日本@名無史さん:03/08/03 00:20
AMS14C年代測定により年代が500年繰り上がるという主張は15年も前からあった。
たしか故佐原真が主張していた。改めて出してきた事はどう言う意図があるのか判らない。

AMS14C年代測定がなぜ年輪年代で補正する必要があるかというと年代によって14Cの減少が直線的ではなく逆転している時代もあったからだ。
年輪年代が間違っていれば当然、AMS14C年代測定も間違ってくる。

それからススで正確に測定可能かというとススは空気に触れるとその時代の14Cを取り込んでしまったりする事もあるので空気に触れやすい薄いススの層から採取した炭素では難しいと思われる。
やはり木材くらいでないと正しい年代は無理。
この測定結果は年輪年代法、AMS14C年代測定法の両方に疑問を投げかける結果になったのではないか。



112 :日本@名無史さん:03/08/03 01:07
ススとは言うけれども、ススじゃない資料もあるし、出土した場所も違う。
そんなデータが30点以上系統的にずれるってことは、
コンタミのような偶然のともなうエラーじゃなくて、
もっと測定原理の根幹に関わるところに潜んでるヤツだと思う。
もし歴博が間違ってるなら。

漏れ的には多分歴博が正しくて曲り田の方が間違ってるという悪寒がする。
証拠はない。



113 : 97:03/08/03 17:38
>111
だからそういう戯れ言はやめて欲しい。
佐原真前館長のころから500年古くなると言うよなことが、弥生について井合われていた
事実は全くない。どころか、例の2400年問題があるから、弥生についてはうまく出来な
いといわれていたし、佐原さんの暦年否定では、従来の考えの代表であるところの弥生
の開始が紀元前4〜5世紀となっている(小学館版日本の歴史など)。
後半の木材ぐらいでないとうんぬんは、AMS法について言ってるのか?112も言ってるよ
うに、また前にも書いたように、スス以外の土器付着お焦げ、漆、住居共伴炭化材など
でのクロスチェックがされている(縄文の方)。
改めて指摘するが、縄文研究の方では、数年前から積極的な利用が進んでおり、国立歴
史民俗博物館グループの研究自体も、縄文については去年の考古学協会・文化財科学会
でも発表されている。名古屋大など歴博グループ以外の研究も多い。
それで、従来の編年研究と整合的なことが指摘され、多くの成果を挙げてきている。
弥生でコレまでの考古学の考えと違うとか言っているのは「弥生研究」だけであって、
日本の弥生時代だけ炭素年代法が違うということはあり得ないと言うこと。


114 :日本@名無史さん:03/08/03 20:09
いちばん喜んでるのはミツ谷さん

115 :日本@名無史さん:03/08/03 22:31
佐原眞の「大系日本の歴史1」(小学館)1987年

に乗ってるから読んで見。

116 :日本@名無史さん:03/08/03 22:35
佐原眞の「大系日本の歴史1」(小学館)1987年

「邪馬台国前後」の「弥生文化の周辺」の冒頭で
『考古学でいう弥生時代は、およそ前四世紀から後三世紀までの六、七百年間を占めている。しかし、炭素14年代が示す数値は、前八世紀から後九世紀までの一六○○年間つまりニ・五倍もの長さを示している。』


117 :日本@名無史さん:03/08/03 22:48

前の方だけでなく後ろも狂ってる。
全く当てにならないね。

118 : 97:03/08/04 00:33
>116
お教えいただき、どうもありがとうございます。
確かに、第四期研究の今村論文でも、従前の測定によっても古い年代が
測定されていることが示されていますね。
しかし、暦年較正曲線が整備され、ほぼ完成された現在の形になったのが
1998年なので、はっきりと実年代が古くなることがわかったのは、近年の
ことということになります。佐原さんの記述は、炭素年代そのままの数値
において、そういう測定値も出ているという意味で書いているのでしょうか。
確認してみます。

119 :日本@名無史さん:03/08/04 01:31
>>117
暦年代較正がまだできてない時代なんだからあたりまえだが何か?

120 :日本@名無史さん:03/08/04 01:43
後9世紀っつーのは、暦年校正で説明できるのか?


121 :日本@名無史さん:03/08/04 19:58
それは前処理のせいでしょ

122 :日本@名無史さん:03/08/04 21:30
そうだろ。だからなんでもかんでも暦年校正のせいにすりゃいいってもんじゃないよ。
『前八世紀から後九世紀』ってのは、そういう計測技術としても未成熟だった頃の結果だから、
そんなものを今ごろ持ち出したって何の意味もねぇことでござんすよ。

佐原大明神にしたって、この引用箇所を見るかぎり弥生時代が500年
繰り上がるなんてこたあ言ってねぇんじゃねぇの。

その前後がねぇとわかんねぇけどさ。

123 :日本@名無史さん:03/08/04 21:42
「暦年代較正『も』できてない時代なんだからあたりまえ」が正しいな。

124 :おれは117じゃないよ:03/08/04 22:07
だから結局、>>117は正しい。

125 :日本@名無史さん:03/08/06 00:41
>>111よ、
日本語を書けるようになれ。
物事を理解してから発言しろ。

126 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 19:36
        ,,,--─===─ヽ/へ
      /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
     iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶
    iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
   iiiiiiiiiiiiiiiiii/             \iiiiiiiゞ
   iiiiiiiiiiii/                \iiヽ
  iiiiiiiiiiiiiii《    ━━━'/  ヽ━━━ ヽミヽ
 ...iiiiiiiiii彡/      __,.::  :: __  ヽiiiii|
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 iiiiiiiiiiiiiiii|,                     |iii|
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127 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 19:38
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128 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 19:40
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129 :日本@名無史さん:03/08/11 16:09
年輪年代が間違っていれば当然、AMS14C年代測定も間違ってくる

(日本における)年輪年代の問題を理解するべき

130 : :03/08/11 22:56
>129
較正曲線で使ってる年輪年代は、ドイツと北米のだよ?
さらにいうと、サンゴや湖沼年縞もあるよ?
日本の年輪年代とはとりあえず別だよ。よって、129の1行目と2行目は整合しないし、
1行目自体もそうとは言えないよ(弥生や古墳開始期の暦年較正ということならまだわかるが)。
わざとなのかタダの夏房なのか、わからないが、中途半端な疑問や、間違った断定調はやめれって。
ちゃんと疑問提示しないとなんにもならんよ。

ついでにいえば、
日本の年輪も、大部分が炭素年代と整合的なことが部分的には確認されているが。
同時に、一部がわずかながらずれているらしいことも分かりつつあるみたいだが。

131 :山崎 渉:03/08/15 13:05
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

132 :日本@名無史さん:03/08/16 01:28


133 :日本@名無史さん:03/08/18 03:30
まぁ、考古学者なんていうのは、古い遺跡、遠いところと関連のある遺物を
発見すると偉いみたいなところがある、ある種の、山師みたいなものだら、
インチキもするし、論文や研究成果にも誇張が山盛り。
山師が、自分の見つけた鉱脈の埋蔵量や、鉱物の純度・品位を過大評価する
のと同じだ。
寧ろ、学者の方が山師よりタチがわるいかもしれない。
山師は結局のところ掘って出てきた鉱石で実力が見極められてしまうが、
考古学の場合は、徒弟制の上に、学者同士の相互承認。偉い先生の過大評価を
迂闊に訂正しようとすると、派閥から干されてしまう。だから、およそ科学的な
手法で調べたものではない論文がまかりとおってしまう。
それでも、たまに、ウソこきがバレているけれど、ね。(あの人はもともと
アマチュアだから、学者からすれば干しやすかったんだろうし。)


134 :日本@名無史さん:03/08/21 00:06


135 :山埼渉:03/08/21 18:41
弥生時代がずれるということは縄文時代もずれるのですか。

136 :日本@名無史さん:03/08/21 19:04
ずれません。終わりが早くなるだけです。

137 :日本@名無史さん:03/08/21 23:34
縄文中期も500年ずれるって言ってたやん。
暦年校正の結果らしいけど。

138 :日本@名無史さん:03/08/29 20:42


139 :日本@名無史さん:03/09/12 02:13
北部九州の渡来系弥生人と中国山東省で発掘された前漢時代の墳墓

140 :日本@名無史さん:03/09/12 06:51
別に海を渡って来たんならほぼ同時期だって気候的には日本が先だって
そんなおかしな話じゃないでしょ。

141 :日本@名無史さん:03/09/25 22:48


142 :日本@名無史さん:03/11/02 07:48
というよりも、半島の付け根のあたりでは、当時の稲作では無理でした。

143 :日本@名無史さん:03/11/20 19:58
そう、水稲は、いまでいう北朝鮮や朝鮮自治区のあたりでは無理だった。

つまり、大陸→半島→日本列島というのはありえない。

144 :日本@名無史さん:03/11/20 20:08
>>143に10000票。


145 :日本@名無史さん:03/11/20 20:30
朝鮮人は、北部の朝鮮人は満州族に、南部は日本人に似ている。
この事からも、むしろ朝鮮人の方が日本系だと思われる。

縄文土器の発見や、加羅任那の遺跡など、古代日本から縄文人や
古墳人などが朝鮮に渡っている事実はあまりにも有名。

満州族との混血で朝鮮人が生まれ、日本人とは人種的に分かれていった。

むしろ本当の朝鮮人は古代日本人だったのである。

146 :日本@名無史さん:03/11/20 20:31

朝鮮人は、人種的にはモンゴル系の黄色人種で、形質的には日本人に
もっともよく似ている。身長、頭形、顔形、血液型、指紋などでは、
日本人と満州族とにもっとも関係が密で、中国人とはそれほど類似して
いない。北部の朝鮮人は満州族に、南部は日本人に似ているが、
例外として、モンゴル帝国の占領下にあった済州島人の頭形は満州族に
近く、平安南道・南北黄海道人の頭形はもっとも華北型に近い。
ツングース族に属する満州族や東部シベリアの古アジア諸族などが、
前40世紀ごろから朝鮮半島に移住し、これより前に南方から移住してきた
人々と共存していたとも考えられている。(世界大百科事典/平凡社)

北部の朝鮮人は満州族に、南部は日本人に似ている
北部の朝鮮人は満州族に、南部は日本人に似ている
北部の朝鮮人は満州族に、南部は日本人に似ている
北部の朝鮮人は満州族に、南部は日本人に似ている

147 :日本@名無史さん:03/11/20 20:38
当たり前の事だが、日本人が朝鮮系というのは全くのデタラメ。
近畿地方を中心とする関西地方の人々は朝鮮人的要素を有するが、
おそらくこれは古墳時代に朝鮮半島から来た捕虜や難民の名残。
ただ単に、関西人の中には朝鮮人的要素も有する人も居るという
だけであって、これだけでは朝鮮系とは言えない。

特に弥生人ゆかりの地、北九州、山口が朝鮮人的要素を有している
という学術的な発表も聞いた事が無い。
日本全体で見れば、朝鮮人的要素を有する日本人はかなり少数。

むしろ古代日本絡みの遺跡がわんさか出てくる韓国朝鮮の方が日本系なのである。
満州族と混血して日本人とは人種的に分かれたが。

148 :日本@名無史さん:03/11/20 20:39

人種的には、朝鮮人はモンゴロイドのなかでも、長身、短頭、高頭である点で
かなり特異である。顔面は平面的で、頬骨が突出し、鼻はあまり高くないのが
ふつう。眼裂は狭く、つり上がっていることが多い。顔毛、体毛は概して非常に
少ない。皮膚は黄ばんだ淡かっ色で、毛髪や目の色は濃い。髪はかたく、直毛で
ある。朝鮮人は、中国人を代表する中モンゴロイドと、ツングースを代表とする
北モンゴロイドの中間的な様相を帯びる。朝鮮半島内ではかなり均一化されて
いるが、北部にいくにしたがって長身となる。日本列島を概観するとき、長身、
短頭、貧毛という点で、近畿地方を中心とする関西地方の人々が、朝鮮人的
要素を有することは注目に値する。(国民百科事典/平凡社)

近畿地方を中心とする関西地方の人々が、朝鮮人的要素を有する
近畿地方を中心とする関西地方の人々が、朝鮮人的要素を有する
近畿地方を中心とする関西地方の人々が、朝鮮人的要素を有する
近畿地方を中心とする関西地方の人々が、朝鮮人的要素を有する

149 :日本@名無史さん:03/11/20 21:18
天皇なんかもろ朝鮮だもんなぁ

150 :日本@名無史さん:03/12/20 04:13
天皇家の代々の顔見ると、日本人らしさばりばりなのに、
なんで、皇子だけが、ちがうんですか?

151 :日本@名無史さん:03/12/21 19:32
nande darou

152 :日本@名無史さん:03/12/21 19:51
朝鮮顔の皇室を有難がるのはもうよそう。
連中は俺たちにメリット無しだ。

153 :日本@名無史さん:03/12/21 19:59
なんで弥生時代の開始年代の話が朝鮮顔の話になるのだ?

154 :日本@名無史さん:03/12/21 20:12
妙に髭の濃い朝鮮顔だなw

155 :日本@名無史さん:03/12/21 21:36
これで教科書が具体的にどう変わるの?

156 :日本@名無史さん:03/12/21 23:18
>>155
変らないよ。
だって、今回の発表は学会の非主流派の動きだからね。

157 :日本@名無史さん:03/12/22 05:17
弥生時代、始まりは紀元前10世紀 歴史民俗博物館発表
http://www.asahi.com/culture/update/1220/008.html

 弥生時代が北部九州で幕を開けたのは紀元前10世紀、四国や近畿などでも従来考えられていたよりも早く弥生文化
が広がっていたことを裏付けるデータが得られたと国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)が20日、発表した。加速器
質量分析法(AMS)を用い、弥生の始まりが従来より500年さかのぼる可能性が強いと5月に発表した新説を検証
したものだ。

 発表によると、北部九州での始まりは、先行する縄文土器や、同じ時期と考えられる韓国の土器の測定から裏付けら
れた。四国では前810〜前600年ごろ。近畿ではデータにばらつきが大きく絞り込めなかったが、四国と同様、北
部九州に遅れて始まったと見られる。

 開始期は地域によって違いがあったのに対し、弥生中期への移行は、九州、中国、近畿とも前4世紀ごろでほぼ同じ
だった。同館の春成秀爾教授は「土器型式の順序や、韓国の土器の年代測定結果とも矛盾はなく、新しい説はより確実
になった」と話している。

158 :日本@名無史さん:03/12/22 05:26
これで、日本が大陸と同じ時期に鉄を製造していたことを示すデータも、
全く矛盾することなくなったね。当初は叩かれていたが、やはり正しかった。

159 :日本@名無史さん:03/12/23 23:18
すごいね。歴史民俗博物館も500年繰り上げりを認めたんだ。

160 :日本@名無史さん:03/12/24 16:28
tesuto

161 :日本@名無史さん:04/01/16 05:12
>>157
いよいよ、弥生時代500年繰り上げが定説になってきましたね。

162 :日本@名無史さん:04/01/18 13:59
age

163 :日本@名無史さん:04/01/31 22:08
考古学でいう弥生時代は、およそ前四世紀から後三世紀までの六、七百年間を占めている。
しかし、炭素14年代が示す数値は、前八世紀から後九世紀までの一六○○年間つまりニ・五倍もの長さを示している。

164 :日本@名無史さん:04/01/31 22:14
父さん・・・・・酸素欠乏症にかかって・・・

・・・・・・・そんな古い話を・・・・・・

165 :日本@名無史さん:04/02/09 00:53


166 :日本@名無史さん:04/02/28 06:08
前の方だけでなく後ろも狂ってる。

全く当てにならないね。

167 :日本@名無史さん:04/03/16 00:55
第四期研究の今村論文でも、従前の測定によっても古い年代が測定されていることが示されています

168 :日本@名無史さん:04/04/05 02:15
暦年代較正がまだできてない時代をなくそうぜ!

169 :日本@名無史さん:04/04/23 23:47
こんなんでは日本史の勉強が出来なくなるがな

170 :日本@名無史さん:04/05/02 20:51
これに伴って、日本における鉄の使用が大陸と方を並べたわけですが、
半島経由というのは否定されたと言うことかしら?

171 :日本@名無史さん:04/05/03 00:27
製鉄技術については華北・楽浪系の技術ではなく
江南系の技術だから、半島経由説は以前から否定されてたよ

鉄そのものは半島から輸入もしくは略奪もしくは貢納させてたけど

172 :日本@名無史さん:04/05/04 10:54
あのさぁ、これって弥生中期も弥生後期もくりあがったじゃん。
吉野ケ里人骨や土井ケ浜人骨も推定年代かなり繰り上がったんじゃネーノ?
そこんとこどうよ?

173 :日本@名無史さん:04/05/07 11:22
>>172
吉野ケ里人骨は前5世紀、土井ケ浜人骨は前3世紀になりますた

174 :日本@名無史さん:04/05/25 19:53
春秋時代にアホな戦乱を避けて賢く移住したわけだよね

175 :日本@名無史さん:04/05/25 20:03
>>173
そんな発表は一切ないが。

176 :日本@名無史さん:04/05/25 20:03

◎弥生時代の始まり、紀元前10世紀後半
 
国立歴史民俗博物館の春成秀爾教授らは23日、千葉大で開かれた日本考古学
協会の研究発表会で、北部九州出土の弥生時代早期初めの土器に付着した炭化
物を放射性炭素年代測定した結果から「水田稲作の開始(弥生時代早期)は
紀元前十世紀後半」と発表した。

 同教授らは昨年、弥生早期の始まりを前十世紀とする説を出したが、早期初め
のデータを得られないまま早期後半の測定値などから推定していた。

177 : :04/05/25 20:04
今回の発表によると、佐賀県の菜畑遺跡から出土した「山の寺式」土器
(早期初め)の炭化物は、前930―前800年。福岡市の板付遺跡の「夜臼1式」
(早期前半)は前900―前790年だった。その結果、早期初めは前945―前915年
と推定されるという。

 また水田稲作が各地に広がった弥生前期の始まりは、北部九州が前九世紀末
だが、高知県の居徳遺跡や高松市の東中筋遺跡などの土器の測定から、四国や
近畿は前8―7世紀ごろとみられるという。〔共同〕 (07:00)

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20040524AT3K2302C23052004.html

178 :日本@名無史さん:04/05/25 20:05
弥生期の渡来人と水田稲作による弥生時代の始まりとは全くの無関係。

水田稲作は前10紀後半に北九州から始まり、前8世紀には奈良まで伝わって
いた事が分かっている。

ただし、渡来人の渡来時間が早まるという発表は一切無い。

つまり渡来人は日本の稲作とは全然関係のない人々。

179 :日本@名無史さん:04/05/25 22:17
23日の千葉大の講演聞いた人いないですか?
レポ、きぼんぬ

180 :日本@名無史さん:04/05/25 22:59
渡来人の渡来時期が早まるからといって、
稲作の始まりの時期まで早まるわけではない。

早まるというだけで稲作の開始時期まで一足飛びに遡ると
早とちりしてる>>178みたいなアホは逝ってよし。

181 :日本@名無史さん:04/05/25 23:38
?

182 :日本史@名無しさん:04/05/27 08:30
文系学者が色々言い訳をして科学を貶めるスレはここでつか?

藤村は一人突然に出現したわけではない。日本の古代史・考古学会全体の悪しき閉鎖体質が
生んだものであり、第二大三の藤村は沢山いる。つうか「○○大学の重鎮」とか「○○考古学研
究所の大家」とかみんなそんなヤシばっかり。はっきり言って「土器編年で10年単位までわかる」
とか言ってるヤシって目が逝ってるしw

もし土器工房全部発掘してくれたら信じてやるよ。古伊万里とか唐津みたいに。

でも、ここまで必死になるのは科学者としての態度を放棄してるの丸出し。そりゃ妄想の体系が全
部崩れ去るのが怖いのはわからんでもない。でも、それを無理に続けて、北朝鮮のように歴史全
部を捏造することに恐怖を感じないのか?

183 :日本@名無史さん:04/05/29 13:38
面白半分でチャイルドとか、ギンバタスとかを読んでいて、そのうちにバルカン、西部地中海
等で古い遺跡が発見され「大御所」のパラダイムが崩れるのがあった。羽田空港に奪った車で
突入する人間がいなければ管制塔に20-30のジャンボが突っ込んでも本署の連絡がなければ
所轄は動かなかったであろう。学者とは先学の教えを守ることで俸給を取るのであり、神官、
僧侶に似ている。日本の先生方よ余りえらくなるなよ。藤村も、羽田の薬物中毒も警鐘かも
知れんぞ。

184 :日本@名無史さん:04/05/29 13:43
が、逆に今回の暦博の弥生1000年とか、警察のアルカイダ逮捕をみていると
本来の職責を果たしているという気がする。

185 :日本@名無史さん:04/06/03 22:49
実験考古学で、弥生土器の製法がどうしてもわからず困っていたのが
――それというのももっぱら朝鮮ばかり見ていたせいでもあるが――
少し前、たまたま現在のタイで作られている土器が弥生のに似ていることに気付き
同じ製法で作ってみたら、見事に弥生土器が出来たそうな。

素直に、稲作=南の文化という発想から詰めていってれば、馬鹿な苦労はしなかったろう。
その南の民が北九州まで上がってきたのが3000年前。
九州南部で、もっと古いのが見つかるかもね。

186 :鈴屋メカトロニクス:04/06/03 23:40
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ブラリと立ち寄ってお探しのものがあれば幸いです

187 :日本史@名無しさん:04/06/04 12:46
海上ルートは?普通に長江河口から東に向かうと北九州に着くそうだけど。
もっとも安全なルートなんだと。

それと、かなり後まで熊曽vs北九州って構図があったわけだが、この辺は技術の伝搬と
別なんだろうか。今でも薩摩は縄文人の血が色濃いそうだけど。

188 :日本@名無史さん:04/06/06 06:06
◎弥生時代の始まり、紀元前10世紀後半
 
国立歴史民俗博物館の春成秀爾教授らは23日、千葉大で開かれた日本考古学
協会の研究発表会で、北部九州出土の弥生時代早期初めの土器に付着した炭化
物を放射性炭素年代測定した結果から「水田稲作の開始(弥生時代早期)は
紀元前十世紀後半」と発表した。

 同教授らは昨年、弥生早期の始まりを前十世紀とする説を出したが、早期初め
のデータを得られないまま早期後半の測定値などから推定していた。
今回の発表によると、佐賀県の菜畑遺跡から出土した「山の寺式」土器
(早期初め)の炭化物は、前930―前800年。福岡市の板付遺跡の「夜臼1式」
(早期前半)は前900―前790年だった。その結果、早期初めは前945―前915年
と推定されるという。

 また水田稲作が各地に広がった弥生前期の始まりは、北部九州が前九世紀末
だが、高知県の居徳遺跡や高松市の東中筋遺跡などの土器の測定から、四国や
近畿は前8―7世紀ごろとみられるという。〔共同〕 (07:00)

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20040524AT3K2302C23052004.html

189 :日本@名無史さん:04/06/06 18:01
>>179
京大のおっちゃんの質問が?だった。 以上。

190 :日本@名無史さん:04/06/06 18:16
>素直に、稲作=南の文化という発想から詰めていってれば、馬鹿な苦労はしなかったろう。
>その南の民が北九州まで上がってきたのが3000年前。


さ、その妄想のソースを出してもらおうか?


191 :日本@名無史さん:04/06/06 19:33
日本人は江南人や華南人のような南方人の持つ遺伝子である赤の遺伝子afb1b3が
極めて少ない。

弥生人骨は明らかに新モンゴロイドの特徴であるのっぺりとした華北型を示し、
江南人や華南人のような南方モンゴロイド色の強い人種ではありえない。

自分が密航してきた南方中国人だからと言って南方妄想もほどほどに。

http://www3.mahoroba.ne.jp/~npa/narayaku/image/dna_map.jpg

192 :日本@名無史さん:04/06/08 13:43
やっぱし
揚子江方面から沖縄の島づたいに稲作が入ってきて、
日本から朝鮮に農耕が伝わったんじゃん。

おっかしいと思ってたんだよ、なんで、寒い朝鮮に先に
稲作が入ってるっかって。

193 :日本@名無史さん:04/06/08 14:05
http://www.ko-company.com/video/videos/KG293/1.jpg

194 :日本@名無史さん:04/06/08 14:46
縄文人が弥生人と混血した場合の顔の変化では、まず最初に、

目 を や ら れ る 。

縄文人は四角い眼窩に高い鼻骨、弥生人は丸い眼窩に低い鼻骨。
近年、東北地方で縄文人と弥生人が混血したばかりの頃のものと思われる
約2000年前の男児の骨が発見された。
その混血と見られる男児の頭蓋の鼻骨は縄文人と同様に高いのだが、
眼窩は無残にも弥生人のように完全に丸くなってしまっていたのである。

縄文人が弥生人と混血した場合の顔の変化では、まず最初に・・・・

目 を や ら れ る 。

195 :日本@名無史さん:04/06/08 15:36
>>191
それ、単なる渡来人なんじゃねえの?単なる渡来人なら、朝鮮からいろいろ渡ってきたのは
記紀にも何かと書いてある。

それと、データを出すのなら 東南アジアからインドまで 視野に入れなきゃ、
今の世の中だめになってる。そういうところまで、視野を広げなきゃならないんだ。

196 :日本@名無史さん:04/06/24 09:31
それよりも、当時の半島自体が、各地から来た人々の溜り場になっていて、
ツングース系や夫余系や鮮卑系など北方からの人々や、あるいは、
大陸から、といっても、戦国時代に呉人や越人などが移動してきたり、
あるいは、漢や三国時代に移住してきたり、さらには、
日本列島から倭人が来ていたり、と、1つの統一された人種ではなかったのです。

197 :日本@名無史さん:04/07/24 04:33
測定しなおしで、北九州で、卑弥呼時代にはもう繁栄してなかった、と?

198 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/07/26 12:20
ニュース速報+板に出てました。
貼っときますね…

【歴史】弥生の始まり紀元前5世紀 九大グループが定説裏付け
http://news13.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1090758272/l50

1 :金融支援要請中@潰れかかった本屋さんφ ★ :04/07/25 21:24 ID:???
九州大学大学院の田中良之教授(先史人類学)らのグループは、北部九州で
出土した人骨などを放射性炭素年代測定法で分析した結果、弥生時代の始まりは
定説通り紀元前5世紀ごろである可能性が高いとの研究報告をまとめ、25日
韓国・釜山で開かれた考古学会で発表した。
弥生時代の始まりについては、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)が昨年5月
北部九州の土器に付着したすすなどを同じ測定法で調べ、定説より約500年
古い紀元前10世紀とする新説を発表しており、田中教授らの研究結果は
研究者の間で注目されそうだ。

199 :日本@名無史さん:04/07/27 00:02
>>198
見てきたけど、発表してる人が偏っているような情報ばかり。
発表の場もアレだし、今回のはどう受け取ればいいの。

200 :日本@名無史さん:04/07/27 00:56
今回の発表はかなり政治的に臭い

弥生時代の始まりは紀元前10世紀頃であり、それによって、

 ・むしろ温暖な日本列島側から朝鮮半島への移動と伝播
 ・以前より計測されていた日本での鉄器使用早期開始もエラーでなく整合

など、様々な合理的な説明と、従来抱えていた矛盾を解消できてた。
しかし、こうなると困る人たちもおり、従来は紀元前5世紀としていた。

今回の発表も、なぜか国内でない。不思議だ。
地域と骨を選べば紀元前5世紀となるのものがあるのは自明で、騙されてはいけない。

201 :日本@名無史さん:04/08/01 23:31
要するに、弥生式土器なるものが最初に使われたのは九州北部で
今までの定説より500年も古かったんで、日本全域にあまりタイムラグ
なしに広まったというのが嘘だということが立証されたわけだ。
何故か土器編年をかたくなに使ってきたシーラカンス並みの(日本の)
考古学者の嘘も白日の下に曝される時期にきたというだけだね。

202 :日本@名無史さん:04/08/02 02:43
中国外交部、「任那日本府説」も紹介
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/07/22/20040722000059.html
 中国外交部が最近、インターネットホームページの韓国史概況から高句麗史を削除したの
に続き、日本史概況で日本が主張する「任那日本府説」を紹介していることが22日、
明らかになった。

 中国外交部のホームページ(www.fmprc.gov.cn)は日本史について説明し、「5世紀
はじめ、大和国が隆盛した時期にその勢力が朝鮮半島(韓半島)の南部にまで拡大した」と
歪曲した。また、独(トク)島問題と関連、竹島と韓国名の独島をめぐり領土紛争が起き
ていると紹介した。

 これと関連、外交通商部(外交部)の某当局者は「中国外交部のホームページに誤った
内容が掲載された経緯を把握したうえで、対応を議論する」とした。

203 :日本@名無史さん:04/08/02 02:46
http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_8&nid=868329&work=list&st=&sw=&cp=4

voji 閲覧数 : 606

日 : アメリカ ヒストリーチャンネルでも任那日本府を紹介。
作成時刻 : 2004.07.31 13:47:58


中央放送 関係者は "報道が 出た 後 米 本社に 正式で 抗議を した"と "アメリカ ヒストリー チャンネルで 製作した 韓国 関連 プログラムは
朝鮮戦争 及び 北朝鮮 関連 一部 プロ グラムしか なくて 全世界 ヒストリー チャンネルから 放送で よる 歴史 歪曲は ない"故 言う だ.

これ 関係者は また "ヒストリー チャンネル ウェブサイト(www.historychannel.com)に 載せられた 国別 テキスト 案内資料は
アメリカ ヒストリー チャンネルの 公式的な 歴史観が なくて アメリカ カール ロムビアデハックで 製作した 百科事典を 転載 契約して 抜純.載せた 資料"と 説明した.

これ 関係者は "アメリカ ヒストリー チャンネル 側は コラム非我大学に 百科事典の リアリティーに 台 たいてい 検証を するように 要求した"故 付け加えた.

バンクの 朴奇態 飾りは "去る 5月 コラム非我大学に 抗議 メールを 送ったし, 大学 側 銀 現在 韓国史 歪曲と 係わって 内容 修正 などを おいて 円卓会議 中だと 知らせて来た"故 言った.

ヒストリー チャンネル ウェブサイトは 中国の 東北公正と 日本の 任那日本府説を 支持する 内容を 紹介する など 韓国史 全般に わたって 誤った 情報を 載せて 衝撃を 与えた.


http://j2k.naver.com/j2k.php/japan/news.naver.com/news/read.php?

204 :203の続き:04/08/02 02:47
na7946 : 韓 - 過ちを認めて削除したと言います. どことは違いますよね ^^ (07/31 13:50)

redmarine8 : 韓 - これが日本の長所であるメスラヌンゴだ.
世界色々国に資料や学会等を買収して自国民たちまで勘違い
するようにする日本政府の緻密な意図.....やっぱり... (07/31 13:50)

historji : 韓 - 何回か, 何度も net, 電子メール, 電話抗議の
花瓶韓国人に降伏したのだが. *^^* (07/31 13:56)

historji : 韓 - そうだとして世界史家たちの常識が変わらないです *^^* (07/31 13:56)

fester72 : 韓 - 過去東アジア研究学者たちが日本で教育を受けて本国に
帰ったから考えなしに親日本籍な場合が多いですが,
論争と考えをするようにしてくれれば良いです.
ほとんど悩みなしに日本人たちの主張を収容したことだからですよ. (07/31 14:11)

fester72 : 韓 - 面白いことは, こんな問題は関連研究に
対して韓国で研究資金を出す事をたくさんすれば解決されるというのです. (07/31 14:13)

fester72 : 韓 - 例えば, 日本文明の成立話す人にエジプト文明,
ギリシア-ローマ文明レベルではなくイギリス文明,フランス文明,
オランダ文明,バイキング文明などで文明社を論議するのかと
悩みを要求すればどんな悩みや論争なしに
その単語を使って来たことを続くのがたじろがれます. (07/31 14:18)

japanandus : 日 - 日本の古代の半島南部支配の記述は、中国側の史料による物ですよ。
だから、世界の歴史学の認識は変化しないです。 (07/31 17:

205 :日本@名無史さん:04/08/05 18:29
今後の研究発展に期待しよう

平成16〜20年度 文部科学省・科学研究費補助金 学術創成研究費
弥生農耕の起源と東アジア−炭素年代測定による高精度編年体系の構築−
研究代表者 西本豊弘(人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館・教授)
ttp://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/katudoh/sousei/yayoinoukou/index.html

2003.7.25. 歴博特別講演会配布資料弥生時代の開始年代
- AMS年代測定法の現状と可能性 -
ttp://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/0725/index.html

国立歴史民俗博物館研究報告会
「弥生時代の実年代」
−2003年12月21日配布資料−
ttp://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/katudoh/kenkyuhokoku/031221/index.htm

206 :日本@名無史さん:04/08/05 19:32
年代測定も発展途上だしなぁ
あまり政治的に煽るのもどうかと思う

207 :日本@名無史さん:04/08/17 01:43
>>198
発表資料を入手した香具師による紹介があった

九大による炭素年代測定値について
http://hpcgi2.nifty.com/HAYAKASA/godhand.cgi?df=hune3.log&root=0199

歴博の反論

田中氏らの研究グループの測定結果についてのコメント
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/katudoh/sousei/yayoinoukou/comment.html

208 :日本@名無史さん:04/08/27 23:34
弥生の始まり、紀元前10世紀後半…土器測定で追認

国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究グループは27日までに、弥生時代最古の土器である九
州北部の山ノ寺式、夜臼(ゆうす)1式土器計2点の放射性炭素年代測定を完了した。
 その結果、弥生時代の始まりは紀元前10世紀後半ごろになるという、これまで同グループが主張してきた年
代が追認されたとしている。
 これまで、同グループは縄文時代最終末の土器と、弥生時代最古の次の段階の土器の年代から、弥生時代
の開始期を推定していたが、弥生最古の土器の年代でもそれが裏づけられた。
 弥生時代は従来、紀元前5―4世紀ごろに始まったとされてきたが、同グループが昨年5月に、AMS法と呼
ばれる新しい放射性炭素年代測定によって、それより約500年早まるとする測定結果を発表。学界で論争が
続いている。
http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20040827i505.htm




209 :日本@名無史さん:04/08/28 22:59
山内清男一派の妨害で、日本では年代測定の研究が大きく立ち遅れていたけど
ようやく進み始めたな。

縄文土器は世界で最も古いことがますます確実視されている。
弥生時代の始まりが早いことから、短期間でドラスティックに変わったと解釈する
必要がなくなり、慌しさがなくなった。
古墳時代は卑弥呼の頃には始まっていたから、邪馬台国の議論も一件落着した。

210 :日本@名無史さん:04/08/28 23:40
>>208
これで、九州北部の弥生最古のものに対しても追試されたわけで、
弥生の開始が紀元前10世紀後半で、確定ですね。

211 :日本@名無史さん:04/09/08 23:04
弥生時代の始まりは紀元前10世紀後半 土器測定で歴博
http://www.asahi.com/culture/update/0908/009.html
 
弥生時代の始まりは紀元前10世紀後半 土器測定で歴博


 弥生時代の実年代の割り出しを進めている国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)は8日、北部九州の弥生最古の土器
を加速器質量分析計(AMS)を利用した炭素14年代測定で調べた結果、同時代の始まりは紀元前10世紀後半であ
る可能性が強い、と発表した。

 同館は菜畑遺跡(佐賀県唐津市)から出土した山ノ寺式という弥生時代早期前半の土器の内側についた炭化物を測
定、前10世紀後半〜前9世紀末という値を得た。

 同館は昨年5月、AMS法によって山ノ寺式の前後にあたる縄文時代晩期末と弥生早期後半の土器の炭化物の測定か
ら、弥生初頭は定説を500年さかのぼる前10世紀ごろと推定していた。今回の測定値を総合して検討した結果、
「前10世紀後半に絞り込むことができた」としている。

(09/08 20:01)

212 :日本@名無史さん:04/09/08 23:32
稲作伝来と渡来人は全く関係が無いので、もう切り離して考えるべき。
水田稲作は、渡来人がやって来る700年ほど前に九州北部で既に始まっている。
渡来人たちは朝鮮南部、九州北部に入ってから、初めて稲作を覚えたのである。

213 :日本@名無史さん:04/09/09 13:13
>>212
釣りか? 昔は華南から日本に稲作が伝わったといわれていたのが
最近は寒冷な半島からと不自然な説が横行していただけだ。

214 :日本@名無史さん:04/09/09 13:41
「歴博講演会」は、教員が各自の研究成果をもとに行う催しです。毎月第2土曜日、午後1時半から3時半まで、歴博講堂において開催されます。来館者は誰でも聴講することができます。
参加無料で事前の申込みは不要です。

第249回(2004/9/11)「弥生開始期の諸問題」
藤尾慎一郎(考古研究系)
講演要旨―昨年5月におこなわれた歴博研究チームの発表によってにわかに注目を集めることになった弥生時代の始まり。
500年も早く弥生時代が始まっていたことになると何が変わるのか。いったい何が問題なのか。なぜ500年もさかのぼったのか。
最大の矛盾といわれる鉄器の出現と普及との関係は?など、今もっとも熱い議論がおこなわれている弥生開始期の諸問題について、研究チームの一人である演者がわかりやすく説明します。
http://www.rekihaku.ac.jp/koohoo/kooenkai/index.html

215 :日本@名無史さん:04/09/09 21:40
>>213
日本稲作は縄文海洋民が華中から持ち込んだ技術。
もちろん、朝鮮稲作は日本から伝わった。

朝鮮に流入した華北人たちは朝鮮南部で初めて稲作と遭遇。
そして九州北部に渡来。
既に日本稲作で栄えていた九州北部に朝鮮の稲作技術を持ち込んだ。

逆輸入だったのだよ。

216 :日本@名無史さん:04/09/11 06:05:34
>>211
年代測定法の測定結果の追加、他について
【 概 要 】
このたび国立歴史民俗博物館では、研究成果の速報などを目的として新しい展示室「れきはくプロムナード」をオープンします。
そこでは、今年5月に歴博の研究グループが日本考古学協会で発表した、
弥生時代最古の土器である北部九州の山ノ寺式や夜臼T式の年代測定結果も、最初の展示として公開されます。
 これらの紹介をあわせて、平成16年9月8日(水)午後1時30分より歴博において記者発表を行います。
http://www.rekihaku.ac.jp/press/sokutei.html

217 :日本@名無史さん:04/09/11 13:08:45
>>214
会場からです。まだ30分前ですが定員約300人の半分くらい埋まっています。

218 :日本@名無史さん:04/09/11 15:41:41
終わりました。最終的に8〜9割ほど埋まりました。
分かりやすい講演でした。A4資料3枚と要旨とカラーパンフが配布されました。
詳しくは帰ってから

219 :日本@名無史さん:04/09/11 18:19:22
会場で驚いたのは高齢者が圧倒的だったことです。
私の近くの講演会ではもっと世代がばらついていたのに。

講演は以下の項目に沿って、本には載らない内幕の話もあって面白かった。
研究の経緯
研究の流れ
研究成果の公開
研究の内容
山ノ寺・夜臼T式の測定
海洋リザーバー効果
今後の課題

220 :日本@名無史さん:04/09/12 00:20:13
おやおや、実況している人がいたのですね。
間違った説明や、都合の悪い部分を誤魔化したりもありましたが
講演としてよくまとまっていましたね。
最後の質問をしたのが私です。
今、録音を聞き直しているところ。

221 :日本@名無史さん:04/09/12 23:13:20
>>220
最後の質問と言うと板付U式のデータがずれていると指摘した人ですね。
どの部分をごまかしたと感じましたか?
私は海洋リザーバー効果の説明が不十分だと思いました。
食物によるδ13C、δNの違いを示す図を使って説明した方が良かったのでは。

222 :日本@名無史さん:04/09/27 19:49:29
(株)加速器分析研究所からDMが来ていました。
14Cの碩学・学習院木越研の流れをくむ会社です。
http://www.iaa-ams.co.jp/
AMS分析は通常(2ヶ月程度)が75,600円、特急(1.5ヶ月以内)が89,250円
骨・歯のコラーゲン抽出、木材のセルロース抽出が26,250円
古典的なβ線計数法は通常(3ヶ月程度)が47,250円とか

223 :日本@名無史さん:04/10/01 22:22:31


224 :日本@名無史さん:04/10/01 23:29:24
上野の国立博物館みてきたら、弥生時代のはじまりが
今から2,400年前になってたぞ。水田の始まりらしいんだが、
こういう説もあったのか???

225 :日本@名無史さん:04/10/12 17:55:17
1年前のシンポジウムでも九大学派と意見が対立していたんだな。

15.11.8-9 科学が解き明かす古代の歴史
http://www.kuba.co.jp/US18/2003-11-kodai.pdf

226 :日本@名無史さん:04/11/06 22:17:02


227 :日本@名無史さん:04/11/20 19:19:50
現在、教育テレビで14Cについてやっている。再放送あり

ZEROスペシャル 最先端技術で考古学の謎にせまる(11/20放送予定)
 2か月に1度、好評を得たテーマを再構成してお伝えする「ZEROスペシャル」。11月のテーマは「考古学」。
 かつて高さ40メートルを超える巨大神殿が建っていたといわれる出雲大社から、4年前、神殿の跡ではないかと考えられる柱が発見された。
巨大神殿は本当に存在したのか 炭素14による年代測定が行われ、柱に使われた木が伐採された年代の測定が行われた。
炭素14による年代測定とは、木材や炭に含まれる炭素を分析することで、建物が建てられた年代や土器が使われていた時代測定できる方法だ。
今この方法を使って、様々な考古学の真実が明らかになっている。
 また鮮やかな色の壁画で知られる高松塚古墳では、最先端の画像解析技術を使った壁画の研究が行われている。
植物の染料によく反応する「蛍光撮影」という方法によって、肉眼では分からない壁画の新たな姿が明らかになってきた。
さらに、アフガニスタン産の宝石が使われた可能性もあり、飛鳥時代に壮大な東西交流があった可能性も出てきた。
 番組では、最先端の科学技術によって次々に新たな解釈の可能性が広がっている考古学の最前線に迫る 。
http://www.nhk.or.jp/zero/

228 :日本@名無史さん:04/11/20 19:44:00
>>227
再放送は23(火)深夜

24:00 サイエンスZERO  考古学
http://www.tvguide.or.jp/tables/1123/GBS/tokyo/23.html

229 :日本@名無史さん:04/11/23 20:06:12
>>228
今夜だな

230 :日本@名無史さん:04/12/03 23:39:01


231 :日本@名無史さん:04/12/24 04:56:08
がーん、見落としたーー


232 :日本@名無史さん:04/12/24 07:54:43
だって学者や埋蔵課の連中とかも平然と炭素法ダメポって言ってのけるもんな、未だに。

外国の遺跡なんか全部それしかないのにね。数日前もバーミヤン石窟の時代6世紀頃
って言ってたけど、日本じゃその年代は誤差が多く使えないって言われてるところだもんね。

233 :日本@名無史さん:04/12/25 16:20:21
6世紀ごろなら使える。
530年ごろかどうかとなると使えない。

234 :日本@名無史さん:05/01/02 22:54:47
100年単位ならわかるということ?

235 :日本@名無史さん:05/01/13 16:46:42
>>234
いや、曲線を見ると分かるけど、
リニアでなくて、グラフ上、行きつ戻りつする時代があるわけよ。

236 :日本@名無史さん:05/01/31 01:36:06
6世紀はわりと単調じゃないっけ?

237 :日本@名無史さん:05/01/31 21:42:59
校正前の年代でプラマイ40年ぐらいの幅があるからどうにもならん

238 :日本@名無史さん:05/02/18 22:38:21
二酸化炭素の濃度がもっとはっきりしていれば!

239 :日本@名無史さん:05/03/03 19:27:16
いまはCo2増加で温暖化すすんでるから、今の時代のC14測定無理なのかしら???

240 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 12:55:33
現代は記録が多いから、必要ないかも

241 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 13:22:07
身元不明の遺体が何年前に死んだものかなど、警察の捜査で利用できる。
というか、されたという記事を読んだことがある。

大本営発表によれば、戦後の校正曲線はほぼできてるらしい。
大丈夫なのか?

242 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 01:14:35
「大丈夫なのか?」って、何かどう問題なんだ?

243 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 01:21:07
刑事事件の証拠にしてだいじょうぶなのか?ってこと。
誰かそれが正しいことを検証したんだろうか?

244 :日本@名無史さん:2005/04/06(水) 05:14:47
C14で?まじに?

245 :日本@名無史さん:2005/04/29(金) 04:32:25
C14の精度って、年単位よりは細かく無理だよな。

246 :日本@名無史さん:2005/04/29(金) 08:05:40
年単位ならそれで十分だろ?

247 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 20:37:03
で、繰り上げ問題の最新のまとめどっかにない?

248 :鴨禰宜:2005/05/21(土) 21:17:48
↑↓
暦博:弥生時代の開始年代について
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/news/index.htm

249 :鴨禰宜:2005/05/21(土) 21:40:47
邪馬台国/古墳時代は布留1式から始まる。それはC14によると:
36 第88 次SK-2106 布留T式 付着炭化物
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/katudoh/kenkyuhokoku/031221/shiryo5.pdf
Beta182498:1880 ± 40BP
MTC 03513:1820 ± 35BP
このBPと言う年代単位を実年代に換算するには:
暦博:弥生時代の開始年代について
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/news/index.htm
上記の図2をクリックする。そして右縦軸で先ほどのBPの位置を探す。それとギザギザとの
交点を求める。するとそれはAD250年よりは前のことだと言うことがわかる。漏れが畿内論者
である現在の理論的根拠がこれなんだ。

250 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 02:57:44
なるへそ

251 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 17:10:20
http://www.okunomasao.com/saikin/rekinenndai/rekinen.htm

252 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 17:11:42
反省のない歴博のAMS法年代値騒動

ワロタ

253 :がいやまん:2005/06/08(水) 18:20:17
奥野さんも土器編年はずいぶん乱暴だな。斜めに袈裟懸け区分せず。
寺沢さんなんかに配慮しているみたいだなー。これじゃ2chの方がレベル
が上だぜ。

254 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 00:09:09
弥生時代を繰り上げると他にも矛盾がでるからなあ。

中国遼寧省でさえ鉄の普及が三世紀なのに日本では8世紀に鉄が出たことになる。

箸墓は1〜2世紀に作られた事になってしまうんじゃないか?

255 :がいやまん:2005/06/09(木) 10:43:47
魏使、帯方郡張政、が箸墓を目にしたのなら径100歩の墓とか、槨なしとかは言わな
いはず。箸墓着工以前のような感じだね。外人だから聖域から遠ざけられ、葛城近辺の
倭国合同庁舎迎賓館どまりだったのかな。その辺じゃたいした古墳はないからなー。
珍客であり、また、狗奴国との戦争を応援するために木簡に字を書いて見せたりする
政治ショーを行うには盆地中心部の方が効果があったことであろう。

256 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 22:10:32
>>255

じゃあ、何時着工したの?


257 :がいやまん:2005/06/10(金) 06:07:27
着工は布留1期と違う?工事を請け負うためには広域集団の労働力が前提とされた。
布留式土器だけでは収まらない。廻間土器の集団も必要だった。布留式時が増えた
のは庄内土器圏のほかに山陰の方面からのヘルプが必要だったからだろう。暦博
の他に名大系の予測も考慮に入れて考えているんだけどね。歴史的には卑弥呼が
公孫に遣使するあたりが、竣工の1-2年前だろうか。もし鏡が手に入らない場合は国産
の踏み返し物(内行花文鏡については相当にいい鋳型も合ったのではないかと思うん
だがね。)とかの覚悟もできてはいたと思うが、古墳に埋めるのではなく列席、労働力
提供に応じた各国の首長への引き出物は必要であったと思う。魏帝の言う「汝の好物」
というのは「貴国の鏡作り専門家からの口頭による技術要求に合致して調達、製造した」
という意味だと思う。生部、十市凝というのはそうしたスペックを伝達する役人兼外交官
であったのだと推定している。

258 :がいやまん:2005/06/10(金) 06:10:41
>>249 に述べた実年代算出法は常に頭においておくことだね。

259 :がいやまん:2005/06/10(金) 06:22:38
1期とか言うのは家電のライフサイクルのようなもんだろう。10-20年程度見ておいたら
どうかな。近郷の唐古・鍵などでも木造は合ったのだから式年遷宮的単位があると
すれば20年、信州の回向柱的感覚だと10-11年てのはどうだい。

260 :がいやまん:2005/06/10(金) 06:57:01
神武が夜具山の胎土を盗み、ヒラカを焼いたことは王権誕生のデモンストレーション
、タケハにヤス夫婦が香具山の胎土を狙うというのはその胎土を自由にできるのは
国王のみであったこと、S字甕に雲出川の砂を混入しなくてはならないというのも同じ
思想であり、土器製作には精霊思想があるようだ。混沌がフォルムを持つことは生命
誕生と同じに重要なことと考えたのだろうか。

261 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 23:43:43
がいやまんってなに?

262 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 23:47:13
土器編年だと2〜30年見ているが、10年とすれば布留はやっぱり4世紀半ばにしかならないな。

263 :がいやまん:2005/06/23(木) 09:58:48
東海地方の古墳時代初頭、西暦 150 - 200 年ごろの型式とされてきた
「廻間(はさま)1 式土器(前半)」は西暦 80 年前後

「その結果、出土層と土器の変遷などから、全長数十メートル規模の墳丘墓が
生まれた東海地方の古墳時代初頭、西暦 150 - 200 年ごろの型式とされてきた
「廻間(はさま)1 式土器(前半)」の付着物 5 点の測定値が、100 年前後もさかの
ぼる西暦 80 年前後に集中。 この 5 点は古墳の直接の出土物ではないが、
年代特定の基礎である土器型式の時期区分が修正されるためA濃尾平野の
古墳時代の幕開けも約 100 年さかのぼることになる。」

「西暦 80 年ごろは弥生後期とされてきた、中国の史書「後漢書東夷伝」の「漢委
(かんのわの)奴(なの)国王(こくおう)」への金印授与(57 年)から間もない。 
共同体的な「クニ」が分立したと考えられてきた時代だが、今回調査に基づけば、
墳丘墓を建設するほど地域に強固な権力基盤を持つ首長層が、学界の想定より
かなり早く誕生したといえる。」

264 :がいやまん:2005/06/23(木) 10:04:30
がいやまんというのは、近視的史観によらず、できるだけ大規模(漏れは自分を無限回
のビッグバンの流れにおいて見つめようとしているが)なスケールにおいて見ようとする
もの。

265 :がいやまん:2005/06/23(木) 10:06:15
無限の宝くじに当たり、ちょうどそれだけの金を支払ったというようなのが人生と違うか。

266 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 17:10:16
>「廻間(はさま)1 式土器(前半)」の付着物 5 点の測定値が、100 年前後もさかの
ぼる西暦 80 年前後に集中。 この 5 点は古墳の直接の出土物ではないが、
年代特定の基礎である土器型式の時期区分が修正されるためA濃尾平野の
古墳時代の幕開けも約 100 年さかのぼることになる。」

だから炭素年代は信憑性に欠けるという話だろうが。
幾ら言ってもわからんヤシ。


267 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 00:15:21
べつに溯ればいいだけじゃん。問題ないよ。

268 :がいやまん:2005/06/24(金) 07:55:39
そりゃー、なんだって絶対ってことはないよ。絶対であったら面白くないよ。意見は
沢山あった方がいい。しかし、いつかは決着がつくとは思うけどね。

269 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 12:01:55
中国でさえ鉄が普及しだしたのがBC3世紀だっつうの。
どうして8世紀の日本に鉄があるの?

古墳時代開始が1世紀だったら変だろ。
三世紀に馬がいないとされた倭国に1〜2世紀には馬がいたことになる。

トンデモの世界だね。

270 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 01:46:05
>>269
鉄といっても鋳鉄か鍛鉄かという技術レベルのちがいもあれば、
技術そのものがあったかなかったかということと
広く普及していたかどうかは別の問題だ。

あなたが思うほど単純じゃないですよ。

271 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 03:14:01
>>266
諸外国がどこもC14年代でやってるのに
日本がやらなきゃ整合性がとれませんよ
しかもC14年代は自然科学的方法
学界の都合でどうにでもなる土器編年とは違う

272 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 21:59:45
よその国でもC14年代を炭とかススでやっているのか?

最近だろススのような微小な炭素で年代はかるようになったのは。

よその国では100年くらい狂っても気にならないが日本では50年狂ったら使い物にならない。


273 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 22:19:20
ttp://www.amy.hi-ho.ne.jp/mizuy/how/owariC14.htm

274 :がいやまん:2005/06/28(火) 05:01:09
せめて100年程度の刻みは入れておかないとなー。細かいところは相対的でいいが。
しかし、地域的にばらつきがあっても困るね。

275 :菊地武光:2005/06/28(火) 05:06:30
弥生時代なんかつまらんだじゃい

276 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 21:08:58
age

277 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 23:58:06

一応、弥生時代の500年繰り上げはトンデモですた、と言う事で決着ですな。
 


278 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 03:01:19
>>269
縄文時代から日本には馬はいるよ、東南アジア種だがな。
古墳の馬はあれは北方種のアラブ系の馬。
古墳文化は騎馬民族文化、弥生人とはかなり違う。

279 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 10:33:26
縄文時代の貝塚に古墳時代の馬の骨が混入したものだったり、馬の骨でなく、鹿の骨だったりしたことが確認されており、馬がいた事は確認できていない。


280 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 11:50:24
http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku209.htm

281 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 14:51:22
>>277
どこがだよw もまえが勝利宣言するのはまだかなーーーり早いだろ。

282 :がいやまん:2005/07/01(金) 18:44:18
日本の周辺諸国が日本と同じレベルの機器を具備するのはずーっと先の
ことだろう。前途遼遠だな。

283 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 21:17:00


284 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 13:44:57


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