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昭和外交スレ→幣原広田有田松岡白鳥東郷重光吉田

1 :日本@名無史さん:04/11/26 23:01:41
理知的に、語れ。

2 :日本@名無史さん:04/11/26 23:03:59
sage

3 :日本@名無史さん:04/11/26 23:04:55
3

4 :日本@名無史さん:04/11/26 23:05:24
4

5 :日本@名無史さん:04/11/26 23:06:00
タイトルに佐藤が入れられなかったのレス

6 :日本@名無史さん:04/11/26 23:11:09
豊田を入れない1は馬鹿

7 :日本@名無史さん:04/11/26 23:20:13
すぐ首になったし、内田だって入ってないんだからさ。

大使止まりの白鳥は新官僚として入れたかったんだけどね。

8 :日本@名無史さん:04/11/26 23:21:06
外務大臣
S 2. 4.20 田中義一(兼首相)
S 4. 7. 2 幣原喜重郎
S 6.12.13 犬養毅(兼首相)
S 7. 1.14 芳沢謙吉
S 7. 5.26 斎藤実(兼首相)
S 7. 7. 6 内田康哉
S 8. 9.14 広田弘毅
S11. 3. 9 広田弘毅(兼首相)
S11. 4. 2 有田八郎
S12. 2. 2 林銑十郎(兼首相)
S12. 3. 3 佐藤尚武
S12. 6. 4 広田弘毅
S13. 5.26 宇垣一成
S13. 9.30 近衛文麿(兼首相)
S13.10.29 有田八郎
S14. 8.30 阿部信行(兼首相)
S14. 9.25 野村吉三郎
S15. 1.16 有田八郎
S15. 7.22 松岡洋右
S16. 7.18 豊田貞次郎(兼拓相)
S16.10.18 東郷茂徳(S16.12. 2 免兼拓務大臣)
S17. 9. 1 東条英機(兼首相)
S17. 9.17 谷正之 (兼情報局総裁)
S18. 4.20 重光葵
S20. 4. 7 鈴木貫太郎(兼首相)
S20. 4. 9 東郷茂徳(兼大東亜相)

9 :日本@名無史さん:04/11/26 23:22:07
S20. 8.17 重光葵(S20. 8.26 大東亜省廃止にともない免兼大東亜大臣)
S20. 9.17 吉田茂
S21. 5.22 吉田茂(兼首相)
S22. 5.24 片山哲(兼首相)
S22. 6. 1 芦田均
S23. 3.10 芦田均(兼首相)
S23.10.15 吉田茂(兼首相)
S27. 4.30 岡崎勝男
S29.12.10 重光葵
S31.12.23 石橋湛山(兼首相)
S31.12.23 岸信介
S32. 2.25 岸信介(兼首相)
S32. 7.10 藤山愛一郎

10 :日本@名無史さん:04/11/27 07:09:14
局長と大使はキャリアの格としてはどっちが上?

11 :日本@名無史さん:04/11/27 08:29:46
このリスト(専任のみ)の中で岸や藤山は浮いてるな。

12 :日本@名無史さん:04/11/27 08:37:51
>>8-9
一番英語が堪能だったのは誰だろう?

13 :日本@名無史さん:04/11/27 09:35:57
政党内閣以降終戦まででは陸海軍につぐ総理候補のプール?

14 :日本@名無史さん:04/11/27 10:13:08
>>13
有田、佐藤、松岡、東郷なんか見ていると、
それ以前と同じように外交官が外相やっているよ。
広田も2,26があって、近衛が組閣拝辞してっていう非常時でなっただけだし。

総理候補のプールなのは、終戦後の話だろ。

15 :日本@名無史さん:04/11/27 11:41:39
芦田均ってのは、突然戦後に出てきた印象が・・・。
そのせいかスレタイにも入れられていない。

ちなみに漏れは外交官ではないが、終連次長の白洲次郎も「外交」に入れていいと思う。

16 :日本@名無史さん:04/11/27 20:02:20
派閥分けをするとどうなります?

17 :日本@名無史さん:04/11/27 20:22:36
軍人崩れ
野村、豊田、大島。

大島が大使になったのは例外なのかな?

18 :日本@名無史さん:04/11/27 20:29:15
来栖、寺崎とか石射とかも語れ

19 :日本@名無史さん:04/11/27 23:06:57
リスト漏れしている大物外交官は他にいる?

斉藤博とか。

20 :日本@名無史さん:04/11/27 23:48:37
大物外交官なら、須磨とか、若杉とか、杉村とか、来栖とか、日高とか、いくらでも。
それから、佐藤は外相在任期間は短いが、外交官としての存在感はきわだっている。

21 :日本@名無史さん:04/11/28 00:18:34
来栖は松岡並みにアメリカに嫌われてたな

22 :日本@名無史さん:04/11/28 10:08:40
>>21
それがし皇国生まれながら「クルス(CROSS)」と申しますのじゃ、ドッ(大藁
とつかみはOKにしておけば、向こうさんの印象も変わったろうに。
なにせキリスト教キチガイのお国じゃしね。

23 :日本@名無史さん:04/11/28 10:25:03
来栖三朗

24 :日本@名無史さん:04/11/28 10:44:35
駐独大使中に、ベルリンで三国同盟の締結調印をしたのが来栖だったからね
来栖自体は同盟に反対だったが、米国がそんなこと知る由もない


25 :日本@名無史さん:04/11/28 13:41:18
栗栖はアメリカに誤解されていた人物だよな。

この板的には斎藤についてはどういう評価?

26 :日本@名無史さん:04/11/28 14:21:30
もう少し経歴とか路線について紹介しましょう。

27 :日本@名無史さん:04/11/28 15:10:57
来栖三郎
1886(m19)年神奈川県生まれ。東京高等商業学校領事科卒、外交官試験合格
漢口、ホノルル、NY,シカゴ、サンチァゴ、ローマ、ハンブルグなどに在勤
36年駐白耳義大使、39年駐独逸大使となる。40年日独伊三国同盟に調印。41年
11月から特派全権大使として野村大使を補佐して日米交渉に当たる。54年死去

28 :日本@名無史さん:04/11/28 15:28:02
彼の書いたものを読むと、16/11/3夜、グッスリ寝込んでいた自分は、突然
麹町署の巡査の来訪により起こされた。聞くと、自宅の電話が故障で通じないから
外務大臣の急使としてきたという。急遽、大臣官舎に行くと、東郷大臣、西次官
山本アメリカ局長、加瀬アメリカ第一課長らの面々が、特使として渡米してほしい
翌日東条首相に会うと、首相は、米国は両洋作戦の準備がまだ不充分、世論が参戦を
望んでおらぬ、米国も軍需物資の手当が不充分の諸点を挙げ、米国もみだりに戦争を
望むまい、という見通しを述べたうえ、成功の可能性もあるからくれぐれも交渉成立に
努力してくれ、と言った。さらに付け加え、交渉の三難点中、撤兵の問題だけは断じて
譲歩することはできない、もし譲歩すれば、靖国神社の方に足を向けて寝れないと念押し

29 :日本@名無史さん:04/11/28 15:49:09
来栖が駐独大使に就任したのは、突然の独ソ不可侵条約締結で日独関係が俄然
冷却した時期だった。当初、野村大臣から独大使就任の交渉を2回に渉り受けたが
その都度辞退した。3回目の懇請に接し、自分が受けなければ、また軍人を大使に
せぬばならぬことが起きるかもしれないという事情を察し、ついに受諾したという



30 :日本@名無史さん:04/11/28 15:53:07
局長と大使の格はどっちが上?
やっぱ親任官のが上かな、でも中央政治には力が無さそうだ。

31 :日本@名無史さん:04/11/28 19:26:39
それより首相兼任の場合は次官が仕切るの?

32 :日本@名無史さん:04/11/29 00:26:24
松平

33 :日本@名無史さん:04/11/29 10:06:42
入省年次のわかる人を教えてください

34 :日本@名無史さん:04/11/29 11:51:47
吉田と広田が同期だっけ?

35 :日本@名無史さん:04/11/29 12:52:33
幣原 第4回 明治29年
芳沢 第8回 明治32年
松平 第11回 明治35年
松岡 第13回 明治37年
佐藤 第14回 明治38年
広田 第15回 明治39年
吉田 第15回 明治39年
有田 第18回 明治42年
来栖 第18回 明治42年
重光 第20回 明治43年
芦田 第20回 明治43年
東郷 第21回 明治44年
白鳥 第22回 大正2年

ソースは戦前期官僚制の制度・組織・人事

36 :日本@名無史さん:04/11/29 13:43:13
白鳥はあまり出世していないのだな

37 :日本@名無史さん:04/11/29 14:34:27
「小村寿太郎・加藤高明の時代が終わると、幣原喜重郎・山座円次郎の時代がくる。さらにその
次には佐分利貞夫・広田弘毅の時代がくるだろう」と大正初期には言われていたそうだ。

山座は駐支公使のとき49歳で急死。袁世凱による毒殺の噂が流れたほどの大物外交官。生きてい
れば外務次官−外務大臣も夢ではなかった。




38 :日本@名無史さん:04/11/29 15:49:57
広田は山座に若い頃(入省前)から見込まれていた
遠山の紹介で山座に出会ったのが最初、一高、東大在学中から広田の寮にウィスキー
などの手土産持って訪ねていた。大学2年の夏休みには山座の依頼でロシア軍の状況を
偵察するために満州旅行もしている。この時の報告書は外務省でも高い評価を受けた

39 :日本@名無史さん:04/11/29 17:07:39
佐分利公使の死は結局何?自殺、謀殺

40 :日本@名無史さん:04/11/29 17:51:04
暗殺だったとして誰の差し金?

41 :日本@名無史さん:04/11/29 18:51:16
幣原の外交方針(支那との協調、主権の尊重など)に反対する勢力だろ
佐分利は幣原の忠実な部下だった。事実、佐分利の努力で改善に向かいつつあった
日華関係は再び悪化、国府政府は、佐分利の後任の小幡公使は「対華21カ条要求に
参画した」との理由でアグレマンを拒否。

42 :日本@名無史さん:04/11/29 19:14:52
よく考えたらスゴイな。

幣原喜重郎(首相、衆議院議長)
松平恒雄(参議院議長)
佐藤尚武(参議院議長)
吉田茂(首相)
重光葵(副総理)
芦田均(首相)

43 :日本@名無史さん:04/11/29 19:17:25
重光葵(副首相 兼 外相)

44 :日本@名無史さん:04/11/29 19:37:23
山座が生きていたら日中関係はどう変わってたのかな?



45 :日本@名無史さん:04/11/29 21:34:54
内田ってどうよ?満州派?

46 :日本@名無史さん:04/11/30 09:01:05
内田と松岡はつながっているのかね?
どちらも主流ではなさそうだが

47 :日本@名無史さん:04/11/30 09:21:32
内田は西園寺(2)、原、高橋、加藤4内閣の外相、だから、パリ講和、ワシントン会議
などの時外相。枢密顧問官の時、不戦条約締結時の全権であったが、田中内閣が譲歩した
条文の「人民の名において」の責任を取り顧問官を辞任した。経歴では陽のあたる道だが

48 :日本@名無史さん:04/11/30 11:11:06
満鉄総裁でしょ?

49 :日本@名無史さん:04/11/30 11:39:07
内田康哉
明治20年 東京帝大法科卒 外務省入省
明治21年 ワシントン
明治23年 農商務大臣
明治25年 外務省書記官
明治26年 イギリス
明治28年 清国
明治30年 外務省大臣官房 通商局長
明治31年 外務省政務局長
明治34年 清国
明治40年 オーストリア
明治42年 アメリカ
明治44年 外務大臣
大正1年 職無し
大正5年 ロシア
大正7年 外務大臣
大正12年 職無し
大正14年 枢密顧問官
昭和4年 貴族院議員(〜11)
昭和6年 満鉄総裁
昭和7年 外務大臣(〜8)
昭和11年 死去

50 :日本@名無史さん:04/11/30 11:40:19
>>49
明治23年は農商務大臣秘書官の間違い。


51 :日本@名無史さん:04/11/30 12:06:42
松岡は早い時期(大正10年、上海総領事?)に退官し、満鉄理事。政友会内閣では副総裁
となったが、田中内閣が倒れ、これも辞任、昭和5年の総選挙で政友会から出馬、以後政治家
幣原内閣の外交政策を批判、国会での「満州は・・・わが国の生命線」という言葉は流行語に
昭和10年、満鉄に復帰して総裁に・・・


52 :51:04/11/30 12:21:48
幣原内閣の外交政策を批判
すみません  幣原外交を批判して

53 :日本@名無史さん:04/11/30 16:09:57
松岡は異色だな

54 :日本@名無史さん:04/11/30 20:04:23
吉田茂は同期の広田が首相に推されたとき選挙参謀だった。陸軍の大臣人事への
横やりで広田が組閣を投げ出そうとした時、なだめて何とか組閣にこぎ着けた
広田が考えていた吉田外相案はちろん陸軍の反対で流れる。この後、広田は
吉田を駐英大使にしたが帰国後、退官に追い込まれた。もし吉田が外相に
就任していたら支那事変をどう処理していたか?おそらく陸軍には抵抗できず
歴史は同じ結果になっていたのではないか。だと、戦後の姿も・・・・

55 :日本@名無史さん:04/11/30 21:17:18
組閣参謀でないのか?

56 :日本@名無史さん:04/11/30 21:18:34
吉田もA級戦犯になってたかもしれん。

57 :日本@名無史さん:04/11/30 23:11:27
ナントナク大物は対ソ関係者が多いような気がしない?

58 :日本@名無史さん:04/11/30 23:20:47
>>54
佐分利貞夫と同じ運命を辿っていたかもね>吉田

59 :日本@名無史さん:04/12/01 10:34:35
>>54
同時期にいた同名同姓の吉田茂と混同はしていないよな?

60 :日本@名無史さん:04/12/01 10:45:40
なんか滅茶苦茶だな。まあ、昭和期の外交史は歪曲が多いからしょうがないんだろうけど。
>>54
支那事変自体は蒋介石が始めたものだし、
和平を望む参謀本部を押し切ってトラウトマン工作を潰したのは広田や近衛
といった文民ですが?



61 :日本@名無史さん:04/12/01 11:09:59
吉田茂は終戦末期に憲兵に捕まってなければ、
当然戦後は公職追放だったろうにな。

62 :日本@名無史さん:04/12/01 12:27:12
>59
同時期にいた吉田茂て、どういう経歴?

63 :日本@名無史さん:04/12/01 20:50:22
栗栖はどういう身分でアメリカにいったの?

64 :日本@名無史さん:04/12/01 20:57:44
>>62
>同時期にいた吉田茂
内務官僚。厚生大臣や福岡県知事を歴任。


65 :日本@名無史さん:04/12/01 21:33:47
近衛はどっちの吉田とも知り合いだったから、時々秘書が勘違いして重要な手紙を違う吉田茂に届けてしまい受け取ったほうが困惑したらしい。

>>59
広田組閣の際はあんまり顔が広くないせいもあって吉田(外務)とか東郷などの親しい人たちが組閣のために奔走した。

66 :日本@名無史さん:04/12/02 10:31:48
広田は今一だね

67 :日本@名無史さん:04/12/02 10:53:07
広田は玄洋社に関わりがあったのが命取り、検事側(連合国)はこれを
過大に評価し過ぎた

68 :日本@名無史さん:04/12/02 14:20:06
広田は中学卒業前、陸士の受験願書を役場に出してたが、篤志家が現れ高校へ
行ける望みが出てきた、そんで願書取り下げたというが、この篤志家の名前が不明
これって遠山満でないのかな?

69 :日本@名無史さん:04/12/02 18:16:26
>>63
野村のお目付役。
何しにアメリカに行ったのかよく分からない愚物。

70 :日本@名無史さん:04/12/02 18:31:56
野村大使はアメリカ側の印象も良かったけど、
来栖は嫌われていた。

71 :日本@名無史さん:04/12/02 18:46:50
米は来栖を三国同盟の張本人と勘違いしてたから。松岡も本気で米と妥協を考えていたのなら
退官してた吉田茂でも登用して送ればよかったのに

72 :日本@名無史さん:04/12/02 20:18:23
広田って「東京裁判」(中公児島)、「落日燃ゆ」では、東京裁判での態度は見事なんだけど、
笹川良一だかが、残した手記などでは見事なくらい情けない。
笹川から「覚悟を決めましょう」って言われると、「シュエー、なんで僕が(泣)」てな感じ。
どっちが本当なんだろう。
広田の総理としてのへたれぶりを見ると、後者のほうがあってはいるけど。

73 :日本@名無史さん:04/12/02 21:14:07
死刑判決受けたA級戦犯連中、鈴木貞一の感想は「武藤ハ熊本ノ百姓ノ息、土肥原ハ岡山ノ百姓ノ息
木村ハ埼玉県の百姓ノ息、広田は鍛冶屋の即ナリ・・・何故ニカカル立志苦行ノ人ガ悪逆ノ罪ヲ心ガケンヤ」
鈴木が書いた如く、出世願望の旺盛な彼らに殺人、強盗犯など破廉恥罪で問われるような絞首刑などという
死は人生設計のなかになかった。予定外の死に様に取り乱したのは全員だろ。不様な死の実態を外部に
漏らさないのが武士の情

74 :日本@名無史さん:04/12/02 22:09:36
やっぱ試験ザリガニ這い上がり人間を国の要職に付けちゃいけないな。
西園寺のようなバリバリの貴族の方が国際情勢をよく理解してるじゃん。

75 :日本@名無史さん:04/12/02 22:32:16
西園寺は明治維新の激動の時代を体験してるからね。

76 :日本@名無史さん:04/12/02 22:34:59
貴族でも近衛はドキュソ。
まあ結局人によりけりってことか。

77 :日本@名無史さん:04/12/02 22:47:04
木戸もねー

78 :日本@名無史さん:04/12/02 23:12:37
>>73

まあ鈴木貞一如きが何を言うかという気はするが

79 :日本@名無史さん:04/12/02 23:33:08
鈴木貞一の出世欲も相当な物だと思うが

80 :日本@名無史さん:04/12/03 17:08:29
生き残れば勝ち組ですよ、先帝も鈴木も。

81 :日本@名無史さん:04/12/03 18:02:00
幣原は政党政治が終わって戦後に返り咲くまで何してたの?

82 :日本@名無史さん:04/12/03 18:05:03
幣原は政党政治が終わって戦後に返り咲くまで何してたの?

83 :日本@名無史さん:04/12/03 18:29:54
結構外務省に出入りしていたみたい
でも「外交五十年」では記述が少ないね

84 :日本@名無史さん:04/12/04 07:12:16
>>74
西園寺は伊藤などの志士上がりの連中にくらべ、へたれの印象が強いが、
実際は戊辰戦争のときえらい公家や年配の公家たちが薩長と幕府の戦争が
始まって「どうしよ、こうしよ」っておろおろしているとき、
16歳の下っ端若造の分際で「ここがチャンスですぞ!」と周囲を一喝して薩長側に
つくことを衆議一決させたほどの結構なタマ。
今当選1回の代議士で、自民でも民主でも幹部や先輩を一喝できるような奴はいないだろう。

西園寺から比べれば、平和のときの学歴秀才なんぞ、ガキみたいなもの。


85 :日本@名無史さん:04/12/04 10:01:19
>>82
貴族院議員じゃなかったの?
広田や東郷も大臣辞任後は貴族院議員だったし…。

86 :日本@名無史さん:04/12/04 10:21:16
松岡は衆議院だっけ?

87 :日本@名無史さん:04/12/04 12:20:01
松岡は1930(s5)年2月の総選挙で山口2区から出て当選

88 :日本@名無史さん:04/12/04 12:25:17
外相までいけば貴族院には入れるの?
幣原は他のつて?

89 :日本@名無史さん:04/12/04 12:36:54
調べたけど戦前の各国歴代大使が判らなかった。

誰か教えて貰えますか?

90 :日本@名無史さん:04/12/04 14:06:00
駐米大使

斉藤→野村(+来栖)

91 :日本@名無史さん:04/12/04 17:23:39
>>88
官僚出身の貴族院議員は大抵勅選だろうから、天皇の任命では?形式上は。

92 :日本@名無史さん:04/12/04 23:43:29
駐米大使(昭和初期)
 松平恒雄
 出渕勝次
 斉藤博
 堀内謙介
 野村吉三郎(+来栖三郎)

あってる?出渕と斎藤の間に誰か居るかも。


93 :日本@名無史さん:04/12/04 23:47:18
駐米大使(昭和初期)
 ****
 松平恒雄
 吉田茂
 重光葵
 ****

歯抜けばかりなので補完希望。
あと、あってる?

94 :日本@名無史さん:04/12/05 09:35:27
>>93
駐英大使の間違いでした

歴代駐ソ大使?
 佐藤尚武
 田中郁吉
 広田弘毅
 天羽英二(臨時?)
 大田為吉
 重光葵
 東郷茂徳
 建川美次
 佐藤尚武


これも訂正願います。

95 :日本@名無史さん:04/12/05 09:54:20
>>88

男爵だろ幣原は

96 :日本@名無史さん:04/12/05 09:57:47
幣原の場合は男爵の互選議員ではなく勅選議員

97 :日本@名無史さん:04/12/05 17:04:35
外相ぐらいやれば爵位が貰えるのかな?
内田も貰っているよね?

98 :日本@名無史さん:04/12/05 17:20:49
昭和初期(幣原あたり)までは爵位をもらっている。
それ以降は、官僚・軍人ともに新規の叙爵が減っているので、もらっていない。

99 :日本@名無史さん:04/12/05 17:24:48
国際会議が減ったからかな?

100 :日本@名無史さん:04/12/05 17:59:33
100get

101 :日本@名無史さん:04/12/05 19:31:23
昭和初期の外相の在任期間で長いのは広田と有田ぐらい?

102 :日本@名無史さん:04/12/05 19:52:02
バカ八と漏れも言う

103 :日本@名無史さん:04/12/05 20:17:17
宴のあと

104 :日本@名無史さん:04/12/05 21:35:47
外相着任日数 1926/12/26-1945/8/17

日数 外相
1376 幣原喜重郎
922 広田弘毅
803 田中義一
799 有田八郎
718 重光葵
448 東郷茂徳
435 内田康哉
361 松岡洋右
日数 外相

エクセルで計算したから多少誤差があるかも。
田中義一の総理兼外相の期間が意外に長いですね。

参考までに戦後で1956年ぐらいまででは

日数 外相
1907 吉田茂
954 岡崎勝男
775 重光葵
502 芦田均
日数 外相

105 :日本@名無史さん:04/12/06 08:56:12
森恪は外交官?

106 :日本@名無史さん:04/12/06 15:05:19
革新官僚

107 :日本@名無史さん:04/12/06 15:07:07
>>92
吉田伊三郎(臨)T13〜
松平恒雄(特)T14〜
沢田節蔵(臨)S3〜
出渕勝次(特)S3〜
加藤外松(臨)S7
斉藤 博(臨)S7〜
武富敏彦(臨)S8〜
斉藤 博(特)S9〜
藤井啓之助(臨)S9〜
堀内謙介(特)S13〜
森島守人(臨)S15〜
野村吉三郎(特)S16


108 :日本@名無史さん:04/12/06 15:08:21
>>106
???
三井の手先だろ

109 :日本@名無史さん:04/12/06 15:12:33
>>93
松井慶四郎(特)T14〜
佐分利貞男(臨)S3〜
松平恒雄(特)S4〜
藤井啓之助(臨)S10〜
吉田 茂(特)S11〜
岡本季正(臨)S13〜
重光 葵(特)S13〜
上村伸一(臨)S16

110 :日本@名無史さん:04/12/06 15:23:06
>>62
吉田茂(M18〜S29)
日銀行員吉田亀次郎の次男、府立四中→一高→東大法(独法)
M44.石川県試補
T3.石川県警視
T5.三重県理事官、視学官
T6.明治神宮造営局書記官、外苑課長
T8.明治神宮造営局書記官、内務書記官、神社局第二課長
T8.明治神宮造営局書記官、神社局第一課長
T11〜12.欧米視察
T12.東京市助役
T13.復興局書記官、長官官房文書課長、監理課長
T14.復興局整地部長
S3.内務省神社局長
S4.社会局長官
S6.財団法人協調会常務理事
S9.内閣書記官長
S10.内閣調査局長官
S12〜21.貴族院議員
S15.厚生大臣(1月〜7月)
S18.福岡県知事
S19.軍需大臣(12月〜20年4月)
S21〜28.公職追放
S28.神社本庁事務総長
S29死去

111 :日本@名無史さん:04/12/06 15:30:46
>>94
田中都吉(特)T14〜
酒匂秀一(臨)S3〜
田中都吉(特)S4〜
天羽英二(臨)S5〜
広田弘毅(特)S5〜
天羽英二(臨)S7〜
太田為吉(特)S7〜
酒匂秀一(臨)S9〜
太田為吉(特)S10〜
酒匂秀一(臨)S11〜
重光 葵(特)S11〜
西 春彦(臨)S13〜
東郷重徳(特)S13〜
塚本 毅(臨)S15〜
建川美次(特)S15〜
宮川船夫(臨)S17〜
佐藤尚武(特)S17〜

112 :日本@名無史さん:04/12/06 22:19:40
thx

113 :日本@名無史さん:04/12/06 22:23:22
判る範囲で


駐伊大使
 ****
 吉田茂
 ****
 松島??
 白鳥敏夫
 天羽英二
 ****
 堀切善衛兵
 日高信六郎


114 :日本@名無史さん:04/12/06 22:25:06
判る範囲で


駐仏大使
 石井菊次郎
 ****
 芳沢謙吉
 安達峰一郎
 芳沢謙吉
 ****
 長岡春一
 佐藤尚武
 杉村陽太郎
 澤田廉三
 ****
 加藤外松
 三谷隆信

115 :日本@名無史さん:04/12/06 22:26:51
判る範囲で


駐独大使
 ****
 ****
 武者小路公共
 東郷茂徳
 大島浩
 来栖三郎
 大島浩


116 :日本@名無史さん:04/12/07 06:54:41
みんなどうやって調べているの?

しかし外務省は陸海軍と違って年次序列がきつくないのかな?

117 :日本@名無史さん:04/12/07 07:39:44
>>104
東郷>松岡というのは意外だな。

吉田は総理兼務の時期が長かったし、占領下だからそっちのほうが好都合だった。

118 :日本@名無史さん:04/12/07 09:16:43
幣原や内田は昭和以前の任期が長いんだよな

119 :日本@名無史さん:04/12/07 09:28:10
歴代外務次官も教えてください
任命権者は外務大臣?

120 :日本@名無史さん:04/12/07 11:03:44
>>116
普通に近代史やっていれば調べるツール(事典とかね)くらい知っている。
なんでもネットに載っているわけじゃないからね。
あしからず(ホホエミ

121 :日本@名無史さん:04/12/07 12:24:03
>>119
出淵勝次 T13〜
吉田 茂 S3〜
永井松三 S5〜
有田八郎 S7〜
重光 葵 S8〜
堀内謙介 S11〜
沢田廉三 S13〜
谷 正之 S14〜
松宮 順 S15(心得)
大橋忠一 S15(心得)
大橋忠一 S15〜
山本熊一 S16(心得)
天羽英二 S16
西 春彦 S16〜
山本熊一 S17(心得)
山本熊一 S17
松本俊一 S17〜
沢田廉三 S19〜
松本俊一 S19
河相達夫 S20(兼任)
田尻愛義 S20(兼任)
松嶋鹿夫 S20〜
寺崎太郎 S21〜
岡崎勝男 S22〜

122 :日本@名無史さん:04/12/07 12:38:28
ちなみに、河相達夫は情報局総裁との兼任、
田尻愛義は外務省政務局長との兼任です。

あと、次官(局長級以上)は勅任官なので、
閣議決定を経て上奏されました。
官記は内閣の印が押され、内閣総理大臣が宣する形式だったようです。

ちなみに勅任官の中でも親任官である大臣級だと、
官記には天皇の親署がなされ、内閣総理大臣の副署がつけられました。

123 :日本@名無史さん:04/12/07 21:26:31
谷正之

影が薄い

124 :日本@名無史さん:04/12/07 22:38:55
秦郁彦の業績については辞典類だけは評価してあげたい。
たまに間違いあるけど…

125 :日本@名無史さん:04/12/07 22:45:10
>>122
ちなみに勅任官の中でも親任官である大臣級だと、
官記には天皇の親署がなされ、内閣総理大臣の副署がつけられました。

勅任官の中の親任官ってどういう意味ですか?

126 :日本@名無史さん:04/12/08 00:07:48
親任式をする官でしょ?

大将とか大臣とか。

127 :日本@名無史さん:04/12/08 00:09:30
>>120のいっている資料類って具体的って何?
具体的に紹介してくださいな。

128 :日本@名無史さん:04/12/08 02:26:58
>>127
だから、ソースは戦前期日本官僚制の制度・組織・人事だって。
スレくらい読みなよ…

129 :日本@名無史さん:04/12/08 07:35:55
不親切だよな

130 :日本@名無史さん:04/12/08 10:28:44
>>127
おまいは偉大な野島大先生のHPにいって、近代史研究のABCから学んでこい!

131 :日本@名無史さん:04/12/08 12:17:22
松岡と白鳥は同志なの?
関係がよくわからん。
森恪の介入が一時的だったのかどうかとか。

132 :日本@名無史さん:04/12/08 16:22:33
アドレス希望

133 :日本@名無史さん:04/12/08 16:54:10
>>132
天下の東大国史だ。逝ってこい。

134 :日本@名無史さん:04/12/08 17:20:18
不親切な奴が1人いるな

日本近代史料研究会編
秦郁彦著
『日本陸海軍の制度・組織・人事』
(東京大学出版会、1971年)

野島HP
http://www4.ocn.ne.jp/~aninoji/index.html

135 :日本@名無史さん:04/12/08 17:26:01
>>134

天下の野島大先生のHPに直リン貼るなや、ボケエ
しかも秦の本もそっちじゃないだろが、ボケボケエ

136 :日本@名無史さん:04/12/08 20:21:54
『官僚制…』も『陸海軍…』もいい本だよ。
ただ、細かい間違いがかなり多いからそこんとこ訂正して改訂版だしたらいいのになー
みんなで秦さんに間違い箇所をメールしてみるとか。

137 :日本@名無史さん:04/12/09 02:15:58
加藤先生は別に大が付くほどではないでしょ

138 :日本@名無史さん:04/12/09 08:43:12
ソースは出典を明らかに

139 :日本@名無史さん:04/12/09 09:18:57
>>127
官報くらい読め。

140 :日本@名無史さん:04/12/09 10:01:34
おしえてください。
日本政府の外交がそれなりのパフォーマンスを発揮していた時代、案件と
なぜ交渉力が全くなくなってしまったのか。




141 :日本@名無史さん:04/12/09 10:33:30
>>140
太平洋の覇権争いが左程激しくなかった時は、
イギリスもアメリカも日本をロシアの押さえにしようと友好関係が続いた。
日露戦争後、アメリカは太平洋の覇権を握ろうと、経済・軍事とも積極的な投資・政策を行うようになった。

日本の政治家・軍人の中で日本が太平洋の経済・軍事の覇権を担うべきだと考えた人たちは
ロシアとの同盟でアメリカに対応しようとした。
日本は太平洋の経済面で主導的な立場と面子を保てれば良いじゃんという人々は
アメリカとの友好関係を重視して軍事的な覇権(領土的拡大、特殊権益地域の拡大)は
差し障りない範囲でと考えた。

交渉力が疑問になってくるのは近衛内閣ぐらいからで、
それまでは人材面(人事含めた)でそれ程悪くないんじゃないかな。
特に日中停戦や日米戦争回避辺りの人選、パイプの混乱は酷い。

大東亜共栄圏は分かり安く言えば「太平洋の覇権はオラ達のもんだ」っていうことでしょ。
それは太平洋の覇権を握ろうとしていた大国アメリカと利害が完全に衝突することを意味していた。
それを分からないまま、「中国での権益はこれいじょう求めない」とか言って開戦回避交渉をしていたんだから
ルーズベルトやハルじゃなくても「はぁ?」ってなる。
アメリカが太平洋の覇権を握ることが正しいとかそういう問題じゃなくてね。
「正義」じゃなくて「利害」の対立だった。

アメリカ相手の外交に絞って書いたけど良かったのかな?

142 :日本@名無史さん:04/12/09 13:29:09
>大東亜共栄圏は分かり安く言えば「太平洋の覇権はオラ達のもんだ」っていうことでしょ。



143 :日本@名無史さん:04/12/09 17:24:04
西太平洋での日本の優越はすでに第一次大戦後に承認されてるでそ

144 :日本@名無史さん:04/12/09 19:40:12
日米交渉の歴史を回感して痛感せられることは統帥と国務の不一致という事である。
抑も統帥が国務と独立していることは歴代の内閣の悩む所であった。今度の日米交渉に当たっても
政府が一生懸命交渉をやっている一方、軍は交渉決裂の場合の準備をどしどしやっているのである。
その準備なるものがどうなって居るのか吾々に少しも判らぬのだから、外交と歩調を合わせる訳に行かぬ。
船を動かしたり動員したりどしどしやるので、それが米国にも判り、米国は我が外交の誠意を疑うことに
成るという次第で、外交と軍事の関係が巧く行かないのは困ったものであった。
                       
                                               近衛文麿「平和への努力」

145 :日本@名無史さん:04/12/09 21:00:44
やるな松岡

146 : :04/12/09 21:14:10
一応、アフターケアね。

戦前期官僚制研究会編、秦郁彦著
『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』
(東京大学出版会、1981年)

147 :日本@名無史さん:04/12/09 23:18:36
>>141
>特に日中停戦や日米戦争回避辺りの人選、パイプの混乱は酷い。
具体的にはどの辺を指すのだ?

148 :日本@名無史さん:04/12/10 01:49:30
>>141
当時アメリカは、対日フィリピン防衛に関しては
絶望的と考える意見のほうが多かった。
しかもアメリカは、フィリピンをのぞいて日本との間に
別に直接の利害関係を持っていなかった。

アジアへの介入に消極的なアメリカを、対日戦線へひきずりこんでいくのは
むしろイギリスの役割だろう。こちらの利害のほうがよほど深刻。

あと近衛以降は、内閣自体が長続きせんしな。
外務大臣も世界情勢もコロコロ変わる中で、外交が振り回されたという感じだ。

149 :日本@名無史さん:04/12/10 09:15:46
だったら大正の政党政治期は外交方針は一貫していたと言える?

150 :日本@名無史さん:04/12/10 13:02:19
近代日本外交史で有名な教授って誰がいますか?

151 :日本@名無史さん:04/12/10 13:42:02
野島大先生

152 :日本@名無史さん:04/12/10 18:22:01
入江昭

153 :日本@名無史さん:04/12/10 20:14:07
五百旗頭真

154 :日本@名無史さん:04/12/10 20:55:50
早稲田の堀真清を忘れるな、ゴラァ!!

155 :日本@名無史さん:04/12/11 00:33:50
故人だが高坂正尭

156 :日本@名無史さん:04/12/11 01:54:23
最近では服部龍二

157 :日本@名無史さん:04/12/11 08:58:52
外交史に話を戻そう

158 :日本@名無史さん:04/12/11 09:58:45
>>153

五百旗頭家ってのは、どうして神戸大を根城に外交史を家業にしているのか。
歴史をやるものとしては、むしろそちらこそが知りたい。

159 :日本@名無史さん:04/12/11 12:42:01
米英協調外交路線ってどーよ

一概に正解ともおもえん

160 :日本@名無史さん:04/12/11 15:56:28
戦前の英米協調はあくまで米英との衝突を避けながら大陸での国益の確保・拡大を狙った路線で米英支持ではないだろう。

161 : :04/12/11 19:50:23
方向があっていただけでただの妥協外交

162 :日本@名無史さん:04/12/11 21:14:08
妥協できなかったからコテンパンにやられた

163 : :04/12/11 21:58:30
幣原外交というと他には誰がこの路線?

164 :日本@名無史さん:04/12/11 23:07:45
内田外交とか?

165 :日本@名無史さん:04/12/11 23:10:59
>>164

焦土外交を有言実行の内田が?

166 :日本@名無史さん:04/12/11 23:53:05
軍縮条約は結ばなかった方がむしろうまく行っていたかも知れない。

最善手が必ずしも最善の歴史に繋がらない。

167 :日本@名無史さん:04/12/12 00:26:11
外交路線なんてあって無いようなものじゃない?
外交なんて、かなりの部分を国際環境が規定してしまうわけだし。


168 :日本@名無史さん:04/12/12 01:50:30
>>166
どううまくいってたんだよ?

169 :ブル:04/12/12 02:52:16
真珠湾攻撃がだまし討ちになったのは外務省の野村来栖が宣戦布告文を
一時間遅れて出したからだけどもその遅れに前夜の歓送迎会があったのを
みんな忘れていないか?普通国難であれば徹夜っしょ

170 :日本@名無史さん:04/12/12 08:29:20
 日本は真珠湾奇襲作戦をどうしても成功させるために、最後通牒による開戦の通告をしませんでした。
 『戦争法』(昭和一八年二月刊・ダイヤモンド社)の中で、前原光雄は「大東亜戦争は敵対行為で開始した」とはっきり書いています。
 それなのに、「帝国政府対米通牒(覚書)」は最後通牒としての条件を備えていないにも拘わらず、戦後のいつからか「覚書」は「最後通牒」に化けてしまったようです。

171 :日本@名無史さん:04/12/12 09:22:56
んだ。最後通牒の形式になってないんだから、覚書だしたって
だまし討ち扱いされるだろうね。そもそも、交渉中に艦隊を派遣している
訳だし。

172 :日本@名無史さん:04/12/12 13:24:51
最後通牒の形式を整えるための要件って何?
宣戦と同時に攻撃開始って普通じゃないの?

173 :日本@名無史さん:04/12/12 14:07:37
攻撃開始後の宣戦通告が普通の国、日本。

日清戦争以来いずれの対外戦争もそうだった。
日本の伝統的な作戦でしょう。

文句言われると、お互い険悪なのはわかっていたはずだから、
だまし討ちではない、と

174 :日本@名無史さん:04/12/12 15:04:00
>>169
外務省、昔も今も、害務省

175 :ブル:04/12/12 15:04:17
その宣戦布告文の提出を1時間遅らせた判断は野村来栖にあり、それによりだまし討ち
の既成事実がつみあがった。たとえ断片的にでも出来上がった原稿を時間通り持っていけば
少なくともだまし討ちのレッテルはなかった。外交官にあるまじき大失態。。。。
外交の選択肢として戦争という解決手段は古今東西普遍的にある。
艦隊を派遣していて洋上で御前会議の決定を待ってから宣戦布告後の奇襲を考えていた日本は
米世論を敵にしてしまった意味で外交官の処分を考えるべきだった。
逆に野村来栖両名は国務省の前で切腹でもすれば後世は変わっていた。
日清日露については後述する。


176 :日本@名無史さん:04/12/12 15:15:56
>>172
1907年の開戦に関する条約以前の日清、日露のこと言ってもしょうがない。
それに日露の場合はちゃんと駐露公使がロシア当局にパスポートの交付を
依頼している(当時の慣習で国交断絶という意味)。
最後通牒は通常自由行動を宣言するものなんだけど、日本の覚書は交渉断絶
と言ってるだけで、自由行動は宣言してないでしょ。最後通牒の形式は厳格に決まっていて、
事実上の宣戦布告だとか最後通牒なんてものは認められない。そんなこと言い出したら
きりがないからね。だからどっちみち覚書を手交していても騙まし討ち呼ばわりは避けられないよ。



177 :日本@名無史さん:04/12/12 16:42:36
だまし討ちに近いことをしようとしてたという自覚というか後ろめたさは日本側には
あったんじゃないか?

178 :日本@名無史さん:04/12/12 16:59:53
>>175
確か、東郷は処分を検討していたらしいけど、大使館員が抑留から解放されて帰国してから程なく「大東亜省」の件で辞任して、そのあとも谷がすぐにくびになったりとかでスルーになったようだ。

179 :日本@名無史さん:04/12/12 17:18:32
ハルに手交したのは交渉打ち切りの通告(対米最後通牒)であって、
宣戦布告書ではないじゃん。正式の布告は、12月8日午前に開かれた
枢密院審議委員会で東条首相の「宣戦布告して良いかどうか」という
諮詢に対し審議した結果、満場一致で可決、本会議でも可決された後
上奏、裁可がなさるなど、ごちゃごちゃあって昼前にやっと「米英に
対する宣戦を布告す」となったわけだが・・・


180 :日本@名無史さん:04/12/12 17:24:26
もともと奇襲を前提としなきゃなりたたん作戦だもん、通告するわけないと思うけど

181 :ブル:04/12/12 20:00:17
>178
大体会社が大変なときに歓送迎会なんぞやるのかな?
今も普通の感覚で否ぜよ
外交官の名誉剥奪して二度とリメンバーなどとたわけたことを言わせないように
しないと。でも墓は暴いたらシナやコリアと一緒になっちゃうからね。

182 :日本@名無史さん:04/12/13 09:03:44
外交官の資質で比較的優秀だったのは誰?

情報分析が正しかったのは佐藤尚武とかでしょうか?
広田は結構読み違えをやっていませんか。

183 :日本@名無史さん:04/12/13 09:21:01
佐藤尚武は敗戦前のソ連頼みの和平交渉を、相手を知らぬにもほどがある
そんなムダなことに力を注ぐより戦争終結を急げ、と再三本国に打電してたよね

184 :日本@名無史さん:04/12/13 09:41:27
>>180
そういうことだ

185 :日本@名無史さん:04/12/13 11:21:31
>>182
杉原千畝
天木直人


186 :日本@名無史さん:04/12/13 15:34:23
>>185
杉原の評価が高いのは分かるが、
天木なんて評価する奴電波だろw

187 :日本@名無史さん:04/12/13 20:07:50
>>181
もっとも一番の責任があると言われていた大使館員二名は戦後に両方とも次官になっていますよ。

188 :日本@名無史さん:04/12/13 20:13:37
仮に交渉がまとまったって、緒戦作戦を途中で止められるのかね。
既に作戦は発動している。

189 :日本@名無史さん:04/12/13 21:18:27
一応、山本五十六は交渉が纏まったら絶対に引き返せ、
もし領海侵犯で攻撃を受けても逃げろ的な命令をしたらしいが…。

190 :日本@名無史さん:04/12/13 23:42:54
重光もダメな感じ?
ランク的にはどうよ?

191 :日本@名無史さん:04/12/13 23:57:26
>>187
吉田茂がなぁ・・・

192 :日本@名無史さん:04/12/14 00:29:46
>>191
吉田茂に何があったの?

193 :日本@名無史さん:04/12/14 01:39:02
>>192
戦後に真珠湾の際のワシントン日本大使館の失態の責任隠しをしたのさ
東京裁判の際には証言を求める東郷の弁護人からの要請に、放置する意向を示し
その後、公職追放になっていた井口を次官にし、開戦前夜に知人宅へトランプをしに行き
打つべきタイプを放置し手交遅延の原因を作ったとされる奥村も次官に就任させた


194 :日本@名無史さん:04/12/14 07:33:43
>>193
吉田は東郷の裁判支援のために外務省の有志がカンパをした時に協力を求められたときに、「東郷君のうちには財産があるからそれを売ればいいだろう」みたいなことを言ったと大野勝巳の回想録にあるね。
勿論、占領軍を憚っての事で悪意があった訳でもないのだろうが、言い方がよくないな。

195 :日本@名無史さん:04/12/14 07:44:02
外務省は誰が有力者なのかよくわからない

196 :日本@名無史さん:04/12/14 07:55:52
西園寺公望と石井菊次郎が最強

197 :日本@名無史さん:04/12/14 08:29:45
石井は昭和期になってもフランス大使をやっていたんだっけ?
影響力はあったのかな?

198 :日本@名無史さん:04/12/14 10:53:23
>>190
重光は両足がちゃんと地に着いていない印象を受ける

199 :日本@名無史さん:04/12/14 11:40:25
>>197

時期による。戦争直前には影響力はあんまりない。
しかし、かれは旧外交の代表的外交官として、帝国主義を知りつくくしていた。
その意味で、戦争直前に外交問題で、石井のいったことはしばしば正鵠を射ていた。
たしか最後には、山の手大空襲で行方不明という、
悲劇的な結末をとげたのだったと記憶する(記憶なので、もしかするとまちがい)。

本当に外交官らしい外交官だったから、最強というのはよくわかる。

200 :日本@名無史さん:04/12/14 13:16:57
>>199
昭和20年の空襲の際に渋谷の自宅から避難中に行方不明になっています。

201 :日本@名無史さん:04/12/14 13:36:51
>>200

ああ、やはりそうでしたか。
ありがとうございます。

202 :日本@名無史さん:04/12/14 13:48:52
小村、新渡戸、金子あたりは優秀なの?と言いたくなる。
彼らも翻弄されていたが。

203 :日本@名無史さん:04/12/14 16:24:03
昭和初期だとだいたいスレタイの奴らがキーマンじゃね?

204 :日本@名無史さん:04/12/14 21:25:56
>>198
そりゃ朝鮮人に片足吹っ飛ばされたからしょうがないだろ

205 :日本@名無史さん:04/12/14 23:03:56
重光も災難だな
でも法則が働いて戦後に返り咲き?

206 :日本@名無史さん:04/12/15 00:15:07
>>198
ワロタ

>>200
まだきっと生きてるYO

207 :日本@名無史さん:04/12/15 00:55:37
加瀬俊一って今年亡くなったんだね(1903年生まれの101歳)。

208 :日本@名無史さん:04/12/15 02:37:51
>>196
西園寺は外交官なの?

>>206
新渡戸って稲造のこと?あれは外交官?
小村は欣一が最強の遺伝子です。



209 :208:04/12/15 02:41:41
↑の206は202の間違い。スマヌ

210 :日本@名無史さん:04/12/15 07:49:55
>>208
専門の外交官とは言えないだろうが、オーストリア公使と外務大臣の経験はある。

211 :日本@名無史さん:04/12/15 07:51:43
>>201
抜けていたので補足すると昭和20年5月の総理公邸なども被害を受けたとされる空襲です。

212 :日本@名無史さん:04/12/15 13:31:46
>>208
新渡戸稲造は国際聯盟事務次長ですよ。
亡くなったのも国際会議で出張中のカナダでのこと。

213 :日本@名無史さん:04/12/15 14:09:11
昔も国連大使ってあったの?

あと未書き込みの昭和初期の主要国歴代大使もご教授くださいませ。

214 :日本@名無史さん:04/12/15 14:20:30
日本の外務省からして重要国と思われていたのはどの国?
やっぱタイやトルコ大使は二流ポスト?

215 :日本@名無史さん:04/12/15 15:01:13
芦田均はバルカン半島にいっていたね

216 :日本@名無史さん:04/12/15 16:42:46
三シャ(シャム、ペルシャ、ギリシャ)は左遷ポストだった
ということは岡崎久彦は左遷されたのか・・・

217 :日本@名無史さん:04/12/15 21:45:14
石井菊次郎のアメリカ上院での演説

http://ww1.m78.com/topix-2/ishiisvisittousa.html

こりゃ凄いな。これだけの演説ができる人は今の日本にはいまい。。。

218 :日本@名無史さん:04/12/16 03:24:18
>>212
新渡戸稲造は国際聯盟事務次長ですよ。
亡くなったのも国際会議で出張中のカナダでのこと。

連盟の役員は外交官だったのですか?
まったく知りませんで失礼いたしました。


219 :日本@名無史さん:04/12/16 06:51:36
違うの?

220 :日本@名無史さん:04/12/16 10:36:19
>>218
まあ新渡戸は満州事変の正当性を訴える行脚で客死したんだけどね

221 :日本@名無史さん:04/12/16 23:29:11
第二次近衛内閣時の外交官には開戦前は「ハイル・ヒットラー」だの「鬼畜米英」だの高唱していた枢軸派が
大勢を占め外務省は彼ら枢軸派の天下だったtいう
軍人と手を組み資金も豊富で派手に活動し、海外から帰ってくる若手省員を取り込んだ
局長の大部分は枢軸派または旗幟不鮮明の輩で占められており
彼らの中では戦後、アメリカに擦り寄り表舞台で華々しく振舞っていた者も多い
白鳥敏夫、松本俊一、栗原正、加瀬俊一、などなど松岡洋右の息のかかった者が多かった
政治家と違って責任とらされて辞めたりしないからタチが悪い

222 :日本@名無史さん:04/12/17 12:46:46
外務省の枢軸派と松岡は直接は無関係、松岡に重用されたのは事実だが。

223 :日本@名無史さん:04/12/17 20:54:10
確かに松岡が直接どうこう関わってはないが
松岡という「虎」の威を借りて勢力を拡大した
外相が豊田に変わったところで彼らの天下は変わらず

224 :日本@名無史さん:04/12/17 23:27:58
北朝鮮強行路線を唱えて国民的人気を得ている安部晋三を見ていると
国連脱退で英雄になった松岡洋介を思わせる。
実際は言っていることや、頭の中身も空っぽのところも。

225 :日本@名無史さん:04/12/17 23:52:28
>>224
>国連脱退で英雄になった松岡洋介を思わせる。

ちょっと違う
松岡は連盟での発言で英雄にされていた
が、松岡は政府指示の連盟脱退に反対していた

連盟脱退は、結果的にアメリカ不参加で連盟自体の
意味が希薄になりその後脱退したというだけ

226 :日本@名無史さん:04/12/18 00:05:57
>>225
たしかに松岡は連盟脱退のときにガクブルだったらしいね。
でも日本に帰ってきたら拍手喝采だったので驚いたとか。

>>224
安部の北朝鮮への強硬路線は連盟脱退の松岡と一緒になるのかな?


227 :日本@名無史さん:04/12/18 00:13:57
>>224
松岡の一存で脱退など出来るわけない。
三ヶ月は猶予期間があり、松岡が脱退すると宣言しても、
いくらでも取り消しはきくことになっている。

んでどちらも正しい事を言っていると思うのだが?
小国にも平等に一票があり、大国が都合の良い様に動けない当時の国連よりは、
英仏など中国に権益を持っているものと仲良くするほうがいいしね
(英仏は終始日本の弁護に回っていて、最後に形だけ否決しただけだしね)
北朝鮮もあんくらいしないと意味ないだろ。このままずるずると同じ事を繰り返されるのはたまらん、
拉致被害者などどうでもいいが、時間稼ぎが見え見えだしな。

228 :日本@名無史さん:04/12/18 01:40:42
外交を考えるうえで輿論は重要だろう。
もし、輿論など一切関係なく外交政策が成立するのなら幣原外交は成功してるね。
拉致問題にせよ、輿論がそれに関心がある以上、政策決定の重要なファクターになるね。


229 :日本@名無史さん:04/12/18 02:08:46
連盟脱退するかしないかの深いところは松岡全権と内田外相で
打ち合わせはできていた

230 :日本@名無史さん:04/12/18 02:17:30
連盟脱退は松岡一人で決めた事ではないということは周知の事実なのに
なぜか>>224のようなのが定期的に出てくるね

231 :日本@名無史さん:04/12/18 02:22:02
松岡は悪人、ということか。
ちなみに満蒙は生命線だと言っていた松岡が官補時代に満州権益を否定するような意見を吐いていることは興味深い。


232 :日本@名無史さん:04/12/18 08:19:29
そういえば、安倍晋三と松岡洋右は親戚だったろう?

233 :日本@名無史さん:04/12/18 08:28:33
>>232
不吉だ・・

234 :日本@名無史さん:04/12/18 09:47:31
偽物の遺骨を出されて、経済制裁したって、
国際世論は日本につくよ。
そういう意味で、松岡と安倍は全く比較にならないのでは?

松岡と並べられるのは、北朝鮮側の偽遺骨を出した奴ら。

松岡と安倍を並べちゃうあたりに、戦後教育の失敗を感じるね。

235 :日本@名無史さん:04/12/18 11:53:44
>>234
国際世論は経済制裁に反対なわけだが?
中国、韓国はもちろん、ロシアもアメリカも。

国際情勢が全くわからないで安部と松岡は違うなど妄想を言うあたりに、
戦後教育の失敗を感じるねw

236 :日本@名無史さん:04/12/18 13:22:28
>>235
アメリカは段階的な経済制裁を支持しているよ。
いきなりの船舶入港禁止や、送金停止は反対のようだが。
中国や韓国は、国際世論とは言わない。
あれは何でも日本には反対の国家だ。

それに、国連にかければ、非難決議までいくかはともかく、
議長声明か何かは出される程度の非道。
経済制裁への一里塚であるのは間違いない。
偽骨提出って言うのは、そのくらい国際世論の空気が読めない暴挙。

237 :日本@名無史さん:04/12/18 14:25:29
>>235
>国際世論は経済制裁に反対なわけだが?

世論じゃなくて各国首脳部の意見ね
反対してるのは韓国だけじゃない?
反対でなく段階をおいてやれと言ってるだけだよ

それはそれとして
輸出入の全面禁止は基本的に敵国に対する処置だからね
経済制裁やれって言ってる奴はそこらへん認識してんのかね
有事でのアメリカ参戦の確認とか、軍備をそろえるとか
きっちり応戦の用意をしてからやってほしいもんだ

238 :日本@名無史さん:04/12/18 20:18:56
>>236>>237
安部などがあおっている経済制裁ってのは、段階的な経済制裁じゃないだろ。
段階的な経済制裁なら、小泉の言う残りの半分のコメ輸出禁止だって経済制裁だし。

アメリカはイラクで手一杯だから、北のことで今はごたごたは困る。
中韓ロも余計な波風は困るってことで反対。

>輸出入の全面禁止は基本的に敵国に対する処置だからね
多分わかってないね。
安部の言う最高レベルの経済制裁はもはや宣戦布告に等しい。
イラクへの人道支援レベルで70%反対している国民が、経済制裁の意味がわかっていれば
60%だの、70%だの賛成するわけがない。
所詮安部の言うのも単なる無責任なあおりと一緒。

国民が安部を支持しているのも、単純に「北はけしからん、こらしめてやれ」レベルだろう。
日本が国連を脱退して「松岡偉い!」って単にはしゃいでいたのと一緒。



239 :日本@名無史さん:04/12/18 21:11:02
昭和外交のスレですよね?

240 :日本@名無史さん:04/12/19 00:40:36
>中国や韓国は、国際世論とは言わない。
脳内孤立してるヤシがいるな。

241 :日本@名無史さん:04/12/19 02:13:42
>>238
そんくらいしないと、俺は阿部を支持しないが。
国民も分かっているから、支持しているのだと思われ。

というかそれくらいしないとダメだろ、
相手を折れさせないと。
立場的にはこっちが強いんだから、ここで引いてどうする。解決が全て先延ばしになり、
金王朝が延命するだけだ。

242 :日本@名無史さん:04/12/19 18:47:53
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041219-00000039-kyodo-pol
いきなりの経済制裁はなかなか支持を得られないが、
北朝鮮からの明確な回答が無ければ、
順次経済制裁を強化していくのは国際的な理解が得られると、
外務大臣らも判断しているようですね。

安倍と松岡を並べるなんて、戦後教育の失敗ですな。

243 :日本@名無史さん:04/12/19 19:01:14
北朝鮮制裁問題は板違いだろ

244 :日本@名無史さん:04/12/19 19:21:26
>>243
>>224からだな、スレ内容がズレたのは。

―−―−―−―−以下北朝鮮ネタ禁止−―−―−―−―

245 :日本@名無史さん:04/12/20 01:02:36
谷外相ってどういう思想の持ち主?
全然知らなかった。

246 :日本@名無史さん:04/12/20 13:50:34
そんな外務大臣いたっけ?

247 :日本@名無史さん:04/12/20 14:48:46
谷正之
M22 熊本生まれ
熊本中→五高→東大法科政治学科
T2  文官高等試験&外交官及び領事官試験合格(同期は白鳥敏夫)
T3  領事官補 広東在勤 →ハンブルク在勤
T3  外交官補 オランダ在勤
T7  大使館三等書記官 フランス在勤
T12 大使館二等書記官 フランス在勤
T12 外務省参事官 アジア局兼勤
T13 外務書記官 アジア局第一課長
S2  大使館一等書記官 アメリカ在勤
S4  外務書記官 アジア局第一課長
S5  外務省アジア局長
S8  大使館参事官 満州国在勤
S11 特命全権公使 オーストリア駐剳
S12 帰朝
S13 臨時外務省の事務に従事
S13 上海出張駐在
S14 外務次官
S15 依願免本官
S16 情報局総裁
S17 外務大臣兼情報局総裁
S18 依願免本官並兼官
S18 特命全権大使 中華民国駐剳
S21 戦犯として拘留 依願免本官
S23 釈放 →公職追放
S29 外務省顧問・大使の称号
S31 特命全権大使 アメリカ駐剳
S32 辞職
S37 死去

248 :日本@名無史さん:04/12/20 15:59:33
どうもありがとさん

白鳥敏夫は若手かと思っていたけど時期的に大臣になっていたかもしれないんですね?

249 :日本@名無史さん:04/12/20 21:57:32
>>246
短命だったけどな

250 :日本@名無史さん:04/12/21 09:00:47
東条による抜擢?

251 :日本@名無史さん:04/12/22 00:49:44
>>242
松岡洋右「アメリカは四國同盟による壓力によつてしか屈しない!

安倍晋三「北朝鮮は経済制裁による圧力によってしか屈しない!」

いやー並べてみる価値ありますよ。バカウヨの血は争えないですね。

252 :日本@名無史さん:04/12/22 01:04:25
>>251
しつこい
議員板逝けアホ

253 :日本@名無史さん:04/12/22 01:23:05
再び

―−―−―−―−以下北朝鮮ネタ禁止−―−―−―−―

254 :日本@名無史さん:04/12/22 06:15:17
浜口雄幸随感録復刊キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

255 :日本@名無史さん:04/12/22 08:26:42
>>251
しかしこういうキチガイってのは、日本がやられた経済制裁については
それを戦争開始の理由として正当化するんだよな。

同じ理屈でいったら、北朝鮮が攻めてきても文句は言えないんだけどな。

256 :日本@名無史さん:04/12/22 10:09:35
マジでウザイ。違う板へ行け

―−―−―−―−以下北朝鮮ネタ禁止−―−―−―−―

257 :日本@名無史さん:04/12/22 11:18:12
日本がいつアメリカ人を拉致ったんだろう。
まあ違いのわからん馬鹿なんだろうな。

258 :日本@名無史さん:04/12/22 11:26:38
戦後の外務官僚で一番有名なのは法眼晋作かな? 息子も官僚だったが自殺
したとか読んだことがある。

259 :日本@名無史さん:04/12/22 12:38:49
スレ内ルールとして、日ソ国交回復と外交官出身の最後の外相重光辞任(1956年)までにしない?
でないと、いくら禁止しても北が出てきてしまってしょうがない。
(昭和64年までには拉致は始まっていたのだから、現状では関連だと言い張られたら反論できない)

260 :日本@名無史さん:04/12/22 13:50:07
>>259
禿しく同意。それで良いと思う。
1956年までの昭和外交ということで。

261 :日本@名無史さん:04/12/22 14:41:11
石井菊次郎が一番だろ。
幣原は日英同盟を勝手に切った上に、在中居留民の保護を放棄した無責任男だし、
広田は近衛とつるんでアジアからの欧米諸国追放と日中同盟を企んだアジア主義者。


262 :日本@名無史さん:04/12/23 00:25:18
藤山とか岡崎とかは?

263 :日本@名無史さん:04/12/23 00:27:44
>>259
勝手に仕切るなヴォケ

264 :日本@名無史さん:04/12/23 00:32:43
鳩山や田中などの党人派を排除する陰謀が進行中だなw

265 :日本@名無史さん:04/12/23 00:33:15
>>263
>>259の線に賛成しないと、また北朝鮮ネタで荒れるぞ。
それとももっと良いスレ内ルールがあるのか?

266 :日本@名無史さん:04/12/23 12:50:56
>>249
どうして、谷正之から重光に代わったの?

267 :日本@名無史さん:04/12/23 13:10:51

                 ◯                  _____
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  ( ´∀`)// <  日章旗掲揚!
  (    つ   \___________
  | | |
  (__)_)


268 :日本@名無史さん:04/12/23 20:01:22
>>264
党人派の意味合いが違うのだが…。
党人派は地方議員などの非官僚出身の政治家
切捨ての対象を言うなら大平とか伊東正義のような他省出身の官僚政治家も入っているのだがな。

そもそもスレタイに「幣原広田有田松岡白鳥東郷重光吉田」と挙げている点からして、>>1が国会議員(外務省出身者除く)としての外務大臣をスレのテーマの範疇として考えていないのは明白だと思うのだが…。

269 :日本@名無史さん:04/12/23 20:04:14
>>262
岡崎外相は吉田内閣でしかも外交官だから無問題。

(藤山は財界人だろう)

270 :1:04/12/23 20:10:13
>>268
その通り。

271 :日本@名無史さん:04/12/23 20:14:40
>>268
鳩山一郎や田名角栄は党人派に入らないんだ。はじめて知ったよw
昭和の外交でいえば鳩山や田中の対ソ対中外交は欠かせないとは思うけど
まあいいや。

272 :268:04/12/23 21:12:56
>>271
説明がおかしかった、すまん。
鳩山や角栄は官僚経験がないから党人派であっている(地方議員云々はあくまで一例、秘書上がりとかサラリーマン出身も党人派に入る)
逆に入らないのは岸・池田・佐藤栄・福田・大平・中曽根・宮澤…外相経験者だと伊東正とか川口順子(自民党議員ですらないが)もそう)

273 :日本@名無史さん:04/12/23 23:35:25
>>272

吉田茂も官僚出身ということになるんだよね?

274 :日本@名無史さん:04/12/24 03:04:46
当然

275 :日本@名無史さん:04/12/24 07:00:03
結局、テーマは軍や進駐軍との関係する外交時代になるわけだ。

276 :日本@名無史さん:04/12/24 07:02:16
結局、テーマは軍や進駐軍との関係する外交時代になるわけだ。

277 :日本@名無史さん:04/12/24 15:00:59
しかし陸海軍と比べると組織が貧弱すぎないか?

278 :日本@名無史さん:04/12/24 18:32:47
エリートなんだが数が少ないからね
広田なんかが建議して増員したんだっけ?

士官の数と外務省の高文入省者を比べるとどれだけ見劣りするんだろうか。

279 :ここの誤爆では?:04/12/24 22:53:15
16 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:04/12/23 20:08:20
>>259の線に賛成
まあ、宇垣や豊田(貞)は外交官じゃねーだろ!とツッコミが入るかも知れないが。
でも、1956年で外務大臣の意味合いが専門職出身者から純粋に国民が選んだ代表出身に変わったのだから、一つのスレで語るのはどうかと思う。

280 :日本@名無史さん:04/12/24 23:39:59
>>121以降の次官って知ってる方いませんか?S.25〜6年くらいまでの

281 :日本@名無史さん:04/12/25 13:36:50
戦後には真の外交官らしき人物はいるかね

282 :日本@名無史さん:04/12/25 13:39:42
岡崎勝男

283 :日本@名無史さん:04/12/25 14:26:50
岡崎久彦

284 :日本@名無史さん:04/12/25 14:27:19
田中均

285 :日本@名無史さん:04/12/25 14:28:02
>>282
岡崎勝男は23年くらいまで次官だったよね。

286 :日本@名無史さん:04/12/25 14:29:18
岡崎久彦は陸奥宗光、西園寺公望の系統だからな。
アジア主義的な木っ端官僚よりはずっと信頼できる。


287 :日本@名無史さん:04/12/25 18:25:44
>>286
岡崎久彦は政友会の実力者・岡崎邦輔の孫。
だが、スレ趣旨がややずれているな。

288 :日本@名無史さん:04/12/25 19:01:17
他に戦前の大使級有力外交官はいないのか?

289 :日本@名無史さん:04/12/25 19:54:45
石射は大使やってなかたっけ?

290 :日本@名無史さん:04/12/25 19:59:13
>>288
外務政務次官とかは、どのくらいの存在感だったんだろう?

矢吹 省三(T14〜S2)
森   恪(S2〜S4)
永井柳太郎(S4〜S6)
矢吹 省三(S6〜S6)
岩城 隆徳(S6〜S7)
滝  正雄(S7〜S9)
井坂 豊光(S9〜S11)
猪野毛利栄(S11〜S12)
松本 忠雄(S12〜S14)
清水留三郎(S14〜S14)
多田 満長(S14〜S15)
小山 谷蔵(S15〜S15)
松田 正之(S19〜S20)
伊東次郎丸(S20〜S20)
犬養  健(S20〜S21)
益谷 秀次(S21〜S22)
本田 英作(S22〜S22)

第二次近衛内閣から小磯まで、政務次官っていなかったんだな。
知らなかった^^;

291 :日本@名無史さん:04/12/25 20:03:49
>>289
石井射太郎はシャム公使、オランダ公使、ブラジル大使、ビルマ大使
まぁ、そんなに重要でもないな。

吉林総領事、上海総領事時代は重要だけど。

292 :日本@名無史さん:04/12/25 20:10:38
森は大臣以上に外交を引き回している

293 :日本@名無史さん:04/12/25 20:11:32
石射猪太郎

294 :日本@名無史さん:04/12/25 20:17:54
>>293
素で間違えた_| ̄|○

295 :日本@名無史さん:04/12/25 20:18:36
>>287

岡崎久彦は、近代以降世界を動かしてきたのはアングロサクソンと
ロシアだったと自著に書いているね。

そしてアングロサクソンを敵に回してはならないとも断言している。

296 :日本@名無史さん:04/12/25 22:17:58
紛らわしい漢字ばかり並べた名前だな

297 :日本@名無史さん:04/12/25 23:01:04
石射猪太郎は今で言うチャイナスクールだぞ。
日華事変拡大に反対したって点で評価している人間が多いようだけど。

298 :日本@名無史さん:04/12/26 01:40:13
中共支持のチャイナスクールと国府支持のチャイナスクールを一緒にするのもどうかと思うが。

299 :日本@名無史さん:04/12/26 10:15:56
支那に変に肩入れして日本の利益を損なうって点では同じ

300 :日本@名無史さん:04/12/26 17:53:53
>>299
国益も大事だが、度を越す国益追求が国家の大害になることもある。


301 :日本@名無史さん:04/12/27 06:41:25
大陸派は陸軍と通じている

302 :日本@名無史さん:04/12/27 12:23:27
日本政治史は大陸勢力と海洋勢力とのせめぎ合い
大陸勢力の陸軍、極右、極左は親中独露(儒教、マルクス主義)
海洋勢力の海軍、政党、国民は親英米(自由主義、立憲主義)

大陸勢力が強くなると日本は滅びる

303 :日本@名無史さん:04/12/27 12:57:32
>>302
政友会の森恪なんて、もろ大陸派なんだが…

304 :日本@名無史さん:04/12/27 13:55:33
近衛、広田なんてばりばりの大陸派だな


305 :日本@名無史さん:04/12/27 18:14:21
加藤紘一もチャイナスクール組だな。

初任地の中国で北京語をマスターしたそうだ。

306 :日本@名無史さん:04/12/27 20:10:00
松岡も

307 :日本@名無史さん:04/12/28 12:44:20
>>304
広田・東郷はロシアスクールだろう。

308 :日本@名無史さん:04/12/28 12:58:22
広田は玄洋社出身の大アジア主義者

309 :日本@名無史さん:04/12/28 14:20:35
局長級で大物はいないの?

310 :日本@名無史さん:04/12/28 17:51:13
大物だったら最後は次官や政治家になるだろうからな。

局長で在職死した人でいえば、既出だが佐分利貞夫と山座円次郎だろう。


311 :日本@名無史さん:04/12/28 17:59:30
入省年次は?

312 :日本@名無史さん:04/12/28 19:37:33
>>309
寺崎太郎氏
かなり異色な人だが

313 :日本@名無史さん:04/12/28 20:37:44
>>312
CIAのダブルスパイだった人?


314 :日本@名無史さん:04/12/28 22:06:46
>>313
それは独白録の寺崎英成氏だな
ダブルスパイっても戦後の天皇をめぐるGHQとの橋渡し

315 :日本@名無史さん:04/12/29 00:09:06
>>310
山座は最後は公使だね。
局長も公使も勅任官だけど公使の方が格上ですな。

316 :日本@名無史さん:04/12/29 00:14:48
山座なんて大アジア主義者の電波だろ。
大アジア主義者が要職につくと酷いことになる。

317 :日本@名無史さん:04/12/29 00:46:43
>>316
袁世凱に毒殺されたんじゃなかったっけ>山座


318 :日本@名無史さん:04/12/30 10:07:54
吉田は外務省で孤立していたわけではないんだろ?


319 :日本@名無史さん:04/12/30 19:11:17
タイトルの外交官を抑えれば充分

320 :日本@名無史さん:04/12/30 19:28:04
>>318
孤立していたわけじゃない。
だが、口の悪さが軍に気に入られなかった。

321 :日本@名無史さん:04/12/30 23:51:40
>>316
山座は対中関係をそれなりにうまく切り回していた感じがするな。

>>317
毒殺疑惑って水野幸吉もあったような。
ちなみに水野は山座と同じ時期に特別に公使館付なっていた参事官です。

322 :日本@名無史さん:04/12/31 00:05:24
幣原喜重郎「外交50年」、芳沢謙吉「外交60年」、佐藤尚武「回顧80年」、堀内謙介回顧録、
東郷茂徳「時代の一面」

323 :日本@名無史さん:04/12/31 19:21:16
温存したかった人材です

324 :日本@名無史さん:05/01/01 21:29:13
使い潰された

325 :日本@名無史さん:05/01/02 06:57:38
戦後も活躍しているね

326 :日本@名無史さん:05/01/02 15:07:04
そうか?
軍に隠れて生き延びている。

327 :日本@名無史さん:05/01/02 17:28:46
誰?

328 :日本@名無史さん:05/01/02 18:44:36
>>322
重光の「昭和の動乱」は?

329 :日本@名無史さん:05/01/03 14:44:17
欧亜局長

330 :日本@名無史さん:05/01/03 15:25:11
空疎な平和主義・国際協調を唱えて日英同盟を葬った幣原こそ
諸悪の根源だろ。

331 :日本@名無史さん:05/01/03 15:51:37
やっぱバリバリの帝国主義者の石井菊次郎の方が良いな
親米派より親英派の方が大人だ。

332 :日本@名無史さん:05/01/03 17:06:42
>>330
国際社会の空気の問題だろう。

333 :日本@名無史さん:05/01/03 17:34:45
>バリバリの帝国主義者の石井菊次郎

最後は悲惨だったが・・・

334 :日本@名無史さん:05/01/04 08:46:07
だれ?

335 :日本@名無史さん:05/01/04 14:54:25
で、昭和初期の外相として誰が最優秀?

336 :日本@名無史さん:05/01/04 14:57:16
課題処理能力なら松岡かな?

状況分析能力だと誰?

337 :日本@名無史さん:05/01/04 16:05:29
し・で・は・ら うふっ

338 :日本@名無史さん:05/01/05 14:35:30
安部晋太郎

339 :日本@名無史さん:05/01/05 19:35:07
>>336

正しい状況判断から、
一か八かの綱渡りをはじめる松岡。
失敗したら、あとは地獄。

正しい状況判断から、
正論をいって断固つっぱる佐藤。
いいときはいいが、悪いとなんの役にもたたない。

正しい状況判断から、
正論をいうが実行力皆無の幣原。
見た目はかっこいいが、実はもっとも有害か。

340 :日本@名無史さん:05/01/05 20:10:34
幣原の害が一番根深いな

341 :日本@名無史さん:05/01/05 21:14:43
でも田中義一のように居留民保護のために介入するとますます反日の気運が
高まって、逆効果なんじゃないの?今の中国の本見ても、当時の日本人
への暴行をまったく反省してないどころか賞賛してるでしょ。
結局、大陸とは関わりあいにならないのが一番なんだけど。

342 :日本@名無史さん:05/01/05 21:15:56
正しい状況判断から、
穏当かつ現実的な方策をとる陸奥宗光。
うまくいく確立は高いし、失敗しても
それほど痛手にはならない。

陸奥マンセー!


343 :日本@名無史さん:05/01/05 21:45:08
>>341

それはそうだが、幣原のように譲歩に終始すると、
日本国内の不満を煽って、最終的には爆発させてしまう罠。
満州事変は幣原外交の帰結なのだから。
適当に突っぱるところは突っぱっていかないと。


>>342

それはそうだが、陸奥は上司がよかったから、その比較は気の毒かも。
幣原だって、上司が浜口のうちはなんとかやれた。
林や近衛が上司だなんて、考えただけでもぞっとする。

344 :日本@名無史さん:05/01/05 21:56:00
>幣原のように譲歩に終始すると、日本国内の不満を煽って、最終的には爆発させてしまう
>満州事変は幣原外交の帰結なのだから

田中外交の下で張作霖爆殺が行われたことは都合良く忘れているみたいw

345 :日本@名無史さん:05/01/05 22:28:51
田中が命令した訳じゃないんだから、田中外交の下でとは言わんでしょ

346 :日本@名無史さん:05/01/05 22:29:25
>>344

忘れてはいないけどねw

俺は田中をほめているのではないよ。
中途半端な積極策で、かえって情勢を悪化させたのは事実。

田中の中途半端な対中国強硬論はもちろんだめだが、
幣原の絵に描いた餅の理想論もダメだといっているだけ。

満州某重大事件と満州事変のどちらが、
より日本の進路に深刻な影響を与えたか考えてくれ。

347 :日本@名無史さん:05/01/06 01:03:45
>>364
弱気の幣原論は無意味だが
アジアを軍事力で開放させ自由化する強気な幣原論ならどうだろう?

348 :日本@名無史さん:05/01/06 09:09:23
>>346
満州某重大事件の方だろ。
あれで満州居留民と東北政権との関係が決定的に悪化した。
その解決のために満州事変が引き起こされるわけで。

349 :日本@名無史さん:05/01/06 12:17:38
奉天の張政権排除という目的からすれば同一ベクトル上の事件だしな。

350 :日本@名無史さん:05/01/10 11:05:57
大島みたいな部外からの外交官はそんなにいないの?

351 :日本@名無史さん:05/01/10 11:06:46
松岡が堀切善次郎代議士をイタリア大使にしたことがあったな。

352 :日本@名無史さん:05/01/10 11:29:46
長男:堀切善兵衛(ぜんべい)
1903年(明治36年)に慶応大学を卒業します。
続いてアメリカのハーバード大学、さらにイギリスのオックスフォード大学
に留学します。
帰国して、慶応大学の財政学の教授となります。
1912年(明治45年)に衆議院に初当選し、連続9回当選します。
1929年(昭和4年)に、48歳で衆議院議長を務めます。
1940年に(昭和15年9月)にイタリア大使となり、日独伊三国同盟に
調印します。

次男:堀切善次郎(ぜんじろう)
東京市長(ワシントンの桜→ミズキの樹?)、内務大臣を務めます。

三男:内池久五郎(うちいけきゅうごろう)
衆議院議員を勤め、福島市の内池商店の社長となります。
内池商店は味噌や醤油を商っていました。

353 :351:05/01/10 11:33:02
指摘、すみません。

354 :日本@名無史さん:05/01/10 14:33:16
>>348
張作霖の頃から排日と不法な課税などはあった訳だが。。。

355 :日本@名無史さん:05/01/11 06:51:00
あれでかえって満州以外が反日で固まってしまったのでは?

356 :日本@名無史さん:05/01/13 10:28:51
駐中公使

357 :日本@名無史さん:05/01/13 19:36:25
そういえば、「2キ3スケ」で松岡と仲間の鮎川義介の孫と杉田かおるの結婚会見にはこのスレの住人的には笑えた。

358 :日本@名無史さん:05/01/14 06:39:57
戦争でパージされた外交官はすくなかった?

359 :日本@名無史さん:05/01/14 12:29:30
むしろ多かった。
占領によって外交権が一時剥奪されたから外務省がリストラに迫られてつまらない理由でパージが発動されまくり(戦争協力者としての公職追放とそうでないものがあるが)。
事件?発覚当時には何の処分が無かった杉原千畝のユダヤ人へのビザ発給がこの時期に急に問題とされて外務省をクビになったのもそのせい。

360 :日本@名無史さん:05/01/14 19:07:30
外交権が停止してるという理由で廃止論まで出たとか
結局、85%を罷免して15%が残留
当時の関係者は独立後に支障が出るとして特殊語学の人々を
役人の身分をつなぐために地方に送るなど苦労したそうだ

361 :日本@名無史さん:05/01/14 19:11:05
いったん廃止した方がいさぎよかったのにね。
終戦連絡事務局があれば外務省なんかいらないでしょ。

362 :日本@名無史さん:05/01/14 21:31:37
解体されたのは軍と内務省だけだしな

363 :日本@名無史さん:05/01/14 21:49:56
>>362
あと企画庁も

364 :日本@名無史さん:05/01/15 04:06:15
外交というのは本来、目立たないもの
地道にコツコツと積み重ねと経験が必要
簡単に解体なんかしなくてよかったのだよ

365 :日本@名無史さん:05/01/15 06:54:39
日本を亡国へ導いた外務省。
わざと誤訳して操作するし。

366 :日本@名無史さん:05/01/15 09:22:03
それは今もだよ

367 :日本@名無史さん:05/01/15 09:26:32
ここで白洲次郎のご登場ですねw

368 :日本@名無史さん:05/01/15 09:49:57
非独立国に外務省は不要だった。
占領時代は外務省は廃止しておくべくだった。

369 :日本@名無史さん:05/01/15 17:23:01
でも、占領当局との交渉は?

370 :日本@名無史さん:05/01/15 17:45:26
当時、終戦連絡委員会というのができた。岡崎勝男が中央連絡事務局長の
肩書きでGHQとの交渉にあたった

371 :日本@名無史さん:05/01/15 19:07:10
外務省は必要だが
改組も必要だな

372 :日本@名無史さん:05/01/17 20:33:46
んだ

373 :日本@名無史さん:05/01/18 03:18:25
昭和外交史を学ぶにあたって
有益な小説とかあるでしょうか?
とりあえず「落日燃ゆ」は読みました

374 :日本@名無史さん:05/01/18 07:13:56
でも、落日は城山三郎と遺族の間で揉めたんじゃなかったっけ?

あと、阿部牧郎が東郷茂徳の小説を書いている。

375 :日本@名無史さん:05/01/19 14:03:24
外務省以外からの外相登用はあったの?
戦前は官僚政府だよな

376 :日本@名無史さん:05/01/19 14:43:28
でも最近のウンコ外相ぶりをみてると外交官出身の方が良いと思うが。
岡崎久彦氏を外相にして欲しい。

377 :日本@名無史さん:05/01/19 20:00:43
豊田

378 :日本@名無史さん:05/01/19 20:59:11
>>376
>岡崎久彦氏を外相にして欲しい。

あなた正気ですか?
20年前の岡崎ならまだしも今は金と名誉しか目がないじーさまですよ。

379 :日本@名無史さん:05/01/20 10:12:51
非外務省系の外相は首相兼任以外だと野村、豊田と海軍系ばかりだな。
他にいたっけ?
松岡も少し違うのかもな。

380 :日本@名無史さん:05/01/20 13:58:33
宇垣を忘れてないか

381 :日本@名無史さん:05/01/20 14:05:21
やっぱり○○外交、と冠がつかないとね。
焦土外交が最強か?

382 :日本@名無史さん:05/01/20 14:07:28
珍米外交

383 :日本@名無史さん:05/01/20 21:38:19
東条の兼任外相時代は?

384 :日本@名無史さん:05/01/21 13:36:48
ありがと
宇垣タンを忘れていたよ
こんだけかな

385 :日本@名無史さん:05/01/23 03:32:34
後藤新平が寺内内閣で短期間外相をやっている。

386 :日本@名無史さん:05/01/23 05:42:04
政党系外相は?

387 :日本@名無史さん:05/01/23 09:44:01
>>386
オレも聞きたかった。
なぜに田中義一は森恪あたりを外相にしないで自分で兼任したんだ?

388 :日本@名無史さん:05/01/24 02:08:18
外務省系政党人は居ても政党系外相はいない。

389 :日本@名無史さん:05/01/26 13:27:53
加藤高明だめなやつ

390 :日本@名無史さん:05/01/28 13:01:20
スレ違い?

391 :日本@名無史さん:05/01/28 13:25:18
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050128k0000m070128000c.html

392 :日本@名無史さん:05/01/30 10:18:44
あげ

393 :日本@名無史さん:05/02/03 12:20:46
>>314
でも、開戦前夜にワシントンの大使館でパーティをやっていたのってこの人の送別会じゃなかったっけ?

394 :日本@名無史さん:05/02/03 20:19:41
はて?

395 :日本@名無史さん:05/02/04 11:17:11
戦後も活躍した奴はいるの?

396 :日本@名無史さん:05/02/04 20:56:21
吉田茂


397 :日本@名無史さん:05/02/05 09:24:13
戦後、
幣原と吉田と芦田(元公使)が首相
重光が外相
芳沢謙吉は台湾の国府大使だったはず
有田八郎は都知事選に出て落選し、それを扱った三島由紀夫の小説「宴のあと」を巡って裁判沙汰を起こした。

398 :日本@名無史さん:05/02/05 16:23:41
みんな外交官は辞職しているのでは?

399 :日本@名無史さん:05/02/05 16:35:01
下の方だが、満州事変勃発の際、奉天特務機関の花谷少佐にたたき斬ってやると
脅かされた奉天総領事館の森島守人は戦後、社会党代議士

400 :日本@名無史さん:05/02/05 21:58:37
白鳥も終戦時は外交官じゃなくて議員だよね?

401 :日本@名無史さん:05/02/05 22:07:21
大政翼賛会の幹部だったから推薦されたんだろ

402 :日本@名無史さん:05/02/06 16:35:13
>>399
小学館の学習漫画日本の歴史の満州事変のところに出てくる人ですよね。

403 :日本@名無史さん:05/02/06 17:07:04
森島守人は日米開戦時、在米大使館員(NY総領事)で、交換船で帰国途中の
17年8月、在ポルトガル公使に転任、戦後、帰国して対米最後通牒遅延の責任問題
調査の責任問題について吉田外相に進言した。内部の調査では井口参事官と奥村書記官
に責任を絞ったが、いつの間にかウヤムヤにされ。それどころか、井口は外務次官から
駐米大使に、奥村も外務次官から駐スイス大使に。こうした事実から、対米通告遅延は
在ワシントン大使館員幹部や本省の確信犯的行為ではと推測される

404 :403:05/02/06 17:11:39
調査の責任問題について吉田外相に進言した。
  ↓
調査について吉田外相に進言した。

405 :日本@名無史さん:05/02/06 17:19:59
でも、あれは宣戦布告文書ではなく、たんなる交渉打ち切りの通告だから
いずれにしろ米は無通告攻撃と宣伝するだろ

406 :日本@名無史さん:05/02/06 20:05:21
>>403
奥村や井口が別件で吉田の不興を買って追放された事も影響されているのだろうがな。

407 :日本@名無史さん:05/02/06 20:14:04
秦郁彦著「真珠湾・対米最後通告の謎」より抜粋
・・・気に入らぬ外交官のクビを次々に切って「Y項パージ」と畏怖された吉田が、
両人(井口、奥村)に格別の温情を示したのは謎というしかない。

408 :日本@名無史さん:05/02/06 20:43:15

両人を野に放ったら何を暴露されるか知れたもんではないからな

409 :日本@名無史さん:05/02/07 09:24:12
隠蔽工作

410 :日本@名無史さん:05/02/08 00:53:11
外務官僚でそんな横着な奴が居る事自体おかしい。やっぱり意図的に通告を遅らした
と思う。あれだけ念を押された通告時間を遅らせるなんて信じられない。タイピスト
が居なかったなんて馬鹿げてる。普通、一般人のタイピストでも缶詰にしとけばいい
だけだろ。持って行くまでの間だけで、何日も閉じ込めるわけじゃないんだから。
 
そう考えれば井口・奥村に懲罰が課されなかったのも納得できる。彼らは指令通りに
業務をやっただけなんだから。

411 :日本@名無史さん:05/02/08 01:39:46
開戦間際の最重要機密のタイプを一般人にやらせるの?
それこそおかしいでしょ

412 :日本@名無史さん:05/02/08 01:48:19
>>407
吉田の派閥だったから。

それに尽きるだろう。
有能でも吉田と縁がなければ斬られた、杉原などもその一人。

413 :日本@名無史さん:05/02/08 01:55:33
>>411
機密といってもせいぜいハルに手渡すまでの機密にしか過ぎないんじゃないか。タイピストも
せいぜい半日くらい缶詰にしておけばいいだけだろ。相手に渡すんだから本当の機密文書では
ないと思う。それを機密・機密と騒ぐほうが大げさに感じる。




414 :日本@名無史さん:05/02/08 06:53:47
いやタイピスト使っちゃいけないルールでしたから
残念

415 :日本@名無史さん:05/02/08 09:03:42
>412
牧野信顕の女婿として軍部から睨まれ、戦時中は野にあった吉田が派閥つくるほど力あったの?

416 :日本@名無史さん:05/02/08 18:58:16
途中で知りきれトンボになった責任問題調査の岡崎(勝男)委員会での聴聞記録では
奥村は日曜の朝9時からタイプを打ち始めた以降の経過はやたら詳しいが、前日の午後
から夜半まで何をしていたのか一切触れていないなど妙な内容だとか

417 :日本@名無史さん:05/02/08 23:28:48
>>413
>それを機密・機密と騒ぐほうが大げさに感じる。

当時の大使館もこの程度の認識でいたんだろうね

ちなみに、タイピスト等は絶対に使わず機密保持にこの上なく慎重にするように
また、解読後は暗号機を1台のみ残して破壊するようにという指令がされていました

418 :日本@名無史さん:05/02/09 15:43:10
>>415
戦前戦中に活躍していた首脳が一掃されたところに帰ってきたので、戦後の外務省は吉田の独壇場状態だった。

419 :日本@名無史さん:05/02/09 19:39:21
元々吉田は政治家じゃないよな?

420 :日本@名無史さん:05/02/09 20:10:18
吉田に外相のポストがまわってきたのは重光外相が占領軍の三布告(@連合国による
直接軍政を敷くA占領政策に逆らう者は軍法会議B日本銀行券の他に軍票を発行する)
に対しポツダム宣言違反であるとして抗議を申し込み撤回させたが、これがマ元帥の
逆鱗に触れ吉田と交代したと言われてる。まもなく彼はA級戦犯として逮捕

421 :日本@名無史さん:05/02/11 08:07:49
日本は敗戦後、ずーっと米軍に占領されたままだぞ
日本政府はアメリカ政府の代理人
最近の日本政府の売国奴ぶりはこれで説明がつく

日本人は頼りない、気概のないやつらばっかなんで
米国から自立はできないままだが
ドイツは戦後から巧みに行動し
分断から統一をはたし
今やEUの盟主として米国からの自立を果たした。

日本人の今後の目標は米国からの本当の自立である
いつまでも奴隷根性でアメリカに搾取されたままではダメだよ。

422 :日本@名無史さん:05/02/11 12:58:12
アメリカに逆らったヤシは必ず非業の死を遂げるのだ!死ななくても社会的に葬りさられる
恐ろしい(ポツリ・・・・・・・・・・)

423 :日本@名無史さん:05/02/13 10:09:33
有田八郎が都知事選に立候補した事情を教えてください。

424 :日本@名無史さん:05/02/15 19:58:05
落ちたの?
議員になった外交官が結構いるんだよね。

425 :日本@名無史さん:05/02/15 22:03:06
むしろその後の三島由紀夫とのガチの方が有名になった。
「宴のあと」裁判は今でも憲法のプライバシーを巡る裁判の代表格として取り上げられているし…。

426 :日本@名無史さん:05/02/18 10:37:25
有田八郎vs三島由紀夫
http://www.ritsumei.ac.jp/~ja036024/utagenoato.html

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/utagenoatohannketutisai.htm

427 :日本@名無史さん:05/02/25 02:49:49
牛場信彦は戦前バリバリの枢軸派で、戦後はバリバリの親米派。
戦前は英米派を罵倒しまくってたくせに!

428 :日本@名無史さん:05/02/25 08:09:21
>>427
先年死んだ、加瀬もその口だろ

429 :日本@名無史さん:05/02/25 08:12:37
枢軸派や広田のような大アジア主義者は敗戦時に全員解雇すべきだったのでは?
牧野、幣原、石井菊次郎系列の真正英米派の人間で固めれば今の外務省のような
体たらくにはならなかっただろう。

430 :日本@名無史さん:05/02/25 09:21:09
親米派も国益を損なうからダメ

431 :日本@名無史さん:05/02/25 17:31:32
>>429
それって吉田茂のことじゃないの?

432 :日本@名無史さん:05/02/25 20:25:46
岡崎の本は読んでおいたほうがいいですか?
どのタイトルがお薦め?

433 :日本@名無史さん:05/02/28 17:04:12
PHP文庫か

434 :日本@名無史さん:05/03/05 15:24:30
駐韓日本大使だった後宮虎郎って陸軍大将の後宮淳の子供?
阿南なんかもいるし外務省はどうなっているのか・・・

435 :日本@名無史さん:05/03/05 16:14:14
軍部も前線はともかく中央部は他の省と同じような官僚組織にすぎない。
だから、軍が無くなった事で本来軍に行った筈のエリートが他省に流れた。

436 :日本@名無史さん:05/03/05 16:24:53
外交官には名門ブランドがあるのかな?

437 :日本@名無史さん:05/03/05 17:20:10
資格任用制の国で世襲とはね
ウンコだなあ

438 :日本@名無史さん:05/03/06 00:13:02
>>437
最終的には面接で決めるからなあ。
どうしても著名人の子孫だと面接官もバッサリ切れないんだろうな。

439 :日本@名無史さん:05/03/09 16:22:26
>>429
おいおい、牧野や石井はともかく、幣原は大チョンボやらかした奴だぞ。
日英同盟を切ったのもこいつだし、1927年の南京事件で派兵せず英米の
不信を買ったのもこいつ。田中義一の方がまだ対英協調って面では良い。
協調外交って言っても、支那による不法な利権侵害を許容するようでは
外交官失格だよ。

440 :日本@名無史さん:05/03/11 11:54:59
>>437
日本は「イエ」意識が行動原理ですから。

政治経済芸能文化教育・・・・・・
ありとあらゆるところが世襲ですからあ、残念

441 :日本@名無史さん:05/03/11 12:13:16
吉田は牧野伸顕の婿という超名門ブランドにもかかわらず、
性格が禍して、外務省内に戦前からの子分は一人もいない。
敗戦当初、民間の白州次郎を手足に使わなければならなかったほどだからな。
もっともその後、一気に自分の派閥を作ったがね。

442 :日本@名無史さん:05/03/11 12:45:35
>>441
だって戦後は芦田以外にライバルがいなかったじゃん。

443 :日本@名無史さん:05/03/11 14:35:28
重光はライバルでは?

444 :日本@名無史さん:05/03/12 15:59:57
>>443
重光は巣鴨プリズンにいただろう。
占領期には吉田に対抗出来る可能性があったのは芦田だけ。
その芦田も昭電疑獄で逮捕されてしまったしな。

445 :日本@名無史さん:05/03/13 19:25:52
大使の格付はどんなもんですか?

最高はイギリス?

446 :日本@名無史さん:05/03/13 21:33:18
中華民国
イギリス ロシア
アメリカ フランス ドイツ
イタリア スペイン
トルコ
タイ

447 :日本@名無史さん:05/03/13 22:58:35
なんか違くね?

448 :日本@名無史さん:05/03/14 06:46:20
まず大使か公使かで大別

449 :日本@名無史さん:05/03/14 22:09:55
当時は大使館なんて少なかったのでは?

450 :日本@名無史さん:05/03/15 21:37:33
米中ソは重要度高いよな?

451 :日本@名無史さん:05/03/17 20:39:15
中国は公使館の頃もあるよ?

452 :日本@名無史さん:05/03/17 23:24:45
とりあえず手元にある当時(昭和11年)の資料を紐解いてみよう。(並び順は適当)

大使館
  英国 フランス ドイツ ソ聯 イタリア トルコ 
  ベルギー 支那 満洲 米国 ブラジル 
   
公使館
  オーストリア ペルシア アフガニスタン エジプト
  エチオピア スイス オランダ スウェーデン
  ポーランド ラトビア チェッコスロバキア
  ルーマニア ギリシア スペイン ポルトガル
  シャム メキシコ アルゼンチン チリ
  ペルー コロンビア カナダ


453 :日本@名無史さん:05/03/18 01:26:00
今更だが、『落日燃ゆ』は単なる文芸作品。

児島や秦の著作じゃないと資料にならん。


454 :日本@名無史さん:05/03/18 05:47:29
> 児島や秦の著作じゃないと資料にならん

それもどうかと思いますが・・・

455 :日本@名無史さん:05/03/18 09:11:37
>>454
児島はともかく秦はしっかりしてるだろ

456 :日本@名無史さん:05/03/18 18:29:56
えっ、児島って資料的に問題あるの?

457 :日本@名無史さん:05/03/18 19:50:18
間違いが結構あるな。<秦
「日本近現代人物履歴事典」に西村真悟が西村栄一じゃなくて、
西村英一(建設大臣など歴任)の息子として載ってた


458 :日本@名無史さん:05/03/18 21:23:46
それくらいなら大局に影響ない気がする。決定的にまずい点は?

459 :日本@名無史さん:05/03/19 10:22:19
保守と革新中道じゃ十分えらい違いだと思うが。

460 :日本@名無史さん:05/03/19 10:49:24
スペインには大使を置いていなかったんだ?
なんか意外

461 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 19:52:09
どうれ

462 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 22:37:24
ハルノートを誤訳したのは誰?

463 :日本@名無史さん:2005/04/07(木) 22:31:22
奴だ

464 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 11:32:27
岡崎久彦の外交官としての業績について語ってくれ。
確かに最近の外交官の中ではマシな方がだが、戦前派と比べると見劣りするね。

465 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 12:20:46
タイ大使が上がりポストだろう>岡崎
あと、政友会の大物政治家だった岡崎邦輔の孫…それくらいしか知らない。

466 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 19:00:44
日中国交正常化に反対して、田中角栄の逆鱗を買い、韓国に飛ばされた。

467 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 19:33:19
>>466
逆鱗ってどうやって買うの?

468 :日本@名無史さん:2005/04/10(日) 12:02:10
帝国の外交官はみな威厳があったなあ・・・

469 :日本@名無史さん:2005/04/10(日) 12:39:11
>>467
五億円の代わりに落花生で支払う

470 :日本@名無史さん:2005/04/15(金) 11:03:54
佐々淳行も外交官?

471 :日本@名無史さん:2005/04/16(土) 05:21:14
佐々は警察官僚だろ

472 :日本@名無史さん:2005/04/16(土) 06:37:39
外交官崩れ

473 :日本@名無史さん:2005/04/18(月) 21:13:35
外務省には長老みたいなのはいないのかな?

474 :日本@名無史さん:2005/04/18(月) 21:22:56
駐米大使経験者あたりがそうじゃないの?

475 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 15:46:26
それは戦後の話

476 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 18:53:04
今では害務省

477 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 09:45:10
終戦時は誰が仕切っていたのかな?

478 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 13:10:22
東郷とか重光

479 :日本@名無史さん:2005/05/16(月) 10:54:23
戦前も元外相が駐米大使になる例が多くね?

480 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 01:07:47
開戦前の外務省アメリカ局長?寺崎太郎ってどんな人ですか?

481 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 13:32:36
寺崎ひでなりの兄だよ

482 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 13:46:08
国連大使の大島は駐独ドイツ大使の大島浩と関係あり?

483 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 22:40:44
>>480
寺崎太郎    第二次・三次近衛内閣下のアメリカ局長 ・ 第一次吉田茂内閣外務次官
軍縮派でかねてから軍部との衝突が多く「喧嘩太郎」の異名を持つ。
日米交渉を巡り松岡外相と衝突。日米開戦阻止を公言して命を狙われ、公安の要請で終戦まで拳銃を携行。
枢軸派が占める外務省内でかなり妨害を受けるも、首相・大臣・次官以外には極秘で職務にあたる。
近衛退陣に伴い「日米交渉ならずんば職を辞す」と辞職。昭和18年、重光の工作で特命公使として形式的に復帰。
戦後、吉田茂に請われて外務次官となるが吉田と衝突して再び辞職。
以後、吉田からの都道府県知事就任要請を拒絶、各方面からの国会議員出馬要請も固辞。
国際知識と民主主義の普及のための啓蒙活動に尽力。外交官当時について詳しく語ることは殆どなかったらしい。
昭和63年、91歳で死去。 弟は「独白録」の英成氏。


484 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 20:48:28
有名だな

485 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 06:10:57
日米諒解案作成に関わった岩畔豪雄が戦後文芸春秋に寄稿した「平和への戦い」を部分引用してみる。
>
私は「まだ日米交渉を継続するべきである」と答えた。
そして、これまで私が信じていた海軍部内の空気とは、まったく別のものになっていること
を知った。海軍部内の空気が、このように硬化している以上、日本の運命もほぼ定まった
とみて間違いあるまい。私はそう確信した。
外務省では豊田貞次郎大臣、天羽英二次官、寺崎太郎アメリカ局長の三人に対して
説明を試みた。『糠に釘』という俚諺があるが、この俚諺そのままの印象を受けたのが、
外務省首脳部であった。
>
さて一見すると>>483と相反する内容だが、これは寺崎太郎が軍人嫌いなだけなのか。
それとも誰かがウソをついているのか。


486 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 11:17:34
>>485

そりゃ、岩畔はたしかに熱い男だ。
平和への意志も、本物だっただろうさ。

ただ、いくら岩畔が豪腕でも、
無茶をやりすぎれば、交渉ごとなんてうまくいかない。
職業外交官からしてみれば、
冷たく突き放してみたくなるだろうよ。

487 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 21:23:43
誰も嘘はついていないだろうけど、立場によって印象が違うんだろう
岩畔なりに努力はしたのだろうが、岩畔のやり方には外交上問題があったし、あくまで素人
日米交渉は国家の最重要機密で外務省内でも極秘事項
了解案に関わったとはいえ部外者に方針や進度を語れるわけがない
ちなみに寺崎氏は外務省内の枢軸派幹部の一斉更迭を豊田外相に申し入れるが却下されている

488 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 19:25:46
これ以上外交を多元化されてはかなわん。

489 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 20:06:57
了解案なんて日本の一人相撲

490 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 21:52:51
両国をテーブルに着かせるためとはいえ、事実を歪曲してはかえって逆効果
野村といい岩畔・井川など外交の素人が関わったからややこしくなったのかもしれない
乗り気ではない野村を熱心に口説いたのは外務省出身の松岡だったわけだけど

491 :日本@名無史さん:2005/05/22(日) 12:10:28
国家の罠読んだのだが
鈴木、東郷、佐藤が松岡に見えた。

492 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 18:30:50
吉田茂

493 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 22:11:54
この時代は、外交は有力だったのですか?陸軍の横暴や国内外の調整不足で後手になったような気はするけど、現代よりは心証的にはマシかなとは思うけど。ちなみに現代は外務省はお飾り、国際政治は内閣、経済文化交流は他省か民間がリードしているようなー

494 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 22:44:24
当時の外務省は陸軍、海軍と並ぶ最も権力の強い省庁。
当時の意思決定機関の一つ、五相会議の一席はここだし。
能力が優れていたとはあまりいえんが。

495 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 23:25:17
ならば、戦前外交の最後の人物が首相吉田茂とすると、防衛庁と同様、その力量が失遂した要因は敗戦と東京裁判が原因なの?
今は、省というより、庁か、シェルパーその後遺症は防系より重い。

496 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 05:14:30
重光葵は、陸軍が独自外交をするから外務省が骨抜きになっていたと愚痴ってましたな。

497 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 18:51:57
東郷茂徳が獄中で戦後外務省の役割は低下するだろうと予測している。
民主主義体制では国民代表である国会が国権の最高機関となり、そこが選んだ首相が国会議員を外務大臣を任命するから政>官になるだろうし(実際はストレートにそうはならなかったけど)、
あと旧商工省では大きく制約されていた貿易交渉への参画を新しい通産省では認められるようになったから。


498 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 10:33:32
大東亜省設立問題について教えてください

499 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 12:24:26
>>498
馬場明『日中関係と外政機構の研究 : 大正・昭和期』 原書房、1983.10

500 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 19:23:48
超然内閣の方が適材適所という点では良かった?
戦後の議院内閣制の外務大臣はクソばっかりじゃん。
今の町村氏は久しぶりにまともな外相だけど。
議院内閣制だとどうしても大臣の椅子が論功行賞の対象になって、
適材適所じゃなくなっちゃう。

501 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 20:42:39
つーか、システム的に戦後は外相色より首相色のほうがつよいのでは?

502 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 21:53:14
首相のみ衆議院議員で、残りの大臣は非議員の専門家にすべき。
専門知識がないのに大臣になってもキャリアにいいように使われるだけ。

503 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 10:06:54
なんだ専門家とは?
官僚や元官僚?

504 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 20:54:41
今の国会議員の相当数は元官僚だろう。

505 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 18:59:32
これでも読んで勉強しる!
http://page10.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/m14584741

506 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 10:43:22
外務官僚の数が少なすぎ
あれでは軍部に対抗できない

507 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 11:59:56
南進、北進戦略を取るにあたって軍部が外交部門に容喙したからな。
外務関係者は明治〜大正〜昭和に至るまで暗殺(未遂も含めて)の標的になりやすいし。
「国家の命運がかかっている」という状況で「命ぐらい張れや」などと
無職29歳の俺は思わないしまして非難などしない。

508 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 12:58:17
靖国神社が外交ネックになっていますが、いつからこんな騒ぎになってしまったんでしょう。世界中に有名無名兵士の墓地があり、政治家は慰霊を外さないでしょ。外務省も見解は統一されていないようなー沈黙しているようで。

509 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 13:36:50
暗殺と未遂を受けた外交官って誰?

510 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 14:48:30
重光とか

511 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 21:21:44
佐分利
順調ならいつ頃大臣になってた?

512 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 12:33:39
>>509
阿部政務局長暗殺事件(大正)

513 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 13:29:27
それでもこんなもんか
小村は襲われなかった?

514 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 20:41:33
陸奥

515 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 07:20:22
外交といっても実施の大方は陸軍の態度次第だからねえ

516 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 21:21:33
外交大権の独立

517 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 14:56:12
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%B9%85%E9%82%87%E5%86%85%E9%96%A3

に、吉田茂のところに「貴族院」とあったが、それって内務省の吉田茂(元厚生大臣)の方じゃないの?

518 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 09:34:14
陸奥外交

519 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 09:44:20
あげ

520 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 12:49:37
東郷茂徳の『時代の一面』が再販になったみたいだけど、やたら高い。
なにか増補でもしたの?

521 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:40:07
他の自伝も再版してるね

522 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:35:00
>>520
特にしてないから、安心しろ

523 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 15:49:48
ヘンリー・ウイラード・デニソン君
西暦千八百四十六年五月一日北米合衆国ヴァーモント州ギルドホールに生る
明治十三年五月一日帝国外務省顧問となり爾来三十有余年 終始帝国外務省
帷幄に参す 日清日露の両役 韓国の併合 日英同盟の締結及び通商条約の
改訂等は実に悉く君が心血をそそぎし所なり 


524 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 16:35:10
日本も再びお雇外国人入れた方が良いかもな
とりあえず日銀と外務省は全員アメリカ人にした方がよいだろう


525 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 01:57:05
>>524

ベイティ博士みたく、原則論をぶちまくって、かえって対米関係を悪化させそう。

526 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 20:40:16
欧米人は雇い主には忠実に働くからな。
中韓人のようにどこに行っても私利私欲&ウルトラ民族主義者とは違う。
やっぱり封建制の有無の差なんだろうか。

527 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 15:35:54
質問です。
関特演の発動後、豊田貞次郎が対ソ開戦を封じる手を打ったというのは、事実なのでしょうか?
ttp://www.geocities.jp/since7903/zibiki/ka.htm

528 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 13:50:21
関特演とは即日ソ戦なの?

529 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 22:15:28
あげ

530 :日本@名無史さん:2005/08/04(木) 08:40:57
>>528
即ではないけどソ連を仮想敵国としていたので
訓練では当然「ソ連に勝つにはどうしたら良いのかの〜」ぐらいは思ってた。
まともに考えたら満州軍の装備ではどうしもないんだけど。

531 :日本@名無史さん:2005/08/05(金) 00:34:36
関特演の関は、関東軍の関だよ。関東軍特別演習なんだから。
満軍なんて、ノモンハンで総崩れになって、使えないことが確定してるんだから、お呼びでない。

532 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 16:06:33
確か、ドイツ軍の侵攻いかんによってはソ連侵攻の実戦移行の計画もあったのではなかったっけ?

533 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 16:42:26
ドイツが短期戦でソ連を打ち破った場合は日本もソ連に参戦する予定だった。
しかし当然ながら泥沼の長期戦となったため日本のソ連侵攻はなくなった。

534 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 22:50:55
ソ連の資料が公開されて、ノモンハンでの損害、死傷者ともにソ連の方が多かったこと
が明らかになった

535 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 00:19:39
あげ

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