5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

士農工商

1 :日本@名無史さん:04/11/27 15:00:04
一番上に支配者層として士があるのはなんとなくイメージできるんですけど、
農工商の順番は社会的地位として実際的に意味があったんでしょうか?
ほんとのところは金もってる順番で士、農工商の親方、その親方に使われる人、その他、だったのかなとか
思ったりしましたが、どうなんでしょ?


2 :日本@名無史さん:04/11/27 15:34:34
金もってる順ではないなあ〜。侍なんて金ないもん。
士以外は本当に順番があるのか、当時の随筆なんかで事例をみてみないと何ともいえないと思うよ。
まあ、士農工商なんて言葉は、儒者なんかが塾や寺子屋なんかでいってたスローガンみたいなものだから・・・。
士は、あるいは士大夫のことかもしれん。

3 :日本@名無史さん:04/11/27 19:04:12
つか、暴れないようにする為に持ち上げておいただけでしょ。
その他に大した意味はないと思う。

4 :日本@名無史さん:04/11/27 19:51:01
帰農する武士のためだろ。

5 :日本@名無史さん:04/11/27 20:15:05
実はこれが結構拘束力あった。最初から日本人の思想だったのか、二百年の教育の賜物かはわからんが。
商人は武士と肩を並べていた印象があるが、彼らは武士身分を得た特権商人なんだよね。それ以外の商人は、ひどく不当な利益を上げているという目で見られたらしい。

6 :日本@名無史さん:04/11/27 20:19:56
実際は 武士・町人・農民にしかわかれてなくて、工商の区別は
なかったらしい。町人のが農民より下とか上とかもなかった。

7 :日本@名無史さん:04/11/27 20:24:26
>彼らは武士身分を得た特権商人なんだよね
名字帯刀のことを言ってる?

8 :5だが:04/11/27 20:32:48
>7
江戸なんかでは武士身分まで引き上げないんだったか。藩によっては武士の肩書きを認めるところがあったから、混同してしまった

9 :日本@名無史さん:04/11/27 20:34:57
それってどこの藩?初耳なんだけど。

10 :日本@名無史さん:04/11/27 21:22:28
庄内藩なんか、一度酒田の本間さんを勘定奉行に登用してるね。
享保の改革では川崎平右衛門だったか、名主から代官にまでなってる。
それはともかく、士農工商という身分区別より、格式によるランク付けのほうが個人的には実態として説明しやすいとおもう。
藩や、職能に応じて格式の名称は全然違うし、多種多様だけど。

11 :日本@名無史さん:04/11/27 21:24:51
南部藩。現金収入が少ないから、そうやって商人に金を納めさせてたらしい。他藩でも収入が苦しいとやってたのかと思ってた

12 :1:04/11/27 22:20:30
士農工商には土地に根付いたまっとうな人っていう意味合いもあったようですね。

武士は領主権によって大地に結びつき、
農民は耕作権によって大地に結びつき、
職人は作業所での営業権と生活権によって大地に根づき、
商人は店舗での営業権と生活権によって大地に根づいていた。

http://www.nenshosha.co.jp/mybooks/ISBN4-88978-023-8.htm

それ以外の人は外道ってことで。。。
今の俺は激しく”渡世人”


3 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)