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「聖徳太子」は架空の人物

1 ::04/12/27 22:04:46
なんて話しもちらほら聞きますが、実際は?

生誕時の話などにキリストと被る逸話も多く、
生後4ヶ月で教えを説いたなど、実在したとは
思えないところも多いですよね。

2 :日本@名無史さん:04/12/27 22:10:02
ウマヤドノ皇子はいたのか?

3 :日本@名無史さん:04/12/27 22:25:44
じゃあキリストも架空の人物だな

4 :日本@名無史さん:04/12/27 22:28:47
上宮皇子と厩戸皇子は実在したと思う。
聖徳太子は分からない。


5 :日本@名無史さん:04/12/27 23:21:56
聖徳太子は原始キリスト教徒。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1086962035/

6 :日本@名無史さん:04/12/31 15:22:39
蜂須賀小6

7 :日本@名無史さん:05/01/12 22:11:13
>>1
ありえないエピソードがあると、存在を疑うのか?

エピソードのみがあとから付いた物と思えばいいじゃん。

8 :日本@名無史さん:05/01/14 14:58:37
釈迦なんて生まれた直後にしゃべったとか言われてるしな。

9 :日本@名無史さん:05/01/21 22:45:47
神格化する為に伝説を作るなんてのは普通の事

10 :日本@名無史さん:05/01/21 23:10:33
俺的には聖徳太子自体はいたとは思うが生誕時の話や生後4ヶ月で教えを説いた
などという伝説は1の言うように作り話だと思う。

11 :日本@名無史さん:05/01/24 01:18:19
厩戸皇子はいたが、聖徳太子はいない
聖徳太子の偉業や伝説は後つけこじつけ

気が済んだか?>>1

12 :日本@名無史さん:05/01/24 19:27:43
やった事全てが作り話とも思わんがな。

13 :日本@名無史さん:05/01/24 21:42:45
作り話じゃないだろうが実際の功績は蘇我馬子にあるだろうな。

14 :日本@名無史さん:05/01/30 12:32:01
つまりは、暗殺した馬子や藤原不比等の代ぐらいまでにさまざまな形で神格化が行われている。
それはのちに法隆寺を怨念封じの寺として再建し、日本書紀で不比等は稗田阿礼と偽名を使い
編纂にかかわり太子のさまざまな伝説を作り上げている事で分かる。
天智天皇 天武天皇のようなカリスマ君主の死亡記事は事実を簡単に伝えるのみ
だが太子の長々とした劇的な涙を誘う死の描写はどう考えても 変だ
捏造だな。結局 そこまで 怨霊を恐れていたという事だな。法隆寺の
つくりも変だしな。


15 :日本@名無史さん:05/01/30 14:05:12
厩戸皇子に類する人物は存在したが、書記に書かれた摂政とか神格化されるような事跡はすべて捏造。
間違いない。

16 :日本@名無史さん:05/01/30 16:10:02
額からビームが出たことだけは事実。
間違いない。

17 :日本@名無史さん:05/01/30 16:11:54
馬で富士山に登ったのもマヂ。

18 :日本@名無史さん:05/01/30 16:36:31
1は、法隆寺の中心で叫べ。作務衣の坊さんが飛んでくるぞ

19 :日本@名無史さん:05/01/30 16:39:04
五島氏によると予言者だったそうだが・・・

20 :日本@名無史さん:05/01/30 16:50:24
耳が10個ある奴なんて居ない

21 :日本@名無史さん:05/01/30 17:41:32
>>19
五島勉なんか出すなよ…。

22 :日本@名無史さん:05/01/30 20:07:07
まあ、厩戸くんに恐れをなして不比等が作った神話を楽しむようなスレに
なりそうですな。

23 :日本@名無史さん:05/01/30 20:27:08
聖徳プレイ

24 :日本@名無史さん:05/02/01 13:38:41
ぶっちゃけ隋書倭国伝のアメタリシヒコ=厩戸だと思えないよね。
発想の動機はウルトラナショナリズムだけど、襲酋僭称説のほうが的を射ている
ような気がする。
アメタリシコ本人は自分こそが「倭王」で大和の方の王権なぞ地方政権くらいに
しか思ってなかっただろうけど。

25 :日本@名無史さん:05/02/03 23:12:15
しかし古代の日本人はよっぽどお化け・と祟りが怖かったんですね。そこまでして
法隆寺を一生懸命再さいけんしたり、聖徳太子を捏造せんでもいいやん。
まあ、法隆寺周辺が世界遺産になったことが最大の供養なんでないの。うまちゃん。

26 :日本@名無史さん:05/02/03 23:26:25
日本書紀や古事記に書かれてるのが何でもデタラメ嘘というのが一時はやったが
いまだに言ってる奴がいるとはな

27 :日本@名無史さん:05/02/04 03:30:27
流行り廃りのレベルでしか物を考えられんのか

28 :日本@名無史さん:05/02/04 04:24:02
推古天皇も架空。

29 :日本@名無史さん:05/02/04 14:29:07
歴史書がいとも簡単に権力者の思いのままに操れてしまう事は事実。
実際 書記に書かれている中臣(藤原)氏のルーツや活躍は 古事記には
書かれていない。断言はできないがそこに捏造の疑いがでてくる。
不比等は今でこそ評価すべき名政治家だが。それが今の日本の政治の体質
システムの基礎を作ったんでは・・とさえ思う。(言いすぎやね)
なんだか、大化の改新も出来すぎというか、誇張しすぎの影がありませんか。
今から調べてみます。

30 :日本@名無史さん:05/02/04 18:02:43
質問します。
http://rongo.jp/kaisetsu/rongo012.html ←ここで
「聖徳太子の十七条憲法の第一条に、「以和為貴・和を以て貴しと為す」とありますが、
これは太子オリジナルのものではありません。論語のこの箇所から採ったものなんです。」

こんな意見がありましたが納得できません。

論破したいのですが、この意見を黙らせる資料がありましたお教えください。(ぺこり)
中国のパクリと言われ悔しくてたまりません。協力してください。


31 :日本@名無史さん:05/02/05 08:59:00
>>30
うーん、大日本帝国憲法もドイツを参考にしてるし日本国憲法もアメリカの押し付けだし、
他国のものを参考に条文に加えるのは別に悔しがる事でもないと思うが。

そのサイトでは聖徳太子が仏典をよく読んで「論語」にも精通していたと書いてあるけど
どちらかというと、日本書紀の編者が精通していたのでしょう。

って、これだと中国のパクリを否定はしてないな。。。


32 :日本@名無史さん:05/02/05 12:38:47
つーか唐以前の世界最先進国だったシナを真似して何か問題があるとでも?

今の脳梗塞国家・発酵国家シナを伝統があるからと必要以上に持ち上げるのも痛いが
逆に今のていたらくだけ見てかつてのシナの栄光を否定するのも同じくらいアホだぞ。

33 :日本@名無史さん:05/02/05 14:09:12
大王=蘇我馬子=聖徳太子

34 :日本@名無史さん:05/02/05 14:57:47
素直に「中国」って書けよ。
若いヤツが無理して「シナ」なんて書くのはみっともないぞ。

35 :日本@名無史さん:05/02/05 15:12:58
そんな事言い出すならあの時代の国名で書けよ。
中国って最近できた国名だし。 (細かく言うと中国じゃないけど。)

36 :日本@名無史さん:05/02/05 16:50:13
実在を否定するには、日本書紀に書かれてる「皇太子、親ら肇めて憲法十七条作りたまふ」と言う一文を
否定しなければならず、憲法十七条も危うくなるが、はてさて、如何なものか。。。
 

37 :日本@名無史さん:05/02/05 17:24:30
何やら、いきなり書き込みが滞ったが・・・
まあそれはいいとして、よくテキストなどに載っている、用明天皇の第2皇子。母は穴太部間人王。
名は厩戸豊聰耳皇子(所謂、厩戸皇子・うまやとのみこ)、謚名(おくりな)・・死後の敬称・・を聖徳太子と言う。
日本書紀によると憲法十七条の制定他・・・これらを否定するにはかなり骨が折れるんじゃないか。

38 :日本@名無史さん:05/02/05 17:57:07
憲法を制定したとかは別に普通の事だし、あってもおかしくはないわな。

39 :日本@名無史さん:05/02/05 20:39:34
厩戸皇子の立場の人なら憲法を制定するもんだってんで、そういうことにしたかもな
ただ、それを証明できるような史書がないんで世界史板ではまだ微妙

40 :日本@名無史さん:05/02/05 21:25:16
日本書紀は史書じゃないのか?

41 :日本@名無史さん:05/02/06 02:47:49
厩戸皇子(聖徳太子)を今更否定できるのか?

42 :日本@名無史さん:05/02/06 03:24:30
>>4は、錯覚してないか?
>上宮皇子と厩戸皇子は実在したと思う。聖徳太子は分からない。

これって、3つの名前は、普通は同じ人物だろう。
救世観音は761年「東院資財帳」に
上宮王等身観音菩薩、(聖徳太子)を等身大のモデルにした観音さまのことが記載。

43 :日本@名無史さん:05/02/06 06:46:53
厩戸皇子が架空の人物だとすると、6〜7世紀辺りの歴史関係の本の多くを
ガッ!しなきゃならんな。ガンガレ!

44 :日本@名無史さん:05/02/06 07:41:57
またチュンチョンか。次は義経も架空にされるな。

45 :日本@名無史さん:05/02/06 12:28:30
厩戸皇子は架空ではないだろ
ただ、厩戸皇子が憲法十七条つくったとかはうさんくさいが

46 :日本@名無史さん:05/02/06 13:13:43
「日出ずる国、日を没する国」と言う書を隋の皇帝に差し出したのは少なくとも
事実だろう。中国側の歴史書にも書かれていたと思うから。


47 :日本@名無史さん:05/02/06 13:29:09
それは九州王朝のアメタリシホコのやったことだよ。

48 :日本@名無史さん:05/02/06 13:34:30
スレタイでわざわざ「聖徳太子」とカッコつけてる意味を理解しろ。
徳川光圀や遠山景元は実在しても、黄門様や金さんは実在しないだろ。

49 :日本@名無史さん:05/02/06 14:02:59
聖徳太子関係のレア資料を大量に握っている研究会は、
聖徳太子リスペクト(つーか研究会に従順)の立場以外の学者には
閲覧とかさせないことで有名。
「聖徳太子はあんますごくねー」論文書いたうちの助教授は
その先の研究のために土下座して資料借りに言った。

50 :日本@名無史さん:05/02/06 14:07:39
>>36.45
604年憲法十七条作ったと言っているが、大王でも摂政でもない、
ただの王子が憲法など作るはずはない。大嘘。

51 :日本@名無史さん:05/02/06 14:51:13
聖徳太子のほとんど伝説は架空だと思う。
ただ、歴史なんて、後年の人が憧れを元に事実を強調して作るものだから、
聖徳太子の伝説がある程度虚構でもかまわない。
重要なのは、そういう人間が日本の歴史を考える上で必要だってこと。
そして現代の人間も、そういう人間に憧れや模範意識を持っていること。

1000年後には、宮本武蔵も坂本龍馬も事実になってるでしょう。

52 :日本@名無史さん:05/02/06 14:56:06
1よ、飯の種をなくすようなこと言うなよ。 日本史・宗教関係者
聖徳太子絵伝
聖徳太子信仰
聖徳太子像
聖徳太子伝私記
聖徳太子伝歴
聖徳太子平氏伝雑勘文
上宮記
上宮聖徳法王帝説

53 :日本@名無史さん:05/02/06 16:08:01
しかし、聖徳太子を否定する輩は大した度胸だな。
何せ、旧1万円札を否定するんだからな。
と言うことは日銀も否定すると言うことか。
まあ、日本を否定することでもあるな。
こんなことはシナニダでも無ければできないな。

54 :日本@名無史さん:05/02/06 16:31:25
>>51よ、どさくさに紛れて凄いこと書いてるな。
宮本武蔵も坂本龍馬も消しちまおうってか。
オマエ、ヤルねえ。

55 :日本@名無史さん:05/02/06 19:28:10
おう、熱いなぁ
趣味や嗜好は完全に大人になりきれないデヴヲタ君だがその熱意は買うぞ。
昼夜問わずヲタ嗜好全開なのは感心しないがな

56 :日本@名無史さん:05/02/06 19:43:16
>>54それらしい人物はいるとして伝説や司馬遼の作為だってことは
   知られてきたよね。

57 :日本@名無史さん:05/02/06 19:44:42
>>50憲法勘違いだろ。

58 :日本@名無史さん:05/02/06 20:19:48
聖徳太子架空説は学者の間でも有力説だよ

59 :日本@名無史さん:05/02/06 20:22:41
聖徳太子なんて名前は、厩戸王の生前にはなかったわけだからな。

60 :日本@名無史さん:05/02/06 22:08:31
>>1
だめだよ、聖徳太子で飯食ってる人が、失業しちゃうから。

61 :日本@名無史さん:05/02/06 22:21:32
聖徳太子 旧一万円札 日銀 ユダヤ 景教 キリスト教 秘密結社 ダビンチ
一ドル札 旧五千円札(稲造)・・・こりゃ関係ありそうですな

62 :日本@名無史さん:05/02/06 22:26:14
聖徳太子の業績はほとんど蘇我馬子のやった事。
蘇我馬子を否定する為に創作されたのが聖徳太子。

63 :日本@名無史さん:05/02/06 22:44:41
厩戸王は実在で、その厩戸王の死後の名前が「聖徳太子」なんだから、
実在しないとか創作とか言われても混乱するよな。

歴史に疎いヤツは厩戸もひっくるめて、そういう人物が架空と思うぞ。

64 :日本@名無史さん:05/02/06 23:02:57
つまりは中臣鎌足が影の支配者か・・・蘇我氏を内部分裂に追い込み片付け、
藤原姓をもらったか。入鹿も山背も石川麻呂もかまちゃんにしてやられたか。
うまいな、いまだに国民のほとんどは山背殺害にかまちゃんが加担していると
は知らない人が多いいんでは。


65 :62:05/02/06 23:05:36
「聖徳太子」という名前は蘇我馬子が「聖徳大王」と呼ばれて
いたことから作り出されたもの。
「厩戸王」は蘇我馬子、即ち「馬子(大)王」の事。

66 :日本@名無史さん:05/02/06 23:13:47
>>54
消すも何も、元々架空の人間だぞ
義経と一緒

67 :日本@名無史さん:05/02/06 23:26:20
>>53
少なくとも旧一万円札の図像が時代を下った厩戸皇子とは縁もゆかりもない
人物だってことは、史学界どころかニュースでまで報道されとったが?
お前の方こそ本当に日本人かw

>>66
どさくさに紛れて工作活動すな
ネタならスレが混乱するからやめろ

68 :日本@名無史さん:05/02/06 23:26:32
聖徳だけだと思ってるのか。信長だって信玄だって秀吉だって伝説だぞ。

69 :日本@名無史さん:05/02/06 23:36:38
2chネラーなんてドンキホーテの集まりだろって常々思ってたが
こいつぁすげえわ、ハリボテの風車どころじゃねえや、見えない戦車と戦ってやがる

70 :日本@名無史さん:05/02/06 23:49:52
どうだろうな、いっそうのこと、日本は1945年から突然始まったとしたら。
面倒くさくなくていいと思うぞ。米の核実験により、突然変異で弥生人が現日本人として発生した。
ここ60年なら科学的データが揃ってるから、有った無かったとかで煩わしくなくていいぞ。

71 :日本@名無史さん:05/02/07 00:13:27
>>67
工作活動っていうか、歴史的人物とか事件ってそういうものでしょうに。
すべての情報を伝えられない以上、
後年の人が「これは重要だぞ」とか「この人は英雄だろ」とか、
そういうのが選ばれて歴史的人物や事件になってるわけじゃん。
そういう選定作業がすでにフィクションの要素を含んでいる。
しかも、その選定に意味を持たせるために、いらない逸話を付け加える。
さらに、その時々の権力者の意向も加わって、、、
義経や聖徳太子なんて、まさにその代表。

72 :日本@名無史さん:05/02/07 02:33:25
>>62
松本清張説?

73 :日本@名無史さん:05/02/07 03:07:50
>>71
義経と「聖徳太子」じゃ粉飾度が違いすぎる。


74 :日本@名無史さん:05/02/07 17:38:35
オイオイ。義経はチンギス・ハーンだろ?

75 :日本@名無史さん:05/02/07 18:03:35
ネタスレになったか。。。
たいした知識も教養もないのがよってくるとこうなるんだな

76 :日本@名無史さん:05/02/07 19:33:21
文系の引きこもりはスゲエな。
聖徳太子〜坂本龍馬まで、抹殺しようとはな。ummmm・・・

77 :日本@名無史さん:05/02/07 20:48:49
>>30
第一条の全文を読んだらパクリじゃないことは明白。
他の条文もそうだけど、「和を以て貴しと為す」はそのあとに続きがあるんだよ。

78 :日本@名無史さん:05/02/07 23:16:29
>>76のような反応見ると、義経だの竜馬だの持ち出してる香具師は
「聖徳太子」肯定派なんじゃないのか。
その他の電波な存在・業績否定説と同一視させたいんだろう。

79 :日本@名無史さん:05/02/07 23:53:03
いや、その部分は引用だと考えるのが自然でしょ。
パクリと言うかは別にして。

80 :重複です:05/02/08 01:07:52
聖徳太子と飛鳥時代について語りませんか
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1029917483/l50

81 :日本@名無史さん:05/02/08 05:28:35
>>71
義経や竜馬みたいに、色んな伝承が伝わって事実とは違ってきているっていうのと、
聖徳太子みたいに最初から思惑で作り上げたのではだいぶ違う


82 :日本@名無史さん:05/02/08 07:53:28
ここの皆さんも、聖徳太子架空説のよりどころとなっている学説は、大山教授のものでしょう。
しかし、騒ぎだけは大きくしましたが、学者2〜3人が支持してるのみで、今となっては概ね否定的ですよ。
取り敢えず、貼っておきます。

1999年に刊行され学会に波紋を投げかけた大山誠一・中部大教授の学説は、次のようなもの。
 
712年完成の「古事記」には聖徳太子の記述がほとんどない。従って720年完成の「日本書紀」によって
聖徳太子像は生み出された。当時実権を握っていた藤原不比等や長屋王らが、唐から戻った僧の道慈に
命じ、過去の皇族の中か厩戸王をモデルにして、「聖人」としての聖徳太子像を創作したとの主張だ。

それに対し、↓ほとんどの学者は此方支持。
直木考次郎・大阪市立名誉教授(古代史)は、・・・「日本書紀が成立する十四年前に作られた法起寺の
塔露盤銘には聖徳皇という言葉があり、書紀で聖徳太子を創作したとする点は疑問。露盤銘を偽作とする
大山氏の説は推測に頼る所が多く、論証不十分」と指摘する。・・・日経04・01・10
 

83 :日本@名無史さん:05/02/08 08:08:26
大山教授が主張の重要な根拠である、藤原不比等・長屋王・道慈による、捏造説。
その反論の一例を、もう面倒だから、貼っておく。
http://www.bell.jp/pancho/hyper-history/siron_shotokutaisi/ooyama/section%201-9.htm

84 :日本@名無史さん:05/02/08 19:49:30
大山氏か
この人の説は推論に対する裏づけがまだ未整理な状態で、これからって気もするが。
面白いのは、大山説も断定するには弱く、それを否定する方もまだ弱いって所だよな。

85 :日本@名無史さん:05/02/08 20:39:46
 おまえら何いってんだ。この国は70年前独立するまで、インドの植民地で、俺らは
ほとんどが中国の辺境や、ベトナムの山間地、台湾の高山地帯からの移民じゃないか。
なに、薬やってんだ。

86 :日本@名無史さん:05/02/08 21:01:52
>>84
キミさ〜、言ってる意味解ってる?
まあイイか、面倒だな。

87 :日本@名無史さん:05/02/08 21:22:05
言いたいことぐらいはわかるだろうに
ただ煽りたいのかいな

88 :日本@名無史さん:05/02/09 01:41:51
先生はお手つきしちゃったかな。
人間、先が見えてくると、功名心に目の眩んだ愚行と取られたり、山師呼ばわれされるような、
行動をとってしまうこともあるが、もし、それに近い精神状態だったら、寂しい限りだが、
そうでないことを願おう。
establishmentされた論理や実証をうち破るには、極めて緻密な完璧性が無いと
現状ではriskが増大するが、はてさて、今後も意地を通すか、方向性を変えて突破口を見つけるか。
いずれにしても社会科学は2chでは無いんだから、理論を成立させるには科学的実証があって初めて、
客観性を持つのは何をか況わんやだが。

89 :日本@名無史さん:05/02/09 15:29:27
第一条の「和を以て貴しと為す」が論語から採ったものだという話だが、
論語には昔の王も和を美徳としたとあるから、論語よりも前に和の大切さが
中国では認識されていたわけだから、論語から採ったと決め付けてしまうのはおかしい。
それに論語は、礼の運用に和が大切だと言ってるわけだが、聖徳太子は礼の運用云々とは
言ってない。だからますます論語から採ったと考えるのはおかしい。

90 :日本@名無史さん:05/02/09 15:31:57
日本史板っていつもぐちゃぐちゃになるよな。
一つのスレで話がまとまったことあるの?

91 :日本@名無史さん:05/02/09 15:52:21
2chはどの板もぐちゃぐちゃになるんだが

92 :日本@名無史さん:05/02/09 23:30:43
>>89
昔の王も和を美徳としたかどうかは問題ではないね。
その意を「以和為貴」この4文字で表現したかどうかが問題。

例えば、「時間は大切だ」と昔から言われており、
それを「光陰如矢」と表現する書物Aがあったとする。
さらに後年の書物Bに「光陰如矢」と書いてあった。
ならば、書物Bの著者が、書物Aからとったか、
もしくは書物Aから一般に流布していた表現をそのまま使った。
そう考えるのが自然でしょう。

93 :日本@名無史さん:05/02/10 00:53:03
>>92
あなたは、2chでは、珍しく、論理秩序の整った人だ。
呉々も、論理と秩序を反対に並び替えて解釈しないで頂きたい。

94 :日本@名無史さん:05/02/10 13:38:11
>>92
論語だけが「以和為貴」という4文字を使っていたと調べた上で言うのならわかるが、
調べてもいないのに論語から採ったと決め付けることはできないでしょう。
聖徳太子の時代にあって今は失われた書物もあるだろうしね。

95 :日本@名無史さん:05/02/10 14:18:52
宇多田ヒカルのTravelingという曲に、「風の前の塵に同じ」という表現がある。
が、それだけでは『平家物語』の冒頭文からとったと決めつけるのはおかしい。
諸行無常という同様の思想は、『平家物語』以前から一般的なものだった。
しかも、宇多田ヒカルの時代にあって、今は失われた書物だってあるだろうしね。

って、1500年後に言われるのか。
そこからとったのは、今の時点では明らかなのになぁ。
というか、歴史上だとパクリという概念が成立しないのね。

聖徳太子とされる人物は、儒教の影響を受け五経にも精通していたとされるのに。

96 :日本@名無史さん:05/02/10 15:59:35
ummmmm。。。

 

97 :日本@名無史さん:05/02/10 22:30:19
以和為貴と表現するのが当時の中国で特異なものかどうかということが
問題なのだから、「光陰矢の如し」や「風の前の塵に同じ」という表現と
同様に捉えてはまずいだろう。


98 :日本@名無史さん:05/02/10 22:36:54
訂正
問題なのだから===>問題  「なのだから」は削除

説明すべきことを説明してくれているなら納得はするが、勝手なこじつけでは
納得できるわけがない。


99 :日本@名無史さん:05/02/10 23:36:02
まぁ、過去のある表現が特異だって事は、
証明不可能なんだから、言っても仕方ないやね。
つまり、「以和為貴」が論語からのパクリかどうかは不明。

ま、俺はパクリだと思ってるけどね。

100 :日本@名無史さん:05/02/11 04:51:13
私が聖徳太一です。100をgetしましたので、これにて終了いたします。
長々偽造スレにご協力下さいました皆様には私がスレ主に成り代わって御礼申し上げます。
・・・これにて終了!

101 :日本@名無史さん:05/02/16 15:12:17
>>1
聖徳太子は百済の威徳王昌と聖明王をモデルにした架空の合成人物

102 :日本@名無史さん:05/02/17 01:10:29
>>101
鹿島説は結論だけ書くと半島電波と区別つかんから論拠までしっかり書け

漏れは面倒なんでパスw

103 :日本@名無史さん:05/02/17 01:53:20
何つってもマジカルな時代の話だからな
登場する偉人たちは法力も呪術も千里眼も使える
そんなモンだろ

実際どうかなんて知る方法がない
あとは人それぞれの興味なんでないの?
捏造とかって小さい解釈だと思うがな

104 :日本@名無史さん:05/02/17 06:57:49
>>1-103
それは、と も か く、

アメのタリシヒコって誰なのかな。
ガコーの授業で、イコール聖徳太子と教えられたけど、これ納得できる?


105 :日本@名無史さん:05/02/17 13:39:01
天皇陵の指定と同じくらいアバウトだと思う

106 :日本@名無史さん:05/02/17 20:37:07
それが結論か。

107 :日本@名無史さん:05/02/21 17:39:28
事跡は出鱈目や後世の捏造ばかり。書紀の記載も中国の公史書と比較して疑わしい。
17条憲法も音韻学的研究成果などからみて後世の作臭い。
だから実在とは思えない とワシも思う。

108 :日本@名無史さん:05/02/21 19:22:42
>事跡は出鱈目や後世の捏造ばかり。

まず、これの理由は?

109 :日本@名無史さん:05/02/23 12:57:43
太子って架空だろ。一般常識じゃん

110 :日本@名無史さん:05/02/23 13:45:51
http://www.geocities.jp//garbage543210/Videos/20040626.wmv

聖徳太子でマジ切れ・・・コワーー(´Д`;)

111 :日本@名無史さん:05/02/23 15:46:26
まああれだけ力のあった蘇我が何もやってないことになってるからな。

112 :日本@名無史さん:05/02/24 11:58:45
昨日のヘキサゴンでも「聖徳太子が建立したといわれる寺は?」と問題がでてた。
法隆寺を「建立した」とは言わないということは、やっぱり業績とかが相当不確かなんだろうね。


113 :日本@名無史さん:05/02/24 14:49:07
関羽が算盤作った等の話と、どっちが信憑性あるんだろ・・・

114 :日本@名無史さん:05/02/25 12:32:18
伊予風土記によれば温湯碑という石碑に『法興』の時に『法王大王』が来たと書いてある。
これは聖徳太子のことに違いない、といって聖徳太子が湯治に来たことにして、後から聖徳太子作の漢文碑まで作りました。
しかし『法王大王』は天皇が僧籍に入って使う称号で太子のまま死んだ厩戸のことではないですね。
日本書紀にも太子の伊予行きなど何処にも記載はないです。これは聖徳太子信仰が生み出した架空伝説の一つですね。


115 :日本@名無史さん:05/02/25 12:33:48
伊予にはこの手の聖徳太子伝説が山ほどあります。

江戸時代に発達した伝統の伊予竹工芸。
これも聖徳太子が道後温泉に来遊した折、周囲の竹林の多さに気づき、土地の人々に篭の編み方を伝授したという。
おいおい、太子は竹細工の技術者かよ。

聖徳太子が道後に来られたときに立ち寄って参詣され、神号扁額を奉納されたと言い伝えられる高忍日賣神社。
太子は仏法だけでなく神道も信仰されたらしい。


116 :日本@名無史さん:05/02/25 12:36:40
第六十一番 札所 真言宗香園寺 
用命天皇の御代に聖徳太子が天皇の病気平癒を祈願して堂守を建立したのがはじまりでといいます。
この時、金衣白髪の老人が現われ、本尊の大日如来を安置したといわれます。
真言密教は、806年に遣唐使に随行した空海がはじめて支那より持ち帰ったとされる仏教です。
体系化される前の密教(雑密と呼ばれます)が奈良時代には伝えられていたようですが、
聖徳太子の創建当時、日本に入ってもいない密教の中心仏大日如来像が安置されるのは怪異現象です。

四国八十八ヶ所の第五十二番札所太山寺は伊予の国に来られた聖徳太子が縁を結ばれた寺といいます。

境内の一角にある聖徳太子堂・夢殿には、法隆寺の夢殿にあるのと同じ聖徳太子像がまつられていて参拝客も多い。
しかしこの寺、戦後の発掘で鎌倉末期の創建であることが判明。

他にも聖徳太子ゆかりというあやかりインチキ寺がたくさんあります。


117 :日本@名無史さん:05/02/25 12:42:24
伊予は国をあげて聖徳太子伝説を捏造し宣伝に使ってきた歴史があるようだ。
そういえば、
銘菓「伊予の月」はどう考えても「萩の月」のパクリではないかと思う。
萩の月を食べると、伊予の月はパクりの上に、格下だと思われ。


118 :日本@名無史さん:05/02/25 12:58:50
伊代からは、国家の存亡の危機を救った、
秋山真之を輩出している。
一方、人口的にも比べられない規模の関西からは、
こういう類の世界を巻き込んだ英傑はひとりも出ていない

119 :日本@名無史さん:05/02/25 18:52:06
太子は馬子だろ。大王に即位していた。だから蘇我家に国記天皇記もあった。

120 :日本@名無史さん:05/02/25 21:28:35
http://www.shinchosha.co.jp/images/book/610062-2.gif

121 :日本@名無史さん:05/02/26 05:19:26
>>119
それだと現天皇家は皇位を簒奪した正体不明の連中ってことにならんか?

122 :日本@名無史さん:05/02/26 07:26:36
奴らに掛かれば、聖徳太子を架空の人物にするくらいは簡単だぜw・・・だとさ
 

123 :日本@名無史さん:05/02/26 08:42:40
馬子の業績のうち良いものだけを太子として分離

124 :日本@名無史さん:05/02/26 08:49:10
>>119
いくらなんでも、それは無理がありすぎだろ。
以前NHKのその時歴史が動いた、と言う番組で第136回放送の聖徳太子の”日出づる処の天子より”
で太子の紹介欄に、
「聖徳太子」という名称について
「聖徳」は、没後に与えられるおくり名です。生前は、「厩戸王子(うまやとのみこ)」と呼ぶのが、
学術的には正確です。しかし今回の番組では、広く一般に親しまれていることから「聖徳太子」の
名称を使いました。
また、「推古天皇」や「用明天皇」についても、6世紀末から7世紀初頭では、「推古王」「用明王」と
呼ぶのが学術的には正確です。しかし、これらも上記と同じ理由から、「推古天皇」「用明天皇」の
名称を使いました。
冒頭で、「倭国は当時、大王(おおきみ)と呼ばれた天皇と、有力な豪族によって統治されていた」と
紹介したのは、このことに対するお断りです〜〜〜
西暦593年に聖徳太子が「摂政」に任じられた時のシーンで「蘇我馬子とともに政治を担うことになった」
と紹介してある。

と、記載されているぞ。NHKのHPより抜粋。
上記記述が間違ってると思うなら、NHKの文句を言え。

125 :日本@名無史さん:05/02/26 09:16:11
>>121
そうです、何処の馬の骨か分からん奴らが皇統譜をでっち上げ、天皇、名のっているだけ。

126 :日本@名無史さん:05/02/26 10:08:26
>>125
なこたあない。
昔は本妻プラス側室・女御・更衣など、
多数の女性に子供をはらませた。
近い遠い合わせたら、兄弟親戚いっぱいいるんだよ。
後継者争いは激しかったんよ。
外戚まで含めたら、もっと激しい。

だから、中国もそうだけど、ちゃんとセク-スしたか
御付の女御が隣室にいて確認してたらしいよ。

「全く何処の馬の骨か分からん奴ら」が
つけいる事が出来る可能性は、想像するより、よっぽど低い。

127 :日本@名無史さん:05/02/26 11:12:36
>>126
じゃ〜、天皇って何処の馬の骨ですか?
多分、半島からきた不法移民だと思うけど。

128 :日本@名無史さん:05/02/26 15:37:32
そう言う話は生物板にでも言ってやれって。
もう既に板違いだから。

129 :日本@名無史さん:05/02/26 15:58:03
聖徳太子が天皇にならなかった件について

130 :日本@名無史さん:05/02/27 03:59:30
大和朝廷がそのまま天皇家になったって素直に信じられないんだよな。
平城京は古墳ぶっ壊して作った形跡あるから。
先祖の墓にそんなことしねえだろ。
まあ仮に今の天皇家の始まりが平城京建設どころか平安朝あたりからだとしても
世界一古いことには変わらんがね。


131 :日本@名無史さん:05/02/27 04:21:22
聖徳太子が架空って、又半島人の戯言か。。

132 :日本@名無史さん:05/02/27 13:29:44
聖徳太子のアホは バカ尻もちゃげて   ふぃん ふぃん
とくしょうはん、しっかり おしいたか   そうだにゃ 何いうとるにょ
仏の手下はいらんぞな  釈迦の切腹  ほとけの丸焼き

馬鹿な釈迦 アホ仏  ついでに馬鹿キリスト あほマリア  もっと言おうか 馬鹿なマホメット
それから 教派神道どもの ばかな神
とくしょうはん、 どうなってるたか  17の数字はなんじゃいな
「和」もいらんぞにゅ  そうにゃんだにぉ

ソレソレ  ふぉっこる ふぁっける   ふぇろはって     
ヴぉお  ヴぉお  ←唇をあわさずに ぼと言う

らての けとほが  今日は  ずぼうと挨拶
さっぴを持てや  釈迦狩りじゃ

「たんあがた どこさ 肥後さ  〜 〜」と歌うのだ  これで料理の歌だ
熊本のそうども  子供に アホなこと 教えるなよ

キリストの目抜けや!!   マホメットの面皮 ひっぱがせ  この悪人どもめ
マリアを裸にして 逆さづり やりでついたら おもしろいね
こんなものは 捨てろ     長い

仏を捨てて ヨイヨイヨイ
キリスト捨てて  万歳万歳
マホメット捨てて  よ〜いやな


133 :日本@名無史さん:05/02/27 14:05:28
>>131
推古天皇の分身説(蘇我入鹿込みで)があるよ。
鯨のネタだけど

134 :日本@名無史さん:05/02/27 14:17:46
もう誰かタイムマシン作れ。
そうじゃないと結論でない。

135 :日本@名無史さん:05/02/27 19:06:20
>>131

このスレで展開されてる説について何一つ言及せずいきなりそんなレスする
お前こそ半島人以下の語学力で書いてることが読めないのか。
読めても理解できないのかどっちだ?

136 :日本@名無史さん:05/02/28 10:17:59
ということで聖徳太子は架空ですな。

137 :日本@名無史さん:05/03/03 01:54:02
キミは日本政府を相手取って喧嘩売るんつね。
と言うより日銀かな。それともNHKかな。。
まっとうな日本人ならそんな破廉恥なことできるわけがない。

138 :日本@名無史さん:05/03/03 11:52:27
日銀はどうやら唐代のシナ人らしいあやふやな由来の図像を、聖徳太子などと言う虚像はなくとも
皇族ではある厩戸皇子の肖像と詐称して紙幣の図案に使った非国民ですが何かw

139 :日本@名無史さん:05/03/09 22:37:03
>>138
唐シナ人は居ない
居たのは唐人

140 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 23:07:00
隋と唐って、鮮卑族系だから、いわゆる北狄だな。

141 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 23:42:14
「日米分断 中国の狙い」「強固な同盟構築 議論の前提」 葛西敬之
---空論「東アジア共同体」---
 「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)無きや」。
7世紀に聖徳太子が隋の煬帝に送ったこの親書は、太子の時代にすでに日本の地政学的な座標が
「太平洋の西端で中国大陸と向かい合う島嶼」と認識されていたことをうかがわせる。
 今年は世界大戦終結から60周年。敗戦に至る昭和史を繙くと日本がこの伝統的な認識を
離れ、自らの座標を「アジアの東、日出ずる処」と変更したことが不幸の始まりだったことが分かる。
日本の指導者たちはアメリカとの関係悪化を恐れつつも、大陸での利権擁護を叫ぶ資本と国内世論
に流されて日中戦の泥沼にはまり込み、蒋介石の日米離間に絶好の隙を与えた。そのうえ
根拠のない希望的観測に縋ってアメリカの決意を過小評価し、三国同盟、仏印進駐、大東亜共栄圏
の推進など失策を重ねた結果、望まざる対米戦に追い込まれて国を滅ぼしたのである。

142 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 23:42:45
 60年の歳月が流れ、日本は今再び選択の岐路に立っている。「東アジア共同体」構想は中国主導
でなし崩し的に進められようとしている。昨年11月末の「ASEAN(東南アジア諸国連合)+3」首脳
会議で提起された「東アジア・サミット」の非現実性は、多くの人々の危惧を呼んではいるものの、
中国進出日本企業や財界一部の思惑を映してか、表立っては議論がなされないまま今年の暮れには
第一回の会議が開催される運びという。
 このように国の運命を左右する国策が国民的な議論を経ることなく形作られ、しかも、同盟国である
アメリカの強い懸念を無視して、いつの間にか既成事実化されようとしている現状を60年前の過ちと
重ねるとき、不吉な予感を禁じ得ない。
 ブッシュ政権になってからの日米関係は急速に好転し史上最良の日米関係、世界で最重要な二国間関係
と評価されるに至った。中国の狙いが、アメリカを排除した共同体構想に日本を引きずり込み、良好な
日米関係に楔を打ち込むことにあることは想像に難くない。しかも「反国家分裂法」と一対をなすこの動き
は、日米同盟による日本の安全保障体制とは決して両立し得ないものだ。

143 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 23:43:38
 日本の「東アジア共同体」推進論者は口を揃えて日米安保は堅持すると言う。
それならば口先だけではなく実を示さなければなるまい。すなわち、まず集団的自衛権の行使を宣言し、
再編成・再配置される米軍を積極的に日本に取り込んで自衛隊との密接な協働体制を整えるべきだ。
併せて経済・産業面での日米相互依存関係を強め、一層多重的で強固な日米関係を構築したうえで初めて
、東アジア共同体について論ずるべきなのだ。それも国民的な場で透明度の高い戦略的な議論を。
 「共同体」といえば通常は理念と価値観、例えば民主主義、自由主義、人権尊重などを共有する国々が
条約を結んで作るEU(欧州連合)のようなものを連想する。地域的にも近接し、構成国の人口は対等合併の
イメージに適う程度の均等性を有するのが前提だ。
 ところが「東アジア共同体」の場合、そのエリアは陸海におよび、広大に過ぎるばかりか、人口13億とも
いわれる中国がその中心的存在となるなら、共同体の形は吸収、併呑以外に考えられない。
共産党の一党独裁体制は民主主義、自由主義、人権尊重の理念とは対極の関係にある。

144 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 23:44:28
 またEUの場合一人当たりGDP(国内総生産)の各国間格差は1対10程度であるのに対し、「東アジア共同体」
では1対100にものぼる。かく見れば「東アジア共同体」が非現実的な空論に過ぎないことは明らかである。
 にもかかわらず中国がこれを熱心に推進するのは「東アジア」、「共同体」などのイメージを政治的に
利用するためと考えるほかない。アメリカと台湾抜きで「東アジア・サミット」が開催され、それに
日本が出席することになれば日米関係に亀裂を生み、ASEANとアメリカを分断してAPEC(アジア太平洋経済協力会議)
を形骸化し、台湾を国際舞台から消し去る重要な一歩となる。
 3月9日読売国際会議でアーミテージ前国務副長官は「協議体の拡散は、米国とアジアの間に、また日米間に楔
を打ち込むことにつながらないだろうか。協議体が増えるのは、米国の存在感を小さくしようとする
動きなのではないか」と語り、アメリカが中国の意図を読み切っていることを示した。
 また共同体を掲げることにより日本への入国を自由化することが中国の狙いだと危惧する有識者も少なくない。
取りあえず人の交流だけでも先行させ共同体への地均しとしようという提案が中国側から出されても
何ら不思議ではない。

145 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 23:47:51
 自国内での人々の移動を制限している中国が日本に対して入国を自由にせよと求めるのは道理に適わない。
しかるに経済人の中には少子化、高齢化対策と称してこれに同調するような声も聞かれる。進出先の中国での事業を
やりやすくするために取引材料と考えているのだとすれば、情けない話だ。
 中国はすでに日本全土を射程に収める核弾頭ミサイルを多数配備し、さらに急速な軍事力の増強、近代化
を推進している。それらを背景に日本固有の領土である尖閣諸島の領有を主張し、排他的経済水域での
資源掘削を続け、原子力潜水艦による領海侵犯などを繰り返している。これらの挑発すべて、日本の決意
と日米同盟の実効性を試し、あわせて日米分断の可能性を探っていると見なければならない。
 これらにどう対処すべきか。
 「集団的安保の逆説とはその能力が高まれば高まるほど、実際の力を使わなくて済む点にある。
中国に関しても、日米が肩を組む限り脅威が減るのは確かだ」というアーミテージ氏の認識が抑止戦略の
本質を的確に示唆している。すなわち、最重要な貿易相手であるとともに最大の脅威でもある中国と理性的に
向かい合い、安定的に共存するための唯一の現実的方策は不動の日米同盟である。

146 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 23:48:38
 両国がともに「太平洋国家」として必要ならばいかなる犠牲をも払う覚悟を示し、それを十分な備え
で裏付けたときに初めて抑止力が機能し、東アジアの平和と安定を保つことができる。ASEAN諸国の日米への期待
はまさにその点にある。
 そのためにも日米は明確なメッセージにより、決して分断されないことをあまねく認識させなければならない。
もちろん、このような侵害が繰り返されるなかで「共同体」を論ずるなど論外である。
 長期的、安定的な友好関係は相互の尊厳の上にのみ成り立つ。中国の市場をあてにして迎合的に振舞えば、
中国からは侮りを呼び、日米関係においては相互の信頼を失うだけだ。道義を踏まえ、毅然とした態度を
保持することだけが相互の尊厳と信頼を確保し、長期の国益に適うことを心に銘記すべきである。
「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)無きや」。

147 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 12:33:15
>>140
王朝は異民族でも官吏の大半は漢人だろう

148 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 12:12:26
141〜146
の結論から言うと聖徳太子は架空の人物ということだそうです。

149 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 09:05:52
もともと北狄である鮮卑族系の隋に対して、
東夷とよばれた日本が対等意識を持つのは当然である。

聖徳太子が対等宣言をしたのはそこに尽きると思う。

150 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 10:49:50
対等宣言なんてしてません。
厩戸皇子がアメのタリシヒコだと証明できないんで。

151 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 13:31:02
>>149
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

152 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 02:41:42
-ココまで読んだ-
素人が横からお邪魔します。

質問が2つほど。
1つ目。いわゆる歴史学会では実在説・否定説どちらが優勢なんでしょうか?
2つ目。谷沢永一氏の「聖徳太子はいなかった」という本、これの評価は『電波』なのか
それとも『学会の常識をそのまま述べただけの本』なのか、どちらなんでしょう?

ご回答宜しくお願いします。

153 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 04:09:37
>>152
(1)学会の通説は、後に聖徳太子と呼ばれた皇太子
  厩戸皇子は実在したです
(2)谷沢説は電波です。梅原猛氏の説の方が坂本太郎氏の反論が
  あった点から見て、はるかにマシな扱いを受けています

154 :152:2005/04/26(火) 04:20:11
>>153
夜分遅く回答していただき、どうもありがとうございました。

155 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 20:42:29
>>152
http://www.tabiken.com/history/doc/I/I337L100.HTM
参考になるよ

156 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 21:01:14
>>82
大山誠一氏は長屋王の没年齢問題でも、杜撰なテキストクリティークを
行なった方ですから、はっきり言って信用できない学者です

公卿補任や扶桑略記の長屋王の没年齢記述を否定しながら
王の父である高市皇子の没年齢記述は無批判に肯定するという
同一史料に対して平気ダブル・スタンダードを使う人ですから

157 :日本@名無史さん:2005/05/02(月) 16:32:25 ?
自殺するなら首吊ろうよ


158 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 01:43:58
聖徳太子が、実は実在した天皇だとしたら?
息子の山背大兄王ら一族は全部殺されちゃってるし、ヤバすぎ!と
体制側が故意的に記録を残さなかった可能性はない?

即位してない人の息子が‘大兄‘を名乗ってるのが
不自然な気がする。

159 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 12:15:39
「上宮聖徳太子伝補闕記」では、山背大兄殺害を
入鹿の独断ではなく、孝徳天皇も首謀者だったとしてるから
かなり大胆な記述になってるけど、その補闕記でさえ
太子の即位や暗殺を記述してない以上、太子の即位や暗殺は
なかったと考えるしかないです

160 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 15:26:14
>>158
どうせ責任を蘇我氏になすりつけるんだから天皇でもOKだろ
むしろ蘇我氏排除の大義名分がさらに強くなる。

161 :太子です!:2005/05/10(火) 21:14:57
くぇrちゅいおp@@」:;lkjhgfdさzxcvbんm、。・¥づ

162 :日本@名無史さん:2005/05/11(水) 00:35:19
推古天皇って実在したの???
同時期に来日した中国人は男の王とその妻の名前を残してる。
推古時代には男性の王様がいたんなら、推古も捏造?

というより、確実に実在が確認される最初の天皇って誰???



163 :日本@名無史さん:2005/05/13(金) 14:55:08
おれおれ

164 :日本@名無史さん:2005/05/13(金) 20:29:03
推古天皇は男

165 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 20:32:35
聖徳太子なんていない

166 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 00:17:56
厩戸皇太子に聖徳という諡号を贈った天皇は誰ですか?

167 :日本史@名無しさん:2005/05/24(火) 01:15:19
厩戸王子は皇太子ではなく、憲法を施行するような権力を持っていた証拠は
一つもない。官位十二階も同様。

「武」「祟」字と同様、「聖」字もろくな死に方をしていない天皇の諡号。

余りにも伝説化が早すぎるので、明らかに政治的意図の元に作られた伝説
なんだろうね。蘇我氏=悪という構図の成立と表裏一体だと思う。時代的にも、
不比等の立場からも。

168 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 05:15:53
>>167
厩戸皇子が皇太子ではなかったと記述している史料をお教え下さい
歴史学の場合、史料に基づかない発言は意味を持ち得ません

169 :日本史@名無しさん:2005/05/24(火) 22:52:13
では皇太子と書かれた資料への批判は?

そんなことだから歴史学、つうか考古学は馬鹿にされんだよ。

170 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 12:05:46
ここであえて「皇太子なんてのはもっと後の年代に作られたもんだ」ってのを持ち出してみる

171 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 20:28:38
>>170
厳密に言えば皇太子という称号自体は、天皇・皇后と共に天武朝の時に
作られた可能性が高いです

しかし厩戸皇子(王子)が一介の王子に過ぎなかったら
その息子の山背王が、大兄という有力王族の呼称で呼ばれる
はずがありません

山背王は日本書紀を始め各史料で山背“大兄”王と記述されています

172 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 20:33:59
>>169
史料批判は歴史学の生命線ですが、史料に基づかない見解は
歴史学では意味を持ち得ません

何故なら史料に基づかない見解では、肝心の史料批判が行なえませんから

173 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 14:15:21
>大兄という有力王族の呼称
大兄って、王子のなかの年長者の敬称かと思ってたよ

有力王族だとと大兄ってつくのかぁ


174 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 21:49:51
>>173
押坂彦人大兄王子
山背大兄王
古人大兄王子
中大兄王子(葛城王子)

何れも大王に即位する可能性があった王族です

175 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 18:33:56
そりゃ、王子なんだから何れも可能性あるよね

大兄がつくのとつかないの差は何かってこと
有力でないならつかないの?

王族のなかで一人の母親から生まれた中での第一王子が「大兄」なのでは?


176 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 14:27:40
聖徳太子を偉い人に作ったんだから、当然その息子は大兄王子とよぶ。

177 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 18:25:06
結局さー、厩戸皇子を聖徳太子と呼ぶなという
せんせーはさー、孔子を孔丘とよべー
Qちゃんとよぶのだー!
ってな感じでだだこねてるだけってこと?



178 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 23:26:50
>>177
先生は授業に私情や思想をいれてはいかん。
特に社会の先生は。

179 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 11:49:06
たしかに、厩戸皇子は存在したのだろうね。

180 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 12:20:14
要するに厩戸皇子が当時聖徳太子と呼ばれていたかどうかだけの問題だろ。くだらね。
それなら明治天皇までの天皇は全部存在しないな。

181 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 10:21:56
そもそも聖徳太子奉賛会なんちゅう団体があって、
聖徳太子絡みの研究に金を出しているから話がややこしくなる。
学者だって人間、金を出してくれたスポンサーの機嫌をそこねるような
もんは書かない。

と井上章一があるシンポジウムで言ってましたが。

182 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 11:31:14
隋書 倭国伝
大業三年
「日出処天子致書日没処天子、無恙、云々。 帝覧之不悦、謂鴻臚卿曰
蕃夷書有無礼者、勿復以聞」w

183 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 15:13:57
>>180
全然違います。
このスレッド内部の議論すら、碌に読んでいないようですね。

184 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 22:47:33
ところでこのスレで「捜聖記」読んだ人いる?

185 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 11:15:02
聖徳太子=電車男

186 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 22:16:26
蘇我蝦夷=エルメス

187 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 11:55:42
「国家権力による歴史の捏造」を声高に主張する大山説にはうさん臭いところがあるが、
それに反対する勢力の背後にも政治的、国民運動的思惑があるようで。
http://www.tsukurukai.com/07_fumi/text_fumi/fumi39_text01.html

外野から興味深く見物させてもらってます。


188 :日本史@名無しさん:2005/06/23(木) 21:13:59
問題は法隆寺の偉いさん自体に本当の事が伝えられているかどうかだな

とりあえずグッズ販売とかは明治以後のてきとーな俗説にしたっがってるようだがw

189 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 23:50:37
>>187
大山誠一氏の史料操作が恣意的なのは、長屋王没年齢問題で
既にボロが出てるから今更という気もするけど
大山氏の史料操作の特徴は、同一史料に対して自分の説に
都合が良い部分は肯定し、都合が悪い部分は否定する
しかも同一史料における記述に関して、肯定する理由と否定する
理由を明確にしないという有様

190 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 12:35:06
否定する時は説得力はあって、肯定する時はないという、変わったおっさん

アンチテーゼとしてはかなり役に立ってるとおもう

191 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 12:58:32
>>180
いや、存在していたのは上宮皇子だけかも?

192 :日本史@名無しさん:2005/06/26(日) 16:04:42
そう。学問的にはまだそんな段階。

だから学校で、一部の学者が勝手に確定した仮説を教えるのはヤバス

193 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 05:25:35
景教の影響だと認識はしていなかったんだろうね

194 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 05:27:15
大山誠一
サヨだと言われてるが
相当な男尊女卑
大学での態度は
ウヨそのもの

195 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 17:38:56
日共は昔から男尊女卑で有名。
戦前の「ハウスキーパー問題」も知らんのか?

196 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 20:11:31
国書ひとつて゛一族が滅ぶとは…

197 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 02:32:00
厩戸皇子に聖徳という諡号を贈った天皇は誰ですか?

198 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 00:37:19
   

199 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 19:53:44
聖徳太子を模して作ったといわれる法隆寺の夢殿の秘仏の写真を見て
そのあと、共産党の志位委員長の顔をテレビでも見たら、よく似てた
変わった顔なんだが、実によく似てる 血統でもつながってるのかなあ


200 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 07:11:44
厩戸王子の遺伝子を受け継いだ者は全員自殺(全滅)してますから
その子孫は一人もおりません

201 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 18:14:43
日本書記に関して言えば、厩戸王と不比羅と道慈のそれぞれの思惑が複雑に絡んで編纂された書物で、古事記との矛盾や他の書物の矛盾から聖徳太子は架空だと結論。江戸時代後期にはすでにそう言われてたらしい。

202 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 18:47:10
夢殿の秘仏の顔は、分厚い唇、大きな鼻、うすいマユ
全体像も長い足 どうみても黒人だよ 少なくとも倭人ではない
渡来系は間違いないところだろう
何人かの複合像だろうけどね 聖徳太子は

203 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 18:48:32
この世にりんごは存在しない!
これならばりんごを目の前に出せば相手を納得させられるが現在相手の目の前に出せないものならどうだろう
昔中国は日本の属国ではなかった!
日本の属国ではなかった証拠というのは存在しないので、日本の属国だった証拠がなければ属国ではなかったと言える
上記を踏まえて聖徳太子は存在しない!という考えならば
聖徳太子が存在する証拠(伝承)が残っているので否定される

いずれにしても現在存在しない事例なので
中国が日本の属国ではなかった事も、聖徳太子が存在していた事も100%証明する事はできない

ただし、厩戸皇子の死後に聖徳太子と呼ぶようになったので
厩戸皇子が生きているときに聖徳太子が存在したわけではない

204 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:35:46
聖徳太子は藤原不比等
天武は太子の息子

205 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:53:22
>>204
その仮説はどの史料を元に提唱されてるのでしょうか?
史料に基づかない仮説は意味を持ち得ません

206 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 00:20:43
>201に関して訂正。
厩戸王ではなく、長屋王と不比等と道慈でした。すんまそん↓


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