5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

最後の元老・西園寺公望だけど何か質問はあるかね?

1 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/06 11:51:40
近衛にも困つたものだ。

2 :日本@名無史さん:05/02/06 12:01:52
なぜあなたの後任となるべき元老を補充しなかったのですか?

3 :近衛文麿:05/02/06 12:09:50
>1
清華家ごときが偉そうに言うんじゃねぇ。

4 :日本@名無史さん:05/02/06 12:13:19
>3
西園寺も岩倉具視に「小僧」呼ばわりされたけどね。

5 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/06 12:45:43
>>2
日本に政党政治が定着すれば後継首相奏薦の役目は内大臣でも果たせると思って補充しなかったのだが…。
海軍の奴めが五・一五事件なんぞ起こすからおかしいことになってしまったわい。

>>3
政治の無策は家柄と無関係であるぞ。

>>4
あの頃は私も若かった…。

6 :日本@名無史さん:05/02/06 13:27:05
>>5
あんた、5.15の後まで生きていただろ。

7 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/06 14:13:10
>>6
あれで政党政治が維持できなくなってしまった。
憲政の常道が守れなくなったから私も政治姿勢を変えるしかなかったのだ。

8 :日本@名無史さん:05/02/06 14:25:03
who are yuu?



9 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/06 14:26:14
>>8
最後の元老、西園寺公望ですが何か?

10 :日本@名無史さん:05/02/06 15:30:43
戊辰戦争では、山陰鎮撫とかって書いてありますが
鎮撫って何をやるんですか?

11 :日本@名無史さん:05/02/06 15:41:30 ID:0S2qv8ne ?
河井ごときにびびって陣羽織を逆にして逃げたのは本当ですか?

12 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/06 16:06:21
>>10
陣頭指揮を執って士気を高めていたかな。
だいぶ前だったから忘れてしまったよ。

>>11
ん?陣羽織が逆であったか?
あまりにも慌てていたから気付かなかったな。
ハッハッハ。

13 :日本@名無史さん:05/02/06 16:06:53
園公って略記、正直嫌じゃなかったですか?

14 :日本@名無史さん:05/02/06 16:08:20
長生きの秘訣は?

15 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/06 22:31:10
>>13
「西公」のほうがマシだったのう。
いつの間にか「園公」が定着してしまったのが残念だ。

>>14
何事にも執着しないことかのう。

16 :日本@名無史さん:05/02/06 23:08:16
>>15
氏ね

17 :日本@名無史さん:05/02/06 23:11:17
探し物はなんですか?

18 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/07 01:18:57
>>15
はて、私はもう死んでいるはずなのであるが…。

>>17
後継者、かのう…。

19 :日本@名無史さん:05/02/07 01:50:37
実際、元老の実力ってどんなもんだったんでしょう?
本当に軍部の台頭を抑えられるほどの力はあったんですか?

20 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/07 11:37:26
>>19
一応は軍部を抑えられるだけの力もあったはずなのじゃが、もし抑えられないようだと陛下の権威に傷がつくから敢えてその努力をしなかったのじゃ。
結果的にこれで良かったどうか分からんが…。

21 :日本@名無史さん:05/02/07 14:13:28
陸奥宗光とはどういう関係だったのですか?

22 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/07 16:14:00
>>21
残念ながらそれは秘密ぢゃ。
陸奥殿には何かとお世話になった。

23 :日本@名無史さん:05/02/08 18:31:30
山県公とは仲がよかったんですか?

24 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/08 19:42:29
>>23
軍閥の長でもあるし、ここだけの話だが、あまり好きではなかったのう。
後継首班選定に関しても、できるだけ山県公の意見を容れて、余計な波風を立てないように気を遣ったのじゃ。

25 :日本@名無史さん:05/02/08 19:56:00
もし大村益次郎との約束を守って湯豆腐を食べていたら…

26 :日本@名無史さん:05/02/08 20:10:21
何で入試に出てきたんですか?

27 :日本@名無史さん:05/02/08 20:23:02
原敬を首相にするとき、西園寺公の意見が働いたそうですが?

28 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/08 20:35:29
>>25
ふふふ、私も何度か危ない目には遭ってるな。

>>26
「最後の元老」だからじゃないかのう。
入試問題というのは最初と最後を好むらしいの。

>>27
私が総裁をやっている時も政友会をリードしてきたのは原だったし、前々から頃合を見計らっていたのだよ。

29 :日本@名無史さん:05/02/08 21:09:03
今の立命館大について一言

30 :日本@名無史さん:05/02/08 21:22:41
学生に桂太郎とセットで覚えられていることをどう思いますか?

31 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/08 21:35:02
>>29
私は後世に名を残したくはなかったのに、原田や松本の日記のせいで研究対象にされてしまうのは甚だ遺憾である。
立命館も私のことなど忘れて、もっと未来に目を向ければ良いのだが。

>>30
陛下に取り入って出世した桂なんかと並べられるのは正直いい気はしないのう。
交互に政権を譲り合ったというだけでまるで意気投合したかのように思われている。

32 :日本@名無史さん:05/02/08 21:35:07
日露戦後になんで満洲行ったの?
あの時代に首相が国政ほっぽりだして海外ってまずくねー?



33 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/08 22:23:34
>>32
あまり追及しないではくれまいか。
全てが面倒臭くなって、現実逃避がしたかったのじゃ。

34 :日本@名無史さん:05/02/08 22:25:48
晩年に首班奏薦をたびたび辞退したのも現実逃避の一環ですか?

35 :_:05/02/08 22:27:41
閣下は権中納言でしょ。
宮中から、フランスに留学しましたね。

36 :日本@名無史さん:05/02/08 22:45:58
ここの閣下はいい味だしているなあ(w
閣下が若い頃に撮った志士のコスプレ写真は今見るとどのような
感想をお持ちでしょうか?

37 :日本@名無史さん:05/02/08 23:20:18
今の政治家についてどう思われますか?

38 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/09 00:25:43
>>34
五・一五事件で政党内閣が崩壊してからは、私の生存中に政党政治路線への復帰は果たせないだろうと思ったから中間内閣は本意でないとして辞退させてもらった。
しかし「たびたび」と言われるほど頻繁ではなかったはずだぞ。

>>35
「宮中・府中の別」が言われ出したのは大正政変の時からじゃ。
それまではあまり区別もなかった。
実は内大臣の桂に対して首相になることを勧めたのは私でな、まさかあんなことになるとは思わなかったのだよ。

>>36
若気の至りじゃのう…。
まぁ当時はそういう時代じゃったから、名残としてああいったものが残っているのも悪くはあるまいて。

>>37
右傾化が進んでおるのう。
現首相の小泉など平沼とそっくりだ。
もっと穏健な政治家が生まれることを望んでいるが、それも時代なら仕方ないのかのぅ。

39 :日本@名無史さん:05/02/09 22:27:43
>>38
閣下は京言葉使いなさえ。
「コチにはわかりまへん。日本をどこにもってくきや」
って晩年嘆いていたではありませんか。

40 :日本@名無史さん:05/02/09 23:49:42
ソルボンヌ大学では何人のパリジェンヌとHしましたか?

41 :日本@名無史さん:05/02/10 00:02:23
ていうか本当に総理とか決められてたの?
上奏が通った割合ってどのくらいなの?

42 :日本@名無史さん:05/02/10 00:31:22
閣下、飛鳥元忠公や笛小路の未亡人とはお知合いで?

43 :日本@名無史さん:05/02/10 01:08:17
被部落差別の女性と結婚しようとして探させたという話がありますがなぜやめたので?

44 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/10 01:32:36
>>39
あまり京言葉は使わないようにしておったのだがのう。
今の史料でも標準語が多いじゃろ?

>>40
立場上の秘密という奴じゃ。

>>41
陛下は政治に対して口を挟むことをしなかったからのう。
重臣会議だとか内大臣との協議だとか色々と手順は変わったけれども、基本的には私が意見を通してしまったな。
政府の右傾化が進んでからは口を出す気もなくなったがの。

>>42
ん?よく覚えておらんのう。覚えていないということは大した交流もなかったという証明じゃな。

>>43
パリ講和会議で人種差別撤廃を訴えたことは有名だと思うが、それと同じような論理じゃな。
しかし実際問題として、そのような行動をしてしまうと近衛辺りから「赤化」したと誤解されかねんから、不測の事態に備えてやめたのじゃ。

45 :日本@名無史さん:05/02/10 19:56:59
嫁ぐ紀宮様に一言

46 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/10 22:39:38
>>45
謹んでお祝いの言葉を申し上げ仕りたい。
それ以外はノーコメントであるな。

47 :日本@名無史さん:05/02/11 20:37:27
そういえば、いわゆる宮中某重大事件は実は西園寺公が言いだしっぺと聞きましたが…。

48 :日本@名無史さん:05/02/11 21:01:47
降車する園公の横で立っている原熊の写真、いつ見ても顔の大きさに笑いがこみあげるのですが、いかがですか?

49 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/11 22:32:48
>>47
だいたい日本の組織というものはトップまでは捜査の目が届かないようになっておる。
政治の世界も同じじゃ。
殊に牧野とは政治上の意見の相違もあった。

>>48
原田は…本人も気にはしておるのじゃ。
まして私が細身だったからのう。
しかし奴め、まさか口述などと小賢しい方法で記録を残すとは思わなかったわい。
文書は全て燃やしたから安心しておった。
迂闊である。

50 :日本@名無史さん:05/02/11 22:55:55
北鮮のいわゆる「瀬戸際外交」についてどうお考えですか?

51 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/12 01:39:56
>>50
軍部が牛耳っていた頃の日本と同じよのう。
外国の立場から見れば、あれほど不気味なものはない。
何をやらかすか分からない怖さである。

52 :日本@名無史さん:05/02/12 02:28:30
リッツが中川小十郎資料を見せてくれないんですけど、お口添え願えますか?

53 :日本@名無史さん:05/02/12 06:25:28
元老ってよくわかんねーけど大老より偉いの?

54 :日本@名無史さん:05/02/12 08:39:33
おっさんが好きな料理は何ですか?
あと桂さんとは上手くやってる?

55 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/12 12:14:26
>>52
君は研究者かね?
立命館は意外と閉鎖的なんじゃのう。
そのうち公開してくれる日も来よう。
それまで気長に待っていてはくれまいか。

>>53
大老は言わば総理大臣だから、ポスト的に非公式であっても大老より実質的な権力が強いのではないかのう。

>>54
和食は好きじゃな。
じゃがあまり豪勢なものは苦手じゃ。
桂とは無難に付き合っておる。
出世欲に満ちたガツガツした態度はあまり好きではないのだが、付き合いというものもあるでな。

56 :日本@名無史さん:05/02/12 16:21:57
小泉のオッサンが「男子の本懐」などと浜口雄幸元首相ばりの
ことをほざいてますが、浜口元首相はそちらでなんとおっしゃってますか?

57 :日本@名無史さん:05/02/12 16:26:22
西園寺公は松田さんとか横田さんとかその時々の意中の政友会の総裁候補に先立たれてしまわれたわけですが、彼らが健在ならば政友会及び日本の政党政治の発展はもう少しあったものでしょうか?

58 :日本@名無史さん:05/02/12 17:01:36
ヴェルサイユ会議に妾を連れて行ったと散々批判されたようですが、
あのお妾さんは結構美人ですね。

59 :日本@名無史さん:05/02/12 23:23:56
どうして山本権兵衛を元老にしなかったのですか

60 :日本@名無史さん:05/02/12 23:30:15
ご免なさい、卒論のテーマは老公でした。それにしても近衛さんは無責任ですね。
ところでクレマンソーさんとは実際どの程度の仲だったんですか?

61 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/12 23:35:21
>>56
小泉と浜口では器が違いすぎるのう。
狙撃されても政治を続けた浜口と、右傾勢力に流される小泉では比較するのも失礼じゃ。
浜口君もかなり不満げじゃな。

>>57
そうじゃのう、優秀な人材から順に逝ってしまった感はあるな。
それなのに私なんぞが生き残ってしまって、先人に申訳が立たぬ。
昭和三十年代以降は軍国主義的政治家ばかりが蔓延りおって、かつての政党政治の名残すらも残らなかった。
政友会もそうじゃが、せめて加藤がもう少し生きていれば、と思ってしまうのう。
かつては加藤などとんでもないと突っぱねておったが、護憲三派の中心でもあったし、その後の単独政権では中々頑張ってくれた。

>>58
そうじゃな。
私も気に入っておった。
連れていったことの是非に関しては色々と煩い意見が多かったのう。
だが政治家はプライベートと仕事の区別もない職業でもあるし、少しくらい目をつぶってもらいたいものじゃ。

62 :日本@名無史さん:05/02/13 00:06:54
園公は国際感覚を持った国粋主義者だったと思うのですが、
右も左も迷走している現在の日本をどう思いますか?

63 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/13 02:00:12
>>59
そもそも元老という存在自体が過去の遺物なのだよ。
憲法に明記されていない非公式の地位をいつまでも残しておくのは危険すぎる。
1920年代は政党政治が根付いてきた時代じゃ。
この頃であれば「人格化されたルール」を明文化することで機械的な後継首班選定を行うこともほぼ可能な状況となってきていたし、
元老などより公式である内大臣にその機能を譲渡すれば元老は自然消滅ができる、と考えたのじゃ。

>>60
近衛も無責任だが、私も同じくらい無責任だったのじゃよ。
ハッハッハ。
卒論とはどんなことを書いたのだ?もし良かったら教えてくれんかのう。
クレマンソーにはフランスにいた頃、随分と世話になった。
元気にしておるかのう。

>>62
右も左も勉強不足じゃ。
もっと広い見識で世の中を見ないといかん。
最近では北朝鮮に対する圧力がどうこう言われているが、あれも言わば右の人間の作戦のうちだ。
しかし左は左で時代錯誤の内容ばかり力説しておって中身がない。
嘆かわしいことじゃ。

64 :日本@名無史さん:05/02/13 05:29:20
モーニング娘。誰好き?俺、矢口。

65 :日本@名無史さん:05/02/13 10:51:00
何で部落の出身者と結婚するのやめたの?
ブスが多かったから??

66 :日本@名無史さん:05/02/13 19:31:18
老公本人というよりは、老公や三羽烏を中心に、木戸侯の内大臣就任や
新体制運動の時期における、宮中勢力の動きというテーマでやっておりました。
この時期の老公はもはやすっかり世捨て人風味でしたが、
実際のところ老公は、近衛公の運動はどのように見ておられましたか?

67 :日本@名無史さん:05/02/13 21:19:44
西園寺公と政局…卒論の時に欲しかったな。就職してから渋谷の古本屋で買った
立命館が出したんだっけ?『西園寺公望』全巻買った

68 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/13 23:26:19
>>64
さすがにこの歳ではモーニング娘。のメンバーは覚えられんのう…。
どれもこれも同じ顔に見えてしまうのじゃ。

>>65
これこれ、そんなことを言うもんじゃないぞ。
何かとうまくいかなくなった、というのが本音じゃ。
やはり私のような世間知らずのボンボンには理解できぬことがあるのかもしれんな。

>>66
そうかそうか。それはご苦労であった。
実は私も自身のことを卒論で扱ったのじゃ。
元老の権力がいつまで持続していたか、というテーマでな。
…いや、何でもないぞ。
気にしないで頂きたい。
近衛の運動は呆れて見ていたのう。
近衛自身は軍部を利用しているつもりだったのだろうが、あれはどう考えても近衛が軍部に担ぎ上げられたとしか思えなかったわい。

>>67
原田日記は長いから卒論レベルで使いこなすのは大変じゃろう。
もう少し先行研究を把握してからにするんじゃな。

69 :日本@名無史さん:05/02/14 23:03:02
「原田日記」を読んでいると、とかく「皇室に累が及ぶ」ことを回避することしか
行動基準がないように見えますが、それで間違いないでしょうか?

70 :日本@名無史さん:05/02/14 23:05:00
過去ログより
Xmas MISSION/イラク占領戦争反対宣言街頭行動
http://www.mkimpo.com/image/walk/2003/12-24/PC240046s.jpg
http://www.mkimpo.com/diary/2003/xmas_mission_2003.html
http://awn.ath.cx/20031224/
なんと「北朝鮮に核兵器を持つ権利を」と書いた旗もったヤシが写ってます


71 :日本@名無史さん:05/02/15 00:01:29
閣下がもう少し史料を残しておいてくだされば.、近代政治史の研究はもう2,30年分は進んでいたと思いますが、それについてどうお考えですか?

72 :日本@名無史さん:05/02/15 00:10:32
>西園寺公望閣下

17才で今の県知事に相当する職に就いてたってホント?

73 :日本@名無史さん:05/02/15 00:53:15
正妻は居なくて妾のみ。
理由は、西園寺家の守神は弁天様で嫉妬深いから。

男の理想だ!!!

74 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/15 01:01:10
>>69
陛下に矛先が向かわないよう留意したのは事実じゃが、それと同時に国体の護持にも気を遣ったのじゃよ。
軍人のような能無しが国政を担うこととなっては日本の将来は危ういと直感し、できるだけ軍部の政治介入を防ごうとしたのじゃ。
私が無理して食い止めておかなければ10年早く戦争が起こったかもしれんな。
しかも国家が滅亡していた可能性もある。
しかし軍人は頭が悪いのう。
二・二六事件で私を亡き者にしていればもっと楽に政権を乗っ取れたものを。
二・二六以降も政局を操っていたのは私だったのだよ。

>>71
私は後世に名を残すといったことが嫌いでな、それでああいうことになったのじゃよ。
とは言っても研究史料でもある文献を破棄してしまったことは申し訳なく思っておる。
ただ、この時代を研究されると政治責任が私に降りかかることもまた自明でな、実はそれが嫌だったから燃やしたというところもあるのじゃよ。
すまんのう。

>>72
そういう時代だったのだよ。

75 :日本@名無史さん:05/02/15 11:19:13
ある意味ありきたりかもしれんが、
やはり近衛、木戸、そして昭和天皇に対する人物評を聞きたいな。

76 :日本@名無史さん:05/02/15 11:32:43
最近、わが国では物騒な事件が多すぎます。
西園寺公がご存命の頃は物騒な事件はありましたか?

77 :日本@名無史さん:05/02/15 12:50:22
田中義一は腹上死ですか?

78 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/15 14:48:28
>>75
木戸は皇室のためによく働いてくれたな。
私とも「元老以後」の後継首班選定について意見を交わしたりした。
だが東京裁判での態度は納得がいかんな。
いくら陛下を護るためとは言え、自らの責任逃れをして軍部に責任を押し付けたことは重罪に値する。
東條を推したのはほかでもなく木戸なのは自明である。

近衛か…近衛は完全に路線を誤ってしまったな。
パリに連れていった時も訳の解らぬ持論を展開したのを戒めたものだが、今になって思えばあれが近衛の本性であった。
頭脳明晰で家柄も良く、総理になる人物としては最良だと思ったのだが、どうやら私の見込み違いであったようだ。
日本の国政を誤らせたのは近衛だが、私にも責任はあったな。
当時は「総理は近衛でなくてもよい」などと言ってしまったが、あれほど無責任な発言もなかったのう。

陛下か…陛下については人物評など述べるのも恐れ多い。
極めて人格のできた方であった、と言うにとどめよう。

>>76
二・二六事件と比べれば今の事件なんて軽いものじゃ。
しかもあの頃は毎年のようにテロやクーデターが起こっておったからのう。


79 :日本@名無史さん:05/02/15 16:06:22
5.15事件はさすがにビビりましたか?

80 :日本@名無史さん:05/02/15 20:46:09
地獄に往かれましても矍鑠たる閣下のお声を拝見させていただいておりますと、
あながち地獄の沙汰も何とやらという軽口も嘘ではないのでございますな。
もしよろしければ歌の名家として名高い西園寺を継がれました閣下が
地獄にて作られました歌の1つや2つを御披露していただけないでしょうか?

次いで、当時より悪意ある風説を流布され白痴などと蔑まれました大正天皇陛下につきまして、
未だに諸説あるのですが、畏れ多くも人となりを明かすことで
陛下の御為になるのであれば明かしていただき、汚辱をそそいでいただけませんか?

81 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/15 22:14:48
>>79
「ついにやったか」というのが正直な感想じゃな。
それまでも不穏な動きはあったが、実際にやられてみると衝撃も大きいわい。
あれで私は政党政治路線を諦めたのじゃ。

82 :日本@名無史さん:05/02/15 22:19:26
桂小五郎と桂太郎はどちらが優れた政治家でありましたか?

83 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/15 23:46:33
>>80
この国を 憂いでいても
近衛らは お国の為と 陛下をかつぐ

ううむ、しばらく歌など歌っていなかったからすっかり教養が落ちてしまったわい。
大正天皇陛下は世間的には色々と言われておるが、しっかりした人物であったぞ。
何かと明治・昭和両天皇陛下と比較されてしまうのが辛いことかと思うが、
大正天皇はよく臣下の意見を容れて政局を安定せしむるなど君主としての素質を備えておった。
晩年はご病気あそばされて苦労なさったが、私は陛下を尊敬しておる。

>>82
維新の三傑と大正政変では比べるまでもないのう。
だが桂も決して無能だったわけではないぞ。
そこは誤解のないようにしっかり研究を進めねばならん。

84 :日本@名無史さん:05/02/16 22:26:04
政友会総裁の地位をお譲りになられた原とは、
仲が悪かったと仄聞しておりますがその真偽や如何なものでしょう。
彼について何かご不満な点がおありでしたか?

85 :日本@名無史さん:05/02/16 22:37:23
厨まるだしの愚問はさりげなく黙殺されているあたり、さすがは西園寺公・・・

86 :日本@名無史さん:05/02/16 22:47:54
「原田日記」では住友との懇意なご様子が散見されますね。

87 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/16 23:01:44
>>77
おお、すまんのう。
レスするのを忘れておったわい。
田中か?よく分からんが本人には聞けないしのう。
困ったことじゃ。

>>84
原との関係は特に悪くはなかった。
「飾り」である私のいる必要性がなくなったから総裁を譲ったのだよ。
確かに原は暗殺されてしまったが、政友会の政党としての役割は十分に果たしていたと思っておる。

>>85
いやいや、うっかりしておったのだよ。
懲りずに質問してくれたまえ。

>>86
とりわけ住友贔屓だったわけではなかったのだがのう。
そう見えてしまうとしたら元老として申し訳ないことじゃ。
その住友も今や三井と共同で銀行を経営しているのだから、世の中分からんわい。

88 :日本@名無史さん:05/02/16 23:18:20
今のNHKは見るに堪えません。
ご存命の頃はラジオしかありませんでしたが、西園寺公の
頃のNHKはどんな感じでしたか?

89 :日本@名無史さん:05/02/16 23:59:20
お亡くなりになられたのが1940年だと知ったとき、
「あんたがしっかりしてたら太平洋戦争回避どうにかできたんじゃねえの?」
とつい思ってしまいました。どうなんですかそこのとこ。

それと大村益次郎先生が長く生きておられれば、日本はどう変わっていたと思いますか?

90 :聖女ボーイ:05/02/17 01:03:26
貴殿の一番の功績って何でしょうか?

91 :日本@名無史さん:05/02/17 01:36:36
八郎・公一・一晃氏について一言

92 :日本@名無史さん:05/02/17 06:08:47
公は戦前のマスコミの風潮とイデオロギーの不健全をどう思われますか?
極右テロリズムを取り締まらず、それらを批判できなかったマスコミと
そのマスコミを第三の権力として育成できなかった明治の元勲達を
どう思われますか?

93 :日本@名無史さん:05/02/17 09:07:45

園公は、原敬と仲悪かったのですか

元老後継者として「原敬が生きていたら…」という発言を
していたと思ったのですが

まあ能力認めるからこそ仲がよくない、というのはしばしばあることですね


94 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/17 12:49:30
>>88
二・二六事件のラジオ放送を聴いたことはあるじゃろう?
あんな感じじゃ。
変に気合が入っておるから隣国のテレビアナみたいに聞こえるがのう。

>>89
戦争責任を一翼を担ったことは間違いないじゃろうな。
しかし、私が軍部の専横を食い止めていたことも事実じゃ。
もし私が目立ちすぎて殺されていたとしたら、その後の日本はどうなっていただろうか?
そういう意味で元老である私は「最後の砦」であった。
だから私は自分の身を守る必要があったのじゃよ。

>>90
一時期とは言えども政党政治を日本で体現したことかのう。
あれがその後の政党政治のモデルケースとなっている側面は否定できまいて。

>>91
他人の人生だから私がどうこう言うことはできんよ。
西園寺家の名が負担になっていなければよいがの。

>>92
マスコミ自体がまだ未熟じゃったからな。
自称有識者の連中が世界の事情も知らずに好き勝手書いているわけだから、日本もおかしくなるわけじゃ。
それは元勲に責任があるわけではない。
時代じゃ。もっと時間が必要なのじゃ。

>>93
悪くはないと言っておるじゃろう。
一時的にやや意見が合わなくなったことはあったが、政党政治の中心であった原の功績は偉大であり、敬意を表するに余りあるものじゃ。

95 :日本@名無史さん:05/02/17 18:29:43
西園寺公はパリ・コミューンに居合わせたそうですが、
やっぱ西洋かぶれでリベラリストになっちゃったんですか?

96 :日本@名無史さん:05/02/17 18:48:34
園公は他の元老の中では伊藤公と懇意でしたが、その他には誰か特別に評価していた元老はおられますか?

97 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/17 19:00:08
>>95
否定はできんのう。
フランスでの経験がその後の人生に及ぼした影響は計り知れぬ。

>>96
まぁ桂とは政権と担当し合ったこともあってそれなりの交流はあったかな。
しかし私は藩閥というものが苦手でのう、山県公などとはどうも親しくなれなかった。
やはり伊藤公が一番付き合いやすかったな。

98 :日本@名無史さん:05/02/17 20:23:16
西園寺公はご自分の政治家としての最大の功績はなんだったとお考えですか?








私は、京都帝国大学を創立したことがあなたの最大の業績と思います。

99 :日本@名無史さん:05/02/17 21:37:14
>余は数年間西園寺を助け来たり。彼が成功と称せらるる大部分は、
>皆余の画を採用した部分に属し、また彼は二度も内閣組織をなすにいたりたるも、
>余が尽力によることなるが、彼は余がためには何らの考もなしたることなし。
>余はもとより富貴功名をむさぼるものにあらず。かくのごとき事柄は一切顧みざるものなれども、
>余は西園寺の周旋によりて、位一級進みたることもなければ、
>勲章一等を進めたることもなし。陰に陽に彼を助けたるに、
>彼は余の迷惑などごうも顧慮したることなし。
>(『原敬日記』より)

結構はっきりと書いてますよ、原。
政治家の日記だから、他日人目に触れる可能性大なのも承知の上だろうし、
よほど何か腹に据えかねることがあったのではないでしょうか。

100 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/18 12:36:43
>>98
うむ、最大の功績か。
なかなか難しい質問じゃのう。
他人とは見方が違う場合もあるから一概には言えない。
私個人としては、やはり政党政治を一時的とは言え定着させたことだと考えておるぞよ。

>>99
それは知らなかったのう。
だとすれば申し訳ないことをした。
やはり政友会総裁時代の一時的な対立が後まで尾を引いてしまったのかのう…。

101 :聖女ボーイ:05/02/18 16:16:30
貴殿のお孫さんが鮎川義介の娘と結婚されたそうですが、
杉田かおるとも親戚というわけですねw
恥ずかしくはないですか?

102 :鮎川義介の娘と結婚:05/02/18 16:20:56
http://zenkyoto68.tripod.com/senpan02.htm
昭和一九年八月七日
 頭山満に対する批難、その方面の陣営から聞く。
臼く、巨額の金を東条は与えていたとか、日く、その長男秀三は特殊技能者ということで徴兵を逃れているとかいうのである。
頭山自身も憂国者顔などできた義理でなく、軍部もおべんちやらをいっているというのである。
ゴロつき万歳の世だ。
笹川良一とかいう国粋同盟の親分は何千万円の財産家だという。
右翼で金のうならぬ男なし。
これだから戦争はやめられぬ!
同年九月二一日
 今回の戦争で儲けたものは右翼団で、彼らは支那、内地、どこでも鉱山その他の権利を得て、大金を儲けているそうだ。
彼らは軍人と連絡があるからだ。
その一例として児玉誉士夫という大森区から代議士に立候補した右翼の男
 国粋会の何かだ−が今日の『毎日新聞』によると福岡で水鉛鉱山を経営しており写真入りでで紹介している。



103 :日本@名無史さん:05/02/18 16:23:05
「独白録」で示された昭和天皇の同時代認識について、何かご意見などございませんか?

104 :日本@名無史さん:05/02/18 23:34:27
窃盗をおおっぴらにする芸能人についてどのように思われますか?

105 :日本@名無史さん:05/02/18 23:38:19
立命館大学と明治大学、どちらを志望するべきですか?

106 :日本@名無史さん:05/02/19 10:06:32
おや? もしかして老公逝っちゃいました?

107 :聖女ボーイ:05/02/19 14:57:07
>>106
もう歳だからな〜
今まで生きてたのが不思議なくらいだよ

108 :林銑十郎:05/02/20 00:42:47
>>101
かおるのことを侮辱するな。

>>103
さっきコ一時間ほど怒られた。
勝手なんだよ、いいとこの育ちってのは。
>>104
満州に越境するよりはいいかもしれない。

>>105
立命?プ、明治?東京帝大のイヌがどうした。

>>106
桂園内閣あたりから逝ってたキがするけど、なにか?


109 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/20 02:30:39
>>101
仮にも女優なら恥ずかしくはなかろう。
並の人間ができるものではないからな。
あれも才能のうちじゃて。

>>102
ふむ、主張がよく分からぬ。
適当にスルーしておくぞよ。

>>103
陛下は絶対じゃ。
私がどうこう言える権利はないのじゃ。

>>104
些か周囲の状況が見えておらんのじゃろう。
若き日の過ちは誰にでもあるものじゃよ。
それがどの程度重大であるかは後になってみないと分からんがの。

>>105
どちらも私にとっては馴染みの深い大学じゃ。
しかし全国的な知名度は明治大学のほうが上、特にこだわりがなければ東京に出てくるのが宜しかろう。

>>106-107
坐魚荘で病臥しておったのだよ。
体が弱いものでのう。
しかしいつの間に坐魚荘は愛知に移ったのだ?
居心地が悪くてかなわん。

>>108
おや林殿。
随分と過激な発言が目立つのう。

110 :日本@名無史さん:05/02/20 02:43:33
漏れの認識では、暴走した関東軍はさておき、朝鮮軍を独断越境させた
林銑十郎とそれを事後追認した若槻内閣、特に財政支出をあっさり認めた
井上準之助こそが、その後の軍部暴走に道を開いた張本人だと思っている
のですが、この認識はいかがでしょう?

確か老公も「原田日記」の中で、地味にこの点に着目していた記憶があるのですが。

111 :林銑十郎:05/02/20 04:37:02
不肖、武人として、園公が億劫なときは、いつでも越境つかまつる!

112 :日本@名無史さん:05/02/20 08:27:35
天賜

立命舘禁衞隊

113 :日本@名無史さん:05/02/20 08:51:20
>>111 
統帥権を侵したオマイは死刑


114 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/20 12:31:47
>>110
あの追認で前提を作ってしまったことは間違いないからのう。
重罪じゃ。
しかし私もヘタに口を出すわけにもいかず、見守るほかなかった…。

>>111
そなたは武人としての活躍はまだしも、政治家としては今ひとつだったのう。

>>112
どうコメントして欲しいのじゃ?

>>113
本来であれば死罪であってもおかしくないところでも総理にまでなってしまう辺りが当時の情勢なんじゃろうなぁ…。

115 :聖女ボーイ:05/02/20 18:03:46
今現在貴殿はどのようなお仕事についていらっしゃるのでしょうか?
私めの予想だと、教授ですか?


116 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/20 19:42:25
>>115
それは西園寺ではなく、私自身のことかな?

117 :聖女ボーイ:05/02/20 21:59:29
そういうことになりますねw

118 :日本@名無史さん:05/02/20 22:07:51
>>116の公へ

知人とこのスレを見聞していますが、西園寺トリビア度が高くて
へぇ〜100を公に進呈したいです(w
ところで、公は自身の研究書で「うむ、これは私を良く理解しておる!」
というお勧め本はありますか?
私自身は岩波新書の「西園寺公望」がスタンダードで分かりやす
かったです。

それと、私も聖女ボーイ殿の質問も気になるところです。
でも差支えあるでしょうからとりあえず「公が憑依したのだよ、はっはっは」
でも結構です(ww

119 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/21 00:24:28
>>117
>>116は逆じゃったか。
私が西園寺であるのだから、「私が使っている体の人物」だな。
卒論を終えた学部生じゃ。
私の卒論を書いたことでだいぶ詳しくなったらしいぞよ。
内容に関しては>>68で少しだけ紹介しておいた。

>>118
うむ、100へぇか。
有難く承ることにしよう。
実はこの青年、政治史の研究だったために私のプライベートに関してはあまり詳しくないようじゃ。
もちろん政治家との関係くらいは熟知しておるが、時折回答をごまかすこともある。
多少は大目に見て欲しいと懇願してきおったわ。

岩波の『西園寺公望』はなかなかじゃのう。
しかしあれはまだ初歩じゃ。
研究するための文献としては
升味準之助『日本政党史論』(東京大学出版会)が史料も多くてなかなか使えるぞよ。
これをベースとするのが良いじゃろう。
山本四郎『元老』(静山社)も概説的ながら晩年の私をよく表現しておる。
永井和の『青年君主昭和天皇と元老西園寺』(京都大学学術出版会)も面白いとは思うが、少々無理をしている部分もあるのう。
そもそも人間を型に嵌めるといった考え方が傲慢じゃ。

120 :日本@名無史さん:05/02/21 00:34:09
>>119
僭越ながら閣下のお使いになられている体と同じ経験を経た人間として、私めからも一つご紹介しても宜しいでしょうか?
学術書では無いですが、原熊の娘婿である勝田龍夫が書いた『重臣たちの昭和史』もオススメです。
いささか『重臣』側贔屓であるとは思いますが、読み物としての完成度が高く、気軽に読める良書であります。

121 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/21 00:39:03
>>120
うむ、そんな本もあったのか。
時間ができたら読んでみるぞよ。
少し本筋からは逸れるが、『昭和天皇の終戦史』も先の大戦が別の視点から見ることができて興味深かったのう。

122 :日本@名無史さん:05/02/21 08:53:14
老公ではなく、原熊の研究をしたいのですが、先行研究などご存じでしょうか?

123 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/21 10:13:37
>>122
ううむ、よく分からんのう。
そういったことは担当教官や大学院生に聞くのが一番じゃ。

124 :118:05/02/21 22:30:17
参考文献ありがとうございます。
公が本当に憑依しているぞと仲間から好評です。

>そもそも人間を型に嵌めるといった考え方が傲慢じゃ。
禿同!
人物研究で当人に憑依されて考えるのも手かもしれません(w

125 :118:05/02/21 22:49:27
公へ。
プライベートな話ですと、大山巌のご子息が書かれた「金星の追憶(鳳書房)」に
」に短編ながら「西園寺老公を語る」と公のエピソードが書かれています。
ゆるりと御一読を。

126 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/22 02:08:29
>>124
うむ、よく研究してくれたまえ。
私は偉人として崇められることは大嫌いなのだが、
歴史学の研究として役に立つというのであれば、私の史料などいくらでも使ってくれたまえ。

私の研究は立命館大学や京都大学が盛んじゃな。
もし研究をするのであればそちらの大学の研究を参考にすると良いぞ。

127 :日本@名無史さん:05/02/24 20:11:20
クレマンソーのホモ仲間だったんですか?

128 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/24 20:40:46
>>127
ホモではないぞよ。旧友じゃ。
どこからそんな汚らわしい話を持ち出してきたのだ?

129 :日本@名無史さん:05/02/26 14:14:57
「今の政党はなっていませんよ、議会はどうにもなりませんよ、
これは衆議院だけじゃない、貴族院だって同じことだ。
不勉強と無感覚だといって、若い軍人が怒るのも無理はないと思う。
私はそこで、今の日本を救うには、この議会主義では駄目じゃないかとさえ思う。
この議会主義をたたきつけなければならない。が、この議会政治の守り本尊は
元老西園寺公です。これが牙城ですよ」

130 :日本@名無史さん:05/02/26 14:35:54
西園寺公望は共産主義者。

131 :日本@名無史さん:05/02/26 14:37:23
西園寺さん、チンカスはフランス語で何と言うのですか?
そう、あなたのことですよ!

132 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/26 16:55:04
>>129
政党が倒閣のために軍部と結び付いたことが議会の健全な発達を妨げたのかもしれんのう。
軍に政治力を持たせるとろくなことがない。
明治国家最大のミスじゃろうな。
と言っても明治政府自体が軍人から成っていたのだから仕方がなかったとも言えるがのう。

>>130
共産主義への弾圧こそ緩かったものの、共産主義を日本に定着させようとした覚えはないぞよ。
陛下あってこその帝国じゃ。
まして無政府主義などもってのほか。

>>131
どこがどのような理由でそう思えるのか、論理的で納得できるように説明してみよ。

133 :日本@名無史さん:05/02/26 20:24:01
良スレですな。
西園寺さんはナチスドイツvsソ連はどちらが勝つとお考えでしたか。

134 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/26 20:37:33
>>133
国力から考えれば、ソ連が負けるという選択肢はないはずじゃ。
ドイツが破竹の勢いで勝利を重ねたからこそ一種の妄想が働いただけのこと。
あそこで近衛(松岡)が私に相談もなく三国同盟を結んだことが悲劇の始まりじゃったな。

135 :日本@名無史さん:05/02/26 20:49:33
2・26でやられていたほうが、後世の歴史に名を残したのではないでしょうか?

2・26から69年目の記念日を記念して

136 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/26 21:05:05
>>135
名を残したかどうかは問題ではない。
日本のためにどう役立ったかが問題なのだ。

つまらぬことを言うものではないぞ。

137 :日本@名無史さん:05/02/26 21:10:35
だって〜2・26以後何もしてないじゃん

138 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/26 21:54:23
>>137
それは素人考えじゃ。
2・26以降、表向きは政界を引退したかのように思われているが、実は後継首班選定やその方式の確定で影響力を行使していたのだよ。
私が「何もしなくなった」のは近衛が二度目の内閣を組織する時期からじゃ。
これも私自身のわがままで辞退したと考えることができるのう。
今になって思えば随分と厄介な元老であったわw

139 :日本@名無史さん:05/02/26 22:13:20
やっぱり後継の元老を補充しなかったのが閣下の人生最大の失敗だと思うんですがどうですか?
山本や清浦、岡田や若槻を元老にしておけば、近衛や木戸があそこまで暴走することもなかったんじゃ?


140 :日本@名無史さん:05/02/26 22:18:45
伊藤己代治、金子堅太郎や平沼騏一郎。

こういう胡散臭い大物が跋扈していたのは、老公が舐められていたからではないのですか?

141 :日本@名無史さん:05/02/27 00:02:13
「三井の番頭」といわれた井上世外が創立に一枚かんだ政友会の総裁経験者であり、
住友の当主の実兄でも会ったあなたの存在で、政友会は「三井住友」だったのですか。
名実共に「三井住友」対「三菱」となった現在の金融状況をどういう感慨で見ておられますか。


142 :日本@名無史さん:05/02/27 01:25:42
確か閣下は
「いろいろやってみたが、所詮国民のレベル以上のものにはならない」等と仰られていたと思うのですが、
現状の日本国民のレベルについてはどうお考えですか?


143 :日本@名無史さん:05/02/27 07:24:57
>>140
首相経験者などで構成された「重臣会議」というものがあったはず。

144 :日本@名無史さん:05/02/27 16:15:49
なぜ西園寺さんは公爵に昇格するのが1919年まで遅れたのでしょうか?
やはり桂太郎より格下だったのですねW

145 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/27 16:48:04
>>139
その質問は前にも出たな。
何度も言うが、私は政党政治を定着させることを最優先課題としていたのだ。
そうすれば、後継首班は機械的に選定される。
その役目は、憲法に明記されぬ非公式な地位である元老よりも、内大臣のほうが相応しいと考えたのじゃ。
ところが、五・一五事件が起きてからは政党内閣を諦めるほかなくなった。
そうすれば、後継首班の責任も重くなるであろう。
だからこそ私は、後継首班奏薦を単独ではなく多くの者の意見を容れるように配慮したのだ。
元老は私で消滅、その後は内大臣に任せればいい。
政党政治路線に復帰するまでの間は、重臣たちが協議して決めれば良いこと。
だから私は元老を再生産しなかったのじゃ。
木戸や近衛の暴走は元老の有無の話ではないぞよ。
重臣会議のメンバーが偏りすぎたことによる弊害じゃ。
システム上の問題ではなかろう。

>>140
元老がどうこうすることは憲政上あまりよろしくないと思ったからこそ私は政治的行動を自粛していたのだよ。
その結果としてあのような者達が蔓延ってしまうのは、ある意味では仕方のないことじゃ。

>>141
少々日本語が解り難い故、こちらの一方的な解釈で話を進めるぞよ。
政治的意図はともかく、より親しい人間の下に人材が集まるのは当然のことであろう。
三菱は最初から大隈殿とつるんでおったからのう。
財閥系が今も残っている辺りからして、日本の基礎が明治時代に創られたことを如実に物語っておるわ。

146 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/27 17:14:31
>>142
右も左も判らん当時よりはマシなんじゃないかのう。
しかし右を好む風潮は相変わらずじゃな。
左がいいとは言わないが、何でもかんでも右にならえ、では将来は怪しいわい。

>>143
レスのつけ間違いではないか?

>>144
桂殿は陛下に気に入られておったからな。
あの寵愛ぶりでは誰も勝てぬ。
もっとも私はあまり出世欲がなかったから別に構わなかったのだがのう。

147 :日本@名無史さん:05/02/27 18:26:54
「倉富友三郎日記」はなぜどこも出版してくれないのですか?
国会図書館に頻繁には行けないのですが・・・

148 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/27 18:32:26
>>147
そういえばそうじゃのう。
ここはひとつ、>>147氏がやっていては如何かな?
安定した売り上げは期待できると思うがのう。

149 :日本@名無史さん:05/02/27 19:24:56
現在、「ニコポン桂太郎に 何を聞くね〜ん」という新スレを立てる企画がございますが、御前はいかにお考えでしょうか?


150 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/27 20:05:48
>>149
桂殿がいいと言うのなら良いのではないだろうか?
如何にして盛り上げるかがポイントであるな。

151 :日本@名無史さん:05/02/27 20:45:11
西園寺公望殿、
子孫の一人が杉田かおると御結婚されたことについては如何お考えでしょうか?


152 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/27 21:25:50
>>151
>>109でも同様の質問に対して回答をしたが、相手が大女優であれば安泰であろう。
ただあの女は少々個性が強すぎるようじゃ。
あまり振り回さぬようにしてほしいのう。

153 :日本@名無史さん:05/02/27 21:41:17

西園寺さんはソルボンヌ大学をちゃんと「卒業」したのでしょうか

ま・さ・か、学歴詐称なんてことないですよね?


154 :日本@名無史さん:05/02/27 21:47:48
⊂⌒(っ-ω-)っ←桂太郎

155 :日本@名無史さん:05/02/27 22:33:39
外国通の老公にお尋ね申す。

ロンドンもパリも日本からすれば同じ方向なのに、何故「ロンパリ」と申すのでございましょうか?


156 :西園寺公一 ◆8x8z91r9YM :05/02/27 23:33:37
僕は爺さんの孫で、共産主義者です。世間では「赤い貴族」なんて呼ばれていますが、もはや貴族の出番はなくなりました。
これから労働者の時代が来るでしょう。中国共産党が支那を統一してくれることを願っています。


157 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/28 00:34:36
>>153
経歴には「留学」としか書いていないのだから、決して詐称にはならぬ。

>>154
頓死しておるな。

>>155
ヨーロッパ基準なのだろうな。

>>156
労働者の時代が来るためには、もう少し資本主義を突き詰める必要があるぞよ。
『国家と革命』を読むがいい。

158 :日本@名無史さん:05/02/28 00:36:42
(*っ・ω・)っ←山本権兵衛

159 :日本@名無史さん:05/02/28 00:37:51
立命館という塾名を記した扁額に
藤原公望
と記していますね。
また、どうして姓の藤原をあえてお書きになったのですか?

160 :日本@名無史さん:05/02/28 01:04:20
超然内閣を標榜した清浦奎吾について何かコメントをお願いします。

161 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/28 01:17:51
>>158
どこが山本なのだ?

>>159
後々まで名前を残すような場合は藤原姓を残すのが礼儀だからのう。
歴史と伝統のある藤原姓こそが正式なのだよ。

>>160
私の最大の失敗だ。
あのせいで護憲運動は起きるわ憲政会が与党になるわで歴史が変わってしまった。
過去の汚点としてあまり触れないで欲しい…。

162 :日本@名無史さん:05/02/28 01:30:14
(*っ・ω・)っ<山本です。

163 :日本@名無史さん:05/02/28 11:47:19
西園寺家には部落の血が混じっているって本当すか?

164 :日本@名無史さん:05/02/28 12:06:23
尾崎行雄に対して、コメントお願いします。
できるだけ辛辣に。

165 :日本@名無史さん:05/02/28 12:12:48
留学時代の恩師・アコラスに対して、コメントお願いします。

166 :日本@名無史さん:05/02/28 13:50:12
でもやっぱりクレマンソーとはホモだちだったんでしょ?

167 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/28 13:58:50
>>162
うむ、もう少し政治力があればよかったのだがな。

>>163
部落であろうがなかろうが、それは問題ではなかろう。
私は差別が嫌いだ。


続きはまた後で返信しよう。すまぬ。

168 :日本@名無史さん:05/02/28 22:42:19
あなたほどの超特殊権力を持ったのは、昭和期において、マッカーサーの信頼を得た、
吉田茂ぐらいだと思うのですが(嫌いなヤツをパージできたり)
彼にどのような見解をお持ちですか?

169 :日本@名無史さん:05/02/28 22:50:02
西園寺公望というのは
江戸時代の東山天皇の
男系の直系でしょう?

つーことは、公望は
実は藤原氏ではなくて
皇別だった。

170 :日本@名無史さん:05/02/28 22:50:49
吉田→池田→大平→鈴木→宮沢→加藤→堀内
  →佐藤→田中→竹下→小渕→橋本

鳩山→岸→福田→安倍→三塚→森
  →河野→中曾根→渡辺→江藤→亀井

171 :日本@名無史さん:05/02/28 22:51:44
フランス急進主義って一言で言うと何ですか?


172 :日本@名無史さん:05/02/28 22:52:19
(;っ・A・)っ<大隈だぅー

173 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/28 23:55:11
回答が遅くなってすまなかった。

>>164
言い方は悪いが、尾崎は随分としぶとい政治家であったな。
明治から昭和まで一線に留まり続けた人間は、あの者以外にはそうおるまい。
良く言えば情熱的、悪く言えば諦めが悪いということじゃな。
憲政の神様かどうかは何とも言えんがのう。

>>165
コメント、と言われてもどう返したら良いものか…。
アコラス殿から受けた影響が大きかったのは間違いないのう。
あの時代があったからこそ今の私があるのだ。

>>166
どう答えて欲しいのじゃ?

>>168
そういった「超特殊権力」を握っても、それを悪用するのはいかんのう。
政界への影響力を自覚すべきなのじゃ。
と言いながら私もしっかりと後継首班選定では独裁性を帯びていたのだがw

174 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/28 23:56:38
続けて書くぞよ。


>>169
源流を辿れば藤原の血も入っているのだからそれでよいのではなかろうか?
まして私が皇別などと言い始めたらそれこそ謀反ものだ。
私はあくまでも臣下でなければならぬ。

>>170
うまくまとめおったな。

>>171
議会中心主義じゃな。

>>172
さっきのとあまり変わらんのう。

175 :日本@名無史さん:05/03/01 04:03:46
「憲政の常道」論という当時の原則についてどう思うか?
「憲政常道」とは、要するに、内閣が倒れたとき、次の政権は野党第一党に行くべきだという原則論。
しかし、内閣が倒れると言っても、それは失政によるものでなければならない。
暗殺、テロ、首相の急死などの場合は、政権交代する必要は認められない
しかし、何を以て失政というかは、議論の余地があるし、西園寺公の恣意的な解釈があるのだから。結局以前の元老政治とさして代わらないようなきも

そればかりか野党は議席が少なくとも、現政権を潰せば、政権が手に入るのだから相手の粗探しに躍起になった。
統帥権干犯問題や相次ぐ汚職告発事件などが国民の政党離れを招くことになったのだが

176 :日本@名無史さん:05/03/01 15:05:27
どうして顔の長い人は、陰気な感じがするのでしょうか?
やっぱり山県有朋の印象が強いからでしょうか?

177 :日本@名無史さん:05/03/01 16:41:03
⊂⌒(っ-ω-)っ<桂だよーん

178 :日本@名無史さん:05/03/01 17:01:33
>>176

モアイ

179 :日本@名無史さん:05/03/01 18:15:51
何故私を嫌うのですか? by平沼騏一郎

180 :日本@名無史さん:05/03/01 18:53:44
>>179

平沼赳夫も一緒に。

181 :日本@名無史さん:05/03/01 19:05:07
ERROR:新このホストでは、しばらくスレッドが立てられません。
またの機会にどうぞ。。。
日本@名無史さん (0 , 1)
ERROR - 593 30 sec たたないと書けません。(1回目、24 sec しかたってない) 1

--------------------------------------------------------------------------------
(Samba24-2.13)

182 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/01 23:10:16
>>175
なかなか鋭い指摘じゃ。
そう、確かに「憲政常道論」では「穴」ができることは否定できない。
それを解消するためにはどうすべきか?
それはつまり首相が辞表を出すか、もしくは不測の事態かによって判断すべきなのじゃ。
急死・病死の場合は継続、辞表を出せば政権交代。
浜口の場合は自ら辞表を出すことはなかったから、そのまま存続したわけじゃ。
しかし犬養の時代に五・一五事件が起こった時はさすがの私も政党政治の存続は難しいと思った。
だから挙国一致内閣を奏薦することにしたのだよ。

>>176
それは暗に私のことも言っておるのか?

>>177
やはり頓死しておるな。

>>179
右傾化分子は嫌いじゃ。
まして皇道派などもってのほか。

>>180
最近は二代目・三代目の政治家が増えてきたのう。
政治家は世襲制ではないはずなのに、この世は基本的に変革を嫌うのじゃな。
あんな者の息子を選挙で選ぶなどどうかしておるわ。

>>181
何をコピペしたのじゃ?

183 :日本@名無史さん:05/03/01 23:31:42
人生いろいろ、元老もいろいろ by 小泉純一郎

話を変えて、
平沼の息子は北朝鮮拉致議連のメンバーですが?

184 :日本@名無史さん:05/03/02 00:58:57
近衛公の孫も首相の印綬を帯びましたが、やはり、祖父と孫は似るものですか

いわゆる重臣の定義は本来「首相の前官礼遇者及び枢相」だったのが、
それでは陸軍の重臣がいないという理由で「首相経験者及び枢相」となったと
聞きましたが、それに、園公はどのように関与していたのですか。

田中義一首相の辞職後、園公は「立憲君主たるもの」と言ったと伝えられていますが
立憲君主を現在で言う象徴天皇制と誤解されていたのでしょうか。

立憲君主である以上、一定の要件の下で首相の解任も正当化されると思うのですが

185 :日本@名無史さん:05/03/02 01:31:57
老公は就職ですか、進学ですか?


186 :日本@名無史さん:05/03/02 09:05:25
宇垣大将も国本社メンバーなのですが、彼には肩入れし、私を嫌うとは何事ですか? by平沼騏一郎

187 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/02 10:38:51
>>183
拉致で騒ぐのも結構だが、あまり強硬外交には走らないでもらいたいものだ。
結局のところ、強硬外交では行き詰まるのだよ。

>>184
あれほどまで研究の進んでいる重臣範囲決定の経緯を知らぬと?
所謂重臣の範囲は1933年の木戸との協議により首相の前官礼遇者、内大臣、枢相と決まっておる。
ただ例外として「特ニ必要アリト認ムルトキハ、内大臣ノ奏薦ニ依リ特別ノ決定ヲ為ス」という規定もあるほか、
岡田内閣奏薦の会議では私の権限で斎藤を同席させるなど、結局は私の独断が働いたとも言えるのう。

立憲君主は立憲君主じゃよ。象徴天皇制とは別じゃ。
最終決定権を保持するのが陛下の義務。
ただ、そこまでの協議は家臣によって行われるのが慣例であり、それを破った田中への非難はあまり好ましいものではなかったのだよ。

これで良いかのう?

>>185
元老だから、就職ということになるのであろうか。

>>186
宇垣は陸軍の統一に苦心してくれたのだし、お前などと一緒に考えられるはずがないわ。

188 :日本@名無史さん:05/03/02 13:45:12
>>1 はフランスに行ったことありますか ?

189 :日本@名無史さん:05/03/02 14:10:34
西園寺不二男

190 :日本@名無史さん:05/03/02 15:20:49

松方正義1835-1924

山県有朋1838-1922

大隈重信1838-1922

東郷平八郎1847-1934

西園寺公望1849-1940

山本権兵衛1952-1933

皆長生き。

191 :日本@名無史さん:05/03/02 19:57:31
内閣が総辞職した時の事、教えてください。
(思い出したくもないでしょうが・・・。)

中国への陸軍の増師案。結局、陸軍に押し切られる形になりましたが、
閣下は、どういう形で問題を終息させたかったんですか。
「こうすればうまくいく」
・・・っていう、展望があったんですか?

192 :日本@名無史さん:05/03/02 20:13:19
いくら老公であるとはいえ、失礼な!
私は軍部からも嫌われて、自宅に火まで付けられたのですぞw

by平沼騏一郎

193 :日本@名無史さん:05/03/02 22:08:02
シーメンス事件についてコメントをお願いします

194 :山本ごんのひょうえ:05/03/02 22:17:51
私が失脚する遠因になってしまった.

195 :日本@名無史さん:05/03/02 22:24:54
>>190
皆無駄に長生き。

196 :日本@名無史さん:05/03/02 22:49:39
大隈公と山県公は同じ年に亡くなってますが、大隈公の
葬儀は参列者も多かったが山県公の時の参列者は少なかったと聞きます。

やはりこれは生前の評価なんでしょうか?

197 :日本@名無史さん:05/03/02 23:17:40
松岡でぇえええす

陛下には存外な評価を下されて、ヨヨヨでございますが、
老公は私の真価はわかってございまするものと信じております。

198 :日本@名無史さん:05/03/02 23:36:01
田中義一でーす

老公のばーか

199 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/03 00:57:44
>>188
若い頃に留学しておった。

>>189
何が言いたいのじゃ?

>>190
元老でない者も混じっておるな。

>>191
まぁ、結局は投げ出しじゃよ。
要するに陸軍の奴めが私のことを気に入らなかったのだろうから、こっちもそれなりの対応をしただけのこと。
私も陸軍の言いなりになるのも嫌だったしな。

>>192
どうでもいい話だが、名前を出したければわざわざ「by」など使わずとも名前欄に入力すればよいぞ。

>>193
山本には二度の期待を裏切られた。
一度目はシーメンス事件。
二度目は虎ノ門事件後の総辞職。
虎ノ門の時でさえ私は辞職はせずともよいと忠告しておいたのじゃ。
それなのに山本はうまい理由がついたとばかりの総辞職。
あれで山本の元老化が完全に消えたとも言えるのう。

>>194
うむ、あまりヘタなことはするものではない。

200 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/03 11:06:14
>>195
いなかったらいなかったで大変だろうから、これで良いのじゃよ。

>>196
山県公は藩閥だったからのう。
一般民衆からの評価は低かったのだろう。
その点、大隈公はうまく人心を掌握しておった。
政治家としての能力とはまた別問題だがのう。
山県公は面倒見が良かったから政治家の間での評価は悪くないぞよ。

>>197
うむ、だが少々やりすぎじゃな。
近衛に振り回された点に関しては同情するが。

>>198
首相に奏薦してやった私に対して馬鹿と言うのか?

201 :日本@名無史さん:05/03/03 11:37:54
「スパイゾルゲ」で大滝秀治が園公を演じておられましたが、あれは似てましたかな?
近衛を演じた榎本孝明も雰囲気ありましたが。

尾崎秀実のモックンは、それはないだろうと思いましたが。

202 :日本@名無史さん:05/03/03 14:04:25
しかしほんと長生きですね。
幕末の動乱から激動の昭和まで。
どの時期がもっとも楽しかったですか?
案外戊辰戦争の頃ですか?

203 :日本@名無史さん:05/03/03 14:07:46
老公が引き立てた近衛は老公のことを「議会政治の守り本尊」だって激しく批判していましたが、
どう思われますか?


204 :日本@名無史さん:05/03/03 15:22:12
清浦圭吾と平沼騏一郎は似ている。

ところで、なぜ、陸軍大臣・教育総監・参謀総長を歴任したスーパーエリート杉山元元帥を総理に
推薦しなかったのですか?
小和田恒氏が駐米大使になれなかったのと同じようなもんでしょうか?

205 :日本@名無史さん:05/03/03 15:25:41
>>202

片山哲92歳、鈴木善幸93歳、東久邇稔彦103歳、清浦圭吾92歳。

206 :日本@名無史さん:05/03/03 16:29:39
徳富蘇峰 1863〜1957
金子堅太郎 1853〜1942
伊東巳代治 1857〜1934

悪い奴ほどよく生きる、でしょうか?

207 :日本@名無史さん:05/03/03 16:40:26
自民党の党章が菊花紋である件について

208 :日本@名無史さん:05/03/03 19:50:05
司馬遼太郎の小説「花神」を読んでいると、
大村益次郎が若き日の園公を西郷隆盛の対抗馬に育成しようとしていた、
というふうな事が書いてありましたが、それって本当なんでしょうか?
全然軍人肌ではないように思うんですが・・・

209 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/03 19:57:44
>>201
すまんのう、実はまだ見ておらんのじゃ。
しかしあの者ならうまく演じそうであるな。

私も他人の目からどのように映るのかは興味がある。
だが正直な話、あまり過去を掘り返さないでほしいという思いもあり、なかなか難しいものじゃ。

>>202
そうじゃな。あの時期は右も左も判らず夢中であったが、今になって考えれば余計な心配も不要であったし気楽だったかもしれぬ。
後年は元老という重責に押し潰されたような有様であった。

>>203
近衛は私の考えを理解してくれなかった。
期待の星と言われておったのに…やはりパリへ連れて行った際にも叱り付けた例の論文から奴の本質を見抜くべきであったのか。
今となってはどうすることもできぬ。

>>204
「スーパーエリート」だからこそ推さなかったのじゃよ。
私は中間内閣期であっても後々には政党内閣への復帰を諦めたくはなかったのじゃ。
私の生きている間に実現することは難しくても、将来的には政党政治への復帰が必要だと考えていた。
だからこそ可能性を捨てなかったのだ。

>>205
皆長生きじゃのう。

>>206
「悪い奴」かどうかは個人が決めることじゃ。
確かに彼らは何かと政権を維持する上での障害ではあったがの。

>>207
ううむ、自由党から始まる日本で最も古い政党でもあるし、ある程度のことは大目に見たいところだが、菊花紋はさすがにいただけんのう。
自民党独裁にも近い今の日本を如実に表しているようで残念だ。

210 :日本@名無史さん:05/03/03 23:26:29
「独裁」と言うのは他の政党の存在を一切許さないものだと
思うんですが…。

211 :日本@名無史さん:05/03/03 23:53:32
日本で最も古い政党は「日本共産党」だが。

212 :日本@名無史さん:05/03/03 23:54:46
小泉の答弁が無性に腹立たしいのですが、
老公のご存命中にああいったのらりくらりとした、人を舐めきった
答弁をするような政治家はいましたか?

213 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/04 09:24:34
>>208
確かに軍人肌ではないな。
ただ、私は戊辰戦争にも行っておるし、全く関係がなかったというわけでもないのだよ。
大村殿の意図も、私自身はあまり感じなかったがのう。

>>210
言葉のあやというやつだ。
あまり細かい箇所は気にしないでくれたまえ。
少なくとも私が政権交代の鍵を握っていたことは間違いあるまい。
何しろ私の一言で後継首班が決まるのだからな。

>>211
自民党も源流を辿れば自由党であろう。
戦時中に解散した時期はあったが、基本的には昔からの流れを受け継いでいると言っても差し支えない。

>>212
ああいった立ち回りも一種の才能じゃのう。
政治家なんて昔もあんなものじゃよ。
今に始まったことではない。
ああだこうだ言われながらも自分の政策が実施されれば目的は達するわけだからのう。

214 :日本@名無史さん:05/03/04 12:12:22
「中間内閣」で思い出しましたが、当時は「変態内閣」という言葉も用いられておりましたね。

今でも通用するお洒落な言葉だと思うのですが、いかがでしょう?

215 :閑院宮載仁 ◆VQKJgiezS6 :05/03/04 12:43:47
閑院宮載仁親王だけど、何か質問はあるかね?

216 :日本@名無史さん:05/03/04 23:50:39
貴殿について私めの思うところ

元老で唯一の自由主義者だった人
国連で人種差別撤廃案を提出したりと評価できる面は多かったが
最後の最後で残した置き土産(近衛文麿)がすべてを台無しにしたような気も

217 :日本@名無史さん:05/03/05 00:17:31
終戦後、
四面楚歌の東京裁判で必死に日本を弁護した東条と
自殺して一人先にあの世に逃げた近衛について
どう思いますか?

218 :日本@名無史さん:05/03/05 00:24:21
園公は三羽烏の事はそれぞれどう評価されてますか?

219 :日本@名無史さん:05/03/05 13:31:50
陸奥・星・原敬・老公ら自由主義者らの存在が日本の近代史を誇れる物にしてるな。
支那や朝鮮にはまともな自由主義者なんてほとんどいないもん。

220 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/06 10:50:15
個人的になかなか大変な事態に遭遇してしまい、回答が遅れてしまった。

>>214
そうじゃな、なかなか的を射た言葉であった。
当時は世の中の動きも激しかったが、それを公開するマスコミも面白かったのう。

>>215
何も御座いませぬ。

>>216
人種差別撤廃はそこまで評価できるものでもないがのう。
あれは要するに西欧の抜け駆けを許さないためのものじゃ。
置き土産か…それに関しては何も言うまい。
私は教えることは教えた。
それをどう受け止めるかは個人の裁量じゃ。


今日はここまで。

221 :擁仁親王 ◆KyUpmG9.1. :05/03/06 14:33:35
秩父宮擁仁親王です。天皇になりたいのですが。

222 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/07 13:50:33
>>217
東条は国のことを思ってあのようなことをしたのだろうが、
あの者に戦争責任があることは自明であるし、
それだったら最初からもっと慎重に事を運ぶべきであったと思うのう。
あまり評価することはできぬ。

近衛の無責任さはあの時に始まったことではないから、もはや同情の余地もない。
それに本人は自分の責任についてあまり自覚がないようにも見える。
公家という育ちの弊害かのう。

>>218
どの三羽烏を指すのかをはっきり示してくれたまえ。

>>219
これこれ、大陸をそう馬鹿にするものではない。
その日本の「自由主義」だってどれほど歪んでいることか。

>>221
皇室典範を参考になさるのが宜しいかと存じまする。

223 :日本@名無史さん:05/03/07 14:08:13
でもやっぱりクレマンソーとはホモだちだったんでしょ?
どっちがネコですか?やっぱり園公ですかね?

224 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/07 14:09:10
>>223
その愚問はそろそろ飽きてきたぞよ。
もう少し面白いことを考えるがよい。

225 :日本@名無史さん:05/03/07 20:43:55
西園寺公の三羽烏というのは、近衛、木戸、原田の3人を指す有名なフレーズだと思うのですが。

226 :日本@名無史さん:05/03/07 23:11:56
ご老公にとって、大正デモクラシーに明け暮れる帝都の臣民達は如何様に見えましたでしょうか? ブルジョワ達の片手間の遊びか、それとも真なる民主主義か……

227 :日本@名無史さん:05/03/07 23:27:22
中江兆民はどんな人でしたか?
フランスで懇意になった仲ですよね?

228 :日本@名無史さん:05/03/07 23:30:28
西園寺公望は東山天皇の男系の子孫。
近衛文麿は後陽成天皇の男系の子孫。



229 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/07 23:34:00
>>225
すまぬ、変に考えすぎて色々な人物を想像してしまっていた。
その3人で良かったのじゃな。
近衛と木戸については>>78で述べた。
原田も私と政治家との間でよく動いてくれたのう。
最初は仕事ぶりも悪く、あまり期待はしていなかったのだが、その馬鹿正直が後年はうまく活きてきおったわい。

230 :日本@名無史さん:05/03/07 23:37:32
西園寺公閣下

野暮なことをお尋ねしますが、閣下がのりうつっておられる方の御卒論とは、
もしかすれば、こちらではございませぬか。

「「最後の元老」としての西園寺公望」
http://www.george24.com/~ya-masin/last-saionji.htm#_edn2


231 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/07 23:59:25
>>226
第一次護憲運動は一見すると民主主義のようにも見えるが、そこにカラクリがあることは>>38でも述べたな。
民主主義の発想としては悪くないとは思うが、一概にそれを全て正しいとは言い切れんのう。

>>227
自由主義に影響を受けた者としてウマは合ったかもしれんな。
情熱的な野心家であった。
晩年の燃え尽きはその反動なのであろうな。

>>228
家柄では近衛家と比較にならぬよ。
家柄・能力・カリスマ性とあらゆる面に優れていたからこそ近衛には期待したのだがな…。

>>230
ううむ、本当に野暮なことを聞くのう。
どこで見つけてきたのじゃ?

232 :日本@名無史さん:05/03/08 00:57:42
後藤新平についてコメントをお願いします

233 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/08 01:07:16
>>232
医者でありながら満鉄総裁や東京市長など様々な方面で辣腕を振るっておったな。
あのように有能な人材をうまく使いこなせなかったところに近代日本の限界があるのじゃろう。

234 :日本@名無史さん:05/03/08 01:08:34
老公、いつもありがとうございます。

235 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/08 01:09:20
>>234
いやなに、気にするでないぞ。
政局への相談を受けるのが元老の役目。

236 :日本@名無史さん:05/03/08 02:45:06
老公、女性天皇についてコメントを!

237 :日本@名無史さん:05/03/08 10:44:47
>>230
しかし四単位で留年決定とはね。
その一科目落とした教員は鬼だな。西園寺さん、かわいそう。

238 :日本@名無史さん:05/03/08 10:54:03
この老公は騙りなり!
ホンモノであるのなら京都弁のはず。と言う訳で、京都弁でよろしくw

239 :日本@名無史さん:05/03/08 11:03:54
>>230
その卒論、註や文献一覧などに、表記のブレがありますぞ。
手直しされたほうがよいかと。

240 :日本@名無史さん:05/03/08 11:14:34
>>238

いや福島弁で

241 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/08 15:52:22
何故か>>230の人間と私を混同している者がおるのう。
よく解らぬがそのまま続けるぞよ。

>>236
そもそも男系のみにこだわること自体が時代錯誤だと思うのじゃ。

>>237
4単位ともなれば授業には行かないで済むのう。
研究に没頭するも選択肢のうち。

>>238
史料というものを見たことがないのかのう?

>>239
うむ、ファイルの状態からそのままアップしたのじゃろうな。
修正すべきであろう。

>>240
どうして福島弁なのじゃ?

242 :木村毅…『西園寺公望傳』著者:05/03/08 16:42:36
え〜 >>220 の「個人的になかなか大変な事態に遭遇してしまい、回答が遅れてしまった。」
とは、http://www.george24.com/~ya-masin/menu.htm
の「これから実家に帰って両親と話し合いです。死にます。」のことだと
考えられます。

243 :日本@名無史さん:05/03/08 16:51:01
藤原公望

244 :日本@名無史さん:05/03/08 18:41:55
>>ヤマシン ◆HoSeIVxLA2
是非2ちゃん陸上大会で優勝してください
応援してます^^
ヾ( ̄ー ̄ゞ)))(  ̄ー ̄)尸フレーフレー

245 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/08 19:09:44
むう、私への質問がなくなってさまった…。

246 :日本@名無史さん:05/03/08 19:46:02
我々は>>1が何故このようなスレッドを立てたのかという
疑問を解決するため、1の故郷である福島の寒村に向かった。
「まだ我が明治大帝の御世にこんなところがあったのか…」
思わず口に出てしまった言葉を同行した憲兵に失礼だと咎められた。

小人が住むような小さな家、ツギハギだらけの着流しを着る百姓たち、
そして村の官吏達は身なりのいい我々を監視する様に見詰めている。
富国強兵だの、立身出世だの、鹿鳴館と吉原だの
で浮かれていた我々は大日本帝国の現状を噛み締めていた。

ボロ屑のような家に居たのは老いた母親一人
我々を見るなり全てを悟ったのか、涙ながらに
「息子が申し訳ありません」と我々に何度も土下座して詫びた。

我々はこの時初めて>>1を許そうと思った。
誰が悪い訳ではない、この村の貧しさが全て悪かったのだ。
我々は母親から貰った干し柿を手に、
打ちひしがれながら帝都・東京へと帰路についた。

247 :日本@名無史さん:05/03/08 22:37:27
国会中に居眠りやケータイでメールをする議員がいるんですが、
ああいう状況をご覧になって、老公はどうお考えですか?

248 :日本@名無史さん:05/03/08 22:58:15
とりあえず>>242のリンク先はスルーと言う事で(w
そうしないと西園寺公が憑依して書き込んでくれないので。

老公もスレ違いの煽りはスルーでお願いします。
さもないと通報されてストッパーが入りますのでお願いします。

249 :248:05/03/08 23:00:03
ところで公はベルサイユ条約をどのようなお気持ちで調印された
のでしょうか?
また結果的にベルサイユ体制も国連(国際連盟)も崩壊した状況を
どのようにお考えでしょうか?


250 :日本@名無史さん:05/03/09 00:06:26
もし、原や加藤高明が長命であれば、元老になれたのでしょうか。
「人格化されたルール」といわれた園公の後継者は万が一の
保険のために必要ではなかったかと思うのですが

251 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/09 02:06:08
>>247
政治家としての責任の放棄としか思えぬ。
自覚が足りんな。
しかし政治家と雖も同じ人間、そういう側面が表出してしまうこともまた否定はできぬ。
つまり、政治家に対しての評価をもう一度問い直す必要はあるじゃろうな。

>>248
私が誰の体を使うかは重要ではないから特定しようが何だって構わぬのだが、スレの流れが変わってしまうことだけは避けねばならぬ。
さて、>>249の質問じゃったな。
なかなか鋭い指摘である。
あれは結局のところ米英と協調路線を取るための日本による歩み寄りなのだよ。
軍部の連中は仮想敵国がどうとかぬかして状況を混乱させておったが、戦勝国である米英に追随していかなければ日本に将来はない。
それくらいのことは日本の近代化の歴史から見ても明らかであろう。
軍部を抑えるためにも、協調外交路線を定着させるためにも、ヴェルサイユ条約への調印は必要不可欠であった。

国連の崩壊に関してはある意味で最初から分かり切っていたことでもあったがのう。
明らかに抵抗勢力の残る状況で創られた組織であり、しかもそこに大国であるアメリカが入っていないという歪んだ組織ではうまくいくはずがない。
だが、ヴェルサイユ体制が崩壊したと考えるのは早合点ではないかのう。
アメリカ主導の世界情勢は今も形を変えながら継続しておると思うのであるが…。

>>250
歴史に「もしも」はないから難しい質問ではあるが、原が生きていれば十分に元老の候補であったであろうな。
平田ともそのようなことを話していた時期があった。
だが、事実として原は逝去してしまった。
その次の策が内大臣への権限委譲案であったのじゃ。
しかし加藤が元老になれたかどうかは分からんのう。
元老候補に挙げるにはある程度は長期的な活動における評価が必要じゃ。
護憲三派内閣を曲がりなりにもうまくまとめ切った手腕は評価できたが、元老にできるかどうかはまだ判断しかねる、という状況だったからのう。
元老になる可能性はあったかもしれぬが、もう少し様子を見る必要はあったであろうな。
加藤の場合は、元老などということを考える前に急逝してしまったというのが正直な話じゃ。

252 :日本@名無史さん:05/03/09 09:47:48
>>251
>戦勝国である米英に追随していかなければ日本に将来はない

近衛はその時既に「英米本位の平和主義」に対抗する意思を示しておられましたが。
老公のお叱りは、結局何の役にも立たなかったのではないかと存じます。

253 :日本@名無史さん:05/03/09 14:19:45
近衛のように甘やかされて育った人間は堪え性がないからいかんね

254 :日本@名無史さん:05/03/09 19:55:22
画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロ
画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロ
../⌒ヽ                    /⌒ヽ
( ^ω^)                  ( ^ω^)
アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画
アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画
                       ../ ⌒\
                       (^ω^ )
     画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画
../ ⌒\ 画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画
(^ω^ )ざわざわ・・・ざわ・・

↑これなんか曲がって見えない?

255 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/09 20:56:04
>>252
あれほど叱り付けても理解してもらえなかったのだから、近衛とはその程度の男だったということじゃな。
協調外交に心から賛同していなかった人間がいることなどは当然分かりきっておる。
しかし世の中に本音と建前というものがある以上、それに従うこともまた国益に繋がるのだ。
それを理解できないという意味で、近衛に政治家としての資質はなかったのう。

>>253
そういうことになるのであろうな。

>>254
ほう、中々面白いのう。

256 :日本@名無史さん:05/03/10 00:35:30
寺内正毅内閣ではシベリア出兵とそれに伴う米の売り惜しみによる
米騒動しか思いつかないのですが、結局寺内についてはどうお思いでしょうか?

257 :日本@名無史さん:05/03/10 03:27:09
閣下が「最後の切札」としていた(と言われている)宇垣一成についてどう思われますか?
あと何故廣田首相は文官で唯一死刑になったと思われますか?(東京裁判自体酷かったですが)

258 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/11 00:39:58
>>256
私から見ると山県系内閣という印象が強いのう。
要するに藩閥じゃよ。
この頃は藩閥から政党へと政権が受け継がれる過渡期であった。

>>257
宇垣は評価しておったぞよ。
私は自分の真意を理解してくれる人間が好きじゃ。
広田が死刑になったのは見せしめじゃないかのう。
それに広田の時代に日本が曲がっていったこともまた事実ではないかと思うのじゃ。
決定打を放ったのは言うまでもなく近衛だが。

259 :日本@名無史さん:05/03/11 08:23:33
なぜ寺内は禿げていたのですか?
老公はご自分の頭髪について、どのように思っていらしたのでしょうか?

260 :日本@名無史さん:05/03/11 09:27:39
ヴェルサイユ講和会議に連れて行った妾さんのお名前はなんと言うのですか?

261 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/11 12:17:24
>>259
何故、と聞かれても困るのう…。
山県公の顔色を窺っているうちにそうなってしまったのであろうか。

>>260
公人ではないから明かすことはできぬ。

262 :日本@名無史さん:05/03/11 13:39:08
杉田かおるについてどう思われますか?

263 :日本@名無史さん:05/03/11 13:59:48
閣下は木戸の東条推薦には反対とお見受けしましたが、
仮にアノ重臣会議に出席して木戸に反論するとすればどういうご意見になりますでしょうか?
また、閣下なら誰を推薦していたでしょうか?

264 :日本@名無史さん:05/03/11 13:59:45
民政党内閣の幣原外交と同時期の田中内閣の外交政策、結果としてどちらが日本の為になったと思われますか?

265 :帝国の一臣民:05/03/11 16:05:54
>>262

俺は、おばさんだと思う。

266 :日本@名無史さん:05/03/11 19:02:55
武藤山治の暗殺は、番町会の陰謀だったのでしょうか?

267 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/11 21:38:23
>>262
その質問は既出じゃ。
ここでは大物、とだけ言っておこう。


続きはまた後で回答するぞよ。

268 :日本@名無史さん:05/03/11 23:54:03
原敬は中岡艮一に暗殺され、浜口雄幸は佐郷屋留夫に暗殺されて翌年逝去。
どちらの方が衝撃を受けられましたか?

269 :日本@名無史さん:05/03/12 00:53:52
「ふん…そろそろか」
そう言うと、ご主人様はカメラのタイマーをセットし、
「よーし、出していいぞ」
と言い、ムチを振りおろしました。
ひゅっ…パシンッ!
「くうっ!うああっ!」
ブリュッ!ブッ!
「っ!はっ、だ、だめえっ…もうっ…ウンチぃっ…うっああ…だめ、だめ、で、出ますっウンチぃッ!…あああっ…!」
「ほら、出しちまえっ!」
そう言うとご主人様は私の腹を足で蹴り上げたのです。お腹をいきなり圧迫されて、もう我慢のしようがありませんでした。
ブリッ!ブババババッッ!ブリュビュルリュリュッ!ブリブリブリブリッッ!!プシャアアーーッ!!
カメラが、パシャッ、パシャッ、と音を立てて、私の脱糞姿を写していきます。フラッシュの光が私の痴態の全てをありありと見せてしまいます。
「うあああああっ!ひいいっ!あああっ!出てるううっ!うあーっ!!ウンチが、ウンチがああーっ!だめ、撮っちゃだめえーっ!ま、まだ出ますぅっ、うああっ!」
ブリュブリューッ!ブスッ!プシャアーッ!ゴボッ…ブリブリリリッッ!
「ひいっ…止まらないい…っ!ウンチがぁ…止まらないのぉ…っ!うひいいんっ!あうああんっ!ああああっ…お、おっきいのが出ますうっ…あううっ…おっきいウンチぃ…ああっ、で、でるっ!ひ、ひああああっ!あふうううっ!」
ムリムリムリ…ブリッ!ぶりゅぶりゅっ!ブバッ!ボチュンッ!ブリブリブリッッ!!ブババババッ!バリュブリブリ、ブボオオッ!ビュリッ…ぶじゅるる…ぷしっ、ぷしゃあああああああ……
パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ…
「あああああ…あ…う、ウンチ…っはあ…写真…撮られて…はう…はう…」
私は恍惚とした表情で、残りのウンチを捻り出していました。
ムリッ…ボチャッ…ブッ!…ブスーーッ!ブリブリッ…ボチャン…
「全く…ウンチひりだしてイっちまったのか?」
「は、はい…ウンチ…で…イってしまいました…」
「ウンチして、写真とられて、興奮してイっちまうなんて、もう一級のド変態だな。全く、汚ねえペットを拾っちまったなあ?」
その言葉で、体中がゾクゾクと打ち震えるのを感じました…
「はい…しのぶは…汚い…ウンチ犬です…ご主人様あ…」

270 :日本@名無史さん:05/03/12 01:30:40
今話題の人権擁護法についてはどう思いますか?
治安維持法以来の悪法といわれていますが。

271 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/12 02:08:43
遅くなって申訳ない。

>>263
難しい質問じゃのう。
いっそのこと近衛に全責任を負わせて米英との交渉に全力を尽くすという選択肢も面白かったかもしれぬ。
そうでもしなければ近衛も自らの無責任さを感じられないであろう。

>>264
私が支持していたのは言うまでもなく幣原外交だが、田中外交のために大陸政策が進められたという側面も無視することはできぬ。
私も大陸政策自体には反対していなかったのだ。
米英との関係を考えるとあまり大きな動きはできないとは思ったが。
結果的に、と言われたら大陸を失った以上は幣原が正しかったのではないかの。

>>265
そうじゃな。だがここではどんなおばさんなのかが問題なのじゃ。

>>266
私には良く分からぬ。私に聞くより、もっと別の人間に聞くのが良いじゃろう。

>>268
文句なしに原じゃ。
浜口の時はロンドンのこともあるし、反対分子が明らかに多かったから多少は予測がついていた部分もある。
しかし原は政友会を長年支えてきて実力も一定の評価を獲得しておった。
いくら当時の政局が汚職等で揺らいでいたとは言え、暗殺されるとは誰が予想したであろうか?

>>269
政治の場にこのような不謹慎な書き込みは似合わぬ。



眠いから今夜はこれにて終了。

272 :日本@名無史さん:05/03/12 14:28:39
閣下から見た昭和天皇はどのようなお方でしたか?田中首相を叱責したりニ・ニ六事件の際には自ら反乱軍を鎮圧すると言ったり何かと血気盛んだったようですが…

273 :日本@名無史さん:05/03/12 19:57:33
たしか陛下は「あの時の私は若気の至りで田中を追い込んでしまった」
的な文言をのべられて必要以上に政治的発言を語られなくなりましたな。

公が陛下に苦言を述べられたのでしょうか?

又、乃木閣下の陛下(昭和天皇)に対する教育法でもし一言あるで
しょうか?因みに学習院での乃木閣下の評価ですが、大久保利謙氏
はケチョンケチョンにバカにしておりました(w

274 :日本@名無史さん:05/03/12 20:16:33
美濃部達吉の天皇機関説と吉野作造の民本主義は
日本の柱石となる思想になりうると思いますか?

275 :日本@名無史さん:05/03/13 07:18:13
公は日露戦争時の将官と大東亜戦争時の将官の矜持をどうお考えでしょうか?
時代がかなり経過しているので単純に比較するのは不毛かもしれませんが。

276 :日本@名無史さん:05/03/13 08:07:24
既出ですが公のレスで

16 :日本@名無史さん :05/02/06 23:08:16
>>15
氏ね

18 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/02/07 01:18:57
>>15
はて、私はもう死んでいるはずなのであるが…。

は爆笑してしまいました。

経済の話で恐縮ですが、ライブドアとフジの抗争を見てわが国家の
企業倫理をどうお考えでしょうか?
戦前は渋沢栄一のように企業哲学をお持ちの方がいらっしゃったのに、
現在のわが国の企業は三菱自動車の如くモラル・ハザードを起こしている
事をどうお考えでしょうか?

277 :日本@名無史さん:05/03/13 16:19:52
池田成彬みたいな「胡散臭い」人物を評価しているのは何故ですか?
有能な企業人なのかもしれませんが、常に、公の嫌う、右翼勢力との関係が取りざたされる人物ですぞ。

278 :日本@名無史さん:05/03/13 16:38:43
>>277

団琢磨も一緒に。

279 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/13 20:11:57
>>270
逆差別が助長されかねない、という問題か。
報道の自由なども絡むことを考えると、なかなか難しい問題じゃな。
治安維持法もそうだったが、法で規制する範囲が曖昧だとまずいのじゃ。
濫用されないようにするには、権限がもっと明確でなければならぬ。
それに憲法で定められた人権とはあくまでも「基本的」人権じゃ。
政府が余計な介入をすべきではないだろうと思ふ。

>>272
陛下は帝王学で育ったからのう。
多少の横暴は仕方のないところであろう。
陛下は絶対なのじゃ。

>>273
政治的発言をしなくなったのは陛下の意思じゃ。
あくまでも「総覧者」として政局に向かうのが自分の使命だと感じられたのであろう。
何しろ陛下の一言で内閣が解散してしまったのだから、「デモクラシー」を謳う日本では危険だと判断なされたようじゃ。

む、教育方針?
そうじゃのう、ある意味では「生まれながらの支配者」であった陛下への教育という点では評価できると思うが、先代からの伝統と云うか雰囲気というか、そういったものはもう少し配慮しても良かったのではないかのう。

>>274
柱石というよりも日本の国家構造を説明したという性格のほうが強いのう。
なかなか言い得て妙だとは思ったぞよ。

280 :日本@名無史さん:05/03/13 22:28:09
『木戸幸一日記』
昭和7年5月2日
午前九時ホテルを出発、自働車にて興津に至り、座漁荘に西園寺公爵を訪問、
十一時半頃迄二時間余り時局問題、宮内省の問題等につき御話して、示教を受く。
公爵は、聖上陛下の御聡明に渉らせらるることを頻に話され、
明治大帝以上によく総てを御了解になって居ると話された。

公の昭和天皇評といえばこれを思い出すのですが、
公の明治大帝評について詳しく伺いたい。

281 :****:05/03/14 00:22:15
近衛ふみまろ、曾じいちゃんなんだけど…

282 :日本@名無史さん:05/03/14 12:20:39
日本ではなぜ左右の共同体主義が強くて、自由主義的な政治文化が弱いのですかね?


283 :中江兆民:05/03/14 14:32:09
>>282

西園寺侯が東洋自由新聞社長を辞任したから。

284 :日本@名無史さん:05/03/14 14:38:31
>>281は近衛忠大

285 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/15 02:07:58
>>275
ふーむ、なかなか難しい質問じゃのう。
しかし基本的な部分はあまり変わらぬようにも思えるのじゃ。
敵が巨大であることはどちらの場合も変わらなかったが、軍人は相手が誰であれ恐れずに全力を尽くすわけだからな。
ただその方法が通じたか通じなかったかの差であろう。

>>276
何を言われようが、死んでいることは間違いないからのう。

モラル・ハザートは今に始まったことではないぞよ。
有名なところでは足尾銅山の件もあったであろう。
昔がそこまで美しかったか、という点に関しては期待するほどの結果は得られないかもしれぬ。

>>277-278
まぁ、要するに私の前ではいい顔をしていたから信用したまでよ。

286 :日本@名無史さん:05/03/15 22:17:14
他のスレですが歴史学博士の俺様 ◆QOYuzJdqhs ってヒトをどう思いますか?

287 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/16 12:22:20
>>280
昭和天皇陛下がエリートであれば、明治天皇陛下は先駆者じゃな。
何しろ近世のあの時代からほんの45年で日本をあそこまでにできたのは、政府もそうだが陛下の先見の明と理解がなければ実現しなかったはず。
日本が日清・日露を勝ち抜けたのも陛下がいたからこそじゃ。

>>281
ほう、なかなか興味深いのう。
戦争責任を押し付けてやってくれ。

>>282
「上からの近代化」を行った弊害なのかのう。
どうも極端から極端へと走ってしまう傾向はあるようじゃ。
しかしだな、国民の大多数がそこまで偏った主義主張を行わないことを考えれば、
自由主義そのものは生きているとも思えるのだよ。
問題はそういった層が政界に影響を与えるほどの力を持っていない、という点であろう。

>>283
正直、すまなかった。

>>284
本人なのかのう?いやまさかな。

>>286
どのような人物なのじゃ?
私はあまりこの板が詳しくない。
その者が暗躍しているスレッドをここに出してはくれまいか。

288 :日本@名無史さん:05/03/16 13:56:03
歴史学博士らがあらゆる質問に即答するスレ16

1 :小吉 ◆BZcTa3.PzY :05/02/21 08:13:41
うひょ〜
みなさま、大変お待たせ致しました。

本スレは閉鎖的な使用法は禁止とします。

みんな仲良く第16弾いきましょう。
どんな質問でも即答が返ってきます。

なぜなら、ここが日本史板質問スレの王道だから。


よっしゃこい

過去スレは>>2-10のあたり

289 :日本@名無史さん:05/03/16 13:58:50
こいつ最悪!
ろくに質問にも答えられず、茶化すだけのキモコテハン!

園公!一刀両断してください!

290 :日本@名無史さん:05/03/16 17:55:05
2・26事件はなぜ失敗したのでしょうね?
成功していたほうが、その後の日本にとってよかったのかも。

291 :日本@名無史さん:05/03/17 00:18:08
こいつバカ?バカセの名称が相応しいけど、元老はどうよ?

146 :歴史学博士の俺様 ◆QOYuzJdqhs :05/03/16 17:38:56
>>145
そのうち裕香に見つかって御陀仏さんになるぽ

よっしゃこい

292 :日本@名無史さん:05/03/17 07:02:38
>>291
歴史博士の俺様はつまらないので放置しましょう。

ところで公は北一輝をどうお考えでしょうか?


293 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/17 18:40:12
>>288-289
ううむ、つまらぬ固定じゃのう。
放置して干すのが一番じゃ。

>>290
では、そなたは成功していればどのような日本になっていたと考えるのじゃ?
あの事件で有能な政治家が多数亡くなったのは事実である。

>>291-292
そうじゃな、知性が感じられぬ。
どうしてこんな板にいるのであろうか。

北一輝は危険思想の持ち主で政府も常に警戒しておったのう。
だが実のところ、私は奴とあまり接触していないため、どんな男かはよく分からないのじゃ。
奴なりの思想というものを聞いてみたかったのう。

294 :日本@名無史さん:05/03/18 23:50:36
老公 

大村益次郎暗殺の時、貴方は命拾いしたようですが、
待ちぼうけを食らって結果的に殺された大村さんに一言お願いします

また黒幕と言われている海江田さんにも一言。

295 :日本@名無史さん:05/03/19 08:32:52
ところで公は摂政様(昭和天皇)が実は当時の女学生から「イケメン」として
モテモテであった事に嫉妬した事はありますか?

それと摂政様の婚姻問題で、幕末期に維新の功臣の苦しめた魔王の宮こと久邇宮
の孫娘が結婚する事には反対をしませんでしたか?公式記録だけではなく、公個人と
してのお考えが知りたいです。これに反対した元老山県の考えについても公個人の考え
を含めて知りたいです。

296 :295:05/03/19 08:38:43
>>293の公へ
個人の考えながら2,26は弊害の方が多すぎです。
北の思想も結果的に極端に走らせてしまい、功臣の暗殺で力の過信
を生んでしまったのではないでしょうか?
陛下が激怒されたのも暴力革命に対する嫌悪感と
明治憲法の基本に反するという点で2。26への怒りを露にされた
のではないでしょうか?

297 :日本@名無史さん:05/03/19 08:58:46
2・26には厳しいが、5・15には甘い、という風潮がやく理解出来ませぬ。
犬養如きは殺されても仕方のない、無節操な政治家だったということでしょうか?

ところで、以前から大河ドラマに、老公を取り上げれば、まさに大河な話になると
期待しておるのですが、いかがでしょう?

298 :田中角栄:05/03/19 12:08:58
>>297
西園寺は元々、雲上人だから、国民に夢を抱かせるストーリーにはならんね。

299 :日本@名無史さん:05/03/19 18:00:31
第一次近衛内閣の後釜に推薦されていましたが辞退したのは何故ですか?

コミンテルンの抗日テロを取り締まるための治安維持法、という観点から見ると
当時の共産主義者や無政府主義者は「危険な行動に出る危ない人々」とか
「国家を転覆させようとしている危険思想」と見られていたのでしょうか?
それと、西園寺公は彼等についてどう思いますか?


300 :295:05/03/19 20:16:06
>>298
>西園寺は元々、雲上人だから
むしろ公は大河よりも三時間ドラマの主人公が良かれ。

301 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/19 23:24:10
>>294
私が行ったところで事件が起こらなかったとは思えないが、あそこで命拾いをしたおかげで私は昭和まで生きることができた。
私は大村殿の分まで生きたつもりじゃ。
力及ばず理想の政治を実現することはできなかったが、とても感謝しておる。
海江田に関してはよく分からぬ。
はっきりしないことをあれこれ言うのも誤解を招くからのう。

>>295
陛下には敵わぬよ。
私などとは別の世界のお方じゃ。嫉妬も何もないわ。

あの問題について言及するのは難しいのう…。
何しろ政治性が強く絡んでおるからな。
私としては、世間一般に言われるように山県公がややヒステリックに因縁をつけたようにも見える。
が、これはあくまでも私の主観じゃ。実際のところは公自身に聞いてみるほかないのじゃろう。
どこかに山県公はおらんのかのう?

>>296
うむ、そうじゃな。
あの事件をきっかけに国政の指針がある方向へ確定されたのは疑いようのない事実であろう。
陛下がお怒りになったのは軍人によって「デモクラシー」が否定されたように感じられたからなのだと思ふ。

302 :日本@名無史さん:05/03/19 23:56:11
公はその時(2.26)の大激怒された陛下の竜顔を拝謁したいと思いましたか?

それと当時のクーデター鎮圧に関わった石原莞爾をどう思われました?

303 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/20 01:02:56
>>297
いや、五・一五の時は「一回目」だから許されたのであろう。
「もう二度とするなよ」という暗黙の了解があったはずじゃ。
しかし二・二六が起きてしまった。
これを許せば、政府は武力で変えられるという認識が蔓延ってしまうのは避けられぬ。
だからこそ二・二六の時は厳罰を科したのではないかと考えるのが妥当ではないのかのう。

私が大河ドラマ?
馬鹿も休み休み言ってくれたまえ。
>>298の「雲上人」は言い過ぎだが、そもそも私は出世しようとした人間ではないからのう。
>>300にある3時間ドラマは面白いかもしれぬ。
だがその場合も私はやはり脇役に収まるであろう。

>>299
近衛内閣の後釜?
そんなことがあったかのう…よく憶えておらぬ。

当時の無政府主義者はあまりにも急進的で、マルクス主義を理解できていたのかも疑わしいがのう。
奴らは「国家を転覆させようとしている危険思想」そのものじゃ。
何事も段階を飛ばして行おうとするのはいかん。
理想に燃える気持ちは分かるが、もう少し現実路線というものを学ぶべきじゃな。

>>302
恐れ多くて拝謁などしたらしばらく陛下の顔を見れなくなりそうじゃ。
どれほどお怒りであったか陸軍の将校どもは理解できなかったのであろうな。

石原が鎮圧に加わったというのがそもそも奇妙な話じゃ。
満州から呼び戻され、奴めは自分の居場所を失くしておったがな。
奴めの理想とやらも一度聞いてみたかったものじゃ。

304 :日本@名無史さん:05/03/20 13:03:40
老公のご存命中、一番気に入っておられた総理はどなたですか?
やっぱり原敬ですか?間違っても山県ではないでしょう。

305 :日本@名無史さん:05/03/20 17:54:03
台湾銀行救済をめぐる枢密院審議で、幣原と伊東が殴り合いのガチンコバトル
寸前になりかけましたが、あのままやりあったら、どちらが勝ったのでしょうか?

306 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/20 18:34:24
>>304
原敬の能力はある程度予想していたから、それほど驚くには至らぬ。
予想外の活躍、という意味では加藤高明じゃな。

>>305
若い幣原のほうが強かったのではないかのう。

307 :日本@名無史さん:05/03/20 20:12:50
園公の憑依している若者の指導教授は誰でしたか?
私も同じ大学で、同じころを卒論にしたいのですが・・・

308 :日本@名無史さん:05/03/20 20:18:11
弟の末弘威麿(徳大寺威麿)が、立命館大学設立時に監事・理事に就任されているが、公望公のご意向でしたか?


309 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/20 20:50:17
>>307
いつの間にか私は>>230の人間と同一視されてしまったようじゃのう。
まぁ私は西園寺であるから肉体が誰であろうと一向に構わぬのだが、そういった質問は本人に直接聞いてみたほうが良いのではないかのう?

>>308
立命館大学には愛着があってな、なるべく目の行き届く状態にしておきたかったのだよ。
今ではすっかり伝統校として定着したから私の役目も終わったがの。

310 :当方京大生:05/03/20 21:17:23
付属図書館に老公の揮毫が掲げてあるのですが
書道は得意でしたか?

311 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/20 21:22:19
>>310
貴族たる者、教養が備わっているのは当然なのだよ。

312 :明治天皇:05/03/20 21:32:02
これ、西園寺君。
今の日本を見てどう思うか?
成金至上主義の若者が出てきて、日本経済を混乱させようとしておる。
困ったもんじゃ。
困ったもんだといえば、万世一系男子継承の皇位が危うくなっておる。
せめて、孫の高松宮とひ孫の常陸宮に男子が生まれておればのう……

313 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :05/03/20 21:40:27
公へ。
>>248の書き込みより>>230の件はスルーですぞ(w
>恐れ多くて拝謁などしたらしばらく陛下の顔を見れなくなりそうじゃ。
多分、ボクチンが生きていたらおしっこお漏らし状況かも。
つか、軍部事態が陛下の御身心を理解すらしておらず、軍閥同士の抗争の果て
かもしれませぬなあ。

>困ったもんだといえば、万世一系男子継承の皇位が危うくなっておる。
お上らしくもないお言葉。別段『女帝』でも良いではないのかな。

314 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :05/03/20 21:56:02
山県本人が昭和天皇の婚姻相手に反対したのは中川宮の強かな血が入るのを
畏れての事であろう。
最近、幕末の研究では家近良樹氏が孝明天皇と一会桑(一橋慶喜、会津松平
桑名松平)政権のパイプ役である青蓮院尊融法親王こと久邇宮朝彦王
には痛い目にあっているから尚更であろうなあ。

315 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :05/03/20 22:04:25
スマソ、>>314は寝ぼて打ち込んだ。

最近、幕末の研究では家近良樹氏が孝明天皇と一会桑(一橋慶喜、会津松平
桑名松平)政権のパイプ役である青蓮院尊融法親王こと久邇宮朝彦王
の動きも解明されているようである。(幕末政治と討幕運動 吉川弘文館)

山県ら長州の志士達にとって文久8.18クーデターのどんでん返しの黒幕でも
ある久邇宮に対しては、今更ながら怨みが骨まで染み付いているであろうし、
嫉妬の塊である山県ならかつての怨みを思い出して昭和天皇と久邇宮の合体は
なんとしても避けたかったのではないかなあ。

近代史と幕末史がチャンポンになってしまって申し訳ない。

316 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :05/03/20 22:30:16
>>312
恐れながら陛下、私は天皇家の変遷を考慮すれば、女帝もまた必要ではないかと存じます。
成金は昔から居りましたが、昔であれば悪役であるのが確実であったにも拘らず、今の日本は成金を支持し、「悪しき老舗」を目の敵としている民衆も居るようです。
我々の時代は教育の普及が積年の懸案でありましたが、この目的を達したことで国民の意見にも多様性が出てきた模様。
時代は変わるものだと実感する次第であります。

>313
山県公。
「なりきり」で研究史を持ち出してはなりませぬぞ。
我ら歴史上の人物は、事件を自らの体験として語らねば説得力を喪失してしまうのであります。

317 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :05/03/20 22:44:20
>>316
申し訳ない。山県本人がなかなか憑依してくれなくて(w

山県自身の不幸は長州志士で彼を理解してくれていた時山直八
が北越戦争で戦死した事にあると考える。彼が生きておれば私の暴走
を止めてくれたかもしれない。

『越の山風』で時山戦死の状況がナマナマしく書かれて、山県嫌いの
諸氏も涙を誘う文章であったそうな。

先の御成婚問題は「色盲」を理由としているが、やはり久邇宮に対する
憎悪であろう。それを見抜いたのか、お上が「私は良子以外とは結婚しない」
という意思をはっきりさせた私の敗北という事であるな。

ところでこの件は西園寺公は絡んでいないだろうなあ(w

318 :日本@名無史さん:05/03/20 22:53:53
明治維新の話題が出ていたので、公にとっての明治維新とは
どうお考えでしょうか?

改革か、革命か、福島某所のように「明治維新不要論」まで出ている
状況ですが、公ご自身の体験も踏まえてお聞きしたいです。
若き頃ゆえに忘れているやもしれませんので覚えている範囲で
結構です。

319 :日本@名無史さん:05/03/20 23:05:08
牧野は元老にしとけよ

320 :静御前:05/03/21 00:00:12
西園寺八郎さんは公のご子息ですか?

321 :西園寺新子:05/03/21 01:25:51
公望の娘でございます。
八郎は私の夫でございますことよ。つまり娘婿、オホホ。

322 :日本@名無史さん:05/03/21 03:22:38
以前ちょこっと顔を出した特別企画、「ニコポン桂太郎に何を聞くね〜ん」は、
山県オヤビン登場により、しばらくの間お休みさせていただきます。

by海城

後詰めは寺内に。

323 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 11:00:37
公が大学設立で当時の学生に何を一番望みましたか?
また、現在の学生に今何をお望みですか?

324 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 11:06:38
「ニコポン桂太郎」は拓殖大学なり〜

325 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/21(月) 11:31:46
>>317
ある意味では宮中の不祥事であるし、詳しいことに関してはノーコメントじゃ。

>>318
私は云わば倒幕側に回ったわけであるが、幕府側から見ればこんでもないクーデターであろう。
我々も旧体制の打破を目的としていた以上、これは改革と云うよりは「革命」に近いものだろうな。

>>319
>>63を読んでくれたまえ。
内大臣に役目を代行させるつもりであったから、わざわざ新しく元老を作る必要はなかったのだよ。

>>320-321
そういうことじゃ。
新よ、元気そうで何よりじゃな。

>>322
何かと気苦労が多いのう。

>>323
私は自由に学問を追究することのできる大学を目指した。
そういう意味で今の立命館は役目を果たしているのではないかのう。
入試形態が多様化しすぎて「自由」の範囲が伸張しすぎているようにも思えるが、そこは実績でチャラじゃ。

>>324
例えEランクであっても、伝統はしっかりしているのが拓大のいいところじゃな。

326 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 11:34:52
作戦の神様こと辻政信が2を奪取!辻は神なり!辻は神なり!辻は神なり!
      i ::: ,.-'"" ヽ, i  ,'",v,..-_ ヽ   ,.. i
   i'"`.::::: i     , i =、 `- '   i =- ?"ヽ
    ヽ::::::::::. i    ソl  ヽ,_  ,.-"       i
    ヽ::::::::::::.."::::":::::i   ヽ          i
    ヽ ::::::::::::::::::::::::...ヽ -,.         ,/."
     ` i :::::::::::::::::::            i
       i :::::::::::::::::::: ,. -=−-      y
       ヽ ::::::::::::::::: ..::::       /,
        ヽ :::::::::::::. ...     ..::/ i,
        i" ::::::::::::....:::::.....:: ,..- '" ,.'"ヘ
        i ::::::::::::::::::::::   _,.. -='"  ヘ
       i :::::::::: ヽ、::: _,.-="      ヘ=-.,,__
   _,..-='",;;;; .,_   i^"   ,.-,     _,.",;;;;;;;;;;,,ヽ
田中新>>1    総理にバカヤローとか短気すぎ(www
河村>>3郎    華僑虐殺の責任だけなすりつけられてやがんの(www 
服部卓>>4郎   おぅ、また来世でも一緒にやろうぜ!
山本>>5十六   餓島が苦しいさなかに大和ホテルでおきらく生活か、おめでてーな(www
>>6た口廉也   「俺が支那事変と大東亜戦争を始めた」とか気負いすぎだから(www
>>7か村明人   人情司令官とか言われてるけど居眠りしてただけだろ(www
有末>>8どる    お前がトロトロしてるからタムスク空襲してやったぞバーカ(www
>>9ち清健    餓島の後の経歴パッとしなすぎ(www
堀井>>10み太郎  モレスビーに着けないで残念でしたねー(www
>>11-1000 お前らノモンハン、ガダルカナル、ニューギニア、ビルマ、好きなとこ行けや(www

327 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/21(月) 11:56:26
>>326
そなた、ちっとも>>2ではないぞよ。

328 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :2005/03/21(月) 12:01:33
>>326
すっかり学閥に乗っ取られた陸軍であるが、それでも私は実力本意(あと私を
大事にしてくれる面々)を昇格させたつもりだがねえ。
辻を含め大正、昭和時代の学閥がおかしくしてしまったかなあ。
それもこれも私が作った陸軍のシステムに問題があった訳であるが。
鬱死。

公へ。返答ありがとう。
だがねえ、トボけるのはいかんよ。トボけるのは(w

329 :武部 勤:2005/03/21(月) 14:46:02
私は自由民主党の幹事長でございます。
郵政民営化法案で、党内の抵抗に手を焼いております。
政党政治の草分けだった、ご老公のお知恵を拝借したいと思いまして、
こうしてお願いに上がりました。
ご老公、政党運営のコツをお教えくださいませ。

330 :小泉純一郎:2005/03/21(月) 15:40:40
>>329
与党の幹事長たるもの、軽々しく「解散」など口にすべきではない。
私は、あなたを山崎さんとセットで登用した。
一人で偉くなったと思わないで欲しい。
                 以上

331 :原田熊雄:2005/03/21(月) 22:55:52
ご老公はどこへ……?
それにしても、ご老公にご心配ばかりかける、
ろくでもない政治家ばっかりだなあ……

332 :小泉純一郎:2005/03/21(月) 23:17:16
人生いろいろ、郵政もいろいろ、政治家もいろいろ

333 :鈴木宗男:2005/03/21(月) 23:27:15
北方領土の人は英語(=ハウス)使いません。
「はじめに宗男ありき」の議論。

334 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/22(火) 00:33:48
随分と政治家の多いスレとなったのう。
「坐魚荘詣」の時代が思い起こされて懐かしい。

>>328
山県公の人材育成は見事でございました。
「昭和軍閥」が形成されてしまったのは私が到らなかったせいもありましょう。

さて、例の事件ですが、私は特に裏で糸を引くようなことはしておりませぬ。
「道理」に基づいた助言をしただけで御座います。

>>329
私の頃は原が党内をまとめておったから、私に聞いたところで何も出ないぞよ。

>>330
随分と辛口じゃな。
最近しばらく有事法制の話題が出なくなったが、そっちのほうはどうなっておるのじゃ?

>>331
おぬしも人のことは言えぬ。
出来が悪い割にはうまく私の手足となってくれたがのう。

>>332
そう無責任なことを云っておると、いつかとんでもない目に遭うぞよ。

>>333
いきなり出て来て何が言いたいのじゃ?

335 :李登輝:2005/03/22(火) 01:05:52
今の日本に、西園寺先生みたいな方がおられますれば、
どんなによろしいことかと……
わが台湾は、日本統治に深く感謝しておりまする。
西園寺先生も台湾には何かと気にかけて戴いたと存じます。
日本精神萬歳!

336 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 01:21:41
老公に伺いますが、6歳の頃から飲酒喫煙を侍女から教え込まれていたと言うのは本当ですか?

337 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 01:51:33
吉田茂です。

さてどっちの吉田茂でしょう?

338 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 02:03:13
元自治省局長の吉田茂さんでしょ

339 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 02:16:18
警部補の吉田茂さんかな?

340 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 06:58:54
ところで公へ。
倉木麻衣が立命館を卒業しましたね。
かの大学も在野化が進んできておもしろくなってきたのではないですかな。
http://www.mainichi-msn.co.jp/geinou/wadai/news/20050322k0000m040065000c.html

341 :石原莞爾:2005/03/22(火) 12:54:21
自分も予備役になってから立命館教授となったが。
東条は糞だな。市ね

342 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 13:04:24
そんなことより辻政信の馬鹿をどうにかせい

343 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/22(火) 19:07:53
>>335
日本統治に感謝…は如何なものかのう。
鉄道などインフラ整備で日本の果たした役割は確かに大きかったが、植民地にしたことは事実だからな。
民族の誇りを失ってはいかんぞよ。
そういう私も亜細亜諸国に対する支配は正当なものとして認めておったから、あまり立派なことは言えた立場ではないがのう。
まぁ時代が時代であったから、そういった考えになってしまったのであろう。

>>336
どうだったかのう。よく覚えておらぬ。
とは云えフランスでは子供がワインを飲むことは習慣となっているのだから、そう騒ぐほどのことではあるまい。

>>337-339
色々な吉田茂がおるのう。

>>340
立命館はアカだとか世間では言われているが、そういった思想を研究する大学があっても良いと思うのじゃ。
言ってみれば「西の早稲田」じゃな。
これからの行く末が楽しみである。

>>341
そなたの願いが叶って東条は無事に死刑となったぞよ。

>>342
私がどうこう言える立場ではないがのう…。

344 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 19:33:16
      -‐‐- 、       , -‐‐- 、       , -─- 、
    /     ヽ     /       ヾ    ∇ ,ア  ̄ ̄ ヌ、
   !  ! 人|,.iノl_ノ)    |  インノリハリノ )    |ミミスメハリ从ハ i
   i  乂-‐ −! i     i Gi -‐  −!       |ミ,lノ -‐ −i、l`
   \ヽ ゞ⊂つノ'      ヽi   ⊂つ ノ      | | il、 ⊂つノi!
     ``フ i´         ``フ i´         .| | |li フ i´ l|
        / \ノゝ         /_\ノゝ        .| | |li./ \ノゝi|
     /__i |丱!_|、       / ,  l -゙、      ゝ |l/__i |丱!_l、


345 :明治天皇:2005/03/22(火) 20:41:14
西園寺君、君は駿河の興津に引っ込んだけど、
神田駿河台の方の家はどうしたのだ?

346 :平沼赳夫:2005/03/22(火) 22:08:23
私は次期総理を狙っております。
私が総理になった暁には、
『欧州の天地は複雑怪奇なる……』
と政権を投げ出した、祖父平沼麒一郎みたいには絶対になりません。
ご老公様のお力添えを是非賜りたく存じます。

347 :冷泉伯爵:2005/03/22(火) 22:09:12
京都の家はどうしたのよ ?

348 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/22(火) 22:31:05
>>344
誰じゃそなたは?

>>345
は、私が生きている間は私が所持しておりました。
死後どうなったのかは解りませぬ。

>>346
歴史は繰り返すのじゃ。
気をつけたまえ。

>>347
>>345への解答と同じく、私の死後は解りませぬ。

349 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :2005/03/22(火) 23:21:48
>>341
満州事変で軍を私物化した罪は重いぞ。東条をどうのと言える立場であったか
な?
私は軍の政治機構を強化はしたが、あくまでもお上を中心としてバランスを
考えての事。
統帥権の拡大解釈をさせてしまった罪はたしかに私に帰するがな。

やはり鬱氏。

350 :岩井忠熊:2005/03/22(火) 23:49:32
>>348
確か坐魚荘だけが公望本人の所有で、東京の本宅を含むその他の邸は
住友財閥名義で、実弟の住友吉左衛門友純から借りていたはず。

351 :弘文天皇:2005/03/23(水) 01:11:32
睦仁(明治天皇)が、朕の名誉を回復してくれてありがたく思う。
朕の名誉回復にはそちが尽力したそうだな。
感謝するぞ。
それにしても、即位したのに、江戸時代まで無視された朕の心情を
理解してくれたのは、睦仁だけだったか……


352 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 04:21:58
自由民権運動をどう評価されますか?

353 :原田熊雄:2005/03/24(木) 00:08:02
おや、ご老公がおられない……
どこかへお隠れになられたか……

それにしても、ご老公が日独伊三国同盟が締結されたときに
私たち側近におっしゃられたお言葉
『(三国同盟で)間違いなくわが国はアメリカと戦争になる。
 そうなったらお前たちは畳の上では死ねないよ』
はまさに慧眼であった。
多くの国民が、暴虐非道なる大空襲で無念の死を遂げたのだから……


354 :日本@名無史さん:2005/03/24(木) 00:21:06
そのアメリカとの戦争を引き起こした近衛や東条のほうがよっぽど暴虐非道だと思いますが・・・
大空襲は日本が中国で創始した戦術だし・・・

355 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/24(木) 00:41:12
>>349の山県公は私とは関係なさそうだから素通りしよう。

>>350
おお、そうであったな。
我が物顔で使っていたからすっかり忘れていた。
それにしても私は日本各地に拠点があって楽だったな。
貴族元老の特権であろうか。

>>351
即位なされても天皇と見做されない弘文天皇陛下の扱いに納得が出来なかったので御座います。
何せあの時代は未曾有の乱世、流されても仕方のないところでありましょう。

>>352
あんなのは下野した連中が手段を変えて政府に反撥しただけの話じゃろう。
と、乱暴な捉え方をしてはいかんな。
何にせよ、あれによって近代日本の原型ができたことは紛れもない事実じゃ。
それなりの評価はしても良いのではないだろうか。

>>353
うむ、私も忙しいのじゃ。
回答がなくとも気長に待つと良いぞ。

三国同盟に関しては私の手元に何の通知もなかった。
あの時点で私はほぼ元老という地位から離れたのじゃ。
私に相談したところで反対されるのは目に見えておったからのう、近衛たちも慣例を破るしかなかったのじゃろう。

>>354
近衛の戦争責任は相当なものがあるのう。
東条はおとなしく死刑になったが、近衛はうまい具合にメンツを汚さず先立ってしまった。
もし私が生きていたらどんな罪を着せられたのだろうか。
少し気になるのう。

356 :& ◆5hu486eF1I :2005/03/24(木) 01:00:57
ご老公、お元気でありますか?
西園寺内閣で文部大臣を務めた牧野です。
私の娘婿の吉田茂が総理になって、
戦後の日本を立て直しましたが、それでも
憲法改正という宿題だけは残ってしまいましたな。
ようやくここへ来て、憲法改正論議が出始めましたが……
ご老公、隣の国がなにやら吼えてますがどうしましょうかね?

357 :牧野伸顕:2005/03/24(木) 01:01:25
ご老公、お元気でありますか?
西園寺内閣で文部大臣を務めた牧野です。
私の娘婿の吉田茂が総理になって、
戦後の日本を立て直しましたが、それでも
憲法改正という宿題だけは残ってしまいましたな。
ようやくここへ来て、憲法改正論議が出始めましたが……
ご老公、隣の国がなにやら吼えてますがどうしましょうかね?

358 :日本@名無史さん:2005/03/24(木) 18:17:44
歴代顕官の中で愉快な顔をしていたのは誰ですか?

まんまるな顔の高橋是清でしょうか?
それともとんがり具合が最高の寺内正毅でしょうか?

359 :日本@名無史さん:2005/03/24(木) 18:53:17
>>354
本格的な空爆を初めて実行したのはドイツのコンドル軍団が
ゲルニカで行ったのが最初です
もっとも空爆という戦法が編み出されたのは伊土戦争で
イタリア軍がトルコ軍に対して戦闘機の上から爆弾を落としたのが最初


明治天皇が別人だったって本当ですか?
何でも、幼少時の明治天皇は華奢な感じで、女中に囲まれて育ったのに
成人した明治大帝とは別人と思わずにはいられないほど
性格が変わっているということだそうです
どうなんでしょう?


360 :日本@名無史さん:2005/03/24(木) 21:35:54
>>359
伊藤が元忍者で明治天皇は替え玉説は所謂鹿島電波史観のことだと
思うけど。

恐らく元ネタはこれ。

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004075572

桓壇古記は所謂偽書の類。鹿島史観についても学説批判に耐えられない
以上は妄想の類としておきましょう。

>幼少時の明治天皇は華奢な感じで、女中に囲まれて育ったのに
>成人した明治大帝とは別人と思わずにはいられないほど
>性格が変わっているということだそうです

公はこの部分をどう思われますか?

361 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/26(土) 01:16:06
>>356は誤爆であろうか。

>>357
私個人としては、憲法改正などせずとも良いと思うがのう。
それがアメリカを立てて協調外交路線を歩むことにもなろう。
隣国に関してはどうにもならぬ。
余計な因縁、じゃな。
しかし大統領は国家間の外交関係を悪化させる考えはない、とも言っておる。
そんなことを言うなら余計なことも言わず、おとなしくしていれば良いのにと考える私は見識が狭いであろうか?

>>358
高橋は良かったのう。
体もそうじゃが、人格も丸かった。
彼を失ったことが戦前日本最大の失敗だったのかもしれぬ…。

>>359-360
君主としての自覚が芽生えて性格や人間性も変わってきたのだろうと思うがのう。
明治大帝はそれくらいの器を備えていらっしゃった。

362 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 07:44:05
>隣国に関してはどうにもならぬ。
>余計な因縁、じゃな。
これについては同意。
双方共に視野狭窄に陥っている。
隣国はもともと国内政策の行き詰まりを隣国パッシングで乗り越えてきた
経過があるが、これかて公の時代の手法(明治後期、大正末期〜昭和初期)
を真似ているようにも見えるけどどうでしょうか?


363 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 12:17:24
>双方共に視野狭窄に陥っている。
現在に関する限り「視野狭窄」なのは隣国だけだと思いますが、
自国贔屓の偏った見解でしょうか?

364 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 12:20:51
他国のマスコミや教科書に介入するのって、戦前の日本の真似のような・・・

365 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 12:45:23
戦前の日本の悪いところを学んでしまったのでしょう。

366 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 12:52:18
>教科書に介入するのって、戦前の日本の真似のような・・・
実は現在の日本でもしています。(戦前の教科書介入って知らない)
歴史より地理でのハラホロハレヒレな記述に対してですが。

367 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 13:32:55
事実の間違いを訂正要求するのはまあ仕方がないかと。
韓国中国の要求は全部「解釈」の違いだからなあ。
日本は公定の解釈がある全体主義国家じゃないのに。


368 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 15:52:23
老公は、いわゆる海軍善玉史観についてどう思われますか?

369 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 20:59:58
>>363
正直、隣国も我国も眼鏡が双方共に曇っているよ。
大統領自らマッチポンプで煽っている隣国と、質の悪いマスコミが
煽る我国。
どっちもどっちと思うけど、公はどう考えますか?


370 :豊田穣:2005/03/27(日) 01:29:45
元海軍士官にして、小説家の豊田穣です。
私は、ご老公を題材にした小説を書かせて戴きました。
私がご老公を小説の題材にしたのは、
「なぜ、日本は確実に負ける対米戦争に突き進んだのか」
ということを追求したかったからであります。
ご老公という、重しがいなくなってからの5年間、
日本はまさに悲劇へまっしぐらでした。
もし米内光政大将がいなかったら、もっと地獄へ落ちていたでしょう。
ご老公、米内提督についてどう思われますでしょうか?

371 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :2005/03/27(日) 08:13:00
西園寺公へ。
海軍とは日露の頃にも山本(権)君といろいろとやりあいをやったが、私の時代も
セクショナリズムはあったよ。それらを調整(極めて渋い顔をしながら)
しながら戦争遂行をしたが、その後の大東亜戦争とやらは調整もへったくれ
もなかったなあ。
あの山本(五)君は、権兵衛君に比べれば意外と視野狭窄であったようだがなあ。

>>270の豊田よ。君は海軍身贔屓の急先鋒ではなかったかね(w

372 :東条英機:2005/03/27(日) 18:52:04
>>341
何を言うか!戦後に自己批判を行ったような奴に言われとうないわ!
自分がやらかしたことに責任も持てないような奴に
何を言われても痛くも痒くもないわ





373 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :2005/03/27(日) 21:04:06
>>372
東条へ。歪んだ軍のシステムを構築したのは私の責任であるが、貴官は死を
賜ったとはいえ、死んだ部下に顔を向けられる言葉とは思えんな。

貴官ら“学閥”も私と地獄めぐりでもするかね(妖

374 :日本@名無史さん:2005/03/27(日) 21:53:05
>>373
山県公、生前も石原とは仲が悪かったものですから・・・
しかし私は石原の言動には己の責任が感じられなかったので
感情的になってしまいました。すみませぬ

375 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :2005/03/27(日) 22:58:11
>>374
分かっていただければよろしい。
というか、ここは西園寺公への質問スレであった。スレ違いの書き込み失礼
致した。

376 :日本@名無史さん:2005/03/27(日) 23:45:09
軍閥のサルはどっか逝け!

377 :阿南惟幾陸軍大臣:2005/03/28(月) 00:22:08
やれやれ……
私は事実上最後の陸軍大臣として大東亜戦争終結の責任を取って
割腹自決した。
杉山元さんも、海軍の大西瀧治郎さんも自決したのですよ。
自決失敗した東條さんが言っても説得力がないですよ。
今、思えば陸軍の暴走をどこかで止める勇気を持った人が
早く出ていればこの悲劇は避けられましたね。
永田鐵山さんが精神障害の相澤君に殺されなければ……
西園寺公に迷惑ばかりかけた軍の責任は重いことを
みんな反省しないとね。

378 :日本@名無史さん:2005/03/28(月) 00:33:53
>>377
宮城クーデター首謀者のくせに


379 :東條英機:2005/03/28(月) 00:44:24
>>377
確かに私は自決に失敗した。当然、
その時は慙愧の念に堪えなかった。しかし気付いたのだ。
私には連合国に日本の所信を表明する必要があるのだと。
死ぬのは容易いことだ。私が戦陣訓を出しておきながら
こんなことを語る資格は無いが・・・
私が自決したところで責任が取れるわけでもなかろう
寧ろ、今こそ生きて陛下をお守りして死ぬほうがいいと
そう思ったわけだよ。まあ、死ぬのが少し延びたぐらいだがな・・・
当時の陸軍は皇道派、統制派、関東軍に分かれていたし
なにより海軍は対米決戦を主張していたからな
永田さんでも陸軍全体をまとめるのは難しかっただろう

>>374は私だ

380 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/28(月) 21:19:19
盛り上がっておるのう。

>>362
うむ、日清・日露期の方法だということじゃな。
確かに鋭い指摘かもしれぬ。
自分のことを棚上げして他のことに目を向けさせる、というのは昭和初期における政党間の争いにも言えることだが。

>>363
隣国だけではないぞよ。
そもそも、東亜細亜というのはそういった風潮が昔からあるではないか。
それをそういうものと流すことができず、いちいち神経質に騒ぎ立てること自体が「視野狭窄」なのじゃ。

>>364
うむ、似てるかもしれぬ。

>>365
狙っておこなったというわけではないと思うがのう。
恐らく、日本に限らず人間はそういう考えに行き着いてしまうのじゃ。

>>366
正しい知識と認識が教育には必要じゃな。

381 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/28(月) 21:29:34
>>367
うむ、様々な説が出るのは仕方のないことである。

>>368
海軍が善玉と見られるようになったのは東京裁判での重臣による工作の成果じゃな。
重臣からしてみれば、陸軍に責任を押し付けて目的は達したというところかの。
言うまでもないが私は工作になど加わっておらぬ。

>>369
どっちもどっち、というそなたの意見に賛成じゃ。
双方とも仲良くしようとする気はないのかのう…。
残念なことじゃ。
しかし、隣国からふっかけられた喧嘩を買ってしまう我国も我国じゃな。

382 :日本@名無史さん:2005/03/29(火) 01:47:10
>>377
オマエの孫はチャイナスクールだろ。この売国奴!

383 :日本@名無史さん:2005/03/29(火) 01:59:19
そういえば、老公のお孫さんも・・


384 :日本@名無史さん:2005/03/29(火) 12:33:19
大村益次郎から、
「あなたは軍事には向きません」
というような事を、言われたそうですが。
光栄な評価ですか? それとも不本意ですか?
閣下?

385 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/29(火) 19:43:28
>>370
海軍出身の首相は穏健派が多かったな。
これも海軍善玉史観が生まれた要因かもしれぬ。
しかしここでも近衛じゃな。
米内が近衛を信用して折角首相を降りたというのに、近衛は陸軍に操られるまま迷走してしまった。
米内にもう少し支持があれば、と今でも思うわい。

>>371
そうでしたな。
私もその頃はまだ元老をしてはいなかったので詳しいことは分からないのですが。
結局、軍事に関しては貴殿のような全体を統率することのできる指導者がいなくなったことで分解されたような印象があります。

>>373
ふむ、石原に関してはやや無責任さが目に付くところはあるな。

>>375
いや構いませぬ。
日本の行く末を案じておられるのは公も同じこと。
歴史を反省して今後の糧にすることが肝心なのでございましょう。

386 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/29(火) 19:44:34
>>376
軍閥は近代日本最大の欠陥組織であろうな。

>>377
私は努力したのだが徒労に終わってしまったからのう。
晩年はもはや諦めてしまった。
五・一五だけならまだしも、二・二六が起きてしかも近衛があんな調子では絶望するしかなかったのじゃ。
私にも限度というものがある。

>>378
あの頃は不穏な動きが多かったのう。

>>379
言葉ではそう言っても、そちの行動を見る限りでは決して褒められたものではなかったように思うがな。
いずれにせよ、戦前の日本があのような方向へ向かったのは、国民教育の不徹底と政治システムの欠陥、そして軍制の歪みに集約されるのであろう。

387 :日本@名無史さん:2005/03/29(火) 20:05:30 ID:
支那人や日本の大アジア主義者はなんであんなに馬鹿なんですかね?
儒教には人の思考力を無くす効果でもあるんでしょうか?

388 :阿南惟幾陸軍大臣:2005/03/29(火) 21:03:33
>>382
今の中国大使の惟茂はワシの末の息子じゃ。
孫ではないぞ。
しかし、中国べったりが目に付くのはちょっと困ったもんじゃ。
日本の代表なんだから毅然としてもらわんと困る。
ご老公ご健在のときも、我が国は中国政策で苦労した。
大陸に手を焼くのは、今も昔も変わらんな。

389 :日本@名無史さん:2005/03/29(火) 21:28:06
老公は終生漢籍を好まれたそうですが、その中国の悠久の歴史をぶち壊したた中国共産党の事を、どう思っていますか?

390 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/29(火) 21:38:23
>>382
なかなか厳しい物言いじゃのう…。

>>383
む?何が言いたい?

>>384
私は元が貴族だから軍事に向かないのはある意味で当然なのじゃ。
しかし「向いていない」というのは「無能」であるということにも近いわけで、そういう意味では不本意かもしれぬ。

391 :日本@名無史さん:2005/03/29(火) 21:54:50
最近は色々な書き込みがありますが、一つ一つこまめに
レスしてくださるご老公に感謝!

392 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 01:28:52
園公の孫も酷いチャイナスクールですね
一説には日本を滅ぼうと尾崎と一緒になって東亜新秩序を煽っていたとか

393 :原田熊雄:2005/03/31(木) 00:57:05
ご老公、興津にいますと、俗世間の憂さが消えてなくなりそうな気がしますな……

394 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/03/31(木) 12:05:40
>>387
ナショナリズムと大アジア主義が混同して自分でも処理しきれなくなるのかのう。
確かに不思議なことじゃ。
アジアに島国が多いことも思想を狭める要因となっているのかもしれんな。

>>388
中国も大国だからのう。
日本や韓国が成長したことで、アジア内でのバランスを取ることも難しくなってきているのであろうか。

>>389
あれも歴史の流れじゃ。
仕方のないことじゃて。
理想ばかりを述べても始まらんよ。

>>391
うむ、「興津詣で」みたいなものじゃからな。

>>392
日本を滅ぼそうとしていたのだろうか?
彼らの思想に「国の滅亡」というものはないように思えるぞよ。
「実質的な消滅」なら考えられ得るだろうが…。

>>393
そうじゃな。東京からも京都からも遠く、政治的喧騒から離れるには坐魚荘が一番じゃ。

395 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 13:22:54
このスレおもひろい

396 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 17:21:57
閣下 本日映画「プライド」を鑑賞しました。

東條という男は、一言で言えば石田三成…のような男に見受けました。

豊臣秀吉=昭和天皇
石田三成=東條英機

如何でしょうか?

397 :原田熊雄:2005/03/31(木) 21:16:49
お屋形様、この間、フランスからシラク大統領閣下が日本へ来られました。
おやかたさまにとってフランスは想い出の地でありますな。
日本人はなぜかフランスびいきな人が多いらしいですが、
それもある意味ではお屋形様の影響でしょうかね。

398 :ジャック・デンプシー:慶長410/04/01(金) 06:19:51
今日から静岡市が政令指定都市になり、
興津が清水区になりますた。

399 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :慶長410/04/01(金) 22:48:56
>>395
そうか。気に入ってもらえると私のほうもやりがいというものが生まれるぞよ。

>>396
なかなか面白い対比じゃ。
しかし映画だと脚本によって登場人物の性質を固定してしまう故、現実とのスタンスははっきりさせたほうがよいぞ。

>>397
まぁ、私自身もフランス贔屓だったがのう。ハッハッハ。
私の影響というより、どこかドラマチックな匂いのするフランスの歴史や風土は、我々日本人にとっては憧れの対象として映るのであろうな。

>>398
区、と言われると、興津が急に大きくなってしまったかのような印象を受けるのう。

400 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 13:06:28
今日の年号は「慶長」となっていますが、江戸幕府の崩壊を実体験された閣下のお考えでは江戸幕府の崩壊の原因はなんだったと思われますか?

401 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :慶長410年,2005/04/02(土) 19:57:57
西園寺公が活躍したというと鳥羽伏見戦で気弱な公家達が「これは薩長の私戦だ」
と逃げこしであったのに、公は「この戦を以て私闘とするが如きことあらば
天下の大事去る」と言い返した所であろうなあ。

この後に岩倉公が「小僧よく見た」と叫んだ場面であったが。
ところで北越戦争では私の間抜けな指揮指導で、公にみっともない真似を
させてしまった。あの時の新政府軍は「富士川の水禽に」驚いて逃げてしま
ったからなあ。

横から失礼仕った。

402 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 21:22:52
ところで老公がよくお読みになる歴史哲学書なるものはありますか?
老公の文章を読むと、独特の歴史哲学が散見できるのですが。

403 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :慶長410年,2005/04/02(土) 23:39:34
>>400
様々な要因はあると思うが、直接的なものを挙げれば対外関係の変化であろうな。
よく言われる通り、江戸時代の日本は近隣諸国さえ見ていれば国家の体面を保つことができた。
ところがヨーロッパと接触する機会が多くなるにつれ、日本も「世界の中の一国」として自らを見る必要性が出てきたのである。
だが、江戸幕府にはそのような国際感覚を持った人材がいなかった。
いや、いなかったというのはさすがに語弊があるかのう。埋もれていた、とでも言っておこうか。
幕府も諸外国の影響力は意識していたものの、それは国力や技術的なものといったある意味で物質的な面だけであり、日本の国家体制を国際化させようとする姿勢はなかったように思える。
そういった点から矛盾や歪みといったものが生じ、結果的に滅亡へと進むことになったのであろう。
大した内容でもないのに偉そうに語ってしまった。
申訳ない。

>>401
いえいえ、こちらこそとんでもないことで御座います。
公あってこその明治維新、私など手足に過ぎませぬ。
寄せ集めだった政府軍をあそこまで育て上げた手腕には脱帽であります。

>>402
特にこれといったものはないのう。
歴史を勉強していくにつれて、少しずつ自分なりの見解というものが生まれてくるものじゃ。
また、こうして多くの人間と意見を交換することによって得られるものも大きい。

404 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/03(日) 00:15:48
>>403
「世界之日本」はなんで廃刊にしちゃったの?面白かったのに。

405 :キリヤマ隊長:慶長410年,2005/04/03(日) 00:37:24
ご老公の西園寺家は、藤原鎌足の子孫というか、
血脈につらなる藤原家の流れを汲むということでよろしいのか?
よくご老公は『藤原公望』という署名をしたと聞くが。

406 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/03(日) 00:54:13
>>405
西園寺家はそういう家柄だが
公望自身は
江戸時代の東山天皇の皇胤。

407 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/03(日) 01:11:35
>405
西園寺家は藤原北家閑院流で、有名どころでは、三条、徳大寺当たりと同族。


408 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 16:01:11
Comment allez vous?

409 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/03(日) 21:17:43
>>404
日本人の国際感覚が磨かれてきてその存在意義を失ってしまったからじゃ。
雑誌や新聞は「与える」情報があるからこそ活きるもの。
誰もが分かっていることを伝えても何の足しにもならんからな。

>>405-407
私の父は徳大寺公純じゃ。
詳しい説明はそこにある通り。

>>408
Oui,monsieur.

410 :原敬:2005/04/03(日) 21:35:39
ご老公、お元気でありますか。
原でございます。
ご老公が総裁を務めました、政友会を
苦労しながらまとめて、総理大臣にして戴きました。
東京駅で私が遭難し、命を落とすハメになったときは
ご老公が一番、私のことを惜しんでくれたと聞き、
恐縮でございます。

今の政治を見てますと、ぜんぜん議論がかみ合わないことだらけ。
我々の時代の方が、より深く議論し、政治も活発に動いていたような
気が致しますがどうでしょうか?

411 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 22:08:56
    |┃三     , -.―――--.、
    |┃三    ,イ,,i、リ,,リ,,ノノ,,;;;;;;;;ヽ
    |┃    .i;}'       "ミ;;;;:}
    |┃    |} ,,..、_、  , _,,,..、  |;;;:|
    |┃ ≡  |} ,_tュ,〈  ヒ''tュ_  i;;;;|
    |┃    |  ー' | ` -     ト'{
    |┃   .「|   イ_i _ >、     }〉}     _________
    |┃三  `{| _;;iill|||;|||llii;;,>、 .!-'   /
    |┃     |    ='"     |    <   話は全部聞かせて貰ったぞ!
    |┃      i゙ 、_  ゙,,,  ,, ' {     \  お前ら全員シベリア送りだ!
    |┃    丿\  ̄ ̄  _,,-"ヽ     \
    |┃ ≡'"~ヽ  \、_;;,..-" _ ,i`ー-     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |┃     ヽ、oヽ/ \  /o/  |    ガラッ


412 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 22:20:34
フランスで学び、漢籍を愛した老公ですが、フランスの対中武器輸出についてはどうお考えですか?

413 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 08:21:57
古本漁りが趣味なのですが、何故本には鼻くそがつきものなのでしょうね?
いつも疑問に思っています。

414 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :2005/04/05(火) 23:04:05
>>413
ん〜?そんな経験は一度もないが、貴殿だけ付いていなかっただけではないかなあ?
公も古書に纏わる思い出などありますかな?

415 :日本@名無史さん:2005/04/06(水) 22:58:33
他所の国の教科書にイチャモンをつけるゴロツキ三国人どもが腹立たしいんですが。

416 :ブラックワイドショー:2005/04/06(水) 23:09:28
>>415
その件は既出。老公は視野狭窄にはスルーせよとのお言葉であります。
国家で『2ちゃんねる』オマエモナーはお腹一杯です。

417 :日本@名無史さん:2005/04/07(木) 21:30:29
ところで西園寺、山県両元老に質問ですが、福島県の某所では
定説とされている「孝明帝毒殺説」をどうお考えになりますか?

因みに元老同士で責任のなすりあいはいけませんぞ(w

418 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/07(木) 23:39:45
回答が遅くなってすまんのう。
とは言えここは坐魚荘の出張所のようなもの、返信が遅れてもあまり神経質にはならないでくれたまえ。

>>410
久しぶりじゃのう。
暗殺は、残念であった。
政治家というものが多くの敵を作るという象徴となってしまったな。

今の政治は、と嘆くのも結構だが、昔もそこまで誇れたようなものではなかったぞよ。
懐古主義というやつだな。
それは晩年に汚職などスキャンダルも多かった、そなた自身が良く分かっているであろう。
ただ、何十年も経っているのに進歩していないということはあるかもしれぬ。
人間の成長など僅かなもので、特に政治など利害の絡む問題についてはいつの時代も似たような論点で騒がれることが多いな。

>>411
さすがにシベリアは厳しいのう。
ストーブはあるか?
石炭ストーブは臭いから嫌いじゃ。

>>412
貿易は大いに結構なことだが、武器はさすがに問題があるのう。
まして中国は台湾との関係もある。
慎重に動いてもらいたいものじゃ。
両国には馴染みが深いだけに、関心をそそられるな。

>>413
それは運が悪かったのう。
気になるのであれば新品を買うべきじゃ。
そもそも、「いつも」と法則性を見出せるほどのデータが得られるとは思えぬが…。

419 :三上卓:2005/04/07(木) 23:52:45
爺死ね。

420 :原田熊雄:2005/04/08(金) 00:58:23
ご老公、桜が満開でございますな。
ポカポカ暖かくて気持ちがいいです。

最近の政治の話が良く出ておりますが、
民主党の鳩山由紀夫君はどうですかね?
彼の祖父である鳩山一郎君は政友会におりましたから、
ご老公もよくご存知でしょう。
由紀夫君も、弟の邦夫君もボッチャンの弱さがあるのが
ちょっと気になってしかたありませんな。
でも、今の野党の政治家で期待できそうなのが由紀夫君ぐらいしか
見当たりませんからのう。


421 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 11:10:46
そもそも鳩山程度が「自由主義者」とかいって、戦後政治に残ったことこそ、
戦前を知る人間からすればお笑いぐさもいいところ。
しかも四代目とかいって、門閥を形成して、日本の糞の最たるもの。

だから所詮原熊なんだよ、君は。

422 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 11:22:55
石井菊次郎が生きていればなあ。


423 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 15:24:33
私は中学二年生です。当時群を抜いた思想の持ち主だった中江兆民についての
書籍を読み、老公とのご縁が大変深いということを知りました。兆民の人物評
や考え方についてご意見おねがいします。

424 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 22:21:21
老公が「ズバリここはお勧めの古書屋である!鼻くそなどないわい!」
といった古書屋などあるでしょうか?
因みに私は神保町でよく古書の値段を負けてくれる叢文閣書店と、中央線沿線にある
中央書房は学術書が揃っているのでお勧めです。

425 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 22:22:39
因みに中央書房のオヤジは、このカテを読んで
「よっく西園寺公望を調べているなあ」
と関心していました(w

426 :徳大寺公爵:2005/04/08(金) 23:09:21
儂も内閣総理大臣になりたかったのお。

427 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/09(土) 01:25:04
>>414
古書の思い出、でありますか。
古書と言っても私は所謂古本を手にすることは少ないので、古書と言えば純粋に古くからある書、という意味となってしまいます。

>>415-416
うむ、そういうことじゃ。
詳しくは>>380-381を見るとよかろう。

>>417
あればかりは私にも分からぬ。
まだ私は年も若く、そこまで政治に深入りしていなかったからな。
気になるところではあるが、あまり神経質になりすぎるのもやめたい。

428 :住友吉左衛門:2005/04/09(土) 01:50:47
わしは、(内)大臣にも公爵にもなれなかった

429 :三上卓:2005/04/09(土) 01:55:32
財閥は死ね。

430 :偽山県有朋(勉強不足) ◆ppXAzuUFVg :2005/04/09(土) 06:43:00
>>414
どうなのかのう?
岩倉公が絡んでいるなどと断定している歴史作家もおるが、歴史作家は
おもしろく潤色するのであまり信におけんぞ。
只、言える事は当時のお上の御座所がドロドロの魑魅魍魎とした場所
であり、恐れ多い事ながらそのような『噂』が、あたかも真実と化す場所
でもあった事であった事だけを書いておこう。
西園寺公はまだ若かっただけに設問してもお答えできないであろう。

431 :某官務家当主:2005/04/09(土) 07:04:14
儂かて華族になりたかったや!

432 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/09(土) 13:27:40
>>419
死ね、云う割には一度も私のことを襲撃しなかったのう。
日本近代史上の謎じゃ。
私は殺す価値もないような人物に映ったのであろうか?
実質的に日本を動かしていたのは他でもなく私であると思うのだが…。

>>420
「二世政治家」はどうも苦手じゃ。
親の力で担ぎ上げられた印象が拭えないからのう。
今の政治家はどうも不作じゃ。
多少でも国民の信頼を得られる人物が小泉しかおらぬ。
もっとリーダーシップを取って野党を引っ張っていける人材がいれば面白くなると思うがのう。
今のままでは小泉の一人舞台じゃ。

>>421
そうじゃな。
戦前から戦後にかけての推移はどうも妥当性に欠ける嫌いがある。
米の主導で行われたのだから仕方がないとは思うがの。

>>422
石井に何を期待するのじゃ?

>>423
あまり中学生には思えぬが、まぁよい。
相手が誰であれきちんと答えるのが元老の役目というものじゃ。
中江殿はいち早く西洋の文化を理解しようとした先見性を持った人物で、日本の近代化によく尽くしてくれた。
先駆者ということもあってやや東洋的思想に縛られていた感もあるが、それでも西洋文明を理解しようとする姿勢は当時としては画期的な試みであり、その功績は大きいと言えるであろう。
残念なことに日本にはフランス的要素があまり浸透しなかったが、浸透しなかったからこそ日本人はフランスへの憧れを持つのかのう。



433 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/09(土) 13:28:16
>>424
ううむ、私は大学図書館を使うことが殆どだからのう。
それだけで必要なものはだいたい揃う。
欲しいものは新品を買ってしまうことが多いな。
しかし高い本を定価で買うことはあまり合理的とは言えぬ。
中古を買うことも必要かのう。

>>425
そんなところでまで読まれているとは参ったのう。
何せ昔のこと故、私も細かい箇所は忘れていることも多い。
そういったところを思い出させてくれるだけでも、このスレッドは貴重じゃ。

>>426
首相ばかりは運も必要ですからな。
実力が全てとは限らないこの世界、なかな思うようにはいかないようです。

434 :有栖川宮威仁親王:2005/04/09(土) 15:14:14
なぜ徳大寺実則卿が、宮内大臣、侍従長、内大臣を務めただけで
侯爵から公爵に昇格したのかが分からぬ。

435 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 18:55:24
中江兆民なんてただのルソー流の全体主義者だろ
英米流の穏健な自由主義者じゃない


436 :明治天皇:2005/04/10(日) 01:21:08
>>434
徳大寺の家は、朕に長年仕えたからな。
でも注釈しておくが、徳大寺家が公爵になったのは
当主が徳大寺公クンになってからじゃぞ。
しかし、西園寺公望クンが公爵なのに、彼の実家である徳大寺家は侯爵というのでは
あまりにもバランスが悪いということで、
わが息子の嘉仁(大正天皇じゃな)が、ご沙汰を出したのだろうよ。

437 :明治天皇:2005/04/10(日) 01:23:35
>>436
おっと、朕としたことが間違えた。
徳大寺公弘くんであったな<公爵下賜>

438 :日本@名無史さん:2005/04/10(日) 01:38:33
>>433
> 中古を買うことも必要かのう。

然り然り。
しかしここで件の「鼻くそ」問題が生ずるのであります。
本を読むのに、人は何故鼻をほじくるのでしょうか?

439 :日本@名無史さん:2005/04/10(日) 02:10:30
ぬるぽ

440 :古紙回収k者:2005/04/10(日) 16:17:16
>>438



441 :なぜ「中国」人は低脳なのか:2005/04/10(日) 17:24:34
なんで?

442 :日本@名無史さん:2005/04/10(日) 22:08:24
しかし、今回の韓国の騒動を見ると過去に起きた『万歳事件』
中国の騒動は『五・四運動』を彷彿させます。

国家や政党が背後から煽っているのも似ているなあと考えてみたり。
公が「視野が矮小にならないように」と我国の臣民に警笛を鳴らす
のも分かる気がします。

ところで、過去の騒動(五・四運動)と今回の騒動(常任理事国反対騒動)
を公はどのようにお考えでしょうか?

443 :日本@名無史さん:2005/04/10(日) 22:11:58
最近の東アジア情勢を見ていると、閣下のお言葉
「いろいろやってみたが、所詮国民の程度以上のものにはならなかった」
を思い出してしまいます。


444 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/10(日) 22:28:55
>>428
そういえば財閥から政治的な立場を得たものは少ないのう。
財界は政界とうまく棲み分けがなされていたということであろうか。

>>429
おぬしのような視野の狭い人間がいるから日本はおかしくなったのじゃ。

>>430
山県公もあの辺の事情は詳しくないでしょうな。
となると真相は闇の中か…。

>>431
世の中そう思う者は沢山おるからのう。
しかし華族も思っているほど楽ではないぞよ。
特に時代が物騒になればいつ殺されるか分からぬ。

445 :日本@名無史さん:2005/04/11(月) 00:20:38
近衞だが、西園寺君よ、そこにあるゴミをゴミ箱に捨ててくれないか。

446 :日本@名無史さん:2005/04/11(月) 10:19:33
以下は、近衛公の発言だそうですが、西園寺公の所感は?

「今の政党はなっていませんよ、議会はどうにもなりませんよ、これは衆議院だけじゃない、
貴族院だって同じことだ。不勉強と無感覚だといって、若い軍人が怒るのも無理はないと思う。
私はそこで、今の日本を救うには、この議会主義では駄目じゃないかとさえ思う。
この議会主義をたたきつけなければならない。
が、この議会政治の守り本尊は元老西園寺公です。これが牙城ですよ」

447 :松岡洋右:2005/04/11(月) 18:30:48
今年中に常任理事国になれなかったら
わが国は国連を脱退すべし!!

448 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/11(月) 23:56:29
>>434
宮中の主要ポストを一通りこなすだけでも価値は高いように思えますが如何で御座いますか?
しかし公爵になれるほどであるかはやや別問題な感じがしなくもありませぬ。

>>435
全体主義者かのう?
もっとも中江殿は英米よりフランスだから近代化への見方はやや特異かもしれぬ。

>>436
わざわざ補足していただき恐縮で御座います。
今後もこの日本を見守っていただければ、我々としましては光栄の限りであります。

>>437
は、人間だれでも間違いはあること。
お気になさる必要は御座いませぬ。

>>438
頭を使う分、何か単純作業をしたくなるのではないかのう。
逆に、何か単純作業をしていると頭はよく働くらしいぞよ。

>>439
ガッ!とやればよいのか?

>>440
うむ、どう答えて欲しいのかが分からぬ。

449 :矢車剣之助:2005/04/12(火) 22:15:44
大正天皇って、織田信長クラスのうつけだったという話は本当ですか?

450 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/13(水) 02:25:53
>>441
「低脳」なのではない。
愛国主義教育を受けて、洗脳に近い状態となっておるのであろう。
ただ、日本も決して教育が十分とは言えぬ。
互いにもっと勉強することが必要じゃな。
特に国家元首は。

>>442
要するに、日本が中韓のナショナリズムを逆撫でしているということじゃ。
日本人というのはどうも昔から自分勝手なところがあってのう、相手の心情というものに対する理解が足らぬ。
私も昔は亜細亜を侵略の対象として見ていたから人のことは言えぬのだが、時代も変わった今であれば、もっと相互理解を深めるべきじゃな。
それをマスコミが主導して国際関係を悪化させるようなことがあってはいかん。

>>443
教育こそが国力であるからのう。
日本でも教育が騒がれておるだろう、それが今の歪みにつながっているように思えてならないのだよ。

>>445
一国の総理たる者、自分でできることは自分でやるようでなければならぬ。
お前はそれもできずに軍人から持ち上げられていたから、あんなことになったのだぞ。


451 :日本@名無史さん:2005/04/13(水) 23:58:12
ご老公。>>445はもしかして
篤麿公ではありますまいか。


452 :日本@名無史さん:2005/04/14(木) 00:37:38
日本軍国主義の手先として韓日協約を結んだ西園寺には
反省と謝罪が必要ニダ!
西園寺は未来永劫ウリナラに謝罪し続ける義務があるニダ!
ウェーハッハッハッハッハ!!!
    .,  ∧_∧
      < `∀´>
     と    つ
      人  Y
     し(__)

453 :近衛忠熙 :2005/04/14(木) 10:05:09
>>445 は、麻呂が関白の座にあった1862年に発した言葉であるぞよ。
西園寺君、見習い公卿の君が、麻呂に説教できるのかね?

454 :日本@名無史さん:2005/04/14(木) 11:58:07
>>453
偉そうな役ウザイ

455 :ジャック・デンプシー:2005/04/15(金) 21:39:53
おれは世界王者!


456 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/15(金) 23:50:18
>>446
精神論だけで具体的な中身がない辺りが近衛らしいと思ったな。
何か洗脳でもされたのではないかと疑うほどだ。
議会政治がダメなら、何が良かったのであろうか?

>>447
過激じゃのう。
常任理事国にそこまで意味があるとも思えぬが。
国力のある日本はおとなしくしていたほうが目立たず、国際間の争いも少ない。
これがヘタに常任理事国になったら大変じゃ。
全亜細亜からマークされることになるぞよ。

>>449
うつけ者などではない。
ただ、晩年は病気になられてしまったが…。

>>451
む、そうであったか!?
それはまずいことを言ったかもしれぬ。

457 :日本@名無史さん:2005/04/16(土) 14:35:54
>>456

西園寺公望1849−1940

近衛篤麿 1862−1904 ←DQN小僧

458 :日本@名無史さん:2005/04/16(土) 15:05:25
>>453
はて・・・1862年の宮中に「ゴミ箱」があるのだろうか・・・
さては!貴様にせものだな!

459 :日本@名無史さん:2005/04/16(土) 17:52:32
あるだろ愚民よ

460 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 08:19:11
今回の中国騒動だけど、デモ隊2万人ホゲブハと語っているけど、人口13億
も居れば中華国粋主義の面々かているだろうし、人口比から考えれば実は2ちゃんねらー
のようにうっぷんが溜まっているアフォもいるだろうから、ガス抜きである
のは確実だけど、マスコミの煽りに載っているようにも見えなくもないような。
日中双方とも。

公はどのように思われますか?若干考現学的であるかもしれませんが。

461 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 09:15:22
園公、私もひとつ質問させてください。
統帥権とは、用兵や作戦上の権限のことを指し、兵力量の決定や予算は
これに含まれず内閣の輔弼事項だと解釈されていたのに、政友会は軍部
を煽って、統帥権とは用兵・作戦上の権限のみにあらず、その兵力量の
決定をも含むとして浜口内閣の軍縮条約調印は軍部の許可を経ない憲法
違反の統帥権干犯だと非難しました。
どうしてこのとき政敵を追い落とすためにむちゃくちゃなことを言った政友会を
園公は諌めなかったのですか?とても疑問です。

462 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 09:56:24
西園寺公や山縣公は伊藤や井上をどのように見ていましたか?

463 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 12:41:49
>>461
このときの政友会は鬼畜そのものだったね。
ロンドン条約調印を命じた浜口首相が、右翼の佐郷屋留雄に襲撃され重傷を負うと、
民政党は幣原喜重郎を外相兼臨時首相代理として内閣を維持することになったが、
政友会はロンドン条約に関して、あくまでも浜口首相本人の国会答弁を求めるとして
幣原代理の答弁に納得しなかった。
襲撃の4ヶ月後、仕方なく療養中の浜口首相は国会に姿を現したが、その姿は、
顔面蒼白ですっかりやせ細り、恐怖に震えた有様だったという。
この政友会の執拗な出席要求によって、浜口首相はますます病状を悪化させて
ついにその年に亡くなってしまった。
いくら政敵を追い落とすためとはいえ、このときの政友会の統帥権干犯キャンペーンや
テロに襲撃された本人を執拗に呼びつける行為はやりすぎだったと思う。

464 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/17(日) 13:04:01
>>452
私を恨むのは大いに勝手だが、何世代にも亘って日本に謝罪を要求する態度はどうかと思うのう。
両国の関係のためにも、反日運動はほどほどにしてもらいたいものだ。

>>453
申し訳御座いませんでした。
これからはよく相手を見てから喋るように致します。

>>454
公家の世界では地位こそが最優先されるからのう。
仕方のないことじゃ。

>>455
苦労の賜物であろうな。
世界王者は世界で一人しかなれぬ。
貴方は誇りを持って生きていけたのであろうな。

>>457
あぁ、そういえばそうであった。
ちょっと勘違いしておったぞよ。

465 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/17(日) 13:07:44
>>458
形はともかく、同じような役目を果たすものは昔からあるじゃろう。

>>459
愚民などと言うでない。
人は国家の力じゃ。

>>460
うむ、私もそれを常々感じておったのじゃ。
マスコミの過剰報道が騒ぎを大きくしているように思えてならぬ。
北朝鮮の問題もそうじゃな。
スルーすればいいような問題をわざわざ取り上げるのは、世論の激化を狙っているからであろうか?
そう簡単にマスコミの情報操作に乗せられてはいかん。

466 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 13:38:03
我が日本帝国は友邦の米英と協力して大陸の愚昧な人間を成敗して
東アジアに自由主義と立憲主義を広めるべきだと思うのですが、園公はどう思われます?

467 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 21:14:59
>>461
○統帥権
=軍隊または艦隊の作戦・用兵に関する権限
=陸軍参謀・海軍軍令部の軍部が補翼する
=明治憲法11条

○編成大権
=軍隊または艦隊の装備・兵力量に関する決定権限
=予算に関する行政権限であって陸軍・海軍各大臣が輔弼する
=明治憲法12条

このように当時は、軍令と軍政はそれぞれ別の機関が担当し天皇を補佐するものと考えられていた。
軍縮条約は、兵力量の決定に関する条約だから本来ならば軍政に関わるもので、これは軍部大臣
つまり、内閣が輔弼する事項だと考えられていたが、軍縮に反対したい海軍はこの慣行を破って、
「兵力量が削減されると作戦の立て方にも大きな影響を受けることになる。ゆえに軍縮条約は作戦・
用兵に関する統帥権と密接に関わっている事柄なので、軍令部の同意無しに内閣が条約を締結した
のは統帥権の干犯である。」と主張した。
「統帥権干犯」という言葉は元々北一輝が考えた言葉で、陸軍がその理論を創出したものであったが、
これを政友会の森恪が知り、同じ政友会の犬養毅や鳩山一郎、そして海軍軍令部次長の末次信正ら
に洩らして入れ知恵をした。そして鳩山一郎は1930年の4月末に議会内で大演説をして民政党内閣を
排撃し、海軍もこれと共闘した。で、本題ですが、中村隆英の「昭和史T」という本によると、このとき
西園寺公望公は政府に対して、伊東巳代治や金子堅太郎ら枢密院勢力がこの条約の批准に反対して
いるようであるが、もし枢密院があくまでも反対するというのなら、枢密院議長や副議長を罷免してでも
この条約を成立させるようにと強く説得したらしい。浜口首相は西園寺公のこの説得に勇気付けられて
枢密院と対立してでも条約を成立させるとの気概を示したので結局枢密院は折れて批准然るべしとの
回答を寄せたそうです。さらに詳しいいきさつは、西園寺公ご本人の返事を期待するとしましょう。

468 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 21:29:27
ロンドン海軍軍縮条約

・・・・・・伊東巳代治や金子堅太郎、まだ生きて居ったのか!
あ、東郷平八郎まで・・・。しかも晩節汚してるし。

469 :大正天皇:2005/04/17(日) 22:01:13
西園寺よ、なぜ我が父(明治天皇)を記念する『文化の日』と、
我が息子裕仁(昭和天皇)を記念する『みどりの日』があるのに、
朕を記念する日がないのじゃろう?
朕はうつけとか阿呆だとか散々けなされてるらしいが、
原武史君とやらが書いた『大正天皇』という本に
朕は漢詩好きな、文人親王と言われたと出ておるらしい。
朕のことをもっと正当に評価して欲しいものだと常々思うておるが、
どうじゃろうな?

470 :小僧:2005/04/18(月) 16:36:49
西園寺という寺は京都にありまつか?

471 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/19(火) 00:04:07
>>461
なるべくなら政党間の争いには介入したくなかったのじゃ。
確かに私は元老であったが、元老消滅を常々意識していたことは先に触れた通り。
政争は政治の場で解決させたかった。
私が出て来るのは陛下の詔勅と同じようなもので、「奥の手」である。
暴走したら制御しなければいけないが、あの時点ではそこまでの必要性を感じなかったのじゃ。

>>462
私は伊藤公や井上侯を批評できるような立場ではない。
ただ、周りから長州閥と非難されがちな伊藤公はあまり藩閥を意識していなかったようであるし、伊藤公の子分と皮肉られた井上侯もその手腕は偉大なものじゃ。
近代日本の礎を築いた人物であることは間違いないじゃろう。
私は「伊藤博文の後継者」などと言われたばっかりに元老にまでなってしまったが、自分で政党を作ったことなどないし、伊藤公の見識の広さや行動力は抜きん出ておったのう。

>>463
政党内閣路線が狂い出したのはこの時期からであろうな。
政党が足の引っ張り合いをしてはならぬ。
しかし政友会はそれをやってしまった。
しかも軍部と手を結んで。
政党が腐敗したと言われるのも当然じゃな。
本来、政党は軍備拡張を狙う政府に立ち向かう、民衆の味方であったはずなのじゃ。
それが軍部に靡いてしまっては、本末転倒と言わざるを得まい。

472 :静御前:2005/04/21(木) 00:57:03
平安一の美人と言われた私の役を、
饅頭デブ女の石原さとみと申す女が演ずるのは納得行きません。

473 :日本@名無史さん:2005/04/21(木) 01:13:55
俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。
それで中学生の頃から恥ずかしいくらいに引き篭もりになった。

十六歳の頃、親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。
俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。
そしたら・・・
病室のベットの上にお母さんがうつってた。
『〇〇ちゃん二十歳のお誕生日おめでと。なにも買ってあげれなくてゴメンね。
お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。
今頃、大学生になってるのかな?もしかして結婚してたりしてね・・・』

10分くらいのビデオテープだった。
俺、泣いた、本気で泣いた。

次ぎの瞬間、部屋のアニメ全部捨て、中学の頃の教科書を探しはじめた。
みんなにバカにされるくらい勉強した。
将来の学費と家計の足しにとバイトも始めた。

俺が一浪だけどマーチに合格した時、
親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。

そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。
また、よく見てみたら。
ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
お母さんは、笑いながら『情けないわねぇ』なんて言ってるんだ。
俺また泣いちゃったよ。

父親も辛かったんだろうな、
親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、
就職決まった時、
親父が『これでお母さんに怒られなくて済むよ』なんていってた。

474 :加藤高明:2005/04/21(木) 01:25:59
ん、まあマーチだと母親も往生できてないわけだが。

475 :野口英世:2005/04/22(金) 00:52:51
千円札なのだ!

476 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/22(金) 02:04:35
>>466
自由主義と立憲主義か…。
少しずつ浸透してきているようには思えるがのう。
ただ、東亜細亜は歴史的にも複雑な地域じゃ。
すぐに結果を求めるのではなく、自然な発展を見守る必要があるのではないか。
日本の発展も決して真っ当とは言えぬからのう。

>>467
うむ、詳しく説明してくれて助かるぞよ。
>>471でも述べたが、元老が自ら政治に介入することは危険すぎる。
常々言っていたことだが、もしそれで軍部の横暴が収まらないようだと陛下の名に傷がつくからな。
しかし、後方支援くらいなら可能じゃ。
特に浜口は有能な政治家が減ったこの時代にしては確固たる姿勢で政策を貫くだけの力強さがあった。
ここで折れてしまうようだと後に禍根を残す元にもなると考え、支持したのである。
だが、結果は伴わなかったかもしれぬな…。

>>468
大日本帝国憲法の起草に携わった人間は長生きじゃったな。

>>470
うむ、鹿苑寺の場所に西園寺があったのじゃ。

>>472
まぁ、良いではないか。
温かく見守ることにしようぞ。

477 :日本@名無史さん:2005/04/22(金) 07:43:42
老公、私はさきの支那暴動を見て、明治7年の台湾事変を思い出しました。

あの時大久保卿は綱渡りの見事な外交交渉で、明治政府の威信を傷つける事を避けえましたが、
此度の支那政府は、既に国内のデモ抑圧に動いているようですが、
対外的な外交手腕としてはどうなのでしょうか?

国内の不平不満を国外に転嫁する事は、誠に綱渡りの危うい賭けでございますなぁ。



478 :日本@名無史さん:2005/04/22(金) 13:35:25
西園寺公、ご老公は若い頃、自分の名前が公家くさいからといって
嫌っていた時期があったと聞きましたが、なぜそう思われたのでしょうか?

479 :水戸黄門:2005/04/22(金) 21:28:23
>>35
西園寺殿は中納言か?
ということは黄門というわけだな。

480 :日本@名無史さん:2005/04/22(金) 22:16:02
秩父宮様について閣下のお考えをお尋ね申し上げます

481 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 08:32:53
>>470
西園寺は足利義満の北山第造営後、各地を転々とし、
現在は、上京区の寺町通鞍馬口下るにあります。

482 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/25(月) 01:48:22
>>473
感動的なコピペじゃのう。
しかしこの主人公が小さい頃に家庭用ビデオはそこまで普及していなかったと思うのだが?

>>474
良いではないか。世間には立派に顔向けできる大学じゃ。

>>475
これで一気に知名度が上がるのう。
日本が世界に誇る「ノグチ」じゃ。

483 :運命の児 近衛文麿:2005/04/26(火) 04:10:27
>彼が西園寺公望を訪れたとき、西園寺は家格が上の近衛を上座に据えて「閣下」と呼び、
>近衛は非常に居心地が悪かったと回想することもあった。

また閣下って呼んで。

484 :茅ヶ崎市民:2005/04/27(水) 00:50:21
ところで、ご老公、ご老公が創設なされた
立命館大学出身の古田敦也君についてどう思われますか?

485 :日本@名無史さん:2005/04/27(水) 23:28:16
なんでも「民営化すばらしい」と唱える首相にウンザリ…。
民営化された鉄道会社があんな事を起こしてしまってはねえ…。

486 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 08:02:38
日本ってのは上から下まで全ての面で、人材選抜制度がうまく機能していない。
つまり適材適所をあえてはずしている選抜をしている結果、馬鹿ばかりがでかい
顔する社会になっているように思うのですが、いかがでしょう。

487 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/29(金) 03:33:11
>>477
既に日本でも反中の動きが出ている以上、行動が遅かったと云わざるを得まい。
この掲示板では悪役の朝日新聞でさえ、中国に対しては呆れ返っている様子。
民衆が政府に踊らされておるのかのう。
嘆かわしいことじゃ。

>>478
時代が時代だったから、武家に憧れる気持ちがあったのだよ。
今となっては武家のほうが時代遅れだがのう。

>>479
うむ、そういうことじゃな。
まぁ名誉職じゃ。

>>480
色々と噂はあったが、よく出来た人間であったぞよ。
あのお方がいなければ、今の天皇家はないであろう。
やはり、刺激となる人間というのも重要であるからのう。

>>481
うむ、補足してくれて助かった。
私だけでは説明不足だったな。

>>483
最初だから呼んだまでじゃ。

488 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/04/29(金) 11:12:01
>>484
古田君は素晴らしい選手だと思う。
プレーだけでなく、野球選手の権利を主張したという意味でもプロ野球の歴史に名を残したであろう。
これまで選手は「駒」でしかなかった。
しかし古田君の行動によって正当な権利を獲得できたのだ。

>>485
民営化も悪くはないと思うのだが、まだシステム上の歪みを改善しきれていないのであろう。
戦前に健全な政党政治が行われなかったのと同じことじゃ。

>>486
では逆にどのようにすれば適正な人材を登用できると思うのじゃ?
上の立場の人間の影響力が大きくなりすぎてしまうのは事実だが、人材発掘に関しては意外とよく機能していると思うのだがのう。

489 :茅ヶ崎市民:2005/04/29(金) 21:48:50
明治維新初期は、政府の要人も30代〜40代の壮年バリバリの人が多く、
組織も若々しくて、いかにも
『これからは我らが新しい国を造ろうぞ』
という気合たっぷりなところがあったと思います。
それが大正時代まで続いた。
しかし、組織が固定化され、日本の政治や軍のシステムがマンネリ化といいますか、
硬直化してきて、時代の潮流に対応しきれなくなって来て、
改革が遅れてしまった結果、あの昭和の大破局への道を
突き進んだようにそれがしは思うのでありますが、
ご老公の考えは如何でありましょう?

490 :小川平吉:2005/05/01(日) 21:19:09
その考え方がマンネリだと言えよう。

491 :日本@名無史さん:2005/05/02(月) 15:44:21
孫とクリソツの爺さんキタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━ !!!!
張作霖爆殺を知っていたというのは本当か?

492 :大正天皇:2005/05/03(火) 00:35:39
朕は忘れられておるのう……

なあ、西園寺よ。大正時代をもっと評価して欲しいものだと思わんか?
しかし、朕の治世のころが、日本にとっては一番平和な時期だったと思うぞ。
確かに朕は病気がちであまり表に出られなかったがな。

493 :日本文明世界遺産申告委員:2005/05/03(火) 10:34:57
私は古武道を楽しむものです。参加者の年齢は幅広く15歳から90歳くらいまで!先輩の武田さんと平成4年の秋
大阪の大会で名刺交換した方(森様)が1937年の12月、南京戦に参戦されたと言う!驚きでした!当時のこと
、やはり聞きました!『南京大虐殺』目や耳にした事なし!当時の松井岩根大将から日本軍はあくまでも、武士道精神を忘れず決
して 民衆に手出しするな!中立の安全地帯には立ち入り禁止!との訓令を受けているので歯を食いしばって、凛として行動をした
との事です。 国際戦時ルールで敵を掃討する事はあっても、無差別に民衆を殺戮や略奪等は断じてなく、貧民だらけで略奪など思いも
寄らなかったそうです。中国軍よりましと思ったのか、民衆は安心したかのように、ニコニコと近寄って来たとも言って ました。
真実を歪曲した中国国民党か中京軍(八路軍)の謀略宣伝工作しか考えられないとの事でしたよ。
今考えれば、揚子江岸に中国人の漂着死体がかなりあったのは『内乱』だろうなーと言ってました。と言うのは当時、中国には軍閥政府が
3つ、あり共同で日本軍に当たろうと言いながら、漁夫の利を得ようと、表向き見方でありながら、お互いの足を引っ張りあい殺戮や略奪は
日本軍のせいに出来る。自国の兵民問わず、無秩序の暴虐を繰り返す劣等民族であったらしい!そういう国に関わった事が嘆かわしいとの事
 60年前の著書ラルフ・タウンゼント(米国の中国副領事)の暗黒大陸中国の真実を読めば中国人気質が良く分かります。
当時の南京には欧米の記者やジャーナリストや日本人の大宅壮一・林芙美子・石川達三・草野心平・西条八十・小林秀雄の作家や評論家150名
位の人達がいたが、誰一人知らなかったといってます。これが歴史の真実です!!誰かの伝聞でも憶測や推量でもありません。それがいきなり
東京裁判で浮上するなんて?10年近く過ぎてですよ!敗戦に放心虚脱で失神状態の日本国民はアッケニとられ反論もままならず、魔女裁判を
押し付けられた訳です!!正式な東京裁判をやり直しを訴えなければなりません!日本人としての誇りを取り戻すためにも!・・


494 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/03(火) 14:22:41
>>489
それは些か短絡的じゃな。
近代日本は軍人が煽るからいかんのじゃ。
せっかく英米と強調して戦力を落としていこうという時に、軍事力を強化しようとしている時点で進むべき方向性を誤っておる。
政治家にも自覚が足りなかったのかもしれんのう。
民政党はその辺をよく分かっていたが、政友会は目先の利益に捕らわれすぎていた。
そして政権を奪われることを恐れた民政党もどこか焦っていたようにも思える。
いつの時代も政党の対立は政治の歪みを生むのじゃ。

>>490
うむ、そういうことじゃ。
それにしてもこのスレは出入りが多くなったのう。

>>491
私も気になるのう。

>>492
は、私もそう思います。
ただ、実際に戦時とはならなかったものの、言論による激しい争いがあったことは事実でありますが。
しかし、この時代にデモクラシーが確立したのも事実であり、「大正」という時代を抜きにして近代日本を語ることは不可能で御座います。

>>493
南京事件を全否定することはできるのかのう。
解釈の問題はあるが、殺戮があったことは事実だと思うぞよ。
そうでなければ中国があれほどまで躍起になって主張を続ける理由も説明できまい。

495 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 14:33:52
ここの西園寺って在日?

東京裁判で中国における死者が180万人だったのに今や、2000万人とか言ってる。
支那の言うことははじめからうそで塗り固められています。
うそだと思うんなら調べてみ。

496 :1/2:2005/05/03(火) 15:22:39
コピペですがなかなか面白いと思います。どう思われますか?

朝日が日露戦争をマンセーした事をもって保守化したとか言ってる奴がいるが、
日本の思想対立の構造が分かってないな。
日本の対立構造は

親大陸派(共同体主義、ランドパワー)=親アジア主義、親儒教、親社会主義、親官僚制(=中央集権)親全体主義、親人治主義、親合理(観念)論、親水戸学、親平田派国学、親朱子学
親英米派(自由主義、シーパワー)=親国際主義、親資本主義、親封建制(=地方分権)、親自由主義、親立憲主義、親法治主義、親経験論、親仏教、親国学(本居宣長)、親徂徠学

なんだよ。
親大陸派は天皇制を認めるかどうかで国家社会主義(親ドイツ)か共産主義(親ソ連)に分かれ、
親英米派は伝統の重視の度合いで保守主義と自由主義に分かれる。


497 :2/2:2005/05/03(火) 15:23:13

今風の言葉で言えば、反米保守は親大陸派で、親米保守は昔ながらの親英米派なんだよ。
両者は戦後、反共産主義という一点で手を組んだ訳だが、元々は水と油。
共産主義が崩壊した90年代以降、元の親大陸派vs親英米派の構図に戻っただけの話。
戦前の革新官僚や軍部の中の国家社会主義者に儀装した共産主義者が沢山いたってのは
有名な話で、この両者は天皇の扱いを除いては対立点はないから、転向は簡単。
西部邁、小林よしのりも何度も転向してるでしょ。
でも、親大陸派は絶対に親英米派にはなれない。逆もしかり。根本の思想が違う。

で、日露戦争の評価について言えば、「白人に対する被支配者有色人種の勝利」と言う点を重視するのが
親大陸派の特徴で、英米日の文明国が専制的(=アジア的)なツァーリのロシアに勝利したと言
う点を重視するのが親英米派の特徴。当時の人々はどう思っていたかと言うと、圧倒的に後者
が多いだろね。当時の一般の日本人は文明の度合いを肌の色よりも重視した。

このように考えると、朝日が日露戦争を賛美したのは何の不思議も無い。国家社会主義と共産主義
の間は容易に転向できる。そのうち、大東亜戦争の「白人支配からの解放」という面について
賞賛する日も近いだろうね。そして孫文のアジア主義の訴えだが、中国は伝統的に日本と英米との
離間を企てるのに熱心で、孫文は日英同盟にも強硬に反対していた。今の中国の日米同盟反対と同じだな。
これに東洋の王道だなんて感動してる奴は馬鹿としか言いようが無い。

498 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 18:10:22
>>495
2000万じゃなくて3500万だろ。
しかもそんなことで在日認定とは、歴史を語るには学術的な真摯さが足りな過ぎだな。

499 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 19:37:08
孫文って所詮は国家社会主義者だからね。
三民主義には立憲主義、自由主義の要素なんてまったくない。
結局、支那の古代からの律令制専制主義に民族主義(漢民族至上主義)と民主主義(民主主義専制)
の要素を加味しただけ。ヒトラーと大して変わらん。
こんなクソっ垂れな国民党をアメリカ人が「アジアで最初の共和国」とか言って支持したのは奇観としか言いようがない。
まあ、WW2も終わり近くになって気がついて見限ったけどね。

500 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 19:40:45
アメリカ人も日本の大アジア主義者と同じで、中国に対して盲目になる奴が多いからな。


501 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 20:19:51
インテリはカッコイイ観念論が好きだから大陸に惹かれるけど、庶民は実際的な経験論を取る。
これは日本でもイギリスでもまったく同じ。
戦後もインテリの世界では共産主義が主流だったけど、庶民は自民支持だった。
イギリスのインテリも一時期マルクスやヘーゲルが全盛だったこともある。

502 :運命の児 近衛文麿:2005/05/03(火) 21:49:58
日本最初のインテリ首相、近衛文麿です。
第一次世界大戦は独逸と英仏の階級闘争だったんです。
英米本位の平和主義を排しましょう!

503 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 22:00:06
インテリの大アジア主義者で中国に対して盲目な人ってどの辺の層?

504 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 00:02:27
>>503
戦後だと所謂「進歩的」知識人。石橋湛山なんかの自称自由主義の人たちもなぜか中国に甘いんだよな。
戦前だと近衛篤麿みたいな儒教の教養の有る人に大アジア主義者が多い。
北一輝みたいに儒教とマルクス主義が合体してるバージョンもいるし。

505 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 00:38:49
明治になって西洋思想が入ってくるけど、江戸時代に教養の基礎を築いた人間が
どの西洋思想を選んだか調べてみると面白い。
大体、自由主義、親英米になる人は朱子学に反感を抱いていたような人たちだ。
陸奥宗光、福沢諭吉が良い例。
一方、朱子学や復古神道、水戸学(尊皇攘夷派)の人々が明治維新を起こし
明治政府はその爆弾を抱えていたのだが、それが爆発したのが
30年代の動揺・・・と見る見方もある

506 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/06(金) 15:41:03
>>495
このスレにはもう少し勉強をしてから参加したほうが良いのではないかのう。

>>496-497
うむ、なかなか面白い意見じゃ。
しかし朝日を左と決め付けているところにこの意見の脆弱性があるように思えるのだが、どうかのう?
日本が満州国を否決されて松岡が退場した際に、朝日の一面は松岡退場を賞賛していた。
親大陸派は親アジア主義と書いてあるが、戦前は「脱亜論」が主流であり、アジアを植民地化することへの抵抗はなかったと思うのじゃ。
現に、私もアジア侵略はそこまで否定しておらぬ。

>>498
短絡的な思考回路は本人が自覚できないから仕方ないのじゃよ。

>>499
私はあまり三民主義の実態を知らぬ。
ただ、私個人の考えでは国民党政権がうまくいっていたのは戦時という非常時であったからであるように思えるのう。

>>500
500getおめでとう。
中国に対する評価が正当にできないというのは、今も昔も変わらんのう。

>>501
理想と現実との両立は、なかなか難しいものじゃ。

507 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 15:43:04
藤原公望さんですね。

508 :樺山愛輔:2005/05/06(金) 18:46:23
なかなかバランス感覚に優れたる元老かな。
そうこなくては。

・・・僕は地味ですよねえ・・・そうですか・・・それじゃあ・・・_l ̄l○

509 :山本権兵衛伯:2005/05/06(金) 22:14:59
>59と>139で既出していますが、今もう一度教えてくだされ老公様。
山本権兵衛やその他を元老にしなかった事は理解できるのですが、
山本を内大臣や枢相まで反対したのはなぜですか?平田なんかと手
を組んで阻止したなぜですか?それとなぜそれほど平田を評価して
いたのですか?質問ばかりしてお手数かけますご老公様。

510 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 22:21:13


      / ̄\
    .r ┤    ト、  パチンコ    (´`)  ∩
    |.  \_/  ヽ       (´ヽ )i⌒i,|
    |   __( ̄  |       `ヽ !、∪ノ`.|第七十三代学生横綱
    |    __)_ノ           ) ノ
    ヽ___) ノ      (())     (_ノ⌒ ̄   (⌒)
      i⌒ヽ      ,〜((((((((〜〜、        ノ ~.レ-r┐つきひざ
      |    〉   ( _(((((((((_ )        ノ__ | .| ト、
三十路/ ̄ヽ ノ   (/ ~^^^^^~^^~ヽ )   〈 ̄   `-Lλ_レ′
   |  ノ_/、/⌒i(  ;;;;;;;;  ;;;;;;;;  )      ̄`ー‐---‐/´)
  / ̄ヽノ i /   i. (  -=・=  =・=- )         i´ヽ/ ノ  6勝9敗据え置き
  |   i   |⌒iノ/ (    (oo)    )         / ノノー―‐┐
  `ー ´;ヾ `~'  i  (    )3(    )     ―イ ´ノ  ーーイ
   `ヽ ⌒ヽ/  ヽ  (____二二二_____)               (、 ̄´
    〈 ___ノ i    〉                 ̄`ー―-(_ノ/⌒ーー 、
      ヽ      /  増廚に届け、この思い!         i (⌒  ,ヽたるんだ腹
      `ー /^‐━,                       ヽ_( ̄ ̄  ,)
 無気力相撲 /ノ―、='、       / ̄`ヽ´ ̄ヽ_       i (_ ̄_   ノ
       /´ /  / ̄`i、     /     /      )    ヽ(____ノ
      ノ  丿   l   | `i   〈     ヽ   ,ノ⌒
      |   〈 l   〈 〉  |   / ヽ_ , _  |合資会社増健商店
      ゝ         ,/  ノ  i  i!  〉 〉
       ヽ、      ノ  (_ノ|, 、||  ヽ⌒ヽ
                      |  | |  ⌒ヽノ
                     ヽ_ノ \_ノ



511 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 01:27:24
>>506
朝日を左としているわけではありませんよ。
戦前も戦後も全体主義的、且つ反米ということで括っているのです。
つまり共産主義(一般に左翼)も国家社会主義(一般に右翼)も
全体主義という一つのカテゴリーで括れるということを示しているのです。
さらに右翼・左翼には類似性で言えば近い存在で
中央集権的な面や画一性、思想統制に象徴される総動員態勢など
根本的な思想の部分は同じ。という面から分析しているのです。

それから後半の園公のご意見ですが
アジアの植民地化を推進したり(時代によって、為政者によって異なる時もありますが)
「脱亜論」を説いたりしていた人々は親英米派。という視点で見ております。
脱亜論を説いた福沢諭吉は自由主義者(親英米派)ですし、
日露戦争前後に外交面で政府をバックアップした陸奥宗光は、日英同盟推進派で親英米派。
親アジア主義と書きましたが、「親アジア」の主義という意味ではなく
「アジア主義」と近似性がある、という意味で
親「アジア主義」と書いたのです。平にご容赦をお願いします
アジア主義とはこの場合大アジア主義も含めています。
まあ戦前のアジア主義者には大川周明や北一輝などが挙げられますし、
彼等は有名な国家社会主義者ですし・・・・つまり親大陸派と括れるわけです。

読みにくくて済みません。出来る限り補足したつもりなので
不明な点があればまた申しつけ下さい。長文、すみませんでした。

512 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/07(土) 12:52:57
>>502
いつまで帝国主義戦争を続けるつもりなのじゃ?

>>503-504
中国の実力は何とも測り難いところがあるからのう。

>>505
なるほど、面白い着想じゃ。
東洋から西洋への転換、という文化論的な視点で見ると、明治は研究の余地がだいぶ残されているのかもしれぬ。

>>507
うむ。

513 :茅ヶ崎市民:2005/05/08(日) 00:38:31
明治時代、鉄道国有化法を制定し、
日本の主な幹線鉄道を国営にしたのはご老公の総理時代(第一次西園寺政権)でしたね。
『国家経済の大乗的見地から全国鉄道の管理を統一し、機能を発揮させる』
ことを考えての、西園寺総理のご決断だったわけですが、
今、国有鉄道は分割民営化され、現在に至っております。
しかし、今般のJR西日本の事故と、内部モラル低下を見ておりますと、
民営化で驕りが出たように思えてなりません。
私は国鉄民営化は時代の流れであったとは思いますが、
少なくとも本州鉄道は一本の会社にて運営すべきであったと考えます。
ご老公、宜しければ、鉄道国有化をご決断された経緯及び、
現在の日本の鉄道について思うところがありましたら、御披瀝賜りたく存じます。



514 :日本@名無史さん:2005/05/08(日) 00:53:11
>>513
鉄道国有化は日本政府の悲願だったんじゃなかった?
明治政府は成立当初財政基盤が弱かったから、公共投資で鉄道を敷設することができず
泣く泣く次善の策として民間投資によって鉄道網を整備することになった。
しかし鉄道は自動車がなかった時代には旅客輸送・貨物輸送ともに交通の主役となるべき
存在だったし、有事が起きた際の兵站線の確保という意味でも鉄道国有化は政府として
達成したい課題だった。そこで明治政府は、いったんは民間投資によって鉄道網を整備する
ことにし、政府の財政基盤が強まったしかるべきのちに民間鉄道を買収する計画を当初から
立てていたんじゃなかったっけ?間違ってたらごめんだけど。
工部卿の伊藤博文や大隈重信について調べてみるとわかるのかも。

515 :日本@名無史さん:2005/05/08(日) 13:17:50
海外からの資金調達の担保としても、用意したい物件だった。

516 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 01:05:04
婿養子であられる八郎氏をどのように評価しておられますでしょうか?

517 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/09(月) 13:35:51
>>508
どうするのじゃ?

>>509
まず、山本は薩摩である。
そして、その政治力も評価に値しないことが二度の組閣で明らかとなった。
ならば実力に見合わないポストを与えるのは不適だと考えたのじゃ。
それにもし山本を内大臣や枢相にしては、「元老自然消滅」に藩閥が混じることとなる。
「元老消滅」のためには、藩閥を排除して制度上の安定を図ることが大切なのだ。
平田を評価したのは何故、と聞かれても困るのう。
平田は私の考えをよく理解しており、政治上の公平性を備えていたから信用できると思ったのじゃ。

>>510
何を主張したいのじゃ?

>>511
補完してくれて誤解が解けた。
なるほどな、よく納得できる。
面白い分析じゃ。

518 :平田東助:2005/05/10(火) 01:52:49
フフ・・私を山縣公との関係円滑に使用したという面もおありでしょうがね。

首相になってもよかったんですけどね。もう少し寿命があれば。

519 :清浦圭吾:2005/05/11(水) 22:50:45
似たような身の私は総理になれましたがね・・・山縣公万歳。

520 :511:2005/05/14(土) 09:46:08
>>517
間違えました。
日露戦争前後の外務大臣は小村寿太郎です。
日英同盟推進派は小村壽太郎+山県有朋+井上馨が中心でした。
陸奥宗光は既に亡くなっていましたね。
訂正します。

521 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 11:26:07
>>520
井上馨は日露協商論者じゃないの?

522 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/14(土) 11:44:32
>>513
鉄道は国防上も重要な機能だから国有化はある意味で当然なのじゃ。
やはり民間に任せていると利潤追求のためにどうしても都合の悪い部分が出て来る。
赤字路線というだけで過疎路線を廃線にしたり、今回の事故のようななことがあるとたまらぬ。
JR西日本の件に関しても、ある程度は仕方ないと思うのじゃ。
どこの会社も自分に不利なものを放置するわけにはいかないからのう。
競合する相手がいる以上はスピードアップも当然であるし、遅れを取り戻そうとするのも当然。
悪いのは企業をそのような状況に追い込んだ民営化である。
茅ヶ崎市民殿の言うように、競合の少ない地方の鉄道を民間に任せることは否定しないがのう。

>>514
そういうことじゃな。
インフラ整備に追われて余裕のなかった明治政府は、できることなら費用をなるべく節約したかったのじゃ。

>>513
うむ。

>>516
それは>>94で答えておるぞよ。

>>518
政治もタイミングというものがあるからのう。
私は信頼していたから、もう少し活躍の場があれば十分に可能性はあったであろうな。

523 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 12:15:40
あんた、「原田日記」を都合良く改竄してません?

524 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 19:45:08
まあ、国有企業が民営化されると公共性よりも株主の利益の方が重要になってきますからね。
日本国民共通の利益を図るためという視点よりも特定の投資家に利潤を還元するためって視点
の方が重視されてくるんだから、儲けが出る地域では少々無理をしてでも過熱したサービス合戦
を繰り広げて企業活動を行うだろうし、逆に過疎地では最低水準のことしかやらなくなるだろう。
サービスに格差を持たせることが果たして鉄道や通信などの公益に資する事業に適するものなのか
どうかはいつの時代でも議論がありますね。今は国の危機的な財政状況を反映してか小さな政府を
志向する勢力の方が強い力を持ってるようですが、今回のような事故が起こると、市場の原理だけに
任せていいのだろうかって疑問は湧いてきますね。

525 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/14(土) 21:32:09
すまぬ、>>522の3つ目のレスは>>515な。

>>519
そなたを首相にしたことは、この元老西園寺最大の失敗であった。

>>520
うむうむ、気にするでないぞ。
あの頃は政府が二つに割れて意見も一致せず大変であった。

>>521
そうじゃな。
伊藤+井上→日露協商論
山県+桂+小村→日英同盟論
であった。

>>523
どうやって私が改ざん出来ると言うのだ?

526 :日本@名無史さん:2005/05/15(日) 01:57:51
原田日記は、一応老公が全て目を通していたと記憶しておりますが。
まあ、原熊は物事を順序だてて理解するより、感性で真実を見抜く方が得意で、
勘違いや記憶違いの記述も多いらしいと聞いておりますので
そういった部分の細かい修正を、老公がされていたのだと解釈しております。

527 :日本@名無史さん:2005/05/15(日) 08:29:39
2.26事件後の老公の写真を見たことがあります。
疲れ切っている感じが伝わってきました。
このころは「老体に鞭打つ」感じで忙しかったのでしょうね。

528 :特別高等警察:2005/05/16(月) 23:28:38
公へ。
今回の事故で国会議員がJR職員と宴会をした話ですが、
きゃつ目はかつて国労運動を陰であやつっていた民社党系
議員だそうです。


529 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 00:10:14
正妻をもてないのは本当ですか?

530 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 00:11:56
【総理の値打ち】で閣下に低い点を付けた福田某に一言お願いします

531 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/18(水) 20:30:49
>>524
うむ、なかなか難しい問題であるな。
それぞれに主張があってそれなりの説得力を有しているから議論が長引くのは仕方のないことじゃ。
ただ、現首相の進める民営化事業は個人的に些か不安を覚えるのう。

>>526
うむ、確かに口出しをしたことは認めるが、そこまで穿った見方をしなくとも良いじゃろう?
とは言え、あの記述だと私が過剰に評価されていることは否定できぬ。
その辺は歴史学者の得意な史料批判で正しい人物像を描き出すことが大切じゃのう。

>>527
二度目であったから私もすっかり参ってしまったのじゃ。
軍人がどれほど愚かであるか、改めて痛感した次第。
忙しかったというより、精神的なものじゃな。

>>528
む、それは臭いな。
追及すると面白い事実が浮かび上がるかもしれぬ。
そんな情報を掴む辺り、さすが特高じゃのう。
捜査の目は厳しいわい。

>>529
うむ、プライベートなことじゃ。
理由は聞かないでくれ。

>>530
私が総理としての資質がなかったことは確かじゃ。
低く評価されても仕方ないのかもしれぬ。
考え過ぎるあまり、行動が伴わなかった部分はある。
しかしあの者にそう言われるのはさすがに釈然とせぬ。
私のような政治家が果たして現代の日本にいるであろうか?

532 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 21:52:53
>>531の公へ
>私のような政治家が果たして現代の日本にいるであろうか?
いません!悲しいことに。


533 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 22:02:23
西園寺公へ。
紀宮様のご結婚が11月15日に決定したそうです。
マターリとお祝いしたいものです。

534 :ゾル大佐:2005/05/19(木) 01:26:36
ご老公は、
「こちは宰相の器ではなかった」と言っておられますが、
影の調整役というか、裏方で舞台回しをする役目が
ご老公の本領だったと思っておられるのでしょうか?

535 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 23:03:03
桂公は幼少の昭和天皇に「桂のじいや、馬になれ」と言われてハイドウハイドウしてさしあげた
そうですが、西園寺公にはそのような思い出はありますか?

536 :日本@名無史さん:2005/05/22(日) 00:14:36
片岡直温蔵相と井上準之助蔵相に対する
評価をお聞かせ下さい。
あと、日英同盟は1921の四ヶ国条約で破棄される
ことになるのですが、それに対して日英両国で反対が出たとか・・・
その時代にいた公望さんはどう思いましたか?

537 :京都好き:2005/05/22(日) 19:00:00
公は教育勅語の改定をなさろうとしたそうですが、具体的に
どのようしたかったのですか?

538 :日本@名無史さん:2005/05/22(日) 22:09:18
蹴鞠もたしなんでらっしゃった公は
ジーコ采配についてどう思われますか?

539 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/24(火) 22:39:27
>>532
とは言っても、己の利益ばかりを追求する政治家が多いのは今も昔も大して変わらぬ。

>>533
ふむ、今度こそは何事もなく無事に行われることを祈るばかりじゃな。

>>534
私は当事者であるよりも傍観者であるほうが性に合っておるのじゃよ。
いくら私でも、政界の争いに巻き込まれると周りが見えなくなってしまう。
しかも周りはもっと盲目であるから埒が明かないのじゃ。
そうなるとせめて私くらいは政治から一歩離れた場所から助言を与えたい。

>>535
そうじゃのう、思い出はあるが、これは陛下との秘密じゃな。
あまり明かすべきではないこともある。

540 :牧野宮内大臣:2005/05/25(水) 00:20:20
昭和の陛下とはお子達の教育をめぐって1度だけ対立なさいましたな。
手許におきたい陛下と、従来のしきたりで外で育てるべきとの園公。

541 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 21:53:22
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1116737007/l50
上のすれの>>2に出てくる西園寺家の諸大夫って何石くらいもらってたんですか?

542 :541:2005/05/25(水) 21:57:37
また諸大夫といいつつ井上佐渡守、濱崎上総介が六位なのはなぜですか?

543 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 22:43:19
「きんもち」って、今の時代からすると不思議な名前ですね。
私は最初「もんきち」だと思ってました。「さいおんじもんきち」
当時としてはそう変わった響きというわけでもなかったんですか。

544 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 01:34:57
>>543
閑院流は世代によって公(きん)と実(さね)とが交互に付くのではなかったのでしょうか

あと、孫の西園寺公一が「赤い公爵」といわれて、「通常の公爵の3倍の」
権限を持っているという妄想に駆られなかったのでしょうか

545 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 13:39:06
>>1
În urmă cu mai bine de o lună, Sindicatul „Solidaritatea",
din cadrul Corpului Gardienilor Publici (C.G.P.) Arad, a actionat
în instantă conducerea institutiei pentru că, din luna decembrie,
angajatii nu au mai primit bonuri de masă. Seful C.G.P. Arad - Sorin
Codos, motiva atunci „tăierea" bonurilor de masă prin faptul că
institutia stă foarte prost la capitolul finante.

546 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 16:43:48
>>544
西園寺公一は廃嫡されて弟の西園寺不二男が西園寺八郎の後継者。
だから公一は平民だよ。

547 :運命の児 近衛文麿:2005/05/26(木) 21:49:58
>>487

>初対面の際に、西園寺は大学の制服を着ている近衛にむかって閣下、閣下と言った。
>近衛はこの呼びかけを面はゆく思ったばかりか、愚弄しているのかとも思い、印象はよくなかった。
>なお、西園寺は"後年でも"近衛に対して閣下と言う呼称を用いたりした

最初だけではないね。
もう閣下って呼んでくれなくてもいいから今度は殿下と呼んで欲しいな。
実際殿下がいい。

548 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/26(木) 22:41:39
>>540
そんなこともあったのう。
懐かしいわい。

>>541-542
私はあまり詳しくないから分からぬ。
別の者に聞くのが良いじゃろう。

>>543
まぁ普通じゃな。
特に変わった名前ではない。

>>544>>546
解説してくれて助かるぞよ。

>>545
私を試しておるのか?
疲れているから長文を読む気になれぬ。

>>547
相変わらずプライドだけは超一流じゃのう。

549 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 07:59:58
ご老公、なぜ>>536から>>538の御レスがお抜けになって
おられるのでせうか?w

550 :目標:2005/05/27(金) 13:58:01

山縣有朋
西園寺公望
吉田茂
中曾根康弘


551 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 16:52:53
ご老公!!!新坐魚荘が出来てますwwwwwwwwww

552 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 21:24:55
老公も御歳を召されているし、なにせあの世とこの世を逝ったり来たり。
お疲れの時も在るからマターリと進行しましょう。

折角の良スレがなくなるのはつまらないし。

>>548の老公へ。
お疲れの時は無理せずマターリと進行して下さい。

553 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 23:20:19
>>548の老公へ。

それはフランス語ではなくルーマニア語です。

554 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 18:27:08
フィリピンのミンダナオ島で旧日本兵が
生存しているとの情報が流れましたが
どう思われますか?

555 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/30(月) 22:44:33
>>536
緊縮財政は結果こそ出なかったものの、それなりに評価はしておるぞよ。
いつの時代も何が成功するかは分からぬ。
成功するかどうかもそうだが、成功させようと努力することが大切なのだ。
それが国民の信用につながり、世界の信頼となる。
とは言え、片岡の失言は論外じゃ。軽率すぎる。
慎重さが足りなかったということじゃな。
井上は右翼に狙われたばかりに可哀想なことになった。

日英同盟破棄は当然じゃ。
世界が軍縮へと向かっているのに、どうして軍事同盟を結ぶ必要があるのか。
日英のどちらも、時勢を読んでいない証拠であろう。
日英同盟はもはやその役目を終えていたのだ。

>>537
国家主義的な教育だけではなく、もっと「学問の自由」という思想を取り入れたかったのじゃ。
とは言っても具体的な水準までは話も進まなかったのだがのう。

556 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/30(月) 22:45:41
>>538
私のような素人がジーコ氏のような偉大な選手に申す事等ないわ。
超一流の人間というものは我々一般人が想像するよりも遥か遠くまで見据えているから、我々が考えるような稚拙な意見はとうの昔に通過しておる。
世間からは批判も多くて大変であろうが、頑張ってもらいたいものじゃのう。

>>549
すまぬ、つい抜かしてしまったのじゃ。
レスの進行が速いとたまに見落としてしまう。

>>550
首相経験者ということ以外で、どこに共通点を見出したのじゃ?

>>551
なんと…私が知らぬ間にどういうことであろうか。
万博の影響かのう。
詳しく教えてくれたまえ。
私はまだ何も聞いていない。

557 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 22:56:00
閣下、幾ら武家からの養子とはいえ
「西園寺八郎」はカッコ悪すぎます。
何とかしてください。

558 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 01:15:30

西園寺不二男の方がもっとかっこ悪い


559 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 01:20:02
公家ならやっぱり麿がいい

560 :近衛文麿:2005/05/31(火) 15:09:32
>>559
そこで私

561 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/31(火) 22:43:11
>>552
かたじけない。
元々病弱なだけにあまり無理はできないのじゃ。

>>553
うむ、いずれにせよ読む気にはなれぬ。

>>554
いてもおかしくはないんじゃないかのう。
世界がこれだけ広ければ、どこに何がいても不思議なことはないと思う。

>>557
名前が少しくらいカッコ悪くとも、中身が伴っていればオリジナリティとして価値が出て来るのじゃよ。

>>558
判り易くて良いではないか。

>>559
公家を象徴する文字じゃな。

>>560
うむ。その名前にしてその家柄。近衛家は素晴らしい。

562 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 22:53:08
>私のような素人がジーコ氏のような偉大な選手に申す事等ないわ。

閣下!その物言いでは
「素人は政治家に文句を言うな」
という論理展開も可能になってしまうので、承服出来かねます!!

563 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/05/31(火) 23:14:14
>>562
うむ、確かにそうかもしれんのう。
意見を言う自由はある。
だが、それを取り入れるかどうかもまたその者の自由じゃ。
少なくとも私はジーコ氏の采配の意図や事情まで読むことはできないし、そういう立場から述べる意見など生産性は皆無であろう。
敢えて述べるまでもない、と言いたかったのじゃ。

564 :558:2005/06/01(水) 00:26:10
ちなみに西園寺不二男は西園寺八郎・新夫妻の「三男」。
名前の由来は「二男でないから」。
名門の御曹司が、こんな適当な名付け方でいいのだろうか?

565 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 08:55:12
このスレ最高ですね
まさかこの時代に生きた西園寺公に会えるとは!
ところでちょっとテーマが壮大すぎるかもしれませんが、西園寺公はどうして日本は
戦争の道を避けられなかったとお考えですか?
私の祖父は88歳で今なお存命ですが、よく言ってることは、
「勝てない戦争なんてするべきじゃない」ってことです
多分、負けた国には名誉も誇りも権利もないってことをよくわかっていての発言だと思います
なぜ日本は対中戦争のさなかで、勝てる見込みもない対米戦争に突入してしまったのでしょうか?
できたらお考えをお聞かせください


566 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 19:33:40
山本さんが政治家志望である件について

567 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 21:56:07
448 名前:名無しさん@5周年 [sage] 投稿日:2005/06/04(土) 19:10:25 ID:mkt+bIFt
「鶴太郎と楠田恵理子のデータブティック」というバブル期の番組で、興味深いデータを紹介していた。

都内に住む適齢期の独身男性3万人(!)の調査結果。

a)年収○○万以上(たいして高くない、平均より少し上程度)
b)安定した職業(公務員、大企業、医師・弁護士など)
c)大卒以上
d)身長170cm以上
e)親と別居
f)長男でない(将来、義理親の介護がいやなので)

この6つ、たった6つの条件を入れただけで3万人がなんと「12人」になってしまった。
スタジオの若い女性達は騒然。この上さらに、容姿と性格で絞ったら、いったい何人に一人残るのか?

480 名前:名無しさん@5周年 [] 投稿日:2005/06/04(土) 21:28:50 ID:s6srR5qJ
知人が結婚相談所で、働いてる。
で、登録している30才越えた女共の理想がすごいらしい。

年収1000万以上
宮廷総計クラスの大卒
身長175cm以上
容姿端麗
長男はダメ

どんなスーパーサイヤ人だよ。そんな男いたら、俺が結婚したわボケとw
で、理想はともかくとして、その30越えた女のスペック自体が、こういう
スーパーマンととてもじゃないが釣り合わないお粗末なものらしいw
高卒、30越え、容姿底辺、性格傲慢等。
そりゃ、お前ら一生結婚できませんよ、と。

568 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/07(火) 00:07:51
>>564
何か他に理由があったのかのう。

>>565
うむ、なかなか難しい質問じゃのう。
一応私なりの回答をするならば、大陸進出方針を打ち出していた軍部が暴走を続け、それに追随していた政治家も後に引けなくなり、こういったある意味では個人的な利益のために戦争をすることになってしまったのではないかと思うのじゃ。
何しろ政治家が方針を撤回するということは、自らの失政を認めるということになる。
何としてもそれは避けたかったのであろうな。愚かなことじゃ。
ただ、政界は5・15や2・26のクーデターですっかり弱腰になっていたから、軍部に反撥すれば政治家自身の命が危うくなるという側面もあったのう。
簡単に言えばこんな感じではないかのう?

>>566
どの山本じゃ?
もう少し詳しく述べてくれ。

>>567
面白いデータじゃな。
こんな女性が10年後にはどうなっているのか気になるのう。

569 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 15:55:15
糞スレを立てたいのですが、どうすればいいでしょうか?

570 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 15:58:59
あるところに糞スレの好きな男がいた。
男は「(都の人のする)糞スレというものをひとつ立ててみよう」と思った。
男の女房が「(天さかる鄙にすむわたしのような教養のない女でもわかるが)都の人はそんなことをしない(と思う)」
と諌めたが、男はきかない。
「(釈迦入滅以来うだつのあがらない自分という男にほとほと愛想が尽きたが)
ここで糞スレを立てれば(都の人のように)頓知がきいていると世の賞賛を受けるだろう」
と糞スレをたてた。

はたして翌日、>2以降、罵倒の嵐だった。
>1も無駄なことをするものだなあと(何故か判らぬが突然出てくる)横川の僧都(そうず)は嘆いた


571 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 17:22:29
□□□□■□□□□□■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□■■□□□□□■□□□□□□□■■■■■■■■■■■■□□
□□■■□□□□□■■■■■■□□□□□□□□□□□□□■■□□
□■■□□■□□□■□□□□■□□□□□□□□□□□□■■□□□
□□■□■■□□■■■□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□
□□□■■□□■■□■■■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□
□□■■□□□□□□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□□
□□■□□□■□□□■■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■■■■■□□■■□□■■□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□■■□□□□■■□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□■■□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□□■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■□■□■□□□□□□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■□□■□□□□■■■□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□□□■■□□□□□□■■■■□□□□□□□

572 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 22:16:40
ご老公が明治・大正・昭和初期の政治家で
もっとも高い評価を与えている方はどなたですか?

ちなみに私は
明治:大隈重信候
大正:加藤高明伯
昭和:濱口雄幸氏
であります。

573 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/08(水) 19:56:37
>>569
適当なスレを立てて、>>10くらいでスレ立てをした本人が自らの行動を反省すれば糞スレの成立じゃ。

>>570
省略された注釈が面白いのう。
センスが感じられるわ。

>>571
そろそろ潮時かのう。

>>572
私は
明治:伊藤公
大正:原敬
昭和:斎藤実
じゃ。
伊藤公の実績は言うまでもなく、原敬の手腕も疑問の余地はないと思う。
昭和が何故斎藤なのかと言えば、5・15で完全に崩壊した政党政治から挙国一致へ向かう中、斎藤は軍国化を最小限に食い止めてくれたからじゃ。
斎藤は私の考えをよく理解してくれた。
2・26で倒れたのは日本の大きな損失じゃな。
また、私も浜口を評価しているぞよ。

574 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 01:37:48
園公、潮時といわれるなら、斉藤を次の元老を指名してください。
朝鮮だけではなく、内地においても「文明の政治」は必要でしたから

575 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 09:55:11
「閣下、文明の政治をお願いします」は、朝鮮へ向かう斉藤氏に閣下が言った言葉でしたっけ。

2.26が老公の勢力に与えた影響は、本当に大きいですね。

576 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/10(金) 10:49:59
>>574
このスレを最初から読み直し、私が元老を指名しなかった理由を考えてみたまえ。

>>575
そうじゃな。
2・26もそうだったが、何よりも5・15のショックが大きかった。
2・26は、残された僅かな希望を完膚なまでに打ち砕かれたと解釈すべきであろう。


577 :久世光彦:2005/06/10(金) 11:24:52
ご老公が潮時などと仰られては困ります。
ご老公が亡くなられた瞬間、最期の精神的歯止めがなくなり戦争が
はじまったのかと。

昭和の歴史は16年12月8日までが本当で、あとは偽史です。

578 :昭和16年12月9日〜昭和64年1月7日:2005/06/10(金) 14:24:08
偽史


579 :昭和の真史:2005/06/10(金) 14:27:24
山東出兵
五・一五
満州事変
二・二六
日中戦争

ろくなことがナカッタ

580 :久世光彦:2005/06/10(金) 14:37:57
幸せな昭和、民主主義の昭和、青い空の下の昭和など嘘です。
昭和には暗雲立ち込める不幸の二文字が似合います。
生物学者としてにこにこ何も申さぬ陛下より、
やはり戦争の予感に怯えながらも、大元帥服に身を包んで、是清や木戸や近衛とともに
あれこれ思い悩む陛下こそ本物だと思います。

581 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 20:19:29
もうそろそろ息切れのようですな。
同じネタがループし始めたし、西園寺や当時の政治とは全く関係のないことまで
論評しろと言われても疲れるだけだわな。

582 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 21:33:43
西園寺公爵、去年明治村へ行った時に閣下の別荘・坐漁荘でガイドを
してもらったんですが、閣下はどの部屋で亡くなったのかと質問したら
分からないと言われました。どの部屋だったんでしょうか?
それと、二階の廊下が鴬張りになってましたが、実際に忍び込んだ賊は
いたんでしょうか? 晩年は二階へ上がるのが辛いから一階で寝起きした
そうですが、何歳ごろから二階へ上がれなくなったんでしょうか?
料理はいつもすぐ近くにあった料亭から運ばせていたそうですが、
どうして料理人を雇って家で作らせなかったんですか?

583 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 00:40:34
ソルボンヌ大学は本当にちゃんと卒業したの?

584 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 02:18:13
弟の威麿さんを養子離縁したのはなぜですか?
八郎さんを婿に取りたかったからですか?


585 :園公語録:2005/06/11(土) 03:21:52
>>573
老公は米寿をお祝いになられた際に
「今にして思へば、木戸、大久保、伊藤、或いは加藤高明、
やゝ落ちるが、原敬など、いづれもひとかどの人物だつた・・・」
と回想されておられますが、加藤>原としたその折りの心情は
どのような所にございましたか。

小生などは、やはり原の政治力はお認めでも
少し才に走るというか、性格的な面で、ご老公とは
合いづらいところがあったのでは、、、などと憶測仕るのですが。

586 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 17:48:47
>>585

木戸→木戸幸一

587 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 23:58:07
木戸孝允のほうじゃないの?幸一日記にも西園寺が孝允をヨイショする話がでてくる。

588 :日本@名無史さん:2005/06/12(日) 08:28:30
今の時代に、西園寺公のような高邁な人物がおられますれば、
小泉のような、幼稚で大局が見えない政治家を総理にするようなことは
なかったものを……
結局、『橋本派憎し』で小泉を押し上げたようなものでしたからな……

戦前のように『天皇が、輔弼する人物の意見を参考に総理を指名する』制度の方が
今の制度よりは機能したということなのかも知れませぬ。
何故なら、昔の制度なら、天皇が総理を解任することが出来たからです。
今上陛下も小泉のかたくなな政治的姿勢を心ならずも危惧されておられるでしょうが、
今の制度だと如何ともしがたいですからなあ……
ご老公、如何お思いでしょうか?

589 :日本@名無史さん:2005/06/12(日) 08:34:27
>>585
やっぱり元老の後継者をつくっておくべくだったのではありませんか。
老公が期待された政党政治はその後ずるずると自壊していったわけで、
その守護者としても、またより大きく十五年戦争の歯止めとしても、
いまだに解決していない昭和天皇の戦争責任問題の回避のためにも、
元老の権限は大いに役に立ったと思うのですが。
もしかして老公も薨去のまぎわには後悔しておられたのでは・・・

590 :日本@名無史さん:2005/06/12(日) 09:31:33
老公は鷹司政通の直系の孫ですな。

591 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/12(日) 21:49:21
>>577
私もそろそろ疲れたのだよ。
元老をやっていた頃も、最後は元老でいるのが苦痛で仕方がなかった。
自分勝手な、と非難されても仕方がないとは思うがのう。
偽史と言ってしまうのはさすがに言い過ぎではないか?

>>578
終わりを指定しないとそういうことになってしまうのう。

>>579
ふむ、政党の腐敗も進行していたからのう。

>>580
陛下には陛下のスタンスがあったのじゃ。
明治や大正とも違う、昭和という時代における君主としてのスタンスじゃな。
それにしても私が死んでからはまさか私が予感していた最悪の結果が訪れようとは夢にも思わなかったのう…。

>>581
うむ、私も決して万能ではないからな。

592 :日本@名無史さん:2005/06/12(日) 22:00:00
ではそろそろ、「ニコポン桂太郎に何を聞くね〜ん」でせうか?

593 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 09:58:04
「運命の悲劇的政治家・近衛文麿ですが何か質問ある?」

594 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 10:14:47

日本人が選ぶ「戦犯」ベスト10第1位

595 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 11:20:18
近衛スレでは「近衛は首相なんてやりたくなかったのに西園寺が無理矢理引っ張り出した、
悪いのは西園寺」みたいな意見がチラホラ。

596 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 20:40:47
近衛は、他の摂家当主のように
ヒラの終身貴族院議員として、
趣味で哲学・文学でもやって
京都に居を移して哲学の道でも
毎日散歩して質素に暮らしてた
方がよかったのでは?

597 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 21:00:51
『西園寺公と政局』に、「おまえはゴチャゴチャ政治批評してるけど、実際やるのと
外から口出すのは全然違うんだぞ」みたいなかんじで近衛が説教される話なかったっけ?

598 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/14(火) 00:50:20
>>582
もう少し落ち着いて質問してくれたまえ。

>>583
どこにも「卒業した」とは書いておらんぞ。

>>584
さすがにそこまで野暮な理由ではないぞよ。

>>585-587
木戸は孝允じゃ。
並べた順序を見れば分かるのではないかのう。
だが幸一も有能な政治家であった。
ついでに>>585の問いに答えておくと、私はどうも原のガツガツしたところが苦手で、加藤は護憲三派内閣の時と、それが単独政権になってからという二つの局面を巧く切り抜けた手腕を評価したのだよ。

599 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 01:15:22
>>598
http://www1.kinjo-u.ac.jp/~nakata/Nakata/Data/Tsusin/Saionji/Saionji.htm
>ソルボンヌ大学を卒業。正規の学士号を受けた日本人は、彼が初めてだそうだ

600 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 06:51:35
折角リンクされたので、リンク先のネタより、風呂場に避難用の出入り口
で公としてはこれで落ち着いて湯殿に入れたのでしょうか(w

それと、中江兆民の「三酔人経倫問答」をどのようにお考えでしょうか?
お読みになっていなければ「すまん」で結構です。

601 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/14(火) 12:59:19
>>588
隣国との関係を悪化させたという罪は重いな。
自らの信念で行動することも大切だが、それが国益を損なうようではいかん。

明治憲法下での首相奏薦は、奏薦する者や陛下の権限が巨大化しすぎるからやはり好ましくはないと思う。
いくら首相を辞めさせる制度がないとは言え、国民の支持がなければ内閣は倒れる。
憂うべくは、そういった首相に見切りをつけず支持を続ける国民の愚かさじゃ。

>>589
元老は再生産しても同じことじゃ。
内大臣が「元老」という名前となるだけの話、本質的な違いはない。
要するに明治憲法体制では個人の資質に依存するところが大きかったのじゃよ。
システム上の欠陥、まぁ欠陥とまでは言わなくても限界ということじゃな。

>>590
そうじゃ。
改めて見ると公家の家系図はややこしいのう。

>>592
それも面白そうじゃな。
この板に桂殿がいるとは思えぬが。

>>593
もう少し威厳のあるスレタイにすべきじゃな。

>>594
もし東京裁判まで生きていたとしたら、私と近衛の戦争責任は免れなかったであろうな。

602 :京都の部落民:2005/06/14(火) 13:55:48
旭 商 事 の 肛 門 は す ご く き れ い で す ★ 


旭 商 事 の 肛 門 は す ご く き れ い で す ★ 


旭 商 事 の 肛 門 は す ご く き れ い で す ★ 


旭 商 事 の 肛 門 は す ご く き れ い で す ★ 


旭 商 事 の 肛 門 は す ご く き れ い で す ★ 


旭 商 事 の 肛 門 は す ご く き れ い で す ★ 


旭 商 事 の 肛 門 は す ご く き れ い で す ★ 



603 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 20:29:18
西園寺研究はよくよく行われておりますが、日露戦争を戦い抜き、幸徳秋水らも
誅した、まさに英雄・桂太郎についての研究は、あまり聞かないのですが、なぜでしょうか?

604 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 01:21:24
当時財界最大の実力者渋沢栄一氏についてどう思われますか?
何かエピソードがございましたら教えてください。

605 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 02:20:44
>>603
桂小五郎の親戚ではないんだよね?

606 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 02:55:34
桂太郎 おまいの頭は カツラだろう

607 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/15(水) 22:55:39
>>595
それは事実じゃ。引っ張り出したという側面は否定しない。
しかしじゃ、近衛も総理となってからは意外とやる気を出して行動しておったのじゃ。
奏薦した責任はあるものの、全てを私に押し付けるのも筋違いではないかと思う。

>>596
そうであったら日本の未来は変わっていたであろうな。

>>597
忘れてしまったのう。
しかし近衛への説教は何度もあったな。

>>598
よくこんなものを見つけたな。感心するぞよ。

>>600
古くは源義朝も浴室で暗殺されておるからのう。

その本は読んでいないのじゃ。申し訳ない。
内容は少しだけ聞いたことがあるがのう。
帝国主義が広がる中でどのようなスタンスを取るべきか考えさせる本ではなかったか?
私は自由主義者である一方でアジア侵略を肯定していたからやや特殊な立場じゃな。

>>602
何か悪いものでも食べたのかのう。

608 :日本@名無史さん:2005/06/16(木) 12:42:16
ご老公に中国産寄生虫入りカンパチを献上いたします。
ぜひ刺身でご賞味くださいませ。

    ↓↓↓↓

http://jf-kanoya.omega.ne.jp/kanpachi/image/l_kanpachi02.jpg

609 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 00:47:30
西園寺家はまだ続いておられるのですか?

610 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 03:24:43
宮内庁勤めでしょ。

611 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 09:40:19
>>609
西園寺公友でクグッてみる!!

612 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/18(土) 10:56:34
>>603
表舞台に立った時期が短かったせいなのかのう。
陛下や山県公に気に入られて出世したようなものだからな。

>>604
実業家であそこまで後世に名を残すのは大したものよのう。
エピソードと言われても思い浮かばないが、常に世の中の動きに気を配るような人間であった。

>>605
そういうわけではないと思うがのう。

>>606
なかなか上手いのう。

>>608
寄生虫などと言うからグロ画像かと思ったわい。
普通に考えて寄生虫なんて目に見えるものではないがのう。

613 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 11:23:17
園公のお力で「原田日記」の普及版出版してください。
何分家が狭いもので小さな版型の方が好都合なので。



614 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 18:03:06
>>607
ヴィクトリア時代の英国首相グラッドストンも
自由主義者で知られていますが、結局エジプト・スーダン反乱で
帝国主義化せざるを得なかったのですから特殊ではないのでは。
もし西園寺公をグラッドストンに例えるなら、
ディズレーリは・・・・桂太郎でしょうか?

615 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 18:49:18
>>607
平成の小兵力士若乃花も
名横綱で知られていますが、結局若貴決戦で
八百長を演じざるを得なかったのですから特殊ではないのでは。
もし元若乃花・花田勝氏を桂太郎に例えるなら、
西園寺公望は・・・・貴乃花親方でしょうか?

616 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 19:18:36
興津公と同時代に生きた人物で、今の時代に必要だとする人物を3人挙げて
頂けませんか?
できれば簡単な理由も。

617 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 19:50:46
>>616
鈴木哲七…青森県の農夫
分部又造…滋賀県の人力車夫
小川嘉平…鹿児島県の漁民

618 :西園寺金持:2005/06/18(土) 22:05:01
>>617

確かに必要には違いないが、慮外者じゃの。
ふぉっふぉっ




619 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 11:25:19
国語辞書との一致 (1件中1〜1件)

別の辞書で再検索 : 大辞泉 | 大辞林




りょがい‐もの 【慮外者】
無礼者。ぶしつけもの。



620 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 14:28:42
>>616
細井すゑ…長野県の製糸女工
信田トメ…大阪府の紡績女工
中村ひさ…東京府の女中

621 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 19:01:11
昭和大帝は、張作霖爆殺事件で、
陸軍を処分できなかった田中義一首相に
『君はもう総理を辞めたまえ! 君の顔などもう見たくない』
と激怒されますた。
その後、田中首相は即日総理辞任、それからわずか1年たたずに死去されますた。
このことを耳にされたとき、ご老公はどう思われますたか?

622 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 17:31:10
岩井忠熊さんは老公をべた褒めしていますね

623 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 22:52:04
もし昭和初期まで伊藤博文や山県有朋が生きていればアメリカとは戦ってはいなかっただろう。

624 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/20(月) 23:56:36
>>609
うむ。

>>610-611
そういうことじゃな。

>>613
需要があれば出版されることもあろう。
何しろ私の研究など社会から見れば小さなものだからのう。

>>614
今で考えれば特殊というだけで、当時はそれが当然であったのだがな。
面白い比喩じゃ。
とは言え、歴史上の人物を他の人物に当て嵌めることは歴史家のやることではないな。

>>615
上手く作ったのう。

625 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 00:12:58
昨今赤旗事件の大杉栄の評価がとみに増しているように思われるのですが、
いかがお考えでしょうか?

626 ::2005/06/21(火) 13:46:52




627 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/23(木) 15:39:13
ふむ、そうなると先に出た回答と重なるかもしれぬが伊藤博文・平田東助・斎藤実かのう。
現代の日本には大局を見ることのできる政治家があまりにも少ない。
首相に至っては国益の本質を見誤っているほどじゃ。
もう一度日本を軌道修正できる人材が必要じゃな。

>>617-620
ネタかのう。

>>621
何しろ陛下は神だからのう…田中が急死する気持ちも分かる。
どうしてもウマが合わないようであったしな。
だが仮にも国家を代表する者が君主に嫌われて政治生命どころか自らの命すら落としてしまったのは気の毒としか言えないのう。

>>622
過大評価している気もするがのう。

>>623
そうかもしれぬ。
少なくとも勝てない戦争をするような方ではなかったな。
軍部に押されて政治家が言いなりになるなど、あの頃は誰が予想したであろうか。

628 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/23(木) 15:40:06
申し訳ない、レスアンカーが抜けたな。
言うまでもないと思うが一番上は>>616宛てじゃ。

629 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 17:00:06
大学のレポートで伊藤博文について書くことになったのですが、公から見た伊藤博文はどのような人物ですか?

630 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 17:16:35
老公は、いつも腰だめ状態でレスするのはなぜでしょうか?


631 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 23:06:00
あの、いとこが清○谷なんですけど、西園寺公との交流とかについては
イマイチよく分かりません。正親町さんや室町(四辻)さんもそうなん
ですが、西園寺家の支流であっても、羽林の家格の家とはあまり交際
はなかったのですか? 
あと、閑院流の嫡流の三條家との関係はどうでしたか?五摂家に対する
のと同程度の敬意を払われたのでしょうか?

632 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 15:45:28
>>631
さ、妄想はやめて部落に帰るんだ

633 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 21:31:10
>>632
ボダでつか?

634 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/06/28(火) 11:03:20
>>625
危険じゃのう。
所謂「アカ」の分子は何をしだすか分からぬ恐さがある。

>>626
何かの入力ミスかのう。

>>629
おぉ、それは大変じゃな。
伊藤公は時代の一歩先を行く人物であったと私は感じていた。
公の経歴を見てもそれは明らかであろう。
レポートを書くのであれば明治新政府での活動を丹念に調べてみると良いぞよ。

>>630
訪問者が多くて忙しいのだよ。

>>631
何しろ数が多いからのう、いちいち交流を持つのも大変だということじゃ。
三条家は我々よりも家格が上であるから敬意は払っておったぞよ。
五摂家に近いものがあったのう。

>>632
そう煽るでない。

>>633
まぁまぁ。

635 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 13:53:10
西園寺さんから見た、ベルサイユ会議の評価を教えて下さい。

636 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 19:34:23
西園寺さんから見た、中国のWTO加盟の評価を教えて下さい。


637 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 19:42:35
西園寺さん!好きな人はいますか!

638 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 20:59:27
西園寺さん!嫌いな食べ物はありますか!


639 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:47:36
お忙しいですか?

640 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:06:48
お暇ですか?


641 :西園寺公経:2005/07/04(月) 19:23:00
何としても名を残し、家格を摂家の上にするのじゃ!

642 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 20:47:03
牧野いじめって本当ですか?
お父さんは偉かったと大久保利通を褒めまくり、息子の機転の利かなさを攻める。
京都弁でえんえんやったそうですが?

643 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 21:01:26
軍部相手のチキンレースでは牧野さんのほうががんばってましたな。

644 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/06(水) 21:03:14
どうも変な質問が増えてきたのう。
答える意味のなさそうな愚問はスルーするぞよ。

>>635
世界が帝国主義路線を反省したという意味で意義は大きいと思うのう。
結果的に世界から目立った衝突が消えるのは1945年まで待たねばならぬが、列強が少しでも足並みを揃えようとしたというだけでも価値はある。

>>636
所謂「アカ」からの脱却が少しずつでも進められるのはとてもよいことじゃ。

>>641
恐れながら家格を摂家よりも上げることは困難であると存じますが、西園寺家一同、存続はできるだけさせたいと思っておりまする。

>>642
自覚はないのだがのう。
どうも牧野は油断のならぬところがあって、それを指摘することは多かったかもしれぬがな。
親が偉大だと大変じゃ。

>>643
うむ、あの態度で私は牧野を後継者にはできないと判断したのじゃ。

645 :日本@名無史さん :2005/07/07(木) 14:38:37
ご老公の西園寺内閣の国民からの人気度は
どうでしたか?

646 :近衛文麿:2005/07/07(木) 14:42:43
愚問で悪かったな糞ジジイ

647 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 16:00:06
つまり、牧野・木戸・近衛ら宮中グループってのは糞揃いだったってことでしょうか?
まっとうな人間はいなかったのでしょうか?

648 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 18:26:08
宮中グループっていうけど、これほどまとまりがなくて仲が悪い集団もないよ。
例のキモキモグループの造語なんだけどなw
西園寺公もその糞揃いの中にしっかりグルーピングされてラベリングされている
わけですが、なにか御感想を。

649 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 21:22:25
ご老公はフランスの大政治家クレマンソー公と大親友であられたそうですが、
クレマンソー公から受けた影響というのは、
ご老公にとってどんなものであられたのでしょうか?

650 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 21:50:49
宮中グループなんて、別に括弧とした政治的信条で集まってたわけでもないしねぇ。
筆頭が園公であるにも関わらず、園公が毛嫌いした平沼騏一郎まで入ってるわけで、グループとして扱うこと自体間違ってる気がするよ。

651 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 22:04:29
ご老公はソ連邦の英雄レーニン同志と革命仲間であられたそうですが、
レーニン同志から受けた左派的影響というのは、
ご老公にとってどんなものであられたのでしょうか?

652 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 23:36:54
ついでにお孫さんの公一さんがゾルゲ事件に連座したり、
共産党に入党して中国へ行ったことは、
どうご覧になっておられるのでしょうか?

653 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 14:30:32
田中メモランダムって本当にあったんですか?

654 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 15:50:01
ついでにお孫さんの公一さんとひ孫さんの一晃さんが
中国共産党の手先として日本の国益を大きく損なった
ことについては、ご老公は国民に対してどのように
弁解なさるおつもりでしょうか?

655 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 23:25:12
キャプラーをクビにしたってホント?

656 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/10(日) 18:52:36
>>645
自分では何とも言えぬが、少なくとも軍部からは睨まれてしまったからのう。
私のせいで軍部大臣現役武官法によって内閣が倒れるという前例ができてしまったことは大変申し訳なく思う。

>>646
氏ねばよいと思うぞよ。

>>647
宮中グループが小物ばかりであったということじゃな。
大局を見通せる人物がいなかった。
しかし当時の政局では軍部の圧力もあったし、仕方ない面もあろうな。

>>648
私自身が宮中グループの筆頭なのだからどうしようもないのう。
牧野や木戸ならまだしも、近衛や平沼と一緒にされてはたまらぬ。
もう少し正確なグループ分けをすべきじゃな。

>>649
意志の強さかのう。
ある意味では頑固さとも言えるな。
政治家には必要な要素だと思う。
クレマンソーは私にないものを備えていたな。

>>650
便宜上のグループだからのう。
政界とも軍部とも異なる位置づけの集団を表したかったのであろう。

657 :斎藤實:2005/07/10(日) 18:56:11
ご老公、なぜに私を総理に奏請して下さったのですか?
私よりも池田成彬氏とか適任者が多かったと思いますが……

658 :近衛文麿:2005/07/10(日) 20:46:50
糞ジジイこそしねよ

659 :最前線で死んだ兵士たち:2005/07/10(日) 21:42:21
>>658
とりあえず死んだオマエが言う事か。
お互いにあの世という事で地獄巡りを俺たちと楽しもうぜ(w

660 :近衛文麿:2005/07/10(日) 22:43:52
>>659
麻呂の墓は京都・大徳寺の近衛家廟所にあるぞよ。
遺骨の回収もされてないその方らとは身分も格式も違うぞw

661 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 03:41:07
>>644
なるほど。ヴェルサイユ会議は昔から低い評価を受けてきましたが最近ではWWT直後の
問題の大きさと量からして全てを裁ききった連合国の裁量も評価されていますね。
しかしながら彼等は東欧とドイツで大きな失敗を生んでしまいました
東欧ではそれが為に現在まで紛争が続いているのです。
元々、敗戦国のオーストリア=ハンガリー帝国は多くのスラブ諸民族やラテン民族、
ハンガリー人、そして支配階級のドイツ人からなる多民族国家でした。
しかし、WWTの終盤でチェコ人の民兵が墺からの独立を宣言しました。
それを当時の連合国は黙認してしまった為、玉突き式に様々な民族が次々と
独立を宣言、オーストリアはぼろぼろになり崩壊へと向かったのです。
ところがそのことで東欧を取り巻くパワーバランスを大きく変えました。
この地域は東にロシア、西にドイツという、強国に囲まれた地域であり
それまでオーストリアが君臨していたことで東西の影響を受けずに済んだのですが
既に小国が分立した状態では墺ほどの力を出せるはずもなく・・・この空白地域に
ヒトラーが進出し、戦後はソ連が進出し、冷戦後もボスニアで紛争が起こった・・・
もし連合国がオーストリアの領土を残していれば、悲惨な歴史は
辿らなかったのではなかったのではないでしょうか。

662 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 06:41:41
成る程、>>660の一族から責任を逃避して政権を放棄した細川首相が
出てくる訳だ(w

663 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/13(水) 20:17:26
>>651
革命仲間じゃと?
私は革命など起こしたことはないのだが…。

>>652
あまり好ましくは思わんのう。
特に私との関係を疑われると厄介である。
どうしてああなってしまったのか…。

>>653
田中と陛下との関係から考えても不自然だとは思わぬかね?

>>654
本当に申し訳なく思う。
親族が私の考えを理解してくれなかったのだからな。
だが私を責めても仕方があるまい?
彼らはそういう運命だったのじゃ。

>>655
どうしてそうなるのじゃ?

664 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 22:49:49
小僧、元気でやっておるか?

665 :九条公爵:2005/07/13(水) 22:51:48
君の家の諸大夫たちは御一新の後はどうしているかね?

666 :日本@名無史さん:2005/07/14(木) 00:29:38
>>664 は岩倉具視公ではありますまいか ?

667 :日本@名無史さん:2005/07/14(木) 01:00:55
今日7月14日はフランスの革命記念日であります。
ご老公と因縁浅からぬフランスの祝日なのですが……
ところで、ご老公、今の日本の祝日についてどう思われましょう?
ご老公がご健在のときは、
元始祭、新年宴会、孝明天皇祭、紀元節、神武天皇祭、神嘗祭、明治節、天長節、新嘗祭
が日本の祝祭日であったそうです。

今の日本の祝祭日とか、ハッピーマンデーとか、やたら休日ばかり増えた現状は
どうごらんでありましょうか? ぜひ、ご老公のお考えを賜りますれば幸甚であります。

668 :日本@名無史さん:2005/07/14(木) 16:22:20
イースター、諸聖徒日、クリスマス、メーデー等を祝日にすべきでは?

669 :日本@名無史さん:2005/07/14(木) 16:31:28
西園寺さんは「きんもちいいかーー」などと子供の頃からかわれた事があるでしょ?

670 :日本@名無史さん:2005/07/14(木) 19:20:46
なぜ伊藤公らは元老について憲法に明記
しなかったんですか?


671 :日本@名無史さん:2005/07/14(木) 20:49:37
その時は「現役」だったから。
「令外の官」だから。

672 :九条公爵:2005/07/15(金) 21:01:33
西園寺さん、摂家の私に対して無視かね。君も堂上の出ならば、礼節をもって、きちんと質問に答えるべきだと思うがね。

673 :日本@名無史さん:2005/07/15(金) 22:13:35
九条は短気でいかんな。このスレを楽しむ秘訣は「老公のご返事を気長に待つこと」だよ。


674 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/15(金) 22:37:21
>>657
岡田を後継首相と決めた際に話した通り。
私は斎藤さんを「動かない人」だと思ったから選んだのだよ。

>>658
私が死んだことで日本がどのような末路を辿ったか考えての発言であろうな?

>>659
本当に申し訳ない…我々政治家がしっかりしないからあのような惨劇を招いてしまったのじゃ。
国民は悪くない。悪いのは国をそのように動かした指導者じゃ…。
今となってはそれを止められなかった私にも責任があると思っている。

>>660
死後はともかく、随分と情けない死に様だったものよのう。

>>661
結局は近衛の言う「英米本意の〜」ということであるからのう。
あれを大々的に発表されてしまっては日本の国益に多大な損害をもたらすと直感したから必死で怒鳴り付けたものだが、あの会議というのは少なからずそのような側面を持っていたと思う。
本音を言うだけが正しいわけではないし、難しいものじゃ。

>>662
やはり似るものかのう。

>>664
はっ!この通り質問が途絶えることもなく、ここまでやっておられるのも偉大な先駆者のおかげであります。

>>665
様々な者が居ります。
平民に身を落とす者、何とか地位にしがみつこうとする者…いずれにしても御一新は公家世界に大きな影響を及ぼしましたな。

>>666
そうかもしれぬ。まさかこんなところでお会いするとは。

675 :日本@名無史さん:2005/07/15(金) 22:56:57
>>674
>死後はともかく、随分と情けない死に様だったものよのう。
>やはり似るものかのう。

老公は戦前は近衛に対していろいろ遠慮していたようだけど、今となっちゃ手厳しいな

676 :近衛篤麿:2005/07/15(金) 23:31:31
わしが長生きし関白になっていたら
頭山達を引き連れてアメリカなんぞ捻り潰してやったわい。
それにしても息子文麿がわしと思想のだいぶ異なる
西園寺の下で政治家として出発したのは良くなかったのう。

677 :日本@名無史さん:2005/07/15(金) 23:48:25
>>676
>それにしても息子文麿がわしと思想のだいぶ異なる 西園寺の下で政治家として出発したのは良くなかったのう


それよりもあんたの思想を受け継いだことが問題じゃなかったんだろうか

678 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 00:39:29
老公は、:http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1092736709/
で話題になっております、歴史研究者としての徳仁親王について、いかがお考えでありましょうか


679 :大正天皇:2005/07/16(土) 19:32:06
西園寺や、朕はやはり帝王の器ではなかったと今になってしみじみ思うのだが、
そちはどう思うておった?なに、遠慮することはない。お互いもう墓の中じゃからの。
率直な意見を聞きたいぞ。

680 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:34:15
>>679
陛下は昭和天皇のことをどのようにお思いですか?

681 :大正天皇:2005/07/16(土) 19:41:34
>>680
息子には申し訳ないことをした。朕が健康であったなら
あと20年は治めていたからの。
あの戦争の責任を未だに問われ続けているのだろう?
本来なら朕の背負うものだった・・・。
本当にワシのせいで苦労をかけた。すまん。

682 :明治天皇:2005/07/16(土) 19:54:42
>>681
息子には申し訳ないことをした。朕が健康であったなら
あと20年は治めていたからの。
病気の天皇として未だにバカにされ続けているのだろう?
本来なら皇位は息子を飛ばして朕から孫の裕仁に直接受け継がれるものだった・・・。
そなたを天皇にしてしまったせいで苦労をかけた。すまん。

683 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 20:11:01
ここで昭和天皇が一言
   ↓

684 :大正天皇:2005/07/16(土) 20:13:33
>>682
父上の名も汚しかねなかった不肖の息子をお許しください・・・
しかし、朕は周りに迷惑ばかりかけているのう。
・・・ふぅ。

685 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 20:34:50
     ;:;:;.
     ;:;:;              ,、-ー-、              ど
     ;:;:            ,r'"´ ̄`ヾ、             明  う
     ;:;:.            リ ,,, ニ ,,,_ ヾト、            る  だ
     :;:;:;.             ,ハ ^7 ,^   !.:.\          く
     ;:;:;:           /.:.:.V,r''''''ゞyイ.:.:.:.:..ヽ       な
     ;:;:.         ノ.:!:.:.:.:`ゞ-<7.:〉.:.:.:i.:.:}   ら   つ
     从 __  _,,,/.:.:/:.:.:.:.:.:| }-{/i.:/.:.:.:.:|.:/     う   た 
      从从百円}と_」.:/!.:.:.:.:.:.:.!  ̄ リ.:.:.:.:.:り     ?
         ̄ ̄    ̄  |.:.:.:.:.:./_ :__ヽ.:.:.:.:\   
                \/.:.::..:.:.:.:.:.:..:\:.::./  
                /.:.:.:.:.:.:.「^Y.:.:.:.:.:.:|´
                 {.:.:.:.:.:.:.:.| ,!.:.:.:.:.:.:|
                  \.:.:.:.:.:.V.:.:.:.:.:.:.:|
                  \.:.:.::|.:.:.:.:.:.:.:!
                    > 'ゝ─‐イ、  
                    `ー' ``''ー‐'

686 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 01:17:34
ご老公はお亡くなりになられますたか……

687 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 06:50:55
>>686
東京は旧盆だから西園寺家でマターリとしていると思われ。

所で大正天皇が病弱なのは当時の宮廷が医療知識ゼロだった
からという説があって、その反省から昭和天皇には違う対応
が取られたそうで。
それは兎も角、西園寺公は摂政殿下(昭和天皇)の英国留学
で一部の保守系公家が猛反対された状況をどうお考えでしょうか?

また、この留学で摂政殿下は“立憲君主制”を意識されたと
言われていますが、日本の天皇は意識するしないにも関わらず
権力に対して一定の距離を置いていたようですが、これをどう
考えますか?

688 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/20(水) 02:03:44
>>667
私の場合は革命もそうだがパリ・コンミューンが印象深いのう。
あの頃は野蛮な暴動としか見えなかったが、今となればあれも共産主義の可能性と限界を象徴する事件として歴史的価値は高い。
それを自分の肌で感じられた経験は貴重かもしれぬ。
さて、休日の話であったな。
昔から日本人は働きすぎるということで休日は増加の一途を辿っておるが、日本の国力が国民の勤勉さによって支えられていたことは忘れてはならぬ。
資源にも差があるのだから、西欧諸国と同じことをしていては衰退する一方なのだよ。
そういう意味では休日が増えすぎるのはあまり好ましくないと言えるかもしれぬ。
しかしながら休日によって活性化された脳が新たなアイディアを生み出す可能性は捨て切れないであろう。
そろそろ日本の産業に行き詰まりが見えてきたところでもあるし、この辺で国民の生活を落ち着かせるのも悪いことではあるまい。

>>668
イースターと言われても日本ではあまり馴染みがなかろう。
メーデーのほうがピンと来るかもしれぬ。フフフ。

>>669
想像に任せるぞよ。
全てを回答してしまうのもあまり面白くはあるまい。


689 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/20(水) 02:04:39
>>670
長期的に残すものではないということを本人たちも分かっていたのであろう。
元老というのは政党政治が定着するまでの緩衝材とでも言うべき存在じゃ。
それ故、憲法で明記してしまうとその特殊性が消滅してしまう。
デモクラシーの下で存続してはいけないものなのだ。

>>671
それが一番分かりやすい喩えかもしれんな。

>>672
申し訳御座いませぬ、この質問は上から順番に回答をすることになっておる故、九条公には大変恐縮ながら御待たせしてしまった次第で御座います。

>>673
ここも坐魚荘化しておるからのう。
死んでものんびりできないとは世も末じゃ。

>>675
ふむ、生前も本人のいないところでは文句を言っていたからのう。

690 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 02:07:58
ええっと、トイレ行きたいですが・・

691 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 12:29:10
樺山や寺内の息子など馬鹿丸出しでございましたでしょ?


692 :寺内寿一:2005/07/20(水) 16:51:30
>>691
無礼者!
自分は父上と同じ元帥まで上り詰めたのだぞ!
腹を切れ!


693 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 17:37:41
>腹を切れ!

おまえモナーw

694 :近衛文麿:2005/07/20(水) 17:53:57
今の政党はなってませんよ。若い軍人が怒るのも無理はない。
今の日本を救うには議会を叩きつけなければいけないが、
議会政治の守り本尊は西園寺公です。これが牙城ですよ。
1935年秋
西園寺公ももう歳をとって人に会えばくたびれるし、
世の中の認識もだいぶ違う。
まあ国是の進展の上から言うと、やっぱり邪魔になると思う。
1936年冬

お互い様でしたねジジイ。

695 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/20(水) 18:55:10
>>676
恐れながら近衛は私の考えを受け入れなかったように存じます。
どこでどう間違ってあのような方向へ走ってしまったのかは分かりませぬが、本来であれば政界の指導者的立場にあった自分の責任は重く受け止めるつもりであります。

>>677
どこでどんな影響があるか分からないから難しいものよのう。

>>678
研究者としての評価はもう少し様子を見てからでないと分からぬように思うぞよ。
もっとも今となれば皇太子の公務で忙しいであろうし、論文を書く暇などはないのであろうが。

>>679
陛下は器など気にせずとも良いのです。
何故なら陛下が天皇であったことは事実なのですから。
大正の世が比較的平和であったのも、陛下あってこそのものと我々一同は考えておりまする。

696 :鷹司政通(太閤殿下):2005/07/20(水) 19:14:42
英米協調主義は評価しておるが
桂園時代にもっと政治に対してやる気をだせなかったものかのう

697 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 00:21:58
>>694
で、大政翼賛会に祭り上げられて、
楽しかったの?

698 :近衛文麿:2005/07/21(木) 00:52:38
やはり西園寺公は偉かったと思いますね。
終始一貫、自由主義者であり政党論者だった。
僕は大政翼賛会なんてわけのわからないものを作ったけれど、
やはり政党が良かったんだ。
戦時中

大政翼賛会はわけがわからなくて不愉快でしたね。
ちなみに西園寺公が偉かったという考えはもう改めましたから。

699 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 13:41:53
文中からコロコロ変っているところが公爵らしさなのかな?

700 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:33:25
園公

大日本帝国憲法は分権的だといわれます。政党内閣への移行と共に、
首相及び衆議院への権力集中は考慮されたのでしょうか。

それとも、そのような英国流の首相は現代の「関白」であるとして、
「王政復古」の名の下に戊辰戦争を闘った園公にとって、
「関白」の出現は許せなかったのでしょうか。

701 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 00:29:26
西園寺一晃さんについて一言。
ご老公のひ孫ですね。

702 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 08:15:49
>>701

See >>654

703 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/22(金) 23:12:36
歴代の陛下の会話に割り込むのは恐れ多い。
続きから回答するぞよ。

>>685
よくできたAAじゃ。

>>686
既に死んでおるから気にしなくて良いぞよ。

>>687
西欧諸国の価値観に触れることを恐れたのであろうな。
結果的にその心配は杞憂で終わったのかもしれぬ。
それどころか陛下は近代日本における「天皇」という難しい立場を深く理解していらっしゃった。
当時の世情を考えればよくぞあそこまで立派に君主としての役目を果たされたと思う。
陛下が政治からやや離れた位置におられたのも留学の影響であろう。
絶対的な存在である陛下は権力などに近付く必要すらなかったのだから、臣下に政権を委ねるのはとても巧いシステムであったと思う。
と、ここまで回答して思ったのだが、これは昭和天皇陛下のみならず、歴代の天皇陛下が権力から距離を置いていたという意味だったのかのう?
そうであればまた回答せねばなるまいな。

>>690
坐魚荘の厠で良ければ自由に使ってくれたまえ。
それともお決まりの台詞を私の口から聞きたかったのかのう?
世の中そううまくはいかぬぞ。

704 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 23:20:53
「今日の合言葉はジーンギース・カーン!」


705 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 00:28:37
ご老公の邸宅といえば、静岡市清水区の興津にあった別邸の『坐漁荘』の方ばかりが
有名なんですが、東京の駿河台にあった本邸って、
今、どうなっているのでせうか?

706 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 00:35:06
華族の役目についてどう思いますか?
帝国憲法はイギリスのような貴族の在り方を日本に適用しようとしました。
乃ち、貴族院を開設し、爵位を与え、皇族の結婚相手を彼等から選ぶ・・・
彼等は特権身分ではあったのですけれども、彼等なりの役目がありました。
飛鳥の以前から帝国崩壊までの間、貴族は皇族の結婚相手という
役目を負っていました。
ところが現在、皇族の結婚相手が全て庶民となり
天皇の庶民化が進むかも知れないという危惧が出てきました。
果たしてこのままでいいのでしょうか。
稚拙な文につき、分かりにくいとは思いますがご教授下さい。

707 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 15:56:04
明治大学をどう思いますか?


708 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 17:29:27
田中内閣の件で、昭和天皇を叱りつけたと聞きましたが、
具体的にはどんな言い方をしたんですか?

709 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/24(日) 23:43:20
>>691
子もそうじゃが、親も親じゃな。

>>692-693
腹切り問答とは懐かしいのう。
軍部が思わず足元をすくわれた瞬間であったな。

>>694
その結果は自分自身が一番よく分かっているであろう。

>>696
申し訳御座いませぬ。
私めの力不足でした。
政治とはなかなか思うようにいかぬもの、自分が主導することにはあまり向いていなかったのかもしれませぬ。

>>697
後悔はしておったようじゃのう。

>>698
別に偉くなくとも構わぬのだが、もう少し政治というものに責任を持って欲しかったのう。

>>699
そうかもしれぬ。

710 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 16:53:12
西園寺になりきって満足してんだろうな・・・
キモチ悪いぞお前。

711 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:59:38
>>710
ここは死者に憑依されて質問に答える
スレですが何か?

712 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 10:20:53
金閣寺になりきって満足している俺が来ましたよ

713 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 10:56:33
園公、近代日本の変な顔選手権したら、誰が一番ですか?

犬養毅って上位にランキングされますよね

714 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:14:08
山内豊景侯

715 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/26(火) 17:42:28
>>700
それを理想としていたから、結果としての権力集中もやむなし、という考えであった。
ただしそこまで移行するには衆議院の健全な発達が必要不可欠であったから、そう易々と後継首相奏薦権を委譲するわけにはいかなかったのである。
権力の独走を監視する意味でも、内大臣の存在は必要であった。

>>705
分からんのう。
前のレスでも出たが、私も死後は関知していないからさっぱりじゃ。
もしかしたらどこかにあるのかもしれぬ。

>>706
華族は近代化の進展に伴って消滅する存在であろう。
もしも華族や皇族を保護していればその数は膨れ上がってしまう。
国家の財政状況も鑑みれば、皇室の必要最低限を残すという形で構わぬと思う。
血統が薄れるという観点もあるのかもしれぬが、天皇家はどういう形であれ天皇家であるのだから余計な心配は無用じゃ。

>>707
伝統校として私は注目しておるぞよ。

>>708
それは陛下と私だけの秘密じゃ。
事によっては君主としての威信にも関わるからのう。

716 :近衛文麿:2005/07/26(火) 18:47:23
御老公、
うちの進藤を叙爵させて、男爵にしてあげたいのですが、御力添え頂けませぬか。

717 :小君:2005/07/26(火) 20:09:33
>>716
貴殿が公爵を返上したら検討致します。

718 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 20:10:45
昭和のテンコロって、愚図ですか?



719 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 20:25:34
吉田茂、岸信介、鳩山一郎などという喰えない連中が揃いも揃って自民党として
戦後ものさばったことについては、いかがお考えですか?

720 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 22:47:52
>>705
 
・駿河台本邸は死の直前に、隣の明治大学に譲渡されたような気がします。
・御殿場の便船塚別荘は、現在はジャンボエンチョーというホームセンター
 になっています。当時を偲ぶ遺構ははありませんが、敷地の規模に関しては窺えます。
・興津の坐漁荘。愛知県犬山の明治村に移築されています。また興津には、別に昨年春復元され
 た建築物が建っていますが、風光明媚だった周辺の環境は残念ながら見る影もありません。
・京都の清風荘は京都大学に属し、往事のままです。非公開ですが。

721 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 01:19:47
西園寺様。
天界から日本の政治を見ていてどう思われますか?
ご自分の現役時代の国会議員と、
今の国会議員の質の違いに愕然となされるかと存じますがいかがでしょう?

元老であった西園寺公は貴族院議員でなかったと思いますが、
あえて国会議員についてご質問させていただきますた。

722 :小君:2005/07/27(水) 15:27:29
>>721
いいえ。

25歳以上の公爵(侯爵も)の爵位保持者は自動的に全員が貴族院議員となる。
ただし、議員歳費は支払われない(ボランティア)。


723 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 15:48:47
西園寺先生、小泉純一郎についてどう思いますか?

724 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 22:04:24

宇垣内閣の誕生を、を天皇陛下が抑えた理由はなんでしょうか?

和平を望みつつも東條を信頼し、宇垣を遠ざける…。
獅子に肉の番をさせるようなものでは無いですか?
折角良い番犬が居たというのに。

陛下の痛恨のミスなのでは?


725 :濱崎上総介:2005/07/29(金) 23:49:34
ごっさん、
西園寺の家の臣はみなみなその日暮らしで難渋してごわす。臣は家の宝にて、おおごっさんの代より仕えておる者もいてます。天下国家も大切に御座りますが、臣あってのごっさんや存じます。臣の生活御助け下さりませ。

726 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:10:35
西南戦争で西郷隆盛はどこまで新政府を倒すつもりだったんでしょうか?
確かに発起のきっかけは私学校の生徒が政府の火薬庫などを
勝手に襲撃したことから始まり、西郷は乗り気でなかったように
言われています。しかし、西郷の野心を示唆する一つのエピソードがあります。
発起前から政府側は西郷軍が発起した場合の動きをシミュレートしていました。
そこでは西郷軍は鹿児島付近に固まり、積極的に動かないだろう
という予測が大方の予想でしたが、
実際の西郷軍は宮崎・熊本をほぼ制圧して
九州全土を席巻するような積極性を見せました。
西郷軍には軍艦がないため、大阪・東京に向かうには確保しなければなりません。
また、当時の長崎には12艘の軍艦が係留しておりました。
西郷はその確保、そして九州の制圧を狙って
軍事上の要地、熊本へ進撃したのではないでしょうか?
穿った見方ではありますが・・・西園寺さんはどう思われますか?

727 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/07/31(日) 00:35:09
>>710
なりきるも何も、私の名は西園寺公望だからのう。

>>711
最近は色々な者が来訪しておるのう。

>>712
それだと動けないのではないか?

>>713
私も上位に食い込む自信はあるから他人をどうこう言う資格はないのかもしれぬ。

>>714
突然どうしたのじゃ?

728 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 12:22:20
何とか満洲事変を収拾させようとしていた時期に
陸軍が中国領内に侵攻し事態を泥沼化していったのだが、
陛下が断固中止せよと言ったのを
黙殺したのは他ならぬ西園寺公望と言われてる。

陛下に責任が及ぶのを恐れて云々は理屈としてはわかるが、
ここが日本の命運ギリギリの分かれ道だったと思うが見解をおききしたい。

729 :徳川吉宗:2005/08/02(火) 00:42:38
余が日本の政治を改革しましょうぞ。
どうですか? 西園寺殿。

730 :日本@名無史さん:2005/08/02(火) 06:47:36
ベルサイユ条約に於いて帝政すら認められず、過酷な条約を結ばれて
しまったドイツ共和国(ワイマール体制)についてどうお考えでしょうか?

特にベルサイユ条約の内容について、報復的な記述ばかりで
結果的に休戦条約を結んだ列車をその後の二次大戦で
爆破されてしまった状況をどうお考えでしょうか?

731 :日本@名無史さん:2005/08/04(木) 04:33:35
尾崎行雄についていかがでしょうか?

732 :日本@名無史さん:2005/08/05(金) 11:07:10
熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット
熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット


熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット熱闘ダイエット

733 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/07(日) 13:24:01
>>716
私はあまりそういうのが好きじゃないのでな。

>>717
戦争責任から考えると、そのくらいで丁度いいのかもしれぬ。

>>718
あまりそういうことは言うものではないぞよ。

>>719
「戦後」という新しい時代へ移り変わる時期だったからのう。
戦前を少しでも知っていてなおかつ現代にも対応できる人材、という意味で彼らは都合が良かったのかもしれぬ。
何しろ戦前に政界で中心となって活躍しているようであれば、新しい時代では時代錯誤とも成りかねぬからのう。

>>720
うむ、そうであったか。
よく調べてあるのう。

734 :1:2005/08/07(日) 15:02:27
西園寺さんはダイエットなさらないの?

735 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 22:04:00
電撃大臣東條英機が736get!辻〜んなんぞに負けておれん!
           _,-ー' ̄ ̄ ̄`ー-、
          r'´      |     `ヽ、
        r'´    ___|_ _    ヽ
        l   r' ´__☆_ `ヽ、  l
         ヽ r';´=──── == j- '´
          l `ヽ'´  ̄ ̄ ̄ ̄` --Ll     
          k';_ ` ̄_ ̄ ̄二`─'〜l    
         f^ヽ``l´セユY`k'ヤユヽ`。    
          ヽl  `-、_丿 lヽ__ ノソi   
           l   , .r_、_,hヽ  ノ    
           ヽ  r,yllllllllllllllk) l      
            l  '  ̄`- ' ̄ソノ       
         _ノ´〜\ __ _ /ノl    
     _ ,-ー´  ヽ  ,、`ヽ__,_ ノ ,、kヽ-、_
嶋田繁太6う   俺についてきて正解だぞ。嶋田副官www
新7丈夫     硫黄島行けよさっさとwww
石8ら莞爾    陸軍仕官学校時代、自分の逸物を写生したとか馬鹿かwww
小磯9に昭    担がれて良かったな。飾りだけどwww
前田10し為   前田家の嫡流でも、あれは戦没だからwww
鈴木貞1     お前存在感無さ過ぎwww
ま2前重義    南方で電柱担ぎを一生やってろ二等兵www
重3つ葵     やーい、びっこびっこwww
き4信介     翼賛選挙が初当選かよ。しかも妖怪てwww
東5う茂徳    お前暗号解読されてるじゃねえか、責任取れや

>>737-1000は鬼畜牟田口の所へ転戦なwww

736 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/09(火) 00:02:14
>>721
派閥に拘りすぎて自分の意志というものが弱い政治家が多いという印象じゃな。
何か動きを起こすにしても、パフォーマンス的な意図が露骨に見える。
国を守る・創るといった正義感とは程遠い者ばかりなのであろうな。

>>722
このスレはいつもこのように補足をしてくれる者がいるから非常に助かるぞよ。

>>723
前にも似たような質問があったのう。
自民党をまとめ上げられるだけの力量を持つのは小泉君だけであったと思う。
しかし今回の解散で、その小泉君でさえ党内の意見を統一することはできなかったことが明らかになってしまった。
小泉君に政治的信念があるのは認めるし、それが強みなのではあるが、もう少し他の意見を聞いたり意見を調整したり、といった妥協を図ることも必要であろうな。

737 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 15:21:50
西園寺殿のおかげで、わが町の駅に特急列車が停まりました。
晩年過ごされた興津はどうでしたか?

738 :1:2005/08/10(水) 13:50:29
亀井君に一票(ただし兄の郁夫)。

739 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 16:10:39
平木です。>>1 は変態ドスケベ犯罪者

740 :井上佐渡守:2005/08/10(水) 21:51:42
ごっさん、
先日の濱崎はんの御話どうか、御考え頂かしゃれ。

741 :蘆田讃岐守珍敬:2005/08/11(木) 14:02:57
ごっさん、
いつも國事に御多忙の由、誠に御苦労様に存じ奉りまする。
身共も西園寺さんの御家に父祖代々御世話になりましたる段、御礼申し上げ奉りまする。
ごっさん、身共も濱崎はんや井上はんと同じ気持で御座ります。家司として下の者の事はほっとけんのやす。

742 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 14:05:43
他スレで、以下のカキコに難癖つけるバカがおりますが、叱ってやってください


359 名前:日本@名無史さん [] 投稿日:2005/08/07(日) 14:03:47
天皇は、「閣議で決定した案は意に満ちても満たなくても裁可した。故に立憲君主
であった」といいます。
しかしそれにはからくりがありました。

政府は国会に提出する案を作ると先づ天皇に報告しました。大本営が作戦計画をた
てた場合も同じです。これを内奏といいます。
天皇は内奏の時、細部にわたって質問し、意見をいい、政府も大本営も天皇が納得
するまで案を練り直して、国会や大本営政府連絡会議に提出しました。

従って国会や大本営政府連絡会議で可決された案を天皇が裁可を拒否する筈はなか
ったのです。

天皇は「開戦は閣議の決定」といいますが、開戦は憲法に規定もない、大本営政府
連絡会の天皇が出席した御前会議で決定しているのです。

又、天皇は「戦争を起こした責任は内閣や軍や国民にあり、戦争を終わらせた功績
は自分にある」といい、自分が憲法に定められた政治的、軍事的絶対者であり、陸
海軍大元帥(最高司令官)として軍事作戦に関しては天皇の統帥権によって内閣に
も国会にも干渉を許さなかったことや、天皇が絶対権者ということを意識して行動
していたことは一切覆いかくしています。

743 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/11(木) 17:31:53
>>724
気に食わなかった、ということなのかのう。
宇垣という男は周りからの評価も好き嫌いがはっきりしていたから陛下も幾分か惑わされたところもあったのかもしれぬ。
とは言え宇垣が遠ざけられた遠因は我々政治家にもある。
陛下自身よりもそれを取り巻く重臣に先見の明がなかったということになるのかのう。

>>725
できればそうしたいのも山々ではあるが、私にも色々と事情がある故、できるだけのことはするが全ての要求を満たせるかどうかは分からぬ。
最近はどうしておるのじゃ?

>>726
西南戦争の目的は大規模なデモンストレーションだと考えておる。
だが、一度戦端が開かれてしまった以上は後戻りもできなくなる。
まさか自分で軍を率いていた西郷さんは東京まで武力だけで進撃できるとは考えないだろうから、一旦熊本城を落として政府を脅かして様子を見ようと思ったのではないかのう。
ただし、熊本城を落としたところで西郷さんにその後のビジョンがあったかどうかは疑問を抱くところもあるのう。

>>728
陛下が政治に口を出すことは危険じゃ。
その危険性は、私が常に陛下の発言に対して慎重な態度を取っていたことからも分かるであろう。
他に、政府が不拡大方針を表明していたことで安心していた部分もあったかもしれぬ。
軍部の暴走を抑えようと私は心を砕いてきたつもりであったが、この辺りから抑えが利かなくなってきたのである。

>>729
どのように改革するのか、意見が聞きたいですな。


744 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 21:03:09
西園寺殿は、総理大臣のときに衆議院を解散したことはありましたか?

745 :鈴木ムネオ:2005/08/11(木) 22:13:15
ムネオ新党に入っていただけないでしょうかご老公?

746 :西園寺公望 ◇jnCbCnXui6 :2005/08/13(土) 13:32:54
>>745

うん、いいよ。



747 :山口近江介、藤井但馬介:2005/08/13(土) 20:27:23
ごっさん、
御久久に御座りまする。ごっさんの御活躍は内ら家の臣の誉れにて誠に慶賀至極にごわす。
我等もごっさんに再度御仕え致したく、かくは参じた次第に御座りまする。何卒、我等が忠心を御くみとり遊ばされまする様御願い申し上げまする。

748 :徳大寺公爵:2005/08/13(土) 20:43:50
公望さん、
連日、西園寺の臣が嘆願に来ておじゃるようやな。かわいそうや、この兄からも頼みます。何とかしてあげてたもれ。
そもそも、あなたが西園寺の家に入ってからというもの、清華家の当主にも関わらず、國事や言うて、直衣や狩衣も着せず、浪士風情のいでたちであらしゃったなあ。

749 :徳大寺公爵:2005/08/13(土) 21:00:06
家道の琵琶の道もほとんどせんと、佐渡守や讃岐守に何度諭されたか、覚えていますか。清華家と謂えども、御一新の前は台所はどこの家も火の車や。その道理を説く者にあなたは耳を貸そうとせんかった。徳大寺の家がなんとか面目あるは、みなみな臣の御陰でおじゃりますぞ。
あなたがフランス國へ行きたいと我が儘を申した時、濱崎が尽力した御陰で成就した事を御忘れでは御座るまいな。

750 :徳大寺公爵:2005/08/13(土) 21:13:31
公望さん、今のあなたがあるのは、大日本帝國の宰相として御國の大事に取り組めるのは多くの方々の御支援の御陰におじゃりまするが、世に出して頂いたのは、全て西園寺家を支えてくれた臣の力や。いや、心の力や。
困窮している家の臣全て、身の立つようにしてたもれ。
心有る人間である事をこの兄に示してたもれ。

751 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 00:33:12
西園寺殿
天界で、昭和帝の終戦詔勅を拝聴されたときの心境は如何なものだったのでしょう?
ご老公は恐らく「こちがもっと長く生きておれば……」と思われたものと思います。
それにしても、大東亜戦争で死ななくて良かった有為の人材を失ったことは
痛恨の極みでございましたな……

752 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 23:54:34
昭和天皇退位、明仁皇太子、高松宮も皇位辞退
日本社会主義共和国連邦成立

753 :西園寺公望 ◇jnCbCnXui6:2005/08/18(木) 19:38:29
・駿河台本邸は死の直前に、隣の明治大学に譲渡されたような気がします。
・御殿場の便船塚別荘は、現在はジャンボエンチョーというホームセンター
 になっています。当時を偲ぶ遺構ははありませんが、敷地の規模に関しては窺えます。
・興津の坐漁荘。愛知県犬山の明治村に移築されています。また興津には、別に昨年春復元され
 た建築物が建っていますが、風光明媚だった周辺の環境は残念ながら見る影もありません。
・京都の清風荘は京都大学に属し、往事のままです。非公開ですが。


754 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 04:02:36
西園寺公の霊はどこへいったの?

755 :西園寺公望 ◇jnCbCnXui6:2005/08/20(土) 04:30:08

  なんかよく分かりませんが、ダンゴムシを置いときますね

       _  -──ァ─‐- 、 _
       , イ//, '"´,r''" ̄ -‐─‐ヽ、_
     // // /  /   , ----- \_
    // / / / /  /  , ‐'"    __ \    
   // / / /  /  /  /  , ‐''"      `ヽ
   /!| | / / /  /  /  _/    _ -──‐-ヽ
  '//! |/| /| / /  /  /  _, ‐''"        \
  ノ川' |! レ' |/ |/! /  / , ‐'"             ヽ
   ̄7兀十f‐-L_レ'/  / /                 !
   /ハ!/||///rァ/TT7/            ___   |
    / !// ////i' || /          __r''"     `ヽノ
     ′/ / // || \        厂/______ ┤
         ′ !  ||`ー┬┬-┬イ{厂        /__
                || || L! ヽ乂___,r─' ̄ ̄ヾ、
                `      ||ヽ     ′     `
                      |!


756 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 14:13:44
>>754
法政大学5年生の彼は就職活動に失敗して凹んでおり、
西園寺どころではないよ。

757 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 14:30:22
>>1
m9(^Д^)プギャーーーッ


758 :公爵桂太郎:2005/08/23(火) 18:48:05
この素晴らしきスレも事実上解散の危機が迫っておる。
心有る、元勲、元老は言うに及ばず、政治家諸兄におかれても、このスレを盛り上げて頂きたい。

759 :近衛文麿:2005/08/23(火) 18:50:13
そろそろマロが出ねばいけなくなったようだね。

760 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 19:38:33
>>759
m9(^Д^)プギャーーーッ

761 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 21:25:22
     ;:;:;.
     ;:;:;              ,、-ー-、              ど
     ;:;:            ,r'"´ ̄`ヾ、             明  う
     ;:;:.            リ ,,, ニ ,,,_ ヾト、            る  だ
     :;:;:;.             ,ハ ^7 ,^   !.:.\          く
     ;:;:;:           /.:.:.V,r''''''ゞyイ.:.:.:.:..ヽ       な
     ;:;:.         ノ.:!:.:.:.:`ゞ-<7.:〉.:.:.:i.:.:}   ら   つ
     从 __  _,,,/.:.:/:.:.:.:.:.:| }-{/i.:/.:.:.:.:|.:/     う   た 
      从从百円}と_」.:/!.:.:.:.:.:.:.!  ̄ リ.:.:.:.:.:り     ?
         ̄ ̄    ̄  |.:.:.:.:.:./_ :__ヽ.:.:.:.:\   
                \/.:.::..:.:.:.:.:.:..:\:.::./  
                /.:.:.:.:.:.:.「^Y.:.:.:.:.:.:|´
                 {.:.:.:.:.:.:.:.| ,!.:.:.:.:.:.:|
                  \.:.:.:.:.:.V.:.:.:.:.:.:.:|
                  \.:.:.::|.:.:.:.:.:.:.:!
                    > 'ゝ─‐イ、  
                    `ー' ``''ー‐'

762 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/24(水) 02:27:59
すまぬ、坐魚荘に帰っていた。
京都にも行ったのだが、清風荘は私であっても入れないからのう。

>>730
後先考えずに決めた結果じゃな。
独逸を痛い目に遭わせたい気持ちも解らなくはないが、平和を目指すという理念を忘れてしまったかのような態度はあまり関心できぬ。
ただ、その後の動きをベルサイユ条約での結果だと結論付けるのはやや早急すぎるかもしれないのう。
どういう形であれ、独逸はあのような行動に出たのだと思う。
国家の行動については国民感情も無視できない重要な要素ではあるが、国家とはそれだけで動くものでもなかろう。
必然、だったのであろうな。

>>731
日本近代史上に残る立派な政党政治家であったと思うぞよ。
犬養はどうも目先の利益に振り回されるところがあったが、尾崎は大局に左右されず自分の信念を持っていた。
政治思想が途中で変わってきたのは自然の流れということであろうな。
あまり褒めてばかりいるのも気持ち悪いが、粗探しをすればきりがないからこれ以上は言わないでおくぞよ。

>>732
何か主張したいことでもあったのかのう。

>>734
あまり太ってはいないと思うのだが…。

763 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/24(水) 02:37:37
>>735
そちのせいで日本は大変なことになったのう。

>>737
どこの町じゃ?
便利になったのならよかった。
興津は落ち着いていたから私は気に入っておったぞよ。
来訪者が多くて大変ではあったが、わざわざ東京から離れた興津まで来る手間を考えれば私もそんな贅沢なことは言っていられる立場ではないのう。

>>738
レスの内容よりもHNのほうが気になるのう。

>>739
根拠もなく物事を決め付けることはあまり好ましいことではないと思うぞよ。

764 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 19:02:57
       ┏┓      ┏┓                ┏┓
       ┃┃      ┃┃                ┃┃  
 ┏━━┛┗━━┓┃┃            ┏━┛┗━━━┓
 ┗━━┓┏━━┛┃┃            ┗━┓┏━━━┛
 ┏━━┛┗━━┓┃┃            ┏━┛┗━━━┓
 ┗━━┓┏━━┛┃┃┏━━┓┏┓ ┗━┓┏━━━┛  ┏━━━━━━┓          ☆
 ┏┓  ┃┃      ┃┃┃┏┓┃┃┃     ┃┃          ┗━━━━━━┛┏━━━┓
 ┃┃  ┗┛      ┃┃┃┃┃┃┃┃     ┃┃    ┏┓             ┗━━┓┃
 ┃┗━┓        ┃┗┛┃┃┗┛┃     ┃┗━━┛┃               ┏━┛┃
 ┗━━┛        ┗━━┛┗━━┛     ┗━━━━┛               ┗━━┛ ち

765 :公爵桂太郎:2005/08/25(木) 18:52:18
西園寺君、
御家来衆からかなり嘆願の筋が出ているようだが、何名か宗秩寮に申請しておいた方がいいのじゃないかね。ただリベラルな君が簡単に動くとも思えんがね。

766 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/27(土) 00:01:39
>>740
ふうむ、今は国政が騒がしい時期、もう少し待っていてくれたまえ。

>>741
分かっておる。
私も色々と考えてはおるのじゃ。

767 :鷹司公爵:2005/08/27(土) 19:02:06
ほんまに西園寺さんはレスの遅い御方やなあ。若い頃は、血気盛んで気いの短い若やったけどなあ。

768 :西園寺実氏:2005/08/28(日) 16:39:13
公望さん、
ようやった。内閣総理大臣というのは、太政大臣のことか?関白さんとどちらが上でおじゃるか?

769 :24:2005/08/29(月) 10:18:53
 

770 :万里小路伯爵:2005/08/30(火) 19:04:00
誰もおりませぬな

771 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/31(水) 04:26:08
>>742
うむ、残念なことに陛下の戦争責任は本来であれば免れないと私も思う。
政界で最も影響力を持っていたことは間違いないからな。
私も生きていたらA級戦犯となっていたのかもしれんのう。
少なくとも廣田よりはずっと政界に対して発言力を持っていたはずじゃ。

>>744
どうだったかのう?
忘れてしまったわい。
ただ、長期政権ではなかったから解散はなかったような気がするぞよ。
間違っていたら誰か補足してくれたまえ。

>>745
興味ないのう。
もう少しマシな名前をつけてはどうか。

>>746
随分と安易な老公ですな。

772 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 11:10:53
>>771
随分戦後的価値観にお浸りになった西園寺公、
田中失脚に懲りて過剰なまでに政治介入を控え
られたのは公が一番ご存知ナハズ。そもそも責任とはなんぞや?

もし生きてたらとはおいくつまでおいきになられるおつもりで?

773 :西園寺公望 ◆jnCbCnXui6 :2005/08/31(水) 19:15:50
>>747-750
分かっております。
そう大勢で来ないで、一人ずつ来ては下さらぬか。

>>751
戦争を開始すること自体も苦肉の策であったからな…。
何もできないで先立ってしまった自分が情けない。
陛下には一生頭が上がらぬ…。

>>752
そう転んでもおかしくない状況ではあったのう。

>>753
突然どうしたのじゃ?

>>754
盆の間は留守にしていたのじゃ。

>>755
要らぬ。持ち帰ってくれたまえ。

>>756
就職は決まったようじゃ。
HPに書いてあったぞよ。

>>757
そう興奮するでない。

298 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)