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日露戦争から太平洋戦争までの外交上の失敗 

1 :日本@名無史さん:05/02/18 19:11:38
アメリカと戦争しなくてはいけなくなった原因を教えて

2 :日本@名無史さん:05/02/18 19:18:51
2

3 :日本@名無史さん:05/02/18 19:33:35
>>1
何で日露戦争からなのかを教えて

4 :日本@名無史さん:05/02/18 19:53:06
>>3
ポーツマス条約の満鉄利権あたりからアメリカとの距離があき始めてるから。

5 :日本@名無史さん:05/02/18 19:55:44
だったら、ヤッパ、米国との約束(満州の鉄道経営をハリマンに任せる)を破ったことだろ

6 :日本@名無史さん:05/02/18 19:59:54
ハリマン云々なんて関係ないよ。
未だにアメリカが中国利権のために日本と戦争したと思ってるのか?
アホすぎ。

7 :日本@名無史さん:05/02/18 20:01:05
結局なぜアメリカと戦争した?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1046414261/

重複じゃねーか?

8 :日本@名無史さん:05/02/18 20:03:52
>>6
一般的には南仏印進出からだろ


9 :日本@名無史さん:05/02/18 20:06:18
>>7
アメリカにこだわらなければ逝けるような気がするが・・・?
中華民国やソ連、イギリスを中心に考えていけばいいかも。
でも、最終的にはアメリカ合衆国になるかw

10 :日本@名無史さん:05/02/18 20:07:10
米国で排日運動が激しくなり日本を仮想敵国視したのは日露戦争後からだけど

11 :日本@名無史さん:05/02/18 20:19:10
大日本帝国とアメリカ合衆国は日露戦争によりどんな影響を受けたのですか?

12 :日本@名無史さん:05/02/18 20:27:16
>>11
アメリカは資金支援、イギリスは資金及び技術支援という形で
間接的に露西亜と戦ってたわけ、そのおかげで日本はかてたと言ってい

アメリカにとってはイギリスと共に露西亜の南進を阻止したという結果




13 :日本@名無史さん:05/02/18 20:31:41
>>12
それはわかるのですが、
何故、米国で排日運動が激しくなり日本を仮想敵国視したの?

14 :日本@名無史さん:05/02/18 20:33:02
>>10
日本の軍事力が巨大化し太平洋をはさんでの権益が衝突する可能性を
考慮してオレンジ計画が立案されてたってだけでしょ?
アメリカは、様々な状況を想定していくつもの計画を立案してるし

15 :日本@名無史さん:05/02/18 20:34:25
万一の事態を想定して計画を立てることが敵視なんて言ってる限りは
日本人に国際政治は無理だな。


16 :日本@名無史さん:05/02/18 20:34:57
>>13
排日運動はアメリカ国内の経済的な問題からじゃない?

17 :日本@名無史さん:05/02/18 20:53:20
1905年8月29日付、セオドア・ルーズベルトからグリスオルド(米外交官?)宛書簡
「余は従来日本びいきであったが、講和会議開催以来、日本びいきではなくなった」


18 :日本@名無史さん:05/02/18 20:55:14
ポーツマス条約では、考えられる限り最もいい条件で話をまとめた。引き分けの戦争で、
しかも日本には継戦能力がなく、相手の国力の方が上という中で、あれだけ分捕ってきたのは
見事というしかない。実情を知らされてない国民からは、条約交渉の失敗と言われ、
家を襲われたりしたが、身長143pのこの男が、180pを越えるヴィッテを相手にした姿は、
古代中国の晏子を彷彿とさせる。しかも1911年に不平等条約の改正に成功して、同年に
死去するなど明治に殉じた感すらある。小村を悪く言う書物をほとんど見たことがないが、
このハリマン覚書をめぐる小村の判断は、その後の日本の運命を大きく変えることとなった。
 
アメリカの鉄道王ハリマンは、ポーツマス条約締結後、桂首相に南満州鉄道の共同経営を提案した。
ハリマンには夢があった。南満州鉄道をシベリア鉄道につなげ、バルト海へでる。
そこからアメリカ東海岸へと結んで、世界一周鉄道をつくるというものであった。

 伊藤博文や井上馨は、この申し出に賛成した。特に井上は、北満州に依然として大軍を擁しているロシアを
牽制するために、アメリカを抱き込む妙案だと考えた。その意見に従って、桂はハリマンと共同経営の
覚書を交わした。しかし、ポーツマスから帰国した小村は、血も流さなかったアメリカに、満鉄の権益を渡すのは
外交上の恥だと訴えた。そして北京へ飛び、清国との間で、満州に第三国が資本投下するのを阻止する条約を結んだ。
1906年1月、日本は覚書の廃棄を正式に通告。南満州鉄道株式会社を設立した。これと時を同じくして、
カリフォルニアで日本人の排斥運動が議会や教育委員会で決定された。
 
アメリカは、日本がハリマン覚書を無効にしたのは、日本が中国大陸からアメリカを
締め出すためだと理解した。その報復手段をとったわけである。同時にオレンジ計画に着手して、
対日戦略に取り組み、太平洋に大艦隊をつくっていく。太平洋戦争への端緒は、この時開かれたとも言える。



19 :日本@名無史さん:05/02/18 21:10:44
1905/05/27 日本海海戦 東郷元帥率いる日本艦隊がバルチック艦隊を対馬沖で破る。
09/05 ポーツマス条約 アメリカ、ポーツマスで日露講和条約調印。東清鉄道南満支線(長春以南)を日本に譲渡。
1907 日米紳士協約 カリフォルニアで日本人移民排斥運動が盛り上がり、米国への移民を制限する協定。
これから写真結婚が多くなり、さらに排日の空気が強まる。
1909/10/26 伊藤博文暗殺 ハルビン駅一番ホームで、安重根が伊藤博文を暗殺。
1910/08/22 日韓併合条約調印 発表は一週間後。10月1日、朝鮮総督府設置。
1913 排日土地法 カリフォルニア州で外国人土地所有禁止法により、日本人の土地所有禁止。
1914/06/28 第一次世界大戦 サラエボでオーストリア皇太子暗殺。第一次世界大戦。
青島占領 対独宣戦布告して山東半島の青島を占領。
二十一カ条要求 対華二十一カ条要求。(一号から五号までの5項目)
1915/05/09 二十一カ条要求受諾 中国は二十一か条要求(五号を除いて)を受け入れた。中国の「国辱記念日」となる。
1917/03/15 ロシア二月革命 ロシア二月革命。ニコライ2世退位。ロマノフ王朝が倒れる。
11/07 ロシア十月革命 十月革命。ソビエト政権成立
1918/03/03 露独単独講和 ロシアとドイツは単独講和を結ぶ。
1918/8月 シベリア出兵 シベリア出兵。英、米、仏は1920年に撤兵するが、日本軍は1922年6月撤兵。
1919 ベルサイユ条約 第一次世界大戦の処理。日本は人種平等案を提案したが採択されず。
1920 国際連盟 人種平等規約なしの国際連盟が発足。
1924 排日移民法 米国で排日移民法成立。日本からの移民が事実上不可能となる。
1928/06/04 張作霖爆殺 満州の支配者張作霖の列車を、奉天郊外で日本軍が爆殺
1929/10/24 暗黒の木曜日 ニューヨーク株式大暴落。世界大不況に突入。
1931/09/18 柳条湖事件 陸軍の川本大作が奉天(瀋陽)の満鉄路線を爆破し、満州事変勃発。
3月 三月事件 陸軍青年将校グループのクーデター計画。
10月 十月事件 クーデタを計画した陸軍青年将校グループを拘禁。


20 :日本@名無史さん:05/02/18 21:12:07
1932/03/01 満州国建国 現在の中国では「偽満(ウェイマン)」と呼ばれる満州国の成立。愛新覚羅溥儀は執政
1932/05/09 坂田山心中 慶大生調所五郎と湯山八重子の「天国に結ぶ恋」映画、流行歌となる。
05/15 五・一五事件 海軍青年将校らが犬養毅首相を暗殺。
1934/03/01 満州帝国成立 溥儀は満州国皇帝となる。
1935/08/12 永田鉄山斬殺事件 統制派の中心人物、永田鉄山軍務局長を皇道派の相沢三郎中佐が斬殺。
1936/02/26 ニ・ニ六事件 第一師団、歩兵第一、第三連隊の兵士が政府要人を襲撃、殺害。
05/18 軍部大臣現役制 陸海軍の大臣、次官が現役の将官に限られる制度が復活し、陸軍が政権を左右する。
11/25 日独防共協定 ベルリンで日独防共協定が調印される
1937/04/26 ゲルニカ爆撃 ドイツのコンドル軍団が、ゲルニカを無差別爆撃。
1937/07/07 盧溝橋事件 北京郊外の盧溝橋で、盧溝橋事件。日中戦争の開始。
07/29 通州事件 冀東政府保安隊(中国人部隊)が日本軍人、一般日本人、朝鮮人を虐殺。
08/13 第二次上海事件 国民党正規軍10個師団(20万人)が、上海の日本海軍陸戦隊を攻撃。
11月 上海制圧 3ヶ月の激戦の後、上海掃討。
12/13 南京入城 南京陥落。
1938/07/11 張鼓峰事件 日ソ国境紛争
10月 武漢三鎮攻略 漢陽、漢口、武昌の武漢三鎮を攻略。
1939/05/03 重慶爆撃開始 中国の抗日首都重慶への三年以上218回の無差別都市爆撃が開始された。
直接死者だけで1万1885人。
05/14 ノモンハン事件 満州国とモンゴルの国境紛争、日本軍が大敗する。
1940/09/23 北部仏印進駐 仏領インドシナ北部に進駐。
09/27 日独伊三国同盟
1941/06/25 南部仏印進駐 仏領インドシナ南部に進駐。
10/18 東条英機内閣 東条英機内閣成立
12/08 太平洋戦争開始 マレー半島上陸。真珠湾攻撃。太平洋戦争開始。

21 :日本@名無史さん:05/02/18 21:16:34
何で年表貼ってるの?

22 :日本@名無史さん:05/02/18 21:24:19
>>20
年表を貼るだけでは意味ないよw
それに、それくらいみんな知っていると思うぞ!

あと、非常に見ずらいし・・・(ダメダメだw)

23 :日本@名無史さん:05/02/18 21:28:08
別宮暖朗氏のように、ドイツの第一次大戦参戦や日本の太平洋戦争参戦は
軍部の戦争計画が暴走しただけで全然必然的な戦争ではなかったという
考えもあるな。
確かにほとんどの戦争は隣接した国同士で戦うのに、日米が戦うってのは
不自然すぎる。

24 :日本@名無史さん:05/02/18 21:31:09
古今東西、戦争は金儲けですからw

25 :日本@名無史さん:05/02/18 21:37:43
>>18
言いたいことはわかるけど
>これと時を同じくして、カリフォルニアで日本人の排斥運動が議会や教育委員会で決定された。
> アメリカは、日本がハリマン覚書を無効にしたのは、日本が中国大陸からアメリカを
>締め出すためだと理解した。その報復手段をとったわけである。同時にオレンジ計画に着手して、
>対日戦略に取り組み、太平洋に大艦隊をつくっていく。太平洋戦争への端緒は、この時開かれたとも言える。

最後のこれらの文章は著者の意見で、一般的じゃない気がする

26 :25:05/02/18 21:43:17
追加
でも、満州鉄道をハリマンに委ねたまま
満州国が建国されるにいたっていたならば
日中戦争で米国は蒋介石に加担できなかったかもしれないね

27 :日本@名無史さん:05/02/18 22:16:25
>カリフォルニアで日本人の排斥運動が議会や教育委員会で決定された。
とんでもない国やな、議会で排斥運動承認て

28 :日本@名無史さん:05/02/18 22:18:09
>>18 俺、難しい話は分からないけど晏子の背の事を知っているとはマニアよのう。

29 :日本@名無史さん:05/02/18 22:29:28
>>28
おまえ、何人?

30 :日本@名無史さん:05/02/18 22:48:58
まー、日露戦争で賠償金もらえなかったのがでかいわな
おかげで満洲にしがみついてしまうわけで
でも、講和時の状況ではしょうがないな・・・

31 :日本@名無史さん:05/02/18 22:49:48
>20
軍部大臣現役制って
軍部大臣現役武官制のこと?

32 :日本@名無史さん:05/02/18 23:22:25
>>26
中支でのイギリスくらいに満州へ深入りさせて身動き取れなくすればよかったのかも。
どうせ千島・樺太・日本本土・朝鮮半島・沖縄・台湾があるせいで日本の勢力範囲を通らな
ければ満州に行けないのだから、いざとなれば全領海を封鎖してやればそれで済む。
帝国海軍も、その程度のことならば易々とやってのける力はあるはず。

33 :日本@名無史さん:05/02/18 23:50:59

満鉄の権益をアメリカと共同にして、「満鉄の権益を守る」という名目でアメリカに駐屯軍を
おいてもらえば、朝鮮より上方に緩衝地帯できて日本としては万々歳だったんでねーの?
でも当時はまだアメリカとの間に関税自主権が締結されていない状態だったから、日本からしてみれば
アメリカは信用置けない存在だったのかな?

34 :日本@名無史さん:05/02/18 23:52:08
>>32
むしろ人と金の流れを自由にしてやることで、満州における米国企業に
現時でのうま味を覚えさせる方が現実的かもしれない
勝手に深入りし、経済面で手を引くことが難しくなる
この場合でも米軍の介入を遮断するために、あなたがいうように帝国海軍の
封鎖が必要になってくる
さらに、満州に米国企業をおくことでフグ計画におけるユダヤ人の受け皿が
できフグ計画の実現可能性もかなり高くなったことだと思う


35 :34:05/02/18 23:56:12
>>33
日本は満州を基盤に支那との貿易に特権を欲してたわけだけど
米軍入れただんかいで米国に好き放題されそうじゃない?

36 :日本@名無史さん:05/02/19 00:09:35
>>35
だよな。。だから外交担当の小村寿太郎の判断も的を射てんだよな。
軍人の伊藤博文は共同経営賛成だったが、これも軍事的に先を見ればアメリカという大国とは
大国にロシアと向き合わせるには好都合ということで的を射ているよな。

でも国民は共同経営は絶対許さないだろうな。へたしたら伊藤博文が日本人に暗殺されてたかも。

37 :日本@名無史さん:05/02/19 00:30:04
ハリマン云々言ってる奴って、アメリカの私企業と政府の区別も付かない馬鹿ですか?
私企業が戦争決定に影響を及ぼせるわけなんてないでしょうに。
大のお得意さん同士だった日米間に戦争が起こったように、戦争に経済は関係がない。
日本って右翼も左翼もマルクス・レーニン主義が基盤なんだよな。
まあヒトラーもマルクス・レーニンの亜流だけど。

38 :日本@名無史さん:05/02/19 00:34:12
>>37
>戦争に経済は関係がない。

おおありだ、あほか?白人の植民地すら理解できないボケ茄子か、ちみは?

39 :日本@名無史さん:05/02/19 00:35:26
>>38
ホブソン・レーニンの帝国主義論なんて信じてる馬鹿ですか(w

40 :日本@名無史さん:05/02/19 00:37:29
>>39

知るか、チョン。わけわけんねーこと言ってねーでクソしてねろ、ぼけ!

41 :日本@名無史さん:05/02/19 00:41:24
>>36
あのー、伊藤は軍人じゃないんですが....


42 :日本@名無史さん:05/02/19 00:41:46
糞と牛骨が散乱する王城市街ってスゲー言い方。
明治初期の日本の外交官たちの表現もなかなか辛辣なようです。
「日本人が見た朝鮮国の風俗・風景」
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html

さて、野蛮な未開地をどうやって近代化していったのか、
苦労したんだろな。


43 :日本@名無史さん:05/02/19 00:47:49
>>41
ごめん、元軍人だね、長州の。まぁ、軍事的視野ももってるってこと

44 :日本@名無史さん:05/02/19 00:58:12
>>42
この当時の朝鮮が写真で見れるよ。
ttp://plaza.rakuten.co.jp/khiroba/diary/200411150000/

なんつーか、朝鮮の為に日清日露と日本人が多くの血を流して、しかも近代化まで
しなきゃいけないという理不尽さ。奴らの犠牲0。
満鉄の権益なきゃこのクソ国家も近代化できないしな。日本も貧乏だったし。

結論:結局アメリカと戦争をしなければいけなかった諸悪の原因は「朝鮮が土民国家だったから」

45 :アドルフ・ヒトラー:05/02/19 00:59:36
>>37は戦争経済をご存じない」

46 :日本@名無史さん:05/02/19 00:59:36
>>36
国民ゆるさんかもね〜 ただでさえ暴動おきてたし
開国まもない日本ではしょうがないのかもしれんね
逆に言えば共同経営言われても国民はよくわからんかったかもしれんけどw

>>37
資本だけ融資してた場合は問題にならないけど
米国企業が満州にでき、米国籍の人間が従業員として満州に流入し営業が軌道にのれば
米国政府は企業の利益と居留民の安全に配慮しなければならなくなる
特にハリマンのような大物が介入すれば必然

47 :日本@名無史さん:05/02/19 00:59:44
A級戦犯:大隈内閣

48 :日本@名無史さん:05/02/19 01:41:04
満洲鉄道をアメリカと共同管理なんて輿論が許さない罠
唯一の金になる権益だし

ちなみに日本は戦後もロシアにびびってたけど
ロシアも日本にびびってたね

49 :日本@名無史さん:05/02/19 03:12:05
「ロシアが南下」するとか言いながら自分達が渡海北上していったからね。シベリアや満州やモンゴルまで征く必要ってなかったよなあ。

50 :日本@名無史さん:05/02/19 03:29:33
満州までとらなければ安全を確保できないことは、朝鮮戦争時のマッカーサーも認めてること

51 :日本@名無史さん:05/02/19 08:34:14
>>50
事実経過からして満州は防衛上必要だったね。

52 :日本@名無史さん:05/02/19 10:00:51
アメリカと共同でやってれば何の問題もなかった。
日本ていどの国がアメリカとタメ張ろうとしたのが、そもそもの誤り。

53 :日本@名無史さん:05/02/19 10:14:45
>>52
そんな簡単な問題ではない。
当時、日本とアメリカは日米通商不平等条約を結ばされていて関税自主権も与えられていない
いわゆる搾取されていた時代ですぞ。これをいかに国力あげて不平等を撤廃できるか死力を
つくしていたのだ。
もし、満鉄権益を共同経営したら、居留民の安全保護のため満州に軍隊を派遣してくるだろう。
しかも中国権益を拡大するためにあらゆる手を使ってくるはず。
もし、旅順あたりにアメリカの艦隊なんか置かれたら、日本は太平洋を挟んでぐるりと囲まれてしまう。
亡国の一歩手前。



54 :日本@名無史さん:05/02/19 12:53:58
少し長くなるが、日本が何故日本が太平洋戦争にやむなくも至ったかの原因から述べさせて頂く。

昭和48年11月、スーパーマーケットで品薄と言われたトイレットペーパーを買おうと押し寄せ
た人々のニュースは、当時の日本を大きく揺るがした出来事、オイルショックの始まりでした。 
しかし、この時のエネルギーの需要の中の大部分を占めるとはいえ石油の輸入は、わずか10%前
後の減少でしか無かったのです。わずか10%の減少で物価は跳ね上がり、モノは買いだめで店頭
から姿を消してしまう。。。。

しかし、昭和十年代当時、太平洋戦争に至る少し前、黄色い猿と蔑視していたアジアの黄色人種が、
第一次世界戦でロシアを打ち負かし欧米列強と互角に渡り合う力を付けたイエローモンキー日本を
封じ込る為に、当時からの世界最大の超大国アメリカが次々にアジアを侵略し、日本への石油や鉱
物資源の80%を奪取し、日本への輸出を禁止してしまったのです。

日本はわずか10%の、しかも石油だけで狂乱物価になりパニックに陥るほどの資源無しの国なの
です。 エネルギーや鉱物資源の80%もの減少とはどういう事なのか読者の皆さんは想像できる
だろうか? 無理だろう。。。。80%という数字は減少という数字に表れる程度のインパクトで
は無いのである。 国に与えるその衝撃!影響たるや、もはや0の世界、無の世界、死の世界なの
である。国の消滅なのです!

鉱物資源が20%しか無いという事は、病院での薬は20%しかないという事なのです。 80%
の人達は死ぬか病気の悪化を座して待つしか無いのです。 病気に罹る以前に、食料が無い、農薬も
肥料も、たった20%しか無いのです。 

http://hw001.gate01.com/funwaka/his.htm

55 :日本@名無史さん:05/02/19 12:54:58
ガソリンが無いのだから動かせる農機具も20%しか無い。 食料を運ぶトラックも20%しか動かせない。 農家から都会
まで残りの全てはリヤカーで運ぶしか無いのです。 そんな事が可能でしょうか? 食料だけではない、リヤカーで都会へ工
場や会社、店舗などへの物資の輸送など、0.00001%も出来はしない。

こうして日本は、ただ、ただ、猿!汚し、気持ち悪し、憎しとしいう、アメリカやイギリスロシアなどの白人人種の人種差別
だけの意識により息の根を止められたのでした。

もちろんアメリカはそれを画策し、そのように仕掛けてきたのです。 「日本よ!どうだ!俺達白人の奴隷にしかおまえ達、
猿には、方法は無いんだぞ!さっさと手を上げて降参し、他の猿共、同様俺達の植民地に成れ!!」 そうした態度で、、
陰に陽に迫って来たのです。

さあ、読者の皆さん、 皆さんはこのような立場に追い込まれたら何もせず、座して死を待つのだろうか??それとも世界
中に物乞いをして歩くのだろうか? それとも他のアジアの国々のように日本民族が白人の奴隷として扱われても良いと思
うのだろうか??



56 :日本@名無史さん:05/02/19 12:56:02
戦後、国民の多くを戦争で失ったアメリカは、その反省に立ち、政府や議会が一体となって戦争に至った経過を洗い直しました。 
その公聴会などでの政府の証言が残っています。 アイシャルリターンで有名な、ジェネラルマッカーサーでさえ「日本は自衛
の為に戦争をした」 と証言しているのです。 決して侵略の為の戦争では無かったのです。

余談ですが、その後アメリカは、他国がテロや軍事独裁、覇権や民主弾圧をしていない限り、封じ込めるという強圧的な行動は
しなくなったのです。 その過ちはいかに高くつくかという代償を払いすぎたからでした。

前説明が長くなりました。
こうした事態に押し込められた日本が生きるために万策尽き果て、アメリカの横暴を突き崩す為に真珠湾攻撃を決行したのです。 
真珠湾攻撃も、今回のテロと比較対照されていますが、日本は真珠湾では、一切の民間人攻撃はしていません。 民間人無差別
殺傷テロとはあまりにも次元が違うのです。 政治の世界に置いては今も昔も、戦争とは政治の交渉の結果の一つであるのです
。オウムなどのカルト教団の民間人無差別殺傷と同列に扱うなど言語道断なのです。



57 :日本@名無史さん:05/02/19 12:56:32
日本にとっての太平洋戦争は当時の朝日や毎日(当時は日々新聞でした)が書いたように、絶対の生存の危機から脱出
するため、生きるための聖戦だったのです。 狭い教義に縛られたカルト教団の聖戦などとごちゃ混ぜにしてはいけません!

当時のアメリカの政策は、ナチスヒットラーのユダヤ人根絶、アウシュビッツ以上の人類史上まれにみる、一民族消滅を
図る為の行為、愚劣な日本民族挑発行為だったのです。 これに対抗し、生きるための行為、まさしく日本にとっての生
きるための戦争、聖戦だったのです。

宗教に殉ずる、その行為は自ら神と一体なる、神に近づける、真に神の僕となれる。 そういった自らの為の行為です。 
個人だけの命をその行為に置いて実行することを、私は侮辱するものではありません

58 :日本@名無史さん:05/02/19 12:57:56
しかし、こうした自らの為の行為と、国の為、親や兄妹子供や孫のため、そして何より国家の為に命を投げ出す。
他の人達の為に命を投げ出す行為とを同一視していけないと思っています。 自らの信仰の為の行為と、他の人の
ための行為、どちらが現実の世界に生きている私達に尊い行為となるのでしょう。 まして民間人無差別殺傷と国
を守るために命をなげうった人達、、、、、、。

その明らかな違いは誰にも解るというものでしょう。。。。。。

−−−−−−

以下に、東条英機首相 と神風特攻隊に関する逸話をしるします。
特攻隊員であろうとも、それを指揮した人であろうとも東条英機首相で有ろうとも、私達日本の国を死守するため
に、やむなく決断した聖戦そのものの犠牲者達です。残された私達日本人がこうして死んでいった人達を敬うこと
の無き悲惨さを思うと、、、彼らに申し訳なさで、、涙する思いです。。


59 :日本@名無史さん:05/02/19 12:58:58
作家の堺屋太一氏が有る文で書いていました。 リーダーに相応しい人物とその行いとは、という例としての東条英機氏についてでした。
ある時タクシーに乗ったところ、運転手さんが「私もテレビに出た事が有るんですよ」 と言い出したので、その話を聞くと、「実は私、
東条英機閣下の運転手をしていたことが有るんです。 で、閣下の事を扱ったテレビ番組に呼ばれて閣下の事をお話したんです」 という
事だったそうです。

堺屋氏は聞きました「ほう!それはそれは、それで、東条英機氏はどのような方だったのですか?」 すると運転手氏は急に姿勢を正し、
今でも東条氏への尊敬の念をみなぎらせて 「閣下は実に私共下々の者にまで気を配られる最高の人物でありました!」 との話だったらしいのです。 
その話を要約すると。 東条氏は当時の日本は敗戦の色濃く、物資も滞り配給制だったとはいえ、東条氏は日本一の実力者ですから幾らで
も生活用品など困らない立場だと思えるのですが、その生活は質素そのもので、家庭でも奥さんのやりくりは大変だったのでは無かろうか
と言われていたそうです。 それなのに、菓子や食べ物など、運転手の人達や仕える人達に貰い物を「子供達や奥さんにと」 必ずお裾分けしたという事です。

60 :日本@名無史さん:05/02/19 13:00:43
その実務においても、運転手の車の中でも、部下の進言や報告に「その事案を遂行するには、どこそこの誰それが、
苦境に立つだろうからそれは出来ない」 また、別の日は「どこそこの誰は、あの立場に立たされて辛い思いをする
だろうから、こうしてあげなさい」 とか、常に部下を思いやり、立場を考えてやり、その仕事を助けようとという
思いで思考し、行動していたと言うのです。まことに立派な人物だったという逸話です。 ほんとうにそのとうりの
人物だったという事は数々の証言があります。

しかしながら、堺屋氏はこう説きます。 東条英機氏は人物的には非常に出来た良い人だった。しかし、そのような
人を慮っての配慮ばかりをリーダーがする事は組織にとってマイナスである!と。

リーダーとは常にその組織本体の維持発展を目指さなければいけないのであって、大事のためには小事を切り捨てる
覚悟無くしてそれは全うできるものでは無いと言います。 そのとうりでしょう。東条氏はあくまで、一行政官とし
ては人物的にも立派だったかもしれないが、組織の頂点に立つ人物では無かったのでは無いかと書いていました。



61 :日本@名無史さん:05/02/19 13:02:26
人思い、人付き合い、争い事を好まず、根回しに奔走し、平和を愛する人物! それが東条英機氏の実体。。。そのような日本独特
の根回し人付き合いを大事にする者が上につく村社会の典型的な例だったのではないか。そのような組織作りしか出来ないことが日
本の致命的な欠陥ではないか。そのような論調だったと思います。

戦争中の東条氏は、「独裁的」な政治を行ったということで、現在では批判の的になっています。しかし、東条氏が独裁者にならざ
るを得なかったのは、敗戦をある程度覚悟し、戦争責任を、他の者に及ばないようにするためだった、可能性も大なのです。



62 :日本@名無史さん:05/02/19 13:03:54
大西滝次
第一航空艦隊司令長官

自らを「統率の外道」と自嘲していた空軍の侍だった。太平洋戦争末期、国を残すために神風特攻隊を編成、指揮した司令官である。
敗戦の翌日「吾死を以って旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす」との遣書を残して腹を切って自決を遂げました。

現場に駆けつけた副官達に対して 「責様ら絶対に医者は呼ぷな。俺は自分の命令で殺した何百人のために死ぬんだ!」ど告げ、血の
海の中を八時間のたうち回って死にました。。。。。。

おそらく神風特攻隊を組織した時点で、戦争に勝とうが負けようが、自らの命を特攻隊と共に断つ覚悟を決めていたのだろう思います。
日本では侍の時代より、忠義や責任の始末や敗戦での領主の自殺などで切腹という死の儀式を執り行う事が有りました。

人は動脈や心臓、脳を切れば短時間で死に至れます。ところが内臓の切断程度では死に至るには時間がかかります、そこで苦む時間を
無くすために、、、作家の三島由紀夫の割腹自殺でも同じ事をしたのですが、、、、後ろに日本刀を構えた者が切腹の直後に切腹者の
首を刎ねる(切り取る)、死の苦しみを早く終わらせるという、介添え役がつくのです。



63 :日本@名無史さん:05/02/19 13:04:27
大西滝次郎は切腹し、その後の切腹以上の苦しみの時間を自らに与える事で、志のある若者を
死に送った債いをしたかったのでした。
内臓を切り刻んでその地獄の苦しみを長時間にわたり自らに与える。。。。
これ以上の責任の取り方が有るでしょうか。。。。
大西滝次郎は8時間もの死に至る苦しみをのたうち回りながら味わい続けたのです。
それが日本の国を守る責任者の塗炭の苦しみの末の決断だったのです。
そしてその意を理解し、進んで国を守るために死んで行った人達。。。。。

このように私達の国の存立を賭けて、の崇高な自爆行為、、、、、、国を守るために
死んだ人達、、、、、私は生きている限り彼らを心より祀り敬い感謝の念を持ち続けようと思っています。

http://hw001.gate01.com/funwaka/his.htm

64 :日本@名無史さん:05/02/19 13:42:46



 長文コピペうぜええええええええ!!!!




65 :日本@名無史さん:05/02/19 15:42:50

読む奴いるのか?


66 :日本@名無史さん:05/02/19 19:45:28
>>65
感動したが、なにか?

67 :日本@名無史さん:05/02/20 10:38:00
連合国は総額一千百億ドル(日銀調べ)もの海外日本資産をすべて取り上げた。ドイツの
戦後賠償額の二倍にもなる。
 それでも足りずに世界中が日本にたかった。最も悪質なのが中立国のスイスで、理由も
ないのに一千五百万フランも取った。途中から寝返ったイタリアも高額の賠償を取った。
「次はイタリア抜きで」とドイツ外交官が言ったというけれど、真実の響きがある。
 欧米植民地だったアジアの国々も、宗主国が一セントも払わないからその分、日本に求め
た。米国領フィリピンは四億ドルと膨大な復興借款を取った。インドネシアも四百年に及ぶ
オランダの植民地支配の賠償を日本がそっくり肩代わりし、やはり四億ドルを支払った。

http://www.angel.ne.jp/~arrow/insist/ikenjizai/1125.htm


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