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高潔  西郷隆盛は最高のサムライ  道義

1 ::05/03/01 14:04:11
これほどの人物は空前絶後かもしれない

2 :日本@名無史さん:05/03/01 14:06:46
キンタマが空前絶後

3 :日本@名無史さん:05/03/01 14:19:44
重複だぞ。
>>1は削除依頼出しとけ。

【極悪】西郷隆盛は最低の武士【非道】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1080899943/

4 :日本@名無史さん:05/03/01 14:21:28
戦争好きのデヴヲタってイメージしかない

5 :日本@名無史さん:05/03/01 16:25:18
九州ヤクザ

6 :日本@名無史さん:05/03/01 17:34:34
誰も西郷の真似など出来ない。
あまりにスケ−ルが大きすぎる。

7 :日本@名無史さん:05/03/01 19:29:46
>>4
写真が存在しないから、容姿は分からない。

8 :日本@名無史さん:05/03/01 22:13:20
ラストサムライだな

9 :日本@名無史さん:05/03/02 13:25:08
2度も島流しにあい、自殺までされたのに復活を遂げられた精神力は敬服に値する。
私もこういう親分に仕えたい。

10 :日本@名無史さん:05/03/02 20:16:32
ほんとはデヴじゃないのか?

11 :日本@名無史さん:05/03/02 21:12:38
ホモ男

12 :日本@名無史さん:05/03/02 21:54:53
デヴでホモで局部肥大症の戦争好きヤクザです。

13 :日本@名無史さん:05/03/02 21:56:33
犬喰い土人ダサツマは見ているだけで吐き気がする。

14 :日本@名無史さん:05/03/02 22:01:47
現代にあてはめるとオサマ・ビン・ラーデン

15 :日本@名無史さん:05/03/03 09:26:23
西南戦争時、私学校の生徒を見捨てなかったやさしさは今の政治家や財界人には
ないな。
だからこの偉大な人物を私は好きです。

16 :日本@名無史さん:05/03/03 10:28:04
英国公使館で働いていた医者のウィリアム・ウィリスが熱狂的な西郷シンパで、
西南戦争の時には西郷軍に参加しようとして周囲に制止されている。

もし彼が西郷軍に加わって戦ったら、事態は国際問題に発展してどういう展開になっていたのか興味深い。
まあ、本人が自ら反乱軍に身を投じたのだから、英国も生麦事件みたいには利用できないだろうし、
場合によっては日本が英国に大きな譲歩を強いる事が出来たかも知れない。

17 :日本@名無史さん:05/03/03 10:36:42
結論:ウィリアム・ウィリスはホモ

18 :日本@名無史さん:05/03/03 10:57:49
>>16
この話が「ラストサムライ」の元になったのかもしれませんね。

19 :日本@名無史さん:05/03/03 11:37:03
奸策と人殺し大好きデブ

20 :日本@名無史さん:05/03/03 11:38:41
これほど二面性を持つ人もいないね。

21 :日本@名無史さん:05/03/03 11:49:59
常人にはわからないな。

22 :日本@名無史さん:05/03/03 13:46:03
西郷好きな人に一言
彼はテロリストの親玉でもあったから
幕末の江戸で起こった放火、強盗は
ほとんど西郷の差し金だから・・・
会議の途中で慶喜を刺し殺せみたいなことも言ってるし
西郷は訳がわからんのが正直な感想

23 :日本@名無史さん:05/03/03 15:43:50
>22
それがどうした?
「奇麗事だけ」で済んだ政権交代が有史以来どれだけあると思っている?
腐った政権を倒すためにはこのような悪事に敢えて手を染めねばならぬときもあるのよ

24 :日本@名無史さん:05/03/03 17:22:52
キレイ事をほざき続けて攻め滅ぼされるだけなら、
幕府みたいな無能集団にでも勤まる仕事だ。

キレイ事をほざいて馬鹿どもを騙し、汚い手を使ってでも勝つだけであれば西洋人みたいな鬼畜外道でも気軽にやっている。

だが、社会を改革する為には手段を選ばぬ辣腕を奮いながら、
決して私利私欲には捕われなかった西郷だからこそ、西洋人のような禽獣どもの精神さえも教化するのだ。

25 :日本@名無史さん:05/03/03 18:06:42
ほんとに評価が難しいな>西郷

26 :日本@名無史さん:05/03/03 18:24:34
奸策に奸策を重ね最終的に負けて滅んだ豚

27 :日本@名無史さん:05/03/03 18:29:25
西郷が靖国に祀られる日は来ないのだろうか。。

28 :日本@名無史さん:05/03/03 19:43:46
高潔だとwまた釣堀スレ立てやがったな

29 :日本@名無史さん:05/03/03 21:55:13
西郷隆盛は怪物。いい意味でもわるい意味でも常人じゃない。


30 :日本@名無史さん:05/03/03 22:00:22
西郷は島津斉彬のバッタモンだろ?

31 :日本@名無史さん:05/03/03 22:01:33
西郷は、何で桐野みたいな香具師を・・・

32 :日本@名無史さん:05/03/03 22:19:18
>>31
半次郎どんはよか稚児たいw

33 :日本@名無史さん:05/03/03 22:23:18
維新までに策に策を重ねたくせに明治に入っからは士族の心情を考慮してあげく自滅するという
不思議な巨人

34 :日本@名無史さん:05/03/04 09:40:03
今の政治家だと野中さんが近いのかな?
スケ−ル、レベルは全く違うけど。

35 :日本@名無史さん:05/03/04 13:18:42
>>22
を書いたのはは俺なんだけど
俺は西郷を嫌いじゃないんだよ
いいとこしか見ないつうか
えこひいきで好き嫌いを決めてる意見が多いから
事実を言いたかっただけ

西郷好き奴に聞きたいんだが
それでも西郷好きかい?

36 :日本@名無史さん:05/03/04 17:01:07
やはり西郷さん好きです。
何度も死にかけても復活し最後は郷土で死んでいった。
私利私欲が無かったという点で。
でも残された家族は苦労しただろうけどね。

37 :日本@名無史さん:05/03/04 17:11:41
>>36
親戚には西郷従道、大山巌という元勲もいたし、
10年たったら名誉回復、侯爵にまでなっているから楽勝でしょ。

38 :36:05/03/04 18:12:34
確かに名誉回復後は良かったみたいですがそれまではイト夫人は山中に
住み食うや食わずの生活と何かの本で読みました。
薩摩おじょこの意地か西郷従道、大山巌の援助は一切受けなかったそうです。

39 :日本@名無史さん:05/03/04 18:16:21
会津まんせー

40 :日本@名無史さん:05/03/04 20:57:48
薩摩「おじょこ」?????
本当に西郷好きなの?w

41 :日本@名無史さん:05/03/05 09:05:51
薩摩おごじょだよね。
まあまあ些細なこと。さらっと流しましょう。
でも今もかごしまでは気丈な女性をおごじょなんて言うのかなあ?
薩摩隼人はたまに耳にします。

42 :日本@名無史さん:05/03/05 09:12:04
薩摩と会津は男尊女卑の本場

43 :日本@名無史さん:05/03/05 10:18:47

★月照事件で一人だけたすかるズルさ
 =端的に口封じのため・無責任の局地・その後腹を切ろうともしない
★蛤御門の変・四境戦争に見せたすさまじい変節
 =西欧人真っ青の超営利主義・イカサマ商法を地でいく
★長州に武器を供与して幕府と戦わせる
 =自分の手は汚さず漁夫の利を得るイジ汚さ
★坂本龍馬を利用するだけ利用して暗殺
 =ネクラ・陰湿・人間の醜い部分を凝縮したド汚いカス
★小御所会議でみせた将軍家に対する陰湿・暴虐なふるまい
 =まさに「弱い者イジメ」・手のひらを返すような狡猾
★愛伽那に対して子供だけつくって、認知せず
 そのご人に聞かれても「愛人」と答えるのみ
 =無責任にして人非人・人の皮をかぶった獣
★フィラリア症でキンタマがスイカなみに腫れていた
 =キショい、キショすぎ。リアルフリークショウ
★無責任きわまりない征韓論
 =侵略主義者・平和より血を見るほうが三度の飯より好きらしい
★鹿児島私学校の生徒と徒党を組んで反乱
 =ついに本性発揮・やはり野蛮人だけあって安易に力に頼る未開さ
★西南戦役でくたばる
 =正直、ザマーミロ!の一語につきる


44 :日本@名無史さん:05/03/05 10:31:33
要するに幕末の宅間守が西郷なんだよ

45 :日本@名無史さん:05/03/05 10:46:51
イト夫人「ウチの人はこんな顔じゃなかよ」

46 :日本@名無史さん:05/03/05 12:08:35
上野の銅像にイトがケチをつけたのは、生前の西郷が着流しで外出するようなだらしない人物ではなかったからだよ。

47 :日本@名無史さん:05/03/05 12:30:01
そのとき イト夫人は西郷従道にお尻をつねられた

48 :日本@名無史さん:05/03/05 12:45:36
仮にも反乱軍の頭目だったんだから、正装の軍服姿はマズイというオトナの事情が反映して着流しになったのを考えて発言しないとケツくらいは抓られる罠。
羽織袴ならイトも納得したかも知れないが、犬の散歩にわざわざ羽織袴でもないだろうし、
普段の野良着では見栄えが悪すぎるという事か

49 :日本@名無史さん:05/03/05 13:04:11
しかしイト夫人の発言プラス生涯に1枚も写真を残さなかったことが
「西郷隆盛はどんな顔をしていたのか?」という謎を残してしまった

50 :日本@名無史さん:05/03/05 13:07:00
本当に掴み難い男だ。
善人なのか、悪人なのか。
善人であり悪人なんだろうけど、
極端すぎて怖いやつだよな。

51 :日本@名無史さん:05/03/05 13:10:31
あの銅像の為に今ではすっかり

「西郷=着流しで外出」

のイメージが確立してしまった訳だが、
歴史上の事実を研究するのは非常に大変なこったね。

52 :日本@名無史さん:05/03/05 13:14:17
司馬史観も強烈だからね

53 :日本@名無史さん:05/03/05 13:20:24
本名は隆永なのに、戸籍に登録した代理人が父親の名前と取り違えて申請したから戸籍名が父親と同じ隆盛になってしまった。
それを聞いても訂正せずに以後は隆盛と名乗った。

弟は隆興だったが、戸籍係が「リュウコウ」と言っても薩摩訛りを聞き取れずに従道と登録した。

二人とも鶴の一声で直ちに訂正を命じる事が出来る立場なのに、
黙って間違えられた戸籍名を使い始めた。

54 :日本@名無史さん:05/03/05 13:23:37
名前を自分で書いて係に見せろよな

55 :日本@名無史さん:05/03/05 13:33:08
何から何まで全てが謎に包まれている。
分かるのは偉大な人物だった事だけだな。

56 :日本@名無史さん:05/03/05 13:37:58
本当は軍人だからね。
ただ城山で最期を迎えたときは軍服ではなかったが。
イメ−ジ的には古き良き時代の任侠の大親分かなあ?
堅気には優しく喧嘩になったら必ず勝つ。
違っていたらごめんなさい。

57 :日本@名無史さん:05/03/05 13:57:40
>違っていたらごめんなさい。
うそーんorz

58 :日本@名無史さん:05/03/05 14:59:19
作り話だと思うが、城山で西郷が切腹するのがイヤで逃げ出したら
桐野が追っかけてきて斬ったとか背後から鉄砲で撃ったなんて話もある

59 :日本@名無史さん:05/03/05 15:06:18
>>58
本当だったら最高だなw

60 :日本@名無史さん:05/03/05 15:10:41
>>58
西郷は切腹するつもりは当初から無かったと何かの本で読みました。
あくまで政府軍の弾に当たって死ぬと決めていたとか。
だから死ぬのが嫌で逃げ出したということは無いでしょうね。

あと現存する西郷さんの子孫はどのくらいいらっしゃるのでしょうね?
お一人は鹿児島で陶芸をされているとか。

61 :日本@名無史さん:05/03/05 15:17:02
>>60
「わしゃ腹は切らんど 痛かでや」

62 :日本@名無史さん:05/03/05 15:18:33
>>61

その言葉は部下に冗談で話したと記憶していますが。

63 :日本@名無史さん:05/03/05 15:30:38
「ああ 天なり!」

64 :日本@名無史さん:05/03/05 15:32:32
死に際まで謎大杉

65 :日本@名無史さん:05/03/05 15:44:01
赤報隊を陥れたのは誰や?

66 :日本@名無史さん:05/03/05 15:47:59
西郷隆盛

獄中有感
朝蒙恩遇夕焚坑
人生浮沈似晦明 
縦不回光葵向日
若無開運意推誠 
洛陽知己皆為鬼 
南嶼俘囚独窃生 
生死何疑天付與 
願留魂魄護 皇城 


67 :日本@名無史さん:05/03/05 16:09:34
赤報隊?
何をトチ狂ったのか勝手に先走って官軍に無用な混乱を与えた邪魔者が処罰されただけだろう。

68 :日本@名無史さん:05/03/05 16:23:30
朝ニ恩遇ヲ蒙リ夕ニ焚坑。
人生浮沈ハ晦明ニ似タリ。
縦ヒ光ヲ回ササルモ葵ハ日ニ向フ。
若シ運カ開ク無クモ意ハ誠ヲ推ス。
洛陽ノ知己ミナ鬼トナル。
南嶼ノ俘囚独リ生ヲ窃ム。
生死何ソ疑ハン天ノ付與ナルヲ。
願ハクハ魂魄ヲ留メテ 皇城ヲ護リ奉ラン。

69 :日本@名無史さん:05/03/05 16:25:09
「ボウズヲ シサツセヨ」

70 :日本@名無史さん:05/03/05 16:43:03
ボウズ=西郷さんだった



71 :日本@名無史さん :05/03/05 18:14:56
>>60
孫の吉之助は文部大臣になっているな。彼は名前負けしなかったわけだ。

72 :日本@名無史さん:05/03/06 01:06:24
西郷隆盛最後の地に行ってきました
城山で死んだんじゃなかったのですね

73 :日本@名無史さん:05/03/06 12:49:49
>>52
なんでもかんでも司馬史観かよ

74 :日本@名無史さん:05/03/06 22:32:32
西郷さんの死は予言されていたというようなことを何かの本で読んだことがある。
確か高島易断という占いだと思うが、その占いの開祖が下野して鹿児島へ帰る
西郷さんを占ったところ「会ってはならない人がいる。その人に会ったら災いが
おきるだろう」というようなことを言ったらしいが、その会ってはならない人とは?
その開祖は、佐賀へ帰る江藤新平も占い、「佐賀へ帰るのはおよしなさい」と
忠告したが、江藤は聞き入れず佐賀へ帰り、佐賀の乱を起こし死刑となった。

75 :日本@名無史さん:05/03/06 22:45:21
ダーリン、
謎が謎を呼んで大変なのだ〜

76 :日本@名無史さん:05/03/07 09:11:15
>>72
私も昨年、行って来ました。
住宅地の中にあり意外でした。
今でこそ開発されましたが西南戦争時はあのあたりも市街地からみたら高い位置
にあったのかもしれませんね。
因みに南州神社には行かれましたか?

>>74
私も結構、西郷さんに関する書籍を読んできましたがこの話は初耳です。
大変に興味があります。

77 :日本@名無史さん:05/03/07 18:29:36
俺も鹿児島に行ったことあるが地元では圧倒的な人気でした。
菓子などの箱には西郷さんの似顔絵や写真が書かれているし。
これだけ地元で愛される人物はそうそう出ないと思ったね。
なんだかんだ言っても凄い人物だなあ。

78 :日本@名無史さん:05/03/07 19:15:25
面倒見の良い西郷のもとには、老若貴賤を問わず多くの訪問者があったというが、
西郷は来客に対して、それが近所の童子でも自らが玄関に手をついて出迎え、子供相手でもきちんと正座して談話するのを常としていた。
(古今の英雄ばなしを、子供に易しい言葉で語って聞かせるのが好きで、近所の童子に慕われていたとか)
来客を見送る時は、再び玄関に自ら足を運び、「よろしく御頼み申します」と、相手より深々と頭を下げたという。

79 :日本@名無史さん:05/03/07 19:19:53
奄美では西郷は微妙に嫌われ者
観光のネタにはなってるけどね

80 :日本@名無史さん:05/03/07 21:54:10
政治家としての西郷は非道な悪人。
普段は善人ってことか。

81 :日本@名無史さん:05/03/07 22:13:58
私利私欲の無い政治家は善人だよ。
政治の世界における悪というのは、私腹を肥やす事だけだからだ。

82 ::05/03/07 22:22:25
西郷 大久保 木戸

83 :日本@名無史さん:05/03/07 22:25:21
私利私欲を捨てた政治家として知られるその3人の善良な政治家がどうかしたのかね?

84 :日本@名無史さん:05/03/07 22:31:33
西郷さんは立派な人だ。私利私欲が無かった。命を惜しまなかった。
虚栄が無かった。情に篤かった。

85 :日本@名無史さん:05/03/07 22:39:58
西郷  島津久光が屋敷を与えようとしたが断り、長屋同然の家に住み続けた。
木戸  西郷同様、生活は質素なものであり、死後も資産はほとんどなかった。
大久保 死後、8,000円の借財が残されていた。 

86 :日本@名無史さん:05/03/07 23:00:39
>>84
情に弱い人間が
武力で徳川潰そうとするかいな・・。

87 :日本@名無史さん:05/03/07 23:03:24
>>86
自分を慕う者にのみ情深いのです。

88 :日本@名無史さん:05/03/07 23:06:32
情に左右されずに幕府のような旧弊を一掃するのは、偉大なる政治家として当然の態度というものだ。

89 :日本@名無史さん:05/03/07 23:09:27
>>86
桐野利秋 村田新八 篠原国幹 別府晋介 永山弥一郎 辺見十郎太・・・


90 :日本@名無史さん:05/03/07 23:12:03
みんなナイスガイだよな

91 :89:05/03/07 23:18:45
>>87でした。スマン

92 :日本@名無史さん:05/03/07 23:26:09
>>86
日本のためでごわす。

93 :日本@名無史さん:05/03/08 01:38:49
月照と身投げして自分だけ助かった西郷。
後ろめたさは無かったんだろうか?

94 :日本@名無史さん:05/03/08 01:46:24
天が西郷に生きる事を命じたのだから、西郷が後ろめたく思う筋合いではない。

95 :日本@名無史さん:05/03/08 01:57:20
>>93
やっぱホモ心中だったのか?

96 :日本@名無史さん:05/03/08 01:59:24
当時の西郷は痩身のイケメンだったから、その可能性はある。

97 :日本@名無史さん:05/03/08 02:00:30
月商と身投げした時、西郷も死んだという説を聞いたことがある。
それ以降の西郷は別人なんだとか。
詳しくはしらん。

98 :日本@名無史さん:05/03/08 03:12:21
ホモ心中に失敗した西郷は、それ以降の余生において、
どうやって自殺するかということしか頭に無かった。

99 :日本@名無史さん:05/03/08 03:21:31
下衆な質問ですみませんが、
西郷は両刀使いだったんでしょうか?

100 :日本@名無史さん:05/03/08 03:44:31
100

101 :日本@名無史さん:05/03/08 10:18:04
結婚を3回し子供もいるのだからホモではないだろう。

そういえばこのところ「道州制」の是非が議論されている。
これは言い返せば「廃藩置県」を是正するということである。
よほど思い切ったやりかたで行わないと実行は不可能である。
この「廃藩置県」を推進したのが西郷さんだ。
また「廃刀令」もそう。
推進したのが西郷さんだったから全国の不平士族も納得したのである。

102 :日本@名無史さん:05/03/08 10:35:26
ダサツマ氏ね

103 :日本@名無史さん:05/03/08 12:00:21
 ↑
これしか言えない厨房.W

104 :日本@名無史さん:05/03/08 13:45:01
>>101
今も昔もホモ趣味のある人々の多くは結婚してますが?

105 :日本@名無史さん:05/03/08 13:48:16
アンチスレにあった、明治の初期に狩りの最中頭打って以来人格が変わってしまった
っていう話の真相は?

106 :日本@名無史さん:05/03/08 18:00:35
一かけ 二かけて 三かけて 四かけて 五かけて 橋をかけ
橋のらんかん 手を腰に はるか向こうを ながむれば
十六、七の 姉さんが 花と 線香を手に持って
姉さん姉さん どこ行くの 私は九州鹿児島の 西郷隆盛娘です
明治十年戦争で うたれて死んだ父親の お墓参りにまいります
お墓の前で手を合わせ なむあみだぶつと拝んだら
お墓の中からゆうれいが ふうわりふわりと じゃんけんぽん

107 :日本@名無史さん:05/03/08 23:51:05
石原裕次郎って、西郷どんに似てね?

108 :日本@名無史さん:05/03/09 02:49:50
鹿児島人は、縄文時代人からして、鹿児島人だった。
縄文時代の古人骨で、頭蓋骨をはかると、一般の縄文人は、
北から南まで、まあ、だいたい長頭であるが、鹿児島人は、
縄文時代鹿児島人ですら、「著しい短頭」なのだ。
それも、数千年前から、現在にいたるまで、著しい短頭。
つまり、鹿児島だけは、他の地域(九州内部の地域も含めて)
との混血が数千年にわたって、全く行われていないとみてよい。
現在の鹿児島人は、一応、日本語のような言語を話しているが、
あれは、せいぜいここ千年のことだろう。
アイヌ人などは、まだ、東北地方の人々と大いに関係ありなの
だが、鹿児島人だけは、まったくといってよいほど独自だ。
おそらく、鹿児島人種という人々なのだろう。
以前、JRの鹿児島駅に降り立ったとき、周囲の女性の顔がみな
同じ顔なのに驚いた。全員が、奥目で、たれ目で、黒目勝ち、
美人は細面っぽいが、たいがいは下膨れ顔。これが鹿児島人女性
のすべてに当てはまる。
これだけの要素があれば、鹿児島は、政治的にはおいといて、
日本人の住んでいるところではない、と考えてよかろう。
ちなみに、沖縄は、アイヌ同様、本土の縄文人と多いにつながりが
ある。

短頭=頭が左右に長く、前後に短い
長頭=頭が左右に短く、前後に長い
中頭=短頭と長頭の中間

109 :日本@名無史さん:05/03/09 02:54:13
78 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/27 23:20:26 ID:Uf/Cayc+
>>77
え?基本的には縄文人は長頭だと思うが。
短頭に近づくのは、弥生期初期ではないか。
ただし、鹿児島人は、最初っから「著しい短頭」なのだ。
たんなる「短頭」ではない。
これはもう、絶壁とかいうレベルでもなく、えぐれている
のではないかと思うほどなのだ。

ソースは、
池田なにがしの古人骨の本(講談社新書か、中公新書か、岩波新書)
だったと思うが。

110 :日本@名無史さん:05/03/09 03:49:20
>>109
縄文 短頭に近い中頭
古墳時代 中頭(この時期から長頭化始まる)
鎌倉時代 長頭(この時期長頭のピーク)
江戸時代 中頭(緩やかに短頭化)
明治 中頭(急激な短頭化始まる)
現在 中頭
もっとも最近短頭化傾向がとまった模様で反転長頭化傾向

cf. 鈴木尚著「骨からみた日本人のルーツ」(岩波新書)

111 :日本@名無史さん:05/03/09 09:38:22
他スレで↓の様に書かれてますがw

3 名前:日本@名無史さん :05/03/09 00:46:47
武士道の究極には男色がある。
薩摩は特に男色が盛んで、西郷隆盛も念友(男色相手)と
心中未遂事件を起こしたほどの有名な男色家であった。

112 :日本@名無史さん:05/03/09 10:12:58
西郷は男気も人徳も高潔な志も、申し分のない男だと思うが…
俺はこの男がどうも、好きになれない。(けっして嫌いではない)

んー。西郷どんは、

知性が感じられないのだ。
頭の回転が鈍そうなのだ。
デブは受け付けないのだ。

113 :日本@名無史さん:05/03/09 10:56:13
>>36
郷土で死んだっけ?
逃亡してなかったか?

114 :日本@名無史さん:05/03/12 20:39:02
西郷南洲翁遺篇「楠公」
奇策明籌不可模。
正勤   王事是真儒。
憶君一死七生語。
抱此忠魂今有無。


115 :日本@名無史さん:05/03/12 20:58:10
西郷南洲翁遺篇
「送藩兵為  天子親兵赴  闕下」
王家衰弱使人驚。
憂憤損身千百兵。
忠義凝成腸鐵石。
為楹為礎築堅城。

116 :日本@名無史さん:05/03/12 21:16:40
今でも田原坂辺りでは鉄砲の玉が落ちてるのかな?

117 :日本@名無史さん:05/03/13 19:18:24
忠義は凝りはらわたは鉄石と成れり。
柱となり礎石となり、畏れながら、堅城を築き奉らん。

118 :日本@名無史さん:05/03/13 20:13:44
うちの九州の友達のクラスメイトが西郷どんの子孫らしい。
その学校の先生に会って聞いたらそうだといってはった。

119 :日本@名無史さん:05/03/13 21:25:19
>>118
西郷隆盛の?弟とかの子孫じゃなくて?

120 :日本@名無史さん:05/03/15 18:57:51
西郷さんの子孫は意外に多いかもしれませんねえ。
どうなんでしょう?


幾たびか辛酸を経て志初めて固し
       ↓
西郷さんだから言える言葉

121 :日本@名無史さん:05/03/16 00:18:54
>>119

何年か前、西郷隆盛の直系の子孫(ひ孫:現在の西郷家当主)さんと仕事で
ご一緒さしてもらいました。

歴史上の人物の子孫を特集したTV番組などにも出演された事もあります。

顔は、上野の西郷さんとは似ても似つきませんw
しかし貫禄はある方です。

お父様(つまり隆盛の孫)が大臣経験者で、葬式の時の弔問客が大物ばかりで
えらく気を遣ったとか言ってました。

122 :日本@名無史さん:05/03/16 00:35:47
これほどの男である西郷の写真だけ存在しないのが、
どうしても不可思議だよな

123 :日本@名無史さん:05/03/16 07:32:51
>>76
遅レスですが南州神社には行ってないです
でも今は鹿児島に住んでいるので近いうちに訪ねてみたいと思っています
最期の地は隣にマンション?が建ってたりして本当に意外な場所ですよね

124 :76:05/03/16 13:35:26
私も初めて行った時は驚きました。
すぐ隣がマンションですからねえ。
南州神社の近くというか中に「つん」という喫茶店がありますからお時間が
あれば行かれたらよろしいかもしれません。
ここのマスタ−は大の西郷さんファンです。

125 :日本@名無史さん:05/03/16 13:44:10
何の根拠もなく、西郷隆盛の愛犬はポチという名前だと思い込んでいたのは、俺だけでいい。

126 :日本@名無史さん:05/03/16 14:25:17
>>121

西郷隆盛先生の孫で大臣経験者というと西郷吉之助氏でしょうか?
以前テレビでこの方を拝見したが上野の西郷さんに多少、近い印象が
あった。

127 :日本@名無史さん:05/03/16 14:26:43
>>125
いやいや。
誰しもわかりませんよ。
まさに愛犬の名前はツンでしたね(笑)

128 :日本@名無史さん:05/03/16 14:56:32
犬はツン(黒)とカヤ(柴色)と二匹飼っていた

129 :日本@名無史さん:05/03/16 16:34:59
今の世に西郷さんみたいな方がいたらどんな評価をうけるだろうか?
金を持っているだけのクソIT経営者の方に人が集まるのだろうか?

130 :日本@名無史さん:05/03/16 16:38:51
でもほりもえんは勝海舟に似たとこないですかい?
坂本龍馬みたいな奴がいればねぇ・・・。
アメリカは西郷さんを見習っていただきたい。

131 :日本@名無史さん:05/03/17 09:21:31
勝海舟ほど大人物ではないと思いますが。
ただ発想の大きさは少しは似ているかも。
アメリカも根底では西郷さんを好きなのかもしれませんね。
今の日本に西郷さんみたいな人間がたくさんいたらそれこそアメリカにとって
脅威ですよね。

132 :日本@名無史さん:05/03/17 13:17:12
>>114
大楠公、貴殿の、意表を衝く戦略や明瞭なお考えは計り知れないものがあります。
まさしく堂々と、大御国の御大事に勤しまれた公は、真の大学者であります。
小生は、七生報國のお教えを追慕して止みません。
かくのごとき忠魂を抱く士は現在おりますかどうか。

このような意味ですか・・・

133 :日本@名無史さん:05/03/17 15:59:36
     ↑
凄い!レベルが高すぎる。

134 :日本@名無史さん:05/03/17 18:03:22
鹿児島に下野したときから、西郷は辛かっただろうな。

135 :日本@名無史さん:05/03/17 22:08:04
みなさんは西郷さんが坂本龍馬を殺害したと証言した今井信郎を
手厚く保護したということから龍馬殺害の黒幕は西郷さんだという
推測がありますがそれについてはどのように考えられますか?
個人的には二人とも好きだからそうでなかったと信じたいものですが。

136 :日本@名無史さん:05/03/17 22:18:51
>西郷さんが坂本龍馬を殺害したと証言した今井信郎を
>手厚く保護した

今井の釈放に直接西郷は関わっていない。
今井が西南戦争で元幕府軍であったのに西郷軍として戦ったことから
今井の遺族が「うちの人は西郷と何か関係があったのでは?」という憶測から派生した眉唾話に過ぎん

137 :日本@名無史さん:05/03/17 22:18:54
西郷は、サムライというか、宗教者あるいは求道者的な存在
サムライというなら中村半次郎こそが真のサムライだと思う


138 :日本@名無史さん:05/03/17 22:42:09
村田新八の西南戦争時に洋装に日本刀をさした和洋折衷の姿に萌え。
しかし実際そんな格好して戦ってたのだろうか?

139 :http://www.geocities.jp/shouhishahogo/:05/03/17 22:43:21
あのね、歴史は勝った者が作るのですよ。
ですから、歴史の話はしても無駄なのです。
歴史ではなく現実の話をしてあげましょうね。


140 :日本@名無史さん:05/03/17 22:45:17
毎年、この時期になるとダサツマが異常発生するな。

141 :日本@名無史さん:05/03/18 12:13:56
>>140
つまり、薩摩厨は真性の厨房ということですか?


142 :日本@名無史さん:05/03/18 12:34:37
とはいえそんなことしか言えない人間ほど哲学も教養も無い厨房が多い。
批判しか出来ないという感じ。

143 :日本@名無史さん:05/03/18 17:58:12
勝海舟翁、南洲先生を詠ず。拝読以って海舟翁人物の威容が伺えると思う。

亡友南洲氏。
風雲定大是。
拂衣故山去。
胸襟淡如水。
悠然事躬耕。
嗚呼一高士。
亡き友、南洲氏。
風雲、大是を定む。
衣を払って故山に去る。
胸襟淡くして水の如し。
悠然、身耕を事とす。
嗚呼、一高士。

144 :日本@名無史さん:05/03/18 18:05:22
丁度、毛利敏彦「明治六年政変」を読了。
伊藤ってヤシは・・・・・・

145 :日本@名無史さん:05/03/18 19:02:50
>119さん
らしいです。でもあの西郷隆盛には似てなく細くて可愛い女の子
だそうです。

146 :日本@名無史さん:05/03/19 09:22:15
>>144
出版社はどこですか?
私も読んで見たいです。

147 :日本@名無史さん:05/03/19 09:42:58
>>146
「明治六年政変」は中公新書だけど、今絶版中。
もとになった研究書「明治六年政変の研究」も絶版だけど、有斐閣は
OD版出しているみたい。こちらは今現在約6000円。

148 :146:05/03/19 09:55:08
>>147

有難うございました。
今度、古本屋で根気よく探します。

149 :日本@名無史さん:05/03/19 15:24:48
名もいらぬ、金もいらぬ、命もいらぬ。

150 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 18:07:25
お酒は苦手だったみたいね。意外だった。

151 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 18:22:53
当時の薩摩人は、
今大人気の鹿児島特産の芋焼酎を、ほとんど飲んでなかったらしいな。
酒の蒸溜技術が乱雑で、洗練されたものじゃなく不味かったそうだ。
西郷もひょっとして日本酒を飲んでたかも

152 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 09:06:55
西郷さんは甘いものが好きだったみたい。

153 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 15:26:58
切腹を恐れる武士なんていなかったと思うけどw


154 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 16:20:43
西郷さんは西南戦争の最期は政府軍の弾に当たって死にたかったそうです。
切腹では死にたくなかったのでしょうね。

155 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 17:56:43
>>151
昔はそんなに美味しくなかったのですか。
それで焼酎は飲料としてだけではなく消毒薬として使われていたのかも
しれませんね。
ただ何かのHPで西郷さんは「石蔵」という焼酎を購入するため、蔵元を
訪問したことがあったらしい。

156 :日本@名無史さん:2005/03/24(木) 08:53:45
「石蔵」は熱燗にしたら美味しいです。
東京でも販売されていますね。

157 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 14:48:16
>>152
かるかんまんじゅうとか・・・
鹿児島県人会以外の人もこれを食べりゃにっこりだと思うがwおいしいですな。

158 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 14:56:57
>>150
鹿児島人はみな底なしの酒飲みというのは誤解でつよ。
例の伝統酒飲みゲームで負けたおっさんが酒をのむルールがいい例かな。
古くから酒嫌いな男がおおいんじゃないかしらん。
万が一酒飲みばかりならゼッタイ勝ったほうが飲むルールでしょW



159 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 14:57:00
でも、長崎のカステラがお好きだったみたいですよ


160 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 15:00:54
たしか風月堂の元祖あんパンも御贔屓だったとか。甘味においても確かな眼力。

161 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 16:27:35
お酒は苦手だった様ですね。
カステラが好物という話は有名ですよね。
風月堂の元祖あんパンの話は初耳でした。
このスレは本当に勉強になります。

そういえば昨年、鹿児島へ行ったときに「黒糖・西郷カステラ」いう
商品があったので購入しました。
あじはGOODでした。


162 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 18:40:49
私はかるかん好きですが「じゃんぼもち」はもっと好きです。
西郷さんの時代から存在していたのでしょうか?

163 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 19:09:46
西郷さんは西南戦争の人柱になるつもりだったのでしょうね。

164 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 19:31:29
堀内孝雄の「遥かな轍」を聴くとしみる・・・・・

165 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 21:31:48
西郷隆盛、鰯か雑魚か、たいに追はれ逃げかねた。


166 :日本@名無史さん:2005/03/30(水) 22:55:31
西郷は、結局何をしたかったんだろ?

167 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 00:05:05
西郷?高杉や木戸に比べりゃ、「屁」だ。

168 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 13:25:49
    ↑

こんなことしか言えない人よりはずっと立派だと思うが。
比較するなら具体的事例を挙げて欲しい。
俺は、高杉は好きだけどね。

169 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 14:07:52
↑ 自分では何もできない糞にそんなこと言う必要もない

170 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 15:05:23
>>161
先生のお食事ですが、全体として驚くほど質素ですよね。
何せ正三位陸軍元帥となった後も食事はほとんど塩むすび。


171 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 15:14:09
そんな粗食で、良くあれだけの仕事が出来たもんだな。

>167
高杉も良い仕事したけど、西郷と比べちゃいかん。
格が違いすぎるよ・・・。

172 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 15:26:15
>>163
【為楹為礎築堅城】
之を実行されたのではないでしょうか。
来るべき欧米列強相手の大戦争の備えとして
国軍が薩摩武人相手の実戦を経れば
我軍将兵あに精鋭無双ならざるやと
考えておられたのであろう。

173 :日本@名無史さん:慶長410/04/01(金) 20:33:48
薩摩西郷は仏か神か 姿見せずに戦さする

174 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 11:28:57
結局のところよくわからない人物だったのだな。

175 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 12:27:29
>>171
適度な粗食(素朴なメシ)のほうが、体力精力がつくんじゃないのかな?
焼肉食えばスタミナたっぷりと思っている偽体育会系よりはずっといいのかと。


ま、全然歴史と関係ない話だがな


176 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 13:19:14
体育会系と焼肉はいくらなんでも論点ちがうでしょW彼ら彼女らが焼肉をよく食べるのは
そうしなけりゃ体がもたないからなんでしょ。焼肉は値段的にも懐石料理・フレンチ・
イタ飯のような企業の管理職連がいつも貪り食うモノにくらべれば、ずっとつつましいし。

177 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 13:30:16
強いて現代に当てはめてみれば、最高級フレンチ・イタリー料理を会社
の金で今日もがっついてる、民主主義絶対とやら喚いて暴力を恣にした
団塊世代連中には特に耳が痛いエピソードだろう。

178 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 14:15:21
性格的に質素な方だったのだろう。
島流し時代も監視役がご馳走を差し入れしても決して口にしなかったといいます。
このときは「粗食で過ごした人間は死に顔が綺麗だから」という理由だったらしい。
既に死を覚悟していたのである。

179 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 17:33:04
南洲遺訓
http://www.kamou.co.jp/keiten/saigoikun.html

 政治の根本は学問をさかんにして教育を興し、軍備をととのえて国の自衛を強化し、
農業を奨励して生活を安定させるという三つにつきる。
その他いろいろの事がらは、みなこの三つのものを助長するための手段である。
 この三つのものの中で、時代により、あるいは時のなりゆきによってどれを先にし、
どれを後にするかの順序はあろうが、この三つのものをあと回しにして
他の政策を先にするというようなことが決してあってはならない。


180 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 17:34:44
↑これは西郷南洲(隆盛)の著です
まったくもってその通りな素晴らしい内容ですよね…

181 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 18:21:46
かつて戊辰の役で敵対した庄内藩の公子を始め藩士数十名が、明治三年南洲翁を訪ね教授を所望し
翁の親しく語るところを聞き一書に纏め、帝國憲法発布のころ刊行せられたのが南洲翁遺訓刊行の由来とされる。

182 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 18:30:52
庄内で南洲翁を慕うの人、其の後もすこぶる多し。
その地の旧制中等学校(今で言えば大学に相当か)でも
南洲翁遺訓が教科書として学生各位は日々吟じていたらしい。

183 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 18:54:16
南洲遺訓については明治元勲の一にして大書家なる副島蒼海曰く

『南洲翁遺訓一巻。区々たる小冊子と雖も。今之時に当り。故大将威容の厳
と声音の洪とを観るは。独り此の篇之存するに頼れり。』と。


184 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 20:51:35
戊辰で敵対していた庄内藩が南州遺訓の発端だったのか。
知らなかった。
一度通して読まなくてはいかんな。

軍事、教育、農業を柱とするのは全く現代でも同じだ。

185 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 02:36:23
軍事、教育、農業(食糧自給)。まったくもってその通りだ。

186 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 16:57:54
西郷先生が政変に敗れず明治政府のリ−ダ−でいつづけたら今の日本はこんな
腐敗した国にはなっていなかっただろうね。
まず、長州出身の人間はワイロをもらって蓄財出来なかっただろうしね。
残念な話だ。

187 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 18:19:12
そうともいえないでしょ。
現実に山縣を許してしまっているのだから。

188 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 18:34:50
>>186
いや、それはありえないよ
大体、彼はすぐ逃げ出してしまう
現実逃避屋だから、結局大久保が政務を見ざる
をえない罠


189 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 19:38:26
西郷か大久保が長く健在であったら、長州あたりの腐敗官僚は折を見て一掃されているだろう。
長州閥が先手を打って薩摩閥の足元を掬うのに成功した時点で、日本の堕落は確定した。

190 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 09:29:58
>>189
同感ですね。
西郷さんは一度は山縣を救ったが二度目は許さないでしょう。
それに部下の桐野たち薩摩閥が長州の連中を弾圧したでしょうね。
何せ新政府を恐れず西南戦争を起こすほどの勇敢な人間の集まりですからね。



191 :日本@名無史さん:2005/04/07(木) 15:08:43
軍事、教育、農業を柱とする→まあ軍事はともかく教育、農業については今の日本は
最低だなあ。
西郷先生は当時から将来の日本はこの三点が衰えると予言されていたのかもしれない。

192 :日本@名無史さん:2005/04/07(木) 18:43:30
軍事も最低じゃないか?
盾は持ってるかもしれないが矛はすべてアメリカ頼みなんだから。
攻撃と防御、これら両方を使いこなせなければ一人前の国家とはいえない。

193 :日本@名無史さん:2005/04/07(木) 21:34:45
そもそも西南戦争って、なんだったんだろう?
西郷が本気で明治政府転覆をめざして鹿児島から出陣したとは、どうも思えないのだ。
俺の想像だが、政府転覆まで狙っていたわけではなく、デモ行進のつもりだったのではないだろうか?
政府のやり方に対する抗議運動だったのではないだろうか?
それが思いがけず熊本城から砲撃されたので、しかたなく応戦したのではないだろうか?

西郷ほどの人物が、明治政府をつぶすなんて非現実的なことを、本気で企てるとは、どうしても思えない。



194 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 08:55:21
俺も西郷さんが本気で明治政府転覆を意図していたわけではないと思う。
転覆させるなら時間をかけて周到な準備をしていただろうし。
ただデモ行進で終わらせるなら何人かの護衛をつけて小規模にしただろう
しあるいは舟で江戸まで行ったと思うのですが。
いかがでしょうか?

195 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 19:19:29
西郷が西南戦争を企図していた形跡は無い。
私学校の血気盛んなスタッフが政府の挑発に乗って役所を攻撃した為に引っ込みがつかなくなり、
西郷としては責任者として全てを背負う事にしたというだけ。
悪く言えば西郷個人の私的な責任感以外には何の見識も無い行動であり、
日本各地でくすぶる士族反乱を鎮圧して中央集権化を図る政府の意図に乗せられただけという結果を招いた。


196 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 19:35:23
西郷先生が単独で中央政府に抗議に行く方が良かったかもしれない。
送り込まれたスパイは西郷先生の暗殺さえも企てていたみたいだから。
ただ西南戦争の最中、西郷先生はどんなことを考えていたのだろうね。

197 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 20:08:36
西郷が明治になって、頭が可笑しくなっていたというのは
考えられる。西郷は明治に入ってから、スっ転んでそのはずみで
頭を打って、軽い脳挫傷をおこしていたみたいだから


198 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 20:14:33
↑warata

199 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 22:31:13
西郷単独でやって駄目だったから下野されたんだろ。

200 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 09:10:08
もし仮に西郷軍の東京進出が成功し、挙兵の大義名分とされる
「政府への尋問」が行われたとして、西郷はそのあとは
どうするつもりだったのでしょうか。
そのまま西郷政府を樹立するつもりだったのでしょうか。

また、西郷暗殺の黒幕と思われている大久保や川路の処遇を
どうするつもりだったのか。
西郷には、彼らを処刑する覚悟があったのでしょうか。


201 :日本@名無史さん:2005/04/12(火) 14:26:11
処刑とまではいかないでしょうがかなりきつく叱責したでしょう。
ここで思うのは西郷さんが単独で江戸に行った場合、全国の各地に「西郷暗殺計画」
が知れ渡りそれこそ西郷さんを崇拝する士族があちこちで反乱したかもしれないと
あくまで想像ですが思ってしまいます。

202 :日本@名無史さん:2005/04/12(火) 20:14:13
大久保たちが西郷を暗殺しようとしていた訳ないだろ。
私学校の連中が密偵を捕らえた時に刺客だと勘違いしただけだ。
捕らわれた密偵が「視察」と言ったのを「刺殺」と聞き違えた有名な逸話も知らんのかい。

203 :日本@名無史さん:2005/04/13(水) 11:27:51
当初は「視察」→を「刺殺」と聞き違えたとの説はあったが、後になってその密偵の
一人が「最悪の場合、ぼうず(西郷さんの隠語)を暗殺せよ」と指示されたと証言し
ていたとの説も有力視されていましたね。
俺も大久保はまさかそこまでは考えてはいなかったと思うが責任者の川村あたりは
独断でそう指示したかもしれないね。


204 :日本@名無史さん:2005/04/13(水) 15:14:19
いずれにしろ、「西郷暗殺」騒動は、明治政府の
薩摩兵への罠だと思う
煽っておいて、薩摩兵を挙兵させ、それに対して
賊軍の汚名を着せて大義名分のもとに打ち滅ぼそうという
ただし、大久保あたりは西郷が直接立ち上がるとは
みてなかったんだろうな


205 :日本@名無史さん:2005/04/14(木) 14:49:02
挑発に乗ってしまったのだな。
それほど中央政府は薩摩の一党を目障りだったのだろう。


206 :諸橋 嘉久:2005/04/14(木) 15:44:29
http://snsi-j.jp/boyakif/diary.cgi?start=15&pass=

http://plaza.rakuten.co.jp/HEAT666/diary/200412290000/

上記のサイトは、「なるほど」と思わせる。

207 :長州人:2005/04/14(木) 23:16:17
今日、『代表的日本人』トップバッターの西郷どん読みました。
短いし、クリスチャン的解釈には違和感もありましたが、確か
に、彼は本物の男ですね。本格的に勉強すれば、吉田松陰からは
学べないものを、学べるのでしょうね。




208 :日本@名無史さん:2005/04/15(金) 15:37:33
私は「大西郷の逸話」を読んでいます。
西郷さんの身近な話が紹介されていて気楽に読むことが出来ます。

209 :日本@名無史さん:2005/04/18(月) 18:08:53
週末、江藤新平の姪か孫だかにあたる方が書かれた江藤に関する書籍を読んだ。
西郷さんのことは好意を持った表現で書かれていた。
佐賀の乱の後、鰻温泉にいた西郷さんを訪問した場面ね。
西郷さんは決して江藤を追い返したりしなかった。
鹿児島を出発する際には別れの酒を酌み交わしている。
桐野さんは江藤を匿おうとしたが江藤は固辞したらしい。
しかし大久保のことは多少、悪意というか憎しみが入った書き方だった。
まあ無理も無いが。

210 :sage:2005/04/18(月) 23:09:45
>>209
なんたって江藤新平は梟首されているからね・・・

211 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 00:42:01
江藤新平の生首写真が怖かった・・・
今でも佐賀の年配の人の中に佐賀の乱の恨みを持ってる人がいるみたいだね。

212 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 09:11:42
それは執念深いというか思い入れが強いというか。
でも気持ちはわかります。
私は江藤新平は非常に貴重な人材だったと思います。


213 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 10:17:16
戊辰の仇

214 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 14:40:29
>>211
大久保が朝の通勤ル−トを変更した原因は江藤の実弟ですよね。
当時、大久保はノイロ−ゼ気味だったらしいから。
また亡くなった西郷さんのことを「西南戦争中、吉之助さんは寂しかっただろうな」
と悲しんでいたそうですね。

215 :211:2005/04/19(火) 21:41:50
>>214
大久保利通は死ぬ寸前まで西郷さんから貰った手紙を大切にしていた・・・
この人の西郷さんに対する気持ちがよく現れてるエピソードですね。


216 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 20:52:42
象皮症で陰嚢肥大だよな

217 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 22:54:04
西郷どんってキンタマでかいんでごわすか?

218 :日本@名無史さん:2005/04/27(水) 20:22:07
きんたまがでかい、というより、タマ袋が異常に肥大していたものと思われ。

219 :日本@名無史さん:2005/04/27(水) 21:37:27
やはり赤報隊を使い捨てにした事が許せない。
相楽総三の名誉が回復したのは昭和3年だ。

220 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 02:36:09
ぷっ西郷。薩摩の田舎者はそうやって永久に西郷ドンとか言ってすがっていろ!
単なる野心家の簒奪者。しかも尊王を唱えながら孝明帝を暗殺し、竜馬暗殺の手引きさえして
責任は新撰組・見廻組になすりつける。
他の維新期の人物程、未来へのビジョンを持っておらず、結果、てめえが倒した武家社会出身者の
不平士族の反乱の頭目になり死んだ。自業自得だ。
上野に西郷の銅像なんて滑稽だよ。撤去しろよ。あそこに建つ資格があるのは、海舟か新撰組、彰義隊の連中だよ。

221 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 02:40:01
俺は今 就職活動で悩んでるんだ
だから 脱線事故みたいな不幸なことが起こると とてもうれしいんだ
人の不幸を 見聞きすることによって 心のバランスを保っているんだ

222 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 08:53:52
220
昔、あれを撤去汁!といった偉い台東区長がいたが、薩長連中が必死こいて反対し、いまだにあの醜悪なだらしない姿を晒している。

223 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 09:54:41
なんか一方的な憎悪が続いているな。
西郷さんも人間だから完璧ではない。
だが西郷さんなりに悩み最後は今までの自分の行為を振り返り若い薩摩人と心中
したんだから潔いといえば潔い。
その後だらだらと生き、私財蓄積に専念した長州閥よりは人間として綺麗だと俺は
思うがね。
徳川政府を壊滅させた後、酒田藩に対する寛大な処置をみても単なる野蛮人ではない
と思う。
むしろ江藤新平をまともな裁判をせずに死刑にした大久保の方が気違いと思うね。

224 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 20:03:03
酒田藩ねえ・・・
あそこは、西軍を1兵たりとも領内に入れてない。孤立しそうとみるや手堅く戦後交渉をまとめたし、列藩同名の中でも出色の藩だな。

225 :日本@名無史さん:2005/04/28(木) 20:52:46
西郷なら酒田以外にも庄内藩のあっさりとした戦後処置が有名だな。

226 :日本@名無史さん:2005/04/30(土) 07:28:03
西郷先生は大山巌元帥が奥州戦役に赴任するにあたり、贈った詩の中で曰く
慎メ哉雷火之術と。大山巌元帥は言うまでもなく丁度百年前欧米最強を誇った
露西亜陸軍を奉天にて撃滅したる我陸軍満州司令官其の人。

先生の大きさは、計り知れない。

227 :日本@名無史さん:2005/04/30(土) 07:53:48
4月28日220=221=222

228 :日本@名無史さん:2005/04/30(土) 08:59:01
>>226
慎メ哉雷火之術
   ↓

これはどういう意味ですか?


229 :日本@名無史さん:2005/05/01(日) 21:37:36
>>228
おそらく其処に雷火とは地雷もしくは水雷の事で、そのような残虐で、
無辜の民、農之民、漁之民を巻き込んで死に至る恐れもありうる、
兵器を奥州戦役で使うのは堅く慎むべしという先生のお考えかと私は思います。

因みに水雷は薩英戦争の時来襲した全盛期英海軍に対してやむを得ず使われたそうです。

230 :日本@名無史さん:2005/05/02(月) 13:09:44
>>229
有難うございました。
常に、立場が下の者を思いやる西郷先生らしいお言葉ですね。

ただどうしても理解できないのは、薩摩藩邸焼き討ちの原因になった、江戸の撹乱
策です。やはり幕府を挑発して暴発させなくては物事が進まないと判断されたので
しょうか。

231 :日本@名無史さん:2005/05/02(月) 13:15:28
心酔する島津斉彬があと10年生きていたら、西郷はどういう行動を
取ったか。徳川慶喜の使い走りでもしてたかな。

232 :日本@名無史さん:2005/05/02(月) 19:13:15
会津戦争で薩摩が会津人のキンタマ狩りまくって捨て置いたのは
西郷どんがまともなキンタマが憎かったからなのか?

233 :日本@名無史さん:2005/05/02(月) 22:50:43
>>232
西南戦争でも似たような話があったね

234 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 18:35:15
薩摩の主導で日本軍が作られていたらキンタマ狩り族として
日本の名が世界に轟いていただろうか

235 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 09:15:14
キンタマ狩りというのは、キンタマを切り取ってしまうのですか?
その後、切り取ったキンタマはどうするのですか?

236 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 09:25:28
>>232 そうだね、島流しにあったときフィラリアに罹患して
    デカホーデンだったらしいからw

237 :_:2005/05/07(土) 13:03:08
西郷さんは、西欧の闇の側面をはやくに見抜いていたそうですね。

238 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 13:10:40
>>237
「西欧の闇の側面」とはどの様な事柄ですか?

239 :_:2005/05/07(土) 21:00:43
西欧の華やかな文明の影には、数多くの略奪行為や無差別殺人があって成り立った
ものであることです。

240 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 21:09:39
征韓論とは言ったものの、日本は本領安堵が当時の限界と
悟ったうえでの出来事であろう。スサノヲに顔向けできない
ことをしたわけではないな。まあ当時の両国にたいしてだが。

241 :日本@名無史さん:2005/05/08(日) 11:07:12
>>237

西郷自身が「日本の闇」なのにねw

242 :日本@名無史さん:2005/05/08(日) 21:08:30
数多くの謀略を働いて、維新を成立させた最功労者が西郷な
わけなんだが。

243 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 03:35:47
それで私利私欲が無い、私事には拘らない、刃向かった敵をあっさり許す
大した男だ。

244 :_:2005/05/09(月) 14:14:16
西郷が「西欧は野蛮だ」と述べていたそうです。その理由は、暴力によって支配し
ているからです。

245 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 15:09:47
最近、ネットで読みましたが「明治維新」はイギリスのグラバ−とかいう
人物が黒幕だったという説があるそうです。
上のほうで「日本の闇」と表現していることはこういう事もあったのでし
ょうかね?

246 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 15:36:51
ヘタレ宰相三条に実美に債務を踏み倒されて破産したグラバーが何だって?

247 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 19:50:54
>>235
薩摩は偽札作りや偽骨董作りが得意だから、狩り集めたタマキン
を偽さつま揚げか偽いなり寿司にでもして売りつけたんじゃないの?

248 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 16:59:26
私学校祭文
蓋し学校は善士を育する所以なり。只だ一郷一国の善士のみならず。
必ず天下善士とならんと欲す。夫れ戊辰の役に。名を正し義を踏み。
血戦奪闘して。而して斃れたる者は。すなわち天下之善士なり。
故に其の義を慕ひ。其の忠に感じ。之をここに祭り。一郷之子弟を
鼓舞す。亦学校之職をつくす所以なり。

249 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 20:05:47
西郷は茫洋としていて大人物のように見えただけ。知能は平均より僅かに下。
大人物だと言われているが坂本竜馬の前では小物にしか見なかったという証言
がある。

250 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 14:49:53
ただ、あれだけの数の士族から慕われていた「人望力」は凄いと思う。

251 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 15:59:17
幕末に日向国出身でありながら昌平学問所奉行となり将軍家茂の待講となり、
明治元年に内国事務参与となった従二位勲二等秋月古香も、南州翁の学識を
高く評価している。

252 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 16:21:31
南洲先生遺訓より

英雄を誤らん事を懼れ、古人の語を取り是を証す。

譎詐方無ク。術略横出ス。智者之能ナリ。
譎詐ヲ去リテ之ニ示スニ大義ヲ以テシ。
術略ヲ置イテ之ニ臨ムニ正兵ヲ以テス。
此レ英雄ノ事。
而シテ智者ノ為ス能ハサル所タリ。

英雄の事業かくの如し。豈(あに)奇妙不思議ならんや。
学んで而して至らざるべけんや。

253 :熊襲隼人:2005/05/20(金) 00:18:33
タイムマシンがあったら西郷どんの所ばいって
生フェラして差し上げたいでごわす。

254 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 21:39:51
そろそろ新しく映画化してほしいな。

255 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 13:27:35
今こそ、西郷先生のご遺志を若者に教え込むべきだ。

今の世は、山縣有朋の様な奴らばかりだから。

256 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 15:56:42
>>254
禿しく同意。
先生役は武蔵丸が適役だと思われ。


257 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 16:38:53
ハリウッドあたりが(r

258 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 22:43:22
170p50kの俺ですが、
西郷さん役やってもいいですか?
ちなみに金玉は小さいです

259 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 12:30:29
>>253
それより顔写真をカメラで撮って現代に持って帰ってきてくれ。
この人が本当はどんな人相だったのか、未だに謎となっているのだ。
死後に描かれた肖像画はあてにならん。


260 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 14:18:15
>>257
全米が泣いたw

261 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 10:30:41
西郷隆盛? けっ。所詮、日本より鹿児ん島が大事だったんだろ? よそに
行って、九州出身だと言うと、西郷隆盛の話をする馬鹿の多い事。あんな大
金玉と一緒にされては困る。一言で言って、「九州の恥」。歴史教科書から
の削除キボンヌ。

262 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 10:33:45
↑お前が削除されちまえw

263 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 11:08:13
九州の中心でダサツマと叫ぶ

264 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 10:35:27
質問させてくれ。
幕末の行動を見て、色々あるが少なくとも善人とはみえない。
にもかかわらず、聖人君子だと礼讃されるのは何故だろう?



265 :大學ヘ授:2005/06/15(水) 10:45:48
世のため人のため決然起って死んだからです

266 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 10:59:38
>>264
どこまでも反権力




267 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 11:08:18
オレは維新前と維新後は全然イメージが違う。
維新後だけみていってるの?
幕末には好戦的で、いかにも老獪な策士ってイメージがある。
江戸をナラズ者使って人々に迷惑をかけたこと、平和理に大政奉還したのに
挑発して戦争を起こしたこと、ここらへんの支持派の評価はどう?

268 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 11:45:20
>>255
如何にも小心の猿顔だよな、山縣ww
袖の下は大好きだったらしいけどな。

269 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 10:32:06
明日の「その時歴史が動いた」のテ−マは、まさしく西郷先生。
楽しみだ。

270 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 11:15:58
西郷は月照とのホモ心中に失敗した変態キモ男。
その後は死に場所を求めて国中に騒乱を巻き起こし、
最期は西南戦争で国賊として討たれる。

271 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 11:59:03
>>270
だがそれがいい!
永遠の反権力!

272 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 13:34:10
西郷さんの凄さと高潔さ、私利私欲のなさは認めるし凄いと思う。
しかし、過大評価、美化評価されすぎなのもまた事実。他人の功績まで取ろうとするもんだからいかんね。
遅レスだが、<<101。
「廃藩置県」を推進したのは、木戸だ。もう廃藩置県の準備が90%までできてから、西郷は決定打の
ひと言を会議ではなっただけ。もちろん、この西郷のひと言がなければすんなりいかなかっただろうことは
分かっている。
しかし、2年にわたり政府高官を説得し、藩の殿様も説得し、既存権力主体からなじられながらも地道に廃藩
置県の基盤を作ったのは、間違いなく木戸なわけで。そういうのを「推進した」っていうんだと思うよ。
それを全部西郷さんにもってかれたんじゃ、辛いねー。
あと、廃刀令は、森有礼が唱えて、士族に殺されかけたって話を聞いた記憶があるんだが。
もう、西郷さんの功績なんて、嫌ってくらい理解してるからさー、他人の功績まで持ってかないでほしい。

273 :272:2005/06/21(火) 14:29:33
でも西郷さん自身は好きだな。
というか、維新三傑は皆まじで尊敬すべき政治家であり人物達だな。

274 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 16:56:06
>>272
廃刀令は蔵六さんじゃないの?

275 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 18:01:10
大村は明治二年に死んでるし、
具体的に推進していったのは森、ということではないか
俺は廃刀令についての具体的な経緯は知らんが

276 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 20:15:45
廃刀令の施行は1876年だが構想は蔵六さんだよ。
ザンカジョウにも・・

277 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 21:06:30
人間の頭より大きいモノをぶら下げて、よく生活できましたね

278 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 18:40:35
ホントにそんな大きかったのか
せいぜいリンゴぐらいじゃないのか

279 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 23:43:35
大きくなるときは大きくなる。
病院で働いているが、病気によってはカボチャほどの大きさにはなる。
南州先生は、御身体も魂も大きかったから、
あそこも、もともと大きかったでしょうに、フィラリアに罹り(ry

280 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 00:00:37
西郷どんを批判する奴は物事を表面的にしか見れないガキだな。

281 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 00:09:58
西南戦争は徴兵令により「一般人」で組織化された官軍に、来るべき列強との戦いに日本が打ち勝つために武士の能力、魂、を引き継がせるための壮大な
自作自演の演習。

282 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 01:21:35
みのがした残念
しかしこのスレもレベルが高いのか低いのかわからん
幕末明治期、新撰組とか動乱の時代の人だから今の倫理基準で評価しづらい。

283 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 01:46:51
薩摩は必死だよね


284 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 07:51:26
ダサツマは1日3回、西郷ドンでヌいてますから

285 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 13:40:37
こんな凄い逸材はもう登場しないかもね

286 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 14:15:49
>>282
西郷英雄的偶像化が許せる西郷ファンならば、いい内容だったんじゃないかな。
いままで一回も放映してない廃藩置県と徴兵を、いきなり西郷メインでやるのが
そもそも無理だったんだろうなー。
西郷オタク臭漂うあまりにも一方的な内容に笑っちまうよ。
自分、西郷好きだが、こうまで脚色されるとな。歴史好きとしちゃ痒い、痒すぎる。

287 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 19:42:59
「新撰組」で腹黒の陰謀家に描きすぎた罪ほろぼしと思われる。

288 :286:2005/06/24(金) 23:05:58
なるほど! 
あまりの説得力に脱帽だ。

289 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 16:31:30
で、明日の「その時歴史が動いた」は西南戦争。
どんな内容になるか楽しみだ。

290 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 00:06:07
>>289
何か、あの番組、ドラマ「田原坂」の映像を劣化させて使ってるように見えるのは
俺だけか?
先週の、軍隊整列、軍隊行進、西南戦争シーンとか。
どうも、どっかで見たようなって思ってたら、田原坂思い出したんだが。

291 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 07:01:02
>>272
説得と、責任を取るは、また別の作業だよ。
首をかけてなにかをなす人物ってのは、どこの世界にも必要。
最近の会社なんかだと下を切って、上を残すやつは多いけどな。
そういう意味では評価出来るんじゃないの?

292 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 18:25:10
>>291
できるだろうな。そこら辺は分かってて言ってるよ。
でも責任とる奴が一番偉くて功績独り占めしていいかっていうとそうじゃないだろ?
さらに、責任とる奴=推進した が常に成り立つ訳じゃないのも分かるだろ?
それを踏まえると、「山県が廃藩置県を推進し、西郷が決定した」ってのは西郷美化
しすぎ。ついでに、木戸伊藤を無視しすぎ。
まあ、西郷が一番好きな歴史人物ならそれでも満足できるのかもしれんが。
そうじゃない奴の気も、頼むから考えてくれ。
西郷は、無理やり他人の功績とらなくても、幕末期の活動、西南戦争での不平士族道連れ
心中で、十分語れる人物じゃないか。
何で、他の人物の功績まで吸い上げようとするのか。

お前さんは違うっぽいが、中には、それを丸呑みして、何で教科書には木戸が廃藩置県
やったて書いてるんだ!西郷ドン以外は全部クズ、とか言う奴もいるんだよ。
このようなファンを生み出す元凶は、現在出回っている何ちゃって歴史書だったり、
何ちゃって歴史番組だったりする。一見史実っぽいから、コロッと騙される。
そういうのを見つけたら、それは違うぞーと釘をさしておくのも歴史ファンの嗜み。

293 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 21:14:37
そもそも西郷ドンが山縣が直接談判してきた廃藩置県をあっさりと二つ返事で
受けなければ廃藩置県は根こそぎお釈迦だったと思うよ。
事の重大さを十分に感じ相当気合を入れて談判に来た山縣が逆に肩透かしを食らったほど。
薩摩を説得できる人間が後ほかに誰がいようか???
だからこそ西郷ドン大久保ドンは生涯久光候に恨まれた。騙されたと。
自国の殿を裏切る形になり二人の心労は推して知るべしだし。
西郷ドンは弁解と謝罪の手紙を久光候に送っているし。
こういった汚れ役の槍玉を買って出てくれた西郷ドンの功績も十分大きいと思うよ。


294 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 21:31:33
廃藩置県がお釈迦になれば、明治政府も財政破綻でお釈迦。
中央集権化は時代の必然であって西郷に選択権などない。

しかし結局西郷は時代の流れに逆らって賊徒として野垂れ死にする。
要するにただの馬鹿だったということ。

295 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 21:51:39

   ;⊆`.;,∽:つ;∵.'グチャッ
;∵.';:    ,:,o
@   =◎,,, /|:*∵.';: =⊃    なんだ、ダサツマひいただけか
  (∴(∴)   >   ________
  ,,,,,,""~~’~VVどん ,..-''" ̄    ∩_∩ ̄//"^、ヽ. ____
 (∵:(;;)   _,,..,.-;_'"        (・∀・ )__|| __ヽ \="zュ、 ̄\        〜⌒);;
((∞ノ,. ..:,''"´"    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/_  ̄ ̄`ヽ ̄└‐┘ヽ~,,  ̄`ヽ/      〜⌒);;⌒⌒)
  ∠..../___,____∠  /__r'^ヽ V´    ̄`i " r'^y' 〜⌒);;⌒⌒) ;;⌒)
  〔巨I ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄巨五I  。i゙⌒ヽ / ̄__!  / )|    ⌒);;⌒⌒) ;;⌒)
  〉同〉―――800――――j同ヲ ̄:; ̄ ̄|    |   ‐:::;;;;;;//、  ノ 〜⌒);;⌒⌒) ;;⌒)
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      ̄ ̄                 ̄ ̄    ⌒);;⌒⌒) ;;⌒)

296 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 22:47:32
>>294
選択権が無い・・?
刀を取るか受け入れるかの二つあるだろ?
国内最強軍があのタイミングでもし反を起こせば明治政府がどうなってたかなんて自明の理。
それどころか軍も政府も薩摩が大半を握った状態だし。
だからこそ薩摩の英雄を通してじゃないと廃藩置県がすんなりいかないと踏んだ山縣が
談判にいったんだろ。生涯この西郷に対する恩を忘れることが無かったぞ山縣は。

297 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 23:26:39
>>294
時代の流れに不満を持った徒を必死に静め来るロシアでの戦争でそのエネルギーを
爆発させようと必死に押さえつけたのが西郷ドンだがちょっとは勉強しろ。
あたかも火山の火口で昼寝をするが如し てのが当時の西郷ドンの心境だ。

298 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 23:35:47
うん、西郷の功績は認めるっつってんじゃん。
ただ、先週のあの番組(その時〜のこと言ってんだよな?)はどういい訳したって
到底、史実を知ってる奴が認められる内容じゃなかったんだよ。
で、そこに明らかに西郷びいきの意図的なこじつけなどが見て取れるから、文句言ってるんであって。
そりゃもう、あの時代に西郷が最も優れたカリスマだったとか、西郷どんのひと言がなけりゃあ、とかは
分かってるてば。
凄い人物だったからといって、史実歪曲してまでその人物をマンセーしても文句を言われる筋合いなし、ってことはないだろ?

299 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 23:45:48
本日のNHK【その時歴史が動いた】さらばサムライ。薩摩藩。 ラストサムライ薩摩藩士族 VS 徴兵制町民結成軍

300 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 00:57:38
西郷さんって、どこにでも誰にもいるようなちょっと面倒見のいい兄貴や先輩や上司を本質的には同じだろ?
なんとなく近くにいると安心できるような力強さを感じて、フワ−っと包み込むような人。

どこにでもいるから、イメージしやすくて「ああ、あの人と同じか。あの人に欲があれば天下取ってるな」とか。
そういうのがあるだろ。
だから西郷って人を直接知らなくても、親近感がわく。
で自分もそういう人になりたいと思う。

そういう感じなんだよな。

301 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 01:24:15
16 18
だいぶ前の話だけど、映画「ラストサムライ」の監督は、幕末の歴史資料で西郷隆盛を見て、勝元(渡辺謙)の人物像の参考にしたってインタービューに答えてたよ?って事は映画の最後の戦争は、西南戦争ってか?

302 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 01:40:10
だから薩摩に「サムライ」はいないんだってば。
いるのは武器を持った百姓だけ。

303 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 01:42:09
>>302
どうしたwww寝ぼけてかきこんだか??wwwww

304 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 02:22:45
西郷は、政府の挑発?にのってろくに準備もないまま決起した(容認した)のがのがダメだし、
決起したあとで熊本城の攻略に拘泥してしまった(押さえを残して博多方面へ進撃したほうがよくない?)
のもダメダメだ。(ただ、西郷の愛読していたという言志四録はなかなかよいぞ)


305 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 02:26:50
俺は西郷どころか明治政府そのものが嫌いですが何か?

306 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 02:37:30
お前の個人的な好き嫌いなどどうでもいい

307 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 03:20:20
本当のラストサムライは薩摩藩士族。

308 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 03:24:02
戦国武将の『加藤清正』により造られた『田原坂』により‥‥最後

309 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 21:34:13
>>305
会津厨おつw

310 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 23:50:51
「ラストサムライ」の渡辺謙の役が西郷どんをモデルをしてるなら、真田広之の役は間違いなく中村半次郎だよね!

311 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 00:44:33
>>310
中村半次郎って西郷の命を受けて京都で辻斬をしまくったテロリストだろ?
西郷も所詮暗殺主義者なんだな。がっかりだよ。
今の世でも光り輝く功績を世に堂々と残せているのは
坂本竜馬はんと中岡慎太郎はんだけだね!

312 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 00:49:36
坂本竜馬が明治も生きたらきっと薩長がのさばるだけの新政府とはまた別のものができていたはず。
この人だけだ心底憧れの念を抱ける人は・・竜馬さんは常に時代の50年くらい先を歩いていた気がする。

313 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 01:22:20
岡田以蔵の辻斬りよりましだろ。

314 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 15:21:52
中村半次郎は世間で言われるほど人を斬ってはいないよ。
本当は礼儀正しい人物だった様ですよ。
ただ「坂本竜馬が明治も生きたら薩長がのさばるだけの新政府とはまた別のものが
できていたはず」 というのは賛成。

ところで西郷さんがなぜ ”全国のサムライ達から絶大なる信頼があったか?”を
知っていますか?

315 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 15:35:34
>>312
>坂本竜馬が明治も生きたらきっと薩長がのさばるだけの新政府とはまた別のものができていたはず
具体的にはどう良くなっていたんだ?

316 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 16:56:43
何も変わらなかっただろうよ。

317 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 17:09:17
たられば話をするのはむなしさの強い事ではあるが、詳しく知りたいなら
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1109858370/l50
ここに来て聞きなさい。
船中八策で議会制を唱えるほど民主主義の未来を見ていた人物だ。
木戸さんとこの時点で同じ思想だし大久保が讒謗律を敷いて独裁主義を
走るような世にはなっていないよ。

318 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 17:29:37
>>314
礼儀?ふーん・・。

西郷を語る前にそもそもお前は 赤 報 隊 を知っているか?
慶喜の首をはねる為に進軍した鳥羽伏見の闘いなんて、
坂本竜馬が居れば起こっていないよ。
まずテロで戦を開くような下世話な真似を坂本は容認しないし
何より慶喜候を守ると大政奉還時に言っている。
鳥羽伏見も戊辰戦争も全て明治維新のなかで必要のない戦いだった。
むしろ一歩間違えれば北海道はフランスの租借地だったし、
欧米の植民地化を招かねない危険な戦争だった。
西郷は日本の首都で戦争を起こし町を焼き払おうとした。

319 :赤報隊:2005/07/01(金) 17:36:52
薩摩藩の西郷隆盛や公家の岩倉具視の支援を得て、1868年(慶応4)
1月8日に近江国松尾山(滋賀県)の金剛輪寺において結成される。
隊長は相楽総三で、公家の綾小路俊実、滋野井公寿らを擁立する。
隊の名前は「赤心を持って国恩に報いる」から付けられた。一番隊、二番隊、
三番隊で構成されていた。

相楽総三は、薩摩藩邸の浪士隊の総裁として、江戸市内において旧幕府軍に対する
挑発的行為としてテロ工作などを行い、これが戊辰戦争の最初の戦いである鳥羽伏見
の戦いのきっかけにもなった。

一番隊(隊長 相楽総三):江戸以来の相楽の同志が中心メンバー。
二番隊(隊長 鈴木三樹三郎):元新選組隊士が中心メンバー。
三番隊(隊長 油川錬三郎):水口藩士や江州出身者が中心メンバー。


320 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 17:40:22
ようするに西郷を語るなら表と裏ちゃんと見えていないと。
司馬さんも調べれば調べるほど見えてこなくなるといっていたな・・
得体が知れないと。

321 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 17:43:52
>>317
廃藩置県・地租改正・秩禄処分・廃藩置県・廃刀令
そもそもこんな利権絡みの政策をいちいち国民の顔色を伺いながら施行なんて出来るか?
議会が紛糾していたら重要改革も進まんだろう。
更に、教育が不十分なままで国政の判断の有無を”全”国民に委ねられるか?
明治初期に議会制なぞ時期尚早。大久保のような一部の有識者だけでの独裁政治で正解。

322 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 17:56:45
>>1
所詮、下級武士。俺の先祖は老中だぞ!なめんじゃねーよ!!

323 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 18:30:40
>>318
それで?
腐った政権を潰す為には手段を選んではおれん。
時には悪事をも必要とするさ。

そもそも龍馬の議会制自体机上の空論。

324 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 18:41:31
>>323
で自分もつぶされると。戦争主義の末路だな西郷は。
それに比べて坂本はマタドールのようにひらりと薩摩をかわして大政奉還。
坂本亡き後はマタドールの居なくなった闘技場で暴れまわり鳥羽伏見、戊辰。
戦争と恐怖政治しか頭にない薩摩は軍だけやってれば良いんだよ。
政治に絡むな

325 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 18:41:54
龍馬褒めまくってるやつは釣りだろう。
龍馬スレでついていけなくなったアンチかなんかじゃないか?

326 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 18:46:09
>>324
大政奉還は大久保越前によるものだが?

327 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 18:51:53
>>326
釣りか・・?

328 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 19:04:23
>327
お前龍馬スレに付いていけなくなったからって、このスレに噛み付いてくるなよ

329 :西郷隆盛は:2005/07/01(金) 20:01:54
明治維新最大の賊軍
今の日本の姿になったのも西郷隆盛の暴挙のおかげ


330 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 20:46:48
大西郷

331 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 23:08:29
1ペア

332 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 23:10:50
1ペア

333 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 18:49:13
新政府役人表を読んだ西郷隆盛は竜馬に言う。
「坂本さぁ。この表を拝見すると、当然土州から出る尊兄の名が見あたらんが、どぎゃンしたかの」
「わしの名が?」「わしゃ、出ませんぜ」
「あれは、きらいでな」「窮屈な役人がさ」といった。
「窮屈な役人にならず、お前さァは何バしなはる」
「世界の海援隊でもやりましょうかな」

334 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 18:50:38
作り話真に受けたらあかんぞな、モシ

335 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 00:24:37
>>317
その木戸は、321の指摘するような理由で、急進民主主義には反対だったようだぞ。

ところで、自分としては、西郷は大きすぎて理解不能。近所の兄ちゃんに対するような
親しみは感じられないんだが。
武士6千人を死地に導いたカリスマといい、明治に入ると悪い意味ではないが一種宗教家
のように思える。
司馬の書く、照れ屋的西郷は結構好きなんだが、史実西郷に詳しい奴に聞きたい。
西郷は、人前で人を威圧しないように小さくなってたってのは、翔ぶが如くのフィク
ションなのか? それとも、何か逸話があるのか?

336 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 05:19:52
>>335

「その時歴史が動いた」で西郷の義理の妹が西郷を語るテープが残ってて放送された。
貴重な証言なんでDVDに残しといたから再現すると、
「加治木のな、にせ(青年)さんたちがな。大きなにせさんたちがな。色んな話を聞きにおいっしゃった。
するといつでもな。あ(笑・・思い出すように)。
おらっしゃる頃に。「留守だといえ」主人にな、「おらんいえ」って隠れおらっしゃった。
あてが外れるのな」

優しそうな婆ちゃんの声で時々、笑いながら話す、あの声から察すると、青年達の来客を嫌ってるんじゃないな。
嫌って「いないといえ」って言ったんなら、笑いながら語らないだろうからね。
照れ屋な性分で積極的に会ったりするのが好きじゃなくつい隠れちゃうんですよって感じ。

文章や文字ってメールでも記事でもカキコでも全然違う意味にとれたりして誤解を生むことが多いが、
声は語らずともわかる雰囲気があるから貴重な証言だと思うよ。

337 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 11:08:33
坂本竜馬がグラバーなどのイギリス外資のバックアップを受けていたという主張もありますよね。
ハワイを統一した王様をイギリス、アメリカがバックアップしたみたいに。
明治維新は外資による日本の政権の転覆だったとして、西郷の立場はどんなものだったのかな

338 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 11:55:45
>337
龍馬とグラバーを結びつけたいんだろうが、全くの妄想。
イギリスが唯一公式にバックアップしたのは薩摩藩だけ。
フランスは時代の流れを読めずに幕府側との折衝の記録あり。
倒幕を予感できたイギリス恐るべし

339 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 12:07:39
>>336
血気盛んな薩摩の青年達がたびたび西郷さんとこを訪れては、
ちょっとでも西郷さんにあやかろうと、
しつこいぐらい根掘り葉掘り質問してくるから、
相手するのにもう面倒くさかったんだよ西郷どんは。正直なとこ。
安請け合いしない、
やるからには生半可な気持ちでやらないのが西郷さんだったから、
もう普段はなるべくひっそりとゆっくりしたかったんだよ

340 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 14:49:56
証言テープなんですが、鹿児島の維新ふるさと館っていう施設に
あるのでいつでも聞けますよ。
そのほかにもいろんなテープが残ってて、私が聞いた中では
西郷さんは奥さんのイトさんの作った料理をいつも
「うまい、うまい」といってべたぼめしながら食べていたと言い、
それが毎日毎日かならずいうので、イトさんはいつも照れていた、
というエピソードが印象に残ってます。
特にイトさんのご実妹(だったかな?)にあたられる方が、
少女の頃に実際に目にしたことを証言したテープであるため、
リアルさが伝わってきて、西郷さんやイトさんの人となりが
目に浮かんくる感じです


341 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 23:41:39
>>340
ありがd。
鹿児島って、そんな施設あるのか!さすが、西郷と大久保を生んだ土地だな。
いつかいってみるわ。

342 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 06:32:41
>>334
作ってませんが何か??

343 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 06:43:33
セクフレ募集スレがたつ
童貞のチンコがたつ
童貞が写真を>>1に送る
>>1が写真(童貞大百科、全二巻)を晒す
童貞激怒
そして伝説へ…←今ココ

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   /   ノ | /  ヽ ヽ、_/)  (\    ) ゝ  |
   |  |  | /   /|   / レ   \`ー ' |  |  /

344 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 17:30:14
>>341
ついでに。
維新ふるさと館のすぐ近くに西郷先生の生家跡地がありますよ。

345 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 01:22:00
味方を騙まし討ちにする西郷が高潔か?

346 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 05:37:58
二才さんって、 「青二才」 の二才か? >加治木のな二才さんたちがな

347 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 05:40:03
>>345 交尻

348 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 06:43:52
政治家は、清濁併せ呑む人物でないとやってはいけない・・・
西郷は、表の顔も、裏の顔も持つ、政治家だったのだと思う。
ただ、清貧で、情にも厚かった。こんな所が、支持される理由なんじゃないかな。
でなきゃ、自分が育てた学生に、「おいの体預ける」なんて、言えないよ。
幕末にはいなくちゃいけない人だったんだろう。
そして、明治になって、去っていった人だ。

349 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 22:27:01
薩摩系の陸軍軍人で、西郷さんに次ぐ大物といったら
野津鎮雄もしくは篠原国幹ですかね?

350 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 00:01:54
大山巌もおる。

351 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 21:46:52
ちょっと驚いたんで書き込み。
うちの婆ちゃん(94歳)の話なんだけど、婆ちゃんの伯母さんが子どもの頃西南戦争を体験したらしい。

婆ちゃんの伯母さんは当時7歳か8歳くらい。熊本の小川に住んでたらしい。
西南戦争当時、危険だから夜でも麦畑に隠れていたそうだ。
俺の曾婆ちゃん(明治9年生まれ)が赤ちゃんで一緒に隠れてたんだけど、泣き声で居場所がばれるから泣き止ませるのに苦労したらしい。

小川って田原坂とは熊本城を挟んで逆だから官軍に破れて敗走するときの話かな?と思うんだけどそこまでは聞いてないみたい。
西南戦争って言えば教科書で習った歴史上の出来事だと思ってたから、身内が遭遇していたと聞いて超驚きました。あーびびった。

352 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 07:25:00
了解

353 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 10:22:12
うちの田舎は、西南戦争で敗走する西郷軍に略奪された村。
だからって誰も恨んでないけどね。

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