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室町時代がやたら影が薄い件について

1 :日本@名無史さん:05/03/05 20:53:52
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2 :日本@名無史さん:05/03/05 20:58:00
>>1
あんたの頭の方がはるかに薄いと思うが・・・。

3 :日本@名無史さん:05/03/05 23:02:48
↑ちがわい

4 :日本@名無史さん:05/03/05 23:06:50
薄い?

まさか。

三戦板の人間だけだろ、そんなこと思ってるの。

5 :日本@名無史さん:05/03/05 23:25:22
くそぅ不覚にもワロテしまった…

6 :日本@名無史さん:05/03/05 23:31:13
時代の印象

7 :日本@名無史さん:05/03/05 23:34:11
大河ドラマ「花の乱」は濃かったぞ

8 :日本@名無史さん:05/03/05 23:42:16
無知な人には薄い時代に見えるんだね

9 :日本@名無史さん:05/03/05 23:56:18
平安時代は、王朝文化に象徴されるような、日本独自の、第1回のアイデンティティが
出来た時代で、室町時代は、第2回のそれと言える。
中央の権力が弱かった分だけ、公家の地方分散もあり、いろいろの文化が花開いた。

日本が日本たりうる基盤ではないか。これを軽視すると、半島の人がいうように
日本は、半島のものまねということになる。
時代の後半は乱れに乱れたが、小さい政府の雛型があった。なにがよくてなにが
悪かったかの教訓は、山ほどある。

10 :日本@名無史さん:05/03/06 01:18:21
時代が乱れた戦国時代も、その荒々しさと華美好みから
豪華絢爛の安土桃山文化が花開いた。

11 :日本@名無史さん:05/03/06 09:08:59
なんか全体的に見て荒れた時代という印象が濃い。

12 :日本@名無史さん:05/03/06 10:45:54
清水克行「室町社会の騒擾と秩序」(吉川弘文館)読むと室町時代が熱い時代だったってわかるよ。


13 :日本@名無史さん:05/03/06 11:56:06
南北朝時代のお話もなかなか面白いですよ

南朝の天皇の末裔が吉野山にいたいなかった とか

くじ引きで決まった将軍とか

14 :日本@名無史さん:05/03/06 12:22:16
>>12
いや、江戸以後を「春」とすると室町はなんていうか「冬」の時代という感じ。


15 :日本@名無史さん:05/03/06 12:46:48
というか江戸時代以前はゴミ屑みたいなもんだから

16 :日本@名無史さん:05/03/06 14:58:19
>>14
根拠無し。

江戸時代が春というのもわからんし、室町が冬だとも思わん。
マンガドラマレベルのイメージで語るなよ。

17 :日本@名無史さん:05/03/06 15:36:04
一休さんだってこの時代だぞ

18 :日本@名無史さん:05/03/06 16:01:20
俺は室町は春、江戸は秋のイメージだな。

19 :日本@名無史さん:05/03/06 18:58:46
明治に洋風化して多少修正されたが、日本風な生活様式というのは、このころ
確立したのではないか。めしも3度食うようになったし。文芸が宗教から分離
し出したし。狂言のおかげで、全国共通語がまがりなりにも出来たし。

20 :日本@名無史さん:05/03/06 22:17:10
現代は間違いなく「春」だが。

21 :日本@名無史さん:05/03/09 00:14:32
奉公衆の整備とかは絶対王政に比されたりもするね。

22 :日本@名無史さん:05/03/10 23:08:10
庶民とか文化とか日本独自の風俗とか
そういうものが芽生えた時代という印象


23 :日本@名無史さん:05/03/13 08:03:27
雑談だが、>>18 の言い方は >>20 と対比すると、>>20 はホリエモンで、合い方は
現代が「秋」だろうなと思った。境遇、立場で見方が違ってくる。

24 :日本@名無史さん:2005/04/07(木) 22:26:32
金閣銀閣の和風建築をあげるまでもなく、
日本文化の基礎はすべて室町時代にできた。

25 :日本@名無史さん:2005/04/08(金) 19:06:27
俺は華やかな時代よりも、しみじみとした時代のほうが好きだけどな。

26 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 02:27:03
承久の変から応仁の乱までが日本史の黄金時代。
最高に面白い。
鎌倉室町に比べたら、
戦国や幕末は子供向け番組

27 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 02:34:41
北畠顕家公や菊池武光公が活躍した時代だぞ!!室町時代をバカにするな!!南朝万歳!!

28 :日本@名無史さん:2005/04/11(月) 00:28:52
アゲ

29 :日本@名無史さん:2005/04/11(月) 22:27:00
室町時代の影が薄いのは、当時の太陽の活動が弱かったからに相違ない。

30 :日本@名無史さん:2005/04/11(月) 23:42:48
そういえば、14世紀は、欧州では氷河期のような気候で、いろいろ困ったり、
ペストがはやったりしたというのがあるが、日本での具合の悪い話をそんな風に
説明というか、述べている例は、目にしないな。
浜名湖では、このころ地震があって、水路が変わって、今切とかの地名が生まれ
たが、関係ないかな。

31 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 12:03:02
ただ尊氏が天皇裏切ってるから戦前の教育で逆賊→あまり話になってない→影うすいって構図?

32 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 12:07:47
鎌倉、室町こそ日本と支那朝鮮との分岐点なんだけどなあ。
地方の自発性と衆議という習慣があったからこそ、日本の近代化は可能だった。

33 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 12:28:06
御成敗式目こそマグナカルタに相当するな

34 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 12:51:52
明治維新は反日親中革命だからな

35 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 13:03:31
ほとんど印象に残ってないなあ・・・。
日本の教育は古代、江戸幕府、近代史の三点セット以外は無視されてるような気がする。

36 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 13:36:16
室町時代に現代日本の基礎ができたんだけどな。


37 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 15:47:22
>>32
> 地方の自発性と衆議という習慣があったからこそ、日本の近代化は可能だった。

これって定説みたいなもんなの?

38 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 15:59:31
こんな地味な時代の歴史に夢中になる人っているの?w

39 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 01:33:47
経済的にも社会安定でも文化的にも暗黒時代であったといえる。
なにせ武力政権の全盛期。

40 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 07:24:26
おまいらほんとに日本史やってるのかと小一時間(ry

41 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 08:50:07
いちみさんざん北条氏以降はかけあしで、すぐ江戸時代に行く教え方しかしてない
からではないの。明治に入ると時間切れとか。
少なくとも50年前はそうだった。

42 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 09:53:54
>>41
俺の高校はかなり変わっていた。
日本史は高2・高3の2年間にかけて学んだが、まず最初の1年目にペリー来航
から始めて第二次世界大戦終了までの近代史を学び、次の2年目は織豊時代
から幕末まで学び、最後に古代史から中世末までの歴史を学んだ。
しかし時間が足りなくて、結局鎌倉・室町は間に合わなかった。
でも正直言って、日本の中世史はどうでもいいような気がする。

43 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 19:28:22
足利義満の時はやばかった。

こいつは中国との朝貢貿易やってて日王の称号もらってたのは知ってるな。
で、さらには天皇になろうともしていたのも知ってるか?

こいつが天皇になっていたら、形式上日本は中国の支配下になっていたわけだ。


44 :日本@名無史さん:2005/04/19(火) 20:02:51
南北朝の尊氏生前と戦国の信長登場までは、
いろいろ調べると面白いが、時代の英雄達の知名度は低いと思う。

45 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 08:28:27
>>38 夢中ってわけではないが、見なおしてもいいのではって気分。
>>36 の言われるように、平安時代に次ぐ日本のアイデンテティの形成時期では
ないかと。昨今日本ってなんだと思うとこの時代に来る気がする。その割に
>>31 のお考えのような経緯で、陰が薄い。

NHK で尊氏をやったときにやっと尊氏が世に出たとかの話があった。話が前後
するが、家康が足利でなく新田の後裔と詐称したのも、あの時代から外聞をはばかる
風潮があったのかと勘ぐったりしている。

話題が飛ぶが、田舎に行くと大きな農家なのに、門もなく玄関もない家がある。
入り口を入ると土間があってすぐ居間みないなところを見る。
  NHK の家族に乾杯とかにも出てくる。
都会でせまい敷地でブロック塀をめぐらし、家と塀の間も歩けないくらいなのに
玄関があったりするのを見ると、地方ではまだ室町時代の建築様式を引きずって
いるのかと思ったりする。これぞ日本かなと。

46 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 11:55:26
尊氏の評判を悪くしたのは徳川光圀でしょ

47 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 17:48:32
>>31
社会全体に暗雲が立ち込めた時代であったことは事実。

48 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 18:22:37
>>47
こりゃあからさますぎて釣られにくいだろうに


49 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 19:14:31
なんか、明治時代によくあった「江戸時代暗黒論」みたいな陰謀くささを感じるな

50 :日本@名無史さん:2005/04/20(水) 19:36:30
>>47 釣られを覚悟で。
京都を中心とした情勢はそうだろうけれど、小京都といわれる各地では、
小金持ちが生まれて、公家まがいの栄華を満喫したところもあった。
南北朝にかかわる豪族同士の争いも尾を引いてあったろうが、余り記録が
ないので、話が京都中心にかたよる傾向にある気もする。
期間の問題はあるが、加賀、山城、堺などもいい目を見たのではないか。

51 :日本@名無史さん:2005/04/21(木) 19:57:25
>>50
なんつーか穴ボコボコの理論ですな。

52 :51:2005/04/21(木) 20:02:24
と、思わず釣られてしまった俺。

53 :日本@名無史さん:2005/04/21(木) 21:09:25
>>50
俺も釣られる。
戦国時代って応仁の乱終焉から信長上洛までの間は、
京都を中心に語る奴ほとんどいないぞ。

54 :日本@名無史さん:2005/04/21(木) 22:12:10
>>53
スレ違い。


55 :日本@名無史さん:2005/04/21(木) 22:21:40
>>50
でも室町時代って荒れた時代って印象あるよ。
240年の歴史のうち、始めの60年は南北朝、最後の100年は戦国。

南北朝にかかわる豪族同士の争いも尾を引いてあったろうが、余り記録が>>
ないので、話が京都中心にかたよる傾向にある気もする>>
ん?
これについてもうちょっと詳しく。

56 :50:2005/04/21(木) 23:26:03
>>53
突っ込まれるとくわしくないんで困るんだが、>>47 の暗雲とか言われると京都で
大勢の難民(戦火などで)が出たのを思い出す。地方でも食えないんで都へ人が
集まるってのもあるんで、地方でも食えなかったんだろうとは思うが、地方で
どうだったかが(おれには)分からない。その割に公家なんぞ(人数は知れてるが)
地方へ行っている。

57 :50:2005/04/21(木) 23:52:56
>>55 荒れた時代ってのに異論はない。(また司馬厨といわれるのをこれも覚悟で
言うと)街道へ行くだったかなにか、南北朝時代以降相続制度が不確定で、叔父甥、
兄弟の争いが多かった、アコギな人間しか出ていないので、小説に書く気がしない
と書いていた。ま、欲得で荒れて人倫がなかったと言うことでしょう。
南北朝が尾を引いているというのは、南朝派北朝派の色分け地図を見ると全国で
モザイク様に分かれている。隣同士で違うというのは動機を押して知るべしと。

一方こういう世の中でありながら、僧侶や連歌師や寺社の御師が全国に散って
いて文化の平準化が進んでいるというのは面白いと思う。

58 :日本@名無史さん:2005/04/22(金) 21:38:49
日本中が親類同士で争ってるので、敵味方が同姓だったり、裏切りは
日常茶飯事で色分けがわかりにくい。ヒーロー不在ということもあり、
小説に書かれたりすることもない。
歴史が人口に膾炙するのは文学からといういい例

59 :日本@名無史さん:2005/04/23(土) 00:27:33
要するに、学ぶべき時代ではないということですね。
わが校の先生が近代史を優先して中世史をあぼーんしたのには
理由があったのか・・・。

60 :日本@名無史さん:2005/04/23(土) 07:35:04
そういう悪さが横行していたのかと、悪智恵がつくのをおそれる人は教えたくない
時代だという気もするが、歴史を知ることにムダはない。

61 :日本@名無史さん:2005/04/23(土) 13:37:28
惣や惣村など農民の自治要求が高まったことからもわかるように
支配者層がDQN過ぎ立ってことだな。
兄弟親類入り乱れての喧嘩、返り忠といって昨日の敵が今日の友になる
道徳心のなさ、ばさら大名などというほりえもんみたいな金と権力の亡者
が跋扈していたし、二条河原の落書に現れたような治安の荒廃が全時代
通じて続いていた。こんなDQNな時代、とてもじゃないが誇れないよ。
人間の質が著しく低かったんだろな、この時代は。こんだけアホぞろいだと
織田信長や豊臣秀吉がかえって偉く見えるね。

62 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 01:01:03
人間の質が低いとどうなるかを示した、壮大な社会実験だな。

63 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 01:52:34
>>62
2ちゃんねるについて仰っておられるのですか?

64 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 10:56:00
>>63
そういう見方もできるねえ。全世界から見られているかも知れないので、
壮大な恥さらしかも知れない。

65 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 20:35:37
いやあ、韓国のネチズンの方が恥さらしだから大丈夫だよ。

66 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 18:22:53
室町時代の混乱の最大の理由は、
政権担当者の武士階級が経済の現役でなくなったことが最大の原因だろう。

鎌倉時代には、武士は武装地主としての利権代表者だった。
室町時代には、武士が商業活動の主役にならなかった。このため、経済の実態を把握できなくなった。
また、相続を平等に行ったために、代を経る毎に、
かつて大領主だった武士の家系も零細地主へと転落していったことも大きい。
関東武士団の弱体化の原因はまさしくこれである。

67 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 22:38:27
んで、「たわけ」がという。今は「戯け」の字を当てているが。

68 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 13:54:59
室町時代に今の日本文化や風俗の元になったものが
ほとんど確立したんだが、
そんなDQNな時代か?

69 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 13:57:18
ちなみに、歴史上
中世があるのは、ヨーロッパと日本だけだぞ

70 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 14:24:28
飢饉が多いイメージ

71 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 20:59:51
室町ってずっと騒乱ばっかりじゃないのか

土一揆とか

72 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 21:04:54
こんな時代だからこそ、ただひたすら忠義を尽くした
楠木正成みたいな人物が評価されると思うのだが、
今の扱いの軽さはなんなんだよ・・・

73 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 00:28:29
正成も戦後評価がた落ちだよね
本人のせいじゃないのに



74 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 12:48:08
正成がただひたすら忠義とかw

75 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 01:02:06
a

76 :日本@名無史さん:2005/06/15(水) 01:36:17
>>69
なんで他にはないんだろ

77 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 09:47:55
生活全般板にこんなスレがあった。

ttp://life7.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1118143637/l50

78 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 20:55:29
漏れは江戸時代の髪型より室町時代の髪型の方が好きだな。服飾もまた然り。
あの淡い色の服にロングヘアー(若い娘の話だけどな)


79 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 22:52:11
江戸時代の髪型が髷になったのは、華美になったという側面もあるが、ものの本に
よると活動的になったためというのもある。

現代でも(言葉は古いが)職業婦人はショートカットが多い傾向。歳を取って長い
とボリューム感が出難いというのもあるが、仕事のし易さを優先しているとも言える。
長い髪はグウタラな場合もあるが、どの生活シーンを重視しているかが分って面白
い。と駅などでヒマなときは眺めるのも面白い。

80 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 01:48:49
>>31
戦前のウヨ史家の神様・平泉澄は「逆賊足利の子孫の歴史を教える事は国民の教育の為によくない」と言っている。
(今でも講談社の学術文庫で平泉の「物語日本史」が発売中)
もっとも、そう言って足利義満の皇位簒奪の野望の事実を隠蔽しているとマトモなウヨなら怒るべきところだろうがな。

81 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 02:03:01
光栄が「足利将軍の野望」「細川氏の野望」を出せばいいだけのことだ



82 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 02:17:19
「細川氏の野望」・・・1.室町 2.戦国 3.平成

83 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 20:02:00
久秀の野望

84 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 20:27:33
室町って東山文化ってイメージ

85 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 03:38:20
後醍醐天皇の野望

86 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 03:39:48
>85
南北朝

87 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 12:37:43
どうでもいいが饅頭と羊羹と外郎は室町文化ざんすよ。

88 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 15:34:24
平安時代だそうだよ。ただ練り物は、お汁に入れて食すものだったので
今の感覚とは違う。

食し方は、豆腐に近い。

89 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 21:44:58
>>88 起源つうより普及ね。

90 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 23:18:23
室町時代に関する資料ってどれくらい残ってるの?
太平記や義満関係の他、よく知らないのだけど

91 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 23:27:10
室町時代には公家日記がけっこうたくさん残ってますよ。
荒暦、薩戒記、建内記、満済准后日記、看聞日記、二水記、親長卿記、後法興院日記などなど。
室町幕府の役人が江戸幕府の旗本として生き延びて残した文書もけっこうあるし。
もちろん東寺や石清水みたいな古い寺社にもいろいろ残ってるし。
ちょっとぐぐればいくらでもひっかかると思うけど。

92 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 23:30:27
>>91さんありがとうです
室町時代って史実に関すること{4代目から応仁の乱前まで}を細かく調べようとしたら翻訳本とか無くて
なので、史実に関する本で有名なのはないのかと思っていた

93 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 23:41:14
素で室町時代が一番面白いと思うが?
政治的に荒れていたからこそ、文化的には最高点に達した。
日常に死に直面していたからこそ創造力が花開いた。
将軍以下みんなが禅の修行者にして、文化の担い手だった。

シナにも西洋にもない、日本独自の深い精神文化とは何か?
曰く能、茶道、古流武術。これらはみんな室町起源のものだ。
日本の絵画の黄金期はいつか?宗達や等伯の出た室町末期だ。
日本の陶芸が最高度に達したのはいつか?言うまでもなく茶の湯の流行により
独創的な茶碗が創作された室町〜安土桃山時代だ。
近代以前の文化としては、和歌は奈良・平安に、俳諧は江戸に及ばないものの
他のものは大抵、室町時代が最盛期だと言っても過言ではない。

94 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/19(火) 23:49:12
>>91
『北野社家日記』、『大乗院寺社雑事記』、『蔭凉軒日録』、『碧山日録』、
『臥雲日件録抜書』、『山科家礼記』なども、お忘れなく。
一条兼良の著作もあれば、『応永記』以下の戦記物も、案外多い。
禅僧の著作や、抄物も豊富です。『庭訓往来』は、近世にも有名でした。
『閑吟集』の知名度は、低いのでしょうか。

95 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 21:03:20
>>93
「シナ」なんて言葉を平気で使うキチガイに日本文化を論じて欲しくないな。

96 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 21:17:51
確かに、普通に一般世間の常識に合わせることができないようじゃな。

97 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 21:23:26
室町おもしろいネ〜
京都と鎌倉のバトルサイコー!
三管領四職でバトルロイヤル

98 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 22:24:47
>>95
じゃあ西田幾多郎も和辻哲郎も、日本文化は論じられませんね

99 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 22:25:24
chinaがおもいっきりシナですが。

シナチクでもチャンコロでもなんでもいいんじゃない?
あっちも日本のこと日本って言ってないでしょ。

100 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/20(水) 22:47:23
岡本綺堂が論じていますが、シナはよいが、支那は駄目という(悪字の為)。
あちらからすれば、やはり「中国」と呼んで欲しいでしょうし、わざとらし
くシナ呼ばわりする事も無いでしょうが(都知事の世代ならまだしも)。
近世の話ですが、「唐史」では、日本を「日本」と呼んでいるのだから、倭
と呼ばず、日本と呼んで欲しいと、朝鮮通信使が頼まれています。
もっとも、対応した人間の、どちらかといえば個人的な要望であり、日本側
も「唐人」と呼んでいるではないかという反論もあって、立ち消えましたが。

>あっちも日本のこと日本って言ってないでしょ。
流石に、公では「日本(リーベン)」と呼ばれています。
相手がああだから、こちらも中傷めいた言い方を、というのは子供っぽい。

101 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 23:14:13
戦中派世代ならともかく、2ちゃんねらーの世代なら、普通に「中国」でしょ。
公教育の場でもマスコミでも、全部「中国」で育ってるんだから。

悪いけど、今の時代、「シナ」なんて特殊な場合以外、めったに使わない。
本当は脳内でも「中国」とまっさきに浮かんでくるくせに、わざわざ「シナ」と
おきかえて発言したり書いたりする不自然さは滑稽なだけ。

石原の場合は、自己のスタンスの表明や挑発のための意図的なものであって、
本人だって自然に使ってるとは思えない。そんなのを真似してもアホらしいだけ。

102 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 23:21:51
>>95>>100>>101
「シナ」という一語に過剰に反応し、>>93の内容についてはなにも語らない人達。

103 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 00:27:12
それにしても、Made in China ってのはよく見る。

104 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 21:38:52
>>102
「シナ」という一語で>>93の内容はまったくの無価値と化している。
他を貶めることで自らを高めようとする言動になんの価値があろうか。



105 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 21:45:07
某都知事の場合はマッチョ気質の男根主義の表れだな>他を貶めること

106 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 22:15:32
>>104
不思議なことをおっしゃる。
どこにもない日本だけの文化のことを語っているのに内容が無価値とは。

>>他を貶めることで自らを高めようとする
おまえの脳内変換による妄想。そこまで書いてねーだろ。

107 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 22:19:47
某都知事は明らかに自分以外のものをなんでも貶めて、豪傑ぶってるわけだが。

108 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:15:38
>>106
地球上に、他国・他民族の文化の影響を受けていない「どこにもない」文化など存在しない。
すべての文化は対外交流を前提とするもの。孤立した文化は文化とは言わぬ。


109 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 22:16:53
     | l, | __L -|‐‐ト|   ト|、l_i_ /  l、   |
     |、ノi | ト,|_ヽ|ハ|    ノノノノルレノ ,' |   |
     |、!ハハl !:::::r、i'     !:::::::r /ハ,/ |   ,'
     | `|  l ー '"´   ,  `ー' l l-ゝ |   |
     |  l. ト、             ノ l   .|   |  影が薄い・・・かも
     |  ー-ゝ、` 、   ' _,. - 'i´ !   |   .|
     |   | ', `ヽ、`i'"´,ト、 ー┘  |   |
     |   |  ヽ ,、 `ー'/  ヽ.     |    .|
     |   |   /天',´       ヽ、   |    |
     |', ,l   ヽ/ ヽ,〉/ , '"´  i.   |     |
     | ',ノ       /'´     /   |     |


110 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 01:49:39
室町と言えばみそしる

111 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 02:15:32
イルボンの文化はすべてウリナラ起源ニダ。108も認めているニダ

112 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 08:13:40
文化と文明の概念を混同している気がする。

113 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 21:10:26
政権は安定してなかったが
中央対地方のバトルがたくさんあり
おもろいとこあるけどね!

114 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:39:22
>>109 なっちんはだまってろ

「もののけ姫」は室町時代をモデルにしていたらしいが、
庶民の生活レベルはあんな感じだったのかねぇ。

115 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:40:05
薄いかね〜

116 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:45:14
試しに手近な人間に「室町幕府の室町はどこにある?」って聞いてみよう。
自信をもって答えられるやつがどのくらいいるか。

117 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:46:57
将軍権力が弱すぎたんだ。
なのに義満だけは異常ともいえる権勢を誇った。
不思議だ。

118 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:02:17
>>116
「鎌倉幕府は鎌倉のどこにありましたか?」って聞いてみても結果は同じじゃないの。


119 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:28:08
 個人的にはこの時代の絵巻物とか結構好きだったりする。
(特に「十二類合戦絵巻」。)

120 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 19:54:23
>>118
鎌倉は狭い。
室町は京都の一角。しかも常に将軍がそこにいたわけではない。


121 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 01:32:37
>>120
何が言いたくってそのレスを>>118に返してるの?

122 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 18:18:03
尊氏"やい、おまいら!!幕府ができますた。室町に集合しる!
後村上"詳細キボンヌ
義満"1392年は南北朝合一ですが、何か?
後小松"南北朝合一キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
後亀山"キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
後醍醐"南北朝合一程度で騒ぐ厨は逝ってヨシ
尊氏"オマエモナー
義持"--------勘合貿易終了-------
義教"--------勘合貿易再開-------
富子"再開すなDQNが!それより息子うpキボンヌ
赤松"嘉吉の乱うp
義教"↑誤爆?
義昭"将軍age
義政"ほらよ息子うぷ>富子
義視"息子?降臨!!
義昭"将軍age
義輝"15第将軍ageんな!sageろ
義昭"将軍age
義輝"将軍age厨uzeeeeeeeeeeee!!
朝倉"ageっていれればあがると思ってる香具師はDQN!
松永"弱い将軍がいるのはこの幕府ですか?
義晴"氏ね
義栄"むしろ生きさせて
義昭"将軍age
義輝"義昭必死だな(w

123 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 19:02:01

           /: : : :/       ハ \
       /: _: : : /      _/ : : \_ヽ
.        /: : /: \:L -‐.:':´!: : : :l.: :l: : : : :\
       /: : :'‐- 、_7‐ 、l:: : :|: /|/|:./|l: |: : : : :ヽ
      l : : : 「 : : ̄イ  ̄!: :|:.l/ ' j;ハ:| !:l: |: :| : : !
.      l: : : : :ゝ'´::::l'´ ̄l: ハ! ̄` ー-j//|::/ : : |
      l: :l: : : : .::;:-l:: : : :l/´「「J下ヽ   く´!/://
      | :l : .: :.::/ ' 〉:: : : :l  弋_ソ     ,.、/:://
      |:l: :.:::/:l:!. l.l:::,:: : l、ヽ:.:.:.:.      {ソlイ
      |l: .::/:::!:::`lj/_ヽ:: ! ヽ\       ノ:.|〈
      l.:::/::::l:::::::l::::l   \   `  cュ   ノ :l
    l::/:::::l:::::::l_l__         /:∧!   んあー
    l:/::::::!;: -┴- 、 、`丶、`; ‐--.イlハ/
.   〃::/: : : . . . . . \\ :ヽ:::/://
  /::::/: : : . . . . . . . . . ヽ: ヽ: ヽY
 /:::::/: : : . . . . . . . . . . . :|: : |: :|:l



124 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 21:08:03
義昭といえば、ぎしょうと読む坊さんがいたっけか?


125 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 23:45:44
>>99
中国人は日本人の事を小日本って呼んでいましたよ。(シャオリーベン)
飯食いに行った時も店の小姐(女性店員)が真剣に小日本ってって言ってました。
一週間ぐらいいたらそれぐらいの悪口は聞き取れるよ。
って言うかあいつ等日本人を舐めすぎ。ちなみに上海です。

126 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 23:49:13
宗主国ですからエライつもりなんです。
中国4千年の勘違いですから、簡単には直りません。

127 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 23:43:59
よく分からんが、自分より小国に劣ってるのは、自虐なのか?

128 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 16:43:52
利泰

129 :日本@名無史さん:2005/08/05(金) 23:21:11
日本文化っぽいことは、たいてい室町が発祥です。

130 :日本@名無史さん:2005/08/05(金) 23:38:52
>>124
足利義満の息子で大覚寺門跡だった男だな。
兄の足利義教が将軍になった後、京都を脱走して反乱軍に参加、
最後は逃げ込んだ先の薩摩で幕府の命を受けた島津家の手で殺害されている。


131 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 08:19:11
おとなしく門跡をやってれば天寿を全うできただろうに。

132 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 09:32:34
何となくだが、武士が公家化してきた時代のような気がする。

133 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 09:49:02


日本のマスコミ不人気投票やってるぞ 朝日ダントツ!
http://www.amiva.com/an/vote002/tvote.cgi?event=002&show=all



134 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 10:06:29
一休さんスレ、いつのまにか行方不明に・・・。

なんだかなあ、とほほ・・・

135 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 11:18:44
影が薄いと思ってるのは一部の人たちだけでそ。
最初期と最後期には日本史上まれに見る大混乱期があって、中期には応仁の乱で鎌倉からの
守護地頭体制の崩壊。
文化的にも現代まで続く庶民文化の萌芽が現れた時期。知れば汁ほどおもしろいよ。

136 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:28:12
>>132
むしろ公家が平気で武家みたいなことをやってた時代というイメージがあるのだが。

137 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:40:02
>132 >136
未だ公家と上級武家が完全には未分化だった時代なのでしょうか。北畠家なんかは公家か武家かよく分からん。
完全に分化したのは「武家諸法度」「禁中並公家諸法度」が制定されて以降でしょうか。
(それでも広幡家の者が武士になった後に公家になって清華に列せられたり
鷹司家の一員が武家として大名になってたりするけど)

138 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:44:36
支那

139 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:49:01
室町は、幕府が朝廷を吸収したことで画期的!

140 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:52:57
>>137
おっしゃるとおりだと思います。
公家と武家と間の垣根は、時代がくだるとともにだんだん高くなっていったと思われます。
広幡家や吉井松平家(鷹司家)も、室町時代だったら伊勢北畠家のように、
公家の身分と武家の身分を両方保持できていたでしょう。
どちらかを選ばなければならなくなった時代、それが江戸時代。

141 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:55:19
官位の面でみれば足利将軍は大納言クラスだっけ?
鎌倉将軍や徳川将軍に比べればランクが低いような。。。

142 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:57:56
>>141
末期の頃だけで考えてないか?
義満・義持は太政大臣までいってるぞ。

143 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 20:22:55
義満は前太上大臣・前将軍として権威を高めた
義満は源氏長者もいってた?

144 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 20:38:15
清和源氏で最初に源氏長者になったのは義満では?

145 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 20:46:21
>>142
義持は生前は内大臣までしか行ってないよ。
足利家が「望めば太政大臣になれる家柄」だったのは確かだが。


146 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 20:47:28
>>144
清和源氏で最初に源氏長者になったのは足利義満です。
ただし、その後も村上源氏から何人か源氏長者が出てますけどね。

147 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 20:49:33
鎌倉将軍の最高は実朝の右大臣?

148 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 21:24:01
土佐一条氏も公家なのか武家なのか。
一条教房の子孫が本家を継いでるし。

149 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 21:26:29
足利義昭は将軍になる前に興福寺の門跡をやっているけど、なんで
藤原氏の菩提寺の門跡なの? 本人は清和源氏なのに。

150 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 23:51:10
室町幕府って、鎌倉幕府や江戸幕府と比べても、将軍の独裁政権という性格が強いね。
だから、嘉吉の乱みたいなことが起こると大混乱に陥る。

151 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 00:02:08
逆にいえば、将軍個人を暗殺すれば政権を転覆できると考えるような奴が出るのも、将軍独裁政権である所以か。

152 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 00:02:53
>>137
京都で幕府をやったせいもあるような気がした。

153 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 01:02:48
>>152
北畠の場合はそれ以前に南北朝の遺産という面が・・・

154 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 07:42:23
鎌倉・室町将軍は突出した者は大臣クラスの官位を得るけど
普通の将軍は大納言クラス。

江戸時代は公家の官位と別枠で武家の官位が用意されてたので
徳川将軍が大臣になってたといっても前時代の将軍達より格が
上がったとも言いがたい。

155 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/08/07(日) 09:26:08
>>137
武家の故実というのが、ようやく成立しつつあった時代でしょう。
それまでの故実といえば、「弓馬の日記」などが中心では。
貴族化=軟弱化というイメージが強いですが、寧ろ上流化といった方が良い
かもしれません。文化程度も京都が圧倒的な時代でしたし。
中世なら貴族が武力を振るった例も多いですし、地位が低いと荒事に関る可
能性が多かったのは、公家側だろうが武家側だろうが同じ事。
どうも、近世の相反するイメージで捉えられる事が多いですが。

156 :愛国者:2005/08/10(水) 12:12:57
逆賊の作った幕府など影が薄くて当然です。

157 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 13:51:56
>>156
北朝に対しては逆賊ではない。
南朝が正統ということにされたのはいつだか知ってるか?

158 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 15:28:48
逆賊高氏の汚名は千古に残る!!!

159 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 18:26:52
時代劇板と大河ドラマ板でさんざん叩かれたのに、こっちでもやってんのか。逆賊厨

160 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 21:24:35
>高氏
>高氏
>高氏

後醍醐天皇から尊の字をいただきましたが、なにか。

161 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 22:14:21
ぎゃくぞくこうし

162 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 01:33:13
本日は逆賊高氏の生誕700年目に当たります。
希代の逆賊の西端を盛大に祝ってあげましょう。

163 :逆賊高氏:2005/08/11(木) 16:44:06
あきらけく岩戸を出し朝より天てる神の国ぞさかゆる
君は百世宝は三の護りにて異国よりも国ぞ久しき

164 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 18:24:08
>>162 :日本@名無史さん :2005/08/11(木) 01:33:13
>>本日は逆賊高氏の生誕700年目に当たります。

で、今日が誕生日というソースは?
尊氏の幼少時の記録が残っているなら貴重だ。早く出せよ。

165 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 23:44:51
     曰   \  もう、わかんないんです….            /
     | |      \      ∧_∧        ∧_∧      /
    ノ__丶 ∧_∧\ ハァ...( ><) ≡3    (>< )うう… /__|
     ||鬼||( ><)  \  |  ⊃ヽC      C/⊂  |     /|||||
  _ ||殺||./   [¢、)  \  、_( ))     ( ( )_ノ..    / | ̄| ∧ ウウ・・・
  \ ||し.||∪ ̄ ̄. ̄ ̄\ \      ∧∧∧∧∧.   ... ./  |  |<)
  ||\.`~~´ ((二゚。◎彡) \ \   < の   わ >  /  |  |⊂ | わかんないんです…
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄   \  <     か > ...../   |  | ∪
   .  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||      \< 予   ん > /
 わかんないんです…        <       な > /
―――――――――――――――<  感   い >―――――――――――――――――
      ∧              ∧ <      ん >
     / ;わかんないんです / <.  !!!   で >
    /   ';          /   .<      す >       ∧_∧∩ / ̄ ̄
   /    ;______/    ;/∨∨∨∨∨\       ( >< ノ<先生、わかんないんです
  /                    /         .\  __/ノ   /   \__
 /  ┯━┯         ┯━┯ ./            \\   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
.|   ..)   ) _____  )   )/    /      ヽ   .\||\          \
|   ...(   (  ;,      / (   (/.    /        ヽ   ..\ || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||


166 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 12:46:27
鎌倉幕府からみたら逆賊高氏。

167 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 14:31:30
>>166
それは逆臣。朝廷に従っての行動なので逆賊とは呼びません。

168 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 14:47:01
>>166
高氏と書き続けるお前はそのレベルね。
恥ずかしい奴だ。

169 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 17:08:33
>>148
>>153

土佐の一条家、伊勢の北畠家、飛騨の姉小路家は後醍醐帝によって国司に任ぜられた家柄
でしょ。もともと南朝の側近公家だったのだから、(公家が武家化したとかいうことではなく)
成り立ちも意味合いもハッキリしてると思われ、、、

170 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 17:58:16
>>169
姉小路、北畠はともかく、土佐一条は応仁の乱後にできたのだが。

171 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 18:52:02
成立が似ているというのなら、伊勢北畠・飛騨姉小路・伊予西園寺が本来の意味での3国司だよな。

172 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:18:48
逆賊高氏は決して自分の手を汚しません。
汚い仕事・危険な仕事はすべて直義や師直にやらせる男です。

173 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:57:22
>>171
北畠さん家は何であんなに尚武の気風なの?

顕家サンはアレだし、具教サンは“一の太刀”修めてんだよね。

174 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 20:45:51
>171
伊予西園寺って国司だっけ?

175 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 22:47:49
>>174
もともと京都にいる本家が知行国主。

176 :169:2005/08/13(土) 09:20:29
うあ、間違って覚えてたか、、、

伊予西園寺についてどなたか詳しく

177 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 19:19:10
>175
単に宇和庄の領家というだけだったんでは。。。

で、南北朝時代に西園寺家庶流の西園寺公良が食い詰めて
宇和庄に下向したら現地の人達に主君として暖かく迎えられたと。

178 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 23:33:56
>>177
鎌倉時代の西園寺は明らかに伊予の知行国主だよ。
愛媛県史にもそう書いてある。

179 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 13:21:17
時代小説、大河ドラマなどでの取り上げられ方が、他の人気時代に比べ少ないのが原因か?
調べれば面白いエピソードが色々あるのに。
明応の政変とか。
知名度が無いけど。
歴史の教科書にも出てないかな。



180 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 13:22:38
康暦の政変とか寛正の政変も。

181 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 21:40:23
古川薫「炎の塔」を読んだけどつまりません。
南原幹夫「天下の旗に叛いて」は物足りない。
安部龍太郎「彷徨える帝」はまあまあ。
PHP文庫の「佐々木道誉」「小説太田道灌」は金返せ

182 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 00:52:17
>>181
PHPなんて読むのなら、まともな人物叢書を読め。

183 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 00:59:36
>>182
はて? なんで人物叢書を読んでないって決めつけるかな。

184 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 01:15:23
>>183
すまん、早とちりだった。
今は反省している。

185 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 09:03:22
戦国初期は一般認識では室町時代とは思われてないし、応仁の乱はその後に続く戦国時代
への過渡期といった感じでドラマにするには最後の盛り上がりに欠ける。肝心の
建武から南北朝あたりまでは人間関係が複雑すぎて視聴者に理解されにくいってのが
あるかも。大河ドラマの「花の乱」と「太平記」(だったか)もやや難しかった。

186 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 18:55:24
太平記はあの時代が舞台であれだけ視聴率を取ったのは奇跡。

187 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 20:29:07
俺の受信料が逆賊礼賛ドラマに使われたなんて〜
許せ〜ん

188 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 20:28:03
逆賊厨のおかげで、賑わってきたな。

189 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:02:14
>>185
>戦国初期は一般認識では室町時代とは思われてないし、

どういうこと?

190 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 10:55:38
室町時代は将軍の統制が弱すぎたといことでは?
年表を見ると前半は南北朝時代という別名があるし、後半は戦国時代
という別名がある。平安時代や江戸時代にそんな別名はない。

191 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 11:50:06
>>190
そうか?
室町は鎌倉や江戸に比べて、将軍個人の意志や性格が幕府の政策に一番ストレートに反映されやすい幕府だと思うが。

192 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 12:47:11
幕府所領や幕府軍なしで権威と名目だけでよく統制が取れたものだと不思議に思う。

193 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 17:05:28
麻原尊氏

194 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 17:25:27
それにしても近現代スレばっかだなぁ

195 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 01:15:34
>>192
それは貴方が近世以降の社会システムを基準に中世を見ているからだと思います。
ちなみに、
奉公衆=将軍直属軍
奉公衆所領=原則幕府料所

196 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 05:32:21
一休さんの話をもっと!

197 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 09:34:02
太平記は歴史に興味ないクラスメートも見てたな。
花の乱は・・・

198 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 14:34:26
一休ってどこで語ればいいんだろうね。
漢詩の話なら股間板いくべき?

199 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 18:06:04
室町幕府における奉公衆と、
江戸幕府における旗本って、
性格似てる?

200 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 18:14:43
戦国時代、奉公衆はどこに消えてしまったの?

201 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 18:21:22
>>200
大部分は最末期まで消えずに残っていると思うけど。
あと義晴期には奉公衆の再編も行われている。

202 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 21:03:31
美濃の明智や遠山って奉公衆だったそうだが、
あいつら早々に奉公やめて専業の地元の豪族になってない?

京都から離れたところに所領を持ってた奉公衆は
地元の大名の家臣化してたんでないの?

203 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 21:58:08
奉公衆ってのは、有力守護家の一族なんかが結構いるから、そういう家は場合に
よっては守護の一族として行動することはあると思うけど、奉公衆が完全に
守護の被官化してしまうことなんてあり得るのかね?
あと奉公衆の所領ってのは基本的に畿内近国にある。
六角や若狭武田のような大名は、かなり末期に至るまで自分の勢力圏内にある
幕府料所や奉公衆所領を保護している。

204 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 02:04:29
最末期まで存在している有力な奉公衆というと、
伊勢、摂津、大館、三淵、荒川、本郷といったあたりかな?
あと、常時在京しているのかどうかわからないけど、
細川(典厩家)、赤松(有馬)、佐々木(朽木)あたりも奉公衆だよね。

205 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 02:05:42
奉行人の飯尾、松田、布施なんかも最後の頃までちゃんと残っているな。

206 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 03:09:29
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%89%E5%85%AC%E8%A1%86

これ見ると、奉公衆と奉行人は別物のようだが。

207 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 18:13:38
室町幕府の奉公衆って鞆について行ったのと、本能寺後に光秀に付き従ったのといるけど
鞆について行った連中は、その後どうなったの?

208 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 13:09:48
股間板>>198って、古文漢文板ってことか。

209 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 03:02:12
>>208
さうですよ。
古文漢文と言うと敬遠されがちですが股間と言えば親しみがもてるので
なかなか素敵な略称でせう。
股間痛でも室町時代は影薄いんですよねえ…。
五山文学が好きな人なんて少ないでしょうし。

210 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 03:29:56
>>207
家が断絶しなかった奉公衆の多くは、最終的には江戸幕府によって旗本とかに拾われているんじゃない?

211 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 16:44:34
幕府創設で結構雇ってるからね。まぁ大名になったやつはいないんだけど・・旗本
でも大盤振る舞いだよね。

212 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 21:38:06
躁鬱病のくせに幕府作るな
うざいんだよ
氏ね

213 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 22:26:34
>>212
誰が生きているんだ?
お前は池沼か?

214 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 22:53:46
足利尊氏
丸顔でニコニコ社交上手、話術巧みで友人や親を大切にします。
見栄っぱりで金づかいは荒いほうです。自分の理想実現のためにに全力
尽くす方です。親や他人にも精神、物質両面で惜しみなく援助して
いく方です。神経が細かく直感力が鋭く偏屈強情な直情型です。
頭はよいが金運が弱く配偶者や実子との縁も薄く病難周囲にあるでしょう。
小数グループの人と力を合わせて互いの才能が認められれば最高です。
資産家、商売人として成功して金持ちが多い家系です。よい収入源を得て
金運、子供運、仕事の実績運強く内外の信用は抜群で生活は堅実、一時的
損もすぐ取り戻す事ができます。極端で黙っているのでおとなしい人かと
思うと人や場所が変わるとまるで人が変わったようにぺらぺらとしゃべる
人が多く極端から極端へはしります。また競輪、競馬、競艇、株、マージャン、
パチンコなどの投機性の強い趣味の持ち主で一度悪い楽しみを覚えると
せっかくの蓄財も使い果たして一家が悲惨な状態に追い込まれることが
ありますので注意してください。身内より他人に気前良いでしょう。
しかし着実に努力してすすめば吉となる運です。
健康面では、手足の病気ケガに注意してください。開運法は、
自分のやりたいこと、好きなことを徹底してやることが大切です。

215 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 00:37:54
>>214
それ、足利銀行の頭取だよ

216 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 03:30:13
躁うつ病っていうよりキチガ(ry

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