5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【論争】 講座派と労農派 【史学】

1 :日本@名無史さん:05/03/17 01:01:07
最近はこの事象を知らずに史学科を卒業する人もいるといいます。

古くて新しいこの論争を私たちなりに咀嚼し、見解を述べてみましょう。


2 :日本@名無史さん:05/03/17 01:12:05
2げとなら労農派に鞍替え

3 :日本@名無史さん:05/03/17 01:12:51
           __     _
         \|\_\  ∠ /|/
            |○|  |○|
    _| ̄|○   _     _   ○| ̄|_
          / /|)  (|\ \
          | ̄|        | ̄|
        / /        \ \

4 :日本@名無史さん:05/03/17 01:17:10
盛太郎もえ

5 :日本@名無史さん:05/03/17 01:18:24
決着ついてるの?学説的に

6 :日本@名無史さん:05/03/17 01:29:17
>>5
戦後の農地改革で決着がついた

労農派は資本主義経済が発展すれば、それに伴って地主・小作関係も
変化すると主張

講座派は日本の地主・小作関係は特異なモノだから、上からの強力な
権力の介入が必要だと主張

講座派はそれを革命政府だと考えていたが、実際にそれを行なったのは
日本を占領したGHQだった

しかし農地改革には、権力の介入が必要だと考えていた講座の主張は
GHQの政策によって、その理論的な正しさが立証されたのは歴史の皮肉か

7 :日本@名無史さん:05/03/17 01:45:02
おいおい、この話題させたら、漏れ一人で語っちゃうよw

8 :日本@名無史さん:05/03/17 01:50:59
明治維新は革命だったのか、クーデターだったのか。
この点では、労農派の主張の方が正しいと思うけど。



9 :日本@名無史さん:05/03/17 02:07:22
明治維新にとは幕藩体制を崩壊させ、強力な中央集権体制を
確立した絶対王制の成立だと思われ

その後の自由民権運動の成果によって、絶対王制から
欽定憲法を制定し国会を開設、ドイツ風の帝国体制に移行完了

その後は普通選挙の実現によって、イギリス風の立憲君主体制に
移行する可能性もあったが、軍部の台頭によって、その可能性は
完全に閉ざされた

10 :日本@名無史さん:05/03/17 10:22:22
>>9
自由民権運動があってもなくても、
憲法制定は西欧列強と制度面を同じくするために不可欠だった。
その時期が若干変わるくらいの差は有るだろうが、
そんなものは、絶対王政打破となる西欧の革命とは全く違う。

11 :日本@名無史さん:05/03/17 12:14:07
幕藩体制=徳川幕府が絶対王政とは言えないから
倒幕を果たした明治維新が革命だとは思えない

廃藩置県は革命というより
強固な中央集権体制の確立=絶対王政の成立
だと思われ

絶対王政の成立を革命とは呼ばない

12 :日本@名無史さん:05/03/17 13:07:06
>>11
別に変革すべき対象は絶対王政である必要はない。
封建制度を革命で倒し、市民社会が来たっていいんだから。

封建制度‐絶対王政‐市民社会
っていうルートを勝手に作り上げるから、
無理に明治政府を絶対王政に位置づけざるを得なくなる。

13 :日本@名無史さん:05/03/17 13:23:43
すげー。
歴史はじめて1年の素人ですが、
労農=絶対王政の確立でいいんですか?
時代がかった用語が多くてわかりにくいのですが、「ブルジョア革命」の主体層は?

また両派の戦後における代表的言論者(研究者)を教えてください。

14 :日本@名無史さん:05/03/17 14:08:22
>>13
明治新政府の位置付けとして
講座派:絶対王政
労農派:市民社会

だから明治維新の位置付けが
講座派:クーデター
労農派:革命
ってことになってたはず。


15 :日本@名無史さん:05/03/17 14:25:16
講座派の議論で、漏れが魅力を感じるのは、

山田「相互規定」論
服部の「同盟・指導」論
ちょっと後だけど名和「三環節」論


16 :日本@名無史さん:05/03/17 15:50:20
インド以下的なスレ立てないでください>>1

17 :日本@名無史さん:05/03/17 17:23:20
>>10
伊藤博文が自由民権運動を基盤に成立した自由党を
政友会として自分の政党にしたのは、自由民権運動を評価し
政党政治こそ本流となると考えたからだと思われ

その点で藩閥+官僚政治に固執した山縣有朋とは時代に対する
感覚が全然違う

つまり伊藤が評価する通り、自由民権運動は明治の政治体制に対して
大きな影響を与えたと思う

18 :これほんと?!:05/03/17 22:40:40
51 :歴史学博士の俺様 ◆QOYuzJdqhs :05/03/06 19:26:33
>>48
近世史(社会経済史方面)は講座派の流れを汲む学説が有力
近代史(社会経済史方面)は労農派の流れを汲む学説が有力
近代史・現代史の分野では
講座派は絶滅したと考える研究者が多い
「最後の講座派」と呼ばれる人は
70歳近いN氏(70越してるかも)

よっしゃこい



52 :歴史学博士の俺様 ◆QOYuzJdqhs :05/03/06 19:30:06
前提として
現在の歴史学で講座派・労農派の影響が残っているとすれば
近世史と近代史

よっしゃこい

19 :日本@名無史さん:05/03/17 22:42:53
いまさら講座派がどうとか労農派がどうとか議論して
何か役にたつの?
煽りでなく、マジレスきぼんぬ

20 :http://www.geocities.jp/shouhishahogo/:05/03/17 22:44:05
日本人は中国に
どれくらいの被害を与えたんだよ!なぜ反日になるかわかってんのか?
そこらへんお前のような右翼が勘違いするからいつまでも友好が
出来ねーんだよ。去年は爆弾事件やら買春事件やら寸劇事件やら
日本人も情けない事をしてきたよな?その事実にも向き合えば?


21 :日本@名無史さん:05/03/17 22:50:29
>>18
明治維新の定義に関しては労農派の見解が優勢

地主・小作関係に関しては資本主義の発達で自然に解消されるとした
労農派の見解より、強力な権力による改革(革命)は必要するとした
講座派の見解が、GHQの農地解放令で実現したから講座派の勝ち

22 :日本@名無史さん:05/03/17 22:54:05
>>21
必要するとした×
必要だとした○

23 :日本@名無史さん:05/03/17 23:13:33
>>19
講座派か労農派かという議論には意味が無いが、
講座派と労農派の間で行われていた議論には意味がある。

>>21
農地改革の基礎は、戦時期にできあがり、
GHQよりも農林省が率先していたわけだが。
と、講座派に位置する漏れが書いてみるw

24 :日本@名無史さん:05/03/17 23:16:37
>>17
伊藤博文の意思云々ではなく、
明治憲法では国会多数の支持を欲するシステムだった。
いつまでも詔勅で困難は乗り切れないからな。

明治憲法制定までの流れで、明治政府の立場を測る方が正しくないか?
立法権として国会と言う制度を取り入れたところが、
もはやそれは絶対王政ではないさ。

25 :日本@名無史さん:05/03/17 23:29:05
最後の講座派のNて誰ですか?70歳前後といわれても・・・


26 :日本@名無史さん:05/03/17 23:32:15
>>24
欽定憲法を制定し、国会を開設した時点で絶対王政から
ドイツ型帝国体制に移行した事はその通りだと思います
私もドイツ第ニ帝国を絶対王政だとは思っていませんから

そしてドイツ第三帝国は全体主義(ナチズム)国家だと思っています

27 :日本@名無史さん:05/03/17 23:40:53
>>26
そうすると、明治維新から明治憲法までをどう考えるかだね。
憲法制定だけで、絶対王政から市民社会に転換したと?
その転換の担い手は誰なんだ?

>>25
誰だろ?
岩波の世界とかで、史実と違うことを垂れ流す中村政則とかかな?

28 :日本@名無史さん:05/03/18 00:04:13
>>27
自由民権運動を支持した大衆の力が、有司専制(絶対王政)だった
明治政府を転換させたと考えています

自由民権運動を支えた大衆のうち
自由党を支持した人々は地方富農層が中心
立憲改進党を支持した人々は都市商業層が中心

この二つの階層に有司専制体制だった、明治政府は譲歩せざる得なかった

29 :日本@名無史さん:05/03/18 01:43:05
自称「最後の講座派」が何人もいる件について

30 :日本@名無史さん:05/03/18 04:21:48
じゃあ労農派だという存命の研究者はどのくらいるか列挙してほしいです。

31 :日本@名無史さん:05/03/18 12:31:47
>>28
絶対王政なるものが、民権運動程度で転換するものなのか?
それは民権運動の過剰な評価であろう。

せめて政府がガラッと変わっているならともかく、
単に政策に変更が加えられただけだろう。
しかも、時期が若干早まった程度に過ぎない。

32 :日本@名無史さん:05/03/18 14:02:51
>>31
自由民権運動が力不足だった点は認めます
自由民権運動の力がもっと強ければ、ドイツ第ニ帝国的な政府ではなく
英国的な政府に明治政府は移行していたと認識しています

英国風政府移行する可能性は、大正時代の普選運動
(大正デモクラシー)が盛んだった時代にありましたが
昭和に入り軍部の台頭により、軍事優先の軍国主義国家へと
移行してしまいました

33 :日本@名無史さん:05/03/18 22:53:59
自作自演共和国


34 :日本@名無史さん:05/03/18 23:28:05
うちの大叔父が労農派じゃなかったかなあ。
大内さんや、美濃部さんと一緒に人民戦線事件で巣鴨にぶち込まれた。

一族の集まりでは、そのときに、大叔母が毎日巣鴨に差し入れに行ったことが美談として
30分延々と親戚の誰かが話すのが、いつのまにか「開会の挨拶」として慣習になってた。
俺たちの世代なんかは「また同じ話を30分かよ」とあきれていたが、親の世代はしんみり聞いていたのが
世代の時代を感じさせたものだった。

35 :日本@名無史さん:05/03/18 23:30:36
憐れにも幼稚であった、
今に続くマルクス主義的思考の淵源。

36 :日本@名無史さん:05/03/18 23:32:17
ヘドの出るような家族ですね

37 :日本@名無史さん:05/03/19 01:14:52
こんなカビの生えたような論争を・・・

38 :日本@名無史さん:05/03/19 03:16:40
なんでいちいち日本のできごとを絶対主義だの市民革命だのにあてはめなく
てはいけないのか、はげしく疑問だった。まあ歴史の流れを理解する上で比
較するのは結構だけど、そのためにあたら知識・才能豊かな歴史学者諸先生
が膨大なエネルギーと時間を費やしてきたのかと思うと……。なんとなく猿
山で猿の群れが二派に分かれて壮大なるオナニー合戦を繰り広げているよう
だった。

39 :日本@名無史さん:05/03/19 03:50:50
>そのためにあたら知識・才能豊かな歴史学者諸先生が膨大なエネルギーと時間を費やしてきたのかと思うと

そんなヴァカは極一部なのでご安心を。大半の方は何処吹く風で
こつこつ自分の研究してましたから。だからこそ現在まで学界は存在しているのです。

40 :日本@名無史さん:05/03/19 06:12:34
>>39
皮肉なのかマジなのかよく分からないご意見ですね。

41 :日本@名無史さん:05/03/19 08:00:32
しかしそのおかげで、近世〜幕末の土地制度史や綿織物業史などは、かなり進展したわけで。

漏れが思うには、資本主義論争の難点は、実は明治以降の近代史が弱かったことにあると見ているんだけどね。


42 :日本@名無史さん:05/03/20 20:13:57
ブルジョア革命=豪農層という誤謬について語ってください

43 :日本@名無史さん:05/03/21 03:30:04
>>42
そりは、服部テーゼに始まり、藤田五郎や奈良本辰也に継承された、あれ?

44 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 03:52:09
野呂栄太郎:マルクス
徳田球一:レーニン
宮本顕治:スターリン
不破哲三:ブレジネフ
こんな感じ?

45 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 11:07:52
日本のどこにブルジョア層とやらがいたのやら。
豪農?冗談だよな?明治維新で何をしたというのだろう。
カネと教養を強調されても。

46 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 11:41:33
革命の主体とか言っている時点で終わっているんだよ。
そんなもの誰でも大して変わらん。

47 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 15:18:50
>>46
それは大した違いがあるだろw

48 :日本@名無史さん:2005/03/21(月) 15:59:58
>>47
それは、次の革命の性格を判断するために必要になっていただけで、
歴史の法則性などという陳腐な思考を捨て去れば、全く必要ない。

明治維新の担い手は重要だろうが、
それを革命の主体という概念規定をすると、
実態から大きく外れていく。

49 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 21:26:14
ハットリ氏の見解について詳しいひとの登場きぼん

50 :日本@名無史さん:2005/03/24(木) 23:44:23
死相か!気になるが、あんましおもしろくないぞ

51 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 22:57:32
    |┃三     , -.―――--.、
    |┃三    ,イ,,i、リ,,リ,,ノノ,,;;;;;;;;ヽ
    |┃    .i;}'       "ミ;;;;:}
    |┃    |} ,,..、_、  , _,,,..、  |;;;:|
    |┃ ≡  |} ,_tュ,〈  ヒ''tュ_  i;;;;|
    |┃    |  ー' | ` -     ト'{
    |┃   .「|   イ_i _ >、     }〉}     _________
    |┃三  `{| _;;iill|||;|||llii;;,>、 .!-'   /
    |┃     |    ='"     |    <   話は全部聞かせて貰ったぞ!
    |┃      i゙ 、_  ゙,,,  ,, ' {     \  お前ら全員シベリア送りだ!
    |┃    丿\  ̄ ̄  _,,-"ヽ     \
    |┃ ≡'"~ヽ  \、_;;,..-" _ ,i`ー-     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |┃     ヽ、oヽ/ \  /o/  |    ガラッ

52 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 23:09:22
講座派はスターリンの指令に忠実だったのだから、
シベリア送りされるいわれはない。

53 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 23:35:14
スターリンは忠実な下僕だろうが誰だろうが
シベリア送りにしましたから

54 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 09:19:52
保守

55 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 08:41:29
保守

56 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 00:11:29
某歴史学会の大会で、いろんな遺物人を見ることができました。

57 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 08:39:55
> 山で猿の群れが二派に分かれて壮大なるオナニー合戦を繰り広げているよう

いや、これ戦後も続きましたからw

58 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 16:55:07
で?

15 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)