5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

新田と足利 その4

1 :城石 憲之:05/03/17 11:00:59
過去スレ
新田と足利
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1006670909/
新田と足利 その2
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1046780432/
新田と足利 その3
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1078331105/

2 :城石 憲之:05/03/17 11:32:08
ブラインドタッチの練習兼ねてやったら過去スレ間違えた。スマソ。訂正!

新田と足利 その2
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1046780432/
新田と足利 その3
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1078331105/

3 :新田義貞:05/03/17 15:04:38
ヤタ!この新田小太郎が3getだ!!お前等余にひれ伏せ!クソ共が!
        ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          /\ /\  /新\/../
          / /\  \(´∀` )./
        ())ノ__ ○二○二⌒/../
       / /||(二ニ) (___/../ 几l
   ? ⌒ /|?V||彡Vミ/⌒_ノ二二ノl0
   l| (◎).|l |((||((゚ )/⌒/||三三三・) ||  (´⌒(´
__ ゝ__ノ     ̄(___) ̄  ゝ__ノ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
        ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄(´⌒(´⌒;;


4 :日本@名無史さん:05/03/17 17:36:05
>>(前スレ)998
義國が死んだのは新田庄だと思うよ。
大日本史料の諸家大系図に上野新田住とあり
足利義清奉納の大般若経に自筆で上野国新田住・・・義國とあるのがその傍証。

墓については
新田庄では義國館跡とされる青蓮寺近くの義國神社にある。
墓石は室町期のものと推定されている。
足利庄では足利方の法名から寶幢寺(廃寺)と推定される。
鑁阿寺にも義國の墓があるが墓石は鎌倉期のものと推定される。

5 :日本@名無史さん:05/03/17 17:39:31
2代目が義兼と名前が同じな理由を詳しく。

6 :新田義貞:05/03/17 18:13:31
>>4
義清奉納大般若経は、
よく引かれる史料なんだが
現物どころか、写真さえ見た事がない。
義清の花押が入ってるというが、
『花押かがみ』にも入ってないよな。
「足利矢田判官義清」
という署名もおかしいし、
供養人の書きかたなども、
不審な点が多い。
これをもって義国の新田在住を
断定すべきではないと思う。

>鑁阿寺にも義國の墓があるが墓石は鎌倉期
層塔の基礎で、時代判別は不可能。

7 :日本@名無史さん:05/03/17 18:33:06
大般若経はまだまだ検討の余地ありってわけだね。

8 :奥富敬之:05/03/17 19:33:49
>>5
それはね、学者の私にも分からないんですよ。
一番いいのは霊媒師の力を借りてあの世の義重、義康に聞くことです。
なぜ両名の息子は同じ名前なのかって。お勧めします。

9 :日本@名無史さん:05/03/17 20:34:29
>>8
ネ申キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

10 :日本@名無史さん:05/03/17 23:04:47
これって本物?花押が違うようにも見えるんだけど・・・
ttp://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e44613098
貞和までの花押しか手元の資料にないんだけど、
延文になると中心線書くようになったのか?

11 :日本@名無史さん:05/03/17 23:07:26
>>10
>>8に質問するんだ!

12 :日本@名無史さん:05/03/17 23:20:31
ていうか、もしかして、延文ですらない?尊氏の署名も全然違うような。
もしかして、か、なーりできの悪い偽物?
でも足利尊氏みたいに人気ない人物の偽物なんてわざわざ作るらないよなあ。


13 :日本@名無史さん:05/03/17 23:47:39
尊氏って筆跡も違うようだし、花押も違うんでねぇかい。
尊氏他足利将軍の花押ホームページのアドです。
ttp://homepage2.nifty.com/kaou/e-kaou/kaou-s/kaou-s04.html

14 :日本@名無史さん:05/03/17 23:59:50
>>10
話になりませんな。

>>12
尊氏の偽文書はかなんり多いですが何か。

15 :日本@名無史さん:05/03/18 18:56:16
>>6
花押かがみに入ってないとダメなのか?
署名や供養人がおかしいとか不審とかあるがどの様な点がおかしい?不審?
正しい書き方はどの様な書き方だい?

16 :城石 憲之:05/03/18 19:23:56
>>15
奥富大先生にメールして聞くってのはどう?
喜んでくれるかも!

17 :日本@名無史さん:05/03/18 19:56:18
系図によっては義国の子供に
季邦、義盛、国康が載っていますが詳しいことがわかりません。
どなたか教えてください。

18 :日本@名無史さん:05/03/18 20:31:30
>>15
なんでそんなに過剰反応するの?
大般若経が使えないと困るのかい?

19 :日本@名無史さん:05/03/18 21:05:07
>>18
いや、ただどこがどうおかしいのか知りたいだけだよ。
答えが返ってこないので、代わりに教えて。


20 :日本@名無史さん:05/03/18 21:08:54
19です。たびたび申し訳ない。
僕も17の義国の義重、義康以外の子供について興味ある。
誰か教えてください。

21 :日本@名無史さん:05/03/18 21:52:32
>>19
6=18!書いた本人も分かっていない!書き逃げw

22 :日本@名無史さん:05/03/18 23:07:27
奥富ゼミに入って勉強すれば全ての謎、疑問が解けるぞ!

23 :日本@名無史さん:05/03/20 02:08:00
>18
過剰反応には思えんけどな。俺も知りたいよ。>6は自説の論拠を明確に述べるべき
(自説でなく受け売りの場合は、誰の説なのかを示すとか)

24 :日本@名無史さん:05/03/20 02:21:25
>>23
> >18
> 過剰反応には思えんけどな。俺も知りたいよ。>6は自説の論拠を明確に述べるべき
> (自説でなく受け売りの場合は、誰の説なのかを示すとか)
ソースを書けないならカキコしなけりゃいいとは思う。

25 :日本@名無史さん:05/03/21 02:51:00
やっぱり書き逃げか。残念だな。なかなか興味深いことを言っていただけに。

26 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 02:09:56
>>17
季邦については尊卑文脈で名前を見つけて考えたことがある。

「義」の字を継いでいないこと(かわりに「クニ」があるが)
「李」の字があることから、

おそらく足利義康の同腹の弟で、源氏には属さず
義康夫人の父・熱田大宮司藤原季範にゆかりのある
家に養子に入ったのではないかと。

名前以外には全く根拠はない妄想だがw

27 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 03:37:04
>>5
平安時代。両毛では、足利三郎を頭とする足利党と、
新田次郎を首領とする新田組とが勢力を争っていた。
また、それぞれの領内では、家人たちが「死のおきて」に触れたとして葬られていた。

そんな中、ワタリとじいが足利荘にたどりつき、下人として居住を許された。

28 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 08:32:03
諱が同じなんて、そんなに珍しい事じゃないような気がする。
江戸時代初期にも同時代に二人の「酒井忠勝」がいたし。

29 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 17:41:15
>>26
妄想だなんて。
極限られた史料のなか名前に着目するのはいい視点じゃないですか。
義康や義兼娘の熱田大宮司家との婚姻、室町幕府や鎌倉府にも
熱田大宮司家の一族が仕えていて関係が深いようだし、
季邦も何らかの関係があるのではとの発想は私には受け入れる事ができましたが。

ネットで季邦を検索中、足利一族の苗字を紹介してる某HPに
「季邦の後は、上野国緑野郡の中村」とありました。子孫を名乗る家、あるんですね。

30 :日本@名無史さん:2005/03/22(火) 23:23:10
若くして死んだんじゃないですか?季邦。
活動のあとがないところをみると。

31 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 00:13:16
>>29
そういう感性は大事だよな。
ただ、そこからどう研究を進め、裏付けをとっていくかが大変なわけだが。

32 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 00:51:30
>>31
全く同感!

33 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 01:07:45
季邦については臼井信義氏なるエライ学者先生は
以仁王、源三位頼政の挙兵時に戦死した
足利判官代義房とされていますね。

34 :6:2005/03/23(水) 15:24:09
随分と煽られたようだなw

>>15
>花押かがみに入ってないとダメなのか?
これは漏れの書き方が悪かった。
『花押かがみ』に入ってないと
ダメなのではなく、
有名な史料であるにも関わらず
『花押かがみ』に入ってない理由は何だろうな
ということ。
東大史料編纂所特殊史料部が把握してないだけなのか、
それとも信用性に欠けるものだからなのか、
どちらか分からないよね。
翻刻されたものだけが引用されているということは、
翻刻が間違っている可能性もある訳で、
史料の信用性が検証できないのに
全面的に準拠してしまうのは大問題じゃないかな。

>署名や供養人がおかしいとか
一つだけ例を挙げると
足利矢田判官義清
という署名。
聖教の奥書に通称で書くだろうか?
普通だったら
源朝臣義清
だとか書かないか?
それとも類例があるのだったら
ご教示いただきたい。

>>26
漏れにはそういう発想はなかったw

35 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 20:42:36
以前、何処かのHPで屋島の神社にある平家の願文に
平中納言教盛、三位中将資盛とかあるの見た。他に平家の数名。
見たといっても翻刻なので元がホンモノかどうか分からんが・・。
平朝臣とは書いてなかった。
やはり神社寺院への奉納や祈願となると源朝臣、平朝臣でないのは
怪しいモノなのだろうか?
経典への署名と神社願文への署名の形式の違いみたいなものもあるんだろうか?
経典や願文で「朝臣」がなくて信憑性の高いモノってあるんですか?
など色々疑問が湧く。誰かエライ人、ビシッと教えて!


36 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 20:53:25
>>35
官職がある場合、
官職+実名となるのが普通。
義清の場合は官職は不明。

37 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 21:41:27
>>36
35です。乙!
それでもド素人の僕には分からんことって多すぎる。


38 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 22:45:05
奥野先生の本を読んで思ったんだけど、例えば義貞が死んだなら
「義貞は死んだ」って書けばいいのに、なんで「官位〜中略〜義貞」って書くの?
説教してあげてよエロい人!

39 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 23:22:12
「正四位行左近衛中将新田小太郎源義貞はこうして死んだ。」のこと?
かっこつけにきまってるじゃん。
なお説教申し付ける旨は拙者の任にあらざれば、次のひとに委ね候。

40 :日本@名無史さん:2005/03/25(金) 17:45:21
>35
朝臣とかは公的な分署には必須の署名だろうけど
願文には特別その必要も無い気がする。
にしても、やはり通称で書くのはおかしい気もする。
その辺りどうなのか、誰か教えてエロイ人。

41 :日本@名無史さん:2005/03/25(金) 23:12:06
かわいそうな名前をつけられてしまった子供一覧。
楽気 らっきー  礼加 れたす
来夢 らいむ   呂偉 ろい
上人 うえると  季生 きき
燃志 もやし   心愛 ここあ
騎士 ないと   留樹 るーじゅ
南椎 なんしー  心夏 ここなつ
聖来 せいら   海鈴 まりん
折雅 おるが   星光 きらり
愛舞 いぶ    紅亜 くれあ
偉大盛 いであ  紗音瑠 しゃねる
愛果夢 あいかむ 奏日亜 そふぃあ
美似夢 みにむ  茶彩羅 てぃあら
夏偉樹 ないき  実果林 みかりん
湖林檎 こりんご  響 のいず
雨 ぢぬ     出 で
大也(ダイヤ)&主人(モンド) (双子)
奏夢 りずむ   未来 ふゅ〜ちゃ
路未央 ろみお  楽瑠琥(らるく) 詩慧瑠(しえる) (双子)
瀬詩瑠 せしる  乃絵瑠 のえる
愛深 まなみ   美羅乃 ミラノ
蘭素  ランス  理在 りある
天子 てんし


42 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 00:44:12
健康ランドのホモ教師はどうなったんですか?

43 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 03:22:49
義兼の苗字は何?

44 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 07:14:14
今朝、史跡草子が閉鎖されたことを知ってショックだった。

今日は義尚公の命日。合掌。

45 :日本@名無史さん:2005/03/26(土) 20:44:35
>>40
公的には必須ね!なるほど、そうですね。
願文がちょっと分からんね。
持氏の「呪詛怨敵」や頼家の伊豆幽閉時の般若心経には源朝臣あったような。
同じようなやつで信憑度が高いやつに通称のは無いのかな?
俺にも願文について教えて、エロイ人!

46 :日本@名無史さん:2005/03/27(日) 23:56:06
>>44
なにそれ?なんかあったの?

47 :日本@名無史さん:2005/03/28(月) 23:34:09
>>44 自分も残念だった。
>>46 源姓足利氏や新田氏についてのサイト

48 :日本@名無史さん:慶長410/04/01(金) 17:54:20
3/28で、新田郡の新田町、尾島町、藪塚本町が合併して、別スレでも書いたけど、新太田市となりました。
次に笠懸もべつんトコと合併し、とうとう新田郡という名前が消えます(´・ω・`)
そこで、「新田」の名前を残そうと、新田町字○○に、新田の冠をつけることになったのですが、
新田町大字市(いち)→太田市新田市
新田町大字多村新田→太田市新田多村新田
新田町大字権右衛門→太田市新田権右衛門
というヘンテコリンな名前が誕生しました。
人口は、21,7万人となり、隣の足利市の16,0万人は抜くのですが・・・。



49 :48:慶長410/04/01(金) 17:56:29
で商工会レベルや市長懇談会では、太田市と足利市を合併しようとする動きもあったみたいで、
もし合併したら凄いことなりそうだな。ま、会津と長州ほどではないだろうけど。




50 :日本@名無史さん:慶長410/04/01(金) 22:08:00
津軽と八戸が合併して青森県になった前例があるからな・・・
しかし、そんな地名にするなら新田太田市とかのほうがよかったんじゃない?

51 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 03:26:15
>48
新田権右衛門ワロタw

52 :日本@名無史さん:慶長410/04/02(土) 03:28:53
>>48
しかしこれ笑い事じゃないな。
こういうヘンテコなことが平気になってしまう感性の鈍麻はかなりヤバいわ。
現代日本の民度の低さはもうどうしようもないところまで来ている希ガス。

53 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 17:16:32
《地元からのトリビア》
新田はその昔、「にいた」と発音した。

《補足トリビア》
地名では「にいた」と発音したらしい。いつの間にか「にった」になったようです。現在では、「にいた」と発音はしません。


>>48
補足。現在、新田郡で唯一残る「笠懸町」。吾妻鏡で「かさがけ野」として出て来る由緒ある名前なのですが、
新田・笠懸共名前はアボーンし、出きる市が「みどり市」・・・。



54 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 17:46:34
>>53
「みどり市」マジですか?冗談でしょ?新田、笠懸町議や町民て馬鹿しかいないの?

55 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 18:39:07
開発領主以来大切に受け継いできたバカの伝統。
これからも守り続けて行くんだろ。

56 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 18:59:05
>>54
将来桐生市と合併(いずれはするだろ)するまでの暫定市名みたいなものだから
適当につけた様な気がする。

57 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 19:20:47
新しい自治体名は周辺市町村にも影響(道路案内とか)があるから、コロコロ変えるのは良くないと思うよ。

58 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 19:23:22
>54
バカというより、サヨクが多いんと違うか?
あの連中は、伝統とか歴史を破壊することが進歩だと思っているからな。

59 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/02(土) 20:06:52
>>58
ウヨクも明治以前は無視するぞ

60 :群馬県土木連合会:慶長410年,2005/04/02(土) 23:00:02
>>57
公共事業の発注、ありがとうございます

61 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/03(日) 00:45:49
長野県人なら誰でも「信州の県歌」を歌えると思うが、群馬県人なら誰でも「上毛カルタ」は覚えているはず。
もともと、国定忠治や高山彦九郎、中島知久平、大前田英五郎、小栗上野介あたりを入れようとしたら、尽くGHQに却下されたそうだ。
しかし創作者は、せめて新田義貞だけは・・・と必死に嘆願して、入れてもらったそうだ。
あの尽力がなければ、きっと「れ」は違っていただろう。

62 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/03(日) 00:48:34
>>54
候補には「わたらせ市」や「くろがね市」もあったよw

63 :日本@名無史さん:慶長410年,2005/04/03(日) 00:49:47
「れ」?
レンコン食い食い義貞出撃
なの?

64 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 07:45:20
>61
上毛カルタって戦後のものだったのか。

65 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 12:55:21
http://www.jomokaruta.org/index.htm
上毛カルタのHP

義貞、図柄が変わったんだね。知らんかった・・・。

66 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 12:57:23
http://my.internetacademy.jp/~s1204459/fuda/setumei.htm

読み札はこっちのがいいかな?

67 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 21:19:34
>>61
国定忠治は現在でも問題はあるだろう。警視庁からクレームが来るよ。

68 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 22:49:51
鎌倉初期はやや新田が劣る程度で同格だった2氏が、鎌倉末期には方や源氏の棟梁
方や一門分裂の土豪。江戸になって得川後裔を称する将軍家によって新田は源氏の
正統とされた。

69 :日本@名無史さん:2005/04/03(日) 23:37:01
>>65 >>66
20年ぶりに見たよ・・・

70 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 03:28:03
大河ドラマ「義経」……
以仁王の密書を持った行家、新田も足利も完全スルーかよ……

71 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 14:25:11
新田はタッチに出てくるね
ほかに、松平、浅倉(朝倉)も出てるけど
足利はドカベンに出てくる。やたら足の早い選手。

72 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 19:30:39
>>70
新田も足利も京にいたから。
足利義清はそもそも以仁王の
挙兵に加わってるし、
新田義重も京にいて
平宗盛に仕えている。

73 :日本@名無史さん:2005/04/04(月) 21:56:52
義昭はいつごろまで征夷大将軍を名乗っていたのかな?
1603年頃まで?

74 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 00:23:54
昌山道久は1597年に氏んでるよ。
1588年2月に頭丸めるまで解官されてなかったのでは?

75 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 03:15:37
>>71
タッチといえば、主役は上杉といったな。作者は日本史ヲタか?
でもライバルが新田なら、どうせなら上杉じゃなくて足利にすればなお良かったのにw

そういえば新田はタッチの他にもキャプテン翼にもわりとカコイイ役で出てくるし、
光の小次郎では主役も張った。
対するに、足利という名のキャラはあまりいない気がする。
ドカベソのは「足が速い=足が利く」から足利、という発想だったと思うが。

76 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 15:51:54
合併した新田郡尾島町が閉村記念演劇「新田荘と尾島の人々」を上演。
ttp://www.tokyo-np.co.jp/00/gnm/20050320/lcl_____gnm_____000.shtml

当地には義貞首塚、勾当内待墓というアヤシくもほほえましいものがあるんだよな

77 :日本@名無史さん:2005/04/05(火) 16:04:42
足利義清って細川氏の祖でしょ。

78 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 11:36:47
>>77
矢田義清は木曽義仲の軍に加わって戦死

79 :日本@名無史さん:2005/04/09(土) 22:08:42
>78
そんなの矢田

80 :日本@名無史さん:2005/04/12(火) 19:06:32
>>76
義貞の首塚もあちこちにあるなぁ‥‥

81 :日本@名無史さん:2005/04/17(日) 02:11:40
今でも太田高校と足利高校では抗争が絶えないらしいね。

82 :日本@名無史さん:2005/04/18(月) 17:17:57
>80
本物はやっぱり嵯峨野の滝口寺にある首塚?

義貞は墓もあちこちにあるみたいね。

83 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 10:30:43
義国の嫡男は義重ではなく義康だったの?

84 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 11:11:55
バカが来た予感

85 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 11:31:55
義国の所領の足利荘を継いだのが次男の義康

源義康http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E7%BE%A9%E5%BA%B7
足利氏http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E6%B0%8F

86 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 11:42:02
蜂須賀がアホだったばっかりに・・・

阿波公方について

http://rekimin.hp.infoseek.co.jp/gaiyou/kuboryakushi/awakubo_ryakushi.htm
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/awa_kubo.html
http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-imfk/taiandir/x065.htm
http://www.shirofan.com/shiro/shikoku/hirajima/hirajima.html
http://www.museum.comet.go.jp/hasegawa/manyu/ashikaga.htm



87 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 11:50:13
現当主は足利進悟氏でしょ。

http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1071404950/l100

88 :日本@名無史さん:2005/04/24(日) 23:07:57
>87
進悟氏はすでに物故されてます。
現当主は子息の義弘氏です。

89 :日本@名無史さん:2005/04/25(月) 09:25:47
進悟氏って直系なの?

名前が他と違うんだけど。

90 :日本@名無史さん:2005/04/25(月) 09:44:58
>>89
他所の家の事情になんで拘るの?

91 :日本@名無史さん:2005/04/25(月) 18:00:26
進吾さんって、養子じゃない?



92 :日本@名無史さん:2005/04/30(土) 12:31:22
本日尊氏公御命日。合掌。

>>91 その通り。婿養子です。

93 :日本@名無史さん:2005/04/30(土) 12:43:34
そうなると清和源氏というのも微妙だな。

94 :日本@名無史さん:2005/04/30(土) 13:31:48
関連スレ…というか疑問スレ。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1113785570/

95 :日本@名無史さん:2005/04/30(土) 15:33:00
足利氏は何代も続く名門であったが、婿養子が入ったのはこれが初めてだろ?

進吾さんの実家は足利氏と何か関係あるの?



96 :日本@名無史さん:2005/05/01(日) 21:34:27
教えてください。

新田貞員・新田義氏って、義貞とどういう関係ですか?


97 :日本@名無史さん:2005/05/02(月) 12:20:11
<訃報>朽木道子さん95歳=勝海舟の孫
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050501-00000044-mai-peo

98 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 10:37:28
足利氏は南北朝時代、源為朝の子孫だと思われていたらしいね。

http://homepage1.nifty.com/sira/taiheiki/nittayoshisada02.html

99 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 10:55:32
>>98
次へクリックしていくといかりや長介の画像が拝めるんだが・・・

100 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 12:15:21
百尺討ちの強弓

101 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 20:28:49
>>98
次のページの
>ニホンアシカという名前は、最初にこの動物を発見した人が、「二本足か…」とつぶやいたことから「ニホンアシカ」と命名されたもの
ギャグですよね?

102 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 21:23:52
為義、為朝、義朝、みんな人間離れした剛毅、勇猛な人物。義家の子孫
で知性派は、頼朝、実朝だけ。本当の源家の血筋は義仲のようなヤツ。

103 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 22:36:00
>>102
>為義、為朝、義朝、みんな人間離れした剛毅、勇猛な人物。
為朝だけだろ勇猛て
あとは悪源太義平とか。


104 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 22:46:21
為義はしょぼくれた爺さんというイメージだな。子供は多いから精力絶倫だったのだろうけど。w
義朝はちょっと陰険なイメージがある。

105 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 23:18:41
尊氏や了俊が九州の勢力をまとめる際に為朝の名を利用した・・・のかな?

106 :日本@名無史さん:2005/05/03(火) 23:21:16
源氏の豪傑は、義家の子の、悪対馬守義親も忘れてはならない。
義親は乱暴狼藉のイメージがあるが、義家の命で説得に出向いた重臣が
義親に同心していることから、義親は単なる乱暴者だったのではなく、
「悪」=「つわもの」の対馬守であり、平将門的な反逆心のある人物だったと思われる。

107 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 04:01:07
>>106
義親は面白そうな人物だよね。ネットで拾い読みしてるんだけど。
粗暴というか甘やかされてわがままなイメージ。
悪対馬守なんて言われてたのか(笑)

108 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 04:08:17
義親は親の義家譲りの武勇に秀でた人物だったらしい。
平忠盛により追討されたとされる後でも、何度も義親と名のる人物が
都に現れたことが当時の公家の日記に書かれている。
もし、義親が単なる粗暴な乱暴者だったなら、こういう「不死の義親」現象はありえないと思う。


109 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 04:08:47
吉川弘文館『新田義貞』発売中

110 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 04:09:54
源氏で「悪」がつくのは

悪対馬守源義親
鎌倉悪源太義平
の二人だけか?

111 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 06:50:25
義親「義平、そちも悪よのう」
義平「いえいえ、御先祖様にはかないませぬ」
頼長「麿も仲間に加えてたもれ」
義親・義平「ヤダ」

112 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 12:45:26
義親が2人、京都で合戦をしたそうだからな・・・

113 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 12:50:46
悪左府

114 :日本@名無史さん:2005/05/04(水) 22:16:09
佐原悪遠江守盛連

115 :日本@名無史さん:2005/05/05(木) 02:00:41
>>110
全成は?

116 :日本@名無史さん:2005/05/05(木) 14:57:20
>113,114
二人とも源氏ですか?

117 :日本@名無史さん:2005/05/05(木) 20:00:10
足利直冬って結局どうなったの?

118 :日本@名無史さん:2005/05/05(木) 20:02:14
>116
佐原は三浦の庶流だから平氏。

119 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 02:40:45
>>117
今月『足利直冬』が出版予定。
それを読もう。

120 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 22:26:04
源氏の強さは、義家の蝦夷征伐のときに敵が使っていた反りのある剣を取り入れたから。
防備と攻めが一体化し、馬上でも有利。剣を刺すものから斬るものに変えた。
それから、剣術が発達し、その修行とともに武士道とゆう道徳、精神鍛錬も
広まっていく。義家源氏が武家の棟梁と言われるのはこうゆう背景がある。

121 :日本@名無史さん:2005/05/06(金) 23:23:38
>>120
>それから、剣術が発達し、その修行とともに武士道とゆう道徳、精神鍛錬も
広まっていく。

あ〜あ。馬鹿じゃねーの?

122 :日本@名無史さん:2005/05/07(土) 19:30:35
新田義重「我らは源氏、北条・三浦・岡崎・和田・佐原・大庭・梶原・長尾・長田・秩父・畠山・河越・江戸・千葉は平氏。ゆめゆめ平氏の犬になりさがるでないぞ」
足利義康「お前が言うな」

123 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 03:39:18
新田義貞スレにも書いたが・・

高校時代、足利市のヤシが新田郡の女子高生とつきあってたよ

鎌倉時代からの因縁を感じた

栃木と群馬の高校生は結構付き合ってる
電車やチャリですぐだし「県外」という意識もない
まあもともと同じ毛野国だし

124 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 19:22:58
新田義貞は最高だよ。

125 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 22:27:37
義家の子孫が日本の武家の棟梁なら、ある意味、東国の天皇家だな。
鎌倉、室町、江戸の源家、足利、徳川(新田)と700年の王家。

126 :日本@名無史さん:2005/05/09(月) 22:43:54
足利市内の寂れぶりは悲しいばかり。

127 :日本@名無史さん:2005/05/10(火) 17:01:40
>>125お前頭悪そう。

128 :日本@名無史さん:2005/05/11(水) 09:45:13
徳川いれんなよ

129 :日本@名無史さん:2005/05/11(水) 13:44:58
新田義貞は最高なの?

130 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 12:32:51
>>129
最高かどうかよー分からん。
ところで岩松宗家は明治時代に新田と改姓を変えたらしいが、一族郎党そろって改姓したのかな?

131 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 06:13:33
東毛歴史資料館
第19回企画展「新田氏を生んだ世界」
http://www12.wind.ne.jp/tomohm/


132 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 09:29:55
↑どんな世界だよ

133 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 09:36:27
>>131
そこ行ったことあるよ。
鎧がけっこう小さくて、「昔の人はほんとに小さかったんだな」と思った。

134 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 04:43:22
足利に幕府を開けば、ああもすぐグダグダにならなかったかもしれないのに・・・
まあ交通の便が悪かったかもしれないけど、少なくとも関東に置いて、足利周辺を直轄地にしていれば…
そうすればもう少し栄えていたかもしれないのに…orz

135 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 04:48:11
足利に幕府を開くって……どういう発想?


136 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 20:32:43
さっきまで日テレでやってた歴史番組がおもろかった。
かつて尊氏の肖像画と言われてたものは、今の教科書では「騎馬武者」と紹介されてるそうだ。
西岡徳馬が「真田広之くんがこの肖像画見て役作りしてた」と言ったら、スタジオ内大爆笑。

137 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 00:30:45
『足利直冬』発売中

138 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 02:27:18
『足利直冬』読んだ。
この程度ならもっと早く出してて欲しかったな。


139 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 14:33:06
>>138
面白くないの?

140 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 15:23:58
応仁の乱前後の町並み? 左京・白河街区跡 建物群跡を確認
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050603-00000009-kyt-l26

141 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 10:24:25
斯波高経の「高」の字は、北条高時から拝領したもの?

142 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 14:40:10
>>141
斯波高経に聞けばわかるよ

143 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 16:28:21
尾張殿の言うとおり、ってわけね。でも館はどこにあったんだろう。マジで。

144 :尾張守:2005/06/12(日) 09:14:34
>>141
そう考えて差支えないでしょう。
貞時の法事に、足利一門からは貞氏、吉良貞義と、まだ10代の高経が列席しています。

145 :日本@名無史さん:2005/06/12(日) 09:46:29
「北条貞時十三年忌供養記」には、
足利殿(貞氏)、
足利上総前司(貞義)、
足利孫三郎(高経)
の3人が出てくるけど、
あれは進物を送った人物のリストで、
列席した人物のリストじゃないよ。
3人とも恐らく列席してるだろうけど。
時期的に見て高氏も列席してる
可能性はあるんじゃないかな。

146 :尾張守:2005/06/13(月) 08:49:15
>>145 thanks.

147 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 10:19:10
>>132
あの地域、現在の関東平野の寒村といった風情とは
かなり違いっていたらしい。

148 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 14:48:07
>>139
ただ行動を並べて記述しただけ。

149 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 23:55:07
新田容疑者が放火容疑で逮捕。

150 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 00:30:37
>>138>>139
将軍の尊氏や義詮、初代関東公方基氏や叔父の直義を差し置いて人物伝が出たのは面白い。
史料はずっと前に集まっていたというが、温めた割には>>148のいうように行動を並べただけ。
足利直冬のまとまった評伝ということで意味があるけど、この著者に書かれない方が良かったかも。
著者は直冬には同情すると言ってるけど同情とは違う気がした。
直冬の行動にも言われても仕方ないところはあるんだけどね。





151 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 00:55:13
>>138
スキャンしてWinnyに流していただけませんか

152 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 18:26:44
>>150
同時期に同じ出版社から出た『新田義貞』はどうよ?

153 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 18:56:50
関東公方はどういう官職によって関東を支配していたのですか?
鎮守府将軍とか?

154 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 13:26:22
>>153
幕府の制度だから官職によるものではない

155 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 13:41:57
>>154
でも、それなりの感触もあったのでは?
無官?

156 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:39:17
>>155
いや言いたいのは
官職が○○だから関東公方と決まるわけではない。
もちろん官職はもっている。


157 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:44:58
関東(鎌倉)公方は便宜的な官職です
臨時職の征東将軍府(朝廷の綸旨あり)
というか、鎌倉幕府いらい親王、室町公方の時代は足利一族

158 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 12:46:15
>151
買いなさい。若しくは図書館で探しなさい。
あのシリーズは地域の中核図書館クラスなら置いていたかと。
新刊はまだカモ知れないけど。


159 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 09:56:48
>>152
途中まで読んだけどイマイチだな。
「史実に基づく正確な伝記シリーズ」などと帯にうたいながら、
匂当内侍に溺れた話だの赤松に騙された話だのまで史実であるかのように記述して、
これを元に義貞や正成の心理まで憶測するに至っては、これでも学者なのかと呆れたよ。
文章も日本語変なところがあるし、峰岸ってこの程度?
久保田順一「新田一族の盛衰」の方がずっと面白かった。

160 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 14:03:53
「新田義貞」も「足利直冬」もイマイチということなのかな。
一度に二冊はきついので、まずどちらか買おうかと思っていたけど、図書館で十分そうだ。

161 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 20:13:38
久保田順一も思い込みが激しいがな。
新田氏を持ち上げるあまり、
客観性が失われている。
典型的な地方史研究者。

162 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 21:39:43
            ∧_∧
     ∧_∧  (´<_`  ) 新田は大変だな、兄者
     ( ´_ゝ`) /   ⌒i
    /   \     | |
    /    / ̄ ̄ ̄ ̄/ |
  __(__ニつ/梅松論  / .| .|____
      \/       / (u ⊃


163 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 02:57:32
>>161
「客観性」というのもかなり胡散臭い言葉だけどな。
歴史観なんて、それぞれの主観と主観のぶつかり合い。
で、気に入らない相手の歴史観(主観)を攻撃する時に使われる言葉が「客観性が欠如している」だったりする。
ついでに言えば、作る会の教科書を攻撃する連中がよく使う言葉でもあるw

164 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 06:16:50
>>163
それはお前の思い込み。
つーか、詭弁。

165 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 19:02:47
>164
じゃあ久保田の著書の、どういうところが思い込みで客観性が無いのか具体的に説明してくれ。
それが出来ないで>161みたいなこと書いているようじゃただの中傷にしかならん。

166 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 20:24:49
>>165
本人降臨??

167 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 04:02:11
>>161
客観性が無い=地方史研究家ってのも、ずいぶん乱暴な決めつけだな。
アカデミックな先生だろうと偏った記述をする香具師はいっぱいいるだろうに。

168 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 10:22:08
奥野先生>>>>>>>>>>>>越えられない壁>>>その他

169 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 21:22:53
>>150
尊氏、直義は続刊のラインナップに入ってるよ。
基氏は無理だろう、28歳で死んでるから。
その割には源頼家なんかも入ってるが。

170 :日本@名無史さん:2005/07/09(土) 11:34:29
この感じだと尊氏、直義の人物伝もあまり期待できなさそう。
というかいつ出るのだろうか。

171 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 07:57:52
650 :日本@名無史さん :2005/07/15(金) 18:41:13
>>649
しかし、『吾妻鏡』では、
義重は
「新田冠者」
「新田入道」
で登場するし、
義兼も
「新田蔵人」
と記されているが。
これで新田姓を名乗っていないというなら、
同じ理屈で
「得川三郎義秀」で登場する新田義季も、
「得川」姓ではないということになるのだが。

もっとも「新田次郎義季」と記される史料が
確実に残る義季が、
『吾妻鏡』の
「得川三郎義秀」
と同一人物である、という論も、
通称と実名が違う、
という問題があるわけだが。
その辺、久保田順一は甘くない?

172 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 21:21:54
そもそも、人物叢書はあくまで基本だから。


173 :日本@名無史さん:2005/08/04(木) 18:41:52
>>159
著者が違うけど近々ミネルヴァからも出るよ。

174 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 19:19:47
>>172
あまりあてにしすぎるのも危険だよね。

175 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 20:41:13
【矢田義清】実は山名氏は足利一門?【山名義範】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1113785570/

その中に、『新田町誌』の峰岸純夫のことが載ってるが、根拠は如何に?

176 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 20:50:50
源氏というのは元々、皇位継承の資格がある姓名。
平氏は、妾腹の系統のために皇位継承候補から外された姓名。
桓武天皇の皇子の葛原親王は妾腹。平城天皇も妾腹だが庶長子のために、
皇太弟の叔父の早良親王に代わって、皇太子になれた。
異母弟の嵯峨天皇は、正室の子のために兄の後継者となり、彼の系統は
嵯峨源氏と称することを許されたらしい。

177 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 23:21:30
>>176
平城天皇と嵯峨天皇は同母(ともに桓武天皇の皇后藤原乙漏呂の所生)なんですが。
それから嵯峨天皇が一部の皇子女を臣籍に下して源氏を創設した段階では、平城上皇の政治生命はすでに終わった後。

178 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 23:30:41
>>177
>平城天皇と嵯峨天皇は同母(ともに桓武天皇の皇后藤原乙漏呂の所生)
すまん、それ忘れてた!そうだったね。同母兄弟だったかな。
ソースはこれを参考にした。

10 :ぷらっと(奇矯屋再建中) ◆QqQquqqauQ :05/08/01 22:45:12
学研の歴史漫画シリーズの「まめちしき」欄には、

源氏は皇室と源流を同じくするので、平氏は平安京を発祥とするので、

ってなことを書いてあった記憶があるね。

12 :ぷらっと(奇矯屋再建中) ◆QqQquqqauQ :05/08/01 23:08:07
源平の姓についてはトンでもな説で

女御出身=源氏、更衣=釆女出身=平氏というのを歴史読本で記憶してるね。
皇位の可能性があれば源氏、なければ平氏。阿保親王をバカにしてんのかと。

179 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 23:45:06
>>178
>源氏は皇室と源流を同じくするので、平氏は平安京を発祥とするので、
これは聞いたことがあるし、一概に嘘と決めつけられるものではないかと。

>女御出身=源氏、更衣=釆女出身=平氏というのを
これは明らかに大嘘。
例えば『源氏物語』の主人公はいうまでもなく「源氏」だが、その母親が
桐壺「更衣」であるという点からも、当時の貴族の認識として
「更衣の所生=平氏」なんて意識はないことが確認できる。

180 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 23:50:07
>>176
書いてることが滅茶苦茶。w

181 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 00:05:00
>>180
それはぷらっと氏のレスをソースとしたから、
抗議したいのなら、三戦にいるぷらっと氏に直接どうぞ!

182 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:25:31
>>181
勝手にパクっておいて、突っ込まれたら他人の性にする

質の悪いやつだなおまえ

183 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:32:49
>>182
本人も突っ込みを望んでるから、なんともない。
既に本人とはそのことは話済み。
後は君次第だが。

184 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:37:58
>>182
ソースはここから採った。
文句があるなら、ここの板にどうぞ!
過疎板だから、いつでも相手にしてやってもいいよ。
ttp://yy13.kakiko.com/rekisineta/

185 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:44:53
>>183,184
何逆ギレしてんの?
どう見てもおかしいのはお前だよ。


186 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:58:27
>>185
別にキレてないよ。過疎板といったでしょ?
その板は人が殆どいないから、一人でも人が欲しいんだよ。
ぷらっと氏も管理人も人が来ることを希望してるし、
ソース晒したのはそのためだ。
もし、煽りなら突っ込むな。荒らし厨房!
頭に来たら、その板に来い。来れないなら二度と荒らすな。

187 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:03:21
荒らしてるのはお前だって。
ついでにキレてるようにしか見えないって。

で、キミはそのトンデモを信じてるから書いたのかな?

188 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:11:58
>>187
荒らしと思うなら、別に荒らしも構わんが、
そういう君は、三戦板のぷらっと氏を知らない池沼だろう?
ぷらっと氏を知らないやつに、dデモを責める資格は無し。

189 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:15:54
>>188
意味不明の荒し決定

無視だ無視

190 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:21:52
>>189
じゃあ、初めから煽るなよ。池沼!
池沼の所為で、くだらない無駄骨を折ったな。

191 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:23:59
>>190
やっぱりこんな阿呆は無視するに限る

無視だ無視

192 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 17:26:03
>>191
煽るな池沼!

193 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 17:32:48
>>192
必死だな

194 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 03:27:38
もう少しで逆賊足利高氏の生誕700周年です。

195 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 20:54:52
今年が尊氏の生誕700周年だと思っていた。

196 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 23:53:26
山川の『日本史地図・年表』見ていたら、1360年代の三河守護が新田義高となっているんだが、こいつは何者?

197 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 00:47:37
>>196
大島義高だね。
史料上は「新田大島義高」と書かれることも多い。

198 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 01:29:25
今日は逆賊高氏の生誕700年目です。
当然のことにだれも喜んでいませんね。

199 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 13:29:22
お誕生日おめでとう。
ところで、尊氏のお誕生日が今日というのは何から?
征夷大将軍には8月11日に就任だけど。

200 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 13:59:53
お誕生日プレゼントが征夷大将軍か。
いいな尊氏タソ。

201 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 14:48:38
逆賊高氏は生まれたこと自体が大罪!!

202 :逆賊高氏:2005/08/11(木) 17:21:35
あきらけく岩戸を出し朝より天てる神の国ぞさかゆる
君は百世宝は三の護りにて異国よりも国ぞ久しき

203 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 18:12:51
逆賊「高氏」って、だれ? 聞いたことないなあw

204 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 18:33:18
釣りか?
足利高氏だろ。尊氏になる前の。


205 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 21:17:30
京極高氏です。

206 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 21:24:30
道誉か。

207 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 21:36:58
8月11日が尊氏の誕生日て初めて知ったよ。

208 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 23:48:00
>>204
釣りじゃねーよw
逆賊呼ばわりされたのは尊氏と名乗ってからだろ、てこと。
高氏の頃は違うだろ、てこと。

209 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 23:54:09
まあ足利高氏のころは、鎌倉幕府の御家人の一人だもんな。

210 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 01:36:22
http://myshop.7andy.jp/yhs.svl?start&CID=BKS416&shop_cd=1&cust_id=Xmo46Wk2o3649496i81kiXXX62GA386m

211 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 08:19:01
>>208
ブサヨク鎌倉幕府の御家人だから反日ブサヨ逆賊だよ

212 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 09:42:46
>>211
宮将軍を頂く鎌倉幕府が反日なわけがない。

213 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:17:11
逆賊高氏って、人格者みたいにいわれてるけど、実際
汚い役どころを直義や師直に押し付けてただけじゃんw

俺の知り合いにも逆賊高氏みたいな嫌なやつがいてなぁ…
そいつの首を討ち取って三条河原に晒したいくらいだ。

214 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:21:30
>>213
たぶんおまいの首は近い将来晒されると思う。

215 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 21:21:58
>>213
心が歪んでいますね。

216 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 21:49:07
逆賊厨は勉強しなおしてから来い。

217 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 22:01:42
栃木県民でよかった
本当によかった

218 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 00:24:39
元弘以前の足利尊氏は三河と上総の守護だよ。

219 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 00:39:32
>>196
“新田大島”って史料上に書かれてるってことは、新田と大島の関係って、
佐々木と六角、土岐と世保、上杉と山内、なんかと同じで、あくまで正式な
苗字は前者ってこと?

220 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 03:57:15
>>219
例に挙げてるのといってることが合わないぞ

221 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 12:21:05
>>220
どうして?

222 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 12:36:31
>>221
山内上杉と新田大島


223 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 13:20:53
>>222
いやそういうことではなくて、
佐々木⇔六角
土岐⇔世保
上杉⇔山内
の関係って、いずれも前者は当時の公文書に書かれる苗字、後者は通称に
なっているので、新田と大島も似たようなものかと思って。

ちなみに余談だけど、「上杉山内」というような言い方もありますよ。
史料編纂所の大日本史料や大日本古文書も、上杉氏関連の人名比定ではすべて
「上杉山内」「上杉犬懸」「上杉扇谷」と表記している。

224 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 08:56:01
たのむ古河公方のことも語ってくれ

225 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 20:00:50
足利尊氏は人類が幸福の道を悟るべき機会を奪い取り、永久に不幸の泥沼から這い上がることができないように網をかけてしまった。

226 :北条平六時定:2005/08/16(火) 20:23:49
竹田日恵の『後醍醐天皇』かよ…。
竹内文書とか信じてる
キチガイの書いた本じゃん。

227 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 02:27:36
>>224
小弓公方は?

228 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 09:36:23
>>224
茶々丸クラスのインパクトのあるやつがおらんからな<古河公方

229 :16歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/08/17(水) 09:37:37
徳川家康が新田義貞の子孫ってほんとですか?

230 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 11:51:43
>>228
足利成氏は、将軍義教の暗殺があと一ヶ月遅かったら、殺される運命にあった。

231 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 23:26:01
>>229
系図上は義重の子孫。

232 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 23:45:05
鳥山明って新田の庶流っすかね?

233 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 02:59:49
烏山?

50 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)