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織田信長が本能寺で死なずに生きていたら

1 :日本@名無史さん:05/03/20 02:18:26
もし、織田信長が本能寺の変によって殺されていなければ、
天下統一を果たして海外進出に乗り出して欧州を制圧していたと考える人は多い。
当時、信長軍は3000丁の鉄砲を持っており、これは世界でも類を見ないほどであった。
また、世界初の本格的な鉄の軍艦を作り、水軍との戦いに備えていた。
ヨーロッパでもこのような軍艦が作られるのはこれより70年程後だったと言われる。
ハリウッドに信長が生存していたら世界はどうなったか、というような風に映画を作ってもらいたいものだ、ということであり候。
もしかしたら、今の世の中は一変していたかもしれません、皆さんどう思います?
まあ半分今日のスポーツ紙の受け売りだけど。

2 :日本@名無史さん:05/03/20 02:21:09
戦国時代・武将をネタとして楽しむ→戦国英雄・三国志・戦国時代

三戦板に帰れ、ヴォケ

3 :日本@名無史さん:05/03/20 02:21:53
類似スレ、重複です
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1062825969/l50

4 :日本@名無史さん:05/03/20 02:22:25
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1055052617/l50

5 :日本@名無史さん:05/03/20 02:24:15
そうでしたか、スマソ。
でもこれも類似スレか後釜として使ってくれ。

>>2
ネタじゃないよ。

6 :日本@名無史さん:05/03/20 02:32:37
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1109663562/l50
IF専用、つかIFネタは三戦板

7 :日本@名無史さん:05/03/20 03:41:47
春だねぇ 桜もそろそろだ

8 :日本@名無史さん:05/03/21 03:07:34
信長厨と竜馬厨が出てきたら季節に変わり目を感じますな

9 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 20:27:23
世界的にみれば信長なんてただの雑魚だろ

10 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 20:28:46
ばーか。政宗ごときに天下がとれるわけないだろ。
良く考えてからスレ建てろよ。ばーか。

11 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 20:34:29
政宗ではなく信長

12 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 20:45:40
やはりキリシタンを弾圧してたかもしれない。

13 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 20:49:01
ニート弾圧

14 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 21:03:29
なんだかんだ言って秀吉か家康に謀殺されたかもな。



15 :日本@名無史さん:2005/03/23(水) 21:40:12
>>13
>>1と藻前が弾圧されているな

16 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 08:39:23
猜疑心が服着ていたようなひとですからしまいにゃ
身内や我が子にも手をかけてそうな悪寒。
それで天皇に錦の御旗もらった家康あたりに滅ぼされるの。
それで江戸幕府始まり〜
秀吉は信長の早死にでチャンスつかんだような人だもんで
とうとう最後まで一介の武将で終わりましたとさ。チャンチャン。

17 :日本@名無史さん:2005/03/31(木) 16:46:10
信長はヒッキーになるのが一番お似合い

18 :日本@名無史さん:2005/04/25(月) 23:07:38
タッキー&ノブピー

19 :日本@名無史さん:2005/04/25(月) 23:15:14
身内には異常なほど寛容な信長君ですよ?>>16

20 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 00:36:11
国内統一後、南蛮船を模倣した船で東南アジア辺りまでの交易権を
獲得し海運大国への道を突き進む。
各国の港には信長から派遣された代官がおり、日本船の交易がスムーズ
に行くよう手配をしてくれる。
莫大な富を築いた信長政権は現在のシンガポールにあたる辺りへ東洋貿易
会社を設立し、そこへヨーロッパ諸国からアジア圏の産物を求め船が集まる
ようになる
信長の死後、吉法師丸の代にカムチャッカ→アラスカ南部→アメリカ西海岸へ
到達する航路発見でスペインと交戦が始まるが日の出の勢いの日本が勝利
1700年頃には東南アジア,北アメリカ大陸は日本の植民地へ→アメリカ
独立戦争にて独立
その他のアジア諸国も港湾都市を残してやはり独立する→20世紀になると
その港湾都市も各国へ返還することとなる

わけねぇw


21 :日本@名無史さん:2005/04/26(火) 00:38:52
>>19
実の叔母を逆さ磔でコロしてますが?

22 :JCの軸馬国名は「ギャロップ」に暗号予告されてたの親父。:2005/04/26(火) 15:11:55
 中数週くらい前のをみれば(十週以内だったか!!)
毎年あたってたんだけど卑怯なんで買いませんでした。

23 :JCの軸馬国名は「ギャロップ」に暗号予告されてたの親父。:2005/04/26(火) 15:15:01
 世のため人のために意気血にせず・・・
酒池肉林汚釜テレビ芸能界に穢され・・・
堕胎したりさせたり不治橋本さとし・・・
あだりが創価在日と日本国を拉致し・・・


24 :JCの軸馬国名は「ギャロップ」に暗号予告されてたの親父。:2005/04/26(火) 15:21:26
 「馬」も「ブック」も「ファンファン(←忌みふかいかな仲居ちゃん)霊」もありますけれど・・・
本日午前0958、
ショック
二重

たてよみで「八二」
あるいはよ「死場」
とよませていただき
みなが駄目だと諦め
たかもしれないギャ
ンブルの「必勝法」
をばらして野郎!!

25 :不治テレビ午前1010・1025・1029化け物が厭だ親父。:2005/04/26(火) 15:33:39
 眉間にしわよせるな厄の売人の妖なアニータみたいに醜いアナとかお釜とかみたいで(みたくないよ・・・)異常だい不治のダイレクトアーちゃんさ・・・
マルシアはコロンビアにかえればあこの国の電波放送を拉致しやがって不治テレビ埋立地のいはれとかば・・・しっとるかいアンジャッジもあんた茶ぶるとか
と女痔で沿うか学会の工作員かね?金がほしいかホラ〜やるぞ?ば〜かやらないよ人柄のよき人にだけ伝授しますしほなばかな「101匹湾ちゃん親父。」。

26 :不治テレビ午前1010・1025・1029化け物が厭だ親父。:2005/04/26(火) 15:38:25
 午前1111頃すっとぼけてなにが「いいもの」だあ醜き妖怪ども
めが不純だ華麗じゃないやつァテレビにしゃしゃりでるなよ裏口出世
が卑怯もんどもめがお釜惚れば〜ばれ〜かい?マルシアもアナも有害
!例話法再現ドラマも八百長暗号なんかじゃね〜んだろうなあ・・・

27 :不治テレビ午前1010・1025・1029化け物が厭だ親父。:2005/04/26(火) 15:48:51
 フジテレビ午前1118の「82950円」も「8500円」も
■■■■ー118−118様に無断で暗号広告PRしちゃってんじ
ゃね〜だろうなあ「黒鳥の湖」も午前1122のヤマダ「29日」
あたりも無関係だろうが日テレの「たけのこのこのこ」じゃ〜なか
った・・・フジテレビ午前1153アリコ武仕様「月2800円」
広告あたりも暗号編成だったのかね・・・以前かるくバラシはじめ
り「タカタ」のフーアストクラス商品はソニーのサイバーショット
エルワンだったがレンズが「目」あたりにゃ「F2.8〜5.1」
か!「f=5.1〜N.B」にもニヤリとしちゃったじゃね〜かね!

28 :なんかもんくでもあるかい「信長の卑下」かな親父。:2005/04/26(火) 15:53:58
 地ー位武バージョン「月々2800円」
はテレビ東京(八百長江原育成牧場局)で
午後0231にもやってたがなあ時計親父


29 :なんかもんくでもあるかい「信長の卑下」かな親父。:2005/04/26(火) 15:56:39
 ロッテ対西武きのう
「八対二」だが無関係
でもって、昨年11月
@H日オープン湾葦?

30 :なんかもんくでもあるかい「信長の卑下」かな親父。:2005/04/26(火) 16:10:41
 「3291親父。」
都下に戸ができりゃー
述ーべる賞もなくノブ
つけんとほっしんし信
仰新かに肩かけ酒乱ぷ
りりっこの貧乏親父。
「ノブつけん 咎都下の戸に 悲をもちて 扉にかえる祖のときよ 信長錠打つ か」。

31 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 19:44:45
信長が生きていたらアメリカみたいな国になっていただろうな。大の異国好きだし。何よりも優れた手腕に大胆な政治に行動!現代の政治家にいますか信長みたいな人?

32 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 16:08:49
はいはい精神病院に逝ってください

33 ::日本@名無史さん:2005/05/31(火) 21:55:31
きっと漏れと死闘をくりひろげたな

34 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 13:16:40
つまりその程度ということだ。信長は。

35 :☆ななみちゃん☆ ◆jvBtlIEUc6 :2005/06/01(水) 14:53:44
もしも信長が生きていれば、
たぶん信長は征夷大将軍となり
織田幕府が成立していたよ。

36 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 15:20:50
もしも信長が生きていれば、
たぶん信長は天皇となり
織田天皇と呼ばれていたよ。

37 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 15:23:08
征夷大将軍の拝領を拒否してますが何か?

38 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 17:02:31
秀吉が謀反したに違いないぜ。

39 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 17:42:40
>>37
ごますりミエミエだから、拒否しただけじゃないのか?

40 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:09:43
>>37

>征夷大将軍の拝領を拒否してますが何か?

「信長公記」は、フィクション性が強く資料としての信憑性は欠けるぞ。

41 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:09:53
>>37

>征夷大将軍の拝領を拒否してますが何か?

「信長公記」は、フィクション性が強く資料としての信憑性は欠けるぞ。

42 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:24:41
そうそう。
信長が征夷大将軍の拝領を拒否したなんて、公家側の記録には無いもんね。
それまでの征夷大将軍は、皇族や古代の田村麻呂などの例外を除けば、
全て「源氏」なんだよね。信長は自称で「平氏」を名乗ってたから、
明智光秀は、信長の平氏征夷大将軍の誕生阻止の目的で、本能寺の変を
起したと言う説もあるんだよ。

43 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:35:40
>>42
「拝領」まで逝けば、「拒否」できないのは当たり前じゃないのか?
ところで、将軍宣下の工作をやってた…みたいな史料ってあるの?

44 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:36:09
ここは面白い釣堀スレでつね

自演の釣り目的でつか?

45 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:48:04
>>42の中では藤原将軍はなかったことになってるらしい。

46 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:50:49
結局変わらなかったと思うけどな
百歩譲って仮に信長が勢力図を塗り替えてもそれを引き継げる体制がない

47 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 19:57:52
>>46
息子の中でも信忠は割とやり手のほうだと思うが。
信長は子の為に対抗しうる家は皆殺しにするだろう。
歴史の影に埋もれたままの英雄が何人か出てくるだろうて。


48 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 20:21:11
その前に信長が殺されるだけだよ。

49 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 20:45:52
>>47
信忠がやり手だったのはあくまで「御曹司」としてであり信長ありきの存在としてであって
織田家の当主として家臣を抑え込んでいけるかというと難しいと思う

抑えるのではなくうまく折り合っていくという事になると
結局信長が作ったかもしれないシステムを崩していくしかなく
徳川政権と変わらないような事に

50 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 23:21:45
>>45

>42の中では藤原将軍はなかったことになってるらしい。

お前小学生か?

>皇族や古代の田村麻呂「など」の

「など」とちゃんと書いてあるだろ。

51 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 23:56:23
>>1
マジレス。
本能寺から脱出した直後、路上で足軽に突き殺される。
よって歴史は変わらない。

52 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 00:32:26
翌年癌で死ぬかもな

53 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 00:59:40
今日は命日だ!
あと5時間後に信長は死ぬ。

54 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 10:49:45
秀吉にやられるかもな。

55 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 11:58:56
信忠は秀忠レベルだろ?
現状維持するぐらいの能力はあったはず。

56 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 12:40:06
>>42のリクツでいくと
正親町天皇はウンコをしたという記録が無ければ
正親町天皇はウンコをしなかった

ことになる。間違い無い。

57 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 13:59:09
信長が生きていたら・・・

鬼武者明智左馬介にやられたに違いない。
鬼3ラストの信長は凄かった。

58 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 18:18:18
三職推任を拒否したとか何なんだ?

推任の一件は朝廷から持ちかけられたという説と
京都所司代の村井等から持ち出されたという説とがあり
それに対して、拒否とも受諾とも言えない返事だったではないか

源氏しか将軍になれないなんてのは俗説
宮将軍だけなら例外としてもいいが、藤原将軍すら例外とする根拠は何よ?
ttp://www.netlaputa.ne.jp/~kitsch/rekidai/shogun.htm
歴代将軍な・・・例外が結構いるなw

59 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 22:18:26
源氏しかなれないというか、平氏が将軍になった「前例」なんてない云々で、
一度断られてなかったっけ?
それを、=源氏しかなれないと解釈してるとかじゃないかなと。

うろ覚えだけど、どっかのスレで、将軍任命の時
源氏・平氏にこだわりが出るのは、対象が武家のみの場合って
カキコがあったと思う。真偽は不明だけど

60 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 22:48:05
明智光秀の平家征夷大将軍誕生阻止って
そう言えばこないだNHKの番組でやってたな。
>42が言ってる事とまったく同じ事言ってた。
頼朝以前と以降では、征夷大将軍の性格が全然違う。
頼朝以前は、賊の討伐の為に任命されたが、
頼朝以降は、武士の棟梁であり幕府を開らいた。
征夷大将軍で幕府を開いたのは源氏しかいない。

61 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 23:01:05
源氏しかいないっつーか結果的にそうなっただけ
家康はただの自称で源氏じゃないし信長より後なので外すと
鎌倉室町の二つしかない
たった二つの前例だけで源氏じゃないと幕府を開けないなんてのはさすがに暴論

62 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 23:09:04
>>61
たった二つの前例って・・・
その二つの幕府がそれぞれ何年続いたと思ってんのよ?
その年数が1192〜1582までの間にどれくらいのウエイトを占めると思ってんのよ?

あまりの衝撃的なまでの単純レスに吃驚。

63 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 23:14:13
鎌倉以降に宮将軍と公卿将軍がw

64 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 23:15:24
>>62
鎌倉は実質3代で終わってる
その後は宮家迎えたり藤家だったり執権、得宗が実権握ってるからそもそも源氏の時代じゃない


65 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 10:12:18
源平交代説か

66 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 20:57:11
>>49
信忠の周りには信長の用意してた官僚組織もあるわけだが
作ったかも知れないというよりは、つくっている途中のシステムとそのバックアップが全て崩壊したのが
織田衰退の原因だろ?

67 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 13:25:44
信忠はプチ曹丕レヴェル。秀忠は出来のいい劉禅レヴェル。
信康は劉封レヴェル。

それから、信長が長生きしてたら、多分家康と対決してたと思う。
もう強敵の武田家が滅び、憂いはもう無くなり、同盟の意義が無くなったから。
んで、家康は破れ、先祖代々の駿遠三を奪われ、日本各地を放浪すると思う。

…と妄想でレスしてみる。

68 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 15:03:32
部下にしろ、主だった大名にしろ、みな因縁つけられて殺されてるでしょうな。

69 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 15:07:13
吉川元春・小早川隆景 もしくは島津に虐殺される。    以上で講義終了。

70 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 15:49:03
もし信長が長生きしてもやれることは秀吉と変わらないよ。
よって秀吉の名前を信長に入れ替えただけで歴史は同じようなもんだろう。

ただ政治能力、軍事能力は秀吉>>>信長だと思うんで、
信長存命中に天下統一できたかどうか疑問。

秀吉は毛利家を取り込んで五大老にしたが、信長は毛利家を家臣にできるか?
やはり毛利家殲滅を選択するだろう。となれば中国地方征服はもっと遅れる。
秀吉は伊達の帰順を認めたが信長は認めるか? 東北に攻め込んだかもしれない。
やはり天下統一は史実よりずっと遅れる。
九州と東北の統一までは寿命がもたないと思う。

信長海洋帝国の夢もなあ。なんだかなw
日本の場合は、貿易は官営ではない。民間の豪商の仕事。
儲かるとわかれば、秀吉時代だろうが南洋へ行くし、
儲からないのなら、信長時代でも南洋へは行かない。
秀吉になったから朝鮮半島に攻め込んで南洋に行かなかったわけではない。
信長になっても南洋への進出が拡大するかどうか?

信長が本能寺で死ななかったら、、、
天下統一はかなり遅れる。というか天下は統一されないかもしれない。
明智、柴田、羽柴などの家臣たちは、各占領地域で地方領主化する。
信長死後の信長本家(将軍?太政大臣?)は権威のみ。第2の室町将軍化。
徐々に休戦状態となって固定化。
キリシタンが街中を闊歩し、対抗して本願寺門徒も復活、
鎖国なき、海外貿易が盛んな、新しい室町幕府の誕生かな。
となると、明vs清の大陸の王朝交替の影響もはるかに強いし
交易利権をめぐって清国と日本(の西国大名)の対立もある。
200年早く日清戦争があったかもw。

71 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 16:25:16
>信長存命中に天下統一できたかどうか

出来なかったジャン

72 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 16:33:55
おもしろくないレスだな。

73 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 16:40:00
mailto:DLP=otona%20解=痛め

74 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 19:56:27
>>70
信忠の存在忘れてる
信長が天下統一事業半ばに倒れても充分引き継ぎ可能
柴田、明智、羽柴を制御しつつ子飼い・新鋭の森、団、斎藤らに力を持たせていくだろう
信忠本軍には史実では徳川に編入された旧武田系の家臣も入るだろうし

75 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 20:55:17
信忠が曹丕みたいにバランスよくバトンタッチを受けることができるもんな。

家康は劉備みたいに国を放棄して親衛隊と共に各地を流浪するという罠。

76 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 20:59:05
かいかぶりすぎ

77 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 21:22:09
お前こそ信忠を低く見過ぎだろ
ちゃんと一人で武田も征伐できる子だ。後世徳川の差し金で凡庸な男にされたが
実は親父譲りで結構無茶やる子だぞ?

78 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 00:47:36
ま、東京に有楽町はなくなるだろう。

79 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 01:34:47
北朝鮮みたいになってただろう。

80 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 01:34:49
>>70
信長と毛利は毛利側が何カ国を残して全て譲渡する話もでてたし(ならなかったけど)
結局そのあとも光秀・信長の援軍が秀吉のもとに行けばよっぽどの策がない限り、毛利は敗れているだろうし、、、
大友も信長とよしみがあったから豊前・豊後の安堵くらいはあるだろうし長宗我部もすぐ滅ぼせるとこまでいってるし。。
そんなに障害はなかったと思うよ。信長があと10年生きてたらほぼ間違いなく天下は統一できていたはずだろう。



81 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 02:13:01
もし信長生き長らえば、
信長=中大兄、秀吉=鎌足、家康=大海人、信忠=大友、
と考えていた。

信長、秀吉の死後、家康と信忠の間で関が原。
家康が勝ち、結局徳川の世に。

でも、ということは、秀頼=不比等か。
豊臣家は幕府の重臣として実権を握るのか。

82 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 04:43:18
信忠と一戦かますだけの動員能力が家康には無いだろ

83 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 11:55:24
>信忠と一戦かますだけの動員能力が家康には無いだろ

三国志でいえば、戦下手の劉備が曹丕に宣戦布告を挑むようなもの。

曹丕「よし!劉備はヘマを仕出かしたぞ!!」
・・・と似たようなもの。
とレス。


84 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 12:18:28
>信長があと10年生きてたらほぼ間違いなく天下は統一できていたはずだろう。

本能寺の変がなくても誰かにすぐ殺されるさ。
天下統一する実力など信長にはない。史実がそれを物語る。

85 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 12:18:43
>>81

もし信長生き長らえば、
信長=曹操、秀吉=荀ケ、輝元=孫権、家康=劉備、信忠=曹丕、
と考えていた。

信長と秀吉の死後、敵対した家康と信忠の間では関が原で戦い。
先祖代々、西国に独立勢力を持った毛利輝元は中立する。
激戦の末信忠が勝ち、その時に輝元は信忠に従き家康を襲撃する。
挟み撃ちにされ、心身疲労した家康は浜松城に命がけで引き揚げて、
間もなく病にかかり、本多佐渡守正信に秀忠を託して没する。

ということで、めでたく織田幕府=安土幕府が誕生する。
毛利家は信忠に臣属して、大老を兼ねて半独半属の地位を保つ。

・・・とレスする。

86 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 13:11:48
秀吉、家康、その他有力な家臣はすべて粛清。
ひょっとしたら天皇も手をかけていたと思う。

87 :;:2005/07/03(日) 15:02:29
島津はつぶせたか疑問符だな?義弘が領土でゲリラ戦を行って.織田軍をおい
おとしたりして。

88 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 15:06:42
島津は歴史上つぶされたことはないのだが

89 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 16:16:30
本能寺の変を少し簡単に見すぎてる
あれは古今東西稀にみる程の見事なクーデター
信長と京都が軍事的空白地帯にあり
師団長は地方に釘づけになっている
大兵力を所持するのは光秀のみ
まさに千載一遇のチャンスであり、それを見極められるだけの戦略眼と実行力が光秀にはあったわけだよ
ああいった状況が再びまた起こるとは考えにくい
どのみち信長は家臣に殺されたなんていうのは根拠のない妄想でしかない
それに家康は本能寺の変後のどさくさにまぎれて信忠の信州甲斐を切り取ったのであって
本能寺がなければ天下の一方の雄には成れないし、その程度で織田家に仕掛ける程の軽率ではない
そして劉備は戦巧い

90 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 17:13:54
征夷大将軍は別に源氏だからなれるわけでもないし、
幕府も源氏だから開けるわけではない。
幕府はもともとは公卿の政所が全国統治の規模になっただけというレベルのもの。
鎌倉幕府は源頼朝が三位に叙せられ右近衛大将に任ぜられたから成立した。
室町幕府は足利高氏が従二位であったから開けたもの。
江戸幕府は徳川家康が右大臣・右近衛大将として開いたもの。
したがって征夷大将軍にならなくたって幕府と同等なものを作ることができるわけです。
そもそも征夷大将軍の先例がある氏は、漢氏、大伴氏、源氏、藤原氏と何も源氏に限定されているわけではないわけで。
信長が何を考えていたかはわからないが幕府は開けたわけですよ、現実的に。

91 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 17:35:10
>>89
>それに家康は本能寺の変後のどさくさにまぎれて信忠の信州甲斐を切り取ったのであって
>本能寺がなければ天下の一方の雄には成れないし、その程度で織田家に仕掛ける程の軽率ではない
>そして劉備は戦巧い

それは仮に曹操が董承のクーデターで倒れ、劉備が徐州で念願の有力群雄の一人となり、
漢再興による天下統一の号令が確実となったようなものと、…レスしてみる。

そうなった場合は諸葛亮が歴史の舞台に出る幕は無し・・・っと。


92 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 17:40:28
>>90

>鎌倉幕府は源頼朝が三位に叙せられ右近衛大将に任ぜられたから成立した

そうか?漏れ聞くところによると、幕府とは、本邦に置いては元来近衛大将が開くものであったらしいが、
当時の近衛大将はその本来の職分からしても、京を離れることができず、
頼朝は早々に辞任して鎌倉に帰ったそうではないか。
そしてその後、執拗に征夷大将軍を要望しているではないか。
鎌倉幕府が頼朝の右大将就任と直結するものだとは思えんが。

>室町幕府は足利高氏が従二位であったから開けたもの。

初耳。従二位だとなぜ幕府が開けるの?頼朝の三位でもOKかね?
大内義隆も従二位だったが、彼も有資格者だったのかね?

>江戸幕府は徳川家康が右大臣・右近衛大将として開いたもの

ってことは、豊臣秀吉は足利義昭の養子になり損ねても幕府を開けたし、
豊臣秀頼も徳川家康の二年後れで将軍になれたということかね?



なんか名称だけの幕府=近衛大将の役所と、武家政権の幕府を無理矢理ごっちゃにしてるような。


93 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 17:48:16
信長が誰かに寝首を書かれるのではなく、云わば天寿を全うして死ぬのであれば、
その時点で、大きくなりすぎた重臣たちや、家康が無事に生き残っていると
考えるほうがおかしい。皆殺しにしてから死ぬと思ったほうがよい。

94 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 17:56:02
>信長が誰かに寝首を書かれるのではなく、云わば天寿を全うして死ぬのであれば、
>その時点で、大きくなりすぎた重臣たちや、家康が無事に生き残っていると
>考えるほうがおかしい。皆殺しにしてから死ぬと思ったほうがよい。

だから、劉備も盟友の曹操から、要領よく許昌を離れて曹操の部下である
徐州代理の車冑を惨殺し、曹操に宣戦布告した。そういう意味で劉備は賢明だった。
家康も信長が本能寺で横死したおかげで、劉備みたいなやり方をせずに済んだ。
とレスする。

95 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 19:23:56
>>92
幕府という名称自体は江戸時代の終わりから使われた語であることをわすれてないか?
当時、幕府を開くという意識的概念があったかは甚だ疑問が残る。
今で言う幕府は公卿の政所の機能拡大版であるから頼朝にしろ、高氏にしろ、家康にしろ公卿である必要が加味される。
それに頼朝が近衛大将を辞したのは勝手が悪かったから。つまり京にいる意味がなかったこと。
それならば征夷大将軍に任じられ武士を動員できる権利の方が武士の棟梁を主張する頼朝にとって利があったから。ただそれだけ。
だから征夷大将軍ではなく近衛大将のままでも現代人が知るところの幕府が創れないわけではない。
高氏は頼朝の先例に倣いたいがために征夷大将軍を後醍醐帝に強く要求してるわけだし。
政所というだけでは武士を納得させるのは厳しい。それならば征夷大将軍としてかつての頼朝公のように武士の棟梁を自称すればよい。と言う発想。
家康は関白は都合上世襲できないことを知っていたからそれよりは先例を重んじ征夷大将軍についた方がよいという判断だっただろう。
豊臣政権自体、秀吉の政所とするのが一般的だし。ただ征夷大将軍につかなかったから幕府と呼ばれなかった。ただそれだけ。
後世に幕府とよばれるようそに征夷大将軍の有無があるが当時にはそんな概念はないよ。

大内家は足利家の政所に組み込まれているが政所は開けるはず。
実際、大名の領国支配構造自体は政所の応用だし。

96 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 19:28:45
>>95
自己レス。
幕府とはもともと近衛大将の陣を指す。
政権運営の幕府は天皇と対比させるため薩州・長州が徳川政権の呼称としてもちいたのか始まり。


97 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 19:48:21
三国オタは三戦帰れよ。文盲っぽいし
ってか、今のレベルじゃ歴ゲー板がいいとこだが


98 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 21:16:31
>>86
天皇から任命されて幕府を・・なんてより、天皇に取って代わる絶対権力者
を目指していくなかで、やはり暗殺されたのだろう。
日本は天皇に代わろうとすると必ず罰が下る国だから。

99 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 21:35:39
天皇なんて何が偉いのか全然わからん。

100 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 22:05:43
家康は血筋が希薄とはいえ世良田氏流松平氏と称したから、
征夷大将軍となれた希ガス。

101 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 23:37:15
信長が生きていたら日本の近世史が変わっていた(津本あたりのタラレバ)説
もういい加減に飽きたよ・・・。楽市楽座は義元の模倣だし、鉄砲数千挺も本願寺(雑賀・根来)
の模倣。桶狭間いがいは、信玄の戦法だろ? 長篠野戦城砦の馬防柵なんてのも戦国初期の戦法。
常備軍(兵農分離)は、つまるところ傭兵(浪人)の募集で、どこの武将もやってた。
ただし、緻密な観察力と分析眼で乱世を乗り切った物真似の才能はすごいんだな。
それと、戦国当時の武将の常識だった東国武者の棟梁にならなかった(上洛を選んだ)のも
慧眼だが、畿内府(公家政権)では関東府(武家政権)に勝てないことは、
死ぬ直前までわからなかったんだろうな。天下(天子の京都)は取れても、日本(武家の関東)は
ついに手に出来ず・・・。ちゃんちゃん♪



102 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 23:52:42
武家政権=徳川が公家政権を押さえ付けまくりですが、天皇や関白の譲位なんて思いのままじゃん。

103 :日本@名無史さん:2005/07/03(日) 23:57:21
>102
信長公はそれを畿内でやろうとして、公家武者(光秀)に殺されたわけだが

104 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:08:00
>>103
光秀のどこか公家武者なのか・・・

105 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:11:52
公家武者のパシリのパシリくらいなだ光秀

106 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:17:14
足利義輝・義昭・近衛前久・細川藤孝・明智光秀
このあたりのつながりは、公家武者だな
彼らを頼んだ信長も、しょせんは上方武士

107 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:25:46
信長が生き残って朝廷なんか潰しちゃえば良かったのに、公家なんて寄生虫じゃん。

108 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:34:04
>>107
平安末期に荘園制度が始まってからは、公家寺社は在京のまま農民(武士)に
荘官をやらせて、たしかに「寄生虫」だが、公家の平安時代は文治主義で
死刑制度もなかった平和な時代なんだよ。武士の時代は殺し合いの時代なんだから
体験してみるといいよ。死ぬ覚悟がなければ、すぐに逃げ帰ってくるはずだ。
死ぬ覚悟のない香具師(無責任な作家)ほど、戦国時代を英雄物語にしたがるわな。

109 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:40:55
死刑制度がなかったから平和って・・・
単に祟り恐れてやめてただけのことじゃん。
あほらし。

110 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:40:59
結局なんで戦国時代になったの?平将門がきっかけなんでしょ?

111 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:42:57
>>109
そのほう、祟りを恐れぬ者。死罪じゃッ(笑

112 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:48:11
>108


113 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 00:50:21
>108
たしかに、飢饉はあっても戦乱はないから平和だったかも
ぎゃくに、永禄年間は飢饉が武将たちを戦に駆り立てたという説も
乱捕りのための戦争だったとか

114 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:04:41
えぞくすこまさかどすみともといただつねぜんくねんごさんねんほげんへいじ
そのたぶしのいざこざ、かいぞくたいじ、かくしゅいんぼう

その他アホな徴税制度のための農村の荒廃

すばらしいな。

115 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:17:19
俺も、信長が生きていたより、信忠が生きていたほうが面白みがあるね。
あの時、家康が死ねば後継者は少年だったしね。
秀吉も天下なんて無理だし、毛利も武田と同じで数回負けたり引き分けた
だけで、動員できる兵は極端に減るだろうし。

116 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:21:33
>>114
おまい、意味をわかってコピペしたのかぁ??
公家たちが地方に下向した荒くれ公家(武士)の狼藉を嘆いてるんだぞ(w

117 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:26:27
>114が>108や>113への反論だとしたらとんでもないアホですね
基本的な史料の見当がつく程度に古文を勉強して出直して来いyo(笑い)


118 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:32:06
スケートする

119 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:37:03
光秀が公家武士とはトンと思わんがな
素性も知れぬ浪人上がり、焼き討ちの実行犯……物凄い現実主義者で、将に戦国武将って感じだが

120 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:38:32
このさい、スレッドを変えて、>>114(おそらく>>109)のごとき
歴史認識のいい加減な「戦国史観を糺す」に変えてみようか?
「平安時代(藤原政権)と戦国時代(北条・足利政権)のどっちが平和だった?」
でもいいと思われ。戦乱で人が死んだ数で勝負は決まっちゃうんだが(W)
ついでに、信長公が10年生きてて(爆)、どっちを選んだかも論じようぜ!

121 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:40:44
光秀=天海僧正ですが、何か?

122 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:45:27
>>119殿
足利義輝−近衛前久(摂関家)−足利義昭−細川藤孝(管領家)−明智光秀
このあたりの繋がりを理解してから来てくださいネ

123 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:53:02
>122
たしかに、全員が詠歌趣味の方々。光秀の愛宕百韻なんてのは、細川藤孝の入れ知恵なんだろうか?

124 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:56:26
>>122
てか、そんなこといったら、
今川、武田、松永あたりの方が、明智より公家武士のような

125 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 01:58:13
で?歌詠みであることとリアリストであることには全く抵触しない訳だが
そんなやつ古今東西ザラにいるし

126 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:01:26
リアリスト・・・・・・ウホッ


127 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:02:19
>>124
はぁ? 松永はともかかく、新羅三郎の末裔で鎌倉殿の御家人(甲斐武田・総追補使・守護職)
室町殿の縁戚で守護(駿河今川)を「公家武士」???日本史は勉強しましたか??

128 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:05:10
>125
お前さんは、脈絡もなく・・・(笑い
公卿(近衛)も公家武士(細川・明智)もじゅうぶんにリアリストだよ


129 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:07:05
えっとー明智光秀は土岐源氏で決定な訳かしらん?

130 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:10:37
だから天海だってば

131 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:12:22
>>127
・・・・・・。

132 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:20:00
>127
まぁ、今川はともかくとしても武田は頼朝と正統性を争う甲斐源氏だったからなぁ
佐竹あたりも義光公の末裔だが・・・。

133 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:23:24
横ですまんが、○○してからこいって何様な感じが…
ちょっと気になった

134 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:24:44
まぁ、そういう子はどこの板にもいるから
生暖かく見守ってあげてくダサイ

135 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 02:25:22
>>133
確かに・・・・。

136 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 03:44:26
このへんの議論、このスレ的にはどうよ?

90 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 02:23:28
家来に殺されたアホ殿って、信長以外にいるの??
91 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 03:03:43
90
おまえマジで言ってんのか?
92 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 03:12:11
>>91
マジですが、何か?? 一国の守護たる戦国大名で、家来に殺されたバカ殿、誰ほかに居ますか??
ぜひとも答えてくださいよね!!!
93 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 03:21:10
>92
たしかに、天正年間の大名には、そんなヴォケはいねぇな(笑 信長のヴォケだけだよ、はははっ・・・
94 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 03:24:35
松平広忠
95 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 03:29:34
>>92
陶晴賢に討たれた大内義隆とかは違うのけ?
96 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 03:31:39
>>94
>松平広忠
だって?? プッ!!! 広忠は一族の松平信定(桜井松平氏)に追放されたんだろ。
その後、今川の先方衆として三河に侵攻。家来に殺されたわけじゃねぇよ!!
それも戦国時代の国取り合戦が煮詰まってない天文前期の話。
ブッ!!! 家来に殺されたアフォ殿織田上総介(僭称)より長生きしてるわぁ!!
97 名前:日本@名無史さん :2005/07/04(月) 03:33:55
>>95さん ご名答です!
無責任な作家たちがもてはやす織田信長公も 公家大名を気取った大内義隆公あたりと同じだってことだね


137 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 04:04:18
90
が意味不明って言うか、松平釣りを言いたかっただけなんじゃ。

138 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 05:48:23
116 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2005/07/04(月) 01:21:33
>>114
おまい、意味をわかってコピペしたのかぁ??
公家たちが地方に下向した荒くれ公家(武士)の狼藉を嘆いてるんだぞ(w


むしろこれが意味不明・・・

139 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 10:17:56
>>101
物真似でも徹底的にやったところが凄いのは事実。
他の人は及び腰で、結局小手先だけで終わってるもの。

140 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 10:25:45
>>101
他国の軍事機密を真似することは凄いと思います


141 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 10:59:20
家来に殺されたところが凄い

142 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 11:41:16
ホモなのが凄い

143 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 12:13:17
>>142
どのホモのプレイが一番凄いと思う?

144 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 15:03:15
TDN

145 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 18:35:43
>>101
> 戦国当時の武将の常識だった東国武者の棟梁
関東管領のことか?

146 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 18:50:02
そんな常識はなかったわけだが

147 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 20:40:01
>>146
当時の武士の愛読書「太平記」「平家物語」「義経記」あたり
いっぺんでも読んでみれ。歴史観が少しはまともになると思われ。
上方武士、ボロカスに書かれてるよ。それが室町末期の常識。

148 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 20:50:57
・・・頭が鎌倉で止まってるのか?

149 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 20:53:08
関東なんて巨人ファンかなんちゃってロッテファンの巣窟

150 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 21:21:56
>関東管領のことか?

鎌倉府再建のことだと思われ。
実際には北条が持氏を奉じて関東管領(領国経営の内容は公儀を名乗る)を名乗り、
謙信が山内上杉(関東管領)を継承したので、間違ってはいないが・・・。
信玄も伊豆に関東政所を置く構想があったらしい。
関東甲信越の武将にとって、天下(当時の天下は天子様の下・京都)はそれほど魅力がなかったんだろう。

151 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 21:25:37
・・・頭が鎌倉で止まってるのか?

って、あんた。戦国武将が「太閤記」や「信長公記」を
読んでいたとでも(w
それと、あんた。「太平記」は鎌倉じゃないぞ。室町中期に
小島法師が完成させたと。ね?

152 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 21:38:09
関東官領になったからって意味無いじゃん、実際に北条も武田も謙信の言うことなんか聞かないしさ、なる意味あんの?

153 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 21:46:54
だから鎌倉府なんだってば。
鎌倉殿(鎌倉幕府)いらいの武家の伝統があって、御恩と奉公の忠義
が意味を持っていると考えられたわけさ。歴史は>>152の御説のとおりだが、
それは歴史の結果から解釈しているにすぎないのであって、当時の
関東武士の心情に迫っているとは考えにくい。
信長−秀吉ラインがたまたま畿内政権をとったことで、天下平定
(上洛=天下)という歴史観が確立されたが、のちの織豊政権の崩壊と
江戸開府をみれば、畿内で武家政権が維持できなかったのは歴史の教えるところ



154 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 22:38:40
>>天下平定(上洛=天下)という歴史観

たしかに天下史観というか、上洛史観は双六ゲームのようで
子供っぽいな。とても大人の歴史学とは言えん。


155 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 23:22:14
>>153
> 信長−秀吉ラインがたまたま畿内政権をとったことで、天下平定
> (上洛=天下)という歴史観が確立されたが、のちの織豊政権の崩壊と
> 江戸開府をみれば、畿内で武家政権が維持できなかったのは歴史の教えるところ

その話の方がよっぽど結果から解釈している気が…。

156 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 23:54:33
まぁ、なんだな。家来に殺されたバカ殿には、日本人なら同情するわな
日本国民の美徳というか・・


157 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:06:39
>>155
そうですよ。
徳川が江戸に幕府を開府したのは、西国は外様の勢力が強いのと、大阪には
豊臣家(権力を握ったばかりで豊臣家を転封させるほど政権が強固でない)がいたから。
なにしろ、関が原の勝利は殆ど外様の力(秀忠軍4万 not ready)で勝ったようなものだし。

大体、秀吉が家康より長生きしてれば、丹羽や蒲生のように、秀忠には先代ほどの
器量無し、ということでせいぜい相模一カ国に減封され、大阪で武家政権が続いていたでしょう。



158 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:07:40
いまさらだが、>>1

>当時、信長軍は3000丁の鉄砲を持っており、
>これは世界でも類を見ないほどであった。

という出典は、信長公記の「建勲神社本」なのか、それとも「池田家文庫本」
なのか?? 信長公記の写本(しか残ってないのだが)をどれにするかで、
まったく違うものになるんだぞ。 

159 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:12:36
>>157
まったく違うぞ(w
史実は小田原攻めのあと、秀吉に関東移封されたから。
その後、家康は関東勢を率いて秀吉と対峙。その間、関東領国の経営に
執心していた。武田遺臣を取り込みつつ、関東府を構想していた。
違うか??

160 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:17:14
そういや1000という説もあったな
千の字の上に三が小さく書き足してあって紛らわしいんだったか

161 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:19:53
>158
信頼できる写本では、畿内の武士に必死こいて借りた1000挺ほど(大田牛一)
細川氏、筒井氏文書にも、信長との鉄砲貸し借りの書簡がある

162 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:23:06
正確には、
「建勲神社本」(1000挺ほど)
「池田家文庫本」(1000挺を3000に書き換えた形跡あり)

ま、>>1は自分で検証してみることだな

163 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:24:29
169
旧領から当時未開の地関東にさしたる反抗もせずに移ったのは、未開の地の為に開拓すれば旧領を遥かにしのぐ石高が得られるのと、開拓で大変だと朝鮮出兵逃れの口実が出来るからじゃない?確かに関東に政権を移すのを考えた可能性も高い。

164 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:26:06
なんだよ、スレッドの根幹にかかわる部分で、俗説だったのか……。

165 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:30:40
>>163
>開拓で大変だと朝鮮出兵逃れの口実が出来るからじゃない?

年表持ってるなら、みれ! 関東移封と朝鮮出兵では、年代が違いすぎる(笑

>家康は関東勢を率いて秀吉と対峙

↑(小牧長久手の合戦)知らないのけ?

>169 も意味不明だが・・・

166 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:41:34
>未開の地
だって???
鎌倉幕府十五代、鎌倉府の仕置き100年以上、後北条五代の豊饒の土地がか????
関東が未開の地なら、そもそも平安時代も成立しないのだが?

167 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:47:11
鎌倉幕府十五代?

168 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 00:57:11
>鎌倉幕府十五代?
将軍は三代だが、執権は十五代だ。


169 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 01:02:05
>>163
>旧領から当時未開の地関東にさしたる反抗もせずに移った

??? って、君は東国を知らない平安京の公卿殿か? 平城京の天子様か?

170 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 01:24:03

君は東国の何を知ってるの?

171 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 01:26:11
>170
あげんなボケェ!
おまいが何を知ってるのか先に言えぇ!! レスになってねぇぞ!

172 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 01:40:03
>>170

>>168

173 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 02:23:39
>172
おいっ、リンクナンバーだけで肝心の文章がないぞ。息切れなのか?

174 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 02:29:17
将軍は三代だが、執権は十五代だ。
という衝撃的な事実を知っている。

175 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 02:58:24
鎌倉や小田原ならいざしらず、江戸はまだまだでしょ。

176 :145=155:2005/07/05(火) 10:13:23
>>175
まだまだどころか江戸近辺は、複雑に曲がりくねった複数の川、
それに伴う複数の台地と湿地帯、入り組んだ海岸線など、
通常なら発展できるような状況じゃなかったでしょ。

天下人クラスの経済力と動員力を以って土木工事をやった結果、
あれだけの平野部が手に入ったことを172(ここまで頑張るんだったら
コテを入れて欲しい)は知らないか忘れているんじゃないかな。

177 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 15:05:58
え?172?

178 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 15:15:05
違ったのか?
>>101から始まる流れで>>153>>157>>166>>168
>>169>>171>>172は同一人物だと思ってたので最後の
レス番を書いたんだが。

179 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 15:20:44
どう見ても違うだろ・・・

180 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 15:24:28
そうか、俺が区別付けられないだけか。
すまんかった。

181 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 16:11:42
鎌倉時代の執権は、執権職そのもので数えるなら16代、
直系(得宗家の当主で執権)を数えるなら8代(時政、義時含む)では?

182 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 18:54:07
だいたい現代ならまだしも、人海戦術に頼ってた当時は土木も普請も並大抵の事じゃない。

183 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 20:05:28
韓国から土木技術を教えてもらったおかげだね。
そういえば、関東は韓国人が開発した土地だけど、
江戸の開発も韓国人の末裔達によるものなのだろうかね?

184 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 23:27:45
>>1は織田軍3000挺の出典(史料根拠)を具体的に示せぇ!
何の史料に基づいて書いたのか?? 歴史の偽造、許すまじ!!
「信長公記」の、どの写本を読んだのだぁ?!?!


185 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 01:21:47
無理言うなよ

186 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 01:46:13
無理だよ、原典なんて・・・、何も読んでないんだもん

187 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 02:07:28
みんな雑学集めて話してるんだから無理でしょ。

188 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 02:34:13
では、そもそもノブナガという人物も暇人の雑学だったのですね?
尾張の乞食侍が戦国の神か規制緩和の救世主とされているのは、食えない作家たちの
食い物に?? ということなのでしょうか??

189 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 20:19:06
ノブナガが天下人になっていたら今頃オレも勝ち組だったのにぃ・・・
と発言するニートがこのスレを盛り上げています。

190 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 20:40:22
信長ハムは本能寺で焼け死ななくても、いずれ殺されてるよ。
乱世にキラリと光るDQNだからね。

191 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 21:38:36
織田信長が本能寺で死なずに生きていたら・・・

更に数十万単位の殺戮が・・・もとい天下布武が・・・

192 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 22:19:43
やっぱり宇宙の最高を目指したひとだから、まず天皇に取って代わった
でしょう。

193 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 22:21:47
っていうか、足利義昭を攻め滅ぼしたときに天皇にも切腹を命じちまえばよかったのに。

194 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 08:32:18
官位を賜った臣下の立場でか?
ノブナガが右大臣(右近衛大将・大納言)を辞したのは
頼朝の故事(朝廷政治からの独立)に倣っただけのこと、
単なる物真似だったが、頼朝とは違って京都に執着して
天皇の手先に、こ・ろ・さ・れ・た・・・・。アフォだね。

195 :織田信長:2005/07/18(月) 03:23:19
うわぁ、本能寺の中、すごく暖かいなりぃ…。

196 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 11:07:57
しかし、信長の戦争って、素で万単位で殺しているんですが当時の
日本って、人がありあまってた?

197 :ハイジ:2005/07/18(月) 13:46:56
鳴かぬなら・・・・ホトトギスですから。信長は。

それより、私は義元公に今川幕府をつくってほしかったよ。
あの方ならば、もう少し安定した政権をつくれたはずだ。
ましてや、本能寺の変などという謀反(裏切り)などないだろう。
義元公は、朝比奈氏を筆頭に家臣からの信頼はとても厚かった。

もし、信長に本能寺の変がなかったとしても、
いずれ、謀反で終わる運命の人であろう。
たとえ、本能寺やら、謀反がなかったとしても、
家康の謀略で終わる運命であろう(秀吉ではないとこがミソ)。

198 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 15:35:19
しかし光秀の大軍に包囲されている状況下で、
どうやって死なずに生き延びるというのか問い詰めたい。

199 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 16:16:18
女官のなかには生き延びた人もいるから信長も女装してれば逃げられたかもしれない。
でもそれで捕まって首晒されたりしてたら今の信長像はなかっただろう。
本能寺の業火の中で死体も残さずに死ぬ。
いかにも信長らしい格好いい死に方だと思う。

200 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 19:04:55
197
釣りだろ?

201 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 23:16:48
>>198
自分で鼻を削いで髪を丸坊主にして目をえぐり出して、女装して、ちん○丸出しで頭からうんこかぶって奇声を発しながらおなぬーしながら逃げる・・・じゃダメ?

202 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 04:24:58
↑ どんな姿か想像出来ないから実践してくれないか?それを見てから
評価しよう。

203 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 16:06:00
>>196
別に耳や鼻をそぎ落としても死なんぞ。

204 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 23:25:46
ところで織田信長の時代の
尾張の国の石高ってどれくらいだったんですか?
教えて、歴史のプロの人!!

205 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 23:36:38
>>204
40万ちょいだったかな?
ただし信長が継承したときは尾張半国(実際は半分に満たない)
だったけどね。

206 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 00:19:52
半国もないな
4分の1ぐらい

207 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 00:42:39
今川じゃ、国の行く末が・・・

208 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 00:56:06
今川だとセガレがバカすぎだから家康が養子になって今川を継ぐのかな?家康はいちよカミさんが今川の血筋だよね?

209 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 01:52:44
>>206
5分の2くらいだろう

210 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 02:09:07
尾張 8郡
織田信長 2郡
織田信友 2郡
織田信安 4郡

211 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 02:48:27
この時代(永禄・元亀・天正)の石高ってのは、あんまし関係ないぞな。
織田の収入の大半は商業だったわけだし、上杉謙信なんかも永禄三年には
飢饉で五年間も年貢を免除してるわな。その代わり、特産品の税は厳しく
取り立ててる。軍役も厳しいが、略奪は黙認ってな感じ。それにそもそも
たいがいの検地史料は慶長三年の太閤検地(>>205あたりも)なわけで、
実高がかけ離れてるわな。何となく、江戸時代の経済価値観で戦国時代を
眺めてませんか? と。

212 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 03:53:44
>208
今川氏真な、今生まれていればサッカー選手だったかも。
滅びたあとは、秀吉を始め、いろいろな大名家で蹴鞠を披露して、
その見物料で暮らしていたらしい。
秀吉があまりの蹴鞠の見事さに領地を与えようと申し出たが断って、一生を
蹴鞠に捧げて気ままに生きたらしいぞ。(さらにけっこう長生き)
氏真が馬鹿だったのか、馬鹿になるように育てられたのか、歴史の謎の中。

213 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 04:02:43

うーん、こんな戦国の常識を今さら語られてもな・・・

214 :日本@名無史さん:2005/08/07(日) 08:11:19
>>212
はいはいわろす

215 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 14:13:56
>>211
信秀-信長の収入源は伊勢湾交易の中心地、津島。
内裏の修理に大金を献ずることが出来たのも津島の財力。

桶狭間の時に出てくる直属の「津島衆」ってものこれだが
兵農分離は信長のアイディアじゃなく、織田家が代々
使っていた兵がそもそも傭兵だったという説もあるらしい。

初期の武将にも他国からの流れ者や出自の怪しい連中が
多いところからもありえる話だと思う。


216 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 15:34:48
>>212
サッカーと蹴鞠は意外に全然ちゃうよ。

217 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 17:13:18
森蘭丸の鎧、みてきた。
すげえ派手だった。
信長好みにこしらえたのか?

218 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 20:18:10
>>216
まあまあ、夏休みだからさ・・・

旅行先の京都や奈良のイベント等で、蹴鞠はよく目にするけど
布でくるんで中央を紐で絞った鞠を、あの沓で落さないように
蹴りあげるというのは、かなーり難しそうだった。

219 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 04:20:55
信長が本能寺で死んでなくて天下統一してたら、江戸幕府みたいに閉じ篭った空間にならんかったろうに
モーロク染みた秀吉みたいに考え無しの朝鮮討伐なんかしてその後自滅するなんてことはしないはず
もっと良い方法で国土を広げ(ry
非人も生まれたなったろうし。
ただしキリスト狂が今よりも普及

220 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 08:41:29
>>219
微妙なところだよね、信長も対仏教のためにキリスト教歓迎したけど、信長も
宗教がとっても怖いってことはわかってるから、途中でキリスト教もケチョンにするだろう。
けど、日本は西洋から武器買わないとたいしたことないからなぁ。
ただ、ひとつ言えることは、信長生きてたら余裕で朝鮮は頂いただろうね。

221 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 00:55:13
つうか晩年(?)の信長って自分で神になろうとしてたじゃん
信長の誕生日に総見寺にお参りしたら無病息災大願成就キャンペーンしたりして
あれじゃキリスト屋さんとの対立は必至でそ

222 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 01:00:54
>>221
あれって本気だったの?精神的に自分が神になる!!って感じだったの?
それともの宗教で苦しまされたから、宗教潰す→どうしよう→そうだ!!俺が
宗教の祖になればいいんだ!!っ的な発想だったら良いんだけど・・・
まぁ、どっちみち仏教&キリスト教とは対決だね・・・
と、考えると信長が生きていても・・・

223 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 01:38:39
キリスト教は貿易の副産物として黙認してただけ
歓迎した事はない

>>221
既存仏教に対する皮肉だったという説もあり
まあ信長が何を考えていたかに関しては創作や周囲の視点が主だから何とも言えん罠

224 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 01:56:54
安土城の内部構造も仏塔みたいのを見下ろすような作りにしてあったり
そこらへんの石くれを「ぼんさん」として諸国の神々の上においたりして
宗教に関してはかなり挑発的な態度でしたよね。
御所の左右反転コピーの建物を天主下に建てて渡り廊下からそこに降臨する
ような演出も、ようやるわって感じがしなくもない。
晩年の信長ってやっぱ何かヘンな感じ

225 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 03:13:01
信長の神宣言は現実的な業績に基づいての行動だから
別に異常ではないんじゃないかな
信長からしたら現実でたいした業績もあげてないのに
なんで天皇や仏教が崇められるんだか納得いかなかったんだろう

226 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 14:17:28
異論も多いからどうかとは思うんだが、小泉八雲の言う
「神は上(かみ)なり)」っていうのが当時の日本人の感覚だったら
別に神になろうとしても不思議ではないんだけどね。

天皇を越える(天皇の上に立つ)人間になろうとしてたのは確かで
安土城発掘委の面々の見解とは違うが、「天皇を上から見下ろす」
形で清涼殿と天守が立っていたのも事実だからね。

227 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 18:43:41
今の感覚で「神になる」っていうと
どうやっても電波で宗教なイメージになっちゃうけど、

それは多分、現在の私らの「神」のイメージが
全知全能の存在(なんかキリスト教系の)だからだよね

当時はそうじゃなかっただろうからなあ

228 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 19:29:39
神の如く強い男ということで、神と称したんじゃなかろうか

229 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 01:42:10
http://www4.nikkan-kyusyu.com/le/kyu/part1/053/miyou.html

のぶながは、この槍で家臣の家来に殺されたらしい

230 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 02:43:14
>229
やっぱ、刺し殺されたのか?
ショックだ〜〜〜〜ぁ

231 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 03:26:24
限りない近い答えと思われるもの言うよ。
神や主でも皇帝でもなく、されには太上天皇でもなく『天主』という身分になったと思うよ。
これはオレの私見だけど、おそらく間違いないと思う。
まぁ宗教的側面よりも世界皇帝に近いというか、大ハーンというかそんな感じの身分だと思うね。

天皇家に対しては上位というよりも役割分担というか「役職分担を強要」していたように思う。
元々没落してた天皇家を盛り上げたのも織田家が主であるし、反抗するなら天皇押込みできるしね。
天皇家は距離をおきつつ協力するしか手段はないし、変な意味応援さえもしていたことで全てがうまく説明できるのではないかな?

武家はおろか宗教勢力、公家、百姓、または商人に、全てにおいて信長の言う「公儀」に合力しなさいという
哲学というか宗教というか、国家方針というか、そのようなものだと思うけどどうだろうか・・・



232 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 03:27:52
>>230

ティムポを刺されて、髪を振り乱して悶え死んだらしい
その後、遺体が爆発・・・

233 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 03:29:34
?>231

家来に殺されたバカ殿がか???

234 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 03:37:42
ここの議論、史実からかけ離れてワカラソ。
室町将軍義昭を追放(じつは離反されただけだが)したあとも、
義尋という擬似足利将軍を奉じていた信長が、どうして独自の
政権を建てる意思があったのか、まるで史料が不明。歴史作家の信長褒め殺し
に乗っかったオタ説、キモい・・・


235 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 03:33:05
ムキーつ!!
信長は偉いんだい!!

236 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 11:40:47
信長が生きていたら・・・

自分が神としてふさわしくなるために、
天皇家、朝廷を解散させ、
反抗するものは斬って斬ってキリマクル。

お前らの半分は、ここにいない。

237 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 11:43:32
本能寺で襲われなくても、いつか謀反に遭うような気がする。

238 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 15:57:31
>>237
正解

239 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 16:57:36
うんち

240 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:20:42
信長ってさあ、なんだかあまりにもドラマチックで妙にウソくさいというか
実在の人物って感じがしなかったんだよね。
そんなオイラが安土城趾に行ったとき、思ったのは「本当にいたんだなあ信長・・・」
石垣や天主閣跡みてて、奴がここに居たのか、なんて思うとヒザが震えてきた

俺って馬鹿みたい?

241 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:27:35
>>240
俺はお前好きだよ

242 :240:2005/08/15(月) 22:02:01
よかった・・w
でも安土城って時代の覇者の城としてはやっぱ意外に小規模ですよね
少し下った時代の平城と比べるとなんだかんだで山城ぽいし。
伊沢元彦の言うように最終的には大坂に行くまでのつなぎの城だったんですかね
(その地を洛陽と名付けるかどうかはともかく)

243 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 22:55:24
小泉之代、五年三年者持たるべく候。明年辺者、大勲位などに成
さるべく候かと見及び申し候。左候て後、高ころびにあをのけに
ころばれ候ずると見え申し候。

244 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 22:59:46
>>242
司馬あたりもそう思ってたようですよ
なにしろ商業を重視してたから、あそこの港が必要だったとか
秀吉は信長の構想にのっかった(司馬的には)。

>>243
その安国寺コピペは誤爆なのか?

245 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:05:22
>>244
信長のスレだからと思ったのですが、
もっと適当なところがあったのでしょうか?

246 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:35:31
>245
そう、ごめんね。
三戦板の小泉スレあたりかと思ったよ

247 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:41:54
>>242
秀吉の構想では大阪城は「天下城」(あくまで仮に命名しますが)そのものではなく
あくまで一部・つまりそれだけでは未完成品
だとも言われてます。書いてる本の題名忘れたが・・

たしか秀吉の首都構想とか書いてたな。
京を御土居で取り囲んで京の出入り口にあたる伏見を抑えてる。
ここを天下の政庁にしてる点から伏見城が奥津城であり
大阪城は玄関であって淀川を通して水路で両者をつなぎ
その周辺を最終的には全国交易の根幹としてメガロポリスにしてしまう。
 更には大陸に対して名護屋城を表玄関とし瀬戸内海を回廊とした
巨大な首都圏みたいなの構想していて
お土居で囲んだ京すらも天守にみたてて伏見城から大阪城までを
二の丸三の丸にみたてた「天下城」なのだと・・

 まあ考えてみれば大陸制覇を構想に入れてりゃ
そのくらいの天下城とか首都圏とかいう壮大な構想あってもなーと思ったのですが

で大陸進出を信長が構想していたとすれば
秀吉のように京自体を御土居で囲んで城・更には天守に見立て
安土や伏見大阪をそれぞれ二の丸三の丸にみたてた
「天下城」とか想定していてるんではなどとも思えた。
日本版中華帝国を視野に入れているとすれば
近畿自体が首都としたり、そのような天下城なりという
スケールもあったのではないかとも思えるのですが・・。

248 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 05:58:04
>>234
何のために「傀儡政権」ってものが存在するのか考えてみろよ。

249 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 15:44:33
>>234
お前が日本史を知らな過ぎるからじゃねーの?
足利とはその後対立したし

250 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 17:06:03
つか、意思が史料に書かれてないとか言ってる段階でアホだろ。

251 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 00:14:43
つうかさ

>義尋という擬似足利将軍を奉じていた信長が、どうして独自の
> 政権を建てる意思があったのか、まるで史料が不明。

そもそも日本語として成立してねぇしw

252 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 01:59:37
>>234の頭の中では信長はどうしても足利将軍という存在に擦り寄っていたかった事になっているんだろう

253 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 08:10:00
>>234
>どうして独自の
>政権を建てる意思があったのか、まるで史料が不明。

征夷大将軍にも関白にも太政大臣にも、天皇に進められながら返答は無し。
そもそも信長の政策は最初から独特のものだろアホ?

254 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 11:19:37
234じゃないが、信長が義昭を追放したのではなく逃げられたのも
義昭の帰京を図ってたのも、義昭の鞆への移動後、嫡子義尋を掲げていたのも事実

三職推任に関しては諸説あるから
・朝廷から薦めた
・京都所司代の村井等、信長側近による画作
・信長が推任を望み、意図して返答しなかった

255 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 11:32:45
>>254
それは確かに事実だけどそれだけで>>234のように断言するのもあまりに短絡的じゃね
日本に限らず他の国を見ても権威のみの傀儡を立てて後で簒奪なんていくらでも例があるわけで

256 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 11:46:24
>>255
確かに断言するのはおかしいね
というか義昭奉戴は、完全に傀儡だしね

簒奪はどうかしらないけどね、信長が義昭の地位以上のもを目指していたとするならば
簒奪どころの騒ぎじゃないし
天皇位簒奪説どころか、天皇制の否定というネタもあるからねぇ

257 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 12:34:17
官位が足りてないのに勝手に昇殿する、本来は下されるだけの物であるはずの官位を要求する
等々確かに権威を否定するような行動はあったけど本当にそこまで考えていたかというと漏れはやや否定的

まあ何を言っても推測の域は出ないけどね
当時の天皇制がどの程度広まっていてどのくらいの意識で受け止められていたのかにもよるし
信長一人がその権威の束縛から自由だったというのも何となく出来過ぎている希ガス

258 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 20:52:23
信長は天皇を国民統合の象徴みたいな扱いにして織田政権の助言によって
国事行為を行う存在にするつもりだったんでしょ


259 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 03:18:34
>天皇位簒奪説どころか、天皇制の否定というネタもあるからねぇ

>信長は天皇を国民統合の象徴みたいな扱いにして織田政権の助言によって
>国事行為を行う存在にするつもりだったんでしょ


何の史料にもとづいて? 勝手な妄想か?

260 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 03:31:53
>>258 :日本@名無史さん :2005/08/17(水) 20:52:23
>信長は天皇を国民統合の象徴みたいな扱いにして織田政権の助言によって
>国事行為を行う存在にするつもりだったんでしょ

おまえ、アホかぁ? 平安時代からその手の政治手法は藤原が摂関家としてやってたわな(w 
鎌倉(北条得宗家)と南朝を倒した足利政権そのものじゃねぇか、ボケ!

261 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 03:47:21
>260

いや、こいつ↓のほうが頭悪そうだ。単なる「ボケ」どころじゃないぞ。

>253
>そもそも信長の政策は最初から独特のものだろアホ?

いったん官位を受けておいて、返上したのは源頼朝に先例がある。
鎌倉殿、右近衛大将・征夷大将軍を返上ッ(承久記)!

>255
>日本に限らず他の国を見ても権威のみの傀儡を立てて後で簒奪なんていくらでも例があるわけで

(朝廷の)権威を簒奪した日本の例を挙げてくれ。武家政権なら確かに「傀儡」まではあるが。
史料も具体的に示せよ。

262 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 04:08:38
なんとなく、信長厨房の歴史観の狭さが散見される展開ですな
広大な日本史が、戦国末期だけに限られてるような……

信長天才[独自]説がなければ、歴史観としてのカタストロフィが
得られないのは、たしかにわかるが……

263 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 04:25:52
いや・・・、こいつ(>>256)が問題なんだよ

>天皇位簒奪説どころか、天皇制の否定というネタもあるからねぇ

あらぬ憶測で高祖皇霊・万世一系の伝統を否定する輩は、日本史を侮辱する反日分子として、痛い右翼板に晒しときました!




晒し上げ!

264 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 07:14:16
>>258って文言の内容からしてネタだと解りそうなもんだが
マジレスしてる奴って・・・

265 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 08:22:18
>>260-264
自演おつかれ糞ワロタ

しかも全部ただの煽りで何の反論もしてないw

266 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 08:55:03
前例があるから信長の独自政権はないとか言ってる奴恥ずかしいな。
別に信長の完全オリジナルじゃなくても、良い所を合わせて
それまでの誰よりもその政策を活かし、
行動も普通じゃなくそれが革命に結びついたから異端児といわれるんだよ。

いちいち、バラバラの前例あげて信長は独自じゃないとかほざく奴はイタイんだよ。


267 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 10:35:20
>265

オマエモなー

268 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 12:21:23
妄想スレ

終了 終了 終了

終了 終了 終了






終了 終了 終了



269 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 17:28:07
>>263
ネタもあると書いてるのだが

天皇制を否定しようとしてたという説だよ
そんな説もあるからなと書いたら、なぜ煽るんだ?

270 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 20:59:11
少なくとも歴代日本人の中では信長は天才

271 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 21:12:05
○○の考えを記した史料が無い → 妄想
歴史上最初ではない → 独創性なんか無い

この短絡思考のテンプレみたいのは何なんだと思うんだが、
実際日本史系学会には珍しくないんだよな…こういう人。

272 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 21:58:58
だって、秋山駿がそう言ってるんだもん
津本陽がそう書いてた









信長は「歴代日本人」の中では天才だった。って?

273 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 22:27:43
そうじゃねぇんだよ、家来に殺された前代未聞のバカ殿だから信長は天才なんだ。

274 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 22:33:56
              \   ∩─ー、
                \/ ● 、_ `ヽ
                / \( ●  ● |つ
                |   X_入__ノ   ミ 俺は釣られないクマ ・・・
                 、 (_/   ノ
                 \___ノ゙
                 / 丶' ⌒ヽ:::
                / ヽ    / /:::
               / /へ ヘ/ /:::
               / \ ヾミ  /|:::
              (__/| \___ノ/:::

275 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 22:56:08
釣られねぇなら、こうするだけやん!!!
                                      ,,ylーhy,         . '  ,
                                     _ノ″  ¨アly_   , .∴ ' 
                                 _,yr!!^゙″      .゙\,  ', ・,  ‘ 
                             ___,,,,yvrr!^″           ゙\_ .    ’
                         .'^^^¨ ̄′       y   .,,     .゙∨  ・,   
                .,. -──-、                        .l|______,il′._,,,,  .|  .∴   
              /: : : : : : : : : ヽ _ _    .'       ,,,__  《 ̄⌒゙アlll|厂  .{  ・,    
            /: : : : : _: :- ― = ̄  ̄`:, .∴ '      ⌒^冖レy,_   .″ .,il「 ,; ・,     ∩___∩
             |,: :-'' ̄    __――=', ・,‘            ¨アluyy,,,,yzll} , ・,      | ノ --‐'  、_\
         /   -―ノ ̄ ̄   ̄"'" .   ’                yアl  , ,    :_/  ○、  ○ |
        /     ノ 信長ッ!.,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,                  》|l       |:::::::::)( _●_)  ミ
       /    , イ )           . ̄    . ̄フ=vy,,___         _,i|  , ,  .     彡、:::/ |∪|  ミ ・∵ '
       /     _\                          ゙゙゙゙゙゙゙̄^^^^^^^^^^゙ ″ , ・,  ‘   /    ヽノ \,∴、
       |  / \  `、                                        /       /\ 〉
       i  /   ヽ   ヽ                                       /         /\ /
       し     ー―`

276 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 00:08:50
>>270 :日本@名無史さん :2005/08/18(木) 20:59:11
>少なくとも歴代日本人の中では信長は天才

ガイ基地=天才という意味なのか?
虐殺魔(大量虐殺に異常に執着)で部下の疑心暗鬼(嫉妬と反目の連続)
部下の裏切り続出(無能な管理職)、最後は部下に追い詰められて自殺・・・。
たしかに「天才」(異常者)だ(苦笑


277 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 00:32:05
>>269 :日本@名無史さん :2005/08/18(木) 17:28:07
>>263
>ネタもあると書いてるのだが

>天皇制を否定しようとしてたという説だよ
>そんな説もあるからなと書いたら、なぜ煽るんだ?

貴様ぁ!!どこのブサヨの説なんだよゴルァ!!!天皇制(ブサヨ用語)を否定
するっちゅう説をここに晒してみれや!!! アホやろ!!!

278 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 01:21:34
>>276
まず君は歴史を勉強しようね。
余りにも視点が片寄り過ぎてて話にならないから。
君みたいに片寄った視点で良いなら、秀吉も家康も信長がいなきゃ何もできなかった無能の金魚の糞だよ。

279 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 13:05:52
そう、信長あっての秀吉・家康だ。
しかし彼らの能力を比較したら、

天下人秀吉・家康>>>(超えられない壁)>>>家来に殺された馬鹿殿信長

280 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 22:51:54
>1
後の歴史に大した影響はありません。信長が生きてようが、秀吉に
立派な後継ぎがいようが、家康が伊賀で死のうが、クレオパトラの
鼻が低かろうが、歴史の大きな流れは変わらないのです。

281 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 13:51:57
>>279
無駄無駄。信長の能力があったからこそ戦国が開けた。

天才信長>>>>>>>>>(天才と凡人の壁)>>>>>>>>家康>>>>>>将軍の器とは到底いてない秀吉

282 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 14:21:57
>>276の書いている信長像が最も虚構に近い点について。

283 :電車男:2005/08/22(月) 14:41:50
信長で調べてたら、ここまで(2ちゃんねる)まで、きちゃいました!!!!!!((笑))そういえば、ここって電車男で(ドラマ)
使われてるチャットと、同じですよね!!!!!!よく、ここの使い方が、分からないので
教えてくださる方、教えてください!!!!!


284 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 16:01:36
>>281
必死だなw

285 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 16:25:40
ここおもろいね
妄想書いていいん?

本能寺の変失敗に終わる。
光秀の親族九族皆殺しにあう、光秀自身は逃亡(荒木村重と似たパターン)

中国、四国征伐完了。
九州征伐に乗り出す。

九州を支配下に。
小田原征伐へと。

北条氏降る。東北恭順。

天下統一。
摂津石山に巨城建設。
検地を実行、地侍勢力を叩く。ここまではひできち君の場合とほぼ同じ流れ。


286 ::2005/08/22(月) 16:27:02
信長、中央集権国家を構想する。
検地と同時に知行制の廃止。金穀によるサラリー制導入。
地方へは大名ではなく南蛮式の総督を派遣。

土地に執着しサラリー制に反発する武将地侍、各地で反乱し攻伐される。
信長、天皇家の娘を迎え王を称す。
鎌倉以来の武家社会の終焉。

義昭に対してそうしたように天皇を追放。
信長皇帝即位。
国号は「●」
(●に好きな漢字を入れてください)

信長、鎖国の声も強いなか海運を奨励し
国外積極策を採る。
スペインのマニラ総督に詰問状を送り入貢を促す。
大船建造ブーム。南蛮式の航海術広まる。

日本人によるハワイ、アリューシャン列島の発見。
ロシア人よりも早くカムチャッカ半島シベリアに日本人入植。
東南アジア各地に日本人街。

東南アジアのどこぞの海域で信長海軍とオランダ東インド会社軍との海戦。
そして勝敗は…

287 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 18:24:30
>>286

スペイン・オランダ連合艦隊に敗北。
(原因は各武将の叛乱と裏切り)

信長、日本人の手で処刑

九州・四国・中国地方がスペイン・オランダの植民統治領となる。

帝が京都に還幸し、制限付きの幕府が再建される。

日本の近代化は20世紀半ばまで遅れる。


288 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 20:18:06
それ以前に信長が秀吉か家康に殺される

289 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 20:52:52
信長厨の漏れから見ても突っ込み所がたくさん

290 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 02:15:35
信長生きてたらそんなに積極的に外征はしなかったと思う。


291 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 06:19:27
本能寺の時点で何歳だったと思ってるんだろうか・・・

292 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 08:09:31
だから信長は殺されたんだから生きようがない

293 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 08:21:47
現役でいられるのは後5年位で後は信忠しだいだな。
信長は天下とっておわりじゃないか?

294 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 10:40:22
>>290
問題は統一後に山のように出る「戦うことしか能の無い」連中で、
連中を浪人にすることでのデメリットを考えると、結局は秀吉のように
ある程度の外征は必要だったんじゃないだろうか。

まあ信長ならそういう猪武者はバッサリ斬ってたかもしれないけどね。
早い時期に追放して相手方に送ってたかもしれんし。

295 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 13:44:56
>「戦うことしか能の無い」連中

信長のことですか?

296 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 16:07:24
戦うことしか脳の無い連中を束ねる能力には長けていたんだろうけど
信長って政治屋で戦上手じゃないだろ、結構負けたりトンズラしてなかったっけ?
桶狭間なんて相手がマヌケすぎただけだし、長篠もある意味そう。


297 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 18:33:18
まあ戦下手なのは秀吉も家康も同じだけどな
信長は桶狭間以外全て数押しというイメージがあるから余計か

>>296
今川義元が間抜けだったというのはかなり古い話

298 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 10:07:14
>>297
信長は戦略家であって戦術家じゃないと思う。

彼が持っていた戦力は弱くて有名な尾張の兵と津島の浪人衆。
それを戦力にするために兵士の数と専門兵士の割合を増やした。
それを維持するのには金がかかるので、伊勢湾の海運を押さえ、
近畿に侵攻した際にも商業都市を押さえることを優先した。

それでも結局烏合の衆でしかないのでよく負けた。
姉川とか長篠見ても、予定外の事態への対応が悪すぎ。

299 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 02:11:11
確率論者っぽい所はあるよね。
敵の数倍、兵隊と火器を投入すれば高確率で勝てるだろうという。
巧緻な戦上手や個人の武勇のみに恃んでる従来型の大名とは価値観そのものが違ってる。

300 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 00:55:23
生きてたifもいいけど、礼賛か貶めでツマラソ。本能寺の真相はどうよ?
次スレは明智スレと合流して動機説・黒幕説やらん? ここ日本史板なんだし。

【光秀の動機】
怨恨説・野心説・四国政策説・ノイローゼ説
【黒幕】
朝廷説・足利義昭説・秀吉家康共謀説・堺衆説・イエズス会説・信長自殺説

※歴史街道8月号とかが必読史料

301 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 03:35:33
もし、本能寺で死ななくとも、いずれ他の部下に殺されたろう。
性格に欠陥でもあるのか、弟の謀反?に始まり、部下に裏切られてばかり。
妹をくれてやって兄弟になっても、背かれ、あやうく袋のネズミというしまつだ、
明智だって近畿管領のような地位につけ、常に出世競争では一番にしてやっていたのに
(荒木、松永だって)
明智のように、あざやかにできるかどうかはわからんが、
秀吉(中国地方で半独立)、柴田(元々は弟の家老)、家康(狸親父)らが
いずれは、謀反を起こすかもしれないね。

302 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 11:02:48
謀反された回数は、別段、他の大名と比べても多くはないが。
無知な素人は知らないのだろうけど。

303 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 12:09:18
>>300
最近は資料漁りとか全くやってないのでムリス

>>302
2行目は別にいらんね

304 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 12:22:26
本能寺の真相はどうよ?

ここ日本史板なんだし。

※歴史街道8月号とかが必読史料


もう残暑というのに....。

305 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 13:14:47
>>302
確かに秀吉や家康のような天下人だって部下に裏切られたことあるもんな。
ただし殺された回数は信長が勝っている。

306 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 19:31:56 ?##
>>261
頼朝は一度征夷大将軍職を返上したの?なんで?
それなら鎌倉幕府どうしたの?

307 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 19:34:00 ?##
>>305
ちょっ殺された回数って信長は一人しかいないのに。
もしかして謀反を起こした人物が殺された回数?
秀吉公も謀反起こされたことがあるの?あ、佐々成征か。

308 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 21:29:36
>>307
殺された回数
信長・・・・・・1回
秀吉・家康・・・なし

この差は大きい。部下に殺されるような奴に天下は無理。

309 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 21:31:00
殺されたから無理なんだろw


310 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 21:51:07
>>306

受験用の歴史教科書と作家の解説本しか読んでない人には無理かもしれんが、
鎌倉幕府も室町幕府も、幕府という名称では存在しなかった。幕府というのは
幕のある府(政権)という意味で、幕末に朝廷(禁裏の府=太政大臣以下の上級官吏)
と武家の府(徳川将軍家)を区別して呼ぶために倒幕派が考え出した名称なのだ。
鎌倉府、室町府においては正式の呼称は政所しかない。とくに、鎌倉府は頼朝が
征夷大将軍を返上しても前の右近衛大臣で東国武士には十分に権威があったし、
単に鎌倉殿と呼ばれるだけで、源氏の棟梁を意味するようになっていった(三代までだが)。
以後、北条執権体制下では藤原氏と朝廷の親王が征夷大将軍として鎌倉に下向して
名前だけの将軍となった。頼朝が将軍職を返上したのは朝廷の束縛を受けないためであって、
信長も単純にこれに倣ったものと考えられる。


311 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 04:17:30
織田信長が本能寺で死なずに生きていたら・・・

17世紀中頃に、日本は欧州列強の植民地と化し、
その後は、インドネシアあるいはフィリピンと同様の
歴史を辿ったものと思われる。


312 ::2005/08/28(日) 14:22:34
>>311 信長の死後も.織田政権が続くかどうか教えてほしい。

313 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 21:00:28
関白征夷大将軍太政大臣従一位
これが実現したであろう。
また、天皇を譲位させ
摂政征夷大将軍太政大臣従一位
の可能性もある。
問題は、徳川家康の処遇である。

314 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 23:56:14
>>313

はぁ、全部辞退したわけだが・・・・。

315 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 00:00:05
辞退してない、返答しなかっただけ

信長死後に続くかどうかなんて、どういう統治政権作るのか分からないので無理だよ

316 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 00:51:14
いいや、返答なしは辞退したのと同じ。
畏れ多くも天皇陛下の推任に対して返答せんとは、無礼千万。
って、右近衛大将と大納言は返上したわな。しょせん、頼朝の真似。

317 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 10:51:11
>>316
「駆け引き」って言葉知ってるか?

318 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 13:40:22
信長は知らなかったらしいぜ

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