5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【文禄慶長】 秀吉の朝鮮征伐スレ3 【壬辰倭乱】

1 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 18:21:36
理知的に語れ

前々スレ
【文禄の役】秀吉の朝鮮出兵を語るスレ【慶長の役】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1095691351/

前スレ
【文禄慶長】 秀吉の朝鮮征伐スレ2 【壬辰倭乱】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1106146427/

関連
朝鮮征伐に対する軍事分析←軍板現役スレ
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1060085577/

軍版住人の李舜臣の評価は?←軍板落ちスレ
http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/army/1076903265/

世界史に置ける秀吉の朝鮮征伐の考察その4 ←世界史現役スレ
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034574345/

2 :日本@名無史さん:2005/05/14(土) 18:46:11
余裕の2

3 :日本@名無史さん:2005/05/15(日) 23:28:15
余裕の3

4 :日本@名無史さん:2005/05/16(月) 00:11:08
ギリギリの4

5 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 00:02:17
納得の5

6 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 10:21:41
間が空いたからな
本スレ上げ

7 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 10:27:41
水軍ナンバーツーの元均に燃える

8 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 15:23:28
韓国の一部では「韓日戦争」にしようっていう動きが
あるしらいねんけど、本当?

9 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 20:42:55
実態は日明戦争だがな

10 :日本@名無史さん:2005/05/18(水) 20:54:48
小西と加藤の戦い。

11 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 03:04:13
>>8
れいによってオナニー史観。勝手にやらせておけ。
共通の教科書とやらに載せられたのではたまったものではないが。


12 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 07:02:33
韓なんて使ってなかった時代だよな?

13 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 07:23:19
囲碁に例えたら、棋士が日本と民国で、朝鮮は碁盤だろ。

14 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 07:24:21
秀吉にすれば「便所の通り道」程度の認識の甘さがあった。

15 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 07:25:02
???
「韓」は韓信や張良の頃から韓国人固有の国号ですが?
っていうか、倭乱で十分だろ。
倭が天朝を乱したのだから「倭乱」。
実に正しいれしき認識だと思おうが。

16 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 07:28:52
「倭乱」(笑)

17 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 10:49:37
っていうか明の領土(属国)に攻め込んでるんだから、日明戦争です。

18 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 20:25:07
この場合の天朝は明だから朝鮮は関係なし

19 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 20:44:28
小西は更迭されるべきだな

20 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 21:03:55
隆景は大活躍なのに知られていない

21 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 21:57:23
大友義統の退却は戦略的撤退だった。
太閤は愚か者だ!

22 :日本@名無史さん:2005/05/19(木) 21:58:19
>>15
その宗主国様が弱っていたとき火事場泥棒しようとしていた国の人間には言われたくないよねぇ、チョンコロ君?

23 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 06:35:58
>大友義統

この人物はみじめな生涯のようで、
少し関心がある。

24 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 06:52:59
能力や家臣はどうなの?
龍造寺の鍋島みたいに大友も立花が仕切れば安泰だったろう。

25 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 08:27:22
立花にそんな才能があるか?
あいつって北の方で小競り合いやってただけじゃん。秋月には完膚なきまでに叩きのめされるは、
竜造寺には手も足も出ないはだし。
っていうか、成り上がり者の立花如きに臼杵や田原、吉弘といった歴々がおとなしく従うものかね?

雷鳴に驚いてわざわざ刀を振り回し、当然のごとく被雷。
サルをいじめてストレス発散。
半身不随になったのをいいことに、戦場でもカゴかきの稚児小姓達に囲まれてウハウハ。
男色熱心のためか、後継ぎに恵まれず。
後継ぎに、と期待した弟達も、自身の采配のまずさのためにことごとく討ち死にさせる。
自己の欲望のために、同僚の息子を堂々と略奪。
新たに手に入れた稚児の度胸を試しのために人を切り殺す。
その稚児の胸元に手を突っ込んで大満足。
敵に回った豪族には媚びるが、自分の配下になった豪族はいびり倒す。

これぞ立花クオリティ。


26 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 10:40:27
義父を語ってどうする?

27 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 10:48:04
金吾タン大活躍の巻

どんな活躍か教えてください。

28 :日本@名無史さん:2005/05/20(金) 22:31:58
自ら敵を斬り倒しマスタ

29 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 01:22:56
>>25
妄想乙。

30 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 01:31:58

史実から目を背ける立花ヲタ発見。

31 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 07:47:01
とにかくさ、朝鮮へ行った武将の話をしてくれよ。

関ケ原では武将同士の仲違いが色々関係しているが、
一家内でも分裂したり結束したりしている。
朝鮮征伐前後の小早川と宇喜多家について語ってほしい。

32 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 08:18:28
宇喜多は確か朝鮮役までは出来る重臣がいて死んでから分裂した。

33 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 08:44:30
なんでまた道雪の話を持ち出したんだ?
朝鮮へ行ったんだっけ?

34 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 19:24:35
死んでる罠

35 :日本@名無史さん:2005/05/21(土) 20:11:15
宇喜多家の重臣はそんなに出来るのか

36 :日本@名無史さん:2005/05/22(日) 21:57:23
直家時代からの家臣?

37 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 00:06:48
あのさ、李舜臣についてなんだけど。
こいつって島津義弘公にやられて死んだんでしょ?
なんかモノによっては島津を破ったとか、殺されたこと自体故意に隠されてたりぼかされてるみたいなんだよね。
本当のところどうなんだろう?

38 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 00:08:52
最大の収穫は井戸良弘が拾ってきた、三十個ほどの茶碗

39 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 00:10:53
結局、小西や島津は大被害を受けたんですか?


40 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 00:24:27
どうでもいいけど朝鮮ってすごく不潔な国だったらしいね。
トイレがないから町のいたる所に垂れ流し状態で臭いとかハエとかすごかったらしい(明治期の話)
日本の武士がウンコ踏みつけて「ウェ、踏んじゃったよ」って映像がなぜか頭に浮かぶよ。


41 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 00:29:58
確認して欲しいのだけど、
島津関係の史書では50人(?)だとかの戦死者数を報告しており、
これについて「過少申告だ!」と怒る韓国人の本を読んだ事があります。

さて、どちらを信用すべきか。

島津は先の泗川で功を受けており、ここでも十分名分の立つ
戦いをしている。
被害が大きい事は貢献度を表す事になり、
今流に考えれば過少申告の価値はないと思うがどうなのか。

見栄のために過少申告する風潮が当時あったのかどうか、
先の大本営発表のような事をする必要があったのか、
どなのか。

42 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 00:39:18
そもそも朝鮮も島津も信用できんのだが

43 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 00:42:49
というより島津は朝鮮の子孫なのだが

44 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 01:08:34
島津は嘘、過大申告のプロですよ?

45 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 06:48:07
どっこいでしょ

46 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 12:15:20
あびる優の阿比留とはいったい何処発祥の苗字なのか調べてみた。
すると阿比留氏は蘇我氏傍流の比伊氏起源で罪人として房総半島に
流されたそうである。
刀伊の来寇が盛んになると比伊氏に朝命が下り、対馬を根拠地と
して刀伊討伐の任についた後に宗氏が台頭するまで阿比留氏はこの
地の実力者だったのである。
さて、阿比留氏の功績に阿比留文字があるが、これは李氏朝鮮の世宗
がウリジナルと称して劣化コピーし、ハングルとして作り上げたのだ。

証拠↓
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/han-gul.html

朝鮮人の自慢する「世界でもっとも合理的な文字」とやらは日本の豪族が
作った文字が起源で、メイドインジャパンの優秀さを示すと共に、
なんでもかんでもウリジナルにしてしまう朝鮮人は心底最低だと思う。
世宗からしてウリジナルをつくるミンジョクなのだから、現代の朝鮮人の
民度は推してしるべしといえよう。

あびる優は物議を醸しだしたタレントであるが、ハングルを作った意匠権は
彼女に帰せられるのは明白である。


47 :どすこい:2005/05/23(月) 16:07:51
慶長の役は成功である。朝鮮半島南部の領有化に成功しつつあった。

48 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 17:31:03
あの国を領有することは失敗だ。
伝染病をもらうだけだから。

49 :日本@名無史さん:2005/05/23(月) 23:06:36
もう少し秀吉に寿命があれば領地を取れていただろうな。

50 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 18:41:12
秀吉が死んでいても後継者が継続してればね

51 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 23:30:03
>>43
島津が朝鮮の子孫???
ずいぶん顔立ちが違うなw


52 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 01:45:39
島津は惟宗氏の系統と言う説が一番有力

【惟宗氏】
 元慶七年、秦氏の裔たる秦宿禰永厚、直宗、永家ら男女19人に惟宗朝臣姓を賜うに始まる。
 惟宗氏は代々明法家、典薬として名高い。薩隅の島津氏(清和源氏説、藤原氏説も存す)、市来氏、川原氏、上松(植松)氏、河俣氏、越中の神保氏、対馬の宗氏(平氏説も存す)などは惟宗姓と伝える。


ただこれだけのことだろう

53 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 23:17:38
李舜臣はそれほど実績がへぼい訳ではなし
緒戦は連戦連勝でその後海上ではあえて
李なんとかとは戦わないことになったぐらいだから
普通に英雄といってよい。


54 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 06:10:38
>>53
なんだか妙に控え目だな、おい。

55 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 07:03:02
李舜臣は英雄とゆーか本田忠勝とか島左近なんかのレベルだよ。

蓮池弟の翻訳で金曜日に韓国小説が出るらしい。
タイトル「孤将」新潮社
一人称らしいので期待薄、しかし売れそうだな。

56 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 10:42:28
韓国のベストセラー?

57 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 16:31:50
また李舜臣が誇大評価されていくだろう。

58 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 18:04:24
【国内】蓮池薫さん 翻訳家デビュー 李舜臣将軍の生涯を描いた「孤将」で[05/25]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1117027924/

59 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 22:45:35
>>55
その本の中では
島津や加藤清正が次々と討ち取られていくらしい

戦国自衛隊では武田信玄が討ち取られたからまあいいか

60 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 06:30:52
今日が発売日?

61 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 07:31:31
「孤将」の次は、徳富蘇峰の『朝鮮の役』の韓国語訳希望。
朝鮮を属国扱いしていた明側の資料・記録が満載。

62 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 08:05:21
>>61
こんな本さえ目に入れる事が出来ずにこの役を論じているんだな、
韓国人は。
あきれる。

63 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 09:00:26
徳間文庫さん、朝鮮役を再版してください。

64 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 13:24:34
参謀本部の本?
徳富蘇峰の本?

65 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 17:54:20
ていうか大名クラスの人は誰も討ち死にしなかったんでしょ?

66 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 19:10:55
島津家世子久保が敗死している。
日本侵略軍は病死と歪曲しているが。

67 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 20:07:50
>>66
それは大名クラスとは言い難い。
来島通総が死んでいる。

68 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 20:18:45
病死だろ

69 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 21:08:13
>>66
はぁ?
ホロン部は巣にカエレ!

70 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 22:15:05
来島通総は海戦で討ち取られてる

539 名前:yasoshima ◆MX5aLZxivU 投稿日:05/03/06 19:50:26
本やHPで日本側の戦死者をある程度リストアップしたのですが、
今一重要人物なんだか分からない人があるので批評をお願いします。

■日本側の要人戦没リスト
●戦死大名 日本
1597.9.16 鳴梁の海戦
 来島通総(伊予鹿島1.4万石,動員700人)
1592.10.24 陽智にて狩猟中に襲撃受け死亡
 中川秀政(播磨三木14.0万石,動員3000人)

●戦死属将・家臣 日本
1592.06.05 唐項浦の海戦
 得居通年(来島通之,伊予風早300石直臣,来島通総の兄)
1592.06.14 大同江渡河前の戦い
 木村智清(宗義智家臣,侍大将)、黒田次郎兵衛(黒田家)
1592.06.? 順安城攻撃
 志佐純高(松浦鎮信家臣,志佐純意の嫡子)
1592.07.07 閑山島の海戦
 脇坂左兵衛(脇坂安治家臣)、真鍋左馬允(脇坂安治家臣)
1592.07.17 平壌城守備
 日高喜(松浦鎮信家臣,甲斐守)、松浦源次郎(松浦家臣)、
1592.09.29 咸鏡道
 西村半右衛門(鍋島家臣)
1592.10.上旬 咸鏡道
 江口与左衛門(鍋島家臣)、三浦左右衛門允(鍋島家臣)
1592.12.? 
 竹内吉兵衛(小西家臣、講和使を明軍が処刑)
1592.? 阿波
 光富権助(長曽我部成親家臣,戦傷が元で阿波で死亡)

71 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 22:16:37

540 名前:yasoshima ◆MX5aLZxivU 投稿日:05/03/06 19:51:03
1593.01.08 平壌城の戦い
 小西ルイス?(小西行長の弟?)、小西アントニオ(小西行長の従兄弟?)、
 日比谷アゴスト(小西家臣,日比谷了珪の孫)、
 小野木又六(小野木重勝家臣,重勝の弟)、太田弾正(五島家臣)、
 太田江十郎(五島家臣)、青方新八(五島家臣)
1593.01.26 碧蹄館の会戦
 十時連久(伝右衛門、立花宗茂家臣)、池辺龍右衛門(立花宗茂家臣)、
 横山景義(小早川秀包家臣)
1593.01.28 吉州城の戦い
 山口与三右衛門(加藤清正家臣)
1592-1593○ 咸鏡道撤退までに陣没した鍋島家家臣
 諸岡彦右衛門、永田源左衛門、横尾十五左衛門、
 中島九郎兵衛(病死)、納富六郎、武藤主嘉允、
 馬渡相右衛門、武藤新九郎、乙咸五兵衛、
 高木内蔵助、姉川平右衛門(中務大輔)、水町平右衛門(丹後守)、
 鹿江太郎左衛門、公文六郎兵衛、緒方牛之介、
1593.02.12 幸州山城攻め
 明石与右衛門(宇喜多家臣)、戸崎彦右衛門尉(毛利家家臣)
1593.03.12 京城の西三里の戦い
 中屋善四郎(毛利家家臣,青原尾中山城主)、
1593.06.22-29 第二次晋州城攻め
△松井興之(細川忠興家臣、重臣松井康之の嫡男)
 戦傷が元で1593.06.29死亡
1593.?熊川?
 桑名親勝(長曽我部成親家臣,1200石)



72 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 22:17:06

541 名前:yasoshima ◆MX5aLZxivU 投稿日:05/03/06 19:51:48
1597.02.22 蔚山
 柳生久三郎(浅野幸長家臣,厳勝の長男,宗厳の嫡孫,500石)
1597.09.16 鳴梁の海戦
 菅正蔭(菅達長の子)
1597.12.27 蔚山籠城戦
 冷泉元満(毛利輝元家臣)、阿曽沼元秀(毛利輝元家臣,)、
 都野家頼(毛利輝元家臣)、
 原田信種(加藤清正家臣,病死説有り)、貴田統治(加藤家臣,孫兵衛)
??
 和田頼国(堀内氏善家臣、勘之丞、数十人を率いた水軍の将)


●病死大名 日本
 羽柴秀勝(美濃岐阜16.0万石,1592.9.9巨済島)
 加藤光泰(甲斐府中24.0万石,1593.8.29西生浦)
 五島純玄(肥前福江1.4万石,1594.7.28熊川)
 戸田勝隆(伊予大洲7.0万石,1594.10.23帰国途中)
 長谷川秀一(越前東郷槙山11.0万石,1594.01.29?,生還説有り)
 池田秀雄(伊予国分8.0万石,1597?)
 牧村利貞(伊勢岩出2.6万石,1593.07.02?)
 足利(喜連川)国朝(?,1593?)
 伊東祐勝(伊東祐兵日向飫肥5.7万石,?,1594?帰国中日向)





73 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 22:17:33
542 名前:yasoshima ◆MX5aLZxivU 投稿日:05/03/06 19:52:08
●病死属将・家臣 日本
 島津久保(義弘の子,1593.9.8巨済島)
 原田宗時(伊達家臣,対馬,原田城主,山嶺源一郎の子)
 戸沢光盛(戸沢家当主,肥前名護屋途上)
 色部長実(上杉家臣,重臣)
 岡 利勝(宇喜多家臣,重臣)
 松浦定(松浦家臣,1593,元宗家筋)
 伊東義賢(伊東家臣,伊東義益の子)
 北郷忠虎(島津家臣,加徳島,時久の子)
 平田歳宗(島津家臣,1598,平田光宗の子)
 伊勢貞真(島津家臣,1593,有川貞則の子)
 島津朝久(島津家臣,1593,巨済島,豊州島津家当主)
 島津忠辰(島津家臣,薩州島津家当主薩摩摩出水領主)
 桑折政長(伊達家臣,1593,釜山浦,宗長の子,石母田重長の父)
 乃美宗勝(毛利家臣,重臣乃美賢勝の子)
 香宗我部親氏(長曽我部家臣,1592,香宗我部親秦の嫡男)
 伊与木国安(長曽我部家臣,幡多郡伊与木郷の伊与木城主高康の子)
 江原親次(宇喜多家臣,1598,釜山浦,宇喜多秀家の娘婿)
●戦死−病死 未分類 日本
 1592明石右近(宇喜多秀家重臣、明石全登の子?)
 1592梶佐古道尋(長曽我部成親家臣,柳瀬五郎兵衛の三男)
△1593加藤重正(加藤清正家臣,加藤可重[清左衛門、右馬允]の嫡男)
△1594吉見元頼(毛利輝元重臣、吉見広頼の嫡男)
 1597土持久綱(高橋元種家臣,土持久綱の嫡男)
 1597須佐美甚太郎(加藤清正家臣,須佐美紀伊守の養子)
 1599? 平田宗正(島津義弘家臣,重臣平田豊前守宗祇の子)
 文禄? 木付直清(大友吉統家臣,木付統直の嫡男,鎮直の孫)
 ? 江上家種(鍋島家臣,竜造寺隆信の二男,蓮池城主)
 ? 小原信忠(宇喜多家臣)
 ? 牧源之丞(宇喜多家臣,江原親次の義父)
 ? 深水頼蔵(加藤清正家臣,西生浦,?)

74 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 05:20:41
● 慶尚道左水営
水使(長官)・パク ホン(朴泓)
開戦にあたり船武器を沈めて逃走。

● 慶尚道右水営=本拠・巨済島。
水使(長官)・ウオン ギュン(元均)
開戦にあたり戦はず逃走。
慶長2年7月16 巨済島海戦。
 三道水軍統制使として元均戦死。

● 全羅道左水営=本拠・麗水。
水使(長官)・イ オクキ(李億祺)。
慶長2年7.16 巨済島海戦。
 水使・李億祺戦死。

● 全羅道右水営=本拠・鳴梁浦。
水使(長官)・イ スンシン(李舜臣)
慶長3年11.18 露梁津海戦。
 三道水軍統制使・李舜臣戦死。


75 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 05:39:11
570 名前:yasoshima ◆MX5aLZxivU 投稿日:05/03/07 22:15:47
■明軍・李氏朝鮮の戦没要人リスト
●要人戦死 李氏朝鮮
文禄の役(壬辰倭乱)1592〜
1592.04.14釜山の戦い
 鄭撥(釜山鎮僉使,従三品)、尹興信(多大浦僉使,従三品)
1592.04.15東莱城の戦い
 宋象賢(東莱府使,正三品)、洪允寛(助防長,正三品?)、
 趙英珪(梁山郡守,従四品)、宋鳳寿(代将)、廬蓋邦(教授)
1592.04.26聞慶の戦い(尚州戦直後)
 申吉元(聞慶県監,従六品)
1592.04.28忠州の戦い
 申[石立](三道都巡辺使,?)、金汝[山勿](前義州牧使,?)
 李宗張(忠州牧使,正三品)、
1592.05初 漢城入城前
 張智賢(義兵将)
1592.05.18?臨津江の戦い
 申[石吉](咸鏡兵使,従二品)、劉克良(助防将,?)
 金百寿(義兵将,?)、金光鋏(義兵将,?)、洪鳳祥(軍官)
1592.06.05龍仁の戦い
 白光峯?(先鋒将,?)、李之詩(助防長,?)、
 李光仁(古阜府使?)、鄭淵(咸悦県監,従六品)
1592.06.19江原道金化
 元豪(?牧使、助防将,正三品)
1592.07.全州熊峙の戦い
 鄭湛(金提郡守,従四品)
1592.07.10錦山の戦い
 高敬命(義兵将,?)、趙憲(義兵将,?)、霊圭(義兵僧侶,?)、
 高因厚(義兵,?)、柳彭老(義兵,?)
1592.07.18磨天嶺の戦い
 元喜(富寧府使、正三品)

76 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 05:39:42
1597.08.17黄石山城の戦い
 郭[走歉(前 安陰県監,?)、趙宗道(前 咸陽郡守,?)
 白土霖(前 金海府使,?)
1598.10.02順天城攻撃海戦
 黄世得(蛇渡僉水使,従三品)
1598.11.18露梁津の海戦
 李舜臣(三道水軍統制使,正二品?)、李英男(加星浦水僉使,従三品)
 方徳龍(楽安郡守,従四品)、高得蒋(興陽県監,従六品)


○捕虜 李氏朝鮮
 臨海君(朝鮮国王の王子,李d)
 順和君(朝鮮国王の王子,李[王土]ジク)
 李弘業(鏡城判官,従五品)
 柳永立(咸鏡道観察使,従二品)
 韓克誠(咸鏡北道兵使,従二品)
 李彦誠(蔚山郡守,従四品)1592.04.15東莱城の戦い


●明軍戦死
1592.07.17平壌攻撃
 史儒(遊撃)、載朝弁(督戦右参将)、
 張国忠(?)、馬世隆(?)
1598.11.18露梁海戦戦死者
 ケ子龍(明水軍副将)



77 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 05:40:04
574 名前:yasoshima ◆MX5aLZxivU 投稿日:05/03/07 22:18:32
●その他&未整理戦死者 李氏朝鮮
 金練光(淮陽府使,正三品)1592.05.中
 李[王玉](慶尚道左兵使,従二品)1592.05.12?李朝により処刑
 申格(副元帥,?)1592.05.18李朝により処刑
 洪汝諄()1592反乱民により処刑
 李渾(咸鏡南兵使,従二品)1592.07反乱民により処刑
 宋儒真(反乱将,?)1593.01.?反乱により漢城攻撃前に処刑
 李山謙(?)1593.02.?反乱により漢城攻撃前に処刑 
 (反乱将,連座 呉允宗,金千寿,李春福,金彦祥,宗万福,李秋,金永)
 金悌甲(原州牧使,正三品)1593.06.29戦死
 禹性伝(義兵将,大司政正二品)1593.07.?慶尚道で追撃中疲労死
 緒沫(星州牧使,正三品)1593戦死
 李夢鶴(反乱将,?)1596.07.?忠清道で反乱後に処刑
 金徳齢(反乱将,?)1596.07.反乱の罪で処刑
 孫仁甲(?前僉使,?)


78 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 07:01:06
乙!

つか病死の多いこと。
当地の風土・食糧事情が・・・

79 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 07:20:32
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1117166562/l50

【民団】「教科書選定委員に在日韓国人を入れよ」教科書問題…民団、取り組み本格化★2[05/27]
1 :はるはる♪φ ★ :2005/05/27(金) 13:02:42 ID:???
教科書問題…民団、取り組み本格化

◆「望ましい歴史認識に立脚した教科書採択を」
06年度から全国の公立中学校で使用の教科書を選ぶにあたって、望ましい歴史認識に
立脚した「歴史教科書」が採択されるよう各地の民団が要望活動に取り組んでいる。

◆各教委へ相次ぎ要望

06年度から使用される中学教科書は7月から8月にかけて全国約580の採択地区で決まる。
各都道府県教委では、選定委員会や調査委員会など下部機関からの報告をもとに検定に
合格した各教科書の違いが分かる選定資料を作成し、区市町村教委や国立中、私立中に
送ることになっている。

民団大阪府本部(金昌植団長)は18日までに大阪府教委と市教委への「要望書」提出を
終えた。席上、府教委には、選定資料の作成にあたって「人権」を基準の一つにするよう
申し入れた。府教委側も「大阪には大阪独自の基準がある」と明らかにしながら、配慮を
にじませた。

一方、直接の採択権者でもある市教委に対しては、選定委員30人の中に在日韓国人も
入れることを今後の課題とするよう働きかけた。市教委によれば選定委員の就任にあたっ
て国籍要件は特にないという。

以下ソース参照
 
ソース:民団新聞 05/25
http://mindan.org/shinbun/news_t_view.php?category=13&page=27

80 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 13:38:44

露梁津の海戦での日本軍って島津、立花、宗、寺沢の1万5千くらいだったっけ
島津や立花って陸戦では日本軍でトップクラスだろうけど、海戦は不慣れだろうに
(島津の船が帰国前に座礁したって話もあるし)

それに殺されてる李舜臣ってやはりたいしたことないんじゃないかと思ってしまうな。


81 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 15:32:49
いや、講和を破って騙まし討ち。しかも撤退する軍を背後から急襲するという
理想的な状態で戦闘を始めるそのお手並みはなかなかのもの。

それで敗死できるんだから神だよ。

82 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 15:12:31
今や神か

83 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 17:42:19
李舜臣は祭り上げられすぎて今や歴史上の人物像とは別物

84 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 18:01:20
>>79
それは韓国の教科書選定に日本人を関与させることと交換条件じゃないのかなぁ?(w
つーか、インド侵略をめぐってイギリスとインドの教科書、独立戦争をめぐってアメリカとイギ
リスの教科書の記述に妥協点が存在し得るのかどうか確認してからの方が良くはないか?

そもそも、中国や韓国の言う「親善」は常に日本側の譲歩・屈服の上にしか存在しないみたい
なんだが、それを普遍的に親善と言うことは難しいんじゃね?

85 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 01:15:42
>>84
こいつらが従来の選定作業を逸脱するような政治活動をやった時点で
追放すればいい。
やらないなら、作業の体制に取り込めば良いだけ。
あくまで選定委員の一人に過ぎないという立場で(当たり前だが)
ただし恒久的な権利の文言だけは入れないようにな。
温情と寛容の精神ということの念を押せばいい。

86 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 07:09:13
>>85
> 温情と寛容の精神ということの念を押せばいい。

連中に温情と寛容の精神が皆無だからこそ未だに問題にな(ry

87 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 20:07:23
>>86
国体にも出してやり、内政干渉にも黙っていてやり、
日の丸を焼いたりする連中を称揚するDQNな国内状況も温かく見守り、
アホな反日教育も許容し、
竹島の不法占拠も見逃し、
つまならいカンリュウとかいうつまらない文化流入を放置し、
グロテスクで必要でもない文字を駅の案内に書いてやり、
教科書の中に李舜臣だのという小早川隆景クラスの一武将を取り上げてやったりしたあげく、
さらに参政権だの教科書選定委員だのという図々しい要求をさらに突きつけられても
まじめに応対しようとしている日本のありさまを見ても
まだ、

「温情と寛容の精神が足りない」
と言っているあんたはオカシイ。

88 :86:2005/05/31(火) 02:16:18
>>87
「温情と寛容の精神が足りない」のは日本ではなくあの国とその国のつもりで書いたんだが。

89 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 11:45:18
孤将読んだ?
どんな感じですか?

90 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 15:31:14
朝鮮は腐っていた

91 :黒田武士:2005/05/31(火) 17:04:02
 太閤秀吉が、黒田如水の才能に嫉妬して、冷遇したから、豊臣家の
衰亡が始まった、明攻略だって、初めから黒田如水を遠征軍総司令官
に任命しておけば、キリシタン宣教師の知恵を借りて、西洋式軍艦を
建造し、大口径砲を搭載して、出撃したはずで、中国大陸を日本、スペイン
ポルトガル、イギリスなんかで分け取りできたはずだよ。

92 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 06:43:10
それは無理だろ

93 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 10:17:30
【日韓】「日韓歴史共同研究委員会」最終報告書発表。日韓の隔たり大 [06/01]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1117556644/

94 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 14:31:43
>>93
http://www.jkcf.or.jp/history/
ここにうpされるみたいね

95 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 07:02:18
脇坂隊と来島隊は李舜臣により全滅?

96 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 22:32:40
>>95
脇坂隊二千に朝鮮各道連合軍5万8千が戦闘を仕掛けて
一瞬で返り討ち

あまりの恥ずかしさに朝鮮側は決して口にしようとしない

97 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 07:05:16
何人が何人になったのかな

98 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 23:50:41
>>94

ちょっと読んだけど、
日本の学者による纏まりのいい
この問題に関する客観研究史が書かれているけれど、
これでもやはり、
「左翼論調」
なんだよね。

これを克服しない限り、
真実は見えないだろうと思う。

99 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 10:36:19
あげ
話題ないな。

100 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 14:45:09
日韓歴史共同研究が公開されたけどだめだったな

101 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 18:35:00
韓国が、植民地時代を見直さない限り駄目だ。
あれをすると、韓国の歴史全体が崩壊するんだろう。


102 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 18:37:02
植民地時代なんかねーよバカ、同化政策なんだよ
朝鮮人と一緒に勉強しなおせ

103 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 19:19:27
>>102
おやおや半島の北半分ではネットできないはずなのですが うわ何を09b、まおgふぁpまうあおpふじこ


北、米国の先制攻撃に対応し準戦時態勢に

北朝鮮は最近、国際電話の9割を遮断し、2万台余の携帯電話を没収するなど、米国の先制攻撃に対応す
る、事実上の戦時体制に突入したことが明らかになった。 米国の攻撃に対応するには、まず内部情報の流出
を遮断することが急務だという判断からだ。

また金正日(キム・ジョンイル)国防委員長は、最側近のリ・ジェガンと李容哲(リ・ヨンチョル)を通じて、労働
党と軍部を分散統制していることが確認された。 金委員長の妹婿であり第2人者だった張成沢(チャン・ソンテ
ック)の復権説は事実無根であることが確認された。

インターネット統制も強化された。 以前はほとんどの国家機関がインターネットに接続できたが、最近は労働
党中央委員会書記室と統一戦線部の2カ所のみインターネットが使用できる。金日成(キム・イルソン)総合大
学と金策(キム・チェック)工業総合大、人民大学習堂、国家科学技術委員会をつなぐ内部イントラネットも、3
月に閉鎖された。

専門家らは「こうした一連の変化は、米国の対北朝鮮先制攻撃の可能性を意識した金正日体制の危機感を
反映したものだ」と指摘している。 北朝鮮専門家のチョン・チャンヒョン国民(ククミン)大教授は「北朝鮮は200
3年に米国の対北朝鮮先制攻撃説が提起された後、‘準戦時体制’に突入した」とし、「6カ国協議が再開される
までは、こうした状態が続くだろう」と予想した。
ttp://japanese.joins.com/article/article.php?aid=64265&servcode=500§code=500


104 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 19:21:04
良識ある日本人は植民地時代とはいわない

植民地にされてたとかホザくのは朝鮮人とブサヨだけ

105 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 21:20:05
へぇ〜。植民地じゃないのにわざわざ総督を派遣してたんだ。
・・・「良識がある」人たちは残念ながら知恵は持ち合わせていない様だねぇw

106 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 21:25:29
総督府があれば、何がどう植民地だとなるのか>>105が答える模様

107 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 22:05:41
何で会津には総督府がおかれなかったの?

108 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 22:19:09
ウヨ厨の大好きな小鼠はなんで平壌で植民地支配を謝罪したの?

109 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 00:00:10
【韓国】質問「米が北を攻撃したら?」ソウル市民「日本を相手に戦う」と言う★2[06/06]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1118066809/

110 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 06:44:41
北海道や沖縄は植民地かね?

111 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 09:57:45
当時は普通に植民地と呼んでいたわけだが、なにか?

112 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 23:14:14
李億キ もなかなかの武将

113 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 14:20:50
捕虜五万ぐらい?
寝返った朝鮮人も多そうだ。
百人近い部下を率いて日本に帰化した貴族もいたし。

114 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 18:18:51
昨日のサッカーを見て思った。
朝鮮人というのはああしたものだ。
負け戦が決まっていて、腹いせに嫌がらせをする。
それで「何かをやった」つもりになる。

李舜臣の最後の抵抗と死は、
あれと似たものだったのかもしれない。

115 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 20:54:38
だいたい李の配下に何人いたんだよ?

116 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 11:26:46
李舜臣の配下は一万五千くらいじゃないかな?
で、戦闘員は十分の一ぐらい。

117 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 13:48:47
日本水軍は?

118 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 15:29:18
信長の鉄装船を朴ったの?

119 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 01:49:59
946 名前:日本@名無史さん 投稿日:2005/04/20(水) 12:06:56
補傳 脇坂安治龍仁の戦功

日本の諸勢湊(釜山)より都へ往来の道にて
敵数多打出て此所彼所にて味方二百三百討捕けれは
船手の大将各相談して都より湊までの通路
五里七里の間に傳の附城を拵へける

脇坂安治も家臣脇坂左兵衛、渡邊七右衛門に歩卒三百人差し添へ
五月中旬に都より七里口の山陰(龍仁)に傳の要害をは拵へける

?る所に六月五日曙より敵数萬にて彼要害を取囲み緊しく攻めければ
城中小勢にして叶い難く見えにけり急き此旨都に注進しけり


120 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 02:01:53
947 名前:日本@名無史さん 投稿日:2005/04/20(水) 12:41:01
安治取るものも取敢えず都にありし手勢ばかりにて初夜の時分より打立ける
都より彼の要害までは僅に七里なれども
其間に大川ありて船にて渡しければ
兎角のしつらいに時刻移りて明る卯の刻に馳着ぬ

敵兵数萬小高き山に陣を張りて控へたり
安治敵の間十七八町隔りたる山陰より旗を繰出し
私従山岡右近を先駆として一騎打に押出しければ
敵陣之を見て案に相違し少し色めきてこそ見えける
城中よりも安治の旗を見て喜ひ駆出し内外の味方一つになり
惣掛りに敵陣に切て入けれは
敵陣こらへずして後の山に引退くと見えし所に
安治敵の陣取りし山に乗上げ幣を振りければ
惣勢我先にと乗上げ四方八方に駆廻り切立てけれは敵即時に敗軍しける
谷山路に追詰めて或は切て捨るもあり或は生捕にするもあり
半時の間に数萬の敵陣を小勢にして討敗りしこと
勝れたる戦功なりと朝鮮国中にありし日本の諸勢風聞しけり
斯くて生捕のもの二百人余、頸数一千余彼の山本に懸置きける

折節日本より片桐主膳正貞隆、藤懸三河守永勝御使として渡海しけるが
此合戦の翌日に安治の要害に来たり
戦場に掛置ける頸数生捕の者を見て大に感しける

121 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 09:18:28
既出

122 :日本@名無史さん:2005/06/16(木) 23:36:43
落ちそう

123 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 01:06:43
ではあげ

124 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 00:11:12
歓呼人は日本水軍をケチョンケチョンに破ったと思い込んでいるようだ。


125 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 00:37:35
李舜臣の最後、流れ玉で討ち死は、武将としてはどうかなぁ。

126 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 02:15:04
戦場で武将が戦死するのはよくあること。
本能寺で豚死した織田?とかいう奴よりマシ。

127 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 02:21:14
>>125
それは、イギリス人にも喧嘩を売っていると解釈されても仕方がないような気がするのですが?

128 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 05:17:16

ネルソンはフランス水軍に完敗し、敗死したはずだが・・・。

129 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 06:03:18
トラファルガーの戦いは勝ったから敗死ではない。敢えていうなら勝死?

130 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 06:50:37
朝鮮水軍が圧勝したという閑山島、鳴梁、露梁の大捷について規模や意味を検討してください。

131 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 08:33:30
露梁海戦は
戦略的には日本の勝利
戦術的には引き分け
なんだよな。

132 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 09:59:29
懲録
五二 李舜臣逮捕される
水軍統制使李舜臣を逮捕して、獄に投じた。(宣祖三十 1597年1月27日)

〔朝廷では、かれに〕拷問を一度加え、死罪を減じ、官職を削って軍に編入した。
〔李〕舜臣の老母は、牙山(忠清南道牙山郡霊仁面〕にいたが、李舜臣が獄に
下ったと聞いて気が動転し死んでしまった。
舜臣は、出獄して牙山を過ぎる道すがら成服(喪服を着ること)し、そのまま
権リュルの帳下に赴いて従軍した。人々はそれを聞いて悲しんだ。

六一 最後の決戦、李舜臣戦死する
・・・
李舜臣は、危険をものともせず、みずから力戦していたが、飛来した弾丸が
その胸に命中して背中にぬけた。左右の者が帳中に扶けいれた。李舜臣は
「戦いはまさに切迫している。くれぐれも私の死を知らせぬように」といい、
言いおわるや息絶えた。   (宣祖三十一 1598年11月18日)

才能はあるのに運命にめぐまれず、〔その抱負の〕百に一つも実現できずに
死んでしまった。 ああ、惜しいことである!

133 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 10:58:03
■ 島津義弘 ■
ttp://kotatujo.cool.ne.jp/hyo/itiran/itiran/simadu2.htm
泗川城において、明の大将薫一元は20万の大軍を率いて島津軍を攻撃したが、義弘は家久とともに全軍を励まし、
大砲を有効に活用。反撃の末、晋州川まで追撃して破り、敵兵の首、3万8千をあげたため、明軍に「鬼石曼子」と恐れられたと言う。


島津義弘
ttp://www2.harimaya.com/simazu/html/sm_hiro.html
明の大将薫一元率いる二十万の大軍を島津軍一手で引き受け、鉄砲を有効に活用、二十倍の明軍を打ち破り、
晋州川まで追撃して、敵兵の首三万八千余をあげる記録的な勝利を得た。



134 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 16:07:04
>>128
在日フランス人、乙。

135 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 19:34:30
>>131
露梁海戦ってぶっちゃけていうと

秀吉君が亡くなったので、日本軍は故国に帰ろうと巨済島に集結しましたが
順天にいた小西君が李舜臣等に帰路を阻まれてしまいました。
日本側では小西君を置いて帰ろうという意見もありましたが、「小西君を見捨
てて帰っては日本の恥になる」と島津君、立花君等が操船に不慣れでありながら
小西君を助けに順天へ向かいました。
明・朝鮮水軍は島津君達を迎え撃ちに行くため順天の囲みを解いたためその隙に
小西君は脱出することが出来ました。
島津君たちは慣れぬ海戦のため多少苦戦しましたが、李舜臣、明水軍副将のケ子龍等を
行きがけの駄賃程度に討ち取った後に戦線離脱することに成功しました。
こうして日本軍は主だった武将を失うことなく日本に帰ることが出来たのでした。

おしまい

とまあこんな感じじゃないかと

136 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 20:03:52
島津義弘が乗艦を撃沈されて死にかけた、というのも入れておかないと

137 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 22:30:41
>>136
それは韓国お得意の捏造ってやつだ

138 :日本@名無史さん:2005/06/20(月) 23:42:03
>>135
島津が助けに行って
和平がうまくいって
帰ろうとして後ろを見せたところに
いきなり襲い掛かってきた李舜臣を
返り討ちにしたというほうが正しいのでは?

139 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 06:42:11
義弘が座礁しかかってピンチになったのは事実

140 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 07:29:29
>>138
そういえば島津軍は泗川から自軍のみで小西を助けに行ったっていう話もあるね。
それで和平して帰るところを不意に襲われて窮地に立たされた。
そこに仇敵だった立花軍とかが駆けつけて共に戦い持ち直したっていうやつ

141 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 07:50:49
樺山久高は船を捨てて陸に豚ずらした。
握り飯と女を求めてうろちょろしてたところ、
湾からの脱出に成功した味方の船が来たので
乗っけてもらって帰った。
むしゃくしゃしたので八つ当たりに琉球征伐した。
その後反省して出家したらしい。


142 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 10:43:31
李舜臣は通商破壊ができなかったってマジ?

143 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 12:27:11
>>141
わざわざageで息するように嘘を書くのはホロン部の方ですかなw

>>142
???

144 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 13:35:13
できてない。
船舶総量は少し圧迫したといえるかも。

145 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 21:28:46
もしかして朝鮮の戦史では相手が座礁した時にも撃沈としてカウントするのかね。
いつも思う事だがいい加減な連中だよな

146 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 08:44:32
義弘の上船は座礁はしたが沈んではいないな。
ピンチの時に鉄砲で有名な種子島さんが大活躍したと伝わっているし。

147 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 14:04:37
明と李子朝鮮の資料では島津は露梁の海戦で大きな被害を出しているみたいなんだけど具体的に討ち取られた武将はいるの?
泗川では百五十人ぐらい戦死したようだが?

148 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 16:54:42
>同(1953年)2月4日、漁船に偽装した南朝鮮船第一・第二昌運号
>(乗組員12人に加え、憲兵1、特務隊員1、情報隊員1、警邏5人乗組)が
>公海上で操業中の第一大邦丸を銃撃し、漁労長瀬戸重次郎(34)を射殺(第一大邦丸事件)。
>→南朝鮮は漁船員を脅迫して「領海侵犯した」という嘘の調書に捺印させ、
>これを根拠として「済州島から脱出するのを追跡し銃撃した」と虚偽の説明
>を行い、「日本漁船の李承晩ライン侵犯に対する警告」と正当化を図るも、
>公海上で操業中の銃撃と判明。朝鮮沿岸封鎖護衛艦隊司令官グリッチ少将が
>公海上で一般人を射殺した南朝鮮軍を非難。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/7712/antij_kore.html
「李承晩ライン」とこの事件のことを決して忘れるな!
必ず奴らに報復しよう!

149 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 15:16:13
ひでえ

150 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 11:49:07
「李舜臣将軍に会えて感激であります!!!」
みたいな事言って軍服着た人が敬礼してるバカ映画のCM見た

戦国自衛隊韓国版?

151 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 20:23:23
>>150
なぜか加藤も島津も討ち取られるオナニー映画

152 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 00:50:28
>>151
なんて映画?

153 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 02:29:43
ずっと昔に2chに、
露梁海戦というのは、小西を助けるのが戦略目標で、それを達成したのだから
戦術的にはともかく日本の勝利のはずなのに、あれを「日本の敗北」と書く書物が多い。
ところがそのように書く日本の左翼的戦史書物は、一方で、
「珊瑚海海戦は日本は戦術的に勝ったかもしれないが戦略的に米軍の勝ち、日本の負け。」
みたいな事を書いている。それは大いなる欺瞞じゃないか、
というような意見が出ると、
左翼とか韓国人と思しき人々から総反撃を食らっていた。

戦史というものはかくのごとく形容詞が支配する要素多大なり。

154 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 06:46:51
露梁海戦は内容でも引き分けじゃないのか?
朝鮮水軍は随分死んでるぞ。

155 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 07:21:50
日本軍は帰国中に後からチョロチョロ追いかけてくるうざい犬みたいなヤツらを
鉄砲撃って追い散らしたぐらいのものだろ。その時、不幸にも弾に当たって
死んだ犬もいた。という程度。

156 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 07:31:29
一番日本人を殺したのは疫病だろうね

157 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 18:09:10
>>152
天軍

158 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 18:48:36
>>153
俺は珊瑚海も露梁も損害が多かった点で日本の負けと思う。

159 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 21:30:06
露梁の被害はわかってるのか?

160 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 21:33:35
>>159
日本船500隻のうち200隻が沈んだとあるけどそのわりには
日本側は名のある武将が全く死んでなく、明朝鮮側は死にまくり
という不思議な話さ

161 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 23:51:30
夜中で何隻沈んだかどうかわからんだろ?
詳細な隻数でもないし。

162 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 23:55:25
何隻あったかぐらい把握してるだろ
終わって帰ってみて、差をみりゃわかる

なんせ日本軍は20万やら数えられますからw

163 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 00:12:46
>>158
珊瑚海はアメリカの方が損害多いぞ

164 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 00:13:13
>>133
それを出すなって。
他の連中の戦果まで疑われるから。

165 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 00:25:06
露梁の200隻とか500隻って戦果は朝鮮の報告だしな

166 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 00:57:25
島津、中国、朝鮮。捏造三兄弟どうしで戦うと、小競り合いが
とてつもない大合戦に発展する。

167 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 07:09:14
島津プラス水軍は集めても百五十隻を越えないだろ?

168 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 07:42:50
亀甲船に積んでいた銘文入りの大砲が発見されて国宝に指定。
材料分析したら鉄筋だった。 マジあったよな

169 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 09:05:50
今再び太閤さんに朝鮮征伐の軍を催し、
半島から支那大陸へと攻め込んで行って
我が国の版図を大いに拡大して欲しいものぢゃて。

170 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 09:17:05
サンデーに連載されてるキチガイ漫画「沙也可」、碧蹄館の戦いを思いっきり無
視してるな。キレが違うぜ、キチガイウリナラSFファンタジー。

171 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 11:58:08
>>166
近代でも幻の大戦果の「台湾沖航空戦」なんてのもあったな。
朝鮮征伐では、明軍による被害のほうが日本軍によるものより多かった
ようだが、そこらへんは韓国の教科書ではちゃんと書かれているのかね。

172 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 15:54:33
小西なんて見捨てといたらええねん
こいつのせいで征明計画が頓挫したんだから

173 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 19:40:32
>>172
名将言行録だと立花宗茂が「行長を見捨てることは国の恥となる
日本の名誉の為に助けに行かねば」と主張したらしいね。

まあ、これも諸説あるみたいだけど、


174 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 22:22:05
>>166
韓国の劣等感からくる遺跡捏造ってこれかな?
個人ではなくて、国ぐるみだね(笑)

http://www.clash-j.net/memo/korea02.html
韓国国宝274号事件
黄某(海戦遺跡発掘団団長)による、遺跡捏造事件
92.9.4に指定された国宝274号は(95.6月)捏造が発覚。
その後、彼による遺跡捏造が次々発覚

韓国国宝274号事件は、国宝指定のための鑑定はなんと30分しか行われず、韓国歴史学会を
代表する錚々たる学者で構成される文化財委員会において、引き揚げ後わずか4日で国宝
指定が議決されていたことが発端。国家ぐるみである。


175 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 22:22:40
>>168
の間違い

176 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 10:40:45
日本で活躍していなくて朝鮮で活躍した奴もいるの?

177 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 15:34:54
スポーツかよ

178 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 17:30:27
前園さん

和田サンも活躍できる可能性あり。

179 :日本@名無史さん:2005/07/04(月) 21:37:16
脇坂とか大活躍

180 :日本@名無史さん:2005/07/05(火) 21:19:21
加藤もいるでよ

181 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 14:39:32
加藤貞泰

182 :日本@名無史さん:2005/07/06(水) 15:13:25
チョンが満州国崩壊後の日本人虐殺・強制連行は正当だとホザいている。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1013818896/917-932

183 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 14:02:35
小早川隆景は権慄に負けたことがあるの?

184 :日本@名無史さん:2005/07/07(木) 19:30:42
>>182
通州事件も実際は半分以上韓国人だし
満州も韓国人いっぱいいたはずなのに
すっかり忘れてるんだね

185 :日本@名無史さん:2005/07/08(金) 08:44:12
万宝山事件もなー

186 :日本@名無史さん:2005/07/10(日) 05:52:25
>>173
その時代に「日本」とか「自分は日本人」と意識している人
イメージできた人はいるのかね?
自分の領国以外は皆外国、と思ってた人が多いんじゃないの?

187 :日本@名無史さん:2005/07/10(日) 06:45:58
何でそう思うの?

188 :日本@名無史さん:2005/07/10(日) 07:03:55
ここのスレって2ちゃんにしてはのんびりしてるな

189 :寺内正毅:2005/07/10(日) 07:07:42

「小早川、加藤小西が世にあらば、今宵の月をいかに見るらむ」



日韓首脳会議で言って欲しい名句。

190 :日本@名無史さん:2005/07/10(日) 07:35:54
そんなこと言ってのける首脳は世界広しといえどもプー珍くらいのもんだ。

191 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 00:40:43
小西は和平派じゃないの?島津のほうが会ってる気が・・・

192 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 00:44:58
>>191
島津とか九州大名は嫌々参加してるだけ
大友の改易を見せつけられてつぶされたくないから奮起してただけだよ。

小西は和平派と言うより
目先の利益(貿易)に目を撮られて小手先でごまかそうとし、
結局からくりが最後に秀吉にばれて休戦どころか開戦に持っていってしまった
しかもその時の責任をぜーんぜんとってない。
むしろ売国派と言うべきかと。

193 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 07:08:54
勝手に休戦するなよな
国境から国王を追い落としていれば

194 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 17:23:04
朝鮮を攻めたのは、けっきょくは人狩り。買ったのはポルトガル人。

195 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 19:33:52
倭人は人攫いであることが判明しますた。

196 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 20:11:45
当時の世界情勢、特にイエズス会と日本の関係を考えると
こういう意味があったのかなぁと思う

秀吉の朝鮮出兵の動機については諸説あるが、最近では
スペインやポルトガルのシナ征服への対抗策であったという説が出されている。
スペインがメキシコやフィリピンのように明を制服したら、
その武力と大陸の経済力が結びついて、
次は元寇の時を上回る強力な大艦隊で日本を侵略してくるだろう。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog154.html

197 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 21:47:49
秀吉は何で明・天竺を征服しようとしたんだっけ?

198 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 23:12:49
征服欲。

199 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 23:23:24
秀吉にフェリーペ2世?、から親書が来てたような

200 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 00:16:25



201 :日本@名無史さん:2005/07/15(金) 11:48:22
野戦形式の大規模戦闘
攻城形式の大規模戦闘
はどれだけあったの?

202 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 05:45:26
実際に李舜臣が殺した日本兵は何人ぐらい?


203 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 17:06:41
日本は不敗

204 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:11:18
×朝鮮征伐
○明征伐

205 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:15:10
文禄の役は明征伐、慶長の役は朝鮮征伐でいいと思う

206 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:21:04
>>197
明がスペインに手に落ちれば
元寇の再来になるから明を手中に収める

これ後に大日本帝国もやったろ
ロシアの南下で日本が危機に陥ったのを見れば
秀吉の戦略がいかに切れていたかがよくわかる

特に当事の日本はスペインも
植民地化をあきらめるほどの最新兵器である鉄砲があり
その鉄砲自体も刀鍛冶の職人芸で洗練されていて
さらに信長の3段がまえ打ちのような
第一次大戦まで通用するような運用方法も確立されていたし

明軍がピョンヤンでまけたのも鉄砲がきいたしな





207 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:25:22















ななめ読み?

208 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:31:43
>>199
今もそうだが その当事の親書なんて
本音が書いてるわけないだろ

スペイン人宣教師が九州でやってることを見れば
日本侵略の意図は明らか
逆を言えば 日本は強いから 九州だけでも
スペインがもぎ取って

極東に前線基地を築いて朝鮮と明と日本を侵略
するつもりだったんだよ。スペインは

日本が軍事的に強く、外交の駆け引きも巧みだったので
スペインは侵略できなかった

209 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:35:48
だいたいフィリピンがスペインの
植民地になってることを秀吉が知らないわけないしな

まあ、歴史上日本が最初に西欧列強に
植民地化されそうになった時期が戦国末期だしな

戦国末期日本が種子島から伝わった
鉄砲で近代化をして西欧列強に対抗したんだなw

210 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:38:43
>>207
地球儀に明と朝鮮と日本しか
存在しないやつは斜め読みでいいんでないか?

まともに秀吉の朝鮮出兵を語るならば
大航海時代だという前提を絶対欠いてはならない

211 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:46:53
明がスペインの植民地化
信長の3段がまえ打ちのような第一次大戦まで通用するような運用方法

こんなネタ書いててマジレスみたいなに言われても

212 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 19:57:25
>>211
だからお前には
地球儀に明と朝鮮と日本しか
ないからネタにしか聞こえないんだよ

その当事の世界地図ぐらい頭にあれば
いずれスペインが明を侵略・征服しても
おかしくない

インカ帝国だってめったくそにスペインに滅ぼされたろうに
メキシコ人の名前がホセとかなってるのは

あと信長の鉄砲戦術はWW1まで通用する天才的な戦術だったよ
これは事実

それぐらい当時の日本が強くなけりゃ
とっくにインカ帝国のように日本人の名前はホセとかカルロス
とかになってるだろw




213 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 20:03:12
>>212
支持する。

スペイン、ポルトガルにとって、遠征で侵略するには日本は強大過ぎた。
戦国期というのは、各地の米の生産量も増大し、金の産出量も増え、
何かとエネルギーに溢れていた時代だった。

しかし遠めに眺めると日本人というものは、平時と乱時で別の民族かと思うほどに
切り替わるようだ。


214 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 20:07:21
そんな一生懸命にネタ提供しつつ煽られてもねぇ

215 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 20:07:33
>>212
ちなみに三段撃ちは後世の創作

捏造技術が第1次世界大戦でも通用したという話のか?
それなら正論
情報戦はいつでも重要

216 :日本@名無史さん:2005/07/16(土) 20:55:06
信長の『三段撃ち発明』は眉唾としても、戦国期の日本軍が強力であったことは
事実だろうな。



217 :豪革蔵:2005/07/17(日) 00:11:46
個人的には日本の歴史教科書でわざわざ日本の朝鮮出兵に対して「朝鮮侵略」といって
「侵略」を強調しているのが気持ち悪い。朝鮮の抵抗軍にしたって「義兵」とか表記し
てるし、日本人に対して四百年以上もの戦に贖罪感を抱かせようとしているようで教育
界はおかしいんじゃないか?

218 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 00:19:18
朝鮮侵略の表記は確かにおかしい、明征伐とも言い難いので文禄慶長の役でいいじゃないかと思う
がしかし、「義兵」という表記は朝鮮王朝実録でもそう書かれてるから、間違いとはいえないのよね

というか義兵と使わず、何と表現しますか?
在野の両班師弟の抵抗軍と書く?すると両班という存在、李氏朝鮮の階級制度等々から説明始めて
非常にメンドイと思う

219 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 00:27:24
匪賊でいいかと。


220 :豪革蔵:2005/07/17(日) 00:30:14
義兵って朝鮮王朝実録でそう書かれていたんですか(陳謝)、私は単に朝鮮側ないし
は日本側が贖罪感を植え付けるためにつくった造語だとおもっていました。

秀吉が朝鮮攻撃に踏み切った理由なんですが…、私は教科書不信から西欧列強が世
界を植民地化していたことに対する危機感だと思えるのですが…。


221 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 01:14:43
鉄砲(火縄銃)についてなんだけど
種子島に流れ着いたのは明のガレオン船(?)だよね?
ポルトガル船ではなくて
ということは明にも火縄銃って結構在ったのでは?
大筒が多かったって話は聞くけど、火縄銃ってどうなの?
なんか火縄銃で日本軍が優位に立ったみたいな話し聞いたけど

222 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 01:14:59
つーか、あっちの資料でなんとでておろうが、
そんなもん日本の知ったこっちゃないと思うんだが。
しかし何故か日本でも「義兵」やら「壬申倭乱」やらが使われておる。
不思議でしゃあない。


223 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 03:05:45
>>221

明側にも鉄砲は有ったが戦国期に日本で改良された鳥銃には
射程、命中精度、威力とも敵わなかったと記憶してる。


224 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 10:59:18
>>221
日本・明それぞれに鉄砲と大筒両方伝わってたんだけど
日本は鉄砲に、明は大筒に価値を見出したのは国民性の違いか

みたいな事を何かで読んだ

225 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 11:56:40

>>224
国民性の違い、に辿りつくのは最後の最後でいいと思う。

少なくとも日本では大筒は、運搬に厄介極まりない。
鉄砲は機動力を阻害しない。



226 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 17:40:10
秀吉が朝鮮に渡っていたら
水軍の指揮官である九鬼嘉隆の命に従わなかった加藤嘉明も
おとなしくなったかも知れない
陸上でも、大名たちがおのおの勝手な行動をとらず
統率の取れた軍隊になってたかもしれない
石田や福島、加藤の仲たがいもなかったかも

227 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 17:59:26
>>226
細かい各論はさておき、結局日本軍の失敗の原因は、大体いつの時代も似ているような。

元寇の折も、文永の役では全軍の指揮官が現地の御家人で、集まった御家人たちは
言うことも聞かず、統制が取れないままに行動し、戦闘へ。
だが、それを反省した弘安の役では、北条家のものを総指揮官として進軍させて
見事に元軍を撃退する。
朝鮮出兵も似ている。
各家の武将は強力だが、全軍の統率が取れていない。
戦闘では勝利するも、なぜか苦慮する。

近代日本軍まで、話を広げるのは強引かな。


228 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 18:04:13
スレ違いだが、先の戦争の反省点を挙げるならば、全軍統一の指揮系統の存在の欠如だな。
陸軍、海軍、政府、それぞれがそれぞれの情報で動くから始末が悪い。



229 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 18:05:43
>>227
秀家では若すぎるかね、豊臣家の一員とはいえ。

その論法は日本軍に限ったことではないべ。
日清の山縣の暴走までだな。

230 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 23:58:55
秀吉が行ったとしても、朝鮮くらいは取れたかもしれないが
明には勝てなかったと思う。
秀吉も徳川や前田や上杉と言った有力大名を自由に動かせたわけじゃないだろうし

231 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 00:03:15
毛利や島津も動かしてるが…
前田や上杉、徳川が行かなかったのは地域的問題だと思われ

232 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 02:53:22
おそらく指揮権は、後から渡っていく軍団の指揮官が持つという形では
ないだろうか?軍団の番号が大きいほど、身分が高いような気がする。
ただ福島以降、実戦経験の乏しい、坊ちゃん大名になっていくのが問題
だが。

233 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 07:46:54
九鬼は別に水軍総指揮官ではなかろう。
根拠は?

234 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 16:39:54
水軍は纏めるような大所帯じゃなかったわけだ

235 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 14:47:04
秀勝は実質的に何かしたのかな?

236 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 22:10:41
「その時歴史が動いた」観たか?
信長の鉄船。
大砲まで積んでいて、村上水軍を葬った。
その前には村上水軍は「ホウロク」という火薬を積めた球を織田水軍に手投げで
放り投げて壊滅させてたんだって。
秀吉は海賊禁止令で水軍を衰退させたりしたけど、
そういう技術を総動員してたら、朝鮮水軍なんて壊滅させられたんじゃないの?


237 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 22:34:23
ちなみに鉄船は朝鮮にも行ってたらしい

文禄の役の日本丸

文禄の役に参加した九鬼水軍の「日本丸」がある。 元の名は「鬼宿」(きしゅく)と呼ばれていたが、豊臣秀吉により「日本丸」と命名された。
兄弟船に「波切丸」(なきりまる)など同型艦が数隻有った。
九鬼嘉隆は世界最初の甲鉄船を数隻作ったが、その中の1隻がこの日本丸で日本側の旗艦ともなった。
全長は33m、150石だが多くの櫓を漕ぐものを抱え、人力により自由に方向を変えたりする事の出来る戦闘に向いた船でもあった。
文禄の役では大敗にもかかわらず日本丸は生き残り日本に帰還している。



238 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 23:33:05
日本丸の現況
http://www.chikubushima.jp/tanbo_08.html

239 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 00:16:26
二度も壊滅させたのでは?

240 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 18:08:09
失った兵が一番多かった大名は誰かな?

241 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 19:58:31
>>236
総動員したよ、村上水軍も朝鮮にいってるし。でも、だめだったのよ。


242 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 21:08:33
村上水軍ん始め、水軍大名は当初は陸戦に使われていた。
確かに総動員はされていたな、水軍以外にだが。

243 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 22:31:09
ネタとしてどうぞ
韓国歴史教科書

http://members.tripod.com/textbook_korea/5_2.html#5_2_4_1

244 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 01:07:21
朝日comブックの書籍売上ランキング、それまでは3〜4日間隔くらいで
最新のベストセラー状況を発表していたのに、
なぜか突然12日間以上、更新が止まったままです。
http://book.asahi.com/ranking/

  ァ  ∧_∧ ァ,、
 ,、'` ( ´∀`) ,、'`
  '`  ( ⊃ ⊂)  '`
     ∧_∧ ミ ギャーッハッハッハッ!
 o/⌒(. ;´∀`)つ
  と_)__つノ  ☆ バンバン

アマゾン ランキング [マンガ嫌韓流 ベストセラー 1位 7日連続]
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/topsellers/topsellers/-/books/
楽天Book ランキング [マンガ嫌韓流 ベストセラー 1位 3日連続]
http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/best.html
Jbooks ランキング [マンガ嫌韓流 ベストセラー 1位 5日連続]
http://www.jbook.co.jp/p/p.aspx/b_rank_sub_50/

245 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 01:39:59
>>240
間違いなく、加藤か鍋島
満州国境から帰ってきた時には、出征時の4割を損失

246 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:34:11
>>245
小西・宗も平壌から帰ってきたときは
18000が6000になってたらしいが?
出征時の6割以上

247 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:47:27
分母たる元の数の前提と、分子たる点呼数の前提が違うのに損失数を語る根拠があるのかな?

248 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:48:04
分母たる元の数の前提と、分子たる点呼数の前提が違うのに損失数を語る根拠があるのかな?

249 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 22:00:11
>>247
これまでの過去スレの流れで行くと

その場合「根拠はあるのかな」じゃなくて
「根拠の値に妥当性はあるのかな」とか
「その根拠程度でいちいち語る価値があるのかな」
といわないと発散して話が無限ループに入るよ

250 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 16:20:03
定数が居たとは限らないんだよね
実際に増えている部隊もいるし

で、平壌と順天でピンチになった小西に一票

251 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 17:43:43
スペインが明や日本を植民地化できるとほざいてる奴は、
最低限、当時の明や日本やスペインの国力や軍事力くらい
データで説明できるんだろうな?w
それができない場合は、竹やりの精神主義者以下ということで。

252 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 19:11:58
出きる出来ないっつーか
当時の認識がどうだったかという事で
それとデータが噛み合うかはまた別なわけで

253 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 20:10:39
その当時の認識というのが、今の人間の勝手な想像なわけだが。
やっぱり竹やりの精神主義者以下だな。



254 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 09:02:21
>>253
日本軍の秘密兵器

255 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:38:50
野盗

256 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 09:35:47
で李舜臣にコテンパン

257 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 11:58:58
李舜臣は本当に名将か?

イデオロギーや朝鮮への甘やかし抜きで、語れ。



258 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 12:30:15
106 :世界@名無史さん :2005/07/30(土) 10:05:05 0
李舜臣将軍。
23戦23勝の無敗の将軍、撃破した倭船は数知れず、
世界四大提督の一人で「東洋のネルソン」の異名を持つ。
(ネルソンを「西洋の李舜臣」と呼ぶのが正しいのだろうが……)
かの東郷平八郎も
「自分はネルソンと比較できても、李舜臣提督には遠く及ばない」と賞賛したほど。
世界最高の海軍司令官と呼ぶに相応しい。

259 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 12:36:52
東郷平八郎が言ったのは小説の中ではなかった?


260 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 13:43:12
チョンにとっては妄想も史実の内

261 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 16:53:26
>>259
元は名前も分からない一部隊長が祈ったというのじゃなかったかと。
当の朝鮮では武官で犯罪者と、日本が見いだすまで放置プレイ。

262 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 19:29:08
そして最後は圧倒的に有利な状況で討ち死にと。

263 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 19:42:50
逃げる敵を騙し討ちして、狙撃されて戦死した李には、
敵の集中砲撃の中、無防備の司令塔に居ながら、艦橋に直撃弾を
受けたのに、かすり傷ひとつ無かった東郷では、笑いのセンスで及ばない。

264 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 10:51:10
>>261
いつ頃まで放置プレイだったの?
再発見再評価に至る経緯とかあるなら知りたい

265 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 10:58:08
「晋州城一番乗り、加藤肥後守が家来、庄林隼人佐」

「同じく加藤が家来、森本儀太夫、飯田覚兵衛」

「三番乗り、黒田甲斐守が家中、後藤又兵衛」


266 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 11:04:03
>>264
1932年に李光洙が東亜日報に李舜臣伝を書いて以降じゃなかったかと。>現在の評価
一応、李舜臣死後に昇格して祭られはしたけど、その後李朝が潰してからは新聞に載るまで放っとかれたんじゃ無かった?
李朝は武官より文官優位だったし。

267 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 11:12:23
>>266
メチャメチャ最近なんだね
それまでは日本での高評価は理解に苦しむみたいなカンジなのかな

268 :YAP?:2005/07/31(日) 18:41:30
>>244

いや、笑った。笑った。

でも本当に朝日グループっていじましいというか、
ある意味、反日のポチだな(星ではないよ)。

269 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 19:10:00
>>267 日本にはよくある「敵ながら天晴れ」ってやつですよ。

270 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 01:14:33
まあ手打ちになって帰る途中に襲ってきて
返り討ちにあったアフォ武将だけど
今までの功績はないわけではないから
一応残しておこうという
日本的なやさしさ

271 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 09:39:23
「あの」朝鮮人率いて戦ったんでつよ?
しかも勝利収めてるんでつよ?
朝鮮に生まれなければ、もっと名を残していたはず。

272 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 11:34:51
高校のころの山川の教科書に文禄慶長の役(壬辰倭乱)って書いてあったと思うけど
ちょっとこれ当時から疑問だったんだよね。
何で朝鮮側からの名前が載ってるんだ?中国側からの呼び名は無視?
しかも教師、壬辰倭乱が国際的な名前だーとか適当なこと言っていたし。

273 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 11:38:31
日明戦争とかでいいんじゃないかな?
素人考えだけど。

274 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 11:59:41
碧帝館では明軍10万の援軍があったし、
平壌でも小西と明軍が戦ってるよね。
義兵と李舜臣しかないからなぁ、

275 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 12:26:04
日本側:文禄・慶長の役、朝鮮征伐、朝鮮出兵

朝鮮側:壬辰・丁酉倭乱

中国側;壬辰衛国戦争、七年戦争、万暦援朝之戦、万暦朝鮮の役


これでいいのかな。

276 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 13:19:39
>>272
国際的て意味わかんねーな
あの時代の東アジアの紛争に日・中・朝以外興味を持たんだろうしな

277 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 13:43:26
日本は野戦不敗?

278 :日本@名無史さん:2005/08/02(火) 10:02:37
中国側の名前ならともかくなぜ朝鮮側の名前が教科書に載っているんだろうね。
しかも「乱」とか「倭」とか明らかに事実と違うのに。

279 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 08:42:46
朝鮮人の反乱

280 :日本@名無史さん:2005/08/04(木) 22:21:30
じゃあ何?

281 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 22:57:13
良識の府
偏差史観糞食らえ

282 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 00:43:16
倭乱というのは倭には朝鮮を支配する正統性がないことを示唆した言い方だな
もし日本が勝っていれば違う呼び方になった筈

283 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 18:49:18
今もだが、19世紀も朝鮮では日本人の評判がめっぽう悪かったらしい。原因は、文禄慶長の役のようだが、300年くらい経過してれいるんだよね。

伝承されたとしても、ほぼ伝説に近いだろう。どういう形で、今の反日にまでつながったのか、きちんとした研究があるのかな。




284 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 02:10:03
ヒント:アカ

285 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 19:55:27
何でも他人の責任にするのが国風だからね

286 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:19:50
日本に対する抵抗が祖先の顕彰につながっているからかな

287 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 21:03:45
国内戦では余りきかない毛利秀元の戦暦について教えてください。

だいたい輝元の野郎はさぼりすぎ。

288 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 08:55:38
碧蹄館には参加してなかったか?
尉山救援に参加していたと思う。

289 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 20:44:42
そうだね

290 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 00:54:34
立花も国内よりは半島での活躍が派手

291 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 01:14:16
何より島津義弘公

292 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 07:38:19
>>245
喪失割合はすごいけど、
実際の所、戦闘による喪失ばかりではなく、
まず病死や中毒死、餓死も多かった。
疫病も流行したし、加藤清正の手紙によると「国内との水の違いで死ぬ者もいる」とある。
そして朝鮮への捕縛、寝返りや
脱走する者。中にはちゃっかり朝鮮民衆の船を奪って日本に逃げ帰る者もいたとか。

293 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 07:49:57
>>274
文録の役の明からの援軍は4万程度。
しかも明軍は数々の大砲を備え小西の守る城を苦しめる原動力となった南方の軍と騎馬隊主体の華北の軍からなり、
ヘキテイカンでは明将は自分の配下である華北の軍に手柄を立てさせようと南方の軍は帯同させなかったという。

294 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 10:48:12
>>293
野戦に機動力もなく発射速度も遅い火砲をぞろぞろ持ってきていたら、
日本軍に大量捕獲されるのがオチだったろうな。
行かなくてよかったよ。

295 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 22:39:53
>>287
蜀山の戦いで明軍に敗退。
尉山城の戦いは吉川広家の活躍で明軍を撃破した。

296 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 23:33:42
>>287
>蜀山の戦いで明軍に敗退。

へーえ?
初耳。
唯一、韓国人の書いた本にそう書いてあったけどw

聞くが、
どうして「負けた」はずの黒田軍が、明が後退した跡まで戦場に残っていたの?

297 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 02:01:22
「稷山の戦い」って詳しい本なんかでは

『稷山では日本軍が敗れたといわれるが〜』

ってな感じで書かれてますよねw

298 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 05:02:55
「蜀山の戦い」
詳細キボンヌ・・・

299 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 05:03:54
夏休みの研究課題。

300 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 05:05:10
ちなみに「稷山の戦い」ってのは双方が勝ちを主張。

301 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 06:52:36
戦場にとどまったのは日本軍なわけだが。

302 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 08:31:38
>>294
長篠の戦いみたいに
運用次第では役にたったろうね。
でも明軍の将にはうまく使いこなせなかったと思う。

ただ朝鮮の役失敗の原因に秀吉の大砲嫌いが原因だったという話しなら聞いたことがある。
それにひきかえ家康は大砲好きらしい。

303 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 19:57:42
家康の物は大きくて、秀吉の物は小さいから?

304 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 21:32:40
>>295
>尉山城の戦いでは吉川広家の活躍で明軍を撃破。

正確には「抜け駆け」で敗走させるには至っていない。

305 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 15:18:05
関ケ原で戦わなかったのが有名な広家ですが
朝鮮ではどんな器量を見せたのですか?

306 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 22:47:36
確か司馬遼太郎の「関ヶ原」には多数の朝鮮人の首を斬獲と書いてあったな・・・

307 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 23:57:20
「唐入り」と呼ぼう。

308 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 09:08:19
どうせブルって明に内通してたんだろ

309 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 16:49:51
ただ、朝鮮侵略全体通しても、碧蹄館や蔚山城など重要な戦闘には
すべて参加している広家。

310 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 15:30:56
そうだっけ?広家、そんなに戦歴が華やかだった?

311 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 00:18:49
秀吉は必要の無くなった戦闘員(武士)の雇用創出のため大明征服を実行した!
当時の日本は戦闘員の数だけ言えば世界最大の陸軍国。

312 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 13:44:49
毛利家最大の見せ場 ?

313 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 14:40:58
>>311
戦闘員といっても、大半はお百姓さんの農閑期の内職なわけだが。

314 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 18:38:05
>>313
秀吉後期になれば、そうとばかりも言えないだろ。
でなければ海外で何年も戦えない。

315 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 19:46:23
立花はけっこう兵を失ってないか?

316 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 21:58:10
>>315
おそらく田植えや稲刈りに帰ったんだよ。

317 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 21:58:48
立花は近いから泳いで

318 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 07:11:23
秀吉の「唐入り」が失敗したのは、家康のサボタージュによって当初計画した動員兵力30万人が集まらず、
20万人弱にとどまったのが最大の原因だろう。このため中国と朝鮮の境の鴨緑江で明(と朝鮮の連合)軍に
食い止められてしまった。
 歴史にifは禁物だが、もし秀吉が当初の計画通り30万人の兵を動員して明を攻めていれば、明王朝は末期
症状を呈していたし、日本の兵は当時世界最強だし、兵站(兵員と物資の輸送)は石田三成と小西行長の采配
の下にうまく行っていたので(朝鮮水軍の抵抗による損害は局地的、限定的)、北京まで攻め込めたのでは。
 もっとも、首尾良く北京入城を果たしたとしても、長期占領は困難で、ちょうど220年後にナポレオンが
モスクワに攻め込んだ後、冬将軍の到来とロシア軍の反撃によって大敗走したように、結局敗北したかも知れ
ないが。


319 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 08:25:22
後知恵だと家康を渡海させて暗殺したいところだね

320 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 08:38:58
>>318
家康は自ら渡海すると秀吉に談判してましたが?
秀吉はそれを拒否したのですが?

321 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 10:59:54
そういういい加減な事をよく平気で書けますね。

いくら2chとは言え。

322 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 11:00:56
321=>>318

323 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 20:56:49
軍事板にもスレができたよ。
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1125056955/l50

324 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 07:35:58
>>320
それは家康のポーズだろう。熱心なふりをしただけ。
家康のような内政重視型の武将から見れば、秀吉の「唐入り」構想自体が理解不可能だったのでは?
よって、面従腹背の態度を取ったのだろう。

325 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 15:56:59
家康が出兵に賛成したのは免除を前提とした秀吉の根回しがあったともいわれているよね。

326 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 16:09:34
当時の日本軍の装備で山海関が抜けたか?どのみち黄海側の制海権が取れないと苦しかろう
日本軍三十万の補給線を、朝鮮半島を通してひくのはほぼ不可能だろう。
ところで慶長の役末期に朝鮮半島南部まで押し出していた明軍十万はどうやって補給してた
んだ?

327 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 16:38:51
砲術関係の本に朝鮮役の事が若干書いてあった。
興味深かったのは当時大砲は砲身の強度に問題があったから
使用が難しかったという所。

当時の大砲の砲手は敵の大砲より味方の大砲を恐れ、砲の側に
穴を掘って暴発等に備える事もあった程らしい。

泗川でも両朝平壌録によると明軍使用の砲が破裂したと。
島原の乱でも、オランダ砲隊の砲が長崎奉行の目前で破裂し、オランダ人砲手が死んだ。

砲身破裂を避けるには口径を小さくせざるを得ず、したがって
攻城戦に威力を発揮する事は出来なかった。
むしろ城兵の方が大砲は有効に扱えたと思われる。

しかし海戦では木造船であり、穴を開ければ沈没するので
当時の砲でも威力を発揮した。

328 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 18:30:32
是歳(慶長三年)七月明将集中せる兵員十余萬を
東中、西路及水路の四に区分し併進南下せしめ
以て我か蔚山、泗川、順天の三城を攻撃せしむ。

此兵糧は蓋し山東の米穀を利用せしものならんか今審ならす。

九、十月の交、四路の軍進んて三城を攻めて利あらす。
中路の董一元は晋州に集積せる軍糧一萬二千石、居昌に集積せるもの八千石、
西路の劉?は順天に於て糧?七千九百石を失へりと云ふ。

329 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 18:56:32
文禄の役当初の兵糧米は九州、四国の蔵米から30万石を用意した。
各大名も兵糧の準備につとめた。

また豪商に命じて物資を九州に輸送させた。
1592年11月の触れで銀10枚で博多相場米80石のところを77石、名護屋では70石とし、
市場原理によって相場を上げて物資の確保をはかった。

海を越えて行くため各地で船と船頭が動員された。輸送の責任は船頭にまかせられた。
運賃は悪くなかったが、対馬海峡での遭難が多く、朝鮮水軍と遭遇する危険があった。

330 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 19:16:17
文禄の役当初は兵糧が豊富だったが、奥地へ進撃すると延びた補給路を寸断された。

国内の戦闘であれば、一定の食料の他は高値で購入すれば敵地でも補給は可能だった。
しかし朝鮮では物資を売る者もなく、運んでくる商人もいなかった。
そのため、補給が届かない場所では徴発か略奪によらないと食料が手に入らないが、
それは民衆の抵抗を激しくした。

331 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 04:05:05
>ところで慶長の役末期に朝鮮半島南部まで押し出していた明軍十万はどうやって補給してた
んだ?

そのあたりの研究は進んでいないのが現状じゃないのかな。
ネットのどこかでアプローチしていたのはあった。

明側の要求に対して朝鮮側が苦慮惨憺して兵糧をかき集めた実情があったとか。
いずれにせよ、明側も給与には苦労した。
日本側になると朝鮮王朝の協力がないのでさらに困難だったろう。
逆に解釈すると海を渡り、自前の補給で十数万人を維持する経済力は注目に値する。

こういう観点からすると、
女真は数十年かけて明を征服したけれど、この手の労苦をする前で、
行動を抑制し、行動できる時期に行動し、ある機会を捉えて
政権奪取に成功したというアウトラインが見えてきそうな感じ。


332 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 04:13:26
>当時の大砲の砲手は敵の大砲より味方の大砲を恐れ、

ワロスw

333 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 10:02:05
国民の3分の2を餓死させて明軍十五万を食わせました。

334 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 16:20:55
>>333
当時の朝鮮の人口が何人で、何人が餓死したの?

335 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 19:26:04
多分、朝鮮の民衆を明軍の食料に供出したものと思われ。

336 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 20:06:27
>>335
アチラ的には最大限のもてなしだな。

337 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 21:57:00
戦前は500万人ぐらいいたけど、戦後に数えたら150万人になっちゃいました。


338 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 21:59:22
現代の羽柴秀吉は神奈川11区に出馬しました。

339 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 23:57:56
明―万歴六年(天正六年)に於ける明国の戸数は一千六十二万一千四百三十六戸にして
人口六千六十九万二千八百五十六人という。

日本―千八百万石に0.6をかけると千八十万人、0.7をかけると千二百六十万人。
千二百万人プラスマイナス二百万人くらいが江戸初期の日本の人口だと推計される。

朝鮮―>>337

340 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 16:19:47
糧を敵に因るは古来和漢共に慣用せし給養上の一手段なり。
我が軍は朝鮮上陸以来此方法に因れり。
文禄元年上陸当初は鮮地の貯糧甚た豊富なりしは、六月八日安国寺恵瓊の書に審かなり。

各部隊は、前役の初期に於て敵の倉庫を占領し?獲米穀を以て我か用に供せり。
各部隊か糧食?くるの場合には、之を敵国民に就き強制徴収せり。
敵地の稲?を刈り以て我用に供したり、糧食を敵国民より購買せしことあり。

鮮地に於ける米穀は、文禄元年は各地至る所豊富なりしも我軍の徴発、及土匪の
横行又は敵人の隠匿等に因り著しく欠乏を来したり。
故に文禄二年二月京城に集結せる我軍は、糧食の供給意の如くならす。二月下旬
に於て業に?に京城撤退のやむなきを覚れり。

釜山に集積せる糧食は、如何なる手段方法を講するも京城の主力に供給する能はす。

341 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:40:36
速水のおっさんの鵜呑みしてるアホがいる

80 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)