5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

源氏と平氏の子孫はどうなった 第二章

1 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 16:55:28
引続き
壇ノ浦の後、清和源氏と桓武平氏の子孫はどうなったか語っていきます

前スレhttp://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1106895345/

源氏の生残り

希望http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E5%B8%8C%E6%9C%9B

範頼http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%AF%84%E9%A0%BC

全成http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%87%8E%E5%85%A8%E6%88%90

義円http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%86%86

広綱 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E5%BA%83%E7%B6%B1

平氏の生残り

頼盛http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E9%A0%BC%E7%9B%9B

2 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 16:55:45
吉見一族 〜その系譜と事暦〜

http://www.yoshimi-rekishi.or.tv/

もう一つの清和源氏・能登吉見氏の歴史

http://www.geocities.jp/tgbqg409/YoshimiGenji.htm

3 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 16:56:31
頼盛の子孫

八木氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/s_yagi_k.html


4 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 17:01:53
嫡流という概念がはっきりとしないが、

平家、鎌倉将軍家が滅んだ後は

清和源氏は足利氏
桓武平氏は西洞院氏が嫡流と見なされるに到った。

5 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 17:05:37
各地に清盛の子孫と称する、落人伝説が残るがこれらは証拠に欠け、
平家というより郎党の子孫というべきであろう。

有名なのが平家会の会長を務める伴家である。
この家もまた系図に疑惑が残る。

本家伴久萬久旅館http://www.bankyu.co.jp/jp/

6 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 17:09:24
源氏嫡流
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E5%AB%A1%E6%B5%81
摂津源氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%82%E6%B4%A5%E6%BA%90%E6%B0%8F
源頼政
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E9%A0%BC%E6%94%BF
多田源氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E7%94%B0%E6%BA%90%E6%B0%8F
多田行綱
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E7%94%B0%E8%A1%8C%E7%B6%B1
河内源氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%86%85%E6%BA%90%E6%B0%8F
源義家
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%BE%A9%E5%AE%B6
源義朝
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%BE%A9%E6%9C%9D
源頼朝
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E9%A0%BC%E6%9C%9D


7 :日本@名無史さん:2005/05/24(火) 19:24:13
源氏嫡流は、摂津源氏以降は、土岐氏です。

8 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 09:56:35
この項目、前スレで太田氏が頼政の子孫であると念をおしたためか。

広綱 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E5%BA%83%E7%B6%B1


9 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 09:59:37
清和源氏嫡流の流れ

源満仲---源頼光---源頼政(摂津源氏)/源頼朝(河内源氏・鎌倉幕府将軍家)/足利尊氏(河内源氏・室町幕府将軍家)

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E5%AB%A1%E6%B5%81" より作成


10 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 10:02:54
【子孫判明】
・義国の子孫 
足利氏(足利家28代 足利義弘) 
http://city-news.ayabe.ne.jp/simen/0410/041020/041020.htm

・義光の子孫 
甲斐武田氏(武田家16代 武田邦信)
http://www.sankei.co.jp/edit/bunka/2004/apr/kiji/11wakai.html


11 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 10:08:54
長崎頼綱こと平頼綱は、平氏のどの系統の子孫なの?

12 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 10:22:47

維新後は封建的な諸制度は廃止されたので、嫡流は天皇家に戻ったと
考えるられる。
皇胤系諸氏族の嫡流は天皇ですな。英国王が国内各地の公侯伯を兼ねる
ようなもんです

13 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 10:28:17
源氏嫡流といわれている土岐氏ですが、
いつまで土岐氏は源氏嫡流だったのですか?
美濃守護の頃まででしょうか?

14 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 10:39:26
土岐氏は今でも源氏嫡流だよ。
氏の長者=一番力のある家、であって、
氏の長者=嫡流ではない。

15 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 10:58:40
>>13

その通り。庶民とは違って「生きて呼吸している」だけでは嫡流ではありません

16 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 13:17:59
平氏嫡流は、長崎頼綱の長崎氏なのでしょうか?

17 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 16:51:24
>>16

西洞院だよ

18 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 17:26:53
太田を多田源氏とするのは仮冒

19 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 17:46:22
ここは源氏と平氏の「子孫」探しのスレッド。

嫡流の話は足利、西洞院ということで解決済

20 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 18:39:30
摂津源氏

太田氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/ota_k.html

土岐氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/toki_k.html

大河内氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/o_kouti.html

河内源氏

範頼の子孫・吉見氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/yosimi_k.html

希義の子孫・吉良氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/tos_kira.html

足利氏(喜連川)http://www2.harimaya.com/sengoku/html/kiturega.html

足利氏(平島)http://www2.harimaya.com/sengoku/html/awa_kubo.html

新田氏(岩松)http://www2.harimaya.com/sengoku/html/iwama_k.html

石川氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/mk_isika.html


21 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 18:41:25
ttp://brobanguide.jp/leisure/ls200503120000.html
ttp://homepage3.nifty.com/zigen/ons_9012.htm

>重盛の六男忠実・・・


22 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 18:42:49
北条が平氏なんてのは捏造だっていうのが通説だからね。
平氏の血筋上の嫡流が時政以前名前も出てこない小豪族やってて、
その娘がたまたま頼朝の妻となり、執権として政をした。

どう考えても出来すぎてるよ。
その点を踏まえるとやはり北条氏が系図を捏造したと考えるのが妥当である。

桓武平氏系図http://page.freett.com/keizusoko/keizu/heishi_kanmu/heishi_kanmu4.html
熊谷氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/kuma_k.html

23 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 18:43:46
高望流の嫡流なら伊勢氏、もしくは坂東平氏の嫡流である三浦氏でいいと思う。

伊勢氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/ise_k.html

三浦氏http://www2.harimaya.com/sengoku/kz/miura_k.jpg


24 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 18:45:32
平島公方足利家=オルレアン家
喜連川足利家=スペイン・ブルボン家

25 :日本@名無史さん:2005/05/25(水) 20:54:09
磯野藻屑源素太皆

26 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 10:00:32
西洞院家の現当主って誰?

27 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 18:35:50
明治に華族となったのは西洞院信愛氏だったのは知ってるが。

しかし、西洞院家は一度断絶しているんだよな。

28 :日本@名無史さん:2005/05/26(木) 21:31:16
平賀朝雅って頼朝の養子だったの?

29 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 07:16:18
桓武平氏以外の平氏の末えいはどうなったのでしょうか?

30 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 11:40:40
平家にもかつて「氏長者」の存在した。

http://members.jcom.home.ne.jp/bamen/tiba3.htm
将門が起こした反乱によって長兄・国香が殺され、良兼も病死。将門も貞盛(国香の嫡子)との戦いの中で戦死し、
貞盛は京都に帰ってしまったため、良文が「氏長者(うじのちょうじゃ)」として関東平氏の惣領となりました。
その後、良文は武蔵押領使・下総守・上総介を歴任し、武蔵国や房総半島にまで進出していきます。


31 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 11:49:57
武家平氏の祖である高望は「上総介」を任じられた訳だから、
代々「上総介」を継承する良文流こそが平氏の嫡流であるという説も一部にはある。

平氏惣領家となった貞盛流(国香流というべきか)と坂東八平氏の祖となった良文流のどちらが嫡流かという議論は、
摂津源氏と河内源氏どちらが嫡流かという議論に似ているね。

ここは同じ平氏といえども貞盛流と良文流は将門以来、源平合戦でも戦うほどの因縁があるのだし、
全く別流と考えた方が良いかも知れない。

32 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 11:55:44
良文の孫の忠常は関東を3年間も支配するほどの反乱を起こしたわけだが、
この忠常の母親は将門の娘である。

系図は
良文ー忠頼ー忠常ー・・・千葉氏
良将ー将門ー将門娘ー忠常ー・・・千葉氏となる

33 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 18:35:20
平氏というと清盛を始めとする平家にばかり目が行ってしまうんだよな。平家は傍流の一派に過ぎないのに。
本当の武士は良文や将門、維衝、維茂といった平氏の初期に多い気がする。



34 :日本@名無史さん:2005/05/27(金) 23:10:17
漢だね=将門
カコイイし、適当にバカだし、猛烈に怖いし、地球よりでかい愛があるよね

35 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 01:01:29
源氏の武家としての勃興は平氏より約1世紀後であり、
源平ということから、源氏より早い初期の平氏については、
あまり話題にならず、平氏といえば伊勢平氏傍流の平家ばかりだが、
むしろ、坂東の初期の平氏について興味がある。
「東国の源氏、西国の平氏」ではなくて、「坂東の平氏、畿内の源氏」
というのが正しいことが分る。

36 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 11:06:57
では平氏黎明期の武勇の名高い武将を挙げていこう。

●平良文 高望五男。高望の子の中では最も武勇で知られる。
「氏長者(うじのちょうじゃ)」として関東平氏の惣領となり、坂東八平氏の祖。

●平将門 言わなくても関東では大人気だから分かるだろう。

●平維衝 貞盛の子。武勇で聞こえ、源頼信、藤原保昌らとともに四天王とされる。伊勢平氏の祖。

37 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 11:21:30
●平維茂 貞盛の弟繁盛の子で貞盛の養子となる。
貞盛の15番目の男児になったため余五将軍と呼ばれた。(余五とは十五の意味)
藤原諸任を討ち、鎮守府将軍となった。信仰があついことでも知られる。

●平致頼 良兼の孫、武勇で知られ維衝らとともに四天王となるが、維衝と抗争した

●平致経 致頼の子。人並みはずれて大きな矢を射たので、その官職とあわせて「大矢左衛門尉」と呼ばれた。

●平維良 維茂の弟。下総国府が焼き討ちしたが藤原道長の主導により中央では不問にふされ、後に鎮守府将軍になった。

38 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 12:03:50
平氏で武勇の士を4人挙げるとしたら
良文、将門、維衝、維茂だな。

維茂は「紅葉狩」で有名。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~t-sato/index43.html

39 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 16:23:11
初期の平氏を祀った神社とか無いのかな。

源氏の多田神社みたいに。

将門を祀った神田明神ならあるが。
http://www.kandamyoujin.or.jp/

40 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 10:32:20
平氏長者=千葉介なのだろうか。

良文が氏長者だったらしいし。

41 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 12:54:37
つーか、良文の「氏の長者」って後世の久我やら近衛やらの公的なものと違って、
単に現地で一番栄えてた香具師、くらいの意味だろ。

所詮は貞盛の消えたあとの残りカス。

42 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 13:41:47
文徳平氏の子孫はどうなっていますか?

43 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 13:44:48
桓武平氏で葛原親王以外の親王から出た平氏の子孫はどうなっていますか?

44 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 16:17:57
>>42-43すれ違い。他所へ行け

45 :日本@名無史さん:2005/05/29(日) 23:58:33
>>39
源氏には三神社がありますね。

六孫王神社: 京都市南区。源経基を祀る。
多田神社 : 兵庫県川西市。源氏霊廟。
壷井八幡宮: 大阪府羽曳野市。河内源氏氏神。

46 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 16:27:31
坂東八平氏の祖
平良文http://members.jcom.home.ne.jp/bamen/souke3.htm


良文はやさしい風貌で美男の勇将として知られ、箕田宛(源宛)と抗争したが引き分けた。
源宛は頼光四天王の渡辺綱の父である。

47 :日本@名無史さん:2005/05/30(月) 18:14:00
なんかこうしてみるとカコイイ系=平氏だな

48 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 02:50:02
平氏の正系の長崎頼綱について教えて下さい。

49 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 07:55:21
>>48

しつこい変態ですね


50 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 09:34:12
伊勢平氏は
維衝ー正度と続いたが、正度には長男・維盛、次男・貞季、三男・季衝など子がいたが、
なぜ五男の正衝が伊勢平氏の嫡流を継いだのだろうか?

51 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 09:44:41
伊勢平氏の嫡流は、平忠盛、清盛ではなく、平信兼、(山木)兼隆が嫡流ともいいますけどね。

また平氏の系図では、清盛系の正衡とか、維盛、貞季などみな○○守という名がついているのです。
ところが貞衡系だけはしばらく後までついていません。
想像すると平氏嫡流の貞衡が地元伊勢に残って、中央に出た他の兄弟たちが活躍して出世したので、
後年杉原氏を含めた貞衡の子孫たちもそれに仕えるようになったと思えます。

伊勢平氏で後年まで栄えたのが季衝を祖とする伊勢氏だろうか
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/ise_k.html


52 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 09:56:41
源平合戦は将門以来反目しあう、
貞盛流の伊勢平氏と良文流の坂東平氏の戦い、
すなわち平平合戦と言う事か。

で伊勢平氏の子孫が伊勢氏
坂東平氏の子孫が千葉氏を筆頭に三浦、秩父などと言う事か。

53 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 10:04:45
将門といえば七つ星の家紋だが、これは妙見信仰から来ているらしい。

妙見菩薩は「北斗七星」の化身ともいわれ、将門はあつく信仰した。

後に妙見信仰は良文流の千葉氏に受け継がれ代々守護神とした。

源氏の八幡菩薩のようなものか。神秘的な話ではある。


54 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 14:18:02
なんかますますカコイイなあ平氏
北斗七星か!

55 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 15:00:10
一向一揆に壊滅させられた、加賀の富樫氏も北斗信仰ですがなwwww


56 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 15:52:24
>>55
そいつは平氏じゃないからだ。って知ってるに違いないが。
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/togasi.html

平氏には多きく分けて三流あって、
一、高棟王流の公家平氏
二、貞盛流の伊勢平氏
三、良文流の坂東平氏
って事だろうか。

57 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 17:52:26
>>24
一見上手い譬えだが、スペイン王家よりオルレアン家の方が先に分かれてるよ。
かといって
平嶋=シャンボール伯
喜連川=パリ伯
というのもイマイチだが。。

58 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 17:55:44
>>44
別に清和源氏・桓武平氏とは限定されてないが。

59 :日本@名無史さん:2005/05/31(火) 23:30:48
長崎頼綱は平頼綱ですから平氏ですよね。
平氏のどの系統なのでしょうか。

60 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 00:25:17

しつこい基地害だなあ
今日日小学生でも違うって知ってだよヴォケ
ほれ
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/平頼綱

61 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 00:29:44
>>59
そういう下手なネタフリだと上手くボケられない。
上手く振ってくれ

62 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 01:31:26
長崎頼綱は平氏ですがぬるぽな平氏です=っぽいのが好きな平氏

63 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 04:28:24
>>60
そこの記述、文章が難解でした。

俺のような子供にもわかるよう解説きぼんぬ

64 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 05:33:58
随分朝の早い子供だねぇ。
もう朝のラジオ体操の季節かい?

65 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 06:12:38
ダサい煽りキター

66 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 09:05:38
頼綱は、長崎頼綱と平頼綱のどちらなのですか?

67 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 10:08:48

源頼綱、藤原頼綱、橘頼綱、紀頼綱、菅原頼綱・・・・

68 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 11:21:33
>>58

>>1を読んでから言え


69 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:05:43
高望王の子に国香、良将、良兼、良茂らがいるが

国香は初名が良望、良将は初名が良持で、良茂を合わせたの3人はいづれも「よしもち」と読めるがどうなんだろう。

70 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 18:10:39
国香流の名族は
大掾氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/daizyo_k.html
城氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/etigo_jo.html
伊勢氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/ise_k.html

良文流の名族は
千葉氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/tiba_k.html
三浦氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/miura_k.html
梶原氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/kaziwara.html

嫡流はどこか

71 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 19:52:26
漏れの実家には平家印の刀がある
GHQが来る前は山を複数所持していた
漏れは藻前らとは出自からして違うのだ










でも、半ヒキ&エロゲファン
ついでにガッ>>62

72 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 20:28:21
落ち武者狩りをしていた農奴の可能性もあるな

73 :日本@名無史さん:2005/06/01(水) 21:34:29
>>71
>GHQが来る前は山を複数所持していた

GHQって山まで没収したのか?
うちは田んぼはとられたけど山は残ったぞ?

74 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 00:07:43
>>73
農地解放政策

75 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 08:28:19
ひょっとしたら長崎頼綱が平氏嫡流では?

76 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 09:00:58
>>75
お前は土岐が源氏嫡流だと言ってる奴だよな。

この粘着ぶりは病的だな。

77 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 10:30:49
桓武平氏の国香流と良文流は、
清和源氏の頼光流(摂津源氏)と頼信流(河内源氏)の関係に似てるな。

高棟王と高望王は別々に平の姓を賜ったのだから全くの別物と考えた方がよい。

78 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 11:44:03
良文流である坂東平氏の嫡流はもともと上総氏であった。

頼朝が挙兵したとき千葉介常胤が300騎だけだったのに対し、
上総権介広常は20000騎をもって駆けつけた。

後に広常は梶原景時に暗殺され、上総氏の所領も没収されるなどして上総氏は滅亡した。
坂東平氏の嫡流は上総支流の千葉氏となり現代に至る。

http://members.jcom.home.ne.jp/2131535101/kazusa.htm

79 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 18:17:23
源氏嫡流は土岐氏
平氏嫡流は長崎氏
これでよろしいですか。

80 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 18:27:47
土岐氏が嫡流つー理屈なら
頼政の実系の下間が嫡流でないとおかしい。

81 :日本@名無史さん:2005/06/02(木) 23:57:51
>>80
スルー汁

82 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 11:18:33
嫡流ではなく「筆頭」という言葉を使え。嫡流は途絶えた。

河内源氏筆頭 足利氏
摂津源氏筆頭 土岐氏

平氏国香流筆頭 伊勢氏
平氏良文流筆頭 千葉氏
高棟王流平氏筆頭 西洞院氏

この中で嫡流と呼べんのは坂東平氏嫡流の千葉氏と公家平氏嫡流の西洞院氏だけだな。


83 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 11:21:53
平新左衛門尉氏嫡流ってことで

84 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 11:39:17
織田信長とか、北政所の実家も確か平氏だったような。

85 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 15:11:51
>>84
なんでも信じるな。馬鹿

86 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 17:42:21
>>85
なんでもうたがうなちんかす

87 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 22:48:47
織田信長は忌部氏末裔

88 :日本@名無史さん:2005/06/03(金) 22:51:11
むしろ忌部氏の方がカコ(・∀・)イイ!!


89 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 01:15:16
平氏嫡流の長崎氏について教えて下さい。

90 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 02:53:01
>>82
大和源氏は?

91 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 07:45:26
カステラってうまくね?

92 ::2005/06/04(土) 10:09:29
>>87 藤原氏の末裔との説もあるが。

93 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 10:51:30
>>82
勝手に途絶えさせるなよw
「嫡流」と言ったら寧ろ筆頭の意味で遣われることが多いのでは。
臼井先生のような高名な学者も「実朝薨去後、足利氏が源氏嫡流」とか
書かれているが、まさにその意味だろ。

94 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 11:22:04
木曾冠者とかいうが冠者ってどういう意味かね?                             

95 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 12:53:38
>>94

ググルということも知らんのか?

96 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 15:19:01
>>84>>86
みたいな奴って真っ先にキリシタンや創価学会にだまされるようなタイプだな。

織田が清盛子孫なら間違いなく、子孫が平家会の会長やってるだろ。
まあ残念ながら会長の伴家をはじめ平家会のメンバーほぼニセ子孫な訳だが。

97 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 17:05:26
>>90宇野氏
が嫡流は滅亡したのか見つからなかった。
庶流ならいくつかあるが
隈部氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/kumabe.html

しばらくは平氏を中心に語っていきたいと思うが。

98 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 19:55:14
織田が清盛子孫なら間違いなく、子孫が平家会の会長やってるだろ。
まあ残念ながら会長の伴家をはじめ平家会のメンバーほぼニセ子孫な訳だが。

??????????
何でそう思うの?

99 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 20:47:19
織田無道が黙って会長の座を眺めていると思うか?

100 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 21:42:10
>>98
は何が疑問なの?

織田か平家会か
提示しなくては答えようがない

101 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 21:56:56
まともな平家は平家会などに入らない。

102 :日本@名無史さん:2005/06/04(土) 22:53:40
昔の平氏はカコヨカッタ
今の平氏はウンコ

103 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 01:17:19
平氏は源氏よりも約1世紀早く生まれ、坂東という地方に土着し、
源氏台頭の頃は、平姓ではなく、名字を名のっていた。
平姓は、伊勢に移った伊勢平氏の中の清盛の系統だけ。
その意味では、平氏には、平姓の一族としての結束などというものはすでになく、
別の名字の家同士になっていたのだろう。
だから北条や三浦、和田、千葉その他の坂東平氏系の武士は、同じ平氏系だが、
もはや別の家として一族感覚など無い平家に対して立ち上がった。
その意味からして、平氏の嫡流を問うことは無意味だろう。

104 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 01:24:49
源氏も、各源家の嫡流は問えても、源氏の嫡流は問い得ないのでは。
摂津源氏は、源頼光にはじまる源家であり、河内源氏は、源頼信にはじまる源家。
さらに代が下るにつれて、源家は増えてくる。
源平合戦の頃は

源家(源頼政の家)
源家(源義朝の家)
源家(源義賢の家)
源家(源義康の家)
源家(源義重の家)
源家(源義兼の家)
などがあり、甲斐源氏、常陸源氏、多田源氏など、
源家は数が多い。

105 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 01:25:11
>平姓ではなく、名字を名のっていた。

ワケワカメ。
名字を名乗っていたのはそうだけど、
別に平姓を名乗っていなかった訳じゃない。

106 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 01:28:38
つまり
平氏は、早期に平姓ではなく、名字になり分散したので嫡流は問えない。
源氏は、源姓の家=源家の数が多く、それら総体の源姓の嫡流は問えない。
ということだね。

107 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 01:34:16
>>105
公的な場や文書での平姓の使用と、普段の名字使用を混同するな。
「 別に平姓を名乗っていなかった訳じゃない」ということを無前提的に言うなら、
織田信長も、平信長と名のっていた。
しかし、普通、織田信長を平信長とは呼ばないだろう。
それと同じで、源平合戦の頃の坂東平氏系の武士は、名字を名のり、平姓は公的な場でのみ使用するモーニングのようなものだったということ。
ここで、名のっていたか否かは、普段、平姓を名のっていたかどうか。
それはおそらく、平忠常あたりが最後だろう。

108 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 02:02:49
新撰組の芹沢鴨(下村継次)も、公的には、平光幹(たいらの・みつもと)だったね。
ちなみに近藤勇は、藤原昌宣(ふじわらの・まさよし)。
剣豪の宮本武蔵は、藤原玄信(ふじわらの・げんしん)。

109 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 03:26:46
>>107
>それはおそらく、平忠常あたりが最後だろう。
???
平清盛とかは?

110 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 03:55:03
???
坂東在住の平氏のことだろ。
そんなしょうもない揚げ足とりせんでも。

111 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 07:47:53
>ここで、名のっていたか否かは、普段、平姓を名のっていたかどうか。

あんたはそれを何で判断してるの?
同時代史料でどこまでそれが言えるの?

112 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 08:22:41
>108
宮本武蔵は村上源氏(北畠流赤松系)を称してたと思うが。

113 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 09:29:36
>>98お前に教えてやると

織田が自称平氏なのは「源平交代思想」でぐぐれ
建前上、資盛の子孫と称してんだから、伴家よりも嫡流筋だし、代々大名だったと言う事もあり箔は付くだろう。

平家会がニセなのは、会長である伴家の祖が重盛の六男・忠実という架空の人物から始まっているため。
本物の六男は忠房という人物で10代で処刑されている。
また平家伝来のかぶとを所持するが、これは戦国時代に発掘したもの。
農奴が発掘した可能性もあるな。
その他の平家子孫もせいぜい郎党の子孫というのが常識。

114 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 09:42:03
>>113
>>101
織田が本物の平家なら、そんないかがわしいものに入ったりはしない。
本物の平家でなくても、いやしくも御大名の端くれであった家だ。
そんなわけのわからん会に入ったりはしない。

つまらんこと教えてないで常識を学べ。


115 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 10:32:03
>>114
でおまいのいう常識ってなによ

116 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 12:19:39
age

117 :日本@名無史さん:2005/06/05(日) 17:17:53
伊勢平氏嫡流は伊勢氏
坂東平氏嫡流は千葉氏

118 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 00:35:47
摂津源氏嫡流は土岐氏
河内源氏嫡流は石川氏
大和源氏嫡流は宇野氏
坂東平氏嫡流は千葉氏
伊勢平氏嫡流は伊勢氏
ということでいいのね?

119 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 00:37:22
>>108
武蔵の生家とされる新免家は一応、藤原姓。

120 :ベンゼン中尉 ◆DYfZNhP6fc :2005/06/06(月) 01:04:41
そう言えば、足利尊氏は源氏の正統だと聞いている。
平家は落人部落しか聞かないな。

121 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 10:37:43
ジャワ源氏 北京源氏

122 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 11:08:06
>>118マジレスすると
河内は足利ね。石川は低級公家。

やはり武士であっての源氏と平氏だろ

123 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 11:48:49
頼光も頼義も公家。
当時公家なんていってたかどうか知らんが。

124 :122:2005/06/06(月) 12:07:08
でも、桓武平氏の嫡流なのは西洞院という貴族なんだよな。

まあ高棟王流と高望王流は全く別物と考えた方が良いと思うが。

125 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 12:08:44
>>122
河内源氏の石川は公家ではないよ。
八幡太郎義家の六男の義時の子孫で、義時は河内源氏の嫡流になる代わりに、
父祖以来の河内源氏の本拠地の義家の石川荘を相続し、子孫が石川氏となった。


126 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 12:11:23
>>123
頼光も頼信も下級貴族だが、昇殿が許される位ではないから公家とは言えないだろう。


127 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 12:29:32
>>126
公卿≠公家

128 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 12:34:50

公卿は三位以上+参議だから昇殿は関係ないのでは?
公家=5位以上

129 :日本@名無史さん:2005/06/06(月) 15:15:12
石川が河内源氏嫡流ってアホ丸出しじゃんw

130 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 00:25:19
摂津源氏の多田氏
河内源氏の石川氏

131 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 11:34:35
先日の大河ドラマで貞盛の鎧の話が出てきたが、
「代々嫡男に伝承」って言ってたよな?

あれは本当なのか?清盛家は平氏傍流の伊勢平氏のさらに傍流の家なのに?

132 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 18:14:37
六孫王神社なんていうヘタレを祀っている神社あるのに、
武家平氏初代の高望王を祀った神社はないのか?

また多田神社に匹敵するような平氏初期の武将を祀った神社は無いのだろうか?

知ってるのは将門の神田明神くらいなもんで。

133 :日本@名無史さん:2005/06/07(火) 18:41:29
未だに効き目がある神田明神は最強

134 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 03:01:31
でも神田明神は平氏系の神社ではない。
将門の祟りを恐れての神社だからね。

135 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 03:51:18
長崎頼綱は平氏の誰の子孫?

136 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 07:09:32
出雲大社が最強である

137 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 08:16:06
で平氏系の神社って無いの?平家系じゃなくて

138 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 08:54:38
平家の本流の伊勢平氏の氏神は在ったの?
河内源氏の氏神は、大阪の羽曳野の壷井八幡宮だが。

139 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 08:55:42
伊勢平氏の本拠地は、三重県津市産品あたり。

140 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 09:12:38
そもそも貞盛から清盛まで代々嫡男として家督は継承されたのか?

貞盛の鎧とやらが大河で登場したが

141 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 12:27:27
そもそも伊勢平氏そのものが傍流だし、
清盛の一族は、伊勢平氏のさらに傍流。

142 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 12:29:55

六代御前の存在からも分かるように、清盛の祖父が初代と認識されてた

143 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 12:34:58
>142
それでは、なぜ貞盛以来の鎧が伝わったのかというドラマの説明にはならない。

144 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 12:37:38
>>143

史実ではないから

145 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 12:51:44
>>144
つまり、あの話は、何の根拠もない、完全なインチキ話というわけですね。

146 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 13:17:48
>>141

>>140>>131だからその説明は無意味

じゃあインチキなのかよ。あの鎧も存在しないって事?

147 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 13:39:28
新潟の農村って平家の子孫が多いって本当ですか?誰か教えてください。

148 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 14:13:59
>>147

平家の落人伝説は日本中の「山村僻地」に存在します

149 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 14:25:50
むりくり整合性を求めれば

貞盛の鎧とやらを伝えていた家が、清盛の権勢におもねるために献上した

お宝とはそういうものだろう

150 :日本@名無史さん:2005/06/08(水) 15:56:12
>>147
正確には平家の郎党および落ち武者狩をした農奴の子孫

151 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 09:46:56
東は「やまと」と呼ぶが西は「かわち」と呼ぶらしい。

旧国名の大和と河内とは関係あるのだろうか?

152 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 14:42:48
>>151

東漢氏と西漢氏のことを聞いてるの?

153 :日本@名無史さん:2005/06/09(木) 14:50:07
違う。

東司と西司みたいな感じだったと思う。

154 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 07:23:13
長崎頼綱は平氏の誰の子孫?

155 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 08:28:24
なぜか 源家嫡流●多田蔵人行綱●摂津源氏  と連動しているな

156 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 11:03:09
長崎頼綱について教えて下さい。

157 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 11:31:46
>>156
たぶんチンコ付いてた人

158 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 13:05:29
長崎頼綱について教えて下さい。

159 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 13:37:05
>>157
チミはなにかね?ぐーぐるにアク禁でも食らっておるのかね

160 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 13:38:45
レス先間違えたので
>>158
チミはなにかね?チンコもついておらんのかね?

161 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 15:31:40
その時歴史が動いた〜家康が源氏に改姓した理由〜

■ 「源氏長者」とは何か?
・ 源氏長者とは有力貴族である源氏一門の中で朝廷から受ける官位が最も高い人物が天皇の任命によって就いた一門の長の役職。
平安時代から続く。源氏の代表者として一門の官位昇進のカギを握った他、朝廷内で強い発言権を持った。
・ 元来「源氏長者」の地位には公家の源氏が就任したが、室町時代に将軍・足利義満が武家から初めて就任。家康は足利幕府以来、武家としてこの職に就き、それ以後徳川幕府崩壊まで徳川将軍が代々「源氏長者」の地位も兼務した。

■「姓」と「苗字」はどう違うのか?
・ 姓は天皇が上から与える形式をとる公的な名前。
苗字はみずから私称する名前。
・ 姓は父系制的な血縁原理によって継承されるため、
父系に血縁関係をたどる氏人はみな同姓。
苗字は家という社会組織自体の名であり、血族の名ではない。
 (中央大学・坂田聡著「日本の中世」12『村の戦争と平和』 中央公論社より)


>姓は父系制的な血縁原理によって継承されるため
という事は、細川護煕の弟が現近衛家当主だから、藤原氏筆頭の近衛家は姓ということでは源氏となるな。


162 :日本@名無史さん:2005/06/10(金) 18:39:30
改姓してる例なんて幾らでもありますよ。

中原広元→大江広元
中原親広→源親広


163 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 08:14:11
姓は血筋重視で、家や苗字というのは血筋は重視しないって事?

164 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 09:46:04
そういや、小学校のとき、担任に源先生ていたなー。おもしろかったなー。

165 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 12:46:53
>>161
”父系制「的」な血縁原理”であって、「父系制の血縁原理」ではないことに注目。
事実上は、「家」というものに「お決まりの姓」を貼り付けてある。
だから「藤姓の者が、代々源姓の家に養子に入った」ら源姓扱い。
そうしなきゃ公家などお互いに何度も養子を出し合っているのだから混乱しまくる。
家督を継ぐ人間だけに注目しているとつい、忘れがちになるが、現代風に「個人」
でモノを考えるようになったのは、日本史のほんの一部分の話であって、それまで
は一族とか一門とか軍団とか親分子分とか、そういう集団意識が、今日以上にあっ
たので、>>163のような極端な話にはならないのだが。



166 :日本@名無史さん:2005/06/11(土) 12:49:29
注釈:3行目の最後→あくまで「扱い」な。

167 :日本@名無史さん:2005/06/12(日) 14:03:59
で西洞院家の現当主は誰?

168 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 09:04:57
同じ桓武平氏といえども、高望流と高棟流は全く別物だと考えた方がいいな。

「平」の姓は別々に貰ったのだし

169 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 10:08:31
余五将軍と呼ばれた平維茂の子孫はいないのだろうか?
繁盛の子で貞盛の養子となり武勇に長けた猛将であるが、紅葉狩などで有名である。

城氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/etigo_jo.html
城氏くらいしか見つからなかったが、没落してしまい、戦国時代の城氏に繋がるかは不明としか言いようがない。

この城氏の当主は平家方として木曾義仲と戦った訳だが、4万の軍勢でせめたものの、わずか3000の木曾軍に破られ没落した。
この戦いのあった場所こそ、「川中島」であり後世、上杉謙信と武田信玄が戦った場所である。

つまり歴史上大きな源平合戦が二度も起こったのである。

170 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 09:23:07
平維茂が国香流でもっとも勇猛でなる武将だと思うな。

171 :日本@名無史さん:2005/06/16(木) 00:03:24
維茂は強いのか?

172 :日本@名無史さん:2005/06/16(木) 10:23:47
そりゃもう平氏では源義家に匹敵するくらい

173 :日本@名無史さん:2005/06/16(木) 15:05:58
平将門http://www.xiangs.com/Masakado/

平将門怨念ツアーhttp://www004.upp.so-net.ne.jp/dhistory/tv_taira.htm

将門の子孫についても語りたいな

174 :日本@名無史さん:2005/06/16(木) 17:04:35
長崎頼綱についてよろしくお願いします。

175 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 01:11:45
維茂そんな強いのか
知らなかった

漏れ的には
史上最強=将門
ちゃんとした軍師さえいりゃ天皇制をひっくり返せた男

どっちが強いんだろうか?
将門vs維茂

176 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 01:42:10
そんなに武力だけの猪武者がいいかね?やっば正盛・忠盛・清盛の平家三代でしょ。

177 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 05:44:14
正盛(プ
忠盛(プププ
清盛(プゲラウヒョニダ

178 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 10:17:51
>>176桓武平氏全体の話なのに清盛中心の「平家」しか語れないとは、お前の視野は狭いとみた。


179 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 10:19:57
将門は「馬の将門」ともいわれ、騎馬軍は無敵を誇った。そもそも馬の種類が違ったらしい。
また人に頼まれると引き受けなければならないと思うような仁徳のある武将であった。
それが災いして、逆賊となったのだが。

平将門というのは戦国時代の武田信玄と上杉謙信を合わせたような人物といってもいいだろう。

ただし、政治的な駆け引きは・・・

180 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 10:59:45
平安時代に藤原道長の四天王とよばれた武将は

源頼信・平維衡・平致頼・藤原保昌 の4人であり平氏から2人も選ばれている。

平維衡は貞盛の子で伊勢平氏の祖。平致頼は平良兼の孫。
この両者は伊勢で戦った。

181 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 13:00:34
長崎頼綱について教えて下さい。

182 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 16:27:20
平維茂の紅葉狩
http://www2s.biglobe.ne.jp/~t-sato/index43.html

183 :日本の苗字七千傑:2005/06/17(金) 16:34:42
URL=http://www.myj7000.jp-biz.net/index.htm

残念ながら高望王の嫡流は平家壇ノ浦滅亡で公式には消滅。
蘇我氏や物部氏の嫡流が存在しないことと同じである。
無理矢理探せば、平姓を称した織田信長になるが?
また官位は政治上軽視出来ないので、家康も名目だけの三河守任官と源氏改姓奏請にこだわり、征夷大将軍に就任して源氏長者の地位を獲得している。


184 :日本の苗字七千傑:2005/06/17(金) 16:37:26
北条氏が平氏でないとのことだが、
北条時政以前の系譜が尊卑分脈、桓武平氏系図、北条系図、熊谷系図などによりそれぞれ相違があることから学者の妄説が発生している。
しかし、各系図とも貞盛の子維将から出ていることは共通している。
単に養子、猶子の捉え方が系図により異なるだけなのである。
東鑑治承4年4月27日条に「爰上野介平直方朝臣五代孫、北条四郎時政」で明白。
時政の父時方が伊豆介で、母が伊豆掾伴為房の女、鶴岡八幡宮社家が伴善男末流であることから、伴氏一族を介して伊豆時代から頼朝と北条家を結びつけている。
結果論的には伊東氏が平家方につき、北条氏が源氏方についたことが勢力逆転の理由である。


185 :日本の苗字七千傑:2005/06/17(金) 16:51:35
東鑑にも少なからず誤謬はあるが、多くの人は学者の妄説の方を盲信している。
邪馬台国珍論や陽成源氏幻想説と同様に学者の針小棒大な珍説が多いのである。


また家系について三つのレベルがあり、多くの方が誤解している。
1.血系絶対主義(絶対男系でないといけない)
 天皇家に赤信号が点灯中。藤原氏五摂家も二条家以外は既に×。
2.養子容認主義(婿取り、同族による家系継承)
 歴史の長い旧家は、ほとんどこれで救われている。
3.名跡容認主義(猶子、非血縁養子、絶家再興、官職就任改姓など)
 血は繋がらないが同族扱いで家系継承。
 
※現実には2と3のグレーゾンも多い。(織田、徳川などの例)


186 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 16:53:51
妄説の方を盲信www

187 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 17:30:06
平維茂の子孫

城氏http://www2.harimaya.com/sengoku/html/etigo_jo.html
大見氏http://www2.harimaya.com/sengoku/bk_kosie.html

城氏の途中不明というのが残念だ。

188 :日本@名無史さん:2005/06/17(金) 18:04:20
>>180
>平安時代に藤原道長の四天王とよばれた武将は

タレきぼんぬ

189 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 01:15:26
長崎頼綱について教えて下さい。

190 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 07:45:36
>>188ぐぐればすぐ分かる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E9%A0%BC%E4%BF%A1

191 :日本@名無史さん:2005/06/18(土) 08:54:51
日本の苗字七千傑って奴はとんでもない事を言ってるな。
HPの運営者らしいが。

妄信してるのはお前だろと

192 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 09:14:09
>3.名跡容認主義(猶子、非血縁養子、絶家再興、官職就任改姓など)
> 血は繋がらないが同族扱いで家系継承。

それは無しだろうw


193 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 09:26:02
>>192

無しもなにも実際に多数ありますがな
史実を見たほうが

194 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 10:11:22
>>193
徳川や織田みたいに実際にあるかどうかじゃなくて、
官職就任改姓みたいな行いが無しだろうといってる訳。

突っ込みどころを間違わないでくれ

195 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 15:07:45
源氏嫡流は本当に土岐氏なのですか?

196 :日本@名無史さん:2005/06/19(日) 15:10:42
全然違うよ粘着

197 :日本@名無史さん:2005/06/21(火) 16:56:34
伊勢平氏の嫡流ってどこいっちゃったの?

清盛は傍流だったはずだけど

198 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 04:12:02
源氏嫡流は土岐氏
平氏嫡流は長崎氏

199 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 05:23:24
日本の苗字七千傑は苗字検索サイトNo.1だよ

200 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 05:31:58
日本の苗字七千傑は苗字の由来もわかるから素晴しい

201 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 07:03:56
>>199,>>200
だから何?
No.1だと正確なことが書いてあるとでも言いたいの?

つまらん煽りだな。
出直して来い。

202 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 09:23:50
ニセの系図そのまま載せてるし


203 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 15:24:00
>202
系図なんて大半がニセものだが。

204 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 15:29:34
>>203
ニセならHPでそう断れとかそういう意味だろ?

つまらん反論はするな

205 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 16:08:39
日本の苗字七千傑の系図怪しすぎ。

堂々と楠木正成は橘氏だと言ってのけた。

206 :日本@名無史さん:2005/06/22(水) 16:44:14
>>205 楠木正成は橘氏

べつだん問題はない

207 :日本@名無史さん :2005/06/22(水) 17:27:39
競泳女子自由形短距離 源 純夏
http://www.topics.or.jp/olympic/kenjin/p3.html

208 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 03:11:17
源がつく苗字に源氏の末裔はいない

209 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 09:22:14
>>206日本の苗字七千傑の運営者は、楠木氏が橘氏ではないかもしれないとする説を妄説と言ってのけた。
北条氏、織田氏は平氏、徳川氏は源氏と妄信している。


あと現代の藤原さん、源さん、平さんはご存知のように、明治に勝手に苗字をつけた「農奴」の子孫

210 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 09:34:21
>>209
・・・ではないかも知れない、とする仮説はどのような姓氏についても
建てうる
まあ、楠木が橘であろうがなかろうが俺にはどうでもいいが、太平記に
そう書いてあるのだから、江戸時代の官撰系譜などに比べれば、よほどマシ

211 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 15:20:25
源さんだけでなく、源○というような苗字にも源氏の末裔はいない。

212 :日本@名無史さん:2005/06/23(木) 15:44:41
>>210
その・・・ではないかも知れない、
とする仮説を日本の苗字七千傑は「妄説」と呼んでいる。真実を究明する説を妄説とはどうなのかな。

北条が怪しいと言う説については>>184
>東鑑治承4年4月27日条に「爰上野介平直方朝臣五代孫、北条四郎時政」で明白

と反対している。東鑑は北条氏がつくったようなものなんだけどな。

213 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 00:55:45
ここは七千傑の粗探しをするスレになりました

214 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 08:53:48
ということは、あのホモホモ7の源太郎先生も元は濃奴だったの?
そういえばどことなく下品だもんね、あの先生の描く漫画は。
納得。

215 :日本@名無史さん:2005/06/24(金) 09:08:24
伊勢平氏の嫡流ってどこいっちゃったの?

正盛ー忠盛ー清盛は傍流だったはずだけど

216 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 10:42:37
忠盛をはじめとする平家は桓武平氏の傍流の傍流といいながら、
「小烏丸」など貞盛以来の家宝を伝えている訳でどういうことだろうか?


217 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 10:52:53
>>216

物に定まれる主(あるじ)なし

コピーかも知れなし、奪ったものかもしれないし、献上されたものかもしれないし

218 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 11:25:24
源氏嫡流じゃないのに源氏氏長者を奪った人もいるしね

219 :日本@名無史さん:2005/06/25(土) 11:32:25
>>216
  >>149

>>217の言う通り、物に意思などない。
奪い取ったものでも、伝家の家宝と言えばそれまで。
三種の神器でも持ち出される時には持ち出される

220 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 02:12:00
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%B2%90%E6%B0%8F
「清和源氏嫡流である摂津源氏の源頼光の子孫で、源頼政死後の摂津源氏嫡流の名跡を継いだ源光信(土岐光信)の孫の土岐光衝が美濃国土岐郡に土着したのが始まり」
ということは、やはり土岐氏が源氏嫡流になるのでは。

221 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 09:32:51
>>220お前馬鹿だな

wikipediaを持ち出すなら、源氏嫡流は源頼政〜鎌倉将軍家だといっているのだが。
都合いい所だけwikipediaを持ち出すなカス

222 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 11:47:05
平正度には何人も子供がいたのになぜ末子の正衝が家督ついだの?

223 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 22:28:39
平氏の嫡流が滅んだのは
平将門公の祟りだろうか(宿敵平貞盛の子孫だし)
あと平氏と源氏の本家衰亡には崇徳上皇の祟りも上乗せ
されているのだろう。

224 :日本@名無史さん:2005/06/26(日) 23:25:15
    ∧_∧
    (゚∀゚  )ー┐ スットクッ、スットクッ!!
    しヽ   し′
    彡 >  彡) 
      /  / /
     (_(__)
    ∧_∧ 
 ┌ー(  ゚∀゚)スットクッ、スットクッ!!
  丶J   /J
   ( ミ   < ミ
   丶 丶 丶
   (__)_)

225 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 16:57:02
伊勢平氏の嫡流ってどこよ

清盛家は傍流らしいが

226 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 17:49:28
平(たいら)は皇族が臣下に下る際に賜る姓の一つ、「平朝臣」を姓とする賜姓皇族。
http://www.dgdgdg.com/ HPサーチ
源氏と同じく、皇子皇女の処遇として賜姓が行われたが、
天皇の孫以降の代に賜姓を受けた例が多いと言われ、そのため源氏よりも格は下とされる。
桓武天皇から出た桓武平氏、文徳天皇から出た文徳平氏、仁明天皇から出た仁明平氏などがあるが、
武家平氏として子孫の活躍が知られるのは平氏政権を作った伊勢平氏や、
執権北条氏を輩出した坂東平氏などの桓武平氏のみで、
一般に平氏といえば桓武平氏を指すことが多い。
また、しばしば「東国の源氏、西国の平氏」と言われるが、
源氏の本拠地は摂津、大和、河内など関西であり、東国は平氏系武士の土着地であることから、
「関西の源氏、関東の平氏」と言う方が実態に近いと言えよう。また、平氏は早くから東国に移り、
地名を苗字としたため、平姓を残したのは伊勢平氏など数少なく、
その一つであり権勢を握った 平清盛の一族を特に「平家」と呼ぶ。これに対して源氏は、
源姓を名のった一族は多く、源家は複数になるため、通常は、源家総体という意味での源氏と呼び、
源家という言い方はあまり用いない。



227 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 19:20:16
>>225

ようするに、嫡流(血統だけ)なんてものは没落して、歴史の波間に消失。
かわって実力で勃興して、嫡流の地位をつかんだのが清盛の家。

228 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 21:20:40
>>227
「実力で勃興して、嫡流の地位をつかんだ」
嫡流は、実力ではなくて系譜。
清盛の家は、いかなる意味でも桓武平氏はおろか伊勢平氏の嫡流でもない。

229 :日本@名無史さん:2005/06/27(月) 21:24:16
>>228

負け犬の遠吠え

230 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 05:20:32
>>229
馬鹿まるだしだなw

231 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 06:30:54
我が国万歳!

232 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 08:45:16
>>230

聞いたこともない平盛盛が嫡流だとか、千葉胤胤だとか「勝手に認定する嫡流厨」より
はるかに勝っているがなw

233 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 09:42:13

嫡流厨が出てくると、無意味なスレになる

234 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 10:25:19
とりあえず、「系譜上」(当然だが)の伊勢平氏の嫡流ってどこなのよ?

235 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 10:56:26
>>234

尊卑分脈でも見て無意味な満足感にひたれば

236 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 16:56:46
↑答えれられない なら無駄な書き込みするなカス

237 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 19:03:21
>>236

馬鹿に教えてやろう。嫡流は

平 並盛―大盛―特盛だ

238 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 21:14:51
>>237
ソース希望

239 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 21:16:54

嫡流厨の脳内史料だ

240 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 21:34:35
ソースというより汁だろう。汁→汁だく→汁だくだく・・・

241 :日本@名無史さん:2005/06/28(火) 22:22:01
っていうか、むしろネギ希望

242 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 09:32:44
>>237-241

6点

243 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 09:38:11
平家が赤旗、源氏が白旗といつ決まったの?

244 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 09:49:05
>>243

そういう種類の記録があると思うほうが・・・

245 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 20:37:28
そういえば・・・

頼朝が奥州藤原氏征東のときに佐竹氏が白旗もって産陣したら・・・
嫡流で無いのに何事か!と怒られて白旗からかわったんですよね?

246 :日本@名無史さん:2005/06/29(水) 21:08:39

世間に白旗神社は多い。八幡太郎義家に由来するという社伝をもつものが
多いが、もとより当てにはならない

247 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 14:19:03
>>245例の扇の話ですか?

しかし平家赤旗、源氏白旗はいつ決まったのでしょうね

248 :日本@名無史さん:2005/06/30(木) 15:24:36
>>246
よく調べてみたら源頼朝や足利尊氏などに由来する神社がけっこうある。

249 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 11:41:09
で結局赤旗白旗はいつ決まったの?

250 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 11:50:25
>>249
 >>244

251 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 16:18:47
分からないなら書き込むな

252 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 16:35:03
源氏も平家も嫡流が無い時点で終わってるはずなのに。
上流社会で今だにネームバリューが生きてるのに驚きを覚える。
しかも現代の源姓、平姓には関心など無く、
清和源氏、桓武平氏等の流派に属することにバリュー感あり。
婿取り・嫁取りを画策したりする。
私には延々と続くおじゃる的な戯言に聞こえてしまうが、考えを改めた方が宜しいか?

253 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 16:42:26
>>252

仰せの通り、しょせんは戯言。幻想でござる


254 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 20:18:01
平治物語
「平家は赤はた赤しりし、日にえいじてかがやけり、源氏の大はたをしなべて白かりけるが、
 風に吹きみだされ、いさみすすめる有さまは、誠にすざまじくこそ覚えけれ・・・」

255 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 09:26:24
で?

256 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 09:59:48
源平は紅白で御目出度いって事をソースつきで語っている。

257 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 15:50:00
目出度くなったのも、紅白歌合戦やるのも、運動会で紅白帽子かぶるのも、

全部源平合戦の後の話だろ

258 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 16:15:28
あたりまえじゃん。紅白の起源は源平合戦なんだから。

源平合戦の前からあったら怖いわ。

259 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 16:50:26
いやだから、その赤旗白旗の起源はいつかという話だろ。

260 :日本@名無史さん:2005/07/09(土) 09:04:18
源氏=出雲大社を信仰するツングース系の種族
平氏=古代ヤマト族の末裔。
板東平氏は源氏の血が混じりすぎて糞。
古代平氏の流れを組む
西九州一帯の平氏こそ
平氏の本流だぞ。

261 :日本@名無史さん:2005/07/09(土) 09:05:07
白信仰はツングースの言い伝え。
先住民族(山人)ヤマトは赤だ。

262 :日本@名無史さん:2005/07/09(土) 11:42:49
ついに源平スレにもツングース起源説到来か・・

263 :日本@名無史さん:2005/07/09(土) 13:04:36
ツングースつーと、清朝たてたヌルハチとか?
李成桂も朝鮮人じゃなくてツングースぽいけど。

264 :日本@名無史さん:2005/07/09(土) 13:13:17
>李成桂も朝鮮人じゃなくてツングースぽいけど

ぽいけど朝鮮人の前では禁句。

同様に、高句麗は明らかにツングース系国家だけど朝鮮人国家ということに
しとかないと怒られる。

265 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 23:33:53
源 清朝
っていそうじゃね?

266 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 11:47:33
上杉謙信カコイイ!

267 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 23:10:31
上杉謙信
いいね確かにカコイイ漢だよね

268 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 23:51:00
imadatyansuda










ぬるぽ

269 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 11:42:59
>>267
漢と書いておとこと読むのはどっかの低脳漫画家みたいだから止めてくれ。

270 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 00:48:27
うるせえばか市ね

271 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 01:10:02
俺の爺さんが事有る毎に、「うちは桓武平氏だ!」
と、宣うんだが、信憑性はあると思うか?
一応俺も調べてみたが、将門系らしく、
勿論爺さんの名字は相馬、でも爺さん家は北海道なんだよな・・・

福島の本家にも何度か行った事も有るし、信じても良いんかな?


272 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 16:12:44
>>267
低脳マンガ信者か?

273 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 16:13:53
>>271そもそも相馬氏と将門の関係自体が怪しいとの・・・

274 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 16:57:57
氏素性の定かでない人間にとっては
相馬氏とのつながりがあるだけで羨ましいのだが…

275 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 17:02:28
相馬氏と土岐氏

276 :271:2005/07/23(土) 18:01:28
>>273
マジかwwwww
 それ知った時はやたら嬉しかったのに…しかも、相馬って事は伊達系の血も入ってると思ってw
まぁ、爺さんの名前と俺の名前に「将」が入ってる時点で怪しいとは思ったけどさ。

>>274
ごめん、氏は何処でも良かった、今も昔もこれからも反省はしない。

>>275
なんか関係あんの?
有ったら有ったで嬉しいがw

277 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 02:01:52
>>260
むしろ坂東平氏は朝鮮の血が濃そう。
武蔵國の朝鮮人が平氏に娘を貢いで、生まれた男子に平姓を名乗らせてもらって
家を継がせたみたいな感じだ。

278 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 12:00:49
>>277
それどころか桓武平氏(堂上平氏を除く)の出自があやしい。
系図を買っただけではないか?
ついでに清和源氏もあやしい。
満仲が経基より年上とかいうし。


279 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 12:37:51
更に、
新羅三郎義光なんてのは自分が朝鮮人と宣言しているようなもの。

280 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 13:03:43
>>270
韓国の工作員は黙ってろ。
三井寺の新羅明神で元服したから新羅三郎義光というのだ。
学のない奴め。

281 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 14:59:13
>>280
それなら、なんで新羅明神で元服したのかな?

282 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 15:28:47
お前らは陳寿官さんのような薩摩士族のこともチョーセンジンと呼ぶのか?

283 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 15:31:00
もちろん。
李三平やツリキチ三平も韓国人。

284 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 15:37:13
>282
島津そのものがそっち系だろ。
だからアメリカはうまみがあるわけで。

285 :270:2005/07/24(日) 21:48:36
なんにもしてないのに
チョソにされちゃいますた

286 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 18:27:23
>>281
歴史を勉強しろよ。新羅明神のあった三井寺の地域は、義光の勢力地だよ。


287 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 18:31:55
朝鮮の白、朝鮮軍事トーテム虎
白虎隊w

288 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 18:34:41
>>287
檀君神話
(だんくんしんわ)
古朝鮮の建国神話。天孫の檀君が古朝鮮を開き、その始祖になったというもの。『三国
遺事{さんごくいじ}』(紀異巻1)によると、天帝桓因{かんいん}の子桓雄{かんゆう}は、
天符印{てんぷいん}3個を父より授けられ、徒3000を率いて太伯{たいはく}山頂の神檀樹
{しんだんじゅ}という神木の下に降臨した。そして洞穴にいた虎{とら}と熊{くま}が人
間に化すことを祈っていたので、蓬{よもぎ}と蒜{にんにく}を食べて忌籠{いみごも}る
よう告げると、熊だけが女となり(熊女{ゆうじょ})、桓雄と婚して檀君を生んだ。檀
君は平城に都を開き、1500年の間国を統治したという。この神話の前半の部分は、日本
の天孫降臨神話に対応するものである。また、この神話のおもな登場人物である桓雄、
虎、熊はそれぞれ主権、軍事、豊穣{ほうじょう}の機能を代表するもので、東アジアに
おけるインド・ヨーロッパ諸族神話的な社会的三機能体系の一例である。他方、檀君神
話でことに興味深いのは熊と虎の問題であり、熊女の忌籠りは巫女{みこ}の成巫{せい
ふ}過程に比例するものである。さらにこの神話は、北方ユーラシアの熊信仰と深い関係
があり、ツングース系諸族、ことにアムールランドのツングース人の間に普遍的に分布
している熊祖神話や、熊や虎と人間の女との交婚譚{たん}ときわめて深い親縁関係を示
し、その一異伝と考えられる。したがって、これは朝鮮文化とツングース文化との密接
な関係を物語っている。また歴史的にみると、支配者層に支持された箕子{きし}神話に
対し、檀君神話は13世紀以降モンゴルなどの侵入に対する民衆の義兵闘争を契機として
広まった、朝鮮の被支配階級の民族主義的神話である。

289 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 19:34:43
各地の豪族みてみ、全部畿内か畿内系関東人、半島出自の奴らばっかり、
神話、遺跡とピタリ一致

290 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 20:20:34
関東の畿内系の人が各地に赴任したのは馬の使い手が多かったからだろうか
武蔵国が多いよな、チョセン系か?

291 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 17:41:15
質問なんですが、
熊本県上益城郡に内大臣峡という谷があって、内大臣川という川が流れてます。
先日通ったところ、小松重盛神社というのがあって、平重盛が壇ノ浦の合戦の後ここに
落ち延びてきて暮らし、ここで死んだというのです。

この手の話は日本中にあるとは思いますが、平重盛って壇ノ浦よりはるか以前に死んで
ませんか? こういう突っ込みはタブーなんでしょうか。
せめて壇ノ浦で戦士した武将が逃げてきたという話なら分かるのですが、ずっと前に
病死した人物が・・・ となると、どうしてそんな伝承になったのでしょうか?

292 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 00:24:00
うるせえはげ>283

293 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 01:23:45
>>292
ごめん

294 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 11:27:23
なんで朝鮮の話になってんだ!

295 :日本@名無史さん:2005/08/04(木) 16:10:05
>>271
ここで子孫騙ると冷ややかに見られてるよ
北海道の分家さんは知らないが相馬氏の通字は胤だろう

296 :日本@名無史さん:2005/08/04(木) 17:29:13
千葉さん系はね

297 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 00:53:34
藻前らもうこのスレに飽きたのか?
知能指数が高い証拠だな(プ
どうせみんなイケメンだろ?(プププ
足が長くてチンコもでかいんだろ?(プゲラ
正直に言えよ実はヴァカで半ヒキ包茎だってな(プゲラウヒョー

298 :日本@名無史さん:2005/08/06(土) 01:26:14
神戸の松陰ってどうなん??

299 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 02:35:44
>>295
騙る言われてもな…ただ、爺さんの言ってる事が年寄りの戯言なのか
事実なのか知りたかっただけなのよ。

ま、迷惑なら引っ込むよ。

300 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 23:56:16
燃やせるものがあれがみんなもやすんだ!
寝るな!寝たら死ぬ!!!!!

301 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 20:44:45

「横島君、私と付き合わない?」

そう言いながら、大きな瞳で正面から私を見据えてきた目の前の立嶋は、
その喫茶店の小さなテーブルの上に、決して細いとはいえない両腕を置いた。

「横島君、緑川さんのこと好きなんでしょ。みんな知ってるわよ」

とつぜんのことに驚いている自分に、容赦ない第二撃が喰わされた。

「でもね。緑川さん、あなたのこと、うまく利用しているだけなのよ。
横島君も、いっかい寝たぐらいで彼氏気取りになっているって笑ってたわよ」

自分と緑川しか知らないと思っていた道玄坂での秘め事を、緑川自身が
平気で言いふらしていると知った自分の頭の毛穴は、一気に全開してしまった。

「横島君、なんでも一生懸命になっちゃうから、相手の意図やまわりの状況
に気づかないのよ。私が入学当初から、横島君のこと好きだったのも・・・」

そう言いながら、やっと腕をテーブルから下ろし、その眼光をそらした立嶋は
消え入るような声で最後の句を放ちながら、雨にぬれたガラスの向こうに視線を向けた。




302 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 22:07:17
難しい展開だなw

303 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 12:25:42
多田源氏の後裔氏族の能勢氏についてはどなたか詳しい方いませんか。

304 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 20:57:36
クイズ王になりますた。

305 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 15:54:01
自己解決しました

306 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 23:16:03
源氏=PSP(プ
平氏=DS(マンセー

307 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 23:58:37
源氏嫡流の土岐氏はどうなったの?

308 : ◆QqQquqqauQ :2005/08/28(日) 00:04:28
美濃の寺めぐりをお勧めします。
東濃の禅寺を重点に。

64 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)