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昭和天皇は戦争責任をとるべきだった@

1 :日本@名無史さん:2005/06/13(月) 18:35:23
裕仁に戦争責任、敗戦責任のあるのは世界の常識

天皇大権ていうのは憲法以上。裕仁が摂政として統治して以降天皇大権が強化。
帝国憲法にしたって、裕仁の頃は天皇大権が幅をきかせ骨抜き。
裕仁は勇気のない意気地なしのうえ、傲慢。国民はすべて自分のために働くと思っている本当の悪人。
2.26事件の処理は裕仁の単独の裁定で終わったのは周知の事実。
2.26事件の時決起した青年将校は、昭和天皇の鶴の一声により、青年将校たちは、形だけの裁判を受け処刑。
これで裕仁天皇も調子に乗っちゃた。それがアジアの皇帝になりたいに繋がり、軍部の野望と合致し大東亜戦争へ。
たいがいの場合、参謀総長などには皇室出身者が付いてた。
これらの職は、統帥権発動の補佐をするのだから、天皇というより皇室全体の責任が問われるということ。
参謀部や軍令部、所謂天皇を軍事の上において補佐する機関の長は、相当の割合で皇室出身。
責任を天皇ひとりでなく、皇室全体に拡大できることを意味している。
彼の無能により、ポツダム宣言の受諾を遅らせ、多くの日本軍兵士を死に追いやった。
要するに裕仁以外の人間が天皇になっていれば大東亜戦争も敗戦もなかったこもしれない。
今頃、裕仁は血の池地獄でのた打ち回っている。

天皇は、軍部と夢を共有しておりアジアの皇帝になりたかった。
しかしアメリカは日本を準植民地にするために天皇制を残した。
アメリカでよく行われる司法取引みたいなものだな。
「我々の言うことを聞きなさい」そうすれば戦争責任は問わないよとね。
だから、当時の責任問題を有耶無耶にしたし、記録も自分たちの都合のよいように作った。
裕仁は日本の象徴じゃなく、アメリカの植民地としての象徴だ。
他人任せの優柔不断の態度を取られた昭和天皇を、私達は受け入れることはできません。
また、このような歴史を繰り返さないためにも天皇及び皇室は廃止したほうがよいと思うのです。





699 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 18:54:34
昭和天皇の発言力を持ち出してきたのは近衛よりむしろ木戸だろう。
戦中、終戦の決断をするのが遅れたという話が昭和天皇の責任としてよく言われるが、
昭和20年の重臣上奏まで天皇は木戸、小磯、東條、陸海軍首脳部としかあっておらず、
反東條、早期終戦の声はみな雑音として木戸が握りつぶしていた。
天皇の知っていた話が大本営発表を超えていたかは疑問。
東條はドイツに不利な情報が入ったりするとこれではドイツが負けそうではないかと言って
御前会議に出さないようにしていたしね。
また吉田茂が近衛をスイスに派遣し特使として英米と交渉させようという案を出し
近衛も乗り気になったのでこれを木戸に伝えたが、東條の近衛を監視するべきとの意を汲んだ木戸はこれを握りつぶした。
2月の近衛上奏の時、天皇が近衛と会うのは三年半ぶりだったから
二人の間に意見のギャップがあるのも当然。
ロクな情報入ってなかったのに責任とかいわれちゃたまんないよ。

700 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 19:03:50
>>696-697
和露太

701 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 19:49:43
>>699
太平洋戦争突入後はまあ、そうだったかもね。

木戸は西園寺が死んだ後に本性表した奴だからな。
でも木戸も近衛と同じでしょ?役回りとしては 結局軍部の言い成りに成っただけの話だよ。
近衛が南進以降東条とかの余りに強硬でズサンな作戦ばかりで嫌気がさして
終戦を画策したから外されただけの話だよ。木戸は近衛の代わりに軍部に使われただけの存在。

逆に言えばソ連仲介とかアフォ政策ながら東条に抵抗しただけ近衛の方がマシだったかもな。
天皇もその案信じてた見たいだし。
戦後の服毒自殺も まあ、アフォなりに他の連中と比べれば清々しいレベルに入る。

しかし西園寺にはロクな子飼いが居なかったよ。近衛とか木戸とかさ。
だから牧野が頼みの綱だったが226以降 牧野が失脚して支那事変の辺りは西園寺とかが軍部に及び腰で
近衛に政治を丸投げしてたから近衛は軍部に丸め込まれた。






702 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 19:50:56
>>698
責任あれば、そんなのんびりとはGHQ、米国さんはしてはくれませんよ。
即刻ジープを皇居に乗り上げて一気に鬼の首を取ったように、天皇を逮捕
して連行だよ。そんな事情で後回しになんかしやしませんよ。
フセイン大統領だって、隠れていて発見されてとたんに逮捕された。このように
責任追及の手は先にしますよ。東条大将が先で、先に逮捕されているのに、そのあと
はのんびりと松笠氏、米さんは居眠りでもしていたかのような話だな。w
あんたもおかしな夢でも見ているんだよ?w そんな亀の歩きのようなことは、
超A級の戦争責任者の追及にはありっこないんだよ。そんな事情があるんなら
何としてでも、早急に逮捕して追及しようと米首脳が逮捕行動を真っ先にやる。
責任があるなら第一にねっ、ジープが皇居に向かっていたよ。
あんたの話は夢小説。ww

703 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 20:08:03
追記だが木戸が戦後広めた
「東条が余りに強硬で天皇狂信者だったから
東条を陸軍大臣を兼務させた総理大臣に据え天皇の下命に従わせウンヌン」
っていうのは木戸の保身以外何物でも無い。

事実は東条自身が木戸を操って画策したモンだよ。
コイツは戦後木戸日記とかで嘘八百並べて絞首刑から免れた。

704 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 20:17:35
>昭和天皇は戦争責任をとるべきだった

責任とったよ。
密室でのマッカーサーとのタイマン

705 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 21:37:34
『神御一任』は高天原直結である。

706 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 22:13:42
日本はすでに戦闘能力もなく、アメリカに降伏を打診していたけど
アメリカ側がこれを拒否(原爆を使用したいため)
天皇の責任は、この原爆投下と相殺されたということはないのでしょうか?

707 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 22:24:13
降伏させることと、どんな威力か試すためもあったかもしれない理由である。
あのころの現時では勝ったんだから相殺などという考えには至っていないよ。

708 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 23:08:02
>>706
それは無条件降伏(アメリカの示したポツダム宣言の受諾)じゃねえだろ?
あの後に及んで天皇制の維持とか本土の条件付武装解除とか
その他色々条件付けてる方がおかしいんだよ。

>天皇の責任は、この原爆投下と相殺されたということはないのでしょうか?
言ってる意味が分からんな。



709 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 23:32:44
悪いのは松岡洋右。
昭和天皇はむしろ被害者。

710 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 23:39:37
結局、社会的地位の高い人はなかなか責任を取らないということで

711 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 23:42:31
>710
 トカゲの尻尾切りですな。

 

712 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 23:44:16
ここのスレの有ると言っている奴は、最高、高いから有ると考えているようなんだ。
だから、高低で必ずしも責任が大小とはならんと言いたいんだよ。
>>698 なんか浦島太郎のような夢物語話さ。w

713 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 06:48:48
>>709
人を噛んだのは犬の責任かよ?

714 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 06:52:25
天皇の面会パフォーマンスにコロリと騙される、マッカーサーは甘かったナ。解任されるのも無理はない。

715 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 07:28:12
このスレの要旨は良く分からないが、
1)天皇は本気で、マッカーサーに首を差し出しに行った
2)天皇制存続を決めたのは、アメリカ政府であった
ことは、確か。

話しは、ここから始めなきゃ・・・

716 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 07:50:23
>>713
犬ではない。人間だ。

717 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 09:18:01
>>714
なかなか妖怪話は上手だ。将説家にむいてる。

718 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 12:43:21
>1)天皇は本気で、マッカーサーに首を差し出しに行った

これは疑問符がついているよ。
占領政策に賛成するとでも言いに行ったんじゃないか?

719 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 13:05:04
>>718
アメリカは↓のようにみなしてた。
>悪いのは松岡洋右。
>昭和天皇はむしろ被害者。


720 :714:2005/08/30(火) 18:01:15
アメリカ政府は天皇を処罰することにしていた、
それをひっくり返したのが天皇に洗脳されたマッカーサー。

721 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 18:04:26
>>720
昭和天皇凄すぎ。

722 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 18:06:40
催眠術の心得あるらしいね。

723 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 20:23:54
プッ!あるわけがない。連中の勝手な創作だろうよ。w

724 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 20:49:28
「騙され」とか「洗脳され」とか「賛成する」とか・・・・・彼らの頭脳の発露。
あいつらのいろいろと造る辺鄙な独断と偏見の構図。


725 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 21:25:07
いい女子高生にめぐり合ったよ。フェラうますぎ。というか好きすぎ。
一回戦目が終わった後に、コンドーム抜こうとしたら、抱きつかれて、
自分の愛液まみれになってるコンドームごとなめまわしたあげくにさ、
はずして、精液まみれのあれを散々にしゃぶりつくされてまいったよ。
おかげで、間を置かずに第二回戦に突入することになったけど・・・

726 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 03:37:40
>>701
ソ連仲介は天皇が近衛に言ったことで順序が逆だよ。
近衛は上奏の時も対米講和しかないと言っていたが、(重臣上奏の時は広田がソ連仲介を進言した)
鈴木首相、東郷外相らは「スターリンは(戊辰戦争の敗者を寛大に扱った)西郷のような人だそうだ」
とソ連仲介に熱心で、近衛特使案を天皇の口から出させた。

727 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 13:40:21
>「スターリンは(戊辰戦争の敗者を寛大に扱った)西郷のような人だそうだ」

どうしてこんな話が出てきたの?
情報不足もはなはだしい

728 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 14:12:53
>>726
違うよ。ヒロヒトは広田を毛嫌いしてたじゃネエか
現役武官制度の復活とかヒロヒトは反対してたのに広田内閣の時に軍部に押し切られて導入している。
また軍事予算の大幅導入とかよ。結局近衛が「もう軍部はどうも成らん」って事で
病気を理由に広田へ総理大臣押し付けたのが事の発端だが最初からコイツは何もやる気が無かった。
皇室筋を無視して全て軍の言い成りに動いたのが広田だよ。

この頃からヒロヒトは広田を毛嫌いしてた。
近衛が英米と和平交渉をしたのは太平洋戦争開戦前の事だろ?
俺が言ってるのは太平洋戦争末期の話だよ。

なぜ近衛はソ連に拘ったのか?
それは近衛はその頃の日本の軍部やインテリ層の1部と同じく根源的にマルキシストだったからだ。
コイツは河上肇の門下生だよ。

この頃の現象として可笑しいのは石原莞爾をはじめ国内的には共産主義者を毛嫌いしながら資本統制理論などは
マルクス経済論から多大な影響を受けていた。
また満州国ってのは実は日本から逃げてきたマルキシスト達の巣だった。
軍部も国内では厳しく取り締まったたが満州では見逃していた。

つまり基本的に日本のファシズム(とゆうか皇国主義下の統制経済)とゆうのはソ連と非常に近い物だった。
殆どソ連モデルと言っても良いぐらいにな。
だから軍部連中もかなり近衛を押した奴が居たって事だよ。

但し軍部には詳しい交渉の中身は伝えていなかった
奴がスターリンに示した交渉案は日本の全ての海外領土と小笠原諸島、沖縄、千島の1部を放棄し
日本軍将兵を労働力としてソ連へ差し出す。
こうゆう条件の下に交渉していた。まあ、無茶苦茶だな。
それ程追い詰められてた訳だがにべもなくスターリンは拒否した。




729 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 15:24:51
>>728
とりあえずまともな戦中の時系列ぐらい頭に入れておこう。
二月に近衛上奏、陛下は御下問で梅津の日ソ提携論を口にだしこれは近衛の意見とは反対だがといい、
近衛はこれに対し米国への講和以外に途はないと答える。
五月中旬、ドイツ降伏をうけた最高戦争指導者会議機構(鈴木、東郷、阿南、米内、梅津)で
ソ連の仲介による戦争の有利な終結をはかることが決定、これに基づいて
広田が駐日ソ連大使マーリクとの交渉をはじめる。
その後六月八日の最高戦争指導者会議で「世界情勢判断及び戦争指導の基本大綱」で本土決戦が視野に入れられるようになると
これに危機感を覚えた木戸が「時局収集対策議案」を起草、天皇の親書を持たせた大使をソ連へ派遣することに決め天皇に奏上し
六月二十二日最高戦争指導者会議機構成員にこれを伝える。
広田・マーリク会談は何も成果が上がらなかったので、
東郷、鈴木は近衛特使派遣を決め、東郷は七月八日軽井沢に疎開中の近衛のもとへ行きその内諾をとり、
七月十二日に近衛が上京。近衛は以前から米国講和一本だったが
「防空壕からお出ましになってお粗末な仮謁見所で、いつもきちんと整えられているお髪も乱れ、
お顔色も青ざめ、痛くおやつれになっておられる陛下の御様子を拝すると何もいえなくなって」
引き受け、特使派遣のことはその日に佐藤大使に緊急電報で伝えられるが、十八日に佐藤大使の電報で特使案が断られたと出る。
ソ連側の冷淡な態度を受け佐藤大使は七月二十日「第一四二七号」をだす。
最後の意見電報で『国体以外は無条件』でなければいけないとの考えを送り、
加瀬俊一から電報を見せられていた近衛はこれを受けドイツの状況に鑑みた『国体以外は無条件』案を作成。

これでソ連に拘ったとはいえないだろう。

730 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 15:32:58
>>702
あんなあ。もう少し当時の状況を考慮に入れろよ。
あちこちの旧軍駐屯地で反乱起き掛けてたのにいきなり皇居になんか乗り込める訳ね-だろが。
海軍大佐の高松宮が必死で奔走して決起を抑えたからなんとか納まったぐらいで
大体マッカーサーが来た厚木基地自体が継続戦強硬派の巣だった。

日本内外の旧軍武装解除と進駐米軍の再配置が完全に済んでからじゃねえと実効支配できない事ぐらい
わからねえのか?お前は?

ホントーにアフォな奴だな。




731 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 17:08:36
>>729
>二月に近衛上奏、陛下は御下問で梅津の日ソ提携論を口にだしこれは近衛の意見とは反対だがといい、
>近衛はこれに対し米国への講和以外に途はないと答える。
>七月十二日に近衛が上京。近衛は以前から米国講和一本だったが

これ何処から出た話よ?全然聞いた事ねえな。おれは。
近衛が米講和一本?全然聞いた事ないな。

広田はもうこの頃主流から外されてたんだよ。天皇と宮内庁から見捨てられてた存在なんだから
あのねえ。この頃はもう軍部連中が混ざった会議では和平もへったくれも無いのよ。
マリークとの会談も軍部向きの多分におざなりなモンだった。東条等にしたって時間稼ぎしてただけだ。
1億玉砕だの本気で本土決戦やる気で居たんだよ。ったく。

実際の交渉に当たったのはソ連特使として派遣された近衛だよ。
で、この頃はさすがに近衛もソ連仲介は無理そうだとは考えていたけどな。
この以前から近衛は和平派(海軍を中心とした1派)の後押しで独自にソ連と交渉していた。
米交渉していた牧野伸顕や吉田茂に近いとかってされてるけど俺は違うと思うな。
牧野や吉田と近かったのは太平洋戦争前夜の対米交渉の時で交渉決裂開戦して以降終戦間近の辺りはソ連と交渉していたんだよ。

なんでかと言えば敗戦が濃く成った19年以降は和平派の間でも英米との交渉はもう
東条等陸軍が絶対ウンと言わないから無理だと考えられて居たのよ。
はっきり言おうか?この頃内心近衛は最終的に日本をソ連侵略により共産化しても良いと考えていた節が有る。
それ程英米を憎み嫌っていた。だから戦後皇族では唯一自殺したんだよ。

まあ、それが最期までヒロヒトを継戦へ引っ張り66都市大規模爆撃と2個の原爆投下の遠因に成った。
つまりこの頃ヒロヒトがソ連仲介に拘ってたのは近衛が元々ソ連チャンネルを持っていた事が原因で
つまり近衛とその後ろにいる和平派がヒロヒトに影響を与えていたという事だ。

木戸はほぼ東条等主戦派と同体(言い成り)で成りフリ構わん継続戦を主張していた。
御聖断でケリが付くならなんでヒロヒトはもっと早くそれをしなかった?
それは上記の理由が有るからだよ。

732 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 17:14:31
>だから戦後皇族では唯一自殺したんだよ。
うえ間違い。皇族じゃなくて公家出身ね。

733 :聖断の効能:2005/08/31(水) 17:18:30
阿南が陸軍の強硬派をうまくだまくらかして時間稼いでいるうちに
奉勅命令で全軍停戦になったわけでしょ?

奉勅伝宣てのは、明治憲法下の統帥権を握る立憲君主からのたんなる命令にすぎないけど、
大日本帝国軍隊は、いわゆる皇軍教育で、これを「神聖化」しているから
全軍一斉に停戦・降伏となったわけじゃん。
つまり、憲法を越えた神秘的な権能を、当時の昭和天皇がそなえて、その「神のお言葉」で
戦争がやんだわけじゃん。

源田実とか小園とか、天皇をいざとなれば玉扱いするインテリさんはイザ知らず、
大多数の兵士への影響力考えれば、占領軍なりGHQなり対日理事会なり、
なかなか陛下に手出しはできんでしょう。

734 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 17:21:42
一人一人の兵士が「天皇を神格化」してるわけじゃなくて、
よほど無学な初年兵でも「天皇は雲子もすれば屁もする人間」とは判っていた。
ただ、「世間様が天皇を神格化」する以上は、個人の無い社会では、
「天皇は神じゃない」とは言えんじゃろ、ギギギギ

735 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 17:22:47
北の国の「偉大な将軍様」のオリジナルですな

736 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 17:32:13
日本統治を体験した要人による東アジアの共産党政権は、1945年以降、多かれ少なかれ
「党の神聖化したドグマ」の権威を背景に、威圧的な神権政治を行っているな。
議会の合理的な主張が、党のドグマとぶつかった場合、だいたい党のドグマが勝利を収める。

スターリン共産党の恐怖とも微妙に違うと思う。
「天皇制の輸出」が行われたと、個人的には思っている。

737 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 17:39:12
>>731
>はっきり言おうか?この頃内心近衛は最終的に日本をソ連侵略により共産化しても良いと考えていた節が有る








これマジ?
詳しく

738 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 17:53:01
>奉勅伝宣てのは、明治憲法下の統帥権を握る立憲君主からのたんなる命令にすぎないけど、
>大日本帝国軍隊は、いわゆる皇軍教育で、これを「神聖化」しているから
>全軍一斉に停戦・降伏となったわけじゃん。
>つまり、憲法を越えた神秘的な権能を、当時の昭和天皇がそなえて、その「神のお言葉」で
>戦争がやんだわけじゃん。

いや。。。ソコまで甘く無いよ。。。この時は停戦命令に従わない部隊が多数居たってゆうか
英米憎しで決起しようとしてた旧軍部隊が多数居たんだよ。。。
近衛師団なんか反乱軍が抑えて1時皇居を占領しちゃったじゃん。
鈴木首相の自宅も急襲受けたりしてたし。
8月一杯は各地でそうゆう騒乱が有ったはずだよ。
まあ、師団長や将校級の人間は自決したのが多いけどね。






739 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:03:27
いやいや、そもそもその奉勅の怖さを知ってるから、森師団長惨殺してでも
玉音盤を奪って命令そのものを出させたくなかったと思うのです。

玉音盤争奪事件は、阿南にぎりぎりまで決起の期待を持たされた軍務局課員と
近衛師団参謀が森師団長を射殺。偽の師団長命令を出して、一時的に近衛師団を掌握しての
狼藉にすぎません。

なお迫水内閣書記官長の回想によれば、陛下に玉音放送をお願いしたのは
「抗戦派」の阿南陸相とのことです。軍務局若手に最後まで徹底抗戦の希望を持たせ、鈴木内閣の
崩壊(陸相が辞任すれば総辞職)を防ぎ、最後の最後で陛下の聖断が下ったところで自決して陸軍を
抑える腹だったろうとの事です。 玉音盤争奪事件は、阿南にぎりぎりまで決起の期待を持たされた軍務局課員と
近衛師団参謀が森師団長を射殺。偽の師団長命令を出して、一時的に近衛師団を掌握しての
狼藉にすぎません。偽と判って、事件は急速に収束します。

740 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:06:52
戦後、なぜ日本国内でゲリラ戦が起きなかったか?

結局は一国の元首が降伏したからです。
ヒトラーも自決で永久戦争を願ったのでしょうが、後継者のデーニッツが
降伏することで、ドイツもほとんどゲリラをやりませんでした。

イラクの現状と比較してみてください。

741 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:11:06
>>737
これは戦後史家の間でも問題視されてたんだけど
近衛の出した「和平交渉の要綱」に外患誘致にも似た事が書いて有ったかも知れないと言う事。
事実明らかに成ってる部分でも日本の海外領土の譲渡や日本将兵の労働奉仕などソ連を意図的に引き込んで
アメリカと対峙させようとしてた節がある。

とゆうのも結局近衛はソ連へは行かないんだが近衛がソ連と交渉を始めた7月末から
ソ連が不可侵破棄して参戦を決めた8月8日が余りにもタイミングが良すぎるのだ。
ソ連の誤算は9日に原爆落とされて日本の降伏が早まった事。

もし原爆落ちなかったらあと1、2ヶ月ぐらいはノラリクラリしてたかも知れない。
そうなるとマジで日本の東側(関東以北)は占領されたかも知れないな。

742 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:22:18
『天皇陛下がそれほど国民のことを思っていたのなら、一九七〇年代に初めて行われた国際記者会見で、
戦争責任と原爆投下について質問されたとき、

「私はそのような言葉のアヤについては、文学方面を研究していないのでよくわからぬ、
原爆投下は戦争だから仕方がなかった」

とうそぶき、記者団を唖然とさせるはずもなかった。
その一言で、天皇のために死んだ三二〇万同胞の死はすべて犬死になった。
曖昧な笑いを浮かべながらそう言った男の顔をブラウン管のなかに見つめながら、
僕はこの瞬間からこの男を激しく軽蔑するようになった。
アジア諸国は天皇発言に激しく抗議したが、
日本のマスコミは一切論評を避けた。

言論の自由が死んだ日でもあった。

(報道写真家、福島菊次郎著「ヒロシマの嘘」「僕と天皇裕仁」の章から)

http://homepage2.nifty.com/munesuke/za-2003-8-6.htm



743 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:22:30
>>731
こっちが事実しめして状況説明してるのに
こうだったこうだったの脳内地図の押し付けかよ。
ちゃんと事実みせて話せ。

744 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:48:17
>>743
戦後に関係者の供述で作られた戦中史論には嘘や歪曲が多い。
GHQがデッチ上げたりな。
戦後10年以内の本人による口述記録なんかも俺は信用しない事にしている。
これもまた嘘や歪曲が多いからだ。
まずは人間相関の観点から事実を掘り出すのが筋だろう。

あとこの頃の公文書の類も偽造されたり戦後後から付け加えられたもんが多いらしいので信用に値しない。
そんなもんを事実と言ってるアンタの方が脳内だろう。
簡単に言えば右派、左派が勝手に相手へ都合の良い対論を出しそれが半ば常識として罷り通る。
それが戦後史でも有るんだよ。

原因は史学者の間でこの戦争の総括がきちんとされてないからだ。
タブー視され大学の史学部でも自由な史観議論は許されて無かった。
特に天皇制や靖国論などは触れては成らない事柄だった。
ヒロヒトが死んでからだろう。そうゆう風潮が少しずつ解除されたのは。




745 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:52:37
死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合
でなければ、罰しない。

746 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 18:55:41
ヒロヒトはなぜ自決しなかったのか?
漏れの日本史の最大級のなぞ。

747 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 19:26:36
>>769
それってさぁ
「日本の一番長い日」って映画そのままだよね。
確かに玉音盤奪ったのは奉勅出させない為だけど
なんで彼等が無理と分かってそんな事したかと言えば
まだ首都圏で不穏な動きをする部隊が多かったからでしょ。
そうゆうのを自らの行動をもって扇動しようとしたんじゃないの?

厚木飛行場なんかもマッカーサーが降りてきたら急襲掛ける計画も有ったし。

ここらへんも戦後1部しか明らかにされて無いんだよね。
肝心の本人達が殆ど口噤んで言わないし。
奉勅後の呆気ない武装解除とその後の国体の変わり様。

しかし厳然と右翼勢力が根を張った戦後の自民党政権。
なんかね。うそ臭いだよ。従来の戦後史観はほんとにうそ臭い。




748 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 19:27:15
>>739の間違い。

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