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【江上】騎馬民族説は今。。。vol.3【波夫】

1 :日本@名無史さん:2005/07/01(金) 21:50:13
騎馬民族は日本を征服したか
http://inoues.net/mystery/kibaminzoku.html
騎馬民族国家―日本古代史へのアプローチ     江上波夫
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121001478/qid=1068485710/sr=1-4/ref=sr_1_2_4/249-2208796-7626727
騎馬民族は来た!?来ない?!                江上波夫・佐原真
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096260665/249-2208796-7626727

☆過去スレ
【江上】騎馬民族説は今。。。【波夫】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1068492251/
http://whatever.say.jp/program/snap_shot/site/11119593470689/
【江上】騎馬民族説は今。。。vol.2【波夫】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1096735827/
http://makimo.to/2ch/academy3_history/1096/1096735827.html

499 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 22:36:28
7は縁起が悪いので、8がいいと言うので、八幡、八坂、八秦

500 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 01:22:41
いいや多分、五百、五ひゃく、五100!ゲト

501 :白馬青牛:2005/08/25(木) 01:35:55
>>493
甘粛省敦煌県莫高窟の壁画から、回鶻(ウイグル)王や王妃供養図等は
鼻の低い扁平な顔でモンゴル人に近い容貌に描かれております。
現代のウイグル人は、コーカソイド(白人種)要素が強いのですが。
一方西夏(タングート)男子、女子供養図は、顔がふくよかでやや長く、
鼻すじが通り、これはタングート人が鼻が高いという特徴に符合。

『秘境西域八年の潜行』西川一三著から、タングート族について、
[彼等の容貌は、「蒙古、支那人以上に日本人と似ているなあ」と
感じるのである。事実私が、「俺は蒙古人だ」と云っても、
「お前は蒙古人ではない、タングートだ」と云われた位である。
日本人と似ていると思うのも、一般に細長い顔、鋭い眼つき、
真っ直ぐな高い鼻からであろう。]とあります。
>>499
「七」は北アジアの遊牧民で、縁起のよい数字であったように思う。

502 :がいやまん:2005/08/25(木) 09:17:08
>>501
中国西南部少数民族ネパール等と日本人の間の文化的とか人類学的
類似とともに興味深い問題ですね。

503 :がいやまん:2005/08/25(木) 09:25:20
>>498
月支国ヒコハニは日向イハニから出雲に来たようだ。↓
「波知 波如 波禰  式内社調査報告から
【社名】当社は出雲風土記に云う「波禰社」に相当すると考えられる。
天和三(1686)年の岸崎左久次著『出雲風土記鈔』に「波禰社、
式書波知神社是也。健部郷羽根村須多禮大明神也」云々とあります。
結論として、当社は出雲国風土記の波禰社で、近世以来簾大明神、
須多禮大明神、また八社大明神とも呼ばれていたと考えることができる。
【由緒】正倉院文書天平十一(739)年に「波如(はね)里」とあり、
波知神社は波如神社の誤りであろう。鎮座次第は日向国の宮地
伊波禰よりニニギ尊を勧請せしを持って直にこの地の名称となれり。
しかるに中古以来伊の字を省き波禰と称しき。 」
http://kamnavi.jp/log/koujinvry.htm

504 :がいやまん:2005/08/25(木) 09:52:10
↑日向は例の土佐の月山神社
http://www1.ocn.ne.jp/~cyan/tukiyama/tkeidai/thome.htm
に近いし、また、

「鬼の窟 地元の伝説より〜
木花開邪姫(このはなさくや姫)を嫁にと願う悪鬼が、父の山の神、
オオヤマツミから一夜で岩屋をつくる様に言われ、一夜で完成させた
ころという伝説があります。 
コノハナサクヤヒメを嫁にと願う鬼は山の神、オオヤマツミの指示どおり
一夜にして岩屋を造り遂げます。
安心した鬼はうつらうつら・・・夜が明けて鬼がおきて見るとちゃんと
完成したはずの岩屋の石が一枚抜けています。
これは朝、鬼が寝ている間にオオヤマツミが石を一枚抜き取った跡
とも言われています。
オオヤマツミが朝あわてて岩屋から抜き取って投げたこの石は 
西都市の石貫神社参道入口に据えられている。
古墳の入口から玄室に至る道の天井に大きな隙間があります。
鬼の窟古墳という名前はこの伝説から由来しているのでしょうね。」
http://www.pmiyazaki.com/saitobaru_on/
こうした、鬼を利用して古墳を作ったという伝承もある。
すると日向では鬼とされるものは出雲で月支族、ニニギ尊とされる
ものではないかと思われる。記紀でもニニギは空中で生まれたとか
途中から入り込むような話になっている。

505 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 21:34:46
伊の字が一番重要で、伊勢、伊賀、伊予、古代朝鮮に関係する伊の文字ではないか

506 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 21:57:39
伊の文字だけでなくイという発音が重要だとおもう。
能古の島のイジャナミ、イジャナギの東進
イズモとの対立、クマソ伝説の欠落。

507 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 05:25:22
>>504
近い?日向と土佐じゃぜんぜん別の場所やんけw

508 :がいやまん:2005/08/26(金) 06:21:32
>>504
四国南西地方は銅剣銅矛文化圏の影響が強く、山頂に武器の名を付けた石鎚、
剣山と霧島だったか山頂に剣を立てた山があることが似たような考え方であるし、
高知県には九州にもある十市物部に関連する地名がある。食べ物もご飯にぶっ
掛ける(詳細度忘れ、スマソ)似たものがあるらしい。

509 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 07:35:00
古代はイに伊をつけるという決まりがあったわけではないので
イに関する音は伊以外にも検討する必要あるでしょう。
漏れの想像ではこのイは海岸沿いの勢力と比較的一致しているので
魏志倭人伝のあの入れ墨していた南方的な倭人に関係する
ものだと思うな。


510 :がいやまん:2005/08/26(金) 09:05:38
>>508
四万十川というのは島津と関係があるのでは。つまり、島の人、鹿児島の人。

511 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 09:19:17
しまんとはアイヌ語ですよね、ずっつ後から漢字を探してあてた

512 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 09:29:17
それ、デンパ学者の妄言だから半分聞いておく程度でいい

513 :がいやまん:2005/08/27(土) 11:01:04
おっと、しまんたw

514 ::2005/08/27(土) 12:36:43
「籠る」(こもる)は古形では「籠む」(くむ)でせう.
名詞化すれば「籠み」(くみ)ですね.
隈クマとも神カミとも関連がある言葉なのでせう.

515 :がいやまん:2005/08/28(日) 06:21:38
球磨に近い甑島のトシドンと男鹿半島のナマハゲ、トルコ系クマン、コマン族の
侵入したハンガリーに近いオーストリアのナマハゲ。秦氏の功満王、土佐月山
神社に近い久万高原。神武が久米の援軍を待ちながら進軍した熊野。吉備の
山中の熊野。トルコ語でクマンというのは荒地、山地の意味。キガネゴイエネガー。

516 :がいやまん:2005/08/28(日) 07:50:40
またぞろ、歴史、大河ドラマの水に流されるであろう、安徳帝さながらに、水に流された
邪馬台国ラストエンペラー、忍熊王のクマ、タケフルクマのクマもい同じクマなのは、
彼らが職業軍人族クマン、久米部と関係があるのかもね。

517 :がいやまん:2005/08/28(日) 07:53:29
クマンというのはタタール語であったかもしれない。スマソ。クマソ。

518 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 10:00:01
発音はどんどん添加しやすいし、漢字も色々な物を当てはめてるので、
どれがどれかわかりまへん、白木人はほんまみたいです

519 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 10:32:40
熊も古形はクム。
朝鮮音で金をクムと読み(慶尚道ではコム)人名や地名の時はキムと読む。
日本語では金をクロガネと読み、鉄を意味します。
朝鮮語で「黒い」は何種類かあり、コムというと重い黒、カムと言うと黒光りする
ニュアンスがあります。
釜、鎌のカマや、カミナリ等のカミは黒光りするニュアンスなのだと思う。
あと、オオキミのキミや吉備の国のキビはキム(金)の事だと思う。


520 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 10:55:18
そこまでいくと関連性苦しいよ。
ほとんどこじつけにしか聞こえない。
関連性がないとは言わないが立証性に乏しい。

521 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 12:09:30
それはあんたが朝鮮語を知らないからだよ。

522 :がいやまん:2005/08/28(日) 13:53:19
伊勢遺跡 http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/iseiseki.html

「もともと社殿という施設が「ヤシロ」という「神を迎え入れ、一時的に篭もる
場所」としてあったことに由来するといわれています(それは木造建築物に
限らず、それ以前は石や草木で簡易的な祭祀場を設けたりなどしていた)。
「ヤシロ」は本来、祭りの時だけに設営される施設であったため、祭りが終わる
とそれは解体されて、また、次の祭りの時に場所を代えて新しい「ヤシロ」を設ける、
といった形態が原初的な祭祀方法だったと、神道学の分野などでは考えら
れています。」

これはユーラシア巨石遺跡研究において重要な考え方だと思う。また、篭ると
いうこと、亀、水鳥などに農耕牧畜の再生産の原理を見ているのだろう。

話は変わるが、この遺跡は天孫側が大国主への譲歩で天の安川に勝鬨橋、
マリーナを建設しようと譲歩した国譲りの場所だと思うんだ。

また、神社とは三上山等聖なる山の見えるところに作るという神社の起源をも
示しているようだ。



523 :がいやまん:2005/08/28(日) 14:04:16
これはアルタイ、モンゴル、ザバイカルの典型的ヘレクスル、BC7-8世紀頃、スキタイ
時代というか、のヤシロ ヘレクスル/鹿石
http://sae-spb.narod.ru/8-01/image066.jpg
これの前面にある石柱、鹿石についてロシア学会には陽根のシンボル、世界宇宙
モデル、世界樹、埋葬された指導者、武人の石像、馬のつなぎ柱、霊堂、刀剣崇拝
の表現ではなかろうかとの意見があるらしい。実は平原、香椎宮、善光寺等わが国も
この構造を踏襲している。香椎宮の神主は鹿飼というらしいが、エベンキ語では
オロチェニというらしい。ロシアでカザフスタン方面まで調査範囲を広げてこうした
鹿石の調査をしている。 http://www.unesco.kz/kazhistory/conf_2004_foto.html#nul
するといろいろのことがわかる。

524 :がいやまん:2005/08/28(日) 14:16:09
鹿石を四角又はそれ以上にして各方位で様々な厄除けをしているようだ。これは
日本では黒石寺、「蘇民袋は麻布でできており、その中に小間木と呼ぶ六角形の
護符(縦一寸二分<約3.6cm>直径七分<約2.2cm>の木片)が山盛り五升分入っている。
小間木は桂の木の一年目の若枝で作る。六つの面には蘇民、将来、子孫、門戸、☆、
黒石寺、が印されている。」、風の盆の音頭に「二百十日の真夜中に六角ヘノコが
飛んできて、村の後家さん逃げ回る」等と全国的に有名だ。また、六根清浄という
富士登山、修験道の杖、こけし等に現れている。頭の部分は最重要で鹿石とはここに
トナカイ、デンドライト式に成長する氷、春のぜんまい、トナカイの角に宇宙の法則を
見るのであろう。これが鹿島神社の要石では古来龍頭であったとういう。つまり、鹿
の頭は龍の頭に変化するのだ。

525 :がいやまん:2005/08/28(日) 14:20:29
日本でも鹿石などの研究は盛ん。
http://homepage2.nifty.com/i-love-turk/shiveet-ulaan/shiveetulaan1.htm
だが、たまには初詣にも帰ってこないとコマイヌをライオン石等と言うことになるw
このコマイヌ像を見ると日本にコマン、すなわちトルコの影響がなかったとは誰でも
いえなくなるのと違うか。

526 :がいやまん:2005/08/28(日) 14:36:24
日本の鹿石は宇佐を拠点 http://homepage2.nifty.com/hatazoku/kyou1.htm
として楯築、松尾神社などに移動したようだ。いわゆる神武東遷に加わったのかな。

527 :がいやまん:2005/08/28(日) 14:41:07
国際的至宝、三女神社「三柱石」の無残な姿
http://homepage2.nifty.com/hatazoku/mihasira.htm
これって銭金では変えない、国宝以上のものだと思うが、断腸の思いだね。
ユーラシアは荒廃している。

528 :がいやまん:2005/08/28(日) 14:47:30
>>523
世界樹で思い出したが熊野の那智などにあるナギの樹、あれを見ると欧州にある
世界樹の概念と似ている感じがする。

529 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 14:48:38
突厥の影響は日本に随所に見られますが、それは渡来文化
そのもののような気がします。
日本や朝鮮に来た渡来人とはこの突厥と極めて近い種族であった
ろうと考えますが、突厥碑文などの文字が残っていない等から
突厥そのものとも少し違うのかな?と思うわけです。

530 :がいやまん:2005/08/28(日) 14:59:38
突厥碑文は何世紀に、どこで成立したものかわかりませんでしょうか?
楯築遺跡はAD200年頃ですから宇佐のメンヒルはAD150年頃かと思われます。

531 :がいやまん:2005/08/28(日) 15:16:58
欧州に侵入したコマンをロシア人は黄色人(ポロベツ)と呼んでいるが、突厥は
アジア系白人であり、コマンの中にはモンゴロイドが相当多かったことを意味し
ている感じで、日本に入ったコマンもどちらかといえば純突厥ではなくツングース
等がほとんどであったということは大いに考えられますね。

532 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 15:29:56
突厥が白人であるという説はよく聞きますが、どの程度
信じて良いかわかりません。
中国人が匈奴、突厥を模した人形をみたことがありますが
正直、モンゴル人そのものでした。四川省には彼らの末裔がいますが
やはり白人の血が混じっているようには思えませんでした。
エフタル(大月氏?)を白フンと呼んだことからも
フン族は基本的にアジア系だったのでしょう。
アナトリアトルコ人をみて突厥=白人という先入観が根強いのかな?
と思ったりします。

533 :がいやまん:2005/08/28(日) 16:07:09
ロシアによる研究の結果丁霊、狄は事実コーカソイドであり、存在した。
丁霊は匈奴の一部となったというのが結論です。ロシアくらい研究に金をつぎ込んだ
国はないでしょう。

534 :がいやまん:2005/08/28(日) 16:20:25
トルコ、アゼルバイジャンはトルコ語ですが、欧州人、アラブ人としか見えませんね。
参考:トルコの国旗
http://www.geocities.com/Pentagon/Bunker/6066/ayyildiz.html
月読神社の紋章
http://genbu.net/data/iki/tukiyomi_title.htm

535 :白馬青牛:2005/08/28(日) 23:40:35
>>532
突厥のキヨルテギン像は、容貌からモンゴロイドですね。
匈奴も王侯貴族、あるいは単于であったとされるイノンーウラ古墳出土の
頭髪は黒色を呈し、直毛であり、今日のハルハーモンゴル人の頭髪に近く
匈奴国家の少なくとも支配部族がモンゴロイド型人種に属したとされる。
北匈奴は西方へ移動した(フン族か?)が、イリ川の西方、ケンコール
古墳群の遺骨は基本的にはモンゴロイド型人種に属するが、幾分か混血が
ある。外部の封土の遺骨はコーカソイド型、とりわけパミールー
フェルガナ人種に属しておるのでしょう。
>>533
牧畜文化でも、アフェナシェボやアンドロノボ文化人は、コーカソイドで
近隣森林地帯はモンゴロイド。カラスク牧畜文化人は、モンゴロイドでも
シベリアの森林諸種族(バイカル型)ではなく、「華北型」(中央アジア
型、長顔、北アジア種に比べ高い鼻。ただしロシア人はコーカソイドの
影響もありうるとしている。)に近いということでしょう。羌
(チベット・ビルマ系)、戎(チベット・トルコ系?)、狄(トルコ・
モンゴル・ツングース系?)、貊(モンゴル・ツングース・高句麗系)等
中原北部種族も「華北型」(中央アジア型)の別れであると思います。
ロシア人は、形質、考古学的要素で種族分けしておる部分がありますが、
最近のDNAやHLAの遺伝子の研究から、渡来系日本人を含め東亜の
種族は、北亜より、中亜種に近いようですね。

536 :がいやまん:2005/08/29(月) 08:32:06
なんだか古臭く、キルギスっぽくて恐縮なんですが、こういう情報があります。

主題:丁霊問題
副題:G.Ye.Grumm-Grzhimaylo仮説の新歴史考古学資料に基づく見直し
Lev Nikolaevich Gumilev 1959年ソ連地理学会報No.1
中央アジアにおいてはヨーロッパ人種の枝分かれとして2つの白人亜種が
実際に存在した。
その一つは南シベリアにいた長頭「丁霊」、別の一つは華北にいた短頭「狄」。
ヨーロッパ人種と丁霊は直接的関係はなく、それらは旧石器時代に枝分かれ
した亜種である。
丁霊の子孫はイェニセイ・キルギスであるが、紀元後第二千年紀、南方から
到来したモンゴルと北方から到来したウゴルに吸収された。
戒狄の子孫は紀元後第一千年紀、一部は華北華人により、一部は東部
チベット人により吸収され、後者は混血してタングート族を生んだ。
ステップ丁霊はフンの一部となり、それにヨーロッパ的風貌(高い鼻、ふさふさ
としたあごひげ)を与え、他方、ステップの狄、烏孫、鉄勒は9-12世紀にモンゴル
族に吸収された(AD840年のウイグル汗国滅亡後)。


537 :がいやまん:2005/08/29(月) 08:56:51
檀石槐に拉致された倭人もいるそうですから、シベリア引揚者のような倭人が
引揚者失対事業としての古墳建設に参加したということもあるかな。

538 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 09:09:15
ソ連はかつてシベリアに抑留した日本軍人も詳細まで調べました。
県別の調査で、鼻の高さ、眼窩の深さ、肌の色、事細かに
調べ上げられています。
日本では殆ど知られていませんね


539 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 09:30:12
渡来人は朝鮮を経由して日本にきましたが、朝鮮での滞在は短いものでした、
次の渡来人が大陸から押し寄せてきたので

540 :がいやまん:2005/08/29(月) 19:07:51
>>535
月氏というのは甘粛省に跋扈していたイラン系、つまり、シルクロードの商人的
なものだったといわれていますが、新羅とインドの姫との婚姻伝承もあり、大月氏
との関係もあったのかなー。ヒミコ時代には魏が大月氏にも金印を出しているし。
等と考えるのですが。こうなると月氏は匈奴の攻撃を受けその支配下に入り、朝鮮
半島を南下して馬韓に入ったという仮説はどうでしょうか。


541 :白馬青牛:2005/08/30(火) 02:19:47
>>536
>南シベリアの長頭の「丁零」、華北の短頭の「狄」が白人亜種と
断定出来るのは、遺跡から出土した人骨、頭骨からの結果ですか。
しかも亜種という意味がようわからんのです。少しでも、鼻が高ければ、
白人亜種となるんか、どうか。あるいは、中原の彩文土器の起源が
バルカン、南ロシア方面にあることから、そのような説が出たのかも
知れません。
時代的変化は知りませんが、現代の東チベット人の、頭長幅示数
[今村1968]は、75ぐらいで長頭といえます。
それと遼寧系・スキタイ系青銅器文化は高句麗、朝鮮半島、日本の渡来系
文化にも影響があるが、遼河付近一帯の赤峰紅陶期人(農主牧副民から
牧主農副民に変化した東胡人、烏垣、鮮卑、遼寧青銅器人)も人骨から
中亜種「華北型」とされ、モンゴル高原の匈奴とは、違いがあったんで
しょう。

542 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 06:49:42
人類学板の厨は頭指数絶対主義者が多いのだけれど、
頭指数は環境やら近親婚などで短期間で変化しやすいでしょう。
事実、縄文人間でも差異はあるし、同じ人種間でも、
そして同国人でも差異はある。ただ、全ての外見的特徴が流動的
というわけではなく流石に、顔の凹凸、肌の色はおいそれと変わらない
傾向がありそうですが、頭指数だけでの人種判定は極めて問題があると思う。

543 :がいやまん:2005/08/30(火) 07:12:20
>>541
前後関係に不明なところがありますが、基本的には頭骨測定の結果のようです。
アウシュビッツ時代の名残ですかね。亜種というのは欧州を含めて同じレベルの
枝分かれということのようです。最近ホモサピエンス全体の脱アフリカはアラビア半島
東端-南西アジアではないかといった説を目にしました。中原の彩文土器に
ついては印欧文化到来以前のイラン高原にあった農業文化ではないかと考えられる
節もあります。バルカン東部、ドナウ川、ドニエプル川の農業文化も印欧文化の前の
段階で牛がシンボルのようですね。中国神話に出てくる神農氏でしたか、牛の姿、
デカン高原と同一とされる牛鋤等もヤンシャオ文化への西方からの影響が考えられ
ますね。青銅器自体については中国南西部にコーカサス地方より古いのがあります
ので中国独自のものでしょうが、春秋戦国時代の戦車は印欧神話によく登場する
もので、西方から伝来したのだと思います。

544 :がいやまん:2005/08/30(火) 16:09:40
>>541
>それと遼寧系・スキタイ系青銅器文化は高句麗、朝鮮半島、日本の渡来系
>文化にも影響があるが、遼河付近一帯の赤峰紅陶期人(農主牧副民から
>牧主農副民に変化した東胡人、烏垣、鮮卑、遼寧青銅器人)も人骨から
>中亜種「華北型」とされ、モンゴル高原の匈奴とは、違いがあったんで
>しょう。

青銅短剣の技術の流れを考えると、カラスク→タガール→オルドス
(スキタイ鉄剣模倣)→遼寧(東胡→烏垣+鮮卑)→松菊里(ソングンリ)→
吉野ヶ里→出雲荒神谷といった流れですね。

シルクロード(インド・パキスタン・洛陽・馬韓):月氏→匈奴→鮮卑→
烏孫(烏丸)(これだけの広域と長期間において長短頭指数の適用は無意味
となるかも)シルクロードのこの部分の東西の極、大月氏、邪馬台国に魏が
金印を授与したのもそれなりの意味があるかも。
これは烏丸半島という守山の地名の所在地であるが(これはまた、京都の地名でも

あるが)、天孫が大国主にヨット、マリーナ、勝鬨橋を譲歩した天の安川と思しき野

洲川、三上山、伊勢遺跡、烏丸(Uwan)ではないかと思われる和邇川、イザナギ

墓所などガこの辺に集中している。この辺が国譲り前夜の重要なポイントでは
ないでしょうか。

545 :がいやまん:2005/08/30(火) 18:18:45
これまでに述べた漏れの仮設を整理すると:
(1)平原、香椎宮、熊野那智、善光寺、鹿島神宮などにはヘレクスル遺跡の鹿石に
 相当する柱、神木、霊石がある。これはヘレクスルの世界樹、鹿石の方位魔除
 などと関係がある。黒石寺六角形護符小間木、六根清浄の杖も方位魔除。
 これらは古代宗教と関係がある。
(2)山頂、ふもとの宮などに剣、鎚等を納める宗教儀式があり、霧島、石鎚、剣山、
 五剣山 などの山岳、石上神社、荒神谷其の他は古代の宗教と関係していた
 可能性がある。 神武の熊野遠征もこの延長線上にある可能性がある。英彦山に
 伝わる天竺から投げられた五本の霊剣はシルクロードにおける初期仏教とステップ
 のヘレクスル文化の習合である可能性がある。石上神社に献納されたフツの御霊の
 フツとは大月氏より伝えられた「仏陀」という言葉であった可能性がある。
 これは新羅とインドの婚姻伝承などの背景になっているのではなかろうか。この仮説
 は 後漢、三国時代の仏教ブームを考えると捨てきれない。
(3)こうした宗教伝播の媒体となったのは月氏であり、記紀においては月読尊、遺跡に
 おいては月山神社、船形山、月型、船形石がキーワードとなる。

ヒミコの鬼道においてスサノオ・八幡などと関連すると見られる内行花文鏡が三角縁
神獣鏡に変わるのは何らかの宗教改革であり、その改革に対しては相当の反撥があ
ったようだ。

546 :白馬青牛:2005/08/30(火) 23:04:37
>>542
そうですね。それゆえDNAやHLAの遺伝子も考慮しております。
しかし、容貌も参考になると思います。
ロシア人民族学者のシロコゴロフも、ツングース南方起源説を唱え、
北上し現地の北亜種と混血したとする。その起源を黄河ならびに揚子江
(長江)流域として、ツングースの衣服がシベリアの気候に適さず、
容貌から南方支那人や安南人(ベトナム人)には驚くほどツングースに
似た容貌があるとのこと。
マルチン=マルチ二も満洲人の容貌について、
「彼等の顔は整っており、色は白く、鼻は支那人ほど低くなく、目も
さほど小さくない。」とも関連するかも知れません。
エーバーハルトのツングース起源である河北、山東、遼寧、満洲説より
南方起源となっております。

547 :白馬青牛:2005/08/30(火) 23:56:23
>>543
中原の彩文土器について、イラン、西アジア系の初期農耕文化が
直線文の彩文土器を特徴とし、バルカン、南ロシア系の初期農耕文化は
渦巻文、波状文等曲線文の彩文土器を特徴とする。天山山麓〜甘粛、
更に大興安嶺南部の熱河彩陶に至るまで曲線文の彩文土器を特徴とする。
それゆえ東欧方面の影響と思えるのです。
戦車、車輪文化の西方起源には同意です。北狄の方が騎馬化する以前は
徒歩ですね。
>>544
銅剣は縞を厚肉に作っておるんで、突くのには鉄より良いと以前書いたが、
銅剣を含め、遼寧青銅器こそ高句麗を強国にしたともいえそうですね。
地名については詳しくありませんので、なんとも言い難いのです。

548 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 23:59:52
http://list2.auctions.yahoo.co.jp/jp/2084053073-category-leaf.html?f=&alocale=0jp&mode=1

もう直ぐ決着だ。

でもパンツ丸見えって恥ずかしいよね。これ。

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