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幕末の志士達が生きていたら

1 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:23:45
桂小五郎、西郷隆盛、坂本龍馬等明治維新の立役者が現在生きていたら、
いまのような日本を見て何を思うでしょうか

2 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:30:07
2!2!2!

3 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:30:39
西郷隆盛公が生きていたら、弱腰外交と統一性の無い政府の政治観に激怒すると思う。
征韓論で日中韓で反欧米勢力作ろうと考えるほどの人だから・・・
二個になっちゃうけど、征韓論の誤解と現在の大陸についても失望すると思う

4 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:44:07
>>3
今の民主党のような方だったのですね

5 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:44:40
>>1さん
立役者って、明治政府に影響を与えた人や敗者側の人は入らないの?
例えば、榎本武明や福沢諭吉、勝海舟に一橋慶喜公とか

6 :3:2005/07/25(月) 22:49:30
>>4さん
現在の民主党はどうか良く知らないのですが、征韓論はアジア圏を欧米列強から守ることから発したようです。
しかも、西郷公自身が朝鮮で斬られる事で、朝鮮へ日本が圧力をかけ、内部の革命家に尽力する手はずだったそうです。
どこまで真実かわかりませんが、李氏朝鮮打倒の革命家とは連絡{嘆願されていた}していた資料が残っているようです{大学の助教授が言っていました}

7 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:50:29
坂本龍馬は「アメリカの横暴に対抗するためには、
日本と中国はいつまでもいがみ合ってないで
手を組まなきゃいかんぜよ!」と余計な正義感を燃やして
単身中国に乗り込んでそうだな。

8 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:52:49
>>4
民主党とはまったく反対だよ。
あの党は、日本の主権を半島・大陸に移譲しようとしてる。

9 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:57:56
>>5さん
勿論全て入りますよ。ただ長々書くと読みづらくなるので割愛させていただいただけですよ
ご心配なく

10 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 22:59:26
維新の志士達が生きていれば、凄い年寄り

11 :5:2005/07/25(月) 23:07:01
>>9 了解です!
ならば、福沢諭吉が生きていたら、現在の教育軽視の傾向{見直されつつあるがまだまだ遠く及ばないほど軽い}を嘆くと思う。
そして、国に徹底した教育改革を迫り、政治家はじめ、今の親達にもっと危機感を訴えかけると思う
国の基本こそ教育だというのだから

12 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:20:10
>>6>>7
う〜ん、西郷さんと坂本さんはその頃からもうそんなこと考えていたんですね、凄いなぁ。
亡くなったのはもったいなかった。

13 :3:2005/07/25(月) 23:35:26
>>7さん 坂本竜馬については知りませんでした!
すごい人だったんですね・・・・・
>>12さん
でも、日本が潰れるという話になって・・・・・・大久保卿が反対し・・・・・
満州国建国や第二次世界大戦での中国進行も発想の着想は、防衛圏樹立だったそうです。
無論、日清戦争なども本当はそれを目指したはずだったのが、幕末の慶喜公のような人が、革命家にいなくて・・・・餌食に
まあ、皇帝や王には自分の政権が無くなる余計な御世話だったみたいですけどね

14 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:40:21
>桂小五郎、西郷隆盛、坂本龍馬等明治維新の立役者が現在生きていたら、
>いまのような日本を見て何を思うでしょうか

「薩長のつくった新政府はまったくの失敗作だった」と思うだろうさ。
これだったら徳川慶喜に明治維新をやらせていたほうがまだマシだっただろう。
特に坂本は徳川慶喜を新政府の首相にしようとしていたからなおさらだろうな。


15 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:46:38
何らかの失敗があり、今に至る日本の平和なら間違いはなかったと思うね。

16 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:49:11
>>14 確かに
孝明天皇と慶喜公が一体になって、合議制の新政府を樹立する予定だったと聞いたことがある。
その提案者が、島津斉彬公・・・・しかも、公と慶喜公の連絡役が西郷隆盛・・・・
斉彬公が生きていて、久光公と西郷隆盛が踊らされなければ、武士も生き残れる近代政府に緩やかに移行できただろうに・・・・

また、大久保自身も振り返って、もっと良い方法があったと言いそうな気がする

17 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:10:00
>10について放置されている件

18 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:15:42
志士は一定の年齢に達した後はそれ以上老化しません。

19 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:19:11
>>18
皮肉か?
確かに、このスレの書き込みの雰囲気からしたら、
本当にそういうことにもなりそうな気がするなw

20 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:22:56
志士は早死にしたからこそ志士として祀り上げられているんだよ。
長生きすればただの政治家としてボロを出し恥を晒したに違いない。
吉田松陰も高杉晋作も坂本龍馬も西郷隆盛も大久保利通も木戸孝允もそれでずいぶん得をしている。


21 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:25:42
年取った状態だと繰言だけで、前向きな発言がでなそう
「・・・・昔はもっと気概があった」とか、本題以外を言いそう
個人的には生き残った人でも明治維新か西南の役くらいの年代で話してほしい

22 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:56:44
逃げの小五郎、巨漢西郷、が生きてたら明治維新失敗だと思ってる。慶喜に任せた方が軍国日本にならかった!

23 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 01:13:19
平和ボケしたパピーな方がたくさんいらっしゃるスレですね。

現代ですら米やら中やら軍事大国が幅を効かせてるのに、
欧米が帝国主義・植民地主義に染まったあの時代、
軍備拡張しなくてどうするんざましょ。

このスレの方々の頭の中にある世界観はおそらく、
「清く正しい諸外国が、日本が悪いことをしないよう
公正な見地から見張ってる」って感じのものでしょうから、
まあ仕方ないのかもね。

しかも、第二次大戦を経て確立された「民主主義=正義」の理念を、
幕府方や明治の早い時期に死んだ維新志士に限って
持っていたみたいな論調ですが、
あまりにも先見性に富んでいてこれもまた大爆笑ですw

小学生の社会科討論会かよ、ここはw

24 :3:2005/07/26(火) 01:21:41
>>23
そう見えますか・・・・私のは書き方が不十分だったようですね。
ちなみに、私の所では、民主主義の考え方を持ってません。
幕末の方々は共和主義を目指したわけですし、他の方のもその視点で見ていたため私は、そのようなことは気づきませんでした。
それに、私個人としては、民主主義こそ、世界騒乱の原因だと考えています。強さ=正義な主義な訳ですし。
それに、現在も植民地化は続いています。経済という勢力面で。
お気を悪くすると思いますが、そこまでの卓見を持っているなら、もっと書き手の概念まで考慮して頂きたいと思います。
自己だけの見方は偏狭になりますから


25 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 01:53:15
北方領土、沖縄、北朝鮮問題は全て明治の軍曹のツケ

26 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 01:56:28
>>25
ということは、伊藤博文あたりが頭抱えてそうですね

27 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 03:27:16 ?#
つまり、まとめれば
徳川幕府や佐幕派は正しかった。
薩長は消えるべきだった。

ということですね!

28 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 10:10:13
でもさ、幕府厨がよく言う「公武合体路線での、徳川を盟主とした諸藩合議制の新政府」ってさ、
諸藩が今までどおり半独立状態を保ったまま続くわけだろ?
沿岸防衛とか鉄道網の整備とか法体制とかどうすんの?中央集権体制の明治政府みたいにスムーズに運ぶのか?
結局インドのように、国内の各勢力同士の小対立に付けこまれて、じわじわ植民地化するのがオチじゃないか?
聡明な慶喜公はどうやってこのへん解決するつもりなのさ?武士道で解決?

29 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:14:12
>>28 中央集権化して、藩主グループがそれぞれの勢力持っての合議制だと聞いているが。
つまり、新政府の廃藩置県と東京政府樹立をなだらかに行い、それぞれの藩が政党のようなものを作って中央からの扶持で生活する。
武士は基本的に戦闘要員として軍隊に配属され、政党の党首がそのリーダーでもあるという形。
かつ、三民平等{武士希望者以外}による流動的な社会への変革で、国民化を目指す。
明治政府が行ったことは結局、勝海舟{慶喜と水魚の関係}と福沢諭吉{慶喜の構想を理解}が実質顧問となって大まかな指針を示したものだから
だから、明治政府をもっと平和的・安定的なものにしたのが目指した新政府だそうだ。
まあ、雄藩と三賢人が保身を考えなくて住む状態でトップにいるわけだから、もっとクリーンでまとまった政府になるんだと思うよ


30 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:25:33
>>29
>新政府の廃藩置県と東京政府樹立をなだらかに行い、
そんな力と権威が当時の幕府にあったのか?長州一藩すら倒せないで?

>雄藩と三賢人が保身を考えなくて住む状態でトップにいる
逆に譜代の幕臣が保身に固執することになると思うが。

31 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:34:23
今じゃなくて1930年代に生きていたら?
勝先生が当時いれば日米開戦を阻止できたかな?

32 :29:2005/07/26(火) 13:45:10
>>30 幕府には無いでしょうね。しかし、薩摩・宇和島・土佐・水戸が完全に慶喜公{幕府にあらず}の手足のような味方
さらに、幕府の親藩も全て、慶喜公には友好的だった。さらに、血筋から朝廷への影響も大。そんな中、長州が離反できますか?
そして、そんな人相手に勤皇派の長州が敵対すると思いますか?
結局は慶喜公を入れない幕府に対し、諸所の不始末への怒りと勤皇の義務感から起こったことですから。
無論、幕臣は保身したいでしょうが、TOPに全てを取り上げられてしまえば無理でしょう。当時から慶喜公が暗殺に対し十二分に警戒していたようですし、足掻いてもあの世論なら無理でしょうね。
慶喜公自身は最後まで自己勢力を持ちませんでしたが、周囲の方々が助成し、あそこまでの力と影響力を持ったわけですし。



33 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:50:14
「なぜ民衆が無防備な格好で歩いておるのか」

34 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:50:28
>>31
先延ばしはできたと思うけど、米の圧力がすごいから結局は無理だと思う。
ただ、同盟友好国として従属するか、中国がもっと開明的なら阻止できたかもしれませんね
プラスで、島津斉彬公もいて、参政してくださっていれば回避できたかもしれませんね
ただ、資本主義にはならなそうですが{そのほうが平和でよさそうです}

35 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 19:10:53
>>29
>それぞれの藩が政党のようなものを作って中央からの扶持で生活する。
そうやってできた「政党」は、日本のために自分の地域の利益を無視できるのか?
結局「政党」同士の勢力争いが主な仕事になってしまうのでは?

>武士は基本的に戦闘要員として軍隊に配属され、政党の党首がそのリーダー
これは「政党」がそれぞれ自分の軍を持ってしまうということ?危険なのでは?
藩主と藩士の関係とどう違う?家格での序列から実力主義に移行できるのか?
そもそも戊辰戦争で武士は強かったか?庶民の軍に勝てたか?

36 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 23:17:51
徳川慶喜を首班とする新政府が発足していても、植民地化ということはなかったと思う。
もともと大名に実権がなくて家臣が藩政を動かしていたのがどこの藩でも実態。
形式上諸侯会議による政府の運営がなされても、結局のところ下級武士出身の官僚が実権を握っただろう。
廃藩置県があれだけスムーズに実行されたように、ほとんどの藩は自力では立ち行かなくなっていて、
強力な中央政府の成立はむしろ歓迎すべきことだっただろうから、藩もいずれは解体に向かっただろう。
結果としては明治維新と同じコースをもう少しゆるやかなかたちでたどってゆくことになったのではないか。
もちろん、会津や桑名のような異分子の実力による排除は避けられなかっただろうけれど。
それと、小栗上野介のような売国奴が外国勢力を引き入れて強引な政権奪取を狙ったりしなければだが。

37 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 23:26:27
ロシアの南下政策と極東進出の時期にもよるぞ。
日露戦争は明治38年に起こった。
日本に与えられた近代化への時間は少ないと思う。

38 :29:2005/07/27(水) 00:48:47
>>35
>>36に加え、中央集権、つまり、地元から切り離すわけです。
さらに、大名は地元の支持によってなった訳でないため、愛着はあっても今の政治家ほど密着し、利益を独占しようとはしないと考えられる。
育ちというものが大きく関わることを考慮するべきです。成り上がりと生粋の金持ちが価値観が違うように。
故に、より純度の高い{自己保全を考えなくて良い}政治家ができるわけです。そして、それぞれが軍を持つよりも結局は雄藩の藩主などがメインとなり、幾つかの部隊編成されると考えるのが自然な流れと考えられる。
また、天皇の元に行われると言う、現在の政府とは異なるシステムである。また、軍部と政治家がかけ離れる価値観を持つことも考えにくいため、軍部独走は考えにくい。全体での暴走はありうるが・・・・・
実力主義にならなければならないのは、徳川親戚=偉いの構造が崩れるため、実力主義にならざる終えないと考えられる。文句をいうのは、元幕府役人くらいだが、それも圧力次第である。
>武士は強かったか?
そのままでは、弱いだろうが、貴族制と同様に職業軍人にし、徹底した訓練を行えば別である。訓練なしに近代武備は不可能。それが嫌なもの、向かないものは徳川期同様、平民に行けば良いし。

問題点として上がるとすれば、二代三代目での組織硬化だろう。これは、今も抱える問題でこれについては、私では解決策がわからないです。

>>36 会津は慶喜公よりだったはずですが、違うんですか?
幕府の命というより、公や天皇の正式な命ならば両藩とも受け入れ味方すると思うのですが。律儀な藩だし



39 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 15:49:40
>>10
まあ、こういうのは、「全盛期の」というのが暗黙の前提だから。
坂本龍馬なら薩長同盟が成立したあたり、
西郷隆盛、勝海舟なら無血開城のころ・・・ぐらいがだとうじゃ無いでしょうかね。


40 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 21:55:41
>>38
>会津は慶喜公よりだったはずですが、違うんですか?
>幕府の命というより、公や天皇の正式な命ならば両藩とも受け入れ味方すると思うのですが。律儀な藩だし

家近良樹氏の研究によれば、徳川慶喜と松平容保とは、慶応2年の慶喜の長州出陣中止とともに政治的に訣別しています。
その後の王政復古から戊辰戦争への展開を見ても、桑名はともかく会津が慶喜や明治天皇の命令を素直に聞いたとは思えません。


41 :29:2005/07/29(金) 01:47:52
>>40さん
そこまでの角質とは知りませんでした。勉強し直してまた書き込みます。
情報ありがとうございます{^^}

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