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【初心者】スレッド立てる前に質問をPart13【歓迎】

1 :日本史名無史さん :2005/08/14(日) 03:10:42
分からないことをスレッド建てて聞く前にこのスレで質問してください。
専門的な質問は各分野のスレでより詳しい説明がもらえるかもしれません。
回答に時間がかかったり、回答がもらえなくても怒らないでください。
質問が続くようでしたら、名前やトリップ付けることをお奨めします。
また質問する前に一度自分でも調べてましょう。
人名・用語について調べたい時はここで聞くよりも検索したほうが速くて確実かと思われます。

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<お願い> 
 ・常時age進行でお願いします。
 ・回答に時間がかかることもあります。ご了承ください。
 ・既に専門スレがあったり、板違いの質問があったりすれば、速やかに誘導してください。
 ・過度な論争は自粛してください。
 ・煽り質問はスルー。

前スレ
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart12【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1119780508/l50

2 :日本史名無史さん:2005/08/14(日) 03:12:22
過去スレ
●初心者歓迎:スレッド立てる前に質問を●
http://academy.2ch.net/history/kako/1026/10268/1026810759.html
【初心者】スレッド立てる前に質問を Part2【歓迎】
http://academy2.2ch.net/history/kako/1041/10416/1041658641.html
【初心者】スレッド立てる前に質問を Part3【歓迎】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1052089841/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問を Part4【歓迎】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1061721234/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart5【歓迎】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1069410597/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart6【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1078388355/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart7【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1088214802/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart8【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1093006082/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart9【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1098268474/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart10【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1104767260/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart11【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1112497759/l50
【初心者】スレッド立てる前に質問をPart12【歓迎】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1119780508/l50

3 :日本史名無史さん:2005/08/14(日) 03:13:42
過去ログミラー
01 ttp://makimo.to/2ch/academy_history/1026/1026810759.html
02 ttp://makimo.to/2ch/academy2_history/1041/1041658641.html
03 ttp://makimo.to/2ch/academy2_history/1052/1052089841.html
04 ttp://makimo.to/2ch/academy2_history/1061/1061721234.html
05 ttp://makimo.to/2ch/academy2_history/1069/1069410597.html
06 ttp://mimizun.com/cgi/dattohtml.pl?http://mimizun.com:81/log/2ch/history/academy3.2ch.net/history/kako/1078/10783/1078388355.dat
07 ttp://makimo.to/2ch/academy3_history/1088/1088214802.html
08 ttp://makimo.to/2ch/academy3_history/1093/1093006082.html
09 ttp://makimo.to/2ch/academy3_history/1098/1098268474.html
10 ttp://makimo.to/2ch/academy3_history/1104/1104767260.html
11 ttp://makimo.to/2ch/academy3_history/1112/1112497759.html

4 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 03:14:44
日本史 ・ 世界史FAQ
ttp://www.geocities.jp/magurogyosenn2000/index.html

5 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 19:03:52
>>1
乙彼

6 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:06:25
戦時中、京都には大規模な空襲がなかったというのは本当なのでしょうか?

7 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:22:18
>>6
本当

8 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:32:21
うぃ〜す。先生質問で〜す。
明日って「終戦の日」ですよね。
でも日本は戦争に負けたから「敗戦の日」にはならないのですか?
つぎこそはぜってー負けないぞという意味で、
「敗戦の日」のほうがいいのでわ?

9 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:34:34
>>6
誤爆はあった。
北野天満宮の南に爆弾が1個落ちたって、
じじいが言うてた。

10 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:42:59
>>6
http://www.kamogawa.co.jp/moku/syoseki/270_3.html

11 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 12:25:02
山口尚芳って誰?
何で一人だけダントツに影が薄いの?

12 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 13:05:27
■インターネット検索
 Google  http://www.google.co.jp/
 Yahoo!  http://www.yahoo.co.jp/
 Goo   http://www.goo.ne.jp/

13 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 14:10:22
google厨uzeeeeee!

14 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 14:40:18
>>8
こだわる人は、必ず「敗戦の日」といいます

15 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 15:06:59
ウヨだとバカになるんですか?
それともバカだからウヨになるんですか?




16 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 15:40:01
>>8
こだわる人は、必ず「終戦の日」といいます

17 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 16:09:17
「玉音放送の日」が適切かな。

18 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 16:42:32
少なくとも
15を見て
ウヨはサヨより馬鹿だと思うやつなんていないから安心しろ

19 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 16:53:33
コピペに反応するなよー

20 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 17:03:48
google検索にて、
終戦記念日 の検索結果 約 153,000
敗戦記念日 の検索結果 約 45,100
呼称についてウヨサヨでの傾向の違いはあまり無いように思います。

21 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 17:07:23
臥薪嘗胆は日本人にはなじまない気もする。
ユダヤとアラブみたいなのは理解しがたい。

22 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 17:34:56
>>15
右でも、左でも、どちらか一方に傾くのはバカの証拠。
頭のいい人間は、常に両方を平等に見ることが出来ます。

23 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 17:56:50
戦争に負けたこと自体は「記念」したくないなあ。
やっぱり、長い戦争と暗くて辛い時代が「終わった」ことを記念してるんでしょ。

24 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 18:56:57
「停戦記念日」はどうか
事実、法律上はサンフランシスコ講和条約締結まで戦争終結ではないし。

25 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 19:27:22
雑談スレ 立てようか?

26 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 19:48:32
>>24
降伏文書調印で戦争終結しているが?

27 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:44:47
朝鮮半島が分断されたのは日本のせいですよね?
日本が植民地化しなければ、そもそも南北から米軍とソ連軍が
進駐してくることもなかったはずだし。

28 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:57:22
そのとおりだが、何か?

29 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 22:19:30
自分のじいさんやおじさんに聞いた戦争時代の話を
紹介するスレを建てたいのですが
同じ主旨のスレって既にありますかねぇ

30 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 22:50:59
>>26
じゃあ9月3日だろ。

31 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 22:51:53
>>29
軍板に古くからあるんでそっちに行ってくれ。

32 :29:2005/08/15(月) 23:07:37
>>31
軍事板で見つけてきたサンクス

33 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:22:15
お日柄とはいえ
夏厨大杉

34 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:29:24
それ系のスレも乱立してるし

35 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 00:51:19
>>29
>じいさんやおじさんに聞いた戦争時代の話を紹介するスレを建てたい
なぜスレなんだ? サイトをやった方がいいと思うが?

>>30
じゃあ、それでいいんじゃない?

36 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 04:58:39
結論
馬鹿ぽい質問には馬鹿ぽい答えしか返ってこない。

37 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 08:51:44
ウヨサヨ含む思想家ってどうやって生きてるの?

38 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 09:07:20
>>33
>>34
>>36
だから何?っていう・・・

39 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 09:18:55
普通に眺めてここ数日、まともな質問がないってことでしょ。
いいことじゃない?暇なんだよ皆。

40 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 09:20:47
織田信長が足利義昭に与えた二条城を元にして、今でもある
二条城を作ったんですか?
でも二条城って義輝時代にもあったような…

41 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 09:53:35
信長時代の二条城は現在のものとは場所が違う。
あれは義輝の二条御所のあとに義昭のためにつくった将軍御所。

42 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 10:11:29
>>41
義輝時代のは武衛陣であって、二条城ではない。
場所も現在の京都御所の近くにある。
義昭時代にあったものを大増改築してできたのが、今の二条城

43 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 10:22:52
アプリゲールに関心があるのですが日本史板にそれ系のスレがあるでしょうか?


44 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 13:11:28
>>42
武衛って斯波武衛家と関係あるの?

45 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 13:54:09
三河守護の一色氏から松平氏に支配が変わる過程ってどんなん?

46 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 14:03:43
>>43
アプレゲールだろ?

47 :[43]:2005/08/16(火) 14:11:31
すみません。アプレゲールですか。
ありがとうございます。
山崎晃嗣とかの頃です。どこの板になるのでしょうか?日本史とは言えないのですか?

48 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 14:14:38
>>44
義輝が斯波本邸に住んでいたから。

49 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 16:59:04
>>47
美術板とかじゃないかなぁ?
いくら歴史だからって、何でも日本史板に立てたら、ものすごい量になると思うよ。
日本テレビ史、日本経済史、日本料理史、日本教育史…すべての板・スレが日本史板に集中してしまうよw

50 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 19:00:24
A級戦犯ってなんですか?

51 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 19:11:28
>>50
「平和に対する罪」に分類された人
ちなみにBは「通常の戦争犯罪」でCは「人道に対する罪」

52 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 19:11:38
>山崎晃嗣

これのどこが「美術板」なのかと小一時間(ry
ここには豊田商事のスレもあるんだから、日本史板でいいんじゃないの?

53 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 19:22:00
なんで幕末って、高杉晋作・桂小五郎・西郷隆盛・江藤新平とかの下級藩士が
藩全体を動かせたりできるようになったの?
毛利敬親とかなんにもしてなかったし…
すんごい疑問です

54 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 19:26:04
>>51
そうなんだ

ありがとう

55 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 19:30:59
質問です。杉田玄白が人間を解体している場面の絵とかってあるんでしょうか?
あと、解体新書を片手に人間を解体していたのか、解体新書を解読してから解体をしていたのか
どなたかご教授お願いいたします。少しわかりにくい文章ですみません。

56 :[43]:2005/08/16(火) 19:46:35
〉49 52
お返事ありがとうございます。
豊田商事スレあげてみます。
犯罪や文学というより、当時の空気。アプレゲール世代の感触に興味があります。

57 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 20:07:49
>>53
別に江戸時代は身分が極端に固定されていた時代ではない。
学問ができるか、剣ができるか、単純に有能であるかすれば、
殿様に見いだされるチャンスはそれなりにあり。
特に桂は剣も学問も一流。

田沼意次だって、親の代まで紀州藩の並の武士だったのに、
気が付けば老中になっていた。

58 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 20:45:00
>>45
三河の守護は永享以降、一色氏から細川氏(阿波守護家)に変わったのでは?

59 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 20:47:33
>>53>>57
桂って中世までさかのぼれば毛利一族だし、長州藩での身分は高いほうでは?
高杉も大内氏の一族か有力被官の子孫じゃなかったっけ?

60 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:20:45
>>58
永享の時には既に三河は松平氏の配下でわ?

61 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:29:23
毛利敬親って、異母妹と結婚していたってマジですか?

62 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:41:25
高杉は明白に上級の部類。
桂も養家は元は150石で末期養子で90石だからまあまあだわな。
もっともこれは実家が医者で金持ちで、勝の場合なんかと同じく、
実質的に家を金で買ったようなものという話もあるけど。

63 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:51:51
上級部類でも、藩を動かして一軍を引き連れるってのはきつくね?

64 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 22:07:07
高杉の場合は松陰門下の名声もあるし、
藩主の世継ぎの信頼も得てたんだから文句無しでしょ。

65 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 22:41:18
豊臣秀吉と秀頼のように、実は皇族のタネではないのではないかと噂される
天皇っていないのですか?

66 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 22:54:46
ん?

67 :65:2005/08/16(火) 23:00:39
豊臣秀吉と秀頼の関係のように、っていう意味です、念のため。

68 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 12:07:56
>>52
知らんよ。
アプレゲールと書いていたから、これのことかと思ったんだよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%AB

69 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 12:17:02
桂小五郎は、毛利一族の桂氏?
井上馨は、元就に粛清された井上一族の生き残り?
山県有朋は、安芸武田一族の山県氏?

70 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 12:37:14
桂と井上はそう。山県は中間の出なのでちがう。

71 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 16:19:01
なんで桂、井上の出自はそこまで知ってるのに
奇兵隊の山県の出自も知らないんだ?普通におかしくね?

72 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 19:55:29
山県は甲斐源氏じゃなかったっけ?自称。
たしか甲州に行ったとき突然言い出したなんてことを
聞いたような、聞かないような。

73 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 21:03:52
毛利元就の子孫って何人いるんだ?
ひょっとして長州藩士って上から下まで元就の子孫(養子に出されて他姓を名乗っている場合も含め)で
固められてないか?

74 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 22:09:42
なわけねーだろ。
尼子や陶の旧臣とかもいるよ。

75 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 22:25:19
>>71
常識的に考えて長州の蔵元中間が甲斐源氏の山県のわけないだろ。

76 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 22:53:35
そーいや尼子は幕末にいたの?

77 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 00:52:59
>>75
>>71>>72の間違いだろ。

78 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 01:06:19
>>72
一応、甲斐源氏の山県氏の苗字の地は安芸国山県郡。

79 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 01:21:34
晴久の子供達は普通に毛利の家臣になってるし、
幕末まで残ってるでしょ。ただし姓は佐々木を名乗ってたはずだが。

80 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 02:28:13
ぐぐることもしない厨に教えてやることぁないぜ

81 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 02:56:06
尼子家は毛利家臣として維新まで、
維新後は毛利家の使用人として食い繋ぎ
なんとか家は存続したが、
最後の当主が昭和15年東京の毛利家別邸で死去。
中国の名門尼子家は絶家した。


82 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 14:52:49
家臣じゃなくて客将では?

83 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 15:37:11
部落民と言うのは幕府が作ったものだそうですが
幕府が差別しろといったからと言って
そんなの簡単に差別対象になっちゃうものなんですか?

84 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 15:43:01
強いものに立ち向かわないものの不平不満は弱いものへと向かう。

85 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 16:29:44
>>83
それは過去の話で、現在は否定されている。
被差別部落は中世にでき、徳川幕府はそれを人別帖を分けて登録させ、
差別を公式化しただけ。

86 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 17:03:00
……ちくしょー
教師なんてウソばっかだ

87 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 21:30:56
>>86
おまい、85に騙されてるよ。

88 :日本@名無史さん:2005/08/18(木) 23:00:57
>>87
教えてください

89 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 00:20:22
横入れすいません。
高校生ですが、夏休みの課題図書で日本史に関する本の
感想文を提出しなくてはなりません。
とりあえず推薦書一覧にあった梅原という人の『黄泉の王』という
文庫を入手しましたが、どのようなまとめをすればいいのでしょうか。
「高松塚古墳」というのは最近も新聞で見た気がするのですが。

90 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 00:47:14
まずちゃんと読みましょ。そうすりゃ何かしら思うことがあるでしょうから、
それをそのまま正直に書きゃ良いのです。文科大臣賞かなんか取って
大学進学時のアピールポイントにしよう、なんてさもしい考えでもなければ、それで充分。
最近新聞で見たというのは、きっと壁画の解体保存が決定したという記事でしょう。
わざわざこの時期にその本を課題図書にしたのは、この記事を絡めて書けってんですかね。

91 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 00:50:54
>>90
アドバイスありがとうございます。
タイトルがおもしろそうなんで借りてみたけど、
昔の人名が覚えきれない・・・orz


92 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 00:52:30
>>89
その本古すぎない?
電波ゆんゆん系かもしれん。

93 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 01:18:35
>>89の課題の推薦書一覧が見たいところっスねー。
他にどんな本が挙がってるのか。

94 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 09:07:45
秀吉の刀狩では、武器が庶民から取り上げられたと教わります。
この時、猟師(マタギ含む)たちからは猟銃は取り上げられなかったのでしょうか?

まさか、「刀」狩りだから「銃」は見逃すなんてトンチみたいなことがあるわけはないですし。

95 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 09:58:19
>>94
刀を狩り集めて、それらは農具になり、農民に返還された。
わざわざ商売道具を奪ってしまうほど、秀吉はバカじゃない。

96 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 10:12:07
そーいや、客将って江戸時代下ではどんな扱いされてたの?
臣従の礼をとることなく扶持だけをもらうの?
それとも、臣従の礼をとってちゃんと役職につくの?

97 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 10:33:27
毛利は客将多いよな。
前述の佐々木(尼子)もそうだし、細川一族の備中守護家(細川高国の弟晴国の子孫)なんかもいるし。

98 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 11:49:30
猟師は銃を持ってたよ

99 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 15:30:49
山口にどこぞの客将が多いのは、大内の代からデフォなのか…

100 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 15:47:26
秀吉は侵略者だけどな

101 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 16:22:57
>>100
はいはい、チョン乙

102 :宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/19(金) 17:24:54
あまりに初歩的な質問で申し訳無いのですが、特攻隊≒自爆テロでよろしいでしょうか?

103 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 17:56:19
ものにもよる。戦争中のものは自爆攻撃。戦争が終了しても命令無視で個人責任で勝手に特攻していったのは自爆テロ。

104 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 18:27:06
最近、戦争行為とテロの区別がついてない気がするから解釈の問題だとおもう。
個人的には、国規模でやるのはテロじゃないと思ってたんだが・・・

辞書的には
テロル=暴力に訴えて敵対者を脅かすこと。
テロリズム=政治目的のために、暴力あるいはその脅威に訴える傾向。またその行為。

105 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 18:35:38
>>102
交戦状態にある国の戦闘艦艇に体当たりすることが、何故テロになるのか理解できない。
ただの戦闘行為に過ぎないよ。

106 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 19:04:41
>>93
アドバイスのお礼に(高校ばれるかな?)

・井上元彦『逆説の日本史』
・梅原猛『黄泉の王』『水底の歌』
・藤川圭介『宇宙王子』
・夢枕漠『陰陽師』
・網野善彦『異形の王権』
・今谷明『室町の王権』
・鈴木真哉『刀と首とり』
・司馬遼太郎『関が原』『風神の門』『菜の花の沖』
・荒なんとかさん『帝都物語』
・浅田次郎『鉄道員』

高校生には難しいよ、せんせえ orz

107 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 20:21:16
>>106
史実という点から見るとデンパな本ばかり紹介しているのはわざとか?
おまえ、人間のクズだな。

108 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 20:26:52
ぽっぽやは歴史の本なのか?

109 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 20:56:26
>>107
あのね、>>89>>106)は、学校の課題で「このリストの内のどれかを読んで感想文を書け」
と言われたそのリストを紹介してくれているだけで、クズなんて言われる筋合いはないですよ。
つーか、何の面識もない人間に簡単にクズなんて言うもんじゃありません。

しかし何というか…パンクな学校なんですねー。
いくらなんでも宇宙王子(ママ。宇宙皇子かな)だの帝都物語だのはねぇだろ。

110 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 20:59:08
>>106
一応時代順に並んでいるな。
ぽっぽやは「現代史」なのかな。
「荒なんとか」じゃなくて、アラマタ・ヒロシだ。

111 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 21:09:33
>>106
先生は鈴木信者っぽいな。

112 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 21:32:36
つか藤川圭介なんか今でも手に入るのかw

113 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 21:44:06
最終部黎明編が多少入手困難か。


114 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 21:47:21
>>109
クズは何を読んでもクズ

115 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 00:21:17
>>106
難しいと言うより、電波本しかないじゃないかw

>>114
クズはなんと答えてもクズ

116 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 00:33:47
>・荒なんとかさん『帝都物語』

「俣」くらい読んで変換してくれw

117 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 00:36:59
ベストセラー系が含まれてるのは少しでも歴史に親しんで欲しいってので分からんでもないが、いきなりトンデモ説
をそれっぽく記述してる本を高校生に課題で読ませようとするとは何を考えてるんだろ。
売り上げ基準で選んだにしても司馬作品の選が微妙だし、どういう考えで選んだんだこれは?
鉄道員にいたっては作者が歴史小説書くってだけだし・・・

118 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/08/20(土) 00:54:02
>>94
近世にも、猟師は銃を所持していましたし、免除されたのでは。
中世後期以降、各地域の村落でも甲冑や鑓・弓矢が儀礼に持ち出されていまし
たし、完全に没収する事は、もとより不可能であったでしょう。
「刀狩り」というのも、実効性のある武器没収というよりは、二本差しを武士の
専売特許・象徴にするという面が強かった様で、また一時的なものでした。
江戸時代になっても、少なくとも前期には、まだ水争いなどで弓矢・鉄砲・刀・鑓など
の使用が見られました。

119 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 00:58:01
>司馬作品の選が微妙だし
きょとん・・(*・o・)つーか、これ選んだ人。司馬は読んでないんじゃないのかな・・・なんで『風神の門』なんだ・・・

120 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 01:25:25
>>94
上手く言えないが個人の武器ではなく集団の武器を禁じた
何かあったときに部下を武装させるための武器弾薬とかそんな感じのを禁止

121 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 02:03:46
>>94
猟師の鉄砲は武器ではないぞ。

122 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 10:46:57
http://www.geocities.jp/hiromiyuki1002/cyousenrekishi.html
これって本当ですか?

123 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 11:20:10
明治維新当時の朝鮮が貧しかったのは常識だ。
それを日本が大金を投じて美化した。


124 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 13:46:56
>>115
荒俣の俣も読めないクズがエラソーに吠えるな。

125 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 14:51:35
>>124
はぁ?
俺を>>106と一緒にするなよ

126 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 15:03:16
戦前の軍隊内で、どんなにエリート学校を出てそれなりの戦果を
挙げていても平民出身者は佐官クラスまでしか昇官できなかったというのは本当ですか?
逆に華族・高級士族ならば、たいした成果を出さなくてもいい学校出てれば
簡単に将官になれるとか…

127 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 15:36:04
>>126
軍オタの分際で学問板に来るんじゃねえよ

128 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 15:51:21
>>126
本当ではありません。

129 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 16:18:49
>126
何?どこでそんな階級闘争好きの左翼の知識をゲットしたの?
できれば本教えてw

130 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 16:58:12
>126
もしかしてそれは北朝鮮軍のことかーーーーーー??????

131 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 17:10:15
マジレスすると、家柄華族の軍人は将官になってもせいぜい少将どまりで、
ほとんどは佐官までで退役して宮中に入るか貴族院議員になる。

中将までいったのは前田、醍醐両侯爵と臣籍降下の元皇族小松侯爵くらいで、
元帥陸軍大将寺内寿一なんてのは例外中の例外。

132 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 17:15:39
陸海軍とも大正期くらいまでは中下級士族の出身者が多いが、
これは官費で学べる軍の学校が没落士族にとっての出世の早道だから。
海軍の斉藤、鈴木、岡田、米内、山本、井上なんかもみんな士族。

133 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 19:59:51
>>131
寺内なんて出自の怪しい新華族じゃないか。

加賀百万石前田利為大将を忘れてもらっては困る。

134 :133:2005/08/20(土) 20:01:23
 と、思ったら前田って書いてあった。気づかんかった。


135 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 20:18:27
新華族とはいえ、2世世代で大将までいった人は寺内以外はいないんでは?

武家華族の前田利為侯爵は戦時中、陸軍中将で事故死。死後、大将に進級。
ほか武家華族では松山藩主家の久松伯爵と御三卿清水家の徳川好敏が陸軍中将。
徳川中将の場合、先代が爵位を返上していたので自らの功績で男爵になった。

136 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 06:18:49
前田って東条に嫌われて戦地に左遷されたんでしょ?

137 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 06:30:09
なんで室町幕府が崩壊してすぐに烏帽子直垂は廃れたの?
豊臣政権下の肖像画でも裃タイプの礼装が多いし…

138 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 07:25:31
>>136
東條に好かれると言うことは、人間的にどうかしている。

139 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 08:01:59
狗奴と伽羅と任那ってどう違うの?

140 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 09:53:53
戦地に出された人間はみんあ東條に嫌われた事になるのかw
前田は召集されてボルネオの軍司令官になったんだよ。

141 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 09:57:10
任那は捏造

142 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 09:57:57
侯爵家の当主で陸軍少将が南方の激戦地の司令官を命じられるなんて
左遷以外の何物でもないだろ

143 :142:2005/08/21(日) 10:00:32
少将じゃなくて中将だった。

144 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 10:01:03
軍人なら当たり前だ。

145 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 10:39:41
>>142
軍の人事に華族とかは関係ないよ、宮様とかはさすがにどたばたしたらしいが。


146 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 10:43:01
予備役中将が召集されて軍司令官になるのが左遷とはw

147 :日本@名無しさん:2005/08/21(日) 10:52:18
>>137
すぐに廃れた訳ではありません。
室町後期の戦乱の時代になると地方の武士が戦いだして世に出てきて中央にあった古来の文化が
廃れ戦う男のスタイルに取って変わっていっただけのこと。要は、戦乱が服飾を変えていったのです。
頭を剃る月代(さかやき)がスタンダードになってくるのもこの戦国時代から。束ねただけの髪では兜を
被ると蒸れるから剃ったのが始まりとか。スポーツ刈りみたいなもんです。

何といいますか、学校で一日の3分の2が体育授業になってしまったら、学生服がジャージに、髪型も
スポーツ刈り&ショートが普通になっていったようなものと思えばよろしいかと。

それでも『忠臣蔵』の松の廊下シーンをみればわかりますとおり、烏帽子直垂は武官のフォーマル着
としてありつづけたのですが。

148 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 12:48:53
>>138
あなた東条英機のこと何も知らないんだねw 妄想乙。

149 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 13:41:24
馬鹿に馬鹿というと荒れる罠・・・

150 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 15:11:18
戦前最後の首相、鈴木貫太郎氏が

「大丈夫です。私は日露戦争も226事件も大丈夫でした。
その私が一緒なのですから安心してください。」

というのを降伏決定後、誰かに言ったそうなのですが
どのようなシチュエーションでの言葉なのか、ご存知の方
いらっしゃいますか?
この人の年輪を感じさせるセリフなので、気になっています。

あと、氏の初陣は日清戦争なのでしょうか?

151 :日本@名無しさん:2005/08/21(日) 15:36:15
>>150
水雷戦を専攻し、日露戦争のときは第四駆逐隊司令で中佐。
彼我の位置を正確に知る為、敵バルチック艦隊の前を横切るなど
勇敢な働きぶりも残している。

しかし、初陣は日清戦争。
威海衛を攻撃したさい、「鬼貫」の勇名を高らしめている。

152 :日本@名無しさん:2005/08/21(日) 15:45:55
>>150
雰囲気からすると、終戦前日の八月十四日、昭和天皇から「聖断」の勅を賜ったときではないかと。
しかしその夕方から情報が漏れ広がり、強硬派からの刺客を避けるため、貫太郎は家族と共に
転々と移動したという話があります。このとき78歳。

153 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 16:04:41
>>148
お前はヒトラーを優秀という気違いと同じw

154 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 16:07:48
>>151 >>152

ありがとうございます(・∀・)!
お聞きした言葉のほうは、思っていたよりも
差し迫った状況だったんですね・・・。
調べてみると氏は1948年逝去との事。
戦前の歴史をそのまま生きてきた方ですね。

155 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 16:10:11
東條英機に嫌われるタイプ

不真面目な方
裏切りが大好きな方
マスコミ関係者

156 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 16:21:09
つまり前田侯爵は

不真面目な方
裏切りが大好きな方
マスコミ関係者

なのね。


157 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 16:25:16
娘がやたらと父を美化し、東條の犠牲者みたいに吹いてるけど
ただ単に、予備の中将が召集されボルネオで軍司令官となり、
飛行機が墜ちて死んだというだけの話。
事故らなけりゃ普通に終戦まで生きてるよ。

158 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 18:47:44
>>157
美意子さんはほら吹きだから(ry

159 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 18:56:04
>>55
遅レス
まず解体新書とはオランダの解剖学の書物、ターヘルアナトミアと他何冊かを
前野良沢、杉田玄白、中川淳庵らが翻訳して出版したもの。
だから、解体新書を片手に解体とか、解読してから解体という言い方はおかしい。

前野良沢、杉田玄白の二人はターヘルアナトミアを所持しており
その記述の正確さを確かめるために小塚原の刑場にて腑分け(解剖)を見学した。
二人ともオランダ語は読めなかったがターヘルアナトミアには詳細な図解が描かれており
両名は記述の正確さに驚嘆し、翻訳を決意した。
なお、この時解体を担当したのは長年腑分けをしている大変元気な
下人(非人)の老人であったという。

死体の腑分けは穢れたことであり、下人の役割とされていた。
なので前野良沢、杉田玄白は解剖はしていない。
例えしたくてもさせてもらえなかった。

160 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 21:16:09
>>147
丁寧な長レスありがとうございます。
なるほど、体育の授業が三分の二ですかww

161 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 21:23:03
江戸時代、島神主などが瀬戸内海や伊豆大島などの離島の行政を任されていたことが
多いのはなぜですか?
ここでいう「島神主」とは、神社の祭主というより支配者という意味なんでしょうか?

162 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 22:01:58
ま〜、前田侯爵の召集は>>157の言うとおりだろうね。
事故死したのは戦争初期の話だし、特別「死地」に追いやられたってわけでもないし。

ただ、親英米派でリベラルで名門の出だから、ガチガチの軍人連中から嫉妬されたり、
嫌われていてもおかしくはないな。

163 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 22:42:27
前田って戦死扱いじゃないんでしょ?
確か戦傷死者として東条から扱われ、遺族手当てを減額させた逸話があるが…

164 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 22:44:28
江戸時代、流罪をとかれて本土への帰還がかなった人って、その後
どういう身分になるの?やっぱ非人に落とされるわけ?

165 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 22:47:02
東條が懲罰召兵を何度かしてるからな。
そういう話になってしまうんだろう。

166 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 22:48:56
東京裁判の時に東條の頭を後ろからペシペシ叩いてたおっさんは誰?

167 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 22:51:34
>>166
大川周明

168 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 23:02:05
日本内地より朝鮮半島の為の国家予算が上回ったりした年があったよね?
公式な資料はどうしたら調べられるのかな?

169 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 23:06:52
>>164
時代劇的には刺青入れられて社会復帰してた。

170 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 23:28:07
>>167
だあれ?

171 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 23:32:29
>>163
もともと飛行機事故による死亡なので国は殉職扱いにしようとしたが、
相続税が莫大な額になるので帝国議会で
政府は相続税目当てに故意に殉職扱いにしたのか
との批判もあって戦死扱い(戦死に準ずる扱い?)にしたと聞いたことがある。
(戦死なら相続税免除)

172 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 23:33:14
>>170
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E5%91%A8%E6%98%8E

173 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 00:10:49
>>153
こういう無知な人間が何でこの板にいるんだろうね。謎だ。

174 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 00:45:20
まぁ政治家として有能かどうかと問われればヒトラーは有能な人間だったし
漏れには理解できんが、ヒトラーは当時の女性に絶大な人気があった(不思議・・・

只、世の中にはレッテル付けによってしか全てのものを峻別できない気の毒な人も
いてるから、何時迄もこの話題をひっぱってもリアル火病しかみれないだろうね(苦笑


175 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 00:52:13
>>155-158http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1097309100/429の中の人

176 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 09:24:38
武家奉公人に付いて教えてください。
どんな種類があるんですか?身分的には武士だったんですか?

177 :日本@名無しさん:2005/08/22(月) 12:45:30
>>174
戦争屋としては×だが、内政屋としては超一流だったから。

女性に人気があったのは、権力者で格好良い英雄でしかも紳士だったから。
紳士というのが非常に大きいかと。足りないのは身分と背丈くらいか(ワラ
それでも風采が上がらないほどではなくって。スターリンに較べたら(ry

178 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 13:58:18
「すべての女性に夫を!」
戦争未亡人が多かった当時の、
ヒトラーのプロパガンダの一つ

179 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 13:59:41
>>168
ありません

180 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 14:06:51
天皇妃と皇后って、何がどう違うんでしょうか?

181 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 15:08:18
>>177
>女性に人気があったのは、権力者で格好良い英雄でしかも紳士だったから。

ますますヒトラーと小泉が(ry

182 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 15:20:48
もういいかげん別スレor他の板でやれよ。

183 :日本@名無しさん:2005/08/22(月) 15:27:40
>>180
「妃」と「后」。
どちらも「きさき」と訓じますが、漢字では平幕と横綱くらいの差があるのです…

184 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 16:01:14
>>183
何がどう違うんですか?

185 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 16:17:46
ピラミッドの頂点が后、その下に中宮、妃

186 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 16:21:41
確実に双子であった日本史上の有名人って誰がいるんでしょうか?
できるだけ過去の人物を教えていただきたいのですが…。

187 :日本@名無しさん:2005/08/22(月) 17:25:24
>>184
今の日本(皇室)において、単純な皇子の妻としての「きさき」は「妃」。
「后」は内裏の中央に住まう事を許された「きさき」のトップをいう。

(1)皇后…天皇の正妻
(2)皇太后…先代天皇の皇后か天皇の生母
(3)大皇太后…千々代天皇の皇后か、天皇の内祖母

の三つを指す。あわせて三宮(さんぐう)という。
中国と日本、それぞれの時代で微妙に概念が異なってくるが、この認識で大体OK。
天皇の家を成す(元)正妻だけに許されている称号と考えてくれ。

だから皇太子の正妻は「后」とは書かない。皇太子「妃」と書く。
元々は他家から輿入れした者だから。

188 :日本@名無しさん:2005/08/22(月) 17:37:26
>>187
×千々代天皇の皇后か、天皇の内祖母
○先々代天皇の皇后か天皇の内祖母

それから
「中宮」=内裏の中央に住まう事を許された「きさき」。
「后」=内裏の中央に住まう事を許された「きさき」のトップ。
ということも書き添えておく。誤解しないように。

>>183で「妃」=平幕、「后」=横綱と書いちゃったけれど、
「妃」=十両(ここからがプロの相撲取り)、「中宮」=三役、
「后」=横綱(三役のトップである大関の名誉称号)と書き
換えたほうが適切かな。



189 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 17:51:02
>>186
「有名」の基準が人によって違うと思うので何とも言いにくいが

ある程度著名とおぼしきところで挙げると
・結城秀康と永見貞愛
・松平忠輝と松千代
あたりが確実な双子。

双子は「畜生腹」と言われ忌み嫌われたため、片割れが養子に出されたり(上記の2組もそうだが)
生年月日の記録をわざとずらして残したりすることが多かったために、史料で明確になる例は少ない。

190 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 19:43:12
>>189
ありがとうございます。どちらも家康の子ですね。
双子ができやすい遺伝子みたいなのがあるんでしょうか。
(人物による史料の多寡というのもあるんでしょうが…)
中世以前の例も知りたかったのですが、さすがにないんですね。

191 :日本@名無しさん:2005/08/22(月) 19:48:47
>>190
あるとされる>遺伝子
が、双子ができやすいのは主として母親の理由。


192 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 20:16:50
平安時代は日本は非武装中立だったのですか

193 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 20:40:32
違います。

194 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 00:08:25
江戸時代の日本全国の郡の石高が分かる史資料ってありますか?
全国の自治体史見ろってのっはなしで。

195 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 00:55:06
今の神道にはキリスト教的要素が含まれていると聞きましたが、どういったものがあり、また、いつごろから取り入れ始めたのですか?

196 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 01:29:26
>>194
地域によっては、江戸時代のいつなのかによってかなり違う。
時代が下れば下るほど、表面上の石高と実際の石高が乖離する。
太閤検地段階のものなら、比較的全国同一的な基準によるデータがあるのでは?

197 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 01:34:40
>>180>>185>>189>>192>>194
春夏秋冬スレ立てました。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1124704728/l50

198 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 03:41:02
なんで日本地図の樺太部分って半分白いの?
日本が主張してるのって北方四島だけだよね?

199 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 05:18:29
織田豊臣政権の経済政策は、商業を重視した重商主義で、
徳川政権は農業を重視した農本主義だと、
よく言いますが、事実ですか?

200 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 05:25:07
江戸時代、天皇や、貴族はどんな髪型をしていたのですか?やはり武士と同じようにちょんまげですか?
また、ちょんまげはいつ時代から、するようになったのでしょう?
また、武士だけではなく農民や商人も髷を結ったのはなぜですか?

201 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 08:16:32
>>194
http://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/kyud/db_param

202 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 10:06:48
>>198
日本は放棄したけど国境未確定
日本領だと主張する人も無論いる

203 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 10:39:27
>>202
>日本領だと主張する人も無論いる

どうせ一部のバカウヨだけだろ?w

204 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 10:58:24
>>203
一部の土人

205 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 11:04:00
>>198
日本は放棄したけどロシアが領土問題に応じないので
千島列島も含め国境未確定


206 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 12:03:33
とりあえず、南京と真珠湾で靖国は謝罪しろ。

207 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 12:33:50
>>206
まずお前が死んだらね。

208 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 12:43:41
>>207
ウヨ坊は死ねしか言えんのかw

209 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 13:19:26
>>208
サヨ坊は捏造しか出来んのかw

210 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 13:36:47
板違いです。

211 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 13:42:00
【初心者】【歓迎】
なスレらしい展開ですね。
勢いがそれほどないスレを読むと内容の高度さについていけないことがしばしばですが・・・

212 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 14:15:04
>>198
日本が放棄したサンフランシスコ平和条約にソ連調印してないし。
そのあと領土問題棚上げのままだし。

213 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 14:34:02
江戸時代ってどうやって公共事業の業者を決めてたの?
入札制度自体は現代とあまり変わらない?

214 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 19:16:40
え?じゃあ、空白がない中国や韓国とは国境完全確定って事?

215 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 20:26:55
中韓は後出しジャンケンしてるだけだろ。
ブサヨはなんで中韓の肩を持ちたがるかな?
特に韓国なんて、70年代まではブサヨはスゲー罵ってたくせに。

216 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 20:50:03
質問ですが幕府を開いても地方などによる内乱は続いているんですよね?
幕府というものは国内一の権力を持っているものではないんでしょうか?
朝廷に将軍に任命されても、現在で言う政府のような存在ではなり得ないんですか?

217 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 21:09:59
実力を伴わない権威には誰も従いません

218 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 21:23:43
幕府とは裁判所のようなものだ
と言ったのは佐藤さんだったかな?

219 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 23:02:13
>>216
ちょっと>>218が言っていることとも重なるけど、在地で起こった紛争に対する
中世の幕府のスタンスは、基本的には訴えがあったときに裁判を行って裁定を
下すというものです。

在地で起こる紛争は原則として当事者間で解決すべきものとして見なされて
おり、紛争が起こっていても訴えがなければ原則として幕府は介入しませんし、
当事者間での紛争解決手段として、実力行使も容認されています。
また幕府等に訴える場合でも、証拠書類等は当事者が自力で全て揃えて
提出するのが原則ですし、刑事事件の場合は容疑者さえも原告の側で捕縛して
幕府の奉行所に引き渡さない限り受理されません。

但し幕府が何らかの裁定を行った場合には、その判決は当然強制力を
持ちますので、それに従わない者がいれば幕府による制裁の対象になり得ます。
例えば、幕府の統治能力が低下したとされる戦国時代においても、実際には
幕府は多くの訴訟の受理・裁定を行っていますし、その判決が実際に執行されて
いる実例もかなりあります。

もっともその後、戦国時代を経た結果、最終的に織豊政権以降、こうした
紛争解決における当事者主義、特に当事者間による実力行使は否定されるように
なって江戸時代に至るわけです。

220 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 05:50:25
従三位以上の官位官職の人間は、自分で行政組織を持てたというのは本当ですか?
だから頼朝は右大将・従三位・征夷大将軍に就任したと、どこかのサイトに書いてあったのですが…

221 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 07:36:37
石見銀山跡地は世界遺産候補らしいのですが、なんでですか?
なんか景勝があるわけでもないのに…

222 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 12:29:08
明治の海軍元帥、伊東祐亨ってやっぱり飫肥の伊東氏の子孫なんですか?

223 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 12:32:02
>>222
そう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E7%A5%90%E4%BA%A8

224 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 12:41:19
>>221
ポトシがいけるんだしうちも狙えるんじゃね?
な感じ

225 :日本@名無しさん:2005/08/24(水) 13:02:58
>>222-223
ああ薩摩伊東氏ね。伊東祐安(義祐の従弟)が始祖の。

226 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 13:13:30
>>225
最終的には本家より爵位は上になったんだな・・・

227 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 14:26:03
>>226
江戸時代も本家から分知された分家が旗本として出世して
本家より大きな譜代大名になってしまった例がいくつかあるからなあ。

228 :216:2005/08/24(水) 20:15:25
返信いただいた皆様ありがとうございました。
幕府=天下統一とは違うのでしょうか?
それなら秀吉なども幕府を開けたと思うのですが。
なぜ開けなかったのでしょうか?

229 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 21:04:33
幕府を開こうが将軍になろうが、軍事的支配力が無ければ誰が従うというんだ?
政府の言うがままに増税や年金掛金アップを受け入れる現代人とは違うのだよ。
戦国の空気を残した人達は。今の視点で歴史を見ないように。

秀吉が征夷大将軍にならなかったのは諸説ある。
が、秀吉(あと信長も)は征夷大将軍や幕府のような名目的な存在には特別興味がなく、
秀吉が一時期征夷大将軍を望んだのも関東、東北の征伐の
名目を求めただけに過ぎないという説に個人的には乗る。

230 :日本@名無しさん:2005/08/24(水) 23:51:53
>>228
過去の幕府は武家の統括組織としての意味はあるけれど、戦国時代以降、極めて独立性の
強くなった地方の大名たちを統括するために、再び過去の幕府組織が必要とされるとは
限らないだろ?寧ろ、幕府よりも遥かに強権的な別の違う組織が必要になる…ということを
考えるほうが自然じゃないかな。

地位だけなら将軍を望む事もない。朝廷公家の権力に気を使う時代じゃなくなっているから。
関白太政大臣のほうが遥かに高位で、人臣としてこれ以上の権威はない。体制の一本化
ということもあるが、>>218-219で縷説されている「豪族大名たちの裁定屋」同然の地位など、
関白太政大臣にとっては、はっきりいって如何でもいいレベル。

で、家康が将軍になり関東に幕府を開いたのは、新しい武家政権を作るというよりも、
単純な話、こういった考えのアンチテーゼとしてやったとも言えるんだな。

231 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 00:27:37
>>197
アンカー間違えてません?

>>196
秀吉の検地帳は郡ごとに石高が記されてるんですか?
何で読めるかも教えてもらえるとありがたいです。

>>201
そういえばそこがありましたね。ただ、村ごとに足していくのに手がかかりそうな。

232 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 07:39:38
なんで三好三人衆は義維じゃなくて義栄を擁立したの?

233 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 12:20:00
お由羅騒動について詳しく教えてください

234 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 12:51:49
>>233
 島津斉興の後嗣について世子斉彬に対して,斉興の愛妾お由羅の子久光を推す動きがありました。斉彬の子供が相次いで死去したことが,
お由羅一派の呪詛調伏によるものだという噂を生み,継嗣問題を一層紛糾させました。斉彬擁立派の中心は近藤隆左衛門・山田清安・高崎五
郎右衛門で,彼らは花倉屋敷での異賊調伏修法を悪意ありとし,斉興側近の島津久徳殺害をたくらんだといわれています。このような不穏な行
動は,藩の知るところとなり,嘉永2(1849)年突然近藤・山田・高崎らが切腹を命じられました。さらに切腹・役免・遠島等の処分が相次ぎ,総数50
余名にのぼりました。

235 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 15:51:14
将軍後見人て結局どういう役職なんですか?

236 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 17:57:34
>>232
擁立しようにも、義輝が殺された時点で義維は60近いオッサンですぜ。
これまでの将軍が豪傑な若者なのに、新しい将軍様が60のオッサンってのは勘弁。

237 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 19:08:16
日本に自国を憎むような市民団体が多いのはなんでですか?
どこかの国の影響が入っていたとしても、外国の国歌にもおんなじことがいえるんじゃ…
それでも外国には日本程いませんよね?

238 :日本@名無しさん:2005/08/25(木) 19:15:45
>>237
外国でも非常に多い…というか、外国のほうが多く、しかも過激だぞ。
いわゆる「異民族」「異教徒」「異門徒」の市民団体だが。

239 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 20:10:43
フランス国歌を嫌うフランス人は結構いるし、
アメリカのいかにもアメリカ的な部分を嫌うアメリカ人も多いし、
知り合いのロシア人は近代以降のソ連とロシアの歴史を心の底から憎んでいた。

>>237
外国と比較することで自分の国のことを卑下したがってるように見えるよ。アンタも。

240 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 21:48:07
基本的に現在のことは悪く言う人が多い気がする。
愚痴の一つや二つはあるものだしな。

241 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 21:26:33
江戸時代の長崎でおきたフェートン号事件について詳しく調べたいのですが
お勧めの書籍は教えてください。
AMAZONを「フェートン号」で検索したんですがHITしませんでした。

242 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 23:03:58
ちょっとお前らに聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?
何時代でも良いのですが、武士が学んだ学問とは何でしょうか?
四書五経ですか?他に何かありますか?
また、どのような勉強方法や時間割だったのでしょうか?
教えてたもれ。

243 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 23:06:39
朱子学

てか、このくらい基本だろ?

244 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 23:32:50
馬糞を食わされたのをきっかけにぶちきれて、江戸城の中で人を切りまくった
話があると聞いたんですが本当ですか?

245 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 23:49:29
>>242
同じく朱子学。

246 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 01:22:37
>>241
日本洋学小誌
杉本つとむ 編著

247 :日本@名無しさん:2005/08/27(土) 01:41:40
>>244
「松平外記事件」のことか?

248 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 07:27:07
がっかり。

249 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 08:42:05
>>242
官学だった朱子学は基本的に全員が義務的に勉強している。
あとはその家のつく役職や職種で父兄や私塾で勉強する。
数寄者は踊りやら歌なんかも師匠のとこで習ったりするので、
仕事をしている時間より勉強している時間の方が長い奴多かったかもな。

250 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 11:34:06
>>241
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

251 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 15:01:45
>>247
なんですかそれ?

252 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 15:16:38
細川家って越中守が通称だったんですか?
それはなぜでしょうか?

253 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 15:20:20
初代忠興が越中守だったから。

254 :日本@名無しさん:2005/08/28(日) 00:41:22
>>251
知らんのか…じゃあ概説。

時は文政年間、将軍家斉の世。駒場野で世子家慶の追鳥狩が催されたときのこと。
陪従する拍子木役が御書院番三番組の中から任じられることになった。これは非常に
名誉な役だったのだが、四十八人中二十番目に過ぎなかった松平外記が手中にして
しまった。

当然、同僚達の嫉妬はひとかたならないもので、激しい嫌がらせを受けることになった。
外記は耐えられなくなり、病と称して拍子木役を返上、自邸に引きこもってしまった。

文政六年(1823)四月二十二日。
外記が久しぶりに職場の西ノ丸書院に姿をあらわすと、同僚達があらぬことをささやき
合っていた。外記は聞こえぬ振りをして詰めていたが、交替の時間が来て休息の部屋に
入ってもなお、同僚の雑言が絶えなかった。

255 :日本@名無しさん:2005/08/28(日) 00:42:44
午後四時頃。
外記はついに堪忍袋の緒を切らして、小刀を抜き、階段を駆け上がり、書き物をしていた
本多伊織の首を切り落とした。驚いて追いかけた間部源十郎と神尾五郎三郎。空手だった
間部は頭と手を切られ、神尾は慌てて逃げる途中後ろから頭と手を切られた。近くにいた
戸田彦之進は片腕を切り落され背中から袈裟懸けに切られ、沼間は脇腹から腰へ刀を
突き通された。他の同僚たちはその中を逃げたり隠れたり。最後に外記は腹を切った上
咽喉を突き、自害した。

彼らのボスである番頭・酒井山城守はこの時不在だったため事件の報告が遅れ、それが
済まないから医師を呼ぶこともできず、十七時間後、ようやく医師が訪れたとき本田、
沼間、戸田の三名は出血多量で死んでいた。

酒井山城守は責任追求を恐れて内々に済まそうと裏で取り繕ったことが露見、御役御免
及び差控えの処分。他の同僚たちも処分された。当然松平家はお家断絶。


256 :日本@名無しさん:2005/08/28(日) 00:52:04
…というもの。

ともあれ、こんなド派手な事件だからすぐ江戸市民たちの話題になり、
いろいろな噂が立ち川柳もたくさん作られた。

このときのイジメに、父である御小納戸役・松平頼母のコネ云々、
お弁当に油(一説には馬糞)を入れる、羽織の紋を墨で塗りつぶすなどなど…
また「使われた刀が無銘ではあったが村正であった…」というのも。

『甲子夜話』『半日閑話』あたりの話だ。真相は闇の中。

257 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 01:29:50
>>242
江戸時代の武士なら頼山陽の「日本外史」なんかを筆写したりしていたね。
テキストの内容を写して覚えることは昔の学習方法の一つ。

私は現代人でそういう教育を受けたという稀有な人間を知っているがw

258 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 08:47:43
開幕以降、江戸の人口って移住者の割合はどのくらいだったんですか?
家康が入った時は誰もいないど田舎だったのがあっという間に人口が増えるには
やっぱり地方からたくさん人が流れてくる必要があったと思うんですが。

259 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 12:15:46
>家康が入った時は誰もいないど田舎だった

ワレ、北条なめとんのかい!

260 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 12:18:43
>>258
>家康が入った時は誰もいないど田舎
これは伝説に過ぎない
実際は、交通・流通の要衝であり、北条の支配拠点であった。

261 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 17:54:29
今だって東京に比べれば、人口10万程度の地方中心都市だって田舎と言われる
こともあるだろう。当時の京大坂に比べれば小田原でさえ田舎だろうから、
江戸は「誰もいないど田舎」でいいんじゃね。

262 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 18:52:03
東京と比べたら大阪・名古屋も田舎でつ・・・

でも広島の香具師から「大阪はたいしたことない」と言われたときはムカついたw

263 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 20:09:30
質問させて下さい。
江戸時代に、日本には日本地図を外国に持ち出しては
いけないという規律があったそうですが、それは何故ですか?

264 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 20:19:37
軍事機密だから

265 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 20:22:00
>>264
ありがとうございました。
日本の作り自体が軍事機密になっていた、ということでいいのでしょうか。

266 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 20:48:15
日本の仏教ってあらゆる宗派が中国経由なんですけど、中国では仏教が
定着しなかったのはなんでですか?
留学僧が中国で勉強していた時も中国では仏教は主流じゃなかったんですか?

267 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 20:55:16
>>265
戦争をする時は地図を見て作戦を立てるものです。
>日本の作り自体
それが相手に手に取るように分かってしまったら
攻め易い場所、重要な場所を教えてるようなもんです。
特に問題になったのは伊能忠敬が測量・作成した
大日本沿海輿地全図で、その正確さから最高機密
になっています。これに関してはシーボルト事件が
有名ですね。この時期は日本近海に多くの異国船が
修交や通商を求めて日本近海に現れ始めていました。

268 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 21:02:26
>>267
なるほど!凄く良くわかりました。
シーボルト関係でこの事について調べていたので
助かりました。丁寧な説明、ありがとうございます。

269 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 22:12:03
>戦争をする時は地図を見て作戦を立てるものです。

NHKが紀行番組で、好んで北海道や日本海側の海岸を
撮りたがるのはそれが理由なんですねw

270 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 23:22:25
>戦争をする時は地図を見て作戦を立てるものです。
第二次大戦では日本もアメリカもそれをやっていなかった時があったな。

271 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 23:35:02
>>270
まぁ地図が手に入らなかったり、そもそも無い地域や有っても
役に立たない地図だったりもするから。

272 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 00:22:52
>>259,260
小田原じゃなくて江戸が?
でも、仮に最初に少しの人口はいてもその人口はものすごい速度で増えたんでしょ?
入植者の割合ってどんなもん?
駿河台とか浜松町は静岡からの移民の名残って聞いたけど。

273 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 03:38:56
>>272
北条の重臣の江戸城代が置かれた

274 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 08:04:03
国民新党の綿貫って、陸奥の豪族綿貫氏の末裔なんですか?

275 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 11:04:25
平安時代に攻めてきた刀伊って、満州民族でしょ?
なんで高麗や支那と敵対してたのに日本までせめてこれたわけ?
途中で高麗軍に殲滅させられる希ガス

276 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 22:03:48
>>266
隋から唐の中期までが中国仏教の全盛期。
それでもまだまだ仏教勢力は大きな政治的な力を持ってたが、
それに対抗するための後周時代の廃仏が最大の弾圧。
これで学問としての仏教の流れが断絶し、
禅宗や浄土教みたいなわかりやすいのが一大ブームに。
(道元もこの頃に中国に行って禅を学ぶ)

ここまでは日本とほぼ同じ流れなのだが、中国にはモンゴルという台風がやってきて、
チベット仏教が大ブーム(フビライもハマった)。さらに道教や儒教なんかが
まとめてかき混ぜられ、中国の宗教全体がゴダゴダの民間信仰化し中共の登場に至ると。

277 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 22:27:51
明治始めに生まれた人物で、父が村の名主の次男。母が藩の御典医の娘。
経歴を見たら、「士族」になってたんですが。御典医って士族?

278 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 22:40:44
の場合は多い。藩医の家柄だと西周あたりは有名かな。
もっとも江戸で蘭学に触れて即脱藩。

279 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 00:45:32
>276
>禅宗や浄土教みたいなわかりやすいのが一大ブームに。
>(道元もこの頃に中国に行って禅を学ぶ)

わかりやすい、からかどうかはともかく
この二行の前に、宋代に、が抜けてないか?

280 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 11:48:58
蘭学に触れて即脱糞

281 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 18:23:44
蘭学に触れて即脱ダム(でも、ダムより広い遊水池はつくりまーす)

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