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白川静vs藤堂明保vs加藤常賢

1 :蒼頡:04/10/21 19:19:23 ID:XT4/twGB
決着をつけるときが来た。

参考:
白川静『漢字の世界』1・2
ttp://ime.nu/www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0987.html
白川静は「と」だと思う
ttp://ime.nu/finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/02/post_23.html

2 :蒼頡:04/10/21 19:22:50 ID:XT4/twGB
2ゲト

3 :代行:04/10/21 19:23:52 ID:6frT78ci
>>1
糞スレ立てるな!


4 :蒼頡:04/10/21 19:32:51 ID:XT4/twGB
白川静

●人物紹介
立命館大学名誉教授。明治43年、福井に生まれる。働きながら夜間の立命館大学専門 部国漢科に通う。
立命館中学教諭を経た後、立命館大学法文学部漢文学科に入学し、卒 業後、同大予科教授となる。
29〜56年、立命館大学教授を務めた。漢字研究の第一 人者として知られ、
59年、50年に及ぶ研究成果を盛り込んだ漢字の字源辞典「字統」 を刊行、続いて「字訓」を刊行、
平成8年には13年半かけて漢和辞典「字通」を刊行、 三部作完成させる。他の主著に「金文通釈」(56冊)、
「説文新義」(全16巻)、 「稿本詩経研究」(全3巻)、「詩経―中国の古代歌謡」「漢字」などがある。
●心に残ったお話
「学問の世界。自分の手で問題を解決する楽しみがそこにはある」この言葉を語る権利 を持っている人は
あまり多くいません。僕らがしたり顔で「借り物」の答えを言っては、 のんきに自分の力で解いたんだと
錯覚している中、先生はひとり黙々と正真正銘「自分」 の手で、白川漢字学の世界を切り開いて来られました。
強靱な意志、たゆまぬ精神力、 己を信じる心。どれも必要だったに違いませんが、
ただの後付の理由に聞こえてきます。 先生に言わせれば「楽しかったから、やっただけじゃ」
ということになるのかもしれま せん。
ttp://ime.nu/obserai.co.jp/top/works/seisaku/eichi/s.shirakawa.html

5 :蒼頡:04/10/21 19:53:40 ID:XT4/twGB
白川静『字統』vs藤堂明保『漢字語源辞典』vs加藤常賢『漢字の起源』

一字一字比較して、違いを理解したいという次第であります。

6 :名無氏物語:04/10/21 21:06:41 ID:xouVzeXb
一字一字比較したら意味ないじゃん。

7 :蒼頡:04/10/21 21:17:05 ID:washIjYo
なんでよ。

8 :蒼頡:04/10/24 18:14:50 ID:oWn69lyn
参考文献:
『常用字解』    白川静著    平凡社
『漢字源』     藤堂明保ほか編 学習研究社
『角川 字源辞典』 加藤常賢ほか著 角川書店

【士】

[白川]
{解説} 象形。小さな鉞(まさかり)の頭部を、刃を下にして置いた形。実用品の武器ではなく、士の身分を示す儀礼用の器である。(略)
{説文} 一上に、士は一から十を知るものであるとしているのは俗説である。(略)

[藤堂]
{解字} 象形。男の陰茎の突き立ったさまを描いたもので、牡の右側にも含まれる。
{単語家族} 事(旗を立てる。たつ)と同系。また、仕シ・ジ(身分の高い人のそばにたつおとこ→つかえる)とも同系。

[加藤]
{字形} 契文では、地上に木の棒をつき立てた形と見られるが、「牡」字に即して考えると、牡器(男根)の?立した形を表わす象形字と見られる。
{字音} シ。この音は、物が「?」(立つ意)するところからきた。

9 :蒼頡:04/10/24 18:16:04 ID:oWn69lyn
む、「?」は人偏に事です。

10 :名無氏物語:04/10/24 18:35:02 ID:xhwkBZez


11 :蒼頡:04/10/24 18:40:35 ID:ErneIrti
>10 どうも。
Janeでは文字化けしちゃうね。

IEではどうかな?倳

12 :蒼頡:04/10/24 19:07:22 ID:ErneIrti
【牡】

[白川]
(記述なし)

[藤堂]
{解字} 会意。牡の右側の部分は土に誤ってきたが、もとは士であった。士は男性の性器がたったさまで、のち、男・おすを意味するようになった。牡ボウは「牛+士(おす)」で、おすがめすの陰門をおかすことに着目したことば。⇒【士】
{単語家族} 冒ボウ(おかす)→卯ボウ(両側におし開く)と同系。

[加藤]
(記述なし)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

藤堂先生の解釈がここまではナマ生しいですな。
【士】については、白川vs藤堂・加藤という図式です。
厨房のころ学校の先生に、縦棒は陰茎で横二本線で金玉って、
教わったけど、どうなんでしょう。

13 :蒼頡:04/10/24 19:51:37 ID:E1bAVmhk
【特】

[白川] トク・おうし・ひとり
{解説} 形声。音符は寺ジ。寺に待(まつ)・等(ひとしい)の音がある。
{説文}二上に「朴特ボクトク、牛父なり」とあり、大きい牡牛をいう。
{詩経、魏風、伐壇}の「毛伝」に「獣、三歳なると特と曰ふ」とあって、牛に限らず成獣の牡をいう。人について、
{詩経、秦風、黄鳥}に「百夫(多くの男子)の特なり」(百夫にもすぐれたお方)とあるように、
「すぐれる、異なる」の意味がある。また独と通用して「ひとり、ただ」の意味に用いる。

[藤堂]
{解字} 会意兼形声。寺は「寸(て)+音符※1シ(あし)」の会意兼形声文字で、
待(じっとまつ)−峙(じっとたつ)−直(まっすぐたつ)などと同系。
特は「牛+音符 寺」。群れの中でじっと直立して目だつ種牛。とくに、それだけ特出する意を含む。

[加藤]
{字形} 意味を表わす「牛」と、音を表わす「寺し」とからなる形声字。
{字音} トク。「寺し」がこの音を表わす。「寺」の音の表わす意味は、
「士」(未婚の成人男性の意)である。「シ」の音が「トク」に変わった。
弑(si)→忒(toku)

※1 絵なので参考文献をご覧ください。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−

加藤先生が、【士】と【特】の矛盾があったり、音の変化があいまいで苦しいか?
藤堂先生は、得意の単語家族でそれなりに納得させる。
白川先生も、得意の「詩経」で意味をわかりやすく解説。

14 :名無氏物語:04/10/24 22:16:49 ID:Uq/dS2l5
>[藤堂]
>牡の右側の部分は土に誤ってきたが、もとは士であった。

これが正しいとすると、金文の頃にはすでに誤っていたことになる。
それに、この説では「士」と「王」の類似について説明することはできない。

15 :蒼頡:04/10/24 23:30:06 ID:omzBV53H
>14
(藤堂先生の漢字語源辞典の)甲骨文字を見る限りは、
士と同じ甲骨文字で、土の甲骨文字ではないです。
金文のところで、士と土の混同がおこっているようですね。

「丄」←こんな感じ。

16 :蒼頡:04/10/24 23:39:48 ID:omzBV53H
いろいろ読み比べてみたのですが、三先生とも字形の説明はかなり違いますね。
正直、学問というよりはファンタジーやフィクションの世界ではないかというほど、
言ってることが違うので、何を信じていいのかわからない世界です。

基本的には甲骨文字を作った人(人々)の、
製作意図についての推理だと思うのですが、
そこから色々と変遷していくわけで、
次の編集者の意図の混入についても、
分けて考えなくてはいけないし、難しい世界です。

17 :名無氏物語:04/10/25 06:45:42 ID:gCUTnNce
なんか良さげなスレがたってるので参加。

あと俺も>6の意見に賛成だな。

白川漢字学とはすなわち
「漢字は表意文字であるからその字形や構造には
意味的な連関、すなわちそれ自身の体系がある。
・・・文字の全体は、そのような関係で各自に系列をなし、
またその系列が声義において結合し組織され、
一大体系をなす。文字は孤立的なものではなく、
つねにその全体の中においてあるという認識が必要である。」
ということ(白川静「字統の編集について」より)。

これに対して藤堂先生は
「漢字の字形というものは、じつは表そうとした意味の単なる影ぼうしにすぎない。
漢字が俗に「表意文字」だといわれているのに幻惑されて、
ひたすら字の形ばかりを問題にして、その漢字の代表する語音と意味とをさして
注意を払わなかったのは、今までの大きな欠点であった。」
といっている(藤堂明保『漢字文化の世界』)。

極端に言うと“字形の白川” “音の藤堂”
って区分できるんじゃないかな?
お二方に共通していることは「文字は体系的に見よ」とのことでしょう。

18 :17:04/10/25 06:56:21 ID:gCUTnNce
追伸

白川静『文字逍遙』に痛烈な藤堂批判が記載されてるから
読んでみるとおもしろい。

あと誰か白川静『漢字』に対する藤堂先生の批評が載せられている本
知りませんか?

19 :蒼頡:04/10/25 17:17:31 ID:3CSomFVK
>17-18
レスどうもです。

>極端に言うと“字形の白川” “音の藤堂”
>って区分できるんじゃないかな?
そんな感じですね。白川先生も藤堂先生も筋を通しているという意味で、
「体系的」で、かなりわかりやすいという印象です。
加藤先生はよくわかりませんが、どうなんでしょうか?

ざっと見た素人の感想としては、
藤堂先生は、甲骨文字作者が文字のないところから
文字を創造するところに着目している印象です。
白川先生は、金文文字の編集者が甲骨文字を洗練させて、
どのように体系化したかについて着目している印象です。

つまり、視点が違うのではないかなと思うのですが・・・
ま、仮説ですが。

>白川静『文字逍遙』に痛烈な藤堂批判が記載されてるから
>読んでみるとおもしろい。

どんな分野でも、学者のバトルは面白いですからね。(^.^)

20 :蒼頡:04/10/25 18:21:34 ID:80fUSsRT
【吉】

[白川]
{解説} 会意。士と口とを組み合わせた形。士は小さな鉞の頭部を下に向けた形で、
鉞は邪悪なものを追い払う力を持っていると考えられていた。口は※1さいで、神への祈り文である祝詞を入れる器の形。
祝詞には神への願いごとを実現させる働きがあると考えられていたので、※1の上に神聖な鉞を置いて、
祈りの効果を守ることを示しているのが吉である。(略) 

[藤堂]
{解字} 象形。壷をいっぱいにしてふたをした姿を描いたもので、内容の充実したこと。反対に、空虚なのを凶という。
{単語家族}壹イツ(壱つぼいっぱい)と同系。また、すきまなく充実した意を含み、
結(つめる→ゆわえつける)−詰(問いつめる、いっぱいつめる)とも同系。
 
[加藤]
{字形} (1〜8の契文・金文・篆文の図略)1・2・3は「口」と「才」(塞の意)との会意字で、食物で口をふさぐ意。
4・5は、「口に従い戉の声」の形声字で、「戉」の音は「齧」の意をあらわす。6は、「口」と「矢鋒」(鏃やじり)の会意字で、
「鏃ぞく」はここでは「塞」の意を表わす。7・8は、説文では「士」の字にみるが、「戉」の省略形である。
{字音} キツ。この音は「喫」(食物を〔口編に卒〕かむ意)からきている。

−−−−−−−−−−

甲骨文字を見る限り、白川先生は金文文字の「士」の字形にこだわりすぎた感があり。
【吉】の解釈はやや難か?藤堂先生は、甲骨文字に従い別の解釈であるが、
それが説得力があるかは別論となろう。加藤先生は折衷説なのか、やや複雑怪奇な
説明で混乱気味。

※1や図は参考図書をご覧下さい。

21 :蒼頡:04/10/25 19:04:10 ID:dc+GdXfq
【仕】

[白川]
{解説} 形声。音符は士。士は小さな鉞を、刃を下にして置いた形で、
戦士階級の身分を示す儀礼用の器である。士は戦士階級として王に「つかえる」者をいう。
のちすべて上の人に「つかえる」とこを仕という。(略)

[藤堂]
{解字} 会意兼形声。士は、男の陰茎の直立するさまを描いた象形文字。
男、直立するの二つの意味を含む。仕は「人+音符士シ」で、
まっすぐにたつ男(身分の高い人のそばにまっすぐたつ侍従)のこと。
事ジや倳ジ(まっすぐたつ)と通じ、事君(君に事ふ)と仕君(君に仕ふ)とは同じことである。

[加藤]
{字形} 意味を表わす「人」と、音を表わす「士し」とからなる形声字。
{字音} シ。「士し」がこの音を表わす。「士」の音の表わす意味は、「事し」(仕事の意)である。
古代において、貴族の家における仕事は、奴隷の役目であった。

−−−−−−−−−−−−−

白川先生は王との関連で、ここは明解な説明です。
藤堂先生は、あくまで「勃つ!」にこだわります。^^
加藤先生は、士は事とあっさりですな。

22 :蒼頡:04/10/25 19:39:49 ID:gE7gIVlJ
【王】

[白川]
{解説}象形。大きな鉞の頭部の形。柄をつけた全体の形は戉(鉞)である。鉞の頭部の刃の部分を下にして、
実用品の武器としてではなく、王位を示す儀礼用の道具として、玉座(王の座る席)の前においた。
それは王のシンボル(象徴)であるから、「きみ、君主」の意味となる。小さな鉞の頭部を下にしておいた形が士で、
戦士階級の身分を示す。王と士は鉞の大小の差である。 

[藤堂]
{解字} 会意。「大+一印(天)+一印(地)」で、手足を広げた人が、
天地の間にたつさまを示す。あるいは下が大きく広がった、おのの形を描いた象形文字ともいう。もと偉大な人の意。
{単語家族} 旺オウ(さかん)−汪オウ(ひろく大きい)などと同系。

[加藤]
{字形} 斧の形を表わす象形字。それが簡単化されて篆文の形となったが、「玉」字とちがうのは、
上部の二画が接近していて、等間隔でないことである。
{字音} ワウ。この音は「斧ふ」の音が変わったものである。「斧」の音を表わす意味は、「大きい」意である。
「フ」の音が「ワウ」に変わった。孚(hu)→艀(hu ̄)→鳳(ho ̄)。「鳳凰」が畳韻の連言であるところからしても、
この音の転化はうなずかれよう。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

白川先生は首尾一貫です。ただ、甲骨文字の王と士の関係は素人には難解。
わたしはちょっと・・・^^;
藤堂先生は両論表記で逃げたか?どうよ?
加藤先生は斧との関連で、白川先生と似ているが微妙に違うのか?

23 :名無氏物語:04/10/26 09:23:38 ID:z2KWkZav
鉞の形かどうかはともかく、王と士に共通部分があるのは見ればわかる。
吉も士があるのは見ればわかる。
同じ部品を使ってるのに相互に無関係なのだろうか?

24 :蒼頡:04/10/26 13:22:34 ID:LpiDHkI6
>23
甲骨文字では、同じ部品であるか不明だから困るのですね。

「士」と「牡の右側」の甲骨文字は、「丄」←こんな感じなので、
藤堂先生や加藤先生のように、王との関連を考えない説も
十分成り立つのではないかと思います。

25 :17:04/10/26 14:54:31 ID:t6oTh7gi
甲骨文字を見ていくならば
近年東大名誉教授の松丸道雄先生や
茨城大の鈴木敦先生などが研究されている
「文字域」の概念なんかも見ていくといい。

私もあまり詳しいわけではないが
甲骨文字の字形は大きく分けて5期に区分されるし
手書き(手彫り)だから当然書き手によっても異なる。
よって同じ漢字でも字形がまちまちだから
どこまでを「同字」としてよいのかが問題となってくる。
これを「文字域」という概念で捉え、
甲骨文字のデータベース化が進められている。

以下のHPを御参照下され
ttp://www.mojikyo.org/html/institute/kaiho/02/indexj.htm

26 :名無氏物語:04/10/26 17:39:12 ID:z2KWkZav
白川先生の牡

[会意]牛+土。土は牡器の象形、匕(ひ)は牝器の象形。卜文では羊・豕・鹿などにも、そ
れぞれ匕・土の象を加えて区別した。〔説文〕二上に「畜父(きくほ)なり」とし、〔音義〕類に
引く文には「雄なり」の語がある。鳥には雄という。

27 :蒼頡:04/10/26 18:28:37 ID:rd/haDm4
>25
>26
どうもです。

白川先生の「文字逍遥」の該当部分読みました。
最初に、藤堂先生が酷い書評書いて、
白川先生がハードに反撃したって感じですかね。^^;

わたしは、分野は違いますが、日本の先生たちって
よく「子供のけんか」っぽいことやりますよね。
学生のころ、笑わせてもらいました。

白川先生にも藤堂先生にも、なるほどと思うところもあれば、
牽強付会ではないかというところもあるので面白いです。


28 :蒼頡:04/10/26 19:20:56 ID:HF0Ej4WG
>25

漢字の規範化の歴史について
http://www.mojikyo.org/html/institute/kaiho/02/020401j.htm

うーむ、なんか難しいですね。

−−−
白川先生は金文を重視されているような感じがしました。
ただ、藤堂先生にしても白川先生にしても、
自説に有利な卜文や金文を参考図にしてる感じがあり、
逆に、加藤先生あたりは全種類提示して、
混乱しているという印象です。

卜文のデータを直接見られるのは、有益ですね。

29 :蒼頡:04/10/26 21:11:38 ID:HF0Ej4WG
>27

>わたしは、分野は違いますが、日本の先生たちって
>よく「子供のけんか」っぽいことやりますよね。
>学生のころ、笑わせてもらいました。

あ、日本語変ですね。

30 :名無氏物語:04/10/27 15:53:56 ID:kTaxwT9y
ハハ・・・こういうスレが立ったのですね。でも、建て方が変・・だ。

俺も小学的な分野は素人なんだけど、加藤常賢先生は日本漢文学会に
文化人類学的な観点を取り入れた最初の人だと認識していた。

その門下生に、藤堂明保先生や赤塚忠先生などがいらっしゃる。
藤堂先生の専門は音韻学で日本の漢字音から中国の古代の漢字音
の体系を明らかにした人とだと、思っていたよ。

・・全くどちらの先生の本も読んだことないからはずしている
かもしれんけど。そういう観点で、学研の漢和中辞典だっけ?
便利だな〜ぁって思っていた。加藤常賢先生の著書は時々ぱらぱらと
参照するくらいだったけど。どこを読んでもおもしろかった。

でも、漢文の分野で白川って言う人 聞く? 漢文外の人の間で
人気があるって感じがするけどな?あんまり論文とか見たことないし
・・日外アソシエーツの論文題名時点引くと 沢山出てくるのかな?

・・まあ 現役で勉強している人 教えてくれよ その辺の詳しいところ

31 :蒼頡:04/10/27 17:01:23 ID:mXYHhvfu
(@u@.:;≡;:.@u@) ハァハァ

32 :名無氏物語:04/10/27 17:07:46 ID:PNnM4YT/
ところで王力ってどうなの?

33 :17:04/10/28 00:53:33 ID:rylMwM4w
白川先生の研究はそれこそ多岐にわたるが
おおまかに
・漢字の語源
・甲骨文字、金文よりみた中国古代の民俗学的研究
・『詩経』と『万葉集』の比較
とわけられるんじゃないかな。
しかしそれぞれがリンクしているので究極的には
「中国古代の人々の思惟構造の理解」
ではないかと思う。

こういう分野に触れる研究をしている人間にはまさに「大家」、
御年94歳で西嶋・増淵・宮崎先生方の世代の最後の現役。
漢文学の方面だったら聞かないかもね
それでも名前くらいは知ってないと・・・思う。

王力って先生は私も全然知らなかったのだが
googleでひいたら白川先生達よりもう少し上の世代で
音韻の方をフィールドワークにしていらっしゃってた人みたいだが
誰か詳しい人がいたら解説してほしい。

34 :蒼頡:04/10/28 10:32:42 ID:KSmlAOhu
白川先生の『文字逍遥』より
「古代の文字は、直接に音を示すためでなく、そのことを示すために作られた。
それゆえに象形文字がまず生まれたのである。音は約束として存在していたが、特に表記されることなく、
あっても極めて稀だった。形と音義との結合が安定してくると、はじめてこれを音符として利用する方法がとられた。
卜文、金文に形声字がなお極めて少数であるのは、文字の成立と展開の上から、当然のことである。
文字学は、まず形を正すことからはじめるべきである。
そして、正しい字形について、当時の人々がその形象に与えた意味を、正しく理解しなければならない。
文字を漫画的構成などというのは、古代文字の形象に対する不十分さをみずから表白する以外の何ものでもない。」

>17で述べられているとおり、白川先生と藤堂先生はまったく違う想定をしてる。

白川 字形→字音
藤堂  音→字形

白川先生の想定は、それでは当時の殷の人々の日常語は甲骨文字の成立に
ほとんど影響を与えず、文字が成立したとするのは、ユニークな想定ではないかという
疑問があります。

話し言葉(殷の人々の日常語)→字形(甲骨文字)
という藤堂先生の想定のほうが無理がないと思うのですが、どうでしょう?

35 :名無氏物語:04/10/28 14:14:44 ID:0GzxtmO2
白川先生 意味的な連関、すなわちそれ自身の体系がある。
藤堂さん じつは表そうとした意味の単なる影ぼうしにすぎない。

じゃあ、今から「虹」という語の絵文字を作ろう。
日本人「えーと、アーチ状にして、七色に塗り分けて…こんな感じかな」
アメリカ人「おいおい、なんで七色なんだよ。虹は六色に決まってるだろw」
白川先生「文字製作者の精神世界の体系が、そのまま文字の体系になるということだ」
藤堂さん「六色か七色かなんて、たいした問題じゃないだろ」

36 :名無氏物語:04/10/28 18:41:02 ID:bH7seRve
この手の話題を持ち出す時、藤堂先生の辞書としてなら、
学研の「漢和大辞典」とか言ったかな?図書館とかにある
厚いやつの方。あれ引かなくてはだめだよ。あの付録にある

音韻の変遷などの解説は 結構感動したよ・・
従来漢字の分類って、部首や作りなどによる分類しかなかったけど
漢字音による分類ってのがあるんだ・・って

あれって画期的なことなんじゃないの?なんか中国でもよく引用
されるって聞くけど。

そんな藤堂先生から見ると、音韻的につながりのない文字を並べて
学説を論じている人が たまらなかったんじゃないかな?

藤堂先生 結構熱い人だから・・東大やめる時も学生の肩持って
やめたって聞いたな・・

37 :蒼頡:04/10/28 20:02:34 ID:gfUHT1FB
>35
【虹】
[白川]
(記述なし)

[藤堂]
{解字} 会意兼形声。「虫(へび)+音符工(つらぬく)」、天空を貫く大蛇に見たてた呼び名。 

[加藤]
{字形} 契文は、二匹の虫が湾曲した陰陽の二線で連なった形で、螮蝀を表わす象形字。
籀文は、虫と申(電の原字)との会意字。篆文は、「蛇」や「竜」の意味を表わす「虫」と、
音を表わす「工」からなる形声字。
{字音} コウ。「工」がこの音を表わす。この音の表わす意味は、「杠」(橋)、あるいは「矼」(石橋)で、
特に「中部が隆起している、いわゆる太鼓橋」である。
{字義} 竜の吐き出した空中の太鼓橋、すなわちにじ。(略)

【江】
[白川]
{解説} 形声。音符は工。工は虹(にじ)の字が示すように、虹の形のようにゆるやかで反りのある半円形のものをいう。
中国では北方の川は河、南方の川は江と呼ぶことが多い。江の名は古い書物の「詩経」や「書経」にみえるが、
およそ二千二百年前の秦代の金文に長江(揚子江という)のことを江とよんでいる。長江が中流から下流にかけて、
ゆるやかに湾曲する形であることは古くから知られていたのであろう。(略) 

[藤堂]
{解字} 会意兼形声。工は、上下の面に穴をあけてつき通すことをあらわす。指示文字。江は「水+音符工」で、
つき通す意味を含む。大陸をつらぬく大河。
{単語家族} 口(くち)−空(あな)と同系。

[加藤]
{字形} 意味を表わす、「水」(氵)と、音を表わす「工」とからなる形声字。
{字音} カウ。「工」の音の表わす意味は、「広大」の意である。「コウ」の音が「カウ」に変わった。紅(ko ̄)→肛門(ko ̄)

38 :蒼頡:04/10/28 20:10:10 ID:gfUHT1FB
【工】

[白川]
{解説} 象形。工具の形。工は何らかの工具の形であるらしく、金文には金属を打ちきたえるときに使う鍛冶の台と
みえるものがある。工はまた呪的な行為のときの呪器として用いられることがあったらしい。
それは巫祝(神に仕える人)の巫(みこ)の古い字形が工を左右の手で持つ形であること、
左が工を持って神のあるところをたずねることをいう字であることから知られる。

[藤堂]
{解字} 指示。上下二線の間に┃線を描き、上下の面に穴を通すこと示す。
また、かぎ型ものさしの象形ともいう。工は攻(突き抜く)の原字で、孔(突き抜けたあな)−空(穴)ときわめて近いことば。
穴をあけるのは、高度のわざがあるので、細工することを意味するようになった。

[加藤]
{字形} この字原始形は「※1」で、斧の形を表わす象形字。
{字音} コウ。この音は「斧」(おのの意)の音からきた。「フ」の音が「コウ」に変わった。巫(hu)→工(ko ̄)

-------------------------

白川先生の説明がここでは体系的でないですね。
藤堂先生は明解だけど、強引ともいえる感じ。
牽強付会と感じるか、なるほど納得だと感じるかに個人差がでますよね。
加藤先生はわが道を行く。

>36

学燈社の『漢字語源辞典』ではないですか?

39 :名無氏物語:04/10/28 21:32:46 ID:0GzxtmO2
>>38
それは字通を見てないための誤謬。
>工は虹(にじ)の字が示すように、虹の形のようにゆるやかで反りのある半円形のものをいう。
これは語系の説明。

40 :蒼頡:04/10/28 21:47:34 ID:kSOwCFdr
>39
字通もってないのでよろしく。(^.^)

しかし、『常用字解』で、あっちではこう、こっちではああというのは、
親切でない編集ですねぇ。

41 :おーりき:04/10/28 22:18:13 ID:WtfGlsUV
王力は王利器ではない。というのは冗談。
『漢語史稿』の人。

42 :名無氏物語:04/10/29 01:29:31 ID:4Hzpwv76
白川先生の「虹」に関する説明を私なりに要約すると、
“虹(霓)”を表した甲骨文字はそもそも双頭の龍の形をしたもので
「工」の部分はまったく含んでいない。
蒼頡氏が『文字逍遙』を持っているなら「漢字の諸問題」の‘形象を意味するもの’
のところを御参照あれ。
“にじ”には雌雄あり、雌を「霓」といい、
雄を「左右にわたって反りのあるもの」の意味がある「工」の字をあて、
「虹」の字ができた。
だから「虹」字の形成は象形が主体の時代ではなく
形声が作られていった時ではないかと思う。

ちなみに先生は呪具としての「工」字の系列には
「左」「巫」「隱」「塞」「恐」などを挙げており、
工具としての「工」字には
「式」「巧」「巨」などを挙げている。

そもそも、工=江=虹 自体藤堂先生の音義説の系列であり
白川先生それにそってないのは当たり前。
藤堂先生と白川先生とが挙げている系列は全く別物なんだから
先にも言ったように1字1字挙げても仕方ないと思う。


43 :蒼頡:04/10/29 07:36:03 ID:cT+CICXd
>42
ありがとうございます。加藤先生も似たような解説がついてました。

この場合、現代の「虹」の字形に影響を与えた篆文作者の意図が
われわれの最大の関心事です。
>「左右にわたって反りのあるもの」の意味がある「工」の字をあて
というのは、音義説みたいで素人にはわかりずらいですね。
しかも、「左右にわたって反りのあるもの」が「工」のどこから出てくるのか、
よくわからないです。

44 :名無氏物語:04/10/29 09:36:42 ID:IG5z34F8
扛江杠肛紅虹訌杠
とりあえず形声字を並べてみた。
「左右にわたって」は左右かどうかはともかく共通点があるけど、「反り」があるのかどうかはわからない。

>音義説みたいで
って言ってるけど、そりゃ形声字だから当然。
全部まとめて起源を語ろうとするのは、圀の字を甲骨文で語ろうとするようなもの。

45 :蒼頡:04/10/29 16:11:23 ID:snfHv6fj
白川先生の本に亦声文字という概念が出てますね。

ttp://www.is.kyusan-u.ac.jp/~nakano/misc/book/book12.htm

46 :42=17:04/10/29 20:43:50 ID:iXIipeO0
ちょっと言葉足らずだったようで

漢字の発生順は
象形・指事→仮借→会意→形声(転注って未だによく分からないんで省きます)
であることは言うまでもないことと思います。

白川先生も当然形声などを無視しているわけではないのですが
「卜文・金文には声符をもつ字は数えるほどしかなく、
当時なお一般的な方法ではない」と述べております。

ですから、白川先生は卜字・金文において同字形を含む字を系列化したのであり、
漢字の音に字源を求め系列化することに反対しているのです。

先生の言葉を借りるならば
「文字は、音を示すために作られたものではなく、ことばの意味を示すために
生まれたものである。形がある以上、一定の音でよまれたことは当然であるが、
表音よりも表意を主とした。われわれは、ある時期の音によってその字をよんでいる。
またのちに作られた形声字への声符的な使用によって、その音を推測しているのである。」
(平凡社ライブラリー版『文字逍遙』p314より)とのことです。

47 :名無氏物語:04/10/29 21:00:00 ID:lFVr+Cvz
文化勲章おめでとう。

48 :蒼頡:04/10/29 21:31:48 ID:XVMe1dgl
>46
どうもです。

>白川先生も当然形声などを無視しているわけではないのですが
>「卜文・金文には声符をもつ字は数えるほどしかなく、
>当時なお一般的な方法ではない」と述べております。

>「文字は、音を示すために作られたものではなく、ことばの意味を示すために
>生まれたものである。形がある以上、一定の音でよまれたことは当然であるが、
>表音よりも表意を主とした。われわれは、ある時期の音によってその字をよんでいる。
>またのちに作られた形声字への声符的な使用によって、その音を推測しているのである。」

これは、この分野の人にとっては定説なんでしょうかね。

白川先生と藤堂先生の対立って、哲学的で面白いですね。

物・事→字形→字音

物・事→話し言葉の音→字形→字音

宗教対立みたいなもんですね。
両先生以外で、穏健な大家はいないのでしょうか?

49 :名無氏物語:04/10/29 22:50:12 ID:lJwnYen+
>38

>学燈社の『漢字語源辞典』ではないですか?
いや、学研のやつだと思う。

>>48
なにせ中国は4000年の歴史だけど、亀甲獣骨文字に関する研究は
まだ、100年くらいの歴史しかないから・・

中国でも、まだ定説できていないし。ただ、中国で評価されているのは
藤堂先生だな・・まあ、音韻学を中心としてだけど・・小学的な
分野の評価は・・よく分からない・・


50 :17:04/10/29 23:36:51 ID:tCMVB2ZT
>>47

本当だ!授賞おめでとうございます!


51 :蒼頡:04/10/30 10:16:21 ID:fc2+JsDt
文化勲章に白川静氏ら5人、功労者に井上ひさし氏ら

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20041029AT1G2604Q29102004.html

おめでとうございます。94歳!

52 :17:04/11/01 07:27:22 ID:CvNYfOej
本棚の奥底に藤堂先生の著書が眠ってたんでページをめくっていたら、
「工」系列の漢字の説明が載っていたので挙げておきます。

工(つきとおす)―攻(同上)―扛(つきとおしてかつぐ)―紅(腹からつきぬけて出る穴)
―空(つきぬけた穴)―江(中国の大陸を東西につきぬける川)
藤堂明保『漢字の起源』(徳間書店 1966年)

あと『しにか』に藤堂先生の説を簡単に紹介した文章があったんでこれもついでに

「(単語家族とは)藤堂氏によれば、文字ができる遥か以前から音声のつながりであることばがあって、
ずっと後の時代になってから文字が作られたのだから、「字形はあくまで影法師」で、
漢字の字源を考えるにはまず文字のもとになったことばの次元にまで戻らなければならない。
そしてことばの系列ごとに共通する基本的な意味を抽出し、そこから各字の字義を
考えなければならない、というわけです。いいかえれば、発音が同じかあるいは
よく似ている漢字のグループには必ず共通する意味があり、漢字の字源を考える時にも
そこから出発しなければならない、という考え方です。」
『しにか』2001年12月号「特集 漢字の成り立ちQ&A」より
ちなみに次のページに白川先生のサイ字(∀←微妙・・・)の説明が載ってます。


53 :17:04/11/01 07:58:04 ID:CvNYfOej
訂正
紅→肛

申し訳ありません・・・

54 :蒼頡:04/11/01 09:25:10 ID:yW6gBLh3
>52

>工(つきとおす)―攻(同上)―扛(つきとおしてかつぐ)―肛(腹からつきぬけて出る穴)
>―空(つきぬけた穴)―江(中国の大陸を東西につきぬける川)

藤堂先生の場合、総論はなるほどねぇって感じで、
各論は胡散臭いぐらい強引なんですな。

55 :名無氏物語:04/11/01 10:22:26 ID:ISmIIeHN
論語に出てるような言葉と現代語を比較してみればわかるけど、
言葉の意味なんてどんどん変化してる。
言葉の意味と音声の間に意味なんてないんだから、単語家族で説明できるものと、
文字体系が一致すると考えるのは無理じゃないだろうか。

56 :名無氏物語:04/11/01 15:00:02 ID:MSdIv//T
>>55
> 言葉の意味と音声の間に意味なんてないんだから、

印欧語比較言語学を全否定する人を発見。単一の言語内でも、
例えば日本語の「みる」、「め」、「ま」(「まのあたりにする」、
「まなこ」など)がマ行なのは偶然?



57 :蒼頡:04/11/02 21:46:44 ID:nYFLlKJR
>56

そこんところなんだよね。
白川先生の場合、総論というか序論が腑に落ちない。なんか変だなぁと思う。

58 :名無氏物語:04/11/02 22:14:33 ID:o4VHG8hc
うん。なんだか文字を「言語を記述するもの」ではなく「意味を記述
するもの」と捉えてる印象が強い。これだと言語体系とほぼ完全に独
立した文字体系が存在し得ることになるけど、いくらなんでも言語の
無いところに文字はないだろう、という素朴な疑問が生ずる。そう言
えば最近は欧米では漢字を「表意文字(ideogram)」ではなく「表語文
字(logogram)」と呼ぶことが多いみたい。

59 :蒼頡:04/11/03 19:33:28 ID:HmXHvlFR
>58
また、トートロジーのような難しい専門用語ができたんですねぇ。
でも、漢字の性格付けの難しさを表わしていていいかも。
Logosというのは、日本人にはつかみづらい概念ですね。
聖書にも「はじめにLOGOSありき」という節もあるらしいし。

60 :名無氏物語:04/11/04 09:11:42 ID:yvF5BLEM
還暦

61 :蒼頡:04/11/06 09:53:47 ID:jWGoU/ox
ヘーゲルのように、両者の対立をアウフヘーベンする理論はないかに

62 :17:04/11/07 00:47:22 ID:0a/DDiZE
最近ずーっとこの問題について素人ながら考えていたが
やっぱり藤堂先生の説には違和感がある。
しかしそれを具体的に説明するには私はあまりにも語彙力がなく
しばらく書き込みができなかった。

それでもレスをつけさせてもらうと
藤堂先生の説が立証されるには
甲骨文字の、特に初期つまり第一期武丁期に出てくる文字で
共通の部位を持つものに「音の近似性」が認められないといけないわけで
白川先生は藤堂先生を「甲骨文字を見ていない」って批判しているわけだが
やっぱり注意を払っていなかったのだろうか?

あと「会意兼形声」を前提に漢字の原義を探ろうとするのでかなり説明が強引なところがある。
つまり「目的と手段が逆になっている」と感じる。
例えば「無」と「舞」の関係について
「舞は無いものを神に求めようとして、神楽をまう」とするのは納得できない。
確かに雨や幸を求めて神に舞をささげる行為はあったと思うが
それだけじゃないはずだし、第一期の甲骨文では
神には「旬に災いがあるかどうか」など“有無”を聞いているのが主で
“求める対象”となるのは相対的に少なかったと思う。

63 :名無氏物語:04/11/07 14:51:31 ID:Bomrw7U0
>>62

阿辻先生による藤堂説への批判、(1)単語家族は漢字全部に妥当するか、(2)例えば「河」は曲がりくねった「黄河」に由来すると説くが古代人にその知識があったか、は、少なくとも私には説得力がありました。


64 :名無氏物語:04/11/07 16:18:40 ID:Zd8WfJCX
なんというか、音声言語としては語の関連が深いものは似た音である、
というのは不自然でもなんでもないけど、それを文字の「起源」に適用
する段階で問題がある、ってことなんでないの?

文字とは一応独立に音声から言語を研究して行くのは至極真っ当なやり
方。日本語の上代音なんかも万葉仮名という表音体系から再構築されて、
それが今度は意味の違いに反映してることが明らかになる、みたいな。
例えば同じ「カミ」でも上代では「神」と「上」が違う音だとかさ。だ
から、言語に関心があるのか文字の成立に関心があるのかで、両説とも
極端な立場を取り過ぎているんだと思う。

65 :蒼頡:04/11/07 16:57:52 ID:px0Fzpnl
>62

> 甲骨文字の、特に初期つまり第一期武丁期に出てくる文字で
> 共通の部位を持つものに「音の近似性」が認められないといけないわけで
> 白川先生は藤堂先生を「甲骨文字を見ていない」って批判しているわけだが
> やっぱり注意を払っていなかったのだろうか?

藤堂先生の想定は、現在の漢字が成立するまでに、
かなり多くの作者がいて、ひとつの「音」に複数の字形が乱立した
アナーキーなものみたい。
だから、最初の甲骨文字も重要だけど、それ以降の作者も重要なんじゃないかな?

それに比べて、白川先生はかなり統制のとれた
文字制作集団を想定している感じ。

> あと「会意兼形声」を前提に漢字の原義を探ろうとするのでかなり説明が強引なところがある。
> つまり「目的と手段が逆になっている」と感じる。
> 例えば「無」と「舞」の関係について
> 「舞は無いものを神に求めようとして、神楽をまう」とするのは納得できない。
> 確かに雨や幸を求めて神に舞をささげる行為はあったと思うが
> それだけじゃないはずだし、第一期の甲骨文では
> 神には「旬に災いがあるかどうか」など“有無”を聞いているのが主で
> “求める対象”となるのは相対的に少なかったと思う。

単語家族の形成を急ぐあまり、かなり強引なロジックを使ってるというのは同意。

66 :蒼頡:04/11/07 17:06:17 ID:px0Fzpnl
>63
(1)は同意。(2)は、長「江」も「ゆるやかに湾曲する形」で、
古代人がそんな知識あったのかという疑問もあるのだけれど・・・

>64
そこのところで、穏健で藤堂・白川両先生を相対化できて
納得できる先生はでないかな〜

67 :名無氏物語:04/11/07 19:36:40 ID:l73erAHR
>>64
> なんというか、音声言語としては語の関連が深いものは似た音である、
> というのは不自然でもなんでもないけど、それを文字の「起源」に適用
> する段階で問題がある、ってことなんでないの?

まさにそう、そこに一番の疑問があるのです!





68 :名無氏物語:04/11/07 19:50:32 ID:l73erAHR
>>65
> 藤堂先生の想定は、現在の漢字が成立するまでに、
> かなり多くの作者がいて、ひとつの「音」に複数の字形が乱立したアナーキーなものみたい。
> だから、最初の甲骨文字も重要だけど、それ以降の作者も重要なんじゃないかな?

それはそうだと思います。
が、私が知りたいのはその原型の原型はどうやって創作されたかということです。
漢字は最初にできた体系をもとに、時代を経るごとに多くの漢字が生みだされたのでしょう。
今現在使われている漢字の中で一番多いのが形声であることは疑いようがありません。

一つの音に複数の字形が乱立したと藤堂先生はおっしゃっているようですが
中国語のように「一音節で一単語」という構造ではそれはむしろ当然だと思います。

しかし、形声字が次々と生みだされるのは、ある程度漢字の構造が出来上がってからでは?
という単純な疑問があるのです。

69 :名無氏物語:04/11/08 01:18:16 ID:ZrTabEBE
藤堂さんってマジで甲骨文字見てないんじゃない?
ttp://yupeihsu.at.infoseek.co.jp/syouten/kokotu/bunrui.jpg
これ知ってれば、複数の作者が勝手バラバラに文字を作ったなんて言わないでしょ。

言語と文字の関係を論じたいなら「文字論」必読かも。

70 :名無氏物語:04/11/08 08:53:39 ID:xp3VFHML
古希

71 :蒼頡:04/11/08 19:40:40 ID:8n1vJoaE
>69
甲骨文字だけじゃなく、それ以降もトータルで考えているのでしょう。
藤堂先生は。
で、それらに対する上古音韻との関係を、
豪腕で整理した感じ。

甲骨文字も解読されていない文字も多数残ってるらしいし、
まだまだ、これからの研究成果が待たれるんじゃないかな。

72 :17:04/11/09 00:30:09 ID:frbLmuGd
水上静夫先生の説はどうだろうか。
先生は加藤常賢先生のもとで研鑽を積んだ
藤堂先生を同じく東大閥で、音から漢字の語源を探っている。

著書『漢字文化の源流を探る』(大修館書店 1997年)では

漢字の出現以前、音には極めて単純なる基本義あり、

〔例えば“シン”という語には「重なる」の音義があって
そこから仁(甲骨文字では‘人’字が重なった形象、妊娠の様子)、
信(口から外へ出ることばと、心が重なる様子で、嘘を言わないこと)
身(甲骨文では妊娠して身体の中にさらに別の一身が重なっている形象)〕

その基本義をあたかも修飾限定するかのような表現方法によって、
その字形は完成されていった。
(中略)
漢字の構成は、その基本義を中心として、各字の現す内容に伴い
逐次その字形を造っていった。

これに類するものには
〔カン〕→みる。(監・観・見・看・瞰)
〔コウ〕→あな。突き抜けている所。穿ち通じているところ。(口・孔・肛)
などがあげられる。

漢字を正しく理解するためには、言語の本質に発生順も併せて、
正しくは字音→字形→字義の順にと見るべきである。
もし字音を抜いて字形上のみに解するとしたら、
それは言語の本質を知らない、あたかも漫画の解説と言ってもよい。

・名前こそ出してないがあからさまに白川先生のことを言ってますね・・・


73 :17:04/11/09 00:42:52 ID:frbLmuGd
続き、というか個人的な感想

最初の方を流し読みしただけなので
水上先生の説をどれだけ理解したか自信はないのだが
個人的には同じ「音」を漢字の字源の基礎とした藤堂先生より
説得力のあるように思える。

ただし、疑問も当然ある。
先生は「重なる」という基本義をもとに形成された漢字に「仁」「信」「身」を挙げているのだが、
これらの漢字は今では「重なる」の意味ではまずとらない。
逆に『大漢和辞典』の索引を見てみると、「かさなる」「かさねる」では41個の漢字が挙げられているが
これらの中で先生の説に沿う漢字はどれだけあるのだろうか?

これらの漢字が少なくとも甲骨・金文の段階で文章中に「かさなる」に近い意味で使われているか、
「かさなる」という意味で使われている漢字の音が「仁」「信」「身」などと同じでなければ、
やはり机上の空論と言わざるを得ないのではないでしょうか?


74 :名無氏物語:04/11/09 00:49:25 ID:vlsAszyQ
>>72

> 漢字を正しく理解するためには、言語の本質に発生順も併せて、
> 正しくは字音→字形→字義の順にと見るべきである。
> もし字音を抜いて字形上のみに解するとしたら、
> それは言語の本質を知らない、あたかも漫画の解説と言ってもよい。

ヒエログリフは文字ではないと……

75 :名無氏物語:04/11/09 10:15:52 ID:KE/CplwX
>>71
>甲骨文字だけじゃなく、それ以降もトータルで考えているのでしょう。

具体例をあげてくれないとわからない。
例えば、「圀」という字から、「囗」は国境を表していることがわかる、とか?
「圀」は字音からどのように解釈できるのでしょうか?



漢字の理解は言語学から、ってキリスト教の理解は神学のみっていうのと同じ頑なさを感じる。
宗教社会学、宗教心理学、宗教人類学。多方面から解釈できるのに。
字形はこのように解釈できる(自説)。また、字音からはこのように解釈できる(王力説)。(白川)
字音はこのように解釈できる、それに従属するかたちで字形はこのように解釈できる。(その他)

76 :名無氏物語:04/11/09 11:03:59 ID:5uZEKBRF
>>74
ヒエログリフもシュメール象形文字も付随する音がありますよ。
実際、ヒエログリフは表意体系とのみ考えられていた時代にはその解
読が出来なかったけど、ロゼッタ・ストーン発見後のシャンポリ
オンの解読で表音文字でもあることが判明して、始めて解読され
ています。

77 :名無氏物語:04/11/09 11:24:21 ID:bl4zBxMu
でもさ、元々は白川さんって他人のことなど一切関係なくやって来た方でさ、ようは
藤堂が一方的にいちゃもんつけて来たので仕方なく反論してあげたんじゃないの?
一人で吠えてて可哀想だから。大人だよね白川さんって。自分はどちらも読んでるし
どちらが正しいなど知ったことではない。ただその違いを知るのみだよ。


78 :蒼頡:04/11/09 13:25:55 ID:WLBCqAzN
>75
「國」も甲骨文字の場合、国構えさえなく「或」の初期形だから、
國の字形は、後の改変者の意図も重要だということです。

「圀」は白川先生によると
>唐代の則天武后は國が限定するという意味を持つ或を要素としていることを不満とし、
>或の代わりに八方を入れて圀の字を作らせた。

とあるので、成立もかなり後ですし、
中華思想に基づく造字なので、極めて特殊な例ですね。

79 :蒼頡:04/11/09 13:32:57 ID:WLBCqAzN
>76
そうなのですよね。それがあるから、白川先生の構想や序論にひっかかってしまう。

>77
日本の学者というのは、自説に人格が乗り移ってしまうし、
異なる説の間での対話について、生産的でない。

分野は違いますが、大学のゼミで教授の独自説に、
ちょっと疑問を唱えたら、「天に唾をする云々」と言われて
ちょっと驚きました。

80 :名無氏物語:04/11/09 16:24:29 ID:KE/CplwX
構想や序論のどの部分にひっかかってるのかがまったく理解できない。
「字形には共通する部分がある。その共通する部分を体系的に説明する」
サイが祝詞を入れる器というのはうそ臭いが。

それより藤堂説のほうがわからん。なぜ、単語家族が字形に適用されるのか?

81 :17:04/11/09 21:04:41 ID:qu3s/Hw+
かつて歴史学の分野で
多くの中国史学者(とくに東京を中心とした歴史学研究会派)が
マルクスの発展段階説を中国史にも当てはめようとして破綻をきたしたように
ヨーロッパで適用される理論をそのまま中国にも当てはめようとすると
手段と目的とが混雑してしまうかもしれない。

理論はあくまで目的(字源を明らかにする)のための手段であるから
それを参考にすることは有効かもしれないけど
それを絶対と思うと歴史学の二の舞になるんじゃないかなと思う。

結局何が言いたいかというと
西洋の理論をそのまま中国にも当てはめようとすると危険だよ、ということです。

82 :蒼頡:04/11/09 21:58:14 ID:N46R3rln
うーむ。だんだん生産的でない議論になってきたね。
繰り返しだし。

83 :名無氏物語:04/11/10 18:43:01 ID:K07E8Nwn
>>82
また漢字のそれぞれの釈義と評価をおながいします。

84 :名無氏物語:04/11/10 22:15:36 ID:iR7lC4bn
面白いし、極めて重要な議論ですよ。
私はROMしているだけですが、スレの発展を祈ります。


85 :17:04/11/11 00:34:56 ID:L+LJv/Dl
イメージとしては
白川先生が高校の先生や小説家、文化人などから支持されているのに対して
藤堂先生は大学教授など専門家に支持されているような

86 :名無氏物語:04/11/11 09:37:56 ID:dWcsGOmt
「感じ」の話はいいよ。
「漢字」の話をしよう。

87 :名無氏物語:04/11/11 13:28:56 ID:UItt0EyD
>白川静は「と」だと思う

文字逍遥、漢字の諸問題は激しく笑えた。こいつこれ読んでるのかな?

88 :蒼頡:04/11/11 22:10:42 ID:runoWk/M
どうもです。ちょっと勉強中。


89 :17:04/11/12 04:03:23 ID:97xC+330
たたき台になるか分からないが、もう少し水上先生の挙げている
音より系列化した漢字を紹介

・〔セイ〕→とおる。真っ直ぐに通る。〔聖・聲・清・井〕
・〔ベイ(メイ)〕→声を出す。先方に存在を知らせる。大きな声。〔名・鳴・吠〕
・〔シ〕→物が始めて生まれ出ている。〔茲・慈・孳〕
・〔シ〕→ならぶ。並んでいる。横にひろげ並ぶ。〔歯・肆〕
・〔ヒ〕→対称。互いに釣り合う。〔鼻・扉・枇・屁〕

やっぱり私は方法論自体に問題があるように思えるのですが・・・
同じ音の漢字から「共通の解釈のできる漢字を拾い集めた」感じが拭えません。

日本語(アルタイ語族?)や印欧語族のように数個の音を組み合わせて一つの単語を造るのと違い、
中国語は一つの音で一つの意味になりますからどうしても音の数に限りがありますし
たとえ藤堂先生や水上先生の、共通の音を持つ単語は元来共通の意味を持っていたとする説が正しいとしても
それを証明するのはほぼ無理に近いのではないかと思います。

90 :名無氏物語:04/11/12 09:41:09 ID:9iMz9eDk
>白川先生が高校の先生や小説家、文化人などから支持されているのに対して
>藤堂先生は大学教授など専門家に支持されているような

いわゆる権威主義ってやつかな?白川さんの言葉でいいなって思ったのは、それは
学問は孤独を尊ぶものであるって言ってたことね。

91 :名無氏物語:04/11/13 05:58:22 ID:zrBOQ7+Z
言葉の起源が複数の起源であったにしても、現代ですら多くの言語が消えようとしています。
消えることはなくとも、日本語の祖語が、大和朝廷の中国・朝鮮半島からの文物導入策により、漢字起源の言葉を日本語の骨格に用いるまでに変容し、 また明治政府の脱亜入欧策により、文字表記という国語の中核が縦書きから2チャンネルにみられるような横書きになっています。
さて、現行漢字の起源は、単数か複数かが問題になっており、藤堂先生は複数、白川先生は単数の起源をお考えのようです。
もっとも現行漢字の歴史的範囲は曖昧であり、中国の略字体やウインドウズの使用漢字などを除外して考えても定義付けは困難です。
しかし、例えば古代中国から見たとき先進文明であったエジプトにみられるように、国家の起源と文字の起源が密接不可分であるとすれば、単数起源説を天下り的に排除することは無謀です。


92 :蒼頡:04/11/18 21:55:36 ID:4Jlubn9/
阿辻先生の本は面白いですね。気楽で。

>89
藤堂先生の源流はそこら辺にあるのですね。
あと、白川先生も批判しているとおり、説文の説の間違いを引き継いでいる。
ただ、音声言語→文字と考える立場からはナイストライと言えるでしょう。

>91
小篆への統一の経過からもわかるとおり、複数と考えるのが妥当と思います。

----

白川先生の本読んでいるのですが、「呪器」「祝器」がいっぱい出てきて、
儀式内容と文字の関連も詳しいのだけれど、
実証性や他の学者の賛同を得ているのかどうか疑問なんですが、
詳しい人いらっしゃいますか?
素人には、信じるか信じないかの世界ですねぇ。

詩経や万葉集の関連は秀逸。説文批判もいいですね。
ここいら辺は、説や立場を超えて普遍的な業績になりそうです。

93 :17:04/11/19 03:21:43 ID:Vk+ZkBpB
>>92
秦による文字の統一があったからといって
複数起源を取るのは早計かと思います。

先にも名前を出しました松丸道雄先生の研究によると
西周青銅器の銘文には大きく分けて
周王室側で刻した銘文と諸侯側で刻した銘文との2通りあるが、
諸侯刻銘器のほうには王室側の刻した銘文や字体をまねて刻したものがあり、
しかもそれは文盲であるものでしか間違えようのない誤字が見られるそうである。
具体的には「反転文字」というやつで、発達心理学の研究成果なのだが
文字学習途中の幼児には、上下を取り違える「b-p reversal」、左右を取り違える「b-d reversal」、
および論理的にはその両者を含む「b-q reversal」などという誤字が多く見られる、
つまり人形が右を向いていようが左を向いていようが人形の名前が変わることはあり得ない以上、
文字体験を持っていない子供にとってみれば、左右いずれに向いても同じだと理解するそうである。
で、諸侯の側の人間が刻した銘文にもこの傾向が見られる以上、
西周期には諸侯国側に文字に成熟した人物がほとんどいない、
つまり諸侯国には文字は普及していなかったと考えていいんじゃないかと思う。
(松丸道雄「西周青銅器製作の背景」(同氏編『西周青銅器とその国家』東大出版会 1980年)より)

数年前に読んだ論文を思い出しながら書いたから所々に間違いがあると思いますが
私は、やはり当初文字は殷王室のもので、それが殷周革命で文字熟知者が周に移り、
それが数百年のときを経て各諸侯国にも広がり、また模倣する過程で誤字が
その国の正体となり、秦による文字の統一に至ったのではないかと思います。

94 :蒼頡:04/11/19 21:06:02 ID:vujLV61y
どうもです。

>93

> 私は、やはり当初文字は殷王室のもので、それが殷周革命で文字熟知者が周に移り、
> それが数百年のときを経て各諸侯国にも広がり、また模倣する過程で誤字が
> その国の正体となり、秦による文字の統一に至ったのではないかと思います。

阿辻先生の本かなんかで、殷と周の甲骨文字は同一時代に別々に存在したり、
占いの仕方が違うらしいので、それぞれの首長に別々の貞人がいた模様です。
ただ、甲骨文字については安陽と周の遺跡で似ている部分が多いので、
交流が密だったのではないかとは思います。

「起源」と言う言葉を現段階で厳密に解せば、
安陽の甲骨文字を書き残した貞人集団に収束すると思われますが、
殷の初期の体系的な文字群も、一度に制作されたとは思えないし、
中国大陸各地に残る土器記号が徐々に発展整理されて、
安陽の甲骨文字になったとも考えられます。

ここらへんは中国考古学成果を期待したいところです。

また、安陽の甲骨文字は5000字ぐらいらしいので、
現代の漢字への影響を考えれば、後代の編集者、造字者の
意図というのも大変重要で、分けて考えなくてはいけないと思います。

−−−
余談ですが、阿辻先生のハングルの解説は無茶苦茶ですねぇ。
日本がハングル文字を復活させたのに、
禁止して文字を奪ったことになってました。

95 :17:04/11/19 21:58:27 ID:0e7kWo6m
>>94
>殷と周の甲骨文字は同一時代に別々に存在したり、

おそらく周原甲骨のことでしょう。
周原甲骨の初期は周文王の時代、つまり殷の最末期のころにあたるそうですが
少々古い論文なので最新の研究成果を反映していないかもしれませんが
李学勤先生によると

>甲骨の形態や卜法という点では、周原甲骨と殷墟甲骨は、
>同一の甲骨占卜の中で別系統に属しています。
>文字の面については、周原甲骨は、多少の独自の特徴を持ちはしますが、
>大局的には微細な相違であって、重要ではありません。
(李学勤「周原甲骨と殷周文字の関係」(東方書店編『中国古文字と殷周文化』東方書店 1989年)

とおっしゃっています。最近周公旦の銘が刻された青銅器が見つかったそうですがどうなんでしょう?

>中国大陸各地に残る土器記号が徐々に発展整理されて、
>安陽の甲骨文字になったとも考えられます。

阿辻先生の『図説 漢字の歴史』には半坡遺跡・大モン口遺跡・台西遺跡・呉城遺跡の
陶片記号が紹介されてましたが、台西遺跡の記号は甲骨文字と似ていますね。
ただし現在の漢字を遡及すると、今のところ殷代後期の甲骨文字までしか発見されておらず
また他地域で同時期かつ別系統の文字が発見されていないことを踏まえると
たとえこれらの陶片が文字の起源であっても
「漢字の起源」とできるかどうかは慎重にあるべきだと思います。

>日本がハングル文字を復活させたのに、禁止して文字を奪ったことになってました。

この辺は大学教授のデフォルトだから(笑)。ただこの話を進めるとと荒れの原因となるので・・・



96 :名無氏物語:04/11/20 12:00:10 ID:eBckH8Qi
>>72
水上静夫先生って方がいらっしゃるんだ、今度見てみるよ
ただ、加藤常賢先生をはじめとする東大派閥の方がやっていることは、
(京都大学の吉川幸次郎先生などもそうですが)それまでの、漢文素読
だけの中国文学から、中国語を使った漢文の理解の一環だったのではないかと
理解しています。

中国のことを理解するのに、日本語読みでやっていてはだめだと・・

加藤先生・倉石武四郎先生・藤堂先生と漢字音の観点から、
小学的研究をなさっていると思いますよ。

>>89
唐代にまとめられた音韻書であっても108でしたっけ?ありますから、
日本語の音韻で違和感を唱えても、ちょっとピントはずれかもしれません。
・・と言いながら、私も108辞書見ないと分からないので、
私の発言自体が、ピントはずれかもしれませんが。

97 :17:04/11/20 16:45:06 ID:FeEr/Fts
>>96
>中国のことを理解するのに、日本語読みでやっていてはだめだと・・

たしか今も東大の漢文講読の授業は予習の段階で意味と同時に
ピンインも調べてくるんでしたっけ・・・
少なくとも我が地方私大(歴史学科)ではそこまではしてませんでした。
一時そのまねをして個人的にやってたんですが1ヶ月で挫折――。

>唐代にまとめられた音韻書であっても108でしたっけ?ありますから、
>日本語の音韻で違和感を唱えても、ちょっとピントはずれかもしれません。

108―中国のめでたい数字36と72を足した数ですね(『水滸伝』の豪傑の数と一緒)。
観念的な数字ですからホントの数は知りませんが
日本語の漢音・呉音で違和感を唱えているわけではなく
無数にある事物の意味を一音節一単語の中国語で分類するには
あまりにも少なすぎるんじゃないかと思ったりするわけです。
で、今ぱっと辞書を見てみたら、ピンインの数は現代中国語でだいたい400強(四声は無視)。
これが多いか少ないかは専門家ではない私には判断しかねます。

誤解しないでほしいのは、私は決して音韻起源説を否定しているわけではなく
方法論として立証可能かどうか疑問に思っているということです。
前にも書きましたが藤堂先生や水上先生の紹介する系列は
どうしても「拾い集めた」感が拭えない・・・


98 :蒼頡:04/11/20 20:31:51 ID:omeJT63h
>97
> 誤解しないでほしいのは、私は決して音韻起源説を否定しているわけではなく
> 方法論として立証可能かどうか疑問に思っているということです。
> 前にも書きましたが藤堂先生や水上先生の紹介する系列は
> どうしても「拾い集めた」感が拭えない・・・

漢和辞典を編纂するために、頑張りすぎたという印象は否定できませんね。

>95

李学勤先生の『中国古代漢字学の第一歩』(凱風社2003年)を読んでいるのですが、
李先生は、複数地域での「Q」「島」などの土器記号に着目して、
安陽の甲骨文字よりも前の文字形成期を想定しているようですが、
「大部分において推測にすぎない」と述べてますね。

まあ、変な感想ですが、この分野の日本の先生方は、
辞書や一般向けの本で妙に断定口調が多いのに比べて、
科学者的態度でとっつきやすいと思いました。

99 :名無氏物語:04/11/20 22:46:22 ID:0uZkYe0W
白川さんもトンデモだけど、藤堂さんのもトンデモ。
白川さんのは独創であるのが救いだが、藤堂さんのは昔の人の牽強付会の音韻論と
大差ないから、進歩もない。

ちなみに説の当否とは別に、学問自体のレベルとしては白川が圧倒的に上だ。
シナ学の正統派ですよ。

100 :冬のオイラ:04/11/20 22:59:15 ID:ZRlK3ICR
(;`ロд・´) ピピッ…! なんだこのスレの戦闘力は… 18000… 20000…
       ま まだ上がる…!! 22000…!!!

(;※д´) ボン!!
      バカなッ


        (ロ∀・ ) ニヤニヤ
              おまえのスカウターは旧型だからな 故障でもしたんだろう
              新型の俺のスカウターで計測してやる

       (ロД・ ;) ピピッ!!
              バカな、戦闘力28000だと!!!??

101 :17:04/11/21 01:03:26 ID:c7DvEIqB
>李学勤先生の『中国古代漢字学の第一歩』(凱風社2003年)を読んでいるのですが、
>李先生は、複数地域での「Q」「島」などの土器記号に着目して、
>安陽の甲骨文字よりも前の文字形成期を想定しているようですが、
>「大部分において推測にすぎない」と述べてますね。

私もその本手元にあったので該当部分を読んでみましたが
やはりまだ「記号」の段階で決して「文字」とは言えないと思います。

「記号」自体はかなりの部族が使用していて、相互交流の中でその意味も共有していたと思うのですが
「記号」が「文字」になるには発想の大転換が必要でしょう。
一体なにがあったんでしょうね。
抽象的な概念で象形にしにくい指示代名詞や助詞を他の記号で補う、
いわゆる「仮借」の方法なんてものすごい発見だと思います。コロンブスの卵のようですが・・・
この話題はスレ違いになるのかな?

追伸
『中国古代漢字学の第一歩』の初版は1990年です。


102 :名無氏物語:04/11/21 06:42:28 ID:jo3nnWgY
オッケェー、この板も刻んだ!

103 :名無氏物語:04/11/21 16:40:56 ID:0K+OWgmI
>>97
108はちょっと変でしたね、106でした。韻母と声調と合わせて、106の韻字としているようです。これに、声母と組み合わせますと、
膨大な数の音ができる仕組みです。科挙に詩を作ることが課せられていましたが、唐代では音韻がずいぶん変わってしまったために
お手本となる、音韻の本が必要になったようです。


> 誤解しないでほしいのは、私は決して音韻起源説を否定しているわけではなく
> 方法論として立証可能かどうか疑問に思っているということです。
> 前にも書きましたが藤堂先生や水上先生の紹介する系列は
> どうしても「拾い集めた」感が拭えない・・・
どうも専門外のことなので、あまりつっこんだ論議をできなくて恐縮なのですが、(藤堂先生の学説もあまり読んだことが亡くて(汗)
少し授業を受けたことがあったくらい)言語学的に、文字から発生した、言語って無いと思うんですよ
言葉があってそれを書き取る時に、表音文字であったり、漢字であったり。そんなところから、学説が始まっている気がします。ただ、音韻の学説で
あって、そこと、文字学の学説とは少し飛躍があるとは思います。

>>李学勤先生の『中国古代漢字学の第一歩』(凱風社2003年)を読んでいるのですが、
>>李先生は、複数地域での「Q」「島」などの土器記号に着目して、
>>安陽の甲骨文字よりも前の文字形成期を想定しているようですが、
>>「大部分において推測にすぎない」と述べてますね。

>私もその本手元にあったので該当部分を読んでみましたが
>やはりまだ「記号」の段階で決して「文字」とは言えないと思います。
二里崗の文字資料や藁城陶文が商の前期の文字資料として有名ですよねただ、まだ資料が少なく読解が進んでいないのが現状だったかな?

それをさかのぼる、龍山期の文字資料はまだあまり無いようですよね、大■口遺跡(■はさんずいに文)から出土したものや、城子崖から出土
したものを見ても まだまだ記号の域を出ていませんよね

104 :蒼頡:04/11/21 20:00:27 ID:hSTW3Pe3
>101
>『中国古代漢字学の第一歩』の初版は1990年です。

1990年でした。どうもありがとうございます。

後ろのほうの、唐蘭先生6か条が面白いです。
結構、耳の痛い人が多いかもしれませんね。日本でも。

で、2003年は饒宗頤『漢字樹』でした。
シュメールの線形文字と中国の土器記号を比較して面白いのです。
バビロニアの影響を示唆してますね。
また、中国は方言が多いので、言語による統一ではなく、
「言語と文字の分離」で文字による「書同文」を目指し、
言語による変化から離れた漢字の文化が栄えたとか。

その他にも 卍と十字の地球規模の普遍性とか、
興味深いですね。

105 :名無氏物語:04/11/25 21:23:10 ID:z/2BJmho
始めに言葉があったとしても、文章により記述がなされるには文字が必要である。
喩えるに不適としてもコンピュータに例をとれば言葉は機械語であり、文章は高級言語である。
機械語と高級言語を繋ぐのは、正確には間違いであるがWindowsとその下部構造である。
累々たる言葉の死体の上に普遍的存在としての文字が成立したのである。
普遍的存在たらんとすれば、中原に鹿を追うほかありえない。
普遍的存在としてのwindowsの成立過程を漢字という文字の成立過程に類推することは困難であろうか。
バックグラウンドはいずれも圧倒的な質と量の富と権力の集中である。


106 :蒼頡:04/11/26 21:07:47 ID:Cyx5NGSd
卿の主張は大胆でもあり斬新でもあるがいささか極端な気もするな。
私としてはにわかに首肯はしかねるが、それによって卿は私を説得しようと
試みているわけなのか?

107 :名無氏物語:04/11/28 21:26:10 ID:sfqMCEDH
>>105
知らないことをたとえにつかっちゃダメ!

108 :名無氏物語:04/11/29 10:05:10 ID:dJT8qdek
煩悩

109 :名無氏物語:04/11/29 10:05:31 ID:dJT8qdek
東急

110 :名無氏物語:04/11/29 10:05:52 ID:dJT8qdek
警察

111 :名無氏物語:04/11/29 10:06:17 ID:dJT8qdek
111ゲット

112 :蒼頡:04/12/09 20:42:54 ID:kgPmJZP1
いやー忙しくて。保守。

113 :17:04/12/11 01:27:02 ID:+iOV7pqN
12月17日に白川先生の『字統』の新訂版がでるそうです。
ttp://www.heibonsha.co.jp/

普及版は持っているのだが、18900円か・・・。
昨日著作集別巻の『金文通釈4』買ったばかりだしな・・・。
つもり貯金でも始めるか。

それにしても平凡社、この前『常用字解』だしたばかりだというのに。
『漢字暦』はしっかり使用用と保存用の2冊買っちまったが

114 :蒼頡:04/12/19 17:08:59 ID:nEvTNXVz
図書館に(ry

115 :172:04/12/30 04:20:19 ID:Z6j8anq0
このままこのスレ放置するのもったいないね。

蒼頡氏は今後どうしたいのだろうか。

このまま落ちるに任せるのか
また先生方のならべた漢字の系列をあげて批評会でもするのか

なんでもいいので蒼頡氏の意見を求む。

という訳で上げます。

116 :蒼頡:04/12/31 10:07:38 ID:UDZEW2CJ
いや〜 会社が終わって
家に帰るころには2chにつなぐ気力がなくて。

休日にボチボチやりますか。

藤堂先生と白川先生の本も図書館に返しちゃったし・・・

117 :名無氏物語:05/01/01 07:16:35 ID:m/1P6Xvd
時報

118 :蒼頡:05/01/10 20:24:12 ID:OyxL2hOc
保守

119 :名無氏物語:05/01/11 09:18:15 ID:jys6znhG
消防署

120 :名無氏物語:05/01/11 09:18:48 ID:jys6znhG
二度目の還暦

121 :白川:05/01/15 01:16:31 ID:lQvYTYRp
君たち、まず甲骨、金文を全部筆写してから議論すれば
考えがまとまるだろう。


122 :名無氏物語:05/01/15 13:57:10 ID:+SxbkYZo
白川は、しろかわ?しらかわ?

123 :17:05/01/16 05:59:34 ID:sXYvNinm
>>121
実はそれ大学の時やっていて途中で挫折してしまいました。
だから考えがまとまらないのですかね・・・

>>122
「しらかわ」先生です。

124 :名無氏物語:05/01/23 12:47:27 ID:S7YOuLGc
amazonの書評で孔子伝において孔子家語を元にしているという一点のみをあげつらって貶してる奴が
いるけど、どうかね?こういう手合いってどうしてこうも視野が狭いのか、自ら進んで袋小路へ進もうと
するのかとっても不思議。馬鹿の見本として永久保存してあげよう。


125 :鴨川あるいは隅田川:05/02/20 10:27:06 ID:o6kIWh3u
渉とは何か。
古代の渉の意は、敵対する二国の将が国境の川の岸辺に兵を置き武具を捨て敵意無きことを示し、
徒歩にて河の中央で合間見え、和平の約を交わさんと試みることであるという。

126 :名無氏物語:2005/05/03(火) 11:44:13 ID:mmgpmo6r
徒歩で流れの速い川を渡ろうと試みれば必ず下流に流され正しく対岸に行き着くことは難しい。
正しく対岸に向かわんがためには、上流に遡りつつ対岸に向かわなければならぬ。
先生は、まさに、そのようになされた。

127 :名無氏物語:2005/06/12(日) 17:47:20 ID:DJkxzy5P
                                  

128 :名無氏物語:2005/06/27(月) 01:59:49 ID:D5BwpxdV
>>97
> 誤解しないでほしいのは、私は決して音韻起源説を否定しているわけではなく
> 方法論として立証可能かどうか疑問に思っているということです。

白川の字形説だってそんな風に見れば見えるってもんで、
下手なロールシャッハ・テストみたいで、実証性は疑問。追試できるかね?

129 :17:2005/07/18(月) 02:34:36 ID:x+R+LDsO
久しぶりに古文・漢文板をのぞいたらまだこのスレが生きていた・・・感涙
しかも最終レスが私に対する意見だ。

>>128
>>ロールシャッハ・テストみたい

確かにそうかもしれませんね。
ある「文字」を見たときその起源を「形」から見るか「音」から見るか・・・。
誰しもそこからスタートするならば最初に注目した方をどうしても優先してしまうでしょう。
が、ご指摘のとおり「実証性」は両方とも決定打を打てないわけで・・・

しかし、だからこそ議論が白熱して興味深い対話ができたのではないかと思います。
生産性がないと言われるとそれまでですが、私は議論を楽しみたかったので十分満足してました。

というわけでいろいろと批判もありますが、大学1年の時以来白川漢字学に魅了され続けてきた私としては
これからも白川先生の説を参照にしながら漢字の起源について考えていきたいと思います。

それにしてもいまだこのスレが生きていたとは・・・。
やはりこの議論をこのまま腐らせるのは非常にもったいないと感じます。
今仕事が忙しいのでなかなか書き込めませんが、一段落したらまた皆さんとじっくり議論を交わせたらと思います。
それまでは何とかこのスレに生存してもらいたいなぁ・・・。

と言うわけであげさせてもらいます。


130 :名無氏物語:2005/07/18(月) 07:56:19 ID:X9Kav3V4
私は角川新字源 の"なりたち" を良く参照する。

江.. 形声。水と、音符工コウ->カウ(おおきい意->宏クワウ)とから成り、大きい川の意から、
もと、揚子江をいう。

虹..形声。虫と音符コウ(横にかかる意->杠カウ)とから成り、空に横にかかる七色の竜、『にじ』
の意を表す。

131 :名無氏物語:2005/07/18(月) 14:00:54 ID:VayNkO1v
>>130
工と宏は上古音も中古音もぜんぜん違うからかなり無茶。


132 :名無氏物語:2005/07/19(火) 08:42:27 ID:5DYK0BtX
>工と宏は上古音も中古音もぜんぜん違うからかなり無茶。

董氏の"上古音韻表稿"では、古音の韻部の wəng のような音が中古で
ung となる場合があるように書いてあるし、このへんは無茶ということはないと思う。

133 :名無氏物語:2005/08/02(火) 19:38:05 ID:3BOIMtei
白川静は「と」だと思う
ttp://ime.nu/finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/02/post_23.html
↑これも十分「と」であると思う。

134 :17:2005/08/04(木) 00:11:38 ID:edF8fQQD
>133

リンク先読ませていただきました。
私はソシュールの言語学については全くの素人ですので記事の内容について突っ込んだ議論はできませんが、
オリエント起源のアルファベット等々の文字体系の中で生活し、思考し、組み立てた定義を
そのまま極東で生まれた漢字に当てはめているのにはやはり疑問が残ります。
ソシュールの説が漢字や古代中国の思惟構造にも当てはまるということを証明するのが先ではないかと思うのです。
そうしないと、かつて中国史学者がヨーロッパ史から考察されたマルクスの唯物論をそのまま中国史にも当てはめ
論理の破綻をまねいた失敗の二の舞になってしまいます。

白川先生のソシュールに対する意見は中公新書の『漢字百話』の最初に書かれてます。

まあ、何にせよリンク先の論は紀元前1100年以上前の漢字に対して紀元前3世紀末の始皇帝を持ち出して
論を組み立てていることからして、中国史に対する認識不足・配慮不足が見受けられますな・・・

135 :133:2005/08/07(日) 22:16:39 ID:xbtjs2si
>>134
よくぞ纏めてくださった。
この手合い、よく見かけますね。

数ある文字を十把一絡げにして一気に斬ってみたつもりが、結局トンチンカン
な論法で終わる。

白川先生によれば漢字は音を伝える道具ではなかった、と。
これは私もそう思う。

音に拘った藤堂先生は流石は倉石氏の弟子だけのことはあります。
つまりともに「形」を軽視する傾向を感じますね。
尤も倉石氏は漢字廃止論の先鋒にあったわけですがw

136 :蒼頡:2005/08/13(土) 08:24:31 ID:3ucIT3nl
復活アゲ

137 :名無氏物語:2005/08/18(木) 23:14:28 ID:6GTnIRHN
>>136

復活アゲって上げただけかよ・・・

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