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日本における肉食文化

1 :天之御名無主:01/11/22 15:23
明治まで日本では肉を食べなかった、というのは本当?

2 :天之御名無主:01/11/22 22:25
目玉焼きをいつから作りはじめたか、のほうが気になるな。

3 :天之御名無主:01/11/23 00:17
猪と兎は食ってたんじゃない??
漫画で得た知識だけど

4 :天之御名無主:01/11/23 00:26
縄文人はイルカも食べてました

5 :天之御名無主:01/11/23 07:10
江戸時代も少数の人達が猪鍋とか食べていたけど、当時の良識ある人達からは異端視されていたみたい。
ちなみに東京の両国に江戸時代からの猪鍋の老舗があります。店の軒先に猪の剥製をつっているからすぐわかるよ!

6 :天之御名無主:01/11/23 21:07
魚は?

7 :天之御名無主:01/11/23 21:09
>>3
鹿も食ってたぞ

食肉とケガレというのは、当時の人々はどの程度意識していたんだろう

8 :天之御名無主:01/11/23 22:16
肉食が悪とされたとのは、仏教伝来、流布後。
諏訪大社では、それ以前から、そして以後も獣を神前にお供えしてた。
さらに同社は建前上「悪」とされる狩猟を合法化する
「鹿食免」(かじきめん)という許可を猟師に与えていた。
神仏分離以後はもちろんなくなったが。

肉食が悪とされたのはやはり建前で、実際にはかなり肉食されていたようだ。
遊びとしても、生業としても、盛んに狩猟は行われているし。
時代によって差はあるだろうけど。

9 :天之御名無主:01/11/24 18:07
犬肉食の考古学的証拠も結構出ているようだ。

10 :天之御名無主:01/11/24 19:18
薬食いってあったよね。滋養のためというか、薬用として
鹿や猪なんか食ってたと思ったが。

ウサギを「一羽、二羽」と数えるのは、うさぎ→う・さぎ(鵜と鷺)と
して「これは鳥だから食ってもいいんだ」とコジつけたからだとか。
してみると、鳥は普通に食ってたんだな。

11 :天之御名無主:01/11/25 11:33
>>1-10
マックと吉野家が最初だろ?

12 :天之御名無主:01/11/25 11:33
島津藩では豚肉をずっと食べていたという話をどこかで読みました。

13 :天之御名無主:01/11/25 11:35
あと、牛肉の味噌漬は、近江あたりから将軍家へ献上されていたとも。

14 :天之御名無主:01/11/25 12:47
魚と大豆では、必須アミノ酸の供給が難しいんじゃないかな。

普通の農民や職人さんも、キジ、鹿、イノシシくらいは日常的に
食ってたと思うけどね。

15 :ひでよし:01/11/25 13:58
>>12
薩摩では琉球の影響を受けて豚肉はよく食べられていたそうです

犬の腹の中に米を詰めて針金で閉じ、焚き火で焼いて食べる「ゑのころ飯」と
いう料理があり、これは藩主が食べることもあったらしいです

16 :天之御名無主:01/11/27 15:53
全国的に肉食するようになったのはやはり明治維新以降でしょ?
肉を出す店はスキヤキの「いろは」が第1号なのでは?

17 :天之御名無主:01/11/27 18:33
猪の肉は場所によっては忌避されていたとか
どこかで読んだ気がするが、どうなんでしょう?

猪飢渇(いのししきかつ)なんて言葉があるように
中世以前は猪は悪獣として忌み嫌われてて、
平地で生活する人たちは猪と妖怪とを同一視していた
面があったみたいです。でも場所によっては違うかも
しれませんし、山で生活する人たちにしてみれば絶好の
たんぱく源だったでしょうし、ソースも示せないし、
いい加減なこといってるかもしれません。

18 :天之御名無主:01/11/27 18:47
婆ちゃんの実家だと、
屋敷の中で卵を焼いたり煮たりするのは
やめなさいと、家の年寄りに云われていたらしい。
(昭和15年くらいか?)
だから、庭で卵焼きをつくっていた。
たぶんいまはそういうこと無いと思う。

19 :天之御名無主:01/11/27 21:09
ももんじ

20 :天之御名無主:01/11/27 21:23
公家の場合は浄土思想の影響で鳥肉以外はタブーだったらしい。
武家の場合は少なくとも戦国時代までは結構肉を食べていた。

21 :14:01/11/28 01:10
犬食は少し上の世代は経験した人が多いだろう。
少なくとも、今一般に考えられているほど犬食に対する
日本人のバイアスは高くはないと思う。
鹿児島や沖縄では今でも食ってる人がいるようだし。
江戸時代の武家屋敷のゴミ捨て場からは解体調理した形跡のある犬の骨がでてくる。

日本では肉食がなかったというのはかなり幻想が入ってると思われ。

22 :ひでよし:01/11/30 08:53
薩摩の犬肉食いは江戸でも有名だったようで、それを題材にした
川柳がいくつも残されています
渡辺信一郎『江戸のおしゃべり 川柳にみる男と女』(平凡社選書、
2000)を参考にいくつか解説しておきます

≪酒盛りにきゃんと言わせる御国柄≫
「きゃん」とは撲殺したときの犬の鳴き声
薩摩では犬肉料理は宴会に欠かせない料理であったのか、犬を
食べることはよく行われていたようで、それを「御国柄」と詠んでいる

≪大部屋に赤犬などのあらがあり≫
「大部屋」とは大名屋敷で中間や小者が雑居する部屋
その部屋で犬肉料理が食べられていたようで、肉を食らい尽くした
後の「あら」が残されている様子を詠んでいる

≪品川と麹町に入れあげる≫
「品川」は品川宿の飯盛女、「麹町」は麹町の獣肉屋
江戸時代の麹町には獣肉屋が多くあり、薩摩の武士がそこを度々
利用していたことを詠んでいる

≪「赤犬が紛失した」と芝で言い≫
「芝」は薩摩藩の下屋敷があった地域
そこで犬が「紛失した」のは薩摩の武士が犬を捕まえて、食べて
しまったのではないかという疑いを詠んでいる

23 :ひでよし:01/11/30 08:57
江戸時代の獣肉食に関してはこちらが大変参考になります

http://www10.u-page.so-net.ne.jp/yg7/nozaki/yorozu/yorozu-top.htm
http://www10.u-page.so-net.ne.jp/yg7/nozaki/mikaku/mikaku.htm

24 :天之御名無主:01/12/02 21:01
薩摩の島津斉彬と水戸の徳川斉昭にはこんな因縁があったそうだ
http://61.205.68.50/kikaku/kurobuta/kb4-9.htm

塩漬けの豚肉は1年も持つらしく、現在でも奄美地方では作られているそうだ

25 :天之御名無主:01/12/03 13:36
江戸時代は四つ足は食べちゃダメだったらしい

26 :天之御名無主:01/12/03 14:25
>>25
スレちゃんと読んでる?どの地方のどんな階層での話?

27 :天之御名無主:01/12/03 16:21
「ももんじ食い」なんて呼ばれた江戸の食肉習慣だけど
けっこう好事家っていうか口の肥えた人たちなんだろうけど
そういう人たちは多かったみたいね。
武士階級なんかはけっこう憚りながら食べたらしいけど。
あ、8割は鬼平による情報です。

28 :天之御名無主:01/12/03 18:05
鬼平といえばウサギの肉を食べるシーンで中村吉衛門さんが
「ウサギの肉なんか食べられるか」と主張したために、鶏肉に
変更になったらしいですね

29 :天之御名無主:01/12/03 18:08
我が儘な役者だなぁ(藁

30 :天之御名無主:01/12/03 21:12
将軍家には元旦に兎の吸い物を食べる習慣があった
ということは、「兎の肉は食べてもいいですよ」と将軍家が率先して
見せてくれてた、ということになるのかな?

31 :ひでよし:01/12/07 14:22
犬を食べる習慣は江戸時代の初期までは広く行われていたようで、
塚本学氏の研究(『生類をめぐる政治 元禄のフォークロア』参照)に
よれば、生類憐れみの令の目的の一つにはその食習慣を改めさせる
ことがあったと考えられています

塚本氏は「犬を食い犬を殺すことの禁令は、やや特殊な食犬・殺犬者の
出現に対するもの」であり、その当時に問題となっていたカブキモノに
対する取り締まりの一環であるとしています
しかし、それよりも以前に会津藩などで犬を殺すことを禁じる法令が
出されていること、町で犬を見かけることが少ないのは見かけ次第に
殺して食べるからだと『落穂集』にあること、犬肉の料理方法について
解説している料理書があることなどから考えると、「やや特殊な」習慣
であったとは考えにくいのではないかと思います

32 :天之御名無主:01/12/09 17:44
水戸藩主の徳川斉昭が彦根藩主の井伊直弼に牛肉の味噌漬を
所望したところ、「殺生は嫌いだから」と断られてしまった
それが桜田門外の変の原因の一つになったという噂もある

食い物の恨みは恐ろしい、という話でした

33 :天之御名無主:01/12/10 13:30
生類憐れみの令に反対して光圀が綱吉に犬の皮を送ったというし、
水戸というのは凄い土地なんだな

34 :31の続きです:01/12/13 13:09
江戸時代の中期には生類憐れみの令の徹底や肉食をケガレとする
儒教観念の確立などもあり、肉食の習慣は表面的にはなくなったと
考えられているようです
この時代には賎民に対する支配体制が制度として確立されたという
部落史の研究もあり、それも考慮に入れる必要があると思います

35 :34の続きです:01/12/13 13:54
江戸時代の後期には表通りで獣肉を扱う店が増加し、牛肉を売り歩く
行商人も登場するようになります
これには蘭学の影響もあったのではないかと考えられていますが、
一旦は下火になっていた肉食の風習が盛んになっていったのは
確かなようです

しかし、その一方で肉食をケガレとする考え方も根強くあり、江戸に
火事が多いのは獣肉のケガレが満ちているからだと書いている人も
いたことに留意する必要があるでしょう

明治時代になって肉食の文化が流入したのではなく、民衆が肉食を
受け入れる準備は江戸時代の後期にはすでにできていたのです

36 :天之御名無主:01/12/14 17:36
吉宗が肉好きだったって聞いた事があります。

37 :天之御名無主:01/12/14 17:59
慶喜は、豚肉が大好きだった。
あだ名も「ぶたよし」だっけ?

38 :ひでよし:01/12/14 22:17
>>36
吉宗は鷹狩が好きだったそうなので、その獲物を口にすることも
多かったのではないかと思います

39 :天之御名無主:01/12/14 22:46
吉宗はやはり、某大河ドラマのように西田敏之ばりのデブでしたか?

40 :自転車小僧:01/12/16 03:13
たしか、ルイス=フロイスの日記だったか、本能寺文書だったかに織田信長は"ネコ"
の肉が好物だったような内容の記述があった。
珍味としてかどうか分からないが織田信長の宴会メニューはやたらと牛やら犬やら
が多い。

41 :ひでよし:02/01/10 09:16
ラーメンを初めて食べた日本人といわれる徳川光圀ですが、
このラーメンは豚の腿肉を塩漬けにして作った「火腿」(かたい)
という中華ハムでとったスープが使われていたそうです

光圀は朱舜水という明から亡命してきた儒学者を師と仰ぎ、その
影響を受けて春と秋には孔子を祀る御廟祭が行われ、その際の
供物としても火腿は用いられていたことから、水戸藩では豚を飼育
していたのではないかと推測できます
(腿肉以外の部位も食用とされていたでしょう)

42 :山野野衾:02/01/10 09:32
供物には豚の他に牛や山羊も使われたそうです。
また犬肉は近世まではよく鍋などで食べられており、各地の遺跡から出
土しております。先祖に1人は食べた人間がいたはず。
また山間部では兎が最近(数十年前)まで時折食べられていた様です。

43 :天之御名無主:02/01/10 23:34
四足の動物じゃないけれど、鯨の肉はおおっぴらに食べられていた。
江戸の小噺にもよくでてくる。
一匹捕獲すると大量の肉が手に入るが、保存技術が無かったため、一気に流通、
消費する必要があった。そのため山間部でもよく食べられていたと聞く。

44 :天之御名無主:02/01/11 16:11
クジラは勇魚(いさな)といって、魚だから食べてよかったんだよね
そんで、猪は山クジラだから食べてよかったんだよね

なんという都合のいい解釈なんだ、ん〜便利だ

45 :山野野衾:02/01/12 00:13
>44
まあ食べた事も無い牛や豚の肉にさほど執着したとも思えませんので、割と本気で
言っていたのでは無いかと。
他にムササビやモモンガ(ももんじい等とも呼ばれた)の肉も鳥系という事という
事で良かったそうです。

46 :ひでよし:02/01/19 15:17
>>42
狩猟との関連で言えば、ウサギは子供でも容易に捕らえることができる
ことから、各地で行われていました

シカやイノシシも田畑を荒らす害獣であることから、狩猟の対象となる
ことが多く、被害が増える秋から冬にかけては食料の確保という面でも
狩猟が積極的に行われていました

47 :天之御名無主:02/01/19 19:03
♪兎追〜いし あの山〜 って奴ですな

48 :ひでよし:02/01/22 11:06
江戸時代後期の肉食が受容されていく過程がよくわかる史料として、
筑前秋月藩の武士が書き残した『望春随筆』があります

「牛肉を喰う事、昔は稀」で、たまに「薬喰いなどという時は長崎に便を
求め」て塩漬け肉を買い、「少しの品も得がたき稀物として薬喰いにし」
ていたとあります

文化期(1804〜1817)には、地元の「穢多へかねて頼みおく時は、
生肉を持来ることも」あったが、「値は最高値にして少しつつ用いる者」
が多かったようなのですが、文政期(1818〜1829)の初め頃から
「此方より頼まぬといえども、むこうより肉を入らぬかと持参するように
成り」、「価も猪鹿よりも下直」なので、冬場ならば10斤(約6キロ)以上
買う人もいるようになったそうです

他の随筆類の記述などから考えても、文化・文政期に全国的に肉食の
風習が拡大していったのは間違いなさそうです

49 :ひでよし:02/01/22 11:13
昔は牛肉を長崎まで求めていたということから、おそらくは長崎の
周辺では、居留地の外国人向けに牛肉が売られていて、その一部
は一般の民衆が買うこともあったのではないかと推測できます

それに携わっていたのは、「穢多」身分の人だったのではないかと
思いますが、現時点ではよくわかっていないようです

50 :天之御名無主:02/01/25 16:03
>>18
その時に仏壇に目張りをしたりしませんでしたか?
そういう話はいくつか聞いたことがありますね

51 :天之御名無主:02/01/25 21:57
獣の肉ではないのですが、
昔、僧籍にある人は生臭全般を食べてはいけないので、
魚を『木の葉』や『かみそり』と言って食べていた、という話を、
子供向けの昔話で読んだ記憶があります。
木の葉は形が似ているからでしょうが、
かみそりって……光物だからでしょうか。
詳しくご存知の方、教えてください。

52 :山野野衾:02/01/25 22:33
>51
鮎ですね。形状から小僧さんにかみそりだと教えていた和尚さん、川を渡る
際に(皮肉で)「かみそりが泳いでいますよ。」と言われ、茶色がかった落
ち鮎を「錆びたかみそりだから心配無い」と言って渡る話でした。

53 :天之御名無主:02/02/06 19:58
鹿児島県の郷土料理の薩摩汁には鶏肉が使われていたらしいんですけど、
その鶏肉というのが闘鶏で負けた鶏だったらしいです

まあ、無駄なく利用するという点では、これ以上ない利用方法ですね

54 :天之御名無主:02/02/08 22:17
>>51
獣肉食を禁じられていた中世ヨーロッパの修道士も
ビーバーを「尾ひれがあるから魚だ」と見なして堂々と食べていたらしい。
まったく、生臭ボーズは洋の東西を問わずいるもんだ。

55 :51:02/02/09 15:22
>>51,54
レスありがとうございました。
やはり当時は、魚といえば川魚になるんですね、海の近く以外は。
「かみそり」としていたのはお坊さんに身近なもの(剃髪のため?)
だったからなんでしょうかね。

ビーバーを食べるというのは初めて聞きました。
一般家庭?では食べていなかった食材なのに、
尾ひれがあるからという理由で修道士が食べ始めたのだとしたら、
一番最初に食べた人はすごい気がします……。

56 :51:02/02/09 15:24
>>52,54の間違いでした……。

57 :ひでよし:02/02/09 15:44
明治時代になって、牛肉が幅広く食べられるようになった時に、
「牛肉あります」と紛らわしい「午肉あります」という看板を出して
馬肉を売る店が多くあったそうです

他の客に紛れて、客寄せをすることを「サクラ」といいますが、その
語源は、「牛肉」と紛らわしい「午肉」(馬肉を「サクラ」という)が売られ
ていたからだとする説があるそうです

58 :白宇土:02/02/09 23:59
ももんじい
日本人は鳥を食べるのに抵抗はなかった。
ももんがあは、分類上獣だが飛ぶから鳥扱い。
このももんがあが、年をとると猪、鹿になる。すなわちももんじい。
いや、日本人はシャレが好きですね。ももんじいは鳥の慣れの果て、だからくっても良い。
とこうなったそうで

59 :天之御名無主:02/02/10 03:00
>57
馬肉は獣肉の中でもかなり美味い部類に入ると思うんですがね。
それでも看板に偽りありは許されないというわけですか。

60 : :02/02/10 10:52
>>59
商いの信用というものを考えたことがないのかい?


61 :天之御名無主:02/02/10 11:35
>54
中世ヨーロッパでビーバーは無理がないか?
ビーバーは米国にしかいないはずだし。
余談だが、教義でがんじがらめの中世ヨーロッパでは、女性の
豊満な肉体を描くのが禁じられていた。
しかし、「淫乱の罪で地獄に堕ちた罪深い女」を描くときは
オッパイを描いてもよかった。そのために教会の絵師は地獄絵図
を描いて興奮していたそうだ。

62 :天之御名無主:02/02/10 11:39
東北地方のオシラ様を祀っているうちでは明治以降になってからも
獣肉はもちろん、鶏肉も食うことが忌まれていました。
獣肉を食べたために罰が当たって口がひん曲がってしまったという
話があちこちに伝わっています。
祟りを避けるため、獣肉を食べる際は戸外で煮炊きしたそうです。

63 :山野野衾:02/02/10 19:07
>61
ヨーロッパにもビーバーはいますよ。ウェゲナーの大陸移動説の根拠の一つだった
筈です。
>62
四つ足も二本足も食べては駄目だと知った時、なんじゃそりゃと思いました(藁。

64 :天之御名無主:02/02/10 19:51
だから、最近オシラ様を祀っている家ではウザくなって寺に
預ける例が増えているようだ。
寺はオシラ様の姥捨て山。

65 :天之御名無主:02/02/18 16:08
ここは平和だよね
日本史板なら、「犬を食う薩摩人は野蛮人」って書く人が絶対いるのにね

66 :天之御名無主:02/02/18 20:24
全くだ、ほのぼの駄レスで楽しんでるね。
天武天皇(7世紀)の時代から、獣肉食禁止令を何度も出す。
食べていたyo、の証拠だと言い立てているが、
肉食者は、その時点で国家的日陰者で差別対象犯罪者になったこと。
禁止令を出している背景は?
突然変異的に出てきたかな?
外圧でもあったかな? 戦勝国の唐&新羅は獣肉食を野蛮としていたかな?
仏教がなんとかはアホ。NGO関与の政府見解程度のいいかげんさ。
日本の肉食文化を問うのなら、そっちも考えてみようね。

67 :天之御名無主:02/02/20 08:42
66の言ってることが、まったくわからん
特に「国家的日陰者で差別対象犯罪者」ってなによ?
肉を食って、逮捕&処刑された人でもいるんかいな?

68 :ひでよし:02/03/10 16:07
今谷明氏が『京都1547年 描かれた中世都市』(イメージ・リーディング叢書、
1988)で地方の下級武士の間で狩猟や犬追物が盛んに行われていたことに
触れた後に、「本来供応儀礼にすぎない゛茶の湯"が、武家社会で異常なほど
執着されたのは、ひょっとして下級武士の肉食の習慣にも一因があるのでは
なかろうか」と書いておられます

ここに書かれているような肉食と喫茶の風習の関連について、どなたか詳しく
ご存知の方はおられませんか?

69 :訂正です:02/03/10 16:13
「狩猟や犬追物が」 → 「鷹狩や犬追物」

魚肉は生臭物と呼ばれるぐらいですから、口臭予防の為にお茶を
飲んでいたのかな、とは考えたのですが、それだけで説明ができる
のでしょうか?
もっと深い所で繋がりがあるような気もするのですが・・・・

70 :天之御名無主:02/03/14 10:40
口臭予防の為に飲むのなら、武士よりも僧侶に必要なんじゃない?

生臭い息をプンプンさせながら、「殺生はいけません、そんなことを
すれば地獄に落ちますよ」なんて言われても、説得力なさそうじゃん

71 :天之御名無主:02/03/15 19:28
↑はかなり説得力あるかも
喫茶ってのは僧侶から広まった風習なんだし、肉食する僧侶も
多かったらしいしね

72 : :02/03/15 19:33
これとかはどうなの? やっぱマズイの?
http://vagina.rotten.com/motorcycle/motorcycle.jpg




73 :忠告だ:02/03/15 19:44
ヤフオクを今後も続けようと思ってる生粋の日本人へ
朝鮮人(在日含む)全てをBLに入れた方が良い。
関わるとロクな事にならんよ。マジで。
文章読めば大体の察しが付くだろ?
日本語の旧かな使いや古語を使う奴はみんなそういう類だ。
チョソはマジでヤフから出て逝って欲しいよな。
日本で調子くれてんじゃねえよって。

http://natto.2ch.net/test/read.cgi/yahoo/1016009908/l50

74 :ひでよし:02/03/23 16:00
>>70>>71
僧侶と喫茶・肉食の風習ですか
そう言われてみれば、関係があるような気がしてきました

いくつか文献に当たってみたのですが、喫茶と肉食の関係について
書いているのが見つからなかったんですよね
もう少し考えてみたいので、引き続き情報をお願いします

75 :天之御名無主:02/04/11 08:39
基本的なことでスンマソン
鯨の肉と猪の肉って、肉質が似ているんですか?

76 :天之御名無主:02/04/11 22:09
>>75
鯨を最後に食べたのは遥か昔だし、猪は食べたことないんでよくわかんないけど、
猪の異称を「山鯨」というのは、獣肉食がタブーだった時代の言い換えみたい。
見当違いなこと言ってたらゴメン。

77 :天之御名無主:02/04/11 22:14
江戸時代の飢饉で人肉を食った人の証言では、
「人肉は鯨に似ている」ということだ。
猪が山鯨なら人は里鯨町鯨・・・

78 :山野野衾:02/04/11 22:14
>75
昔山の神と海の神が歩くのが下手な鯨と泳ぐのが下手な猪を交換したという
昔話がありましたね。ところで肉質についてですが、食べたものが言わせて
戴くと似ておりません。

79 :天之御名無主:02/04/12 07:49
猪肉は豚肉を脂っこくしたような感じで、少し臭みが強いので
味噌仕立てにして、牛蒡や人参と一緒に食べるのがいいでしょう

鯨とは全然違いますよね
なんで「山鯨」というのでしょ?

80 :ひでよし:02/04/13 08:00
肉食と関連するのですが、戦国時代に南蛮菓子が伝来するまでは
卵が食用とされることはほとんどなかったといわれていますね

鶏肉は広く食されていたにも関らず、なぜ卵は食べられていなかった
のでしょうか?

81 :天之御名無主:02/07/13 17:07
>>80
鶏肉は広く食されていたってのは、どの時代のどの地域の事でしょうか?
野生の鳥肉なら判らなくもないが、家禽として鶏が飼育されてたってのは。

82 ::02/07/13 18:05
>>80
古代の日本人は、卵を食べるのを恐ろしい事と考えていたようです。

『日本霊異記』に、毎日卵を食べていた男の話がでてきます。
ある日、「暑い暑い」と叫びながら麦畑を走り回っている男を村人が見つける。
男はうわ言のように「火の山を走り回っていた」と言う。
村人達が見ると、男の脛の肉は爛れ落ち、骨だけになっていた。
その男は、毎日鳥の卵を煮て食べていたという。

また『沙石集』には、
いつも子供にたくさんの卵を食べさせていた母親がいた。
ある夜、見知らぬ女が子供達の枕元に立ち、
「子供はいとおしいぞ、いとおしいぞ」泣いている夢を見た。
すると、程なくして子供達がつぎつぎと死んでしまった、
という話も載っています。


83 :天之御名無主:02/07/14 03:39
喫茶の起源についてですが、本来は瞑想中の禅僧が眠気を覚ます為に、茶に含まれているカフェインを摂取したのが始まりという説があります。

84 :天之御名無主:02/07/14 11:43
卵は精剤的な価値もあったようだね。
吉原では居続け(一晩で帰らない人)の朝飯に火鉢の上で帆立貝の殻に
卵を落として焼いて食べさせているのが黄表紙の絵にある。
市中にはゆで卵を売って歩く人もいたので江戸期にはタブー視も
たいぶ緩和されたみたい。

85 :天之御名無主:02/12/07 20:54
>>71,>>83
中国から舶来させたのは、渡航した修学僧とされているからね。
しかし舶来目的は、薬としてじゃなかったかな。

86 :天之御名無主:02/12/08 03:30
日本には、要するに狩猟・採集→農耕・牧畜のコースの中で、
「牧畜」の文化だけが明治までまともに伝来・受容せず、欠落してたんです。


87 :天之御名無主:02/12/08 09:09
醍醐など乳製品は古くからあったけど、一般にはあまり浸透していなかったみたいね。
やっぱり、生臭物扱いになったのかしら

88 :天之御名無主:02/12/08 11:58
なんで肉は駄目で魚はいいんだろうか

89 :天之御名無主:02/12/08 16:06
鶏肉と玉子を食べない風習は、日本武尊系の大鳥神社系で信仰に由来する
ものらしいです。

90 :天之御名無主:02/12/09 21:01
>>2
めちゃ遅レスですまん

『新・巨人の星』という漫画の最初のほうの話で、
番忠太のお付きの婆やは星飛雄馬の注文する目玉焼きをうまく作れず、
「そういうハイカラなものはうまく作れない」とぼやいている。
だから目玉焼きを食べる習慣はずいぶん後(新巨人の星の連載は昭和50年前後)
のものなんじゃないの?

関係ない?

91 :天之御名無主:02/12/09 22:12
>>88
仏教が戒める殺生の対象が禽獣なのですよ。輪廻の考えと繋がっているのです。

92 :天之御名無主:02/12/10 02:05
>>91
神道の場合はどうなの?
生理の人が鳥居をくぐるのは御法度みたいだし巫女さんも休暇とらされるらしいんだけど、
やっぱ肉食も穢れ思考で禁止されてんだろうか?

93 :天之御名無主:02/12/10 16:25
文献に残ってないだけで、
飲酒喫煙する未成年くらいの割合で
隠れて肉食してた人はいるんじゃなかろうか。

94 :天之御名無主:02/12/10 17:12
>>93
それじゃ日本人の半分以上は・・・

95 :天之御名無主:02/12/11 02:04
権力で仏教を押し付けられ定着したとしても、古層の精神世界まではたして
本土日本人は仏教を受け入れたのか?

まあ、モノは数えよう。

96 :天之御名無主:02/12/11 04:03
>90
昭和40年代以降は目玉焼きは普通に一般家庭でも食べられていたと思う。
そのばあやさんの年代の人は作らなかったかもだけど。

97 :90:02/12/12 21:17
>96
俺自身は昭和50年生まれなんで正直、目玉焼きなんて子供の頃から食べてたけどね。
敷衍すると、『新・巨人の星』が『週刊読売』誌上で掲載されていたときには、
まだ「目玉焼きはハイカラなもの」と思う(言う)年寄り世代ってのが結構いたんじゃないかと。
また、それを呼んで(ああ、うちのばあさんもそうだな)なんて思う読者層も多かったから
その話が受け入れられてたんじゃないかな、って思ったんだ。
俺はこのシーン見たとき違和感受けたもの。今の世代はほとんど違和感あると思うんだけど。
もしかしたら原作の梶原一騎の母親あたりの世代は目玉焼きを食べなかったのかな、
って受け取ったのさ。実際のとこはわからないけどね。

98 :天之御名無主:02/12/14 22:17
>>95
>権力で仏教を押し付けられ...日本人は仏教を受け入れたのか?
政治権力が、民衆に仏教を強制したのは、徳川幕府以降のはずだが。
学問修養修行仏教から、平安・鎌倉期の法然、親鸞に始まる救済仏教の系統で、
民衆に仏教が広まったのだよ。それが、戦国期の一向一揆につながり、信長の
長島合戦に象徴される門徒土着民層の死を厭わぬ交戦は、精神的に受容されていた証左だがね。

99 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/12/14 22:25
>98
法然上人以前から村落寺院を中心に民衆の間にも仏教は広まっていま
したよ。12世紀には各地に村人による管理組織も出来ていた。
寧ろ鎌倉新仏教のほうが已然として異端であったようです。

100 :万子:02/12/14 23:08
昔、お客さんとすき焼き食ってたら、
「こんなに卵食えるなんて」とえらく感激してた。
肉をぱくぱく食ってても感激しないくせに。

きくと小さいころ卵食べたくて食べたくてしょうがなくて、
今卵がたくさん食えるのがうれしくてたまらないのだそうだ。

肉は小さいころ食べたいとは思わなかった。大人になってからパクパクくってたから
別にどーってことないそうだ。

101 :天之御名無主:02/12/15 01:18
>>99
>法然上人以前から村落寺院を中心に民衆の間にも仏教は広まって...
その布教宗派は、何系だったのですか。政権に密着した南都六宗や叡山に、農民層への
伝道発想があったとは思えぬし、真言宗が布教したのですか。

102 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/12/15 08:44
>101
比叡山や東大寺など色々。「平安遺文」には村落寺院の話がよく出て
来ますよ。大寺院の末寺が民間と交流し、村の者が叡山で(勿論僧と
して)学んで帰って来ることもあった。
各寺院の荘園内を中心に関わりがあったわけです。政権とつながると
はいっても各地と関わりを持つ以上民衆を無視は出来なかった。

103 :天之御名無主:02/12/17 23:47
>>92
>神道の場合...
明治以前に、神道なるものがあったかは疑問だが、古来の祖先崇拝の事とすると
祖先崇拝と肉食忌避には、何の繋がりもないだろう。


104 :天之御名無主:02/12/29 23:36
なんか3っ位の話がクロスして展開してるな、
法然系、巨人系、仏教伝来系・・・。

建前は駄目だけど、実際は食べていた
というのが日本の肉食文化じゃなかろーかと。

105 :天之御名無主:03/01/09 20:41


106 :天之御名無主:03/01/09 21:57
ニュージーランドの浜辺に打ち上げられて息絶えた鯨。
彼らを食してはいけないのだろうか?
何故、鯨肉を食べてはいけない?
鯨はカワイイか?

107 :とてた:03/01/09 22:10
>>106
日本の伝統文化では全然OKなんですけどねえ。
「埋葬」のもったいないこと。

そういえば、アイヌの昔話で、「寄り鯨」というのがありましたっけ。

108 :106:03/01/09 22:15
>>107
エビスを海に「埋葬」する事は、日本人の感覚から言って、
勿体無いを超えて、無礼な気もします。

何故、あの鯨は日本に上がらなかったのだろう。

109 :とてた:03/01/09 22:23
>>108
いや、最近の事例では日本でも鯨保護主義者の主張に屈して、
「埋葬」しています…。

肉を売ればお金になるのに、埋葬するための費用が余計にかかるという矛盾…。

110 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/09 22:37
日本(本土)の昔話に熊野詣でに行く途中の鯨を捕って祟られた話が
ありましたが、逆に言えば鯨に敬意を払っていたわけで。

111 :106:03/01/10 00:17
失礼。
言葉が足りてなかったようですね。
なんでも、あの(ニュージーランドの)鯨の死体は、沖まで運んで、
海に「埋葬」(捨てる)らしいと、耳にしたもので、
それは、(鯨の塚や墓や供養等を作っていた)日本民俗の見地からは、
礼を失する行為だと、思ったのです。
鯨=エビスでしたからね。

しかし、あの鯨は何とか流用出来ないものですかね。
鯨油を採るとか、ひげを取るとか。
肉を食べると怒られるのなら、肉は食べずに。

112 :天之御名無主:03/01/10 14:49
薩摩で肉食が盛んであったことは、ガイシュツですが、
肉へ加工していた方々は、当然被差別部落の方々でした。
実家の爺さまの子供の頃までは、よく行商で家の門口に
お肉を売りに来たらしい。
が、門地に脚を踏み入れる事は無く、入らねばならない
ときには、素足にならねばならなかったんだと。
他所はどうだったかは知らんけど。

113 :とてた:03/01/10 23:02
>>111
鯨保護主義者の観点からは、ダメでしょうね。

まあ、日本人の感覚からは「違う」としかいいようがないです…。

114 :山崎渉:03/01/11 03:00
(^^)

115 :天之御名方主:03/01/13 03:16
なぜに、捕鯨反対団体は、捕鯨反対するのだろうか。
一説に云う。「野生の動物を肉食用に狩猟するのはイケナイ」
また一説に云う。「知能の高い動物だから」
また云う。「絶滅の危機に瀕しているから」

これら偽善的偽説を考慮するに、
鯨の遺伝子を組替え、知能を落とし、肉食用に養殖する分には
問題がないのであろうか。

116 :妙見:03/01/13 05:53
肉は食べないほうが霊力があがるんだが、お化けに憑依されるものも多い。
穀物を多く取るといいかもな。

117 :天之御名無主:03/01/17 09:49
穀物食ってるようでは霊力なんて付きません。
潔斎精進五穀絶ちしてこそ!
そこいらのイカサマ零脳死もちったあ修行汁!

118 :天之御名方主:03/01/17 14:28
>>116
肉を食べない方が霊力が上がるとすると、
動物の霊力を否定している事になりませんか?
体力だけではなく霊力を吸収するために、
動物の肉を食する習慣が多々あったと思いますが。
まさに、「憑依」を望んで。

119 :知ったかブリスト:03/01/19 20:55
太平洋戦争の間は、みんな電気風呂に入り赤犬やイナゴを食べました。
南蛮の宣教師は日本人が男色にルーズで犬をよく食べると報告してます。
幕末の英国植物学者は、江戸の獣肉屋?に猿肉が売られており、
その顔が人間の赤ん坊そっくりで閉口したと書いていた。
猿肉とはこれいかに?

120 :天之御名無主:03/01/21 10:39
>>119
鹿児島県大隈半島南端の佐多町では比較的最近(S60's)まで
猿肉食べさせる店がありましたよ。今は不明ですが。

121 :天之御名無主:03/01/25 23:12
江戸時代のある店を描いた絵があるのだが、
この店には山鯨(猪)と書かれた看板が掛かっており、
店主が店先で堂々と肉を切っている姿や様々な獣が並べられているのが見てとれる。
鯨ですよーと言いつつお肉屋さんやってるわけだな。

またある武家屋敷跡を発掘すると解体痕付きの犬・猫等の骨がゴロゴロ出てくるらしい。

122 : ◆TJ9qoWuqvA :03/01/27 13:48
... 676年(天武天皇4年) 4月17日に我が国で肉食禁止令の詔が初めて下った.そ
の詔は, 庚寅,詔諸國曰,自今以後,制諸漁獵者,莫造檻穽,及施機槍
等之類.亦四月朔以降,九月卅日以前,莫置比彌沙伎理・梁.且莫食牛馬
犬 ...

123 : ◆TJ9qoWuqvA :03/01/27 13:52
明治政府によって欧米先進諸国の物品や文化が導入されるとともに、
日本の食文化も大きく変化してきた。
歴史上の言葉で言えば、文明開化の大号令である。

124 : ◆TJ9qoWuqvA :03/01/27 13:58
法制上676−1868まで四足獣は(但し鯨は例外)日本人食すること禁止。
なんで今鯨が食えんのじゃ?100グラム3000円は高すぎるでー。

125 :天之御名無主:03/01/27 14:50
何が言いたいんか分からんがお疲れ。

126 :天之御名無主:03/02/01 03:54
猪飼野という地名は古代に養豚が存在したからか?

127 :天之御名無主:03/02/01 06:30
>>126
こんなんあったよ。

「日本書紀」に記された、文献上日本最古の橋「猪甘津(いかいつ)の橋」が由来。
「猪甘」は、猪飼・猪養と同意で、朝廷に献上する猪を飼育していた猪飼部(いかいべ) の
住居地だったと考えられている。「猪」は、野生のイノシシではなく、渡来人が
大陸から持ち込んだブタと言われている。

128 :天之御名無主:03/02/01 06:42
動物考古学的に言うとだな、
中国でイノシシが家畜化されたのは遅くとも紀元前8000年だ。

129 :天之御名無主:03/02/02 14:34
『料理物語』読むと、色々な鳥獣が出てくる。
犬、かわうそなんてのもあるけど、バリエーションが豊富なのは鳥類。
鶴から雀まで色んな鳥が出てくるよ。

130 :age:03/02/03 09:43

祭りがはじまるぞ〜
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131 :天之御名無主:03/02/04 17:47
俺は千葉県民だが戦前は狸をよく食べてたそうだ.千葉の民話でもよく農民が
食べる話があるよ.狢汁と言って江戸時代にはよく食べたようだ.

132 :天之御名無主:03/02/04 18:37
揚げ足とりですが、狸と狢は別物だよ。
狢はアナグマさんのことです。
似てるので混同されがちですが別種です。

133 :天之御名無主:03/02/05 00:28
狢を方言で狸という地方があるらしい
狸汁=狢汁
 
狸=まずくて食えない
狢=ウマイ




134 :天之御名無主:03/02/05 07:05
狢が化ける民話もあったな。

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136 :天之御名無主:03/02/05 11:19
原始時代は肉を食ってたよね。たぶん。

137 :天之御名無主:03/02/05 23:01
マンモスのお肉

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139 :天之御名無主:03/02/06 03:28
>>131-134
ソバ屋で、きつねとたぬき両方いれる奴を
「ばかしあい」という店と「むじな」という店がある。

ある店で「ばかしあい」といったら「ハア?」といわれたので
説明したら「ああ、むじなのことね」といわれた。
この事件をいきつけの店で話したら
「むじな?へえ、そんな言い方もあるんですかねえ」と感心された。

140 :天之御名無主:03/02/12 17:16
この替歌を食人文化の名残だと思ってたのは漏れだけでつか?

あんた方どこさ 肥後さ 肥後どこさ
熊本さ 熊本どこさ 仙波さ
仙波山には 狸がおってさ
それを猟師が 鉄砲で撃ってさ
煮てさ 焼いてさ 食ってさ
それを猟師が(以下略


141 :131:03/02/14 02:53
俺の地方では狸を狢と言うんだよ.狸は本とに美味いのか食べたいな.


142 :天之御名無主:03/02/14 09:22
まあ、人喰ってる肥後熊なんかに「犬喰い」呼ばわり
されてる隼人も不憫だわな。

143 :bloom:03/02/14 09:28
http://www.agemasukudasai.com/bloom/

144 :天之御名無主:03/02/14 18:01
バレンタインだよ!全員集合!
    --------------------------
     Captain of the Ship祭り
    --------------------------

【日時】2/14(金)12:00〜24:00

【方法】各自、殺伐と各地の有線へ
    長渕剛「キャプテン オブ ザ シップ」をリクエストしる!

    全国同時多発長渕現象でバレンタイン台無し(゚д゚)ウマー

(・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー (・∀・)ノヨーソロー

★Captain of the Ship祭り★
http://life2.2ch.net/test/read.cgi/offevent/1045096328/

145 :山崎渉:03/03/13 13:08
(^^)

146 :天之御名無主:03/03/28 11:36
>>127
>渡来人が大陸から持ち込んだブタ
を、当時は食用に供していたってことですか。

147 :天之御名無主:03/04/01 00:21
>>126
吉野ヶ里遺跡などの弥生時代の集落跡から
豚の骨がまとまって出てきた例がある。
豚の頭骨を並べて魔よけにしていたという説もある。

148 :山崎渉:03/04/17 09:29
(^^)

149 :山崎渉:03/04/20 04:51
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

150 :天之御名無主:03/04/20 16:23
>>140
のどこらへんが食人文化?歌詞しらないからわからなーい

151 :天之御名無主:03/04/26 07:32
>>61
遅レス失礼。修道士が喰いまくったせいで、ヨーロッパのビーバーはいなくなったらしい。それまではいた。

縁起を担ぐ商売の人とかには、明治になっても肉食に抵抗感が残っていたっぽい。
内田百間(間は門構えに月)のエッセイ「薬喰」より。
・私の家は造り酒屋だつだので、酒蔵が穢れると云つて、子供の時は牛肉を食はして貰へなかつた。四脚の食べ物は、一切家に入れなかつたのである。
・「裏の屋根屋の兼さんが、屋根からおちて、大怪我をしたぞな。仕事に出る前の晩、肉をたべたんぢやさうな」
・何年かたつ内に、私の家は貧乏して、三代続いた酒屋を止めたから、その後は、大つぴらで牛肉が食へるようになつた。

152 :151:03/05/26 18:18
昔は、人間を食っていたんだって!!
日本古来の土着人を奴隷として扱って差別していた。人間の臓器は薬として扱われて
八のつく民族がおかっぴと呼ばれ、彼らが臓器を手に入れるために奴隷を捕まえてきて
勝手に罪名をつけ死刑にしていたらしい。これらのことは、明治時代迄行われていたらしい
この話きいてびっくりたまげた。本当かな?

153 :動画直リン:03/05/26 18:20
http://homepage.mac.com/hitomi18/

154 :天之御名無主:03/05/26 21:38
>152 浅草橋のあたりに人肉屋があったんだよ。
またクスリ食いといってあらゆる動物を食べた。
「ももんじ屋」という料理屋がいまでも両国にあるが、そういう名前の店が
江戸時代から何軒もあった。

155 :天之御名無主:03/05/26 21:39
麹町にはももんじ屋が多かったらしい。

156 :o:03/05/26 21:41
26才人妻です。ダンナがかまってくれないので、いつも一人でオナってます。
でも、けっこうオカズに困るんですよね。そんな時見つけたのがYUIS!!
安いし、安心して買えるしなかなかいいですよ!いつもバイブ物買ってます!

http://www.dvd-yuis.com/


157 :天之御名無主:03/05/26 22:56
吉四六さんの中で
カラスをキジと思わせて売るって話があったな。

158 :天之御名無主:03/05/26 23:13
★★★★★五つ星です。
http://endou.kir.jp/betu/linkvp2/linkvp.html

159 :山崎渉:03/05/28 14:51
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

160 :天之御名無主:03/06/01 14:22
a

161 :天之御名無主:03/06/01 14:42
http://www11.plala.or.jp/mg916/

162 :天之御名無主:03/06/17 03:37
日本人が肉食わなかったなんて嘘
江戸時代前までは仏教に強く関係してる人達はタブーがあって
あまり食わなかったが武家や一般庶民はそれなりに食っている。
あまり食えない状況になったのは例の綱吉の悪法と仏教の教えが
影響しているが仏門ですら理由をつけて魚鳥の他にも動物性タンパク質を
補っている。例の兎なんかはまさに当てはまる。
むしろ庶民が肉を口に出来なかったのは経済的理由が大きいが、
それを文化と称して誤魔化しているのが日本人の情けないところ、
また、労働機材だった牛馬を食うという風習はあまり多くは無かった。
なので明治大正の人達は牛鍋やステーキに憧れや反感を覚えた訳だ。
元々仏教で獣肉を食うなというのは他の宗教の食のタブーと同じく
寄生虫や病原菌、保管が出来ない事での腐肉に対する注意に起因する。
日本に伝来する途中で変な形で何でもかんでも獣肉食うなという教典に
なってしまったので誤解をうんでいる。

163 :_:03/06/17 05:40
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

164 :ピュー:03/06/17 06:47
無料レンタル掲示板
http://gooo.jp/

165 :天之御名無主:03/06/17 08:30
逆でいえば、マグロは戦後になって本格的に食べるようになった。
それまではマグロは下魚で江戸時代には殆どの人が口にしなかったと
聞いた事があるが本当?


166 :天之御名無主:03/06/17 09:31
犬は縄文時代から狩の重要なお供だった。
弥生時代になると、中国・朝鮮から犬を食べる習慣が輸入され、
犬は食用にもされた。

167 :天之御名無主:03/06/17 09:41
●●●マスコミの 「盗聴/盗撮」 は許されるの?その7A●●●
http://natto.2ch.net/mass/kako/1004/10049/1004950940.html

38 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 01/11/09 19:17 ID:/Jozo2co
フジのスーパーニュースを見ていたら、盗聴、盗撮をしていた。
とにかくレポーターとか、テレビ局の人間と話しをする時は、
カメラやマイクで隠し撮りをしていることを、常に念頭に置くべし。
マスコミをとにかく用心するに超したことはない。
取材を受けて、物がなくなったというのもよく聞く。

39 名前: >38 投稿日: 01/11/09 21:33 ID:qM1FVdrM
蛆は自爆か(W
カミングアウトをするより、盗聴を止めろ
置かれた盗聴機はいつ撤去するんだよ?
そんなことを電波に流されたからって、不安で寝れやしない。

40 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 01/11/09 22:32 ID:GPVrbaOJ
マスコミ相手にしても仕方ないぜ。まじで自分らの生活を死守する方が大事。
テレビ・ラジオは出来る限り無視しよう。ついつい見聞きするから調子に乗らせる。
今後世の中どうなっていくかわからんのだから、必要な情報のみ入手して身の保全を
図れ。いい加減な娯楽メディアは放っておくべし。



168 :天之御名無主:03/07/06 05:32
関係ないけど、某所よりコピペ★

4歳の頃、祖父が死んだ。葬式に出て出官の時に「これからどこにいくの?」と訊ねた私に
「おじいちゃんを焼きに行くんだよ」と父。何の事だかさっぱりわからず
寝てしまい。気が付くと家に。しばらくして「ご飯よ〜」と母。で、その時のメニュ
が豚の生姜焼き。急に感極まった父が泣きながら食っているので、その肉を間違いなく
おじいちゃんだと思って食べはじめた私。祖父が大好きだったので、私も泣きながら
「おじいちゃんおいしいね」と言うと父はさらに激しく泣き始めて、母が「おじいちゃん
みえるの?」と私に聞くので、目の前にある肉が祖父だと確信している私は「おじい
ちゃん目の前にあるよ」と答えると両親は二人で泣き出し、私も泣き出し、どうしようも
ないお馬鹿家族状態に。(豚の生姜焼きは祖父の大好物だったのをしるのは10何年後)
それから肉が我が家の食卓に上がると私は決まって「だれ?これだ〜れ?」と聞いた
そうだ。そのたび母は「だれじゃないでしょう・・・な〜にと聞きなさい」と小言。
本当に恥ずかしい話だが、小学4年位まで肉は全て人肉だと思っていた。なぜか
給食の肉?(南蛮鯨)はベトナム戦争の犠牲者だと思っていた。だから手を合わせて
いただきますと言うのだと思っていた。


169 :天之御名無主 ◆Oamxnad08k :03/07/06 05:56
168
ちょっとほのぼのとしてしまった(・∀・)b グッジョブ

170 :天之御名無主 ◆Wxg/uZIkug :03/07/06 06:13
>>152-153.
人丹の事かな?人間の肝が労咳に効くっていう都市伝説がありますね。


171 :おすすめ:03/07/06 06:18
可愛い娘たちが貴方を癒します・・・☆!
http://endou.kir.jp/yuminet/link.html

172 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

173 :天之御名無主:03/07/08 23:18
あのさ、羊って日本に昔いなかったよな?

12支に数えられるが、日本人って羊って何のことだと思ってたのか
わかります?

174 : :03/07/09 15:51
>>173 山羊じゃないの?

175 :天之御名無主:03/07/10 10:44
辰も虎も日本にはいない罠。
いるかいないかは無関係。

176 :天之御名無主:03/07/11 01:05
>>173

漢民族の食肉は古くは羊だったが、
日本は宇宙観や哲学を中国から学んだので、
見たことも無い動物を学んだわけだろう。
魑魅魍魎とかね。

177 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/07/11 01:12
>>173
『日本書紀』にも出て来ますし、古代には上野で毛氈用に飼育されて
いました。平清盛も宋から輸入していますが、この直後に「羊の病」
という疫病が一時的に流行しています。
俗世の楽しみに耽りながら死に近づいている衆生は、屠られるために
歩む羊のようだという喩えは『宝物集』などによく見られますよ。

178 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/07/11 01:15
少し話は変わりますが、平安後期には鸚鵡や孔雀といった鳥はよく輸入
されていました。『火の鳥』の中で平清盛が孔雀を火の鳥と間違える場
面がありますが、孔雀ぐらい当時の上流階級の人間は知っています。

179 :天之御名無主:03/07/11 01:31
【マジで】 凌 遅 刑 【残酷!】
http://academy.2ch.net/china/kako/1026/10268/1026895921.html
↓画像:注意、非常にショックです
http://japanese.joins.com/transboard/upfile/01.jpg

今の日本で、残酷な「殺人」犯には「死刑」が妥当ってのと同じ感覚かな?
381 :凌遅刑 :03/07/11 00:18
凌遅刑は、元は薬、後には刑罰+薬ってことは、相当冤罪がありそう

「ママー、となりのオジちゃんが、わたしのことジ〜っとみてるの」

なんて聞かされた日にゃあ、二重の意味で『取って食われる』恐れがあるから、一家恐慌に陥っただろうな(^^;


180 :天之御名無主:03/07/11 01:31
382 :凌遅刑 :03/07/11 00:19
こんな日常もあったのかも

父「ん?息子よ。何を読んでいるのかな?」
子「はい、父上。進士及第を目指して、史記を読んでおります」

父「うむ、それは良い。しっかり励むがよい」
子「読み始めたばかりなのですが、この妲己が考案したと言われる炮烙の刑は残虐ですね」

父「・・・・・・・・」
子「それと宋の後廃帝などは、将軍の孫がニンニク臭いと聞けば、腹を裂いて胃の内容物を確かめたそうではないですか」

父「・・・・・・・・・・(−−#」
子「なんという残虐な者達でしょう。これでは国家が滅びるのは当然です」

父「ええい、食事中になんと言う話をする。気分が悪くなってしまうぞっ!」
子「失礼しました。ささ、父上早く頂きましょう」

微笑ましい親子は、そのまま食卓の少女を食べ始め、内臓に舌鼓を打つ。

虚ろな瞳の少女の唇からは、細く細く、故郷の歌が紡がれているのであった・・・

恐らく、罪人=薬か、ただの風習という認識しかなかったんだろう。医食同源の国だし。
日本にも、ひそかにあったんでしょうね<人食の風習


181 :天之御名無主:03/07/12 01:08
そういや最後の将軍徳川慶喜は、豚肉を食うこと尋常ではなかったらしくて、
「ぶたいちさま」などというニックネームをつけられていたそうですな。


182 :山崎 渉:03/07/12 12:34

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

183 :山崎 渉:03/07/15 12:30

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

184 :天之御名無主:03/08/08 23:13
>>178
マンガ板でファンにいったら怒られそうだけど
手塚治虫って微妙にずれてるよね。
16世紀の公家ですら、紙を表裏無駄なく使ってるのに
鳥獣戯画みて、余った紙に書いた落書き的なものでは
なんて言ってた。

185 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/08 23:16
>>184
そもそもどういった絵で、どういう意図で描かれたとお考えになられますか。
それと話は少し変わりますが『伴大納言絵巻』について高畑勲監督が書いて
らっしゃいましたね。

186 :天之御名無主:03/08/09 13:07
     中国にしても貧乏人は牛や豚羊のまともな肉がなかなか食えなかったからこそ
    蛇や蛙、犬や猫を食した
     人の肉は一定量の穀物より安かったようだ
     うまいと思う人は少数だったみたい

187 :天之御名無主:03/08/09 13:49
インドや漢方薬で木乃伊(ミイラ)ってありませんでしたっけ
効くんでしょうか?肉とはちょっと違う気もしますが…

188 :天之御名無主:03/08/09 18:52
ヨーロッパの肉食文化なら、これが今でも続版中で、入手し易く平易で良書だね。
「肉食の思想」 鯖田豊之 1966(中公新書)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121000927/ref=lm_lb_5/249-9061884-9582740

189 :天之御名無主:03/08/11 13:18
現代のリアルタイムの日本における肉食文化が、解りやすい。
結婚は食文化の激突だ!第1ラウンド
http://natto.2ch.net/cook/kako/1012/10124/1012453687.html
結婚は食文化の激突だ!第2ラウンド
http://food.2ch.net/test/read.cgi/cook/1021223877/l50
結婚は食文化の激突だ!第3round
http://food2.2ch.net/cook/kako/1032/10320/1032010317.html
結婚は食文化の激突だ!ラウンド4!
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/cook/1037723479/l50
結婚は食文化の激突だ!→ROUND 5←
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/cook/1052369315/l50
結婚は食文化の激突だ!→ROUND 6←
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/cook/1059385561/l50

190 :_:03/08/11 14:13
http://homepage.mac.com/hiroyuki45/jaz01.html

191 :山崎 渉:03/08/15 18:22
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

192 :天之御名無主:03/09/05 12:55
a

193 :天之御名無主:03/12/09 01:26
奈良朝の頃、天皇や貴族が深く仏教に帰依し、四足獣の食肉は殺生戒にふれるとし禁令がでる。
以後それが社会習慣化し、江戸期において幕府の方針も伴い最もはなはだしく、日本人の食生活も
体格も貧弱になる。(幕府は日本人の体躯を抑えることにより、権威の安定をはかる。)
(明治初期の日本人成年男性の平均身長は155cm。)

だそうでつ。


194 :天之御名無主:03/12/09 01:57
弥生、奈良、平安、鎌倉の平均身長データも示さないと検証できないな。

195 :天之御名無主:03/12/09 18:42
というよりも、縄文系の人々が豚肉を好むのはどうしたわけなのか。

弥生系、つまり半島から渡ってきた人々が牛肉を好むのは、今でも関西に広く
牛肉の人気が根強いことからわかるが(なにしろ肉屋に豚肉がほんのちょっとしか置いてない)、
西から弥生系に追いやられた縄文系が豚肉を好む起源はどこから来ているのか。
現在、牛肉よりも豚肉を好むのはむしろ漢民族だが、文化背景的にはだいぶ異なるし、
やはりこれは高床式住宅や床座文化なんかと同様、南方から来たものなんだろうか。
と、大阪でうまいトンカツがどうしても食えなくて( ´・ω・ `)ションボリしたついでに考えてみた。

>>194
戦国時代はみんな体格も良かったらしいんだがね。
戦争やってると食い物とかも粗雑っていうかいろいろ食うようにならざるを得なくなって、
身体もデカくなるんだろか?(゚ω゚)

196 :天之御名無主:03/12/09 19:44
>>195
こいつ言ってる事無茶苦茶じゃない?
age

197 :天之御名無主:03/12/09 22:56
>>196
うん、そうだね。で?

198 :天之御名無主:04/01/05 20:12
四肢の肉は江戸時代にも食されていた。「ももんじ」などと称された。
ただし、堂々と食べるのではなく、人目をはばかるように、である。
仏教由来の殺生戒がもともとの起源と思われるが、明治以前の日本では
食用の肉は魚鳥に限られた。ただし、「薬食い」として猪や鹿の肉、あるいは
牛肉の味噌漬けなどは病人や一部の愛好家に食されたらしい。

当時、多くの人間は肉食に眉をひそめ、実際に食しても不味いと感じる者が
少なくなかったようであるが、好きな者は病気と偽ってまで買い求めたという。
徳川将軍にも肉食を好む将軍が何人かおり、近江牛の味噌漬けが江戸に
運ばれたという逸話は今でも滋賀県に残っている。それでも肉を煮た鍋などは、
穢れたとして数日は天日干しにして清めたというから、肉食の味とは背徳の味
であったに違いない。

199 :天之御名無主:04/01/05 23:32
>>165
保冷技術が無く輸送に時間がかかったので
江戸では食べられなかったという話が
「将太の寿司」のネタになってたな

200 :天之御名無主:04/01/22 23:39
カニバリ200人目

201 :天之御名無主:04/01/23 03:26
ガイシュツでも文句言わないで。
仏教が入る前は肉食が盛んだったけど、入って来たそれを悪として、避けてた。
でも基本的に「大きい動物」はダメだけど、鳥とかは食べてたみたい。で、近世に
近付いて、日本は鎖国とかしてたけど、出島周辺では肉食文化が進んで、西洋文化
の一環として広まったと聞いた。西洋人的には「何でこんなに可愛い鳥を食べるの」
って感じだったらしい。日本人的には「大きい生物こそ、可哀想」っていう価値観
だったんだと思うけど。


202 :天之御名無主:04/01/25 15:08
簡単に言うと、
家畜動物は一般的に食べてなく、野生の猪などは食べてたんじゃないの?

アメリカや西洋型の牛食が、いろいろと問題になってるように、
牛を飼育するのには、とてつもない場所と量の餌が必要で、中国人がみんなアメリカ型の食生活をするようになると、とてもじゃないけど全世界に供給する肉を賄いきれないし。

日本でも、江戸以前、騎馬民族が栄えてた頃、
チーズなんかも食してたらしいけど、
日本の気候では、酪農は難しいし、だいいち、場所が無いから、自ずと衰退したんじゃないの?

単純に考えて、人並み以上に食物を必要とする動物を育てるよりも、
魚を食べる方が自然。

203 :天之御名無主:04/01/25 16:24
>>202
極論すればその辺の草刈って来てポンと置いてやれば牛は育つわけで。
効率の良い肥育は難しいかもしれんが牛飼いやってやれないほどのもんでもなかったと思うぞ。
山羊や羊は相当の粗食にも耐えるし、気候の問題で適していないわけでもない。

204 :天之御名無主:04/01/25 18:29
>203
「その辺の草」というが、ある肉牛農家では成牛7頭子牛7頭飼うのに飼料畑90アールも使っているという。
この規模でも1年1産は望めないそうだ。とすれば、毎年1頭を食肉用に出荷する為にはこの倍ぐらいの規模が必要になるだろう。
180アールの飼料畑で成牛14頭、子牛14頭だ。

飼料畑を確保できない場合は当然どこかから刈って来るか、草の多い場所に放してやるしかない。
お前さん、90〜180アール分の草を確保するのがどれだけ大変か分かってるのか?
特に冬場に供えての飼料の確保は大変な労働になる。

羊や山羊の飼育はもちろん可能だったと思うが、もともと野生種として日本に生息していたものではないので
国外から持ち込まなければならない。また、それと同時に牧畜という技術も同時に渡来しなければならない。
この技術と飼育種の同時渡来が実現しなかった為に日本では「食肉用に家畜を飼育する」という概念が定着しなかったと思われる。

205 :天之御名無主:04/01/25 20:14
>>204
そのとうりだろうね。

馬なんて、江戸時代は、蹄に草鞋を履かせて使ってたぐらいで(笑)
武士なんて天下太平の世の中で騎乗技術すら衰退したという(笑)

まぁ、牧畜文化が栄えなかったお陰で、今の日本があり、
戦争もなく平和で、食をめぐって争いもなく、
米と魚と発酵食品が発展した。

あぁ醤油様々

ゆえに、日本が、あの中国という大国より発展したんだろうね
未だに、日本の江戸時代以下の生活している部族もいるぐらいで・・・


206 :天之御名無主:04/01/25 20:22
畜産家として生活を成り立たせるのは難しいと思う。
食用肉を市場に広く流通させるのもきついものがある。
でもね、何も牛しか飼わずに生きていかねばならない事もない。
飼料供給の問題だが大型機器の使用に適した牧草地をまとめて確保するのは確かに難しい。
だが放牧地としてなら雑木林でだって用を足せる。
羊に関してだが渡来の盛んだった日本で国外からの持ちこみがなかったとはまず考えにくい。
姓に羊がつく渡来人もいるが、この人たちが主に何をやってたかは言うまでもないでしょ。
日本で畜産が不可能ではなかったと言いたいだけ。


207 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/25 22:09
>>206
馬の草鞋は蹄鉄の代用であり、山中を行くことの多かった日本ではぬ
かるんだ際の滑り止めの役目も果たした合理的なもの。
羊自体は奈良時代に上野で毛氈用に飼われていたそうですが衰退し、
平安時代から何度か輸入されましたが定着しませんでしたね。

208 :天之御名無主:04/01/25 22:55
>>206
単純に気候の違いでしょ。

湿気が多い日本では、酪農食品の保存が難しかった。

209 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/25 23:01
一応チーズ類らしきものでしたら律令制下において中央に送られてい
たようですが、そこまでして口にする必要もありませんでしたからね。
モンゴルみたいに乳製品(とたまに肉)中心でないと生きていけない
土地ではありませんから。

210 :天之御名無主:04/01/25 23:52
>206
>飼料供給の問題だが大型機器の使用に適した牧草地をまとめて確保するのは確かに難しい。
>だが放牧地としてなら雑木林でだって用を足せる。
なおさら大変だろうが!
「草のいっぱいあるところに繋いで置けばいいや」ぐらいに考えてるんだろうが水はどうする?
水場と餌場が確保できる場所なんぞそうそう無い。では刈ってくるのか?
牛1頭が1日に食べる量は15kgだ。「1日」で「1頭分」で、だ。
そもそも刈る作業からして手作業だ。重労働になるのは目に見えている。

なるほど牛でなくてもいいわけだが羊の場合ではそもそも視界の悪い雑木林でどうやって絶えず数を確認するのか?
熊はもちろん当時の日本には狼という捕食獣もいた。子羊なら狐の餌にもなりうるだろう。数の確認は欠かせない。
それと、雑木林でどうやって群れをコントロールするのか?という問題もある。
こうしてみれば雑木林での放牧は無理とは言わないが困難なのは明らかだろう。

仮に放牧に適した平野があったとしてもそこは既に稲作などに使われているはず。
日本で食肉用の畜産が定着しなかったのはこの辺りに理由があるのでは?

211 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/26 00:15
甲斐・信濃一帯での馬の放牧は古代から盛んであったようですよ。
西日本では川辺を利用して飼育していたようです。
まあ運搬に便利な牛馬の代りはなくても羊代りの食料源ならなんとか
なりましたからね。

212 :天之御名無主:04/01/26 01:36
やっぱり一部では飼育されてたんだね。
でも大量生産は難しいみたいだから一般的にならなかったっていうのもうなずける。

聞いた話だと、肉牛一頭を一年飼うためのの飼料(とうもろこし)用の農地などからすると、
牛一頭につき実は6人の人間を養うことができるそうだよ。
食肉用の畜産なんて、ほんと贅沢なはなしだよね。

世界にはいまだに飢えに苦しむ人々がいます。
世界全人口で食料を平等に分け合うと、腹七分目か、六分目くらいしか食べられないそうです。
飽食の時代だなんて、人類の歴史の一瞬に咲いた徒花だと思ってないと
いつか痛い目みそうな悪寒。

213 :天之御名無主:04/01/26 11:05
>>212
アメリカって国が出現した理由は、ソコにあると思う。

地理的・気候的に貧しかった西洋人から科学がうまれ、市民革命があり、今のアメリカがある。

で、黒船で今のイラクのような理論で日本を開国させたが、
実は当時の日本人は、支配者よりも国民の方が豊かだったし、
何よりも市民平等だった。
自然や地に足を付け生きていた。

富士山に参るのも、伊勢に参るのも、基本的に全国民、徒歩だった。

今の車の元祖である、馬車が無かったのは、
飛脚や馬子の仕事が無くなるし、日本全土の道を石畳にすると、
夏の照り返しで気温が上がるし、雨季のある日本には適さない、
何より、交通事故という新たな人為的問題が発生してくる、
と幕府が分かっていたから。

>>211
「牧」という場所で古来から放牧は行ってたらしい。

214 :天之御名無主:04/01/26 18:19
>213
最後の1行以外ほとんど意味不明(特に前半)

日本で馬車が発達しなかったのは馬の体格が小さく非力だったから。
後はみんなで適当に突っ込んでやってくれや。

215 :天之御名無主:04/01/26 19:07
↓任せた。

216 :天之御名無主:04/01/26 21:54
>>214
そう?

217 :天之御名無主:04/01/26 22:00
>>212
なにか熱いものに燃えてるのはいいことだからいいじゃないか。
たぶんまだ高校生か大学生くらいなんでしょ?

しっかり勉強して歴史事実を学べば、有為の士はいつか花開くさ。
まあ、修行中の身の上であんまり解ったような口を利くと叩かれるから
それだけは気をつけることだね。

218 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/26 22:35
>>213
荘園で「牧」といえばそのまま牧場。肥後や信濃に多く、両地で馬刺し
がよく食されるのは当時の影響かもしれないという意見もあります。
(私はどうかと思いますが。ちなみに網野先生の御説)

219 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :04/02/03 23:15
諸事情によりてお蔵入りになった文をもったいないのでここに投下してみる。

鎌倉時代
『庭君往来』に記述がある初献の料・削物・生物・塩肴 全44種のうち、獣肉が塩肴として7種、
具体的には、干鹿・干海豚・豚焼皮・熊掌・狸澤渡(狸の脚)・猿木取(サルの腕)・海豚が
挙がっている。
『捨芥抄』の食べ合わせのタブー六十種中の獣肉として、大豆+猪・麻子+六畜肉・熊+塩・芹+生猪肝
・鮎+野猪肉・鮒+猪肉・李(スモモ)+牛肝・蝦+鹿肉・猿+鰤・蕎麦+猪羊肉
がある。
同じく『捨芥抄』の「十二月食物禁」に、正月に宍(しし(獣の類))、九月に猪肉が挙げられ、
『簾芥抄』の「月々くわぬもの」に「二月 い(狗)をくわず」とあり。

室町時代
もてはやされた肉魚類65種のうち、魚介が41、鳥類が17、獣肉が7種。
魚甫(一文字「いるか」)、海鹿(これも「いるか」)、鹿、猪、狢(まみ)、狸、熊
『尺素往来』に臚腸羮(皮と腸の羮?モツ煮込みか?)・笋羊羮(筍と羊の羮?)などが挙げられており、
「此の間霧雨に依りて美物得難き候といえども、四足者、猪、鹿、羚(カモシカ)、熊、兎、狸、
猯(アナグマ)、獺等(以下鳥禽類が並ぶ)済々尋ね出て候也。」という文がある。
『大草家料理書』にもむじな汁、獺の毛肉煎料理などの記述あり。
江戸前期に成立した『料理物語』では、羚・羊・牛・獺・鼠肉を上食と、鹿・猿・狗を中食、猪・狸・狼
・猫・熊肉を下食としている。

以下 桜井秀・足立勇著『日本食物史』雄山閣出版、山内昶著『「食」の歴史人類学』人文書院 より。

220 :天之御名無主:04/02/10 10:09
吉野屋問題

221 :天之御名無主:04/02/19 21:46
>>193
>殺生戒にふれるとし禁令がで...日本人の食生活も体格も貧弱になる..
肉食禁忌のなかった同時代の琉球人の体格が長躯豊満だったという説はきかないがね。

222 :天之御名無主:04/02/20 03:05
http://hobby4.2ch.net/test/read.cgi/occult/1077210464/

>>1が祖母の家の蔵で「鬼を封じ込めた塚がある」との記述のある巻物をハケーン

巻物名 「三代木塚縁起」
大正13年、往古よりの鬼あらわれこの鬼、夜毎墓あばき死肉を喰らい暴れ、村荒廃し古の面影を存せず荒蕪地となる。
村民、村の再興を発願するも巡錫の稀代の僧あらわる。
この僧、霊刹の高僧なりて自ら刀をふるい火を焚き宝珠により鬼を封ずるも自らも示寂す。
村民高僧をうやまいて鬼を恐れ宝珠とともに納経塚石塔を築きここに念込めを行い謹んで縁起の一端をしるす。
ただし高僧をうやまいて火をとれ。
大正13年2月

昭和に書かれた物らしい
実はA3ほどの掛け軸らしい


秩父のばあちゃんちの裏山にあるらしい
この左側の塔に似ているものが建っているらしい
http://www.avis.ne.jp/~kaseki/culture/gif/c_23.jpg
五輪の塔タイプ?

週末に>>1は宝珠&鬼の骨を捜しに行く。(決定)

223 :天之御名無主:04/03/23 00:26
>>219
>塩肴として7種
熊とかマンガン全席みたいだな。

224 :天之御名無主:04/04/18 20:50
>>193
>幕府は日本人の体躯を抑えることにより、権威の安定をはかる
庶民の肉食を禁じたことに加えて、支配階級の武士は肉食を続けて体格の維持を図らないと意味ないね。


マグロは江戸前寿司ではヅケが主だったんだろ確か。

225 :天之御名無主:04/07/30 14:04
http://www.geocities.co.jp/MusicStar/4536/

涙が出ました
ここのサイトで豚の殺される動画も見ました
これが現実なんだと思いました

226 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/07/31 14:57
満漢全席では、満州風に炙るか焼くかした獣肉を出すのが決まりであ
ったとか。これが無いのはツアー客向けの詐欺料理だそうです。
支那の獣国食いについて、16世紀半ばに書かれた『塵塚物語』の作者
は「我が国は豊かな国である。しかし唐土の人は穢れた獣国を喰らい
、またなんでも食べるので食中毒で死ぬ者が多い」と記しています。
書き手が中流貴族であったという事を考慮に入れても、肉があまり求
められていなかった事は想像出来るかと。同時代の『言継卿記』には時
々獣肉入り鍋というのが出て来ますが、わざわざ求めていたものでも
無さそうです。

227 :天之御名無主:04/08/01 03:04
今夜はトンカツ?それともチキンカツにする?
http://www.petatv.com/tvpopup/video.asp?video=pilgrims_web

228 :天之御名無主:04/08/01 03:45
a

229 :天之御名無主:04/09/03 01:54

ご協力お願いします。

動物実験反対の署名送り先
〒162-0823 東京都新宿区神楽河岸1−1
東京ボランティア・市民活動センター メールボックスNo.65
STOP ANIMAL TEST CAMPAIGN 実行委員会
署名用紙↓
http://stopanimaltests.net/files/syomei.pdf

今は動物実験に変わる、安全で最も確実なパッチ法があります



230 :天之御名無主:04/09/05 14:43
>>193
蝦夷のハーフである空海も肉は食わなかったという事か。
肉をうどんに変えた空海

231 :天之御名無主:04/10/11 15:39:42
http://matsuya.dyndns.tv/2ch/img-box/img20041011133531.jpg




232 :天之御名無主:05/01/03 16:18:53
>>193
>殺生戒にふれるとし禁令...
犬公方徳川綱吉以前にも、個人の信心上の都合で殺生禁令を出した権力者が
いたと聞いたことがあるが、誰だったかな。

233 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/01/03 16:32:15
白河院でしょう。『古事談』や『古今著聞集』に、それに関係して逮捕者が出た
逸話を記しています。『今鏡』は賞賛していますが、庶民には迷惑な話。
『古事談』
「公の罰なら流罪で済みますが、武士が重科と言えば、斬首しかありません」と
言い、捕まる方がましだと、命令通り鳥を捕らえた武士を流罪に処す。
『古今著聞集』
母親のために、魚を捕らえていた僧侶を放免。

234 :天之御名無主:05/01/04 16:27:06
>>233
12世紀のことでしたか。魚も禁令対象とすると、何から蛋白質を摂取して
いたんだろうか。

235 :天之御名無主:05/01/05 01:15:08
大豆

236 :天之御名無主:05/01/05 01:16:07
要は牛や豚はそれらが役に立つ家畜だから、食べてしまうのはタブー視されてたが、
イノシシ等の野獣は家畜にはならないので、食べてもよかったって事でしょ?

237 :天之御名無主:05/01/06 23:39:48
>>236
>牛や豚はそれらが役に立つ家畜だから..
牛馬は農耕や運送の労役にと解るんだが、豚って何の役に?

238 :天之御名無主:05/01/11 13:12:20
猪は部落民の食べ物だろ

239 :天之御名無主:05/01/22 19:58:20
>>238
僧も賎民なのかね。坊主の隠語の山鯨を想起してみよ。

240 :天之御名無主:05/01/23 16:28:29
「明治まで肉をたべなかった」というのは表向きなのでは?
たぶん、食べるものが無かった人たちとかは動物の死骸、
最悪の場合、死体の肉をむさぼっていたんじゃないかと
昔から考えているんだが…。


241 :天之御名無主:05/01/25 10:36:55
>>237 漏れも一瞬考えたが、やめた。
絵はどれもガイシュツだし、何よりそれだけで定価980円は高すぎる。

242 :天之御名無主:05/01/30 12:17:48
>213
・それは都の防衛上の理由
幕府が都を機動部隊で攻めさせない為に、車の製造を制限したり、車道を整備しなかった。
関所を作って通行税をとったり通行を許可制にして制限した。

関所の標語は、「出女に入鉄砲」(でおんなにいりでっぽう)。
人質として江戸に住まわせている大名の奥さんや娘が逃げるのを防止し、
暗殺用の鉄砲が江戸に入ってくるのを監視する。

・蓄財させない為の工夫
町人に「宵越しの金を持たせない」という浪費をさせて蓄財させないことを美徳としたり、
(生活を楽しむ浪費が世界最大の市民文化を生むことにもなったが。)
大名は参勤交代で浪費させ、蓄財により軍備を増強できないようにした。
車を禁止したので移動が遅く、大人数を数多くの宿場に泊め大金を使わなければならない。
謀反を起こしそうな大名は外様大名として遠隔地に領地を定め、参勤交代に莫大な費用がかかるようにした。
外様の近所には、幕府直属の天領という領地を設けて直接監視した。

>214
鍬を引かせる大きな農耕馬や大きな牛がいた。


243 :天之御名無主:05/01/30 12:59:59
人間の中では黒人がおいしいと本に書いてあった・・・

244 :天之御名無主:05/01/30 13:10:19
ほんなら日本人は水っぽそうだね

245 :天之御名無主:05/01/31 00:30:53
>>214
中国西南部も木曽馬より小さくトカラ馬と同じぐらいの小型馬だが、
馬に車をひかせている。訓練すれば能力があるのだろう。
馬車は中国漢人的でモンゴルや古代高句麗、西日本に牛車はあっても、
馬車文化は無いと思うのだが。
東日本は牛車もなく、牛に犂をつけて引かせる習俗も西日本で発達し、
東日本では少ないといえる。
>>240
上田秋成の「胆大小心録」(文化五年、1808年)に京都の祇園で
「大牢滋味は知らねど、芋やら、ふぐやら、牛肉やらで」と京都では
牛肉は惣菜として食べられた。
伊勢桑名の下級武士渡辺平太夫の天保十年十二月(1839年)の
日記に、孫の誕生祝いに牛肉二百文買い、牛肉がなくなるまで毎日
孫は、牛肉をねだったとある。
「徳川禁令考」にも美濃、近江、備前、備中、備後、石見等は自粛しろ
布令が元文三年にでた。近江では牛肉味噌漬を将軍家へ献上品と
なっていたし、広島東部の備後では牛肉をヘカ(鋤)食いともいう。
現在でも西日本は、東日本より牛肉消費が多いのだろうが。

246 :天之御名無主:05/01/31 00:52:33
北陽の伊藤ちゃんは喰ったらうまそうだ。

247 :天之御名無主:2005/05/07(土) 10:26:56
いろいろ面白い話がありますねぇ。
日本人の肉食に関して私が面白かったもの。

松井章『環境考古学への招待』-発掘からわかる食・トイレ・戦争-(岩波新書 2005年1月)
のびしょうじ『食肉の部落史』(明石書店 1998年11月)
佐々木道雄『焼肉の文化史』(明石書店 2004年7月)

皆様も肉食に関して面白い書籍があったら教えてください。

248 :天之御名無主:2005/05/18(水) 00:21:53
>>247
私が、最近読んだもので面白かったものは、

市川健夫著『日本の風土食探訪』白水社。

164ページ以降に、日本人の歴史風土、地域による
食肉文化について、牛肉や馬肉から野獣肉まで書かれてます。

西日本の牛肉食習慣と牛車、犂文化の関連や牛の品種、
あるいは、大型馬より中型馬の方がおいしい等、
味についての評価もあり、とても面白い本でした。

249 :天之御名無主:2005/05/30(月) 23:04:36
日本に脳みそを食べる習慣がある所があると
聞いたんだが本当にあるんだろか。
脳みそ・・・クリーミーな感じかな。

250 :天之御名無主:2005/06/19(日) 02:00:49
いわゆる「朝鮮焼き肉」

これも日本の肉食文化ですかねぇ?

251 :天之御名無主:2005/07/17(日) 00:06:28
>>250 「朝鮮焼き肉」
まあ今の日本にある焼肉屋さんのスタイルは、
日本に来た朝鮮の人たちが日本で商売を始めて
だんだんと一般に定着したというところが真相でしょう。
「日本で普及した朝鮮風の肉食スタイル」と言う点で
日本の肉食文化といえるのではないでしょうか。


252 :天之御名無主:2005/07/27(水) 20:00:14
亀ですまんのだが・・・。
>251
>まあ今の日本にある焼肉屋さんのスタイルは、
 日本に来た朝鮮の人たちが日本で商売を始めて
 だんだんと一般に定着したというところが真相でしょう。

「在日」が嘘を付いているのを、鵜呑みにしてはいけません!!
コピペで悪いのだが・・・・・

「今のスタイルの焼肉は、七輪を使って焼いたのが起源である。そしてその七輪は、大陸や半島に
一切ない。七輪のベースとなる珪藻土は、極東で石川県でしか取れない。
焼肉は、韓国起源などと言うバカな在日がごまんと居るが、道具の歴史から見ても明らかに
日本料理であることは明白な事実である。なお、焼肉自体もスライスされた新鮮な肉を流通させる
為の社会システムは、当然中国、半島にはなく、日本で焼肉が爆発的に普及した1950〜1960年は、
朝鮮戦争で朝鮮人が料理文化を育む余地は一切ない。また、今でも海外でスライスされた肉を
簡単に入手できる地域は、半島と台湾ぐらいなものである。焼肉の本場は韓国であると言うのは
明らかな妄言で、文化乗っ取りの呈のいい例である。」

253 :天之御名無主:2005/08/01(月) 12:45:39
死んだばあちゃんは、肉は食わなかったな…

254 :天之御名無主:2005/08/01(月) 13:44:20
>>250-252
つーか、「肉を適度な厚さに切って焼いて食う」なんて
世界中どこででもやってるだろ。起源もへったくれもねーだろ。


255 :よふぁほ:2005/08/01(月) 16:50:14
又邪魔しただろ、中沢先生!

256 :ひで:2005/08/01(月) 17:43:13
・・・・・・??


257 :天之御名無主:2005/08/01(月) 19:53:07
仁丹、、、、、、人胆? ひぇ〜〜食人の痕跡が現代に、、、

258 :天之御名無主:2005/08/06(土) 20:51:39
てか、豚の家畜化の議論についてだれもふれていないのは何ゆえ?

259 :天之御名無主:2005/08/11(木) 04:25:09
肉食忌避は仏教伝来以来の観念なのかな? 『古語拾遺』いわく、
「御年神(田の神と考えられる)が、農民が牛肉を食したことに怒り、
イナゴをその田に放った。困り果てた農民がその理由を占うと、これは
御年神の祟りであるから、白猪、白馬、白雉を供えるべきと出た。その後怒りを
鎮めた御年神がいうには、「イナゴの害がおさまらないなら、田の水口に牛の
肉を置け」と。農民らはその教えのまにまに実行したところ、見事豊かな田が復活した」

これは単なる一挿話のあつかいではなく『延喜式』祈年祭でも、御年神だけは
その供物が馬、猪、雉と規定されている。

田の神たる御年神と、ケモノの肉との関係。よくわからないけれど
狩猟採集民が農耕民化する過渡期の、観念的混乱期というのがあったのでは
ないかとも思う

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