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lt;lt;lt; 雑談スレッド その2 gt;gt;gt;

1 :天之御名無主:05/01/28 01:36:14

特定の分野に限らない話題、質問スレに書き込まれるまでも無い
疑問について語りたい場合などに、ご利用下さい。

    ∧∧
   (,,゚Д゚) -3
   /っ旦0        旦~
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前スレ
Part1:http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/min/963233337/
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16 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/04 19:07:51
一例として
「鬼」
古くは『出雲国風土記』大原郡阿用郷の条に、昔目一つの鬼が出て農民
の息子を喰らった。両親は竹原の中に隠れていたが、喰われる我が子の声が
「動々(あよあよ)」と言っていたので、これが地名となったとある。
また、『日本書紀』斉明紀には、天皇の葬列を朝倉山の頂から大笠を被った
鬼が見ていたとあるが、中臣本の頭注や『愚管抄』は、これを豊浦大臣こと
蘇我蝦夷の霊であったとしている。
『日本書紀』神代紀には、スサノオノミコトが追放されて以来、蓑笠を身に
つけたまま屋内に入るのを忌む様になったとあるが、おそらく朝倉山の鬼の
話もこうした俗信と関連したものであろう。
なお、平安時代になると鬼は隠れ蓑・隠れ笠を持っているという話が喧伝さ
れ、『枕草子』・『狭衣物語』・『宝物集』巻一などで話題にされている他、
散逸物語『隠れ蓑』を題材にしたらしい絵巻(『目無経』)も現存する。
平安時代初期に成立した説話集『日本霊異記』には、寺の悪しき奴の霊が変
じた「霊鬼」や、箱入り娘を首と指一本を残して喰らった鬼が登場しており、
グミの木や獣骨を婚資に見せかけるなど、巧妙化している。
体の一部を残すなどして、あっという間に人を喰らう鬼の姿は、『伊勢物語』
や『日本三代実録』巻四十などにも共通するもので、人々の鬼への恐怖を窺わ
せるが、『今昔物語集』には、狐や動く死体なら怖くは無いが、鬼が相手なら
命に関るという意識が見られる。

17 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/04 19:11:04
しかし、辞書『倭名類聚抄』が、鬼の語源を「隠(オン)」とする説を紹介し
ている事からも察せられる通り、姿は判然としないものであった。
平安時代中期までは、天狗も鬼も、「鬼けだもの」の住まう山という異界から
時折出て来るものの、具体的な形状を伴っていない。
宮中にも出るとされた鬼の話は、『枕草子』や『大鏡』などにあるが、こちら
もその姿は不明のままであり、仏教の立場から執筆された『法華験記』に、金
椀(かなまり)の様な目をしていたなどと記されているのも、仏教の鬼神のイ
メージが強いのではなかろうか。
『今昔物語集』では、板・赤い単衣・油壺の姿をしたものが鬼と呼ばれている
が、これらは天狗や雑多な「変化のもの」、動物や器物の霊とは区別されてお
り、人に危害を加える霊的存在の総称が「鬼」であったらしい。
鎌倉時代にも赤ら顔で半裸の疫鬼や地獄の鬼が描かれているが、頭部に角を生
やした姿が定着するのは、室町時代になってからであった。
なお虎の褌を身に着けているとされる事は、虎の毛皮が異界のイメージを持っ
ていた事に由来するらしく、安易に「丑寅」説をとる訳にはいかない。

18 :天之御名無主:05/02/04 20:50:35
>>15-17
いきなり何かとてもすごいものを!
(ところで、オリジナル「幻想図書館」をご存知ですか?)
でも、まだほとんど何も決まっていません。このまま立ち消えになるかもしれませんし。
一応地道にやりたいとは思うのですが。

それでも、ありがとうございます。

19 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/04 21:03:16
>オリジナル「幻想図書館」をご存知ですか
十度も見ない内に終ってしまいましたね。天狗や河童ぐらいでしたら、また
書き込ませて頂きますよ。「鬼」も、これだけでは不完全ですし。

20 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/04 23:15:12
「鬼けだもの」が山に住むという概念の出典は、『宇津保物語』(10世紀前半)。
『堤中納言物語』所収「虫愛づる姫君」(平安時代後期)には、「鬼と女とは人に
見えぬぞよき」という言い回しがあるが、鬼の姿が具体的に考えられていたのか否
か、定かではない。
『源氏物語』に鬼の絵の話が出て来るものの、漢籍の言い回しの引用である。
ただ、もののけ(生霊・死霊)を描いた絵が平安時代中期に存在していた事が、『紫
式部集』から知られる他、既出の『目無経』には、ザンバラ髪で角を生やしていな
いが、三本指の疫鬼が描かれており、少なくとも12世紀の末には、この世ならぬ
ものの視覚化が行われていたと見える。地獄絵も平安時代中期にはあった。
12世紀半ばに成立した『今昔物語集』には、目一つや一本足の鬼たちが参加する
「百鬼夜行」が描写されており、13世紀初期の『宇治拾遺物語』には、馬の顔を
した鬼が出て来たとあるから、もう少し遡るかもしれない。
菅原孝標女作とされる『夜の寝覚』に、目一つをバケモノの特徴とした台詞が出て
来るのも、異形=鬼としていた事によるのであろう(但し奇形児説は根拠薄弱)。
なお、有名な大徳寺真珠庵本『画図百鬼夜行』は、古い器物の霊の行進を描いたも
のであり、平安時代の異形の移動とは別物である。

*『目無経』とは、散逸物語『隠れ蓑』の絵巻が後白河院のサロンで製作されよう
としていた所、後白河院が崩御されたので、急遽白描画の上に経を書き、供養にあ
てたもの。鬼は三本指であるが、この特徴は近世まで受け継がれる。
ザンバラ髪で髷を結わず、烏帽子もつけていないのは、人外を象徴したもの。
髪型は秩序を表しており、髪を結わない○○坊主、爺、婆、小僧、女といった妖怪
が多いのは、おそらく秩序外の存在である事を暗に示したものであろう。

・・・適当に書きなぐっておきましたので、御随意に。

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