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【奈良で古墳時代の極楽寺ヒビキ遺跡発見】

1 :天之御名無主:05/02/22 15:28:25
奈良盆地南部の奈良県御所(ごせ)市で、石張りの堀に囲まれた5世紀前半(古墳時代中期)の巨大な建物跡が出土した。
古墳時代としては最大級の規模で、県立橿原考古学研究所が21日、極楽寺ヒビキ遺跡と命名すると発表した。
盆地を見下ろす標高約240メートルの丘陵にあり、大豪族葛城(かつらぎ)氏が治めた一帯の「王宮」のような施設だったらしい。
火災で全焼した痕跡があり、葛城氏が雄略天皇に焼き打ちされた日本書紀の記述を裏付ける可能性もある。
農地整備に伴い調査した。敷地面積は約1500平方メートルで、北と東が谷に面し、南と西の二方に堀(幅約13メートル、
深さ約2メートル)があった。西側に主要な掘っ立て柱建物跡(約15メートル四方)があり、東側は約500平方メートルの広場。
塀の跡や、物見台らしい小規模の建物跡も見つかった。
主要な建物の中心部分の柱は直径約45センチで、太さや並び方などから2階建てと推測される。ひさしを支えた柱もあり、
西面と南面には縁側があったらしい。1階部分の床面積約225平方メートルは、古代の代表的な豪族居館跡とされる群馬県群馬町の
三ツ寺1遺跡の大型建物(約170平方メートル)を上回る。
建物や塀などすべての柱跡からは、焼けた土や灰が見つかった。日本書紀では大王(天皇)と姻戚関係にあった葛城氏は、皇位継承をめぐる争いから
雄略天皇に攻められ、焼き討ちされたと記され、当時の権力闘争を知る手がかりになりそうだ。
遺跡からは祭祀(さいし)儀礼で使う高坏(たかつき)が見つかったが、日常生活で使う土器などは出土しなかった。
同研究所は「居住場所ではなく、祭祀や政務を執り行った行政管理センター的な施設だった」とみている。
極楽寺ヒビキ遺跡の北東約400メートルにある南郷安田遺跡では95年、17メートル四方の建物跡が見つかり、葛城氏の祭祀施設とされた。
今回の建物跡はやや小さいが、同遺跡を見下ろす高台にあることから、別の機能を持つ一帯の中心施設とみられる。

http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20050222/K2005022100521.html

2 :天之御名無主:05/02/23 17:22:26
今欲しいんだよね、2が。
これ変身音叉音角、音撃棒烈火、そして火炎太鼓…







…誰か止めて

3 :天之御名無主:05/02/24 23:36:49
おもむろに3ゲット

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