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絵画について

1 :考える名無しさん:04/12/21 20:38:29
写真技術によって、絵画は一部の役目を終えた。
なぜ人は絵を描くこと、そして観ることを求めるのか。
絵画の意義とは?
哲学の視点から語ってほしい。

2 :考える名無しさん:04/12/21 20:42:15
>>1
語るより描け。
ほんとうに「絵画の意義」とやらを知る気があるのなら。

3 :考える名無しさん:04/12/21 21:24:45
((今日,18世紀の言うことを真だと信じる人は誰もいないのに,
18世紀の絵画は感動をもって観る人々がいる.))

ここに意義がある.

4 :考える名無しさん:04/12/21 21:47:24
写真技術が発達してから、なおも描かれている写実主義とは
なんなのだろう。

5 :考える名無しさん:04/12/21 21:51:01
>>3
興味深い。
絵そのものは、それが生まれた時代、思想、背景など
全く関係ない

6 :考える名無しさん:04/12/21 22:10:00
主観の状態と時間的背景として絵画を捉えるという方法と芸術作品として作者の意図を読みとることの間にあることについてそして絵と見るものの関係とそれに描き手との三角関係についてちょっと見解があるわけだが

7 :1:04/12/22 00:05:29
>>2
そうすることで、本当にみえてくるのだろうか。

>>3
面白い。少し詳しく聞きたい


8 :1:04/12/22 00:06:33
>>4
これについては自分も興味が在り、難しいことだが
一般的に人間というフィルターを通したものに写真とは違う面白さがある、
というのはよく聞くところだ。
別の見方だが、
もし絵画が存在しないなら、人間が目を開けているときに目に入るのは
現実ばかりなのではないか、ということだ。
厳密に言えばもちろんそうなのだろうが、絵画を見るときに見えているのは
その絵画の質感そのものではない、という考えだ。

9 :1:04/12/22 00:07:46
>>6
気が向いたら聞かせて欲しい

10 :流石50 ◆N9UVc6io0I :04/12/22 00:11:40
>>1の言う絵画ってのは、ピカソの絵や漫画やアニメみたいなのは入らないらしいな(笑

11 :流石50 ◆N9UVc6io0I :04/12/22 00:16:08
ぶっちゃけ結論から言っちまえば、美術ってのは人間の精神的満足のためにあるもんだから対象を正確に写実した絵には写真とは違った内容の意義があって、だからこそ現代でもそれの需要があるんだろうな。

12 :考える名無しさん:04/12/22 00:17:31

背中が、ちょっと絵画   ポリポリ


13 :1:04/12/22 00:38:57
>>10-11
抽象、アニメ絵なども歓迎だが、これは需要が比較的分かりやすいからな
知ってみたいのは鑑賞者と画家、それぞれが絵そのものを
どういった存在としてもっているか

>>12
詳し(ry

14 :考える名無しさん:04/12/22 00:41:17
北朝鮮のように、だったらいいなの写真もあるし。

15 :流石50 ◆N9UVc6io0I :04/12/22 00:48:51
>>13鑑賞者の捕らえ方について一つ言える事は、絵画には現実の対象をこえた美が存在すると認識されてるって事だろうな。
単なるアンティークドールも、アニメで一個のキャラクターになった途端に鑑賞者にとっては萌えの対象となる。

16 :考える名無しさん:04/12/22 00:50:09
画家自身の
視点・思考・真実
それらを表したものが絵画だろ?
覗き見るのは絵ではなく画家そのもの

そう言えりゃぁ良いんだけどな…

17 :考える名無しさん:04/12/22 00:55:03
>>15
ローゼンメーデンw

18 :1:04/12/22 00:55:47
確かに、願望のより顕著な顕れという
見方もあるのかもしれない。

萌え は完全に日本の文化なのだろうか?

ルネサンスなどにそういったものは、全くなかったのだろうか‥‥

19 :1:04/12/22 01:01:48
いや、カタイこと言わずに語ってみてくれ。

かなりずれる気がする。あえて言うが、冷静にみれば
アニメ絵の女はごく客観的にみればパーツが変に強調されるなど、
人間という生物としてややおかしい。
にもかかわらず、これに性欲すら燃やすことができる、
挙句の果てに3次元を忌む など‥‥‥

真面目に考えたくなってくる。

20 :流石50 ◆N9UVc6io0I :04/12/22 01:15:06
つまり三次元(現実の異性)と同じように扱えるくらいに、そうした二次元(絵画・アニメ・ゲームの異性)の方が魅力を感じる鑑賞者が秋葉原周辺に集まってるって事だろうな。
ローゼンメイデンの続編が製作されるなら一生彼女ができなくても構わない、とか(笑

21 :1:04/12/22 01:36:00
フランスやイタリアなどに
「ヴィーナスを舐め回したい」だのいう人種は、そうはいないだろう。
同じ2次元でも、ミケランジェロやピカソをオカズにできる
人間が少なすぎるのでは、と思う

22 :考える名無しさん:04/12/22 02:03:42
ヴィーナスは後ろからみると半分尻が見えていてエロイ

23 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/22 02:51:15
>>21
ミケランジェロと、ほぼ同時代のブロンツィーノはどうだろう?
ttp://www.knua.ac.kr/images/mannerism/bronzino.JPG

24 :考える名無しさん:04/12/22 08:58:03
>>21
アホですか?
西洋美術史なんて、ある意味オカズの歴史ですよ
日本文化を特権視するのはくだらないよ

25 :考える名無しさん:04/12/22 09:20:42
>>23
それエロいけど俺的にはムリ

これなら何故か抜ける
ttp://www15.tok2.com/home/dorian/Greek/CupidPsyche/gerard01.jpg

26 :考える名無しさん:04/12/22 11:54:31
>>1
>絵画の意義とは?

北朝鮮では金正日の肖像画はいまでもプロパガンダとして有効なわけだが。
壮大な山々を背後に、トレンチコートを着て哲学的な思索に耽る金正日。。

27 :流石50 ◆N9UVc6io0I :04/12/22 12:05:45
その背後にある300万人の餓死者の姿はカットしてな(笑

28 :考える名無しさん:04/12/22 12:10:21
ちょっと質問ですがスレタイの絵画が「えが

29 :考える名無しさん:04/12/22 14:16:21
>>26
文字より即効性が高く、有効的であることは
絵の力だな
文字なんて絵より後にできたもんだろ

30 :振り込め詐欺:04/12/22 14:32:17
単に、絵画が描こうとしているものが、現象ではなくその向こう側ということでしょ
絵画が描くものは世界の一部でしょ

美術史を見て、絵の描き方の変遷を見ると、どれもこれも世界を捉えようとしているなぁと感じる


31 :考える名無しさん:04/12/22 18:18:26
広い意味で対象を象徴させるものと思う。人の心として作家自身を象徴したヴィジュア
ルであったり、社会などの環境であったり、神秘というまだわからないものまで含んだ
全体の象徴であったり。そしてそれらは幻影と呼ばれる。
しかしそこから多くを読み取れるようなものなのだろう。
文字表現なら比喩のようなものかな(?)と思う。

32 :考える名無しさん:04/12/22 18:37:57
>>1
「写真技術によって、絵画は一部の役目を終えた」とはいっても、
むしろ、「見えないものをいかに描くか?」というテーマこそ、
絵画にとっての重要なことだったのだと思います。

33 :考える名無しさん:04/12/22 18:47:15
>>32
ほんで印象派が生まれたと。

34 :考える名無しさん:04/12/22 19:03:09
絵画は何も答えてくれませんよね?

35 :考える名無しさん:04/12/22 19:03:37
つか写真技術よりも前に、絵画芸術はミメーシスから脱却しつつ
あったわけだが。

36 :考える名無しさん:04/12/22 19:06:16
それでも絵画は謎であるわけですよね?

37 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/22 23:03:23
>>32-33
これは話が逆だ。
写真って、なんか煌いてないだろう。少なくとも当時のモノクロ写真は。
で、花や水面が光を反射して、それが網膜に映じる印象を、
いかに忠実に画布に再現するか、というのが印象派だからね。
つまり、もろに写実主義の系譜に連なっている。

それよりも、写実主義とは何かということを、まず確認しておきたい。
写実主義の巨匠、クールベの傑作の一つが、これ。
ttp://www.chass.utoronto.ca/epc/langueXIX/laforgue/courbet.htm

38 :考える名無しさん:04/12/22 23:20:14
絵画は読み取るものです。

39 :考える名無しさん:04/12/22 23:26:21
だからと言って写真は読み取らないものとはならない。

40 :考える名無しさん:04/12/22 23:31:04
写真はただ眺めるものです。

41 :考える名無しさん:04/12/22 23:44:25
読解力のない人にとっては本ですら眺めるものだよね。

42 :考える名無しさん:04/12/23 13:06:52
「見えないもの」「不在」を暴くのは、何も絵画だけの特権じゃないだろ。
「写るんです」で撮影したスナップでも、それは可能。

43 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/23 13:15:37
選ばれし芸術家だけが描けるという絵画の特権性を崩したのが写真


44 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/23 13:18:01
この可視化の技術の拡大を示す例として携帯のカメラが挙げられます


45 :考える名無しさん:04/12/23 13:18:25
それ大嘘だから。
写真によって困ったのは街の職人的な似顔絵描き。

46 :振り込め詐欺:04/12/23 13:18:49
>>43
写真って誰でも撮れるか?
ストロボの調整、ピントの合わせ方、結構奥が深いと思うよ
誰でも同じ写真をとれるわけではないし
絵だって筆と絵の具とキャンパスがあれば誰だって描けそうだけどねぇ


47 :考える名無しさん:04/12/23 13:24:23
絵描き職人が街の写真屋になった。
そして今、デジタルプリントショップに転身中。
いずれにせよ、ハイアートとは独立した別の問題です。

当然、相互関係はあるけれど、
しろうとさんが考えるような因果関係はありません。

48 :考える名無しさん:04/12/23 13:25:47
ていうか、絵画の話をしてほしい。
しろうとさんはなんでもデジタルの話に還元する。
あなたのオタク趣味はわかりましたけど。

49 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/23 13:38:12
>>45-48
当然プロの写真家はいるけれども
一定水準の写実的な画像を機械的に量産できる
という点を軽視してはいけない
これはデジタルというより複製芸術の話だと思う


50 :考える名無しさん:04/12/23 13:52:35
でも選ばれし芸術家の特権
という言説はやめましょうや

51 :考える名無しさん:04/12/23 15:01:03
デジタル化で、写真は絵画復帰(データ変換に拠るあらゆる加工が可能になったこと)と
完全な複製(オリジナルとコピーの区別ではなく、意味そのものがなくなったこと)を手
にした。

52 :考える名無しさん:04/12/23 15:05:11
だから絵画について語れよ

53 :考える名無しさん:04/12/23 15:06:40
>>52
表現「技法」の一つに過ぎない。

54 :考える名無しさん:04/12/23 19:13:17
>>37
「リアリズム」が西洋における光と影による空間の体現だとするならば、写真技術の普及
に伴って写真では体現できないものを求めるようになって行った部分もあるだろう。
たしか印象主義のドガも写真を撮っていたようだが。そんでかつて一つの価値観だった
であろうリアリズムはもはや価値観を縮小していったところもあるんだろう。より
人間にとって「リアリティ」のあるヴィジュアルが求められ、試されていった結果、現
代があると思う。「リアリティ」は常に必要とされているしそれは時代と共に変化して
ゆく。メディアが変遷すれば表現も変遷する。当たり前だが。
ラスコー洞窟の動物画はバタイユの解釈によれば描かれた壁の物自体の価値ではなく、
「出現」することにこそあったという。現代においてもそのような情動を感じることが
あると思うがそれは価値とはされていなそうだな。
つーか写真技術はいつぐらいに生まれたんだ?

55 :考える名無しさん:04/12/23 19:24:08
>つーか写真技術はいつぐらいに生まれたんだ?

無知は帰れよ。そもそも日本語が変だよ、お前

56 :考える名無しさん:04/12/23 19:26:29
>>55
けち。教えろや。無知は罪か・・・。

57 :哲子:04/12/23 19:34:20
徳川慶喜とか坂本竜馬の写真なんかあるから
そのころじゃないかな。

58 :考える名無しさん:04/12/23 19:38:26
>>57
いやぁ何かピンホールカメラとかいうのが、西洋でずいぶん昔にあったような
うろ覚え。正確なところどうだろうみたいな。たぶん19世紀以前だった気が
する。

59 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/23 19:49:59
写真の発明は1839年のダゲールが起源とされています
しかし自分的には19世紀前半、くらいに思っています


60 :考える名無しさん:04/12/23 19:50:06
あーあ。調べちゃったよ。16世紀ですって、たぶん。
俺を無知と認定したケチにこの情報を捧げよう。俺の日本語なんか変か?

61 :考える名無しさん:04/12/23 19:59:53
>>59
情報にズレが・・。
「巨大なピンホール・カメラであるカメラ・オブスキュラの原理は既にアリ
ストテレスによって知られていた。
<1568>,ダニエル・バルバーロ(伊)はカメラ・オブスキュラの像を尖鋭に
するために「絞り」をつけることを提案した。」ですって。
より一般化したのは19世紀なのかもね。

62 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/23 20:21:59
>>61
カメラ・オブスキュラはギリシャ時代まで遡れるので
確かにカメラの起源と言えるかもしれませんが
画家のトレースのための道具なので「写真の発明」というには違和感を感じます
19世紀前半というのは感光剤で焼き付けるもののことです


63 :考える名無しさん:04/12/23 20:27:34
>>62
なるほど、道具としての実用性を持ったのは19世紀前半ということなんですな。
ありがとう。              やーい>>55のケチバカ。見習えや。

64 :考える名無しさん:04/12/23 22:08:31


65 :考える名無しさん:04/12/23 22:09:45
教えてもらって自慢するやつがあるか

66 :考える名無しさん:04/12/23 22:21:01
2chはできてもgoogができないなんて香具師もいるのかな?藁

67 :考える名無しさん:04/12/23 22:26:02
「写真について」のスレになっちゃったよ……

68 :考える名無しさん:04/12/23 22:36:07
写真も絵画も技法的に繋がってしまっているのだよ。

69 :考える名無しさん:04/12/23 22:39:45
だから「意義」の議論じゃなかったのかよ。

70 :考える名無しさん:04/12/23 22:48:35
区別できないものの間に意義は見出せるか?

71 :考える名無しさん:04/12/23 23:11:54
出せないことはないでしょう。芸術の問題なんだから


72 :考える名無しさん:04/12/23 23:21:25
>>71
それは絵画か写真かではなく、誰が、だったりして。

73 :考える名無しさん:04/12/23 23:40:43
写真の話はスレと関係ないんじゃない?
何故絵画が娯楽になったのか?って事でしょ
人間は何故か美しいモノを好むんだよね
だから綺麗な絵を見て喜ぶ
それと一部の人間は希少な物、個性的なモノを好む
これが芸術性

何を思って描くのだろう?「地位」「名誉」「金」
そういったモノを求める部分も多少あるかもしれない
けれど「とにかく描きたい!!」という衝動もあるはず
これは何だろうね?自己実現?自分を表現したい?

レベル低いかな?

74 :考える名無しさん:04/12/23 23:57:02
つかこのスレに出入りしている奴で、
美術館なりで本物の絵画なりを見たことある人いるのか?

75 :考える名無しさん:04/12/24 00:01:02
本物の絵画って何ですか?
素人の書く絵ではだめなんですか?
美術館に置いてある素人の絵はどうなんですか?


76 :考える名無しさん:04/12/24 00:01:08
偽物の絵画ってあるのかね

77 :考える名無しさん:04/12/24 00:01:35
2chのAAは絵画だ

78 :考える名無しさん:04/12/24 00:04:43
結局写真の出現で食い扶持に困った画家が
自己表現に絵画の存在意義を見出したって事だろ
けど今じゃコンピューターグラフィックとか多様な視覚的表現手段が
出現したせいで
画家の存在意義はその筆さばき=筆の跡が存在意義

79 :考える名無しさん:04/12/24 00:07:48
また頭悪い奴がでたな。なんで本物 vs.素人になるんだ。おそらく
いいたいのはオリジナルか複写かってことだと思われ

80 :考える名無しさん:04/12/24 00:08:20
>>78
釣りはヤメレ


81 :考える名無しさん:04/12/24 00:11:25
>>79
それはおかしいでしょ
絵画見た事無い人は盲人ぐらいじゃないの?
みんな学校で美術習うんだから

82 :流石50 ◆N9UVc6io0I :04/12/24 00:18:06
例えば印象派であるとか写実以外の芸術技法に関しては、コンピューターで擬似的に模倣できるもののやはり人間の絵筆による創作が必要な訳だな。
さらに出来上がったそれを評価するのも人間の芸術感覚による訳だから、いわば絵画というのは文化的素地に立った娯楽なんだろうな(笑

83 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/24 00:20:50
だから、印象派は「写実」だといってんだろうが!

84 :考える名無しさん:04/12/24 00:33:26
>81
君が無教養君であることはよくわかった。

85 :考える名無しさん:04/12/24 01:13:59
印象派の作品は写実主義とは違うでしょう。印象派は描く人間の「いま」に集約されたものを忠実に示すものではないでしょうか?つまり精神の状態です。そして自然の時間的背景に支配された人間の意識が描くもの。だから光と影、そして明るさと暗さに意味があるのでしょう

86 :考える名無しさん:04/12/24 01:17:47
写実的であることの意義は、
最早、絶対ではあるまい。


アニメ絵でなけりゃ萌えねーよ、
という歪んだ連中が存在する現状、
写実的であることは、最早、意味を失ったと言わざるを得まい。

87 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/24 01:24:09
>印象派の作品は写実主義とは違うでしょう。
もちろん、印象派の絵を指して「これは写実主義だ」とは呼べない。
>>37では、写実主義の系譜に連なる、と書いた。

この後の文章は、まるっきり悪文だなあ。なんで、
>印象派は描く人間の「いま」に集約されたものを忠実に示すものではないでしょうか?
が、
>精神の状態です。
に、「つまり」で結ばれうるのか。
>自然の時間的背景に支配された人間の意識が描くもの。
が、
>光と影、そして明るさと暗さに意味があるのでしょう
に、「だから」で結ばれうるのか。
ちょっとレスの仕様がないね。

88 :考える名無しさん:04/12/24 01:29:41
古い本だけど、
最近やっと翻訳が出たリヴォルド「印象派の歴史」ぐらい読んでからこいや

89 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/24 01:34:09
>>88
どっちにいってんだ?
君が85なら、まともな日本語が書けるようになってから来い。

90 :考える名無しさん:04/12/24 01:34:17
「つまり」は要約的につかわれていて前文を抽象的にいっています。いまという作家のそのときをつまり精神の状態という言い方に抽象して言い直したのです。ではあなたはどのように繋げますか。ちなみに最良の言い方ではないことは認めますが

91 :考える名無しさん:04/12/24 01:36:31
欧米人がアニメ絵に傾いたなら、
つまり、それが一瞬でも、
何らかの意味はあるという意味か。

92 :考える名無しさん:04/12/24 01:37:54
ところで54なんだが俺の日本語なんか変だったか?
絵画以前の問題になっちゃうが。

93 :考える名無しさん:04/12/24 01:40:54
「だから」の部分は言葉が足りなかったかもしれません。「だから」にすることで間違いはないのですが読み手のために順節の前文が説明不足かもしれませんね。すみません

94 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/24 01:44:18
>>90
最良の言い方を得たときに、>>85が何を言いたかったのかを理解していないので、
繋げようがない。
とりあえずは、なぜ「いま」が「精神の状態」に繋がるのか。そこが説明不足。
説明のしかたによっちゃ「喉の状態」「足裏の状態」「日本経済の状態」、
何にだって繋げることはできる。


95 :考える名無しさん:04/12/24 01:46:13
それから文章は書いて直すを繰り返して完成になりますがはっきりいって面倒くさくて書き込みボタンを押してしまいます。よければ文章の善し悪しを何かを基にカキ比べてみますか?じかんがあれば

96 :考える名無しさん:04/12/24 01:48:22
>>95
誰に言ってんのかね君は。ところで>>54の日本語どこが
おかしいんだろ。
それとも「可笑しい」のかな?

97 :考える名無しさん:04/12/24 01:50:54
たしかに文章はよくないですね。書き直しますと

98 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/24 01:51:04
>>96
私は、>>55ではないが、
この辺が、ちょっと危うい感じだね。
>それは価値とはされていなそうだな。

99 :考える名無しさん:04/12/24 01:53:58
>>98
サンキューカルタゴの名将。

100 :考える名無しさん:04/12/24 01:54:03
>>54か?
「空間の体現」 再現とか表現ならまだ理解できるが。(リアリズムが「空間」
を表現するものと言えるかは、別問題)
「かつて一つの価値観であったであろうリアリズムは〜価値観の縮小していった」
主語がリアリズムだと思うんだが、なんかトートロジーな様な気がする。
「試された結果、現代があると思う」 変だよ。何が試されたんだよ。
で現代がではなく、現代の○○と言うべき箇所だと思われる。
ラスコーのところの、「その情動」ってなによ。

つか作文教室じゃねー

101 :考える名無しさん:04/12/24 02:07:07
>>100
お。すまんすまん。
>(リアリズムが「空間」
>を表現するものと言えるかは、別問題)
絵画はすべて2次元上に3次元的イリュージョンを造り出す歴史だ。つまり
空間を体現(再現)して自らの表現に役立てたのだよ。
写実主義(リアリズム)は後に名づけられた名称だが、かつては絵画の価値
基準であったろう。今は写真の発明・普及の影響も受けて写実主義(リアリ
ズム)は価値足りえない。まあ、予想しているだけなんだが。という感じ?
>ラスコーのところの、「その情動」ってなによ。
ラスコーの壁画における絵画の意味は、描くことによってその動物が「出現」
することにあったというバタイユの解釈。その情動とは絵を描くときに現実感
が現れた場合の感動のこと。
なんかすまんね。文章へたで。はは、ゆるせ。

102 :考える名無しさん:04/12/24 02:14:38
印象派の作品は絵画に示されている光と影、明るさと暗さに特徴があらわされます。この特徴は作者自身の「いま」の状態を時間的背景との関係によって捉えられるものだと思います。

103 :考える名無しさん:04/12/24 02:16:14
作者が置かれているいまの状態は昼なのか夜なのかまた雨なのか晴れなのかによっても違います。作者の気分は暗いのか明るいのかによっても絵の特徴は違うでしょう。また逆に作者の精神の状態と外観にある自然の状態は関連しているとも言えます

104 :考える名無しさん:04/12/24 02:17:01
そして内観にも外観にも支配されている作者が絵に描く光と影は時間の一点にいる作者自身の印象であり写実的ではなく作者のいまの意識の集約としてあるものだと思います

105 :考える名無しさん:04/12/24 02:20:54
リアリティ=現実感なんてのは、感受する主体によって随分異なるもんだよな。
いい例とは思わないけど、ポートレートを撮影するときは、だいたい人物の
背景をぼかして採るのがイイ とされるね。しかし、人間の眼球はその様な知覚は
行われない。しかしながら、例えば素敵な人の顔なんかを見たりするとき、
「その人以外はなにも目に入らない」といった、主観的な現実感が問題となる
わな。 となると、必ずしも現実を忠実に写し取ることがリアリティの再現
とはならないわけだが。どうでしょうね。


106 :考える名無しさん:04/12/24 02:27:34
絵画は全体的にそういうものだと思います。写実的だと一口に言っても写真のようにそのまま描き写すのが写実的か光の印象を心象風景として忠実に描き写すことなのか厳密に写実主義の意味も変わってきますし

107 :考える名無しさん:04/12/24 02:31:07
>>105
>リアリティ=現実感なんてのは、感受する主体によって随分異なるもんだよな。
そうそう。だからリアリティーはいつも求められているが、現代においてはそれ
ぞれによって求められるヴィジュアルが違う。人によっては秋葉系がリアリティ
を持ったヴィジュアルだったりするわけだ。現実を忠実に写し取ることはかつての
おそらく14〜18世紀とかのリアリティーだったんだと思う今日このごろ。

108 :考える名無しさん:04/12/24 02:35:30
写実主義は19世紀の芸術運動なわけだが。まあいいや。

絵画の場合、つか写真もだけど、結局「美」の問題なのよ。
それは現実を写し取ることと等価じゃないでしょう。

109 :考える名無しさん:04/12/24 02:36:05
アバンギャルドはどちらの意味に於いてもそれを壊していく要素が強いですが。シュルレアリスムの現実の意味は印象派の現実とは種を異にしてますしシュプレマティスムの現実は幾何学的に捉えた現実のようですし

110 :考える名無しさん:04/12/24 02:37:32
哲学における独我論的主体については絵画者にも大きな問題とおもわれ。

111 :考える名無しさん:04/12/24 02:39:38
今風に言えば「美」じゃなく「萌え」になるのか。
対象Aに対して「萌えてる」ときに、対象Aではなく、「萌え」の
リアリティーを如何に表現するか。


なんだかなあ。

112 :考える名無しさん:04/12/24 05:48:47
>>111
今の日本のオタク文化を象徴する意味で「萌え」は「美」に近いのかもな。
@「狩り」と「出現」
A「宗教」と「写実主義」
B「写真技術」と「印象派または抽象表現主義」
C「哲学や心理学」と「シュルレアリスム等」
D「物理学」と「ミニマルアート」
E「大量生産&消費」と「ポップアート」
F以降知らん
・・・こんな解釈であってんのかな。
>>1は「哲学」との関連による「現代の絵画の意義」を聞いてんのか?

113 :考える名無しさん:04/12/24 06:46:16
単なる感性の評価を換言しているスレッドではありませんよね?

114 :考える名無しさん:04/12/24 13:02:20
メルロポンティやドゥールーズ等、哲学者の取り上げる
画家は、セザンヌやらベーコン等メジャーどころばかり。
おまけにピントずれてるし。

115 :考える名無しさん:04/12/24 13:04:56
ずれてねーよ

116 :考える名無しさん:04/12/24 17:59:45
ズレまくり w

117 :考える名無しさん:04/12/26 00:22:00
結局明日は有馬記念があるんだが

118 :考える名無しさん:04/12/26 16:20:57
絵画について語ってね。

119 :考える名無しさん:04/12/26 16:30:20
最近、マネとクールベをよく見るね、流行なのかな

120 :考える名無しさん:04/12/26 16:48:12
近代絵画を印象派から始めると、
絵画の豊かさが視覚性に還元されるからでは?
でもマネやクールベは、主題も重要。
つまりモダンの原点回帰。

121 :考える名無しさん:04/12/26 17:48:52
マネは印象派の父

122 :考える名無しさん:04/12/27 01:22:51
三人の女が居るとする。
絵を描く男がその内の一人に恋しているとする。
このようなときに描かれた三人の女を見れば、男が恋している女
が分かるだろう。

しかしながら、写真に撮ったときは写った三人の女を見ても、男が
恋している女は分からないだろう。



123 :考える名無しさん:04/12/27 01:35:50
俺の友達の場合、
真中に移ってるから、
すぐ分かる。

いや、端に立ってても。

124 :考える名無しさん:04/12/27 07:35:56
女の大画家はいないな。能力のせいか、男との世界観の違いのせいか。

125 :考える名無しさん:04/12/27 19:32:29
>>124
大画家かどうか知らないがフリーダカーロは?草間やよいは?有名な人は沢山いそうだな。

126 :考える名無しさん:04/12/28 12:45:56
ウィトゲンシュタインの絵画評が確か
絵画は言語では語りえない、てことだったと思う。
言語には限界があって語りえることと語りえないことの限界の線を定めるのに
ウィトゲンシュタインはやっきになってたみたいだけど、
絵画は語りえないものの部類に入るっぽいよ。
何で創作があるのか、て言ったら現実逃避もあるだろうが
本質的には創作でしか語りえない「何か」
が存在するからだと思う。それは結局言語化できるものじゃない、ていう。

あと印象派ってのは光の表現が古典派と違うだけで
基本的には写実主義の部類かと。

絵の具を混ぜると黒くにごるけど
ライトを混ぜると白くなるでしょ。そういうの

127 :考える名無しさん:04/12/28 12:55:50
絵画の命題って要するに美とは何かってことでしょ。

情報を伝達する場合にも使う写真とは根本的に違うと思う。

128 :考える名無しさん:04/12/28 19:23:24
>>126
言語の限界よりも論理の限界では?論理の限界を超えるため文学者達は比喩表現の
様々な形を使う。コンセプチュアルアーティスト達は論理を昇華した。禅は論理を
捨てた。哲学は常に論理の可能性を体現する。とか思う今日この頃。

129 :考える名無しさん:04/12/28 20:03:04
>>127
絵画にその命題が成り立つのなら写真にも成り立つでしょうね。

130 :考える名無しさん:04/12/28 20:10:28
「つまらなさ」を伝達できる絵画とかないのかな。
見てると何とも言えず、退屈な所与のある作品。
誰も作った事無いぞ。

131 :考える名無しさん:04/12/28 20:19:41
>>130
たくさんあるんじゃねぇですか?アンニュイやデカダンが大きな価値観だった
時代もありますから。ニヒリズムとかも。必要悪的な作家もいた。
などとほざく。

132 :考える名無しさん:04/12/28 20:23:24
絵画の表現は、
美しさに限らないわな。

醜悪、嫌悪、憎しみすら、
言語によらない表現として、
絵画に表すことができる。

133 :考える名無しさん:04/12/28 20:25:11
ならば、退屈、無意味、
見るだけ無駄、

そういう表現があっても、
変ではないと思う。

でも、まあ、
無いだろうね。

大抵の人は、
誰でも、他人に誉めてもらいたい、
認めてもらいたいという欲望を抱いている。

出家する程の覚悟が無ければ、
実験的な作品は作れないだろう。

それは、仕方が無い。

134 :考える名無しさん:04/12/28 20:27:12
だから、つまらなさの見所を一枚の絵画に封じ込めた作品だよ。
多分、絵画により何か同様の感動をさせたいと考えてるけど、
それが全然伝わらないからつまらない訳なんだ。
そうではなくて、つまらないだけを伝えたい作品だ。

135 :考える名無しさん:04/12/28 20:35:17
>>134
だから退屈さを文学性に押し上げた作品もあるし、芸術も絵画に限らず写真でもある
よ。ただ、作家の気持ちはわからんから「つまらないだけ」かどうか知らん。
ちなみにミニマルアートはその「だけ」という部分を追いつづけた。音楽ならジョン
ケージとか。と妄想する。


136 :考える名無しさん:04/12/28 20:41:57
・・・ちょっと、忠告、

現在の芸術市場は、
見た人の評価よりも、
芸術市場の文脈が重要視されている。

つまり、どのように革新的な表現を行なっても、
それを認める人とは無関係に、芸術市場が動くということだ。
大金持ちになるかもしれないが、その金は、理不尽な金だ。

結局、絵画は、
言葉よりも、自由なのだろうと思う。
言葉、文章、内部告発、
立場は違っても・・・。

137 :考える名無しさん:04/12/28 21:03:25
退屈な人間が退屈に描いた絵かー。
普通に退屈な絵ならいくらでもあるけどな。
なんの抑揚もなくフラットにスケッチするだけで退屈な絵なら完成するが

退屈を表した上で見る人を退屈させる、退屈な絵を描こうと思って
描いたのだと解釈させる絵は難しいかもしれない。
つーかパラドキシカルだねえ。
描いても認められにくいだろうね。

スポーツアスリートとかでもそうだけどさ、
限界まで魂を込められないと表現、てのは難しいからな。
無気力なアスリートってのはやっぱしょぼい。

138 :考える名無しさん:04/12/28 21:18:54
戯曲「ゴドーを待ちながら」のような絵画ってことだね。

139 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :04/12/29 00:05:04
>>102-104
わざわざ書き直してくれたんだね。
が、申し訳ないが、>>126の方に代弁していただいたということで。

>>133-137
大衆消費社会の退屈さを表現した、みたいなのはありそうだ。
ヌーヴォー・レアリスムとか。

140 :考える名無しさん:04/12/29 09:05:12
前衛芸術家が意図して「退屈さ」を追求したら、パフォーマンスであれ、
それすらが「作品」になってしまうだろw

退屈な絵とは「イルカが海中からピョーン」と飛び跳ねてる、ラッセン
のようなクソ絵のことだ。

141 :考える名無しさん:04/12/29 09:12:19
>>140
そうそう。我無スレのAAや、くまさんのAA。
あれこそ芸術だよな。うんうん。

心の内面が抽象化され表現されてるからな。
てか、害基地でなければ絵画じゃない。(プッ

142 :考える名無しさん:04/12/29 09:37:25
はたしてそうかな?

143 :考える名無しさん:04/12/29 09:40:12
オマエとは確かに縁遠い世界だよ
オマエは指ケツノ穴にさしてシャブッテ、ひたすら嫉妬するしかないんだろう
↓    ↓      ↓      ↓
 ↓無職の引き篭もりのキモヲタの精神障害者フマ
   彡ヘ i i ,.-''";;;;;;;;;`ヽ、        ヾllllllllllllllllllllllll
  lヽゞノ ', ''i"~`゙`‐-、,;;;゙、         ヾllllllllllllllllll
  _____,  ,...,,,,__        `ヽ  _,,,..、-‐'ヾlllllllll
 l  `ヽ l   ヽ      ,.r‐'''"゙     WV 
 'i   「ヽ,    ヽ7''~ ̄  `ヽ し     ::::::
  ゙、  l,'゙ヽ    ゙、'"´          ::::::::::
   ゙、 {   \   .)     し      :::::::::::  殺人的ブスいないかなぁ?僕ちゃんブス大好き☆
     ヽlllulllll`~´::::::::::ヽ    ・
     ゙、-,,,,,,,,,..,_..,_、 ヽ ::::::::::::    し   :::::::
    ,,-'"゙`;;;;;;;;;::::.  υ 、 :\  ):::::::::::::::: ::::::::::::
    .(ゝ;;;;;;;;;;;;;;;;, 'u ::::::::::::::::::::::::::::::
   ../""ヽ;;;;;;;;;; .υ::::. '" ν:::::::::::::::::::::::::    /
 ../  ´ ^ ゞ.ノυ:::::::,,,,,,:::::::::::::::::::::::  , . - '"
/        / ヾ゙i;;;;;;;;;;::::::::::::::::::,.、,.、-' "
´,     .,/    ヽ、;;;;;;;;;;;;,.、-‐''"  \


144 :考える名無しさん:04/12/29 10:15:07
やっと哲板らしくなってきたな

145 :考える名無しさん:04/12/29 10:22:44
本物の基地害だ(藁

146 :考える名無しさん:04/12/29 10:36:34
強迫観念が強いと、統合失調症の病識があると言うからね。
君の場合、全て確信犯だよ

147 :考える名無しさん:04/12/29 10:43:15
忌みがさっぱりわからんw

148 :考える名無しさん:04/12/29 10:46:46
忌みがなくても、AAは書けるw

149 :考える名無しさん:04/12/29 10:48:06
我無って誰 ?

150 :本物の基地害(藁:04/12/29 10:50:42
 ↓無職の引き篭もりのキモヲタの精神障害者フマ
        〜∞
    /⌒⌒ ̄ ̄ ̄\ 〜∞
  /           \   〜〜〜〜〜
  |     ____丿ノノ.__|  つ〜ん
  |    /U  ._)  ._)    プゥ〜ん
  |   |           (    〜〜〜
  | ノ(6   ∵ ( 。。) )  _______
        U    ) 3 .ノ  / ________
/  \ ヽ ,,_  U  ___,,ノ  / /
     \,,______,ノ \/ /  _____
                ./ /  /|
..              ./ /  ./ .|
  「殺人的ブスいないかなぁ?僕ちゃんブス大好き☆」


151 :考える名無しさん:04/12/29 10:51:18
ゴッホは統合失調症かつ本物の凶人だわなw
ストーカー、耳切事件、耳の送りつけ、拳銃自殺。

152 :考える名無しさん:04/12/29 10:55:56
名古屋の下層社会の肥溜めエッセンスとゴッホを糞味噌にするなよw

153 :考える名無しさん:04/12/29 10:56:50
>>149 強迫観念が強い、統合失調症の人だろwww
あまたのコテハンを使って自演している、我無(われなし)
一人で永遠と自分にレスして、自演しているのを見かけるよ。本当に病気らしい

154 :考える名無しさん:04/12/29 11:04:14
皆が既に知っていることだが
夫馬の場合は本当に病気どころか本物の基地害だろw

155 :考える名無しさん:04/12/29 11:06:46
夫馬って誰 ?

156 :卑ロアキ来年もまたガムスレ頑張れよ堀田通り一同応援してるぞ(w:04/12/29 11:11:57
名古屋市瑞穂区 堀田地域の紹介 製作:大日本化工機販売株式会社
居酒屋・スナック
● ピッコロ(スナック) 明朗会計の店。年末31日と元旦のみ休みです。●詳細地図1
● 八丁畷 (居酒屋) 鍋物がおいしい。小グル−プなら宴会もできるよ。● 詳細地図3
● 品 川 (居酒屋) 串カツ(50円/本)ドテが安くておいしい テレビでも紹介されたよ ●詳細地図1
● パンジ− (スナック) マスタ−がサラリ−マン風、ヤキソバ・お好み焼が美味しい
● 山恵(炉ばた) 名鉄パレ1階一番奥。つまみの種類が多いよ
うどん
● 岩 野 屋 うどん屋 はりきり かあちゃんが待ってるよ 詳細地図4
● 山 重 うどん屋 待たないで直ぐに食べれる店 ランチタイムには安い うどん定食が御薦め 詳細地図4
公共機関
●愛知県トラック協会 (社団法人)フォ−クリフトの免許の申請・取得詳細地図4
●中部建設協会(社団法人) 中部地方の代表的な道・橋の写真展示がされている。
コンニャク・ところてん
● 大川商店 製造販売 新鮮なヘルシー商品を個人売りしてくれるヨ 詳細地図1右
寿司
● しげ寿司(持ち帰り寿司) やすくて、美味しい。店主がまじめで新しい寿司を工夫しているよ
● 魚 友 (寿 司) 午後9時には、ネタ切れで閉店するかも? 早く行ってね 詳細地図4
● 第2だるま寿司(寿 司) 地元の社長さんがよく利用する店とか 詳細地図3
たこ焼
● 蛸ん壷 (たこ焼) テレビで紹介された店。たこ・えび等の具があるよ。電話予約をすると待ち時間が少ないヨ 詳細地図1
中華・ラ−メン
● 牛巻飯店(中華) 夜中2時頃まで営業している。四川ラ−メンがおいしく二日酔い防止にはよい ●詳細地図4
接骨院
● 小川接骨院 緊急時の骨折・打撲・ねんざは、事前に先生へ連絡すれば治療時間外でも応急処置をしてもらえる。
焼き肉
● 大香園 夕方になると焼き肉のおいしい香りが広がり仕事が手につかなくなるよ。おおきな駐車場あり。深夜1時まで営業 詳細地図1
http://www2a.biglobe.ne.jp/~a0horita/index.htm


157 :考える名無しさん:04/12/29 11:15:23
>>155
/*------------
我無 ( フ マ フ マ)

1:考える名無しさん

わかるかね
-------------*/

というスレが、昔あったな〜

158 :考える名無しさん:04/12/29 11:19:40
夫馬さん一体いつまでここで基地害続けて
公共の迷惑かけつづけるんだろう?w

159 :考える名無しさん:04/12/29 11:35:01
2ch(哲板・宗教板・タリ板・数学板) の鉄則

1) コテを見たら我無と思え(我無の自演)

2) コテ同士の会話には参加しない(我無の釣り)

3) 一定の会話をして相手が納得しない場合、会話を打ち切る(我無の信仰)

4) 我無の典型的思考パターン
  ぴかぁ〜型、うみねこ型、しろくろ型、処刑ライダー型、ハルカ型 ・・・

なれると、一発で見抜けます。
自称、多重人格障害だが、本物ではないと思う。
強迫性障害とアダルトチルドレンは、間違いなく持っている。
自称、統合失調症だが、こちらは本物かも知れない。(確かに何らかの薬物を常用している)

160 :考える名無しさん:04/12/29 12:12:32
>>159
気持ちは良いですか?

161 :考える名無しさん:04/12/29 12:48:23
>>160
             / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
             | スクール水着とラインプリムとレース長手袋とニーソと
     ,__     |   眼鏡と首輪をお願いします(*´Д`)
    /  ./\    \_______________________
  /  ./( ・ ).\       o〇      ヾ!;;;::iii|//"
/_____/ .(´ー`) ,\   ∧∧        |;;;;::iii|/゙
 ̄|| || || ||. |っ¢..|| ̄  (,,  ) モナモナ   |;;;;::iii|
  || || || ||./,,, |ゝ iii~ I⊂   ヾwwwrjrjww!;;;;::iii|jwjjrjww〃
  | ̄ ̄ ̄|~~凸( ̄)凸 .(  ,,)〜 wjwjjrj从jwwjwjjrj从jr

うみねこ、人工少女のやりすぎ

162 :考える名無しさん:04/12/29 12:50:42
>>161

宗教板とエロゲー板をかけ持ちするヤツも珍しいwww

163 :二酉:04/12/29 16:27:55
>>140
はげど。個人的に、ビジネスの絵は程度の差こそあれ退屈だと思うです。

164 :考える名無しさん:04/12/29 21:12:23
ポストモダンは絵画にどれくらい影響を与えたのだろうか?

165 :考える名無しさん:04/12/30 08:30:06
「絵画」と一括りにされてもなあ。世の中には、工藤静香や鶴太郎のような
絵が単純に好きって人もいるわけで。

「哲学的な絵」をイメージすると、象徴主義のA.ベックリンの『死の島』辺りが
浮かんだりもする。

166 :考える名無しさん:04/12/30 10:41:32
描かれたコンテンツでしか絵画が語れない人間に、
哲学を語る資格ないな。少なくとも美学には疎そうだ

167 :考える名無しさん:04/12/30 15:15:47
>>166
 美学の半可通はすっこんでろ

168 :考える名無しさん:04/12/30 23:37:20
165もこっぱずかしい。
哲学板住人の絵画教養ってこんなものか。

169 :考える名無しさん:04/12/31 08:24:24
スレ主の>>1はカントの美学論すら読んでないだろ?

170 :考える名無しさん:04/12/31 09:22:25
美学論ばかりよんで
絵画を観てないだろう

171 :考える名無しさん:04/12/31 09:38:44
まあ見てから言えってやつね。

人の感性なんてどうでもいいから、自分がどう思うかが重要。

まあ、まず自分で絵を見てそれなりに考えてから、美学書なりなんなり読んだ方が良いんだろうな。



172 :考える名無しさん:04/12/31 10:14:35
読む前に書いてみるのも手かもね。

自分は〜〜に美を感じた、と。

173 :考える名無しさん:04/12/31 12:31:53
カントは美学論ではなんて言及してんの?

174 :考える名無しさん:04/12/31 13:47:01
朝日新聞夕刊 1978年11月29日'78初冬・北朝鮮:3
文化革命

滞在中は好天に恵まれ、朝、霜を見た。が、日中は穏やかな日和となり、平壌
市内を流れる普通江のほとりや公園では、絵筆をとる学生たちの姿をよくみか
けた。カンバスをのぞくと、水彩の風景画であった。
「この国には抽象画はないんですか」。通訳氏にそう尋ねると、一瞬、表情が
きつくなった。「何を描いているのか分からないような絵はありません。人民
が見て分かるような絵でないとダメです」
そういえば、国立美術博物館に陳列されている現代絵画はすべて具象画。それも
金日成主席の活動ぶりや、解放前の抗日武装闘争、朝鮮戦争での人民軍兵士と
それを支援する人びとの英雄的行動、社会主義建設の生産現場などを描いたもの
が多かった。裸婦を描いたものなど、一枚もない

175 :考える名無しさん:05/01/10 16:40:08
age

176 :考える名無しさん:05/01/10 19:26:39
いやぁ、オプチカルアートって凄いね。なんか凄いね。
錯覚や盲点や色彩の強弱ってもう原始回帰だね。きっと宗教性抜群だね。

177 :考える名無しさん:05/01/10 19:46:44
オプチカルアートって、最近また盛んになってるの? CGとかが手軽
になったから、そういうのを使うと進化させることができそうだけど。

178 :考える名無しさん:05/01/10 20:34:25
『哲学とは何か』にのなかの芸術論についてどう思われました?

179 :考える名無しさん:05/01/10 20:37:36
それは誰が書いた本?

180 :考える名無しさん:05/01/11 21:47:25
>>179

ドゥルーズとガタリですよ。ドゥルーズはフランシス・ベイコンの本も書いているのですが、
読んだことはまだないのですけど、感想をお持ちの方いらっしゃいませんか?

181 :考える名無しさん:05/01/11 21:50:39
>>180
専用スレあるよ
いろいろ書評も出ているようだ

▽▲ジル・ドゥルーズ、『感覚の論理』を読む▲▽
ttp://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1098529983/l50

182 :考える名無しさん:05/01/11 22:40:06
>>181

ありがとうございます!

183 :考える名無しさん:05/01/12 02:07:08

意識が崩壊していく過程
http://gazo01.chbox.jp/misc/src/1105365902795.jpg

184 :考える名無しさん:05/01/12 02:19:38
右下の絵は自分を失った姿の表現としてみると凄いな。神秘すら想起する。
ラスコーのリアリティー動物に対する記号人間みたいな。

185 :考える名無しさん:05/01/12 18:22:46
言葉を尽くしても右下の表現には及ぶまい

186 :考える名無しさん:05/01/13 05:12:44
表象の臨界点に物質があるという現実がどれだけものすごい生々しいことか
考えてみれば、絵画はやはり永遠だと思う。写真も同じことかもしれないが、物質としては絵画には勝てない。

187 :考える名無しさん:05/01/13 06:11:23
ぼくらが与えられている言葉は表象作用を停止する地点までいけば、金しかもうそこには無いんだから
絵画とか写真とかはやっぱりあったほうがいいんだよ。金以外にも信頼に値するなにかは生きるためにはやっぱり必要。
音楽や映画って時間の限定があるけど、いつでもそこにあり続ける物質としての絵画とか写真は大事だよ。とか思ってみたんだけど
なんか変なこと言ってるかな?

188 :考える名無しさん:05/01/13 17:47:50
>>187
お金がもっとも信頼に値しないと思うんだが・・。ころころ価値かわるし通用しない
紙切れになるし。銅は昔、金と同じ価値だったらしいよ。そんで金同と書くんだって。
どっかの坊さんが言ってた。まあ、いいか。つまらん話すまん。

私も大事と思いました。

189 :考える名無しさん:05/01/14 11:27:35
>>187
結局芸術も人が競争するために生まれた物にすぎない
競争して人間の「何か」が向上するための競技のような物

190 :考える名無しさん:05/01/14 13:17:25
「結局〜でしかない」
「結局〜すぎない」
といった概括はいらない。それが概括であるという自覚があるのであれば、
より正確な考察を求めたらどうだ?

191 :考える名無しさん:05/01/14 13:27:29
写真技術によって絵画は一部の役目を終えた。

とは言うが、その「一部」は何なのかと考えると、
記録として、効率として、その場を多分に譲らされただけであって、
表現としての絵画は何も失っていないように思う。ただ方向性に影響はあったが。

192 :考える名無しさん:05/01/14 13:32:31
萌えってそもそも昔は今よりも多義的でうわっついた言葉だった気がするんだよね。
これを現代的な「プラトニックな性愛」と解釈するのであれば、
萌え的な表現っていうものは、二次元対象に抱く性愛をプラトニックに陥らせやすい表現っていうことで、
必要になるのは多元的な表現よりも、要所を拡大した翻訳的表現なんだよな。

193 :考える名無しさん:05/01/14 14:43:34
絵画は誰が見てもわかりやすい。
本と違って考える必要がない。
文字が読めない人向けの娯楽だったのでは。
知識が高い層の間では、昔から低く見られていたし。

194 :考える名無しさん:05/01/14 14:48:47
>>193
音楽、スポーツもそうだろう。
非知識階級の産物。

195 :考える名無しさん:05/01/14 20:32:08
>>193
宗教的な布教にも便利に使われていたようだね。ヨーロッパとかで。
文盲の民衆たちへの啓蒙だったり、実際喜びだったり、その娯楽だったり色々だろうが。

196 :考える名無しさん:05/01/14 20:56:30
金持ちの道楽じゃなかったのか。

今の美術界も、その流れで、
文脈が価値を維持する柱になってるような気がする。

197 :考える名無しさん:05/01/15 07:44:49
>>193
言葉の限界を感じた人がいきつくモノでもあるけどね。

198 :考える名無しさん:05/01/15 10:26:29
>>193-195
あぁ?

199 :kurahito ◆XEF65wQsug :05/01/15 11:42:56
>>195
最近は、スポーツが布教に利用される傾向にあるね。
オリンピアとか、絵画的とも言えるんじゃないか?

200 :考える名無しさん:05/01/15 14:10:34
オリンピアって布教活動だったのか。

ともあれ。祭壇画で食っていた画家が昔はかなりいたからね。
これを写真に置き換えるとどうなるんだろうな。
祭壇に写真がある例を残念ながら知らないが。

201 :考える名無しさん:05/01/15 15:26:25
>>200
遺影と言わせるための釣りかもしれないが釣られてみよう。
ちなみに絵のほうが良いと生前に絵描きに描かせる需要もある。
当に種種雑多な価値観よ。

202 :鬼谷晴喜:05/01/25 04:20:04

少し前に、二〇〇五年一月二五日午前三時が過ぎたことを確認しました。
鬼谷晴喜と言います。九月一四日生まれ。

わたしは、ニーチェを始祖とする悦ばしき学問から、
フロイトを始祖とする精神分析学を断ち切るために必要な二つの重要な発見をし、
西洋絵画史上最大の謎と呼ばれる二つの絵画の謎を解明した論文を、
ウェブサイトにて発表しました。
それらの文章の著作者が私であることを広く報せるため、
この掲示板にそれらの概要を書き込みます。

二つの発見と、謎が解かれた二枚の絵画は
1:『テセウス・コンプレックス』
2:『アテナ的なもの』
3:『嵐(ラ・テンペスタ)』(ジョルジョーネ作)
4:『聖愛と俗愛』(ティツィアーノ作)
です。

http://www2.tbb.t-com.ne.jp/oniya/



203 :『嵐(ラ・テンペスタ)』:05/01/25 04:21:15

1 精神分析学とハイデガーの不安理解。『西東詩集』より――殿方の目を――。
2 『嵐(ラ・テンペスタ)』の謎は人物同士の知と無知の関係によってもたらされるの
  であって、アダムとイブなどのイコノロジー的解釈は謎解きとしては失格である。
3 キルケゴールの不安論。不安は過渡的な感情に過ぎない。
4 オイディプスとイオカステ、負い目無き不安と堕罪以降の不安の相関関係。
5 自我・超自我・エスの相互的な関係における重要な二点。
 「エスは超自我の存在を知らない」
  「自我は超自我の欲望の対象だが、その逆ではない」。
  上記二点から解る『悲劇の誕生』の特異性。『少女革命ウテナ』における回帰思想。
6 『オイディプス王』の悲劇は、それを読解する精神分析学によってもたらされる。
  サントーム化した王制主義者オイディプスと全体主義的代理人クレオンの齟齬。
  また、ユングとフロイトの争いは、オイディプスを巡るクレオンとテセウスの争いと
  して繰り返される事になる。
7 無意識に父を殺し母国を手に入れた人物は、オイディプスではなくテセウスである。
8 ニーチェの詩「アリアドネの嘆き」。『エスがあったところが、超自我にならなければ
  ならない。超自我があったところが、自我にならなければならない』。

ttp://www2.tbb.t-com.ne.jp/oniya/


204 :『聖愛と俗愛』:05/01/25 04:22:34

1 『聖愛と俗愛』には、『嵐』に登場するすべての道具が引用されている。この絵にお
  いて、鑑賞者を含む全ての人間が、見るものでありながら見られるものであるという
  位相の転換に巻き込まれる。
2 この絵が結婚のために描かれたという点から見た、絵に登場する各道具の解釈。
3 ドゥルーズとハイデガーの「力への意志」解釈の比喩としての中央の天使。
4 『バッコスとアリアドネ』へ。他意識の体験は、他我ではなく他者にとっての他者、
  すなわち他汝(たな)の存在を証明する。『プリンツ・フォーゲルフライの歌』。真昼。
5 ジョルジョーネ、ティツィアーノ、ティントレットの三人は、ショーペンハウアー、
  ニーチェ、ワーグナーの関係に相当する。
6 説明できなかった二つの道具。

 『聖愛と俗愛』を挟むように、ティツィアーノの自画像をジョルジョーネの自画像の右
に置くと、この二人の関係は、『聖愛と俗愛』の二人の女性の関係を反復する。自画像を
横顔で描くのは正面で描くのよりも難しいので、ティツィアーノはこの効果を狙っていた
のだと思われる。二人の女性の間にいる幼子は、自画像の二人にとっては、『聖愛と俗愛』
という絵画自体であるということになる。

ttp://www2.tbb.t-com.ne.jp/oniya/




205 :鬼谷晴喜:05/01/25 04:30:46

『テセウス・コンプレックス』
『アテナ的なもの』
に関しては書き込みを控えます。

絵についての要約だけではよく解らない場合は、
他のスレッドに既に書き込んでいるので、そちらを参照して補足にして下さい。

http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1097380481/l50


206 :考える名無しさん:05/01/30 11:12:52
背中がムズムズ。

207 :考える名無しさん:05/02/13 23:30:09
結局、作家から見た絵画に限って言えば、絵画は感情だと思う。

208 :考える名無しさん:05/03/04 01:53:49


209 :考える名無しさん:2005/03/26(土) 14:18:41
スレ

210 :考える名無しさん:2005/03/26(土) 14:34:08
言語により「そのもの」を写像するのに比べ
絵画においては「そのもの」に近いものを写像できる。
また、私的言語の表現の可能性は、言語よりも絵画においてより強く見出せる。

211 :考える名無しさん:2005/03/26(土) 17:37:14
哲学の視点ではないですが、いちおう。。。

日常生活の中において絵を描くことは、人が喋ることに近いですね
目の前の人に何かを伝えたいときは、よく喋りながら文字と絵を混ぜて描きます
その方が伝わりやすいし、字だけを書くより早いので。写真だと現物が必要ですが
絵は物が実在しなくても描けます。実社会ではそれを利用し、エンタメや建築設計
といった新しい何かを創造することで社会の為、自分の為に描くのだと思います。

日常を離れ絵を描くことは、みなさんが物事を考えることに近いですね
もちろん頭でも考えますが、自分の人生で憶えたもの(これは物質ではありません)
感じたものを言語で表わすのではなく、絵で表わします。このほうが楽なので。
自分の人生で感じたものを表現し、それを自分で確かめたいというのが本来の目的
ですのでただ単に物=光を捉えて描く事とは少し違います。




















212 :考える名無しさん:2005/03/26(土) 17:38:17
>>211のつづき

勉強して描ける人と、生まれつき描ける人ではその種類が異なると思います。
写真と見間違う絵を描くだけでいいのなら、だいたい子供の頃に描けます。が、
10人の絵を並べると、それがより完璧に近い程、どれも同じになりますので
それらの絵にはまったく興味がありません。(考え、想像する必要がないので)
絵を描く人は、実際に描いた絵そのものよりも、筆を取る前と後に考えることや、
自分は何を考え生きてきたかのほうが重要だと感じています。


213 :考える名無しさん:2005/03/26(土) 21:12:18
>>212
俺美大の受験生だけど、生まれつき描けるってのはおかしいよ。
単にそいつは絵が好きで枚数重ねただけ。
枚数重ねずに絵が描けるなんてありえないんだよ。

214 :考える名無しさん:2005/03/27(日) 05:44:35
>>213
そう考える人が普通かもしれません、実際そう言われる人が私の周りにも沢山いますし、
私もそこらへんが疑問で、その人達と話したのですが結局違ったんですよ、根本的に何かが。
絵は本能で描きます、それは生まれつきのものです。努力することや、好き嫌いの問題とは
関係ありません。そういった意味では才能と言えるかもしれませんし、天命かもしれません。
あなたの言う絵がどんなものか知りませんが、もしもその人が考える絵を描くことの意味が
他人に認めてもらえるかどうかであるなら、生まれつき絵が描けるとは言えないでしょうね。
いずれにしても、人に教えてもらうような技術、技法に関する事は、本来の絵を描く意味を
考えたときに、たいした意味を持ちませんが。

>>212 写真と見間違う絵を描くだけでいいのなら、だいたい子供の頃に描けます。=枚数
これは普通に理解できますよね?これに疑問を持たれたらもうどうしようもありませんので
これだと「出来る人←→出来ない人」「ありえる←→ありえない」の問題になります。 

215 : :2005/04/20(水) 01:57:08
写真と絵画は全く別物
絵画は描かれた対象そのものを表しているのではない

216 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 17:30:18
>>215
写真だって描かれた対象そのものを表していないだろうが

217 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 11:32:08
写実的かどうかってことかな?

218 :言い逃げ厨房 ◆PLAYBOYc7c :2005/05/28(土) 09:01:41
主語-述語のあいだ。いやただなんとなく…

219 :考える名無しさん:2005/06/16(木) 04:08:04
絵を見てる人間が、様々な物事に影響受けてきてる=描かれたもの
………絵が絵を見てる、と。

220 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 21:01:38
絵画の世界もアニメーションの世界も、
壁やら布やら紙やら「物の表面に描くやりかた」から、
「光そのものを並び替える方法」へと、どんどん
遷り変わってきているよね。

絵画から写真、写真から映画、映画からブラウン管、
ブラウン管から液晶、プラズマ、
コンピューターのディスプレイ……

みんな観る側として何気なく適応しているけれど、
これって相当大きな変化だと思うよ。
そのうち網膜を使わずして脳内に信号を送り込むのが
絵画の主流になったりして。

221 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 04:33:33
写真やP.Cが無から何かを創造するとでも言うのか
根本が違う、絵は人であり思考の姿でもある
それらハードに精神、頭脳が備わっていれば別だが


222 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 13:32:41
まず220は、PC画像と「絵画の主流」の問題を切り分けていない。

221は、絵画に勝手に精神性を仮託して、
「新しいものには心がこもっていない」という粗雑な一般論に回収している。

両者とも、非哲学的である。

223 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 14:38:34
不立文字。

224 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 14:46:52
哲学で済んだら絵画はいらない。

225 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 02:42:05
対象そのものができてしまう写真と特定のものを描いてもその対象そのものではありえない絵画。

つくる側からすればこの辺りが表現方法の選択の理由になってきたりもします。


226 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 03:03:14
写真vs.絵画って見方は違うんじゃないの?
どっちも視覚映像を使って何かを表現するものなんだから。
写真は絵画制作の技法のひとつだと考えたほうがよくない?
 

227 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 03:16:46
yes

228 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 03:43:37
無理やりにでも総括しちゃうとこの世のあらゆるすべては
美で包括されてるとしかいえないな。
で、われわれはその美の中の一要因を抽出していて
それを美しく感じるかどうかは人次第でしかない。
よりたくさんの人にとってそれが美だと感じられるのならば
それはより美に近い絵画なのだろうと。

もちろん耽美主義なんて絵画のひとつの立場でしかないのだけど
イデオロギーに先立った絵だって起源は美しいものをあらわしたいという欲求からでしょ。
だから美の表現のあらゆるものは絵画だといえる。
写真も空間芸術もデザインも、石膏もフィギュアもアニメも漫画も、文学以外のあらゆる視覚的な
芸術は「絵画」だよ。ある意味では言語もパロールの単体としては美の一部だけどな。
羅列されるとそこに意味が介在してくるので絵画とは呼べなくなる。

229 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 05:13:00
絵画とは何ですか?

230 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 05:23:53
えだよ。
しゃしんとかふぃぎゅあとかはえじゃないよ。
228のいうことはわすれたほうがいいよ。

231 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 05:40:22
まったく逆
想像、創造する頭脳が主体で絵画は表現手法の一部
彫刻でもいいし、写真でもデジタルでも、紙と鉛筆でも構わない
ただ、実在しない空想は写真では表現できないからたまたま絵を描くだけ
ようするに、道具じゃなくて「人の考え方や生き方」そのもの
逆に、その道具じゃないと表現できない人は、ただの「道具を使う人」
そんな人は、頭の中に明確なイメージや伝えたい事があるわけじゃなくて
ただ単に道具を利用して遊んでるだけ
根本的にまっっったく違うもの

232 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 06:36:09
明確な意思から選んだ道具(手法)でしかできない表現というのもあります。ウォーホルの作品はシルクスクリーンによる写真の転写で、同じものを羅列した形式でした。「道具を使う人」もコンセプトさえあれば表現者です。それくらい表現手段の選択は重要なものでもあるとも言えませんか?

だから貴方の言ってることは普遍的ではないと思う。絵画から派生した表現があるとしても、全てを絵画でくくるのは無理があります。

233 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 07:18:18
「その」絵には意味があるのか。「その」写真には意味があるのか。美的かどうか。
明確な意図を伝えようとする絵画や表現に意味はあるか。
などということに意味や意図を見いだせるのは、表現者本人以外の全ての人です。

228さんのいうように、明確で誤解の無い意図や意志を伝達したいなら
詩的なもの意外は「言葉」によって伝える方が賢明な気がします。
表現者は、言葉にはならないその曖昧な部分を、あくまでも自分以外の者の主観によって
決定づけられる余地に、創る必要性を見いだしていると感じます。模索=表現

表現者本人(または他者の発言、評論や文献)が言葉でそれを説明したことを受容して観賞するなら、
言葉で伝えられたことを手がかりに絵画や写真、その他の表現を受容してきたという事です。
ただ一本の線も、アニメも見る側次第でどうにでもなりますが、
表現者自身がそれを受容するかしないかはまた別の話で、受容できない者は「発言」するでしょう。
>>228さんの意見にはおおむねには同意ですが、「美」という観点だけでは無かった可能性と
「絵画」という言葉の扱い方は230さんが一般的ではないかと感じました。

234 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 07:49:10




■ 超暇人スレッド


235 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 07:59:50
え、絵、屁?

236 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 08:08:14
視覚表現全てを絵画に入れないでよ。
絵画を見る楽しみって、自分が絵筆を持ったらこう描けるかな?とか
ど素人なりに想像したりするのが楽しいんだから。フォトショップで
加工した画像と手で描いていった絵は体の感覚の移入が違うと思うな。

237 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 11:19:33
視覚表現をすべて絵画という立場でないと
コラージュや広告デザインを絵だと呼べなくなる。
その辺を考えて欲しいなあ。

デザイナーと呼ばれる死人のような職業に順ずる人たちに
それは絵じゃないよ、なんていっちゃったらじゃあ俺はどうやって
生きればいいんだよ、てなる。

238 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 13:07:05
>視覚表現をすべて絵画という立場でないと
>コラージュや広告デザインを絵だと呼べなくなる。

ならねえ。もうやめて。

239 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 13:17:54
でも絵を描く人間の大半は描くことではなくて
デザインの畑に移行すんだぜ?デザインは描く事じゃない。
でもそういった職しか逃げ場がないからそうすることでしか
元絵描きは絵描きを名乗れない。

240 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 14:02:18
デザインは商業芸術。
デザイン全般を絵画でくくるのは無理です。
デザインが絵画より劣っているという意味ではなく、機能性や伝達という役割が割合を多く占めるので、純粋な絵画とは違ってきてしまうのではないかということです。
現にデザインで描く行為そのものが問題にされていないですよ。
映像や写真という視覚表現が発達してなお原始的な表現手段の絵画の意義を考えるには、純粋芸術の絵画を絵画と定義づけたほうがいい気がします。


241 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 14:28:04
>絵を描く人間の大半は描くことではなくてデザインの畑に移行すんだぜ?

んな馬鹿なwwwそんな話聞いたことも見たこともない
大体どんな絵のことを言ってるの?
ていうかデザイン業界に絵が描ける人なんて滅多にいないし
デザインと絵画は別世界、そばとラーメンくらい違う
さらに写真と絵はそばとスパゲティくらい違う
絵画は絵画で、画家は画家だよ




242 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 14:37:55
>デザインは描く事じゃない。

違うよ。
空間、タイポグラフィ、光、ランドスケープ、ファッション、カラー、コーディネート
少なくともこれらは描くことじゃない。(描くことではない)
絵画とは関係ないし

243 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 15:45:10
要はどう受容されるかという点では?
デザインは受容のされ方の範囲を規定したモノですが、
その枠を超えて他者が解釈したならば、芸術にもなりうるという事です。
ただし、デザイナーがその矛盾を受け入れるならばということですが。
意図を明確に伝達したつもりが、そうは受け入れられなかったという事実は
現役のデザイナーにとっては死活問題です。定義した範囲にもよるでしょうが。


244 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 17:08:34
逆もあります。村上隆がいい例で、彼は日本の既存のアニメ文化を独自のコンセプトによって絵画の領域に新たに認めさせたりもしてる。受容のさせかたというのも作家の意志で変えたりもしますよね。
普遍的定義というのはありえないのかもしれません。
絵画が未だ表現の重要部分を担っているのは、どんなものも絵画へと変換してみると絵画の可能性が無限に広がっていくからではないだろうか。

どんなにメディアが発達しても言語が消えないように、言語は時代によってその在り方が変化していく可能性に満ちている。
絵画も似てる気がする。

245 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 17:12:12
些細なことだが途中から文体が変わってるのはなんでだい?

246 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 17:19:57
間違えただけ。

247 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 20:00:12
>>244そうですね。
描かれた物としての「絵画」としての在り方とは少し違う。
作者の発言・意図まで含めた時点までを表現している訳ですから。
しかし、解釈の自由は受容しているので表現として成り立っている。
ただ、誰もが多かれ少なかれ「そこまで作者の介入した」(と感じる)ものを
現代になろうが、いつの時代になろうが求めてはいるわけではありません。
そこでですよ、現代における純粋な「絵画」(コンセプトを含まない)としての在り方の可能性ですが
なぜ未だに受容があるかというと作者による規定を受けたくない人々がやはり多いのではないかと
思うのです。鑑賞者の自由度が確保されていると安易に感じとれるからではないでしょうか。


248 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 21:15:51
素材を馬鹿にする奴は素材に死ぬ。

脳内イメージに遊びたい奴は脳に電極埋め込んで死んどけ。

249 :244:2005/07/03(日) 21:51:43
コンセプトを全く含まない絵画というのは無いと思うのですが、つくり手の意思はあるが作品の解釈は開かれている絵画と考えることにします。

絵画は現代においても、どの時代においても、時代の鏡、メタファーのようなもので在ったと思います。
絵画表現の多様性というのも「芸術」の中だけで展開されていたわけではなく、作家がその時代を生きているという意味でも社会の影響を受けてきたわけです。
ですからその作品は作家自身の鏡でありながら、時に同じ時代を生きる人々(鑑賞者)の心理的メタファーであると思えます。受容されやすい作品というのも時代で変わってきているはずです。

ですから現代においてそのような鑑賞者の自由が確保されている絵画が受容されやすいということは、
現代において安易に自分の心理を代弁してくれるような、自分のこころを投影できるような(そう感じられる)隙間のあるものが求められているとも考えられると思えます。
これも絵画のひとつの側面であって、違う在り方もあるかと思えます。

250 :247:2005/07/03(日) 23:33:48
なるほど。>>249
時代との関係で、表現者も観賞者も意識的なのはもちろんですが、無意識的な部分でもそれを
選びとっている瞬間があるというのが面白いですね。
それと、隙間のあるものの方が安易という可能性というのも気がつかなかったので興味深かったです。


251 :247:2005/07/03(日) 23:38:05
連投すいません。言葉足らずでした。上の「安易」の部分は
>安易に自分の心理を代弁してくれるような
に関してです。

252 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 00:17:57
いや、隙間のある方が安易なんじゃなくて、隙間がある方が安易に鑑賞者が解釈していけるって話です。



253 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 00:20:00
あ、そうでしたか。
じゃあ↑の投稿スルーして下さい。

254 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 01:12:27
素材をバカにする危険よりも、
ただの素材フェチに終わる危険の方が大きいと思う。

255 :247:2005/07/04(月) 01:42:25
>>257誰ですか?(笑 でも、確かに話しすぎたのでこの辺りにしときます。
>>252ああそうですね、その事が興味深かったという事です。

256 :244:2005/07/04(月) 02:01:47
252、253は私です;
251を読まずに投稿してしまったので、あ、そうゆうことならスルーして下さいって事です。
紛らわしくてすまんです…


257 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 03:17:29
画家は
デザイン、写真映像というより
どちらかというと科学者の感覚に近い
作家、音楽家に通じるものもある
自分の内から出るひらめきを表現したり物事を追及するもの
いずれにしても他人の考えに近づく必要性はない

258 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 03:35:31
>>257
そして極貧のうちに死ぬ。

259 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 03:49:12
それもまた人生なり。

260 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 04:12:35
さて、極貧のうちに死につつある俺が来ましたよ

261 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 04:39:02
>>260
作品あるならただで置いて逝け。

262 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 06:54:57
age

263 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 12:58:41
257
画家と科学者の具体的な共通項、そして画家科学者、とデザイン写真映像、の違いを教えて下さい。

264 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 13:43:45
そこに書いてあるとおりでしょ
発端は自己の発想や思考で他人と関わっていては出来ない。
一方、デザインや写真映像は他人と関わるべきもの。

265 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 15:45:31
デザインに関しては、発端に人が関わっていくということが言えることがわかるんですが、デザインに関わってこない映像や写真(デザインの媒体でないもの)は人が関わってくる、と言い切れないんじゃないかと思うんです。
映像と写真の役割として伝達としてつかわれることも多く、そういう印象が大きいのは確かですが、
それはあくまで印象でそうでないものもあると思います。
映像、写真に関して言えば、純粋芸術にもなり得ると思うんです。映像と写真という素材がデザインの媒体の他にそういう可能性も持っているということです。
現にファインの分野でも写真や映像があげられます。


266 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 15:57:28
絵画から物質的な素材をとっても、ペルセプトは残る
知覚の対象としてわれわれがいる限り永遠に残る

267 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 16:07:34
ペルセプトの意味は不わからんが、なんだか良いこと言ってるきがする…

268 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 16:44:32
ファインが人と関わらない、というのは迷妄。
「間接的には」絶対に他者と関わりを持つに決まっている。


269 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 17:11:38
そりゃそうだ。

270 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 14:12:59
哲学で絵画について語れるんだろうか?

絵画という、うっすらとした概念しか持っていないのに。
画家のほとんども哲学についてうっすらとした概念しかない訳だが。


271 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 17:53:51
そんなこと言ったら、哲学は何についても語れてない罠。
そういう発展途上下でぐだぐだやるのが哲学。

272 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 23:39:07
どうりで話になんない訳だ…

273 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 09:21:54
現実そのものを再現できるかどうかは絵画、哲学の共通のテーマ
哲学も絵画も最終的には抽象的になるところも似てる

274 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 11:06:38
長年絵を描いて暮らしている浮き世離れ者ですが
逆に質問があります、哲学とはなんですか?
スレ違いですが、私はこのスレにしか来ないので
ぜひとも哲学板の方に教えて頂きたいのですが


275 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 15:43:56
科学も芸術も哲学も普遍性を目指してるという点では一緒でしょ
超越性とか固有性とか

276 :(^J^):2005/07/15(金) 08:48:05
 絵画ってさ、最大の自己満足手段で、
他人が見てどう思うかはどうでもいいじゃん。
作者に哲学があって伝えたいんなら、伝わるように描けばいいし、
私なんかは、完全な自己満足。
たまに、共感してもらえたらもうけもん。
だから、お金になんないのよおお!!!
 哲学も理想も美学もあっても伝わるか伝わらないかは
見る側の人による気がする。。。

277 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 10:25:33
画家はなぜ絵を描くのか。
たまに哲学書をひもとき、さらにごくたまに絵筆を手にとる私には
とても興味深いことがらです。

なぜ描くのか。
描かなければならないのでなく、描きたいのでもない。
画家は絵を描く。ただただ絵を描く。
これが現時点での私の拙い認識です。

274さんの質問に沿って考えてみる。
なぜ私は哲学をするのか。
哲学をしなければならないのでなく、哲学したいのでもない。
ただただ哲学する。
どこか宙に浮いたものでなく、ただその行為をしている。
その意味で哲学とは、哲学という言葉自体に意味がそれほどありません。
むしろ、考えることであるとか生きることとかと
異なるところが私の場合ほとんどありません。

こう述べてみても274さんの質問にたいするじゅうぶんな回答にはならないのですが・・・。
もしよろしければまた書き込みしてくださいね。

278 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 13:29:45
絵画てルネサンスだか古典主義くらいまでは
自己表現手段とかじゃなかったんじゃなかったっけ?
表現手段となったのは近代に入ってからで、それまでは
写実主義とか思想的な側面が重視されてたとか何とかだった気がする。
自己表現手段になったのは絵画の凋落だと見てる人もいるみたいだし。

279 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 13:37:02
絵画もかつては大きな物語だったんだろう。
絵描きというのは今でいうところの映画とか漫画とかアニメとか
プロパガンダとしても使用可能な権威的かつ国家的な偉大な職業だったのでは。

それが今は小さな物語としての一部の鑑賞者にしかもてはやされない
マイナーな趣味に成り下がっているとかなんとか。
そんな感じのこと書いてる人がいたような。

絵画と哲学て普通に通低するもんだと思うんだけどな。
フーコーとか構造主義者はこぞって絵画批評を述べてるやん。
時代背景の思想やその根底のエピステーメーを汲むには絵画分析は
欠かせない分野だったんだと思う。

280 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 14:23:35
最近ではそれが映画に移っていますね

281 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 18:17:11
映画?見ないよ!テレビニュースだけしか見ない!

282 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 00:43:33
>>266
文学者になれ。

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