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学校教育の中で教える哲学

1 :考える名無しさん:05/01/23 03:42:43
新渡戸稲造の著書「武士道」は、ベルギーの法学者ラヴレー氏と新渡戸氏の会話から始まる。
ラヴレー氏に新渡戸が日本に宗教教育がないと否定した時、氏は
「宗教教育がなくしてどうやって道徳を子孫に伝えていくのか」と驚愕したという。

確かに現在の憲法下では国が学校教育の中で特定の宗教を教えることは禁止されているが、宗教とは「神」という絶対の権威に対しての服従によって道徳を守らせる社会における一つの手段と考えれば宗教の必要性も理解できるだろう。

日本の教育には道徳教育と呼ばれるものはあっても、どういうわけか権威そのものを否定する教育が行われている。権威そのものを否定することが人間性の解放であるかのごとく信じられているようだ。
権威への盲従が正しいあり方とは思わないが、社会道徳を守る上で人間は法律や良心だけではなく目に見えない権威が必要ではないだろうか?
それは日本では本来、武士の規範とか「お天道様」とか言われるものだった。
これらを否定して道徳を守っていける人間など出来るはずがない。

子孫に道徳を受け継がせるための規範と宗教そして哲学のあり方を考えるべきだろう

2 :考える名無しさん:05/01/23 04:00:47
宗教も哲学も学ぶ必要はある。だけどもっとも必要なことは傾倒しないでいること。これは絶対だと思う。この価値がズレだと思うがやはりそれはひとつの価値として認めてもらいたい

3 :考える名無しさん:05/01/23 04:18:38
東洋は道徳の国って言われてたんじゃなかったっけ?

4 :考える名無しさん:05/01/23 04:30:15
>>2
「傾倒しない」ことに傾倒している。

君の論理展開が示すように、
つまり、最終的には何かに傾倒しないと何も考えることができない。
そうした最終的なところに「絶対者」というものがあるんじゃないのかって話だぞ。

5 :考える名無しさん:05/01/23 04:32:26
>>3
西洋文化をドカンと輸入しちゃった故の問題なんだろうな。

6 :考える名無しさん:05/01/23 04:40:15
日本は儒教的基盤があったから素早い近代化も可能だったわけでしょ?
儒教教育を復興すればいいんじゃないの?

7 :考える名無しさん:05/01/23 04:50:56
傾倒は盲目をもたらす

8 :考える名無しさん:05/01/23 05:02:13
>>4
「絶対」は絶対に無い

に似てる話だな。

9 :考える名無しさん:05/01/23 05:05:07
>>2
人間とは何かの精神の柱となるモノがなければ成り立たないものだ。
以前、私もテレビで見たがある学生が「人を殺すのが何故悪いか」と大人たちに問い掛けることがあった。
しかし誰もそれに対してまともに返答が出来なかった。
理屈ではなく悪いものは悪い。そうとしか言いようがないものもある。
そのために従うべき権威はどうしても必要だろう。
その権威は何も「神」に限ったものではない、儒教的な道徳でも人としての誇りでもいい
これは守りたいもの従わねばならないもの、そういうものが人間には必要なのだ

10 :考える名無しさん:05/01/23 05:07:39
>>4
大半の人間は自己の理性だけでアイデンティティが確立できるほど完璧な存在ではない
なぜなら人間とは社会性が求められる動物だからだ。
従うべき権威を否定するとは社会性そのものの欠落に繋がる。
そう思うのですけど

11 :考える名無しさん:05/01/23 05:09:34
>>7
暗愚な人間は容易に盲従し
優れた人間は理性と社会性との調和を築く。
盲目するか、理性で調和を得るかは結局のところ本人次第だ

12 :考える名無しさん:05/01/23 05:35:16
>>10
確かに。

つまり>>1が言いたいのは、学校教育において、
否定の余地が無い絶対者の存在を教える必要性と、
またそれを果たせる宗教の必要性。

こういうことだろ?

13 :考える名無しさん:05/01/23 05:45:38
>>12
宗教に限ったものではないが、大半の人間は、より道徳的に生きようと思えば自らのアイデンティティとなる存在が必要だということです。
宗教をそれにする人間もいるだろう。
また。武士は武士道という規範を作りそれをアイデンティティとした。そのようなあり方であっても良いだろう。

神やら武士道のような人生哲学はある意味、空虚な存在だと思うが、人が疑う余地のなき存在として精神世界に作りあげることも人間が道徳を守っていく上で必要なことであり。
学校教育でも教えるべきではないかと述べたのです。
戦前はそれは「お国」とか「天皇陛下」とかだったのですけどね。いまは日教組の方々によってその手のものは徹底的に否定されてしまったから

14 :考える名無しさん:05/01/23 05:50:06
>>13
神を人生哲学の内に含めてる時点で駄目だろ。
西洋における神という概念でラブレーは言ってるんだろうが、
人生哲学に収めるのは日本古来の考え方じゃないか?

15 :考える名無しさん:05/01/23 07:49:37
誰でも思うところのものがあってしかしそういった共通認識では推し量れないものがある。それさえわかれば戦争状態は起こり得ない。それを文学が担っているわけだけれど教育はそれを今後教えていくべきだ

16 :考える名無しさん:05/01/23 07:53:44
例えば良かれ悪しかれ虚偽の契りは自然な結びつきを生む。そして誰でも思いこみで飛び込んで観念とは違う対象を知って観念と現実の二重の他者がいることをしって現実と調和を測る

17 :考える名無しさん:05/01/23 11:25:33
全ての戦争は宗教戦争だという考え方もある
宗教は平和と戦争どちらも引き起こすんだよ
無いほうがいいんじゃないか

18 :考える名無しさん:05/01/23 12:32:18
>>14
欧米にも騎士道など模範とするべき哲学といのがあった。
人は絶対的な権威があって初めて自分のエゴを押さえることが出来る面がある

19 :考える名無しさん:05/01/23 12:34:15
>>17
宗教で戦争がおこった例は幾らもあるが、それだけで戦争が起こるほど単純なものはない
あってもそれは極めて短時間で終結する
全ての戦争の根底にあるのは経済的な理由だよ。
宗教とか民族や国家はその経済的な利益をより保持するための詭弁に過ぎない面がある。

20 :考える名無しさん:05/01/23 12:38:14
>>15
認識なんてものは、立場によってコロコロ変るものだ。
「正しい歴史認識」とか中韓やサヨク連中が盛んに言うけどね。歴史認識一つとっても立場や考え方によって違いが出てくるものだよ。
よく人類普遍の認識として人権を上げる人間もいるけど、この人権思想だって国によってかなりばらつきがあり共通認識など単なる夢想にすぎない
共通の認識とは共通の立場や共通の価値観を持つ相手との間で初めて成り立つものであり、それ以上のものではない

21 :考える名無しさん:05/01/23 12:41:47
>>18
今度は哲学を捉え誤っているよ。
騎士道は哲学じゃなくて、
一つのフォーム、形式にして、人生論の範疇。
だって
「何故槍が人に『刺さった』と言えるのか?」
「手袋を投げることが、手袋以上の意図を媒介できるのは何故か?」
といった哲学めいた世界じゃないでしょ。
まあ、哲学は信念や拘りを指す場合もあるけど、
あくまで通俗的意味合いであって、それは今は凄く関係ない。

22 :考える名無しさん:05/01/23 15:22:19
大事なことはみんなアニメが教えてくれた!

23 :二酉:05/01/23 22:11:13
>>1
(万人共通の)権威は必要ではないと思う。価値観が多様化する現代の社会においては
特定の権威を信奉させるようなやり方は批判される傾向にあるです。なので現在の学校教育では
従来の価値伝達型から価値創造型への授業形態の移行が模索されてるお(・∀・)
こちらの手法が一般的になれば、道徳の再評価もなされるんじゃないかという予感が自分はある。

ちなみに、現在の道徳教育の標準年間授業時数は35(週一回の計算)ですけど
↓を見た限りでは、それを充たすだけでもなかなか難しいです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/11/04110503/002.htm
私立の時数が少ないのは、道徳の時間を宗教にあてることが可能だからかな?
学校教育の中で教える哲学、と言う事は容易いけど、具体的にどういう指導を行うか、
発達段階に応じた問題意識・葛藤をいかに教材化し、将来的に「哲学的態度」を
とる事ができるような人間に涵養するかが最も大きな課題じゃないかなとか思ったり。どうでそ。

24 :二酉:05/01/23 22:16:46
>>23自己レス
一行目、必要でない、までいくとおかしいな。必要はあるんだけど、
最初から「必要だ!11!」って教え込むと、あとからその権威が失墜した時に
どうしようもなくなっちゃう感じ。また、それを鵜呑みにして育っちゃった時に
権威主義的になっちゃうのもちょっとどうかなと思う感じ。
現在の社会的に認知されてる権威が、弱者を食い物にしなけりゃ困りはしないんだけど
そうじゃないから、困っちゃうような感じ。

25 :考える名無しさん:05/01/23 22:21:00
そもそも多神教の日本では神という権威はどう権威でいられたんだ?
だから波風を避ける「和」にならざる得なかったのか?

26 :考える名無しさん:05/01/23 22:33:10
>>25
多神教と言えばキリスト・イスラム・ユダヤ以外のほとんどが多神教ですけど。
まあ、この三つの宗教で全世界の大部分の人間が占められているのですけどね。

27 :考える名無しさん:05/01/24 02:50:35
>>23
価値観の多様性は否定はしないが、しかし根っことなる部分はやはり共通のものがないと不味いわけでね。
それは何も特別なことではない
人を殺しては駄目、礼儀は守ろう、他人に敬意を払おう、盗みは駄目だ
社会生活の上で最低限守らねばならないモノだけは必要だ
そういうものはしっかり守らせる必要があり、それこそ「神」のような共通の権威も必要と思うのだがな

28 :考える名無しさん:05/01/24 03:01:03
道徳や思想はご家庭で教えるべきだ
ご家庭のレベルがそのまま国の道徳レベルになる
レベルが低くて困ったことになってもあきらめること
レベルが低くてもやっていけるシステムを作るほうを考えたほうがよい


29 :考える名無しさん:05/01/24 03:01:52
>>27
問題・葛藤に直面した際に、自分で考え、よりよい選択をしようという態度が育つので、
結果的に、自主的に社会生活で守らなければならないことを守るようになるんじゃないかな?
「大道廃れて仁義あり」の大道の部分が見えてくるようになるのではないかと期待する。

30 :考える名無しさん:05/01/24 03:08:23
悪人正機というからね

31 :考える名無しさん:05/01/24 04:40:59
>>28
本来なら家庭でやるべきことだがな。それを一歩進んだ分野はやはり学校しかないわけで
あるいはボーイスカウトのような組織をもっと広げて、そうしたNGOにその役目を担わすべきかも知れない

32 :考える名無しさん:05/01/24 04:42:30
>>29
最終的には自身の人生経験で決めるしかないが、学校はその場の一部を提供するためにもある。
また、討論などももっと取り入れるべきではないか?

33 :考える名無しさん:05/01/25 02:43:42
あげ

34 :考える名無しさん:05/01/25 18:14:16
すべての道は哲学に通ずる。
学生だった頃よくそんなことを考えてたもんだ。



35 :考える名無しさん:05/01/26 03:22:10
子供達が人生とは何か
生きるとは何か
それくらい考える機会を与えてやって欲しい

36 :考える名無しさん:05/01/26 12:04:28
ほぉ

37 :考える名無しさん:05/01/26 21:34:01
さしあたって皆が従うべき権威を示すことも必要だ。
基礎的な次元で価値観の判断に迫られているようだと
現実問題社会での生産活動が滞るからだ。

またしかし方法的懐疑の精神を養うことも必要であるように思われる。
テレビの言うこと、通説、風説等を簡単に信じる傾向
が強くなっているからだ。

どちらも哲学の科目の仕事になるだろうが、はたして
学校教育で両立できるのかな。



38 :考える名無しさん:05/01/26 23:05:57
いま般若心経を勉強中
心経の原文のサンスクリット語は、他の国では全て失われ
日本にだけ残っていたと死って驚きだな。
日本仏教の中では浄土真宗など一部を除いてほとんどの宗派では根源とされている経だけに
意味を調べてみると奥が深い。
子供にはこんな研究は退屈なだけだろうが、それでも時には考える機会くらいは与えても良いと思うが

39 :考える名無しさん:05/01/28 17:08:36
日本にはムラ社会という道徳規範が存在してるからいいの。

40 :考える名無しさん:05/01/28 21:08:10
>>39
最低限の道徳規範はどしても必要だよ。人間社会の秩序維持のためには法律だけでは限界があるのだからな

41 :おなかすいた:05/01/28 21:43:35
>>1
日本で宗教学教えたら日本は崩壊するよ、修身の裏「本当の事」
http://f54.aaa.livedoor.jp/~kakat/sub2.html
  アドレスが違って出る事が有ります直して見て下さい
天皇陛下バンザイばんざい、ははははh、、、、泣く

42 :考える名無しさん:05/01/28 21:51:36
池田大作にでも おしえてもらうか?

43 :考える名無しさん:05/01/28 23:07:56
>>42
池田大作とブンセンメは止めてくれ。

44 :考える名無しさん:05/01/28 23:15:33
民主主義の体制を取る以上は、よき市民を作り出すための教育は必要だ
よね。

45 :考える名無しさん:05/02/04 11:38:22
>>41
よく歴史論争とかしている人間に感じることだが「正しい歴史認識」とか「あの連中は嘘の歴史を教えている」とか
ともかく単純で断定的な発言を繰り返す連中ほど偏った歴史観や思想を持っている。
結局のところ「正しい歴史認識を持ちましょう」とか「現実を直視しましょう」とかは、「バカは余計なことを考えるな」と同義語であり。
その言葉を口に出す人間ほど、誰よりもその言葉に捕らわれ、自分が信じていることに疑いを抱いてはいけないとの強迫観念に捕らわれている。
まあ、宗教家が少々ムリな論理があっても「神」を持ち出して否定するのにも似ているな。
しかし歴史観や政治学の世界で、そのような偏狭を持つことは間違いであっても、道徳や倫理にはある程度、そのような盲目的な部分は必要だ。
悪いことは理屈抜きで悪い。そう言わねばならないことが人間社会には多いからね。
宗教教育や哲学を教えることはそこに意義があるのではと思ったりするよ

46 :考える名無しさん:05/02/04 11:40:38
はたしてそうかな。

47 :考える名無しさん:05/02/04 11:58:53
「あの連中は嘘の歴史を教えている」というのは、政治的な闘争の中で
の言語行為。「偏っている」と言っても聞く耳を持たない。

48 :考える名無しさん:05/02/04 11:59:41
いままで学校で何かが教えられたことがあったのか?

49 :考える名無しさん:05/02/04 12:40:38
何が言いたいの。普通の意味で「教えられたこと」なら、
あなただっていろいろあったでしょ?

50 :考える名無しさん:05/02/04 12:55:45
言論の自由がある社会で特定の権威を押し付けるのはムリ。

主だった哲学思想を科目に組みこむのはいいが。

51 :考える名無しさん:05/02/04 15:27:38

ご承知のように近代憲法は聖書を基に作られました。
しかし近代文明を取り入れていない部族(未開人)にも
宗教(神への儀式)的なものは厳然と存在しました。
原始時代から人間だけは何かを祭ったり怖れたり‥‥ルールを
決めて部族をまとめてきたのです。これは全人類の原型・
集合無意識的なものであるかもしれません。

ところで昨今の教育は「死後は無」であると教えています。
物理学的にも。極論をすれば宅間守に殺された児童も
死刑になった宅間も「同じ場所で平等に無に帰している」
という矛盾撞着が現れてしまいます。これを科学教育で
説明できない日本の学校あるいは文部省の苦悩は、世界では異質の
悩みと言えましょう。太陽が絶妙な位置に存在し、空気が
絶妙に存在し、雨が降り、タネが発芽し、食物になり、
動物が生まれ、排泄し、養分として土に帰す‥‥全部
偶然だと教えます‥‥そして地球にも寿命があり、太陽も当然
燃え尽き地球を飲み込みます。
この世で後世に語り継がれる偉業を残しても、犯罪者も、
みな平等に「無」になるという教え・・・・これは矛盾ですね。
自殺も殺人も「何故ダメなのか?」説明できません。
生きる意味を自ら否定しながら道徳教育を敢行する、という矛盾。



52 :考える名無しさん:05/02/04 15:53:10
「死んだあとどうなるか」なんて学校で教えてないよ。
それに「世界では異質の悩みと言えましょう」っていうのも違うな。
学校でどう教えようと、天国と地獄なんて、近代化された国の市民は
ほとんど信じてない。(アメリカ合衆国のような前近代的な国は除く。)



53 :考える名無しさん:05/02/04 15:55:29
>>51
おまいは「善人とは来世での見返りを合理的に計算する人間である」と考えてるのか?

54 :考える名無しさん:05/02/04 16:00:12
幼年期の教育は天国地獄があるっつう教えに傾くよな。
同級生が事故で死んだ小学生やらが葬式で
「天国で待っててね」なんて言う場面はよく見かけるが
「無に帰しちゃったね」っつう場面は殆ど見ない。

55 :考える名無しさん:05/02/04 16:02:09
天国とか地獄とかって、現世限定のエゴイストを来世込みのエゴイスト
にするための方便でしょ?

56 :考える名無しさん:05/02/04 16:05:42
「おまいもついに無に帰しちゃったな。ま、時間の問題で、俺もここに
参列してる他の香具師もみんなそのうち無に帰すんだが」みたいな弔辞
を読み上げる「断見教」の葬式があったら、それはそれですっきりして
ていいな。

57 :考える名無しさん:05/02/04 16:07:52
学校において、どう生きるかということを教える以上、
「死ぬ」とはどういうことかを教えるのも重要だな。
死から目を背けさせることが良しとされている風潮がある。

58 :考える名無しさん:05/02/04 16:23:26
どう教えるんだ? 教える教師の方が何を知ってるんだ?

59 :考える名無しさん:05/02/04 16:50:42
>>54
悪は報いを受ける。そのような強迫観念がある方が人間は社会ルールを守り易いだろう

60 :考える名無しさん:05/02/10 21:42:13
日本人の一部には、いまの世界は極めて平和で日本は過去を反省し、平和を訴えていれば戦争になっても誰かが助けてくれる
そのようなことを本気で信じているようだ。
他力本願の極みだな、彼らに自我というものを目覚めさす方法はしっかりしたメンタリティを確立する教育しかなかろう

61 :考える名無しさん:05/02/14 03:27:22
ネットを中心に広まる集団とまったく無視する集団
完全に二極化している

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