5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【闘う】真の平和を創設するために【平和主義者】

1 :考える名無しさん:05/02/03 19:31:01
真の平和を創設するには暴力(戦争)が必要だ。

2 :考える名無しさん:05/02/03 19:38:52
人類が滅亡すれば平和になるよ

3 :考える名無しさん:05/02/03 19:41:06
>>1
実質重複につき誘導

正しい戦争。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1087306810/l50

4 :考える名無しさん:05/02/03 22:50:56
正しい街は椎名林檎

百地浜も室見川もなあいあいあいあい

5 :考える名無しさん:05/02/05 09:41:28
平和って戦争に対する関係概念概念つーか、相対的な状態って理解でOK?

6 :考える名無しさん:05/02/05 14:21:52
平和の反対は混乱
戦争の反対は話し合い
byよしりん

7 :考える名無しさん:05/02/05 22:25:02
>>6
kova板逝け

8 :考える名無しさん:05/02/05 22:35:56
>>5
もちろん。平和=2つの戦争の間の休止期間。

9 :考える名無しさん:05/02/06 01:14:50
なんで戦争するの?

10 :考える名無しさん:05/02/06 10:33:10
思い付いたことを書き逃げする。

ヒロシマ・ナガサキの平和思想は、現在進行形で日本の平和観に大きな影響を与えている。
それは自衛隊の存在理由に懐疑的であり、憲法九条を尊ぶ。
それがどんなに内容空疎であれ、平和的解決を主張し、人が戦地で死ぬことを嫌悪する。
政府よりもNGOの活動を良しとし、国連に過大な期待を寄せる。

戦後の過程で、左翼的言説が脂肪のようにそれと一体化したため、その姿は様変わりしたものの、
その発想の原点には、想像を絶する世界史的な犠牲が横たわっているゆえ、
彼らが口にする平和、反戦の思想は、とても否定できるものではない。
私は彼らの思想に共感し、童貞のsex談義のような戦争肯定を軽視する。

11 :考える名無しさん:05/02/06 10:33:57
しかし、である。
その平和思想は、一方で重要なことを隠蔽してはいなかったか?
1945年以降の戦争・紛争について、この二つの平和都市は何をしてきたのだろうか?
原爆の恐ろしさを世界に訴えた。確かに、それは啓蒙として有意義であったかもしれない。
しかし冷戦崩壊とともに、核戦争の危機が薄らぐと、その主張も軽んじられてしまった。
平和都市は、地域紛争の時代へ突入すると同時に、その存在意義を失った。
それは時代が遺棄した。また、自己批判を忘れた平和都市が、それがために自壊したようにも思える。
ヒロシマ・ナガサキは、余りに国際政治に対して無邪気ではなかっただろうか?

また、国際貢献についても彼らは無知ではなかったか?
確かに、彼らとて、自分だけが平和であればいいと考えているわけではない。
国際貢献と聞けば、彼らはまっさきにNGOの名を挙げる。決して自衛隊ではない。
アフガンのときも、イラクのときもそうだった。今度のザイールでもそう言うだろう。
別にNGOを否定したいのではない。過大評価されているとは思うが、本旨はそうではない。
私の疑念はこうである。つまり、本当に派遣先の国のことを考えれば、
自衛隊もNGOも派遣するのが普通ではないのか?何故、「あれか、これか」なのか。理解できない。
これは反左翼陣営にも言えることであろう。


12 :考える名無しさん:05/02/06 10:38:51
このことは昨年のイラク人質事件の言説に顕著な例として現れている。
ヒロシマ・ナガサキ的思想は、つまり今では左翼言論なのだが、人質の一人、高遠さんの活動を紹介し、
自衛隊の活動がNGOの活動に支障をきたす場合があることを理由に、それは好ましくないと主張した。
一方で反左翼言論は、自己責任論から、自衛隊の活動のためにNGOの活動を非難した。
人質事件では自衛隊の撤退を要求された。そこから「あれか、これか」となるのだろうが、
自衛隊に高遠さんの代替はできない。反対も然り。
これを代替しなくていいという理由もないし、見殺しにできないと思う人がいるにも関わらず、
それを頑なに排除するのは、一種の敗北のように思われる。
これは左右陣営に対して言っている。

何が言いたいか。
ヒロシマ・ナガサキは既に死んでいる。それは思想として枯れている。
反ヒロシマ・ナガサキも同じである。自衛隊を支持しているから派手に見えるだけで、
その思考のあり方は同じである。

私達は何か思考停止に陥っていないか?とくに平和都市はそうではないか?
哲学スレらしいことを言えば、脱ヒロシマ・ナガサキが必要なのではないか。
それがどのようなものかは知らないけれども。


13 :考える名無しさん:05/02/07 02:32:00
左翼陣営を弁護してみる。

 自衛隊反対NGO賛成というのには次のような理由があるのではなかろうか。
 ・「自衛隊の活動がNGOの活動に支障をきたす場合があること」
 ・自衛隊の派遣が、ブッシュの戦争(≒平和への脅威)への賛同を意味するシンボ
  リックな意味合いを帯びており、これを認めることは、ブッシュの戦争を認める
  ことに加担することになるから。

細かいが、
>童貞のsex談義のような戦争肯定を軽視する。
「無視」はしない、とすると、「童貞のsex談義のような戦争肯定」にも
何らかの意義を認めているということかな。

14 : ◆tiLYgNekEI :05/02/07 23:33:30
書き逃げした奴がトリップつけてノコノコと戻ってきました。

>>13
最初の質問への返答
確かに、自衛隊の活動がNGOの活動を妨げる可能性はある。
しかしそれを理由に、自衛隊の撤退を主張するのであれば、それは過剰反応ではないだろうか?
何が起ころうと、双方が現地で活動することが不可能になるとは思えない、と言っている。

二つ目の質問への返答
左翼言論(=平和都市)が今回の戦争を認めないのは当然と思われる。
そもそも平和都市のスタンスでは、戦争は肯定不可能な現象として捉えられている。
この絶対平和主義は、それなりの根拠があるため、私は無碍には否定できない。
しかし、問題なのはまさにそのスタンスではないか?
前回のアフガン、今回のイラク、どちらも予想に反して成果を挙げている(報道によれば)。
イラクの件についての朝日新聞の社説は窮屈そうだった。
戦争=絶対悪、という構図では、どうも抜け落ちているものがあるのではないか?

別に戦争を賛美しろとは言わない。ただ、それと同様に、平和都市ももはや賛美できない。
ここに新しい考え方はないものだろうか?

最期の質問への返答
まあ、無視しても目に飛び込んできますから。
意義は認めていないですけれど、それは左翼言論も同様。

15 :考える名無しさん:05/02/07 23:55:46
>>14
>二つ目の質問への返答
・左翼言論=どんな戦争でも絶対反対 という認識に立った上でのそれへの批判としては、
 理解できます。ただ、今回のイラク戦争では、「正しい戦争」を認める立場からも
 反対の声が大きかったというのも事実だと思います。

>前回のアフガン、今回のイラク、どちらも予想に反して成果を挙げている(報道によれば)。
・結果に対する評価、ということになるでしょうが、数万人単位での死者と社会的混乱を
重視して、否定的な見方も大きいと思います。
 多分、仮に同じ戦争をもう一度やるかと聞かれたら、やるという人は少数だと思います。 

16 :#:05/02/08 23:49:50
>再返答
何事もそうですが、戦争の善悪を客観的に語ることは出来ません。
私が平和都市の言い分をある程度まで正しいと思うのも、
それは客観的な視点だからではなく、過去の経験から
あのように主張することがもっともだと思うからです。
それと同じ理由で、例えばイラクに住むシーア派の人間が、
政治的発言力を得たことを喜んでいるのであれば、
私はそれをもっともだと思いますし、非難される筋合いはないと思うのです。

ヒロシマ・ナガサキの思想は、戦争の多義性について語ることを放棄しています。
あるいは、その遺産、つまり原爆被害という経験を持っているがゆえに、
そもそも語ることが出来ないように思われるのです。
ここからして、〈平和〉都市を僭称しているように思われるのですが。

>二つ目への返答
戦争による犠牲と、その後に続く平穏とを比較計量することはできませんし、
平和都市は人命を何よりも尊びますので、計量自体が無意味なように思います。
仮に計量した結果がプラスになろうとも、平和都市は戦争に踏み切らないでしょうが、
それはそれで疑問に思うのです。

17 : ◆.P28K2n7SY :05/02/09 00:05:09
ぐはっ。#って……

8 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)