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絶対的な価値など存在しないのか

1 :考える名無しさん:05/02/15 14:47:53
「絶対的な価値など存在しない」
相対主義などとも呼ばれてますが、これがポストモダンの考え方だそうです。
絶対的な価値が信じられていた、モダニズム(近代合理主義)の崩壊以来、
僕たちは横並びの価値観の世界に放り出されたままです。
ここから抜け出すにはどうしたらいいんでしょうか?


2 :考える名無しさん:05/02/15 14:51:05
別に抜け出す必要ないだろ。

3 :考える名無しさん:05/02/15 14:51:27
最近、相対主義者多いよね。

4 :考える名無しさん:05/02/15 14:56:37
「絶対はあり得ない」という結論は、「無限に循環する」ので「絶対になり得ず」
成立可能です。

5 :重複につき誘導:05/02/15 14:57:49
>>1
以下で議論できますので移動お願いします。

あらゆる価値判断の基準は相対的なものにすぎない
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1095890418/l50

世の中に絶対なものは絶対にない
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1096912639/l50

6 :考える名無しさん:05/02/15 15:01:29
>>4
スレタイよく読め

7 :Joy:05/02/15 15:04:00
絶対的な価値観の存在をつくればいい
具体的でなくていいから、概念上そのような存在をつくる
そうすれば横並びの価値観をいろいろと縦に並べることができる
パズルゲームのはじまりだ

8 :考える名無しさん:05/02/15 15:08:57
命は絶対的な価値だと思うが


9 :考える名無しさん:05/02/15 15:11:13
実は元々価値観とは相対的なものなのだ。
近代とは、決定権を握っている一部の人間、組織、機関が、
自らに好都合な価値観を、客観的に導かれたように見えるように提示したものだ。

客観的なのは、決定の手続きであって、基本的な目的の設定ではないにも関わらず、
この全工程を合理的、科学的と呼んでしまうところが、批判されるべきモダニズムの欺瞞だった。

10 :考える名無しさん:05/02/15 15:11:53
>>6
重複判定はスレタイが一致している必要はない


11 :考える名無しさん:05/02/15 15:12:10
>>8
命の価値ほど相対的なものも無いと思うけど。

12 :考える名無しさん:05/02/15 15:12:57
>>10
重複判定?

13 :考える名無しさん:05/02/15 15:14:29
>>6
抜け出す必要が無いんです。
例えてみれば、リングに自分で目印を付ければいいんです。

14 :考える名無しさん:05/02/15 15:18:28
>>2
抜け出す必要ないのかなあ?

15 :考える名無しさん:05/02/15 15:22:58
>>14
「相対主義=横並び」と捉えるから、苛立ちを覚えるのですよ。

16 :考える名無しさん:05/02/15 15:27:25
科学とオカルトが等価値で語られるから、なんか大変らしいね。

17 :考える名無しさん:05/02/15 15:30:48
>>1
絶対性を批判している人たちや、相対性を標榜する人たちが、絶対性について絶対的な考えを持っている点を
批判して、彼らの立場も相対化すればよい。

たとえば、>>11みたいなのってもっともそうに見える人もいるんだろうけど、こういうのがいかにおかしいか批判できれば
抜け出せる。例えば、>>8は、「命は絶対的な価値<だと思うが>」と言ってるけど、>>11のように言ってしまう人間の
思考を批判すればよい。

「私は相対化する思考をする」と前提する人間が、相対性を指示したり、その内容を規定したりするとき、
絶対的価値を思考する(ペダンティックな言い方をすれば、欲望する)人間と、機能的に何も変わらない
言語上・意味上の位置づけを行っている点を、批判(イデオロギー批判)してやればよい。

18 :考える名無しさん:05/02/15 15:32:09
>>8は、「命は絶対的な価値<だと思うが>」と言ってるけど、>>11のように言ってしまう人間の
思考を批判すればよい。

>>8は、「命は絶対的な価値<だと思うが>」と言ってるけど、それに対して>>11のように言ってしまう人間の
思考を批判すればよい。


失礼。

19 :考える名無しさん:05/02/15 15:32:14
>>16
「相対的に比較して、科学の方にはるかに価値がある」とすればいいのです。
科学の方により価値を見出せる根拠は、ゴマンとあるでしょう。

20 :Joy:05/02/15 15:34:02
>>19
ゴマンもないだろ
モラル以外にあるとは思えないが

21 :考える名無しさん:05/02/15 15:35:50
>>17
それは方法論としては、いいかもしれないけど、
批判するだけじゃなくて、次の枠組みを示さないと。
全体主義があって、相対主義があって、次はどうなると思う?

22 :考える名無しさん:05/02/15 15:37:12
>>20
オカルトには、人を納得させるための努力が圧倒的に欠如してるよね。

23 :21:05/02/15 15:38:01
自分で書いて思った。
相対主義の人は進歩史観じゃないから、
次はどうなるか?っていう考え方を持たないんだ。

24 :考える名無しさん:05/02/15 15:38:08
念のため書いておくけど、>>8が仮に<だと思うが>としていなかったとしても、>>11の立場は崩せます。
なぜ崩せるかというと、>>8>>11は全体ではなく部分だからです。

全体(抽象)への言及は、部分(具体)であって全体ではないんです。全体への言及(具体)を全体という概念(全体)と
混同するところから、極端な相対主義(ポストモダン)や、絶対主義への道が、開かれるんです。
ちょうど、物質と精神を二項対立させて互いの優越性が何らかの論証により規定できると考えたりするのも、似たような
問題です。もちろん理屈はちがいますが。

25 :Joy:05/02/15 15:39:28
>>22
納得させるというか、何というか


26 :考える名無しさん:05/02/15 15:40:22
>>21
誤解をおそれずに言えば、私は今普通に前提されている相対主義が、実は絶対主義だと言っているのです。

私が勝手に言葉をつくってもいいなら、いまの相対主義は、絶対的相対化主義=一種の絶対主義であって、
相対的相対化主義=相対主義ではない、となります。

27 :考える名無しさん:05/02/15 15:40:23
「絶対的に大きな数字はない」からといって
「複数の数字の大きさは比較できない」ことにはならんだろ。

28 :考える名無しさん:05/02/15 15:41:37
>>24  >>8>>11は → >>8>>11も     また訂正。すみません。

29 :考える名無しさん:05/02/15 15:44:51
>>27
おもしろいね。でも、それはやっぱりちょっと違うな。
確かに相対主義でも、同じ枠組み(価値観)の中では比較ができる。
30cmと50cmはどちらが長いかは比べられる。
でも、枠組みが変わってしまって、30kgと30cmになると、比較はできない。

30 :Joy:05/02/15 15:45:14
>>26
だが、絶対的相対化主義をメタレベルで相対的相対化主義の立場から発言することは可能だ
そのような立場への反論は?

31 :考える名無しさん:05/02/15 15:45:30
>>25
オカルトは、宗教に比べてはるかに低劣な信仰と、科学に比べてはるかに低劣な理論(?)に支えられています。

32 :21:05/02/15 15:47:02
>>26
なるほど。でも、それは現在の話でしょ。
次に我々はどうするべきだと思うの?現在の形が理想的だと思う?

33 :Joy:05/02/15 15:47:08
>>29
重さと長さとどちらの枠組みが適しているかを比較することはできる
比較は一つの回答に収束しなくたってよかろう


34 :考える名無しさん:05/02/15 15:48:27
>>31
その説明じゃ駄目でしょ。低劣なっていうのが、もう。

35 :考える名無しさん:05/02/15 15:55:28
>>30
たぶん、あなたは私の言っている意味を理解できてないと思います。
「絶対的相対化主義をメタレベルで相対的相対化主義の立場から発言する」とは、
相対的相対化主義の適用下で成立する一事態に過ぎません。

>>32
次の話はもうしたんですよ。わかってもらえてないみたいですけど。

36 :21:05/02/15 15:57:28
>>35
ごめんなさい。わかんなかったです。どこの部分ですか?

37 :Joy:05/02/15 16:03:06
>>35
>相対的相対化主義の適用下で成立する一事態に過ぎません。
だが、そこで相対的相対化主義が絶対的相対化主義に優る点を挙げる必要があるのではないか?
また、そこで挙げられた点は絶対的相対化主義には何の反論にもならないのではないか?
この2つは共約不可能な関係なのだろうか


38 :考える名無しさん:05/02/15 16:04:38
>>35 わかってもらえてないからといって、わからない側(30・32さん)に責任があるというつもりはありません。
なぜかといいますと、私は、当面、30・32さんの立場を、私の立場をわからない立場として考えず、
彼らの立場であるとみなしているからです。「私の立場をわからない立場」なる立場はなく、
「私の立場を理解する前提で誤解すると論証できる」という事態ならありうると、私は考えます。

責任は、ある人が、ある人自身の立場の一貫性を守らないことや、ある人自身の立場を理由に
ある人以外の人の立場を否定したり、歪めたりした場合に問題になることです。

>>36
>>17-28あたりまでです。17で言えば、批判の対象となる立場を批判し続けられる立場が
次の立場です。24なら、24の見解を「徹底すること」が、次の立場です。現在の立場は、
(私の考えによればですが)徹底していない立場、です。26でしたら、相対的相対化主義を
前提して考えること、が、次の立場です。

39 :Joy:05/02/15 16:07:01
汎批判主義これが相対主義以降の新しい立場ということですね


40 :考える名無しさん:05/02/15 16:11:08
>>37
私は、相対的相対化主義とは、絶対的相対化主義者が自身について標榜している内容・規定を
徹底したものと捉えているのです。相対的相対化主義と、絶対的相対化主義の区別は、
言及の機能に対する意識や、表現への注意によってもたらされると考えています。

わたしが、「基本的に、彼は絶対的相対化主義者だ」というとしますと、わたしがそのとき考えている
ことは、彼が、絶対的相対化主義なる立場をとっていると見ているのではなく、彼は、相対化主義を
絶対化してしまうときがあるという意味で、そう発言しているのです。これでわからないなら、たぶんこの場で
あなたに納得してもらうのは、難しいと思います。私の立場は、経験的につかむところが大なので、
わかる人には、一発でわかると思いますが、わからない人には、一生分からないんじゃないかと思ってます。

41 :Joy:05/02/15 16:14:27
>>40
>相対的相対化主義と、絶対的相対化主義の区別は、
>言及の機能に対する意識や、表現への注意によってもたらされると考えています。

そうか、じゃあ、俺の解釈が誤りだったな
ファイヤアーベントはどちらに分類されるの?



42 :考える名無しさん:05/02/15 16:15:15
>>39
そうではありません。価値規定に関する批判主義は、必ずしも相対化の徹底を帰結しませんから。
今の社会が、まさにその実例です。批判主義が不十分であることは、この見方への正しい反論には
なりません。なぜかというと、批判主義は規定することを含むからで、わたしは、批判主義が規定を
ふくむことに対する見方の話をしているからです。批判が、批判が射程とする対象に対して、きちんと
まっとうされることと、批判の世界内への正しい位置づけに関する意識の問題は、全く次元のちがう
問題です。

43 :考える名無しさん:05/02/15 16:18:32
>>41
彼女が絶対的相対化主義だった例をあげることができます。彼女は、自身の立場を、哲学者として規定することを
拒否しましたね。こういう考えは、絶対的相対化主義的な思考です。理由は、そこで彼女は、彼女の立場を
哲学者としない、哲学者に関する規定を絶対化しているからです。これは、彼女が、この規定によってとる立場が
かなりの程度相対化を行っているといえるかどうかとは、何の関係も無い問題です。

44 :考える名無しさん:05/02/15 16:20:52
ありゃ、彼女になってる
彼です。

45 :考える名無しさん:05/02/15 16:21:47
ファイヤアーベントのことです>>44

46 :Joy:05/02/15 16:22:44
>>42、43
ふむ、ありがとう

ところで、行動の一貫性のようなものにはやはり価値があるということなのかな


47 :Joy:05/02/15 16:24:13
>>44
よかった、一瞬、ハンナ・アレントとかと間違えてるのかと考えてしまった
でも意味は通るから気にしなかったよ

48 :考える名無しさん:05/02/15 16:27:09
>>46
行動の一貫性については、それについて、具体的な状況のもとで(原始的な)責任が観念され、
それが、一般的に観念されて、抽象的な「責任(観念)」となり、それが一般的に承認されれば、
その承認がある事態のもとで、責任(行動の一貫性をふくむ)が価値化する(価値という機能を持つ)
というふうに考えます。

49 :Joy:05/02/15 16:27:40
>>46
もしくは、言動一致でもいいが



50 :Joy:05/02/15 16:32:13
>、それが一般的に承認されれば、 その承認がある事態のもとで

ありがとう
ここらへで終わりにしておく

51 :考える名無しさん:05/02/15 16:33:03
>>50
こちらこそ、どうもでした。

52 :考える名無しさん:05/02/15 20:15:42
一つだけ言えることは、絶対的価値観を主張する奴は皆、阿呆だってことだよ
自分の主張する価値観を信じ込んでいる奴は、必ず「正しい」とか「平和」とか主張する。
そして相反する価値観に対しては、適当な悪の印象をもって主張するのだよね
正しいと主張することで自分自身の主張を疑うことないように信じ込み、他人に悪とすることで人の価値観を否定する
このような人間が正義であろうはずがない

53 :考える名無しさん:05/02/15 20:17:58
地球は大事だろ、これは納得できないのか

54 :考える名無しさん:05/02/15 20:19:09
絶対的価値を信じてない人間が、
>絶対的価値観を主張する奴は皆、阿呆
だと言えるだろうか。
一体、何に従って阿呆な人間とそうでない人間を判断するのだろう。

>自分の主張する価値観を信じ込んでいる奴は
しているのは>>52自身ではないのだろうか。

55 :考える名無しさん:05/02/15 20:27:15
>>53
地球は価値じゃない。

56 :考える名無しさん:05/02/15 20:43:06
「幸福」が絶対的な価値じゃないの。


57 :考える名無しさん:05/02/15 20:54:03
安直な相対主義を信じることで自分が賢くなったように錯覚する香具師って、
相対主義に対する自分の妄信の方は疑わないんだね。不思議だなあ。

58 :考える名無しさん:05/02/15 21:00:25
>>57
それ全部このスレで言われてるじゃん。

59 :考える名無しさん:05/02/15 21:00:44
お金は絶対的な価値じゃないの?


60 :考える名無しさん:05/02/15 21:03:18
>>57
>>17からの議論読め

61 :考える名無しさん:05/02/15 21:23:27
アホ臭いから、ヤ〜ダよ。

62 :考える名無しさん:05/02/15 21:24:59
>>59
貨幣に価値があるっていうのは、元々人間によって、
定められたものだよね。つくられた価値観だ。
お金の価値は毎日変動しているし、
ハイパーインフレが起これば、お札もただの紙になってしまう。

お金の価値を信じている人は多いし、多いからお金は役に立つけど、
沢山の人が信じているから絶対的な価値というわけじゃないんだ。

63 :考える名無しさん:05/02/15 21:26:36
絶対的価値はないが、自分の価値観を軸にして物事を考える。

64 :考える名無しさん:05/02/15 21:28:03
>>63
>>17の言う、相対的絶対主義っていうやつだね。

65 :考える名無しさん:05/02/15 21:28:34
おまいら、「絶対的価値」って、どういう意味で使っているんだ?

66 :Joy:05/02/15 21:33:22
>>65
客観的価値
人間の意志に義務を与える存在ってところか


67 :考える名無しさん:05/02/15 21:34:34
>>65
他の何にも依存せずに、それ自身で成立する価値のことかな?

68 :考える名無しさん:05/02/15 21:44:07
>>66
「絶対的」を「客観的」に言い換えてもしょうがないだろ。w
義務だったら、「プロ意識」とか「愛国心」とかでも与えてくれるぞ。w

69 :考える名無しさん:05/02/15 21:45:48
>>67
他の目的のための手段ではなく、それ自身が目的となるものということか?

70 :Joy:05/02/15 21:47:52
>>68

じゃあ>>69でもいいよ
>>69と同じことを想像していたからな

ところで、愛国心やプロ意識からなぜ義務が発生する?
義務の発生は客観的価値の存在が不可欠に思えるがね

71 :考える名無しさん:05/02/15 21:53:24
やっぱり「幸福」じゃないの。

72 :考える名無しさん:05/02/15 22:00:14
幸福って価値なのか?

73 :考える名無しさん:05/02/15 22:06:19
絶対的な価値を探すより、絶対主義、相対主義の他の
第三の可能性を探すほうがおもろい。

74 :考える名無しさん:05/02/15 22:14:52
>>70
その意味での「絶対的価値」はそれぞれの人によって違っているかもしれないが、
それでいいんだね?

75 :考える名無しさん:05/02/15 22:17:32
> ところで、愛国心やプロ意識からなぜ義務が発生する?
> 義務の発生は客観的価値の存在が不可欠に思えるがね

愛国心から「国防の義務」が生じてこないかね?


76 :Joy:05/02/15 22:17:48
>>74
>>69の考えでは、人それぞれに違いはしないよ

義務の根源ってどこにあるんだろうね

77 :Joy:05/02/15 22:18:58
>>75
>愛国心から「国防の義務」が生じてこないかね?
生じないだろ

ない論証はできないから論証よろしく


78 :考える名無しさん:05/02/15 22:25:08
>>76
> >>69の考えでは、人それぞれに違いはしないよ

何で? 最終的な目的としているものはすべての人で共通だ、と言える
根拠があるか?

79 :Joy:05/02/15 22:28:01
>>78
>>何で? 最終的な目的としているものはすべての人で共通だ、と言える

最終的な目的なんてみんなもってないだろ
宗教じゃないんだからw



80 :Joy:05/02/15 22:30:56
目的のための目的とは
手段として何かをするために目的となるものじゃない純粋に道徳的なものなんだよ
つまり「善い」という語が成立するためのものなんだよ


81 :考える名無しさん:05/02/15 22:31:05
誰にも「絶対的価値」などない、と言っているのか?
じゃ、目的・手段の系列はどうして生じるんだ?

82 :考える名無しさん:05/02/15 22:41:51
>>62
作られたものでもの、絶対的であるのは確かでないの。
絶対値は、人間によって作られた概念だけど、
人間が作ったものだから絶対というのはおかしい、
という人は居ないよ。

83 :考える名無しさん:05/02/15 22:51:35
金は物を買うための手段だろ?

84 :考える名無しさん:05/02/15 22:56:11
>>83
絶対座標も、位置や方向を測るための手段だけど、
手段だから絶対というのはおかしい、という人はいないよ?

85 :考える名無しさん:05/02/15 22:58:35
だから、どの意味で「絶対」という言葉を使っているのか、ちゃんと考え
ようと提案しているのだ。

86 :考える名無しさん:05/02/15 23:07:13
相対でないことでしょ。

いろんな基準があるのが相対的、
一つの基準から計るのが絶対的、
だから、お金は絶対的価値でないの?


87 :考える名無しさん:05/02/15 23:33:09
その意味で行っても、お金は絶対的価値ではなく、相対的価値の暫定的な
均衡といったところじゃないかな。

88 :考える名無しさん:05/02/15 23:38:00
お金に価値を置かない人もいるな。例えばさっさと自殺するやつ。そういう人にとってはどんな価値も意味をなさない。


89 :考える名無しさん:05/02/15 23:39:50
んじゃ死ぬことに価値があるんでないの?

90 :考える名無しさん:05/02/15 23:48:36
>>87
なんで?
0円から始まる以上、絶対的であることは明白だと思うけど。

91 :考える名無しさん:05/02/15 23:52:02
ドルとか円とかユーロとかいろいろあって、暫定的な均衡として相場が
決まってくるのだし、物との交換の場合もそうだろ? どこが絶対的な
のさ?

92 :考える名無しさん:05/02/15 23:52:18
>>87
円相場とかで量に対しての価値が変わるから。

93 :考える名無しさん:05/02/15 23:53:27
16秒差だったか・・・(´・ω・`)ショボーン

94 :考える名無しさん:05/02/15 23:54:38
どんな通貨でも、0から始まっている以上、
絶対的な価値でないの?

相対的であれば、所持金300円の状態から、
300円使っても、文無しにならない人がいるということになるんでないの?


95 :考える名無しさん:05/02/15 23:56:57
>>94
おまいの「相対的/絶対的」の基準はよくわからん。w

96 :考える名無しさん:05/02/15 23:59:41
>>95
>>86
では何が不足?

97 :考える名無しさん:05/02/16 00:01:26
不足とか何とかいうことじゃなくて、「0から始まるから絶対的」って
のがさっぱり分からない。おまいの考えでは、視聴率なんかも0%から
始まるから絶対的なのか?

98 :考える名無しさん:05/02/16 00:04:21
>>97
「0から始まる」というのは、
0という「一つの基準」から始まるということだから、
十分 >>86 の絶対の条件に適合してるはずだが、
なぜ何が納得できんの?


99 :考える名無しさん:05/02/16 00:05:44
>>97
君の論理だと、(0,0)という一つの基準(原点)を持つというだけでは、
絶対座標を絶対というのはおかしい、ということになる。

100 :考える名無しさん:05/02/16 00:34:32
「絶対的な価値」というときの「絶対」と、「絶対座標」の「絶対」が
同じでなければならないのかい? 

101 :考える名無しさん:05/02/16 00:37:04
0というのは「有と無」の問題でしょう。
「有と無」なら価値観が一致してなくても語れるよ。
問題は「どちらが上でどちらが下か」という比較のもんだい。
こんな簡単なことに騙されてるなんて、おまいら哲学板にいる資格無し。

102 :考える名無しさん:05/02/16 00:42:59
>>100
それらは、何か、違うの?

>>101
>0というのは「有と無」の問題でしょう。
まったく違います。
基準が一つか、複数あるか、ということです。


103 :考える名無しさん:05/02/16 00:48:37
>>102
はあ?
そりゃ「お金」という価値基準の中に、基準が一つしかないってことを言いたいわけ?
どんだけ間抜けなこと言ってるかわかってる?
そりゃ「世の中お金しかない」と思ってお金だけを見れば絶対的な価値基準になるに決まってるだろう。

104 :考える名無しさん:05/02/16 00:51:02
おまいの場合0から始まる数で表したら全部絶対的になるんだろ?
分からんなあ。「あなたの幸福度は0〜100で表したらいくつ?」
なんていうアンケートの答えも「絶対的幸福度」なんだろうなあ。w

105 :Joy:05/02/16 00:52:21
XY座標はマイナスもあるもんな


106 :考える名無しさん:05/02/16 00:54:51
一人阿呆が釣れましたwwwwwプゲラッチョ

107 :考える名無しさん:05/02/16 00:55:22
>>103
「世の中お金しかない」と思うか思わないかは、まったく関係ないですね。
「お金」という価値が、一つの基準を基点として計られる価値だから、
絶対的な価値、だといっているのです。
「美しさ」や「おいしさ」や「おもしろさ」といった価値とは、
この点でまったく異なります。


108 :Joy:05/02/16 00:57:42
0という数字があるかどうか、使用されているかどうかではなく、相対的な比較を行うには絶対的な基準の存在そのものは不可欠ということだろ
それが何かは分からなくても、比較するためにはそのような存在そのものを設定せざるをえない


109 :考える名無しさん:05/02/16 01:00:48
で、それが「お金」か?w

110 :考える名無しさん:05/02/16 01:01:05
>>107
そういう意味での「絶対的」はこのスレで扱ってる絶対的とは違うぞ。
別のスレでやってくれ。

111 :考える名無しさん:05/02/16 01:11:53
>>110
どう違うのですか?
この点についての具体的な説明が一度もありませんが。

>>86
の定義は、このスレの定義と、どういう点で違っているのですか?

112 :考える名無しさん:05/02/16 01:18:20
価値そのものの価値については皆不問にしているようだな。
>>1の言う程度の相対主義にポストモダンなんぞ持ち出す必要はないよ。

113 :考える名無しさん:05/02/16 01:23:09
>>86の定義は間違ってない。
ただ考えるスケールが違うといってるんだ。
まだわからん?

114 :113:05/02/16 01:23:56
>>113>>111へのレス

115 :考える名無しさん:05/02/16 01:35:48
哲学について学びたい人のなかに、お金のことについて研究したい人が混ざってた、というところだなww

116 :考える名無しさん:05/02/16 01:36:01
@価値があるとはそれが快楽を与えるということである
A価値があるとはその対象を”価値がある”と考えると人間にとって気持ちいーものという意味である
B絶対的な価値があるとすれば絶対的であるために全ての人間がそれに価値があると考えていなければならない。
C言い換えれば全ての人間が気持ちいと思うものが絶対的な価値である
Dしかし人々はそれぞれ異質であって、何を快楽と感じるかは千差万別である
Eしたがって絶対的価値があるとしてもそれは人類の快楽の約数として存在するのである

117 :考える名無しさん:05/02/16 01:39:58
F”人類の快楽”といっても無論快楽の主体は生きた人間である
Gよって生きる人間にとって最も必要な快楽が快楽の最小公約数であるはずである
Hよって生きている人間にとって”生きる”という事に関する必要事項が絶対的価値であるはずである
Iよって絶対的な価値とは生命の保存、安全の保障である

118 :考える名無しさん:05/02/16 01:43:59
お金は相対的な価値観だよ。
資本主義下では、お金が絶対的な価値だと思い込むように
誘導されてるわけだけど。

もしお金が絶対的な価値観なら、
貨幣経済のない社会は存在しないはずだけど、そんなことはないよね。
物々交換をする自然経済というのもあるし、信用経済というのもある。

その中で、誰かが貨幣経済というスタイルを選択して、(この選択は合理的に行われたわけではない)
それが合理的なものに見えるように広めたんだ。


119 :考える名無しさん:05/02/16 01:45:21
1〜10が言えるとしても、結論として出てくるのは「自分の生命の保存、
安全の保証は絶対的な価値がある」だけじゃないか?

120 :考える名無しさん:05/02/16 01:45:43
するとある特定の鉛筆1本の絶対的な価値とはどういうことになるわけ?
100円しかないなら、お金を絶対的な価値基準としてもよいけどw。


121 :考える名無しさん:05/02/16 01:47:00
>>166
1からして間違ってると思う。
快楽を与えなくても生存に必要なものや、その他もろもろの価値があるものは沢山ある。

122 :考える名無しさん:05/02/16 01:47:03
鉛筆一本の絶対的な価値????

123 :考える名無しさん:05/02/16 01:47:37
>>121>>116宛て。

124 :考える名無しさん:05/02/16 01:48:03
>>121
うん、ああいう露骨な快楽主義は、ほとんど説得力がないね。

125 :考える名無しさん:05/02/16 01:48:50
だから、価値を持つものと価値そのものを別々に考えられねーんですかねえ

126 :考える名無しさん:05/02/16 01:49:40
>>120
きみは「絶対的な価値」をどういう意味で使ってるの?

127 :考える名無しさん:05/02/16 01:50:05
「価値そのもの」って・・・。もう滅茶苦茶。w

128 :考える名無しさん:05/02/16 01:50:59
>>110
まあまあ
お金の話は、価値とは何かということを考えるのには良いテーマだと思うよ。
お金のように「0」がある価値と「美しい」などの価値の違いは何?

129 :考える名無しさん:05/02/16 01:51:29
滅茶苦茶だと思うなら国語辞典ひいてみな


130 :考える名無しさん:05/02/16 01:53:18
>>128
さしあたり客観的に「量」に変換できるか否か

131 :考える名無しさん:05/02/16 01:54:20
>>119
Jしたがって自分の安全の保障が一義的な価値である
Kだが個人の安全は他人からの危害の防止が必要不可欠である
Lよって自己が他人へ攻撃しない事に対する他人の自己への危害の放棄という
報酬が二義的な価値として生じる
Mつまり相互への危害の防止は快楽の約数である
Nよって相互への危害防止は絶対的な価値である

132 :考える名無しさん:05/02/16 01:57:46
>>121
Aを見てみろよ
人間にとってそれを持つ事が気持ちイーもの以外に価値があるといえるものが
あるかよ。例えば敵に包囲されて潔く自決することに価値があるとしても
それはそういう風に考えるのが気持ちイーからこそ価値があると思っているんだろ

133 :考える名無しさん:05/02/16 01:58:23
突飛な例だけど、例えば、首長族がいるとするよね。
すべての首長族は、首の長い人を美しいと考えるとする。

このとき、首が長いということが絶対的な美だと言えるかというと、そうではない。
僕たちから見れば、必ずしも首の長い人間が美しいとは思わない。
首長族は、相対的な美の条件の中で、首が長いという価値観を選んだだけなんだ。

このとき、「首長族の中だけでは、首の長い人間には絶対的な美しさがある」
という言い方はできるだろうか?僕はできないと思うけど・・・。

134 :考える名無しさん:05/02/16 01:59:56
>>132
それなら、自己保存が一義的な価値というわけではなくなるな。

君のやる結論ありきの推論はちっとも推論になってないんだよ。

135 :考える名無しさん:05/02/16 02:03:13
>>132
俺は現に生きている人間にとっての最小公約数を延べている
死んで逝く人間など問題にしていない。そして死んで逝く人間に絶対的な
価値など果たして必要なのか?

136 :考える名無しさん:05/02/16 02:09:30
>>135
死んでいく人間は生きてます。
そして、我々人間は常に死につつある存在です。

137 :考える名無しさん:05/02/16 02:10:50
どんな人間でも力への意志から逃れることはできない

これこそが絶対的な価値だ!!

138 :考える名無しさん:05/02/16 02:15:42
力への意思って何ですか?
力を所有したいという意思ですか?
力ある者にすがりついておこぼれにあずかりたいという意思ですか?

ところで、力は物ではないですよね。
力って何でしょう?


139 :考える名無しさん:05/02/16 02:16:52
>>135
最小公約数? ねえ最小公約数?


140 :考える名無しさん:05/02/16 02:25:27
>>136
>我々人間は常に死につつある存在です。
死につつあるのであって死んでいるのではなく、つまり生きている存在なわけ
(ショーペンハウアーが言ってたと思うが自殺も生きんとする意志の倒錯した姿。
実際自殺者が生きようとする意志を放棄しているのかどうかは疑わしい。と言う事も
延べておく必要はあるだろう)

たとえば大いなる苦痛、それがなければ生きていけないようなものの損失による自殺
それらは”気持ちよく生きること”に反するからこそ生そのものを放棄するに値すると思われるのである
だが”気持ちよく生きる”にも”生きている事”が第一の条件、必要条件である。
よって生きると言う事それ自体が絶対的価値=快楽の公約数である事を否定する事にはならない

141 :考える名無しさん:05/02/16 02:26:18
>>139
ごめん酔っ払ってるもんで

142 :考える名無しさん:05/02/16 02:31:53
>>140
死にゆく人間のことなどどうでもよろしいという前言と、
そのよく分からん文章がどうつながるのか分からねえな。


143 :考える名無しさん:05/02/16 02:32:27
>>141
んん?いや最小公約数でいいな
人類に共通する快楽のうち最も根本的な快楽について延べているのだから

144 :考える名無しさん:05/02/16 02:33:40
最も根本的=最小?

どういう言語感覚だ?


145 :考える名無しさん:05/02/16 02:36:54
「快楽を得るための最低限の条件は、快楽を感ずるその時点で生存していることである」

これでようやくまっとうな言明になる。
快楽を得る条件と快楽を一緒くたにしてることが混乱のもと。

146 :考える名無しさん:05/02/16 02:37:56
>>142
>>141で言ったように現在泥酔状態なんで多少矛盾が生じるのはご容赦いただきたい

死に行く存在などどうでもいいとは言っていない
死んで逝く人間がはたして絶対的な価値を正しく捕らえているかどうかは疑わしく
しかも絶対的な価値が死にいく人間に必要であるかどうかは疑わしいと述べたわけ
また、どうせ死んでしまう人間の価値について云々しても始まらないという
実践的観点から述べたんだ

147 :考える名無しさん:05/02/16 02:40:19
>>146
つまり、死にゆく人間の価値観はどうでもよろしいと言いたいわけだね。
死なない人間がどこにいる?


148 :考える名無しさん:05/02/16 02:42:16
>>144
根本から演繹された共通点=諸約数
すると諸約数の最小は根本にいたる

149 :考える名無しさん:05/02/16 02:42:42
>>138
力とは価値観であり、
力を意志するとは、自分の価値観で人を覆おうとすること。
人は力を意志することにのみ価値を見出す

150 :考える名無しさん:05/02/16 02:46:02
>>148
小学生でも間違わない数学用語を捏造すんな。
最小公約数なんて言葉は存在しないんだよ。

だいたい「根本から演繹された共通点」って何だよw
演繹、共通点の意味分かってんのか?


151 :考える名無しさん:05/02/16 02:46:05
>>147
価値とは意志の問題
そして死なない人間がいないとは事実の問題
そして”死にたくない”や”死にたい”から生じる諸価値は意志の問題
事実と意志とをごっちゃにしてはいけない

152 :考える名無しさん:05/02/16 02:47:52
>>149
>力とは価値観であり、

初耳。 力に価値観という意味があったかな?
どんな連想ゲームしたんだ?

153 :考える名無しさん:05/02/16 02:51:12
>>113
抽象的すぎてよくわかりません。
もう少し具体的に説明してもらえませんか?

154 :考える名無しさん:05/02/16 02:51:31
>>150
人間に共通する価値が絶対的価値であるならば
その根本的な共通点を最小公約数と延べる事ができるんじゃねーのといってる
つまり数字の1
原理1から演繹され、人類の約数の一つであると思われる価値が見つかる
そのような諸約数の最小は1であるッつう事を言っている



155 :考える名無しさん:05/02/16 02:56:17
>>118
>もしお金が絶対的な価値観なら、
>貨幣経済のない社会は存在しないはずだけど、
その論理がそもそも理解できません。
お金が絶対的な価値であることは、
「貨幣経済のない社会」の存在をなんら否定していないと思いますが。

「お金は絶対的な価値である」が、どういう論理で、
「貨幣経済のない社会は存在しないはず」という結論につながるのですか?


156 :考える名無しさん:05/02/16 02:56:34
>>154
>人間に共通する価値が絶対的価値であるならば
>その根本的な共通点を最小公約数と延べる事ができるんじゃねーのといってる

諸事例を調べて一般的に言及可能な事柄を導き出すことを「帰納」と言います。
覚えといてください。

157 :考える名無しさん:05/02/16 03:04:40
>>151
>価値とは意志の問題

そうなんですか? 
君は、ある対象を見て「美しいと思おう」と意思してから「美しい」と判断しますか?
「気持ちいいと感じよう」と意思してから気持ちよく感ずるのですか?
生きようと意思してから生きるんですか?

君のいう「意思」の意味がよく分かりませんね。


158 :考える名無しさん:05/02/16 03:05:20
>>156
数字の1までは帰納法だよ。別に最小公約数といってどこが悪いの?
基本的に俺は約数的に絶対的快楽を捕らえているだ
また第一の原理=個人の安全の保障以降は演繹の手法によって約数を
求める

159 :考える名無しさん:05/02/16 03:08:44
>>158
因数分解で1をくくりだす馬鹿はいません。

不得意な算数とのアナロジーやめたら?

160 :Joy:05/02/16 03:08:52
>>157
多分その人は寝ているから俺がかわりに答える
「意思」の問題と「事実」の問題を区別せよということだと思う
「美しい」という判断は「美しい」と思う意思とは切り離せない
だから意思の問題の属するということではないかと
いかなる事実、対象に使用されている色やテーマの取り上げ方、描き方を記述しても
どこかで意思と関連する事柄について触れないと、美について語れないということだと思う

寝てる人ほど賢くないからこれぐらいで勘弁

161 :考える名無しさん:05/02/16 03:11:13
「美しいと思おう」じゃない、「美しい」と思うから美しいわけ
「気持ちいいと感じよう」ではなく気持ちいいと思うから価値がある=
気持ちいいと思うわけ
意志っつってるのは「〜しよう」と意識する事を言っているのではなく
「〜に感じる」「〜がいいなぁ」という事を言っているわけ


162 :考える名無しさん:05/02/16 03:14:14
うーん。難しいな。
例えば、剣術を極めようとしたとき、
修行を積んでレベルが上がってくると、
多分、相手の構えを見ただけで、強さがわかるようになる。

多分それを「美しい」と感じるだろう。
しかし、それを「美しい」と感じる感性は、
「強くなりたい」という意思から始まっているわけで・・・。

163 :考える名無しさん:05/02/16 03:16:40
>>161
feelやhopeを意思とは言わない。
意思は必ず行為と関係する。


164 :考える名無しさん:05/02/16 03:17:38
>>162
「強くなりたい」は意思ではない。願望。

165 :考える名無しさん:05/02/16 03:19:16
そもそもなんで相対的価値ってつけれるの?

166 :考える名無しさん:05/02/16 03:27:25
絶対的な価値が存在するかどうかなんて、語っても仕方ないのに。
>>50くらいまでは、絶対的価値と相対的価値を乗り越えたレベルの議論をしてたのにね。
レスが沢山つくと話のレベルが下がるなあ。

167 :考える名無しさん:05/02/16 03:29:42
これから166が高レベルなレスをつけるそうです


168 :考える名無しさん:05/02/16 03:31:30
>>167
まず、ログ読みなよ。

169 :考える名無しさん :05/02/16 03:50:16
脳の機能が絶対的価値です。
すべては脳の機能のなせる業です。
宇宙の存在も思考も脳の機能を絶対的価値とした前提でしか成り立ちませんから。

170 :考える名無しさん:05/02/16 03:56:41
安心したまえ。
君の頭が小砂利のように砕け散っても
宇宙はちゃんと存在するから。

171 :169:05/02/16 04:01:38
>>170
宇宙の存在を認識しているのは脳の機能です。
宇宙の実在は不確かですが、脳の機能は確かです。
だから脳の機能は宇宙より確実に絶対的価値です。

172 :考える名無しさん:05/02/16 04:06:08
我思う故に我あり?
確かさと絶対性は別物だと思うがなぁ

173 :169:05/02/16 04:08:24
「我思う故に我あり」は脳のなせる業です。
「我思う故に我あり」を成り立たせるためには脳の機能が絶対的価値である必要があるのです。

174 :考える名無しさん:05/02/16 04:09:38
>>171
>宇宙の実在は不確かですが、脳の機能は確かです。

馬鹿だなあ。 悪霊が脳の機能の幻影を吹き込んでるんだよ。
気付かなかった?


175 :考える名無しさん:05/02/16 04:12:38
>>171
ためしに君の頭をかち割らせてください。
それで宇宙が無くなったら君の説が正しいと認めます。


176 :169:05/02/16 04:14:09
>>174
「悪霊が脳の機能の幻影を吹き込んでる」と考えているのも脳の機能です。
「悪霊が脳の機能の幻影を吹き込んでる」を思考として成り立たせるために脳の機能が絶対的価値でなければなりません。

177 :考える名無しさん:05/02/16 04:15:00
絶対的な価値観が無いっていうのは、哲学史から見れば常識なのに、
どうして100年以上も前の思想のレベルまで戻りたがるんだろう。

178 :169:05/02/16 04:16:01
>>175
仮に私の頭をかち割って宇宙がなくなっとしても、
宇宙がなくなったことを認識するのは脳の機能です。
だから、脳の機能は絶対的価値があるのです。

179 :考える名無しさん:05/02/16 04:16:12
>>176
絶対的価値の使い方がおかしいよ。
どういう意味で「絶対的価値」という言葉を使ってるの?

180 :169:05/02/16 04:19:21
>>179
哲学のことはよく知らないので正しい定義付けは知りませんが、
「すべての根拠となるもの」のように理解しています。

181 :考える名無しさん:05/02/16 04:23:13
認識することが存在することの原因になると思ってるオカルティストがいるようですね


182 :考える名無しさん:05/02/16 04:24:39
存在しても認識する事ができないペシミストよりはましですとも

183 :考える名無しさん:05/02/16 04:29:11
>>182のような意味不明の日本語を見ると、この議論の行く末については
ペシミスティックにならざるを得ないなあ


184 :考える名無しさん:05/02/16 04:35:26
>>180
「すべての根拠となるもの」と絶対的価値では、
少しずれがある気がする。
全ての根拠になるのが脳だって言われれば、ああ唯脳論だなあと思うけど。
絶対的価値の場合の絶対は、相対の反対で、自立して成立できるものみたいな感じかな。
何にも影響されずに自立して成立する普遍的な価値。

あと、脳の機能は価値とは言わない気がする。

185 :考える名無しさん:05/02/16 04:37:38
オプティミスティックに些細な事を言うからですよ

186 :考える名無しさん:05/02/16 04:40:45
どこに全てがあれば一番しっくりくるかを考えると、人間の表面に全てが
集まっているとすればいいんじゃないの。それを内部で処理、外界にも世界がある。
つまり、寄生虫のような管が人間なのではないかと思われ、精神もね。

187 :考える名無しさん:05/02/16 04:42:04
>>184
そうね絶対とは、対となるものが無い(絶)という意味だからね。
absoluteだって、あらゆるしがらみ「から ab」「解放されている solute」という意味だし。

好き勝手に概念こしらえて自説を力説する人間を「ドグマティスト」と言います。

188 :考える名無しさん:05/02/16 04:54:04
今起きた地震にびびったことは絶対的価値だと思う

189 :考える名無しさん:05/02/16 05:13:43
理性がないわけではない

190 :考える名無しさん:05/02/16 09:57:42
「絶対的な」って形容詞がどうにも相対を含んじゃってる気がするんだが。

191 :考える名無しさん:05/02/16 12:44:38
近代の崩壊によって、進歩ですら否定されているんだよ。
正確には進歩だと考えられてきたものだけど。

例えば、君が賢い人間になりたいと思ったとする。
けど、これは難しい。
賢さの絶対的な判断基準などというのはないのだから、
賢い人間になったかどうかをどうやって判断するのだろう?
テストの点で?まさか。

また、君が賢い人間になれたと思っても、すべての人がそう思うわけではないだろう。
絶対的な賢さはない。
君は利口になったと思っても、前より理屈っぽい馬鹿になったと思う人もいるのだ。

結局は、途方に暮れるか、
賢さについて自分と同じ価値観を持つ人たちの中で評価されることを喜びとするか、
あとは、自分は賢くなっているんだと、自分で信じるしかないだろう。

賢さに価値なんてあるの?という問いも捨てきれないが。

192 :考える名無しさん:05/02/16 13:09:18
> 例えば、君が賢い人間になりたいと思ったとする。
> けど、これは難しい。

続きが気に入らん。賢い人間というのはどういうものなのか君が知って
いるとすれば、君はすでに賢い。賢い人間とはどういうものが君が知ら
ないとすれば、賢い人間になりたいという意志には具体性がない、がい
い。ポストモダンよりもプラトンの方が賢かった。w


193 :考える名無しさん:05/02/16 13:14:36
>>164
それらはどう違う?
というか、剣術の修行をしてある程度にまで到達した、
ということを見て「強くなろう」とする意思があった、
とみなすことはできない?

194 :考える名無しさん:05/02/16 13:15:20
いや、俺「美男子」がどういうものかは知っているけど、美男子じゃないよ。

195 :考える名無しさん:05/02/16 13:17:39
>>191
プラグマティズムを勉強しなされ。

196 :考える名無しさん:05/02/16 13:41:10
>>194
そりゃ、「美男子がどういうものか知る」と「美男子である」はまったく
別のことだからね。ところが「賢いとはどういうことか知る」と「賢い」
は独立していない。

197 :考える名無しさん:05/02/16 13:43:58
>>192
価値が相対化してくれば、そうやって自分の好みに自閉するしかないよね。

>>195
プラグマティズムを勉強してどうするの?
根底にある、「有効ならば真」という主張は、真ではないのに。

198 :考える名無しさん:05/02/16 13:46:23
>>191
つーか、近代は別に崩壊してないし、進歩も否定されてる訳でないんじゃないの?

199 :192:05/02/16 13:47:18
>>197
は? 


200 :考える名無しさん:05/02/16 13:48:46
>>198
そうなんだが、「近代は崩壊した!」と言ってないと元気がなくなる香具師がいるのさ。

201 :考える名無しさん:05/02/16 13:50:55
「各人がそれぞれの絶対的価値を求めて、開かれた対話を自由に
行えばよい。それでそれぞれの価値が一致しなくても、変化しても、
絶対的価値などないという結論になっても、かまわない。」
こういうのはやっぱり、相対主義なのか。


202 :考える名無しさん:05/02/16 13:54:23
それだと、絶対的価値に対する懐疑論といったところだろうな。
相対主義に含めるかどうかは、ひとによって判断が分かれるかも。


203 :考える名無しさん:05/02/16 13:57:22
>>197
>プラグマティズムを勉強してどうするの?

まず、
>賢い人間になったかどうかをどうやって判断するのだろう?
といった問題についての一つの見方を提供する。

>根底にある、「有効ならば真」という主張は、真ではないのに。
「有益ならば真」ってプラグマティズムとなんか関係あるの?
だから、「勉強しなされ」といっている。

とりあえず、何が真であるかわからないのは、
「真であるとはどういうことか」について、
あなた自身に定義がないからだ、ということを認識すべき。


204 :考える名無しさん:05/02/16 14:04:25
> 「有益ならば真」ってプラグマティズムとなんか関係あるの?

おまいがまず勉強した方がいくないか?


205 :考える名無しさん:05/02/16 14:06:06
「有益ならばとりあえず真ということにしときましょ皆さん」
くらいの意味じゃないのか。

206 :考える名無しさん:05/02/16 15:05:50
とういうか、それを「プラグマティズムの主張」としてしまうのは、
あまりにも大雑把ということ。
プラグマティズムを提唱したとされる学者は一人ではないし、
それぞれの主張内容は異なっている。
「勉強する」というのは、辞典をひいて、
そこに書いてある代表的な考え方だけ読むことではない。



207 :考える名無しさん:05/02/16 15:16:54
>>198
あなたにとっての近代って何のこと?

208 :考える名無しさん:05/02/16 17:20:33
「我思う、故に我あり」

というのは、正しいのか?

209 :考える名無しさん:05/02/16 17:30:10
「ここに思いがある」としかいえないという説もある

210 :考える名無しさん:05/02/16 18:02:00
「我思う、故に我あり」は大間違いもいいとこw

思おうが思うまいがおまえという人は存在する。
成立させるには

我の定義を「人間」とせず、「思う人間」とするしかないが、
それだと強引過ぎ、詭弁、詐欺w !! 

211 :考える名無しさん:05/02/16 18:03:24
虫歯が痛くて
「我痛む、故に我あり」でも同じのように思える。

212 :考える名無しさん:05/02/16 20:14:10
とりあえず「我あり」の実現は生き物にとっての絶対的な価値だろ。


213 :考える名無しさん:05/02/16 20:40:33
絶対的な価値じゃなく、あるのは自分を完全に騙せる価値基準。
一生信じていれば、生きている間は、絶対的。


214 :考える名無しさん:05/02/16 20:48:40
>>212
私的なものを価値って呼べるかな。

215 :考える名無しさん:05/02/16 20:49:51

なんにも思わない石ころは 存在しないのか?


216 :考える名無しさん:05/02/16 20:53:04
どういう文脈でそれが言われたのかを知らずに、
「我考える、故に我あり」っていう言葉だけを取り上げてるのがバレバレの
ずれた書き込み多すぎ。

217 :考える名無しさん:05/02/16 20:57:41
でも、少しでも疑わしいものを全部除いていって、最後に
絶対疑えないものとして残ったのが「考えている」なんだろ。
別に「怒っている」でも「痛い」でも、同じだと思うがな。
それらが疑わしいなら、「考えている」だって疑わしいような。
「悪魔が考えているかのように欺いているのだ」って、言えないか。

218 :考える名無しさん:05/02/16 22:12:14
>>214
私的じゃないだろ。結果的に人間を含め生き物共通の活動規範なのだから。

「我あり」の実現≒自己保存とか自己複製 (自己の範囲は状況によるが)
は絶対的な価値と考えていいのでは?
「我思う」も「神思う」も「悪魔思わせる」も結局は
「我あり」の実現のための手法の一つに過ぎないだろ。

219 :考える名無しさん:05/02/16 22:40:31
絶対的な価値など存在しない
よって思考停止ってのが
現代思想の現状

220 :考える名無しさん:05/02/16 23:20:12
このスレ建てた人と考えだふるナカマ ナカマ(´・ω・`)

221 :考える名無しさん:05/02/16 23:24:04
絶対的な価値を認めることが思考停止


222 :考える名無しさん:05/02/16 23:27:02
絶対的な価値を追求したのが哲学の歴史だとすれば
絶対的な価値が存在しないということが判明すれば
哲学は思考停止(というか中断)に陥るだろう


223 :考える名無しさん:05/02/16 23:53:19
思考停止って言葉の使い方を間違えました
正しくは思考中断ですね

224 :考える名無しさん:05/02/17 00:05:52
人間にとっての絶対的な価値は普通に人間の存続だろ。
強欲にも、人間が消滅した世界でも通用するような価値が欲しいのか?
それが存在しないのなら思考停止(中断)?
なんか釈迦のまえで宇宙がどうやって誕生したのかを知るまでは
思考停止だって言ってた奴と同じじゃないか。
何千年たっても人間てこんなもんなのな。

225 :考える名無しさん:05/02/17 00:11:50
そう。人間は変わらないよ。
知ることが出来ないものに対して思考なんてできっこないんだから

226 :考える名無しさん:05/02/17 00:15:38
しかも、人間の存続は
絶対的な価値じゃない。人間のなかには自分が人生全うできれば
それでいいって奴だっているんだから

227 :考える名無しさん:05/02/17 00:26:11
人生全うって響きはいいけど中身は?

228 :考える名無しさん:05/02/17 00:26:56
生きてから死ぬまで

229 :考える名無しさん:05/02/17 00:33:05
長生き?

230 :考える名無しさん:05/02/17 00:34:54
>>226
>自分が人生全うできれば それでいい

それも人間の存続のための有効な手法の一つだろ。
種、群、個体、遺伝子、転写される物質のうちの
個体に注目してるってことだけだし。

231 :考える名無しさん:05/02/17 00:38:17
人間と人類を間違えましたよ。
人間の中には自殺する人もいるからねえ。
しかも自殺の理由に
種の保存が存在するかどうかなんてわかりっこないし

232 :2501 ◆C24hL2JS8g :05/02/17 00:40:42
【【【 クスクスクス 】】】

233 :考える名無しさん:05/02/17 00:43:57
>人間にとっての絶対的な価値は普通に人間の存続
自殺する人間はどうなのよ

234 :考える名無しさん:05/02/17 00:45:47
自殺も遺伝子レベルで見れば存在手法の一つと言えるよ。
自分が死ぬことによって助かる人が存在するなら
ちゃんと採算がとれるケースは普通にある。

235 :考える名無しさん:05/02/17 00:49:35
そんなこと、どうやって分かるんだい?
自分が死ぬことで助かる人が存在する
そんなことを考えながら自殺する人間がおるんかい?

236 :考える名無しさん:05/02/17 00:51:57
>>235

現実が嫌だから自殺するんだもん皆大体そう思ってるんじゃない?

237 :考える名無しさん:05/02/17 00:52:32
では世界で自分一人だけになって
自殺するケースはどうよ?
そんな状況、架空だけど

238 :考える名無しさん:05/02/17 00:54:40
自分が死ぬことで助かる人が存在する
それと現実が嫌になって自殺することに何の関係が?
別に現実が嫌だったら助かる人の存在なんて
念頭に置いてないのでは?

239 :考える名無しさん:05/02/17 01:09:05
全部が全部
種の存続のために存在してるってのは
都合のいい妄想だろ

240 :考える名無しさん:05/02/17 01:18:44
自殺って人間を特別な存在だと思いたがる人達の最後の砦だったりするよな。
問題が問題だから現実じゃ指摘できないけど、ここなら言える。
あんなもん生き残り戦術の一つでしかない。
自殺した方がその個体の遺伝子コピーの存続にとって有利な場合が確実に存在する。
だからこそ自殺する。 
人間の存続が絶対的な価値って言う範囲から半歩も踏み出してはいない。
って言うか、どんなに粋がっても、結局、
人は  自分達の存在が良いことだ と言う絶対的な価値から
踏み出せないように設計されてるんじゃないか?

241 :考える名無しさん:05/02/17 01:22:53
知るか。そんなの推測の域を出ないだろ

242 :考える名無しさん:05/02/17 01:45:35
絶対的な価値って言うのは自分達の存在を保証する確実な手法のことでしかないのな。
結局、そこらへんの犬や猫その他の生き物と同レベルだ。

243 :考える名無しさん:05/02/17 01:57:45
哲学者が追求したのは
結局それだったのか?

244 :考える名無しさん:05/02/17 07:44:24
いつの時代も 金 の価値は絶対的。古代から現代までココまで価値の変わらないものは珍しい。
紙幣なんて紙くずみたいなもんだからな。

245 :考える名無しさん:05/02/17 11:50:36
>>240
子供がいない人だって、自殺するぜ。

246 :考える名無しさん:05/02/17 13:59:17










    自分の死は ヒトのせいにできない











247 :考える名無しさん:05/02/17 15:30:46
あんた、スペース取りすぎ!
さっきから注意してるだろ…

248 :考える名無しさん:05/02/17 15:34:08
>>246
でも、その通りだ
自殺も事故死も、死ななくとも「心の死」もすべて、自分だ

249 :考える名無しさん:05/02/17 15:38:09
>>247 1行で済むものを2行も盗るな!

250 :考える名無しさん:05/02/17 15:39:45
地震で死ぬのは自分のせいではあるまい
基地外に殺されるのも自分のせいではあるまい

251 :考える名無しさん:05/02/17 15:40:16
ごめん(TT)
でも>>248 は、どマジメだ

252 :考える名無しさん:05/02/17 15:43:44
>>250
それも自分のせいだと、皆さんおっしゃっていますが。

253 :考える名無しさん:05/02/17 15:44:24
>>250
それも必然。
もはや、あなた方の「哲学」では、全く追いつかない。

254 :考える名無しさん:05/02/17 15:45:33
「必然」なら、「自分のせい」ではないと思われる。

255 :考える名無しさん:05/02/17 15:51:41
なんだかんだいっても、
絶対主義が支配した時代なんて一度もないんだよね。
世界はずーっと相対主義。
絶対王政のことを絶対主義って呼んだりするけど、
あれは意味が違うし。

256 :考える名無しさん:05/02/17 15:54:07
自分が呼び寄せるから「必然」だ
「意識」する・しないに係わらず。

左脳(頭)でいくら考えても分からないよ
だから、追いつかない。

257 :考える名無しさん:05/02/17 15:56:26
「必然」に身をおいた「自分のせい」だ。

258 :考える名無しさん:05/02/17 15:57:50
頭以外の部分で考えることはできないと思われる。

259 :考える名無しさん:05/02/17 15:59:18
>>256
今時右脳とか言ってんですか?w15年古いっすね。

260 :考える名無しさん:05/02/17 16:01:14
>>257 全くの見当違いだね(失礼)

>>258 アヤラシキの先にあるものも勉強されてください。

以上

261 :考える名無しさん:05/02/17 16:01:52
つまりね、「自分」が存在しなければ、「死ぬ」ことはできないわけよ。
存在しないものは死にようがないからね。
だから、自分の存在が「必然」だとしても、死ぬことは「自分のせい」。
「ああ、存在しなければ死ぬこともなかったのに」。


262 :考える名無しさん:05/02/17 16:02:09
>>259 論外だ

263 :考える名無しさん:05/02/17 16:03:33
>>261
半分正解 明るく生きましょう!
また!

264 :考える名無しさん:05/02/17 16:04:22
あーすごいなー右脳パワーは、左脳の100万倍だー。www
左脳と右脳の働きを分けて考えるのは、もう喝破されてるんすよ。

265 :考える名無しさん:05/02/17 16:07:30
>>260 錯覚は解決にならない

266 :考える名無しさん:05/02/17 16:11:32
>>260
>>265
お前ら、自分と考え方が似てると思う哲学者誰よ?

267 :考える名無しさん:05/02/17 17:31:55
哲学者は一人も知らない、ごみんねw 作家なら漱石。

268 :考える名無しさん:05/02/17 17:37:20
>アヤラシキの先

イヤラシキ

 (アイウエオ順)

269 :考える名無しさん:05/02/18 12:30:50
相対主義が蔓延するのは、
絶対的なものがあると主張する人が、非論理的だから。
根本を辿れば「あるからある」としか言えてない。

270 :ジン:05/02/18 13:11:15
いまだに絶対的な価値とか言ってるバカがいるのか?
逝けよぼけ


271 :考える名無しさん:05/02/18 13:36:00
こいつ、バカをぼけだって。
区別もつかないくせに(笑

272 :考える名無しさん:05/02/18 13:39:14
絶対的価値があるって思ってる人の話を聞いてみたいよ。
このスレにはまだいないみたいだし。

273 :考える名無しさん:05/02/18 13:41:47
その前に、「絶対的な価値」というのは具体的にどういうものなのか。

274 :考える名無しさん:05/02/18 13:42:04
おれは絶対的価値があるかどうか分からないなあ。
「絶対的価値はない」と言っているやつって、
知りえないことを知っていると断言してるだけの、ただの馬鹿じゃない?

275 :考える名無しさん:05/02/18 13:44:15
>>273
他に依存せずに、それ自身で成立する普遍的な価値

276 :考える名無しさん:05/02/18 13:46:54
>>274
俺は、知りえないことを知っていると断言する奴が馬鹿かどうか
分からないなあ。そんなことは知りえないことだよ。
自分のことを馬鹿だと言うのって、ただの馬鹿じゃない?

277 :考える名無しさん:05/02/18 13:48:02
↑芸のない鸚鵡返しだなあ。

278 :考える名無しさん:05/02/18 13:48:30
俺は芸のない鸚鵡返しかどうか分からないなあ。

279 :ジン:05/02/18 13:48:56
オマーラばかだな。
議論になってねーよ。
もう逝け。

280 :考える名無しさん:05/02/18 13:50:17
>>277
君は不可知論者を気取ってるだけで、偽者だったってことさ。
口では知りえないことには沈黙するといいつつ、
考えなしに知りえないことを断定して生きてる。

281 :考える名無しさん:05/02/18 13:53:45
>>280
まあ、何か言い返したい気持ちは分かるが、何も考えないで書くとます
ます泥沼にはまるだけだよ。w

282 :考える名無しさん:05/02/18 13:55:09
>>281
また自分のこと書いてる

283 :考える名無しさん:05/02/18 13:56:46
↑芸のない鸚鵡返しだなあ。

284 :考える名無しさん:05/02/18 13:57:31
結局、鸚鵡返しされるってことは、

285 :考える名無しさん:05/02/18 14:06:50
>>275
それは「価値」というものの意味と矛盾はしてないのかな。
例えば「赤い白は無い」というのは間違ってはいないけれど、
無意味だよね。
「価値」が意味として、「普遍でない」「他に依存する」を含むのなら、
同じようなことになるのでは?

ここでいう「価値」とはなんだろう?

286 :考える名無しさん:05/02/18 14:24:00
他の価値あるものを実現するための手段として価値がある、って場合も
あるでしょ?

287 :考える名無しさん:05/02/18 14:26:44
>>286>>275じゃないお。

288 :考える名無しさん:05/02/18 14:27:44
例えば、早く移動する、という目的のためには、
乗り物の速度というのは価値がある。
でも、特定の目的を設定したら、普遍的とはいえないよね。

289 :考える名無しさん:05/02/18 14:28:06
あれ、デジャーヴュー? ・・・ともかく絶対的じゃない価値の例だね。

290 :考える名無しさん:05/02/18 14:28:45
>>288
その目的に普遍性がないなら、そうだろね。

291 :考える名無しさん:05/02/18 14:29:35
でも、目的を設定せずに価値が存在しうるかということ。
価値が必ず目的を必要とするなら、
「絶対的な価値は存在しない」は「赤い白は無い」と同様に無意味ということになる。

292 :考える名無しさん:05/02/18 14:31:26
速い車はスピードを出したい人には価値があるけど、
それ以外の人には価値があるとは言えない。
だから、速いことは車にとっての普遍的な価値ではないってことだね?

293 :考える名無しさん:05/02/18 14:32:32
>>290
「普遍性がある」は「普遍的である」の十分条件じゃないね。
特定の領域において広くあてはまる場合でも「普遍性がある」という言い方ができるし。



294 :考える名無しさん:05/02/18 14:33:03
>>292
そういうこと。

295 :考える名無しさん:05/02/18 14:33:10
>>291
その例えって成功してるの?いまいち分からんのですが。
「赤い白は無い」は、どういう意味で無意味なの?
当たり前のことを言っているからってことですか?

296 :考える名無しさん:05/02/18 14:36:40
ちょっとお聞きしたいが、絶対的な価値が「ある」場合と、「ない」場合で、
いったい何が違うというの?
絶対的だけど「小さい」価値と、相対的だけど「大きい」価値があったら、
どちらを選ぶのだ。それとも絶対的な価値は「大きさ」も絶対的なのか。
なら>>275の定義では不十分では。

297 :考える名無しさん:05/02/18 14:40:48
小さい価値大きい価値ってなんだ?
その大きさは相対的に決めてるの?

298 :考える名無しさん:05/02/18 14:41:37
>>295
つまり、「白」という言葉の意味する以上のいことを言っていないということ。
「価値」が(例えば)「特定の目的についての有効性」であるならば、
「絶対的でない」という意味が「価値」という言葉に含まれているわけだから、
「絶対的な価値は無い」は「価値」という言葉の示す以上のことを言っていないことになる。

299 :考える名無しさん:05/02/18 14:42:54








  絶対的価値とは 自己のことである








300 :考える名無しさん:05/02/18 14:45:05
「価値」=「有効性」
「絶対的な価値」=「他に依存せず、それ自身で成立する普遍的な有効性」

うむ、やはりあまり意味がない。

301 :考える名無しさん:05/02/18 14:56:01
有効性っていうのは、何らかの設定された目的を達成する上でのものだろ。
だから一行目の定義では、最初から「絶対的価値」が排除されてるんだよ。

302 :考える名無しさん:05/02/18 15:03:05
>>298
それは、価値というのは本来相対的なものだと受け取ってもいいの?

303 :考える名無しさん:05/02/18 15:03:13
【価値】
@何かをするのにそれがどれだけ役に立つかという程度。
A〔経済で〕財貨が人びとの欲望を満たす上に持つ重要度。

手元にあった「新明解国語辞典第4版」は、はなから
相対的な意味しか与えていなかった…
まあ、この手の問題に辞書はほとんど役に立たないが。

304 :考える名無しさん:05/02/18 15:14:11
哲学辞典で価値を調べたら、価値の意味を3種類に分けてるにょ。

1.好き嫌いなどの欲求・関心となる性質

2.好き嫌いに関わり無く、我々がよいとして承認し、実現すべきもの。
個人を超えた一般的な意味を持つ性質。

3.ある目的の実現に役立つものごとの性質。

1が相対的な意味の価値で、2が絶対的な意味の価値だにょ。

305 :考える名無しさん:05/02/18 15:29:01
価値自体は、どうとらえようが他との比較の上に
成り立つ概念。
これに絶対性を持たせようと思えば、スレタイに
絶対的な価値とあるように、絶対を冠するほかない。

306 :考える名無しさん:05/02/18 15:30:28
要は「絶対はあるか?」の問いに等しいのよ、
このスレタイは。

307 :考える名無しさん:05/02/18 15:32:33
>>304
それに拠ると、絶対的な価値というのは、絶対的な性質の価値のことで、
相対的な価値とは、相対的な性質の価値のことなんだな。

308 :考える名無しさん:05/02/18 15:34:11
>>306
そもそもこのスレは、相対主義から抜け出す方法を考えるスレで、
絶対的な価値が存在するかどうかを議論するスレじゃないしな

309 :考える名無しさん:05/02/18 15:40:20
>>304
2.は、価値を多数決で決めようとする考え方だが
ナンセンスw

310 :考える名無しさん:05/02/18 15:41:21
多数が絶対などと誰が言えるよw

311 :考える名無しさん:05/02/18 15:42:47
>>309
「我々がよいとして承認し、実現すべきもの」が「価値を多数決できめようとする考え方」
に見えるのか? そりゃ、誤読だぞ。


312 :考える名無しさん:05/02/18 15:44:03
なんせ、個人を超えるものは複数〜集団〜全人類なわけだが
どれも単位は個人。
個人を無視して集団も人類もあったもんじゃないw

313 :考える名無しさん:05/02/18 15:44:46
>>304の2.の、実現す「べき」もの、というのが問題だな。
「好き嫌いに関わり無く、我々がよいとして承認し、実現するもの」
だったら、実際にそういうものがあるかどうか、調べることが
できるんだが。
結局、1.と3.(相対的価値)は「事実」だが
2.(絶対的価値)は「当為」の問題になってしまうんだよな。

314 :考える名無しさん:05/02/18 15:45:33
>>311
では個人を超えた←とはどういう意味だ?

315 :考える名無しさん:05/02/18 15:49:54
>>313
誰が実現す「べき」と思うんだ?
そもそも集団とか人類というものが
思うという行為をできるわけもないがw

「思う」のは常に個人だろ

316 :考える名無しさん:05/02/18 15:49:56
>>314
おまいの脳の中では、個人を超えた=多数決なのか?

たとえば、だれかが何かの事件の真犯人なのかどうかが問題になってい
るとしよう。そのとき、おまい個人がどう思うかとか、大多数の人がど
う思うか、などのことと、「そいつが本当に犯人なのかどうか」は別の
ことだろ?

価値についても同じで、客観的な価値というのは、個人がどう思うかと
か、多くの人がどう思うか、ということとはとりあえず独立だよ。

317 :考える名無しさん:05/02/18 15:51:35
>>316
価値は「誰の」ための概念なんだ?

318 :考える名無しさん:05/02/18 15:53:02
人を抜きにした価値を長々とやってたのかw?

319 :考える名無しさん:05/02/18 15:53:08
質問の趣旨がわからん。

320 :考える名無しさん:05/02/18 15:54:17
どの質問だ?

321 :考える名無しさん:05/02/18 15:55:13
おかしなこと言う奴を相手にすると、どんどん話のレベルが落ちるよ。

322 :考える名無しさん:05/02/18 15:57:45
>>304
2の意味の価値の概念をイメージできない人がいるのは驚きだ。

323 :考える名無しさん:05/02/18 16:01:00
客観的な価値が実在するのかどうかについては、肯定・否定のどちらの
説もあるけれど、実在すると信じる人は「価値」と言う言葉をその客観
的な価値を指すものとして使っているってことなんだがなあ。

324 :考える名無しさん:05/02/18 16:01:31
正直俺もよくイメージできない。
結局宗教でいう神様の意志みたいなものしかないような。

325 :考える名無しさん:05/02/18 16:02:42
>>324
昔はよく真・善・美って言われてたやつだよ。

326 :考える名無しさん:05/02/18 16:04:31
>>323
いや、>>304の3.みたいな意味の「客観的な価値」なら、あるんじゃないの。
疑問なのは2.の「絶対的な意味の価値」。

327 :考える名無しさん:05/02/18 16:04:49
簡単な話だろ。

まず、「絶対的な」はあるのか?
無いならこの話はそこでオワリだ。

絶対的ながあるなら、次に価値とは何か、価値は存在するのか
価値が存在するなら
「絶対的な価値はあるのか、無いのか」

そういうことだろw

328 :考える名無しさん:05/02/18 16:08:13
>>325
「真」はこの際関係ないんじゃないの。
「善・美」について相対的な解釈で済む部分を除いていくと、結局
プラトンのイデアみたいなものしか残らないような。

329 :考える名無しさん:05/02/18 16:11:56
>>327
で、あなたの出した結論は?

330 :考える名無しさん:05/02/18 16:12:37
>>327
>>308

331 :考える名無しさん:05/02/18 16:18:24
>>330
客観的な価値に関する反実在論を前提にして、いかにして価値に関する合意
を作っていくのかを議論したい、って言っているのか?

332 :考える名無しさん:05/02/18 16:22:14
>>331
それは、自分と価値観の違う人と分かり合うための方法を
議論したいのかって聞いてるの?

333 :考える名無しさん:05/02/18 16:25:07
>>332
分かり合うだけじゃなくて、共通の価値観を作っていく方法だね。

334 :考える名無しさん:05/02/18 16:26:42
>>329
絶対は物理的に堅くとらえれば、いまのところ「無い」。

でもそれじゃ、せっかくのスレ潰れちゃうw
そこで、「もし絶対があるとすれば」と前提をおくしかないが、

この世で誰もが絶対にたてまつりたいものがなにか?
と強引に考えをすすめてみると、

    「自己をおいて ほかにない」

すると絶対的な価値は、自己の中に存在するしかない
という結論に達する。

しかし自己のおく「価値」は相対的だから揺れ動き、
絶対とは言いがたい。

そうなると残るのは、そう考える「自己そのもの」のみ。
つまり結論は

   「自己こそが絶対的価値」

とならざるをえないw

335 :考える名無しさん:05/02/18 16:30:32
自己は価値だろうか?

336 :考える名無しさん:05/02/18 16:31:18
価値観の違う人と分かり合うためには、
「自分の持っているのは価値観であって、本当の価値ではない」
という認識を持つのが前提ではなかろうか。
そして
1.本当の価値は存在するが、自分はまだそれを知らない。
2.本当の価値などというものはなく、それぞれの価値観があるだけ。
どちらの考えを持つのが「分かり合う」のに有効か、というと、
1.は「本当の価値を見つけるために話し合いましょう」という感じ、
2.は「まあお互い干渉しないで勝手にしましょう」という感じ。
1の方がよさげだが、若干うざったいような気もする。
2の方は現実的な気もするが、発展的契機に欠けていて
「価値観の引きこもり」につながるような気もする。

337 :考える名無しさん:05/02/18 16:31:58
自己がピンと来なければ、

 「自己の存在」

または、

 「自分が生きていること」

と置きかえてもいいw

「あえて」いうと、それがゆいいつ「絶対的な価値」と
呼んでもいいものかな…と。

なお、これは譲歩案であるww

338 :考える名無しさん:05/02/18 16:33:44
>>337
自己を放棄して自殺する人もいるから、絶対的価値とは考えにくいよ。

339 :考える名無しさん:05/02/18 16:35:47
>>338
絶対的があるか? ←この議論に戻りたいんだね?
なら、答はすでに出てる↓

  「絶対そのもが無い」

オワリw。

340 :考える名無しさん:05/02/18 16:37:07
>>337
それだと、「人間二人食い物一人分」みたいなときに、解決不能
になるのでは。ちゅーか単なる「エゴイズム」にもなるような。

341 :考える名無しさん:05/02/18 16:37:30
自分が属している社会のドグマを疑う姿勢が必要だ。w


342 :考える名無しさん:05/02/18 16:38:11
ていうかそれ>>1に書いてある。

343 :考える名無しさん:05/02/18 16:38:43
>>340
うむ、少し掘り下げてみよう。

自己とはなにか?

344 :考える名無しさん:05/02/18 16:38:51
「人間二人食い物一人分」みたいなときに、解決不能にならないやり方があるのか?


345 :考える名無しさん:05/02/18 16:39:53
>>343
他のスレでやってください

346 :考える名無しさん:05/02/18 16:42:20
>>333
共通の価値観を作るのは、過去に逆戻りのような。
どうせなら、絶対的価値、相対的価値に続く、第三の価値を探すか・・・

347 :考える名無しさん:05/02/18 16:43:53
>>342
1に対する答は「絶対」の概念に「囚われない」ことしか無い。
価値はうつろうからこそ価値と考えるほうがよほど合理的w
古いのよ、ナンセンスなのよ、「絶対」ってw

だれも絶対を証明も「想像」もできないし、
だいいち多分求めてもいないだろうにw

348 :考える名無しさん:05/02/18 16:45:58
>>345
自己抜きで価値について語れると思うヤツがいるとは
あはははは !! 
いったい、いままで何を語って来たんだ?

349 :考える名無しさん:05/02/18 16:46:54
だいたい、モダニズム(近代合理主義)って、本当に崩壊したのけ?
世界中どこだって主流はモダニズムじゃないのか。


350 :考える名無しさん:05/02/18 16:47:17
>>347
あなたが書いてることって、
>>1に書いてある世界の中でうろうろしてるだけやん。

351 :考える名無しさん:05/02/18 16:48:02
>>349
何のモダニズムの話?思想?

352 :考える名無しさん:05/02/18 16:48:08
そんときゃもう一人を食うでしょ

353 :考える名無しさん:05/02/18 16:49:15
デザインの世界では、モダンデザイン再興ですよ。

354 :考える名無しさん:05/02/18 16:50:02
「人間二人食い物一人分」みたいなときに、哲学者ならどう答えるんだ。
たとえばカントなら?

355 :考える名無しさん:05/02/18 16:50:07
だいたいモダニズムって言葉が難しすぎる

356 :考える名無しさん:05/02/18 16:51:22
だからそんときゃ食うって!」

357 :考える名無しさん:05/02/18 16:52:12
カントも食うの?

358 :考える名無しさん:05/02/18 16:52:53
食う!食う!

359 :考える名無しさん:05/02/18 16:54:09
半分ずつ食うね

360 :考える名無しさん:05/02/18 16:57:04
>>354
カントは知らんけど、こういう話は、理想論だろ。

どういう状況かは知らんけど、
遭難でもして、食料が無くて、二人が助かる可能性を増やしたいとする。
だったら、二人が助かるために、より役立つ人が食べればいいだろ。
どっちもどっちなら、半分にして食うか、痩せてる方が食うって考え方もできる。
放っておいても死ぬなら、食わせないとか。

361 :考える名無しさん:05/02/18 17:00:35
ひとりを殺してから、ゆっくり食う。
また、そいつも食料にしてしまう!
・・・が本当の意味で現実的なのかなぁ?

362 :考える名無しさん:05/02/18 17:01:30
人食って生き残ると伝説になっちゃうよ。

363 :考える名無しさん:05/02/18 17:02:05
>>350
1の失敗は事実に立脚してないことだ。
おまえと同じよw

絶対的な価値を置くことは

 「価値が変動してはならぬ」

という自己規制をかけるに等しい行為。
それに1.もおまいらも気づかぬだけの話さw

価値って、置かれた状況や新たな条件の登場で
いくらでも変化するものだという事実を離れて
論じれるものじゃないだろw

364 :考える名無しさん:05/02/18 17:03:47
>>363
それはあなたが相対主義者ってだけの話じゃん。
絶対主義者は絶対的なものが存在するのが事実だと思ってるよ。

365 :考える名無しさん:05/02/18 17:06:26
>>363のように考える人もいるし、そうは考えない人もいる。
単なる価値観の違いだねw

366 :考える名無しさん:05/02/18 17:07:53






   事実は なにより優先する







367 :考える名無しさん:05/02/18 17:12:06
>>366
あるあるw

368 :考える名無しさん:05/02/18 17:14:51
>>367
詐欺? おまいやってたろw

369 :考える名無しさん:05/02/18 17:16:20
>>366
な?自分の持っている価値観を他人と共有できなかったら、
結局、自閉するしかないだろ?

370 :考える名無しさん:05/02/18 17:22:58
>>369
おまえ自閉症なの?

371 :考える名無しさん:05/02/18 17:25:39
>>369
事実より絶対的な価値を優先させようとする
おまえの姿は
いまだに天動説を唱えるアホに似てるw

一生、唱えてろw

372 :考える名無しさん:05/02/18 17:27:06
>>371
矛盾してるにょ

373 :考える名無しさん:05/02/18 17:33:55
>>372
頭の後ろみてみろ、煙出てるぞw

374 :考える名無しさん:05/02/18 17:37:21
他人と価値観を共有するのがいかに難しいかは、ここ(というか2ちゃん)
を見れば一目瞭然だわな。

375 :考える名無しさん:05/02/18 17:44:38
価値観の共有はしたい者同士すればいい。

共有は目的じゃなく結果なんだが、
どうしても目的にしたがって
人を困らせるヤツがたまにいるw

376 :考える名無しさん:05/02/18 17:47:48
>>375
でも、お互いに「間違っている」「矛盾している」「馬鹿」とか
罵り合っているということは、それらは「価値がない」という価値観を
共有しているということじゃないの? 
相手を怒らせるつもりで「馬鹿」と言ったのに相手が本気で喜んだら、
それこそ価値観を共有していないわけで。
本当に価値観を共有していない相手とは、罵り合うこともできないのではないか。


377 :考える名無しさん:05/02/18 17:48:37
間違えた>>374

378 :考える名無しさん:05/02/18 17:54:13
>>374
価値観を共有しようするのが
いかに無意味かよくわかったよ

379 :考える名無しさん:05/02/18 18:02:09
>>376
実際、価値観が違って、悪口が通じないこともあるよね。
論理実証主義者の中では「それは形而上学だ!」が最大の悪口だったらしいけど、
これはピンとこない。

380 :考える名無しさん:05/02/18 18:02:28
「絶対的な価値観が存在しない」ってのは絶対的な価値観じゃないのか?命題が矛盾を孕んでないか?

381 :考える名無しさん:05/02/18 18:05:59
命題は「絶対的な」を持ち出した時点、
つまりスレ出発の時点でとっくに破綻してるよw

ま、立てたDQNは必死に矛盾を押し通すしか
ないわけだが、ワロスw

382 :考える名無しさん:05/02/18 18:06:24
価値観を共有するんじゃなくて
自分なりの価値観があればいいんじゃないか?
他人と同じ価値観を持とうとするから
矛盾が嫌になったりするんだし

383 :考える名無しさん:05/02/18 18:07:26
>>381
おまえは哲学史を勉強せい

384 :考える名無しさん:05/02/18 18:10:24
>>379
そのうち「それは哲学だ!」というのが最大の悪口になる
時代が来るかも。

385 :考える名無しさん:05/02/18 18:10:57
>>381
絶対に絶対なんてことは無いという立場は矛盾してる。

386 :考える名無しさん:05/02/18 18:12:07
てめーらがしゃべってる絶対的価値なんざ
せいぜい人間に共有される価値の範囲内

387 :考える名無しさん:05/02/18 18:13:58
<<380
存在の有、無について絶対に「無」と言ってるのであって、それは価値観
ではない。。。んじゃない?矛盾概念と反対概念の違いというか

388 :考える名無しさん:05/02/18 18:16:17
>>376
決まった価値を設定して生きる人がいる事を考えれば
価値を論じることはそれなりに意味のある事だと思うけど、

だからといって自分もなにか絶対的なあるいは決まった
価値観を持たなければならないという事にはならない。

ましてや「価値観は共有すべきもの」と位置づけるなど、
自分と異なる価値観の者を排除せんとする対立の元。

そういう押しつけがましい連中が、いつも国家間戦争
や国内紛争の元凶をつとめるわけだが…
気付いてないんだろね、このスレにもいるようだがw

389 :考える名無しさん:05/02/18 18:18:29
絶対主義でも相対主義でもなんでもいいけど、
みんなは、同じ価値観の中では
ヒエラルキーが存在するって考えてるんでしょ?

390 :考える名無しさん:05/02/18 18:26:55
>>389
おいらはチョッと違うな。
価値判断はそれが必要なときに
その都度してる。

あらかじめあるのは価値観の
優先順位じゃなく、
得られる具体的利益の順序だな。

391 :考える名無しさん:05/02/18 18:36:17
PS:
具体的利益が得られた結果、あとで価値観に似たもの
が形成されることはあるように思うけど、

それがその後の自分の行動基準となることは無いな。
価値観が具体的利益を超えることは無いってこと。

392 :考える名無しさん:05/02/18 18:43:20
<<391
ようは常に物事かんがえろ、って事?

393 :考える名無しさん:05/02/18 18:44:23
いや、どうしろと言ってるわけじゃないよ

394 :考える名無しさん:05/02/18 18:47:40
>>392
あくまでおいらの場合を話してるだけ。
それをオカシなことのように言うのがさっきから
いたんですこし説明したっすw

395 :考える名無しさん:05/02/18 18:54:12
>>392
ものごと考えるときは先入観を一回はずして
目の前の現実、事実をありのまままず見るってこと。

〜観だの〜主義、〜論は捨てるw
「これ、自分にとって大事なことだな」と思えるもの
ほど、そうしてる。

そうやって選んだ結論や行動は悔いがないw
どうせなにが正しいかなんて、少したてば、また場所を
変えればコロコロ変わる。

そんな現実の中で決まった価値観はおいらの場合だけど
邪魔ってことさw

ましてや「絶対的な〜観」など自殺行為w

396 :考える名無しさん:05/02/18 18:55:36
現実に流されないというのは既に美徳とされる価値観なわけだが

397 :考える名無しさん:05/02/18 19:01:06
<<394
ああ申し訳ない。。この言い方だと価値観を押し付けられたみたいにですね
。。(それこそ絶対的に)すいません。
「価値観の
優先順位じゃなく、
得られる具体的利益の順序」
つまり既成の価値基準によって全ての対象に干渉するのではなく、
全ての対象をそれぞれ丹念に理解し、干渉する
ということですよね?それがまあ物事常に考える〜ということかなと

398 :397:05/02/18 19:01:58
あっ392です。。

399 :考える名無しさん:05/02/18 20:00:26
商品に価値を与えるのは有用性と希少性である。空気は有用だが、誰でも簡単に入手できるから価値がない。
ごみは、世界に一つしかない珍しいものであっても、有用性がないから価値がない。
では、有用性と希少性を統一的に表現するなら、どうなるのか。

有用性とは、欲望された目的の実現に対する貢献性のことである。
私たちの目的は、自己のシステムの維持・発展であるが、開放系のエントロピーを減らすためには、
それ以上のエントロピーを環境において増やさなければならない。
そのために有用な低エントロピー資源には、当のシステムにとって、価値がある。

希少性とは、需要に対する供給の不足であり、獲得困難性である。
商品が希少であればあるほど、獲得の不確定性(エントロピー)は増大する。
逆に言えば、この不確定性の否定である商品の獲得、労働者の観点からすれば、
生産には、エントロピーの大きさに応じたネゲントロピー(マイナスのエントロピー)があることになる。


400 :考える名無しさん:05/02/19 01:58:14 ID:??? ?
400

401 :考える名無しさん :05/02/20 00:34:24
  /\___/\
/ ⌒   ⌒ ::: \
| (●), 、(●)、 |    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|  ,,ノ(、_, )ヽ、,,   |  < やるじゃん
|   ト‐=‐ァ'   .::::|    \_____
\  `ニニ´  .:::/
/`ー‐--‐‐―´´\

402 :考える名無しさん:05/02/20 01:42:53
相対的な価値観が蔓延する世界で、全ての価値観に理解を示そうとすれば、
その人にとっての世界は汎神論的なものになるよね。
それに、その人は自然と分裂症的な人間になる。

403 :考える名無しさん:05/02/20 01:51:53
そこで竹田青じなんですよ

404 :考える名無しさん:05/02/20 01:56:57
で、竹田とやらは何といっているのかね?

405 :考える名無しさん:05/02/20 02:44:20
人間、エロが大事といっています。

406 :考える名無しさん:05/02/20 04:52:59
>>1
もういちどイデア論をたちあげる。
ってゆうかそろそろキリスト教から切り離す。
何千年利用されてんだまったく…。

407 :考える名無しさん:05/02/20 19:26:46
似たような対比って、いろいろあるよね。
スキゾフレニアとパラノイアとか。

408 :チラシ配布中:05/02/24 15:11:14
坐禅と見性 第十四章
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1108144172/
一粒の芥子、よく須弥山(しゅみせん)を隠す。
一掬(きく)の水の中に人魚たちが心ゆくまで踊る。
私は終日汝に相対していて、劫初以来会った事がない。
看よ、東山全嶺が水上を歩いている。
エックハルトの乞食の挨拶 「[朝な朝な好(よ)き朝です」。 雲門 「日々是好日」
扇を扇と呼ぶな、鋤(すき)を鋤と呼ぶな。
昨日は痛かったが、今日は痛くない。 さっきは泣きわめいたが、今は笑っている。
腹が減れば食い、疲れれば眠る。
雪がすべての山を白く覆うている時、なにゆえにあるひとつの山は覆われずにあるのか。
清浄の行者、涅槃に入らず、破戒の比丘、地獄に堕ちず。
我の知っている事を汝は知らず、汝の知っている事を我はことごとく知る。
大力の人がどうして彼の両脚を挙げることができないのか。
柱が毎日動き回っているのに、どうして私は動かないのか。
わたしは釈迦の出現以前からさとりの状態にある。 光あれと命ずる以前の神と共にあれ。

409 :ローカルルール審議中:2005/04/15(金) 10:27:59
>>399
権力、なんてものが当てはまるか

410 :bbs:2005/04/22(金) 19:14:20
もしも、価値観の全てを相対的に「肯定」することが現代思想なら、それから抜け出すには価値観の全てを「否定」するしかないでしょう。
しかしそれは「犯罪」とか「狂気」などといったものになるでしょう。
結局は普通の人は八方ふさがりです。しかし、現代社会は自然とその方向に動いています。
そうなると、社会がおかしくなってきたときに初めてまたなにかしらの絶対的なものの必要性が問われるのではないでしょうか。

411 :はじめ:2005/04/29(金) 03:34:03
まず「絶対はない」という理論は成立しない。「ない」と言い切る以上全否定なのだ
から全否定の中にはもうそれだけで絶対概念が含まれているからだ。
ゆえに絶対はある。
そして絶対概念はもうそれ自体が絶対的な価値であるのだから、
ゆえに絶対的な価値は存在する。


どうかな。


412 :考える名無しさん:2005/04/29(金) 21:38:45
age

413 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 04:56:44
絶対的な物はない。
全てには無限の可能性がある。

414 :はじめ:2005/04/30(土) 23:27:33
ある、といいきる限りは全肯定なのだから「絶対ある」といっていることになるのだ。
ゆえに絶対的なものはある。


どうだ。

415 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 23:51:14
kati

416 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 21:06:59
絶対的な価値と無価値とは
関わりがあるのだろう、その密接な
つながりから諸処の摂理が生み出されている
気がする

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