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★★ リアル(現実)とはなにか? ★★

1 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/02/26 04:02:51
現実という砂漠にようこそ
http://nakayama.org/polylogos/chronique/210.html
http://nakayama.org/polylogos/chronique/212.html

2 :考える名無しさん:05/02/26 20:13:02
2

3 :考える名無しさん:05/02/26 20:13:36
3

4 :考える名無しさん:05/02/26 20:15:09
4↑同時に連続書き成功

5 :考える名無しさん:05/02/26 20:16:05
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU ということ

6 :考える名無しさん:05/02/26 20:19:28
レッツゴー三匹

7 :考える名無しさん:05/02/26 20:23:07
なんだぴかか…

8 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/02/26 21:02:51
人は「ものそのもの」は認識できない。
人は言語として世界を見ている。
その意味するところは、イデア的な表層として現れてくる、ということだ。
「パラノイア的認識」であり、それは「死したもの」である。


9 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/02/26 21:08:02
そしてこの「死したもの」の世界は、まさにシミュラークルな世界である。
しかしそこには絶えず、ノイズが進入する。
その静寂をたえず破るものとして合われてくるもの。
それが、「リアル」という「ヴァーチャル」が
「リアル」として立ち会われるものである。


10 :考える名無しさん:05/02/26 21:08:59
それは・・・2ちゃんではないのですか?

11 :考える名無しさん:05/02/27 04:19:18
存在と私との関係における感情の発生

12 :考える名無しさん:05/02/27 08:58:25
現実は夢である。

13 :考える名無しさん:05/02/27 09:25:06
そして夢もまた現実のなかでみる。

14 :考える名無しさん:05/02/27 13:12:49
異義あり。
夢=現実

15 :考える名無しさん:05/02/27 14:15:45
('A`)<ピカシです・・・

('A`)<クソスレだけがリアルだとです・・・

('A`)<ピカシです・・・


16 :考える名無しさん:05/02/27 14:20:36
('A`)<ピカシです・・・

('A`)<「リアル」の綴りがわかりません・・・

('A`)<ピカシです・・・

17 :考える名無しさん:05/02/27 15:43:47
最近ヒロシの露出度って低くねエー?

18 :考える名無しさん:05/02/28 04:37:49

リアル在り

19 :考える名無しさん:05/03/01 14:35:02
なんだかなー。

20 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/02 22:44:06
リアルであると思わないほどのリアル=静的リアリティ
とは、無意識である。構造化された象徴界である。

リアルすぎて意識にあがってくるリアル=動的なリアリティ
とは、(有)意識そのものである。
象徴界へ進入する現実界(カオス)を象徴化する行為である。


21 :考える名無しさん:05/03/02 23:49:23
チビッとエンハンスだね。

22 :考える名無しさん:05/03/03 18:50:06
リアル界→法則・原理で成り立っている物質界。
バーチャル界→約束事なんて何もない意識のみの世界。空想、夢、ぴか〜の世界。

23 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/03 19:18:30
論理至上主義ですか

24 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/03 19:48:07
リアルであることとは刺激である
刺激がなければ人は生きれいられない
リアルを失い人は生きていけない
なぜなら人は止まると死んでしまうから、止まるとは死である


25 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/03 19:49:45
まなざしとは私がまだ生きている、リアルであることの確認である
だからまなざしがなければリアルはないし、生きていけない

26 :キキキ(2代目) ◆x/cQLuG.4c :05/03/03 19:49:52

ぴかぁ〜だ!

久しぶり(^Д^)

ぴかぁ〜専用のスレは消えたの?

27 :考える名無しさん:05/03/03 19:50:50
リアルであることとは感覚である。

28 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/03 19:51:57
他者の欲望を欲望するとはまなざしを求めることであり
私がここにいることを知ってもらうこと
そして私はリアルであることを確認するのである

29 :キキキ(2代目) ◆x/cQLuG.4c :05/03/03 19:54:55

ほら、

あのポストモダンがなんたらかんたら、ってやつ(^Д^)

30 :考える名無しさん:05/03/03 19:58:28
リアルとはなんである。アイデアル。
観念こそ実在する。


31 :考える名無しさん:05/03/03 20:18:36
存在しないというリアル。

32 :キキキ(2代目) ◆x/cQLuG.4c :05/03/03 20:34:53

チャック・リデル

(^Д^)

33 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/03 21:01:46
ポストモダンを単に発散過程とみるのは不十分である

34 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 03:44:59
本質は、発散自体ではなく、その発散がそこに担保されるのか、自己同一性はどこに帰着するのか。
それが問題である。「嗤う日本の「ナショナリズム」」で語られるシニシズムとロマン主義の共存、
ロマン主義的シニシズムには、発散と収束の共存が見られる。
これは、ボクのいう単独性/偶有性に対応できる。


35 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 03:46:34
テクノロジー還元主義者のボクが、テクノロジーからポストモダンを語れば、
情報量の増加は、自己同一性を解体する。様々な言説にさらされることによって、
私とはなにものであるかという確信は絶えず揺らぐことになる。
そしてこのゆらぎを如何に押さえ込むか、同一性を保つか、なにを信じるか、
自己をどの言説に確保するか、それが重要になる。
ということだ。


36 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 03:51:32
メディア論へと展開すれば、TVからインターネットへということだろう。

TVはまさに「TV的大衆像」というべき、「私」のモデルを提供してきた。
そして、80年代、さらなる情報量の増大により、「TV的大衆像」は
脱構築されることとなる。
それでもまだTV自身は、「TV的なアイロニカルな大衆像」によって生き延びることとなる。
ひょうきん族的なもののあとにも、「TV的なアイロニカルな大衆像」として生き残り続けた。

37 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 03:54:03
その後のインターネット、2ちゃんねるの登場では、
TV的大衆像/ネット的大衆像の差異化が生まれる。
2ちゃねらーとは、まさにTV的大衆像の対立で生まれている。

その意味で、TV的大衆像幻想は生き残り続けて、
それに対立することによって、2ちゃんねるは成り立っている。


38 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 04:00:11
これが、ポストモダン的発散/収束である。
2ちゃんねるという、価値を飲み込み解体する脱構築装置という
発散構造は、TV的大衆像幻想を担保にして、
その差異として「2ちゃんねるスタイル」として収束している。

あびる祭りの意味は、TV的大衆像幻想への攻撃、差異である。
祭りによって、発散しつづけるレスの中から、
不気味に収束した「2ちゃんねる的なもの」が自己組織的に立ち現れてくる。
それが、TV的大衆像幻想の差異化された、2ちゃんねる的2ちゃねらー像幻想であり、
「私」を獲得したという幻想である。

その像を立ち表そうと、「私」を獲得、「私」を共有すべく、
祭りは行われる。

39 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 04:01:15
TV的大衆像幻想を破壊するとき、リアルが生まれる。

40 :考える名無しさん:05/03/04 04:03:06
今がリアルだろ。

41 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 04:06:53
ホリエモンがフジテレビを「攻撃」するときに
TV的大衆像幻想から差異化された、
ネット的主体幻想の共有を見ているのか。
それこそまさにホリエモンの欲望の本質かもしれない。

42 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 04:09:02
青色発光ダイオードの発明者といい、ホリエモンといい、
テクノロジストの反逆が始まろうとしているのか?

43 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 09:24:31
よりテクノロジーが発達する、情報量が増大するという環境は主体を散乱させる
しかし問題は散乱するほどその反作用的要請として
収束への力が増すのである
その過剰が、オタクであったら、スタイルとしてのにちゃねらーだったりする

44 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 09:28:17
このポストモダン的発散とは、「なにが正しいなどない。好きなことをすればよい。そして好きなことをみつけなさい。夢をもちなさい」ということであり、
また収束への脅迫でもある

45 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 09:30:32
しかし重要な特徴は、テクノロジーの発展は環境ではあるが、
またボクたちは新しいこと、テクノロジーが好きだ、ということである

46 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 09:33:13
携帯電話は繋がりが目的化する、コミュニケーションそのものを欲望するといえるが
またコミュニケーションツール、新しいテクノロジーへの欲望である

47 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 09:41:57
ボクたちが新しいテクノロジーを欲望するのは
新しいテクノロジーが「リアル」であるからだ
進歩とはテクノロジーの発展であり、古いものを破るのもテクノロジーであり、すなわちたえずボク達にリアルを供給しつづけるのもテクノロジーである
それが近代の意味である

48 :哲子:05/03/04 11:14:56
>>47

IT(情報技術)がリアルタイム(即時)に映像・音声
などの情報を伝達可能となったからといって「現実」に
アクセスしているわけではない。情報はつねに仮想であり
イメージ(虚像)であるに過ぎないことを忘れてはいけない。
 

49 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 14:30:32
>>48
まさにリアルとはなにか、ですね
ボクたちの「リアル」とはすべてバーチャルである
ということがわからないと話は始まりません

50 :考える名無しさん:05/03/04 14:37:08
空腹はリアルだと思うがどのようにバーチャルなの?

51 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 14:43:23
すなわちテクノロジー情報はバーチャルであり、ボクらの認識がリアルでありという対立は存在しないのですね
すべてはバーチャルであるが、ボクたちはなにを「リアル」と感じるかという問題なのです

52 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 14:55:31
>>50
とてもよい質問ですね
生理的なものとリアリティはまさに密接です
しかしそれかリアルそのものであるか、ということにはいくつかの反論があります

53 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 15:04:21
より一般的なところではボク達が感じる痛みは、痛みそのものではなく、「痛み」という言葉である、ということです
タンスの角で足の小指を打つ、「痛い!」というときにすでに言葉に毒されている
すなわち過去の痛みが反復され、思考として処理されている
リアルなそのとき唯一の生理現象としてでなく、「痛さ」の意味が回帰し、理解している、ということです

54 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 15:12:07
そうすると回帰してくる「痛み」は過去の記憶(意味)と関係します
たとえば小指をだれかにかまれた。そのとき回帰する痛みはかつての情事で恋人に小指をかまれた記憶という痛さと切り離せないでしょう
というようなことです
これはジジェク的にいえば、想像的な象徴界となるのでしょうか

55 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 15:15:20
催眠術などはこのような無意識(言語)の回帰を操作し、
バーチャルに生理的なものを再現するのではないでしょうか

56 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 15:24:17
そしてテクノロジー的なリアルは想像的な象徴界操作として、働くのです

さらに象徴的な現実界というものがあるかも知れません


57 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 15:28:06
それは生理そのものの操作です
化学物質を投与する、あるいは頭を開き脳に刺激をあたえ
あたかも外傷による痛みを受けたように操作します

58 :考える名無しさん:05/03/04 17:12:06
フィクション(映画、ドラマ、小説)と呼ばれる類のものは、どうなのでしょう?
むしろ、それらは現実よりもリアリティをもって見る者に迫ることがありますね。

そして、逆に9.11のテロのテレビ映像などは、むしろバーチャルに感じた人のほうが
多かったと思います。
本来ならば、テロのほうが確実に「現実」のことであり、リアルであるはずなのに…

「現実」のほうが実感を持たずにバーチャルであり、作り事の世界のほうが逆に
リアリティがある、と感じる所以はなぜなのでしょう?
これは、過去の記憶(に回帰すること)と密接な関係があるのでしょうか?

59 :考える名無しさん:05/03/04 17:33:11
少なくとも9.11は劇画ではなかった。
犯人の顔が見えなかったからだ。

60 :考える名無しさん:05/03/04 18:19:05
リアル=全てを感じること 楽しむこと。

61 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 18:21:15
>>58
>現実よりもリアリティをもって見る者に迫る

げん‐じつ【現実】
いま目の前に事実として現れている事柄や状態。

リアル【real】
1 現実に即していること。また、そのさま。あるがまま。
2 表現に現実感・迫真感のあること。また、そのさま。写実的。

この場合、「リアリティ」とは2ですね。

現実(我いま目の前に事実として現れている事柄や状態)よりも
リアリティ(表現に現実感・迫真感がある)をもって迫ってくる。

62 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 18:27:29
>「現実」のほうが実感を持たずにバーチャルであり、作り事の世界のほうが逆に
>リアリティがある、と感じる所以はなぜなのでしょう?
>これは、過去の記憶(に回帰すること)と密接な関係があるのでしょうか?

過去の記憶と密接な関係があるでしょう。
NYテロを見たときに、過去の記憶=映画で見た崩壊的なスペクタクルが
回帰した、故にバーチャルに感じることができたということですね。

たとえば、ハリウッド的な映画はまさにリアリティ(迫力ある表現)を迫らせる娯楽ですね。
たえず過去の記憶を裏切らないと、同じものは飽きられてしまいます。
新たな迫力という商品開発です。
それで多くの記憶が蓄積された人々は、NYテロをみたときに、
映画よりも迫力あるものでなかった=リアリティがなかったということでしょう。


63 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 18:33:02
しかしボクは、NYテロをCNNで生中継で見ていましたが、
映画と比べものにならないリアリティを感じました。

そもそもリアリティとは、単にハリウッド的な視覚的な迫力だけでは
ありません。
もし仮に、NYテロを、ハリウッド映画よりもリアルでないと感じたのであれば、
「リアリティ」というセンスの開拓のされ方が、
ハリウッド的な、あるいはゲーム的な視覚重視の人が増えているのかもしれませんね。

64 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 18:40:23
たとえば、>>1において、ジジェクはむしろNYテロにリアルを見るのである。


晩期資本主義の消費社会で、物質のもつ重みと慣性の欠けた現実の生活を真似たでっち上げを作り出しているのは
ハリウッドだけではない。「現実の社会生活」そのものが、でっち上げのまがいものという特徴をおびはじめているのだ。
そして隣人たちは「現実」の生活の中で、舞台の俳優やエキストラと同じようにふるまっているというわけだ。

9月11日にニューヨークで起きたのは、これと同じような次元のことではなかったか。この町の市民は、目覚めて、現実の砂漠へと導かれたのである。
われわれが目にした崩壊するタワーの光景とショットは、ハリウッドがすでにうんざりとするほどみせつけてきた世界の破滅を描いた
巨大なプロダクションの作品を思い出させずにはいないのである。
・・・・メディアはテロリストの脅威にわれわれをうんざりさせるほど報道しているが、この脅威には明らかに、リビドーが備給されているのである。
『ニューヨーク1997』から『インディペンデンス・ディ』までを考えてみてもわかるだろう。実際に起きた考えられないことが幻想の対象なのだ。
ある意味ではアメリカ人が幻想してきたこと、まさにそのものが発生したのであり、これがアメリカ人にとっての最大の驚きなのだ。

65 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 19:04:57
晩期資本主義の消費社会で、物質のもつ重みと慣性の欠けた現実の生活を真似たでっち上げを
作り出しているのはハリウッドだけではない。「現実の社会生活」そのものが、
でっち上げのまがいものという特徴をおびはじめているのだ。
そして隣人たちは「現実」の生活の中で、舞台の俳優やエキストラと同じように
ふるまっているというわけだ。

9月11日にニューヨークで起きたのは、これと同じような次元のことではなかったか。
この町の市民は、目覚めて、現実の砂漠へと導かれたのである。われわれが目にした
崩壊するタワーの光景とショットは、ハリウッドがすでにうんざりとするほど
みせつけてきた世界の破滅を描いた巨大なプロダクションの作品を
思い出させずにはいないのである。・・・・メディアはテロリストの脅威に
われわれをうんざりさせるほど報道しているが、この脅威には明らかに、
リビドーが備給されているのである。『ニューヨーク1997』から
『インディペンデンス・ディ』までを考えてみてもわかるだろう。
実際に起きた考えられないことが幻想の対象なのだ。ある意味ではアメリカ人が
幻想してきたこと、まさにそのものが発生したのであり、
これがアメリカ人にとっての最大の驚きなのだ。

66 :考える名無しさん:05/03/04 19:17:50
でっちあげのまがい物であることを前提として、
だから死んだ方がマシだと思うのか、
それならそれで、この虚構に生きようと考えるのか、
そこが重要じゃないの?

67 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/04 19:33:58
>>66
>だから死んだ方がマシだと思うのか、
>それならそれで、この虚構に生きようと考えるのか、

これは思考のレベルのこと、判断ですね。
現実はすべてまがい物(ヴァーチャル)とは、思考のレベルの
ことではない、ということです。

だから、死んだ方がマシというような「幼稚な」議論とは
異なるのですね。

68 :50:05/03/05 09:59:30
>>52-57
言語が介在しなければ、あらゆる感覚や欲望はリアルではないのでしょうか。

漫画ですが、バガボンドの佐々木小次郎は、耳が聞こえない剣士として設定されています。
サリバン先生よろしく、教わった少数の単語以外は全部リアルでない生を生きている?
剣を振るう彼は、言語を介さない膨大なリアルを生きているようにも思うのですが・・

しかし、私個人としては、空腹は言語化されなければ空腹ではない感じも理解できます。
単になんだか気持ち悪い。その「気持ち悪い」ことすら言語によらなければ曖昧なままです。

流れと違うので下げます。
お返事ありがとうです。

69 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/05 18:46:03
>>68
バガボンドの佐々木小次郎は、言っていることも理解できない?

>単になんだか気持ち悪い。その「気持ち悪い」ことすら言語によらなければ曖昧なままです。

「痛み」という言葉を持たないものの痛みとはどのようなものでしょうか。
たとえば、言葉を知る前の赤ちゃんにとって痛みとはどのようなものでしょうか。
それが「痛み」でなるとはわからずに、それでも生理的な刺激として
立ち現れてくる。

70 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/05 18:47:11
どちらにしろ、言葉を獲得した人は、
痛さも、空腹も、言葉に毒されているということです。
その意味で、リアルはすべてバーチャルである、ということです。

71 :考える名無しさん:05/03/05 18:53:50

2ちゃん哲学板の旗手ぴかぁ〜の思考≒ボキャ貧の短絡思考

72 :考える名無しさん:05/03/05 18:55:40
現実に断ってよかったと思うよ。その現実も述語の影響があったからだ。
述語の影響が言葉を喋らせているのだろう。
この対象を扱っている述語はあなたにも言葉を喋らせているぞ、という事だろう。
述語は幅広い範囲を含む事が可能であるから、あなたにもその影響が出ていると
考えて間違いは無い。

73 :哲子:05/03/05 19:17:56
言葉は情報の表現手段であり現実ではない。
情報と現実は異なる。
忘れまいぞ。

74 :☆kiki+ki ゜Д゜♪(2代目) ◆x/cQLuG.4c :05/03/05 19:21:46

ぴかぁ〜も、

昔に比べて、発言がわかりやすくなったね(^Д^)

読みやすいよ(^Д^)

75 :考える名無しさん:05/03/05 19:23:52
反対に、どうしてあなただけ免れ得るのだろう。
この対象は述語である。その述語の性質に従い、あなたも述語である。
あなたが免れ得るためには、述語は既に与えられているのだから、
述語を否定する性質が内在しなければならないという事になる。

76 :考える名無しさん:05/03/05 20:45:03
俺はくしゃみをする時にわざわざ「ハークション」と発声する輩が嫌いだ。

77 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/05 22:10:03
>>76
おもしろいですね。
日本人は、「ハークション」に汚染されずに、リアルなくしゃみをすることは
できない。ということですね。


78 :☆kiki+ki ゜Д゜♪(2代目) ◆x/cQLuG.4c :05/03/05 22:42:23

いや、

普通は汚染されてないぞ(^Д^)

というか、みんなしてるの?(^Д^)

僕はそんな発声しないけど?(^Д^)

79 :考える名無しさん:05/03/05 22:56:26
>>61-65
回答、ありがとうございます。

「リアル」であることと、「リアリティ」があることとは、確かにまったく異なるものですね。
ハリウッド的な映画つまり、バーチャルな世界に毒されていたのは事実です。
わたしを含む友人たちのほとんどが「信じられない! 映画みたい」と繰り返して
いましたから。
起こり得るとは想像もしなかった現実を目の前につきつけられると、どうやら
拒否反応が起こり、認めたくないという心理がはたらいていたようです。

>この町の市民は、目覚めて、現実の砂漠へと導かれたのである。
バーチャルな世界からリアルに引き戻されるためには歓迎せざる「破壊」が必要
だったのでしょうか?

「破壊」という前提なしでリアルに生きるためには、他者の欲望、つまり、
まなざしを求めることであるならば、まなざしを求めない人はリアルには生きていない
ということになりますね。クールで醒めている人とか……。

また、人が言葉で毒されているものであり、ヴァーチャルなものであるとすれば、
リアルに生きるためにはそれらを破壊しなければならないのでしょうか?
その場合、「私」や、「言葉」はどこへいってしまうのでしょう?

80 :736:05/03/05 23:13:54
エドワード・ウエストンの写真はリアリズムを極めると
むしろリアルでは無くなるという事を良く示している
今、ウエストンの評価は「抽象的」というのが一般的だ

81 :736:05/03/05 23:15:48
現実とは想定されるものだ
想定されない現実は表面だけとなるだろう
リアリティーとは奥行きである

82 :736:05/03/05 23:23:21
あるいは複雑さであるとも言えるだろう
現実は常に揺らいでいる
現実という定義が変化し続ける
例え「現実は変化しない」という定義であっても。

83 :考える名無しさん:05/03/05 23:36:56
>>81
同意します。
創作する人たちはすべて、まさにリアリティーを出すために日々、
腐心していると言えるでしょうね。

>>82
>あるいは複雑さであるとも言えるだろう
>現実は常に揺らいでいる
そうですね。
刻々と変化しているのが、まさに今わたしたちが生きている現実の世界です。

事実は小説より奇なり、オウム事件のとき、また9.11テロ爆撃などが
その最たるものです。

84 :736:05/03/05 23:49:45
>>83
現代芸術はリアリティーを求めなくなったのでしょうか
なぜモンドリアンはあのような抽象画を描いたのでしょう

>刻々と変化しているのが、まさに今わたしたちが生きている現実の世界です。
いえ、私が言いたかったのは「まさに今わたしたちが生きている現実の世界」が変化し続けているというのではなくて
現実の定義…「リアル」ではなくて「リアリティー」が変化していると言う事です

85 :考える名無しさん:05/03/05 23:53:07

リアル に、理 ある。


86 :考える名無しさん:05/03/06 00:04:09
>>84

>現代芸術はリアリティーを求めなくなったのでしょうか
そちらの方面には詳しくありませんので、何ともお答えできません…

>現実の定義…「リアル」ではなくて「リアリティー」が変化していると言う事です
これは、わたしもちょっと興味があります。
質問なのですが
いかに現実に近づけるかではなく、むしろ逆に遠ざかっている、つまり
抽象化に走っているということなのでしょうか?





87 :736:05/03/06 00:14:56
>>86
どのようなものが「ハリボテにすぎな」くて、どのようなものが「深みがあって現実らしい」かが変化していると思うのです
抽象画とはもともと具体的なものが持つ本質を捕らえようとして描かれたのです
現実と真実(本質)は対義語となってしまうのでしょうか
しかし真実を求めている人は「リアリティー」を求めるはずです

質問の答えにはなってませんね…

88 :考える名無しさん:05/03/06 00:27:20

現実とは、腹話術師の動かない口唇である。

89 :考える名無しさん:05/03/06 00:39:08
>>87

いえいえ、とんでもありません。ありがとうございます。

>抽象画とはもともと具体的なものが持つ本質を捕らえようとして描かれたのです
これは、某スクールの講師から聞いた話なのですが、
ピカソはデッサンに命を懸けていたそうですね。
つまり、おっしゃるように「具体的なものが持つ本質」を描くために
繰り返し繰り返し練習したと思われます。その結果が写実ではなく、抽象画に
なった、ということです。

わたし個人の好みといたしましては、印象派と呼ばれるユトリロの作品が
好きです。あと、ピサロとか。写実的な風景画を描いた人たちです。

>しかし真実を求めている人は「リアリティー」を求めるはずです
抽象画にも写実画にも、おそらくその両者に「リアリティー」は見い出せるのだと
思います。残念ながら、わたしは抽象画について語る資格はないのですけれども…


(スレ違いの話になってしまいました。スレの皆さま、申し訳ありません)

90 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/07 11:25:32
確かに抽象画はよりリアルに、という試行錯誤ですね

91 :考える名無しさん:05/03/07 13:16:44
無意識が現実ですよ。

92 :736:05/03/10 15:35:25
映像の先には混沌しか無い
したがってイメージは必ず裏切る

93 :考える名無しさん:05/03/10 15:53:29
現実、それは、今、「私」の目の前にある世界、実際に見ている世界
けれどもそれは、「私」だけの主観でとらえている世界かもしれない

他者の視点に立ったなら、「私」が見ている世界とは異なるかもしれない
「私」がとらえた世界、「他者」がとらえた世界、
はたしてどちらが本物なのだろう…

94 :考える名無しさん:05/03/10 18:04:41
世界をとらえるのは「私」しかいない

95 :考える名無しさん:05/03/10 19:43:58
私は私の世界しかとらえられない。
私の知覚が私の世界の限界となる。

96 :考える名無しさん:05/03/10 19:55:15
私がとらえた限界の世界を越えていくことは
可能ですか?

97 :考える名無しさん:05/03/10 19:59:39
不可能です。

98 :考える名無しさん:05/03/10 20:02:12
肥えることは可能だよ。

99 :宮下聖也:05/03/10 20:06:12
世の中は金だ

100 :100:05/03/10 20:10:46
百 由美子


101 :96:05/03/10 20:13:01
>>97

やはり、不可能ですか…
では、わたしが美しいととらえた世界は、私の感じた世界の限界以上には
出て行けないということでしょうか?




102 :考える名無しさん:05/03/10 20:18:56
何故試す

103 :96:05/03/10 20:20:41
聞いてみたかったのです

104 :考える名無しさん:05/03/10 20:28:29
私の世界の限界を超えることはできないけれど
私の世界の限界は私の意志で拡大できる。

105 :宮下聖也:05/03/10 20:34:04
教師がよくお金より心だとゆう。そうなのだろうか

106 :96:05/03/10 20:36:06
ありがとうございます。超える、ではなく、意志の力で拡大ですね?

なぜ、このような質問をしたかといいますと
「生きている間に美しいものにできるだけ多く触れたい、見てみたい」
これがささやかなわたしの願いなのです。
そのことを話していたとき、「それは、あなたの世界から見てのことでしょう」
と言われました。
わたしは返す言葉がありませんでした。

わたしの世界の限界を超えて、何かを見ることは果たして可能なのか、
ずっと考えていました・・・

107 :96:05/03/10 20:37:52
あ、レス番号つけるの忘れていました。
106は104さんに対してです。

108 :考える名無しさん:05/03/10 20:54:29
230 名前:その1 投稿日:05/01/21 23:43:19
哲学者の夢

ある哲学者が、こんな夢を見た。まず最初にプラトンが現れた。
そこで、その哲学者はいった。「あなたのすべての哲学について、
15分ほどで概要を教えてくださいませんか?」
哲学者の驚いたことに、プラトンはわずか15分のあいだに、
膨大な量の事柄を凝縮した、見事な解説をしてくれた。
しかし、あることを哲学者が反論すると、プラトンは
答えられなかった。論駁されたプラトンは消えてしまった。
次にアリストテレスが現れた。だが、このときも同じことがおこった。
アリストテレスに対する哲学者の反論は、
プラトンに対するものとまったく同じものだった。
アリストテレスもこれには答えられず、結局消えてしまった。
続いて、古代、中世、近代から現代にかけての歴史上の
著名な哲学者が夢のなかに次々と現れた。
しかし、この哲学者は同じ反論を唱えて、全員を反駁することができた。
ついに、最後の人物であるデリダが消えたあとに、
この哲学者は独り言をいった。
(続く)

109 :考える名無しさん:05/03/10 20:56:16
「わたしはいま眠っている。これが全部夢であることも知っている。
それでも、わたしは、すべての哲学者に対する普遍的な反論を
発見したのだ! 明日、目を覚ましたら、この反論を
忘れてしまっているかもしれない。それでは人類にとって大損失になる!」
彼は超人的な精神で自分の目を覚まさせ、
夢遊病のようにして机に駆けつけると、その普遍的な反論を書きつけた。
そしてベッドに飛び込み、ほっとして再び眠りについた。
翌朝目を覚ますと、彼は机に駆け寄って、
自分が何と書いているかを確認した。
すると、そこには次のように書いてあった。


「それは、あなたが勝手に言ってるだけでしょう!」
 



 「天才スマリヤンのパラドックス人生」(講談社)より一部改変
これを思い出した。哲学ジョーク集スレより引用

110 :96:05/03/10 21:21:01
>>108-109

引用文、ありがとうございます!
真剣に読みつつも、最後の決め台詞に爆笑してしまいました。
そうですか、そういう手があったのですね。
あのとき、「それは、あなたの世界から見てのことでしょう」と
あまりにも堂々と自信たっぷりに言われたもので……

>「それは、あなたが勝手に言ってるだけでしょう!」

これを言われたら誰だってひとたまりもないですね。さすが哲学板です! 

世界の美しさを感じ取る「主体」は、あくまでもこの「私」なのですよね?
それは「私」の主観に過ぎないと言われても、当然のことだから
当然ですね。(あれ? 何か日本語おかしいかなあ…)

このようなリアル(現実)があるとは、素晴らしいですね!




111 :考える名無しさん:05/03/11 09:41:21
現実とは、いっさいの虚飾を剥ぎ取ったものではないでしょうか。
そのとき、初めてわたしたちは剥き出しの事実に気づかされるのかもしれません。
それは、驚愕であり、戦慄であり、嫌悪であるでしょう。

「はだかの王様」という話の最後で、子供が「なあんだ、何も着てないよ」と
叫んだとき初めて人々がようやく現実に気づかされたように。

現実がしっかりと見えている人が、果たして幸か不幸かはわかりませんが…

112 :考える名無しさん:05/03/11 09:58:10
もの(過剰な物質文明)に侵食された世界が壊されて、現実が砂漠であると気づいたとき
人類の祖が火や道具を作ることを発見したように、わたしたちは再び文明を築くことを始めるでしょう。

そこには、余剰なものをいっさい取り払った本当に必要なものだけを求める真摯な欲望のみが
はたらくのではないでしょうか?


113 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/11 14:13:45
着地の仕方

114 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/11 14:14:15
正しい着地のしかた

115 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/11 14:18:55
すばらしい着地のしかた

116 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/11 14:19:24
美しい着地のしかた

117 :考える名無しさん:05/03/11 14:57:32
タンスの角に足の小指をぶつけると痛い。

118 :考える名無しさん:05/03/11 18:29:57
ヒトにとっての現実とは、運動行為を脳内で準備するときに
発生する世界の絵(リプリゼンテーション)である。

119 :考える名無しさん:05/03/11 19:43:08
記憶のなかで学習した世界

120 :考える名無しさん:05/03/11 22:14:18
現実とは期限付きの旅行

121 :考える名無しさん:05/03/11 22:21:01
現実とは焼きたてのメロンパン

122 :考える名無しさん:05/03/11 23:23:42
ここ

123 :考える名無しさん:05/03/11 23:27:18
現実は錯覚

124 :考える名無しさん:05/03/11 23:32:31
なんかのドラマで「現実は曖昧な記憶の集合体」っていうようなことを言ってたな

125 :考える名無しさん:05/03/11 23:40:48
そうです、現実は「記憶を刷り込まれた世界」なのです
その記憶が果たして本当のものかは、わからないのです

126 :考える名無しさん:05/03/12 13:03:29
流れていく時間を誰も認識することはできない
現実とは、流れ去った時を遅れて確認する世界

127 :考える名無しさん:05/03/12 15:11:50

と、言うよりも、

「人は後ろ向きに前進している」

のほうが、わかりやすい だろ。


128 :考える名無しさん:05/03/12 15:18:54
「流れていく時間」を認識できなくて何故
「流れ去った時間」が認識できるのだ?
時間の流れ(現実)に従って認識され、記憶
されているからだろう。

129 :考える名無しさん:05/03/12 15:22:53
記憶を想起することは現在の行為であって
過去の行為ではない。時間を遡る行為は
できない。

130 :考える名無しさん:05/03/12 15:29:25
彼女は、彼の友人と仲が良いという彼の睡眠中において与えられた直観をその装置を使用して、彼女は彼から抜き出し、
彼女は彼の友人と付き合っている、という宣言を彼にした数日後に、彼女は彼に付き合いたい旨の申し出をして、彼女は
彼に拒否をされた。

131 :考える名無しさん:05/03/12 16:14:28
彼女は、その拒否が脳の或る部分の性質であると考え、その装置により脳に刺激を加えた。
その結果、彼女は彼のその事自体の記憶を変容させてしまった。
現在も、その装置を使い、彼の脳に刺激を与え続けている。

132 :考える名無しさん:05/03/12 18:21:46
現実とは、目の前にある「世界」のことであり、
現在とは、流れていきつつある「時間」のこと

133 :考える名無しさん:05/03/12 18:31:28
「哲学ではずいぶん昔から言われていることですが、今ありありと思い出される
過去というものは、出来事は過去なんだけれども、思い出された時点でそれはすでに
現在にもなっているんです。

もうひとつ、
これは心理学ではわかっていることなんですが、今思い出される過去の思い出は、
常に再構成されていると。それは事実と違って再構成して現れる。
けっこう嘘を思い出しているんですね。願望が混じっているんです」
森岡正博


134 :736:05/03/12 18:57:26
時間という概念は奥行きであり、現実(リアル)というよりも現実らしさ(リアリティー)である
世界はリアリティーである
現実とリアリティーは関係が無い

135 :考える名無しさん:05/03/12 19:10:28
時間=現実らしさ(リアリティー)=世界
現実(リアル)≠現実らしさ(リアリティー)=世界
∴現実(リアル)≠世界

ということ?

136 :考える名無しさん:05/03/12 19:21:07
時間は見ることが不可能だが
現実は見ることが可能だ

時間は認識することが可能だ
現実も認識することが可能だ

137 :考える名無しさん:05/03/12 20:09:05
>>136
>時間は見ることが不可能だが

時計を見たことないのかな?
昔の人でも日時計や水時計で時間を見ていた。
腹時計で時間を感じることもできる。
時間は感覚・知覚の対象となる。

138 :考える名無しさん:05/03/12 20:21:26
それは、時計という時間を計るもの(日時計や水時計)があってこそ
初めて可能なのでは?

139 :考える名無しさん:05/03/12 20:23:49
時間を計る時計があるように、現実を計れるものがあればいいのに

140 :考える名無しさん:05/03/12 20:32:52
人間は万物のものさしである。(プロタゴラス)
3000年まえの人でもこれくらい考えていた。
2ちゃんねるの知恵のなさにあきれる。

141 :考える名無しさん:05/03/12 20:36:48
>>134

ナイターみたいなカタカナ和製英語はやめましょう。
realとrealityを英語辞書できちんと調べてみましょう。


142 :ろじ:05/03/12 20:41:36
>>137

時間は見れない。
見れるのは時計。

時計は時間を計る道具、もしくは時間を知る道具であり、
時計を見たからといって時間を見たことにはならない。


143 :考える名無しさん:05/03/12 20:56:44
〜プロタゴラス
「万物の尺度は人間である、あるものどもについてはあることの、あらぬものどもについてはあらぬことの」
(プラトン『テアイテトス』152A)という人間尺度命題が広く知られる。これこそ彼らソフィストの相対的価値観を
代表する見解であろう。

客観的な真理などというもの(尺度)はなく、主観的・相対的真理だけがあると彼は主張する。
すると、「私にとってそうである」と思われる事は、思われるだけではなく事実「私にとってそうである」
ことになる。ピュシスの把握が出来ないのならば、主観的ノモスだけが我々にとっての真理となる。
このことを端的に人間尺度命題は示している。〜


これって、主観だけが真理で、客観はどうなるの?



144 :考える名無しさん:05/03/12 21:00:19
ごめん、すでに書いてあったね・・・

プロタゴラスは客観的な真理などというもの(尺度)はなく、
主観的・相対的真理だけがあると彼は主張する。

145 :考える名無しさん:05/03/12 21:07:55
〜プロタゴラスは主観的・相対的真理だけがあると彼は主張する。
すると、「私にとってそうである」と思われる事は、思われるだけではなく
事実「私にとってそうである」ことになる〜


彼に倣うなら、現実(リアル)は
「私」が見たこと、感じたこと、とらえたことこそが、
「私」にとっての真理ということになる・・・

146 :考える名無しさん:05/03/12 21:16:12
お!すこし哲学っぽくなってきたね。

147 :考える名無しさん:05/03/12 21:18:14
つまり話には応じるがふつうに考えてなにかがあるってわけじゃない。

148 :考える名無しさん:05/03/12 21:33:52
リアルとは先ず本当のことをいうことである。先ず横へそれてみようとすることはリアルにはならない

149 :考える名無しさん:05/03/12 21:39:57
現実(リアル)は 、物質文化に汚染されていますよ、
他者とのコミュニケーションが希薄ですよ、
と誰かが言ったとしよう。

けれども、「私」がそうとらえていないのであるならば
その誰かの言ったことは真理ではなくなるよね?
何しろ、プロタゴラスは主観的・相対的真理だけがあると彼は主張する
わけだから・・・

では、現実(リアル)というものは、各人の主観によって異なるもの、
ということになる。「これです!」とは、定義できなくなってしまうのでは?

これでは、話が終わってしまうよね…?

150 :考える名無しさん:05/03/12 22:03:07
その辺がプロタゴラスの限界なのかね?

万人にとって、つまり人間にとっての普遍的な真理は
人の数だけってことになってしまうと、
果たしてそれでいいのかな? と

151 :考える名無しさん:05/03/12 22:54:14
万人の主観がそれほど特殊ではなく普遍性がある
のであれば、それが普遍となるのではないか?

152 :考える名無しさん:05/03/12 23:06:12
>それほど特殊ではなく普遍性があるのであれば、
>それが普遍となるのではないか?

その場合は、
「特殊ではなく」という前提条件が必要となるのですね?
あまりにも、個々人のばらつきがあるものはやはり不可、ということ
ですかね?


153 :考える名無しさん:05/03/12 23:17:49
鏡を覗き込んで母が一言「あ〜〜皺がこんなに増えて・・・」
「昨日と同じだよ」と答えた私に、母の皺は尚いっそう深く刻まれて

因って、リアル(現実)は嫌われるものだ。


154 :考える名無しさん:05/03/12 23:20:47
最大多数の最大幸福。〜ベンサム〜

「人間は本質的に快楽を追求し、苦痛を避けようとするというのが
ベンサムの功利主義哲学の根本的な思想である。
この功利の原理によって、道徳と法律の基礎は
「最大多数の最大幸福」でなければならないとした。

この言葉は社会の民主主義的改革の基本概念としてよく引用される。」


155 :考える名無しさん:05/03/13 03:08:49
♪いつからだろう? 母が唇に指す紅を止めてしまったのは

チューリップの名曲「夕日を追いかけて」から

156 :考える名無しさん:05/03/13 12:17:46
リアル=世の中お金が一番大切。

157 :考える名無しさん:05/03/13 12:23:45
愛、かなあ…

158 :考える名無しさん:05/03/13 12:57:50
リアル(現実)とは、人が各々の都合の良いように勝手に
すり替え、思い込もうとしているもの

だから、ふとした瞬間に目が覚めてありのままの世界を見渡したとき
絶望するのかもしれない

美しい錯覚と誤解のまま生涯を送れる人は、しあわせな人


159 :考える名無しさん:05/03/13 16:11:29
>>152
>「特殊ではなく」という前提条件が必要となるのですね?

特殊という条件はめったやたらに成り立たないだろう。
なぜ、一人一人が特殊であるか、という論理的な根拠もないだろう。

160 :考える名無しさん:05/03/13 16:22:25
万人に普遍である真理は、何の条件も必要とはしない、
ということでしょうか?

161 :考える名無しさん:05/03/13 16:46:09
万人に普遍であるという事は誰にでも認められるという
条件がつくだろう。

162 :考える名無しさん:05/03/13 16:49:17
まあ切り離されてある肉についてはつまりその

163 :考える名無しさん:05/03/13 21:06:39
「無痛文明論」
思考が一方向に抽象化してゆき、
なにか豊かなものが抜け落ちていく

森岡正博著著
トランスビュー(456p)2003.10.5
3800円

発売されましたね!

164 :考える名無しさん:05/03/13 21:40:53
>>158
しかしその絶望さえも錯覚だとしたら?

165 :158:05/03/13 21:58:27
>>164

>しかしその絶望さえも錯覚だとしたら?

う〜ん……
その場合、現実にこの世の全て、目にしていること、感じていること、
わたしのとらえているすべてが虚構の世界、ということになりますかね…
真相は藪の中、ということになってしまうのでしょうか?

では、この「私」も虚構の世界のひとつに過ぎないのでしょうか…




166 :考える名無しさん:05/03/13 22:13:27
本物の現実の世界が在る、と仮定して、
わたしたちが通常生きている世界は、浮遊状態の世界かもしれません。

何かのきっかけで、目覚めて本物の現実の世界に降りるとき、
上手に降りられる人と、そうでない人がいるのでしょう。
前者は生き延びられる人で、後者はそうでない人。

わたしならば、一生目覚めずに浮遊していたい…

167 :考える名無しさん:05/03/13 22:26:48
夢を見ていた
とても幸せな夢ずっとここに居たいと願えるほどだった
やがて目が覚めたとき
いい夢を見たな〜 と思います?
それとも
あれが現実だったな〜 と思います?

168 :考える名無しさん:05/03/13 22:36:50
>>167

…そうですね、

>いい夢を見たな〜
と思います。そして、何で、あの夢の世界が現実ではないのだろう、
と少し悲しくなるでしょう。

それから、正夢になったらいいなあ、と願います。


169 :169:05/03/13 22:50:47
>>168
意志の強い方ですね。
うらやましい。
私は間違いなく夢が醒めなければ良かったと思いますね。
たとえ幸せが仮想的なものであったとしても

170 :考える名無しさん:05/03/13 22:52:05
あ・・
169=167です。orz

171 :168:05/03/13 23:40:30
>>169

いえいえ、意志はあまり強くないです…
>私は間違いなく夢が醒めなければ良かったと思いますね
わたしも、こう思ったでしょう。

>いい夢を見たな〜 と思います?
>それとも
>あれが現実だったな〜 と思います?

この問いの二者択一の場合、とうていわたしには
「あれが現実だったな〜」とは思えなかっただけで…
この問いが「あれが現実だったらよかったのにな〜」であれば
間違いなく、こちらを選びましたね。

夢と現実は対比されることが多いですが、夢を見るには現実が必要であり、
現実から逃れるには夢が必要であるかと思われます。
どちらか一方では成り立たない世界なのではないでしょうかね…

172 :考える名無しさん:05/03/13 23:54:28
夢見る力、夢は見たいと強く望むものにこそ降るもの

173 :考える名無しさん:05/03/14 01:34:30
夢の中では夢が夢だと気づけないからな、あれだ、こぎとえるごすむ

174 :736:05/03/14 01:39:03
「現実」と「現実らしさ」は違う
なぜなら現実とは測り得ぬものだからだ

175 :736:05/03/14 01:40:57
時間は測る事が出来る
現実は測る事が出来ない

176 :考える名無しさん:05/03/14 09:10:37
いつの時代においても、現実は限りなく不備なものである。
だからこそ、その欠損を埋めるためにわたしたちは、何かを発明し、
作り出すことができるのでしょう。

けれども、いつまで経っても現実は一向に不備でなくならない。

なぜなら、人の欲望とは果てしないものであり、ひとつを手に入れたと思った
次の瞬間に、まだ手にしていない新しいものを次々と欲望するものだから…

現実とは、欲望が増幅し続ける世界である

177 :考える名無しさん:05/03/14 11:51:15
>>175
>現実は測る事が出来ない

現実だから測ることができる、と考えるほうが普通だと思うけど。
測ることが出来ない現実ってどんな存在なのだろう。
現実に反対する空想のほうが測ることができない存在ではないか?

178 :考える名無しさん:05/03/14 11:54:35
>>176
>現実とは、欲望が増幅し続ける世界である

こういうのは空想や願望の世界であり現実とはいわない。
非常識なことを言ったら哲学的であるわけでもない。

179 :考える名無しさん:05/03/14 12:24:02
願望と欲望を混同していました。


人間と動物の差異を「欲望」と「欲求」の差異として定義したことに由来する用語。
以下は東浩紀の用語としての記述。

「欲求」とは、特定の対象をもち、それとの関係で満たされる単純な欲望を意味する。
たとえば空腹を覚えた動物は、食物を食べることで完全に満足する。欠乏ー満足のこの回路が欲求の特徴であり、
人間の生活も多くはこの欲求で駆動されている。しかし人間はまた別種の渇望をもっている。
それが「欲望」である。欲望は欲求と異なり、望む対象が与えられ、欠乏が満たされても消えることがない。
…動物の欲求は他者なしに満たされるが、人間の欲望は本質的に他者を必要とする。
…したがってここで「動物になる」とは、そのような間主体的な構造が消え、各人がそれぞれ欠乏ー満足の回路を閉じてしまう状態の
到来を意味する。コジェーブが「動物的」だと称したのは戦後のアメリカ型消費社会だった…。アメリカ型消費社会の論理は、五〇年代以降も
着実に拡大し、いまでは世界中を覆い尽くしている。マニュアル化され、メディア化され、流通管理が行き届いた現在の消費社会においては、
消費者のニーズは、できるだけ他者の介在なしに、瞬時に機械的に満たすように日々改良が積み重ねられている。(P126-127)

東浩紀『動物化するポストモダン』(講談社新書1575)


180 :でもね:05/03/14 12:35:01
ファンタジー −> ロマン主義 −> リアリズム −>自然主義
の順で、現実に近くなります。
リアリズムは、本物っぽいと言うレベルです。まだヒューマニズム的
解釈が入っています。
グロティズムはファンタジーと同列で、
グロティズム+社会性=ファンタジーとなります。
終わり。

181 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :05/03/14 13:54:16
東というかコジェーブ理解ですね
現実と欲望の関係はコジェーブの弟子、ラカンの対象aが関係します
欲望の対象とはそこに現実的なものにつながっている
あるいは、現実は欲望に支えられているということです

182 :176:05/03/14 14:09:13
>>181
「欲望」の解釈、ありがとうございます。

>欲望の対象とはそこに現実的なものにつながっている
>あるいは、現実は欲望に支えられているということです

>現実とは、欲望が増幅し続ける世界である(>>176)
これは、正しくは
「現実とは、(増幅し続ける?)欲望に支えられている世界である」
ということですね?

183 :考える名無しさん:05/03/14 21:30:27
現実は自然であり人間の欲望などに支配されることはありえない。
自然法則に従うのが現実だ。人間の意志で世界が変わることは無い。

184 :736:05/03/16 00:06:43
>177
私には測る事が出来る現実というのが理解出来ない。普通の感覚とは違うのかもしれない
測る事の出来る現実とはどのようなものなのだろうか?

それに現実と空想は対立するだろうか?
必ずしも空想が非現実的とは限らないと思うのだが。

185 :考える名無しさん:05/03/19 16:07:06
現実には無いから空想で補ってんだろうが。
でありゃだな、空想の根拠は現実よ。

186 :考える名無しさん:05/03/19 22:29:16
空想が現実を踏まえた世界ならば、現実が軸足となっているというだけのこと。
つまり、両者は相関関係にある。
決して対立するものでは、ない。

187 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 15:41:59
俺の感じること全てがリアル
痛い 悲しい 辛い むかつく 腹減った。

188 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 15:50:05
人間は頭の中にある世界を周囲に説明し納得させること、
しいてはそれを具現化することで進化してきているのだから
未来の人間の現実は明らかに現代の人間の空想が入っている点で
現実は宇宙と同じく無限大に拡張し続けていると思っていいのではないか。

189 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 15:50:35
>>187 鋭いね。突き詰めてみようか。

190 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 15:53:50
現実は人間の空想の産物。その証拠に人類が消え去れば現実の存在を確かめる方法がなくなる。

191 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 16:00:12
いや。
確かめられなくても、実際には存在しつづける。

192 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 20:58:51
ほな、そいつはどうやって確認するんや?

193 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 21:00:35
確認?しようがない。

194 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 21:01:01
やはり感じることがリアルだな。
今まで感じていたものやこれから感じることが全てが
俺にとってのリアルに違いない。

辛い痛いと感じるうちはまだ幸せなのかもしれない。
本当に辛いと何も感じなくなるかもしれない。

195 :考える名無しさん :2005/03/29(火) 21:03:59
俺が確認(認識)できないことはリアルではない?

196 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 22:09:21
インターネットに近いかもしれない パソコン本体が俺ら個人で
インターネットの情報そのものが世界だと思ってみよう。

全てがそこにあるんだけど引き出したりすることができるのはほんの一部だけ。
パソコンにある情報は自分の意識。


197 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 22:11:12
確認できなければ存在しないとどうしていえるんだ??

198 :考える名無しさん :2005/03/29(火) 23:04:58
>>197
関係ないから

199 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 23:23:18
>確認できなければ存在しないとどうしていえるんだ??

誰が言うんだ?人類が滅亡したら言うやつはいないぞ。

200 :考える名無しさん:2005/03/29(火) 23:25:51
今言うんだろ。
人類が滅亡した時点でこの宇宙全体がなくなるなんてことはない。

201 :考える名無しさん:2005/03/30(水) 17:54:33
どうして判るだよ、そんなこと。


202 :考える名無しさん:2005/03/30(水) 17:59:39
宇宙にとって人類なんてどうでもよいものだから。

203 :考える名無しさん:2005/03/31(木) 19:49:46
と202は考えてるってことだけよ。
証明は出来んばい?

204 :考える名無しさん:2005/03/31(木) 19:54:33
「証明」にこだわりすぎるとリアルが見えなくなるぞ。

205 :考える名無しさん:2005/03/31(木) 19:57:03
「人類がいなくても宇宙は存在した」なんて証拠はあるだろ。

206 :ローカルルール審議中:皇紀2665/04/01(金) 11:14:11
ヒトが、自らにプログラミングされた認識プログラムに沿って
多量のセンサーで取り込んだ情報を合目的的に整理して再構成して作りあげる世界モデル。
・・・・・それがリアルですよ。

207 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:41:15
>>206
ヒトにとってのリアルとは、まさにそうだな。

208 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:15:50
ハイデガーが悪いんだ
あいつはろくでなしだ

209 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:21:39
リアルでは現実感でないな。

210 :☆kiki+ki ゜Д゜♪(2代目) ◆x/cQLuG.4c :2005/04/10(日) 17:24:02

現実という砂漠へようこそ

↑コレ、気にいった(^Д^)

211 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 13:55:45
個人が認識している世界のモデル
リアルと実在は同一ではない

212 :bbs:2005/06/06(月) 12:35:26
現象界も象徴界も含めて今ここに存在する全てが現実でしょう。
表象だけの存在もまた現実と言えば現実でしょう。
妄想を現実から差別するのはそれ自体が現実の正確な把握の障害になります。
なぜなら、自分自身が妄想しているという現実は常にあるからです。

213 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 17:26:13
現実=桶の中の脳に接続されたケーブルを通して送られてくる信号のこと

214 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 21:59:05
私が妄想している現実というという妄想という現実と…(永遠に繰り返し

215 :考える名無しさん :2005/06/07(火) 00:10:48
やったぁ。
なんだか信じられなかったが、
これが私の望んでいたことなんだ。
うれしい。私は今、うれしいと感じているんだ!

今日はぱっちり目が覚めた。
なんだかとっても爽やかな気分!!!
・・・夢じゃなかったんだ!!
その日はいつもよりご飯がおいしく感じた。

216 :考える名無しさん:2005/06/14(火) 17:05:57
哲学スレの自治厨たちが、ぴかぁ〜が存在することを
認めて「ローカルルール」を作ること

>210 ジジェク嫁よ

217 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 23:15:23
独占的使用ということで、新スレ、削除人に削除されたようです。
削除理由に対する改訂を行いました。
有志の方で、スレ立てていただける方、以下の内容でスレ立てお願いします。

★ まなざしの快楽 PART8.2 ★

最近の脳科学の研究で、人はアイコンタクトによって他者に自分が認識されたときに脳内で
ドーパミンが分泌されて快感を感じる。自分が好んでいる人に認識されるほど反応が大きいらしい
ということがわかった。

このような「まなざしの快楽」は、実際に見られていことを確認したときにだけ生まれるのではないだろう。
「私は見られている」という自意識が快楽を生む。おしゃれをして街にでることの楽しさは、実際に
どれだけの人が彼女をみるかではなく、「今日はいけているからみんなにみられるだろう」という
まなざしの捏造が快楽を生む。

そしてさらに「まなざしの快楽」は、他者との関係性、コミュニティの中の位置によって、
私が何ものである承認される快楽ではないだろうか。だから社会関係において、ボクたちは様々な人と
まなざしを交換し、さらに交換されているように捏造して、私が何ものであるかの承認を得ているのである。

さあ、みんなで、「まなざし」について哲学的に、語り合おう!

PART7  http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1118940448/
PART8.1 http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1122301212/

218 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 23:20:12
★ まなざしの快楽 PART8.1 ★
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/academy3tr/1122301212/l50

219 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 23:23:44
ネットはネット内人格を作り上げる。たとえは常連のスレであり、コテであり、
さらに強力なのがブログだ。強く自己同一性を確保する。その自己とは
匿名であるゆえにネット内の関係性でつくられる。だから生活の自己とは
ズレることになる。

220 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 23:24:16
猪股の本かで読んだが、万博などの高層物は、その眺望を人々に見せることにより
町の俯瞰という意識を与えた。それはすなわち新しい自分の発見である。

221 :よすてびと:2005/07/31(日) 23:30:55
現実とはすべてであるように思える

人間の見ている現実など
針の先ほどもない
ほんの一部分であるように思える

222 :智恵子:2005/08/01(月) 01:32:18
あたしが>>222をゲッッットする。めちゃリアルなんだけど〜

ヾ(@^▽^@)ノ わーいわーい

223 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 01:40:36
おっ!智恵子ちゃん!ひさしぶり!元気だったの?>>222おめでとう!

224 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 02:32:17
金も能力も意欲も無いが何とかして欲しいというのがリアルな気持ちだ。

225 :考える名無しさん :2005/08/02(火) 12:20:16
気の持ちようですよ

226 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 15:31:23
つーか、アレの持ちようだろ。
俺はいつも右手を使ってるけどね。

227 :考える名無しさん :2005/08/02(火) 16:06:38
>>226
現実逃避とは何か?

228 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 22:52:19
しどうあげ

229 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 21:28:45


230 :考える名無しさん :2005/08/03(水) 21:56:26
現実などない、あるのは解釈だけだ

231 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 23:48:24


232 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 23:52:56
そっかぁ。
明日から、
「現実などない、あるのは解釈だけだ」
という現実に向かい合って生きていくよ。
>>230さん、アリガトー!\(=^O^=)/'`*:;。・★'`*:;。・☆

233 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:02:40
現実とはしがらみである。

234 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:14:51
しがらみってのは他人が介入してくることかな。
個人的妄想欲求を邪魔するようなもん。
それが現実かぁ。

235 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 01:28:51
現実と空想は対概念ではない。空想も頭の中身にある、
言い換えれば思考しているとういう現実。

そう言ってしまえば簡単だが主観的に認知できるものは
すべて現実。客観的に認知できても本人が認知できなければ
やはり空想(想像)となる。 


リアルと現実とではニュアンスが違う。

リアル⊂現実
あえて言えば、
また、現実は錯覚しやすい。錯覚された現実は真の現実とは
呼べないが、人間はそう認知する。

リアルはホントっぽいくらいのいみかな?

236 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 01:31:04
夢見ていきてんのかもよ?今ここにおるんって確実に間違いなく信じられる?

237 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 02:33:55
痛みの感覚とか、気持ちよさとか、生きてる実感は微妙にありますがね…

238 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 03:19:44
微妙…

プ

239 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 06:00:09
リアルとは、ムラムラすることである。

240 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 10:59:07
オマイラこのスレの問いかけに答える前に、
真夜中のヤジさんキタさん読んだほうがいいよ。
映画はやめておいて下さい。あくまで漫画の方ね。

241 :ハル:2005/08/04(木) 11:15:11
現実は現実だと信じたいこと。
真の現実などどこにもない。

242 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 11:19:53
そうだね
人間は自分の都合よく考える生き物だからね

243 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 12:17:14
幸福指数(不幸⇔幸福)

現実なんてどこにもない<自分の現実を信じたい<俺が現実そのものだ

ヒト指数(非人間的⇔人間的)

現実なんてどこにもない<俺が現実そのものだ<自分の現実を信じたい

モテモテ指数(キモイヨー⇔ヤラナイカ)

俺が現実そのものだ<現実なんてどこにもない<自分の現実を信じたい

244 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 00:02:54
現実は認識できない
認識したとしたらすでに現実ではない
現実とは神秘である
だから人々は新しいものを求める
古いものはリアルではないからだ

245 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 00:14:30
240弥次喜多…

プ

246 :244:2005/08/10(水) 00:14:37
知識⇔現実
この定義の上で何ができるというのだろう
私は大きなプールの中に沈んでいて、決して空気に触れることは無いのか

247 :ОGバイブル:2005/08/10(水) 00:19:21
物理的領域を自分の精神的領域でフィルタしたもの。

248 :244:2005/08/10(水) 00:23:23
現実⇔知識
だとしたら、よりカオティックな知識の方が現実に近いといえるだろう

249 :244:2005/08/10(水) 00:33:05
>247
そういう類の二元論はいいかげん聞き飽きたよ。
それだって結局問題を遠回しにしただけにしか思えない
結局はその物理的領域とやらを解明しなきゃならないから

250 :244:2005/08/10(水) 00:48:02
例えばA君は現実の事を時間+空間+存在と捉えた。
で、それぞれをさらに細かく分けてゆく
そうするとwindowsのエクスプローラのツリーみたいなのができあがって、それが知識の正体なんだろう

251 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 00:54:55
A君は疑う
では現実とは時間と空間と存在を頂点とした分類なんだろうか?
いや、認識する私の精神があるではないか、と。
実はその認識と疑問が既に分類体系から成り立ってる事なんだけどね

252 :244:2005/08/10(水) 01:05:04
で、振りだしにもどる
今度は{(時間+空間+存在)+精神}
でもっかい細かく分類してみる、というわけだ
それで結局前と何が違うというのだろう。
そんなもの、さる+いぬ+ねこ+アメフラシでも大した違いはないだろう

253 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 17:01:23
>>1ってもしかして不価値論者?
漏れの親父もそうだった
だから今失業中ww

254 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 17:31:39
>>245
プって何の音だよ?

255 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 17:50:21
REALって言ったら、3DOに決まってんだろ

256 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 19:41:24
あい〜きゃん〜だ〜ん〜♪

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