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般若心経

1 :考える名無しさん:05/02/28 02:13:25
般若心経教えてくれ

2 :舎利子:05/02/28 02:14:11
実は俺が舎利子なんだが、わからなくてねえ

3 :舎利子:05/02/28 02:14:48
空の哲学と言うことで

4 :舎利子:05/02/28 02:16:27
何で空即是色色即是空なのに是故空中無色なの
何で心の教えなの

5 :考える名無しさん:05/02/28 02:18:34
夜中にかけるもんじゃあない。夜中を過ぎなければ

6 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/02/28 02:30:30
>舎利子
いろいろ薀蓄をかたむけたいが面倒な気もするので、ここ読んで。
ttp://www.mikkyo21f.gr.jp/hannya_honto/concept_hannya.html

7 :舎利子:05/02/28 02:34:54
>6
サーバーが見つかりません

8 :舎利子:05/02/28 02:35:45
そもそも舎利子に言ってるのに他の人が解説するのは何故

9 :舎利子:05/02/28 02:37:32
空とは体験されるもの?
でなきゃ論理的に導かれるもの?

どっちかだ、どちらでもないということはない

10 :舎利子:05/02/28 02:40:53
体験されるものなら哲学じゃなく神秘主義だ

11 :舎利子:05/02/28 02:41:41
理解してる人いないのかねえ 1億2千万人いて

12 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/02/28 02:43:28
般若を無理やり訳すと「智慧」となる。
智慧は論理的に導かれるものではない。
だから、体験によって得られるものだ。
では、その素晴らしい智慧を得るための呪文を教えましょう。
掲諦、掲諦、波羅掲諦、波羅僧掲諦、菩提、薩婆賀。
以上が要約。わかったか、舎利子。

13 :舎利子:05/02/28 02:43:38
体験されるものとして他の1億人2千万人には空は体験さ
れないのに俺には体験されるとしたらそれは一体どんな
状況下で。と仏陀に聞きたい

14 :舎利子:05/02/28 02:44:38
念仏では理解されないことは歴史が証明してる>ハンニバル

15 :舎利子:05/02/28 02:46:22
般若心経は心の教えでもあります

16 :舎利子:05/02/28 02:48:18
無も体験されるものなのか。
西田先生の絶対無も。論理的じゃない気がするんだが。
哲学はそんなことでいいのか。monadorogyみたいじゃないと
哲学と認めないぞ

17 :舎利子:05/02/28 02:49:26
あー、般若心経が理解できない

18 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/02/28 02:49:57
>念仏では理解されないことは歴史が証明してる
なんだそりゃ? どの歴史だ? 意味不明だぞ。
おまけに「念仏」ではなくマントラだ、これは。
とにかく、理解できるまで読誦すること。

19 :舎利子:05/02/28 02:51:26
法華経も理解できないんだが

20 :舎利子:05/02/28 02:53:04
坊主共が読経してきたが、葬式で呼んだりわけのわからないこと
になったりしているが、理解者は0だ。>はんにばる

21 :舎利子:05/02/28 02:54:07
何万回読んでも理解できるとは思えないねえ
だから理解してる人に聞くこと。

22 :舎利子:05/02/28 02:57:22
呪文じゃないんだ。理解するのが重要だ、しかも心の教えだ。
後無上の法輪の実体がわからない

23 :舎利子:05/02/28 02:58:25
無上の法輪の実体も空性か。仏道は空虚だな

24 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/02/28 02:59:35
>何万回読んでも理解できるとは思えないねえ
智慧のない舎利子よ。
君がどう思ったかは、この際、どうだっていいんだ。
何万回で足りなければ何億回も読誦すること。

25 :舎利子:05/02/28 03:01:51
ねえ ハンニバルはもう答えられないのかい

26 :考える名無しさん:05/02/28 03:02:53
般若心経が理解できないということは大乗仏教が全く理
解できないということ。
まあ、坊主やってるような人間に理解(というか体得)
できる筈も無いのだが。。。

27 :舎利子:05/02/28 03:03:19
俺に智恵があるとは思えない
でも今までは無上の法輪を正しく回転していたらしい

何億回って本気でそんなこと言ってるのかい

28 :舎利子:05/02/28 03:05:58
何億回読誦して理解されるとしたらそれは9万9千999回読んだ後に
空が実際体験されて10万回目に理解されると言うこと。
なら空を体験することが重要なのであって読誦するのが重要
なのではない。

29 :舎利子:05/02/28 03:08:58
じゃああなたは理解しているのですか ハンニバルさん

30 :舎利子:05/02/28 03:12:39
実際法華経もぜんぜん理解できない

31 :考える名無しさん:05/02/28 03:12:42
>>28
>空を体験することが重要なのであって読誦するのが重要
>なのではない。

道元に言わせれば、そういうのが「外道」なんじゃないのかな・・・
修証一等だからねぇ・・・

32 :舎利子:05/02/28 03:13:53
僕は外道です。懐疑派です。

33 :舎利子:05/02/28 03:15:37
正法眼蔵とは釈迦が迦葉に伝えた事柄のことのようじゃないですか
では道元は迦葉の転生した姿ですか

34 :舎利子:05/02/28 03:16:31
何で懐疑派が外道なのかねえ
まあ真理はあるんだが。

35 :舎利子:05/02/28 03:19:25
あなたは理解しているのですか ハンニバルさん

36 :舎利子:05/02/28 03:21:38
でも道元は理解してない
理解しているなら無上の法輪をまわしててもよさそうだ
禅は仏教の分派の一つに過ぎない

37 :舎利子:05/02/28 03:22:43
それでも無上の法輪をまわすのは、舎利子、俺なんだ。
他の奴でもよさそうなものなのに

38 :舎利子:05/02/28 03:23:19
そこも疑問なんだ。

39 :舎利子:05/02/28 03:28:29
静かになってしまったな

40 :考える名無しさん:05/02/28 04:59:55
誰が作ったの?これ
なんで漢字なの?

41 :考える名無しさん:05/02/28 06:03:20
>>1
板違い

般若心経の意味を教えて
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1066892703/
心と宗教
http://life7.2ch.net/psy/

42 :考える名無しさん:05/02/28 06:09:10
哲学的般若心経ってことで。

43 :考える名無しさん:05/02/28 06:52:09
はらぎゃてい

44 :ロウシ ◆SRBroushi6 :05/02/28 07:39:56
で、このスレは良スレになるのかな?

舎利子は命をかけて般若心経に取り組まないと、みじんも理解できんぞ。
少なくとも人に理解しているか聞く前にどんな所が理解できんのか、詳しく書け。
話はそれからだ。

45 :考える名無しさん:05/02/28 11:55:26
良スレになるかどうかなんてどうでもいい。

46 :スーニャ:05/02/28 12:03:33
うまく言えないが、空は「体験しよう」と思って体験できるものでは
ないんでないかい?
「いつのまにか体験してた」みたいな。
無知亦無得。

47 :考える名無しさん:05/02/28 12:17:09
「体験」つうのは、どのあたりで述べられてるの?


48 :考える名無しさん:05/02/28 12:35:07
21 名前: 罰当たり 投稿日: 03/10/24 21:33
訳文 般若心経
 魔訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行ずる時、五温皆空なりと
照見して、一切の苦厄を度したもう、舎利子よ、色は空に
異ならず、空は色に異ならず、色即ち是れ空、空即ち是れ色、
受想行識も亦復是の如し、舎利子よ、是の諸法は空相にして、
生ぜず滅せず、垢つかず浄からず、増さず滅らず、是の故に
空中には色もな.く、受想行識もな.く、眼耳鼻舌身意もなく、
色声香味触法もなく、眼界もなく、乃至意識界もなく、無明も
なく、亦無.明の尽ることもな.く、及至老死もなく、亦老死の尽る
こともなく、苦集滅道もなく智もなく、亦得も無し、所得なきを
以ての故に、菩提薩?、般若波羅蜜多に依るが故に、心に圭礙無し、
圭礙無きが故に、恐怖あること無し、一切の顛倒夢想を遠離して、
涅槃を究竟す、三世の諸仏、般若波羅蜜多に依るが故に、
阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり、故に知る般若波羅蜜多は是れ
大神呪なり、是れ大明呪なり、是れ無上呪なり是れ無等等呪な.り、
能く一切の苦を除きて、真実にして虚ならず、故に般若波羅蜜多の
呪を説く、即ち呪を説いて日く、
羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提娑婆訶
般若心経


49 :考える名無しさん:05/02/28 12:37:42
26 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ [sage] 投稿日: 03/10/25 22:25
ハニャーン心経
とにかくみんな空(クウ)なにょな。そう思えばつらいことも何もないにょだYO!
モノが在ると思ってもその実体は無いわけだし、
実体が無いようなモノも在るように見えるものだにょ。感覚知覚するのもそういうもにょなの。
とにかくモノ・感覚・知覚、みーんな実体がないわけだから、生まれもしない滅びもしない、
汚くもならない浄くもならない、増えもしない減りもしない、当たり前の話だゴルァ。
実体がなく変化も無いんだから、縁起なんて表面的なこと、実体など無いわけでして、
無明がどうとか老死がどうとか、もう言うだけ無駄。悟りとか悟りを得るってことも無かったわけだ。
こう思えば何にも考えなくてすむし、考えないから怖いものナシ。
考え違いもないからもう究極だあーヽ(゚∀゚)ノアヒャ 。
ブッダというのはみーんなこんな風な修行をしたわけで(ホントか)、
それで究極の悟りを得たと(なんだ結局得たのかよ)。
まー智慧の修行ってこういうわけのワカランものだから、
もまえら愚民たちは最強のマントラとしてこのお経を繰り返し唱えるぐらいが関の山ってわけだ。
じゃあ唱えるぞ。
「逝ってよし、逝ってよし、もまえらみんな逝ってよし。漏れもなー」
ハニャーン心経


50 :考える名無しさん:05/02/28 13:53:24
空って、縁起と諸行無常を組み合わせてできた考えじゃなかったっけ?
すべての事象は相互関係の中で生まれる、って奴。
例えば「太陽が眩しい」と言う場合、眩しさは太陽と眼の相互関係によるもので
眩しさそのものに実体はない、みたいな。

「空」は原典のサンスクリット語版では「シューニャ」で、これは
数字の「0」などを表す。
0は虚無ではなく、例えば100という数字を作るのに無くてはならない。
空も虚無とは違うとオモ。

51 :舎利子:05/02/28 16:27:46
空は色なのに、空の中には色がないってどういうことでしょうか。


52 :考える名無しさん:05/02/28 17:34:18
色って肉体を通さなければ認識できないよね。
じゃあ、そもそも色自体ってあるのかな?
って話。
カントを知れ。


53 :考える名無しさん:05/02/28 17:45:22
無論空は虚無ではない豊饒の海もまた空であり空中もまた空だ。または太極=無極の関係が空であり無極の限りない回転が陰陽を生み出す。太極図説。

54 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/02/28 17:45:24
唯識と双璧の「空」思想ですか。
こういう系統のスレは
http://travel2.2ch.net/kyoto/
のほうが適切ではないかと。
空思想の理解にはほんの僅かでも「経験」が必要だと思います。
文字だけでは決して解からないのです。

55 :考える名無しさん:05/02/28 17:53:24
つまり空は空でも太極のなかから生じた空が自存でありまたこの陰陽五行(水、火、木、土、金)から産出された空こそ恍惚だ。恍惚を恍惚として受け取り縁起のあった異空間こそが陰陽が別にあることの理解。

56 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/02/28 17:56:32
太極思想と空思想を同列に考えるのはどうかと・・・
無関係では無いと思いますが。

57 :ロウシ ◆SRBroushi6 :05/02/28 19:35:02
>>51
その質問はこのくだりについての事?

「色は空に異ならず、空は色に異ならず、
色即ち是れ空、空即ち是れ色」

58 :舎利子:05/02/28 20:01:35
色即是空 「空即是色」 受想行識亦復如是 舎利子
是諸法空想 不増不減不垢不浄 「是故空中無色」

59 :舎利子:05/02/28 20:05:40
経験するには寺かなんか行かないと駄目なのか。
じゃあ私は仏教を捨てよう。>唯識

60 :考える名無しさん:05/02/28 20:10:29
「体験」つうのは、どのあたりで述べられてるの?

61 :考える名無しさん:05/02/28 20:23:49
>>67
空気嫁www

62 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/02/28 20:30:04
>>59シャーリプトラさん
「経験」は誰でも積むことができます。
ただその為には「教学」だけではだめで
「実践」が必要です。無論専門になるにはそうするより他にないでしょう。
経典の教えを確実に実践するのに「師」は不可欠です。
しかしそうでなくても日常に於いて経典の内容を経験することはできます。
(もちろん「脳(知識)」だけではなく「意識」的に)
その為には、規範に基づいた徹底的な内省的な自己観察が必要です。
それを実行する為には・・・。どの宗教でも同じだと思いますが、あえて書きません。
(それは座禅や瞑想ではありません。皆さんお解かりだと思います。)

63 :岩波文庫より:05/02/28 20:35:16
>>58
「是故空中。無色。無受想行識。」

「この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も識もなく、」

「それゆえに、シャリープトラよ
実体がないという立場においては、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、意志もなく、知識もない。」

64 :ロウシ ◆SRBroushi6 :05/02/28 20:44:37
>>58
アンカーつけよう。

色と空は、そもそもは対極の位置にあるものだ。
肉体と精神、陰と陽、1と0かな。
それを般若心経では同じものだと説いている。
ここがミソだ。
なぜ同じだと思えるか。
なぜ同じものだと思えないか。

65 :考える名無しさん:05/02/28 21:11:32
実体がないから空なんだとボーディサットバちゃんたちが
何万遍も繰り返していますが。それじゃ物足りないのかな?
>>49は最高の知恵。

66 :考える名無しさん:05/02/28 21:20:54
>>65
>実体がないから空

実体が無いとどうしてわかるのかな?
実体ではないの間違いじゃなくは無いか?

67 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/02/28 21:25:15
脳(知識)で「考えて」も限界がありますよ。
「観自在」「照見」とは何か?

68 :考える名無しさん:05/02/28 21:47:00
>>1
とりあえずこれで逝ってみれ。

色=現象
空=実在

69 :考える名無しさん:05/02/28 21:54:24
般若とは知識・知恵のこと。


70 :考える名無しさん:05/02/28 22:13:27
まぁしかし、空だの何だのでつまらぬ議論を繰り返しても、それは苦しみから抜ける
助けにはならないのだからほどほどにしなさい、と釈尊ならば説くのだろうな。

71 :考える名無しさん:05/02/28 22:13:56
物事を区別する知識や知恵とは反対の智慧。無分別智な。

72 :考える名無しさん:05/02/28 22:23:24
般若心経の場合、実在論であれ反実在論であれ、そういう認識論を可能にする五蘊そのもの
がまずもって空なのだと「照らし見る」ところからはじまっているんで、形而上学というよりかは
一種の実践哲学なんだな。

73 :岩波文庫より:05/02/28 22:23:26
「般若:人間が真実の生命に目覚めたときにあらわれる根源的な叡智のこと。
普通にいう判断能力としての分別知と区別するために般若と音訳のまま用いられる。」

74 :考える名無しさん:05/02/28 22:26:22
4.五蘊(ごうん)
五蘊とは「五つの集まり」という意味で、人間存在を含むあらゆる事象を
色(しき)・受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき) の五つの要素に分類したものである。

まず、 「色」 とはわれわれ人間の肉体を含む物質的構成要素のことである。
「受」 は人間の感受作用。外界からの刺激に対して感覚・知覚・印象などを受け入れことである。
つまり花を見てそれを認識することであり、暑さ寒さを感じることである。
その受け入れ方に苦・楽・不苦不楽の3種類があると言う。
「想」 は「受」で受け入れたものをのちに心の中に思い浮かべ、概念化することである。

「行」 は意思的作用といわれる。自らの意思によって対象に積極的に働きかけることである。
たとえば美しい花を見てそれを手折ろうと思うことであり、また実際に手折る行為である。
善悪の行為であり、業(ごう)といわれるものである。
因果の考え方と結びつき、今の善悪の行為(業)は苦楽の果報をもたらすと考えられるようになった。
最後に 「識」 は対象を区別して認識することであり、また心作用全体を示す。
http://www4.ocn.ne.jp/~seibues/12whisper/2003/05.html

75 :考える名無しさん:05/02/28 22:54:36
>>73
>分別知と区別するために般若

分別知と無分別知を区別するなら般若も分別知と
ことならない。(笑)

76 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/02/28 23:03:53
ヴィジュニャーナorジュニャーナ?
接頭語[vi]の意味

77 :考える名無しさん:05/02/28 23:12:07



般若心経は、仏教の歴史の中盤で出来たものなの

そんな中途なことやっても

.

78 :考える名無しさん:05/02/28 23:16:41
>>77
般若心経は、大乗初期でしょ。

俺は仏教はこの頃が一番好き。
ぶっちゃけ、あの甘えた王子様なんかよりも。

79 :考える名無しさん:05/02/28 23:20:31
仮にそうだとしても空の中にあることはあきらかだ。

80 :地獄極楽丸:05/03/01 00:35:17
般若心経は非常にわかりやすい考え方なので、解説しておきます。

まず、仏陀その人の悟りは、「縁起」を悟ることで、縁起というのは、この世界の全ての事象は原因結果の関係性の織物として存在している。
したがって、何か結果(例えば人生の本質、「苦」)をなくしたければその原因結果の系列をたどって、
その原因を断てば、結果である「苦」もなくなる。

これが仏陀の悟り。

81 :地獄極楽丸:05/03/01 00:39:00
この縁起説を発展させたのが「空」の思想。

世界のありとあらゆるものが縁起による関係性の織物であるとするなら、
それは永遠不滅の実体はない(=色即是空)ということであり、
また、逆に、あるひとつの「もの」には世界の全てが関係している(=空即是色)、
わけです。

82 :考える名無しさん:05/03/01 00:39:17
真空のエネルギー

83 :地獄極楽丸:05/03/01 00:42:01
縁起説(悟り)→空の思想 は、仏陀の教えの最も重要な部分なので、
ことここに関する限り、部派仏教だからとか大乗仏教だからとかいうブレはほとんどありあません。

むしろ、仏陀→部派仏教→大乗仏教 ときちんと発展している感じがある。

84 :考える名無しさん:05/03/01 00:45:11
十二支縁起と龍樹の縁起とは、かなり違うよ。
同じ「縁起」とすることに無理がある。

85 :舎利子:05/03/01 00:47:02
モナドロジーはどうなるんですか<永遠不滅の実体はない

86 :考える名無しさん:05/03/01 01:05:04
仏陀は数学とか哲学とか宇宙とか理解してたのかねえ

87 :考える名無しさん:05/03/01 01:27:56
ないないw

88 :考える名無しさん:05/03/01 01:34:06
>>80
素朴な疑問ですが
じゃあもし、私が今の苦しみの「原因を絶つ」ことができなければ、
私は救われないわけですか?

ある苦しみに対してその原因が常に解明されるのかどうか俺にはわからんが、
もし解明した場合でも、その「原因」を「絶つ」ことが常に可能だとは限らないと思うんだけど。

「仏陀の悟り」によっては、常に苦しみを絶つことが出来るとは限らない、
ということになりますか?

89 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/01 01:37:16
>>88さん
無苦集滅道

90 :考える名無しさん:05/03/01 01:37:40
でも全知者なんだろう>87

91 :考える名無しさん:05/03/01 01:41:04
>88
人は輪廻の苦しみから逃れられない

92 :88:05/03/01 01:41:45
>>89
無苦集滅道はいいけど、
俺は>>80の言ってることについての発言をしているんですが。

>>80の言う「仏陀の悟り」と「無苦集滅道」とはどう関係しているんでしょうか?

それとも、あなたは「仏陀の悟り」とは「無苦集滅道」であるから、
>>80の言うことは間違いだ、と言ってるの?
いずれにせよ説明きぼんぬ

93 :88:05/03/01 01:44:38
>>91
要するに、仏陀の教えでは人は救われない、と言いたいのですか??
それはちょっと、仏教を軽く見すぎてるんじゃないかなあ・・・
別に煽りとかではなくて、真面目に言ってるんですが。

客観的に言って「人を救えない宗教」って、あまり意味がないですよね

94 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/01 01:45:28
>>92さん
四諦と十二縁起についてご考察を。
全く間違っておられませんよ。

95 :考える名無しさん:05/03/01 01:46:29
>>90
当時のウパニシャッド哲学やインドの数学や天文知識なんかは当然理解
していたと思われ。なんせ王子様だし、最高の教育を受けたことだろうよ。

仏教思想は、当時のインドで支配的だったアートマン実在論に対する徹底
した批判にもなってる。

けど、現在の科学知識を身に付けていたか、となると、時代的な制約上
無理だろうな。

96 :88:05/03/01 01:48:27
>>94
だから・・・
俺は素人なんで、わかり易く説明してください、とお願いしてるんですが(汗

>>80が「無苦集滅道」とどう関係して、それが>>88の疑問に対するどのような答えになっているのか。
一応ここは「哲学板」なんで、仏教経典には詳しくない俺みたいな素人が紛れ込んできても
冷たくあしらわないで欲しいんですが・・・

97 :考える名無しさん:05/03/01 01:51:02
仏教は救いの宗教じゃない 理法=真理の教え、でしょ

98 :考える名無しさん:05/03/01 01:51:53
>>92
精神分析療法みたいなもんだよ。

「本当の原因」は見つけられなくても、現在の苦しみから遡及的に苦しみの「理由」を
探し当てて、自分にとって整合的な物語を形作ることができれば、苦しみは消滅する。

とにかく、今抱いている苦しみは、一つの苦しみとして実体のあるものではない、という
ことが肝心かなめ。

99 :88:05/03/01 01:54:59
>>98
それは正に精神分析というか、心理療法ですね。

個人的には、仏教を心理療法程度のものと同一視するのは、
仏教を矮小化しているような気がするのですが・・・
みなさんどう思われます?

100 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/01 01:55:03
>>95さん
宿曜経もありますね。
>>96さん
苦から救われたい?何によってでしょうか?
自力で悟りを得、四魔三障を降伏する智慧を身につけることでしょうか?
諸尊に祈願し輪廻から解脱する事でしょうか?
般若心経は大乗経典です。
その中に初期仏教の思想が織り込まれているはなぜでしょう?

101 :地獄極楽丸:05/03/01 01:55:19
>>84 :考える名無しさん :05/03/01 00:45:11
>十二支縁起と龍樹の縁起とは、かなり違うよ。
>同じ「縁起」とすることに無理がある。

少なくとも「中論」の第26章には十二支縁起がそのまま記載されています。
もちろん肯定的に。

>>85 :舎利子:05/03/01 00:47:02
>モナドロジーはどうなるんですか<永遠不滅の実体はない

中観派は、歴史的には、説一切有部への批判として登場しました。
その説一切有部の中心的な思想のひとつが「三世実有」です。
これは、ダルマは過去・現在・未来にわたって実在する、という考え方で、
敢えていえば、このダルマはモナドと云って云えなくもない。

中観派はもちろんこの考え方は否定します。


102 :考える名無しさん:05/03/01 01:56:03
四諦もわからん
苦聖諦と苦集聖諦はいいけど
なんで苦滅聖諦なのかわからん

103 :地獄極楽丸:05/03/01 01:57:35
また、ついでに云うと、十二支縁起はおそらく仏陀の考えたことではありあません。
古層に属する仏典には、縁起説は記載されているものの、十二支の形にはなっていない。

104 :88:05/03/01 01:59:33
>>100
別に俺は>>88で、俺自身が「苦から救われたい」とは言ってないんですが??

ただ>>80を見ると、「仏陀の教え」によっては救われない、と言っているように見えるから、
本当にそういう解釈は正しいのか?
あなたはどう思われます?と聞いているのですが。

105 :考える名無しさん:05/03/01 01:59:38
>>98に付け足して書けば、「原因cause」とはほんとのところ遡及的に見出す「理由reason」にすぎ
ず、したがって苦しみとはその都度その都度自分勝手に自ら生成しているものにすぎない。

なので、こうした観点に立てば、なにか実体的な苦しみの原因があるとする四諦の教えもまた空
である、ということになると思う。けど、縁起して苦しみが生じるときには、そこで一つの理由として
の「原因」が想定しうるので、そうすると四諦の教えは意味を持つ。

色即是空、空即是色。


106 :舎利子:05/03/01 02:00:10
モナドは実体があるんだぞ

ダルマ、法は永遠不滅だろうが実体はない

107 :考える名無しさん:05/03/01 02:03:42
>>99
心理療法があくまで対症療法的に心の苦しみに対処するのに対し、仏教の場合はそもそも
心の苦しみを生み出すところの最大の要因である四苦八苦と、そこから生じる渇望(煩悩)
とをともに消滅させ、涅槃へ至ろうとする。

そこが最大の違いかな。

108 :考える名無しさん:05/03/01 02:04:41
>>101
>少なくとも「中論」の第26章には十二支縁起がそのまま記載されています。
>もちろん肯定的に。

そうなのかな?
『中論』の26章と27章は、小乗の縁起。
それに対して龍樹は、25章までで、自らの縁起思想を書いている。
中村元はそう言っていますが、それは誤り?


109 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/01 02:07:46
>>104さん
>>80さんは正しいですよ。

110 :地獄極楽丸:05/03/01 02:08:39
>>88 :考える名無しさん :05/03/01 01:34:06
>私が今の苦しみの「原因を絶つ」ことができなければ、私は救われないわけですか?

縁起説のもっとも仏陀の考えに近いであろう表現を、「苦」について述べれば、
@縁起の順観(集諦):「苦」は「執着」により、「執着」は「無知」により、
A縁起の(滅諦):「無知」を滅ぼせば「執着」がなくなり、「苦」もなくなる。

「無知」というのは、無我を知らない、ということです。
つまり、自我というものには実体がない、ということを理解すれば、その自我に拘ることもなくなり、
執着そのものがなくなるから、苦しみもなくなる、ということです。

因みに、この縁起(=集滅諦)に、苦諦(人生の本質は苦である)と道諦(行いの基本は中道にある)をつけたしたものが、
四諦で、仏教の根本思想です。
古層に属する仏典では、仏陀の悟りとは縁起を悟ることだ、といっているものと、四諦を悟るものだ、といっているものがあります。

まあ、同じことです。

111 :88:05/03/01 02:09:48
>>109
だから、>>80さんを>>88のように解釈するのは正しいのか?
どうなんでしょう、
ということをお聞きしているんです。先ほどから

112 :88:05/03/01 02:16:34
>>110
いちおう了解。
「苦の原因」=「無知」だから
無知をなくせば苦はなくなる、ということですな

で、

113 :地獄極楽丸:05/03/01 02:21:43
>>108
>『中論』の26章と27章は、小乗の縁起。
>それに対して龍樹は、25章までで、自らの縁起思想を書いている。
>中村元はそう言っていますが、それは誤り?

もし本当に中村先生が仰っているのなら、私が間違ってると思います。
よかったら出典を教えてください。
特に中村先生が「小乗」などという云い方をするなんて、信じられない。
わたしは普通に読んで、第26章は十二支縁起への賛意を込めた再説、
第27章は、当時の(仏教でない)外道の諸説に対する批判、だと思いました。

114 :地獄極楽丸:05/03/01 02:24:52
では今日は夜も更けたので、またいずれ。

115 :考える名無しさん:05/03/01 02:28:55
>>113
中村元著『龍樹』(講談社学術文庫)
の158ページ以降、その問題を中心に
詳しく書いてありますよ。

116 :考える名無しさん:05/03/01 08:13:50
龍樹菩薩はヤリチン

117 :88:05/03/01 08:55:05
夕べは連続投稿規制にかかって「で」の後が書けなかった(汗

>>110 要するに言いたいのは、素朴に考えて、あなたの言うように「無我」を知るだけで
果たして本当に「苦」は消滅するのか?ということなんですけどね。
全てのものは原因と結果による、従って「私」というものは存在しない、というだけならば
単に、近代(現代)科学の言ってることと概ね同じですよね?
誰にでもそれは、理解はできてしまう。

地獄極楽丸さんに、あなたは無我を認識することで
全ての苦しみから救われましたか?と尋ねたら、
俺の推測では、多分地獄極楽丸さんは
「全ての苦しみから救われたわけではない」と言うでしょう。
(地獄極楽丸さんは、恐らく少なくとも理論的には「無我」を理解している
だろうにもかかわらず。)
そうすると、「救われる人」と「救われない人」との違いは、
単に「無我」という事実を事実として認識する、というだけではなくて
「無我をどの程度『完全』に認識するか」という、
いわば「事実認識の有無」ではなくて「認識の強度」のようなもの、つまりは
心境のようなものに依存することになってしまうのではないか、と思うわけです。

118 :88:05/03/01 08:56:29
で、仏教というのはそういうもんだ、と言われればそれまでなんですけど
それがどうも俺にはしっくりこない。
そういう「心境」的なものよりも、もう少し理論的・認識的なものとして
あるべきなんじゃないだろうか。
仏教というのは私(実は存在しないのですが)と世界とがどのように関わっているか
という認識であって、その認識を得たときに根本的に全ての問題は消滅するのでなくてはならない。

例えばフッサールとかカントでもそうですけれど、「心理的自我」と「超越論的自我」とは
殆ど同じなものなわけだけれど、どこか決定的な一面において異なるわけですよね?
それが哲学を(心理学ではなく)哲学たらしめている。
ちょうどそのように、仏教での自我論というのは
「世界は因果の法則によって生起消滅する、だから私というものは存在しない」
という言葉によって表されるものに極めて近いものではあるけれども、
どこか一つ根本的に形而上的な点で、このような言葉で簡単に表されてしまう抽象的「無我」観とは
微妙に異なった点を含んでいなくてはならないのではないか、
そうでなくては単に自然科学的な因果律と大して変らないものになってしまうのではないか、と。

と、一哲学徒、兼、初心者禅仏教徒としては思うわけです。
ちょっと言いたいことがうまく説明できてないかな。もう少し考えてみます。

あと唯識さんは、人へのレスはちゃんと、論拠を明確にして説明するように
してくださいな。論拠のない一行レスではなくて。ここは哲学板なんですから。

またよろしく。今日はこれから仕事だ(鬱

119 :考える名無しさん:05/03/01 09:04:33
仏教の救いって、あの世(極楽浄土)で往生することでしょ?
マントラや念仏を唱えたからって、病気や貧困といった現世の苦が
消えるわけじゃない。

120 :88:05/03/01 09:10:42
ちょっと誤解のないよう書いておきますと、
俺は>>110で言っているようなことを否定しているわけでは全然ないです。
俺はくわしく知らんのですみませんが、たぶん初期の仏教というのは
文献的に正しく地獄極楽丸さんの言うようなものなのでしょう。
ただ、その解釈として、抽象的に
「私は存在しないことを認識すれば全ての苦しみは消滅する」と言うだけで
すませてしまっていいのか?本当にあなたはそれで全ての苦しみが消滅したのですか?
と言っているんですね。 長レスすまん

>>119
> マントラや念仏を唱えたからって、病気や貧困といった現世の苦が
> 消えるわけじゃない。
そりゃ当然そうですな。でも「あの世」って何のことですか?

121 :考える名無しさん:05/03/01 09:14:51
仏教の悟りって輪廻からの解脱でしょう。
あの世もこの世も棄てるのが仏教でしょう。

122 :考える名無しさん:05/03/01 11:40:13
犀の角のようにただ一人歩め。2チャンネルなんかやってんじゃねえ。

123 :考える名無しさん:05/03/01 11:46:38
2chって煩悩の溜り場だよね

124 :考える名無しさん:05/03/01 11:53:08
煩悩の溜まり場に咲く蓮の華を見てみたい。

125 :考える名無しさん:05/03/01 12:16:58
>>120
お釈迦様は「私」に由来するあらゆる執着を断ち切って悟られたのだから、まずはその事実を
信じるほかないわなぁ。

とりあえず、その仏教にたいする偏狭に執着することを止めてみたらどうよ?

126 :考える名無しさん:05/03/01 12:19:27
だいたい>>118みたいに仏教に形而上学を求める姿勢が間違っちょる。


127 :考える名無しさん:05/03/01 12:45:04
まあ、頭でっかちな小乗仏教を否定したのが大乗仏教であり般若心経なわけで。

128 :考える名無しさん:05/03/01 13:13:36
 すべての事物・事象は空であり。あなたも空である。

「そんなんで救われるのか?」という問いを発する人は、言葉の上で分かった
だけで、本当にはそれを受け入れられていないのです。


129 :考える名無しさん:05/03/01 13:20:32
空は実践に意義がある。
空を空じていきることが中道だ。

130 :舎利子:05/03/01 15:58:40
実践てなんですか

131 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/03/01 20:01:10
>>130
まあ、読誦だな。

132 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/01 20:20:08
>>130さん
私は六波羅蜜ではないかと

133 :ロウシ ◆SRBroushi6 :05/03/01 21:41:52
>>130
社会に揉まれるんだよ

134 :考える名無しさん:05/03/01 21:44:41
人生そのものが実践なり

135 :考える名無しさん:05/03/01 22:10:36
六波羅蜜た?

136 :舎利子:05/03/01 23:08:32
僕は無職ですが

137 :舎利子:05/03/02 00:35:20
般若心経理解してる人はやはりいないのか
やはりこれは私のためにかかれたものなのか

138 :地獄極楽丸:05/03/02 00:35:26
115 :考える名無しさん :05/03/01 02:28:55
>>115
>中村元著『龍樹』(講談社学術文庫)
>の158ページ以降、その問題を中心に
>詳しく書いてありますよ。

なるほど。その本、たまたま持っていたので、いま斜め読みしました。
有部は縁起を時間的継起と捉えていたのに対し、中観派は意味論的相依性と捉える。
なるほどね。
もう少し勉強させていただきます。

139 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/03/02 00:38:01
>>137
うん。これはやはり君のために書かれたもんだ。
なぜなら、君だけが理解してないようだから。

140 :地獄極楽丸:05/03/02 01:10:46
88さんに直接お答えする前に、わたしの仏陀に対するスタンスを云っておきます。

わたしは仏陀その人は、尋常な程度を遥かに超えた天才的人物だったと思っています。
勝手な自説の束だった当時のインド思想界にあって、彼ひとりが、占いも形而上学も退けて自分自身の観察できるものだけに立脚した実践的な「道」を発見した。
野生の思考のただ中にあって、彼ひとりが原因結果の系列などというものを自分の教えの中心においた。

しかし、彼もやはり時代の子です。限界がある。
わたし自身は、仏陀は非常に好きで畏怖を感じる人物ではありますが、信仰の対象ではありません。

また、仏教はもともと「宗教」ではなかった。なにかを信仰したりはしない。
哲学でもない。仏陀自身は、悟りを得るために必要でないことから形而上学は廃した。

仏教じたいあまりに長い歴史を持っているため、正直いって仏陀の痕跡さえないような思想もある。
特に日本では、密教から本格的な仏教の歴史が始まった、という不幸がある。
それが信長・家康を経由することでさらに無力化されてしまったものしか残っていない。

そんなわけで、88さんに答えるにも、おそらく仏陀自身はこう考えただろう、ということと、
後の時代の仏教ではこう云っている、ということと、わたし自身がこう考えている、ということは結構別々です。

141 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/02 01:15:23
>>140さん
密教から入ったのは不幸ですか・・・
釈迦如来と大日如来の関係とか、いろいろありますね。

142 :考える名無しさん:05/03/02 01:25:35
信長が、良くも悪くも一向宗などをぶっ潰したから、その後の日ノ本は繁栄できたそうだが。

143 :地獄極楽丸:05/03/02 01:25:40
>>140
わたしとしては何でも無批判にしておく仏教の立ち位置が気に食わない。
護摩を焚いたり真言唱えたりなんて、仏陀の教えからは最も遠いと思います。

念仏ももちろん仏陀の教えとはほとんど関係ない。
禅もそう。試しに座禅しにいったみたりしたのですが、正直くだらない、と思いました。

144 :地獄極楽丸:05/03/02 01:42:22
>>117
>「無我」を知るだけで本当に「苦」は消滅するのか?
>どこか一つ根本的に形而上的な点で、このような言葉で簡単に表されてしまう抽象的「無>我」観とは 微妙に異なった点を含んでいなくてはならないのではないか、

まず、仏陀のおしえから。
「世界は因果の法則によって生起消滅する、だから私というものは存在しない」
という知識だけで、悟りが得られるわけではありません。
それを、いわば体得することが、悟りです。

また、仏陀に88さんの仰るような分析を求めるのは無理というものです。
わたしがいくら仏陀が超人的であろうとも所詮、時代の子だ、といったのはそういう意味です。
彼が現代に生きていたら、たぶん、明快な哲学として明示してくれるだろうと思いますけどね。おういう意味では現代の仏教者はほんとうに怠慢だな、と思います。

145 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/02 01:42:53
>>143さん
???
確かに初期仏教にはありませんね
大乗仏教は仏教では無いという人も居られますし(上座部系)
しかし護摩・念仏・座禅。必要な要素だとは思いますが・・・

146 :地獄極楽丸:05/03/02 01:56:46
>>144の続き。
で、わたしについてですが、わたしはおそらく、無我を「悟れば」苦もないというのは「事実」だと思っています。

そもそも世界はただ全体として在って、それが生成変化しているだけで、人間が外界把握のためにその連続的な変化を言語によって分節し、「もの」が個在しているように錯覚している。
しかし、「わたし」を一個の人間として区切って考えるのは人間が種として生きて行くために必要だったために過ぎず、実際は、意味もなく、個もなく、ただただ世界が全体として生成変化しているだけ、というのが世界の本質でしょう。

だから仏陀は正しい。

しかし、わたしは悟らない。

「悟る」くらいなら、この「世」の苦とともに世界の美しさに囲まれて執着しまくって生きて生きたい、と切実に感じています。
わたしはヲタクですから、執着するものがいっぱいある。金輪際悟らない。

苦しくてこそ人生。


147 :地獄極楽丸:05/03/02 02:05:51
>>145
>大乗仏教は仏教では無いという人も居られますし(上座部系)
>しかし護摩・念仏・座禅。必要な要素だとは思いますが・・・

「空」は「縁起」を発展させたもの、と考えていますし、中観も唯識ももっとちゃんと読もう、と思ってます。
大乗仏典も好きです。
でもねえ、、、、、密教・念仏・禅はちょっと馴染まないなあ。

ただ、わたしは避けているところもあるので、唯識さんに反対はしません。
おそらく学ぶだけの意義のあることなのでしょう。
それに意義を見出す人がいるなら、それは必要なことなんだ、と思います。


148 :考える名無しさん:05/03/02 02:10:44
知っての通り、日本にまで伝来した仏教は、インドから(陸・海の)シルクロードを経る過程で、
様々な思想を吸収しフルイにかけられ洗練されたものだ罠。

西洋の思想とは別系統で発展した東洋思想として捉えることもできるだろうよ。

149 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/02 02:17:09
地獄極楽丸さん
密教・念仏・禅は多分にヒンドゥ教的な性格が強いからでしょうか・・・
どれも、「ヨーガ」一部分ですから。

150 :考える名無しさん:05/03/02 02:31:26




     

     都合の悪いことは、無視するね。。。>>77




.



151 :考える名無しさん:05/03/02 06:07:09
>地獄極楽丸さん
美しさに触れるということは、己の醜さに触れるということでも
あるのだよ・・・

ヒンドゥー教の神様が仏教の仏様になったものは、名前の末尾に天が付く。
梵天(ブラフマン)大黒天(シヴァ)帝釈天(インドラ)など

152 :考える名無しさん:05/03/02 08:53:42
>梵天(ブラフマン)大黒天(シヴァ)帝釈天(インドラ)など

 は仏教の守護神ではあっても仏様(ブッダ)とは言わない。
 ゴータマ・ブッダはヒンドゥー教の神の一つにはなってるけど。


153 :151:05/03/02 09:12:42
>>152
そうなんすか、教えてくれてありがとう。
ヒンドゥー教では、ブッダは確かヴィシュヌの化身の一つだったかな?

154 :考える名無しさん:05/03/02 22:27:26
>地獄極楽丸氏
仏教の苦は単なる苦しみではなく「自分の思惑どおりにならないこと」全般を
指すので、悟りを避けようとするあなたにとっては悟ることが「苦」なのです。

やはりあなたも「苦」から逃れたがっていることに変わりはない。

155 :考える名無しさん:05/03/02 22:39:04
そんなすげーか?
般若心経って

156 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/03/03 00:55:11
短いけど、すげーぞ。
ダイナマイトが150tだ。

157 :考える名無しさん:05/03/03 01:16:56
般若心経を読んで悟りを開いた香具師はこのスレにいるか?

158 :考える名無しさん:05/03/03 01:18:29


159 :考える名無しさん:05/03/03 01:30:21
「ガンと闘うな」てな本があった。

「苦と闘うな」と言いたい。出口の見えない嫌なものは避ければ良い。
ただ、その戦術を安易にし続けると、世界が狭くなる。

160 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/03/03 01:32:18
「ガンと闘え」って本もあって、大型書店だと隣に並んでいたりする。

161 :考える名無しさん:05/03/03 01:35:25
何故軽挙妄動が持ち出されるかわかるか。自分に正直であることが正しいからだ。

162 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/03 01:35:36
心経の冒頭部分に近いですかね

163 :考える名無しさん:05/03/03 01:39:56
闘うべき時に戦い、逃走すべき時に避ける。が人生訓か。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」 スレ違いだな。

164 :考える名無しさん:05/03/03 02:20:11
般若心経も含めて仏教は「より良く生きるため」にあるわけではないよ。


165 :考える名無しさん:05/03/03 02:34:48
じゃあ何のためにあるというの?

166 :考える名無しさん:05/03/03 02:43:07
金集め。

167 :考える名無しさん:05/03/03 07:33:29
>>166
今の葬式仏教はそうかもな・・・
本来の仏教は先祖霊信仰を否定してたはずなのに

168 :舎利子:05/03/03 21:18:29
無眼舌身意 とかが理解されてるとは思えないんだが。
哲学的に空の概念を把握しただけだろ

169 :舎利子:05/03/03 21:19:12
今まで書いてあるような意味のお経ならここまで有名にならない
と思うな

170 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/04 03:23:06
>>169さん
哲学板でこういう事を書くのはなんですが
それは「功徳がある」の一言でしょう。

171 :舎利子:05/03/04 07:41:28
何で念仏すると功徳があるんだろう
勘違いじゃないのか

172 :考える名無しさん:05/03/04 07:47:56
般若心経を唱えている、ということ自体が功徳なのだよ

173 :舎利子:05/03/04 07:51:26
何故?俺にはさっぱりわからん

174 :考える名無しさん:05/03/04 10:28:58
現世の価値観で考えても分からないとオモ

般若心経の主張は「現世的な価値観にこだわらなくてもいいんだよ」ということ
だから、たとえ人間の目から見て何の得にもならないことでも、
仏様の目から見たら意味の有ることなんだよ、と

般若心経を唱えることも、現世的な価値観から離れることの実践の一つだわな

175 :考える名無しさん:05/03/04 13:26:44
行けり、行けり
超えて行けり
道を行く者は幸いである。

だっけ?

176 :考える名無しさん:05/03/04 14:50:14
ガテー ガテー
パーラガテー
パーラサンガテー
ボーディー・スヴァーハー

177 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :05/03/04 19:04:45
>>171
だから、「念仏」じゃないんだよ!
>>173
まったく、読まずに理解しようってんだから笑える。
以下に般若波羅蜜多のマントラを説く。即ち、これがそのマントラである。
(故説般若波羅蜜多呪、即説呪曰)って、きちんと書いてあるだろう?


178 :175:05/03/04 19:17:26
>174
むしろ価値一般が「空」だ、と言ってるんじゃないのかな。

179 :考える名無しさん:05/03/04 19:17:27
濁っていない精神を保つのが「無」であり、その超越が「空」である。
濁っていない精神を毎日保つことができるようになれば、「空」への道は近いであろう。
普通の人間には無理なことだ。


180 :175:05/03/04 19:19:30
>179
「濁っていない」をもう少し詳しくお願い。

181 :考える名無しさん:05/03/04 19:19:55
南京大虐殺があったと主張し続ければ、
あったことになる。

そういうことじゃないの?

映画、羅生門みたいなもんで。

182 :考える名無しさん:05/03/04 19:40:46
シャーリプトラよ。
この諸法は空相なり。

183 :考える名無しさん:05/03/04 19:56:09
>>180晴れ渡った気持ちになる瞬間のピークを維持させる精神。

自分もたまにこの気持ちになる時、どんな時が分からないけど、心というか頭のなかが
スッキリした感じになって、不思議なことに物事が全て分かっちゃう。体が勝手に動いちゃうときがあってね。不思議な
体験したことある。それには何かの「理」で動いていたのは分かっていたけど、そんなことはお構いなしに体が勝手に
動いて処理してくれた。もちろん善のみでの働きで。
 一日、一日をそういう精神で保てるようになれば、「空」への道への第一歩という。
自分には無理です「空」になるのは。はは。(苦笑)
 



184 :考える名無しさん:05/03/04 20:38:06
空への道など無いし、空にはなれない。
「漏れは空ではない」という幻想自体空っぽ。

185 :考える名無しさん:05/03/04 20:51:25
空なんて死んだ廃人が使う言葉じゃないの?

186 :175:05/03/04 21:17:22
>183
了解。

「空」というのは人間的な思惑を含まないあるがままの世界、と
理解しているのですが…。人間が視点であるかぎり、そこには
価値観や因果関係などの「記号化グリッド」が存在しますが、
それは飽くまで局所的な視点でしかなく、世界の実相は空である。
というのが般若心経という「論文」のポイントのひとつかと。

187 :考える名無しさん:05/03/04 21:46:03
>>186
勉強になります。
イスラム教とキリスト教ってどうちがうかご存知ですか?もしよかったら教えてください未熟なものでして。

188 :考える名無しさん:05/03/04 22:09:29
>>186
>「空」というのは人間的な思惑を含まないあるがままの世界、と
>理解しているのですが…。

それだと「空」は人知の及ばない、得体の知れないものということに
なってしまいませんか?
もしくは、「あるがままの世界」をどう考えるかは、人それぞれ、
ということになってしまいます。

般若経典の編纂には、龍樹が関わっていたという説があるように、
「空」の背景には「縁起」があると思います。


189 :考える名無しさん:05/03/04 22:46:49
まあ、あんまし難しく考えなくていいんじゃない
頭でっかちの小乗を否定したのが大乗であり般若心経なわけで

・・・って、鉄板で言うことじゃないか

190 :考える名無しさん:05/03/04 22:51:13
頭わるいやつに限って、すぐに「頭でっかち」とか言いだす・・・w

191 :175:05/03/04 22:58:54
>188

>それだと「空」は人知の及ばない、得体の知れないものということに
>なってしまいませんか?
>もしくは、「あるがままの世界」をどう考えるかは、人それぞれ、
>ということになってしまいます。

感覚世界は人間という視点の存在によって、「意味」が加わったり
感覚の及ばない部分が足りない、とは思いますが、
得体が知れない、とまではならないような気がします。
世界を思考してしまった時点でそれは「その人にとっての世界」に
なってしまうのではないでしょうか。

わたしはかなり以前に1冊読んだだけですし、
恥ずかしいことに書名も憶えていません。
あなたの方が詳しいと思いますので、
「縁起」と「空」の関係についてもう少し詳しく教えてください。

192 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/04 23:51:48
これが「空」なんだ!とか
やっと「空」が解かった!
という時点でもはや「空」では無いらしいですね。
たしか金剛般若経にこれに似た内容があったと思います。


193 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/04 23:55:39
>>179さん
「蓮華は泥中に咲く」という言葉もありますよ。
無論、意味を捉え間違いしたらとんでもない事になりますが・・・

194 :考える名無しさん:05/03/05 01:36:51
>>190
般若心経書いた人に言ってくれ

是故空中無色〜以無所得故のくだり、六根や六鏡、十八界といった小乗の
緻密な教説をことごとく否定してるがな
一切は空だと

195 :考える名無しさん:05/03/05 01:48:56
>>194
空だから、難しく考えなくてもいいということにはならんぞ・・・

196 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/05 02:21:49
>>194さん
経典の作者は不詳ですので。(般若心経に限らず)
訳者は分かっていますが。

197 :舎利子:05/03/05 04:31:56
>194
否定してない
空の中にはないと言ってる

198 :考える名無しさん:05/03/05 07:45:08
>>197
般若心経の“無”はサンスクリット語のNa(英語のNoに当たる)を
漢訳したものだから、

是諸法空相:諸法(すべて)は空であり
是故空中無色〜:空の中において、小乗仏教で考えているような
五うん(変換できん…)・六根・六鏡・十八界・十二縁起などはノーである
つまり、これらのものはすべてにおいて間違いですよ、と

199 :考える名無しさん:05/03/05 12:27:10
大乗仏教は一部のエリート(出家信者)の占有物と化していた仏教を
一般大衆の手に取り返す目的で作られたものだからね
釈迦は出家・在家両方の信者に教えを説いていたし

般若心経も、あまり学の無い大衆に向けて書かれたお経なわけよ
文字数が少なめだから、他のお経より簡単に覚えられるし

200 :考える名無しさん:05/03/05 12:35:20
こういう世界否定の思想はだめだな

201 :考える名無しさん:05/03/05 12:39:28
      / / !lヽヽ  \  \ \  }、
    / l l l ヽ ヽ、_弐_ --ヽ _ヽノノ!    、__人_从_人__/し、_人_入
    /! ll__l ヽ-‐' "┴─`  l/rヌ、ノ|   、_)
    !l/fri刀          >'〉} ノ!   _) 世界を肯定せよ!!
       l ̄ 、 _      ,Lノノ |    `)
        ',  ヽ'´ヽ    / | 「||l!,|     '´⌒V^'^Y⌒V^V⌒W^Y⌒
         ヽ、  ー'    / .| | | |!|  
         ``ー-ャァ' ´ _」、lLl l!|  
           __ノ /==三三ヽL


202 :考える名無しさん:05/03/05 13:10:38
仏教=苦に満ちた生から、いかにして脱出するかという教え

203 :考える名無しさん:05/03/05 13:27:07
         _  、 lヽ
     ,. ''"~    ̄ `'' ヽ
     / ,-、     ,.-、 /
     l l  ` ー-''"  l /
     rlニ二=、__,,.:=ニユ'、
     l`!  {9 ! l {9  l' l
     ヽ!`ー''", l} ー.イノ 
      l  /__ヽ /
      ヽ  ー  / l 、 生は苦に満ちてるなー
   -''" l `ー---'   `ヽ
/   ィ   , 亅  ,  )   `i 


204 :考える名無しさん:05/03/05 13:37:33
         // │  │  \\
       / /   │   │   │ \
      /  /   │   │   │  │
      │ /   │   │   │  │
      │                /
      │  /      \     /
        │  _      _      /
      │              /
       │   │         /
         │  │         /
       │   し       /
       │         /
       │ ∈∋   / 生は苦に満ちてるなー
       │      /
         \___/




205 :考える名無しさん:05/03/05 14:20:37

   
        全てを食う

206 :哲子:05/03/05 19:29:31
>>194
>緻密な教説をことごとく否定してるがな
>一切は空だと

否定と空とは違うと思われる。
一切法空は何も否定しない。
それが真だから。

207 :考える名無しさん:05/03/05 19:51:58
>>206
>>198

208 :考える名無しさん:05/03/05 20:01:21
生は苦に満ちてるなーw

209 :考える名無しさん:05/03/05 20:04:04
    |
    |          .::::::::::::::::::::.
    |         ...:..:.:::::::::::::::::::::::::::::::::::.:..:...
    |     、-=・=-`:::::::::::::::::::::::::::::::::´-=・=-,.
    |      ⌒..:::::::::::.ヘ   /.:::::::::::..⌒
    |           .:::::::::::|  |:::::::::::.
    |           .:.:::::::::::::|  |::::::::::::::.:.
    |        -    .::::::::( |_| ):::::::::. 
    |      ┌    ____    ┐
    |       ` ┬─────┬ ´
    |          \┼┼┼┼/
    |            ,.二二二二、
    |  (   ゚)        ─
   / ̄ノ( ヘヘ ̄ ̄ ̄

210 :考える名無しさん:05/03/05 20:09:48
>>舎利子
シャーリプトラよ、全てを食うのだよ

211 :哲子:05/03/05 21:00:59
>>207
>>198は空を理解していない。
空とは縁起することである。

212 :考える名無しさん:05/03/05 21:12:12
空というのは、たとえばステーキを食ってうまい感じるのは
実は実感の実体があるのではなく、電気信号に過ぎないとい
うことである。

213 :考える名無しさん:05/03/05 21:14:01
まあね

214 :考える名無しさん:05/03/05 21:19:30
マトリックスね

215 :198:05/03/05 22:26:29
>>211
空が縁起を元にして生まれた考えだってことくらい知ってるよ・・・
すべての事物は相互関係によって生じ、事物そのものには実体が無いと。
だから無明にも実体は無く、無明から生まれる苦にも実体は無い。

これは、無明を消そう消そうと躍起になっている小乗に対する皮肉なわけよ。
もともと実体の無いものを消すことはできないからね。

216 :考える名無しさん:05/03/05 23:00:50
>>211
「空とは縁起することである」って言い方は何か違和感があるな。
空とはあくまでも「実体がない」ということで。。。

縁起を元にした空論が積極的になされるようになったのは中観派
からでは?
あらゆるものは縁起性なのだから、実体がなく、したがって空で
あると。


217 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/06 18:13:36
あらゆる事象は縁起によって成り立ち
その本質(実体)は空である。
これで良いのではないでしょうか?

218 :考える名無しさん:05/03/06 18:17:01
いーんじゃなーい

219 :考える名無しさん:05/03/06 18:26:44
最後の呪文はどう解釈している?

220 :考える名無しさん:05/03/06 18:27:07
は?んにゃ?

221 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/06 18:33:57
>>219さん
智慧の完成(プラジュニャー・パーラーミタ)の
真言(マントラ)
その真言自体が智慧の完成そのものであると。
真言最後の句「スヴァーハー)の意味

222 :考える名無しさん:05/03/06 18:35:31
空なんて簡単だし



223 :有漏:05/03/06 18:36:29
「空性と縁起と中道とは、意味の等しいもの」『廻諍論』


224 :岩波文庫より:05/03/06 18:38:12
往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ。

225 :考える名無しさん:05/03/06 19:52:51
SPEEDの「GO GO HEAVEN」は般若心経ラスト一行のパクリ

226 :175:05/03/06 21:52:13
とても勉強になりました。みなさん。

読んでみて、いまでは「空」という概念は
現象学と関連がありそうだな、と考えています。
舎利子に対してあらゆる予防線を巡らせ、より厳密性を
持って「空」概念を追求しようとする観自在菩薩の姿に、
時代の荒波にもまれながらも生徒に「現象学的還元」を説く
フッサールの姿を重ね合わせるのは「宗教」としての
仏教にさわることかも知れません。

最後の呪文は、
方向性としてしか示唆されえぬ、超越的視点に向かうことこそが
必要とされているのだ、とは解釈できないでしょうか?


227 :舎利子:05/03/08 13:14:40
時間は何との縁起で存在してるの

228 :考える名無しさん:05/03/08 17:16:31
なんだかよくわからないが人間はひとつの経過に他ならない
人間の感じることも執着することも、世界のいろどりのひとつであり
変わりゆき変わってきたものや変わらないものの経過の一部分でしかない
経過の一部に人間のすべてが入る以上、そこから考え出したと思っているものも
客観視できないものの思考であり
すべて必然でありいろどりの一部であるから
考えこだわることすらほとんど無意味である、
みたいなことかなあ
あの世という特別なものもなく、死後もまたあるとすれば今その人が感じている世界があるにすぎない
そうはいっても今現時点で生きることをえらびいろいろ小ざかしいことを画策するのが人間であり
そこに小さな局所的な因果は成り立つ、でも全体として経過・前景に変わりなしとか。
ああ、うまくまとめれん

229 :考える名無しさん:05/03/08 17:24:57
空というのは、物事を最後の最後まで追求し、最後まで諦めずに苦しい思いも学び進んでいったあげくに
辿り着く。本当の物事の本質が分かるまでには長い道のりですが、それを乗り切れば
本当の楽しさが分かる領域に辿り着くということ。
簡単に言えば、楽しさが「空」です。悩みも迷いも動揺もない領域です。

230 :考える名無しさん:05/03/08 17:56:00
まだまだ、ここだ >>77

231 :考える名無しさん:05/03/08 18:21:31
>>229
>物事を最後の最後まで追求し

↑これは「物事」に対する執着にはならないんですか?

232 :考える名無しさん:05/03/08 18:44:27
確かに空とはただ思考してわかるものとして語られているとは思えない。

233 :考える名無しさん:05/03/08 21:14:03
なになにによって引き起こされた物事は全て空。即ち、縁起。
その人が引き起こした事柄は、全ては空である。
「これがあることに依ってあれがあり、これが無いことに依って、
あれがない。あれがあることに依ってこれがあり、あれが無いことに依ってこれが無い。」

その迷いから解離されたとき、それが空。

234 :考える名無しさん:05/03/08 21:28:15
考えるだけで頭が狂ってくるね。

235 :175:05/03/08 21:51:22
またおじゃまします。
つまり縁起というのは「必当然的な事象の流れ」
ということでしょうか?
そこに因果、主語述語関係をを見ず、
事象そのものを見るのが「空」という「スタンス」
なのでしょうか?


236 :考える名無しさん:05/03/09 14:38:37
>>233
私が一人っ子で、生まない事によって子がないことを私の親が悩んでいる場合
悩みは消滅しませんよね。よくわからない。

237 :考える名無しさん:05/03/09 17:14:08
子供を生まないことに依って、貴方の親には孫ができない。
もちろん孫ができれば親は嬉しいということ。あなたが子供を生むという思いがあることによって、
親はあなたに子供ができればと願っているのです。しかし、あなたが望まないのであれば、それは解離ではなく
諦めたという思いでしょう。
解離はやることによって得られるものです。

238 :哲子:05/03/09 21:16:38
自性がないことが実体が無いことになるのはどうしてだらう。

239 :考える名無しさん:05/03/10 18:03:26
確認する自分(主体)がないから世界(客体)は存在しない
とか単純な問題ではないですね
色即是空がクローズアップされがちですが
空即是色があるからこそ大乗仏教としての経典として成り立っているのではないでしょうか。

240 :考える名無しさん:05/03/10 18:06:33
>>239

経典も 空

241 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/10 18:12:37
名前忘れてました
そうですね。法そのものも空ですね。
自我領域もそうですが、やはり「言語道断」
言葉での説明は限界がありますね。

242 :考える名無しさん:05/03/10 18:22:03
市川猿之助のスーパー歌舞伎「小栗判官伝説」には再生の物語。常世の国

243 :考える名無しさん:05/03/10 19:46:16
必然とは時間を超越することである。

244 :考える名無しさん:05/03/10 20:22:40

シャーリープトラ よ、よく聞きなさい、人生とは ( 略

なんですぅ。


245 :有漏:05/03/10 20:48:28
>無自性と無実体
自性とは実体を含む同一的契機一般だろう。故に無自性とは無実体を含むと思う。

>空と事象そのもの
空と他に「事象そのもの」はない。事象とは空。
ただし「色即是空 空即是色」の色は色蘊であり五蘊の代表であり、
五蘊は単に対象化された対象物(自存的に存在すると妄想されているもの)ではない。
ただしフッサールの「事象そのもの」は五蘊と遠くはないと思うが、
抽象的に対して、記述的という点で、佛教特に唯識は遠くないと思う。
故に唯識に関心をもたれては如何だろうか。

>主体・客体の無
能取・所取が存しないことは単純ではない。
『中論頌』的には、観る主体(能取)、観られる処(所取)、観る用(はたらき)、
この三者が「一でも異でも一且異でもない」ことが空。
能取と所取が先ず在り、そこに観る用がかかると考えるのが二元論、
または、因果を前後異時と前提し、能取が因で所取が果とすれば二元論的唯心論、
所取が因で能取が果とすれば二元論的唯物論、となる。
(しかし、すでに果が有(因中有果)ならば、因は不要であり、
いまだ果が無(因中無果)ならば何者への因たるのか、即ち異時因果はない)
唯識は「無心・無所得」(『三十頌』29頌)であるとする。

>言語道断
言語の限界は言語を尽くしてからいえること。
『中論頌』や『唯識二十論』等々の営為をみれば自明だろう。
また禅等は特に言語の不毛性をいうが同時に禅の典籍は多い。

246 :考える名無しさん:05/03/10 21:12:56
>>245有漏さん
素晴らしいですねえ。私はそのように書けません・・・

247 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/10 21:15:34
また名無しさんだった。
>>245
>所取が因で能取が果とすれば二元論的唯物論
が、少し分かりにくいのですが。

248 :考える名無しさん:05/03/10 21:56:33
ぎゃーてぎゃーて

249 :考える名無しさん:05/03/10 22:02:25
はーらー

250 :空を悟った者:05/03/10 22:43:02
オッス、オラ悟空
いっちょやってみっかー

251 :空を悟った者:05/03/10 22:44:40
地球のみんなー
オラに元気を分けてくれー

252 :有漏:05/03/11 07:38:04
>>247
客観が先に存在し、(それが不完全であろうが、)
主観内に表象が結果すると為せば、二元論的唯物論(及びその類)

因果異時(或いは、一方が限定者・根拠、他方がその被限定者・従属物とすれば同類)
は是の如くだが、因果同時(或いは、相互に限定者・被限定者とすれば同類)でもない。
主観・客観が「同時に相互に依存する」と為せば、相互依存すべき当体として、
例え刹那であれ、相互依存せずに存すると為しているからである。
異時であれ同時であれ、動詞を実体視したような器のような時間が前提されていることが誤っている。
(常識的相互依存は、この様に、すでに同一性として確立しているもの相互の
相互依存というが、それは空ではない。)
或いはまた「どちらがどちらに依存して成立するのか」ということにもなる。
そして刹那であれ自己同一的ならば、自己が自己を成立せしめるならば、
他に依存しない以上、永遠に自己同一的であり常住である。

253 :175:05/03/11 11:29:10
>250
(オッス!)

>245
ありがとうございます。仏教は般若心経しか読んだことないので。
唯識調べてみます。

254 :空を悟った者:05/03/11 11:40:40
クリリンのことかー!

255 :考える名無しさん:05/03/11 11:48:51
http://www3.realint.com/cgi-bin/tbbs.cgi?sijinjyuku021



256 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/11 16:43:36
>>252有漏さん
ありがとうございます。
>異時であれ同時であれ、
>動詞を実体視したような器のような時間が前提されていることが誤っている。
素晴らしい表現だと思います。

257 :考える名無しさん:05/03/11 19:26:05
本、詳細はアマゾン等で。
『存在の探求』(有部・経部、『倶舎論』概説)角川ソフィア文庫
『空の論理』(中観、『中論頌』概説)同上
『論理と超越』(唯識、『唯識三十頌』他概説)同上
『龍樹』中村元(『中論頌』全訳他)講談社学術文庫
『世親』三枝・横山(『成業論』部分訳、『唯識二十論』全訳他)同上
『唯識の探求』竹村牧男(『三十頌』全訳、概説)春秋社
『中論』(上中下)(『中論頌』全訳)レグルス文庫
『大乗仏典14 龍樹論書』(『空七十論』『廻諍論』全訳他)中公文庫
『大乗仏典15 世親論書』(『唯識三十頌安慧釈』『中辺分別論』全訳他)同上
『世界の名著2 大乗仏典』(概説、部分訳多数収録)中央公論社

258 :空を悟った者:05/03/11 21:15:24
でりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ

259 :考える名無しさん:05/03/12 19:20:42
グルジェフによれば以前にも機会があった時代はあったらしい
ということは釈迦は科学の限界性くらい知っていたのだろう
そのうえで般若心経は永遠に変わることない真理なのだろう

科学の限界はどのへんか

260 :考える名無しさん:05/03/12 20:25:25
>>259
>釈迦は科学の限界性くらい知っていたのだろう

科学の限界についてはどうかな。
釈迦は形而上学については無記すなわち沈黙して
語らなかった、と言い伝えられているから、科学
の限界を超えるものが形而上学だとすれば、釈迦
は科学しか語らなかったのだろう。






261 :考える名無しさん:05/03/12 20:42:05
科学については語ったのか

262 :考える名無しさん:05/03/12 20:43:49
学問の限界=論理学の限界?

263 :考える名無しさん:05/03/12 20:48:30
釈迦がいたころはまだ形而上学ないじゃん

264 :考える名無しさん:05/03/12 21:06:40
釈迦は形而上学を知っていた

265 :考える名無しさん:05/03/12 21:42:58
形而上学のない宗教なんて・・・

266 :考える名無しさん:05/03/12 22:12:50
釈迦の仏教は宗教ではなかった。
釈迦は宗教を否定している。

267 :空を悟っていない者:05/03/12 22:49:02
ギャルのパンティおくれー

268 :有漏:05/03/13 09:26:54
主語:去る主体、述語:去る用、(目的語:去られるべき客体←隠れている)
「私は去る」とき、主語「私」は「去りつつある私」以外ではない。
それに「去る」と述語するとき、「去りつつある私」を忘却して、
「『去る』ことから離れてあるような私」が想定される。
そして「去る」は動詞であり動詞は時間性であるから、時間性から離れた主体、
霊魂(アートマン)や実証科学的観察主体が想定される。
例えば「これから何をしようか」と何気なく考えるとき、「考えつつあること」を忘却して
「何もしていないような私」が先ずあり、次にそれが何かを為すと、
自明的であれ為してしまうことと同類である。
また、同時にそのような主体の想定は、「『主体』から離れてあるような延長的時間」の想定でもある。
このような主体と時間の想定は、時間を外から眺め渡しうるとの妄想を生み、
宿命論(宿作外道)・偶然論(一切無因作)・発出論(一切尊神作)等の諸形而上学的時間論(無論縁起は此等ではない)を生み、それに基づく倫理を生む(佛教の業は異熟無記)。
論者も考察行為も時間の内にあるのに、誤って時間を「外」から完全に眺め渡しうると自明して、
「全ては決定している」としたり、
一見反対だが同根の「全ては決定していない、ことが決定している」としたり、
「根本的な原因から万象が発出する」と主張したりする。
此等は何れも、自己が時間的であることを忘却しているのである。


269 :有漏:05/03/13 09:47:02
補足、推敲不足

時間を外から完全に眺め渡しうるならば、
たしかに決定的なことがいえるが、そうではない。
時間について言おうと為すことが、時間的であり、
自己に返ってくる為に、何処までも完全なことがいえない。
思考実験だが、宇宙の全てをシミュレート可能なコンピューターが
あったとしたならば、それは、永遠にとまらない。
何故ならシミュレートしている自己をもシミュレートすることになり、
また……という具合に無限にとまらない。

あるいはまた、仮に物自体を立てて分かりやすく考えた場合
認識は常に相対的・過去の経験と関係的であるから、完全に客観的な認識はない。
するとそれを幾ら集めても完全な予測が出来ない。
常に不完全な予測なってしまい、相対性が免れない、
(例えば北を見ると同時に南は見れないようなものである。
あるいは北と南を時間差をつけて両方みれる、との考もあるかと思うが、
その場合北“だけ”を知ることは不可能になり、
後者は前者には含まれない。)
と同時に、そのように不完全であれ予測は不可避でもある。
予測がかかっていない状況など存在しない。
例えばある事態への「驚き」がありうるのは、
「そのような事態はありえない」との予測が事前に効いているからである。


270 :有漏:05/03/13 09:50:05
更に補足
観察行為そのものが時間的な為、観察対象である時間に影響する。
つまり客観的に観察など出来ない。

271 :有漏:05/03/13 19:48:59
以上の考を基本にして、「去る」を「観る」に代えれば認識論となる。
主語:私/観る主体、述語:観る用、(目的語:観られるべき客体/処)
「私は観る」とき、主語「私」は「観つつある私」以外ではない。
それに「観る」と述語するとき、「観つつある私」を忘却し、
「観つつあることから離れてあるような私」が想定され、同時に、
「主体から離れてあるような観る用」が想定され、同時に、
「主体や作用/時間性から離れてあるような観られるべき客体」が自存的と想定される。
つまり二元論的主観と二元論的客観、とそこにかかる認識作用という図式である。

ところで、唯識は「灯火は自他を共に照らす」との比喩により自覚をいう。
それに対してナーガールジュナは批判的ともみえる。
「灯火が照らす」とき、主語「灯火」は「照らしつつある灯火」以外ではない。
それに「照らす」と述語するとき、「照らしつつある灯火」を忘却し、
「照らすことから離れてあるような灯火」が想定され、同時に、
「灯火から離れてあるような照らす用」が想定され、同時に、
「灯火と照らす用から離れた照らされる処(所照)」が自存的と想定される。上述の二元論である。
しかし私見では、唯識の「自覚」とは「灯火が照らす」ことではなく、
主語内容(述語内容でもある)の「(所照を)照らしつつある灯火」という
主語・述語の相依・空の領野、即ち「灯火、照らす用、所照」の三者の有無や一異が無い事と思う。
そしてこの相依は「去る」で示した様に時間論とも関わる。
唯識は縁起=識転変という。識(認識性)、転変(時間性)、そして転変とは種子と諸法の相依であり、
認識論、時間論、相依とは密接な関係にある。

272 :考える名無しさん:05/03/13 19:57:10
>>271
ひとことで言えば、実存は客体化されえない、ということね・・・

273 :空を悟った者:05/03/13 19:58:39
あ〜た〜まカ〜ラ〜ッポのほ〜うが〜
ユ〜メつめこめ〜る〜♪

274 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/13 22:35:20
金太郎飴、合わせ鏡、無限連続性
あるいは不確定性。
識転変の順序にも納得がいきます。(もちろん知「識」の上でですが」
限りなく無に近い可能性でも、遥か永遠の未来でも
識転変がなされる可能性を「信じて」。

275 :空を悟りきっていない者:05/03/14 11:45:18
オレは・・・
超(スーパー)ベジータだ!

276 :考える名無しさん:05/03/14 12:11:05
唯識も刹那滅であり無常である。
識も空であり実体はない。

277 :有漏:05/03/14 20:25:03
自覚はまた鏡で例え得る。
鏡においては「映すことから離れてある鏡」「鏡からは離れてある映す用」
「主体・用から離れた像」という、鏡と像にかかる用という二元論は認められない。
鏡は、常にすでに(像を)映しつつある。
例え闇を映す場合でも、闇を映しているのであって、何者かを映すことに先立った鏡自体などない。
だが鏡は鏡以外ではないのに映された像は常に他として顕れる。
映すとは常に他として顕れることであり、故に虚妄である。
自としてしかないのに、あたかも他であるかのように顕れるからだ。
そして映された像は、鏡としてしかないのに、あたかも鏡以外であるかのように顕れる。
故に虚妄である。

278 :空を悟らない者:05/03/15 12:18:42
よーく見ておきなさい
めったに見られる物じゃありませんよ!!

279 :舎利子:05/03/16 00:03:58
仏教哲学は駄目だな 仏教はもっと実践的だ

280 :考える名無しさん:05/03/16 00:05:55
いやいや、ウロ氏の書き方が晦渋なだけさ。

281 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/16 15:05:35
>>279舎利子さん
その実践が人にとっていかに難しいか。
それらを命を賭して乗り越えた先達の体験を
字面だけで理解できる筈がありません。
経典・論書・戒律。これらは説明書でも体験談でもありませんよ。

282 :空を悟った者:05/03/16 15:37:26
ふとんがふっとんだー!!

283 :有漏:05/03/16 16:33:43
>>274
失礼ですが、此方の誤解かもしれないが、識転変と転依を取り違えていない?
識転変はアーラヤ識縁起(種子と諸法の相依)を略した世親『三十頌』の術語。
「未来に達成」されるのではなく「一切時」の有情の構造。

>>280
君には晦渋だったか。具体的に何処がどのように晦渋だった?
此方としては可能な限り易しく書いたのでありこれ以上は無理だ。
不明なら挙がっている本を読んでくれ。

それとも内容を理解の上で晦渋としたのか?
であれば君なりに非晦渋に書いてみてくれないか?

284 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/16 18:02:33
>>283有漏さん
転識得智と勘違いしておりました。失礼致しました。

285 :般若心経:05/03/16 18:34:56
生せず滅せず、垢つかず清からず、増さず減らず、是の故に空中には色もなく、受想行識もな目耳鼻舌身意もなく、色聾香味触法もなく、限界もなく、乃至意識界もなく、無明もなく、亦無明の儘ることもなく、乃至老死もなく、

286 :考える名無しさん:05/03/16 18:44:53
亦老死の儘ることもなく、苦集滅道もなく智もなく亦得も無し、所得なきを以ての故に、菩提薩垂、般若波羅密多に依るが故に、心に罫疑無し、罫疑無きが故に、恐怖あること無し、一切の転倒夢想を遠離して、涅槃を究境す」という到底底からは認識されぬ一説

287 :考える名無しさん:05/03/16 18:47:10
そういふものではありえない

288 :考える名無しさん:05/03/16 18:50:29
底抜けの空なら認識できるにゃあ。

289 :考える名無しさん:05/03/16 19:11:51
叩いても駄目だ独りで空けて入れ

290 :考える名無しさん:05/03/16 19:41:08
仏説を頭で理解することと、
腹の底から本当に分かること、
そして、
信じて帰依すること、
それらのことは、別のことだね。

大事なのは、本当に、「我がこと」として考えているのか、ということ。
それはたとえば、「あなたは癌です。あと二ヶ月の命です」と
言われた時に、明らかになることだと思います。


291 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/16 19:43:33
>>290さん
ストレートですね。

292 :折口 学:05/03/16 21:19:36

般若心経の歴史を辿ると、おもしろいよ。

般若心経の意味を心のそこから理解して唱える者は数少ない。

十分に理解して、毎朝 静寂の中で宇宙を想像し、

姿勢をただし、精神を集中して腹のそこから声を出して

唱えると あなたの人生は、やがて( 略

と、なることでしょう。

293 :有漏:05/03/16 23:39:53
時間・空間・その他であろうと、有延長ならば更に部分に分割可。無延長ならば全体を構成出来ない。
延長(の有無)ということがない。
事実的な異時因果関係であれ、普遍的な論理的根拠(因)・被根拠(果)関係は基本的に違いはない。
五蘊の領野の相依が問題であって、対象化された事実や普遍は相依の上の仮説。
五蘊の領野は一方的に事実的(偶然的)なのではなく、萌芽的であれ普遍性を備えていると思う。
そうでないならば言語次元、対象化された対象物としての普遍性は無根拠となる。

    /@過去門破−同一門破−因中有果門破\__前後門破
三時門破―A未来門破−別異門破−因中無果門破/ ̄ ̄異時門破
    \B現在門破−一異門破−因中一部有無果破−同時門破

@已に結果しているならば、新たに因を以って何を為すのか。
A未だ結果していないならば、何者への因足るのか。
B現に結果しつつあるならば、已に結果した処と未だ結果せざる処とに分割可であり@Aの過誤が付随する。

@因中有果ならば因果同一・無差別となる。是の如くならば乳と酪とは同一と化す。
A因中無果ならば因果別異・無関係となる。是の如くならば酪は乳と無縁な砂からでも生成する。
B因中一部有果一部無果ならば、因中有果と因中無果とに分割可であり@Aの過誤が付随する。

@因中有果でありながら結果するならば、「自から自」が成立し常住/宿命論となる。
A因中無果でありながら結果するならば、「他から自」が成立し断滅/偶然論となる。
B因中一部有果一部無果でありながら結果するならば、@Aの過誤が付随する。

@A因果異時で関係するならば、同一であるか別異であるかとなり@Aの過誤が付随する。
B因果同時で関係する(常識的な諸延長相互の相依)ならば、
a:どちらがどちら依存して「果の因」「因の果」として成立するのか、
b:相依の当体としての其々が、例え刹那であれ相依せずに自存すると為している。
また刹那であれ自存するならば永遠に其々が自存する。
そうであれば因果は無関係となり因は「果への因」足らず、果は「因からの果」足らない。

294 :有漏:05/03/16 23:46:58
図修正、門破は批判。前後門破は異時門破と同類。

○○○○/@過去門破−同一門破−因中有果門破\__前後門破
三時門破―A未来門破−別異門破−因中無果門破/ ̄ ̄異時門破
○○○○\B現在門破−一異門破−因中一部有無果破−同時門破

295 :考える名無しさん:05/03/16 23:56:20
>>293-294
ここでそういう書き方しても、あんまり意味ないと思うよ。
そういう解説は、定評ある学者のものを読んだ方がずっといいわけだからさ。
独り言のつもりで書いてるんなら、別にいいんだけど。
そういえばあなた、「前口上スレ」のE2氏に、どことなく似てるね。

296 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/16 23:59:52
中論ですか。
唯識より難しい(個人的には)ですね。

297 :有漏:05/03/17 00:57:55
>>295
知識が有なら文面への「具体的」レスを頼む。
知識が無なら「定評ある学者のものを読ん」でから「具体的」レスを頼む。

>>296
『中論頌』を関係論や時間論としてばかり考えるのは問題があると思いますが、
種子と転識/諸法との関係等の唯識思想に繋がるのでは、と考えています。

298 :有漏:05/03/17 01:05:16
補足
>>295
E2氏というのは知らない。君以外に誤解されると困るので、一応。
ところで君、280?

299 :空を?者:05/03/17 01:55:24
アメ玉になっちゃえー!!

300 :考える名無しさん:05/03/17 02:03:57
>>297
>>295で言いたかったのは要するに、あれでは読む気にもならないということだよ。
その最大の理由は、あなたの書き込みは、どの部分が一般的解釈〔あるいは誰かの解釈〕であって、
どの部分があなた独自の解釈であるのかが、全く不明瞭であるということだ。
まずそれを明瞭にして、自分の主張したいポイントを明確にする、という読ませる技術が必要だよ。


301 :空を悟れない者(声:若本規夫):05/03/17 02:20:42
ぶるわあああああああああああああああああああああ

302 :考える名無しさん:05/03/17 17:00:25
やさしく説明できないのは書く人が理解していない
からだと思って間違いない。

303 :考える名無しさん:05/03/17 17:04:05
理解だけが果たして全てかな?

304 :考える名無しさん:05/03/17 17:35:47
論理は理解がすべてである。論外にはなにもない。

305 :有漏:05/03/18 09:23:36
>>300
「読む気にならない」と言われても、それは君の主観に過ぎない
(あの投稿文面で『中論』と看破して下さった方もいるという事実によって)が、
その最大の原因は、私の文面(確かに拙く、誤謬の可能性も多々あろうが)ではなく、
>>297で求めた文面への具体的レスを見事に「回避」しているので)君の知見不足であろうと思われる。
>>257に挙げた「定評ある学者のものを読」んで「一般的解釈」を学習されたし。

295、300の様な「回避」レスは不要だし失礼だが無視させて頂くと思う。

306 :有漏:05/03/18 09:34:00
補足
>>300
私のいう「文面への具体的レス」とは、
例えば「三世門破と同時門破を関係させて考えるのは安易過ぎないか」等。
曲解を排除するため一応。

307 :空を悟る者(パラ○ル西○記編):05/03/18 10:20:55
ドラえも〜ん!

308 :考える名無しさん:05/03/19 02:06:08
例えば地獄極楽丸さんとか唯識さんとかはもっとわかりやすいよ。

309 :考える名無しさん:05/03/19 03:14:43
>>305
「『中論』と看破 」って・・・
なんか勘違いしてるみたいね。
クイズやってんじゃないんだから。

310 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/19 11:52:06
>>308さん
ありがとうございます。
哲学板ですからできれば専門的な用語を使って説明するのは
間違いないと思います。
私がそれをしない(というより出来ない)のは
単に書籍の丸写しになってしまう恐れがあるからです。
ですから私が書く内容はほとんど例えや抽象的表現ばかりです・・・

311 :空を悟ろうとしない者:05/03/19 17:40:11
おまえのものはおれのもの
おれのものもおれのもの

312 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/03/22(火) 21:46:17
ほんじゃあ、易しく説明しよう。
要は、読誦せよってことだな。

313 :色を悟らせる者(声:かかずゆみ):2005/03/23(水) 02:33:51
キャー!
のび太さんのエッチー!!

314 :考える名無しさん:2005/03/24(木) 02:49:13
もちろんお風呂シーンは復活するんだろーなー。

315 :考える名無しさん:2005/03/24(木) 04:23:00
NEET A GO GO!

316 :考える名無しさん:2005/03/26(土) 18:12:51
なんで幻は存在するの?

317 :空も色も悟りきった者:2005/03/27(日) 16:31:41
地球はかい爆弾〜!

318 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 21:31:15
ハニャーン心経
とにかくみんな空(クウ)なにょな。そう思えばつらいことも何もないにょだYO!
モノが在ると思ってもその実体は無いわけだし、
実体が無いようなモノも在るように見えるものだにょ。感覚知覚するのもそういうもにょなの。
とにかくモノ・感覚・知覚、みーんな実体がないわけだから、生まれもしない滅びもしない、
汚くもならない浄くもならない、増えもしない減りもしない、当たり前の話だゴルァ。
実体がなく変化も無いんだから、縁起なんて表面的なこと、実体など無いわけでして、
無明がどうとか老死がどうとか、もう言うだけ無駄。悟りとか悟りを得るってことも無かったわけだ。
こう思えば何にも考えなくてすむし、考えないから怖いものナシ。
考え違いもないからもう究極だあーヽ(゚∀゚)ノアヒャ 。
ブッダというのはみーんなこんな風な修行をしたわけで(ホントか)、
それで究極の悟りを得たと(なんだ結局得たのかよ)。
まー智慧の修行ってこういうわけのワカランものだから、
もまえら愚民たちは最強のマントラとしてこのお経を繰り返し唱えるぐらいが関の山ってわけだ。
じゃあ唱えるぞ。
「逝ってよし、逝ってよし、もまえらみんな逝ってよし。漏れもなー」
ハニャーン心経


319 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 21:39:48
マグモニーグルは神だった。
すごすぎ。

320 :( ´∀`):2005/04/11(月) 12:01:29
まー究極の悟りなんぞ、もまえら愚民どもにはわけのワカランことだろうから
自力では無理、弥陀の本願に頼って「なんまいだぁ〜。なんまいだぁ〜。」と
お念仏するぐらいが関の山ってわけだ。さあ、
「なんまいだぁ〜。なんまいだぁ〜。」で妻帯もよし!子作りもよし!

以上「ありゃまあ、孕ましたチン経」(チンチーン

321 :ローカルルール審議中:2005/04/15(金) 01:42:10
「生きながら死ぬ知恵」っていう小学館から出てる
般若心経の現代訳はかなり分かりやすかったよ?

哲学板的にはどうか知らんけど。

322 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/04/15(金) 02:21:10
このスレも久しぶりですね。
>>321さん
すごいタイトル?の本ですね。
しかしかなり危険な解釈っぽいタイトルの気がするのですが。

323 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/04/24(日) 14:14:18
素晴らしい番組が再放送です。
NHK教育で1年(全12回)に渡り
「般若心経を語る」−心を根本となす-
が放送されます。 


324 :昼行灯:2005/04/25(月) 19:15:07
山田無文・訳   「般若心経」  (禅文化研究所刊)より引用
  自由に真理を観る眼の開けた菩薩は、その深い英智に依って、 肉体も精神も、すべて空であると達観して、 一切の苦悩災厄から免かれる。
  舎利佛よ。
  肉体は空を離れては無い、  空は肉体を離れては無い。  肉体はそのまま空であり、  空はそのまま肉体である。
  感覚も想念も意欲も、或は自我という精神組織も、みなその通りである。
  舎利佛よ。
  すべては空であるから、 生ずることも無ければ、滅することも無い。
  垢れもしなければ、奇麗にもならない。
  増えもせねば減りもせん。
  だから空の中には、  肉体も無く、感覚も想念も意欲も自我も無い。
  眼も無く耳も無く鼻も無く舌も無く躰も意も無い。
  色も無く声も無く香も無く味も無く触れられるものも無く、  想われるものも無い。
  曽て見た世界も無ければ、曽て想うた世界も無い。
  盲目的本能も無ければ、盲目的本能の無くなることも無い。
  また老死の苦しみも無ければ、老死の苦の尽きることも無い。
  苦悩も無ければ、苦悩の因である貪愛も無い。
  苦悩からの救いも無ければ、そのための修行も無い。
  知ったというのも無ければ、得たとというものも無い。
  本来得られるべき何ものも無いからである。
  菩薩方は、このような徹底した英智に依って、心中何のこだわりも無い。
  こだわりが無いから、恐怖も無い。
  恐怖が無いから、 あらゆる混迷邪見な想念から救われて、 永遠に静寂なる境地が得られる。
  三世の諸佛も、この偉大なる英智に依って、その尊厳なる普遍的人格を自覚されるのである。
  だからこの偉大なる英智こそ、最も神秘的な呪文であり、最も光輝ある呪文であり、地上最高の呪文であり、 他に比類なき呪文である。
  この呪文が世のあらゆる苦難を排除することは、まさしく真実であって、一点の虚妄も無い。
  ではその偉大なる英智の呪文を示そう。
   救われた。救われた。
   完全に救われた。
   みんな完全に救われた。
   ここが浄土だった。
 
  「般若心経」山田無文著(禅文化研究所刊)

325 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 05:07:40
俺も無我の境地に達してテニスの天才になりたい

326 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 05:30:23
「般若心経を語る」ね。それほど薦めるなら見てみるかな。


327 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 17:01:49
モノを客観的に理解するということは、モノと自分を切り離すということ。
しかし般若心経は「すべては一体だ。切り離して考えるな」と主張している。

だから、般若心経や空を客観的に理解しようとすること自体が矛盾している。

328 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 20:59:29
お釈迦様って座禅やったよね?
戒定慧っていうくらいだから当然そうだよね?
今更スマソ

329 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 03:46:42
禅宗開いたのは達磨大師では?

330 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 22:52:31
禅は仏陀だよ、それをマハーカシャッパが受け継いだ
達磨はその種を中国へ蒔いた人

331 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 23:15:52
しばし静観・・w (´・ω・`)

332 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 15:24:58
禅はシャカ以前からあるよ。
したがって「禅=ブッダ」なんていったところで仏教を説明したことにはならない。

333 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/18(水) 23:10:46
私は↓において「これが間違ってる」「これも間違っている」と書いた。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116154783/70
それぞれの間違いについて、既にコメントしているはずだが?
きちんと読んだのか?
>あれは「一切は空しい」みたいな事言ってるんですよ。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116154783/45
>ただ字面を追ってる限りでは、人間の認識論的な側面が書かれていると
>捉えるのが一番自然ではないでしょうか?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116154783/63
>人間が認識するかぎり何でもかんでも、空ですよ、って事で矛盾ないでしょう。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116154783/60

334 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/18(水) 23:21:04
これ↓について述べるならば、
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116154783/62
君一人がどんな空観をもとうが、そりゃかってなのだが、
般若の空という観点からみれば、やはり間違っているといわざるをえない。
なぜなら、水の分子という実体が残ってしまうのだから。
いやいや、水の分子を分解すれば…なんていうのはダメだよ。
どこまで遡行していったって、やはり実体は残る。
結局、「人間が認識するかぎり何でもかんでも」ではなく、
観自在と呼ばれる修行者が深般若波羅蜜多を行じた末に、
見極めたものが「空」なのだ。

335 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/19(木) 03:14:02
般若心経だけでなく
他の般若経典も読まれてみてみては?

336 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/19(木) 03:48:32
早口で読めば3分で読める経典なんだよ?
それすら声に出して読めない忙しい人たちに、
何で他の経典を勧めるの?

337 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/19(木) 03:53:12
ごめん、いい加減なこと書いてしまった。
時間なんて計ったことなかったから。
いま、やってみたら1分ちょっとで読めた。

338 :わさび茶漬け:2005/05/20(金) 10:15:07
>Hannibalさん
スレをざっと見てみると、やはり般若心経が認識論的な問題意識を持った教えだ、
という方向性の解釈をされている方も結構居ますね。私もこの方向性です。

それに対して、いやそうじゃない、これは理屈だけでは論じ得ない
超常的な、至高的な体験へと至る方法を教えているのだ、
という方向での解釈をされてる方もやはりいますね。
Hannibalさんもその方向性のようです。

しかしこれはオカルティックなものを仮定しないのならば
別に対立するものではなく
 前者⇒後者
となるのではないでしょうか?前者の解釈というのを、どこまで日常的な思考様式として
具体的、実践的なモノとして使っていけるのか、
そこを問いだすと後者の考えにつながるではないでしょうか?
つまり>>290さんの言われてるような事を踏まえると、上記の2つの視点というのは
対立するものではないでしょう。

339 :わさび茶漬け:2005/05/20(金) 11:01:40
>>334
科学というのは般若心経が生まれた時代に存在していた概念ではないでしょう。
もし当時の人が今の科学を知った段階から思索を始めていれば、
その詳細は今残されているモノとは、だいぶと変わっていたでしょう。
ですから科学を知らない中で、必死の思索のすえに辿り着いた思考が般若心経なのだとして
それが現代にも通用し得る真理を含んでいるのだとすれば、
それは必然、認識論的なモノにならざるを得ないのではないでしょうか?
つまり般若心経の中に現代にも通用し得る知識が含まれているのだとすれば、
それは 対象の側についての知識ではなくて
対象を認識する側、この認識の側についての知識でしかあり得ないのではないか、という事です。

>水の分子を分解すれば…なんていうのはダメだよ。
>どこまで遡行していったって、やはり実体は残る。
それにこれは厳密な意味では分かりません。
素粒子とはこういう性質のもので、このように振るまうのだ、と仮定すると
ただツジツマが合うだけで、「本当にそのようなモノが実在しているの?」
という話になると科学はもう何も言えません。いや、正確には人間には何も言えません。
「ただそう考えるとツジツマが合う」以上の事というのは決して言えないワケです。

340 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/20(金) 22:06:20
>>338
対立するも何も、要点じゃないところを「これが要点です」ともってこられても、だ、
鮪のトロじゃないところを「これがトロです」ってもってこられても、
「そりゃトロじゃないだろうが!」と突っ込みを入れざるをえない。
そしてまた「トロと赤身は対立しないのです」なんていわれても、
「はあ? なにいってんだ?」といわざるをえない。

341 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/20(金) 22:11:43
>>339
>もし当時の人が今の科学を知った段階から思索を始めていれば、
>その詳細は今残されているモノとは、だいぶと変わっていたでしょう。
これは単に、当時のインド哲学に対する認識不足から出た言葉、
と片付けられるでしょう。

>素粒子とはこういう性質のもので、このように振るまうのだ、と仮定すると
>ただツジツマが合うだけで、「本当にそのようなモノが実在しているの?」
>という話になると科学はもう何も言えません。いや、正確には人間には何も言えません。
>「ただそう考えるとツジツマが合う」以上の事というのは決して言えないワケです。
全然ダメじゃない。
これは「空かもしれないし、空じゃないかもしれない」ってことだろう?
一切は空であるとする般若心経に真っ向から対立してるじゃない。


342 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/20(金) 22:13:49
まあ、話の焦点はここじゃない。
焦点は、ここ。般若心経というのは…。
>あれは「一切は空しい」みたいな事言ってるんですよ。

343 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 00:09:16
>>340
>要点じゃないところを
そうでしょうか?
Hannibalさんは般若心経をマントラとして、
それを唱える事だけで悟り的な状況に至れるような神秘的な言葉として、
捉えているのでしょう?
>>6のリンク先もそのような趣旨で書かれていますね。)

また前スレでもそのような趣旨でレスをされていますね。
>観自在菩薩は、ある修行を経て五蘊は皆空であると照見した。
>その修行とは、以下にある無上の心呪を唱えることである。
> 羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提娑婆訶。

そうであれば唱えることそれ自体の重要性に意識を置いているのでしょうから、
これが実践的な姿勢でなくて何なのでしょうか。
私は理解しようとしています。しかしHannibalさんは実践しようとしているのです。
ここは大きな違いです。

344 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 00:15:17
>Hannibalさんは般若心経をマントラとして、
>それを唱える事だけで悟り的な状況に至れるような神秘的な言葉として、
>捉えているのでしょう?
っていうか、般若心経にそう書いてあるんですが。
つまり、観自在菩薩は実践を通じて…を理解した、と。

345 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 00:41:44
>>341
>これは単に、当時のインド哲学に対する認識不足から出た言葉、
>と片付けられるでしょう。
ほう、では当時もうシュレディンガー方程式も不確定性原理も既知であったと言う事でしょうか?
周期律表もDNAの存在も既知であったと言う事でしょうか?
もし当時の人がこのような知識を有した段階から思索を始めていれば
その詳細は今残されているモノとは、だいぶと変わっていた。これは普通に予想される事ではないですか?

あと否定だけして根拠を出さないのは、如何なもんでしょうか。
否定するのであれば、ちゃんと反論も提示しつつ論駁するようお願いします。

>全然ダメじゃない。
>これは「空かもしれないし、空じゃないかもしれない」ってことだろう?
>一切は空であるとする般若心経に真っ向から対立してるじゃない。
ひょっとしてHannibalさんは実在する物質的な存在として空を捉えていませんか?
【りんごが一杯に詰まったダンボール箱を覗いて「あぉ、全部リンゴだ」と言う】
これと同じように
【「クー」というモノが一杯つまった箱を覗き込んで、マントラを唱えると「おぉ、全部クーだ。見えた見えた」と言える】
こういう存在的なモノとして空を捉えてるのでしょうか?
科学の概念で言うと、「電子」とか「ニュートリノ」とかいう実体的な概念を記述する言葉として「空」を捉えているのでしょうか?
そうであれば私の言ってることはワケが分からなくてイライラするでしょう。

自分の考えをもちゃんと説明しておくと、私は状況につけられた名前、それが「空」であると理解しています。
科学の概念で言えば「エネルギー保存則」とか「不確定性原理」とかの状況を記述する言葉がありますが
「空」もそういう言葉だと考えています。ですから全然オカシクないんです。
「素粒子は存在してる」などとは絶対に言う事が出来ない状況。
「明日も物理法則が今日までと同じである」などとはなどとは絶対に言う事が出来ない状況。
これも般若心経における空、つまり絶対確実な物事を認識することなど出来ない、
すなわち実体的な物事は人間に対して存在していない、という状況になっている事が分かるでしょう。

346 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 01:00:24
>ほう、では当時もうシュレディンガー方程式も不確定性原理も既知であったと言う事でしょうか?
あるわけがない。しかし、倶舎論があった。
まあ「もし…」なんていわれて、確実な答えはできないわけだけが、
もし当時の人が科学の知を有した段階から思索を始めていたとしても、
今残されているモノと大して変わらない、と私は予想するね。

>これも般若心経における空、つまり絶対確実な物事を認識することなど出来ない、
>すなわち実体的な物事は人間に対して存在していない、という状況になっている事が分かるでしょう。
ここが違う。般若心経は、絶対確実な物事を認識することが「出来る」
と断じているんだ。

347 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 01:09:07
>>342
どうも「空しい」という言葉が持つネガティブな響きに反射的に反応されてる気がしますが
仏教系の知識が、悩みを解決する為の、または苦しみから解き放たれる為のノウハウとして
一貫して取ってきたのは「執着している対象の空しさを知ることで、その執着から離れる」
という方向性のモノではないでしょうか?例えば・・

出世欲に追い立てられて苦しい。金銭欲に追い立てられて苦しい。

出世なんて空しいものだと知る。お金なんて空しいもんだと知る。

出世欲から開放されて楽になる。金銭欲から開放されて楽になる。

このような精神開放への至り方というのが仏教系の教えにはあるでしょう。
つまり「空しさを知るという事」は別にネガティブな意味ではないんです。

348 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 01:13:27
もうひとつ、強調しておこう。
わさび茶漬け君は「わからない」ということを「空」と呼んでいるようだが、
そんなものは般若心経と、何の縁もゆかりもない。
根拠?
観自在菩薩が…を照見した、というときの「照見」とは、つまり、
「わかった」といことだからね。わかった?

349 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 01:19:22
うん。>>347は、別にいい。
「般若心経の空」を、字が同じだからってことで、>>347の「空しい」に、
結び付けないのであれば、別に間違っちゃいないね。

350 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 01:37:08
>>Hannibalさんは般若心経をマントラとして、
>>それを唱える事だけで悟り的な状況に至れるような神秘的な言葉として、
>>捉えているのでしょう?
>っていうか、般若心経にそう書いてあるんですが。
>つまり、観自在菩薩は実践を通じて…を理解した、と。

これは本気ですか!?
うーん、そうであれば完全に宗教の領域じゃないですか・・・
とすると、お互いこれ以上議論すべきじゃないかも知れませんね・・・
信仰を理屈で云々するなんて事は馬鹿げた事ですから。

しかし最後に一点。
「お金の空しさ」なんていうのも実際は【一切の価値観に論理的な根拠が存在していない】
と言う事まで考慮しないと絶対に言えない言葉です。
ヴィトゲンシュタインも「価値命題は論理の問題ではない」などと書いてますが
ここまで考慮しないと「お金を追いかける事が空しい」なんて事は言えないのです。
つまり「究極的な価値なんてものは人間には分かり得ないし、存在していない」
という事を「照見」して初めて、「お金の空しさ」という事を教えとして断言することが出来るのです。
だからこれは無関係な事ではないんです。

351 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 01:41:02
>うーん、そうであれば完全に宗教の領域じゃないですか・・・
えーっとね…完全に宗教の経典なんですが。ハァ…。

352 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 01:47:12
では最後に一点。君は、
>古い文献だし、深く勉強したワケでもないので
>どういう真意であのお経が書かれたのかは私も知りません。
であったし、
>うーん、そうであれば完全に宗教の領域じゃないですか・・・
>とすると、お互いこれ以上議論すべきじゃないかも知れませんね・・・
ということであったので、
>つまり「究極的な価値なんてものは人間には分かり得ないし、存在していない」
なんていう、完全に宗教の経典である「般若心経」とは、
ま る で 関係のない話を今までしていたわけね。サヨナラ。

353 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 01:51:26
>>351
>えーっとね…完全に宗教の経典なんですが。ハァ…。

今は宗教の一語の元に扱われていても、大昔の知恵というのは
今で言う所の宗教や哲学、さらには処世術や生活規範なんかまで全て一緒くたにして入っているでしょう?
だから私はその中の哲学的な部分について語ろうとしているものだとばかり思ってました。

でもHannibalさんは純粋な信者だと言うことですね。
ここは哲板ですから、そういうワケもないだろうと勝手に思ってました。
宗教板でやるような議論をしたかったんですね。勘違いしてました。

354 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 01:55:13
「聖書によれば、キリストって神の独り子なんだってさ」
「え! それは本気ですか!」
「…いや、聖書にそう書いてあるって話なんだけど」
「Hannibalさんは純粋な信者だと言うことですね」orz

355 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 02:11:35
>>354
んん、どういう事なのかな?
マントラが神秘的な力を持っていると信じているのではないのですか?
そうであれば十分信者と呼べるレベルの信念ですよ?

356 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 02:40:15
>>355
ああ、なるほどね。
>Hannibalさんは般若心経をマントラとして、
って書いてあるね。
つまり、般若心経は、
 羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提娑婆訶。
これを無上のマントラであるとし、
唱える事だけで悟り的な状況に至るような神秘的な言葉である、
と明記してある経典です。

これでいい?

357 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 02:41:09
>>354
大昔、とある若者がひたすら考え込んで何かを思い至った。

まだ高等数学も現代物理学も知らないそういう人々に、それを何とか伝えようとした。

いろいろ手を変え、品を変え、伝えようと試みた。

この結果、若者の考えは多くの人々に伝わっていった。

そして最終的に若者の考えは、ある種の形を取って後世に残った。

太古の思想であれば、このような伝言ゲームの過程を考慮するのは当然ではないでしょうか?
そして最初の思想がどんなものであったかを、
現代の知識と照らして考えてみるのは当然のことでしょう。
書いてあるからそうなのだ、というのではあまりに教条主義的な思考停止です。
これは「マントラだと書いてあるから、マントラなんだ。」というのは
「創世記にそう書いてあるから、世界は一週間で作られたんだ」といってるようなモノです。
違いますか?

358 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 02:47:10
>>356
あぁ、すれ違い。

>つまり、般若心経は、
> 羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提娑婆訶。
>これを無上のマントラであるとし、
>唱える事だけで悟り的な状況に至るような神秘的な言葉である、
>と明記してある経典です。

やっと分かりました。
文章を丸まま全て字義通りに捉えると、「羯諦。羯諦・・・」がマントラで
一番大事な部分と書いてあると、そう言いたかったのですね。
それはその通りです。間違いありません。
私は>>357に書いたようなスタンスで解釈をやってたワケです。
そうか、そりゃあオカシイと言われるわけですね。
納得です。

359 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 02:50:43
>>357
なるほど、伝言ゲームとはよくいったものだ。
「創世記には、世界は一週間で作られたと書いてある」を、わざと、
「創世記にそう書いてあるから、世界は一週間で作られたんだ」
と捻じ曲げるような考慮は「当然」とは呼べない。
あえて呼ぶとすれば「妄想」。

360 :わさび茶漬け:2005/05/21(土) 03:02:10
>>359
んん、よく分からないな。
アメリカなんかでは天文学と創世記の間の矛盾がホットな話題になったりしてるでしょう?
そして信仰者の側では「聖書に書いてあるのと違うことを子供に教えるのはけしからん!」
なんて言ったりして、学校側に文句言ったりしてる人もいるじゃないですか。
だから信者の思考回路というのは
「創世記にそう書いてあるから、世界は一週間で作られたんだ」
という方向になってるワケでしょう?だってそれ以外のソースは何もないんですから。

それともHannibal さん、ひょっとして古代文献に書いてある事は字義通りに全て正しいと思ってるのでしょうか・・・?

361 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 13:45:41
般若心経は思想や哲学ではなく、般若菩薩の悟りの内容を書いたものだ、と
空海は言ったわけだが。

マントラは電話かけるときの「もしもし」みたいな物だと思う。
言葉自体の意味より、その言葉を唱える行為に深い意味がある、つーか。

362 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 22:39:41
 存在本源の光輝を遍(あまね)く観照し、「相対/絶対」両界を自在に観想する
(という)「悟り」への発心堅固な勇者、(即ち)観自在菩薩は、深甚霊妙なる
完全究極叡智(への)帰入行を行じている時に、(自分の体を)「五要素の集合体」
と看破し(た上)、それらには正に「真主体性が無い」と見極めた。
〔(そうして)一切の苦厄を超越した。〕    
       
−−−(以下は「観自在菩薩」の説法)

 シャ−リプトラよ。ここでは、
 (個我を形作っている)物質は「それ自体、真主体性が無いもの」である。
「それ自体、真主体性が無いもの」が実に(個我を形作っている)物質である。
(そしてまた)
 (個我を形作っている)物質は「大日空王主の相対界変化相」と異なるものではない。
「大日空王主の相対界変化相」と(何ら)異ならないものが(個我を形作っている)
物質である。(そしてまた)
 (個我を形作っている)物質は、「それ自体、真主体性が無いもの」でありながら
同時に「(自性有る)大日空王主の絶対界無相法身」でもある。
「それ自体、真主体性が無いもの」でありながら同時に「(自性有る)大日空王主の絶対界無相法身」
でもあるものが、(個我を形作っている)物質である。
 感官による印象の感受(の場合)も、観念思考力(の場合)も、(生体的・意欲的)
造成力(の場合)も、個体意識(の場合)も、全く同じ(事)である。

 シャ−リプトラよ。ここでは、
 (相対界の)総ての「存在・物事・理法」(=諸法)は、「それ自体、真主体性が無いもの
という相」をしている。
 (即ち)発生することにもそれ自体、真主体性は無いし、消滅することにも真主体性は無い、
汚(きたな)くなることにもそれ自体、真主体性は無いし、清潔(きれい)になることにも
それ自体、真主体性は無い、増加することにもそれ自体、真主体性は無いし、
減少することにもそれ自体、真主体性は無い(という相をしている)。


363 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 22:43:47
つづくんだね?

364 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 23:08:28
無無無意識界

365 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/21(土) 23:54:53
つづかない? あっそう。

わさび茶漬け君は「自然です」「当然です」「普通です」が多すぎだね。
般若心経には「照見」つまり「わかった」という語が出てくる。
しかし、不確定性原理などを眺めてみるに、人間にわかることなど何も無い。
故に、般若心経の「照見」とは「わからない」ということなのだ!
そんな解釈は自然でもなければ普通でもない。不自然かつトンデモです。

創世記を理解するのに有用なのは、シュレディンガー方程式を持ち出すこと
ではなく、たとえば語法の微妙な違いから、その拠って立つソースを、
「祭司資料」と「ヤハウェ資料」とに分析してみたりすることであり、
般若心経を理解するのに有用なのは、エネルギー保存則ではなく、
>>335で唯識君が示した他の般若経典と比較してみることだろう?
君のいってるのは、ノストラダムスの○番目の詩は、おお、
量子力学の出現を予言していた! なんてぇのと一緒。
そんなトンデモになるより、信者でいた方が幾分ましってもんだ。

366 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 00:30:01
>不確定性原理などを眺めてみるに、人間にわかることなど何も無い。

相変わらずずれてるね。

367 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 03:41:17
人間が何かを「分かる」ということは、対象物にレッテルを貼るということだ。
例えば、「新聞は世の中の様々な新しい情報を得るためのものだ」と認識すれば
新聞がどんなものか分かったことになる。
しかし実際にはそれ以外にも、包装紙にしたり、焚火の燃料にしたり、
ゴキブリを叩く武器にしたり……と、用途は無数にある。

般若心経は「差別の目を捨てよ(レッテルを貼るな)」と主張している。
人間が何かを「分かる」ことなどない、というわけだ。

368 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/22(日) 11:36:54
>般若心経は「差別の目を捨てよ(レッテルを貼るな)」と主張している。
そんなことは主張していない。
般若心経の大意は無上のマントラを讃え、その読誦を勧めているところにある。
それを通さずに理解しようとするから「色即是空」の語にばかり目を奪われる。
「空即是色」を完全に見落としてるね。

369 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 12:54:25
>>368
色:自我と非我を差別している状態
空:万物は一体であると悟り、差別にとらわれない境地
色即是空:人間が為すあらゆる差別は、実際には何の意味もない。
空即是色:しかし、人間が差別の目から完全に開放されることもない。

↑俺はこのように解釈しているが。

370 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/22(日) 13:07:57
>>369
レッテル張りとしては見事ですね。
しかし、残念なことに一切の苦厄を度したもう表現には、
なりえていない。

371 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/22(日) 13:45:51
繰り返すが、般若心経は無上のマントラを讃え、
その読誦を勧める経典である。私は、
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116154783/45
に、「おのおの参究すべし」と書いた。
つまり、己の喉を使い、己の身体を使えということだ。
私が私の身体を使って得た解釈を示したところで、
君には何の関係もない。
しかし、あえて解釈を示すとなれば、まあ、こんなところかな。

色即是空:なんぞ雨を厭うことあろうや。
空即是色:とはいえ、今日は晴れてて気持ちいいなあ。

洗濯も済んだし、出かけるとしようか。

372 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 14:22:55
>>371
あなたの解釈は俺の解釈と矛盾しないと思う。
雨=嫌なもの、晴れ=良いもの、というのは差別だが、そうとわかっていても
晴れるとつい気分が良くなってしまう……という例えは
俺の「空即是色」解釈と同じだ。

最後の一行のマントラの部分が般若心経の本体だということは空海も指摘していたし、
俺ももちろん知っているよ。

373 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 14:28:19
A=BはB=Aだよ。

374 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 15:10:11
>>373
トートロジーですな。
「良いものは良い」とか「好きだから好き」みたいなものかも。

375 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/22(日) 17:02:42
>>372
論理的に矛盾してるかどうかは、どうだっていい話だ。
丙丁童子来求火。

376 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 17:17:15
いいなあ。両スレだとと思う。参考になります。

377 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/22(日) 17:39:06
全体を真言とする見方もありますね。
基本的なところでは、観音と観自在の違いとか。
他に種字(梵字)もありますね。
他スレで自我について指摘を受けたのですが
「空即是色」こそが大乗経典の真髄、要だと思います。

378 :わさび茶漬け:2005/05/22(日) 18:57:36
今日TVつけてみたら、般若心経の事やってました。
禅宗のお坊さんが出てきて色々話してました。しかも今週はちょうど「空」について話す回。
すごい偶然です・・・。

で、内容の方ですが
やはり般若心経の解釈も、宗派によりまた人により、実に色々あるようですね。
出演してたお坊さんが終始「・・・と私は思うんです」とか「・・・と私は理解しています」
というスタイルで発言されてたのが印象に残りました。

出演してた方は「空」という概念を「心の状態をあらわす言葉」として理解していたようです。
(「心がふさいでいる」、「心がはずんでいる」、といったのと同じように「心が空である」てな感じであると)
そして、この「心の状態」というのは具体的にどういう状態かを言うと
「囚われのない心」、「我を捨てた心」、「あるがままの心」といった感じの状態であり、
そして「心がこの特定の状態へと至る事」、これが「悟る事」であると理解していたようです。
で、「心の状態」は、言葉で伝えるという事が出来ないなので、
座禅や公案(つまり実践)を通してその状態に至るんだ、と言う事のようです。
解釈も色々あるようですが、私としてはこれも筋の通ったいい解釈だな、と思ったです。

ちなみに出演していたのは↓ココの住職さんです。
http://www.ryugenji.com/sub9.htm

379 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 20:18:25
住職がそういう解釈して平然としてるから日本仏教は駄目なんだよ。

380 :素人´:2005/05/22(日) 20:27:39 ?
空 ・・・ 蟠りがない ・・・ 即ち全てが素早く、また、純真無垢かな。

までも、空こそが真というわけでもない、と漏れは思う。


381 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 21:11:22
空=暗在系=実相界   色=明在系=現象世界



382 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 21:16:01
空=あの世   色=この世

383 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/22(日) 21:30:45
>>377
>全体を真言とする見方もありますね。
「無上のマントラ? ほんなら羯諦羯諦だけ唱えとけ」って話になるけど、
ここはやっぱり般若心経全文を唱えておきたいところ。

>>378
いちおう念をおしておくけど、
「言葉で伝えられない」=「認識できない」
ではないからね。

384 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 03:41:21
>>382
> 空=あの世   色=この世

お、いいこと言ったw
ということは今まさに、ここに「空」があるということだな!

分かるよな。

385 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 07:18:56
空即是色=スーパーサイヤ人になった金髪碧眼の悟空
不生不滅=「死んだらドラゴンボールで生き返らせればいいじゃねえか」
空中無色=悟空に倒されるレッドリボン軍の幹部たち
無色声香味触法=通常の感覚では察知できないもの=気
無眼界=スーパーサイヤ人の戦闘の動きは常人の眼では追えない
無無明=太陽拳
無老死尽=亀仙人は不老不死の薬を飲んだと嘘をついていた
無有恐怖=何が起きても気分は〜へのへのカッパ〜♪
是無等等呪=「フトンがふっとんだー!!」

386 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 07:33:00
>>369
色の定義がまるで違うぽ。


387 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 07:34:40
>>339
般若心経が生まれた時代の科学によれば
天井はドーム状で、大地は象の背中に乗っていて、
像は巨大な亀に乗っていて、亀は巨大な蛇に乗っているのです。


388 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 07:50:24
>>386
あなたの色の解釈を聞きたい

389 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 08:05:59
>>387
般若心経の時代は今ほど科学が信頼されていなかったと思うが、どうだろうか
だからこそ、世界を説明する手段としての宗教がまだ生きていたのでは

390 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 09:42:07
空=集合的無意識界    色=現在意識界



391 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 10:08:33
空=電波電磁界    色=テレビジョン画像

392 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 10:54:06
>>388
色とは現象の中でも特に物質的、物理的現象全てを指す概念ぽ。
定義上精神的作用は含まれないぽ。

393 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 11:06:05
色は眼識の対象です。
眼に見えるものはすべて色です。


394 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 11:13:22
>>389
科学の本来の目的は工学的な技術を向上させるという
実用的なものだぽ。技術から離れた科学の真理そのものを
信奉するようになったのは、西洋でキリスト教の権威が揺らいで来た
時期と一致しているぽ。

神の権威が揺らぐことで神の絶対性に支えられていた人々の自我が
不安定になり、自我と秩序の安定を取り戻すために神に替わって
人間が絶対真理を手中にする必然性があったぽ。だから西洋だけ
急速に科学が発展し産業革命が起こったわけで、中国は火薬を開発し
日本も優れた製鉄技術を持ってはいたが近代世界のように
強迫神経症的な科学技術向上を目指す必要はなかったぽ。

当然般若心経時代のアジアでは科学は世界の説明の道具としては
さほど必要なかったぽ。

395 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 12:43:28
>>392
なるほど。
つまり、般若心経は物心二元論を否定してるわけだね。
色(物質界)と受想行識(精神作用)はみな空であると。

396 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 12:56:01
色=空 受想行識=空

すなわち、

色=受想行識

という三段論法により、物心二元論の否定が導き出される。

397 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 17:20:22
色は即ちコレ空なり、空は即ちコレ色なり、受想行識もまたカクの如し。
物質的現象も、精神的現象も全ては空であるということぽ。

初めから一言にまとめて「一切皆空」といえば済む話なんだけど
「一切」の定義は立場によって違うので、仏教においてはこれが一切
なんだよと念を押す意味で、人間の構成要素である色受想行識を
わざわざ羅列したわけだぽ。



>>396
その論法は怪しいぽ。たとえば、

ガラス玉=透明 本物のダイヤ=透明 すなわち、 ガラス玉=本物のダイヤ
松村邦洋=人間 小倉優子=人間 すなわち、 松村邦洋=小倉優子 

これらも同じ論法ながら結論が成立していないと思うぽ。

398 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 18:22:47
>>397
いやいやw
ガラス玉が透明なのは確かだけど、透明なものがみなガラス玉ってわけじゃないでしょう?
つまりガラス玉=透明は成り立たない。
「透明なもの」というカテゴリーにガラス玉が含まれているだけです。

一方「色即是空、空即是色」は明らかに色=空だよ。
「AならばB、かつBならばA」は「A=B」でしょ?

399 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/23(月) 18:29:55
レスがついてますね。
色(ルーパ:梵語)=形あるもの
空(シュニャータ:梵語)=無自性

400 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 18:51:20
(A⊆B)&(B⊆A)はA=Bですよ。色=空。

401 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/23(月) 18:59:09
A=Bが私たちに意味する事とは何でしょう?

402 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 19:07:17
A=B。色=空。
全ては一括りで構成要素には無駄が無い。

403 :402:2005/05/23(月) 19:13:48
全てというのだから一括りにまとめられる。
一括りというのだから括れない要素は無い。
…突き詰めると括れない要素は無駄かも・・・

404 :402:2005/05/23(月) 19:15:40
あーでも俺無駄大好きだわ。連投ごめん。

405 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 21:20:08
空=太陽白色光線    色=七色の虹

406 :それぞれ:2005/05/24(火) 04:27:25
全部よんだ。

結局、般若心経も、その他哲学者やそういう系の人たちも
どっかによりかかりたいだけなんだと思いました。
予想だけど、そういう人たちは、
親に愛されなかったか、早くに死別した人が多いんじゃあないですか。

そしてよっかかるべき自分なりの考えを思いついたら
それを文字として形に残してさ、
自分が見つけたよっかかるべきものに
他の人や、もしくはもっと後に生まれてくる人たちが
よっかかってる姿を見たいだけなんじゃないですか。

どうですか。寂しがりやですか。

407 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 06:07:48
>>406
最近、股間が寂しいです。
誰か紹介しちくり。

408 :397:2005/05/24(火) 06:47:14
俺が間違ってたぽ。



409 :397:2005/05/24(火) 06:49:09
>>406
>結局、般若心経も、その他哲学者やそういう系の人たちも
>どっかによりかかりたいだけなんだと思いました。

俺もそう思うぽ。


>予想だけど、そういう人たちは、
>親に愛されなかったか、早くに死別した人が多いんじゃあないですか。

そこはわからんぽ。


410 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 08:27:04
色即是空から色=空を導出するのははしょりすぎだよ。
金剛般若経によれば色即是非色 是故名色が原意だよ。
すなわち色∩非色=空という当たり前をいってるだけだよ。
すべての集合に部分集合として空集合は含まれる。
色即是空は色⊃空しか意味しない。
空は実体がないことだからすべてのもの(一切法)に含まれる。

411 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 08:45:31
空=コーヒー、ミルク、砂糖が溶け合っている状態
色=コーヒー、ミルク、砂糖が分離している状態

412 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 08:46:01
>>410
空即是色は?

413 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 09:14:48
>空即是色は?

 空⊂色、だよん。にゃはは。

414 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 10:45:10
ちげーよ。
色即是空。色は空なり。色⊆空。色は空に含まれる。
空即是色。空は色なり。空⊆色。空は色に含まれる。
両方を満たすのは色=空。のみ。

415 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 18:02:38
数式で表すなw

416 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 19:06:11
>>415
数式じゃないってばw。集合・論理の表現だってば。

417 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 19:18:34
色の他に受・想・行・識も空性なんだが・・・

また、「Aさんは怒りっぽい」ってのが色即是空の形式なんだけどな・・・

418 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 20:51:39
シャリシ

419 :退屈だなぁ:2005/05/24(火) 22:43:15
失礼だが、いはゆる般若心経、題、本文、一字たりと坊さんは
読めていないのではないかなぁ。
しかしそれでいいのである。なにも知らないほうが・・・。


420 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 09:30:29
空=高次元   色=三次元

421 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 09:31:20
空=極微の世界  色=三次元宇宙大の世界

422 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 09:32:07
空=円の外側  色=円の内側

423 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 09:42:00
円空は色か空か?

424 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 10:02:19
シャリ氏は寿司屋か?

425 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 10:07:05
シャ−リプトラよ。ここでは、
(相対界の)総ての「存在・物事・理法」(=諸法)は、「自性無きものという相」をしている。
(即ち、自性有る大日空王主の御力無しには)それ自体単独では発生する力も無いし、
消滅する力も無い、それ自体単独では汚(きたな)くなる力も無いし、清潔(きれい)になる力も
無い、それ自体単独では増加する力も無いし、減少する力も無い(という相をしている)。

426 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 12:37:14
1行でいうとどういうこと

427 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 12:49:57
>>425
それって某HPの転載でしょ?

428 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 13:45:13
ほっと一息
http://yum.hippy.jp/pum/

429 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 15:36:53
 一方の極端は、「世界は総て幻の如きものであり、実体が無いものである」として、
あらゆる存在の実在性について完全に全否定する見方である。この種の見解を持つ者は、
無神論者と同様の「厭世主義」や「虚無の沼」に落ち込むか、又は「無責任なまま詭弁を
弄する恐ろしい罪悪の泥沼」に落ち込むしかない。(この見解は、地下鉄サリン事件等、
一連の凶悪事件を引き起こした仏教系カルト教団「オウム真理教」などに見ることができる。)

 もう一方の極端は、「世界は総て実体が有るものだ」として、あらゆる存在の実在性を
全肯定する見方である(法華経で説かれる「諸法実相」の文言をこのように誤解する見方
とも言える)。この種の見解を持つ者は、堕落と向上との区別を見失い、放縦と持戒との
区別を見失い、善と悪との区別を見失ってしまう。そうして、総ての行動を良しとして肯定
し、総ての煩悩を良しとして肯定し、結局、正しい因果応報の法則をも見失い、それに
よって聖なる叡智をも喪失し、自己正当化の詭弁の中で、悪業を重ねて行き、遂には底無しの
罪悪の暗闇の中に落ち込んでしまう。
 


430 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 18:06:48
空=精神 色=物質

431 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 19:45:14
世界が幻同然なのはいいとして
だからどうした俺は金が欲しい
という人にはどう答えたらいいんだ

432 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/25(水) 19:55:49
お金もそれによって得られる物も
そしてそれを得たその人自身も
実体は無い。

433 :くろしろー(本物):2005/05/25(水) 20:12:54
つまり共産主義だよ

434 :くろしろー(本物):2005/05/25(水) 20:30:14
G−w−G’ これが悟りであると

435 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 20:56:33
どうやら、ここにいる大多数の人は
意識が意識の為にあると思い込んでいるようだ。
「我」の方向から主体をのぞき込んでも
そこには次元の壁があるから何も見えないよ
でも、ほんとうは は〜っ、ばかばかしい。


436 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 21:08:41
>>432
だから「実体が無い」のはわかったから
それがどうした俺は金が欲しい

という人にはどう答えたらいいんだ

437 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 21:18:32
意識は毒>我慢はもっと毒>欲望を金に変える>解毒作用
「手っ取り早く」なんて言わないよ。

438 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/25(水) 21:29:14
>>436さん
方便という考え方があるのですが
これは宗教的ですので。

439 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 21:36:19
方便=相手のひく〜い次元にあわせてウソをつくこと。

440 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 21:57:52
>>438 >>439
ならウソでも方便でもいいから
宗教ではどう説得するのが相手に通じる言葉になるのか
一つ見本を示してみてくれ


441 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:03:07
いくら欲しいんだ?

442 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:03:42
限りなく

443 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:04:52
必要なだけでいいだろ

444 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:09:45
                |
                |
                |
               >>440
     /V\        ,J
    /◎;;;,;,,,,ヽ
 _ ム::::(;;゚Д゚)::| ジー
ヽツ.(ノ::::::::::.:::::.:..|)
  ヾソ:::::::::::::::::.:ノ
   ` ー U'"U'

445 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:14:48
>>440
銀行に強盗に入って3人以上殺してみ?
実体が無いって事をすぐ実感できるから・・・

446 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:30:18
アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画
  アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画


画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア
画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア


石花虫木土石花虫木土石花虫木土石花虫木土
 石花虫木土石花虫木土石花虫木土石花虫木土


   土木虫花石土木虫花石土木虫花石土木虫花石
  土木虫花石土木虫花石土木虫花石土木虫花石

447 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/25(水) 22:47:05
>>431 >>436
「どうぞ、ご随意に」というかもしれないし、
「毎朝、般若心経を唱えてみろ。儲かるぞ」というかもしれない。
まあ、相手によるんじゃないの。

448 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:50:18
>>447
要するに煙に巻けという事か

449 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/25(水) 22:54:21
>>448
煙になんか巻いてないさ。
巻かれたとすれば、無い煙に巻かれる方が悪い。

450 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:56:38
>>449さんはプロフェショナルの僧ですか、どうよ?


451 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:57:59
まあ頭の悪さは一緒

452 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/25(水) 22:58:34
>>450
残念、違うよ。しかし、なりたかったね。
お寺の本堂で大声でお経をあげたら、健康にいいだろうなあ。

453 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 23:03:23
>>449
相手が悪いって言ってりゃあらゆるケースで通用するなら楽だな

454 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 23:05:34
| 釣れますか?                ,
\                         ,/ヽ
   ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         ,/   ヽ
   ∧_∧          ∧∧  ,/         ヽ
  ( ´∀`)         (゚Д゚,,),/            ヽ
  (    )      (|  つ@               ヽ
  | | |   ___ 〜|  |                ヽ
  (__)_) |――|.  ∪∪                     ヽ
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|                 ヽ
  /⌒\/⌒\/⌒\/⌒\|彡~゚ ゜~ ~。゜ ~ ~ ~ ~~ ~ ~~ ~ ~~ ~~ ~~
  ⌒\/⌒\/⌒\/⌒\/⌒\彡 〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜 〜

455 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/25(水) 23:07:49
>>453
常楽我浄だね。

456 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 23:09:20
| 釣れますか?                ,
\                         ,/ヽ
   ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         ,/   ヽ
   ∧_∧          ∧∧  ,/         ヽ
  ( ´∀`)         (゚Д゚,,),/            ヽ
  (    )      (|  つ@               ヽ
  | | |   ___ 〜|  |                ヽ
  (__)_) |――|.  ∪∪                     ヽ
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|                 ヽ
  /⌒\/⌒\/⌒\/⌒\|彡~゚ ゜~ ~。゜ ~ ~ ~ ~~ ~ ~~ ~ ~~ ~~ ~~
  ⌒\/⌒\/⌒\/⌒\/⌒\彡 〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜 〜

457 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/25(水) 23:10:22
現世利益が入るとどうしてもこのようなレスになってしまいますね。

458 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 23:14:39
意識を既成事実として放出することは
悪いことではないですよね。

459 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 23:59:27
>>454 >>456
煙に巻くんじゃねー


460 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 00:01:52
>>459
ナイスレス!! (ゝ_ )b

461 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 10:15:32
>>459

あたり!
リールを巻け! 

462 :わさび茶漬け:2005/05/28(土) 16:29:33
>>383
本屋をフラフラしていたら、ダライ・ラマ14世の書いた般若心経の解説本を発見したので
パラパラッと立ち読みしてみましたよ。この本でもまず「空の解釈も宗派により色々ある」
と前置きした上で、「唯識派」という宗派における「空」という言葉の意味の解釈を三点に分けて説明していました。
覚えてる範囲で、この三点を書いておきます。

1点目【物理現象における空性】
 これは今の物理学からすれば、常識ともいえる世界観の事でしょう。
 今日ここで雨が降った事に、特定の理由というものはなく、ありとあらゆる現象の相互作用の結果
 (仏教では縁起というのでしょうか?)、水滴が空から落下する事となった。
 世界のこういう性質は「空」と呼ばれるものの一つだ、という事のようです。

2点目【認識における空性】
 世界に対して、人間が勝手に観念を当てはめていくから、
 人間が捉える世界と、実際の世界との間にズレが生まれてくる。
 認識におけるこういう性質も「空」と呼ばれるものの一つだ、という事のようです。

3点目【空なのどうなの?という空性】
 ここで2点目の空性を考慮すると
 このように物理現象が相互依存的だ、とか、認識が空だ、
 とかいう事さえハッキリとは言い切れない事になります。
 そこでこの「空かどうかもわからない」という状況も空と呼ぶ、という事のようです

これもチベット仏教における一解釈でしょうが、私はこれもまた辻褄のあったいい解釈だなと思いました。
ちなみにその本の中で、経典に書かれていることを一言一句そのままの意味で解釈する人もいる、
と書いてありましたが、Hannabalさんはまさに、そういう解釈の方向ですね。
以上、私が言ってることは結構ふつうの解釈なんですよ、と言うことです。

463 :わさび茶漬け:2005/05/28(土) 16:38:23
>>431
それはそれでいいのでしょう。
追いかけたい間は何だって追いかけたらいいんでしょう。
ただそれを追いかける事、それに執着する事が苦しくなったら
そんな事はどうでもいいのだから、もうヤメたらいい、となるのでしょう。
現世利益を追っては「ならない」なんて事は、論理から言える事ではないですからね。

464 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/28(土) 21:30:05
>>462
ほんとうに詭弁に詭弁を重ねるのが好きなんだね。
ダライ・ラマ14世は「空というのは空しいということですよ」
なんていってるのか?
立ち読みじゃなくて、買って読んでから書き込め。

465 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 21:39:23
∀x∀y T∧Lxy→y=ppy
14D∧(E=E)?
¬S∧B∧W

466 :わさび茶漬け:2005/05/28(土) 22:54:50
>>464
全然詭弁じゃないですよ。もし詭弁だと思うなら指摘してみてください。
「自分が信じているものと違うじゃないか!」というだけならば
それは宗教板の範疇でしょう?ここは哲板なんですから、言葉で説明して欲しいモノです。

あと>>371で書かれたHannnibalさんのレスも私の解釈と全く矛盾してませんよ。
まず雨が何を暗喩してるのか分かりませんが、
何か「一般的には嫌悪される類の事」を示しているのだろう、と私は理解しました。
そして「嫌なことは避けるもの、楽しいことは追いかけるもの」という
一般的に人間が判断の基準にしているようなルール。これを快楽原理と呼ぶとしましょう。
このとき「この快楽原理というのも別に絶対的なものでもなく、
常に従わなければならないものではない」という事が言えますね。
だから>>371で書いてある事は、このような事だったんだろうな、と私は理解しました。
これを違う表現でいうならば
「快楽原理や功利主義、このような価値基準が究極の所で何の根拠もない空しいものであることを見抜いた」
と言ってもいいのではないでしょうか。

Hannibalさんが意図したものとは違うかもしれませんが、
空性が価値や原理に適用されたならば、「空しさ」という言葉が普通に出てくる言葉だという事は
示せてると思います。
(もしオカシイと言うならば、ちゃんとした形で指摘してくださいね)

467 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/29(日) 00:19:07
>>466
まず、私は、
>ダライ・ラマ14世は「空というのは空しいということですよ」
>なんていってるのか?
と聞いた。それに対して君は、
>空性が価値や原理に適用されたならば、「空しさ」という言葉が普通に出てくる言葉だという事は
>示せてると思います。
と答えている。
「ダライ・ラマがいってるのか?」「普通に示せると思います」
君のレスには、この類のすり替え、誤魔化しが無数にある。
それを、いちいち指摘していかなければならないのか?
うん? 何故?

468 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/29(日) 00:27:37
>あと>>371で書かれたHannnibalさんのレスも私の解釈と全く矛盾してませんよ。
>>375

>これを違う表現でいうならば
>「快楽原理や功利主義、このような価値基準が究極の所で何の根拠もない空しいものであることを見抜いた」
>と言ってもいいのではないでしょうか。
>>368

469 :わさび茶漬け:2005/05/29(日) 00:49:41
>>467
私が読んだ範囲では書いてなかったですよ。
で、これは全く言い換えじゃないんですよ。何度いったら分かりますか?

 「空性1」を意識すると → あらゆる現象は流転し続け、とどまる事を知らない「空しい」ものだと言う事がわかる。
 「空性2」を意識すると → あらゆるドグマは根拠のない「空しい」ものだと言う事がわかる。
 「空性3」を意識すると → あらゆる認識が絶対的な論理的確実性を持ち得ない「空しい」ものだと言う事がわかる。

ここの所、分かりませんか?何度も書いてるでしょう?
単に言葉のイメージでだけで叩いているのなら、それは違うという事も書いたでしょう?
別にネガティブな意味で使っているのではないんだ、と言う事を書いたでしょう?
これは次のような構造と同一ですよ?

 地球が球であるとすると → まっすぐ進めば一周して戻ってくることが可能である。

>>468
上段
論理的な矛盾の許容が唯の逃げ口上でないのなら、矛盾を許容する理由を示してください。
しかし矛盾しないですよ、と書いてるのに何で>>375なのか?w

下段
般若心経に書いてあることが一字一句すべて正しいとしましょう。
そうするとコーランに書いてある事はどうですか?
聖書に書いてあることはどうですか?
大川隆法の書いてる事はどうですか?
私の書いてることはどうですか?
物理の教科書にかいてある事はどうですか?
どれが一字一句すべて正しいモノで、どれがそんな事はありえないモノですか?
選別する基準もあわせて、教えてください。

470 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 08:10:56
空については二様の理解がある。一は相対否定。二は絶対否定。
前者は、物が机の上に無い、場合に、机は物について空である、
というように、常・我・自性・非空の否定としての
「空なるもの/場所」がある、との考。
唯識の世親『中邊分別論』第一章等に出てくる。
日本仏教の本流である如来蔵思想等はこの系統。
後者は、物がない、のみであって、
相対的否定を通じて相対的に何かを肯定する、ということはなく、
四句否定を通じて絶対否定する。例えば絶対否定的な無我とは、
「我がある、のではない、無我がある、のではない、
我かつ無我がある、のではない、非我かつ非無我がある、のではない」
という具合に、無理矢理言説すれば我とか無我とかがそもそも全くない。
否定されるべき我が絶対的(基から一切時)に無いならば、
否定としての無我も絶対的に無い。初めから寂静。
無我や空とは、そもそも、何か特定の主張への否定として“のみ”
あるのであって、否定を通じて無我を“主張”したりすることではない。
ところで『般若心経』について理解したいというなら、
ナーガールジュナ『中論頌』は必ず参照されたし。
通俗的な理解のように感覚的なものではなく、
空とは如何に理路を尽くしたものかを理解されるだろう。

471 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 08:24:54
「色即是空」と「空即是色」のふたつの「色」がどう違うのか(同じとい
うことはないようだ)を理解すれば般若心経の、つまり般若経の、ひいては
仏教全体が理解できると直感している私はおろかでしょうか?

そして自分が今、7割くらいまで理解しつつあると思っている私は無知で
しょうか? 

472 :471:2005/05/29(日) 08:27:46
つまり「空」というと相対性ということの議論ばかりがなされるようですが、
「空」に対してより参入的な解釈・・・というか、もっと言ってしまえば「実存
的な解釈」ができるように思うのですが・・・。

473 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 13:35:28
>>469
だいたい理解はできる。
でも、そうは言っても「空しい」は普通に「ネガティブな意味」で使われてるからさ。
今は文章の構造の同一性よか意味(語の使用)が適切かどうかが問題になってるみたいだから。
「空性」と「空しい」の間にどれだけの結びつきがあるのか俺は門外漢なんでわからないけれど、
「空性」を価値や原理に適用する場合「空しい」以外の言葉をあえて使うなり、
あるいは「空しい」から意図に沿ってネガティブな意味を剥ぎ取る作業が必要に思った。

特に
>「快楽原理や功利主義、このような価値基準が究極の所で何の根拠もない空しいものであることを見抜いた」
こういうのはうさんくさすぎるよw。

474 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 14:58:39
無常が空しいなんて感じるのは日本人だけだろう。
日本には輪廻転生は根付かなかった。
苦がなければ仏教もいらない。
日本で仏教は世俗政治に利用されただけ、もっとも
仏教らしくない似非仏教思想だ。

475 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 16:30:51
私は般若心経は生き方のひとつの方法を書いたものだと思っていますよ。
まず肯定しそれを取り込んでいく過程について自分のあり方を考えるものかと。

476 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/05/29(日) 18:02:39
>>471-472さん
それでいいと思いますよ。
>>469さん
宗教的で恐縮ですが
一字一句が仏の教えに聞こえる世界があります。

477 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 19:02:31
>>469
「空しい」をどうゆう意味で使っているんですか? 
また、対応する英語はなんですか?


478 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 19:47:47
>>471
あんた、「理解」したのかね?

じゃ、はっきり言わせていただきます。

「無理」そして「無駄」

479 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 22:18:41
空=すべてが混ざり合って分離不可能な世界

480 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/29(日) 23:02:56
>>469
>般若心経に書いてあることが一字一句すべて正しいとしましょう。
わさび茶漬け君は、般若心経に書いてあることが一字一句すべて正しい、
というわけではない、てなことをいいたいらしい。
つまり、わさび茶漬け君が今までグダグダ書き連ねてきたことは、
般若心経から「空即是色」を切り捨て「羯諦羯諦」を切り捨て、
恣意的に選ばれた「色即是空」の四文字のみをヒントにして構築された、
わさび茶漬け教の教理であったわけだ。
しかしまた、何故「色即是空」のみを採用したのだろう?

>どれが一字一句すべて正しいモノで、どれがそんな事はありえないモノですか?
>選別する基準もあわせて、教えてください。
自分に問え。

481 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/29(日) 23:04:54
>ここの所、分かりませんか?何度も書いてるでしょう?
いや、わさび茶漬け教の教理として考えるならば、
これほどわかりやすいものもない。
まあ、わかりやすいという以前に、陳腐だね。

482 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/29(日) 23:07:54
>論理的な矛盾の許容が唯の逃げ口上でないのなら、矛盾を許容する理由を示してください。
なるほど、わさび茶漬け教の教理とは、論理的に全く無矛盾に記述できるらしい。
ところがまた、その教理とは、こういうものではなかったか?
>「空性3」を意識すると → あらゆる認識が絶対的な論理的確実性を持ち得ない「空しい」ものだと言う事がわかる。
いったい、この矛盾を、どのように許容するつもりでいるのやら。

483 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/29(日) 23:20:39
あー、急いで書いて書き落とした!
>>480
>般若心経から「空即是色」を切り捨て「羯諦羯諦」を切り捨て、
>恣意的に選ばれた「色即是空」の四文字のみをヒントにして構築された、
>わさび茶漬け教の教理であったわけだ。
このあとに、次の一文を入れたい。
「般若心経の解釈としては、そんなもの普通でも自然でもありませんから」

484 :考える名無しさん:2005/05/30(月) 22:42:13
屁理屈スレ

485 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/30(月) 23:56:09
むしろ、老婆心切スレと呼んでもらいたいね。

486 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 16:38:25
俺、物凄い勢いで美少女に変身したいんですけど
般若心経でこの煩悩と戦うことは出来るんでしょうか?

487 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 16:50:03
下着も女装したいですか?

488 :はるか高み:2005/05/31(火) 17:35:23
般若心経。文学同様、題から中身がすつかり透けているが、あえて中身
を読むと、その内容は一部の文学と全く同じものなのである。
しかしそれは般若心経の独創では断じて無い。そんなもんでもこれまで
坊主をはじめこの経を読めた者はいないのである。ああ、嘆かわしい。

489 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 17:46:07
女装と変身はまるで次元の違う望みです。

490 :bbs:2005/05/31(火) 19:23:40
>>486
魔術で錬金術師がその理論を完成させたときは中性になれるとかいいます。
般若心経とかの仏教的論述も「中」が基本である以上、下手をするとむしろ悪化するかもしれません。
やりたいならやったほうがいいと思いますよ。
>>489
女装は自らの内面的真実に自らの外見を近づけるのに対し、変身は心の変革を意味すると言ったところでしょうか。

491 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/31(火) 22:49:25
>>486
般若心経を読誦すれば、呼吸も深くなる。そうすれば自然、心も落ち着く。
物凄い勢い、などというものに拘らず、女装そのものを楽しめるはずだ。
まずは、読誦から始めることだ。

492 :考える名無しさん:2005/06/01(水) 17:06:44
なんか仏教飽きた。

493 :考える名無しさん:2005/06/01(水) 17:22:20
ぜいたくなこと言うなよ。悟ってもないのに。

494 :bbs:2005/06/01(水) 17:29:59
もともと、仏教は体験が最終極である以上は般若心経の意味もその体験に向けての方向性を表すに過ぎず、それ自体は文学的な「色」ですが、その本質は「空」なのでしょう。

495 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 01:36:36
てかさ、釈迦が死んでからメッチャクチャ分派が増えて、
各々の派閥が自分が釈迦の説いた本心に合致してると
ほざいてるわけでしょ?
なんていうか、釈迦もそのくらい予測して、ちゃんと詳しく
解説しておけよって気がする。悟ってるくせに先が読めて
ねえなあっていうか何と言うか。

496 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/02(木) 02:21:41
くだらん。何か気の利いたことを書いたつもりでいるのか?
>>371 の通り、己の喉を使い、己の身体を使うということに尽きる。
釈迦の喉は釈迦のものであり、私の喉ではない。


497 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 04:26:09
>>496
くだらん。何か気の利いたことを書いたつもりでいるのか?

498 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 22:57:35
>>494は良いレスだw


冷暖自知

499 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 23:51:31
こんな板違いのスレで、良いも悪いもあるか、ハゲ!

500 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 23:57:41
仏教徒にハゲは褒め言葉。
ハゲのほうが悟りやすいからな。
嘘だと思うなら仏教の寺院を見学してくるといい。
修行者は全員ハゲだから。

501 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/02(木) 23:59:36
>>500
それは違う。如来像を見ろ。
全員、パンチパーマだ。

502 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 00:17:14
>>500
つまんないレスで500取るな!ツルッパゲ
修行が辛いからって2chに逃げて来るんじゃねえ。天然ハゲ!

503 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 00:19:05
ああ、良い功徳をした!
ありがとう、クソ坊主さん。

504 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 00:25:37
>>502
そもそも宗教板からも逃げて来てるわけだが。
そういうのを慎みがない、とかイワンのバカ。

505 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 05:51:33
性欲があれば大丈夫!

   ∧∧   シュッ
 (  ・ω・)
 Σ⊂彡_,,..i'"':
     |\`、: i'、
     \\`_',..-i
       \|_,..-┘

506 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 08:19:18
ハゲつて精力があるはずなのに

507 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 08:51:32
悟りを得た方に質問します。セックスの快楽は以前より大きいですか?

508 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 16:14:09
晒しハゲ

509 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 16:52:00
如来像はなぜパンチパーマなのですか?

510 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/03(金) 20:31:54
>>507
悟りを得た人に質問だそうだ。答えてやって欲しい。
高価な贈り物をして、高価な食事をおごって、ベッドに漕ぎつけたはいいが、
汗をかいて胸筋と背筋を酷使して、射精の快感はわずか数秒。
この快楽が多少ましになるんなら、私も悟りを得たいもんだ。

>>509
さあ? 仏の道を極めた「極道」だからじゃないの?

511 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 20:37:09
>>507
悟ったら、行為自体が不要になる。
快楽というのは脳内の電気信号なので、
それを全てコントロールできれば、何もする必要が無い。

512 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 05:40:22
>>511
悟りってマトリックスだったのか

513 :小僧:2005/06/04(土) 22:21:15
猫に小判  即是  2チャンネルに般若心経

514 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 22:34:59
>>513は指を切り落とされる小僧w

515 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 03:19:54
そりゃ結構うけたわ! わっはははは

516 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 16:01:52
悟りってなんだ。

517 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 17:19:00
振り向かないことさ。

518 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 19:37:00
わかったら、夕陽に向かって、ダッシュだ!

519 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 20:39:27
羯諦!亜婆世涙 羯諦!宜敷勇気

520 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 16:42:37
食うの哲学

521 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 18:44:14
はんにゃー!はーらー!みーたーじー!

522 :わさび茶漬け:2005/06/07(火) 23:17:00
>>480
>「空即是色」
上でも他の方が少し書かれているように、字義通り解釈してしまうと、
「色は空である」かつ「空は色である」という事で、「空=色」という事になってしまう。
となると同じ概念に違う名前が付いているだけだ、という事になってしまいますね。
つまり「車とcarは同じモノを表している」というのと同じで、
「色と空は同じモノを表している」と言ってるだけの事になりますね。

もちろん短い般若心経の中だけならば、こういった解釈も可能でしょう。
しかしこのような解釈では、仏教系の知識全体の流れを眺めてみた時、その中心的テーマとはかなりかけ離れてしまいますね。
これではどうしてここから禅系の知識へと発展していけるのかが、明確ではありません。
つまり「色即是空」も「空即是色」も、そのほかの部分の言葉も、ある程度言葉を補いながら解釈しないと
歴史的なつながりのない、宙ぶらりんの経典になってしまうワケです。

>「羯諦羯諦・・」
私は「痛いの痛いの飛んでいけぇ」は最も素朴な類のマントラだと考えています。
ワンワン泣いていた子供にこれを唱えてあげると、実際に泣き止む事が結構あります。
そして「羯諦羯諦・・」も同様のモノだと考えています。
しかしもちろん「痛いの・・・」なんぞより、もっともっと高い精神性の込められたマントラだと考えています。

「羯諦羯諦・・」、つまりマントラは一種の高級な「おまじない」、「プラシーボ」、「げんかつぎ」、「イワシの頭も信心から」であり
かつ唱え続けることによる「トランス」状態、「神がかり」状態を与えてくれるモノだ、そう私は捉えています。

あと仮に「痛いの・・」が唱えるだけで、絶対的な力をもつ言葉なのならば麻酔技術など必要はありませんね。
むしろ医者などは麻酔技術なんかではなく「痛いの・・」を真剣に学ぶべきでしょう。
しかし実際にはそうではありませんね。つまりこれが「おまじない」の限界だという事です。
「羯諦羯諦・・」も万人に対して絶対的な効果を持ちうるのならば、
義務教育でも教えるべきです。更に世界中の人間に対しても唱える事を法律で義務化すべきです。
しかし実際にはそうなっていませんね。これがマントラのある種の限界なのです。
効く人もいるし、効かない人もいる、という事です。

523 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 23:24:06
色・受・想・行・識即是空「性」

空「性」即是色・受・想・行・識


であることをなぜみんな忘れるのだろうか・・・・

524 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/07(火) 23:30:08
>>522
違うな。義務教育の側の限界であり、法律の側の限界だ。

>私は「痛いの痛いの飛んでいけぇ」は最も素朴な類のマントラだと考えています。
君がどう考えようと、別にどうでもいいよ。君の限界だ。

525 :わさび茶漬け:2005/06/07(火) 23:34:01
>>480
>自分に問え。
ここに関して、ほんとうに逃げちゃいますね。
「世界は神様が一週間かけてつくった」
結局これに対してもHannibalさんから疑問の言葉もないんですよね。
やはりHannibalさんはかなり信心深いタイプの方だと思いますよ。

>>482-483
>この矛盾を、どのように許容するつもりでいるのやら。
何も矛盾はないじゃないですか。
私は自分の解釈が「絶対に正しい」とも「唯一である」とも言ってないでしょう?
まさに絶対的な確実性を持った解釈をしえないからこそ
「こう言ってると解釈するのが一番『自然だ』ろう」としか言わないワケです。

あと知ってますか?
「つじつまのあった歴史教科書、世界遺産をもって、世界はいまこの瞬間からスタートした」
こんな馬鹿げた世界観も論理的に否定することは不可能なんですよ。
空性3というのはこういう方向性の指摘なんです。

526 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/07(火) 23:41:28
>ここに関して、ほんとうに逃げちゃいますね。
別に逃げちゃいないよ。ちゃんと読んでるのか?
何故、恣意的に「色即是空」のみを選んでしまったのか。
それを自分に問えといったのだが?

>空性3というのはこういう方向性の指摘なんです。
あっそ。じゃあ、>>375 にある通り、
>論理的に矛盾してるかどうかは、どうだっていい話だ。
で、いいじゃない。


527 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/06/07(火) 23:54:24
>>522わさび茶漬さん
真言の部分の解釈ですが
一部にそういった考えもあるようですが
実際はそんなレベルではないようですよ。

528 :わさび茶漬け:2005/06/07(火) 23:55:56
>>473
>そうは言っても「空しい」は普通に「ネガティブな意味」で使われてるからさ。
そうですね。
もともとこの話は別のスレで「絶対的な価値観がなくて空しい、鬱だ・・・」
みたいな事を言ってる方が居て
私が励ます気持ちで「空しくってもいいさー、絶対的な価値なんかいらないさー」
と言った事に端を発するんです。

>「空性」を価値や原理に適用する場合「空しい」以外の言葉をあえて使うなり、
>あるいは「空しい」から意図に沿ってネガティブな意味を剥ぎ取る作業が必要に思った。
確かにその通りですね。
もともと私も「なんもかも空しいさー【みたい】な事が昔から言われとるよー」と言ったんですが
【みたい】が省略されて、ネガティブな方向性のみで伝わってしまったようですね。反省。

>こういうのはうさんくさすぎるよw。
よくこの世の快楽という快楽を得た人間が「我が人生はかなきものなり」みたいな事を言ったりするでしょう?
天下を治め、富も権力も欲しいままにした信長が
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻のごとくなり、一たび生を得て、滅せぬもののあるべきか。」
続く秀吉が「露と落ち 露と消えにし 吾が身かな 浪花の事も 夢のまた夢」など。
こういう諦念とも言えるようなニュアンスを言いたかったのです。

529 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/07(火) 23:59:07
>よくこの世の快楽という快楽を得た人間が「我が人生はかなきものなり」みたいな事を言ったりするでしょう?
よくあるね。まあ、仏法とは無縁だ。

530 :わさび茶漬け:2005/06/08(水) 00:02:36
>>477
>「空しい」をどうゆう意味で使っているんですか? 
ちょっと英語はわかりませんが、上に書いたような信長や秀吉の句や
平家物語の冒頭部分にあらわれる想い。こういう美しい言葉として、使ってたんです。


531 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/06/08(水) 00:25:12
>>522
マトリックス的解釈なら「空」は情報、または「言葉」。

はじめに言葉があった。

532 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 10:00:16
ナーガールジュナ『根本中頌』観五蘊品第四 三枝訳注『中論』レグルス文庫p171以降参照
1:『色因を離れて色は得られない。色を離れてもまた色因は見られない。』
2:『もし色が色因を離れているとすると、色は無因である、という誤りが付随する。
しかるに、どのような事物でも、無因なるものは、どのようにしても、存在することはない。』
3:『しかるに、もし色を離れて色因が存在するとするならば、無果なる因が存在することになろう。
しかるに、無果なる因は、存在しない。』
4:『色がすでに存在している場合には、色因は決して成立しない。
色がいまだ存在しない場合にも、色因はやはり成立しない。』
5:『更に、無因なる色は、どのようにしても、決して成立しない。
それ故、色に関しては、どのような諸分別をも分別してはならない。』
6:『果は因に似ている、ということは成立しない。
果は因に似てない、ということは成立しない。』
7:『受と心と想と、諸行と、まさに全ての諸々の存在者についても、
全ての点で、色と全く同じ次第が適用される。』

533 :532:2005/06/08(水) 10:03:54
註。
全体。先ず、いうまでもなく、五蘊は縁起故に、因果関係にある。
そこで五蘊を代表し色蘊を挙げて空を示す。色因が因、色が果。
第4頌。果がすでに有ならば、新たに因は不要。
果がいまだ無ならば、何者への因か。(第一品第六頌参照)
第6頌他等。先ず因果から離れた色蘊はない。次に因果が無自性故に、
色蘊は有でも無でもない。(第五品5、6頌等参照)
因果は、同一=因中有果でも、別異=因中無果でもない。
前者なら因果は無差別(牛乳とチーズの別がない)である。
後者なら因は非因(チーズは無縁な砂からでも生じる)に等しい。
因中有果で結果する、とするならば全くの自から自が成立し常住と化す。
因中無果で結果する、とするならば全くの他から自が成立し断滅と化す。
ちなみに、因中一部有無果ならば、前二者に分割可であり、
或いは、因果前後異時を否定して、因果同時ならば関係主体としての因と果が
「牛の左右の角の如く」に相互に無関係、つまり自性化する。
つまり、第一品1頌『諸存在者は、何時でも何処でも如何なる者でも、
自から他から自他両者から無因から生じたものとして存在することはない。』
これらは、前後異「時」でも同「時」でも「時間」が前提されている。時間が自性化すれば、
時間外的主体、即ちアートマンが妄想される。(第二品、第九品等参照)
空とはおよそこれらの何れでもない、つまり無記。参考として第十八品10、11の頌を挙げよう。
『およそ、「彼」が「此」に縁って存在しているときには、「彼」は「此」と同一なのではなく、
また別異なのでもない。それ故に、断滅でもなく、また常住でもない。』
『一でもなく、異でもなく、断滅でもなく、常住でもない。
これが、世間の導師である諸佛の教説の甘露なるものである。』

常識下で仏教術語が誤用されるのは、存在者=延長=自己同一者こそが実在であり、
空といっても、常識においては延長以外の選択肢はない以上は、
相対的無の絶対化、「無」という延長、として誤って捉えられる(空病)。
するとたとえば「諦める(明かに観る)」「諸行無常」は虚無主義の代名詞と化し、
翻って「諦めない(無明のまま)」「我慢(「我」在りと「慢」心する)」ことが美徳と化す。

534 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 11:37:38
ナーガールジュナがどう解釈したかはともかく、
本当のところは般若心経の作者に聞かなきゃ分からんって事だ。

535 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 12:27:44
>般若心経の作者
 般若心経に限らず「経」の作者は「考える名無し」です。

536 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/08(水) 23:57:40
>本当のところは般若心経の作者に聞かなきゃ分からんって事だ。
観自在菩薩に聞けばいい。


537 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/06/09(木) 20:18:23
般若心経にはありませんが
ほとんどのお経にある冒頭の四文字。
非常に重要ですね。

538 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 21:09:16
>>524
どんどん論理的でなくなってきますね。
何度も言ってるように、般若心経を神聖なものとして信仰されているならば
議論はもうやめませんか。
信仰者にとって、信仰の対象は「神聖にして絶対不可侵」な存在です。
他者がそれについて軽軽しく扱う事さえが、不遜な行為に当たります。
観光客の立ち入りを制限している宗教的聖地と同じです。

もしHannibalさんが信仰者なら、
私のように論理でそれを語る事さえ不遜な行為に感じるでしょう。
ただ哲板で信仰に基づく怒りから議論をされても不毛ですすし、それならもうやめましょう、と言ってるんです。
それで、信仰者なのかどうかを、ずっと聞いてたんですよ。

539 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 21:28:46
>>527
分析的に書いたので、冷たく見えたかもしれませんが、別に卑下しているワケではありません。
これはそれを信仰する人間の持つ主観と、持たない人間の持つ主観、この間にある差だと思います。

例えばどんな聖木も聖石も、物理的に分析してしまえば、ただの木であり、ただの石ころですよね。
でもそれを敬い大切にしている人に対しては、それらの木や石は実際に神聖で絶対的なものとして迫ってきますよね。
だから聖木であり聖石と呼ばれるワケです。

これと同じように信仰の外側から書けば、>>522のような語り口調になるわけです。
でも信仰の内から見ればそれは本当に本当に強烈なものでしょう。
まさに唯識さんの仰るとおり>>522のように淡々と語れるレベルのものではないでしょう。

540 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 21:40:43
武道でも芸術でも何でもいいのですが。
何かの良し悪しを判断するには、それなりの能力が要求されることが多いものです。

541 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 22:07:35
>>540
ではあなたは世界中で信仰されている対象のうち、どれだけをご自身の信仰の対象とされていますか?
全てを信仰している事はないでしょう。
では>>540さんが信仰の対象として【いない】聖なるモノ、聖なる事は良きものではないのですか?
また、その良し悪しを決定している「判断基準」は一体何に基づいているのでしょうか?
ここが当然、問題になりますね。しかし、論理だけからではこの良し悪しの判断基準というのが作れませんね。

つまり信仰は論理で擁護できる類のものではないんです。
むしろ愛や憎しみと同じ領域にある、感情の大きく関わってくる事なんです。
だから哲板で議論しても不毛なワケです。

542 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 22:09:47
信仰に基づく怒りでは全然ないよ。
いってみりゃあ、君の頭の悪さに対する怒りかな。
まあ、君の主張するところのものは般若心経(から任意に選んだ四文字)
の、自然でもなく普通でもない解釈から構築した、
わさび茶漬け教の教理ってことでいいじゃない。
それなら怒るほどのもんでもない。入信はしないけど。

543 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 22:23:02
>>541
>また、その良し悪しを決定している「判断基準」は一体何に基づいているのでしょうか?
論理能力。(共有可能な経験に基づく説明能力)

544 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 22:24:34
>>542
「頭が悪い」という表現は、「あなたの主張に帰依しない頑固さに対する苛立ち」の表現なのかな。
あと私は別に色即是空だけをとりだして論じているワケじゃないでしょう。いつからそうなっちゃったかな。
なんというか「信仰者というのは自分が信仰しているとは思わない」
というのを聞いたことがありますが、Hannibalさんもまさにそんな感じですね。

これで最後です。
【「神が世界を一週間で作った」という聖書の記述は事実として疑うに足る】
こう明言していただけるのなら、議論を続行しましょう。できない場合はここで終わりにしましょう。
ではでは。

いつからそうなっちゃったかな。


545 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 22:27:56
「神が世界を一週間で作った」という聖書の記述については、
見ていたわけじゃないから、知らん。

しかし、わさび茶漬け教の教理自体が、こうじゃないか。
>「つじつまのあった歴史教科書、世界遺産をもって、世界はいまこの瞬間からスタートした」
>こんな馬鹿げた世界観も論理的に否定することは不可能なんですよ。

546 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 22:30:16
>>543
それは説得力ですね。
私がいったのはある基準を相手に納得させる話術の事ではなくて、
その基準が持つ論理的根拠の事です。「○○ゆえにこの基準は絶対に正しい」という時の○○の事です。
これは論理だけでは無理ですよ。やってみてください。
では○○なのは何故なのか・・・△△だからだ・・では△△なのは・・・(ry こうやって無限後退していきますから。
感情を抜きにして、論理だけで価値基準というのを作る事はできないんです。

547 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 22:37:55
>>545
おれ教の教理・・?
それは事実ですよ。それだけ馬鹿みたいな世界観でも論理的には否定することができないんです。
できると思うなら、一回挑戦してみてください。

>知らん。
それを逃げというのです。ではもう一度聞きなおしますよ。
私が教えたとおり旧約聖書にはそう書いてあるんですよ。「世界は神様が一週間で作った」てね。
これ疑うに足る記述だと思いませんか?
これを疑える状況にないならば議論はここで終わりにしましょう。
ではでは。

548 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 22:39:56
>あと私は別に色即是空だけをとりだして論じているワケじゃないでしょう。いつからそうなっちゃったかな。
おっと、見落としていた。
では、君は今まで般若心経のどの部分を取り出していたのかな。
ちゃんと、アンカーつけて答えてみてよ。

549 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 22:45:10
>>544,546
はたから見ても、議論になってない。
いつからも何も、最初(5/20)から。
徹頭徹尾、「般若心経」に関する知識も「論理」に関する知識もない。
ネットで情報収集して想像してみただけ、といったレベル。
にもかかわらず、尊大w
そういうのを、事大主義という。

>じだい-しゅぎ 4 【事大主義】
>(2)全体に対する見通しもなく瑣末(さまつ)なことを誇大に騒ぎ立てる態度。

あと、君の言ってるのは「論理」じゃなくて、「原理」
>ろんり 1 【論理】〔logic〕
>(1)思考の形式・法則。議論や思考を進める道筋・論法。
>(2)認識対象の間に存在する脈絡・構造。

> げんり 1 【原理】〔principle〕
>(1)事象やそれについての認識を成り立たせる、根本となるしくみ。主として人間の活動にあてはまる原則とは多少意味の違いがある。
>「多数決の―」「相対性―」
>(2)〔哲〕 世界や現象の根本原因・根拠であるもの。本源。アルケー。


550 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 22:47:18
>>547
おいおい、別に君と議論を続けたいなんて思っちゃいないんだよ。
私には、何のプラスにもならないし、目下のところ、
どんなデザインのクッションカバーを選ぶかが最大の関心事だしね。
君の方こそ、般若心経と何の関係もない質問を持ち出して、
議論とやらを、うやむやに終わらせたいんじゃないのか?
これは「逃げ」と呼ばないのか?

551 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 23:03:00
>>549
>はたから見ても、議論になってない。
それは間違いないでしょう。私もそう感じます。
全体に対する見通しはありますよ。理解されるかわからなかったから書かなかっただけです。
ちょっと書きます。

コネクショニズムのモデルに従うと、人間の脳状態というのはM行M列の行列で表せますね。
そして人間の脳における物理状態のうちで、安定な状態(違う状態に移るための活性化エネルギーがkTより十分大きい状態)というのは
離散有限個しかないでしょう。となると脳状態を表す行列の各要素がとりえる値というのも、有限集合中の要素のどれかでしょう。
そうなると、やはり人間の脳全体がとりうる状態数も離散有限個という事になります。
そうであれば「世界の状態」と「脳の取り得る離散有限個の状態」というのは一対一対応をさせる事が不可能になるます。
なぜなら 世界⊇脳 ですから、取り得る状態数の間には 
世界が取り得る状態数>脳が取り得る状態数 という関係が成立するからです。
ここに認識における空性が現れる。
つまりこのような脳における世界の認識過程における情報圧縮がもたらすモワレのような現象が人間の認識においては不可避だ
という事を説いたのが空性2だと解釈しているワケです。

>後半
他者に強要できるような絶対的な基準も、疑い得ないような絶対的な原理も、論理から導き出すことは出来ない、といってるんですよ。
ウィトゲンシュタインが書いた事です。

552 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 23:09:04
議論するつもりはないというか、議論しようにも、
徹頭徹尾、議論にはなっていないそうなので、
>私が教えたとおり旧約聖書にはそう書いてあるんですよ。「世界は神様が一週間で作った」てね。
>これ疑うに足る記述だと思いませんか?
やっぱり、これには答えません!
あとは、好き勝手なこと書くので、わさび茶漬け君はレス返さなくていいよ♪
尻尾巻いて逃げていて下さい。


553 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 23:23:25
>あと私は別に色即是空だけをとりだして論じているワケじゃないでしょう。いつからそうなっちゃったかな。
まあ、今まで言及されていなかっただけで、たとえば「無眼界乃至無意識界」についても、
何らかのお考えがあるのかもしれない。
しかし、少なくとも >>522 において「羯諦羯諦」は切り捨てられてしまっている。
何らかの取捨選択が行われている以上、
「わさび茶漬けは般若心経のうちの4文字にしか着目していない」といおうが、
「わさび茶漬けは般若心経のうちの26文字にしか着目していない」といおうが、
それは瑣末な問題にすぎない。
私、わさび茶漬けは般若心経の信仰者でもないし、観音菩薩の信仰者でもないので、
般若心経のうち4文字(乃至26文字)にしか着目しない。あとは切り捨てる。
般若心経のうちのこの4文字(乃至26文字)にしか着目したとき、
>あれは「一切は空しい」みたいな事言ってるんですよ。
とするのが、やはり普通、かつ自然な解釈である。
この私の普通、かつ自然な解釈に帰依しないものは全員、
頭の固い何らかの信仰者であるので、哲学板で議論する資格などない。
即刻、議論を中止しなさい。

…やっぱり頭悪いだろう、これは。

554 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 23:24:21
そりゃそうでしょう。これ以上議論なんかしたかないですよ。
世界は神様が一週間が作ったなんて事さえ疑い得ない人と議論するのを、誰が好みますか?

>やっぱり、これには答えません!
信仰者としても、これは情けない事ではないですか。最後です。
「世界は神様が一週間で作った」という旧約聖書の記述は、疑い得るものだと思いますか?
それとも疑い得ないものだとおもいますか?

答えられないのなら、どうぞ宗教板へお引取り下さい。では。

555 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 23:27:08
コピペをミスった。
「般若心経のうちのこの4文字(乃至26文字)にしか着目したとき」
→「般若心経のうちのこの4文字(乃至26文字)に着目したとき」



556 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 23:34:14
>>553
上でかいたダライ・ラマの分類に従えば
空性1は物理学のモデルそのままですね。
空性2は上にかいたコネクショニズムの離散有限モデルで理解できます。
空性3はカントがいった形而上世界の決定不可能性と同値です。

つまり普遍的に通用することなら、違う場所、違う時代にも、あらゆる表現をもって出てくるものだという事です。
Hannibalさんは人の批判ばっかしで、自分が書いたのは雨と晴れの話だけ。これ以上、いちいち説明してられませんよ。
そっちも自分の解釈を書いてくれればちゃんと読むのに、ほんと徹頭徹尾、卑怯な話ですよ。
じゃ、おやすみなさい。

557 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 23:39:45
>>551 >>556
ノストラダムスキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!

558 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 23:43:32
俺としては、宗教板へ行って欲しいのは原理主義者の方だなw
事大主義者であれば、ハン板という選択肢もあるぞ。

あと、掲示板上では答えを強制するのは、なし、な。

559 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 23:44:00
>上でかいたダライ・ラマの分類に従えば
>空性1は物理学のモデルそのままですね。
>空性2は上にかいたコネクショニズムの離散有限モデルで理解できます。
>空性3はカントがいった形而上世界の決定不可能性と同値です。
結局「色即是空」じゃないか。頭わりぃなあ。

>Hannibalさんは人の批判ばっかしで、自分が書いたのは雨と晴れの話だけ。これ以上、いちいち説明してられませんよ。
>そっちも自分の解釈を書いてくれればちゃんと読むのに、ほんと徹頭徹尾、卑怯な話ですよ。
散々、書いてるじゃないか。頭わりぃなあ。

560 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/09(木) 23:54:14
うん。答えやすい質問でも強制されて答えるのは癪にさわるもんだ。
>>558のレスのおかげで多少、答えやすくなったので答えておくと、
世界は神様が一週間で作ったあだと? そんなことあるわけねえだろ、馬ー鹿。
しかし、歴史教科書、世界遺産をもって、世界はいまこの瞬間からスタートした
なんて馬鹿げた世界観も論理的に否定することは不可能なわけだから、
一週間というのも否定しきれんわなあ。


561 :わさび茶漬け:2005/06/10(金) 00:27:02
>>557
意味がわかりませんよ。

>>558
>原理主義者の方だなw
何原理主義かかいといてくださいな。
あと「掲示板上では答えを強制するのは、なし、な。」と強制するのもナシですよね。
自己矛盾のいい見本、有難うございました。

>>560
>世界は神様が一週間で作ったあだと? そんなことあるわけねえだろ、馬ー鹿。
>一週間というのも否定しきれんわなあ。
返答ありがとうございます。まさにその通りです。

旧約聖書に書いてあることが一字一句絶対に正しい、という保障はない。
ここまでは進みましたね。もちろん間違っているという保障もないですね。
しかし「そんなことあるわけねえだろ、馬ー鹿。」と言える根拠になった事は一体何だったのか
これについて暇があれば考えておいてください。
で、このまま行くと般若心経の方が一体どうなるのか。こちらも併せて考えておいてください。

なんにせよ今日はもう寝なきゃ。ではでは。

562 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/10(金) 00:34:55
>>557
>意味がわかりませんよ。
本当に、都合の悪いことはすぐ忘れるんだな。>>365

>しかし「そんなことあるわけねえだろ、馬ー鹿。」と言える根拠になった事は一体何だったのか
いいか? 
神は一週間じゃなくて6日で世界を作って、7日目には休んでるんだ。
わかったか?

563 :考える名無しさん:2005/06/10(金) 01:12:36
>>561
「意味を喪失してしまった少女」って感じの、何かの童話に出て来そうな
メルヘンチックなレスをありがとう。

俺も言っておこう。キミ、アンドロメダ星へ帰った方がいいよ。

真偽判定不能なものに無理矢理、真偽判定の形式論理を持ち込んで
何か意味あるの?前提が矛盾してるのは、キミだよ。
何か自分がスゴイ事を言ってるんだと思い込んでるんじゃない?

こちらは答えを求めていないのだから、否定的に答えてしまった時点で
キミには「掲示板上では答えを強制するのは、なし、な。」の意味が
理解できない、または理解する気がない、としか受け取られることは
ないと思うなあ。だからバカって言われてるんじゃないかな。
その部分は俺にも共感可能な部分だった。

あらためて言います、このレスに関しては返答不要です。きもいので。

564 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/10(金) 01:16:31
>で、このまま行くと般若心経の方が一体どうなるのか。こちらも併せて考えておいてください。
なんだ、この物言いは? だんだん、腹が立ってきた。
>>549にある通り、
>にもかかわらず、尊大w
そして、自らの議論(?)の方向性にそぐわないレスがあれば、
あんたは信仰者だ、頑固だ、卑怯だ、○○をしておいてくれ…。
プラスにならないだけではなく、非常に不愉快なので、
これを限りに、「わさび茶漬け」はあぼーん設定させていただく。

このまま行っても、般若心経の方はどうにもならないよ。
「空即是色」も「羯諦羯諦」も切り捨てるなんてことはない。
こんなことは信仰以前の問題だ。
夏目漱石の『草枕』を解釈するにあたって、ここの数行は、
シュレディンガー方程式にそぐわないので切り捨ててよし、
なんてえのが普通でも自然でもないのと同断だ。以上。

565 :考える名無しさん:2005/06/10(金) 17:29:18
屁理屈クソスレ

566 :考える名無しさん:2005/06/11(土) 01:53:02
釈迦が言ってもいないことを仏教の範疇にしちゃっっていいなら
俺がでっち上げたお経も仏教でいいんだろ?
そこんとこヨロシク。

567 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/11(土) 02:16:32
>>566
君が君の身体でもって掴んだ仏教がそれなら、問題ないんじゃないの?

568 :考える名無しさん:2005/06/11(土) 13:17:01
ヒトがしんでんねんでヒトが!

569 :考える名無しさん:2005/06/11(土) 13:33:21
そう、人はいつかは必ず死ななければならない。
死ぬことは即生きることである。仏教は生命の教えである。

570 :わさび茶漬け:2005/06/11(土) 23:32:57
>>562>>564
あらら・・・やっぱ本物でしたね。
>いいか? 
>神は一週間じゃなくて6日で世界を作って、7日目には休んでるんだ。
>わかったか?
なんて言ってる人から、 「信仰者よばわりするな!」と怒られるとは・・・

はぁ・・

 信仰は自覚症状のない病である

という事ですね。

571 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/11(土) 23:45:28
お、まずい、まずい。今、あわててNGワード設定したよ。

>>570
冗談のわからない馬鹿は引っ込んでな、ってことだよ。

572 :わさび茶漬け:2005/06/11(土) 23:56:23
>>571
レスさえ見なければ、思考停止していられますもんねw
宗教にはまったおばさまにはそれがピッタリです。ではー。

573 :考える名無しさん:2005/06/12(日) 00:10:07
>>572
しつこいバカだな。とっとと氏ねや、ジジイ!

574 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/12(日) 00:17:00
>>573
おいおい、>>でアンカーつけると、リンク先、見えちゃうんだよw

>>572
自分のレスを読めば、思考は停止せずに前進するという、
この傲慢さ、この尊大さ。ハァ〜、もう読むまい。

575 :考える名無しさん:2005/06/12(日) 00:18:26
おれは思考停止は大事だと思うがどうかな。
思考という第六識の限定されたものでは空を悟ることはできないのではないか?

576 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/12(日) 00:38:36
>>575
ふむ、なるほど。
前進だか後退だか知らないけれど、思考とは、ピクピク動くもんだから。
その動きに気を取られないようにしないとね。

577 :考える名無しさん:2005/06/12(日) 15:10:02
ブラックホールのなかでも仏法は有効ですか?

578 :考える名無しさん:2005/06/12(日) 16:13:34
黒穴のなかでは重力が強すぎて時空が崩壊し因果律が破綻しています。


579 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/13(月) 22:04:34
>>577-578
実際、入ったことはないから、そんなことは知らない。
興味があったら行ってみたらいい。己の身体を使えとは、そういうことだ。
そこらへんがわからずに、ただ宗教書だということだけで、
旧約聖書と般若心経を一緒に論じ、否定しないのか信者だ信者だ、
と騒ぎ立てる間抜けもいるようだがw
「神が一週間で世界を作ったか」なんて、見てないんだから答えようが無い。
「アムステルダムの朝は早い」なんていわれたって、実際、早いか遅いか、
アムステルダムの朝の珈琲でも飲んでみなきゃわからないっつーの。
その点、般若心経の方は、このように身体を使えと明記してある
(読誦せよ、ということだが)。なら、その通りにやってみて、
何が得られたか、あるいは得られなかったか、自分で確かめればいい。
たかだか、読んで3分のお経だ。

580 :わさび茶漬け:2005/06/13(月) 22:34:31
>>579
あぁあぁ・・
言ってることも十分わかるし、それが間違ってるとも言ってないのに。
読経による意識の変性も含めて>>522の記述で矛盾ないのに、
それを否定しちゃうからオカしくなる。
何を根拠に他の辻褄のあった解釈を否定して、自分の解釈だけが絶対だと言うのか?
「その一神教的な排他性はどういう理屈に基づいて主張しているのか」
これを聞いてるだけなのに、これだけの事が理解されないんだから怖い。

何故、女は哲学ができないのか???
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1114966324/

ちょっとこっちも覗いてみなくてはならない。

581 :考える名無しさん:2005/06/13(月) 23:09:38
(´-`).。oO(あんたには辻褄の合った解釈なんて一生むりぽ)


582 :考える名無しさん:2005/06/14(火) 05:29:09
とりあえず>>579の文章で確かなことは彼に被害妄想のケがあるという事くらいだな。

583 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/14(火) 20:53:40
いちど読誦してみたらいい、というレスの何処から被害妄想を読み取ったらいいのか、
さっぱり理解できない。
おそらくは高度な解読技術(般若新経からシュレディンガー方程式を取り出すような)
を用いるのだろうが、まあ、解説しなくていいよ。

584 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 10:36:14
色=紫〜赤  空=紫〜赤の外側

585 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 12:51:29
Like a virgin Touched for the very first time
Like a virgin When your heart beats
Next to mine Oooh, oooh, oooh



586 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 12:55:32
古くて権威があるからってありがたがってるなんて
自分の頭で考えるのを放棄してるよね

587 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 12:56:35
空色という色もある。

588 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 13:35:05
腐った自分の頭で考えるのかね?
故障したコンピューターに計算させてもろくな答えは出ねえ。( ゚Д゚)ゴルァ

589 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/15(水) 21:21:57
>古くて権威があるからってありがたがってるなんて
権威など関係ない。当然のことだ。
>自分の頭で考えるのを放棄してるよね
しかし、頭なんか使う必要ない。身体で掴むんだ。


590 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 21:36:18
夢幻泡影について教えてくれ。無知ですまない。

591 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 00:18:42
ブラックホールってのはあれかね、夏は涼しいのかね

592 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 00:23:38
>>591
そうでもないらしい。
まあ、冬のそれを考えれば大したことないだろうけどね。
秋が意外と穴場。

593 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 00:26:22
よく鮎が釣れるって聞いたことがある。
本当かウソか知らないけど。

594 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/18(土) 00:30:39
へぇ〜、近くにいい旅館でもないかねえ。

595 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 00:31:38
>>593

がせネタだろうね。
ブラックバスにやられてるから。
そら耳かも知れんが、ヒバリの声が聞こえるっていうよな。

596 :>>595:2005/06/18(土) 03:18:58
ぜんぜん食いついてきいひんやんか コノヤロウ!!

597 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 15:28:46
ブラックホールってどこ?

598 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 16:33:39
>>597
まず手鏡を用意しろ。
股を開いて床に座り、タマ袋を持ち上げて、
手鏡で股間の後ろの尻に空いている穴を映して見てみろ。
その穴がブラックホールだ

599 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 19:14:23
>>598

            ┏┓
┏┓    ┏┓   ┏┛┗┓  ┏┓    ┏┓    ┏┓ 
┃┃    ┃┃   ┗┓┏┛  ┃┃    ┃┃  ┏┛┗━┓
┃┃    ┃┃   ┏┛┗┓  ┃┃    ┃┃  ┗┓┏━┛
┃┃    ┃┃   ┗┓┏┛  ┃┃    ┃┃   ┃┗━┓
┃┃    ┃┃  ┏━┛┗┓  ┃┃    ┃┃   ┗━┓┃
┃┗┓    ┗┛  ┃┏┓┏┛  ┃┗┓   ┗┛   ┏━┛┃
┗━┛        ┃┗┛┃   ┗━┛       ┗━━┛ 
          ┗━━┛


600 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 23:29:24
ブラックホールはロシア語でおまんこのことを指す。
だから物理学者は崩壊体と呼んでいる。

601 :考える名無しさん:2005/06/19(日) 22:20:50
ほうかい?
(えー、何が面白いかといいますと、そうかい?と崩壊を掛けている訳で、、、、)

602 :考える名無しさん:2005/06/19(日) 22:36:47
もともとアインシュタインはコラプサーと呼んでいた。
アメリカの物理学者がブラックホールと云っていて、それが定着した。

603 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 22:31:09
へっへっへ〜
無思考、空、見性は同じ地平線上にカテゴライズされるよ、
つまり、空が空であるがゆえ、二元性はのこされたままなのである、
鏡に何も写ってなくてもそれを見てるのダーレだっ!

604 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 23:50:04
マジックミラー

605 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 17:53:39
物理法則が変われば色即是空とかも間違いってことになるよね

606 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 17:56:08
>>605
物理法則が変わっても問題ないw

607 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 21:06:58
色即是空は物質現象には実体が無いと言っているのだから
物理学的に言えばエネルギー保存則を示している。
物質はエネルギーに相互転換可能であるということである。
エネルギー保存則は至るところでなりたっていなければならない。
ブラックホールの中ででもある。

608 :考える名無しさん:2005/06/24(金) 17:21:06
仏教は認識論だ。認識によって外界を措定するだけで、存在論的な展開は見せない。
それぐらい分かって議論しろよな。


609 :無無無:2005/06/24(金) 17:59:26
わさび茶漬けさんは頭いいし、自分のことをよく分かっている。
Hannibalは頭悪いし、自分の頭の悪さを理解していない。


610 :無無無:2005/06/24(金) 18:10:54
Hannibalは本当に頭悪いな〜。
宗教板に行ってください。
僕も頭悪いけど、自分で自覚してる分だけhannibalよりは全然ましだよ。


611 :無無無:2005/06/24(金) 18:16:41
『自分で自覚している』はなんか変だな?
『自覚している』で充分ですね。
さっそく頭悪いとこ見せちゃった。
でもHannibalよりはマシ。
あ〜、でも人と比較してる時点で自分はまだまだダメだな。
わさび茶漬けさんのように冷静にならなきゃ。

612 :無無無:2005/06/24(金) 20:30:52
なぜ私はhannibalさんに対して不快感を抱いたのだろう?
よくよく考えてみたら、原因は『馬鹿』や『頭悪い』というような言葉づかいにあった。
なんて小さなことで私は腹を立てていたんだろう。
そして私は同じような言葉をhannibalさんに対してぶつけた。
何か自分が嫌になってきた。
私最悪。
でも自分を卑下することによって気持ちよくなっている自分がいる。
みんなの同情を待っている自分がいる。
私最低でも最高。
なんだかな〜。


613 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/24(金) 23:08:57
>>612
おまえは大馬鹿野郎だ。同情する。

614 :無無無:2005/06/24(金) 23:51:13
確かに私は大馬鹿野郎だ。
何も分からない。何も見えない。
ただ生きているだけだ。
しかし苦しみだけある。
この苦しみすらも受け流せるような馬鹿になりたい。


615 :考える名無しさん:2005/06/24(金) 23:56:43
存在論ってなーに?
馬鹿だから分かりませんおせーて下さい

616 :無無無:2005/06/25(土) 00:00:54
見るのではなく
見えるのだ。
聞くのではなく
聞こえるのだ。
生きるのではなく
生きているのだ。
考えるのではなく
考えているのだ。




617 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 00:04:09
>>616
それって、機械的唯物論者が言ってる「クオリア」ではないの?

618 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 00:34:34
>>608は正しいか?

619 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 00:59:22
>>609 それは経量部説ですね。仏教の一部の考え方です。
有部やゲルク中観説は十分存在論的だと思いますよ。
本来の中観や他ならぬ『般若心経』は認識も空です。すべては幻のように現れるが実体はない。

>>618 無無無さんは、わさび茶漬けさんに共感できるってだけのことじゃないですか?
西洋論理学の同一律や矛盾律、物理学を根拠・前提に『般若心経』を読んでも無駄ですよ。
あらゆる言語的分節や理論構築、知覚、体験が幻のように現れるが実体はないというのが『般若心経』ですから。
その境地に入るために心呪を唱えるんですよ。それがテキストの基本的意味と思われます。
私は将軍様が仰っていることの方に共感しちゃいますね。

620 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 01:02:08
アンカーずれてんじゃない?

621 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 01:05:13
あ! 逆だった。ごめん。

622 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 01:58:16
全ての表現は最後のマントラへの導入にしかすぎない、
宣伝看板ではあるが、極限の表現でもある、誰が書いたんだいったい。


623 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 02:04:24
「羯諦羯諦・・」で寂滅へと向かう、空などどこにある?

624 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 02:23:35
月極の駐車場みてみろよ。「空あり」って書いてあるじゃねえか。
空がないと車が止められんよ。

625 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/25(土) 02:26:31
智恵子にいわせれば、東京には空がないそうだね。

626 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 02:31:34
>>624
目的は車を止めること、ただそれだけ、

>>625
心境にも空はなし、これは悟りへの導入部だ、究極ではない。
結局ニルヴァーナで全否定されるわけだから。

627 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 02:45:14
ニルヴァーナを否定的にとらえてはいけない。

628 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 10:46:32
そんなの単なる言葉遊びだ、悟りでさえニルバーナを通過できない。

629 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 16:05:37
もうちょと言ってみるか、空やら色やらは悟りのレベルでの言説だ、
寂滅の書物が一冊でもこの世に在るか? 意識すら通過不可能な境地で
否定も是正もあるかいや?

630 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 16:51:51
ニルヴァーナ=寂滅?

631 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 17:41:21
>>619
いいえ、違いますよ。原始仏教、つまり釈尊の考え方自体、そうなんですよ。
説一切有部説やゲェルック説は仏教から見てはずしています。
中観派は説一切有部のそのような実在論批判から始まります。三界は認識が
投影したものであり、その認識でさえ煩悩によるものであり実体は空であると
するのが中観派ですよ。

ゲェルック説の批判としてサキャがありますが、これはもろに認識を離れた
実在を否定します。

632 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 17:46:13
創価学会、部落解放同盟、韓国民潭、朝鮮総連
がこっそりと危険な法律を作ろうとしています。
強大な組織相手ですから一人一人の力を集め反対せねば太刀打ちできません。



【2ch全板】人権擁護法案反対最高司令部★【統括】3
http://tmp5.2ch.net/test/read.cgi/asia/1119307149/

【親日糾弾法】人権擁護法案粉砕14【パクリますた】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1119146112/

【人権擁護法案】"反対派の同意なくても" 東京都議選後に、法案提出へ…政府・与党★3
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1119563821/

人権擁護法案反対集会実況スレパート2【日比谷】
http://live21.2ch.net/test/read.cgi/festival/1119154452/


633 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 20:58:52
>>631
とすると原始仏教は 経量部説と同じで、外界が要請されるということ?
だとすれば、その根拠はどこですか?

中観派が「三界は認識の投影」というのは、過大適用ですよ。
それはユガ行中観派と呼ばれる方々の説ではないですか?

ゲルクの批判としてサキャがあるというより、中観に関しては、
サキャの異端説としてゲルクがあって、サキャがきっちり異端だと指摘しただけでしょう。
ニンマからも徹底的に指摘され、果てはゲルク内部で「ツォンカパは間違ってる」と
吼えたゲンドゥン・チューペルまででています。

でも『ラムリム』は名著だと思います。
中観の見解を除いて。ほんとうに素晴らしいものがある。


634 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 23:36:37
>>633
>とすると原始仏教は 経量部説と同じで、外界が要請されるということ?
>だとすれば、その根拠はどこですか?

阿含経典郡です。ダンマパダなどでは第一喝からそう言っています。

>中観派が「三界は認識の投影」というのは、過大適用ですよ。
>それはユガ行中観派と呼ばれる方々の説ではないですか?

そうでしょうか?世俗諦で捉えた場合、vi-kalpa を多用する竜樹の著作が
あります。著者名を隠せば、まるで瑜伽行唯識派が空を語っているように
読み取れます。

>ゲルクの批判としてサキャがあるというより、中観に関しては、
>サキャの異端説としてゲルクがあって、サキャがきっちり異端だと指摘しただけでしょう。

正確にはそうですね。私は端折り過ぎました。

635 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 23:43:16
一言加えますと、ゲェルックの思想に傾倒するあまり、チベット仏教、インド仏教すべて含めて、
「輪廻転生はリアルとして存在する」と言い切る向きがあります。東洋文庫のさる方は、最近でこそ
その口調は静かになってきたものの、「ゲェルックこそチベット仏教の正統正義であり、チベットの
文化、風俗習慣として輪廻転生思想が息づいている。それをはずしたものは仏教ではない」と
いまだに主張しておられるようです。この人はサキャ関係は完全に専門外だなと思うのです。

636 :jun1:2005/06/26(日) 03:16:19
般若心経の独考をしてみました。関係ないと思った人は任意にスルーしてください。

般若心経では結局、「色即是空」とだけ言っているんじゃなくて、
「色即是空空即是色」といっているわけですから、
「実体がない」という意味ではなく、「実体とはあいまい」だと理解するほうがよいのではないでしょうか?

これは般若心経の定義にも「無」の定義にすごく当てはまるとおもいます。
「無」は「存在しない」と意味するのではなく、むしろ「あいまい」とした方が
近いような気がするのです。

 無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽
 乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩依般若波羅蜜多故
 心無礙無礙故無有恐怖

般若心経では以上のように「空」を唱えたあと「無」と続きますが、
これを「…がない(無い)」と訳すことはできません。
まあ、そう訳してもいいですが意味がわからなくなってしまうんです。

  色がない。心がない。              無色無受想行識
  眼や耳や鼻や舌や身や意(こころ)がない。 無眼耳鼻舌身意
  色や香りや味や触れるもの法則はない    無色声香味触法

「ない」では、この最初で躓くんです。
色は実際にある、目や鼻もある、どうにも意識とはかけ離れすぎているのではないでしょうか。
この辺が般若心経の理解を難解にしているところだと思います。
ここが理解できないから先に進めない。
「あいまい」としたほうがずっと意味が飲み込めるような気がしました。


637 :jun1:2005/06/26(日) 03:16:49

とりあえず【無」を「あいまい」と訳した般若心経の「無」の部分の私の意訳を載せておきます。


  目に映るものはあいまいである。                        無色
  心の残りの部分もあいまいである。                      無受想行識
  眼耳鼻舌身意無色声香味触の法則はあいまいである。          無眼耳鼻舌身意無色声香味触法
  目に映る世界はあいまいである。                       無眼界
  だから意識のなかもあいまいなのである。                  乃至無意識界
  つまりわからないという概念もそもそもあいまいなのである。       無無明
  結局わからない(という概念)もあいまいなまま終わるものなのである。 亦無無明尽
  だから老いや死(という概念)もあいまいなのである。            乃至無老死
  老いや死もあいまいなまま終わるのである。                 亦無老死尽
  苦を集めてそれをすべて滅する道も存在しない。               無苦集滅道
  その知識もあいまいだし、そこから得られるものもあいまいだ。      無智亦無得
  よって悟りを求めるものが、般若心経の教えから
  得られるものもあいまいだ。                           以無所得故菩提薩依般若波羅蜜多
  なぜならそのこころはこだわりがないからである。              故心無圭礙
  こだわりがないから恐怖は存在しない。                    無圭礙故無有恐怖
  本来のものより行過ぎて行き詰った妄想や考えから離れている。     遠離一切顛倒夢想
  それが(我々が)極めるべき涅槃の境地なのである。            究竟涅槃


638 :jun1:2005/06/26(日) 03:17:17
(続き)

いかがでしょう。「…ない」とするよりもこう「あいまい」としたほうが意味が
すっきりしているのがわかると思います。

そもそも、無を唱える前に「是故空中」と言っているわけです。
これはつまりいいかえれば「空とは中である」、
つまり【空】(否定という存在の限定)とは
【中】(的の真ん中の一部)であると言っているわけです。

それに「空と中」のセットは、「色と空」のセットのように反対概念同士でもないので
論理的な意味で飛躍しているのがはっきりとわかります。
しかし「空」を理解し「無」を理解しと段階的に理解していけば、
このほうがよいのではないでしょうか。

故に「般若心経」は中観の基本的な教えを説いていると言えるのではないでしょうか。
「あれでもない、(だからと言って)これでもない」この「色即是空空即是色」に
みられる二重否定の文法(緩叙法)の形式概念が、つまりもともとの「中」の概念だったということです。
つまり般若心経が説いているのは「空」でも「無」でもなく
実は般若心経を読むことによって得られる
「中に行き着くための思想法」だったんですね。


639 :jun1:2005/06/26(日) 03:17:51
(続き)

ちなみに般若心経を読み解くために用語について整理しました。


【空】とは「見えるものを(実体)を否定する」
つまり欠如の意味です。
つまり【空】とは思想でもなんでもなく
実は「実体の否定」という形式の一部だと言うことです。

【不】は「実体の述語にかかる動的な否定」と言うことがわかります。
「不生不滅不垢不浄不増不減」の箇所を見ればわかるとおりです。

【無】は実体ではなく当の存在にかかる述語です。
【無】とはつまり「存在として限定することができない」という意味です。


 
【空】 実体の欠如    (静態的否定) 
【不】 存在の動的否定 (動態的否定) 
【無】 存在の本質の否定(本質的否定)


640 :jun1:2005/06/26(日) 03:18:19
(続き)

【否定】

そして般若心経で一貫して見られる【否定】の佐用を見てみる必要があります。
【否定】とは「存在を限定するという作用」として秩序付けられるものなんです。
否定されたものが、異なるものとして認識されたときに、
必然的に意識に備わる「〜ではない」という"事実の限定"を
【否定】という構造は持つものなんです。

そしてこの否定は、単純な識別方法である【同一律】より導き出されます。

 例 (同一律)

 AはAである。  →【肯定】   それ以前には【事実】でなかったものが【事実化】されます。
 AはAではない。→【否定】   【事実】は保留され判別は継続されます。


641 :jun1:2005/06/26(日) 03:18:44
(続き)

【限定】

また【限定】は【肯定(也)】と【否定】という二つの異なる形式を持つものと思われます。
しかし同一律から【否定】されることによってしか、【肯定】が生成されることは本質的にありえず、
つまり【限定】とは否定を要素とした構造に究極的に還元できるということです。

【異】

【異】はその存在が、とある存在ではないと否定されたものを
あらたにそれとして肯定することです。
統合的な事実認識作用を持ちます。

  例
  1.AはBではない。(or/and BはAではない。)
  2.すなわちAとBは異なる。


642 :jun1:2005/06/26(日) 03:19:23
(続き)

そして「否定されるものが(全く)ない」状態を指して
それを【限定】佐用における【肯定(也)】と呼び
これがすなわち【中】、中観の思想そのもので
あるというわけなのです。


  色(見えるもの)は空(見え"ない"もの)と異なるわけではない。      色不異空
  空(見え"ない"もの)は色(見えるものと)と異なるわけではない。     空不異色
  色(見えるもの)はそのままでは空(見え"ない"まま)であり。        色即是空
  空(見え"ない"もの)は、そのままで、色(見えるということ)なのである。 空即是色


(終わり)

643 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 09:13:55
仏教もセクトの違いで意見がまちまちだね。
釈迦が言ってないことは全部妄説でいいじゃん。


644 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 10:09:21
>>643
>釈迦が言ってないことは全部妄説でいいじゃん。

釈迦は何も言わなかった。
「如是我聞」が経の本質であり教のすべては妄説である。
 自分が発見した法しか自分を律することはできない。

645 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 10:12:51
>>638

 「あいまい」と「無明」とはどう違うの?
 正見とは「あいまい」ではなく「あきらか」に
  観ることではないか?

646 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 11:49:55
般若心経の言っていることはデカルトの言っていることと同じである。

647 :jun1:2005/06/26(日) 19:43:58
>>646

私が【無】として「あいまい」といったのは、
「色即是空空即是色」を一言で表したものです。
つまり【無】=「色即是空空即是色」だということです。

【無】を限定できないものともいいました。
また【無】を「本質の否定」ともいいました。
そういうベースがあって「あいまい」と訳したんです。

そして「正見」とはただ一つ「色即是空空即是色」の中観の思考法に則ることです。
この形式論理概念を「あいまい」と名づけただのことなんですよ。

だから、「無明」と「あいまい」は、まったく無関係です。
何か誤解していらっしゃるようですけど。
それからもうひとつ勘違いしていらっしゃるように思えるのは、
物事を明らかに見るために「八正道」があるわけじゃないってことです。
それはまあ、どちらかというと「哲学」やジャーナリストの仕事です。

正しく生き、正しく死ぬただそれだけのために「八正道」があるんじゃないでしょうか?


648 :jun1:2005/06/26(日) 19:44:54
(続き)

ちなみに【中観】とは、「あれでもないこれでもない」という考え方を止めないこと、
と私は考えています。場当たり的に目星をつけてこれだと判断を
下すのではなく、判断を下すことをできる限り抑え、
そして一方が不利になるようなことをできる限りやめること。
まあ口で言うのは簡単ですが、実際にはすごく難しいことですけどね。

お寺などで座禅を組んでいる菩薩の仏像を見ますよね?
みんな考え事をしているような気がしませんか?
とても極楽浄土を夢見ている表情とは思われない。
ロダンの「考える人」のような深刻そうにではなく
穏やかに思念している様子なんです。
【中観】とは、こだわることのない際限のない
思考なのだと思われますがいかがでしょう?

ちなみに最近、私ショーペンハウエルの本を読んでいるんですよ。
哲学書の中で彼の著作はかなり面白い部類です。
どうしてでしょう? 仏教の【中観】の教えが
行き届いているからでしょうか?
まああまり気にすることではありませんがね。


649 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 20:11:04
ショーペンハウエルにはまり過ぎるなよ。道元も読めよ。

650 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/06/26(日) 21:31:20
相対でもなく、絶対でもなく。

651 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 23:11:24
>>634
はて、ダンマパダ第一偈のどこが「経量部説と同じで、外界が要請される」というような
意味なのでしょうか?

> そうでしょうか?世俗諦で捉えた場合、vi-kalpa を多用する竜樹の著作が
> あります。著者名を隠せば、まるで瑜伽行唯識派が空を語っているように
> 読み取れます。

分別を多用することが、なぜ「三界は認識の投影」に飛躍してしまうのですか?
「三界は認識の投影」などと主張したら中観ではなくなるでしょう。

>>635
ずいぶんフィルターが入ってますね。
では、サキャは輪廻を前提にしないんですか?
私は輪廻を前提としない仏教は、現代日本仏教ぐらいにしか存在しないと思いますが。


652 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 23:39:59
輪廻は実在する!

653 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 00:20:19
>>647

「無」とは「有の否定、すなわち非有のこと」である。
この「無」のどこが「あいまい」なのでしょう。
インド哲学の正統派では「無」は次の通り分類される。
 「無」という概念のどこにも「あいまいさ」はない。

  1.先行無・・・「いまだ〜がない」
  2.破壊無・・・「もはや〜がない」
  3.交互無・・・「〜でない」
  4.関係無・・・「〜に〜がない」
  5.絶対無・・・「(論理的に)〜がない」
 日本語でも{〜がない」と「〜でない」は論理的に
 使い分けられる。「無」にあいまいさはない。
 あいまいとははっきりしないこと、いいかげんなこと、
 ぼんやりしたことであり、それが正しい見方から帰結
 するとは思えない。
 ことばを自分勝手に使うことこそ論理をあいまいにする
 元凶だ。言葉は大切に使いましょう。
 言語によらなければ真理は得られない。 


654 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/27(月) 00:50:01
色は歴然として空であり、空は歴然として色なのであって、
>>653の方がおっしゃる通り、あいまいさはどこにもない。
しかし、この長レス >>636-642 をどこから突っ込んでいいやら。

>>638
>そもそも、無を唱える前に「是故空中」と言っているわけです。
>これはつまりいいかえれば「空とは中である」、
ここは単に「故に、いままで述べてきた、この空の中には」の意だ。

655 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/27(月) 01:05:08
>>636
>「ない」では、この最初で躓くんです。
>色は実際にある、目や鼻もある、どうにも意識とはかけ離れすぎているのではないでしょうか。
>この辺が般若心経の理解を難解にしているところだと思います。
>ここが理解できないから先に進めない。
確かに世間一般の常識からはかけ離れている。
しかるに、世間一般なるものに目を向ければ、そこには苦がある。
般若心経は「ここに明記された行法を修めれば一切の苦は滅尽される」
というマニフェストでもあるわけね。
世間一般からかけ離れているから理解できない、とは転倒もいいところ。

>「あいまい」としたほうがずっと意味が飲み込めるような気がしました。
君が飲み込んだのは別の料理だ。

656 :jun1:2005/06/27(月) 02:36:47
>>653-655

まったく関係ない解釈だと思った方はスルーでお願いしますよ。
まず「無」=「あいまい」を否定されたんじゃ、
こちらもお話しになりませんので。
こんなことで議論しても不毛でしょ?
私のはマイ哲学です。


657 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 02:39:51
>>656
>私のはマイ哲学です。

ここはお前の日記帳じゃない。
チラシの裏にでも書いてろ。



658 :jun1:2005/06/27(月) 02:44:12
>>657
哲学されたくなかったら、哲学板に立てなきゃいいんです。
宗教板で十分。


659 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/27(月) 02:48:02
>>658
「ハイデガーのいう存在者って『人間』だと意味が通らないんです。
あれって実は『薬缶』のことだったんです。私のはマイ哲学です」

君のは哲学ですらないよ。

660 :jun1:2005/06/27(月) 02:56:30
>>659
そうですか。
だったらスルーでいいんじゃないでしょうか?

661 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/27(月) 02:59:19
>>660
哲学じゃないものを哲学板に書き、般若心経に関係ないものを、
般若心経スレに書く。それって何ていったっけ…えーと、ほら…

荒らし。

662 :jun1:2005/06/27(月) 03:04:03
>>661
うーん困ったな。
会話にならないですね。
どちらかというと【無】や【空】の概念を
ここで突き詰めてみたかったのですが。

Hannibalさん、そろそろやめませんか?
そんなに人を罵倒してると、むなしくなりませんかね。


663 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/27(月) 03:07:57
>>662
>>659 >>661 は罵倒ではないと思うが?

>どちらかというと【無】や【空】の概念を
>ここで突き詰めてみたかったのですが。
別にいいよ。私はスレ主じゃないし。

664 :jun1:2005/06/27(月) 03:11:02
>>663
>別にいいよ。私はスレ主じゃないし。
ならば、少し黙っててください。
あなたとの会話は雑音が多い。


665 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 03:12:51
>>662
でも、間違ってるものは間違ってる。無は無。
間違いを認める気があるんだろうか。

666 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/27(月) 03:16:25
どうせなら、わさび茶漬け君も出てくりゃいいのに。
意外と話が合うんじゃないの?

>>636
>般若心経では以上のように「空」を唱えたあと「無」と続きますが、
>これを「…がない(無い)」と訳すことはできません。
どこから何を訳したいんだか。パーリ語からか?

667 :jun1:2005/06/27(月) 03:18:04
>>665
「無」は「無」ですよ。
「無」を「あいまい」と訳したのは「無」は大きな観念だと思ったからです。
けっして「〜ではない」と打消し表現だけではないと思い「あいまい」の意を加えたのです。
「無」は二重否定の意がある。本質を無化する意がある。
私は「無」から否定の意を捨てたつもりはありませんよ。


668 :jun1:2005/06/27(月) 03:21:38
>>666
今のあなたのような態度では、話が合うもなにもないでしょうに?


669 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 03:35:45
>>667
あいまいの意味はないよ。
無無〜というのがあるのが証拠。あいまいなら一回で十分。

670 :jun1:2005/06/27(月) 03:46:01
>>669
「あいまい」を含むか「含まない」かの反証として
一体、それは何を意味しているのでしょう?

671 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 03:50:42
>>670
論理的には、あいまいの演算子は2度使う必要はないってこと。

672 :jun1:2005/06/27(月) 04:01:07
>>671
やはりそう来ましたか。
【無】に「あいまい」という意味しかないと思い込んでるんじゃないでしょうか。
私は打消しの意味を捨てた覚えはありませんが?

あと、【無】は構造的な意味をすでに持っていますから、
演算子的な使い方はできません。
(どちらかというと関数的な使い方のみじゃないでしょうかね?)
いちおう言っておきますが無は「−」(マイナス)の意味じゃないですよ。


673 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 04:08:16
>>672
般若心経では、誤解がないように一つの文字をくどいぐらいに丁寧に説明し、
別の意味では使わないようにしています。
般若心経では、無は打ち消しの意味でしか使用されていません。

674 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 04:10:21
>>672
>いちおう言っておきますが無は「−」(マイナス)の意味じゃないですよ。

当たり前です。NOT演算子です。


675 :jun1:2005/06/27(月) 05:13:05
>>673
>般若心経では、無は打ち消しの意味でしか使用されていません。
無が打ち消す主体を見れば、それが構造を持つことがわかるでしょう?
無は本質を否定します。

>>674
無は関数系です。
で空(ゼロ)関数です。

たとえば「無限」とした場合

空(ゼロ)関数の場合   限界はない 
NOT演算子の場合    限界ではない 

となると思うのですが・・・
で、どちらが正しいか明らかですよね?
ちなみに無限を限界がないと字通りに訳しても意味がありません。
限界は定められないと判断するのが正式ではないでしょうか?


676 :jun1:2005/06/27(月) 05:33:07

この方がわかりやすいかな。

空(ゼロ)関数の場合   限界はない   "限界の存在はない"
NOT演算子の場合    限界ではない 


でNOT演算子として考えられるのは【不】か【非】です。

で【空】がゼロ概念だということ。


677 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 06:03:19
>>675
「無」はその存在性を「否定」しているのです。ゼロ関数ではありません。
ゼロにゼロを掛けてもゼロで、この意味だと2度使う必要がありません。
無無という「否定の否定」形は、ゼロではなく、存在性の復活を意味します。

678 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 06:06:46
>>675
>ちなみに無限を限界がないと字通りに訳しても意味がありません。

意味がないというよりも、貴方がそこに意味を見出せないというだけです。
無限は、文字通り「限界が無い」ことを意味し、それ以上を説明するものではありません。飛躍しないように。

>限界は定められないと判断するのが正式ではないでしょうか?

それは違います。「定められない」は「存在しない」とは違う意味になります。

679 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 06:18:58
ただ、演算子としたのは私の間違いですね。NOT関数です。

680 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 06:20:10
「あいまい」だと、ランダムジェネレータを2回使うのと同じで、やはり無意味かと。

681 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 11:52:58
無我(我は無い)・・非我(我ではない) という使い分けもある。anatta^
無常は、常住なるもの「ではない」との読みが通例であろう。特に諸行とセットの場合。anicca
無明は、智恵「がない」(縁起や四諦の理を知らない)と解釈する。avijja
無上正自覚者(無上等正覚者)は、これより上「のない」正しく悟った者。anuttara
etc.etc.
いずれにしろ文脈を吟味すべきではないか。
nothing , not , no ,( without )など意味合いは様々w

また、ここで言われている無は na の部分であろう。
だとするならば、尚の事、単純に否定として捉えれば宜しいのでは?
或いは方便としての否定として・・・
漢訳金剛般若経なんて否定するからこそ肯定になる言い回しだぞw(非の字だけど・・)
如来が説く所の三千大千世界は即ち世界に非ず。是を世界と名づく。
何を以っての故に。もし世界が実有なれば即ち是一合相なり。
如来は一合相は即ち一合相に非ずと説く。是を一合相と名づく。

また、個々人が、(換骨奪胎して)独自の解釈をすることを責めることもない。
お年寄りがお仏壇に向かって、
「これこれこういう気持ちでお経あげてるんですよ」と言うとき、少々の的外れならば、
「いやいやそれは間違ってるよ。こうでなければならない。」
なんて不粋なことは言わない。
せめて、「いいですね。けど、他にもこういう読み方もあるんですよ。」
くらいの補足までかなw

風呂敷広げて広説しなければどう考えててもいいよ。

682 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 12:08:09
>>667
>無」は二重否定の意がある。本質を無化する意がある。

これも漢文をしらない妄言です。
般若心経での「無」の用法は「〜でない」の後続語の否定の
意味だけです。
本質を無化するなら「無本質」と表現します。
二重否定なら「無亦無」になる。
般若心経での空と無の使い分けは理解してるのかな?

683 :jun1:2005/06/27(月) 12:09:21
>>678
>ゼロにゼロを掛けてもゼロで、この意味だと2度使う必要がありません。
>>680
>「あいまい」だと、ランダムジェネレータを2回使うのと同じで、やはり無意味かと。

同じことを言っているんですよね?
まあ、そのとおりなんですが、ゼロにゼロを掛けるなんて私言いましたかね?
言ってもいないことを言ったかのように言われるのはちょっと困ります。
あなたらとの議論に付き合ったほうがいいですか?


684 :jun1:2005/06/27(月) 12:19:59
>>682
私は「無」を「色即是空空即是色」の二重否定の形式論理概念と言いました。

「無明」を「わからない」と定義します。
「無無明」は直訳して「わからない状態はない」ですよね。
私はこの直訳の意を捨てたつもりはありません。
私はこの「わからない状態はない」という意味の中に
「わからないという概念も(色即是空空即是色のように)あいまいなままだ」
を含むとしているんです。さっきから、ミスリードしているのはどちらでしょうか?


685 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 12:32:08
>>684
>「色即是空空即是色」

これのどこがあいまいですか?
これのどこに無が使われていますか?
やはりただ漢文が読めないだけではないか。


686 :jun1:2005/06/27(月) 12:36:43
>>685
それが言いたいだけなのなら最初からそういえば言いだけのこと。
以後スルーでお願いします。

687 :jun1:2005/06/27(月) 12:44:19
あいまい 0 【▼曖▼昧】


(名・形動)[文]ナリ
〔「曖」も「昧」も暗い意〕
(1)はっきりしないこと。確かでないこと。ぼやけていること。また、そのさま。あやふや。
「態度が―だ」「―なことを言う」
(2)いかがわしいさま。
「―屋」
[派生] ――さ(名)


とりあえず、あいまいとはこういう意味だそうです。


688 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 13:14:41
>>637
>なぜならそのこころはこだわりがないからである。              故心無圭礙
>こだわりがないから恐怖は存在しない。                    無圭礙故無有恐怖

なぜこの部分は曖昧に訳さないのですか?

689 :jun1:2005/06/27(月) 15:43:51
>>654
>>これはつまりいいかえれば「空とは中である」、
>ここは単に「故に、いままで述べてきた、この空の中には」の意だ。

これは完全にそのとおりでしたね。


690 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/06/27(月) 15:48:44
曖昧なのは人間であって
決して経典ではありませんよ。
そのように解されるものであれば曲解、ご都合主義で
とうの昔に歴史の闇に消えていた事でしょう。

691 :jun1:2005/06/27(月) 15:55:39
>>690
私は【無】をあいまいと訳した(言い含めた)だけですよ。

692 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 16:15:12
>>684
ミスリードしているのはお前だろ。
いったい歴史上のどれだけ多くの人が般若心経を研究してきたかわかってるのか?
馬鹿を晒す前に、ちゃんとリサーチしろよ。

693 :jun1:2005/06/27(月) 16:28:48
>>692
すみません。


694 :jun1:2005/06/27(月) 16:32:54
私は、般若心経が形式論理的な面でもまったく疎かになっていないことをしめすために意訳を載せたつもりです。
ミスリードといわれるのならそれまでですよね。

695 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/06/27(月) 16:33:32
いろんな解釈はあっていいと思うのですが
それが真理から遠ざかるほど
>>690で書いたように、自分が闇に消えてゆくと思います。
自戒の意も込めて。

696 :jun1:2005/06/27(月) 16:39:41
>>694
しめすというのは偉そうですね。
というより形式論理的な面で、意味をつなげるよう独考してみたというほうがよいのかな。

>>695
私は、もともとの意味を削ったつもりはありません。
【無】と【空】の関係がよくわかったし、
また【中観】の感じもよくつかめましたよ。


697 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 16:43:13
般若心経はどんな読み方をしてもよいと思う。
正しく読めば読み方が違っても真理に到達できると思う。

698 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 16:51:47
26 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ [sage] 投稿日: 03/10/25 22:25
ハニャーン心経
とにかくみんな空(クウ)なにょな。そう思えばつらいことも何もないにょだYO!
モノが在ると思ってもその実体は無いわけだし、
実体が無いようなモノも在るように見えるものだにょ。感覚知覚するのもそういうもにょなの。
とにかくモノ・感覚・知覚、みーんな実体がないわけだから、生まれもしない滅びもしない、
汚くもならない浄くもならない、増えもしない減りもしない、当たり前の話だゴルァ。
実体がなく変化も無いんだから、縁起なんて表面的なこと、実体など無いわけでして、
無明がどうとか老死がどうとか、もう言うだけ無駄。悟りとか悟りを得るってことも無かったわけだ。
こう思えば何にも考えなくてすむし、考えないから怖いものナシ。
考え違いもないからもう究極だあーヽ(゚∀゚)ノアヒャ 。
ブッダというのはみーんなこんな風な修行をしたわけで(ホントか)、
それで究極の悟りを得たと(なんだ結局得たのかよ)。
まー智慧の修行ってこういうわけのワカランものだから、
もまえら愚民たちは最強のマントラとしてこのお経を繰り返し唱えるぐらいが関の山ってわけだ。
じゃあ唱えるぞ。
「逝ってよし、逝ってよし、もまえらみんな逝ってよし。漏れもなー」
ハニャーン心経

699 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 16:57:27
それ好きだよ。だれかラップで歌ってホスイ

700 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 17:17:50
jun1さん、わさび茶漬けさん、応援しています。
Hannibalは頭がおかしいので逝ってよし!
誰が見ても明らかでしょ。
Hannibalは人の言うことを聞かない。
だから議論もできない。
そしていつもケンカ腰。
あんたは中卒のヤクザか?


701 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 17:29:59
唯識も頭悪そう。
こういう頭の固い奴らって嫌い。
悟ったと思ってる勘違い野郎。
自分の考えを否定されると必死になる馬鹿。
もっとマタ〜リすればいいのに。
自分の馬鹿さ加減を分かっていない馬鹿が一番痛い。

702 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 17:32:34
ハニャーン心経のファンです。
すごく分かりやすいし元気になるなる。

703 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/06/27(月) 17:42:23
>>701さん
?。誰か否定されてますか?

704 :素人:2005/06/27(月) 17:57:27
>>703
どう読んでも釣w
スルーするよろし(´ー`)y━~~

705 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 20:42:37
なんか難しすぎるので「空」「無」「色」などの専門用語を使わずに般若心経を解説してくださいお願いします

706 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 20:52:44

「無」「色」の「空」を見上げても何も見えないですね。

じつは、何も見えない なんてことは間違いで、

そこには 何もないのです。


707 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 21:11:57
仏教には穴が無いのか?

あった

何が善で、何が悪かという部分がスッポリ抜けている

708 :七誌:2005/06/27(月) 21:16:33
http://black.ap.teacup.com/maple12000/
↑ここのブログ(゚Д゚)ウゼェェェ

709 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 21:48:17
>>707
十善/十不善からはじまって、たくさんあるんですけど。

710 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 22:11:24
かんたんに言ってしまえば馬鹿になれということなんですよ。
人間なんて所詮サルの頭がでかくなっただけの存在なんですよ。
偉そうにカッコつけて賢ぶってるだけなんですよ。

711 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 22:27:02
と、サルが、ほざいています。

712 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/27(月) 22:42:50
わ・し・が、い・つ、喧嘩腰になったんならゴラァ!!
唯識! >>700を成仏さしちゃるけ、道具もってこい!

713 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 22:44:01
みんなオナニー好きだろセックスも好きだろ。

714 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 00:56:21
Hannibalさんって案外お茶目なんですね。
ちょっぴり見直しました。
ちょっぴり惚れちゃいました。
男だけど好きになっていいですか?

715 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/06/28(火) 22:39:29
    〃                 i,        ,. -‐
   r'   ィ=ゝー-、-、、r=‐ヮォ.〈    /
    !  :l      ,リ|}    |. }   /   パ
.   {.   |          ′    | }    l    
    レ-、{∠ニ'==ァ   、==ニゞ<    |   |
    !∩|.}. '"旬゙`   ./''旬 ` f^|    |
   l(( ゙′` ̄'"   f::` ̄  |l.|   |     ラ
.    ヽ.ヽ        {:.    lリ     |
.    }.iーi       ^ r'    ,'    ノ    ミ
     !| ヽ.   ー===-   /    ⌒ヽ
.   /}   \    ー‐   ,イ       l    タ
 __/ ‖  .  ヽ、_!__/:::|\  

716 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 00:39:06
仏教の偉人たちってメッチャクチャ論争しまくってたみたいだけど
これって仏教を究めてもちっとも心穏かには成れないって事だよね
共産主義と同じで理論は完成度高くても実際に生きてる人間に
対しては無理がありすぎるって事なんだろうな


717 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 11:03:52
般若心経って知恵はどのような事であるかについての説明です。
経の言葉に意味があるんだって?と驚く人がいるのはどうしてかなぁ。
わけわからなくてありがたいのがお経と思ってる。

718 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 11:38:29
ほとんどの人間が実際中卒程度の学力しかないよ。

719 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 14:54:18
とりあえずフォースを信じなさい

720 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 15:02:41
無学になることは大変なことだ。

721 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 16:04:03
こんなん出ますけど。

初めての写経 お手本帳
http://www2.shufunotomo.co.jp/webmado/detail.php3?isbn=4-07-247723-0

マジで買ってみようかな。。。

722 :野茶菓 秋雪:2005/08/13(土) 23:19:44
四の五の言わずに瞑想しろ。

723 :考える名無しさん:2005/08/28(日) 20:16:13
まじレスでちょっとかっこわるいかもしれませんが、「縁起」や「空」について。
「縁起」や「空」の認識が難しいのは、品詞の問題ではないかと私は考えています。
結論から言えば、
「縁起」は動詞。
「空」は縁起の形容詞化。
動詞も形容詞も、それ自体は目に見えないので、認識するのが難しい。
そういうことだと考えているのですが。。

例えば、鉄が錆びることを考えてみます。
錆びた鉄。これは目に見える。般若心経でいえば「色」にあたります。
ところでここに錆びた鉄があるわけですから、「錆びる」という動詞が働いたことは間違いありません。
しかし、この「錆びる」という働きは目に見えるわけではありません。
見えるのは「錆びる前の鉄」と「錆びた後の鉄」だけです。
この二つの状態をつなぐ「はたらき」としてしか、錆びるを把握することはできません。
このような「はたらき」が縁起に相当します。
ところで「錆びる」という働きが加わったのなら、
その鉄には「錆びる」という性質や状態が備わることになります。
錆びるの形容詞化は「錆びている」ですが、
この「錆びている」という状態も、それ自体を見ることはできません。
「錆びている鉄」というのは見えますが、「錆びている」というそのものは目にすることができないのです。

縁起は動詞、その形容詞化が「空」。
そして両者を肉眼で見るためには色を観察するしかない。
以上が空と縁起と色の関係だと思います。

724 :723:2005/08/28(日) 20:17:40
それでは縁起が動詞、空がその形容詞というのは何を意味しているのか。
それはこういうことだと考えます。

縁起とはものが因果によって変化していく働きを指し、
空とは「ある存在が縁起を受け入れる状態にある」を指します。

図示すれば、
「…ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…」
このように限りなく「ー」が連鎖していくはたらきが「縁起」。
一方ひとつひとつの「ー」からみれば、それは前後の「ー」に対して開かれている必要がある(でなければ次の「ー」に縁起していかないから)。
このように本質として開かれているという状態を「空」という。

色即是空は「あらゆる色は縁起の結果生じたものであり、縁起を受け入れる状態にある」ということ。
空即是色は「縁起を許す状態にあるということは、常に変化しつつある何がしかの色ではある」ということをいう。
つまりあらゆるものは変化しつつあって無常であるが、
無常であるがゆえに常に何がしかの存在として存在している。

また「生ぜず滅せず…」というのは、
@あらゆる存在は縁起している状態(=空)にある。
A縁起をしている状態であるので、次の存在になりつつある。
Bゆえにあらゆる存在は「今の存在」と「次の存在」の性質を含んでいる。
Cよってある存在を「生じる」「滅する」というように、一つの動詞で表現することはできない。
D同様にある存在を一つの「眼耳鼻舌身意」で認識することはできない。
Eまたあらゆる存在は次の存在になりつつあるので、
 空を理解すれば、特定の存在に執着することはない。
ということを説いています。

そして以上のことを理解ためには「色即是空」、すなわち色をよく観察しなければならない。
そして「空即是色」、その結果、空があらゆる色を色たらしめていることが理解されるだろう。
以上が般若心経の説くところだと考えています。

すみません、まじレスで長くなってしまいましたが。

725 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 03:16:06
寝る前に般若心経唱えるなり写経するなりすると
必ず不思議な夢みるよ
これはまじで誰でも見れるので、やってみましょう

726 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 06:52:52
まずは雲水になれ。
話はそれからだ。

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