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対戦型哲学史

1 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 00:38:47
http://homepage1.nifty.com/kurubushi/

↑から貼ること推奨スレ

2 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 00:46:29
老子のいわゆる少国寡民の理想は、中国においてユートピア思想が明確な形をとった最初のものであると言える。これに対してベーコンのユートピア物語「ニュー・アトランティス」は、
既に西洋における数々のユートピア思想ないし文学の伝統を背負ったものである。そのタイトルに用いられている「アトランティス」とは、言うまでもなくプラトンの「クリティアス」及び
「ティマイオス」に描かれた理想の国家の名であり、発想としては同じくプラトンの「国家」によっており、また、ベーコンの時代、彼の国で直接先行するものとしてはトマス・モアの
「ユートピア」があった。しかし、それら先行する諸ユートピアとベーコンのニュー・アトランティスとが明確な違いを見せるのは、国家組織に対する態度においてである。プラトンにせよ、
モアにせよ、彼らのユートピア物語の発想の根底にあったのは、現実の社会への批判であり、その政治的及び社会的、そして経済的な変革への意志である。しかし、ベーコンの作品には
この方面についてはほとんど触れられない。ベーコン自身が政府内部の人間であったために、具体的な政治制度への言及を避けたものとも考えられるが、その点では同様の立場にあったモアでは、
明確な社会批判が見られることを思えば、必ずしも正鵠を得ていない(ベーコンが怯懦であったとするのなら別だが。そして、実際モアは国王の統治権の容認問題で刑死することになるのだが)。
 こうした、制度的なものの無視は、西洋のユートピア思想にあっては希有のものである。しかし、それが中国にあって当然のように主張されたのが老子の理想国家である。
 老子とともに中国思想の二大思想となった孔子の教えがより現実的であり、具体的な政治についての言及が多いのに対して、老子そして荘子の流れにあっては、むしろエピクロス的な
「隠れて生きよ」が基調であった。中でも、荘子は、全く政治について語るところが少ない。荘子に比べれば政治哲学について語ることの多い老子は、しかし、孔子のような積極的な発言ではなく、
むしろ、政治そのものの否定に向かう政治哲学であった。
 したがって、ベーコンの場合には政治制度への言及は欠如しているのだが、老子の場合にはむしろ政治の否定そのものが積極的な主張となっているのであって、その意義は全く異なる。

3 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 00:49:17
しかし、それ以上に大きいのは、老子が政治を否定しているのは、政治=人為であるからであったということである。
 これに対して、ベーコンが政治に言及しなかったのは、むしろ、彼の問題が、科学及び技術の思想にあったからである。
つまり、彼のユートピアは、政治的な理想の国なのではなく、技術的な理想の体現者なのである。近代技術哲学の先駆者で
あったベーコンの面目躍如たるところである。彼が描いたニュー・アトランティスのサロモン学院は、後に、英国王立協会
として具体化することになり、またフランス百科全書派に影響を与えることになる。
 しかし、老子の場合、技術はまさに人為そのものであり、政治制度そのものと同様に否定されねばならない。老子の語る
ところによれば、その国は日常の道具も、兵器も持っていないのではない。それらは全て備わっている。しかし、それにも
かかわらず用いられないのである。用いる必要はないのである。
 ベーコンの技術的ユートピアの思想は、哲学思想的な影響の面ではともかく、現実にはプラトンやモア以上に実現したと言える。
この方向を最も楽天的に未来へと投影したのがウェルズであったが、しかし、その反動もまた当然のように起こる。技術的な進歩の
極限がディストピアに至る物語(サミュエル・バトラー「エレフォン」、ハクスリ「素晴らしき新世界」)が、管理社会としての
ディストピア物語(オーウェン「1984」、ザミャーチン「われら」)とともに、やがてユートピア物語の主流となるのである。

4 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 00:58:12
アイスキュロス × プラトン

舞台と法廷

ギリシャ悲劇の上演は古代ギリシャの国家事業であるばかりでなく、当時の都市国家(ポリス)の人口からすれば、大多数といえるほどの観客が
(それもポリスの有権者、外国人を問わず)参加できた国民的行事だった。
それにはコトバと演技、合唱が総動員され、スペクタクルに満ちた祝祭であるだけでなく、ポリスの愛国心をかき立てそれを支えるための強力な
メディアであり、その民主制を支えるための市民の教育機関ですらあった。
伝説その他の知識、思想や正義といった観念を、これほど強く広く伝える(否、体験させる)手段は、もうこの先、生まれないと思われるほどだった。
 アイスキュロスの悲劇のうち、唯一完備した形で現存する三部作『オレステイア』を締めくくる第三部『エウメニデス(慈みの女神たち)」は、
この劇を完結するだけでなく、ギリシャ悲劇そのものを完成させ、また完結させたとすら思える。事実、この悲劇の終わりは、「悲劇の次にくるも
の」によって結ばれている。夫殺しと(その復讐としての)母殺しという罪の解決は、『エウメニデス』において、法廷にもちこまれる。
オレステスは、父を殺した母への復讐を、アポロンの神託に従って遂行することを思い出すならば、オレステスがその後狂気に陥って復讐の女神に
追われながら方々をさまようことも奇異なら、この解決もいささか納得がいかないものがある。なぜ神意(によるそそのかし)の後始末を、法廷が
行わなければならないのか。実のところ、アイスキュロスが示す「次にくるもの」こそ、この法廷に他ならない。事態を解決するのは、もはや預言者や
神託のコトバでなく、さまざまな議論を尽くして行われる法廷論争であり、その判決のコトバなのだ。つまりこの『エウメニデス』という「悲劇の解決」は、
氏族社会からポリスへの、つまり復讐から判決への、「正義」が寄って立ち、また存在する場所の変化と移行を示している。これはまた、人々が
さまざまな神話や伝承とともに正義と不正を学んでいた「悲劇」という学校が、やがてまもなく、ポリスの「法廷」にとって代わられるだろう
ことを告げている

5 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:03:37
事実「法廷」はいわば多様な論客と事件とが演じる一種の劇場であり、そして神話や伝説を
手放した劇の舞台で演じられることどもはほとんど「法廷」のそれに似通ってくる。
そればかりでない、「悲劇」は正義と不正を体験させるだけだったが、「法廷」は強力な力を
持った正義を実際に作り出す場所であった(あらかじめ結末が決まっている訳ではないから、
よくできた劇のようには、必ずしも結論を得られた訳ではないが)。これこそ、アイスキュロスが
自らの「悲劇」の結末で教えた(あるいは確認した)事実だった。
 人々は、「法廷」で繰り広げられるさまざまな言説とレトリックから「何が正義であるか」だけで
なく、「どうやって正義を作り出すか」までも学ぶようになり、またやがては積極的に法廷論客や
法廷弁論の教師、すなわちソフィストたちから教えを受けるようになるだろう。
 若き頃、政治家を目指したプラトンの目の前にあったのは、しかしこの「法廷」=ポリスの衰退だった。
すでにかつての力を失って久しい悲劇というジャンルでいくつかの仕事をしたと伝えられる

6 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:03:43
HPの文章を貼り付けるのがこのスレの趣旨なのか?
死ね>1


7 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:05:31
この「哲学者」には、もはや言論で正義を製造する政治家となることも、また大勢の前に繰り広げられる
悲劇を上演することも適わなかった(その時代に生きた誰にもできないことだった)。
「演じるコトバ」と「論争するコトバ」の残響のなかで、ソクラテスが、コトバのやりとりで「真理」を
産み落としてみせるソクラテスが、プラトンの目にどう写ったか想像するに難くない。そのプラトンが今度は
「何が真理であるか、だけでなく、真理をどうやって生み出すか・真理はいかにして生まれてくるか」の劇を
書くことになる。そこでは神話や伝説の代わりに、運命と英雄の葛藤の代わりに、さまざまな思想家と思想の主張と
挌闘とが「舞台」に踊り出る。論じ合い、吟味し合うコトバのぶつかり合いの中で、「本当のこと」が生まれていく
(もっとも「終わり」を要請される法廷や悲劇と異なり、哲学の議論は決着が着くとは限らない)。
 プラトンにとって哲学や真理は、明証性の要請に応えさえすればよいものではなかった。そのような真理についての
考え方は、プロテスタントの(信仰に関する)個人的明証、デカルトの理性的明証、経験論の感覚的明証を祖先とする、
我々の偏見である。プラトンにとって真理は論じられなければならず、哲学は哲学的議論でなくてはならなかった。
だから「対話篇」は、プラトンの表現(手段)ではなく、彼の哲学そのものなのである。

8 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:13:06
アリストテレス×ヘーゲル

現象と真理

しかし書き込むという行為は何らかの情報を投げかける、あるいは自己に取り込んだ情報を
考察し再生産することである。哀しいかな彼らは自己に多くの情報を内在していないし、
再生産も苦手である。
彼らから生産される情報は、「うぜえ」「馬鹿」「死ね」「あほらし」といった単純な
感情表現がほとんどである。そして感情表現すら尽きた時にコピペやキリ番ゲットといった
反復行為を繰り返すようになる。
またこれらの単純行為は、情報の加工や議論・ネタづくりに比べて、“誰もができる”という
点において、きわめて共有的・没集団的であり、彼らの欲求をより満たすのである。


9 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:15:17
アイネシデモス × アグリッパ

懐疑論について

ヘーゲルのいうように、懐疑論は結局は論駁不能である。「じっさい、人がどうしても懐疑論者であろうとするならば、
かれを説き伏せること、すなわちかれを肯定的な哲学へつれていくことはできない----それは、手足がしびれている人を
立たせることができないのと同じである」。けれどすべての哲学を、肯定的な哲学(要するにヘーゲルの哲学)への契機として
みるヘーゲルなれば、懐疑論にも効用がある。その効用からして、ヘーゲルは古代の懐疑論を二つに(二つの段階に)分けてみせる。
懐疑論マークIは、アイネシデモスの提起した次の10個の論法(トロポイ)に現れる。(1)動物相互の違い(2)人間相互の違い
(3)感覚器官の構成による違い(4)様々な状況の違い(5)空間的(位置・距離・場所の)違い(6)相互混合による違い
(7)事物の構成による違い(8)事物の関係性・相対性による違い(9)事象の頻繁さ/習慣による違い(10)道徳、法律などに
よる違い。アイネシデモスは、これら10個の観点から、意見の不一致が必然的であることを示し、この議論に基づいて事物に対する
唯一とり得る正しい態度が、判断停止(エポケー)以外にあり得ないことを示してみせた。実のところこの懐疑論の攻撃対象は、
(常識/日常意識の)ドグマティズムであって、ドクマティックな哲学ではない。これら古い論法(トロポイ)はすべて事物に
関わっていて、故に事物に対する関わり方に判断停止(エポケー)を突き付ける。言い替えれば、これら古い論法(トロポイ)は

10 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:16:48
「経験的」であって、すべての経験的知を懐疑によって相対化するけれども、「哲学」を、つまり「概念」といったものを相対化する
ことはできないのである。懐疑論マークIIは、古い論法(トロポイ)に対してアグリッパが上げた、次の5個の論法(トロポイ)に現れる。
(1)異論が存すること(2)論証の無限後退(3)諸前提の相対性(4)論証が(それ自身論証され得ない)仮定を必要とすること
(5)循環論。新たに提出された判断停止(エポケー)を帰結する5つの論法(トロポイ)は、すべて議論に関わり、概念に関わっている。
 もちろんヘーゲルの「分類」はすべて、自己の体系の構築と、カント哲学の論駁にささげられている。批判哲学がやっつけるのは懐疑論の
マークIにすぎず、カントはマークIIの論法(トロポイ)の中では「七転八倒」せざるを得ない、とヘーゲルは言うのだが……
(→ライプニッツ × カント 思弁哲学と批判哲学)。

11 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:21:29
アヴェロエス × アヴィケンナ

イスラムのアリストテレス

 ヨーロッパ中世哲学が、教父哲学やスコラ哲学に見られるような哲学的達成を果たしたのは、
教父哲学、特にアウグスティヌスにおけるプラトン主義(新プラトン主義)や、スコラ哲学、
殊にトマスにおけるアリストテレス主義といった、ギリシャ哲学からのインパクトが極めて
重要だった。しかし、それは同時に、神学と哲学との軋轢を引き起こさずには措かなかったが。
更に問題を複雑にしているのは、キリスト教世界がアリストテレス哲学を知ったのは、イスラムの
経由を通してだということである。イスラムにおける極めて高度なアリストテレス解釈は、
ヨーロッパ中世哲学にとって、自らの水準の引き上げと、自らのアイデンティティの動揺という、
二つの異なる衝撃を与えたのである。こうして、アリストテレスの衝撃は、中世哲学に二つの流れを
生むことになる。即ち、アリストテレスを利用して、キリスト教に神学的体系の基礎付けを与えるという
トミズムと、アリストテレスにより重きを置き、これがキリスト教と矛盾する場合も、哲学は哲学として
肯定するラテン・アヴェロイスムである。そして、後者の場合、その哲学、信仰と矛盾する哲学とは、
主にアヴェロエスの思想を指していた。つまり、今挙げたようなヨーロッパ中世哲学内の論争の起源は、
イスラム哲学にあると言えるのである(といって、トミズムの遠祖までもイスラム哲学に求める必要はない)。
 ここでは、ヨーロッパ中世哲学内でも大きな論争の主題となった、知性の単一性を巡る問題を、
イスラム哲学内の論争として取り上げてみよう。
Aへ

12 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:35:38
A
イスラム哲学史を整理する場合、「ファルサファ」(ギリシャ語のフィロソフィアに由来する)
と呼ばれるイスラム・スコラ哲学の流れを、大きく、東方哲学と西方哲学とに区分することが
常道となっている。後者が前者から区別されるのは、その舞台が、スペインという西方にあった
からである。しかし、この両者を等しくイスラム哲学として一括することにはあまり利点はない。
どちらもギリシャ哲学の影響を受けたイスラム哲学だという程度である。むしろ、以下に述べような
内容的な違いだけではなく、後の歴史の流れにとっても、この二つの学派は全く異なったインパクトを
与えることになった。つまり、東方哲学は、イスラムの正統スコラ哲学であるに対して、西方哲学はその
地理的環境がそうであったように、イスラム本土とは切り離されており、その意味で傍流であるばかりか、
むしろ、ヨーロッパ・キリスト教世界への影響の方が大きかったからである。
 ここでは、前者の代表としてイブン・シーナー(ラテン名=アヴィケンナ)と、西方哲学の頂点としての
イブン・ルシュド(同=アヴェロエス)を取り上げる。アヴェロエスの志向を一言で言えば、それは
「純正アリストテリスム」である。彼以前のギリシャ系イスラム哲学は、一種の折衷に陥っていたのに対して、
アヴェロエスはアリストテレスこそ人知の極みであると考え、入手可能な限りのアリストテレス著作を手当たり次第に
注釈した。しかし、「アリストテレスに還れ!」といった標語は、新プラトン主義、新カント派、ラカンのフロイト読解に
見られるように、これまた別種の揺らぎを持つことになるのが定めである。しかし、アヴェロエスおよび
(ラテン)アヴェロエス主義が、自らは「生粋のアリストテリスト」だと思っていたことは重要である。
Bへ

13 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:40:55
B
アヴェロエスの哲学の根本概念は、「宇宙永遠説」、「知性単一説」などに表れているが、
殊にアヴェロエス独自のものは後者である。前者について図式的に言えば、世界が神の創造に
よるという立場を残すのがアヴィケンナであり、逆に宇宙は始まりを持たないとするのが
アヴェロエスである。イスラム教にとってアヴェロエスの方が危ないことは言うまでもない。
 アヴェロエスの世界永遠論は次のようにまとめることができる。世界が神の創造によると
主張する場合、その創造はある一定の時間において考えられている。しかし、それは神を時間に
従属させるという意味で、重大な間違いを犯している。むしろ、時間というものが運動の様態に
他ならないとすれば、神が世界を作り世界が運動を始めた時に初めて、時間も存在し始めたのだと
考えなければならない。つまり、世界の永遠性と神による世界創造とは矛盾しない、というのである。
 アヴェロエスのこうした考えの上に、アヴィケンナに対する批判が重ねられる。第一は、質料と形相
関係についてである。アヴィケンナは、質料そのものは永遠であることを認め、しかし創造説に抵触し
ないように、神が質料に形相を与えるのが創造という行為だとしたのである。これに対してアヴェロエスは、
形相と質料の乖離を批判し、創造とは、質料に内在している形相の現実化なのだと考える。アリストテレスに
由来する形相−質料説、これに関して与えられた二つの解釈は、ヨーロッパ中世にも尾を引くことになる。
 要するに、アヴィケンナがより折衷的で、しかし、神の超越性を保存することにより、よりディナーミッシュな
世界を描いたのに対して、アヴェロエスはより「合理主義的」な、スタティックな存在論を提示したと言える。
このことは、アヴェロエスの知性単一説にもその影を見ることが出来る。アヴィケンナでは、個物の位置は確保されるが、
アヴェロエスはそうしたものを認めない。「神は個物を認識しない」のである。
Cへ

14 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:46:24
C
アリストテレスの解釈を巡って、既に能動知性と受動知性との区別がなされていた(アレクサンドロス)。
アヴェロエスは受動知性に対応するものを「質料的知性」と呼んだ。これらは現象的には、人間の知性を指している。
これに対して神の知性に対応するものが能動知性である。アヴェロエスの独自の解釈とは、質料的知性を、
能動知性に吸収させたことである。逆に言えば、人間が持つ個々の質料的知性とは、能動知性によって人間の中に生じた
派生形態であるにすぎない。したがって、個々の人間が死んでしまえば、質料的知性は単一の能動知性に回収されてしまう
わけである(ただし、アヴェロエスはこうした質料的知性の能動知性からのデグラデーションに三つの段階を考えた。
即ち、最下級の一般大衆、中層階級の神学者、最上位の哲学者である。そして、実は、神学者が最も病気である!)。
Dへ

15 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 01:47:51
D
 このことは重大な結論をもたらす。なぜなら、アヴェロエスの知性単一論では、魂の不滅という宗教上の根本教義が
破壊されてしまうからである。正確に言えば、アヴェロエスでも魂(知性)も能動知性に合体する形でなら不滅である。
しかし、イスラム教およびキリスト教が必要としたのは、個人の魂の不滅だったのだ。もし個人の魂が滅んでしまったり、
能動知性に解消されてしまうなら、天国での生活(イスラムではいつまでも処女であるという不思議な美女がお世話して
くれることになっている)や最後の審判は否定されてしまうことになるのだから。アヴィケンナも確かに流出論的であるが、
アヴェロエスほどには割り切らなかった。こうしたアヴェロエス主義的アリストテレス主義がヨーロッパ中世に与えた衝撃の
大きさは計り知れない。こうした世界永遠論、知性の単一性といった思想は、遠くはパルメニデスの存在一元論哲学に属する
ものであり、近代以降にあっても、一つの試金石とされた。例えば、存在一元論的であるとされるスピノザを攻撃する
ライプニッツは、前者をアヴェロエス主義的であると批判したのである。更に後には、ヘーゲルがこうした傾向を、東洋哲学一般の
特徴として描き出すことになる。アヴェロエスは、いわばイスラム哲学の極限であり、しかし、それだけにその徹底性は、
イスラム哲学内部では影響力を持ち得ないほどの高みに達していた。イスラム哲学を主導するのは、むしろアヴィケンナの方だったのである。

16 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 03:20:08
自分はなぜこの板に迷い込んで最初にこんなに難解な問題を見てしまったんだろう・・・

17 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 07:36:28
プラトン × アウグスティヌス

世界の創造

 アウグスティヌスの「告白」は、「赤裸々な」告白と懺悔によって有名だが、
実のところ「告白」の部分は第十巻までで、残りの三巻分は聖書の「創世紀」解釈に費やされている
(パッチモンの翻訳などではこの部分が省略されているからだまされないように)。「創世紀」の
冒頭部分を引き延ばした解釈だけに、実に様々な問題が長々と論じられているが、後世への影響の点でも
最も重要な問題は、創造の材料に関する議論である。「告白」の部分でも述べられているように、
アウグスティヌスはキリスト教に改宗する前は、マニ教の影響を受けていた。マニ教は、善悪二元論であって、
善なる神が世界の善を産み出し、悪なる神が世界における害悪を産み出すことになっている。つまり、
世界を構成している材料は、善悪二神の中にあったものである。こうした考えは、善悪二神論の点では
唯一神教たるキリスト背反することは勿論だが、アウグスティヌス以前のキリスト教徒たち
(テオフィロス、ヒラリウスら)の間では、世界の材料は神の中にあるとか、あるいは、どこかから持って
こられるのだとする説があった。こうした説を批判し、マニ教を乗り越えて、「無からの創造」の立場を
明確に打ち出したのがアウグスティヌスだったのである。世界は神「によって」作られたのであって、
神「から」(神を材料として)作られたのではない。これ以後、キリスト教の創造説の決定版として扱われる
ことになる「虚無からの創造」説は、実に様々な含意を持つ。
1)神と世界との関係について:世界の材料が神の中に予めあることになれば、これは神と世界との連続性を
主張することになる、つまり、神の超越性を否定してしまうことになる(→汎神論=無神論)。逆に、無からの
創造説によれば、神の超越性が保持できる。あるいは、2)創造以前の世界と時間について:創造以前に何等かの
材料があったということは、要するに世界が今のように形成される以前から世界(少なくともその材料)は
存在したということになる。これは世界永遠説であり、キリスト教とギリシャ哲学との最大の争点の一つとなった
(→トマス対シゲルス)。
Aへ

18 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 07:41:02
A
また、3)神について:創造以前に何らかの存在があったということは、神の他に神と並ぶ存在を
認めることになり、神の絶対性と無限性を否定することになる。キリスト教では、神は唯一、無限、
全能、絶対であり、その無限なる力は世界創造の際に最もよく発揮されるのである。プラトンの
「ティマイオス」は、幻のアトランティス大陸の伝説に触れたことでも有名だが、デミウルゴスによる
世界創造について触れている点でも知られる。しかし、このデミウルゴスはキリスト教的な創造者、
造物主としての神とは全く違っている。勿論、礼拝の対象となるような神ではない。まず、デミウルゴスには、
世界を作る材料ないし場所が与えられている。これをコーラーと呼んでいる。また、その材料に形を与えるような
サンプルも予めある。即ちイデアのことである。キリスト教が忌み嫌った世界の永遠だが、プラトンは
勿論そんなことに御構い無しである。そもそも、プラトンが求めたのは永遠・不変なるものとしてのイデアなので
あるから。そして創造された世界は、イデアの写しとして時間の中にあり、有限で生成消滅する世界、死すべきもの
たちの世界である。こうした材料と設計図が予め与えられている神=デミウルゴスの仕事は、むしろ建築家の仕事の
である。したがって、言わば職人としての神である。これに対して、キリスト教の神は、芸術家としての神
とでも呼ぶべきものである(→ヒポクラテス対デューラー)。あるいはまた、デミウルゴスと世界との関係が、制作者と
制作物の関係であるのに対して、キリスト教の神と世界との関係は、父と子との関係である。デミウルゴスの場合に礼拝が
問題にならないのは、世界との関係が人格的なものでないからなのである。[プラトン的な神概念(ギリシャ)と、
アウグスティヌス的な神概念(ヘブライズム)の中間形態をなすのが、新プラトン主義の大物プロティノスの考え(ヘレニズム)
である(→アリストテレス対プロティノス)。アウグスティヌスがマニ教の次にかぶれたのが新プラトン主義だった。]

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