5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

柄谷行人を解体する]

1 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 14:17:47
karataniweb http://www.kojinkaratani.com/
柄谷行人を解体する http://mkt.3w.to/
KARATANI-B http://homepage3.nifty.com/karatani-b
はてなダイアリー http://d.hatena.ne.jp/keyword/%ca%c1%c3%ab%b9%d4%bf%cd?kid=3667

2 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/06/23(木) 15:21:22
ありがとうございます。

3 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 14:18:47
柄谷って在日?

4 :初めて見た:2005/06/26(日) 15:21:13
「浅田ってホモ?」以下のレベルの低いレスだな。
哲板のレベルもここまで落ちたか。

5 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 23:14:12
makorinを脱解体する http://blog.livedoor.jp/makorin2001/

6 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 23:56:14
このmakorinって人にも、柄谷信者特有の狂気を感じる。

7 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 00:24:09
栗原けんじと夫馬とピエがNAMの三馬鹿といわれていたけど、
柄谷本人から法的手段に訴えられそうになったのはマコリンだけ。

8 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 09:03:41
そうですか?

9 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 09:18:47
解体?バラすの?グロいなぁ

10 :流山で:2005/06/29(水) 10:02:32
マグロの解体ショー

11 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 11:06:18
柄谷さんって
NAM立ち上げた時、自分を
人類の救世主だと思ってたってホント?

12 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 11:52:58
NAMの原理を語るとき、目が異様に輝いていたことは確か。

13 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 14:24:39
左翼はなぜこう執念深いかね。マコといいカマといい。
しかし、柄谷のいう日本的構築のなさ、健忘症なとこがNAMの帰趨にとって
さいわいしたのはたしか。まもなくわすられる。

大後悔の思想地図で西塔隆と並べられているのには腹ワタ煮えたぎった。w

なにわともわれ、左翼の欠点は言葉でしか世界をみれないことだろう。
そして、揚げ足とりも得意だ。

14 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 00:07:01
柄谷はいつ謝罪するの?

15 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 00:58:33
謝罪とは明確に罪を認めてこそできるものであり。
それがない場合謝罪など問題外である。

16 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 03:37:43
MLを公開すればすべては明瞭

17 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 08:32:43
こんな奴がいまだに革命家だとか倫理だとか自称してるというのが
チャンチャラおかしいね

18 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 08:42:51
>>3
大江健三郎がそういってたことはあるが 本当かどうかは知らん

19 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 09:11:11
嘘だろうw

20 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:31:22

■ピエールリヴィエール栗原信義39才独身埼玉実家から毎日、
「有限会社こぶし書房」まで、自転車ピエ号でシコシコアルバイトに行くがんばりやさん。。
p(^^)q

21 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:35:53
ピエさん>>>>大久保清>>>伊達純

22 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:38:57
まちがえますた。。




ピエさん+伊達純=大久保清

23 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:42:36
ピエさんよく見ると男前w
中近東でモテ早漏。ww

24 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:42:46
熊野大学の合宿ってどんなことするの?

25 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:44:56
レジュメ提出

26 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:45:01
3P

27 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:46:25
楽しかった?


28 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:48:40
誰が言ってたっけかな、柄谷さんは実証性の問われる学者の世界に
いないで、さっさと小説家になればいいんだって。
ほら吹きの才能は素晴らしいから。

29 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:51:13
栗ちゃんは正確には、
こぶし書房関連出版物の校正アシスタントさんですよ。
がんばってますよ。
あんまりQP栗ちゃんをいじめないでください。
(´・ε・)

30 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 10:55:49
どんなホラをふくの?


31 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 11:00:37
歴史の60年周期説に基き日米戦争を予言するも大外れ。


32 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 11:31:32
今年の熊野大学行きたい。過去行ったことある人情報お願い。

33 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 14:16:42
>>31 愛嬌があっていいじゃん。

34 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 14:25:28
>>32あたしも行きたい!>>25さん もちょっと詳しく教えて。

35 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 15:57:01
ピエを撲殺したのが柄谷NAMの唯一の功績。



36 :夫馬さん本日も永久キチガイ病全開みたいだけど、:2005/07/01(金) 16:20:05
汚らしいからまとわりつかないでくれるw

オマエとは確かに縁遠い世界だよ
オマエは指ケツノ穴にさしてシャブッテ、ひたすら嫉妬するしかないんだろう
↓    ↓      ↓      ↓

 ↓無職の引き篭もりのキモヲタの精神障害者フマ
        〜∞
    /⌒⌒ ̄ ̄ ̄\ 〜∞
  /           \   〜〜〜〜〜
  |     ____丿ノノ.__|  つ〜ん
  |    /U  ._)  ._)    プゥ〜ん
  |   |           (    〜〜〜
  | ノ(6   ∵ ( 。。) )  _______
        U    ) 3 .ノ  / ________
/  \ ヽ ,,_  U  ___,,ノ  / /
     \,,______,ノ \/ /  _____
                ./ /  /|
..              ./ /  ./ .|
  「殺人的ブスいないかなぁ?僕ちゃんブス大好き☆」

37 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 20:08:53
だれかからやんを褒めて。

38 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 20:43:36
7月9日に柄谷が謝罪するのはホントらしいよ。
当日のれぽヨロシク!

39 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 21:10:48
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/books/1115130216/
夫馬叩きならこちらへ

40 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 21:42:43
ピエピエピエピエピエピエ

41 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 21:42:54
ふまふま

42 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 22:12:16
ぴえぴえp

43 :浅田彰:2005/07/02(土) 00:15:36
僕はバイセクシャルですから。

44 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 02:43:42
ピエさん=大久保清=どもり=山下清=どもり=ピエさん=どもり=ピ…

45 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 02:46:27
ピエールリヴィエール栗原信義39才早漏のお顔は中近東系大久保清顔でつね。www

46 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/02(土) 03:03:31
どうやら下らないノンフィクションでも読んだようですね。

47 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/02(土) 03:11:25
>>38
当日、直接私から声をかけにいきましょうか?

48 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 03:27:49
柄谷行人さんって何者。珍獣でつかねっ?。


49 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/02(土) 03:41:23
もう少し考えたほうがよいと思いますよ。

50 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 11:26:02
いやいや、間違いなく、珍獣だよ。w


51 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 13:59:16
「Q-NAM紛争」というものは、一面では、Qの独自路線を認めなかった
柄谷氏へのNAM会員の「依存」が、暴徒化した騒乱となって現れ、結果、
なし崩しにNAMという組織を崩していったという捉え方もできます。
強力な権力者に対抗し、自分たちの自立性を保ったという点では、
QはNAMに対して勝利したとも言えますし、ひとりひとりのユーザや
Qハイブ委員が勝ったんだともいえるでしょう。

52 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 03:24:18
そこで難しいのは、Qの「独自路線」というのも、夢想でしかなかった
ということでしょう。それは今現在の、Qの完全な失調ぶりから事実として明らかでしょう。
「自主的・自立的」な取引・運営の失調・解体。今のQはQを使って取引する人はいません。
新規会員募集停止から6ヶ月たっているのに何もアナウンスもありません。
さすがにいまだにNAMのせいにはできないでしょう。
この現状で「勝った」と言えるのは、精神的な勝利が美しいと思える人以外ありえません。
Qの現実的運営・問題点より、柄谷やNAMにその精神が向けられるのは倒錯的に不健全です。

Qの自主路線が不可能というのは紛争時点で明らかでしたが、それは明らかでないように見えたのは、
一見Qが華々しくそれまでうまく行っていたように見えたことです。それは、Qの理論や運営でなく、柄谷
への依存から成り立っていたにすぎなかった。柄谷氏のあれだけの怒りがQに向けられたのは、
「依存」しきっていたのに、「自立」を主張する現実感覚のなさに向けられたといえる。

では、「依存」せずにやってみろ、と。それはQだけでなく、NAMにも向けられ、NAM組織は解体します。

いずれにせよ、今求められているもはQ対NAM、という「自立」ごっこより、
新たな理論なり、実証的にうまくいく方法をさぐることでしょう。
そうでないと永久に柄谷への「依存」「自立」とエディプス的問題設定のなかに
とどまることになります。

53 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 03:48:52
柄谷が西部に依存してたわけだが。

54 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 04:45:00
西部に依存した柄谷がアホだった、ということでいいじゃないの?

55 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 05:13:54
>>52

>>53はQの最新の文の一部だよ。「Q自らが、Qのマーケットとコミュニティを形成し
ていこう」としているんだから、いいじゃん。できるんであれば素晴らしいことだから。
揶揄せず、見守っていこうぜ。柄谷の「地域通貨は小規模以上には広がらない」が、
(たとえMulti-LETS)であっても、正しいかどうか。ひっくり返すことができたら爽快じゃん。

56 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 11:20:36
フマさんとかピエさんて何してる人?

57 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 12:50:38
知的言語障害者にして
革命芸人!
24時間妄想演説営業中!
それがピエールリヴィエール栗原信義39才独身者の奇怪…… ∞
妄想ループは止まらない。

58 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 17:43:43
あの顔じゃ永遠のもの下記志望者かと。

59 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 18:25:18
■ピエールリヴィエール栗原信義ニュース速報!
■この度、ピエールリヴィエール栗原信義39才独身無職がナゴムレコードよりCDデビューしました!♪
◆『革命芸人誕生の夜明け』
アーティスト名:QP☆栗原
ジャンル:ブルースロック 価格:¥300円

あのサンボマスターが敬愛してやまない、
隠れブルースの手淫野郎QP栗原が遂にデビューを果たしました!
苦節21年!39才の渋さが染みる一曲です!
高田渡亡き今、万年無職の濃厚中近東顔ブルースを是非御賞味下さい!

60 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/04(月) 09:50:46
まだまだNAMの宣伝が足りませんよ。

61 :NAMの宣伝:2005/07/04(月) 16:13:44
せっつ リンダ
祐人 ユージン
後藤 床屋
王寺 NAMの王子様
飛騨 ゴロー
ふまニセモノ フマ
栗原ホンモノ クリタン
浅輪 ゴマスリ
和気 ワカラン

62 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 16:59:43
ピエールはニセ栗原?

63 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 20:08:45
●革命芸人=ピエールリヴィエール栗原
●本名=栗原信義
●ニックネーム=QP、栗ちゃん、栗タン、ピエ
●年老いた母親からは、「ノブちゃん…ちょっと肩もんでくれんかい?」

64 :カラヤンオブジョ糸井:2005/07/04(月) 22:42:12
しかしながらカラヤンから直々に指名されたピエさんは現在、
某美術出版社誌面上で連載執筆活動に専念しているというから、
これにはさすがのカラヤンも過日の「ピエはNAMに不必要」発言も撤回せざるを得ない程、
カラヤンはピエさんの非凡な文才に気がつかなかったというから驚きというかバカというか、
しかしながらまあカラヤンさんにもそのうちピエさんとの対談の話がくるでしょうから、
過日の詭弁発言はまあ許しますよ。www

65 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 00:25:10
確かに非凡な文才だな。
だってすぐ分かるもん。>>64がピエ本人だってw

66 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 00:31:45
NAM恥ずかしすぎ。
俺だったらとても生きちゃいられないねw

67 :ヒョーロンカvsNAM九番勝負:2005/07/05(火) 01:49:45
親子対決   柄谷 カラヤン×祐人 ユージン
セレブ対決  蓮實 ハスミン×王寺 NAMの王子様
ヨイショ対決 浅田 アキラン×浅輪 ゴマスリ
エンコー対決 宮台 ミヤダイ×和気 ワカラン
オバカ対決  山形 ヒロヲ ×後藤 床屋
ガイキチ対決 東  アズマン×せっつ リンダ
キレキレ対決 鎌田 カマヤン×ふまニセモノ フマ
デブ専対決  福田 ブタヤ(デブヤン)×飛騨 ゴロー
オタク対決  大杉 シゲヲ×栗原ホンモノ クリタン






68 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 04:05:59

24時間妄想演説対決
伊達=Dテ×ピエ=栗原 

69 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 04:07:48
もうこのスレ嫌だ

70 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 04:15:41

元東大バカ研の異常潔癖症デブ
特徴:常時ビニール袋とウェットティッシュ持参。たとえ常連の飲み屋であろうと、彼は店内に入るなりまず、
座席やカウンターをウェットティッシュで拭き拭きし、それを持参のビニール袋に入れるという通過儀礼のようなキチガイ行動様式美を毎度披露してくれる。
ピエやDテに次ぐグランド妄想キャラ。

71 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 08:05:12
makorin このスレ削除にしてもらって
新しいスレ立てたら?

72 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 08:12:24
makorinて誰?

73 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/05(火) 19:42:41
>>28
気になりますね。誰でしょうね。

74 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/05(火) 19:52:40
>>67
君の頭脳の中はそれが全てのようですね。

75 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 21:17:51

『ピエとベレー帽とパソコンがあれば、
誰でも10分間はスターになれる。』

76 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 22:25:56
>67
よくできてるが王子がヒョーロンカに入れてもらえないのは気の毒
仮にも兄弟の先生でしょーが
あと
>ヨイショ対決 浅田 アキラン×浅輪 ゴマスリ
は「浅」知恵対決のがいい

77 :考える名無しさん:2005/07/06(水) 03:48:41
文系率が高過ぎるんじゃないの?Qって。

システム開発はさ、やっぱコンピュータ系の学科を出てる人のほうが実力あるじゃん。
文系ばっかり集まってもねぇ。
小説や批評の見せ合いっこでもするのかな。

78 :考える名無しさん:2005/07/06(水) 08:02:02
ゴマスるだけじゃない
話題そらすのもとくいなの

79 :堀内:2005/07/06(水) 15:45:22
うるせーよ、オマエら

80 :考える名無しさん:2005/07/06(水) 19:46:36
>「浅」知恵対決wwwwww

81 :考える名無しさん:2005/07/06(水) 20:52:54
内情知らないから、昔NAM関係のスレで「浅○さんが〜」という話を読むと
浅田が厨な真似をしてるのかと思った。

82 :考える名無しさん:2005/07/06(水) 21:01:20
そーいう時もある。

83 :考える名無しさん:2005/07/06(水) 22:17:59
アキラはインケンじゃないぞ

84 :考える名無しさん:2005/07/07(木) 14:10:09
お前はインキンだけどな


85 :考える名無しさん:2005/07/07(木) 15:10:13
西口彰
小原保
大久保清
永山則夫
佐川一政 神作譲
宮崎勤
宅間守
栗原信義

86 :考える名無しさん:2005/07/07(木) 16:05:46
○輪はインキンなの?

87 :白昼異常警報発令七夕フマ:2005/07/07(木) 16:16:49
しかしながらもはや村落共同体としての機能すら帰納できないNAMは67年ソビエトにおけるムッソリーニ批判内ゲバなんだよな―。www
或る時はパリの一角のカフェで或る時は赤の広場でまた或る時は新宿風月堂で延々と詭弁されていた革哲学とはもはエセサヨリベラリスト産物でしかない。
今後哲学が目指すのは革命芸でありまた革命者が目指すのも芸人なので或る。

88 :考える名無しさん:2005/07/07(木) 16:21:15
はいはい

89 :考える名無しさん:2005/07/07(木) 16:55:31
さすがピエさんずば抜けた論説。
ピエさんは最近プールよりジムへ通っているそうです。
ピエさん、自転車も買い替えました。
ベンツ社の21型です。原稿料とラジオ(放送大学)出演料で一括で買いました。
さすがピエさん、一流指向です。

90 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 13:01:42
関係としての自己 [著]木村敏
http://book.asahi.com/review/TKY200507050232.html

91 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 13:02:08
http://www.acport.com/addclickport.cgi?pid=1120790596
パチで負けてるなら、、、ココやってみたら?
個人情報は、、、登録する情報が極端に少ない
し、まあ、他よりも稼げる。
現金書留という方法も有るし、口座が無くても大丈夫だし。

92 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 13:03:18
Qは使えますでしょうか?

93 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 13:21:26
Lは使えません。

94 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 15:06:11
最近のピエさんは騙りのような気がしてきた。

95 :友人:2005/07/09(土) 02:24:59
栗タンは今文芸小説板にいるよ。あっちメインみたい。
もともと中上健二や村上龍のようなネオリベ小説家目指してたからね。

96 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 02:25:57
中上健次

97 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 07:38:49
重力に小説ボツにされたw

98 :柄谷行人 「意味」に憑かれて 安藤礼二 大航海 55:2005/07/09(土) 10:40:51
事実、柄谷は、漱石の狂気に似た手つきで、自らが組織した反資本主
義運動NAMを無惨にも壊滅させてしまったのである。

99 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/09(土) 15:28:32
褒め言葉を載せる必要はありませんよ。

100 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 16:05:01
摂津が今回のテロを予言していたらしい。
夏までにイギリスかイタリアでテロ発生すると。

101 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 17:34:41
四谷でナマ柄谷を拝んできましたよ。

102 ::2005/07/09(土) 18:24:42
マジれぽお願いします


103 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 18:47:16
俺もお願いします

104 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 19:02:06
カラヤン謝罪したってホントか

105 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 19:04:29
最近おなじみの120年周期説の話だったけど、ディテールが面白かったな。
時事ネタではいろいろ笑いを取っていた。

106 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 19:09:52
>>105
ありがと。
どの時事ネタ?

107 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 19:32:32
>>95
文学板じゃなくて
http://book3.2ch.net/bun/
こっちの方?
リンク貼ってくれ。どんな小説書いてるか見てみたい。

108 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 20:59:22

■栗ちゃんの新旧作品見たければ模索舎に
『革芸』っていう小冊子と、
だめ連発行の『ペエペエ教団』と『人間解放』ってのと、
あと自主制作CD
『革命芸人誕生の夜明け』(友情参加で戸川純がコーラスしてます)が中野タコシェに販売されていますよ。
ああ見えても栗ちゃんは顔が広いし、なんだかんだ言っても結局憎めない奴ですよ。w
あの強烈キャラはだめ連内にはとどまらず、きっとテレビや映画の媒体でも商品価値が有るでしょう。

109 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 21:08:13
あの奇妙な文体は批評としてはどうしようもないけど、小説としてなら可能性があるよう
な気がする。

110 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 21:40:50

■ちなみに黒沢清監督・洞口依子主演幻の映画、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』に若き日の栗ちゃんがちょい役で(確か異常な医大生役)出演していますよ。
ちなみにその頃栗ちゃんは、黒テントの一応役者さんしてましたよ。
夜はタクシー運転手しながら昼間は稽古場通いしてましたね…懐かしい思い出ですな。
栗ちゃん苦労しっぱなしだけどああいう風にしか生きられない人なんですよ…。
見守ってやってくだされ。w

111 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 21:43:57
現代のカフカ=ピエさんの文体

112 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 21:45:14

ピエールリヴィエール栗原著
◆「独身者の奇怪」

113 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 21:48:54
たけし軍団に所属していたというのは本当ですか?

114 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 21:53:04
栗タンは売り込みする出版社を間違えてるんだよ。
あの奇異極まりない支離滅裂なしかし妙に心地いいリズム文体は、
栗タンにしか書けない奇妙小説誕生を予感させます。
角川や文春なんかに固執しないで、
北冬書房やワイズ出版に逝けばきっと高野さんの目にとまりデビューできる可能性大なのにな…
栗タン要領わるすぎでつ。

115 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 21:57:38
フマです。
テレビタックルで「だめ連などと称する無能な人達」の代表として
椅子も与えられずスタジオの床に座らされ、大竹まことなんかに
罵られて全国の視聴者の嘲笑を浴びた。
というのが本当のところです。
嘲笑を浴びるプロ、それが革命芸人ピエさんです。
フマでした。

116 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 22:13:03
だからさぁ栗ちゃんはそういう風にしか生きられない人なんだよ…。

本当に何年経っても妄想支離滅裂演説繰り返すし、突発的な行動で事件沙汰にもなるけれど、
でもそれも全てある意味革命芸人としての自己表出なのであり、
見世物芸なんだよ…。
本人が一番それを分かっていると思うよ。

117 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 22:18:59
>>98

コンテクストがわからん、makorin

118 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 23:23:00
>>115
面白そう。
ビデオ持ってるだろうから、本人自らwinnyに流してもらいたいもの。

119 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 23:25:14
初めてまともなレクチャーのスタイルの話を聞いたけど、
あまりまとまりがなかった。

しかし、太平天国の乱がキリスト教ってのはホントなのかなぁ?


120 :考える名無しさん:2005/07/10(日) 00:00:14
あかねにTVタックルのビデオあるよ。
傑作!
栗タンデビュー作でつ。w

121 :考える名無しさん:2005/07/10(日) 00:29:11
誰か、
●ピエールリヴィエール栗原信義39才三流物書脂肪者●の単独スレたててください。m(__)m
このままでは柄谷スレも浅田スレも栗菌に汚染されてしまいますでつ。
おいら携帯なのでどなたかPCの方、
すみませんがピエスレ代行でたててもらえないでしょうか?
(;^_^A

122 :考える名無しさん:2005/07/10(日) 01:32:15
コテハンつきのスレは削除対象だから、namスレの再利用が良いよ。
さすがに今もnamについて真面目に話をしたいやつはいないだろうし。

123 :定説の高橋被告EDでぽっ栗:2005/07/10(日) 11:43:07
しかしながらこれだけ哲板という脱マイノリティコミューンでピエールさんの詳細を書かれると、
否がおうにも柄ヤンも彰んも、
もう頭の中は解体=ピエ、脱構築=ピエという図式がこびり付いて離れないんだろうな〜。
〔NAM=ピエ追放による解体〕という図式が柄ヤンの汚点としてトラウマンになるんだろうな〜。
正に孤立した村長。
wwwwww

124 :考える名無しさん:2005/07/10(日) 22:06:46
柄谷は、物質的な形式によって「内面」や「自己」が可能になったのだという。
この一種の「唯物論」は、神話を打ち砕く爽快な攻撃性をもっていて、時に応じて、
つまりある精神や文明や制度のあり方が私たちを普遍的に息苦しくさせていることが
明らかである場合に、現実的根拠をもつ。

125 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/11(月) 02:52:51
>>121
前にも存在したはずですよね。

126 :考える名無しさん:2005/07/11(月) 03:18:19

柄谷行痔先生はなぜそんなにピエさんを毛嫌いするのですか?

127 :考える名無しさん:2005/07/11(月) 03:35:42

●ニュース速報板より
【訃報】のお知らせ●


 ●【訃報】


反戦フォーク歌手兼牧師



栗原信義さん(享年39才(

128 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/11(月) 10:35:40
あなたが記憶を失っているからですよ。


129 :摂津 ◆9u0.UGVY8o :2005/07/13(水) 14:12:00

 ご無沙汰しております。久方ぶりにこのスレを拝見しましたが、多分に盛り下がっていますね…。
ところで、近々講談社学術文庫より島田雅彦氏と浅田氏とのオペラ文化論なる対談を再編したものが出版されるようです。天使が通るの二の舞にならなければと…。
では、また後日来ます。

  ―京都二条河原にて     m(__)m

130 :考える名無しさん:2005/07/13(水) 14:13:35
そりゃ、柄谷は新刊を出さないし、ピエもいなくなるし。

131 :考える名無しさん:2005/07/13(水) 14:40:30
フマさんが暴れてますよw

山形浩生について語るスレ(その5)
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/books/1115130216/
知の巨人・山形浩生スレッド
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1110203514/
ポスモダどもへ
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1116175495/

132 :解体したらアスベスト:2005/07/13(水) 22:42:06
「私有」と「資本主義」が分かってきました。

133 :考える名無しさん:2005/07/14(木) 06:42:12
「封建制度」が分からなくなってきました。

134 :りぶどー:2005/07/14(木) 20:30:15
http://blog.livedoor.jp/makorin2001/

内容、ないよぅ。

135 :朗読会、まだ受け付けてるかも:2005/07/14(木) 23:30:39
http://creative.cside2.jp/kindai-daigakuin-nb/sosaku-hyoron/review/rev-b016.html

136 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 02:53:07
これは、柄谷ファンクラブの集い、という感じだな
相変わらず、キモサといい、恥ずかしさといいガンガンでしょう
柄谷行人の存在そのものといい

137 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 04:40:14
柄谷はピエの百倍はカッコいいぞ。
醜いのはファンクラブ。
失敗した福笑いゆーかなんゆーか、
目二つ鼻一つあるかもアヤシイ。

138 :不審船より戸部洋子:2005/07/15(金) 23:53:10
120年前のロンドンにマルクス

139 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 03:37:13
大体ピエさんからして、元熱狂的なファンだったわけでしょう。

140 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/16(土) 07:44:22
>>130
確かに新刊を出さないとあなたの嫉妬心は燃え上がらないのでしょうね

141 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/16(土) 09:08:36
もう少し頑張りなさい

142 :朗読会の前に池袋パルコのビアガーデン:2005/07/16(土) 09:21:20
比喩的にいえば、エッシャーのだまし絵において、見方次第で、地(グラウ
ンド)と図(フィギュア)が反転してしまうのと似ている。つまり、地と図、
内と外、上と下を窮極的に決定することができないということだ。たとえば、
「資本主義」や「近代国家」を否定し超越する「社会主義」が、そのまま前
者に反転してしまっているように。要するに「根底の不在」とは、そのよう
な決定不可能を意味している。こういうことは直接君には関係のないことだ
し、ある意味では自明でもあるだろう。

143 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 10:35:32
ゲーデル的脱構築

144 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 14:29:43
>>140
おいカラヤンなに興奮してんの?

145 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/16(土) 16:41:17
ふま君がいないと君は生きてはいけないのですね。

146 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 17:20:47
カラヤン負けるな!
栗ヤンが味方だぞ!

147 :あるある:2005/07/17(日) 01:28:51
朗読会、訴えられても参加する。ハイ、ハイ、ハイハイハイ。

148 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 02:11:13
ふま君、警察家宅捜索、一家離散で崩壊しても、
それでもキチガイやめられませんね柄谷名で書き殴る。

2ちゃんねるの暗部。
ハイ、ハイ、ハイハイハイ。軍手の家スマン。

149 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 02:15:25
揚棄してても本は売る。
ハイ、ハイ、ハイハイハイ。

150 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 02:37:24
>揚棄してても本は売る。

当然でしょう
なにいってんの?w
つーか揚棄という言葉の意味がわかってないとしかいえない

151 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/17(日) 08:04:45
同じ言葉を繰り返す必要はありませんよ

152 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 13:15:31
相変わらず言ってることが白痴

妄想界の大魔王

153 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 17:33:41
ピエッピエッピエ〜
チョコボールー

うんこくさいよ!

154 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 20:43:28
今度のピエさんは本物っぽい。
再降臨の理由を>>114-116あたりの事情通の人に解説して貰いたい。
しかし、何故ピエさんは山形スレを爆撃しないんだろうか。
あそこでなら、本物の夫馬に高確率で遭遇できるというのに。

155 :考える名無しさん:2005/07/18(月) 00:00:38
何度も何度もフマさんにボコボコにされたつらいおもいでがあるのですよ。
ピエさんには。

156 :考える名無しさん:2005/07/18(月) 02:17:38
社学板の「ポスモダどもへ」のスレに来てるみたいだが、パンチ力がいまいちだな。
長文投稿をして欲しい。

157 :終わった後、どっか行ったのかな:2005/07/18(月) 09:29:39
朗読会、柄谷・浅田合同講義より面白かったですよ。
古井さんの朗読は、眠かったけど友人の死を扱った作品。
清水博子さんは、日本女性における「文学」。
柄谷さんは、まず「文芸批評」それから…

158 :考える名無しさん:2005/07/18(月) 09:44:52
知ってる顔は誰が来てました?

159 :考える名無しさん:2005/07/18(月) 13:27:42
現代思想渡歩きお断りの札が出てました。

160 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/18(月) 13:42:33
実質君だけお断りということですよ。

161 :考える名無しさん:2005/07/18(月) 15:23:06
柄谷さんそう興奮しないで下さい。

162 :1990-1994:2005/07/19(火) 21:52:12
…。僕は別にブルジョアではないけれど、とにかくエゴイストではあります。現在、
左翼の雑誌が売れなくなって、どれも廃刊したから、この「jk」という雑誌を再び
出そうということでしょうが、その場合、もはや昔のものをちょっと組み替えたぐら
いではだめだ、ということを言っておきたいね。
 たとえば、浅田彰がきっかけになっているけれども、いわゆる「現代思想」ブーム
は、一種の左翼運動だと思います。

163 :考える名無しさん:2005/07/19(火) 22:13:25
>>162
この号見た。
この前後の号で蓮實のインタビューもあったような。

164 :考える名無しさん:2005/07/19(火) 22:21:22
>僕は別にブルジョアではないけれど、とにかくエゴイストではあります。

こういうのは、ただ言い方が嫌味なだけ
実態はただの馬鹿でしょう

165 :考える名無しさん:2005/07/19(火) 22:23:13
しかも「現代思想ブーム」というのが
結果的には、左翼運動ではまったくありえなかったことは
つい最近の事実が示した通りのこと

166 :考える名無しさん:2005/07/19(火) 22:28:47
三流物書脂肪者パージだけが唯一左翼的と呼びうる運動でしたね

167 :考える名無しさん:2005/07/19(火) 22:28:58
前後の号のインタビューで蓮實も同じ事を言ってたよ。
ニューアカデミズムは左翼運動であり、浅田彰は
日本に生まれた最初のブルジァワ左翼で、その源流が
柄谷行人だとか。

168 :考える名無しさん:2005/07/19(火) 22:41:40
左翼に対する妄念でしょう

思想あるいは批評の延長線上に実践運動としての左翼をおく
という図式を、自ら裏切って支離滅裂に破壊したのが
柄谷本人だったのは明らかな事実。

あげくのはては、運動は(NAMは)批評とは違う
とか弁明はじめる始末

169 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 00:17:20
なにもしないで、他人の非のみあげつらうのもさよくの心性なのかw

170 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 00:35:27
柄谷の場合は、他人が何かやろうとしても
やらせなかったんでしょうw
強迫的な圧力をかけて
だから空洞化した不気味な左翼を自称する組織が出来上がった

まぁ左翼は所詮そんなものに行き着くから
今まで言っていた左翼賞賛の観念は全部いいかげんのデマカセで
(柄谷も蓮実も)
彼らのデッチアゲにすぎなかったともいえるな

171 :ピエさん無人の荒野を行く:2005/07/20(水) 09:25:21
ピエさんはNAM崩壊時に蓮實を持ち上げていたから、依存の対象を
柄谷から蓮實に変えたのかと思っていました。

172 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 11:41:38
夫馬糞のゴキストーキングは、単なる他者依存症を超絶した
精神異常者の域に明らかに来てるもんな。

いったいどうしたらそう次から次へと妄想を編み出して
平然としていることができるのか
見ている者達の不思議
軍手売上高の障害からか?

はやく次の依存対象に乗り移って消えてくれw


173 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 11:46:06
このスレッドがピエールの書き込みに
依存しているということだけはよくわかった

174 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 12:30:24
ピエさんは今でも
「俺のことはピエールって呼んで欲しい」と初対面の人に
ゆっているのでしょうか?

175 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 15:25:56
>>135

こんなのやってたんだ。へー。

なにを読んだんだろうね?

176 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 21:24:42
重要なのは「ブルジョワ左翼」なる、空想虚構を
もう一切信じないことだね

柄谷や蓮実によっていわれた、この奇妙な概念が、後に大々的な詐欺行為
および偽善者左翼主義へと発展したわけだ。
本当に碌なもんでなかったわけ。
実態は。人民の(あるいは市民の)実質的搾取率において。

177 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 22:11:23
ピエさんて巣鴨出身であることを自慢してたから、てっきりブルジョワであることを
誇りにしているのかと思っていました。

178 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 01:10:07


       ダースベイダーとしての柄谷行人







179 :島尾敏雄論:2005/07/21(木) 07:06:53
NAMで見かけた太田出版の人。
文學界や新潮の人もいたらしい。
NHKが収録してたから、BSか教育で放送するかも。

180 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 07:31:47
それは面白そうだ。

181 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 17:43:29
柄谷行人の伏し目を直す会結成

182 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 18:20:38
伏し目というよりも斜視というのね。正確にはあれは。明らかな精神病人だね。あれは

183 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 18:46:52
斜視は奇抜な発想をもつ者が多い。人相学

184 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 19:38:08
斜視はダメな人が多い。人生学

185 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 21:11:44
ピエさんも斜視なんですか?

186 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/22(金) 13:30:05
差別があなたの哲学になったのですね。

187 :考える名無しさん:2005/07/22(金) 19:08:15
柄谷さんそう興奮しないで下さい。

188 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 01:17:06
基地害だ(藁

189 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/24(日) 19:52:35
181以降意味がわかりませんよ。

190 :考える名無しさん:2005/07/24(日) 22:09:20
書評はお休み...

191 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/07/24(日) 22:42:12
君の書き込みは、この4年間休まることがなかったそうですね。

192 :渡辺恒雄は元・共産党:2005/07/24(日) 23:39:27
「反復」とは、もう一度起きることで
三回以上は「繰り返し」になるのか。

「twice」というが「two times」とは言わない。
「ふたたび」は「二度」ではなく「再び」と書く。

193 :考える名無しさん:2005/07/25(月) 19:29:15
NAM出会い系

194 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 17:44:05
今、ウィトゲンシュタイン入門(永井均)を読んで、探求Iを読んでるのですが、
これがかなり面白く読めるので、盲目的になってしまわないように何らかの
批判を聞いておきたいのですが、なんかないですか?
こう、ここが間違ってるから鵜呑みにするなとか。

195 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 18:33:46
独我論批判にカントも含んでいたはずなので
後にカントを評価して”トランスクリティーク”を始めた
理由を考えながら読んでみては?

196 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 18:36:57
>>195
うるせーカス!
おまえ、ホントに才能ねえな。
俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだよ


197 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 18:39:52
6月のコミュニティカレッジの講義ではそれほど
120年周期説を強調していなかったが、
近代の集中講義では120周期説を学生に
レポートさせるらしい。

60年周期も120年周期も批評家的レトリックだと思うのだが。
120年前と符合する事もある、と理解すべきで
240年前、120年後などを考慮すべきではないのかも。

198 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 18:41:01
>194
読んで面白いときは著者の作品片っ端から読みまくるのがいいと思うよ

199 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 18:44:12
「海外で通用する仕事は、ウィトゲンシュタインなんかじゃダメで
カントなんですよ」と言っていたと思うが。

200 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 18:45:40
ただ自分の分かった部分だけ繋げて
全部分かった気分になる危険もある。

201 :194:2005/07/26(火) 18:54:57
196は僕じゃないです…

>>195
早い返事ありがとうございます〜。
カントを評価し始めた理由ですか。意識してみます。
冒頭ではあまりカントに対して好意的ではありませんでしたね、確かに。

>>198
うーん、でも柄谷さんの思想を理解したいというよりは、言語ゲームの理解の一端になれば
というところが大きいですから。全部読んでみて、気になるようだったら続けて他の本にも
触れてみたいとは思ってますが。
その場合は何かオススメの著書はあるでしょうか。
やっぱり探求IIですか?

202 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2005/07/26(火) 19:06:45
で革命はいつやるのかね?

203 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 19:20:03
一昨日

204 :くろしろー ◆rJrN8dAq0M :2005/07/26(火) 19:27:30
しまった。3人ぐらいは集まった?

205 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 19:57:35
>>194

まず君は、90年代後半からNAMの経緯にかけて
なぜ柄谷の他者論が独我論を乗り越えるように見せて
結果的にはスーパー独我論の閉鎖性を、組織論として
実現してしまったのか?
という歴史上の経緯に沿って、もう一度
柄谷の「探究」を読み直してみるべきだよな。

206 :194:2005/07/26(火) 20:05:51
>>205
まだ読んでる途中ですw
スーパー独我論の閉鎖性とは何でしょうか。

207 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 20:07:29
>>201
福田和也の柄谷批判が良いと思う。


208 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 20:22:54
>>206

スーパー独我論の閉鎖性
=バカ殿一点張り主義、そして羊たちの沈黙としての組織NAMの人々・・・


209 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 20:26:16
要するに、普遍性=未来の他者という次元が
脳内妄想としてスーパーナルシズム(俺がマルクスの120年周期生まれ変わりだを宣言するための)
カルト組織に堕落していったということでしょう。
そういう普遍性概念の堕落して退廃していく過程が
−−しかも組織的な共同妄想として
何故起こりえたのか?
ということでしょう

210 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 01:43:46
×羊たちの沈黙
○パシリたちの楽園

211 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 05:45:54
石原知事の、フランス語は数を勘定できない発言は
(フランス語が20進法に基づく表現をするからだが)
なんか柄谷の言ってる60年周期=120年周期説と同類の思考のような気がしてきたな。

212 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 10:04:31
>>201
俺だいぶ前にちょっとしか読んでないんで忘れちゃったけど
黒崎宏の何かの本に結構鋭い批判があったよ。

213 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 18:43:26
ttp://d.hatena.ne.jp/kuriggen/
柄谷なんぞよりもこれを読みなさい。

214 :右投げ左打ち:2005/07/28(木) 22:52:54
三島由紀夫も石原慎太郎も元・共産党か?

215 :隠語としての建築:2005/07/30(土) 07:20:35
四谷に行った人は209のような印象は持ってないでしょう。
柄谷氏によれば、元NAM会員が発行しているatで
「まだNAMは続いている」らしいですよ。

216 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 09:09:27
NAMは生きてねえだろ。
FAとか、馬鹿官僚が考えそうな世迷いごとを言い出した時点で
終わっとる。

217 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 09:17:40
FAとLは悲しかった。一時の気の迷いとしても。
NAM内の失態の見えない部外者からすると、あれが最大の汚点。

218 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 12:03:56
四谷でまたまんまと柄谷に騙されてる奴は明らかにバカでしょう
atとかいう雑誌は単にメンツを保つために間に合わされた
NAM官僚制の賜物
じきに潰れるでしょう

219 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 12:28:20
そもそも資本を揚棄する、とかいっても
口先だけで何にもビジョンなんかないんだよ。柄谷は
自分を崇拝してくれるカルトの独裁組織ができたら
それが資本の揚棄なのか?
所詮その程度のもんです。
要するに信じがたいほど幼稚なやつなのね

220 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 12:51:50
quarterly at
オルター・トレード・ジャパン 編集室パラグラフ

価格: ¥735 (税込) お買い上げ1,500円以上は国内配送料無料!代金引換もご利用できます。
2 新品/ユーズド価格 : ¥350より

発送可能時期:通常24時間以内に発送します。



221 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 14:40:44
止揚するぞ!止揚するぞ!止揚するぞ!
http://www.bekkoame.ne.jp/i/sinzinrui/r-audio2/shugyou.ra

222 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 17:30:54
正直いってネグロスバナナほどツライ世界もなかったな
あんなもので「革命」ということになるのなら
革命なんて別になくていいよ
ありえないね。

223 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 17:39:29
>脳内妄想としてスーパーナルシズム(俺がマルクスの120年周期生まれ変わりだを宣言するための)

おまえらもうNAMは絶対的に拒否れ。

224 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 18:15:23
何故NAMは間違っているのか?

225 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 23:16:07
>>223
ネグロスバナナってつらいの?
全然知らないのだが、検索しても
フィリピンの農家の助けになるとか、
あいまいな情報しかでない。

226 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 06:20:32
NAMが続いてるというより、柄谷の怨念(妄念)が続いてる
といったほうが正しい

227 :狂気は椎名舞:2005/07/31(日) 08:08:30
ヒトラー=柄谷行人
ハイデガー=浅田彰

228 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 18:43:23
ネグロスバナナは要するに、太田の社長の病気でしょう。
あのひとも、柄谷につくか、宮崎学につくか、みたいな明らかな分裂した行動を
なんとかできないものかとは思う。
ATは太田が版元だけど
一回逃げられた社長を、またオルグしなおせたことをもって、柄谷は
NAMはまだ続いてるとか言いたがったんでしょう。
情けないとは思うけどさ。

有名人から、親友だとか胞輩だとかちらつかせられると、ほいほい乗せられて
いいように利用されてしまう。
蛭田や田中や柳原も含めて、NAMにいた爺連中というのは、みな明らかに
このパターンだね。自分の人生がだめだった分、柄谷の子分で人生埋め合わせして
最後の花に妄想もって死にたい、というような奴らだけだよ。


229 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 19:11:40
そのへんは、さっき言った話で言うと、宇野弘蔵のような一種の実践への断念を
前提に、つまり、ひたすら『資本論』を読むことで、倒錯的に「今・ここ」への
欲望を生きるということかな。

そうなるね。ただ、政治的にはもう断念してしまっていますね。

230 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 23:30:18
そもそも柄谷行人がまだ流通に残っていることが不思議だ

231 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 00:12:46
日本には消費者という概念がありません。
だから、企業のしたい放題となっています。
これもそのひとつにすぎないのであります。

232 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 00:32:40
ピエさんがくすぶり続ける理由も、そこにありますね。
やはりアメリカでデビューするべきでしょう。

233 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2005/08/01(月) 21:48:16
>>230
あなたのような人が購入し続けてくれるからですよ。

234 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 21:59:57
>>207
それはなんていう本?

235 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 22:30:42
>>234
俺は文芸誌の立ち読みで読んで、題名は覚えてないけど、
単行本にも入ってるはず。

彼の思考を矛盾や繰り返しを整理することなくトレースすることによって、
読者は字を追ってるだけで「自分は考えている」と、錯覚しがちな文体に
対する批判と、柄谷に反論することによって、他者の存在を証明して
しまうという風に、他者論とは無敵の理論であるということに対する批判。

俺も「探究」については同じ感想を持ってたから、やっぱりなという感じ。

236 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 22:32:37
ピエさん、柄谷の名に反応してブログ論壇スレで自説を展開中。

237 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 01:33:11
崇拝するのも、完全否定するのも、無意味である。

238 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 02:12:46
別に柄谷の完全否定することが、このスレの目的じゃないと思うよ。
しかしNAMの一件については、単に言われてもわかんない奴らが多すぎるということでしょう。
そこでは崇拝から信仰というのが、出来損ないだけを頼りにした
人間的惰性の領域に食い込んでる。
要するにそういう側面ではじめて、柄谷的な意味でも「教える」の効果が
試されるのかもしれないけれども。
それは啓蒙というのとは全然違う側面にあたる行為。

239 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 02:32:10
NAMの場合は8割否定はできるでしょう。
特にNAM原理という物言いがお笑い。バカ丸出し

240 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 00:40:16
でたらめ言っちゃいけませんよ、トマス=リードさん。

241 :レギュラー:2005/08/03(水) 21:58:11
カッコつけたらボロが出た。
ハイハイ、ハイハイハイ。

242 :りぶどぉーばかばっか:2005/08/03(水) 22:09:35
http://blog.livedoor.jp/kyono_okazu/

http://blog.livedoor.jp/makorin2001/

243 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 22:45:52
>トマス=リードさん。

だれそれ?

244 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 23:29:40
朝ナマで日本は民主主義でない、と言った元ワシントンポスト日本支店長。
西部邁にこう言われた。

「でたらめ言っちゃいけませんよ、トマス=リードさん。」

245 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 23:40:27
しかしNAMを見て、あれが民主主義だと思える奴がいたら、天地が引っくり返るよな

246 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:10:33
まともなお天道様の下
一般社会に問い返してみましょう

247 :籤引きという神秘:2005/08/04(木) 00:11:33
道路公団の委員会ですっぽかされてた猪瀬直樹氏は西部に
「うるさい、バカともいわれた」

もともと左翼関係のひとはアウトオブ範疇になると、
キレやすい。w

248 :ロード講談:2005/08/04(木) 00:21:29
酷いな、きゃつら腐ってんな。

249 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:55:18
中国、半島に対して、極端に無批判になってしまう人って
申し訳ないんですけど、脳内で足切りしちゃいますね。
最近は。 どう考えても信用できませんから。

250 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 01:38:25
柄谷が00年の前後に、人生の最後に為した技とは、マインドコントロールの技術を磨いたことであった

251 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 12:39:57
(´ρ` ) zzzzzzz

252 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 12:57:38
出るところに出ればわかるでしょ

253 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 13:22:29
そういえば今年は終戦60年。
柄谷は今年の意味づけについては何ていってるの?

254 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 20:23:15
イラクの戦争おわらねぇじゃん。
やっぱイラクには天皇に値する人がいないことが大きいのか?

255 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 00:27:30
柄谷行人 二〇〇五年・公開夏期集中講義(文芸批評特殊講義・比較思想)
テーマ 歴史と反復
開催日時:8月1日から5日、午後1時から午後6時半
場所:文芸学部A館:3階302号室
 本セミナーでは、『歴史と反復』(定本柄谷行人集第5巻)に書かれた諸問題を、現在の視点から
再考する。参考テキストは「革命と反復 序説」(『at』0号 太田出版)を参照してください。

第1日
1 『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』
2 「日本における歴史と反復」(昭和維新=日本的ファシズム)
 学生の発表は、(1)(2)については要約的なものでよい。
第2日
3 「革命と反復」(テクストは「革命と反復」(at 0号)など)
4 マルクスとトロツキー(マルクスとトロツキーの永続革命に関する諸論文)
5 「飛び越え」の問題――封建制とアジア的生産様式
 (4)は発表者が調べること。(5)に関しては調査等不要。
第3日&第4日
 論文「近代日本の言説空間」(『柄谷行人集5』所収)をもとにして、現在(2005年)を120年前、つまり、1885年と類比させる観点から再考する。特に日清戦争前後の歴史と言説について、発表してほしい。
   内村鑑三 「日清戦争の大義」の前後
   福沢諭吉 「脱亜論」にいたるまで
   岡倉天心 「東洋の理想」にいたるまで
   幸徳秋水 「帝国主義論」
   スペンサーの社会的ダーウィニズム
   李氏朝鮮や清朝(中国)について
   その他
 第3日以後は、各人がテーマを見つけて発表すること。
第5日
 まとめ


256 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 19:31:08
NAMとは果たして必要悪なのか?
たとえば共産党は必要悪でしょう。
NAMはもしかして、必要悪にさえ、なれないのか?

257 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 19:34:41
(;^ω^)でも国を売ったらテラダメポ

258 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 19:51:20
>>256
>NAMはもしかして、必要悪にさえ、なれないのか?

明らかになれないでしょうねw

259 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 20:33:40
せっつが、公安にすら無視されてたと書いてたね。

260 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 03:15:50
映画「NANA」を観にいきたい

261 :「謎」としてとどまるもの 柄谷行人:2005/08/06(土) 10:28:59
 島尾敏雄は『夢の中の日常』をはじめ、夢を記述したかのような一連の作
品を書いている。しかし、実際にはこれらの作品に夢の雰囲気は感じられな
い。ひとがみた夢について語るのを聞いていると白々しい気がするが、これ
らの作品の印象はそれに近い。夢の記憶はいかに精密であろうとすでに夢の
雰囲気をもっていない。ことは夢の記憶にかぎりはしない。たとえば、私は
幼年期の記憶として、明るい窓の外から石の上に乗って暗い台所をのぞきこ
んでいる様をいつも想い浮べるが、なぜこんな光景をおぼえているのか、ま
たいつごろのことなのか、本当にあったことなのかわからない。ただこの光
景をどうしても忘れることができないのは、そこに暗鬱な気分が漂っている
からだ。正確に想起しようとすると、その気分は消えてしまいあとは想像に
すぎなくなる。これは夢を想起するばあいとまったく同じことである。

262 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 18:06:55
いいこと言うねぇ。

263 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 20:17:34
別に。凡庸でしょ

264 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 21:37:11
有難迷惑。

265 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 21:59:42
カフカの作品の方が夢の世界に似ている感じがしたなあ。それも、かなり、リアルな
夢の世界。眠りの時間帯には、その夢の世界で目覚め、そこで持続的に生きているもう
一人のカフカの私小説みたいな、そんな感じがした。


266 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 22:36:56
要するに島尾敏雄なんて才能ないっつーことでしょう

267 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 23:23:49
アンガールズのつっこみに似ている。

268 :261:2005/08/06(土) 23:30:37
ぶぶぶ武勇伝、
でんでんででん。

いっぱい書いた柄谷さんの文章いっぱい書いた。
有難迷惑で訴えられた。



269 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 23:49:45
ふざけたネーミングは避けてください。

270 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 23:59:29
島尾敏雄は、日本文学の宝です。と私は思っています。
島尾文学、私はすきです。と、とりあえず書いときます。

271 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 00:02:31
「謎」としてとどまるもの 柄谷行人
=なぜ私がマルクスの120年後にちょうど生まれてきたのか、もう
鏡を見てあたし、うっとりぃ〜
つーことだろう    ほんにキモイ

今日から熊野大学合宿みたいだな
近大で連続五日間ゼミやって間髪いれず熊野大学と、これは
ぽっかり空いた現実界のブラックホールを、なんとしでも見まいとする
彼の必死の努力だろうか?
受験の必勝合宿じゃないんだからさ。
彼のこの情念はなんなわけ?いったい

272 :おかえりなさい小野田さん:2005/08/07(日) 00:02:37
死の棘』に内面など、ない。

273 :板谷です。:2005/08/07(日) 00:06:18
きみはこんなところにいたのですか?

274 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 00:10:46
人民を啓蒙しようとする、60年代の情念じゃなかろうか。

275 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 00:12:08
たしかに真夏って、よく現実界の穴ぼこと遭遇しがちだよね

276 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 11:55:51
ねんじん稔人だよ。

277 :萱野稔人『国家とはなにか』以文社\2,730:2005/08/07(日) 12:19:55
どうゆう言説かと、アイアコッカ氏もおこてます。

278 :吉本りゅうめい:2005/08/07(日) 12:21:11
国家なんてものはない

279 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 12:30:22
>>461
馬鹿ァ言っちゃいけねえよ。

280 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 13:58:02
西田幾多郎はすごく不細工


281 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 15:35:48
柄谷行人は色男。若い時は。

282 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 18:31:56
アンガールズの、つっこみに似てる

283 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 21:39:26
柄谷の書評読んだが。
よくぞあんなつまらない本をほめたという感じだ。
しかしよく見ると、あれは柄谷の持論を語ってるだけであって、
特に萱野の本に即して語っているわけではないのがわかる。

要するに柄谷はあの手の左翼派と何か連帯してるようなふりを結びたいのだろう。
武井昭夫のときもそうだった。
しかしあれともし一緒になんかやったとして、全然とんちんかんに噛みあわない原理的な破綻をする
であろうことも簡単に見えている。

しかも相変わらずマルクスだけを神格化して読む=読ますような遣り口が嫌だ。嫌らしい。
自分も将来、マルクスと同じスーパー特権化された作者になるのだという思い込みが見え見えである。
単に汚らしい文章であるだけである。

いいかげんその辺に気づいてほしい。
いま熊野大学とかでアホカルト詣でっとかやってる、元NAMの情けない信者達も含めて・・・

284 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 21:46:37
以上、ピエさんの独り言でした。

285 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 22:12:55
柄谷さんは、本当は神秘主義者なの。今までいろんな人達が入れ替わり立ち代り
憑依してたけど、今はマルクスさんが憑いているのよね。

286 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 00:52:04
そもそも、暴力を独占することによって正当化するものが国家、といったところで、
それじゃあNAM組織における柄谷のやってた遣り口そのものだろう

287 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 00:59:50
警察や軍隊に値する物を持っていたのだとすれば、それはそれでブラックユーモアとして面白い。

288 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 01:24:47
NAMで暴力を独占する権利に相当するものとは
一方的に柄谷が他人を誹謗中傷できる権利のことでしょう
羊達はただただそれに脅えることはあっても、誰も物言えないし

289 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 02:04:18













290 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 02:07:27
ピエさんのパッチギ論はなかなか面白かった。
イーストウッドは駄目だったけど。

とりあえず、古谷越えを目指して、頑張れピエさん。

291 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 05:35:10
熊野大学って恥ずかしすぎる

292 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 06:40:36


まだいたのかねワラゲロブヒワラ



 また発狂させてあげようか?ププゲラゲロゲロブヒィィップップ






293 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 07:56:14
夫馬さん一家>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>熊野大学>>>>>>ゴローヒダ

294 :ようなふりを結びたいのだろう?:2005/08/08(月) 16:38:55
[ふりを結びたい]って、なんですか?

295 :ようなふりを結びたいのだろう?:2005/08/08(月) 16:41:21
ググッたんだけど、なんにも出ないよ?
「ふりを結ぶ」
「ふりを結べ」
「ふりを結ぼう」
で検索しても、なにも無い。

日本語?外国語?

296 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 17:53:25
おいちょっとゴロー くまのから蝿タタキもってきい

297 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 14:17:44
板谷がくるってることを確かめたいなら、彼の物言いを哲学と違うところで
つかてみるとよい。
すごい反発くらいますよ。w

たとえば、まあ、勝手にやってください。

小泉以上にほされます。

298 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 18:10:02
赤信号みんなで渡れば怖くない

299 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 20:13:37
朝日書評でも、他の委員(野口、宮崎)が毎週書いてるのに、彼だけ月一という
殿様ぶりを発揮している。

300 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 22:02:34
柄谷センセを尊敬しております。センセの一言一言を、それはもう、
神の御言葉として、心に刻んでおります。パンパン。

301 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 22:04:07
ピエさんnonamethinkerのブログに突撃して。

302 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 00:52:36
nonamethinkerはアンチ東でプロ柄谷

303 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 00:58:26
まさに「批評」など、ない。という感じだな。w

304 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 00:59:11
あれはKuriharaさんぽい。
柄谷に対してあんなネタレベルの褒め殺しが出来るのは、KGVさんかKuriharaさんぐらい。
まだ廣松については語ってないけど、それが出たらまず確定。

以前コテハン柄谷行人 ◆WcOabcjNAMを、Kuriharaさんだと疑ってたようだが、
最近柄谷行人 ◆WcOabcjNAMの書き込みが無いことを考えれば…

分かりますよね、ピエさん。

305 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 01:06:27
わかりません
もっとわかりやすい言葉で語ってください

306 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 01:08:08
Kuriharaさんガンバ
http://d.hatena.ne.jp/nonamethinker/20050809


307 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 03:07:36
nonamethinkerの言ってること、よく分からん。

*1:なお当時、浅田は逃走を全面的に賞賛していたわけではない。例えば次のような記述を参照。
「一定方向のコースを息せき切って走り続けるパラノ型の資本主義的人間類型は、今や終焉を迎えつつある。
そのあとに来るものは何か。電子の密室の中にうずくまるナルシスとありとあらゆる方向に逃げ散っていくスキゾ・キッズ、
ソフトな管理とスキゾ的逃走、そのいずれが優勢になるかは、まさしく今このときにかかっているのである。」『逃走論』。

いや、これ、逃走を賞賛してんじゃないの?全面的に。

308 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 04:23:21
浅田が無責任なのは今に始まったことじゃないでしょ

309 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 04:36:04
KGV=無職ニート

310 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 08:59:53
30年も前から浅田さんはあずまんを先取りしていたんだね。さすがです。
電子の密室の中にうずくまるナルシス=ハッカー、ヲタ
ソフトな管理=環境管理

311 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 10:42:35
はいはい皆さん。ここは柄谷スレですよ。
浅田の話は浅田スレ、うんこブロガーの話はよそのスレでしてくださいね。

312 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 10:52:19
>>310
やっぱり東は彰の子供だな
ちなみに30年も前の話じゃないぞ厨

313 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 11:22:58
>>310
それに関しては、単にドゥルーズ=ガタリがもの凄く偉いだけです。

314 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 12:26:21
Kuriharaさんじゃないんじゃないの?

315 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 12:38:30
KGVは無職ではない。
田舎で警備員やってる。

316 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 15:13:59
ぴえさん、空谷の語りの目的=党派的連帯のふり、
ばかり批判せず、語りの内容についても書いてください。
今回は、レーニンやエンゲルスらによる国家観=支配階級の道具
への批判でしたが、それについては同意されるのですか?

317 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 16:02:26
浅田くんの逃走は、デリダの差異です。

318 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 21:36:53
柄谷さんは川底にある輝石を「これだ!」と言って、一瞬にして掴みとります。
浅田さんは「すごいですね」といって、その石を鑑定します。その石が値打ち
のないものなら、冷たく立ち去ります。大雑把な私の印象。

319 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 22:45:05
> http://www.kumanodaigaku.net/index.html

なんか悲しい写真だな
よぼよぼ野球か

320 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 23:47:58
この人、今年の阪神については何も語ってない?
昔ナンバーに載ったインタビューが面白かったな。
蓮實と違って、馬鹿なファンレベルの「湯船や麦倉って、本当に良いのかね。
僕はディリーしか読んでないからさ、情報が歪曲されてるんじゃないかと思って」
とか、「金子?和製カンセコだぁ?僕が見るときは三振しかしないよ」
みたいな話が続いた後で、
「僕は毎年阪神優勝と予想するんだけど、昭和60だけは阪神最下位と予想したんだ。
それがあの結果だよ。だから今年も期待しない、期待しない、うん、期待しない」
みたいな感じで終わるの。

321 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 00:17:36
もう一生期待しないでいいよ
阪神は君とは一切関係ないんだからさw

322 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 02:29:07
君、つーのは柄谷君のことだよね。もちろん?
まぁ、阪神応援団の立場からすれば柄谷はもちろん敵だろうね
どうせなら尼崎亭の焼き打ちとか
もっとも阪神ファンらしい

323 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 03:58:42
>>316
それは君の個人情報も含めて?

324 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 09:48:02
中上、あのビジュアル見てるだけでムカついたな。
虚勢だけの甘えたデブ。ご冥福を...。

325 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 09:51:49
ピエさんnonamathinkerのブログは荒らさないの?

326 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 12:01:03
nonamethinkerはコメント拒否ってるから

327 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 12:02:09
つかあれピエさん

328 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 12:05:56
トラックバックは打てるみたいじゃん。
打ってみてよ。

329 :考える名無しさん:2005/08/12(金) 12:11:57
トラックバックを打つには自分のブログが・・・

330 :考える名無しさん:2005/08/13(土) 20:39:17
中上の顔は異相だ。あれだけ強烈な風貌は天性の才能だ。
私は惹かれてしまう。

331 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 05:43:53
萱野:とはいえ、こう言ったからといって、非暴力の実践がこれで無意味になるということではありません。その逆です。
非暴力の実践は、みずからの実践をつうじて暴力のコントロール可能性そのものを高めるような指向性をもっています。
非暴力的な空間が広がっていくとすれば、それは、こうした暴力のコントロール可能性の上昇によってでしかありません。
この意味で、ぼくはたんなる理論をこえた実践の可能性を肯定しています。
なんらかの実践を理論のレベルで批判することで、高みに立とうとするような、エリート主義的な発想はきっぱりと捨てられるべきです。



332 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 06:22:43
何が非暴力であるのかが問題だ

333 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 06:25:34
つーかこの発言だと、似非エリート主義ということで萱野に斬られてるのは
明らかに柄谷だろう?

334 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 11:36:01
>>331
これはどこに掲載されているの?

335 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 14:29:41
萱野氏の「国家とは何か」結構話題になっているようだね。
誰かスレ立てない? どう読まれているのか気になるな。

336 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 14:47:11
別に話題にはなってない
勘違いしないで

337 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 14:52:42
>>333
i think so。

338 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 15:50:14
>>336
文学界やら読書新聞やらでインタヴューされてたYO!

339 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 16:13:52
「国家とは何か」は今でも生協で平積みになってるから、結構売れてるはず。
英米系の政治思想の本はどれもつまんないから、
萱野の本のほうがずっと面白いと思ったね。



340 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 17:26:21
このままいくと柄谷を超えそうですね。

341 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 17:31:31
あり得ない
実物を見よ

342 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 04:55:58
いや、萱野の本はかなり面白いと思ったよ。
柄谷は自分を棚にあげてよく朝日で書評書いたな、と思った。
柄谷が中途半端に「国家の揚棄」とか言っていたのが
いまとなってはすごく恥ずかしく思えてくるw
よくもまあNAMとかやっているときに国家との圧倒的な
暴力の格差を考慮にいれずに「資本と国家を揚棄する」などと
言えていたものだ。

343 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 06:01:56
萱野の論理から出てくるのがまた毛沢東主義型の暴力革命論だったら
何にも意味ないだろう
左翼はまたこうして悪循環と妄想の域に戻ってきました
という結論でしかない。そういう左翼は妄想左翼として
最初から勝手に遊んでろということにしかならない。
(要するに今の現代思想)
それが暴力装置であることを認めるということは、
別にバカみたいにそのまま暴力で対置しろという話にはならないな。

344 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 06:54:03
そもそも国家=暴力装置という決め付けはバカそのものでしょう

一部の左翼オタにしか全く通用しない妄想ですね
(柄谷含む頭が妄想の未来でテンパッテる奴ら)
思想と名のつくもの
少なくとも、もうちょっとはまともになろうよ

345 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 06:55:47
おまえら税金不払いやってたら
図書館でただで本借りれる時代も終わるぞ

346 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 08:38:19
はいはい萱野さん乙
自分で煽ったら話題になると思ってますか?
なりませんよ
おひきとりください

347 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 11:03:42
>>343
萱野の論理から出てくるのがまた毛沢東主義型の暴力革命論だったら
何にも意味ないだろう

萱野もそこまで馬鹿じゃないだろう。
意外と面白いから読んでみるといいよ!
単に国家=暴力装置という話でもないし。

348 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 12:36:10
立てられなかった。

スレタイ
【ポスト柄谷】萱野稔人『国家とはなにか』を読む【暴力論】



349 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 14:00:15
鵜飼哲との対談読むかぎり萱野は相当実力あるんだね。鵜飼も一目置いている感じだ。
フランス思想に精通しているはずの鵜飼が萱野からフーコーやバリバールやスピノザの
革新性の解説を受けているのはなんか笑えた。

350 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 14:03:35
【近刊予告】
 『近代文学の終り』・インスクリプト

351 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 14:07:43
1970年生まれですか

352 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 14:15:06
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1124082779/l50
【ちから】萱野稔人『国家とはなにか』【スピノザ】

353 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 15:47:54
>>349
単に鵜飼のレベルの低さがそういうところでバレてるだけでしょう

354 :マクベス論:2005/08/15(月) 16:24:53
 彼は何かを演じたつもりだったが、実のところ演じさせられているだけだ。
役者というよりも操り人形だ。人間は演技などできやしない、人間に自由な
意志などありやしない、という恐ろしい意識がマクベスに訪れる。何やらわ
めき立ててきたが、結局なるようになっただけじゃないか、という考えが。

355 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 21:40:31
ピエさんの言うことがよくわからんのだが

356 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 21:40:56
いつものことでしょう。

357 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 21:44:50
最近少しスタイル変えた?

358 :考える名無しさん:2005/08/16(火) 00:32:39
田舎の警備員がアキバでコーフンしてる

359 :考える名無しさん:2005/08/17(水) 19:52:47
マルクスの第一インターナショナルも破綻した、柄谷行人のNAMも破綻した。
それでも、原理を見出し歴史を動かそうとした意志は評価してるんだけどね。

360 :考える名無しさん:2005/08/17(水) 23:07:27
そういう人が小泉のハッタリにコロッと騙されちゃうんだよ。

361 :アサヒ論説:2005/08/18(木) 14:22:09
だまされねぇよ、変人宰相。

362 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 17:41:52
小泉と同列にされちゃ、いくらなんでも、柄谷が気の毒すぎる。

363 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 19:26:30
ピエさんの中では同一。
というか、金正日レベル。

364 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 19:46:59
>>362

ミソもクソだな。

どっちがクソかは...

365 :makojinにすればいいのに:2005/08/18(木) 21:36:03
こほっ≧≦ずいん

http://blog.livedoor.jp/makorin2001/

366 :makojinにすればいいのに:2005/08/18(木) 21:39:01
いたたにゆきとって誰?

367 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 22:29:14
福子や、福子がでたんやで。

368 :テロルの減少額:2005/08/18(木) 23:41:20
これからは、スターリン→岡田真澄→コゼツの旦那の系で考えるべきである。

369 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 05:32:06
「金正日レベル」をどういう意味で言ってるのか知りたい。
「どういう意味で使いうるか」でもいいけど。
あの男の談話とかの情報あんまり得られないじゃん。
政策とかは周囲のブレーンが考えてるんだろうし。
もしかして単にコミュニストっていう意味かな?

370 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 10:19:21
あくまでもピエさん的にはということですよ。

371 :テロルの減少額:2005/08/19(金) 19:11:40
もれはコゼツの旦那に二千フラン。

372 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 00:35:08
ピエール、ババァにセクハラで出入り禁止。(ワラ

373 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 03:12:54
ピエの顔はイラン人。
いらんです。

374 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 11:43:00
>>355
結局栗原の言うことに内容は無い。国語力だけでなく、知能が低い。ナンセンス。
だから自称お笑い芸人だと開き直っている。だったらもっと笑わせて欲しい。

375 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 18:59:40
知的障害者の社会参加に過大な注文をつけるべきではない。

376 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 21:51:34
ところでピエさんはどこに?

377 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 02:23:29
ピエさん降臨

378 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 10:30:13
小泉と柄谷だったら、明らかに柄谷のほうが悪者だよな

379 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 17:50:02
どちらも直感の人。理屈は後付け。

380 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 01:28:22
>>372
知的障害者でも犯罪はイカンよ、ピエ。
まー、これも過大な注文なんだろうけどな。

381 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 13:50:41
スレのタイトルがダサい

変えていい?

382 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:28:09


   現代批評の核     柄谷行人+福田和也


** テクノロジーと『思想の終わり』 **


柄谷 今日は、福田さんが最近出版された『イデオロギーズ』の話から始めたいと思います。『イデオロギーズ』は、福田さんが教えている
大学で講師として現代思想を教える高澤秀次さんが学生から「思想なんか勉強してなんになるのですか」と質問されたという逸話から始まって
います。福田さんは、もちろんそのようなことを言う学生に怒りを覚えつつも、思想が意味をなくしてしまっている状況は認めざるを得ない。
そこから福田さんは、「高度なテクノロジーの下で哲学には何が残されているか」というハイデガーが問うた問題に向かう。『イデオロギーズ』
には「暴力」「自由」「信仰」「愛」と、いくつかのテーマがありますが、基本的には最初から最後まで「テクノロジー」の問題、そして、
そこで何が可能なのかが問われていると思う。

  僕は『隠喩としての建築』を90年代初めに書き直して英語版として出版し、それを今回改めて日本語版(『定本 柄谷行人集2』)
にしたのですが、最初の日本語版(1983年)でも、福田さんのとは場所が違うけれど、ハイデガーの著作から同じようなところを引用
しています。「哲学の終わりと思考(思想)の課題」という講演です。多分、これが我々の接点になるのではないかと思うので、ここから
始めたい。

  この講演で、ハイデガーは「いかなる点で哲学は現在その最終段階にさしかかっているか」と問うたのですが、具体的に言うと、新しい
基礎科学としてのサイバネティクスの出現によって、哲学は終わってしまったということです。ノーバート・ウィーナーのいうサイバネティクス
では、情報を、観念でも物質でもない、形式あるいは差異として扱います。それは「観念と物質」という、今までの哲学上の二項対立を無効化
してしまう。それによって旧来の哲学的問題が終わってしまう。例えば、哲学は単に形式であって、それに意味を与えるのは歴史的文脈である
と、アルチュセールは言いました。


383 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:28:56
しかし、大事なのはそのことではない。では、思考に何が残されているか、とハイデガーは言う。その問いが大事だと思う。中途半端に
哲学を擁護したりしない。あくまで哲学が終わったということを確認したうえで、「考える」ということに何が残されているか、ということです。
現在の文脈でなら、哲学という代わりに、「思想」と言ってもいいですよ。つまり、思想が終わった、といっていい。だが、それなら、思考に
何が残されているかという問いが残る、ということです。

 僕が、ハイデガーがサイバネティクスの下で哲学は終わりを告げたといったことの意味を理解したのは、自分でもそういうことを考え始めた
時期でした。具体的にいうと、コンピュータの問題です。コンピュータの問題は、理論的には、1930年代の初めにあった。それは数学の形式化
だけでなく、あらゆる思想・芸術の領域での形式化とつながっていました。しかし、それが自覚されていたとは言えないのです。例えば、60年代
から70年代にかけて一世を風靡したフランスの「構造主義」は、結局数学的な形式化に由来するもので、いかにもフランス的にアレンジされている
けれども、結局テクノロジーの問題を思想に導入したのだと思います。レヴィ=ストロースは未開社会は自動調節的でサイバネティクなシステムで
あると言いましたが、彼がそれによってサルトルや現代の哲学を批判した時、実際は、サイバネティクスによって哲学が終わったというハイデガーの
認識を、そうと知らずに語っていたということが出来ます。ところが、人々は構造主義を新しい「哲学」だと思って興奮した。実際は、そこから
「考える」事がやっと始まるというのに。その頃、僕は現代の思想を、形式化の問題として考え直そうとしたわけです。


384 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:29:50
先述したように、僕が考えていたのはコンピュータの問題です。しかし、今から思うと、1980年代の初めに考えていたコンピュータは
プリミティヴなものでしたね。かつて「鉄腕アトム」に出てきたような部屋一杯のスーパー・コンピュータでも、今の小さなノート・パソコンに
負けるでしょう。理論的に、特に画期的なものがもたらされたわけではないのです。コンピュータを構想したのは数学者のゲーデルとノイマンで、
彼らは1930年代の段階でも既に自己言及のパラドックスという問題、そして、それによってコンピュータが持つ究極的限界について明らかに
しています。現在でも、理論的にはこれを越えるものはない。しかし、何が違うかというと、コンピュータ(計算機)の計算力が違う。桁違いに
違うのです。計算力はまた通信の速度です。そして、それがわずか20年の間に、我々の生活、我々の感受性の根底にまで及んできた。この浸透
の速度自体もものすごい。

  今から思えば、80年代の初期には、僕はまだ頭だけでこの問題を考えていたに過ぎなかった、と言うほかないのです。20年後の現在、それが
現実化した時点、もっと状況が煮詰まったところで問題を扱わねばならない。昔のように理論上のパラドックスではなく、現実に生きているパラ
ドックスを見なければならない。福田さんが『イデオロギーズ』でなされているのは、そういうことだと思います。そして、『イデオロギーズ』は、
思想が終わっている状態で、「考える」ことに何が可能かを示す力作だと思います。



385 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:33:33
福田  テクノロジーの問題も含めて、僕がハイデガーを気にせざるを得なくなったのは、「コラボ」を研究していたからです。第2次世界大戦中
、ナチス・ドイツにフランスが占領された時にナチスに協力したため「協力者=コラボラトゥール」と呼ばれたフランス人たちを蔑視して「コラボ」
と呼ぶのですが、その中には文学者が何人もいる。

  たとえばフェルディナン・セリーヌは、反ユダヤ主義のためにナチスに接近・加担していましたが、決してナチには歓迎されていない。
パリのドイツ大使だったアベッツなどには「こういう狂信的なヤツが自分たちの側に来ると、フランスの人民から嫌われるから困る」という
ように書かれています。違うタイプもいて、シャルル・モーラスとか、第三共和制以来のナショナリストの連中が「フランス人全員が捕虜に
なっているのと同じだから、フランス人を守るためにはナチスと妥協せざるを得ない」と考えたわけです。モーラスはエリオットやエズラ・
パウンドに大きな影響を与えた人で、エリオットはモーラスをヴェルギリウスにたとえているんですね。自分がダンテのつもりで「天国の
手前まで自分を連れて行ってくれたのはモーラスだ」と。モーラスはもともと判読主義者ですけれど、そういう連中がナチスと手を結んだ
結果、第二次世界大戦後に強く糾弾された。また。ドリュ・ラ・ロッシェルのように、フランスでファシズム運動をやっていて挫折した作家
もいます。

  コラボと緊密につながっているナショナリズムやファシズムの問題をどう理解していいか、なかなか分からなかった時に、ハイデガーを
参照するとよく分かることがありました。よく分かるというのは、今、柄谷さんがおっしゃった、哲学の終わり、より直裁に言うと、主体と
しての人間の思惟の限界――まさしく構造主義はそのことを抉ったのですが――について、モーラスたちも考えていたのです。彼の古典主義
とは、詩を人間にとって内在的・内発的なものではなく、外側にある非人間的なシステムと考えることでした。こうした発想は、ナチと決別
した直後に、ハイデガーが行ったヘルダーリン講義に通底している。


386 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:34:23
1933年にナチスが政権をとった後、ハイデガーはナチに深くコミットして、フライブルク大学の総長になり、後に気まずい思いをさせ
られる演説をたくさんするわけです。三島由紀夫が『わが友ヒットラー』で書きヴィスコンティが映画『地獄に落ちた勇者ども』で描いた「長い
ナイフの夜事件」によって突撃隊が粛清された後、ハイデガーはナチスと距離を置くようになりました――専門家によっては、大して距離を
置いてないとか、非常において迫害されたとか色々意見はあるんですが。

  高名な『ヒューマニズム書簡』は、ジャン・ボーフレがハイデガーに対して手紙を送ったことへの返答として書かれました。戦後のハイデガー
は、ドイツではナチの関係者として処罰された不遇をかこちますが、サルトルやメルロ・ポンティといった現象学者から発展した実存主義学者が
ハイデガーを呼んでいたため、フランスでは非常にもてはやされる。そんな時、ボーフレがハイデガーに「サルトルについて書いてほしい」と、
サルトルを誉めると思って頼んだ手紙に返答した、これが『ヒューマニズム書簡』です。その中でハイデガーは、サルトルについて徹底的に批判
している。その内容はともかく、そこでハイデガーは、自分の行動、つまりナチスに対するコミットメントについて初めて語りました――彼は、
アメリカニズムとボルシェビキという二つの勢力に対抗できる運動の可能性をナチス・ドイツに見出した。しかしそこで理解したのは、ナチも
アメリカニズムやボルシェビキと同じ惑星的、要するに全地球的な技術支配の運動体に過ぎないということであり、そこから彼のテクノロジー
批判のモチーフがはっきりと示されるわけです。

  柄谷さんがおっしゃったように、ハイデガーか書いていたことはかなり先見的です。DNAが見つかるよりずっと前、ようやく分子を科学的
に配合する可能性についての研究が出てきた1950年ごろに、遺伝子工学的なものを予見して「人間そのものが一種の素材、マテリアルにされ
合成される」と語っています。では、ハイデガーの予想していた水準にまで現実的にテクノロジーが到達した時、何が人間に残されているのか。



387 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:35:47
 ノルベルト・ボルツという、もともとはベンヤミンの専門家だった人がいますが、彼は「今、人間が出来ることにはほとんど意味が
ない。なぜなら我々はインターネットなど、地球的コミュニケーションの中で支配されたネットワークシステムのインターフェイスに
すぎないからだ」と言っています。あるいは「人間はもはやセンサーとしてしか存在しない」「人間が今考えることはコンピュータの
アルゴリズムに沿って動くことでしかあり得ない」とも。そのような考え方も含めて、ハイデガーからボルツまで、現実が大分哲学に
追いついてきたのが現在の段階なのかな、という気がします。あるいは、H・アーレントは、もしも現在、近代歴史学の祖であるヴィ
ーコが生きていたら、彼は歴史ではなくテクノロジーを研究しただろうと言っています。歴史とは人間の営為の集積ですが、現在では
人間でなくテクノロジーが主体となって世界を作り、変えている。その外側には何もない、と。

  ちなみに、僕は磯崎新さんと二人で、例えばテーマが「鎌倉時代」だったら磯崎さんは重源が作った東大寺の南大門を、僕は藤原
定家の『明月記』を出す、という日本の建築と文学についての連続対談をやりましたが、その最後に磯崎さんは、テクノロジーが前面
に出てきた時、そこに人間性や思想性や作為を加えることは欺瞞であると思っていた、テクノロジーの生理を徹底すること――彼は
テクノニヒリズムという言葉を使いますが――においてしか、建築の可能性はないだろうと思っていた、といっています。そこで柄谷
さんの『隠喩としての建築』にも触れつつ、形式化を徹底していく中で形式は廃絶されるかもしれないし、それでも残るものがあれば
それこそが建築になるのだろう、やはり形式を徹底するところからしか始まらないのだ、と。『隠喩としての建築』を読んだことで
事後的に分かったことだけれど、それこそが自分が今までやってきたことだと言っていらっしゃる。



388 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:37:45
柄谷 僕は磯崎さんが具体的にどういう風に仕事をしているのか知りませんが、彼はコンピュータを使わないんじゃないかな。
Eメールすらやらないもの(笑)。

福田 磯崎さんは、建築の写真を撮るのにデジカメを最初に導入した人ですよね。ところが今はスケッチブックを持って歩いて
いる。一緒に奈良の三輪山に登ったことがありまして、そこには磐座(いわくら)という、「神が降りてきた」と言われる場所
があるんですが、磯崎さんが立ち止まって磐座の絵を描き始めるわけです。浅田彰さんと康芳夫さんが一緒だったんですが、
我々はみんな、磯崎さんが書き終わるまで急な斜面でうなだれて待っていました。 

柄谷 ドイツの建築家によると、磯崎さんは、コンピュータを取り込んだ建築を志向する新世代の間で新しいと評価されている
んですよ。一方、アイゼンマンは古い、と。磯崎さんは、テクノロジーを全面的に肯定しつつ、自分は手作業でやるという感じ
ですね。その辺がまことにフレキシブルですね。僕は、現実の「速度」に対して「しょうがない」と思って全部適応するように
していますが、まさに福田さんが本に書いている通り、本当に「実感」のない生活をしていますよ。僕は大阪とアメリカに住ん
でいますが、東京から見たら、ニューヨークにいるのも大阪にいるのも同じです。私がどこにいるのかは分からないにもかかわ
らず、メールは届く。


389 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:39:01
福田 僕はおとといまでフィリピンの日が落ちると山賊が出るという山奥にいたんですけど、すごい山の中を車で走っている時
に携帯電話が鳴って、講談社の編集者から移動の連絡が届きました。

柄谷 昔は、例えば大阪にいれば「違う空間」にいるように感じた。でも今は、日本にいてもほとんど外国にいるような気が
するし、逆に、実際上どこにいるかということが意味を持たなくなっています。

福田 「自分がどこにいるか」は、思想にとっても文学にとっても一番大事な問題だと思うんですよね。「ここでしかあり得
ない場所に自分がいる」ということが。その場所の確認からしか、他の形ではあり得ない表現も、思惟も存在し得ない。

柄谷 僕が外国に教えに行くようになったのは1990年からですが、15年近くそれが続くと、実感として自分が何処にいる
のか分からないですね、何処にでもいるけれど、何処にもいない、良くも悪くも連続性や現実性に乏しい生活を送っているわけ
です。だから、福田さんが『イデオロギーズ』を書いていることは、自分にとって身近な感じがします。


390 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:42:10
** ファシズムと暴力 **


柄谷 それから、90年代になって全面的に出てきたのは、市場経済の原理のグローバル化ですね。人権の問題も含めて、あらゆることを商品
交換の原理でやろう、これを認めないことは許さない、ということです。人間と人間の交換の形式は、商品交換だけではないのです。交換には、
贈与とお返しという互酬制 reciprocityがある。家族や共同体の中でそれが支配的です。次に、収奪と再分配という形態がある。例えば、それは
国家です。今日でも、国家は税をとって再分配するシステムです。これも広義の交換、広義の経済としてみるべきです。現在のネーション=ステート
は、この三つがボロメオの環のように組み合わさって出来ているわけです。

  その場合、この三つとは異なる交換の形態があります。以前から、僕はそれをアソシエーションと読んでいました。しかし、今度の本『ネーション
と美学』で、それを最初に開示したのは普遍宗教だということを書きました。要するに、第4の交換形態は、ユートピア(どこにもない場所)としてある。
だから、それが最初に存在したのは、普遍宗教においてですね。もちろん、それはまもなく国家と共同体に回収されますが、潜在的に、第4の交換形態の
空間を回復させる力を持っています。そうすると、90年代に入って急激に進行したグローバリゼーションとは、市場経済(商品交換)の原理によって
全てを牛耳ろうとすることです。ネーションや国家という次元はその中で希薄になる。これまで、世界資本主義に対しては、国家あるいはネーションに
よって対抗した。1930年代には、それはスターリニズムとファシズムという形をとった。現在は、それは不可能です。今、世界資本主義に対抗する原理
があるとしたら、普遍宗教になる。だから、いわゆる原理主義が出てくるのだと思います。それは本当の対抗にはなりえないけれども、とりあえずそれ
しかない。ナショナリズムは十分に機能しないからです。かつて、文学はネーションの形成にとって、またナショナリズムの核心として重要な役割を
果たしたと思います。しかし、今グローバリゼーションに対して、文学はもう対抗する力を持たないでしょう。

391 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:44:49
福田 対抗できないどころか、文学は現在、ナショナリズムの武器にもなっていない。映画なり漫画なりテレヴィジョンなり、あるいはインターネット
のデジタルコンテンツはなりうるかもしれないけれど、文学はなりえていない。対抗するにせよ応援するにせよ、ある意味では人畜無害なわけです。

   ファシズムの定義は色々ありますけれど、社会テクノロジーを含めた広い意味でのテクノロジーを用いて、人為的に共同体を作り出すことでは
ないか。ファシズムの原型を作ったのは、フランス社会学の連中ですよね。デュルケムが『宗教生活の原初形態』で、大衆社会の中で人間の絆が細く
拡散することを『アノミー』という形で批判するわけですが、興奮の坩堝の中で人々が凝集する時代がもう一回、必ずや来るであろう、それが社会学
の任務だと言っている。もともとオーギュスト・コントは人類教という人工宗教をやっていますけど、デュルケムからマルセル・モース、バタイユの
流れは、理念的にはファシズムだと思う。バタイユが言った「神なき教会としての共同体」というのはファシズムそのものでしょう。供犠と祭典に
よって拡散した人々を凝集しようとする社会学的なテクノロジー、レニ・リーフェンシュタールやシュペーアなどのプロパガンダのテクノロジー、
それからアウトバーンのような社会生産のテクノロジー、それにイタリアのファシズムが持っていた未来派の速度的テクノロジーの賛美が合わさって、
ファシズムが成立する。

  

392 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:45:42
僕の定義する『ファシズム』は、テクノロジーを使った本来性への回帰の演出、とでもいうものです。ヒットラーがアウトバーンやフォルクス
ワーゲンを作った時、彼がしたかったのは、年の工場労働者たちに人間的な本来性を取り戻させることです。平日はベルリンとかフランクフルトの
アパートに住んで、週末はフォルクスワーゲンに乗ってアウトバーンをぶっ飛ばして、山に行って田園に触れるといったような形ですね。ドイツ人
の魂が住む黒い森 Schwarzwaldに向けてテクノロジーを使うことで、国民の本来性を喚起できると。これは、現代日本人の生活そのものですが。
週末に車で山中湖にやってきて、バーベキューをしている人々をヒットラーは賞賛するでしょう。

  こうしたテクノロジーによる本来性の喚起を一番最初にやったのはワーグナーです。ニーチェは「神は死せり」の中で、徹底的なニヒリズム
――これは現代世界のことなのかもしれないけれど――の前に三つの中間的なニヒリズムが来て、災厄をもたらすであろうと言いました。社会主義
と世界平和主義、そしてワーグナー主義だというんですが、これはナチズムだと考えていい。

  

393 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:46:43
『イデオロギーズ』でも書きましたが、反ユダヤ主義者であるワーグナーは、色々な北欧神話、エッダやサーガを寄せ集めてゲルマン神話を
捏造しました。最初にオーケストラピットを客席から隠したのはバイロイト祝祭劇場ですが、音響効果を絶大にして、幻灯なんかを使い、さらに
画期的なのは舞台に対して相対正面するように椅子を並べた。それまでの劇場は桟敷になっていて、みんな好き勝手に座っていたし、出入り自由
だったんですね。スタンダールの随筆なんかを読むと、オペラは最初から終わりまでなんて聞かないわけです。大体遅れてきて、シャンパンなんか
飲んで、贔屓の人が歌うとぱっと入場して、終わるとまた出て行っちゃう。だから、オペラは本当は最初から最後まで聞くように作ってないんですね。
ところがバイロイトの劇場で、横の列が端から端までつながっているようにした。聴衆を拘束して、音響技術を駆使したところで、人工的な世界を
見せる。このバイロイトの構造をそのまま借用したのが映画館ですよね。ディズニーは「ファンタジア」を作る時、映画でワーグナーをやるんだと
いっていました。フィル・スペクターという、ビートルズなどを手がけた天才プロデューサーの場合は、音楽の多重録音とかマスタリングとかの
技術を使って「ティーンエージャーのためのワーグナー・ミュージックを作るんだ」と言ったわけです。

  

394 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:47:44
ワーグナーが、そしてディズニーが試みたことは、技術を駆使して、現実よりも強い現実を、つまりはより本来的なリアリティを作り出すと
いうことです。もちろん、ここにグリフィスやエイゼンシュタインという名前を加えてもいいです。彼らの試みは、現代のデジタル技術が作り
出したヴァーチャル・リアリティの先駆なわけですが、その初期的なものを政治運動に使ったのがファシズムなのです。眼前の散文的な現実よりも、
本来的なリアリティをテクノロジーを使って虚構し、それを体験させることで、共同体を仮構すること、これが30年代的なファシズムの基本的な
構造だと思います。ですから、テクノロジーの進歩でより複雑な現実を虚構し、体験させられるようになった現在では、ファシズムも深化するのと
同時に認知しにくくなっている。

  実際、もう私たちはテクノロジーの媒介と編成を経ないで「現実」と接することは出来ませんし、現実と非現実を区別することが日に日に困難
になっている。



395 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:50:55
柄谷 福田さんは『イデオロギーズ』の「暴力」についての章で、何でも「暴力に反対」といってしまうことを批判しています。第1に、現在
行われている遺伝子工学やバイオテクノロジーは、ほとんどアウシュヴィッツと同じであるのに、そういうことに目をふさいでいる。第2に、
例えばテロリストは、それ以外の対抗の方法がないためにそうしているわけで、簡単に暴力に反対ということでそれを否定することは出来ない
。福田さんは、かつて暴力に倫理的なものの回復を見出そうとした思想家を取り出しています。それが僕は面白いと思った。ジョルジュ・ソレル
とかもそうですよね。

福田 ソレルはまさしくそうですね。彼はモーラスの率いていたナショナリストグループの暴力行為を賞賛していました。腐ったヒューマニズム
から人々を解放する、と。

柄谷 彼は国家による暴力forceと、それに対抗するものとしての暴力violence を区別した。具体的に言うと、彼はアナキストであって、ゼネスト
に国家と資本を打倒する暴力を見出したのですね。もっとも、ソレルの影響を受けたのはむしろムッソリーニのようなファシストだったのですが、
それを離れて、ソレルが暴力に倫理的なものを喚起する力を認めたのは重要だと思います。僕は、それは先ほど言ったリシプロシティ=互酬制と
いう交換の原理に対応していると思います。「目には目を」「やられたらやりかえせ」というものです。それは商品交換の原理とは違うのです。
単に暴力反対、「やりかえしてはいけない」と言われても困る。抑圧されたものには、やり返さない限りいわば「気がすまない」ことがあるわけ
ですね。



396 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:52:41
福田 アルジェリアの独立運動家だったフランツ・ファノンは、『地に呪われたる者』などで、抑圧されたものの暴力を肯定しています。アル
ジェリアが独立して植民地ではなくなった時、アルジェリアの人々が望んでいるのは何なのか。「じゃあこれからみんな仲良くやりましょう」と、
白人から平等に扱われることを望んでいるのではない。黒人にとって必要なのは、白人に面と向かって侮辱されたら、力を振るって侮辱した人間を
打ち倒すことであり、その暴力行為によって始めて黒人の尊厳は回復される、と。毛沢東も同じようなことをいっていますね、やりすぎることは
常によいことだ、と。

  原理主義の問題とテロリズムの問題を一緒にしてよいか分かりませんが、原理主義が、柄谷さんの言うネーションーステート、つまり国家の
国民国家的な秩序の中には安住できない――アメリカ中西部のキリスト教原理主義者が、イスラエルによるエルサレムの支配を要求しているように
――とするならば、グローバリゼーションとは違う意味で、その普遍性を越えたものによってしか対抗できない。しかもそれは一種の暴力性を
帯びるものにならざるを得ない、ということなのでしょうか。



397 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:53:14
柄谷 そうですね。「国家」や「ネーション」が市場経済のグローバリゼーションの下で機能しないなら、国家やネーションと違った普遍的な原理が
要請され、そして、それが暴力的なものになる。現在のイスラム原理主義は、そのようなものとしてあると思います。もちろん、僕は宗教でもない、
暴力でもないほかの可能性があると思っているのです。それは単なる暴力反対ではなく、積極的な非―暴力です。例えば、アラビア諸国で、全部武器
を放棄するとします。そうすると、アメリカを始め各国が困る。武器が売れない上に、軍事的干渉の口実が出来ない。これはガンジーというよりも、
「右の頬を打たれたら、左の頬を出せ」というイエス・キリストの原理ですよ。こういう「原理主義」でやったらいいわけです。

  もちろん、それが実行されるとは思いません。しかし、単に暴力反対というのとは違う、今すぐ役立つかどうかに関係なく、「考える」という
ことが大事だと思う。僕は、文学というのは、そういうことを考えることだと思ってやってきました。しかし、最早それを期待することは出来ない。
文学は人畜無害なものになってしまったのではないか、と思うのです。



398 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:57:50
** 近代文学の「起源」と「終わり」 **

福田 最近柄谷さんが発表された「近代文学の終わり」(「早稲田文学」5月号)は、もとが講義録である分、非常に啓蒙的であると同時に色々な
テーマが出てきます。サルトル的知識人の不在という問題とか、あるいはベネディクト・アンダーソンを使いながら、「なぜ小説あるいは文学が、
国民国家の基礎になったか」という問題や、さらに韓国やインドにおいて文学者の地位が非常に低下しているという話もされている。さらには、
これは定本の『ネーションと美学』にも関係する話ですけれども、ネーションにおける交換の問題とか、小説と印刷技術の問題、リアリズムとは
何か、アメリカの消費社会と日本化など、色々な議論がありましたね。

柄谷 僕は「近代文学の終わり」を声高に主張する気はないんですよ。例えば、そのことによって、逆に人を奮起させようという気はないのです。
近代文学が終わったのは単に事実です。そんなことは話しても、面白くも何ともないことなのです。しかし、あえてそれについて考えるように
なったのは、昨年から「定本集」を企画したことと関係があります。以前に、『日本近代文学の起源』の英語版(1993年)を出した時、もっと
書き直したかったのですが、出来なかった。注をつけたり章を加えたりしたんだけれど、自分としては不満足でした。それで、今度こそ「定本」
という名目で、自分にとって満足の行くものにしようと決めたわけです。「近代文学の終わり」という考えはその中から出てきた。そもそも、
僕がかつて「近代文学の起源」といったとき、それは既に「終わり」を感じていたからじゃないか、と思ったのです。「起源」という問い方に、
既に終わりの自覚があって、それをずっと引き伸ばしてきたような気がするんですよ。

  

399 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 15:59:01
具体的には、80年代に日本文学の最後の場面があった気がします。昔、大江健三郎と話した時に、彼が「1992年に中上さんが死んだのは理論的
に正しい」と言った。ヘンな言い方ですけど、90年代以降に文学をやるのは非常につらいことだという意味ですね。4月にニューヨークであった会議
で大江さんに会いましたが、やはりそれを言っていましたね。ただ彼は、小説にとっては厳しい時期だったけど、批評にとってはよい時期であった
と思っていたようです。それは違うのです。僕が「近代文学の終わり」と言う時、本当は「批評の終わり」ということを言っているのですから。

  90年代以降に文学をやるのは、もともと無理だったのでしょう。僕は、自分が文学の延命作業をやってきたんじゃないかと思う。小説についても
批評についても。4年ほど前ですか、福田さんと対談をした時、僕は一切文学から降りるといったでしょう。あの時、僕は「もう延命装置ははずすよ」
という考えでした。福田和也がどうするか分からない、もしかすると、毒薬を与えてもう一度文学を活性化させるかもしれないな、という気持ちが
あったけど(笑)。

福田 「近代文学の終わり」の中に、「写真が出現した時、絵画は写真が出来ないこと、絵画にしか出来ないことをやろうとした。それと同様のことを、
近代小説は映画が出てきた時にやった」という指摘があります、具体的にはジョイスやヴァージニア・ウルフやプルーストのことだと思いますが、彼ら
が映画に対抗して何をやったかというと、時間を小説の中心にすえたわけです。

  音楽とか映画、テレビや、ゲームもそうだと思うんですけれど、これらの表現というか芸術は、作品自体に時間が組み込まれている。映画を見る時
は、初めから一時間半とか二時間という時間が設定されていて、その時間を自然に経験することになる。ところが小説は、字が印刷されているだけです
から、文字の連なりから時間を作り出していくことが読み手の仕事になるわけです。マテリアルな時間――ある人は一冊の本を一時間で読み、ある人は
3日かかるという時間――だけでなく、読む人間の精神や認識の運動による時間の流れがある。これを作り出していくことが、小説というジャンルの
優位性であるのと同時に、それがないと小説は成り立たない。




400 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:00:43
  乗り物だけでなく、生活やコミュニケーションで、人間の生活する、体験する速度が上がっていくとき、小説が持っている時間についての
優位は際立っていくと共に、読者にとって味わい、体験するのが困難になって行きます。プルーストには機関車や自動車がいっぱい出てきます
けれど、人間が加速度に晒された時、最後に残された領域としての「時間」をいかに確保できるのか。それはもちろんベルグソンの問題に通じる
でしょう。と同時に、プルーストやジョイスを見れば分かるとおり、人間の内面性の問題になる。要するに、「内面を書くのは小説にしか出来
ない」ということと、時間を喚起するというのは同じだということです。映画やテレビでは――漫画の問題は厄介なのではしょりますけれど――
基本的には内面を直接的に語ることは出来ない。

柄谷 僕のコロンビア大学の学生で、イラン人の学生が二人いるのですが、イランには小説がない、詩が中心であったというんですね。
ところがイラン革命以降、詩も完全に終わってしまった、もちろん小説はない、と。では、何をしているかというと映画です。イラン
映画は今人気もあるし、元気もある。なぜ詩がなくなったのか。ホメイニが抑圧したからか、と聞いたら、「ホメイニが詩人で詩を
奨励したから、みな詩をやめた」と言うんですよ(笑)。

  それはともかく、イランは日本と異質なところですが、ある意味で日本人に分かりやすいところがあるのです。イランは伝統的に
ペルシャ語、ペルシャ文学です。そこにイスラム教が暴力的に入ってきた。その結果、難しい概念は大体語源的にアラビア語で、易しい
ものはペルシャ語なんですね。それは日本語における漢字とやまとことばの関係と似ています、ペルシャ人としてのナショナリズムと、
イスラム教徒としての普遍性の意識が分裂している。僕の理解するところでは、イランのシーア派というのは、ナショナリズムではない
にもかかわらず、ある意味でイスラム教の中でのナショナリズムという感じがします。日本の仏教の場合、鈴木大拙が書いたように
「日本的霊性」の発露だという見方がありますが、ある程度そういうことがイランのイスラム教に当てはまるのではないかと思って
います。実際イランのシーア派は、アラビア語ではなくペルシャ語でやっているみたいです。


401 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:01:55
福田 確かにイランは世界一の映画国家ですよね。少なくとも質だけとれば、ここ10年くらい世界で一番高いレベルでやっている。

柄谷 小説も詩もないから、文学的才能がみな映画にいってしまっているんですね。

福田 小説にしかないジャンルとしての優位性を考えると、やはり時間と内面ということになるのでしょう。近代小説の初期、イギ
リスからフランスへと小説が来る時に、書簡小説がいっぱい書かれました。サミュエル・リチャードソンの『パメラ』は、不本意な
状況にいる女性が自分の不幸を訴える長い長い手紙の小説です。主人公は、その手紙を延々と書く中で自分の想念を語っていく。もう
少し進むとルソーの『ヌーベル・エロイーズ』みたいに、内面という領域を、恋愛感情のように直截な形で書いていくし、ゲーテの
『若きウェルテルの悩み』あたりになると、セルバンテスが『ドン・キホーテ』でやった客観的、社会的な現実を書くことを、書簡体
とパロディを通して書いていく。

  パロディと書簡が一緒になったとき、近代小説が出来るわけです。近代小説の定義を、ルカーチは「小説というのは壊れた世界に
おける壊れた人物の壊れた冒険だ」としました。ドイツ語ではどうか分かりませんけれども、フランス語で「degrade=毀損された」と
いう意味の言葉を使っている。ドン・キホーテが前提としている叙事詩の世界では、コスモスが成り立ち、世界がそれ自体で完結している。
だから内面と外面の区別はないし、語った言葉と自分の内側との差異は存在しない。しかし、近代社会はそういう統一的な秩序はまったく
ない世界で、全てが毀損されている。


402 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:06:51
  ルカーチが近代小説として高く評価するスタンダールの『赤と黒』では、野心的・共和的でナポレオンを尊敬しているジュリアン・ソレルが、
王政復古の社会で材木工場の三男という立場から抜け出すために、自分が持っている考え方を徹底的に抑圧してイエズス会の坊主のように振る舞う
ことで、何とか社会に出て行こうとするわけです。つまり、彼の内面の真実は、当時の社会的・政治的現実に決して合わない。この抑圧が内面を作る
わけです。これは偽善ですね。偽善を強いられる人間を通して、その抑圧された内面から、当時の社会なり、あるいは人間性なりの亀裂を書いていく
というジャンル、そういう社会のシステムを構造的に示すジャンルとして近代小説が成立したわけでしょう。

  この「内面」がだんだん成立しなくなってきた。興味深いのは、『近代文学の終わり』の中で柄谷さんが一顧だにしないという感じで扱っておら
れる村上春樹が、ある意味で柄谷さんの議論を逆側から保証しているように見えることです。彼は、ある意味で内面と外面の区別がない人になって
しまった。それが一番よく分かるのは、『神の子どもたちはみな踊る』という阪神大震災をテーマにした連作集です。あそこで村上春樹は、阪神大震災
という天変地異によって起こった事件を、徹底的に個人の憎しみとか引っ掛かりとか、そういうものが自身を起こしたという風に書いている。天災の、
自然の他者性は一切棄却されて、全て内面化されている。

  彼が最初に『文学界』(1980年9月号)に書いたんだけれど単行本に載せていない、「街と、その不確かな壁」という作品があって、それは
後の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の原型になりました。この二つは彼のかなり本質的な作品だといえるのですが、今回の
『海辺のカフカ』では、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で分けられた二つの世界が、一つになってしまっている。『海辺のカフカ』
にあるのは、内側と外側の区別が全くない、いくらでも行き来が出来る世界です。完全な内面化が出来上がった世界で、それがよかれ悪しかれ、現在の
日本の文学を代表するものになっている。それは結局、内面が全てを覆っているともいえるけれども、同時に内面がなくなったといっても同じこと
でしょう。社会がなければ現実もないわけですから。


403 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:08:12
柄谷 僕は村上春樹を無視したわけではなくて、80年代の終わりに本格的に論じたことがあります。今言われた『世界の終わりと
ハードボイルド・ワンダーランド』で、彼は、歴史は終わったということをいっていた。その場合、この世界は任意の公理系によって
成立しているに過ぎないとか、意味は「情報」の下に消滅してしまったとかいうような観点を出していた。それは先ほど、ハイデガーが
サイバネティクスの下で哲学は終わった、と述べたことと類似したものです。だから、村上春樹のレベルは低いと思わないですよ。
しかしハイデガーならば、それでは「考える」ことに何が残されているか、と問うであろう地点で彼はやめてしまう。そしてロマンス
に行くのです。僕の見るところ、『ノルウェイの森』からです。実際、それはベストセラーになった。

  恋愛している相手の女が病気で死ぬというのは、それ以前にエリック・シーガルの『ある愛の詩』(ラブ・ストーリー)、『愛と
死を見つめて』、遡れば明治時代の徳富蘆花の『不如帰』からいつもベストセラーになっている。最近では、『世界の中心で、愛を叫ぶ』
でしょう(笑)。中森明夫によれば、僕は覚えていませんが、以前に女が病気で死ぬ恋愛小説を書けば、10年ごとぐらいに当たると
予言していたらしい。それを聞いた島田雅彦が実行したらしいんですけど、当たらなかった(笑)。

福田 予言になってないじゃないですか(笑)。

柄谷 島田君は無理ですよ。彼はいつもそういうものを壊すことをやるのだから。『ノルウェイの森』以前の村上春樹は、ある意味で
僕が『隠喩としての建築』でやっていたことと近いと思うんですよ。

福田 世界が分かれているところですか。

柄谷 しかしあれなら、人はあまり読みませんね。やっぱり大衆的に読まれるようになったのは、ロマンスだからではないですか。


404 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:09:17
福田 確かに村上春樹は非常に読まれていて、アメリカではさほどでもありませんが、ロシアなんかへ行くと、地下鉄のキオスクの、
日本だとポルノ小説誌なんかが売っているところに村上春樹の翻訳がささっている。

柄谷 韓国ではすごいですね。

福田 中国でも近頃はやりだしたらしい。

柄谷 やっぱり社会主義的な歴史観や政治が強かったところでは、村上春樹のイロニーがまだ意味を持つのだろうと思います。ただ
そういう現象は、日本の小説がどうだとかいうことと関係がないんじゃないかと思います。つまり、昔のように「日本文化が広がって
いる」とかそういうものではないと思うんですね。例えばこの5月に日本に帰ってきた時、何にびっくりしたかというと「ヨン様」
(韓国KBSドラマ「冬のソナタ」の主役を演じた俳優ペ・ヨンジュン)の人気ですよ。

福田 そうきましたか(笑)。

柄谷 去年はなかったからね。本屋に行くと「ヨン様」と「世界の中心で――」ばかりです。だから、韓国で「村上春樹」と言うのと
日本で「ヨン様」と言うのは同じではないか。去年は「ベッカム様」がはやっていましたが、あれは西洋人への憧れという風に理解
されてしまうけど、本当はもうそういうものではないのではないかと思います。グローバリゼーションとテクノロジーがもたらした
現象ではないか。僕はそのことを別に否定しないし勝手にしてくれと思うけれども、昔の「文学」の観点をそこに持ち込むことは
出来ないと思っているわけです。



405 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:12:03


** すべてが「情報」になった **


福田 「近代文学」というのは、やはりネーション=民族体の持っているとされる共有された感覚を基に作られていて、それゆえ
排他的な要素も持ちます。本居宣長が「もののあはれ」と言った時にも、それは結局「朱子学的な唐心の排除としてのやまとごころ
」ということになる。たとえば「しき嶋のやまとごころを人とはば朝日ににほふ山ざくら花」という時、「やまとごころ」という
のはすごく潔くて、義務に忠実なものだと思われていますが、実はぜんぜん違う。宣長も書いていますが、「いい衣着まほしく」
――要するに「いい服を着たい」とか「旨いもの食べたい」とか「いい女と付き合いたい」とか「金が欲しい」とかいう人間の普通
の感情を肯定するのが「やまとごころ」であて、それに対して「君に忠」とか「親に孝」とかの理屈で言うのが「唐心」である、と。

  朱子学者は「人君、君子ともあろうものがこんなにいっぱい女と関係して、主君の女から何からみんな手をつけて、こんなひどい
話はない」と源氏物語を批判しますが、それがいいんだ、というのが「やまとごころ」で、昭和の戦前的な意味での「大和心」では全く
ないんですね。

  いずれにしても、「これが日本人の心だ」というものの上に近代文学は出来ていた。だからこそ、グローバリズムに対抗するネー
ションなり、ステートなりの基盤になるものとして「文学」はあり得たわけだけれども、それが霧消してしまったのではないかという
ことですね。



406 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:13:24
柄谷 日本で「宣長」というと一定の色がつくけれど、ドイツの「ロマン派」で言われていたことと同じ問題だと思うんです。
つまり「感情の肯定」ですね。感性(感情)と理性をつなげるものは、想像力(構想力)ですが、その意味で想像力を肯定する
ことになる。その場合、感性は人が普通言っている「理性的なもの」よりも、ある意味でより理性的なものをはらむことになる。
ドイツのロマン派でも、日本の国学派でも、こういう考えがナショナリズムに向かいます。理性=ラテン語=漢語で、感情=
ゲルマン語=大和言葉ということになるからです。

  最初に、感性・感情という能力を人間的な諸能力の中に構造的に位置づけたのはカントでした。カントの言う aesthetics
は、日本では「美学」と訳されますが、カントはそれを本来の「感性論」という意味で使った。ところが、ロマン派はまさに
それを「美学」にしてしまった。今、福田さんが上手く言われたけれど、宣長が肯定した「普通のこと」、そういう「感性」が
まさに美学の問題だったわけです。同時に、感性が肯定されるためには、それは「いわゆる理性的なものよりも実はもっと理性
的なのだ」、「いわゆる真理よりももっと真実なのだ」という必要があった。そのことが文学を意味づけることになったと思う
んです。宣長の『源氏物語』に関する議論がそういうものですが、昔から「文学はフィクションに過ぎない、嘘に過ぎない」とか
、「文学は非道徳的だ、わいせつだ」とか言われてきた。だから、文学は「真実の世界」よりも真実である、というようなことを
言う必要があった。それによって、近代文学の独特の地位が出来たと思います。サルトルが「文学とは何か」と言う時の「文学」
も、これをさしていたと思うんですよ。

407 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:15:19
福田 結局、感性的なものを理性よりも認めるということですね。小林秀雄が『本居宣長』の後半で一生懸命やったところですけれど、
宣長と上田秋成との『古事記』をめぐる対決も、やはりこの問題です。秋成というのは合理主義者で、いわゆる文献学的、書誌学的な
理性が非常に研ぎ澄まされていた。その秋成が古事記の記述をいちいち取り上げて「計算すると神武天皇は二百何十年生きている、
おかしいじゃないか」などというと、それを宣長が「それは読んでいれば自分に真実として浮かび上がってくるからいいのだ」と全て
はねつける。そういうところで理性と拮抗するものとしての感性が出てくる。この感性的なものというか外部的なもの、要するに、
客観的に策定されて検証可能なものとは別の何ものかが、文学の対象であり、近代文学のコアなんですよね。

  北村透谷は本当にティピカルな、日本の近代文学の出発を考えるといろんな意味で最も分かりやすい人ですが、彼はご存知の
ように自由民権運動に加担していて、大阪事件の時に、金がなくなったんでみんなで強盗をやろうという話になった。透谷は「強盗は
ちょっとつらいから勘弁してくれ」と頭を剃って謝って、自由民権運動から離脱してプロテスタントに入るわけです。それで「女学
雑誌」に参加し、女性の地位向上とか平和主義運動を始めて、それから詩人になる。彼が当時の大批評家、山路愛山や徳富蘇峰あたり
のプロテスタント批評家と論争をして「人生に相渉るとは何の謂ぞ」という論文を書く。プロテスタンティズムが日本に入るまでは、
男性と女性が互いを一個の魂というか、人格として認め合い尊重しあう形の「恋愛」はなかったわけです。

  

408 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:16:09
その時、相手に魂とか人格を策定するという行為はプロテスタント的な恋愛や禁欲から出てくる。だから透谷は恋愛を重要視した。
それに対して山路愛山が、透谷はそういう行為のことばかり書くが、そんなものは社会や人生に全く関係ない、透谷は恋愛を称揚し
すぎる、と攻撃するわけですね。もっと「愛国忠臣」とじゃ「立身出世」とか、そういうきちんとしたことを書けと、その時透谷は
、社会的なものに還元できない、本当に人生に相渉るようなものについて語るのが文学の役目であると言った。それこそが「内面」で
あったり「恋愛」であったり、ジュリアン・ソレル的な一種の「偽善」であったりするわけ。

柄谷 僕は、そういう「文学」が終わったと思うのです。それは単に理念が終わったということではないですね。例えば、あなたが
書いておられたように、ハイデガーはニーチェの「神は死んだ」ということを、普通人は神とか理念とか意味とかいった、超感性的
なものが死んだというふうに理解されているけれども、大事なのは超感性的なものが死んだだけではなくて、同時に感性的なものも
死んだということを意味するのだ、といっています。



409 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:17:12
福田 「神は死んだ」というのは、神に象徴されるような感性を超える、すぐれて理念的な存在がなくなって、感じ取れる即物的な
ものだけが残りましたという話ではないという話ですね。「神は死んだ」というのは要するに、超感性的なものとひたすら感性的な
ものとの境目が消えたことである。だから神は死んだといえば死んだけれども、物そのものも死んだということでもある。つまりは
理念的なもの、超感性的なものにも、物が、感性的なものが入ってくるし、また逆もそうである。

柄谷 感性的なものと超感性的なもの、その両方ともが「情報」になったと思うんですよ。人が観念ではないような、生活や感性と
いっているものは最早疑わしい。それは既に情報ではないかと思う。

福田 ボードリヤールの消費記号論は、その意味でハイデガーのニーチェ解釈を上手くパクってますよね。所謂ブランド商品などの
消費物資は、物の中に神が忍び込んだものであり、本当は政治的な理念みたいなものまでもが商品として売買され取引される。逆に、
鞄にさえ神が宿る――これが「神は死んだ」という状態であると。柄谷さんがおっしゃるのは、それが徹底されると結局「情報」に
なるということですが。

柄谷 例えば「恋愛」でも、eメールで恋愛すると大体一週間で破綻する。

福田 それは経験的な結論なんですか(笑)。


410 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:18:28
柄谷 そんなことはありませんが(笑)、やりとりが早いから、かつてなら数年かかることが一ヶ月ぐらいで実行されてしまう。
喧嘩になるのも早い。携帯電話でもそうですけど。こういう速度が、かつて単に哲学者の「懐疑」として語られた問題を、現実化
してしまうのです。それは例えば「自己」という問題です。デカルトは、どんなに世界や自己を疑っても、疑っている自己が残る。
ゆえに「われあり」と言った。それに対して,ヒュームは自己はその都度あり、一つの自己があると言うのは間違いだと言った。
それに対して、間とはその両方を認めつつ、両方を否定した。つまり、実態としての自己はない、しかし超越論的統覚Xがあると
いったわけですね。これは哲学史では簡単な話ですが、実はデカルトもヒュームもそのような懐疑の過程で、事実上発狂している
んですよ。

  今日の通信の速度というものが、それと似た問題を日常化しているような気がします。例えば、eメールのやり取りで問題なの
は、手紙なら翌日出そうとして読み返すものを、すぐに送信してしまう。それで「しまった」と思ってまた書く――それをお互いに
やるから、すさまじいことになるわけです。「本当の自分はこうだ」とメールに書いたとしても、次の朝には「あの時はいえなかった
が、本当の自分はこうだ」と修正する。そしてまた次の日も、次の日も、修正する・・・本当の自分と言うのは常に遅れてくるし、
実は到来しないわけです。だってまた次に来るのだから。だから、僕は「自分」というのは「遅れ」においてあると思うんですね。
また、そのような遅延こそが内面性だと思うんですよ。そういう一定の「のろさ」や「遅れ」がないと、何もかもすぐに出来るが、
何一つ経験にもならない、しかしそのような「遅れ」が、テクノロジーの加速によって成立しなくなっているんじゃないか。



411 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:19:32
福田 情報化されると全てが加速化されて瞬時にやり取りされる。結局、感じているものと理念的なものの区分の中で、精神性というか
「経験」が成り立つわけですね。ヘーゲル的だけども、「自分が考えている自分」みたいなものが、ぜんぜん自分ではない、と気づかされる
という意味での経験が成立しない。『精神現象学』の序説でヘーゲルは、自然的意識、要するに無邪気な意識というのは、必ず自己の喪失を
せざるを得ないと書いています。これが「経験」ということですが、もっと言えば「人生」ということですよね。それはやはり近代文学の
大きなテーマで、なんだかんだ言っても漱石から何から、「人間いかに生くべきか」が問題になってきた。それは「立身出世」とかとは全く
関係ない問題としての「人生」で、その経験をどう経ていくかが問題になったわけです。では、このような「経験」が現在ありうるかどうか
は大きな問題です。

  「経験」を小説の主体に位置づけたのが「教養小説」であり、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』が分かりやすい例ですが、
ヴィルヘルム・マイスターという人間が、ドイツには市民革命がなかったからドイツ演劇を通して『ドイツ人』を作り、それ柄を国民国家に
しようというナショナリスティックな欲望を持って国中をさまよい挫折する,その過程で人間的な成長をするという話ですね。だいたいゲーテ
辺りからギリギリトーマス・マンの『魔の山』ぐらいまでがそうですが、とにかく「人生を書く」ことに文学の一方の目的があったわけです。


412 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:20:23
  しかし戦後日本ではどうか。これは大塚英志がよく言っていることですが、「漫画の歴史とかゲームの歴史は、教養小説が成り立た
ないことの歴史だ」と。彼の図式とは違うけれども、「ドラゴンクエスト」などに明らかなように、ビルドゥングス・ロマン的な遍歴は、
ゲームにおいては能力というか情報の獲得を意味してしまっていて、「自分の真実が失われる」ということでは全くないわけです。一種
のスキルとか資格を身につけることが「人生」になってしまって、自分にとっての真実なり人生そのものは、最早問われない。「人生」
という射程は、日本では漱石などが努力して作った、ある意味で文学的なフィクションだと思いますが、これが無くなってしまった。

柄谷 今『自分探し』とか言うのをよく言われていますけど、あれは内面性とは違います。内面性が無くなっている状態だからこそ、
自分を探すのです。何か、そういうものが哲学と呼ばれたり、文学と呼ばれたりするのです。しかし僕は、あんなものは哲学ではない
とか、あんなものは文学ではないといいたくない。どんな形であれ、文学や哲学を回復するようなことを言いたくない。単に文学は
終わったということを言いたい。しかし「考える」ことは残っているのだから。



413 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:21:33


** 現代の文学に『力』はまだあるのか **


福田 「近代文学の終わり」では、商品として作られている小説は仕事としてちゃんとやっているからよいけれども、保護された
形態、例えば文芸誌の中で、日本でしか通用しないようなものが書かれているのは馬鹿らしいといわれている。同時に、エコロ
ジストになった韓国の批評家を紹介しながら、文学よりも他にもっとやることがあるだろう、と。それはそうなのかもしれませんが、
しかし先ほどの議論に戻れば、グローバリズムへの対抗運動として考えた時にそういうものが本当に役に立つのか、というところも
ありますが。

柄谷 もちろんそうですよ、僕は実践的なことが偉いとはあまり思ってない。そういう人たちのお説教は、福田さんが嫌がるであろう
以上に嫌なんですよ(笑)。僕は善意とか道徳的意志で、この世界を変えることは出来ないと思う。むしろぼくは――これはあんまり
言いたくないんですけれど――世界には弁証法的なロジックがあると思います。この世界の構造自体が裂け目を作り、自己崩壊をもた
らすのだ、と。意志によってこの世界を変えることが出来ないとしたら、逆に言えばこの世界を意志によって保持することも出来ない
のです。世界は自ら壊れる。福田さんも『イデオロギーズ』で書いておられたように、インターネットは本来軍事目的で作られたのに、
いったん成立してしまえば逆転してしまった。そしてそれを抑えることは誰も出来ない、というわけですね。それが僕の言った弁証法
です。善意でインターネットのようなものを作ろうとしてもうまくいかなくて、むしろ軍事的戦略でやったことが現在の状況に帰結した
わけですね。



414 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:24:09
福田 ハイデガー自身、テクノロジー批判の論文で繰り返しているのは、端的な対抗運動――ユナ・ボマーとか、ラジカルなエコロ
ジストとか――には何の意味もないということですよね。技術の批判、歴史的にもずっとあるわけです。イギリスで最初の本格的な
マルクス主義者だったウィリアム・モリスの場合も、新しい大量生産テクノロジーを拒否して手作りのものを作ろうとする形での
対抗運動をするけれども、それにはあんまり意味がない。しかし、だからどうするかについては歯切れのよい結論はなくて、ハイデガー
的な言い回しで暦運――これも翻訳語ですけれど――が盛り上がるのを待つしかない。要するに「時が来るまで待て」という結論しか
示されていないわけです。

  文学の話になると、もう一つ「リアリズム」の問題があると思うんです。小説が近代において大きく流通するジャンルになるのは、
一つはバルザックにおいて顕著なように、ブルジョワ社会・近代社会の全体を捉えるのに最も適したジャンルは、詩でも演劇でもなく
小説だったからに間違いありません。バルザックの『人間喜劇』では、「ゴリオ爺さん」では若い書生だったラスチニャックが、
「浮かれ女盛衰記」では辣腕の政治家になっていたりとか、何人もの登場人物が、違う小説に異なる顔で再三出てきます。そういう
仕掛けを使いながら、だいたい1820年から1840年ぐらいのパリをさまざまな角度から見ていく。「ゴリオ爺さん」みたいに
カルチェ・ラタンの下宿から見るものもあれば、「従妹ベット」みたいに旧ナポレオンの顕官の元貴族のところから見るとか、スパイ
の世界、探偵の世界とか骨董屋の世界、ジャーナリズムの世界とかいろんな世界から見ることによって、始めて19世紀のパリ・
ブルジョワの世界が再現できると思っていた。やはりこれが小説の優位性だったと思うんです。

  

415 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:25:20
さらには、ドストエフスキーの作品に出てくるような、とんでもない人間性というか、人間性の中の本当にグロテスクな、虚構
を超えて現実よりも強い真実みたいなものが、小説の中で作り出された。そういうタイプの小説を近代日本はあまり持てなかったので、
日本に当てはめてドストエフスキーやバルザックを語っても意味のないところがあるんですが、現代の文学に現実を超えた虚構の中の
真実を持ち出す力はまだあるのか。それともやはり柄谷さんが言われたような形で、全てが情報になる世界では最早そんなことはあり
得ないのか。

柄谷 あり得ないと思います。

福田 あっさり(笑)。

柄谷 さっきボルツを引用して福田さんが言っていたけれども、今、コミュニティというか文化的な空間がローカルにあったとしても
、それはすでに世界化された後でデザインされたものに過ぎないと思うんです。例えば、「世代」という概念がそうですね。昔は「世代」
が本当にあったと思います。僕が若い頃に出会った「世代」というのは戦中派とかそういう人たちですよ。1960年の安保闘争では、
「世代」が露骨に衝突しました。その時点では、ある年代以前と以降の人では全く違う世界に生きたし、その差異は埋められないくらいに
大きかった。当時そのことにはある程度納得できたけれど、60年以降の40数年間でそれほどの世代差はあっただろうか、と。

福田 ないですよね。

柄谷 そうすると、「おれは**世代だ」などといっているのも虚構だと思うんですよ。僕自身はそういう言い方をしたことは一度もあり
ません。例えば昔の文壇だと、「新感覚派」とか「白樺派」とかありますよね。個々人はかなり異なるのに、そういう名で呼ばれたわけです。
それは自分で名乗ったかどうかとは関係がない。「第三の新人」の世代だって、自分で第三の新人なんて名乗ったわけではない。「内向の
世代」も同様です。しかしそのあたりまでが、他人から名づけられたにせよ、一応それを引き受けたし、引き受けてもよかった最後の世代
でしょう。しかしそれ以後は、どんな分類があろうと嘘ですね。もし仮に分類のようなものが残っているとしたら、それは他の人たちとの
議論を遮断するためのコミュニティを作るためではないですか。


416 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:26:16
政治板:【諸悪の根源】お役所の終身雇用【ぶっ潰せ!】
http://money4.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1124103486/

417 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:27:13
福田 学生諸君なんかと付き合って感じるのは、たぶんディジタル化のいいところなのでしょうけれど、年の差は感じても世代の差は
感じないんですよね。音楽とか映画とか、基本的なバックグラウンドになるものが共有できる。20代前半でも山中貞雄の映画をすべて
見てるとか。50年代のカントリーに詳しいとか、そういう人とはかなり面白く議論が出来る。情報のギャップが全く無くなっているので、
そういう意味での世代差は虚構になっていて、おたがいにバックグラウンドにしているものを理解できないことはあまりない。自分と
自分の子供がほとんど同じ文化生活の経路をたどっているのを見ると結構ショックなんですが、江戸時代などにはあったことですよね。
あの頃には親と子供が同じような文化背景に生きていた。だから、吉田松陰みたいに11歳で軍学の教師になって、藩主に平気で教えて
いたわけです。そういう意味で、一種の「江戸化」が起きている。世代だけでなくて、非常に小さいトライブ tribeというんですか、
ライブ的にいろんな意味で集まるというのも、江戸の芝居なんかにはしばしばあったことですよね。そういう意味では、現代は極めて
前近代化している気がします。

柄谷 振る舞い方など、局所的にはすごく洗練されていますね。

福田 かなり前から議論されていた話ですが、コジェーヴが、あらゆる理念的な闘争が放棄された後に、歴史が終わるというとき
、最初は「アメリカ化する」といってたのが、一度日本に来てからは「日本化するだろう」というようになった。それは、いいか
えれば「江戸化する」ということですよね。



418 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:28:35
柄谷 コジェーヴが言ったことを僕たちは80年代に議論していました。近年は「動物化するポストモダン」とかそういう本を
書いている人がいますが、僕はコジェーヴがアメリカ的生活様式に関して「動物化する」といったのは間違っていると思う。
アメリカで起こったのは、動物かではない、リースマンの言う「他人志向」だと思います。他人に認められること、あるいは
他人がしていることを欲望する。アメリカには伝統的な規範がない、しかしその代わり、他人がどうするかということが規範に
なるわけです。「内面性」とか自立性というのは、伝統的な規範に対立することによって生まれてくるものなのに、それがない
世界では、自立的となる代わりに他人がどうするかを気にして、それに従うというコンフォーミズムが出来てしまう。

  『イデオロギーズ』で福田さんが言うように、ボードレールが注目した「流行」もそういう他人の欲望の産物で
しょう?しかし、それはむしろフランスだから目だったのであって、アメリカでは流行という現象がない時期から、
ある意味で全て「流行」のようなものだった。コジェーヴはアメリカでそのことに気づいたのだと思います。しかし、
彼が日本に来て意見を変えたといっても同じことでしょう。僕が近年つくづく思うのは、日本人は人と違ったことを
したくない、目立ちたくないという傾向がものすごく強いということです。例えば、若い人たちに目立ちたがりが
多いというけど、逆だと思います。そのよう振る舞えば目立たなくなるから、そうしているだけです。

福田 ボードレールが美術論「現代社会の画家」で、コンスタンス・ギースという、第二帝政のパリを周遊して
スケッチして、それをエッチングにして売る版画家の話を書いていますが、彼が注目したのがモードなわけです。
女の子の髪のリボンの色とか大きさとか、ベルトがどうなるとか、流行の移り変わりを見る画家を書き、露骨に
ではないけれども歴史が終わったときにモードが始まるんだ、と。これは文学的に言うと、象徴主義を予言して
いるわけです。


419 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:29:57
  象徴主義以前のロマン主義は、ゲーテとかシラー、ユーゴーを考えれば分かりますが、革命や大戦争などの歴史的な展開と文学や
詩の運命が一致している。ところが象徴主義になると、マラルメが特徴的ですけれど、社会とは関係のないサークルの内部でかなり
凝ったことを洗練していく行為になっていっている。マラルメはぱっとしない英語の教師でしたが、大変ファッションが好きで、
”dernier mode” というセコいファッション誌の編集長もやっていた。ある意味で言えば、二月革命以降、歴史をモードが圧倒する。
もちろんその後、第一次世界大戦も第二次世界大戦もあったわけで、完全に歴史が消費されたわけではなかったけれど、大戦後は完璧に
流行が支配する時代になってしまった。

柄谷 「速度」の話に戻ると、それはテクノロジーというよりも、根本的には資本主義的蓄積の速度だと思うのです。これはとどめよう
がありません。ただ、それをとめるものは資本主義的な発展の内部から出てくると思います。それが先ほど言った弁証法ですね。自分に
可能なのは、それに備えることです。僕は2,3年前かな、ハイデガーに関して新たな関心を持ったことがあるんですよ。80年代には
「現代思想」が流行していました。僕もその一人だったわけです。その当時は、解釈や意見を披瀝していれば何かやったような気がして
いたけど、90年代以降はそうでないと思うようになったのです。その意味で、ハイデガーがナチに行った気持ちは分かりますよ。僕は
ナチじゃなくてナム(NAM)をやったけれども。

福田 それで今、糾弾されている(笑)。

柄谷 その時、ハイデガーの「投企」やサルトルの「アンガージュマン」といった言葉を思い出していたんです。その結果、
ひどい失敗をするかもしれないとしても、それはかまわないと思った。


420 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 16:31:24
福田 サルトルも最盛期は世間の寵児だったけれど、最晩年にはマオイストのろくでもないやつに引っかかって、どんどん目も悪く
なって・・・・。それでも、一所懸命ビラ配りなんかやるわけですよね。それで警察に捕まって、拘置所に入れられる。それは立派
だと思います。

柄谷 だからサルトルが死んだ後は、サルトルを批判していた人たちが順にサルトルの役割を果たしましたね。フーコーがそうしたし、
フーコーが死んだら、デリダがそうした。実際につかまったりもしたわけですね。彼らが憧れていたのはサルトルです。ドゥルーズは
そのことを正直に語っている。僕はドゥルーズのエッセイ(英訳)をたまたま読んで、その言い方に感銘を受けました。彼は自分に
とって、サルトルだけが私的な教師 private teacherであり、他は公的な教授 public professorだったというんですね。このような
区別はアメリカにはない。今のフランスでもなくなっているでしょう。だからこそ、ドゥルーズはそう語ったのだと思います。そして
日本についても同じことが言えると思います。ドゥルーズが自分の「先生」はサルトルだけだったといったような、その種の伝達の場所、
教育の場所がかつて日本の文学にもあったと思う。批評っていうのはそういうものだったんですよ。

福田 まあ、やはり小林秀雄から柄谷さんまではそうですね。批評家を頼り日本を読んだり学んだりした人は、たくさんいたと思います。
江藤淳も、福田恒存も、保田與重郎もそうでしょう。

柄谷 つまりサルトルみたいに、大学教師というわけでもなく、小説を書いたり色々やっている、そういう人物こそが私的な教師であった
という時代がかつてあったんですよね。それが「近代文学」だったと思います。それが終わったということです。



* この対談は、『定本 柄谷行人集』(岩波書店刊)、『イデオロギーズ』(小社刊)刊行記念として実施された公開対談「21世紀
の世界と批評」(2004年6月7日、ヤクルトホール)に加筆修正を施したものです。



421 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 23:43:26
>>381が下らんこと言うから、ムキになってこんなことに。。。。

422 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 23:46:11
古谷がいつまでたってもミリオンダラーベイビーのレポートを上げないのは、
ピエさんと比べられることを恐れてですか?

423 :考える名無しさん:2005/08/23(火) 02:17:26
>おそらく柄谷は、想像的共同体を支える倫理を語ろうとしたのではない。
>柄谷は市場によって解体されるべきものとしての歴史的共同体において、
>ありうべき倫理を語ったつもりであろう。しかしはからずもそれは想像
>的共同体を再構成する市場の論理と同調している。
>繰り返すが、サルトル=柄谷的倫理はすでに実践されている。いまわれ
>われにとっての問題は、解体された共同体を再構成する倫理を見出すこ
>とではない。われわれの問題は、想像的共同体を支える倫理(サルトル
>=柄谷的な)が、われわれ自身を拘束し続けていることである。柄谷は
>言う、倫理は未来の他者に向かうべきだと。その通りである。だからこ
>そ、いま、われわれはこのサルトル=柄谷的倫理を捨て去らなくてはな
>らないのだ。



424 :考える名無しさん:2005/08/23(火) 16:21:33
               ,,,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,
             ,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;---、;:;:;:;:;:,,,
           /;;;;;;;;;;,-'''"     ゙'''ヽ;;;;;;ヽ
          /;;;;;;;;;'''           ヽ;;;;l
         /;;;;;;;;;'"             _ヽ、  【ちてきしょうがいしゃ】
         i';;;;;;;;;;;            ,,;;;;;;-=ヽ、
         |;;;;;;;;;;|  ,,,,,;;;;;;;;;-、    ‐'"゙_,,,,,,,_\
         |;;;;;;;;/ /-─'''''''"ヽ   "‐=二 ̄ヽ、  まちのにんきもの
         |;;;;;;|  '",,,-==‐ ヽ  " 、      ヽ
        ,┴、;|  ==ニ-‐'" ,    ヽ、     ゙i   ちてきといっても
        |l |ヽl        /l      .)\    i   
       \|lノl       /└-‐ヽ-‐'    ヽ   i  あたまがいいわけではない
         l、 ゙|      /   ,,---'ニ=メ i  .|
         ヽ-i      i'  /-l「ヽ┼+// ;;  /   このすれあらしたえらいひと
          ヽ、    ヽ=ヽ─++-''ノ    /、
           ,,,,\    ヽ  ゙‐─''''''"~    / ヾヽ、
        ,,-''''"   \               / ) 
              \ヽ、           / /
                \ ゙''ヽ 、,,,__,,;-'" /
                 ヽ、,,,       ,,‐"
                     ゙゙゙'''''''''''''''"~



425 :考える名無しさん:2005/08/23(火) 19:13:40
2chでくすぶっていたKuriharaさんは、ピエさんのおかげで2ch卒業を果たし
ブログデビューを果たせたので、これで良しとしましょう。

426 :考える名無しさん:2005/08/23(火) 19:14:16
KGVさんも似たような物だし。

427 :考える名無しさん:2005/08/23(火) 21:22:50
新刊! 『思想のケミストリー』















大沢真幸

428 :考える名無しさん:2005/08/24(水) 00:37:03
KGVは田舎の警備員ですからKuriharaさんに失礼かと。

429 :考える名無しさん:2005/08/25(木) 01:22:47
>2chでくすぶっていたKuriharaさんは、ピエさんのおかげで2ch卒業を果たし
>ブログデビューを果たせたので、これで良しとしましょう。
まじかよ

430 :考える名無しさん:2005/08/25(木) 04:11:41
KGVさんもKuriharaさんも、ピエさんの夫馬誤爆荒らしを受けて、2chを
去ったという経緯があります。

431 :KGV:2005/08/25(木) 12:12:43
オラ2ch去ってないずら。荒らし中ずら。

432 :考える名無しさん:2005/08/26(金) 15:24:36
http://girls.www.infoseek.co.jp/express/summerlove2005/interview/

433 :考える名無しさん:2005/08/26(金) 17:27:00
>>427
思想のケミストリーって変な題だね。
カタカナ使う必要も感じないし、
日本語に直したら直したで、何の変哲もないタイトル。

434 :考える名無しさん:2005/08/26(金) 17:37:53
ケミストリー(おかまチックなデュオ)の単純なファンなんじゃないの?

435 :考える名無しさん:2005/08/27(土) 19:55:08
うんこブロガー

栗原信義
http://d.hatena.ne.jp/kuriggen/
hizz
http://d.hatena.ne.jp/hizzz/

436 :まだやっているのか(藁:2005/08/27(土) 20:22:43
夫馬さん、他人の事なんかどうでもいいんだよ。
これ以上他人に迷惑かけないで、君自身がどうやって死んでこの世から消滅することができるのか
君はそれだけを考えてくれたまえよ
                        id:gerageragera=まだやっているのか

オマエとは確かに縁遠い世界だよ
オマエは指ケツノ穴にさしてシャブッテ、ひたすら嫉妬するしかないんだろう
↓    ↓      ↓      ↓
http://d.hatena.ne.jp/gerageragera/ ↓無職の引き篭もりのキモヲタの精神障害者フマ
        〜∞
    /⌒⌒ ̄ ̄ ̄\ 〜∞
  /           \   〜〜〜〜〜
  |     ____丿ノノ.__|  つ〜ん
  |    /U  ._)  ._)    プゥ〜ん
  |   |           (    〜〜〜
  | ノ(6   ∵ ( 。。) )  _______
        U    ) 3 .ノ  / ________
/  \ ヽ ,,_  U  ___,,ノ  / /
     \,,______,ノ \/ /  _____
                ./ /  /|
..              ./ /  ./ .|
  「殺人的ブスいないかなぁ?僕ちゃんブス大好き☆」


437 :考える名無しさん:2005/08/27(土) 20:26:00
うんこブロガー

栗原信義(職業:知的障害者 39歳)
http://d.hatena.ne.jp/kuriggen/


438 :考える名無しさん:2005/08/27(土) 22:18:32
> hizz
これ誰よ。

439 :考える名無しさん:2005/08/28(日) 00:41:19
http://creative.cside2.jp/kindai-daigakuin-nb/sosaku-hyoron/joyful/joyful.cgi


440 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 09:07:24
スガる秀実

441 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 09:54:28
で、hizzって誰?
NAM関係者?

442 :考える名無しさん:2005/08/31(水) 13:48:38
http://after-that.net/

132 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)