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神は存在する〜小さなヨハネの半生をめぐって〜

1 :無責任救世主イエス:2005/08/03(水) 06:50:53
「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思っては
 ならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。
 わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、
 娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が
 敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわ
 しくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしに
 ふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わな
 い者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者
 は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえって
 それを得るのである。」
 マタイ10章

「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと
 思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。
 今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人
 は三人と対立して分かれ るからである。父は子と、子は父と、
 母は娘と、娘は母と、しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、
 対立して分かれる。」
 ルカ12章

2 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/03(水) 07:47:02
ここにイエス彼に言ひ給ふ
『なんぢの剣をもとに収めよ、すべて剣をとる者は剣にて亡ぶるなり』

新約聖書 マタイによる福音書 二十六章 五十二節

3 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 08:12:19

十字軍

西欧キリスト教国側から見れば義軍で、
その戦闘は「聖戦」であったが、

東方正教会諸国やイスラム国側から見れば
「侵略軍」である点に留意する必要がある。

4 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 08:27:47
さあ、小さなヨハネさん、はやく弁解してください。
あなたはこうしたキリスト教を、
どこまで正当化するおつもりですか?
あなたの実存がいまここで試されてます。
あなたならきっと、ロウシよりは誠実な回答をされるはずです。
あるいは・・・限界が見えることになるのかもしれません。

5 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 08:40:50
キリスト教に限らず、宗教というものはすべて禍々しく好戦的な部分を
含んでいる。
仏教だろうと何だろうと、例外ではない。

6 :ハル:2005/08/03(水) 08:58:10
「クルアーン 第九十四章 張り広げる
さあ、汝の胸を張り広げてやった。
重荷を取り除けてやった。
背にのしかかっていた重い荷物を。
汝の名声を高々と掲げてやったぞ。

苦あれば必ず楽があるもの。
苦あれば必ず楽があるもの。

さ、手がすいたらば、つとめ励めよ。
ただひたすらに主を求めよ。」

アルアサー・リ・マン・アサー(歯向かう者には鞭)
これは世界的に必然だろう。

7 :ぬえ:2005/08/03(水) 12:00:49
宗教家は傲慢な人がおおいね。
自分の神が唯一の正義だと信じて、他の者まで巻き込み断罪しようとする。
正義なんて人の数だけあるのに。

8 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 12:44:07
>>7
乱暴な話宗教ってそういうもん
真理、正義を共有することにより団結ができるが
それを拒むものは自分達の生活を侵す恐れがある
だから潰す
言うなれば宗教が複数ある限り世界に平和は訪れない
真理はひとつしかないものだから複数の真理を共存させることはできないのだから

9 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 12:45:25
>>5
カルトでない仏教は一神教にくらべたら全然そんなことない
チベットにしろ、インドにしろ、けっこう粉々になってます
けっこう弱いものがある

10 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 12:49:54
むかしのチベットで仏教がもっていた権力とかしらないの?

11 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 12:52:36
>>10
しかしダライ・ラマの寛容な言葉なり、最近の活動を見ていると、
やっぱり寛大で洗練された、
合理的で精神性の高い宗教だなあと思う。

12 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 12:55:56
そりゃ、いまのダライ・ラマの個人的な資質でしょうが。

13 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 14:45:55
小さなヨハネがでてこないことにはどうしようもない。
もしでてきたらもりあがることになる。
私も時間がない。彼女にはまだ聞きたいことがいくつかあった。
彼女もまた、非キリスト者に対して聞きたいことがあるはずだ。
さあ、健全な場が用意されたはずです。
いまこそまた、対話がなされるべきです。
彼女による布教こそ開始されるべきです。
やはり、あなたの強烈な電波(オーラ)が発出されるべきです。
他の人では役不足です。
やはり、直感的に入り込んでしまってる人が持つ、
そういう独特のものがないと、真実は見えてきません。
あと、SYN氏のような人も必要です。

よろしくおねがいします。

14 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/03(水) 16:52:31
>>13
あんたがコテで仕切ればいいじゃん。

15 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/08/04(木) 00:02:06
恐れ多いスレッドを立ててくださいました・・・。

16 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:17:38
さあ、小さなヨハネさん、でてくださいました。
ほかのかたも、どんどん思いついたことをお書きください。

17 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:24:38
ヨハネって女だったの??

18 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:35:57
それはどうかな?
一体何人の人間が小さなヨハネの正体に気がついているのかな?

19 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/04(木) 00:54:10
では私も。よろしくお願いします。

20 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:56:09
>>15
あなたは、マリア・ワルトルタと関係があるんですか?
その名前のことです。


21 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 17:37:44
キリスト教もそれを絶対視しなければ、
いいことも書いてあると思う。
ただ、絶対視しないのは無理なことなんだろうなあ。
うーん残念。

これはイエス本人や愛うんぬんの問題というより、
信仰者のこれまでの実践に問題があったのだろう。

もちろんなかには素晴らしい人も居るだろうが、
そういう人というのは、その個人が素晴らしいのだろう。
マザー・テレサとか、ごく少数の自己実現と思う。
そういう素晴らしい人というのは、
信仰者以外にも見つければいくらでもいると思う。

世の中、良いところばかり見つめていれば、
いくらでも素晴らしい人、いい人というものはいるものだ。
それはありのままの信頼感だろう。

22 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 17:44:54

信仰という形式になってしまうと、
そこからむしろ遠ざかっていくことも大いにあるだろう。

自分にどこか無理している、よけい自分を信仰という行為、
それ自体に逃避してしまって、自分を省みる「ふり」に
なってしまい、自分を省みるチャンスをむしろ失わせること
になる。信仰まかせになってしまえば、それだけ自分に
甘くなってしまうことは大いに想像できる道理だろう。

教義ばかり詳しくて、いくらそれを語っても、
それは行為を信じているだけに形骸化することもありうる。

つねにいま自分のやっていること、これは愛だろうか、
これは愛だろうか、そう問い続けている人はいるだろうか。

日本の信仰者にそこまでのレベルの人はあまり見ないよう
に思う。すべて習慣にまかせて、すべてその集団での
社会性にまかせて、中身がおざなりになることもある。

小さなヨハネ、彼女もなにか信仰すること自体に自己陶酔
しているのかもしれない。それは演劇であり、宗教のもつ、
エロスであるのかもしれない。エロスのエネルギーを
信仰へとつぎこんでいく、そのエネルギーが膨大な神学の
言葉として、経典として、積み重なってきた。それは、
人間のエロスがいかに大きいものなのかを示すだろう。
それはどこでどのようにアガペーに昇華するのか。
それが問題である。

23 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/05(金) 03:13:02
私は「信仰」こそがすべての間違いだと思います。

良い教えを参考にするとしても、信仰するのではなく、
自分で判断し、行動し、責任を取ることが大切ではないでしょうか。
信仰による行動は、判断と責任の放棄に繋がり、最悪の事態を生じると思います。

私にとって神は盲目に信じるものではなく、認識し、感じるものです。

24 :考えろ人:2005/08/05(金) 16:14:51
>>23
認識し感じるというけど教義とかは関係ないの?
っていうかあなたは何教?

25 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/08/05(金) 21:53:27
>>20 :考える名無しさん :2005/08/04(木) 00:56:09
>>15
>あなたは、マリア・ワルトルタと関係があるんですか?
>その名前のことです。

おっしゃる通り、マリア・ワルトルタが主から「小さなヨハネ」と呼ばれた
のをそのまま拝借しました。そしてわたし自身の洗礼名もヨハネです。ヨハネ・
マリアと言います。(男ですが・・・。)

さて、書き込みをしたいのですが、仕事の関係で9月に二つ試験を受けなければ
なりません。ですから2CHはしばらくお休みします。それが終わったらまた
お会いしましょう。(ところでスレッド・タイトルの後半は消していただけ
れば在り難く。)好きでない勉強をするのも主から与えられた修行です。
それでは、皆さんに主の平和がありますように。

26 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/05(金) 22:54:47
>>24
感覚に教義は関係ないと思います。
今まで宗教に入ったことはありません。

27 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 05:18:49
前スレからコピペ

943 :考える名無しさん :2005/07/30(土) 18:07:39
神秘ということでいえばさ
霊や魂などというあるのかないのかわからないものを持ち出す必要すらなく、
目の前にある物質、自分を含めた生命というものも神秘ではある。
そんなことは哲学をやっている人間にとってはむしろ常識だよね。
物質の組成はわかっても、そもそも物質とか存在いうものが何であるのかって
考えたら、これはかなり不気味というか、なんでこんなものが
こんなふうなあり方であるのかってわからないですよ。
生命もそう。それを自己複製する有機物だと定義したところで、
生命とはそもそも何かっていう神秘は依然としてある。
しかし、おれはそれを神とは呼ばないんだよなあ。

神って言葉と「神意」っていうのがどこか自分の中でつながっている。
つまり自然の現象やこの現実というものに何者かの意志を感じたとき、
初めて神という言葉が自分の場合出てくると思う。
SYNやロウジはその辺どうなんだろ

28 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 05:19:44
946 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/07/30(土) 18:36:22
>>943
>しかし、おれはそれを神とは呼ばないんだよなあ。

私もそうでした。
対象物をそれぞれ別のものと認識している間は私もそんな感じだったと思います。

>神って言葉と「神意」っていうのがどこか自分の中でつながっている。
>つまり自然の現象やこの現実というものに何者かの意志を感じたとき、
>初めて神という言葉が自分の場合出てくると思う。

仰るとおりだと思います。



29 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 05:21:20
947 :考える名無しさん :2005/07/30(土) 19:58:20
>>946
>対象物をそれぞれ別のものと認識している間は私もそんな感じだったと思います。

なんだか曖昧な言い方だな。存在や宇宙全体が究極的には巨大な神秘だと
言うのはわかる。しかしそういう意味じゃないよな。それら存在全てを
貫く一つの意志・・物理学が夢見るような大統一原理に近いような・・
そういう啓示かなにかがあったと言いたいのかな

>>神って言葉と「神意」っていうのがどこか自分の中でつながっている。
>>つまり自然の現象やこの現実というものに何者かの意志を感じたとき、
>>初めて神という言葉が自分の場合出てくると思う。

>仰るとおりだと思います。

それで?あなたの感じた神の「意志」とはどういうものだったのですか?
意志という以上、何か目的を持ってある方向へ向かう人格に近い存在を
想定しなければならないと思うのだが、あなたは存在すべてが何かある目的を
持って存在しているという啓示を受けたという意味だろうか。
しかし、その目的とは何だろう?

SYNさん、この最後の質問にたいして何か「感覚」なり考えがありますか?

30 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/06(土) 08:23:30
横やり失礼。

>>29
>それで?あなたの感じた神の「意志」とはどういうものだったのですか?
>意志という以上、何か目的を持ってある方向へ向かう人格に近い存在を
>想定しなければならないと思うのだが

これがわからない。
まるで神には「意志」が必要かのような言い方だ。
そうでなきゃ神ではないような。

少なくとも、あなたと神とSYN氏の神は違う様だ。
あなたの神の定義を押し付けてはいけない。

31 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 10:51:42
>>30
定義を押し付けたいわけじゃないんだよ
ただ俺自身の感覚だけじゃなくて、一般的な言葉の使い方としてさ、
存在や宇宙の神秘=神っていうのはちょっと特殊な使い方じゃないかって
思ってさ。
俺個人の感覚だと「神意」と言うような、そこに目的や何か人格的な意志が介入する
イメージなんだが、そのイメージというか定義を押し付けようという
つもりはない。ただ>>28のコピペにあるように俺の神という言葉に感じる
ニュアンスに対して「仰るとおりだと思う」って言うから、それなら、
何かそういう「意志」を感じることがあるのかどうかって
聞いただけだよ。

SYN氏にとって神秘=神というのなら、べつにそれでいい。ただ彼は
そう言ってるわけでもないような気がしたから、じゃあ彼のいう神には
神秘にプラスアルファの何かがあるのか、あるとすればそれは「神意」の
ようなものでなく、どんなものなのか、それは「感覚」でもいいけど、
そういうものを聞いてみたかっただけなんだけどね。

32 :考えろ人:2005/08/06(土) 14:20:52
小さなヨハネは生粋のキリスト教信者で,
SYNは宗教に関係無く神の存在を感覚として捉えている者.
で,ロウシはどうなんだろ?
何かの宗教の信者なのか,神を感じている者なのか?
教えてもらえまいか?

33 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/06(土) 14:50:13
>>31
なるほどね。
それなら、ぼくの入り込む余地はないね。
すまなかった。

>>32
ぼくは無神論者だよ。
特定の宗教には属してないよ。
でも、聖書は旧約なり新約なり読んでみたし、禅にも興味があって禅の本も読んだ。

ぼくにとって神というのは感じるというよりは、ただ「いるんだな」という認識程度のこと。
何かの意思を感じるよりは、「ああ、なるほど、こうゆうふうになってるんだな」と思う程度。

こんな漠然とした回答だけどよかったかな?

34 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 15:59:07
どうもわからんな

>ぼくにとって神というのは感じるというよりは、ただ「いるんだな」という認識程度のこと。

これは有神論というほど積極的な信念はないにしろ、無神論者とは
違うんじゃないか?

それとこれはSYN氏にも言えることだが、神が「いるんだな」と「認識」する
って言う場合の「認識」って言葉だけど、なんか引っかかる。
たとえば霊感少女が「私は霊の存在を認識しています」って言っているのを
聞いてるような居心地の悪さに近いっていうかね。
「私は霊や神の存在を感じる」というのであれば、ああ貴方はそう感じるのだねって
話は終わるけど、認識というと、もうちょっと客観的な存在を知覚しているという
ニュアンスがあるね。ロウシ氏やSYN氏は神の存在を「認識する」というほど、
何か積極的な知覚なり啓示なり、あるいは哲学的な根拠なりがあってそういう
言葉を使うのか、あるいは霊感少女が霊の存在を認識しますって言ってしまうような
ただの個人的な感覚を指して使ってるのか、どっちなんだろうね?

35 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/06(土) 16:21:49
>>34
「3Dステレオグラム」をご存知でしょうか。それで例えると、
認識する前は、その画像をノイズとして見ていて、
認識した後は、其処に立体像を見る事ができる
という感じが近いかもしれません。

36 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/06(土) 16:48:22
>>35
そそ、そんな感じね。
だから、「見える」とか「信じる」とかそうゆんじゃなくって、
ただ「在る」ってかんじなのね。

>34
>これは有神論というほど積極的な信念はないにしろ、無神論者とは
>違うんじゃないか?
そう、むしろ消極的な有神論者と言えるかも。
でも、神というものに対してぼくはまだ模索中なのでね。

それと、「感じる」のか「認識」するのかって事だけど、
禅の公案でこんなのがある。

「洞山和尚、因みに僧問ふ、如何なるか是れ仏。山日く、麻三斤」

これは「麻三斤」ていう有名な公案なんだけど、
「仏はどこにでもいる。例えばこの麻が三斤あるがこれがそうだ」
てな感じ。

ぼくが答えられるのはこれくらいかな。



37 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 16:53:35
>>35

>>29の質問はスルーでしょうか
俺が聞きたかったのはその立体像をなぜ「神」と呼ぶのか、
あなたがその不可知な存在を「神」と呼ぶとき、その「神」という
言葉に持たせている意味なんだけども。

それは例えば「不可知なもの」「大いなる力」「宇宙全体を統括する未知のエネルギー」とでも
呼んでもいいのかどうか?その辺はどうですか?


38 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/06(土) 17:08:41
>>37
申し訳ありません。スルーしているというより、
慎重に答える必要があると思いまして、表現方法を思案しておりました。

ここで神の「意志」という言葉を使うのは、あまり適切ではないと思いますが、
人の個人の意志や集合的な意志も、その一部であることを感じているため、
そう呼ぶのが適切だと私は思っています。

あと、この「一部」が独立して存在しているのではなく、
すべてが連動しているという感覚や認識が重要かもしれません。

39 :考えろ人:2005/08/06(土) 18:17:24
>>36
「麻三斤」の話から行くとつまるところ,全ての物=神仏
と結論付けられてしまいそうだが,そう取っていいのかな?
>>38
すべてが連動しているという「すべて」とはこの世の事象全ての事なのか
それとも人の意思がということなのか?
うまく質問できてないがとにかく「すべて」の範囲をちょっと具体的に
教えて欲しい.

40 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/06(土) 18:40:54
>>39
全事象が含まれていると私は考えます。もちろん人以外の動物の意思も含まれています。

41 :考えろ人:2005/08/06(土) 18:45:35
>>40
なるほど.って事はいわゆる「偶然」は偶然でありえないし,
このスレだけの交わりであるオレとSYNも連動している
事になるのか.そしてその繋がりを掌握してるのが神だと?

42 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/06(土) 23:27:52
>>39
そそ、そゆこと。

>>41
例えば神のノートがあるとして、そこには全て書かれてる。
今までの事も、これからの事もね。
だから偶然なんてあり得ない。
なるようにしかならない。
ノートに不幸の人生と書かれているならそうであって、変えることは出来ない。
でも、誰もそのノートを読むことは無い。

43 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 02:08:43
たとえばサイコロを振り続けると、初めの出目はバラバラで
偏りがあったりするけど、
振る回数が増えていけばいくほど、それぞれ出目はだんだん六分の一に近づいていく。
1の目がなぜか他より多いってことがあっても良さそうだけど、そうは
ならず、振る数が増えれば増えるほど確立の法則が厳然と支配するわけだ。
これはなぜだろうと改めて考えてもよくわからない。
端的にそうなっているとしかいいようがない。

しかし確立の法則は何者かの「意志」だろうか?
もし「意志」だとしたら、それは何かある目的に向けた「意志」なのか?
それともそれは「盲目的な意志」なのか?

たとえば重力について考えてみよう。
重力をたとえば物と物とはお互いに引き合う「意志」を持っていると
表現することに意味はあるだろうか。
俺はこういった場合の意志という言葉の使い方は余計だと思うのだが。
なぜそれを端的に「力」と言わないのか。
SYN氏やロウシの言説への疑問はどうもその辺にあるようだ。

44 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/07(日) 09:57:23
>>43
あなたは理系なのかもしれない。
ぼくはプライベートでも何かしら書いたりしている生粋の文系だ。

確率を文学的に解釈するとすれば、それは公平という名の神の慈悲だ。
どんな生物にも寿命があるが、それも神の公平さを現している。
旧約聖書にあるヨブ記の様な、神の不条理もまた自然の不条理さに準える。

ぼくにとって自然=神というのであって、あなたとは表現方法が違っているだけだと思う。
ぼくは別に自然=力でも構わない。
ただ、ぼくは自然を端的に神と表現するに過ぎない。

45 ::2005/08/07(日) 15:18:38

神道は、日本列島に住む民族の間に
自然発生的に生まれ育った伝統的な信仰を基盤とし、
徐々に成立した日本固有の多神教である。

明確な教義はなく、森羅万象に神が宿ると考え、
ほかにも「天つ神」などを祀り、儀礼を重んじる。
「清浄」を第一とし、「性善説」に立つ。

天つ神とは、高天原から天降った神々である。
日本神話において、世界の始まりはこうなる。

46 ::2005/08/07(日) 15:19:18

日本書紀によると、
太古、天と地とは分かれておらず、互いに混ざり合って
混沌としていた。その中から、清浄なものが上昇して天となり、
重く濁ったものが大地となった。これが天地開闢である。
この天上世界は高天原と呼ばれる。

このとき、天地の中に「葦の芽」のようなものが生成された。
この三柱の神々が根源神で、これら神々には、性別がない。
これは古事記にも重なる。古事記によると、
高天原に相次いで、造化三神が生まれた。これら神々は、
やはり性別はなく、身を隠している。よって、表だって神話に
登場しない。だが、根元的な影響力を持つ特別な神で、
そのため別天つ神と呼ばれる。

47 ::2005/08/07(日) 15:20:18

こうして、
渾沌から天地がわかれ、性別のない神々が生まれたあと、
男女の区別のある男女一対の神々が生まれていく。
これら天つ神は高天原にいる。そこから天降る神々である。
これら神々の最後に生まれてきたのが、
2人の兄妹神、イザナキとイザナミである。

日本神話において、高天原と黄泉の国の中間に、
中つ国という世界がある。それは豊葦原中国とも呼ばれ、
神々の住む天上世界である高天原に対比して、
人間の住む地上世界である。
イザナキとイザナミは、中つ国に降り、そこで結婚して、
島々や神々を次々と生み出していった。
こうした地に現れる神々は天つ神と別に、国つ神と呼ばれる。

48 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/07(日) 15:24:05
>>43
>なぜそれを端的に「力」と言わないのか。

フォースでもいいと思います。
May the Force be with you.

49 :考えろ人:2005/08/07(日) 19:47:54
>>44
>ただ、ぼくは自然を端的に神と表現するに過ぎない。
何となく分かった気がする.けど分からない気もする.
あれかな.ロウシの神とは人間的な意思を持つものではないよね.
むしろ,この世界が今この形で成り立っている事そのものが
神的だと.
でも,オレ的にはこの世界はたまたま偶然この形だとも思える
んだよなあ.でも,この世界以外の世界のあり方は想像の範囲を
超えるから何とも言えないんだが.


50 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 00:09:03
自然を神と呼ぶのは一種の気取りやね。


51 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 14:33:07
唯物論に絶えられなくなった椰子が、自然や存在自体が神だと言ったり
するんだよな。

52 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 14:40:03
キリスト教の思い上がりに比べれば、ずっと正解に近い

53 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 00:01:02
現状のだらしない肯定という感じであまり好みじゃないな
なんというか、否定的契機というものに欠けている。

54 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/09(火) 02:48:20
>>51
私は唯物論者です。
唯物論、汎心論、決定論の三位一体の汎神論。何もかも合わせて「在りて在るもの」=YHWH。


55 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 03:21:13
>>53
否定すれば報われるわけでもない
キリスト教程度のものは契機にならない

56 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 03:22:58
おめでてーなw

57 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 03:44:45
キリスト教は人間に原罪があるという。
仏教は教義的にはよく知らないが、修行したりするじゃん?
どの教義が正しいとか間違ってるって言えないけど、
人間はそのままの自然状態じゃ何にせよ救われないっていう洞察という点では
正しいような気がするな。

58 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 04:10:51
>>57
キリスト教は修行してないから
自然状態よりも堕ちている可能性がある

59 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/09(火) 04:22:03
選ばれし者が暗黒面に堕ち、致命傷を負ったが最悪の形で復活した。
人にありもしない原罪を与え、偽りの神を信じさせ、科学を否定して、人を騙し続け、
民を殺戮し、文化を破壊し、世界を暗黒の時代に陥れた。

60 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 05:34:49
それって科学者や物理学会や医学会の事じゃん

61 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 05:40:23
神は昔の人の発明品だと思います。
存在しているかどうかを言えば。否でしょう。
哲学はその始めから神と言う仮定を極力排する事により発展して来ました。
その結果どうも存在しないらしいという予測が成立しています。
神が存在するとお考えの方はどうぞ宗教板へお帰り下さい。

62 ::2005/08/09(火) 05:55:25

宇宙は物理的に観測可能な物質的宇宙がその全体では
ない。それはさらに大きな宇宙を流れている有限の宇宙
であり、その大きな宇宙はさらにプロトスペースに形成
されている。物質的宇宙が大きな宇宙の構造のどのあたり
に位置しているかについては、膨張速度と銀河の分布に
現れる。

まずプロトスペースに卵形の輪郭が現れる。これが宇宙卵
である。この光の殻の内部で初発エネルギーは散在して
いるが、次第に分極化しはじめる。正と負のエネルギーが
宇宙卵の先と底に分離していく。これがプロトマターである。
分離して集まっていくことにより、宇宙卵の軸にそって
ポテンシャルの差が生じていく。こうして絶対の相対的な
側面が生まれる。光の殻の内外に差異があり、卵型の
両端にも差異がある。こうして二元性が現れた。

63 ::2005/08/09(火) 05:56:37

そして光の殻の内部の虚空に稲妻のような巨大な閃光が
走る。それにつづいて巨大な雷鳴、初源の音が鳴る。最初
の受精が起きた。この放電の作用によって、蓄積された
負のプロトマターが動き出し、対極へ向かう大きな柱となって
立ち上がる。それは卵型の先端部で散開し、内壁ぞいに
還流し、殻の底へとまた戻ってゆく。その柱の流れはひき
つづき卵形の半分、中央のところまで上昇するがそこで
エネルギーは尽き、柱はまた底部の負のエネルギーの溜まり
へと落ちていく。しかし一滴ほど残り、両極のあいだで均衡して
浮かんだ状態を保つ。プロトマターの流れがプロトスペース
において種付けしたといってもいい。ここから我々の知る
物質や時空間が出現できるようにしたのである。その巨大な
雷鳴の残響はいまだ殻のなかをこだまし、この音によって
生じた干渉パターン、潜在的な存在、それは事象マトリックス
と呼べるだろう。

64 ::2005/08/09(火) 05:58:23

この殻の中心に浮かんだ滴、ブラック=ホワイトホールは、
プロトマターの動きを反映する。それはひとつの源泉となり、
放射となり、流れを生み出し、さまざまな事象マトリックスを
満たしていく。これが卵の核だ。それはちょうどリンゴの種子
が一本の木をあらわすように、宇宙の全情報を凝縮し、
卵型構造に展開し顕現する。ミクロコスモスはマクロコスモス
を映し出す。種子と木。潜在的な絶対の反映と、顕在的な
相対的リアリティ。それは無限に入れ子かもしれない。

客観的リアリティは、事象マトリックスの脈動するフィールド
の充満した虚空からなっている。

65 ::2005/08/09(火) 06:32:20

いかにして私たちが、いわゆる客観的な物質的・非経験的
な世界から主観的な経験を獲得できるのか、つまり、主観性
がなぜ客観世界から生まれるのか。それは相対的な次元に
おいては、主体と客体の関係の相対的な解決は、特定の
タイプの「汎心論」によって捕捉されると主張することができる。
それは哲学においては、ライプニッツ、ホワイトヘッド、
チャーマーズらによって、様々な形式で語られてきた。

我々が経験する事象には必ず原因がある、という考えを、
因果律と呼ぶ。この原理は仏教では早くから知られており、
また、ドイツの哲学者、ショーペンハウアーによれば、我々の
有する世界像は、外部の事象を時間、空間、因果律の形式に
再構成することによって形成されるという。

66 :質問:2005/08/09(火) 10:40:30
天文学者はすぐ「宇宙は膨張している」って言うけどさあ、一体何が膨張してるわけ?物質の間隔?エネルギーの射程圏?空間?
「宇宙そのものだ」なんて意味のない答えはやめてね

67 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 11:47:34
>>66
宇宙論は、一番謎が多い分野だと思う。
まだまだころころ変わりうるところがある分野だから、
答えが出るなんて無粋なことは思わずに、
いろいろ想像してみるのもおもしろい。
それは色々な説があることからもわかると思う。

68 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 12:54:27
>>66
ずばり空間です。

69 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 12:55:47
>>66
つーかスレ違い。何で物理板か天文板で聞かないの?

70 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 13:26:01
>>66
宇宙の果てには何がある?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1108871993/
宇宙は自発的に誕生したのか?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1106327260/
宇宙ネタはここ。
けっこう面白い発想でてる。

71 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 17:26:43
既成宗教は何かと問題はあるが、まったく宗教的感性が欠けてる人間には
なりたくないな。


72 :ハル:2005/08/09(火) 17:32:49
信じるものが何もなくなったら人間おしまいですよ。

73 :ぬえ:2005/08/09(火) 18:15:40
66
宇宙が膨張してるって考えかぁ。
まあ、宇宙が誕生した時に光も誕生したわけだから、光が届く範囲しかまだ宇宙がないって考え方であり、だから宇宙は膨張してるんじゃないの?
まだまだ光は周りに広がってるんだから。
だから宇宙の大きさと宇宙の年令は比例するよ。
たしかそんなだったと思うよ。
違ってたらスマソ

74 :考えろ人:2005/08/09(火) 18:18:35
>>71
宗教的感性って何だ?
>>72
どうおしまいなんだ?

75 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 19:22:13
宗教的感性とは世界や宇宙が神秘だと感じる感性ですよ
逆に世俗的過ぎる意識は世界にたいする驚きが欠如していますね
哲学的な問いの根っこには宗教的な感性があると思います。

76 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 19:38:42
神=偶像

脳内お人形さんごっこ

77 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 21:11:10
>>74

   ∧ ∧     ┌─────────
  ( ´ー`)   < シラネーヨ
   \ <     └───/|────
    \.\______//
      \       /
       ∪∪ ̄∪∪

78 :ハル:2005/08/09(火) 21:16:06
>>77
ああ、知らない。

79 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 21:23:31
>>78
俺は75で充分だ。

80 :ハル:2005/08/09(火) 21:36:54
宗教的感性を妨げるものは人間の知性なり、とも言う。

81 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 05:59:35
>>68 ズバリ空間です
空間が膨張している事をどうやって測定したわけ?しかも宇宙全体をだぜ?俺が読んだ本には星間距離がどんどん離れていくからって書いてあったが空間そのものが膨張しているとは書いてなかった

82 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 09:14:31
http://goboy.sakura.ne.jp/page023.html

83 :考えろ人:2005/08/10(水) 12:24:51
宗教的感性に抗った人間が真実を見抜いて来た
側面もあると思うけど…地動説とか進化論とか
世界の有り様に興味を持つために何らかの感性が必要だとしても、
宗教的な感性では神秘さにひれ伏すだけで、
何も解明することはできないんじゃないかな


84 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 12:50:21
科学は科学で進歩していけばいいけど、
宗教は科学が起こるその前を問題としてるんだから。
科学では宗教的な問題は何も解明出来ない。



85 :考えろ人:2005/08/10(水) 13:08:24
宗教が科学を無視してるところも随分あると
思うんだけど、それはいいとして科学の立ち入れない
宗教によってしか解決できない問題って挙げてみてよ
具体性のある話がしたい

86 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 13:17:02
>85
生きる目的 世界の存在理由 死んだらどうなるか? 倫理や道徳の問題
などは少なくとも科学の領域ではないのではないでしょうか  

87 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/10(水) 13:21:01
科学を否定しないで肯定する宗教もあるので、
宗教と科学という枠で考えるのは良くないような気がします。
アインシュタインは神と科学を必要としていました。

88 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 18:43:19
愛ですよ。

89 : :2005/08/10(水) 18:58:16
科学というのは、論理的な思考や因果律に基づく考察をすること自体を指す言葉だと思うんですが。

哲学者は科学者ではないと考えている人が多いですか?そもそもsienceを科学とと訳した人が悪いと思うんだけれども。

それは置いておくにしても、神という概念は不可解若しくは非人為的で不可避的な現象(例:自然災害)を納得するために必要な道具だったんじゃないかな?

多くの人が科学的素養を身につけた現代においては、それは不要になったんじゃなかろうか?

と言ってみる。

90 :考えろ人:2005/08/11(木) 00:36:55
話していて思うことは,まず「宗教」と「宗教的感性」は
区分けするべきかと
勿論、宗教的感性の先に宗教が存在する事は間違い無いけど
宗教というのは宗教的感性を持つ者を満足させるために
都合良く組み立てられた理論体系だと思う
「この世界は神が存在するが如き神秘に満ちている、だから神が存在する」
っていう論法で神の存在を保証しているのが宗教だよね
そして悪い事にはその高次の存在である神ががこう言ってます、と
都合良く組み立てられた教義を押し付けてくる
宗教はそれがどんなに素晴らしくても一種の洗脳であり、思考する意思を
妨げる物に他ならないと思う
哲学者、科学者が下地に宗教的感性を持っていても構わないが、
その人達は洗脳される道を選ばないで、よりそれに対して考えを
深めていく人達であると思う.当然,思索・研究の結果,最初に
感じていた神秘を覆す結果を得たとしても,それが論理的帰結で
ある限り彼らはそれを受け入れるだろう.
ああ,何かうまく説明できてない.スマン.
とにかく世界を不思議に神秘的に思う「宗教的感性」を持つことは
構わないと思う
その先「神秘主義」に陥るか否かが宗教家になるか哲学者・科学者に
なるかの分岐という事かと

>>86
確かに挙げてもらった問題は科学では無いですね
ただ,だからといって宗教だけに委ねられるべき問題では無く
それこそ哲学者や思想家の領域の問題であるとも思います

91 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:16:41
宗教を信じて幸せになれるのであれば信じるのは大いに結構。
まあ人に迷惑をかける宗教はマズいけどな。


92 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 07:06:00
人間というのは物質的に豊かであるだけでは幸福にはなれない。
貧しいよりも豊かであるほうがいいに決まっているし、
科学の恩恵によって生活が昔より快適で利便になったことは間違いないが、
それで人類の幸福度が増したといえるだろうか。

原始時代みたいな生活をしてるよりは幸福度はグンと増したかな・・
痛みを麻酔でなくせるとか、けっこう凄いと思う。
あと社会システムの進歩というのも大きい。
不平等や虐待などがないほうが幸福に決まってる。

しかし全ての不平等がなくなり、貧しさも解消され、地上のユートピアが
完成したとき、人間は満ち足りた存在たりえるだろうか。自殺者が
いなくなるだろうか?
そうは思えない。なぜ物質的な好条件が整っただけでは人間は幸福に
なれないのか?そこのところをよく考えてみる必要がある。

93 :ハル:2005/08/11(木) 07:20:39
客観的認識は人間を過去に縛り付けて動けなくする可能性が高いために未来に対して生き生きと生きていくことが封じられてしまう。
生きるためには幻を信じることもある程度は必要だ。
今までの人間たちは夢という幻を客観で押さえつけてきた。
しかし現代ではそんなことをした結果、夢見ることのない無気力な人間が生まれ、世界はあまりにも無意味な世界に加速度的に変化している。
まさしく世界は事実に押しつぶされようとしている。
それに対する反撃が幻であり宗教なのであろう。

94 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 07:28:06
人はパンのみにて生きるものではない

俺はクリスチャンではないが、これは人間というものがどういう動物か、
なかなか鋭いとこ突いた言葉だと思うよ

95 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 07:36:49
キリスト教はあったほうが良いが、神が存在しないのは、科学的に明らか。

96 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 08:16:18
考えたくない面倒くさい考えたくない面倒くさい考えたくない面倒くさい
考えたくない面倒くさい考えたくない面倒くさい考えたくない面倒くさい
考えたくない面倒くさい考えたくない面倒くさい考えたくない面倒くさい

97 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 08:17:34
命令して操作して命令して操作して命令して操作して命令して操作して
命令して操作して命令して操作して命令して操作して命令して操作して
命令して操作して命令して操作して命令して操作して命令して操作して

98 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 09:15:07
そんなに怖がることないのにw

99 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 12:28:59
小さなヨハネの半生をめぐって言える事は

小さい。スレタイになるほどの人物ではないと思う。

100 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/11(木) 14:11:39
意識のプログラムコードを書き換えれば、どんな状況でも幸福になれます。
苦痛すら快楽に変換できます。

物質的、精神的な刺激は、そのため(意識を変える)の方法の一つに過ぎません。
幸福感など、肉体の生存プログラムに利用されているだけです。

101 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/11(木) 14:12:41
>>92
>>100
これは92さんへのレスです。


102 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/11(木) 14:14:54
>>93
そう悲観することはないと思います。
ある意味、映画やゲームは夢を超えて現実化している気がします。

103 :考えろ人:2005/08/11(木) 18:28:07
>>92
同意
物質面を豊かにしたのは科学
でもそれだけでは精神的に豊かになれるわけじゃない
そこで宗教が出てくるのだろうが、神という存在が
現代では絶対的な基盤たりえない以上、別のアプローチが
必要と思われ

>>93
主観は感情、客観は理性
確かに客観に強く囚われると自分の言いたい事も言えず
窮屈に感じるかもしれないが、集団を形成して生きていく
以上、客観は大事
もし客観を無視して主観だけで行動したら単なるエゴイスト
であり集団内に存在する事はできない
だからといって主観を捨てろを言うのでは無く、自分の
意志と周りをバランス良く保つために客観を用いればいいだけ
まあ言うのは簡単だけど…
…ちょっとズレたレスかも…スマン

>>100
SYNは神が云々というよりむしろ悟りを開いているのだな
もうちょっと分かり易く説明してくれると助かるが…

104 :めぐる ◆DQRrMWES1w :2005/08/11(木) 20:17:37
>>100
人間の感覚は、両極の概念があることではじめて物事の認識が可能になってい
ると思います。
闇がなければ光を認識できないように、下にいなければ上にはのぼれないよう
に、苦痛がなければ快楽も、不幸がなければ幸福もないと思います。

105 :めぐる ◆DQRrMWES1w :2005/08/12(金) 17:13:13
↑論点がずれてました。すみません。

106 :考える名無しさん:2005/08/13(土) 00:25:01
>>100
>意識のプログラムコードを書き換えれば、どんな状況でも幸福になれます。
>苦痛すら快楽に変換できます。
ここはちょっと92と噛み合ってないみたいだね。

下の2行は価値判断?

107 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/13(土) 00:49:32
>>103
>もうちょっと分かり易く説明してくれると助かるが…

幸福感というのは、外の世界の状態ではなく脳内の状態で決まります。
快適な生活で幸福感を感じるのは、その人が単にそのような意識回路になっているだけですが、
人によって個人差があり、条件がいろいろ違うので、こういう条件なら幸福だと決めることができません。
物質的な条件を求める人も、精神的な条件を求める人もいます。
実際には物質的な条件によって、それに対応した意識の状態が作られるので、どちらも精神的なものなのですが。

外部の状況に左右されず、脳内で幸福感を感じる状態を作る事は可能です。
ある人がたった一言言うだけで幸福感を感じる場合もありますし、
思い出の写真を見ることで、疑似体験的に脳内に幸福の状態を作る人もいるでしょう。
幸福というのは、結局どうやって脳のスイッチを入れるかということに過ぎません。

幸福を追求して行き着く先は、脳内に幸福感の無限ループを作って即死することだと思います。
ユートピアは存在しません。

108 :ロウシ ◆SRBroushi6 :2005/08/13(土) 01:08:47
一言だけだけど。

>>107
同意

109 :考える名無しさん:2005/08/13(土) 13:05:19
かといってマトリクスの脳内幻想マシーンみたく、脳内だけの世界で
甘い夢を見て一生を終えるのもイヤだな
マトリクス内に入ってしまえば、それが現実か幻想かの区別は
原理的につかないことはわかる。しかし、今、その選択肢が
目の前にあったとき、自分はそういう人生を送りたいとは思わん。
それはなぜなのか。人間の幸福の追求には「真実」と接触していたいという
欲求も含まれるからだろう。脳内だけの幸福感は、原理的に「リアル」との
区別がつかないとしても「真実」とは違うと思う。
宗教的情熱にはこの「真実」の探求が関係してるんじゃないか。

110 :考える名無しさん:2005/08/13(土) 15:29:29
唯一の真理 ローマカトリック教会
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1123912686/

111 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/13(土) 23:29:20
>>109
>甘い夢を見て一生を終えるのもイヤだな

それがイヤに思えるのは、現在の貴方の幸福感を得る条件が、それと違うからでしょう。
ですが、脳内の状態が変われ(変えられたりも含む)ば、自らそれを望むこともありえるでしょう。

>人間の幸福の追求には「真実」と接触していたいという欲求も含まれるからだろう。

その真実の探求をしようと思うこと自体が、幸福感を感じる意識の回路によるものだと思います。
なぜそのようなものに価値を感じてしまうのかは、本当はわからない方がいいのかもしれません。

スイッチを変えてしまえば、どんなものであろうと、それが最上の幸福になり、他は考えられなくなるでしょう。

112 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 22:32:17
>>111
あなたは今、目の前に脳内人生体験マシーンがあったとして、
それを使えばどんな夢もお望みのままだとしたら
自らの脳に使用しようと思っているのだろうか。
もしそうでないとしたら、なぜそうではないのでしょう?
それはあなたなりの価値観なり幸福感なのでしょうが、
それはがどういうものなのか逆に聞いてみたい気がしますね

113 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/15(月) 04:47:14
>>112
>もしそうでないとしたら、なぜそうではないのでしょう?

自分が望んだものが、今の自分であるからです。
私にとってこれ以上の幸福はありませんし、これ以上を望むつもりもありません。
神に感謝するのみです。

114 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 06:20:01
世界は巨大な謎である。
神はその謎への答えである。


115 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 11:39:09
>>113
自分だけの脳内自己満足で幸福感を持てる人はそれでいいでしょう。
しかしこの世界には苦悩が満ち溢れています。
それは人為的に引き起こされもする現実の苦悩です。
脳内の感覚をいじることで苦悩を感じることをなくすことは
現実の悪を放置したまま、脳内に引きこもるのと同じことです。
そこに救済はないでしょう



116 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 13:13:12
脳内以外のどこに苦痛が存在するのかな?

117 :ぬえ:2005/08/15(月) 13:24:13
115
ぷげらw
一言だけお願いね…
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚etc…
全部脳内だよw


118 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/15(月) 13:53:14
>>115
ある意味、我々は既に地上にユートピアを作ったと思います。局所的ですが。
そして出来上がったものが「ニート」。彼等は「天国」に住んでいるのだと思います。

119 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 14:01:16
>>116>>117
痛みや苦しみを感じるのは脳内であるのは自明でしょう。
しかしそういう苦悩をもたらすものは外側の現実にあるってことです。
脳内の状態を変化させることで全て事足れりとするのは本末転倒でしょう。

あなた方は自分の子供が快楽殺人の犠牲になろうとしてるときに、何もせずに
自分の脳内の状態を変えることで幸福感を得ようとするのでしょうか?

120 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 14:25:02
苦悩をもたらすのは外部の現実ではなく
その現実を生み出す人間の脳内にある妄想
妄想とは主客の区別のできない人間の
客観に対する怯えであり、幸福感を求める邪心であり
それらの客観にのみ込まれ不幸感覚に変質した主観もどきが
社会に対してさらなる妄想的既成事実をつぎつぎに生み出し
不幸の連鎖を引き起こす
そして、その現象の根源が幸福感だけを求める宗教にあり
その宗教を生み出す人間の主客に対する無分別にある。

121 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/16(火) 00:42:53
>>119
快楽殺人のようなケースは極稀でしょう。
そういう極端な例で話しているのではないと思います。

平和な日本で、物質的にも、文化的精神的にも恵まれているのに、
「幸福」を感じていない人間がいるということが問題ではなかったでしょうか。

122 :ヾ( ゚∀゚)ノ゙:2005/08/17(水) 16:55:53
幸福を感じるか否かは脳内の状態に依存する、というのは同意します。

ただ、自分が幸福か否かを判断する基準は、個人の経験、つまり外部からの刺激や、外部と自分との相対化によって得られるものだと思います。

そこは分けて考える可きかと思いますが如何でしょうか?

123 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/18(木) 03:06:37
>>122
何に幸福を感じるようになるかという意識回路の作成には、
外部からの作用によるトリガーが必要ということでしょうか?
それならば、全く同意です。

124 :ヾ( ゚∀゚)ノ゙:2005/08/18(木) 18:24:40
>>SYNさん

ご指摘の通りの理解で宜しいかと存じます。
119さんが言いたかったことも、明記してはありませんが同じことではなかったかと思い、書き込ませていただきました。

ただ、私自身不明なのは、例えば自分が好きになる相手の顔が世間一般でブスとされるような場合、つまり極めて個人的な嗜好というものは、経験を通して獲得したものではないような気がしてなりません。

先天的、という表現が適当かどうかわかりませんが、そういったものは神秘、つまり神の摂理に依っている、とする宗教人の思想に対し明確なアンチテーゼを示せません。

125 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 20:37:56
で、何?
結局幸福感ってのはどうすれば得られるわけ?
幸福感も意識も脳内で作られるのは当然だけど
そこで話終わりにされてもどうしようもないじゃん

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