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★■●♪中南米古代文明総合スレッド♪●■★

1 :◆rDhngbng2E :03/02/26 23:39
中南米の文明や文化について語れ。
質問はトラメメに答えさせようw
今度は滅ぼすなよ。

関連スレ
アステカスレ
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1016765560/
南北アメリカ史総合スレ
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1029901831/
関連サイト(質問回答はこのサイトにまとめてある)
http://ymf724.cool.ne.jp/

2 :◆rDhngbng2E :03/02/26 23:40
というわけで俺は立て逃げするから。

3 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/26 23:44
>>1 水さん
新スレおめでとうございます。
そう言わずにまた興味深いお話を聞かせて下さい(笑)

4 :世界@名無史さん:03/02/26 23:53
ttp://www.shinchosha.co.jp/geishin/index.html
芸術新潮
特集
現地特別取材
よみがえる王たちの物語
古代マヤの扉をひらく

5 :◆rDhngbng2E :03/02/26 23:59
>>3
スマソだが諸事情あって来れなそう。
愕然とする事実を知ってしまった・・・
マジで驚いた。みんなに言いたいけどとてもいえない事実w
と、謎を含めたままさようなら。

6 :◆rDhngbng2E :03/02/27 00:02
このままいなくなるのも不本意だ。
とりあえず話題を出しとくか。
>>4のマヤ文明。俺はよく知らないんだがどの都市が一番でかかったんだろう?

7 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/27 00:03
>>5
そう言われると凄く気になりますね…(笑)

8 :◆rDhngbng2E :03/02/27 00:21
>>7
ヒントは・・・アステカスレを解析すれば解る。
管理者じゃないと無理なレベルだが。

9 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/27 00:25
>>6
6〜10世紀の古典期後期には、ティカルが最大の都市だったようですね。
ただ、資料によってはチチェンイッツァが最大と書いてあるものもありますので、詳しい方説明して頂けると有難いです。

10 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/27 00:30
>>8
あ〜…何かピンと来た様な気がします…。
誰なんだろう…(汗)


11 :◆rDhngbng2E :03/02/27 00:36
>>9
ティカルはよく知らないがチチェン・イツァはでかいみたいだ。
遺跡の規模ならチチェン・イツァが一番だとか読んだ覚えがあるな。
新しいエリアが発見されたとかだったかな。

12 :◆rDhngbng2E :03/02/27 00:39
>>10
それ以上はオフレコでおながいしますw
今度こそさようなら。

13 :世界@名無史さん:03/02/27 17:49
ttp://www.bunshun.co.jp/search/html/7/66/12/4167661284.html
蛇神降臨記
スティーブ・オルテン 野村 芳夫・訳
文春文庫

ピラミッド、ナスカの地上絵、ストーンヘンジ……古代の遺跡に謎が多いことは
よく知られています。どうやってかくも巨大な石を運び、巨大な絵を描き、緻密に
石を組み上げることができたのか?さらに奇妙なのは、いずれの遺跡にも高度な
天文学の知識がうかがえることで……。
そんな遺跡の謎を織り込んで作り上げられたのが本書。マヤの古代暦が予言する
人類の破滅二〇一二年冬至(これは事実)を目前に、壮大なスケールで描かれる
パニック・スペクタクル巨編です。

14 :とてた:03/02/27 23:44
>>水さん
おお、新しい太陽が。

マヤですか…一応、「ユカタン南部から北部へ」という発展・文化伝播をした、とされていますが、
必ずしもそうじゃないそうですね。
>>13
トンデモネタミステリーでしょうか。

15 :ハラチ・ウィニク:03/02/28 11:31
アステカスレ、楽しみにロムっていましたが、残念です。トラメメさんがここに復帰して
くださることを期待しつつ、初めてのカキコをさせていただきます。
私はル・クレジオ(原訳)の『マヤ神話 −チラム・バラムの予言−』を読み、マヤ文明に興味を
持ちました。ハンドルネームのハラチ・ウィニク(Halach Uinic)はマヤの最高首領で「真実の人」
を意味しています。(ちょっとずうずうしいですかね) 最近、世界史板に来たばかりなので、
以前に、マヤ文明について詳しく書かれた方がいらしたかどうかわかりませんが、ル・クレジオの
翻訳書の中から、「マヤ族の暦と時間」について考察してみたいと思います。でもその前に、
ル・クレジオの序文の冒頭部分(美しい文章なので、私はすっかり魅せられてしまったのですが)
を少し転載させていただきます。

「真実の書物は魔術的なものである。それらは時のはるかかなたの外れから、濃い影となり、
石碑のような姿となってやってくる。まるで夢の中、忘却のさまざまな黒い流れの間(はざま)で
書かれたように、多くの象徴や記号を背負っている。なぜならばそれらは、一民族がふたたび睡りに
戻る前に見た夢であるからであり、書物の頁に書かれたものは、たとえその夢が終りを告げたとしても、
なかば消えかかった謎の言葉として、われわれの手もとに届き、言語の始原の奥底で鳴り響いて、
とても有り得べきものとは思われない、時の他の外れについて語り続けるからである。」

16 :ハラチ・ウィニク:03/02/28 11:32
マヤの暦は、人類が生み出した中で最も正確なもののひとつ(ヨーロッパに普及していたグレゴリオ暦以上に)
と言われていますが、それは、太陽と月と金星のの軌道を観察することによって案出されたものです。
各月は20日で成り立っています。20日の呼び名はそれぞれ神か英雄の名を持っていました。
以下にあげておきます。

カン チクチャン キミ マニク ラマト ムルク オク チュエン エブ ベン
ヒシュ メン キブ カバン エツナブ カワク アハウ イミシュ イク アクバル

20日の月が18ヶ月で360日を1年(トゥン)とし、それに「シュマ・カバ・キノブ」という名の無い5日、
または新年に先立つために一年の母を意味する「ウ・ナ・ハブ」と呼ばれる日々が加わっています。
さらに20トゥンが1カトゥン、20カトゥンが1バクトゥン、20バクトゥンが1ピクトゥン、20ピクトゥンが
1カラブトゥン、20カラブトゥンが1キンチルトゥン・・・と続きます。

「チラム(Chilam またはチラン Chilan)」は、「神の代弁者」を表しています。すなわちチラムは
すべての民に尊崇される最高神官であったのです。ル・クレジオが翻訳した『チラム・バラムの予言』は
マヤ族の最後の、かつ最も偉大な予言者といわれたチラム・バラムの言葉を記したものです。
バラム(Balam)とはジャガーという意味もありますが、ユカタンにはよくある家族名なのだそうです。
バラムは15世紀の最後の10年間から16世紀までチラムの職にあった予言者です。

17 :ハラチ・ウィニク:03/02/28 11:32
この予言書の特徴は、独特の宗教観、「宿命論」とでも言うべき歴史観が根底にあることです。
「日」がそれぞれ神か英雄の名を持っていることを前に書きましたが、「月」も「年」もそれぞれに名を
持っています。さらに重要なのが20年を表す「カトゥン」です。
『チラム・バラムの予言』には、『カトゥンの予言』と呼ばれるものがあります。驚くべきことに、
ここには異民族の侵入によって滅ぼされる運命が書かれています。冒頭部分を少しだけ転載します。

カトゥンの予言(二の巻) 「第1のカトゥン」
カトゥン11アハウ、異民族がこの国に居を定めたとき。
11アハウはカトゥンの順序の初めであり、最初のカトゥンである。
イチカンシホは、異民族がやってきたとき、カトゥンの本陣であった。太陽の息子たち、東から来た
髭のはえた人々が、われわれの国にやってきたとき、その髭は赤かった。それは「五月の花(プルメリア)」
の時代の初めにおける大地の異民族、白い人間たち、赤い人間たちであった。
ああ、イツァの民よ! 準備せよ! 天から白い顔、白い肌の若者が来たのだ。<すっくと伸びた樹>白い
ワオム・チェが天から降りようとしている。彼らはやってくる、一叫びの距離、一レグアの距離にいる。
汝らは新しい日の夜明けを見るだろう。汝らはそれを告げる兆(しるし)を見るだろう。
ああ! ともに泣こう。なぜならば彼らはやってきたのだから。石を集める多くの人々、木を集める
多くの人々、白いイブテエルたちが来るだろう。彼らの腕の先から火が炸裂するだろう。彼らは多くの
毒を持ち、多くの首領を首吊るためにやってくるだろう。

スペイン人によって征服されたとき、マヤ人は抵抗をしませんでした。それは「カトゥンの予言」によって
民族の運命を知っていたからであると言われています。マヤ人の従順さは、従容として死に赴くものの
威厳に満ちているのです。しかし、スペイン人を不安にさせたのは、マヤの神話が、キリスト教と多くの
共通点を持っていたことでした。これについては、日を改めて書きたいと思います。
まとまらない文章なのに長文の書き込みで失礼しました。

18 :簡単WEBアルバイト募集:03/02/28 11:37
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19 :とてた:03/03/01 00:41
>>ハラチ・ウィニク さん
おお、マヤが専門ですか!よろしくお願いします。
僕は新大陸の神々では「チャック」が好きなので…マストドンに違いないと思ってたり。

マヤのカレンダーって、かなり前(5000年前?)の「日付」からはじまってるんですよね。
とはいえ、計算が苦手だから、西暦換算とかが出来なかったり。文字は難しいし…。

20 :ハラチ・ウィニク:03/03/01 01:22
>>19 とてたさん
マヤが専門ではないですよ。現代フランス文学が好きなだけで、歴史を勉強したわけでもないですから。
私が自分で買った本はル・クレジオの『マヤ神話 −チラム・バラムの予言−』だけです。
でも、亡父の蔵書にマヤ関係の本が多数あったもの(よく旅行をしていたし、マヤには特に興味を
持っていたようです)を、全部持って来たので、いつのまにか私も嵌ってしまったようです。
まだあまり読み込んでいないのですが、これを機会に少しずつ読んでみたいと思っています。
アステカやインカ帝国に関する本も何冊かあります。

マヤの暦は、9万6千年に1日の誤差しかないそうですから、驚異的ですね!
太陽の実際の周期は、365.2422日、ユリウス暦では365.2500日、グレゴリオ暦では365.2425日、それが
マヤ暦では365.2421日だそうです。
でも、マヤの暦がいつから始まっているか、その基点については、いろいろな説があるようですね。
紀元前3113年とする説(エリック・トンプソン)や、紀元前3373年9月22日(ジーゼルドルフ)とする
説があるようです。後者の説は面白いです。紀元前3373年9月22日は秋分の日にあたり、この日には
日蝕が起きているそうです。この現象をロングカウントの基点にしたということは、マヤの神官たちが
いかに天文に詳しかったかを物語っているといわれています。基点がどちらであったにしろ、1日の
誤差が廻って来るのはあと9万年以上先のことになります。でも、基点がわかっていない暦に記された
予言を根拠に、2012年を人類の破滅の時とするのは、やはり「トンデモネタミステリー」ですね。

21 :とてた:03/03/01 11:26
>>ハラチ・ウィニクさん
おお、うらやましい環境ですね…僕はよくいってた図書館が「閉鎖」されたので、
新規知識の導入が滞っています……専門知識が無いと、ネタスレで書けない(泣)。

えらい古い時代が紀元なんですよね…オルメカ以前のような。
「日食」なんてその後も何回もあったでしょうに。
暦が正確なのは、高緯度地帯のように「四季」がはっきりしないから、逆に数学的に追求できたからかもしれませんね。

22 :ハラチ・ウィニク:03/03/01 23:48
>>21 とてたさん、レス遅くなってすみません。
>「日食」なんてその後も何回もあったでしょうに。

ところが、そうでもないんですよ。秋分の日に日蝕が起こるのは、計算によると、10万年に1度だけなのだそうです。
(本当でしょうか?)この日を基点にしているから、誤差は約10万年に1日という精度になるらしいです。
計算方法を読んでも、私にはさっぱりわからないんですが、ロングカウントの基点を紀元前3373年9月22日とする説は
キリグアの遺跡の石碑にあった日付、"4 Ahau 8 Cumhu" を金星暦で逆算した結果、出たものだということです。
いくつかの本に計算方法等が書いてありますが、(車輪とか歯車の図も頻繁にでてきます)私も計算は弱いので、
見ているだけでくらくらして、とても転載する気力はありません(笑)。

23 :とてた:03/03/02 10:09
>>ハラチ・ウィニクさん
いえいえ、気にせんとってください。

あ、そうか…「ユカタンで秋分の日の日食」だったらかなり少なくなりますね…。

暦の車輪、僕もよくわからないです…「十干十二支みたいなモノ」とかいわれても、
「そうかいな」レベル…(汗)。

24 :世界@名無史さん:03/03/04 17:21
マヤ文字入門という本が出版されたという情報を入手したので、世界史板の
みんなにこっそり教えるよ。太陽書房って、民明書房チックでいいなw

以下コピペ

これまでマヤ文字の解読といえば不可能といわれてきましたが、多くの学者達の努力に
よって解読がかなり進んできました。

日本におけるマヤ文字の研究は一般の人が知ることが難しい分野でしたが、このたび日本
においてもようやく一般の方が読める入門書が刊行されました。
マヤ文字入門 太陽書房刊 山瀬暢士著 1890円
http://www.taiyo-g.com/shousai40.html

これを機会に日本における中米古代史への関心が深まればよいと思います。

本書は太陽書房という直販専門出版社からの販売になっています。
http://www.taiyo-g.com/

950 0851
新潟県新潟市新石山1・9・3
有限会社太陽書房

25 :世界@名無史さん:03/03/04 20:43
テオティワカン

26 :とてた:03/03/04 21:44
>>24
・・・難しそうな本ですね。

厨な僕じゃ、一般書でも苦労してます…。

27 :ハラチ・ウィニク:03/03/06 16:23
お久しぶりです。このところ、少し忙しくて書き込めませんでしたが、マヤ関係の書籍は、少しずつ読み進んでいます。
今日はマヤ暦の計算の基になっていた天文観測の方法について書いてみたいと思います。
グアテマラ北部の辺境ウアハクトン(Uaxactun)にあるマヤ古王国の廃墟は、発見された遺跡のなかでも最も古いものの
ひとつであるといわれています。1924年、このピラミッド(E-VIII)の調査を行ったカーネギー研究所の第7次調査で、
フランシス・ブロムが驚くべき報告をしています。

ピラミッド(E-VIII)と広場を隔てて、3つの神殿が並んでいるそうですが、、このピラミッドと神殿は、そのままで
天文観測の設備であることが判明したというのです。広場のピラミッド寄りには、1本の石柱が立っていますが、
ピラミッドの中段に立って、等間隔に並んだ3つの神殿を眺めると、真ん中の神殿を軸に、それぞれが24度の角度に
位置していることがわかります。春分の日、ピラミッドの中段から神殿の方角を見ると、太陽は中央の神殿の真後ろ
から昇り、夏至には太陽は向かって左側の神殿の左の端から昇ります。秋分の日には、再び中央の神殿の真後ろから、
そして冬至の日は右側の神殿の右の端から太陽が昇るのを観測できるといいます。
マヤの神官たちは、このような天文観測によって一年の周期を確実に知り、密林の伐採、焼畑、種まき、収穫の時期を
教え、儀式を司っていたのでしょう。この観測の基点となる石柱には、これをつくったときの日付が記されている
そうですが、それは「紀元前235年」を示す数字だということです。

28 :とてた:03/03/06 22:02
>>ハラチ・ウィニクさん
「天文台」の神殿ですね…「肉眼」で観測してたんですから、驚きです。

29 :世界@名無史さん:03/03/07 05:45
貴重なメソアメリカ文明スレだから、英語苦手でも使える(見ればわかる)ソースを
いくつか貼っとくぞ。

ドレスデン絵文書
http://www.archaeoastronomie.de/codex/cdstart.htm
jpgファイル。カラーで全ページ見れる。ダウンしてIrfanか何かで適当に色補正して鑑賞。

ラビット・イン・ザ・ムーン
http://www.azteccalendar.com/calendar.html
一般向けサイト。有名な故リンダ・シーラ博士の転写した基本的なマヤ文字
(暦、王名など)がダウンできる。(残念ながら更新はストップしてる)

マヤ暦換算ソフト Maya Calendar
http://www.xoc.net/maya/
アマチュアのサイトだが上のソフトの無料トライアル版がダウンできる他に
写真やリンクなど多数。

そのMaya Calendar だと本日2003/3/7は 13イミシュ14カイェブ
の日になるそうだが(584285基準で)、アステカ暦だとどうなるんだっけか?
と思ってこの↓サイトに行ったが、ここの暦換算表は換算してほしい日付
を入力しても反応しない。
http://www.azteccalendar.com/calendar.html
漏れの環境がヘタってるだけなのか(JavaScriptとかの関係で)、それとも
むこうのサイトが死んでるのか? どなたか暇な香具師試してくだされ。





30 :世界@名無史さん:03/03/07 05:51
>>29
スマソ。ラビット・イン・ザ・ムーンのアドレスが間違ってた。(アステカ暦のサイトになってた)
正しいリンクは、
Rabbit In The Moon
http://www.halfmoon.org/index.html



31 :世界@名無史さん:03/03/07 12:56
つい2,3年前のことだそうですが、
ワスカラン国立公園内のヤンガヌーコというところで
先スペイン期の大規模な金鉱跡発見されたそうですね。


32 :とてた:03/03/07 22:20
>>29
わー、ありがとうございます!

コデックス、イイです!

…絵しかわからないです。

33 :世界@名無史さん:03/03/08 11:17
過去ログ未読で飛び入り参加スマソ。
世界でも珍しい湖上都市・テノチティラトンの「規模と都市としての性格」にかんす
る疑問です。

テスココ湖はいまや埋め立てられ、遺跡ともどもメキシコシティの土の下だそうで
すが(ゆえに湖の面積もわからないようです。琵琶湖よりは大きいのでしょうか?)、
そこに立てられた都市テノチティラトンが巨大な神殿をもつ石造巨大都市だったこと
はスペイン人が記録に残しています。一般的に、人口は30万人といわれています。

しかし、これはあくまでも建物の数や規模からの試算であって、実際には8万人が
(当時の生産力からみて)限界だったはず、という説もあるようです。
私は合理的かつ常識的にみて、8万人上限説が、正しいはずだと考えています。

じっさい、古代エジプトや中国文明導入以前の弥生文明(それでも、のべ数十万人の
労働力を要したと試算される、巨大な古墳を構築していた)と同程度の、組織化が
いまだ単純だったアステカが、30万人の非農業人口を一箇所に、しかも塩湖の上
の人工島に集住させるとなると、上下水道、食料や日用品の流通、さらに都市行政
など考えても、技術的に困難だったように思われます。

モヘンジョ・ダロは、優れた上下水道施設と見事な区画整理を行った都市ながら、
人口は2万人程度。古代世界最大の都市ローマにしろ洛陽にしろ、高度に世俗化した
分業社会がなくては、数十万人規模の人口を、都市に提供することはできませんでし
た。
いいかえれば、王権・神権による祭事・行政センターであるテノチティラトンは、人
口規模の必要性をはるかに上回る建築物をもっていたのだろう、ということです。

早い話が、古代王権が建設したセンターとしての都市の規模は、かならずしも住
民の非農業経済活動の規模を反映したものではない、と考えるのですがどうでし
ょう? ピョンヤンの大モニュメント建築をみても思い半ばではありませんか。

むろん相応の文明はあったとはいえ、巨大建築の数だけから人口を算出するのは、
古代的性格をもつ社会の性格を、勘案しない発想ではないかと考えます。

34 :世界@名無史さん:03/03/08 11:47
>>33
祭祀センターの常住人口は都市の規模では計れないというのはその通りだろう。
しかし8cのテオティワカンの人口が12万5千という推定があるな。これは住居跡
(邸宅、工房、平民の長屋)から綿密に再構成した数値でかなり信頼性が高いと
いわれてる。テノチティトランの場合は指摘のようにメキシコシティになってしまった
のでこういう復元は不可能だが、テオティワカンより大規模だったことは間違いない
から、8万人というのは推定としては低すぎるんじゃないか?チナンパの生産性は
非常に高かったようだし、15万くらいあってもおかしくないと思われ。



35 :世界@名無史さん:03/03/08 12:31
>>34
33です。レスありがd
なるほど、テオティワカンが12万5000人なら、15万人までは可能な範囲ですね
奈良時代の日本は、人口500万人〜600万人で、おそらくアステカとほぼ同規模。
そして奈良朝の首都・平城京の人口は15万人から20万人程度と推定されます。
ここで、ふと疑問がわいてきました。そもそも中南米の都市は、我々の都市の
定義があてはまるものなのでしょうか? これはギリシア・ローマ以外の古代
文明の都市には、共通していえることですが…

つまり、都市生活者が世俗化し、部族制度や氏族制度と、いったん切り離されて
経済活動に従事する場としての都市ではなかったのでは?、という疑問です。
テノチティラトンは、支配者氏族であるアステカ族の集住する巨大な集落という
性格が、色濃い気もします。都市の経済活動が、世俗化した市民生活者を大量に
提供していた、という事実がみられないことに、特異な性格を感じるのです。
かれらも生活必需品の軽工業くらいは準備していたでしょうが、神権や王権とは
別個に、富の蓄積を背景にした、流通や物産の権益を掌握した資産家がうまれ、その
経済活動を中心に世俗化した娯楽や芸術や学術などの文化活動がうまれ、それが社会
発展のダイナミズムを支えていく、という痕跡はかけらも感じられません。
それが西欧近代文明を前に、崩壊を余儀なくされた文明の共通した弱点であるといえ
ば、それまでかもしれませんが…

ともあれ、人口については、やはり最盛期でも15万人は越えられないだろうとは、
いまだに思っています。人口をそこまで集中させたのも、おそらく軍事的・政治的な
必要性であって、経済的理由はほとんどなかったのでは?

36 :とてた:03/03/08 18:23
>>35
たしかテノティテトランには、水道があったと思います。
トラメメさんからの受け売り(…実が無い自分)ですが、
アステカ族は商業も盛んだったようですよ(支配地からの貢もので、「消費都市」でしたし)。

けど、マヤとかは「神殿都市」の傾向が大きいですよね。

37 :34:03/03/08 22:34
アステカの連中は最初テスココ湖の淡水の入り江を堤防でかこって入植してたん
だよな。それから徐々に湖の中央へ埋め立ててチナンパを作っていったわけだろう。
それだったら水道も設備できただろうな。 

それはそうとトラメメはHPをやってて健在のようだが、「水」はほんとに引退しち
まったのかね?


38 :とてた:03/03/09 20:17
>>37
水さん、少なくとも世界史板では見ないですね(僕はニュー速板はいかないので)…。

いつかかえってくることを信じてますが…。

39 :山崎渉:03/03/13 13:09
(^^)

40 :サルゴン大王 ◆rCdB1iVsLc :03/03/13 22:46
マヤ文明崩壊は3度の大干ばつが原因か
http://www.zakzak.co.jp/top/t-2003_03/3t2003031329.html

関連スレッド
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1047561762/


10年近くも旱魃が続いたら大変でしょうなあ・・・。

41 :とてた:03/03/15 00:47
>>40
天水だけじゃなく、地下水の利用もしてたそうですが…。

雨の神・チャックが最高神ですからね…。

やっぱり食料が重要ですね。

42 :世界@名無史さん:03/03/24 00:21
http://www.tbs.co.jp/p-guide/tenran/maya/index-j.html
上野のマヤ文明展
誰か行った人いる?

43 :世界@名無史さん:03/03/24 01:34
>>42
行ったよ
休みだったからかなり込んでた
ちょっとひどすぎ
コパンオンリーでティカル、チチェン、ウシュマル等、一言もなし
初心者にはマヤに対して最悪の印象を与えただろうな…
ピラミッドの写真とか飾るだけで印象変わるのにそれすらない
俺も学生時代遺跡巡りしたし、勉強もしてたし、メチャメチャ期待
して行ったのに、ガッカリ
さらに最後にお土産コーナーがあるんだが、その値段も
下手すると現地の50倍ぐらい
あれに行った人の99%は「マヤ最悪」って思って帰るんだろうな…
少なくともここ見てる人は行く必要なし!




44 :世界@名無史さん:03/03/24 12:59
そんなにオソマツなのか・・・ガクーシ

45 :世界@名無史さん:03/03/24 14:58
金のアクセサリーがたくさん飾ってありそうな予感。
インカの秘宝典みたいなやつかな。

46 :とてた:03/03/24 23:15
>>43
あらら。>>42のパンフ見たらそれなりに良さそうなのに…。
来週の「世界不思議発見!!」だけでいいみたいですね(…大阪人だから、上野にはどの道いけませんが)。

47 :43:03/03/25 01:50
>>45
いえいえ。とんでもない。
金のアクセサリーがひとつでもあればいいんでしょうけどね。
あったのは一番高そうなものでヒスイでした…。
ほんと、俺に展示させてくれれば100倍は面白くできたよ。

リマの黄金博物館はいいですよね。

48 :世界@名無史さん:03/03/25 22:10
昔見たシカン展は良かった。

49 :世界@名無史さん:03/04/04 07:06
4月5日(土)TBS−TV 世界ふしぎ発見
  「マヤ文字」
マヤ文字解読には日本人の大発見が関係
高度な天文数学の知識

50 :とてた:03/04/05 21:51
>>49
期待通り、おもしろかったです。
真っ赤に彩色された神殿に、キノコ石…。
マヤはいいですね。

51 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/04/05 23:54
期待していたよりも楽しめました。個人的には洞窟=冥界観が面白かったで
すね。もっとも冥界の候補はせいぜい海上・山上・地下(洞窟)で日本だと
全てそろうわけですが。

52 :世界@名無史さん:03/04/07 00:46
>>43
俺も逝ったよ。まあマヤ展みて、上野公園のさくら見て、伊豆栄でうなぎ食って帰りがけに、秋葉原寄ってから帰宅した。
まあ充実した一日でしたね。あんまり遠くからわざわざ行くほどの事もないけど近県で関心あればいってみたら、位のモンですね。
俺が逝ったのは4/1、さくらは丁度よかった、いまはもうダメかな。

53 :佐々木健介:03/04/07 00:49
     ______
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54 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/04/07 06:34
>>43
確かにひどい展示でしたね。
あそこの学芸員は一体何を考えているのかと思いましたが…。
江戸東京博物館の古代エジプト展の時もそうですが、今の日本の博物館の展示は本当にセンスが無いです。
昔「フワニータ」が来た時のインカ展は結構楽しめたんですけどね。

55 :山崎渉:03/04/17 09:44
(^^)

56 :山崎渉:03/04/20 04:53
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

57 :ハラチ・ウィニク:03/04/26 08:51
PCが壊れてしまって、しばらく来られませんでした。結局直らず、新しいものを買う羽目になってしまいました(泣。
一ヶ月以上のご無沙汰で、話の流れが見えないので、「浦島さん状態」だったらごめんなさい。

古代アメリカに猿人はいない、というお話は、前のアステカスレでも出ていましたか?

南部アフリカや東部アフリカの第四紀層下部から発見された化石人類・アウストラロピテクス(南の猿の意)が
最古の人類と言われていますが、その後、人類はおよそ200万年前に直立歩行をし、ホモ・エレクトゥス
(直立人の意:ピテカントロプス・エレクトゥスや北京原人)が登場します。その後、新人類である
ホモ・サピエンスとなりますが、アメリカ大陸で発見される人骨は、すべてホモ・サピエンスのものなのだそうです。
おそらく氷河期の末期に旧石器時代の狩猟民の一部が海を渡ってやってきたのだろうとされていますが、
当時、旧大陸とは陸続きだったという説もあるようです。

58 :とてた:03/04/26 10:35
>>ハラチ・ウィニクさん
お久しぶりです(あんまり進んでないので大丈夫です:汗)。

「インディアン独自発生説」は否定されたんですよね。

アメラントロポイデスなんてUMAもいますが、「ヒト」じゃないでしょうし。

59 :ハラチ・ウィニク:03/04/26 11:18
>とてたさん
>アメラントロポイデスなんてUMAもいますが、「ヒト」じゃないでしょうし。
笑ってしまいました!

アウストラロピテクスなどの猿人の脳の大きさは、現生人類の3分の1くらいなんだそうですね。
ホモ・エレクトゥスが3分の2くらい。こうしてみると、猿人・原人・新人の区別は、脳の発達の度合いによって
分類されているようですね。

マヤ文明に限って言えば、現在のグァテマラ南部高原にオルメカ文化の影響を受けたマヤ文化が現れたのは、
BC800年頃、それから紀元0年あたりまでが古代マヤ文明、その後、300年ー900年を古典期と呼んでいるようです。
最もマヤ文明の本来の性格が発揮されたのは600年ー900年の古典期後期で、900年からスペイン人の侵攻までの間は
トルテカ系文化の影響を受けた混合文化だったようです。
ですから、1517年に発見された「大カイロ」は、厳密に言えば、純粋なマヤ的特徴を備えた古代の神殿文化ではなく、
トルテカ系文化の影響を受けたトルテカ=マヤ文明と呼ぶべきものであったらしいですね。

60 :◆rDhngbng2E :03/04/26 19:15
立て逃げした>>1の水です。この度は>>1が(ry

マヤ=トルテカとかいう文化はトゥーラ→チチェン・イツァ→マヤパンとかに伝播してるやつかな?
まああれだ。マヤはテオティワカンとかからも影響を受けてた。
その後一時期衰退したけどトルテカの文化が流れ込んできて少し復興したんだよな。
「戦士の像」なんかはチチェン・イツァのやつと似てるよな。

良く解らん。補足よろしく↓

61 :bloom:03/04/26 19:18
http://homepage.mac.com/ayaya16/

62 :とてた:03/04/26 20:38
>>ハラチ・ウィニクさん
新大陸には「猿人」はいなかったでしょうね。アメラントロポイデスだって差別主義者のド・ロワの捏造っぽいでしょうし。

「マヤ」ってユカタン地域の文明ですが、一既に判断したらだめのような気がします。
都市国家ばかりだったわけですし。
トルテカ−マヤ…昔の本だとトルテカ人の「侵略」「流入」とかされてるのも「違う」らしいですし。

あと、神殿だって赤く彩色されていたかと思うと、だいぶ印象が変わりますし。
(これはティカルだからちょっと違いますね)
>>水さん
僕には詳しいところはわからないです…。

63 :◆rDhngbng2E :03/04/26 21:19
>>62
たしかあれだ。チチェン・イツァを立てたのがイツァ族とかいう奴らでイツァ族≠トルテカ族とかだったか。
トルテカ→イツァと文化が流れてイツァ族が北上した。とかいうのをどこかで読んだ記憶がある。
ユカタンにナワ系言語が入ってない(もしくは消えた)のはそのせいだろうな。

新大陸ではホモ・サピエンス・サピエンス以外の人骨(?)は出てきてないみたいだよ。

64 :とてた:03/04/26 23:11
>>58の「アメリカ原人」というのは、差別主義者の説なんです。
クロマニヨン人→白人、ゴリラ・チンパンジー→黒人、オランウータン→黄色人種
…つまり、「インディアンの祖先」が見つからなかったので、都合が悪かったんです。

ふと思い出したんですが、マヤの神話かなにかで、「トルテカの都・トゥーラを訪問する」というのがあったような…。
うろ覚えばかり…。

65 :◆rDhngbng2E :03/04/26 23:51
>>64
印欧語族の発生場所も大分問題になったくらいだから
人種についても同じだろうなぁ。
差別(・A ・) イクナイ!

マヤの神話の話は知らないんだが多分実話が元かも。
お互い行き来が多かったから。
アステカ時代もバイリンガルも多かったらしいとか言われてるし。

66 :とてた:03/04/27 12:31
マヤやアステカには「共通語」は無かったんですよね。

人力だけで維持された商業圏…やっぱりすごいですね。

67 :世界@名無史さん:03/04/27 12:36
マリンチェはナワ語もマヤ語も話せましたね。
アステカのお嬢様だったが、継母によりマヤに奴隷として売られる。
そして奴隷としてコルテスに差し出される。
そんな事情で。

68 :◆rDhngbng2E :03/04/28 07:44
都市国家がほとんどだったから言語の多様化も進んだんだろうな。
マヤみたいに広くない所だけで40位言語があったのはとても他では見れない気がする。
マヤに共通語を作るとすれば相当でかい国家がないと無理だな。
そういう意味でトルテカは惜しかった。トルテカもアステカみたいに大国家であったときに
マヤとの交流はアステカ以上に活発だったから。
まあ湧いて出て来る蛮族相手によくやったよな。

69 :とてた:03/04/28 22:10
>>67
マリンチェさん…メキシコからしたら「売国奴」ですが、女性としては「努力した人」なんでしょうね…。
自分の知性と美貌(?)を使って、「復讐」を果たすんですから…。
>>68
マヤの戦争って、「総力戦」じゃないんですよね。
「少人数での奇襲」がほとんどみたいですし。

トルテカって、外征とか(アステカに比べて)しなかったんでしょうか?
けど、すこぶるマイナーですよね…アステカと混同してもおかしくはないですし。

70 :◆rDhngbng2E :03/04/29 17:21
>>69
トルテカも外征してた。方向としては南。北は蛮族が押し寄せてくるから。
トルテカはマヤと戦争もしてたけどその分平和的な交流も密だった。
アステカから比べると支配地域は少なかったな。蛮族からの防衛に腐心してたせいで。
この地域に初めて都市国家以上に広域を支配できた国家を建てた重要な民族。
テオティワカンとかは有名でも所詮都市国家にしか過ぎなかった。

トルテカの場合は蛮族との境界がトゥーラに近すぎたのが滅亡の原因だな。
文化レベルが高かったからトルテカ難民は各都市で受け入れられたんだったか。
後古典期前半の有力都市はほとんどトルテカ難民を受け入れてた。

71 :とてた:03/04/29 20:16
>>70
中国と一緒で、「北伐」にはそんなに意味が無かったんですかね。

トルテカ難民の受け入れ…だから、アステカ時代になってみんな「トルテカの末裔」を名乗れたんですね。

72 : ◆rDhngbng2E :03/04/29 22:43
>>71
トルテカは北伐とかはほとんどしなかったと思う。不毛な北より豊かな南を目指した観があるな。
防衛にしても木の柵程度で防ごうとしてたからかなり無理があるw

トルテカの後裔を自称してたのは多かったけどほとんどが捏造だな。
諸都市が難民を受け入れてても結局トゥーラのトルテカ人はほとんどクルワカンに移住したから。
テノチティトランなんかは最悪だな。メシカ人単一の都市なのにトルテカの後裔を自称してた。
まあトゥーラで文化をもらったのは解るがあれはやりすぎだな。

73 : ◆rDhngbng2E :03/04/29 22:59
まあそんなわけでトルテカの文化はマヤの文化より一般的に上(?)だったから
マヤに文化が流れていったわけだ。
チチメカは中央高原に入ると文明化されておとなしくなる傾向があるから
ナワ・オトミなんかはマヤに入っていかなかったんだろうな。
ユカタンにはマヤ系の言語しかないらしいからナワ系とかが食い込んでいかなかったのがわかる。
トルテカもマヤに侵入したりしてたが結局マヤ系に吸収されたりしたのか
最後まで「トルテカ族」という部分を残さなかった。

74 :世界@名無史さん:03/04/29 23:23
ヘイルダール説は真理と思う者?。文明は伝播しなくとも自ずと似ると思うに一票。

75 :とてた:03/04/30 00:44
>>水さん
トルテカ、大人気。「ウリらはトルテカの末裔ニダ!」ですか…(笑)。
木柵…軍事的に弱かったんでしょうか?
「戦士の像」なんかみると、尚武の気質はありそうなんですが。
>>74
オセアニアへのサツマイモ伝播は、ポリネシア人のやったことだと思います…。
そんなに南米とは「似てない」ような気も…。

76 :◆rDhngbng2E :03/04/30 14:06
>>74
ヘイルダール説とかいうのは知らんけど中南米は結構文化や技術が遠方に
伝播してたんだよ。
トルテカがトゥーラ崩壊後にも威光を残せたのは南米起源の冶金技術を得たからでもあるな。

>>75
アステカは捏造し放題だった。神話とかも征服した地域から「神」をぱくって
その神がさも元から自分たちの守護神であったかのように自らの神話に組み込んだ。
あとテノチティトランが強大化してくると都合の悪い伝説などは改ざんした。
だからアステカの歴史とかの記録で三国同盟成立以前の記述はかなり胡散臭いらしい。
まあ捏造に関してはチョンの方がすごいかな。

トルテカは軍事国家といわれるくらいだったけど結局蛮族に滅ぼされた。
ただオトミやその他の中央高原先住民族を抑えて中央高原にナワ系の一大勢力
を築いた軍事力はかなりのものだった。
先住民=マヤ<トルテカ<蛮族  ってな感じだろうか。(軍事的に見て)
蛮族への防御に気を使いつつも南に侵攻していたのは近辺の勢力はトルテカ的に見て
何とかなったということなんだろう。

77 :◆rDhngbng2E :03/04/30 14:20
>>74
「文明は伝播しなくとも自ずと似る」というやつは正直判らん。他の文明しらねーし。

蛮族が強力だったのは質・量ともに揃ってたからだな。
蛮族どもを侮っているとたまにメシカ人みたいなのが混ざってたりする。
でトルテカは多民族国家で支配層がナワ系だった。結局国防は非ナワ系になる。士気は低いだろう。

78 :◆rDhngbng2E :03/04/30 18:59
マヤ人に関してだが、中央高原の方へ進出することは無かったみたいだな。
ワステカ・トトナコの二つが確かマヤ系だな。主にメキシコ湾岸沿いに分布してる。
都市間の戦争とか衰退とかであまりユカタンの外には出れなかったんだろうか。

79 :とてた:03/04/30 23:39
>>水さん
えーっ、「アステカの歴史」ってアテにならないんですか…。
そういえば、トラメメさんも「独自なのはウィツォロポチトリ信仰ぐらい」っていってましたっけ。

「強力な蛮族に滅ぼされる先進文明」…旧大陸でもいっぱいありましたね。

マヤ…「航海民」とギリギリいえそうなのがプトゥン・マヤぐらいですしね。
せめて盛大に航海してたら、キューバやジャマイカに「移住」してたのかもしれませんけど。

80 :世界@名無史さん:03/05/01 13:03
マヤ文明展に行ったのですが石碑にマヤ暦と普通の日付が書かれてるのが非常に疑問なのですが
解読されてるマヤ文字は信じていいのでしょうか?

81 :◆rDhngbng2E :03/05/01 16:31
>>79
アステカの歴史書のテノチティトラン建設前はあてにはならないはず。
ただアステカが「天下を取った」後に関しては大丈夫だと思うけど。
自分たちが弱小だったのを隠そうとしてた。
確かモクテスマ・イルウィカミーナ(1世の方)が「アストラン」探しをさせたんだが
見つからなかった。正確な記録が取れてれば見つかったと思うんだよな。
蛮族時代には歴史の記録すら無かったのと、歴史の記録を作った後も改ざんが酷いので
あてにはならんということ。

82 :◆rDhngbng2E :03/05/01 16:50
続き
アステカ独自なのはウィツィロポチトリと官僚機構くらいかな。
確かトラメメもいってたが「メシコ型」みたいなのがあって属国はみんな同じにしてた。
ほとんどは征服地域のパクリだな。いいものはパクる。それがアステカ。

海洋民がいたら文化の交流ももっと盛んだったかもね。
これは惜しいと思う。天文学とか盛んだったのに航海術には応用されてない。

83 :◆rDhngbng2E :03/05/01 17:12
>>80
マヤ暦と西暦が対照されているということかな?
暦とかも良く解らんが植民地時代にクロニスタとかが調査してるときにマヤ暦と西暦を対照させたんじゃないかな?
それとマヤ時代の天文観測での結果を西暦に当てはめる計算をしたはずだし。

マヤ暦の解読に関してはいつが起源かは知らないがマヤ文字解読の中では一番古い。
歴史や王朝に関しての石碑の解読はこの20年くらいに始まった程度。
マヤ暦が誤訳だったら研究者はかなり困る。

俺は信じられると思うよ。

84 :世界@名無史さん:03/05/01 18:33
ドクトル順平て誰だったの?

85 :80:03/05/01 18:52
>>83
レスどうもです。
対照されてるのならわかるんですが、一つの石碑に
マヤ暦何年何月何日、西暦何年何月何日と一緒に書かれるのかなあと素人目に思ったもので


86 :◆rDhngbng2E :03/05/02 00:35
>>84
わかんね

>>85
もしかして石碑に直接刻まれてた?
それなら遺跡・遺物の保管に無頓着だった時代に調査したやつが刻んだのかもね。

87 :ハラチ・ウィニク :03/05/02 10:28
>>85
マヤ展を見ていないので、よくわかりませんが、その石碑は、古いものではなく、1541年以降に刻まれたものではないでしょうか?
異民族である白人の侵入によって、キリスト教の歴法を知ると、彼らは、西暦の年号・日付を併用して石碑に書き込むようになります。
例えば以下のような形です。

<彼らがカンペチェを奪ったのは1513年、カトゥン13アハウの間だった。彼らは1カトゥンの間、そこにとどまっていた。
太陽の神官カマルが異民族をこの地方(くに)へ導いた。
ここで私が告げるように、キリスト教が広まったのは、1541年8月20日だった。>(ル・クレジオ原訳・望月芳郎訳)

グレゴリオ暦と古代のマヤ暦にほとんど誤差がないことは、前にも述べましたが、征服された後、マヤ民族は「年代記」と呼ばれる
古代からの民族の歴史を石碑に刻む際、マヤ文字で表されたマヤ暦と西暦の年号をともに書き付けるようになったようです。
彼らは移動する度に新しい地に石碑を立て、古代の基点(1アハウ)からの民族史を刻むのですが、逆算して、西暦の年号・日付も
計算しました。いくつかの「年代記」が発見されていますが、民族によって、あるいは筆記者によって多少の計算の誤差はあるようです。
石碑が刻まれた年号に近い歴史はほとんど一致していますが、年代が古いほど、誤差は大きくなります。

88 :ハラチ・ウィニク:03/05/02 10:28
例えば、一つの「年代記」には次のように書かれています。(ル・クレジオ『マヤ神話』)

  カトゥン6アハウに彼らはチャカンプトゥンで土地を奪った。
  2アハウ(731-751年)
  13アハウ(751-771年)
  11アハウ(771-790年)
  9アハウ(790-810年)・・・・

  10アハウ(909-928年)
  8アハウ(928-948年)、チャカンプトゥンは見捨てられた。
  20年の13倍、イツァの民はチャカンプトゥンに君臨した。

別の年代記では以下のようになります。

  人の呼ぶイツァの民の生き残りがやってきたとき、
  8アハウがそのカトゥン(1185-1204年)であった。
  彼らが新たにチャカンプトゥンを支配したのはその頃であった。

「イツァの民がチャカンプトゥンを支配した」という、民族に伝えられた同じ出来事に関しても、部族によって記述はまちまちで、
同じ「8アハウ」をそれぞれ異なった西暦年号で記述しています。このような相違点が、マヤ暦の基点論争を呼ぶのでしょうね。

89 :とてた:03/05/03 00:03
>>水さん
「歴史の改竄」…、まぁ「できるのならやっちゃう」のは仕方ないんでしょうけれど。
アステカって「柔軟」な民族だったわけですね。
>>ハラチ・ウィニクさん
たしか、マヤが征服された時には「20年くくり」ぐらいの慣習しか残ってなかったのでは。
うろ覚えですが。

90 :世界@名無史さん:03/05/04 22:43
今日(5月4日)のTBSの「世界遺産」はテオティワカン
23:30〜
ttp://www.tbs.co.jp/heritage/preview/outline_p.html


91 :とてた:03/05/04 23:49
>>90
今回は見逃してません(笑)。

春分の日にピラミッドに集う人たち…「復古神道」みたいなものかしらん。

92 :世界@名無史さん:03/05/19 09:24
age

93 :山崎渉:03/05/22 00:44
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

94 :世界@名無史さん:03/05/28 05:14
age



95 :山崎渉:03/05/28 14:51
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

96 :世界@名無史さん:03/05/30 08:13
age

97 :あやめ:03/05/30 18:11
>>80
「マヤ文明展」の図録をチェックしてみたところ解説中に日付が記載してあるのは
下記の4点だけです。
遺物整理名       長期暦   循環暦      西暦年次
ElZapoteStera5 9. 0.0.0.0 (435A.D.)
PiedrasNegrasPanel12 9. 5.0.0.0 11Ahaw18Tzek (534A.D.)
DosPilasStela11 9.14.5.0.0 12Ahaw 8K'ank'in
MachaquilaStela3 9.19.5.0.0 2Ahaw13Yaxk'in (815A.D.)
本展はコパン王国を中心として古典期のマヤ文明遺物を対象としています。
従って後古典期や白人渡来時代の碑文などは展示されておらず、西暦の日付が
併記された物(仮に存在するとして)は見られなかったと思われます。
解説文中の西暦年次を碑文に刻されたものと誤読したのではありませんか?

98 :◆rDhngbng2E :03/05/31 01:25
そういやテレビでメキシコの伝統球技がどうとかいうやつの予告見たけど
何時やるんだろう?
知ってる香具師告知頼んだ。

99 :◆rDhngbng2E :03/05/31 01:27
>>97
マヤ文明展行かなかったけどそれ見たら図録欲しくなった。
ある程度の遺物リストは欲しいんだよな。

100 :itzamna:03/05/31 10:27
>80
マヤ文明展で展示されていたものに限らず、石碑その他に記されているのは、
マヤの暦以外にありません。あれは、解説するにあたり、解説者が付け加えた
ものですよ。征服期には、石碑を建てる習慣はすでになくなっていましたから。

89>
「20年くくり」というのは、カトゥンのことですね。
 征服期のマヤでは、それまで(古典期、後古典期)のような暦を使うのではなく、
”カトゥン”という約20年(実際には20×360日)の単位を1周期として暦を簡略化して
いました。その周期はカレンダー・ラウンドにおいて必ず”アハウ”という260日暦の日
付で終わるので、たとえば、前のカトゥンが1アハウで終わったとすると、次のカトゥン
(約20年)はその日を取って”カトゥン1アハウの時代”というように呼んでいたのです。
ハラチ・ウィニクさんが上に書いているのは、「チラムバラムの書」と呼ばれている征服
期の文書の記述ですが、この時代カトゥンをつけずに何アハウの時代という風に使われるの
が通常でした。

101 :とてた:03/05/31 23:15
>>100
あ、そうか。
だから「正確な年」が判り難くなったんですね。
幾つ目のアハウなのかが、判らない…。

102 :itzamna:03/06/02 21:26
>>とてささん
 そうなんですね。このカトゥンの周期で考えると、たとえば”1アハウ”の時代に
何々が起こったという記述があった場合、この”1アハウ”というのが絶対年代的に
”いつなのか”という問題が出てくるわけです。”1アハウ”の時代というのは、周
期的にめぐってくるわけで…。
 というわけで、マヤと西洋の西暦年とを対応させようとした初期の研究者たちの間で相違が
生じる結果となってしまったのです。
 
 なんか僕が書き込んでからこの板止まってしまった感じですけど、もしかして僕が偉そうに
書き込んでしまったせいでしょうか?もしそうなら、ごめんなさい。

103 :itzamna:03/06/02 21:27
間違えました。

×とてささん
○とてたさん

申し訳ありません。

104 :とてた:03/06/02 21:30
>>itzamnaさん
いえいえ、前スレである「アステカスレ」に移動しているだけです。

向こうでも「マヤ」の話題をしてもよいはずですし。


105 :世界@名無史さん:03/06/02 21:36
>>98
遅かった・・昨日の世界ウルルン滞在記です。横っ腹で重そうな玉を打つサッカー
みたいな競技でした。挑戦したタレントは「横っ腹を殴られたような」と言ってました。

http://www.ururun.com/
中南米の遺跡には、細長い”球技場”が残っています。豊作を願う儀式として
紀元前1000年以上前から行われていた『ウラマ』という球技の競技場です。
勝利者の首は”生贄”として神へさしだされました。
そういう歴史を持つ球技に、北村さんが出会いましたが…。

”生贄”の歴史がある『ウラマ』は征服者であるスペイン人に禁止されてしまいました。
野蛮だというわけです。それでも、メキシコの人々は呼び名を変えたり、
ルールを変えたりしながら『ウラマ』を続けていましたが、だんだん衰退し、
ルールを知る者さえほとんどいない状態となっていました。それを憂いた歴史家で
文化人類学者であるミゲール・バルデス氏は、1950年頃『ウラマ』復活のために
活動を開始。最大の問題は、当時2つしか残っていなかったボールを作ること。
作り方を知っている者はいませんでした。それを、わずかな資料を元に試行錯誤が続き、
現在『ウラマ』はメキシコ北部シナロア州各地の村で盛んに行われるようになっています


106 :とてた:03/06/02 21:45
>>105
ああ、また見れなかった…。
ウラマ…トラチトリから名前が変わったんでしょうか。

どんな風にやってるのかを見たかったです。

ニワトリを捌いているのをみて、気分が悪くなる…まぁわからなくもないですけど。

107 :世界@名無史さん:03/06/03 00:20
萌え画像集
http://exchanges.state.gov/culprop/elsalvad/sect.htm

このページなんだが、
http://exchanges.state.gov/culprop/elsalvad/sect1.htm
Cylinder Seal、円筒印章!?
印章って経済の発達した地域なら自然発生するようなものなの?
メソポタミア・インダスだけが特別かと…

108 :◆rDhngbng2E :03/06/03 01:37
>>102
> なんか僕が書き込んでからこの板止まってしまった感じですけど、もしかして僕が偉そうに
>書き込んでしまったせいでしょうか?もしそうなら、ごめんなさい。
そういうわけではないんじゃないか?
まあ俺はマヤは知らないからなんともレスができないだけなんだが。

>>105>>107


109 :とてた:03/06/03 22:33
>>107
わあ、ありがとうございます!

土偶…ハアハア。
犬の土偶に車輪がついてるのがおもしろいですね。

印章やペンダントもなかなか…。
けど、こういう時って自分の英語力が無いのが悔やまれます…。

110 :_:03/06/03 22:41
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/moe/hankaku03.html

111 :◆rDhngbng2E :03/06/12 02:27

         m    ドッカン
  =====) ))   ドッカン ☆
      ∧_∧ | |         /          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     (   )| |_____    ∧_∧   <  おらっ!出てこい>>1
     「 ⌒ ̄ |   |    ||   (´Д` )    \___________
     |   /  ̄   |    |/    「    \
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112 :世界@名無史さん:03/06/24 04:24

ひとーつお聞きしたいことがあるんですよ>ALL


いま流行の犬、チワワ

あれはどの本にも
「アステカで生贄用に飼われていたテチチという犬を、品種改良したもの」
と書いてあります。
これについて調べようとしても、資料がすこぶる・・・というかないのです。
わかったことは
・テチチという犬種は現在もう存在しない(らしい)
・現在のチワワは、アメリカで改良されたものらしい
・本場メキシコのチワワ州には、現在チワワはほとんどいないらしい。
・やたらと小型で虚弱っぽいのは日本だけのおかしなブームらしい。
ということだけです。
そのくせ「犬の系統図」のようなところには「絵」があるんです。
博物絵のような感じですが・・・チワワとは異なる、もう少し大型の、
どちらかというとテリア系のような犬の絵が。


お聞きしたいことは次の通りです
・テチチなんて犬(犬種)は存在したのか。
 (それって古代現地語で「犬」という程度の言葉じゃないのか?とか)
・生贄に犬を使ったような事例は存在するのか
 (骨等が見つかっているのか)
・生贄専用だったのか
 (狩猟等には使ってなかったのか)
・画像はないのでしょうか
 (もっと昔にいなくなったのなら、なぜ絵があるのか)

以上です。有識者のご意見求む。

113 :_:03/06/24 04:34
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

114 :世界@名無史さん:03/06/24 19:28
チチメカ語の「チチ」は「犬」を意味する語で、
「チチメカ」は「(出かけるときは必ず)犬を連れている人々=狩猟民」の意味だそうです。

115 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/25 03:21
>>112
そういえば、アステカ関係の本だと犬ってあんまり注目されないですね。

1.犬種に関してですが、アステカ関係の本からでは全く判りません。
ただ、無毛の犬と普通に毛のある犬がいたようですけど。
アステカのナワトル語で、犬は「イツクィントリ」といいます。
ただ、トルテカは他民族なので何と呼んでいたか、おれは判りません。


2.犬自体を生贄に使うことはアステカではしません。
実際に犬を生贄にしたのであれば、トルテカの頃でしょう。
アステカでは犬を殉死させてました。「あの世」の案内として。

生贄にするのは頻度は低いと思います。
アステカでは「うずら」が生贄動物で一番多用されましたし、
トルテカのケツアルコアトル王は蝶、鳥、蛇を生贄にするのがベストだとしてました。
トルテカで生贄にも使われた可能性は否定できませんけど、基本的に同じ宗教ですし、
犬が墓からも出てくるらしいので、やはり殉死が多かったでしょう。

116 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/25 03:21
3.食用犬もいましたよ。一般的な家庭は犬と七面鳥を飼ってましたし。
狩猟に関してはアステカ族(テノチティトラン)では疑問ですね。
狩猟法として、獲物を円陣で取り囲んで飛び道具で攻撃、というのがありました。
この方法だと狩猟犬は使わないというか、記述には犬が出てきません。

スペイン人の軍用犬が強力だったということは判ってますが、対抗する
アステカの犬というのは聞いたことがないです。
「スペイン人の軍用犬が巨大な犬だった」とか「アステカの人々が犬に殺された」
とかいう記述を見ると、アステカの犬は弱そうなイメージを受けます。

117 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/25 03:23
4.画像に関してはコデックスを全部見たわけではないのでなんとも言えませんが、
おれはあまり見られないですね。
「犬」という文字があるのですが、無毛ではないのが判る程度です。
鹿・ウサギと見分けが付けにくいです。


おれもテチチを調べてみたんですが、湯たんぽのような「抱き犬」とか愛玩用とか書いてありましたね。
エスパニョーラ島にはアルコという小型犬がいたそうですけど、別種ですかね。

>もっと昔にいなくなったのなら、なぜ絵があるのか
骨が出ているし、「近縁」とされる種や資料などを元に復元した想像図だと思います。

>>114
はじめて聞きました。チチメカだと狩猟犬多かったんですかねぇ。
狩猟犬とか多かったら鉄砲とか大砲の対策しやすそうですよね。

118 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/25 03:27
そういえばアステカの方が1000行ってから復帰するとか言ってた気が・・・。
すいません。今南米スレ復活したトラメメです。よろしくお願いします。

119 :世界@名無史さん:03/06/25 05:19
>>114-118
とりあえずありがとうございます。

まずは読んでみてください。>ALL
http://bidders.auction.biglobe.ne.jp/dog/ch.html?e=all
どこのサイトを見ても、まぁ大体、というかほぼ同じ記述です。
多分、どっかの本が書いたことがそのまま基本文面として伝わっているのでしょう。


また、コロンブスの記録に「小さい犬を見つけた」と書いてあるそうです。
「小さい」の基準が難しいところではありますが。
(現在ブームのチワワの大きさは・・・
   近年の極小ブームの結果ですので考えないでください。)

とりあえず理解したのは
・トルテック族が生贄・・・というより埋葬の道連れに使った(埋めた)
 (天国への道案内、飼い主に代わって生前の罪を請け負う等諸説あり)
・食べた。
・「チチメカ」とはおよそ狩猟民を指す言葉である
 (イコール、つまり犬も狩猟のできる程度のサイズではあった・・・小型ぁ?)
・(これは個人調べですが)テチチと言われた当時の現地犬と、現在のチワワには
 実は連続性はない・・・かもしれない
 (16世紀ごろヨーロッパから持ち込まれた説あり。後述)

その他にも「チワワ」に関連しては以下の説があるそうです。
・生き物を小さく育てる事の巧みな中国人によって作出された(おいおい・・・)
・1519年にスペインのコルテス将軍と共にメキシコ入りした(凱旋将軍かと)
・マルチーズと同じ、地中海マルタ島がチワワの原産地である

どれもテチチ(便宜上、当時の現地犬)とは関係ありませんが。
もしかしたら一旦絶滅してる(連続性がほとんどない)かもしれない、ということです。

120 :世界@名無史さん:03/06/25 05:20

そうそう、
Mexの9世紀ごろの遺跡に、犬が彫られているそうなんですが。
わたしには「太陽の子エステバン」に毛が生えた程度の知識しかないので・・・


また、未見ですがペルー方面にはPeruvian Inca Orchid(インカ・ヘアレス・ドッグ/インカ・オーキッド・ドッグ)
と呼ばれる「体毛のない」犬がいるそうです。
体高:11-23cm、体重:50-65kg、ですからパピヨン・ポメラニアンぐらいですね。柴犬より全然小さい。
狩猟は・・・ちょっとどうかなぁ、と。

121 :(/o\):03/06/25 05:25
アソコを癒す清涼サイト
http://homepage3.nifty.com/coco-nut/

122 :世界@名無史さん:03/06/25 05:30
なんかでも、世間(というかチワワ・愛犬世界)は南米に疎いようで・・・


http://www.chiwawaworld.com/DB/zukan.html
>このテチチという犬は、アステカ帝国において部族神への犠牲として捧げられていた
>聖獣であり、また一般のペットとしても飼われていました。
部族神とか・・・聖獣とか・・・なんか悪意ない?

http://irukaweb.com/areia/hairless_dog.html#techichi
>トルティック族を征服したアズテック族が、アジアから持ち込んだ
>神聖化され、崇められていたようだが、神への生け贄にされたり、珍味として食されていたりと
アズテックったらアジアと交易が!?そして珍味!?

http://members.tripod.co.jp/freebie/ti.htm
>人間の墓の中に、テチチの化石が見つかっている。
>当時は珍味としてもたいへん好まれたらしい。
>中国人が連れて行った。
>バイキングの船でやって来た。
化石って・・・アステカ前後はいつの文明なのか・・・
中国人もバイキングもいらっしゃいですー。


・・・がっかり脱力しながら、いろいろ突っ込んでください。

123 :世界@名無史さん:03/06/25 05:53

あ、なんか・・・画像見つけた
でもこれは画像と言えるのか・・・な?
https://www.barakatgallery.com/store/index.cfm/FuseAction/ItemDetails/cmdNextItem/6918/ItemID/6918/SubCatID/817/userid/0.htm
はいそこがっかりしない。

ついでにここの説明によると
>its wrinkled gray skin the color of stone giving it the ancient name of
>Techichi (Tetl meaning 'stone,' Chichi meaning 'dog')

>>114さん御教授と合わせますと
「テチチ」=「石の犬」

・・・狛犬?いやいや。

無毛で皺の寄った灰色の肌をしていたので石の犬、ってことですね。


これが?
https://www.barakatgallery.com/store/index.cfm/FuseAction/ItemDetails/cmdNextItem/6918/ItemID/6918/SubCatID/817/userid/0.htm
ぷりぷりむちむちじゃん。食用説を信じたくなるぐらい。
(チャウチャウって食用犬として改良@中国なんだと聞きました。)

124 :とてた:03/06/26 00:14
な、なんかすごい説明文ですね…>チワワ

>>107のリンク先にある、犬の土偶(車輪つき)がチワワに似てるような気もするんですが…。

無毛なのは「湯たんぽ用」だからわかるとしても、食用には小さくする理由はないですし、
小型化は最近のことなのでは。

125 :世界@名無史さん:03/06/26 00:28
現在、米国で牧畜犬として活躍している犬のなかに唯一、
先住民の犬が起源の「カタフラ犬」が今もいます。
先祖は中米の無毛種の猟犬だったようで、その才を買われて
白人の牧場で元気に働いています。

英語HPでつが「Cowdog Site」:
http://www.catahoulaleopard.com/

126 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/26 01:08
メキシコ原産の犬種は小型がほとんどみたいですよ。
小型といってもチワワのような超小型よりは大きいものですね。
メキシカン・へアレスやチャイニーズ・クレステッド・ドッグも小型ですし。

>>120のインカ・へアレス・ドッグなどは「家畜系統史」にはインカ犬として出てくる犬種ですね。
インカ犬だとメキシコ原産の小型犬を改良したもので、主に食用と牧羊犬用であったらしいです。

コロンブスが見つけた小型犬は>>117で挙げた「アルコ」ですね。
この犬は鳴かないらしいです。(資料には鳴かないと書いてあります)
この犬はエスパニョーラ島の犬なので、テチチとは違うのかも知れませんし、
近縁なのかも知れません。

食用に小型犬を使うのはとてたさんの言われるようにおかしい感じがしますが、
元から小型犬が多かったので、小型犬を食用にせざるを得なかったようですね。

127 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/26 01:19
>>125のカタフラ犬は中型犬のようですね。
チチメカの狩猟犬が先祖なんでしょうか。

>>122のサイトとかグーグルで検索に引っかかるサイトを一通り見てみましたけど、
結構コピペっぽい文章が多かったですね。(笑)

犬は聖獣とはいかないですけど、ショロトルの象徴として「道連れ」にしていました。
ケツアルコアトルの「冥界降り」の案内役としてショロトルが出てきたからですね。
冥界の河を渡るのに必要とか、そういう意味合いだったようです。

スペインから連れてきた犬の説もありましたけど、それは否定できないですね。

テチチは謎な犬ですね。

128 :世界@名無史さん:03/06/26 20:34

あ、あの、「(チワワの)小型化」はアメリカに持ってってからの改良です。
特に最近の凄まじい小型化は、日本のブームです。


ちょっと画像見つからないんですけど、よく獣医さんとことかに

「犬の血統図(進化図・系図)」

みたいなものがあるんですが、そこにはチワワの上(先祖)として「テチチ」
が描かれています。
博物絵のような感じですが、明らかに中〜大型犬として描かれています。
大きさを例えていうなら(普通の)柴犬〜秋田犬、という感じでしょうか。

それと、ロングコート(長毛種)のチワワは、パピヨン・ポメラニアンといった
犬を無毛(へアレス・極短毛)のチワワに掛け合わせて作ったとされていま
すので、「アステカ原種に毛の有無」はこの場合無視して構いません。
むしろ気候条件なんかから考えても「短毛」「無毛」であるような気がします。


http://irukaweb.com/areia/hairless_dog.html
ここにある「メキシカンへアレス」を小型にしたようなのが「スムース(短毛)チワワ」
です。


そもそも本来、北米中米南米に「犬(狼)はいた」んでしょうかね?
どっから来たんでしょうかね?

129 :とてた:03/06/26 23:37
>>128
うろ覚えですが、ユーラシアで家畜化されたイヌと一緒にベリンジアを渡ったはずです。

とはいえ、「北アメリカで(も)家畜化した」という多地域家畜化説も聞いたことはあります。

130 :世界@名無史さん:03/06/26 23:42
コヨーテを飼い馴らしたヤシはいなかったのかな・・・

映画「ダンス・ウィズ・ウルブズ」では
野生でもずいぶんと人なつこそうですが・・・

131 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/27 01:04
おれの書き込みの「小型」の話ですけど、改良型のチワワは超小型、柴犬程度の
犬は小型、という解釈で書いてます。

それで、メキシコにはインカ犬の元となる犬種を含めて小型程度のものばかりだった、
ということらしいです。
メキシカン・へアレスは中型くらいの大きさのものもいるようですけどね。

そういうのを踏まえて、テチチは小型だったと推測できると思うんです。

オオカミはいましたね。
ただ、ネコ科の動物の方も多かったので、あまり目立たないですけど。
犬の方はとてたさんの言われるように家畜化されてから移動したらしいですね。
12000年前位に移動してると、どこか(忘れました)に書いてありました。

>>130
コヨーテは基本的に人にはなつかないみたいですね。
一匹くらいは飼いならせそうですが、繁殖できるほどの数を飼いならすのは
難しそうですね。

132 :とてた:03/06/27 22:06
やっぱり家畜化できる生き物って限られますね…「動物園での飼育」みたいにはいかないですし。

133 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/06/30 02:32
柵の中に入れると、死ぬまで柵に激突し続ける動物もいるみたいですから。
そういう動物は明らかに飼いならせないですね・・。

アステカスレ落ちたみたいですね。

134 :とてた:03/07/01 00:20
思ったより早かったような…>落ちた。

そういえば、「オーパーツの新刊本」(けっこう写真が豊富でした)が出てたので
立ち読みしたんですが、トゥーラの「戦士像」には「レーザー銃が刻まれている」とありました…。

インカの石積みは「レーザーと反重力の利用」、ナスカの地上絵は、「滑走路」、水晶ドクロは「アトランティスの遺産」、
あと「黄金飛行機」、「恐竜土偶」、「脳外科手術跡」…とっても「伝統的」でした。



135 :1の葦:03/07/01 13:32
ほんと、落ちちゃったみたいですね。

オーパツの本って雑誌なんですか?
私、水晶のドクロにだまされたんで・・(笑)
それにしてもレーザー銃ってすごい発想!!

136 :さる:03/07/01 13:37
http://yahooo.s2.x-beat.com/linkvp2/linkvp2.html

137 :とてた:03/07/01 22:07
>>1の葦さん

いえ、新書版です…。

戦士像が持ってるモノが、コデックスに「火を吹いている絵」で出てるからなんだそうですが…ちょっとムリが。

水晶ドクロもかなりたくさん載ってました。
瑪瑙製とかもありましたけど(ヒーリングや霊視に効果があるそうです)。

138 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/07/01 23:01
トゥーラの戦士像
ttp://www.geocities.com/mlafren/mex/tula.jpg
ttp://www.geocities.com/mlafren/mex/tula2.jpg
ttp://www.anthroarcheart.org/grfx/z101f.JPG
レーザー銃ですか・・・。
「伝統的」な部分はある意味微笑ましい光景ですよね(笑)

おれは恐竜土偶には興味がありますね。
なんでこんな物を作ったんですかね?
捏造にしろ、古い物どちらであっても共通の疑問です。

139 :とてた:03/07/04 00:05
>>トラメメさん
一番上の写真が載ってました(レーザー銃じゃなくてプラズマ銃でした)。
あ、「脳外科手術跡」はオーパーツじゃないですね…実際に石器とコカで可能ですし。

アカンバロの恐竜土偶…
約3万体も出てるそうですが、「恐竜」ぽいのは少ないそうです(一番多いのは「怪獣」型…コデックスに載ってるような神様でもない)。
恐竜も、最近では否定された「古いタイプ」ばかりですし…。
後の調査でも「明らかに埋め戻された跡」が見つかったんだとか…。

量はともかく、他の地域で発見されてないことも考えると「捏造」としか思えないですね。
(…やっぱり「有名になりたい」が理由だったのかしらん)

それとインカスレに書いた本によると、マヤ文字は8割がた解読されているそうです…そろそろ詳細な一般書が出回るかも。

140 :世界@名無史さん:03/07/04 00:12
細かいことは忘れた。
文字がないとされていた文明はインカだっけ?
2進法の文字があった!とか言うニュースを見たよ。

中途半端な情報でスマソ。

141 :世界@名無史さん:03/07/04 00:32
キープ以外に?

142 :141:03/07/04 00:37

こんなのが出ていたんですが・・・これどう思いますか?

アイマラ文字  http://www.nacos.com/moji/88-3.htm

パウカルタンボ文字  http://www.nacos.com/moji/88-4.htm

パウカルタンボはクスコ近郊の古い町で、現在もケチュア系民族が伝統社会を
よく保っている土地で有名だそうですが。

143 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/07/04 23:16
>>とてたさん
脳の手術は穿孔手術と呼ばれるものですよね。
これは結構道具もできてますし、意外に成功してたみたいですね。
とても手術されたくないですけどね(笑)

恐竜土偶謎ですね(笑) やっぱり捏造なんですかね。
メソアメリカだと、神は擬人化されることが多いので、こういう土偶って
実在の動物を模ったのか、捏造か、という印象なんですよね。
実在の動物であれば、他の地域でも作っても良さそうなのに、作られてないと
いうことはやっぱり捏造? と思えてきます(笑)

マヤ文字はマヤ文字カタログがあるらしいですね。研究者用だと思いますけど。
新しく発見された文字が追加されていってるようですね。
マヤ語も原語多いですから解読も大変そうです。
おれ的には勉強するならワステカ語がいいかなぁ、とか思います。

144 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/07/04 23:17
>>140-142
インカ族自体は文字を使用しなかったようですけど、周辺民族は使っていても
おかしくないですよね。というか文字出てきてますから、多少は使われていたのでしょう。

インカ族は、キープカマヨというキープの技術者を育成して各地に派遣してましたから、
文字が不要というか、キープで十分な状態になれば、各地の文字は衰退してしまいますよね。
また、インカ族に征服されていなくても、キープが近隣に伝播して文字に取って代わったこと
もあったと思います。

パウカルタンボ文字がいつ頃使用されていたのか判らないのでなんとも
言えないですけど、インカ帝国が栄えていた頃は使用されてないと思います。

>>140
2進法の文字に関しては知らないですね。
もし憶えていたらで構わないので、良かったらソース教えてもらえますか?

145 :140:03/07/05 00:46
スマソ、普段見るところ探したけれど見あたらないし、
どこで見たかも全く思い出せません。

「従来文字がないとされていた過去の文明に文字があった。」
「2進法」、「結び目」、「7」とか言うキーワードがあったと思います。


146 :とてた:03/07/05 01:20
>>脳外科手術
高地だから、細菌感染し難かったみたいですしね。
>>恐竜土偶
もうちょっとあちこちから出土したら「信用」できるんですが…、
「発掘地」も今は農業貯水ダムになっているそうです。
>>マヤ文字
それでわかったのが「戦争しまくり」な歴史…まぁ、碑文に書くことが「戦勝記念」なのはどこも一緒なんだと思いますが。
>>キープ
えー、また上と同じ本からなんですが、
「コンピューターコードのように、数字を子音に置き換えていたのでは」という説もあるそうです。
植民地時代(初期)になってからも、家畜の管理とかに使われていたそうです…スペイン人がもっとちゃんと記録してくれていれば…。

147 :てる兄:03/07/05 04:35
「1492コロンブス」という映画に、第一次航海でコロンブスが
持ち帰った黄金をイザベル女王に献上するシーンが出てくるのですが、
当時の中米及び西インド諸島に金属加工の技術はあったのでしょうか?


148 :とてた:03/07/05 11:11
>>てる兄さん
西インド諸島に伝わっていたかは疑問ですが(自然金だったと思います)、
中米には、トルテカ時代に南米から伝来しました。

149 :世界@名無史さん:03/07/05 15:22
つまりコロンブスは原住民をぶちころして金をうばってきたわけね。
黄金なんぞくれるわけもないし。
そういえば梅毒ももちかえったそうだが、どうせ集団レイプしたんだろ。


150 :とてた:03/07/05 21:25
>>149
金の価値は、そんなに高くなかったと思いますが(利用方法がなければ、「きれいな石」でしかないので)。

まぁ、コロンブス「は」マシだったそうですが。
一緒に住民も連れ帰ってますけどね。

151 :_:03/07/05 21:26
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

152 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/07/09 13:55
>>147-148 金属加工
西インド諸島には加工とまではいかないかも知れないですけど、
多少の加工はしていたようですね。
金を延板にしていたらしいですし、鼻飾りに文字のようなものを
彫っていたと、コロンブスの記録に書いてあります。

153 :山崎 渉:03/07/15 12:42

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

154 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆rDhngbng2E :03/07/17 01:23
ヌエバ・エスパーニャでの某カシケへの尋問

修道士「おめーキリスト教徒なのかよ?」
カシケ「自分ではそう思ってる」
修道士「んじゃ天地を創造したのは誰か言ってみろ」
カシケ「男神のタガマスタードと女神のシポトッバルだろ」
修道士「そんなもんどこから聞いたんだよ?」
カシケ「先祖」

スマソだがワラタ

155 :とてた:03/07/17 20:19
>>水さん
日本人には「よくわかる」話ですね。

156 :n:03/07/17 20:21
★クリックで救えるオマ○コがあるらしい★
http://yahooo.s2.x-beat.com/linkvp/linkvp.html

157 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆rDhngbng2E :03/07/26 02:57
>>155
日本人よりも頑固そうだね。
宣教師の苦労も判る。
強制改宗なのにこれじゃあ宣教師もストレス溜まりそうだ。
まあ改宗される側も同じだろうけど。

158 :とてた:03/07/26 21:48
今日の「世界ふしぎ発見」はパナマ。

「肩車した石像」…うーん、けったい。

159 :世界@名無史さん:03/07/26 23:11
南米の古代文明で脳外科的手術が行なわれていた事は有名である
しかし、脳神経外科の見地から言わせてもらうと
あれは単なる異物除去(鏃などの)ではなく
脳の支配領域をある程度知っていたものと思われる
その証拠に、大脳鎌などには手をつけていない

脳腫瘍摘除術的な手術が行なわれていたかどうかはまだ不明である

160 :世界@名無史さん:03/07/27 00:21
というか、過去にそこらへんをいぢくって死んだ例があれば
そこんとこには手をつけちゃいけない、くらいのことは分かるのでは

161 :世界@名無史さん:03/08/06 01:00
そこまで気付くに至るには
さぞかし莫大な数の死傷者の脳をあちこち
いじっては失敗してきたのだろうな・・・と身震い

162 :世界@名無史さん:03/08/06 01:54
デュオ?

163 :世界@名無史さん:03/08/06 21:32
>>161
本質的には、近代医学もそうやって成立しているんじゃない?

164 :世界@名無史さん:03/08/06 21:55
>163
まあ、科学の方法論が確立してない時代の手術なんて受けたくないけどな。

「先生、最近頭痛がするんですが…」
「なに! 頭の中に悪魔が取り付いているに違いない! 早速穴を開けて追い出さねば!」
「い、いやあの、ただの風邪じゃないかと…」
「いーや、今朝の占いによれば今日は悪魔が取り付いた患者が来ると
結果が出ておる! 助手A、B、こいつを押さえつけろ!」
「うわ、ちょ、ちょっとマジ勘弁…ギャァァァァァァア!!」

165 :世界@名無史さん:03/08/07 13:02
長い迷信の支配する時代があったのは確かだけど
医学は科学よりも歴史の古い学問なのだが

166 :世界@名無史さん:03/08/13 22:18
薬草で思い出したが、中南米って幻覚性植物の宝庫ですな・・・
儀式でも頻繁に登場するし・・・あ、タバコも用途は一種の向精神薬?
なぜあれほどに発達したのだろう?

167 :世界@名無史さん:03/08/13 23:22
まあサヨクどもってなんで原住民の古代文明が好きなんだろうね。
イスラム擁護やアングロサクソン系国家誹謗中傷スレと同様に
冷戦後さまよい続ける脳内麻薬君どものオナニーにすぎないと
いうことに気がつけよ。


168 :山崎 渉:03/08/15 18:34
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

169 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/08/15 21:48
>>166
熱帯雨林地帯だったから、「身近」だったのでは。
キノコ型土偶(ホ○トのCMの様な…)が多数出土してたりもします。
>>167
「利用できるものは利用する」のにイデオロギーの違いはありませんが。



170 :◆TCygujgOWY :03/08/16 01:38
植民地時代のメキシコで征服前に利用されてた薬草を挙げてみたら
1200種類を越えてたとかいうな。
種類が多いから余計に幻覚性の強い薬も発見されたんだろうな。
幻覚キノコなんかは未来が見えるとか言って遠隔地との交易に出かける商人とかが
よく飲んでた。
煙草なんかは食後の一服にも利用されてたが元は宗教に関連してたな。
元から薬になる草が多かったのと宗教が発達して必要性が増したせいもあるかもね。

171 :世界@名無史さん:03/08/17 03:14
あやふしゅか

172 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/08/17 09:08
>>170
ペイヨーテ(テオナカカトル…だったかな)でしたっけ。

LSDの抽出材料だったり。

173 :世界@名無史さん:03/08/18 00:00
旧大陸に比べてもこの飛びぬけた豊富さは一体何だろ?
まあアサやケシがあるとしても。

174 :世界@名無史さん:03/08/18 00:30
>173

地形が複雑なんで種の多様性が維持されやすいからじゃない?

175 :世界@名無史さん:03/08/18 00:43
まぁそう言うことでしょうなぁ。
幻覚植物だけではなく、新大陸由来の野菜がなければ四川料理には
唐辛子が入らなかったしイタリア料理にはトマトが入らなかったし。

176 :世界@名無史さん:03/08/24 12:11
南北に長い地形というのも不利な点だけじゃないんだね。


177 :世界@名無史さん:03/08/24 21:40
新大陸で灌漑農耕が発達した範囲ってどのあたりでしょう?
思いつく限りでは・・・中米の乾燥気味の地帯とアンデス・・・
の2箇所くらいかなあ。

178 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/08/25 21:30
>>177
そんなところだと思います(チナンパが灌漑といえるかどうかは、問題なのかも)。
あと、マヤでも灌漑がおこなわれていたはずです。

179 :世界@名無史さん:03/08/27 10:23
>>178
チナンパはどっちかつーと「低湿地干拓」ですかね。


180 :世界@名無史さん:03/08/28 22:16
チナンパはテスココ湖以外へも広まったのでしょうか?
条件を満たせる湿地・湖沼はなかなかなかったのかなあ。

181 :トラカテクトリ:03/08/28 22:19
>>178
それで水が無くなって滅んだんじゃなかったか?

182 :世界@名無史さん:03/08/28 22:58

お気に入り集 ☆

http://beauty.h.fc2.com/


183 :世界@名無史さん:03/08/30 20:23
>>180
似たような低湿地干拓の方法は、メキシコ各地や南アメリカにも見られます。
小規模なチナンパは紀元前後から造成されていましたが、
淡水湖域の大部分を覆うチナンパは、大規模な水利事業が展開した15世紀
移行に造成されました。

184 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/09/05 03:44
あげとくか

185 :世界@名無史さん:03/09/05 21:57
チチカカ湖の浮島の上でも耕作をやってい・・・・ましたっけか?
違ったかな。旧大陸にはない農法ですよね、チナンパは。

186 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/05 23:31
確か、チムー帝国はそれ以前に作られた灌漑網を利用することで
農業生産を維持できたとか。

チナンパに関しては、灌漑網を作れないので、浮島のような物や、
湿地・湖沼等の土を利用したんですよね。
チナンパ農法というのは、浮島と盛り土両方を指すらしいです。
浮島はかなり珍しいですね。

187 :世界@名無史さん:03/09/05 23:38
こういう農法の浮き島って、半人工物ですかね。
以前、琵琶湖博物館で、どこかの湖で人工的浮島を作りすぎて
環境の悪化が問題になってるという解説を見ました。

188 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/05 23:43
>>187
葦で作った「筏」を浮かべるんです。
人工ですけど、植物で作っていたので環境への
悪影響はほとんどないと思います。

189 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/06 08:53
>>185
トトラだったかな。

葦で作った浮島に居住しているそうです。
ジャガイモも栽培しているのには驚きました。

190 :世界@名無史さん:03/09/06 09:54
人工物、自然物の違いはあまりないと思うが。
水面を塞いでしまったら、嫌気性の微生物が繁殖して
臭いガスが湧いて来そうな気がする。

191 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/06 23:56
>>とてたさん
それ初耳でした。
ジャガイモとかは土の量を高くしないといけないから
意外ですね。

>>190
島の周辺だけなので大丈夫だと思いますよ。
ただ、テノチティトランをはじめ湖岸の街の規模が
あれ以上だったらどうなるか判りませんけど。

192 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/07 09:46
>>トラメメさん
僕もテレビで見たんですが、イモがとれるとは正直思ってませんでした。

板違いですけど、富栄養化防止のために水上栽培はけっこう研究されています。
日本では野菜やイネなんかが…ただ、台風・大雨で流されないようにするのが大変なんだとか。


193 :世界@名無史さん:03/09/07 23:17
今日のTBS「世界遺産」はマヤ・パレンケですね

194 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/08 00:30
>>193
スペイン語で「塀に囲まれた場所」とは…。当時の地名、まだ解明されてないのかな(発音は難しいのかしらん)。

パカル王の石棺は、やはり立派ですね。

195 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/08 01:49
パレンケの地名は多分判ってると思いますけど、
一般に通用してしまったので、あえて紹介しないのかも知れないです。
アステカの「タクバ」もスペイン語ですから。トラコパンというのが現地語ですね。

パカル王の墓の発見は、マヤでの「ピラミッド≠墓」
という説を覆す発見だったそうです。

196 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/08 04:43
え、タクバもスペイン語なんですか…。

マヤのピラミッドは「増築型」が多いんですよね。
建立当時は赤く彩色されていたとか。

197 :1の葦:03/09/09 19:50
え、タクバもスペイン語なんだ!!
それじゃテスココは?
テノチティトラン、トラコパン、テスココ? この3国同盟がアステカ?
本とかに出てくる地名のトラコパンがタクバだったんだ。
なんか納得です。

マヤはピラミッドの下に古いピラミッドが埋められてるんですよね。

198 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/10 21:37
どんどん上に増設していくピラミッド…。

やっぱり新設よりは簡単だったんですかね。

199 :世界@名無史さん:03/09/13 00:42
>198
ひょっとして前王朝を征服した象徴として上に建てた、とか?

いやたぶん歴代王が先代のピラミッドに増築する慣習だったほうがありうるかな・・・

200 :世界@名無史さん:03/09/13 10:29
二百ゲット

201 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/14 01:32
>>196,197-199
マヤの場合は、ピラミッドに限らず、建物が増改築されるケースが
ほとんどだったようですね。遺跡なんかを調べる場合は、
上の建造物を破壊しないと、下にある古い建物のが調査できないらしいです。

もしかすると、場所にこだわったのか、利用できる土地が少ないから、
仕方ないので同じ場所に建設した・・とか思うんですけど、実際は
どうだったんですかね?
パカル王の一族なんかを見ると、別の墓に入ってたりしますし、
墓は地下、地上にピラミッドが普通なので、先代のピラミッドを
増築して自分のを建てる、というのはあまりないと思います。

202 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/14 01:42
>>1の葦さん
テスココは、確か、ナワトル語かオトミ語です。
「テスコトリの地」という意味らしいです。テスコトリとは植物の名前ですね。

テスクコ、テツココ、テシュココなどの読みもあります。
テシュココ、テスココが一般的な呼び方ですね。

203 :世界@名無史さん:03/09/14 04:47
>>201
土地が限られてる、というとイメージが湧きませんが…、思ったんですが、マヤ遺跡への、建築土木的なアプローチというのは存在しているのですか。
地盤の問題はあるのかも知れません。
コパンのヤシュ・クック・モオの祭殿(神殿16でしたっけ?)あたりは、初代王の墓の上に、事ある毎に神殿ピラミッドが重ねられて行く、
という経過を辿ってます。その場所が聖別されていたから建て続けた、の例になりますね。


204 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/14 11:35
>>203
「密林の神殿都市」じゃなくて、周囲には一般住居や農地がかなり広がっていたらしいですから、
都市化で場所が限られる側面はあったかと。

「場所の聖別」はあったと思います。

205 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/16 02:56
>>203
建築土木的な見方はしていると思いますよ。
一応、ティカルの神殿を1つ破壊して構造や建造法などは調べたらしいです。
ただ、なぜ増築していったのか、という点はあまりこの辺からは解らないと思います。

増築することによって、新規で建造するよりも、資材が少なくすんだという利点が
あったようですけど、これは目的にはなり得ませんね。

206 :世界@名無史さん:03/09/16 03:55
>>205
一段分の外壁を組んで、小さい枠に仕切った内部をガレで詰めて石材で蓋をし…を各段毎に繰り返す、というあれですね。
>203は「建造物の重量と、それを支える地盤の問題」が一定地点で建築活動が繰り返された事への回答と成り得るか、
という疑問の提起でした。語法が緩くてすいませんです。

207 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/16 22:30
>>205
え、ぶっ壊して調べたんですか…なかなか豪快。

208 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/09/20 02:12
アマゾンに高度文明( ・∀)∀゚)Д゚)▽^)Д´)ω゚)_-)ゝ`)з゜)!?
http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-030919-0001.html

209 :世界@名無史さん:03/09/20 03:16
>>208
続報が待たれますね(ワクワク
ある程度の人口を支持できる農耕基盤があった、ということになりそうですから。

210 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/09/23 03:29
>>208
なんだってー!!(AA略

211 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/23 18:13
>>208
ブラジル高原にですか…。

マノアとかエルドラドとかだったら面白いんですけど。

212 :世界@名無史さん:03/09/24 01:51
記事読んだ感触だと、東北の“縄文文明”あたりと同じレベルかな、とも思う。

213 :世界@名無史さん:03/09/26 09:32
アマゾンだと採取型でも結構大きな人口が維持できる感じがするんですが、どうなんでしょう?>識者の方

豊かすぎて人口の密集が無くて文明の発達の必要に迫られなかった、というイメージが…

214 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/27 11:10
>>213
採取型だと、「定住」できませんしね(漁業関係なら別ですが)。

旧大陸でも熱帯圏は他所から文明手段が「渡ってきた」ところばかりですし。

215 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/09/28 04:12
半農耕半狩猟採集のようですね。
マヤやナワトル語族も採集に依存する部分が大きかったですから、
アマゾンの方でも、かなりの人間を養えたと思いますよ。

216 :世界@名無史さん:03/09/28 13:07
アマゾン地域での主要な農作物と云ったら何になるんでしょうか?

217 :世界@名無史さん:03/09/28 19:23
現在のブラジルではなく、先住民の伝統的な作物ってことですよね?

マニオク・キャッサバなどイモ類
落花生などの豆類
ヒョウタン
アマランサスなどヒユ科の雑穀
ざっと思いつくだけでも結構豊富ですよん。

218 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/28 22:20
けど、「孤立した文明」ですよね…。

>>211に上げたのはスペイン人の黄金妄想ですが、「元ネタ」があったことになるのかな?

219 :世界@名無史さん:03/09/28 22:23
オルメカと黒人の関係はわかりませんか。青銅器って自然発生するの?

220 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/28 22:53
>>219
黒人…「全く来ていなかった」とは言い切れませんが、
巨石人頭像も、モンゴロイドにも見えますし。

オルメカのころには青銅器はまだ無かったかと(メソアメリカの冶金技術は南米起源)。
↓こんなのもあります。中国人がアメリカ到達?
http://www8.ocn.ne.jp/~douji/chinaamerika.htm

221 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/09/28 23:13
>>214
んなこたーない。確かスーダン(だっけ?)でも自発的に農業が発生してたらしい。

>>213
>>208のリンク先の記述
”ブラジル・マトグロソ州シングー川上流地域”
ここって、もう熱帯雨林気候を越えて、サバナ気候に入っているんだよね。

灌漑設備についての記述もないし、どうも焼畑農法っぽいな。
米や麦のように、灌漑が欠かせないような農作物もないし。

>>219
オルメカのあれはただの美術様式のようで、黒人云々はただのトンデモ説のはずです。
青銅器は、少なくともメソポタミアと黄河で別個に発生してました。別にメソアメリカで自然発生
してもおかしくないでしょ。

222 :世界@名無史さん:03/09/28 23:42
>>221
西アフリカのニジェール川流域がサバンナ農耕文化圏でした。
こうりゃん、胡麻、きび、スイカ、メロンなどがここ原産ですな。

アマゾン水系では焼畑かイモ植え栽培が主だったようです。
ジャングルの植生を模して復讐の作物を混植するのが特徴ですね。
灌漑用水路というよりイモ畑の雨季用排水路なら掘られています(今も)。

黒人説については、中米・南米の大西洋側で出土する人骨のうち、
2万年以上前のものに「オーストラロイドとネグロイドの特徴を両方有する形質」
が多いことが最近ニュースで取り上げられましたよね。
アマゾン水系上流域の先住民に、新大陸のモンゴロイドにしては珍しく
ヒゲが伸び、髪が軽くカールした集団を時々見受けるのが前々から気にはなっていたので
ヒョトーシタラと思ったのですが。え、早合点?

223 :世界@名無史さん:03/09/28 23:43
復讐⇒複数 ですた〜失礼トホホ

224 :トトメスV ◆prgqkIQ406 :03/09/28 23:50
>>221
西ナイジェリアのヨルバ族が焼畑農耕を基盤とした文明を築いてますね。

225 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/28 23:54
アフリカ…すっぱり抜けてましたです。

226 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/29 00:08
あ、東南アジアのタロイモ・バナナ・サゴヤシもありましたね…。

うひゃう…。

227 :世界@名無史さん:03/10/06 13:18
こないだの藤岡弘の探検隊は結局何か発見しましたっけか?
分かっていつつもガクーリ・・

228 :世界@名無史さん:03/10/12 02:02
アステカもインカも弓矢がなかったんでしたっけね。
すると新大陸には全く存在しな・・・・ありゃ、アマゾンで弓矢見かけたぞ?

229 :世界@名無史さん:03/10/12 02:06
>>228
インカは限定された領域での帝国だったから。
スペインに滅ぼされる直前の100年で急に膨張し
ボリビア方面に進出したばかりでアマゾン流域と
接触の機会はまずないと思われ。
日本の何倍分かわからんほど広大だしなアマゾン域は


230 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/10/12 13:47
>>228-229
弓矢はありましたよ。

231 :太国玉:03/10/12 14:40
マヤ  魔矢

232 :世界@名無史さん:03/10/12 15:00
>>229
インカ以前のティアワナコ期に、アマゾンとの接触はあったらしいよ
去年にも、アマゾン流域のアクレ州で、プレ・インカ文明の遺物らしい塚が発見されてる。
http://www.amazon.com.br/ats/vol084.htm

233 :世界@名無史さん:03/10/13 02:16
アマゾンはやはりアマゾネスなのかなぁ。

234 :世界@名無史さん:03/10/14 04:06
『古代マヤ王歴代誌』(サイモン・マ−ティン、ニコライ・グル−ベ著 創元社 )の内容は、信用が置けるんでしょうか?
本の中で採り上げられている都市の王名表は、これまでに無く埋ってます。
ティカルの378年事件もテイオティワカンの介入-王位簒奪で確定させた記述内容。
全面的に準拠すると、「ティカルvsカラクムル」が「ヤシュ・ムタルvsチーク・ナーブ(オシュティトゥン)」になりかねない勢いです。


235 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/14 22:50
>>233
元々の語源が、探検者が弓矢で武装した女性の一団を「発見」したので、
ギリシア神話にちなんで名づけたそうです(元々のアマゾネスは騎馬民族ですし)。
>>234
図書館で少しみかけたことがありますが(赤くて大きい)、未読なのです…。
とはいえ僕程度だと理解できるかどうか、ですが。

236 :世界@名無史さん:03/10/15 04:10
>>235
一般向け、図版てんこ盛りのマヤ戦国図説です>歴代史
死ぬ程面白いことは確かです。
問題は、3〜4年前の資料では解読に論争のあった碑文等で、
特定の読みに準拠して歴史叙述が進行する所ですね。

237 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/10/18 16:27
考古学板にスレ立ててきた

【マヤ】中南米の考古学を語るスレ【アステカ】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1066407127/l50


238 :世界@名無史さん:03/10/18 18:50
>>237
立てにげかよっ!
適当な質問を放り込んで、スレを活性化汁。



239 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/18 22:11
>>236
ああ、面白そう…。
行き着けの図書館にはあるけど、そこのは借りられないんですよね。
買うと高いし。

「マヤ語の解読は80%」だそうですから、どんどん判っている「途中」なのかもしれませんね。
>>238
いや、水さんとトラメメさんくらいしか「答えられる」人はいないような…。

240 :トラメメ ◆Tula/H2VxM :03/10/18 22:50
前に立ち読みしたくらいですね。>『古代マヤ王歴代誌』
高いのが難点ですね・・・。
各都市の情勢などは、確かに諸説あるようなのでおれはどれが
信用できるとかは解らないんですが、
各王の話に関してはそれなりに信用できると思いますよ。

ちょっと仕事で中国へ行く事になりました。皆さんさようなら。
ネット環境が整えばまた来ます。職場にはネット環境があるのですが、
さすがに職場から2chは出来ませんしね・・(笑)

241 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/10/19 02:37
>>240
なんだと!?
んじゃ俺も外国行ってくる。

242 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/22 22:03
え、水さんも?

243 :世界@名無史さん:03/10/24 18:28
さて、ヨーロッパ人達は新大陸に到達すると、まず食糧問題を解決しなければいけませんでした。しかし、
先住民とのコミュニケーションはうまく行かず、なかなか上手く食料はもらえない。そこで、手っ取り早く
火縄銃で先住民を殺して略奪するという方法がとられました。それは、一つにはヨーロッパ人の
非キリスト教徒に対する優越感があり、もう一つは未知の地で生活する事への恐怖があったのだと思われます。

 こうしてアメリカ大陸の先住民達は、紀元前からはぐくんできた独自の歴史・文化に終止符を打たされ、
ヨーロッパのシステムの中に加えられていくことになります。そしてスペイン王国では、コロンブス以降、
新大陸遠征を企てる民間人に、特権を与える代わりに発見された財宝の5分の1と土地管轄権の国家へ
帰属を認めさせる契約(協約=カピトゥラシオン)を結ばせ、新大陸征服への意欲を出させます。こうして、
新大陸征服が始まったのです。

 さて、新大陸発見といっても最初はカリブ海が中心で、1515年頃キューバのスペイン人達は、
大陸内部への探検が始まります。その中でメキシコに住むマヤ族を発見。彼らはカリブ海の人達と違い、
裸ではなく木綿の服を着て、筋の首飾りをしていました。「金」です。ここには金があるのか、
とさらに探る内に見つけたのが、大国アステカ王国です。


244 :世界@名無史さん:03/10/24 18:29
この国は、14〜16世紀にメキシコ中央部を支配した連合王国。この王国が最初の悲劇を生みます。
1519年2月、キューバ提督ベラスケスは、コルテス(1485〜1547年)に命じ、600人に兵隊、14問の
大砲をつけてアステカ征服を命じます。その頃アステカでは、国王モクテスマ2世が「お前の破滅の時が来た」と
いう女性の声を夜な夜な聴いたり、鏡に白人が殺しに来る風景を見たと言います。

 そしておそれは現実のものに。連合王国であるアステカでは、同盟国のトラスカルテカが独立を目指しており、
コルテスと手を結びました。そして、同年11月にはあっさり王城であるテノチティトラン城に入城しました。これに対し、
モクテスマ2世はコルテスを神の再来と勘違い(何で??)。彼に父の宮殿を宿舎として提供。

 ところがコルテスは財宝が目当てです。アステカ兵がスペイン兵を傷つけたという口実で国王を捉え、財宝の
在処を吐かせ略奪しました。ここまでは、アステカの内紛も絡んでいたから、まだ良いとしましょう。ところが
、この後悲劇が起こります。

 コルテスの行為に対し、なんと提督ベラスケスが「おのれ、私を差し置き、勝手な行動するとは許さぬ」と、
コルテス追討に動きます。コルテスは野戦に打って出て、夜襲で提督を捕らえ、勝利しました。そして、
テノチティトラン城に帰還すると、恐るべき悲劇が。この時、テスカトリポカの大祭というのが行われていたのですが、
この光景を見たスペイン人駐留部隊は「人が沢山集まってきた。まさか、反乱を起こすのか!」と勘違いし、大虐殺。
一方のアステカ人も黙っておらずスペイン兵を王宮に閉じこめます。

 これはヤバイと、コルテスは国王モクテスマ2世に調停を依頼。ところが、その国王は無力で、
民衆から石を投げつけられ死亡してしまいました。こうなれば完全な戦争です。コルテスは
、再びトラスカルテカ族と協力し、1520年8月にこれを滅ぼしました。この時、アステカでは
スペイン兵がもたらした天然痘が流行しており、これも滅亡の要因となります。

 そして、コルテスはスペイン王カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)から、この地の総督
に任じられました。コルテスは元々貧民層の出身。ずいぶん立身出世を果たしたものです。


245 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/25 18:35
>>244
あれ、トラスカラはティノチテトランの「伝統的敵国」では。
それにコルテスは大学まで出てたはず…。

ケツアルコアトル信仰と世界の終わりがスペイン側に有利に働いたんですよね…。

246 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/10/25 18:56
>>245
コルテスはサラマンカ大学に学んでいますが、19の時に中退して新大陸に渡り、総督府の秘書官になってますね。
出生については確かあまり高い身分ではなかったと記憶してます。
インカ征服のフランシスコ・ピサロとは遠縁に当たるそうです。

247 :トラカテクトリ ◆8TRx5CX2OI :03/10/28 18:47
>>246
コンキスタドーレスはほとんど金無貴族とか失業した軍人だったらしいですね。

248 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/29 22:03
>>246 >>247
ロクな人たちじゃないんですね…まぁ、征服者に高潔や人間性は期待できないんでしょうけれど。

249 :世界@名無史さん:03/10/29 22:26
昔から未踏の土地へ送り出される者の人選には
こういう輩が選ばれたのかねぇ・・・鬱

250 :世界@名無史さん:03/11/01 00:20
新大陸征服の任務は左遷だろうか栄転だろうか?

251 :◆TCygujgOWY :03/11/01 17:57
よく解らんがコンキスタドールという香具師達はスペインでは
小作くらいしか仕事がないんだよ。
新大陸や諸外国へ行って兵士になったほうが一発当てやすい
ということだな。

252 :◆TCygujgOWY :03/11/01 18:03
まああれだ。
レコンキスタが終わって兵士がひまになるよな。
でもスペインは外人を追い出したあと一部の富裕層
が大土地所有を放棄しなかった。
そうなるとひまな兵士は自作農にはなれずに兵士のまま
外国へ行くしかない。

そんなわけでスペインという国は外へ膨張していった。
小作人<<<<兵士 ということだ。

だから失業した軍人はイタリアとかに行く香具師も多かった。

253 :世界@名無史さん:03/11/01 18:06
傭兵隊長ね。
初代はイギリス人だが。

254 :世界@名無史さん:03/11/03 15:22
シベリア征服のドキュソ軍団=コサックを思い出しますた

255 :世界@名無史さん:03/11/03 15:27
コサックはチェチェン共和国に駐留してますた

256 :世界@名無史さん:03/11/03 15:36
エロマーク萌え

257 :世界@名無史さん:03/11/10 23:17
『古代マヤ王歴代誌』、読んでみました。
実はこの訳者の方とはちょっと知り合いなのですが
基本的に、東大・埼大系の中南米調査隊関係の方々です。
(発音の解読が微妙で、カナ表記に相当悩んだという話を聞きました)

肝心の内容は、たぶん議論の余地があるとこも多いんでしょうけど
マヤ語の解読についてはほぼ最先端と言って間違いないでしょうし
図版も多いので、見た目よりとっつきやすいと思いますよ。
皆様もぜひご一読を。(高いから図書館で・・・)

258 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/11/11 19:56
訳者が>>257の知り合いなんだから藻前らちゃんと買えよ。

259 :257:03/11/12 00:52
>>258
あ、いやその、実は私も買ってないんで・・・;

260 :世界@名無史さん:03/11/12 03:05
米英調査チーム、マチュピチュ付近で新たなインカ都市発見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031107-00000784-reu-int
------------------------
News+あたりに立ってるかと思って検索したけど、存在しなかった。
とりあえずこの都市を何て呼んだらいいんだろう。

261 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/11/12 14:13
>>259
宣伝したからOK

>>260
とりあえずアトルトランとでも呼んでおけ

262 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/12 23:34
>>257
ちょっとだけ読みました…「立ち読み」できるレベルじゃないです。
借りれる図書館に無いのが悲しい…。


263 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/11/17 14:08
え・・・?アトルトランにはつっこみなしですか・・・

まあいいか。藻前らage進行で逝くぞ

264 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/11/17 14:18
でさー
マヤってのは何なんだよ?
代表民族はいくつくらいいるの?

265 :世界@名無史さん:03/11/17 14:35
>>263
アトルトランって遺跡の仮称か何かですか?
語感が中米っぽいけど。

>>264
言語系統で「マヤ語族」だと現在は約二十数言語が知られています。
これに属する民族集団がマヤってことで。

遺跡の碑文には現在グアテマラで有力なキチェ語やユカテク語に
近い言語が記されているようです。
その碑文中にユカタン半島一帯を指す地域名として
ma「土地」+'ay「無い」+ha「水」=mayha「水の乏しい土地」(水さんじゃないですよw)
からマヤの名が欧米人に広まったようです。

都市は突如放棄されたようですが、別に遠くへ旅立ったわけじゃなく
ずっと同じ場所にいたようで。
数百人規模のラカンドン族から数十万規模のキチェ族・ツトゥヒル族に至るまで
まちまちですが、現代でも衣食住の基本文化では
意外と共通点をよく保っているようです。
(マヤ暦、トウモロコシの主食、民間信仰、伝統医療、冠婚葬祭など)
ゴム球戯はもっぱら観光用の見世物だそうですが・・・

266 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/17 22:32
>>水さん
…突っ込んだ方が良かったですか(笑)。
ナワトル語で「水の国・町」ですね。

>>265
「文化的統一性」があったのに、都市間抗争を繰り広げていたことが、かえって謎になっているような。


267 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/11/17 23:16
「文化的統一性」があったからこそ、互いに滅ぼしたり統一されたりせず抗争を続けられた、と考えられるわけで。

268 :世界@名無史さん:03/11/18 12:59
>>265
古典期碑文の使用言語に関しては、マヤ語族中のチョラン系(現チョル語、チョンタル語等)の当時の祖語、というのが定説化しつつあるような。
(コウ『マヤ文明』93年版等、コウは「廃語になった方のチョルティ語(チョルティ語は、カタカナ同音で2種ある)と断定してました。)
碑文言語チョラン系言語説自体は80年代から各所で散見されます。

>都市は突如放棄されたようですが、別に遠くへ旅立ったわけじゃなく ずっと同じ場所にいたようで。
古典期終末期には稠密な人口が存在していましたが、その人々は何処へ…?
ペテン地域では、古典期の終了とともに、原語もチョラン系からユカテカ系に入れ替わっているようです。
(語族内では、ユカテカ語群はBC1000年期にはマヤ祖語から分かれている語群。チョラン語群とことさら近縁というわけではない)
今判ってることで当時を再現してみると、恐るべき規模の大量死を想定することになりますね。

>>266
どうも「水さん」と聞くと、同じ渾名のカラコルの王様のことがちらちらと…w
ティカルの王を捕獲してイケニエにしちゃった方ですw

269 :世界@名無史さん:03/11/18 21:02
>>268
大量死・・・・疫病とか?ガクブル

270 :世界@名無史さん:03/11/18 21:51
>>269
それと飢饉に大虐殺。居住地を追われて放浪中に行き倒れ等。

271 :世界@名無史さん:03/11/20 01:18
マヤから周囲へは領土拡大の侵略など行なっていたのでしょうか。
あまり聞かないけれど。

272 :世界@名無史さん:03/11/20 02:18
>>271
基本的には、先古典期に確定したマヤ地域(ユカタン-タバスコ西部-ペテン-ベリーズ-ホンジュラス東部-グァテマラ高地)の
外への政治-軍事的拡張はありませんでした。別に平和的な文明だったというわけではありませんが。

カカシュトラやコマルカルコの件は、文化的な影響力って問題でしょうし。

273 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/21 00:13
結局、トルテカはマヤを「支配」したんでしょうか?

「影響」があったのは確実なんでしょうが、「征服」・「支配」といえるのかどうか…。

274 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/11/21 14:18
>>266
それそれw

マヤってのは最初は平和な民族だと思われてたんだが
発掘が進むと戦争の壁画とかが大量に出てきて皆驚いたとか
だったよな。

まああれだけ都市が密集してれば戦争も多いだろうな。
友好的でない都市ばかりだから言語も大量に分化したのかも知れん。
細かいことは知らんが。



275 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/11/21 14:24
>>273
トルテカってのはユカタンに向かって戦争とかをしてた
らしいが結局征服はできなかったんだよな。
ユカタンにはナワトル語が残ってないとか言う話だし。

まあマヤでナワトル語の王朝史の碑文とかが出てくれば
支配したとかいう説も出てくると思うが。

276 :世界@名無史さん:03/11/21 15:45
思うに中南米はギリシャ諸都市のような感じだったんとちゃうか。
または中世イタリアの都市こっか。
それらを経て世界国家となるんだろうが、トルテカ族の攻勢が
あって中座したにせよ
ギリシャもドーリア人の攻勢で一時的にあぼーんした例もあるけんな。
異なるのは密林の文化やったからあっという間に緑に侵食されて
住むに値しなくなって放棄されたことや。
日本じゃめずらしいけど、中国やインドではよくある話やないか。
つぶれた都市の付近にまるごと新しい都市をこさえるということよくあるし


277 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/22 00:11
やっぱり『古代マヤ王歴代誌』を読むしかないのか…。

278 :腐乱:03/11/23 01:51
Book off で買えば安いぜ。

279 :世界@名無史さん:03/11/24 15:51
↓懐かしい・・・
「アステカとインカの交流は?」
http://academy.2ch.net/whis/kako/1005/10054/1005453594.html

280 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/11/24 21:24
>>278
ブックオフは層化

281 ::03/11/24 22:25
そうだったのか・・・・
こわいこわい。

282 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/24 22:49
>>278
いえ、「銃・病原菌・鉄」でも無いですからねえ。
ネット上にはあっても、送料を考えると新刊の方が…となりますし。
>>279
トラメメさんがちょと出てますね。
>>280
そなのですか。

283 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/12/01 21:39
>>281-282
層化のやつは有名な話だよ

そういえばトラメメのサイト消えてんな。死んだか?

284 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/12/01 22:12
そなのです…>トラメメさんのサイト

「移転」と思いたいんですが…。

285 :世界@名無史さん:03/12/12 22:59
林マヤもage

286 :世界@名無史さん:03/12/20 00:24
マヤ・アステカ・インカ文明が描かれた映画って何かないですか?
スペイン映画の「エル・ドラド」というのは見つけたけど、
コンキスタドール側の視点からしか描かれていなかった。

287 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/12/21 21:45
>>286
メキシコあたりがつくってるかもしれませんが…トラメメさんも知らないといってました。

288 :世界@名無史さん:03/12/21 23:03
ディズニー映画「ラマと王様」じゃダメかw

289 :世界@名無史さん:03/12/21 23:04

チーノ!チーノ!

290 :世界@名無史さん:03/12/22 21:07
>>288
上映中止になった作品だっけ、それ?
ググって検索してもほとんどヒットしない・・・みんな閉鎖されたのか?

291 :世界@名無史さん:03/12/23 01:22
>>290
「ラマと王様」じゃ、そりゃ出てこないよ(笑
正しくは「ラマになった王様」やね。

中南米文明ものは、本格的に実写映画化するとなると
莫大な予算がかかりそうだな。
その割には、よその文明と比べてマイナーくさいし…
やはりアニメしかないのかな。太陽の子エステバンとか。
一昨年だったかのドラえもんの映画がマヤ文明ものだったね。見てないけど

292 :世界@名無史さん:03/12/23 22:10
中南米の歴史物でインディオが主要な映画というと・・・
コロンブスものくらいしか思いつかないなあ。

あとはデ・ニーロの「ミッション」か。パラグアイのイエズス会の話ね。
結局マヤ・アステカ・インカ映画はないのかな・・

293 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/12/25 22:35
>>291
「のび太の太陽王伝説」ですか…。

あれは「マヤっぽい」文明ですから…かなり萎えますた。

294 :世界@名無史さん:03/12/26 01:21
ご当地の国で作られた映画などはあるのかも知れないですね。

295 :世界@名無史さん:03/12/27 00:18
ご当地か…
メキシコ映画は、B級映画の世界じゃ有名な、
超低予算サイテー映画の名産地だからなあ。
「ロボット対アステカのミイラ」とか…
メキシコのアステカ文明ものにろくな作品は無いと思う。

296 :世界@名無史さん:04/01/08 00:32
そういえば、アステカの儀式で奏でられていた音楽と楽器が
復元されて演奏された、というニュースを見たことがあるのですが・・・
写真では打楽器が主体のオーケストラという感じですた。
音も聞いてみたかった・・・

297 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/15 22:52
>>296
打楽器ですか…インカとかだと管楽器もありそうですね。

298 :298:04/01/19 02:08
アステカの都ティノチティトランをCGで再現したNHKの番組名がどうしても
思い出せません。すごいスピードでティノチティトランの中心の神殿(?)まで
駆け抜ける視点でとても迫力がありました。6年程前の番組のような気がします。

ご存知の方ぜひ教えて下さい。


299 :世界@名無史さん:04/01/21 01:59
トラメメってアステカの荷運び奴隷のことだったんだね。知らなかった!

300 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/01/25 16:18
>>299
トラメメは荷運び用。
普通の奴隷はトラコトリだったか。
両方とも私有財産を持てるのが特徴だな。

301 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/01/25 16:18
>>298
すまんが俺も見覚えがあるが番組名とかは覚えてない。

302 :298:04/02/02 00:57
やっぱたいした番組じゃなかったのかな。ずっとティノチティトランに
興味があったし、CGが美しかったので忘れられないんですよね。

303 :世界@名無史さん:04/02/04 00:33

アマゾンのインディオは弓矢・吹き矢類が発達していたのに、
インカなど太平洋側ではスペイン人到来まで知られていなかった・・・
なんか逆な気もするが、不思議といえば不思議だ。


304 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/02/04 20:26
>>303
まあその分投槍器が流行ってたからいいんじゃねーの?

305 :世界@名無史さん:04/02/04 21:10
>>303
トラメメ氏は>>230弓矢はあったと言ってるが。
もしかして「野蛮人が使う卑しい武器」と見なされてたんじゃないかな?

306 :世界@名無史さん:04/02/04 21:31
>>230はアステカのことかも。
インカは槍や棍棒と投石で闘ったんでしたっけね。
そういやマヤも武器についての話を聞かないなあ・・・戦の記録は多いのに。漏れが知らないだけでしょうか?

307 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/02/04 22:08
あれ?確か、沿岸部が弓矢無かったんだったか。
良く覚えてないが。

308 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/02/05 23:05
おい皆こっちのスレすげーぞ
【マヤ】中南米の考古学を語るスレ【アステカ】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1066407127/l50


309 :世界@名無史さん:04/02/05 23:09
すげーのか

310 :( ´,_ゝ`)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/02/05 23:11
すげーよ? 笑いがとまんねーもんw

311 :世界@名無史さん:04/02/05 23:17
とまんねーのか それは一大事だ すげーよ

312 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/02/05 23:18
水さん…。

313 :世界@名無史さん:04/02/05 23:36
>>306
どの遺跡のだったか、マヤのレリーフで捕虜に棍棒(のような棒)を
ふりかざす人物の絵を見た記憶が・・・
武器でなく儀式用の何かの道具かもしれないけれど。

314 :世界@名無史さん:04/02/06 00:03
マヤのレリーフで一番衝撃的だったのは、
神々の眷属のエビ人間のデザイン。手と頭がエビで、ほとんどショッカー怪人のようだった

315 :世界@名無史さん:04/02/06 00:05
フォッフォッフォ   やっと気が付いたかね、我々は太古から君たちに文明を授け(ry

316 :世界@名無史さん:04/02/11 14:58
そういえばマヤの戦争ってどんな戦い方だったんだろう。
武器が出土した、という話もあまり聞かないようだけど。
イメージ的には双方の神官が呪術を掛けあう光景がw

317 :世界@名無史さん:04/02/11 18:01
槍と棍棒
ポク・タ・ポク必殺シュートで石弾発射
おびき寄せてセノーテにドボン

318 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/02/20 23:11
王が捕虜になって生贄に捧げられていることが
しょっちゅうあったみたいですから、

王族・貴族中心に戦争していた感じが…。

319 :世界@名無史さん:04/02/20 23:25
最近、BSのドキュメンタリーでカラム遺跡、カスマ谷遺跡の話やってたな。どちらもペルーの遺跡。なかでもカラム遺跡は紀元前2600年という話。BBC制作だし、それなりに信憑性はありそうなんだが。

320 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/03/16 21:09
生贄の儀式のAA欲しいよなぁ

321 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/03/17 22:42
イチュカウィピリなAAはありましたよね。

322 :世界@名無史さん:04/03/21 22:27
>>319
 先週木曜深夜、再放送していた。カラムもカスマもまったく初めてしったので
驚きだった。しかし、中南米も、エジプトやメソポタミアに匹敵するくらい
古くから高度な文明があったのは新鮮な驚きだった。これって歴史入門書程度に
掲載されるくらい結構有名な事実?
 とはいえ「マザーシティ」の定義が一つだけ、というのは納得できなかった。
交易から発展した文明もあれば、戦闘から発展した文明もあるのでは?
もっと社会学的、人類学的側面からの検討が必要かと思う。

323 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/03/21 22:56
というわけでまたこっちに来てみたわけだが・・。
何の話題にみんなの興味が解からんのだよ。
というか俺も結構忘れてる。

324 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/03/21 22:57
そういえばワステカ族ってのがいたよな。
あれは何なんだ?
沿岸地域のマヤ語族が分断されたとかだったか。

でも古いマヤ語ってのはワステカ語に近いんだよな、確か。

325 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/03/21 23:13
それでワステカ族というのはでかい勢力だったが
アステカ族に征服されたんだよな。
ワステカという民族はアステカ族が台頭する前までは
ずっとメキシコでも有力な民族だったんだよ。

326 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/03/21 23:15
あれ?このネタ語ったかな?
まあいいや。それでワステカ語ってのは現代でも残ってるから
興味のある香具師は頑張って勉強してくれ。
ベラクルスから沿岸沿いに北の地域で使われてるな。確か。

327 :◆TCygujgOWY :04/03/21 23:33
                   ,..-──- 、
                 /. : : : : : : : : : \
                /.: : : : : : : : : : : : : : ヽ
                ,!::: : : :,-…-…-ミ: : : : :',
              {:: : : : :i '⌒'  '⌒' i: : : : :}    ________
                 {:: : : : | ェェ  ェェ |: : : : :}   /
.         , 、      { : : : :|   ,.、   |:: : : :;! <  アステカ近辺なら俺に任せろ!
        ヽ ヽ.  _ .ヾ: :: :i r‐-ニ-┐ | : : :ノ   \    
          }  >'´.-!、 ゞイ! ヽ 二゙ノ イゞ‐′     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         |    −!   \` ー一'´丿 \
         ノ    ,二!\   \___/   /`丶、
        /\  /    \   /~ト、   /    l \
       / 、 `ソ!      \/l::::|ハ/     l-7 _ヽ
      /\  ,へi  水 ⊂ニ''ー-ゝ_`ヽ、    |_厂 _゙:、
      ∧   ̄ ,ト|    >‐- ̄`    \.  | .r'´  ヽ、
     ,ヘ \_,. ' | |    丁二_     7\、|イ _/ ̄ \
     i   \   ハ       |::::|`''ー-、,_/  /\_  _/⌒ヽ

328 :世界@名無史さん:04/03/22 00:24
アステカといえばファルコムの某ゲームぐらいの知識しかないのう
図書館レベルで読める入門書〜中級者ようの本を推薦して暮れや。

最近山野に影響されて網野氏の中世ものや宮崎氏の中国史ものを
読み始めている一般人としてはまず全体の概論をつかまない事にはな。
ネットでみた程度ではきつかろうし。
この1、2年のとてた&水&トラメメのレスはずいぶんと参考になったし
此処以上の過疎板である考古学板も結構楽しみにしてる。

まあ仕事もつ単なる一般ピープルとしてはそこらが限界なんだかな・・・。


329 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/03/22 01:02
>>328
そう言ってもらえると嬉しいね。

やっぱり最初は新書とかがいいと思うよ。
あとは知の再発見双書とかかな。
まあ中南米の場合本自体少ないからどれも簡単なんだけどねw

征服の記述が少ない物を選んだ方がいいね。
征服の物は小説風で読みやすいが文化関連の記述が少ない。

330 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/03/22 19:12
>>328
いえ、僕は「教えて君」なだけなんですが。

331 :( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :04/03/26 20:36
>>330
いやいやもう教えて君じゃないだろ。
トラメメの名前やるから俺の代わりに頑張ってくれ。

332 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/03/27 12:11
>>331
…何を言いますやら。
僕のは所詮付け焼刃ですよ。

トラメメさんや水さんには及ぶべくもないです。

333 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/03/27 14:47
>>332
いやいやそんな事は無いですよ?
俺も大分忘れたからなぁ・・。
しばらくは水の名前は封印しますよ。

334 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/03/28 02:07
誰かサポテクについて詳しい香具師いないか?
モンテ・アルバンとかのやつ。

335 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/03/29 12:21
テオティワカンと文化的な交流があったんだったか。

336 :世界@名無史さん:04/03/30 02:22
↑なんか横柄な顔したヤツだな。

337 :世界@名無史さん:04/03/30 23:08
http://www8.ocn.ne.jp/~douji/chinaamerika.htm

とてた、水あたりならトンデモであることは自明の理かもしれないが、
どうしてこう、大陸の人って呼吸するかのようにデタラメ三昧ならべるのだろう。


338 :世界@名無史さん:04/03/30 23:24
まぁ、判コックみたいなモンだろ。

339 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/01 20:58
>>337
…南北アメリカIFスレの個人的元ネタの一つだったり。

「行っていない」と言い切るのは寂しい気もしますが、
「行きまくっていた!」と声高に主張されると、ちょっと…。

あと、「自国優越主義」は別に特定地域の十八番ではないですよ。
大なり小なり大抵の国にありますし。

340 :世界@名無史さん:04/04/01 21:51
日本の鹿島昂(一九二五〜二〇〇一)は自ら主催した雑誌『歴史と現代』
(一九八〇年八月〜一九八二年五月)の各号の後記に次のように記していた。
「中南米を占領支配したヨーロッパ人は、その地の先住民たちが、
殷甲骨文字や古代シナイ文字を持っていた事実を発見し、その痕跡を
すべて破壊したという。黄金を強奪し、住民を奴隷とするためには、彼らがヨーロッパ人と同根の文化を持ったのでは困るのである」
 鹿島氏がこのように書かなければならないこと自体、古代アメリカ文明の
旧大陸起源を示す決定的な証拠が存在しないことを物語っているといえよう。大航海時代から帝国主義の時代におけるヨーロッパ人が自分たちと同根の
文化が栄えた地だからといって収奪の手を緩めたかどうか、アフリカや
西アジアでの彼らの振る舞いを見れば明らかである。

この日本人って誰?たま出版あたりのビリーバーですか?

341 :  :04/04/02 01:11
マヤの世界観では文明は周期的の滅びる物という定説があり
そのために都を捨てて新しく作り買えていたってのは本当ですか?
で海を渡ってきたスペイン人がちょうど文明の黄昏の時期で神と間違えて言いなりになっちゃったって言う嘘みたいな話



342 :世界@名無史さん:04/04/02 02:18
マヤは結構抵抗してたんじゃね

343 :ぱりあかか:04/04/02 23:46
アステカ滅亡に先立つ10年間の凶兆が好きです。
しかし、後付だろうがよくもまあ考え出したものだ。

何かの本で読んだんですが、剣……
羽子板みたいな板2枚の間に黒曜石のかけらを挟んで歯状にしたやつ。
なんつーか、不完全なのこぎりみたいなやつ。
あれ、名前なんていうんですかね?

344 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/04 11:16
>>341-342
定期的…かどうかはともかく、王と貴族はかなり頻繁に移動していたようです。
ただ、スペイン人が侵攻してきた時には既に文明の最盛期は終わっていました…。

先住民の町で最後に「征服」されたのはマヤのタヤサルで、17世紀後半のことです。
>>343
マカナ…だったかしら?

345 :世界@名無史さん:04/04/13 21:38
パナマ地峡に近いコスタリカの先史文化の出土品。
なんだかメキシコよりもどことなくアンデスに似てないかいな?
http://www.cool.co.cr/usr/archaeol/guanic1.html

346 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/16 22:56
>>345
う〜ん、どうでしょう?

オルメカ系にも似てるような感じもしますし。

347 :世界@名無史さん:04/04/16 23:23
最下部の動物象形赤色注口壺はモチェとかあの辺りにも似てるな。
彩文様式は顕著にみられないみたいだが造形は通じるものがあるように思える。
アンデス文化圏における赤色土器型式成立の最盛期は
初期中間期後期から中期ホライズンにかけて(A.D.700〜900前後)なんだけど・・・

348 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/18 22:19
そういえば「メソアメリカと南アメリカの交流」は、
南からの冶金技術・北からはトウモロコシ栽培ぐらいでしたっけ。

盛んな交流が無かったのが残念です…。

349 :世界@名無史さん:04/05/10 01:07
どちらかが一足飛びに訪ねたというよりは
隣から隣へとバケツリレー式に伝播したせいかもね

350 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/05/13 22:53
>>348
暦は中米起源

351 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/05/15 22:42
>>350
あ、じゃインカ暦も20日18ヶ月だったんですか?

352 :世界@名無史さん:04/05/16 01:00
いや、12ヶ月×30日+5日の太陽暦と
18ヶ月×20日+5日の金星暦と両方を併用していたかと。

353 :352:04/05/16 01:03
あいけね、つまりおそらくそのうちの太陽暦のほうが伝わったのではないかと思われ。
ただ、中米から南米へ本当に伝わったのかは分かりませんです・・・
いかんせんアンデス文明側の暦の記録が乏しいもので・・・

354 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/05/19 00:08
>>352-353
なるほど、そこらも「不明瞭な点」なんですね。

355 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/05/19 03:29
俺も詳しく知らんのだが
中米で開発された暦が各地へ伝播して
各地で改良されたとかだった、とかじゃなかったか?

で、アンデスの暦が一番改良が少ないとかそんなんだと記憶してるが
どうだろう?

でも20日18ヶ月のやつでも太陽暦だよな?

356 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/05/19 21:56
>>355
厳密に言えば「金星太陽暦」では。

日本の太陰暦も「太陰太陽暦」ですし。

357 :名無し見学者:04/05/21 16:06
すごく遅レスになるのですが、
>>298
「大英博物館」の第6集にそんな映像があったと思います。

358 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/05/23 22:19
図書館から「古代マヤ王歴代史」借りてきますた。

…面白いですけど、かなりの歯応えです。

359 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/05/24 01:35
キャッサバは南アメリカ原産age

>>358
俺も一度立ち読みしたことあったけど都市が多いし
時代も長いからあれだけの内容が作れるよな。
アステカじゃ無理だなw

360 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/05/24 01:55
ちょっと引用。

159 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 04/05/22 23:57
新大陸で投石器が使われた最初で最後の戦闘は、スペイン人がアステカの首都を攻撃した時だったそうです。
しかも発射した石弾が真上に飛んで、そのまま落下して投石器自体を破壊してしまったというから
色々な意味で凄い話。

投石機スレのカキコだが・・・これ聞いたことのある香具師いるか?

361 :世界@名無史さん:04/05/24 03:39
>>360
大砲や銃や石弓なら有名な話なんですがね…。
ベルナール・ディアスあたり〜現場証人の回想物〜を、
原文か完訳で読んでる人なら答えられさう。

362 :(´<_`  ) ◆TCygujgOWY :04/05/25 14:11
>>360
これの話は読んだことが有る気もするが・・・?
先住民の記録だったかなぁ?
ベルナール・ディアスの記録じゃなかった気がするがどうだろう?
思い出せん・・・

弾丸に使った石は確か人間の頭の大きさくらいとかそんなやつだろ?
で、構造はオナゲルだったか?そんな感じのやつ。

363 :世界@名無史さん:04/05/25 14:12
>>360
>>362
水の自作自演乙

364 :(゚Д゚≡゚Д゚) ◆TCygujgOWY :04/05/25 14:17
>>363
??
今思い出したから>>362を書いてみたんだが・・・?
でも>>362は正しいか判らんぞ?

まあ自作自演といえばそうなるか。

365 :世界@名無史さん:04/06/07 23:20
インカ起源のゲームが現代まで生き残っていた!
http://www.nikkeyshimbun.com.br/040302-31brasil.html

へ〜チェス風のゲームだったのかな。
新大陸にボードゲームは生まれなかったと言われていただけに大ハケーン!

366 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/06/09 00:08
「古代マヤ王歴代史」読み終えますた。

いやなかなかの内容でした…古典期だけでしたが。
都市名のほとんどが現在とは異なっているのがなんとも…。
>>365
興味深い記事ですね。
若い子はサッカーに夢中…何処も同じですね。

367 :トラカテクトリ ◆8TRx5CX2OI :04/06/09 00:21
インディアカってのはたしかアマゾンのインディオがやってた「ぺティカ」だっけ?

368 :世界@名無史さん:04/06/10 04:49
>>366
後古典期の方は、現地に具体的な文字情報がほとんど有りませんし、
それは別資料の出番なんでせうね。
後古典期の各地の政体と古典期の王国との間には、直接の政治的継続性も無いようですし。

369 :世界@名無史さん:04/06/12 22:01
タワンティンスーユage

370 :世界@名無史さん:04/06/14 21:46
>>367
そうですね。
私も一日体験教室で遊んだことがあります。
↓インディアカの由来:
http://www.sutv.zaq.ne.jp/momotaro/naze.htm

蹴鞠のように無邪気にパス交換を楽しむもよし、
「手打ちバドミントン」の要領でラリーの応酬に燃えるもよし、幅広い楽しみ方があるのがよかったです。

そういや中国にも似た競技がありましたね。

371 :世界@名無史さん:04/07/03 01:13
age

372 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/07/03 01:48
例えば城攻めとかどうすんだろう?
要塞だってあるよな?

373 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/07/13 22:21
>>372
アステカやインカは集団肉弾戦で、マヤはゲリラ戦のイメージがありますが…どんなもんでしょう。

374 :世界@名無史さん:04/07/21 06:17
開戦前に宣戦布告などしたのでしょうか。
イメージ的には奇襲の応酬といった印象が・・・

375 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/07/21 21:21
>>374
無かったと思いますよ>宣戦布告

マヤなんかは小規模人数同士みたいだから「奇襲の応酬」というのは言えてますね。
トルテカやアステカ時代には、集団戦ですが。

376 :世界@名無史さん:04/07/22 21:28
V(゜Д゜)V

377 :世界@名無史さん:04/08/05 21:57
age

378 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/08/18 22:06
信楽の博物館で古代アメリカ展をやっているので、見に行こうかと考えていたり…。

379 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/08/20 23:05
で、行ってきました。
http://www.miho.jp/japanese/collect/collect.htm
もう、ハアハアものでしたよ。

やっぱり、写真よりも現物の方がイイですね。
オルメカの翡翠の仮面がステキでした。
インカの織物やモチーカの陶器の素朴さも…。

380 :世界@名無史さん:04/08/20 23:20
>>379
これってアケメネス朝美術の通常展示もしてんの?

381 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/08/21 21:30
>>380
常設展ではないようです。

ライオンとタカの金杯はなかなか精緻でしたよ。
内側にもちゃんと象嵌されていました。

382 :◆TCygujgOWY :04/08/22 07:19
>>374
アステカの属国の場合徴税官叩き切って宣戦布告する。
反乱の狼煙のようだが。

383 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/08/24 23:07
「マヤ文字事典」を入手しました…。

マヤなのにかなりアステカの風俗説明が入っていたり。
…たしかにアステカの方が一時資料が多いんでしょうけど。

384 :世界@名無史さん:04/08/29 06:55
ハリウッドでアステカかインカを舞台に大スペクタクルものを造ってホスイ・・・
今までにあったっけ?

少数で奇襲などとカタい事言わずに(笑)平原で両軍見合っての大合戦をぉぉぉ〜
コルテス役はバンデラスがいいかな。

385 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/08/31 21:52
>>384
無かったと思いますが…、
残虐シーン満載になるような気も。

テスココ湖のベルガルティンをつかったテノチティトラン砲撃なんかは絵になるかと。

386 :◆TCygujgOWY :04/09/04 09:30
まあ少数対大勢なのは最初だけで後は皆先住民同士の
戦争だからな・・・
大スペクタクルにしたくてもできないと思うんだがどうだろう?

ベルガンティンにしても周囲は皆しょぼい船で先住民が護衛してる。

387 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/09/04 14:38
あらら。

では、コルテスとマリンチェの恋愛劇に…。

史実とは大幅に変更されそう。

388 :世界@名無史さん:04/09/06 23:36
トロイの二の舞確定的なので、やめたほうがいいと思いますよ・・・<ハリウッド
ばりばりラテン系アクションドラマになっちまう。

389 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/09/09 00:48
アクションなコルテスはちょっと…。

お色気マリンチェさんはある意味あっているとは思いますが。

390 :世界@名無史さん:04/09/18 20:33:05
映画ならばアギラールとゲレロを主人公にした話がよさげ

391 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/09/25 22:08:24
その場合は知名度が。

…やっぱりマイナーなんですよね。

392 :世界@名無史さん:04/09/26 23:52:05
ピサロ将軍
原題 ROYAL HUNT OF THE SUN
製作 1969/米
監督 アーヴィング・ラーナー
P・シェーファーの戯曲の映画化。インカ帝国を発見したピサロ将軍と、インカの皇帝アタウアルパとの間で芽生えた奇妙な友情を描く。

って映画があるらしい・・・んだが・・・
ビデオなんか出てないだろうなあ。

393 :世界@名無史さん:04/09/27 00:01:48
マヤものの映画ではこんなのあった。
「太陽の帝王」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000W3SLG/249-1315617-3221962
これはDVDが出てるね。しかし古い映画ばっかだ

394 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/09/27 22:33:55
既に古典映画ですねえ。

遺跡をそのまま使っているかもしれませんけど、それ以外は期待できなさそう…。

395 :世界@名無史さん:04/10/03 15:28:07
なぜチムーはマイナーなんですか?

396 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/10/03 21:45:01
>>395
インカが飛び抜けて有名だからかと。

397 :世界@名無史さん:04/11/04 10:19:24
age-

398 :&rlo;水&lro;( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/11/05 21:25:50
>>392
ありがとう!!
ROYAL HUNT OF THE SUN !!
早速探してみるぜ!!

399 :世界@名無史さん:04/11/06 21:52:56
おっ水さん、えらくお久しぶりな気が。

400 :&rlo;( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/11/08 18:27:19
>>399
おう!久しぶりだな!!

401 :&rlo;水&lro;( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/11/12 02:15:02
貴様ら!!中南米系のスレはしばらくage進行で行こうぜ!!

402 :世界@名無史さん:04/11/21 23:00:49
ハッ了解!

ところで中米・南米では貨幣に相当するものというと
何が使われていたのでしょう? 貝貨ですかね。

403 :世界@名無史さん:04/11/22 20:27:15
>>402
マヤ文明ではカカオ豆が貨幣として使われていたとか。
アステカ・インカはなんだろう。物々交換だけ?

404 :世界@名無史さん:04/11/29 02:07:52
インカはムユの貝殻かな?
余談だが回転寿司屋のネタに出回っているそうだがw
全く違う日本名で出されているのでどの貝か分からないです・・・


405 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/11/29 22:58:39
>>403
前に水さんに聞いた話では、
アステカでもカカオだけど通貨というよりも交換価値が高いからだそうです。
>>404
あのあたり産で回転寿司のネタの貝といえば…、
「チリあわび」かしら。

406 :世界@名無史さん:04/12/05 18:01:17
6時から教育テレビの古代文明シリーズでカラル遺跡を取り上げるぞ!

407 :世界@名無史さん:04/12/05 21:51:19
>>406
見たよ〜。
BBCの考古学ものは日本のテレビで扱わない話題も豊富なんで重宝してるよ。
で、カラル。
・土器なし
・武器なし
・金属器なし

番組では旧世界の四大文明と比較しながら解説していたが、
上の特徴はほんとに異色だなあ。今後の続報を待つとしますか。

408 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/12/11 11:26:27
…見たかったです。

409 :◆gwq0Hy0yxk :05/01/03 20:54:54
誰か話のネタよこせ

410 :世界@名無史さん:05/01/03 21:49:26
やだ

411 :世界@名無史さん:05/01/04 01:16:55
神よ! 初詣は賽銭のかわりに>>410を祭壇に捧げ(ry

412 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :05/01/04 19:31:13
>>411 生贄マスターの俺に任せろ!!
───────────────────────────−──────―
────────‐───────────−────────────―─‐
─‐────────────‐────────‐∧_∧ ───‐──―──‐
─────‐∧ ∧,〜 ────────────‐(; ´Д`) ────―─‐──‐
──−──‐( (⌒ ̄ `ヽ───_ ───────‐ /    /─―/ヽ────―─‐
──―───‐\  \ `ー'"´, -'⌒ヽ──────‐| |  /‐─‐/ | | ─────―
―‐――──‐ /∠_,ノ    _/_───‐―──―─‐| |  /─―/ | |―────―‐
─────‐ /( ノ ヽ、_/´  \―────‐──‐∪ ./──,イ ∪←>>410─―─
────‐ 、( 'ノ(     く     `ヽ、 ―────―‐| /−─/|| | ──−───―
───‐‐/` ―\____>\___ノ ──────‐|/──/ || | ────‐─―‐
───/───―‐/__〉.───`、__>.―‐―───‐─―‐| || | ─────―─
──/──‐──────────────―−───‐(_)_)─────―─
─/────────−────────────‐──────────―‐
───────────────────‐─────────―─────‐



413 :世界@名無史さん:05/01/04 21:37:18
   | i                 //      __
   | |             //    /二つ_つ
   | |             //   /二つ./ ) /⌒)_ ._   _ノ
   | |            // /二つ (ノ / / (__)(_)、  ノ
   | |            // /   i     / /   Y (_)() く 
   | |           //  i  ノ _ノ / _ _ノ ノ    ) 無駄無駄ァ!!!
   | |           //  /   /  .i (  /   ∠
   | |          //  /  /    /i   ゙-、(      ヽ
   | |          //  / /∧  ./ i    i   n   ⌒ヽ'⌒
   | |         //  / / ´Д`) /  .ヽ___ノ _ノ/-っ
   | |         //  /.    ⌒/   /二二_づー'
   | |        //  /       /  ./
   | |        //  /  140 /  /   //
   | |       //  /    /  /   //
   | |       //  /      /   //
   | |      //  /    __/   //
   | |      //  /   /     //       ,,,-''
   | |     //  /   /     .//      ,,,-''
   | |     /  /  ./   //     ,,,-''
   | |    ./  /  /   //    ,,,-''
     !     _ノ ノ  .//   ,,,-''
         / / //  ,,,-'''
        ./ / // ,,,-'''         _,,,,―'''' ̄
       // // -'''    _,,,,―'''' ̄
    _ノ⌒/ /   _,,,,―'''' ̄
  ⊂_/      '''' _____________
   _人__       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      て
      (  タンッ!

414 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/01/06 23:03:18
「謎のアマゾン文明」というのを立ち読みしますた。
(モホス文明というそうです)

トンデモかと思いきや、なかなかの内容…。
ただ、「アメリカ最古」や「インカの元となった」というのはちょっと…。

415 :世界@名無史さん:05/01/09 06:14:05
閑話休題。

何かここ20年程で、マヤ文明のイメージって様変りしましたよね。
「ありえた別の人間社会」とは、SFな夢でしたとつくづく思います。
彼らも、我々と同じく業の深いひとたちだったんですな。

♪静かなコパンの森の陰では   18兎の首が飛ぶ  かこう かこう かこうかこうかこう

   オシュテトゥンの広場の上で  ダブル・バードの首が飛ぶ  かこう かこう かこうかこうかこう♪

416 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/01/12 22:36:44
>>415
コパンもティカルもチチェン・イツァも、当時は「森」の中じゃなかったかと。
(これも「変わったこと」の一つですね)

417 :世界@名無史さん:05/01/15 02:07:58
>>416
ただ、社会モデルとしては面白い部分があるような。

都市レベルの土木工事が可能な動員力があるのに、社会組織としては
王&貴族と一般人の間で、支配を具体化する中間の官僚層が未分化な社会で、
神権カリスマの求心力、自発的な服従で成り立っている国家、という印象。

418 :&rlo;水&lro;( ´_ゝ`) ◆TCygujgOWY :05/01/16 21:22:26
>>417
僧侶権力に結びついた貴族が官僚層となっていた気がするがどうだろう?
文字や暦の発展をみても知識人を生み出す貴族がある程度いないと
あそこまでは発展しないと思う。

419 :世界@名無史さん:05/01/17 01:28:13
そういえあ新大陸の文明では民衆蜂起や反乱って聞かないね。
記録に残っていないだけかも知れないけれど。

420 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/01/24 21:57:40 0
>>417
工人や学士の個人名が神殿に残っている例もあるので、
そこそこ中間層はあったと思います。

>>419
「従属都市の下克上」はマヤではよくあったようですが、「民衆反乱」は無さそうですね。

421 :世界@名無史さん:05/02/08 15:28:50 0
あげますよ

422 :世界@名無史さん:05/02/27 17:44:49 0
古代文明の多くに「記録」が残っていない点について
1)すでに紙を使っており1万年の時間の中で風化した
2)すでに電子データー化されており1万年の中でメディアが散逸・風化した
3)恐ろしく高密度な記憶メディアに収録されておりまだ発見されていない
4)文字なんかなかった。
どれだろう

423 :世界@名無史さん:05/02/27 18:05:49 0
>>422
5)まだ見つかっていない。

この可能性が一番高いだろ。

424 :世界@名無史さん:05/02/28 03:28:45 0
マジレスすると

6)口伝

じゃないか?

425 :世界@名無史さん:05/02/28 18:58:22 0
質問です。

コロンブスがアメリカ大陸をインドだと誤解したために、北米先住民をインディアン、
中南米先住民をインディオと言うようになりました。

しかし最近、北米のほうはネイティブアメリカンとも言います。では、中南米先住民のほうは
「インディオ」にかわる名称はあるのですか?

426 :世界@名無史さん:05/02/28 21:28:25 0
インディヘナ(=スペイン語indigena「先住民」)の呼称がよく見かけられますよ。
語呂が似ていますが、語源的にはインドとは無関係の語です。


427 :世界@名無史さん:05/03/07 23:56:12 0
中南米先住民って鉄は使ってたんでしょうか?
なんか石をつなぐ為の金具に合金を使ってたって聞いたんですが。

428 :世界@名無史さん:05/03/07 23:59:25 0
青銅のことでは?
中南米で鉄器は知られていなかったはず。

429 :&rlo;水&lro;( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :05/03/08 00:48:58 0
青銅?
大分少ないね。
しかも新しい時代じゃないとそれはない。
アステカは金銀なら結構加工してたけど、そっちも少量なんだよな。
でも青銅の方が多かったのかな?

鉄っていう資源自体は世界中あるが中南米は加工技術がないんだよな。
まあ算出しないわけじゃあないんだよな。

430 :世界@名無史さん:05/03/08 16:57:43 0
青銅ってのは昔は地面にごろごろ転がってて、根気よくたたくだけで精錬できたんだってね。

431 :世界@名無史さん:05/03/08 18:47:18 0
>>430
自然銅の間違いでは?
まあ十円玉も青銅だが・・・

432 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/03/08 21:41:39 0
>>430
鋳造と鍛造は違います…。

433 :世界@名無史さん:05/03/09 00:41:51 0
>>430
メソポタミアでも青銅はアナトリアから金・銀と一緒に銅を輸入し、
錫をザグロスから取り寄せて精錬を行っていたから
新大陸でも状況はそんな変わらなかったような・・・

434 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :05/03/09 01:36:29 0
>>430-432
火山地帯とかサボテンが多い地域とかもそういうの多かったのか?
まあ青銅は合金だしある程度技術はいるよな。
アステカの場合数は少ないよ。加工が簡単な石がポピュラー。

>>433
まあアステカの場合鉱山開発とかしてないから皆輸入だな。
金なんかは砂金だけだな。砂銀ってあんのかな?

435 :世界@名無史さん:05/03/09 17:44:20 0
露頭から自然青銅を採って、叩いて岩石と分離→冷間鍛造をしていたという
話は聞いたことがあるな。どこの場所かは忘れちゃったけど。
さすがにごくごく最初、青銅器の黎明期だけだったろうけどね。

436 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/03/13 21:53:41 0
中南米の鉱業自体、植民地以前は露天+アルファでしたしね。

437 :世界@名無史さん:2005/03/24(木) 16:44:16 0
アンデスでは金銀の精錬はどう行なっていたのだろう。
炉で溶かす以外の処理も知っていたのかな。(アマルガムはさすがに・・・)

438 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/03/24(木) 22:59:52 0
>>437
アマルガムの使用は植民地時代以降のことですね。

当時のものはほとんどスペイン金貨にされちゃったんですよね…。

439 :世界@名無史さん:2005/04/10(日) 18:46:01 0
金銀って還元すればいちばん簡単に沈殿するんじゃないの。
Na mg Al zn ふぇ pb く hg あg あう

440 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/04/15(金) 00:10:47 0
>>439
純度が悪い。他の金属蒸発させるほどの熱も無いし。
金銀より融点の高い金属なんぞいくらでもある。

441 :世界@名無史さん:2005/04/16(土) 20:12:48 0
中南米ものの映画が少ないのは先住民問題のせいでしょうか。
最近そんな気がしてきた

442 :世界@名無史さん:2005/04/17(日) 17:02:27 0
卒論で古典期から後古典期にかけてのティカル等の大都市の衰退について調べているのですが
ペテン地方のワシャクトゥン遺跡についてわりと詳細に調査結果が記述されているお奨めの文献ありませんか?
一通り探してみたつもりなんですが日本語で読めるのは入門書みたいなのしかないよ(つд`)

443 :世界@名無史さん:2005/04/18(月) 00:26:46 0
>>441
「ミッション」とかすごく良かったよ、
ヘルツォーク監督の「アギーレ神々の怒り」もいい。

444 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/04/18(月) 22:48:58 0
>>442
「古代マヤ王歴代誌」しか知りませんです…。

445 :世界@名無史さん:2005/04/24(日) 18:00:47 0
>>444
レスthx
マヤ王歴代誌は既読ですた。
とりあえず見つけた本の中ではあれが一番詳細だったのですが・・・
やっぱり英語で読むしかないのかなぁ

激しく遅レスで申し訳ない


446 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/04/25(月) 22:38:29 0
詳しく教えられなくてすまんが、
考古学系かコディセ読むのが1番良いと思うぞ。
クロニスタの著書は多いが、著者の見聞録だからな。

447 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/04/26(火) 22:40:05 0
>>445
ああ、やはり既読でしたか…。

この板では一週間ぐらいは遅レスには入らないと思います。


448 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 15:51:46 0
NHK「謎のピラミッド文明・テオティワカン・メキシコ」……「邪悪の文明」は確かに存在する!

今晩のNHK。メキシコのテオティワカン文明を取り上げていたけれど、
彼等のいいところを強調するなど、ちょっと「ポリティカリー・コレクト」にすぎる感が
あった。彼らは、一晩で一万人以上の人間生け贄をピラミッドの上で捧げたことも
あったという「トンデモ文明」だった。コルテスに滅ぼされて、ホントに良かった。
もし、いまだに残っていたとすれば、国連かなんかで「人間生け贄」は
独自の文化だから、守られるべきだと主張したことだろう。

ことほど左様に、現在でも、なんでもかんでも伝統文化は、たとえそれが
「トンデモ文明」であれ、擁護されるべきと言うことが「ポリティカリーコレクト」だと
信じられている。伝統文化といっても、良いものと悪いものがある。
「人間生け贄」は、どう考えても悪い伝統だろう。

アステカばかりではない。国内外で、これと同じような例はいくらでもある。
例えば、イエ制度に代表される日本の農村文化だね。

こういう束縛から一日も早く脱却することこそが肝要ではないか。
それが世のため人のためだ。

たとえば今度のNHKの朝ドラ。見るに堪えない。農村村社会のイジメ体質に、
どうにも息苦しくなって見ておられない。
あれなんか、もっと近代化されるべきだと思う。

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1310380191/E973996617/index.html

449 :&rlo;水&lro;( ´_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/05/09(月) 01:10:58 0
>>448
まあ生贄は良くないが、結局は羊か人間か、ってな感じなんだよ。
羊みたいな丁度いい動物がいなかったから人間になっちゃってた
とかいう説がある。

人間を殺してしまうということは悪いことだが彼らはそれがいい事だと
思って生贄にしてた。
世界が滅びるのを防止する目的で生贄を捧げてたんだよな。

まあ単純に悪いといいたい気持ちも解るが、背後関係を調べる
のも歴史にとって必要ではないかな?

滅ぼされて良かったとかいうのはちょっと違うかなぁと思うがどうだろう?

450 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/05/09(月) 01:20:45 0
>どう考えても
の「考え」の拠り所が、所詮現代という時間の、日本という場所のそれです
からね。絶対的に「悪」と呼べる行為は、そうは無いでしょう。
もっとも、これも言い過ぎると倫理観というものについて、深く考える事
なしになんでも認めてしまうという行動を生んでしまいますが。

448氏も、これはおかしいと思われたからこそ、紹介されたのでは。

451 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/05/09(月) 23:28:02 0
>>448
あーこの人…。
結局、一番最後の件が言いたかっただけかと。

「都市が農村に搾取されている」(逆じゃないし、異論は一切認めない)
が持論の人ですから…。

452 :世界@名無史さん:2005/06/05(日) 10:36:38 0
age

453 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/06/08(水) 21:51:09 0
        ∧,,∧
      ミ,,,,゚Д゚彡.〈〉
      /人´∀`) ||
       と) ~~~~~iつ||
       んハソハツハ ||
      ,(,,ノ(__) ||


クワァテとテモックが人気者になりましたが、
彼らの先輩たるアステカモナーを発掘しましたので載せてみます。
うまくいったかしら…。

454 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/06/08(水) 21:53:17 0
ああ、あかんかった…。
AAってただ貼るだけでも難しいものなんですね。

455 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 00:41:52 0
最近知ったが、リャマって食用にもなってるのね・・・
毛と荷役用だけかと思ってますた。味のほうはいかがやら。

456 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/06/22(水) 18:52:07 0
>>455
美味いらしいよ。誰だっけ?記録がある。

457 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/06/22(水) 22:26:11 0
日本じゃダチョウ以上にマイナーな食材になりますけどね。

458 :世界@名無史さん:2005/06/25(土) 18:32:05 0
_..                ,,.-'ヽ 
ヽ "゙ー-、、         / : :!
 i 、 :. ヽヽ_,,.....、,,,....._;/ ,;'   ;,.!
  i.,  ..;;;ヽ       ヾ ,,;_ , /
  ヾ_:::,:'           -,ノ
  ヾ;.   ,         , 、;, 
    ;;    ● , ... 、,● ;:    現代に生まれてよかったキューン・・・
    `;.       C)   ,; '
    ,;'     '.、 -‐-ノ ,;'、
   ;'            ;:
    ;:            ';;




459 :アフリカ遠足人=中米ひきこもり人:2005/06/26(日) 11:03:31 0
来月から中米の「深い」国に赴任することになりました。
アフリカは大好きなんだけど、中米なんて気が進まないなぁ…。
しかし、歴史好きである限り、やはり行った先の歴史は知りたいものです。
でも南米に関する書籍は多いけど、中米に限ったものは極端に少ないですね。
古代に限らず中米史に関する良書があれば教えてください。

460 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/06/26(日) 11:54:11 0
>>459
おやそれはご苦労様です。

アステカなら「アステカ王国」、
マヤなら「古代マヤ王歴代誌」、
南北アメリカ全体は「古代のアメリカ」が一番です…。
図鑑サイズで図書館によっては禁貸出ですが。

461 :アフリカ遠足人=中米ひきこもり人:2005/06/26(日) 16:40:21 0
>>460 とてたさん
早速のお返事ありがとうございます。
中米の歴史というと、やはりアステカやマヤの古代史ぐらいしかないんですかね?
古代史はもちろんですが、スペイン入植後から近現代史も勉強したいもので。
(古代文明スレで質問するのはスレ違いですが、ほかに聞けるところがなさそうなので)
中南米というカテゴリーなら近現代史もそこそこあるんですが、そのほとんどが南米中心で、
中米というとおまけ程度にちょこっと出てくるだけなんですよね。
とりあえず今手元にあるのは『中米の世界史』(古今書院)と
『エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグアを知るための45章』(明石書店)、
『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫)ぐらいです。
私の中で中米は最も興味が薄かったので、
いまさらながらこの地域に対する勉強が不足していると感じております。

462 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 16:50:03 0
J.コルタサル 『かくも甘く激しきニカラグア』 晶文社

いや単にコルタサルが好きなので…

463 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 20:08:29 0
グアテマラ の検索結果:22件
ベリーズ の検索結果:9件
エルサルバドル の検索結果:11件
ホンジュラス の検索結果:9件
ニカラグア の検索結果:22件
コスタリカ の検索結果:22件
パナマ の検索結果:37件

464 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/06/27(月) 03:41:20 0
>>461
ラテンアメリカ史。もしくはラテンアメリカ。このタイトルの歴史の本
がたくさんある。
ラテンアメリカ史ってのは一般的に征服後を指すから参考になると思うよ。

各国に分かれた記述がある本もあったはずだが、タイトルとか忘れた。
厚い本だったけど・・・ラテンアメリカ入門だったかなぁ・・・?

465 :アフリカ遠足人=中米ひきこもり人:2005/06/28(火) 19:14:28 0
>>462-464さん
!Gracias!
探してみます。

466 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/06/28(火) 22:36:25 0
たしかに個別の国の歴史以外は
「ラテンアメリカ」全体のくくりになりますねえ。

とはいえ、「深い国」ですか…。
機会があれば「銀の山」からは遠いですがコパンに行ってみるのもよいかと。
http://www.geocities.jp/bokata94/copan.htm

467 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 02:41:10 0
楽天アメリカ

468 :アフリカ遠足人→もうすぐ中米ひきこもり人:2005/07/11(月) 02:05:27 0
>>466
とてたさん
もちろんコパン谷も行きますよ。
もうすぐ出発です。
結局、本を探している暇がありませんでした。
質問しておきながら申し訳ありません。
「深い」国から書き込みできるかな?
ではまた。

469 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 23:47:39 0
コルテックス

470 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/07/12(火) 22:53:01 0
>>468
道中お気をつけて。

エク・チュアフ神のご加護がありますように。
(マヤの戦争と商人・旅人の神です)



471 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 11:52:42 0
マヤやアステカより古く、かつ独自の起源を持つといわれるサポテカ文明が
あまり注目されないのはなにゆえ?
独自の文字も建築様式も残っているのに。
文化圏の範囲がオアハカ周辺限定だったせいだろうか。ショボーン・・・

472 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/07/22(金) 00:06:51 0
>>471
ニカラグア〜コロンビアの地域ももっと知名度があってもよいような。
他地域に広汎に波及しなきゃ、知名度は低いものにならざるをえないのかしら…。

473 :中米ひきこもり人(元アフリカ遠足人):2005/07/28(木) 07:47:40 0
テスト書き込み…。中米の深い国からです。
といっても証明できるものはないですが。

>>470とてたさん
いつもあたたかいレスありがとうございます。
銀の谷の空港はなかなか聞きしに勝るものでした。
無事着陸できたのもエク・チュアフ神のご加護のおかげでしょうか?
当分コパン谷に行ける機会はありませんが、また何かあればご報告いたします。

474 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/07/28(木) 14:11:22 0
スペイン人とぶつかった記録の多い文明は注目されるよ。
記録から研究できるからね。テキストが多いのは利点だし、
文明の詳細もわかり易いから初心者にも伝えやすいしね・・・

475 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/07/31(日) 09:38:37 0
>>473
ご無事でなによりです。
>>474
「戦争も異文化接触の一つ」ですしねえ。

476 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/08/03(水) 20:58:46 0
>>473
もしかして●持ちなのかな・・・?

477 :中米ひきこもり人(元アフリカ遠足人):2005/08/06(土) 07:38:02 0
>>476 水さん
「●持ち」ってなんですか?少なくとも「痔持ち」じゃないですよ。
水氏はまだアジアにいらっしゃるんですか?うらやましい〜。
この国は今のところ何も面白いことがないです。
はやくコパン谷へ行きたいなぁ。

478 :&rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY :2005/08/06(土) 14:11:09 0
海外から書き込むのに●が必要だと思うんだが・・・
基本的に2CHは海外のIPアドレスからの書き込みはできないんだよ・・・
●は2CHビューアーとか言う名前のやつ。

479 :中米ひきこもり人(元アフリカ遠足人):2005/08/07(日) 07:57:34 0
>>478 水さん
現在はネットカフェでLANを繋がせてもらって、自分のPCで書き込みしていますが、
ビューアーなどは持ってないですね。
アジアのネットカフェからその店のPCで書き込みしたこともありますが、
書き込み拒否されたことはそれほど多くはないです。
実は日本にいるんじゃないか、と疑われても、
中米にいることを証明できるのものがないので、応えに窮してしまうわけですが…。
ちなみにいま自分がいるネットカフェは1時間Lps.28です。

480 :&rlo;水&lro;( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :2005/08/07(日) 11:24:13 0
いや疑ってるわけじゃあないんだけど俺の環境●がないと
書ける環境なかったから。

つうかなんで俺の環境はダメなんだ・・・・?

481 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/08/13(土) 22:20:34 0
>>479
熱帯高地の「銀の山」は快適ですか?

482 :世界@名無史さん:2005/08/14(日) 15:47:57 0
「銀の山」といってもどこなのかまだ分からない漏れ・・・
ポトシは南米だし・・・ウーン?

483 :中米ひきこもり人(元アフリカ遠足人):2005/08/15(月) 08:56:43 0
>>481 とてたさん
それが寒いのなんの…。現在、「銀の山」近郊の山の中にいますが、
標高が1400mあり、朝晩は冷え込み、いつも日本の秋のような陽気です。
「銀の山」(標高1000m?)は暑いですよ。

>>482さん
北緯15度あたりです。

484 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/08/18(木) 22:54:46 0
>>482
コパン遺跡がある国です。
>>483
あらら、熱帯夜続きの大阪に比べればすごしやすいんですねえ。
温度差がある方が農作物は美味しくなることが多いですが、
現地の食生活には馴染めました?

485 :中米ひきこもり人(元アフリカ遠足人):2005/08/19(金) 08:29:37 0
>>484 とてたさん
過ごしやすくはありません。寒くて風邪引きそうです。
雨季なので湿気もあって、家の中に干していた服がカビていたりします。
食事はもろこし三昧です。馴染む以前に飽きそうです。
主食のトルティーリャ(とうもろこし粉をこね、
円盤状に平べったくして焼いたもの)やスープの具など。
さらにバナナ共和国といわれるだけはあり、バナナも多いですよ。
デザート用の甘いものだけでなく、芋に似た味の穀物用等各種あり、
生食やスープの具、揚げバナナ、焼きバナナ等。
そして、フリホーレスという小豆(?)の煮物。
もろこし、バナナ、小豆がこの国の3大食物です。
1ヶ月以上たちましたが、まだこの国でうまいものにはめぐり合っていません。

486 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/08/27(土) 00:21:38 0
>>485
ご、ご苦労さまです…。
体調を崩さぬように気をつけてくださいね。

487 :中米ひきこもり人(元アフリカ遠足人):2005/08/28(日) 12:37:31 0
>>486 とてたさん
お気遣いありがとうございます。「銀の山」に戻ってきました。
車で30分走っただけでこうも気候が違うものかと驚くほど、
標高1400mの地から来ると熱いです。(といっても30度前後)
さて、最近自分の近況ばかりで、このスレに役立つことを何一つ書いていないので、
一応報告します。「銀の山」の国立歴史博物館に行ってきました。
見るべきものは…ありません。コロニアル調の美しい館ですが、
展示品は独立以降のものばかりで、数は少なく、
アフリカ各国の博物館よりもダントツでつまらなかったです。
20Lps.出すほどの価値はありません。以上、役にも立たない報告でした。
来週から「希望」という名の地へ行きます。深い国の最寒地だそうです。
もっと寒いところがあるなんて信じられません。
ここは本当に北緯15度でしょうか?

488 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/08/28(日) 22:09:18 0
>>487
まあ、今のところネタも無いですし…。

コパン遺跡からの出土品はほとんどアメリカに運ばれたかと。
熱帯高地って想像以上に寒いんですねえ。
寒冷地…ミナス山(2849)のあたりでしょうか。

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