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「鎖国」がなかったらどう変わったか

1 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 00:26:45 0
江戸幕府が日本人海外渡航帰国の禁をしなければ
その後日本及び世界はどう変わったか
ベトナムタイフィリピンあたりに日本人街があった訳だが
それらが維持されて、
例えばイギリスがアジアや豪州などに入り込んでくるとき
日本はどう反応したか、など

2 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 00:29:54 0
鎖国という用語自体が現在学界では批判されているのだが、>1は
どう思うのだろうか。

3 :乳1号:2005/05/01(日) 00:32:02 0
鎖国はなかった

4 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 00:48:36 0
信長がいきていたら、東アジア征服にのりだしただろう、って話は
あるな。鉄の軍艦つくって、しかも、当時の日本は世界で一番
銃器をもっていた国だった。大砲もあったわけだ(大阪冬の陣で
使われている)。ってことは、中国はさておいても、東南アジア
征服くらいしていただろう。

5 :乳1号:2005/05/01(日) 00:50:28 0
鉄の軍艦といってもほとんど浮いてるだけだったのでは。たしか。

信長が日本史上の奇才であるにしても
過大評価が過ぎることが多い感じです。

6 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/05/01(日) 00:55:07 0
つ「開国ニッポン」(清水義範)
なかなか面白い架空史モノですよ。

7 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 01:05:07 0
>>2
だから括弧付きで書いたわけだが
つまり日本人の行き来があり、
日本人町が維持され
情報の行き来も密だったら
東南アジアや豪州などで西欧が支配的になっていく中
日本が史実よりも早いアクションを起こした可能性が高いでしょ。
また今に至るまで日系人が一つの勢力だった可能性も有り得る。
華僑等のように。
そういうのをシミュレートするスレッドでし

8 :乳1号:2005/05/01(日) 01:08:35 0
華僑と日系人の違いは
現代においての違いから類推するに
国の政策の影響よりも元来の気質みたいなものによるように思います

9 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 01:15:23 0
>4
>しかも、当時の日本は世界で一番
銃器をもっていた国だった。

その話はノエル・ペリンという西洋の学者が言い出した話だが、
多分に疑問視されている。

>大砲もあったわけだ(大阪冬の陣で
使われている)。ってことは、中国はさておいても、東南アジア
征服くらいしていただろう。

大砲ぐらいは明でもあったからなあ、その程度ではちょっと。
ちなみに江戸幕府が出した有馬晴信(1609)・村山等安(1612)
の台湾遠征部隊は、いづれも壊滅している。東南アジア征服、
無理。


10 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 01:18:34 0
兵糧が続かないので海外征服は無理です。
むしろ外からの影響が深刻な事態を引き起こします。
鎖国政策は、交易をシャットアウトするためではなく、
交易&文化の流入を完全管理するためのものです。
オランダ人だけが特例的に出島での交易を許されたのは、
宣教師を連れてこなかったからといわれています。

11 :乳1号:2005/05/01(日) 01:22:55 0
経済的な面で言えば、鎖国は単なる保護貿易ですね。
そして当時自由貿易であった国があったのか。

現代も発展途上国が保護貿易であるように
日本の国内産業の振興はいわゆる鎖国のおかげという面も強いのではないかと思います。

12 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:02:43 0
鎖国をしなくても保護貿易は出来る。
戦後の日本は保護貿易で発展した。
ドイツもフランスもしかり。
イギリスだってオランダからの羊毛やインドの織物を規制した。

鎖国を保護貿易でしかないというのは根本的に間違っている。
鎖国は情報や交流そのものをシャットダウンした。
一部の権力者による情報の独占がなされた。
鎖国と保護貿易は北朝鮮と中国ほどの違いがある。

13 :乳1号:2005/05/01(日) 02:03:43 0
経済的な面で言えば、ですよ

14 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:10:39 0
>>1
普通に考えたら日本はイギリスと同じように島国なのだから、海外貿易を続けてたら、アジアを植民地化していったと思う。
それほど島国というのは海上を支配する上で有利だ。
西欧諸国が世界を支配できたのも海上貿易を独占したから。
島国であるイギリスは海上貿易を支配する上でもっとも有利な条件にあった。
日本は鎖国し、イギリスは世界の海を支配した。
鎖国は日本の海外発展を致命的に遅らせた。
20世紀になって遅れを取り戻そうと侵略戦争に邁進したが遅すぎて撃沈した。



15 :乳1号:2005/05/01(日) 02:16:49 0
島国なのだから〜植民地化していった

ってのはずいぶんとまた乱暴ではないかと。
海上貿易を独占したから世界を支配したというのも?
世界を支配したから海上貿易を独占、でしょう。

ちなみに私は鎖国がなければ日本の産業革命がもっと遅くなったと思います。

16 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:20:19 0
ウリもユーラシアに覇を唱えたはずだったニダ

17 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/05/01(日) 08:13:07 0
>>9
>ノエル・ペリンという西洋の学者
学者は学者ですが、専門は英文学で、環境科学も教えている教授です。
日本史学については素人の余技であるという事は、御本人も認めてらっしゃ
いますし、武田信玄が狙撃されて死んだ(と確定的に)記してらっしゃるなど
の難がありますが、彼の著作である『鉄砲を捨てた日本人』は、
「これだけの能力があったのに、軍縮した日本」
という国家があった事を賞賛した内容で、過大評価された面も強い。

18 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 09:40:42 0
>>12
国を取り巻く事情を現代と混同しちゃイカン。

19 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 10:28:41 0
>>10の言うとおり、鎖国には江戸幕府による対外貿易の独占という一面もありました
(このあたりは16世紀前半までの明と似ている)。日本は出島、対馬、琉球、蝦夷地
という4つの小さな窓口を通じて世界と交易、交流をしていました。
また、>>15の言うように、これまで中国からの輸入に頼っていた生糸も江戸時代には、
国内で生産されるようになり、幕末には、世界に輸出するまでになりました。
鎖国をしていたおかげで、日本の近代化の下地ができたと思います。





20 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 11:15:56 0
>>14
島国だから植民地化したって・・・
近くには朝鮮半島があったんだから攻めるとしたら
近くの朝鮮半島からではないのか?

植民地化しなかったのはそういう文化をもっていなかったからだろうと思われ
日本人に虐殺の文化がなかったように

21 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:02:16 0
>>15
>海上貿易を独占したから世界を支配したというのも?
>世界を支配したから海上貿易を独占、でしょう

順序が逆。
人口も少ない小さな島国が世界を支配できたのは海上貿易を支配していったから。
たとえば、国力が巨大な清は世界を支配できなかった。
イギリスの発展は海外活動があってこそだ。





22 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:06:11 0
>>19
>鎖国をしていたおかげで、日本の近代化の下地ができたと思います

順序が逆。
鎖国をしたおかげで、日本の近代化が遅れた。
たとえば、情報鎖国していた国と情報開国していた国ではどちらが発展するだろうか。
考えてみればわかることだ。
出島などの例をとりあげて日本は情報鎖国をしていなかったというのは、物事の程度を理解していない証拠。

23 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:11:50 0
>>20
>近くには朝鮮半島があったんだから攻めるとしたら
>近くの朝鮮半島からではないのか

太陽の沈まない大帝国を築いたスペインが隣国のモロッコを支配しただろうか?
逆に何万キロも離れているフィリピン中南米を植民地化した。
植民地はとりやすいところからしていくもの。
距離の有無は関係ない。

>植民地化しなかったのはそういう文化をもっていなかったからだろうと思われ
日本人に虐殺の文化がなかったように

秀吉は朝鮮出兵を行っている。
琉球や台湾にも兵を送っている。
当時の日本は海外を植民地化する文化があった。
ちなみに朝鮮出兵での被害者の正確な数は知らないが、相当な数であるのは確実。


>




24 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:17:30 0
日本が鎖国しなければ、北は北海道、アリューシャン列島、アラスカ、カナダ西海岸、アメリカ西海岸、ロシア極東には日本人が植民地化しただろう。
南は台湾、フィリピン、ボルネオ、香料諸島、パプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド、南太平洋諸島を植民地化しただろう。

日本はイギリスに匹敵する海外雄飛のチャンスを自らの手で封じた。

25 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:32:46 0
>>21
おまい、大航海時代のイギリスについてもっと勉強してくれ。
全く事情の異なる国を、単に島国という共通点のみで同列に語るなよ。

26 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:38:58 0
>>22
鎖国しなければ日本は貧困にあえぐことになったでしょう。
長い鎖国後の熟成した文化の土台あったればこそ、急速な近代化も出来たんです。

27 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:41:19 0
>>26
鎖国長すぎw
そのおかげで停滞しすぎw

28 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:43:05 0
>>27
江戸文化について学んで見ましょう

29 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:47:23 0
鎖国などしていない半島が西洋の文化を取り入れて豊かになってたら説得力もあろうがなw
荒巻義雄並に都合のいいIFしか考えられない奴には、実際的な政治や宗教や経済の問題など、
まるで考慮に入れられないのだろうな。

30 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:48:22 0
>>28
確か人口が3000万から150年間変わらなかったんだよね。

31 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:48:53 0
やれやれ…鎖国=停滞という史観からして昭和30年代に
作り上げられたものなんだけどなあ。

>鎖国は情報や交流そのものをシャットダウンした。
一部の権力者による情報の独占がなされた。

オランダ文字が江戸庶民の間では大流行し、ご隠居が
アヘン戦争はすごかったらしいということを書き残し、
清で発禁になっている書籍が日本で公然と廻し読みされた
江戸時代の状況のどこに「幕府による情報の独占」があるんだ?
オランダ風説書くらいだぞ、幕府に入ってきている外国情報。

かえって民間の学者の方が外国情勢を知っている。

32 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:50:17 0
>>29
>実際的な政治や宗教や経済の問題

どんな問題かね?

33 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:52:05 0
>29
李氏朝鮮は鎖国以外の何者でもないぞ。

>30
その説は随分前に否定されたはず。というか二宮尊徳が作成させた
相馬藩の人口統計(江戸時代でも数少ない完備されたもの)だと、
享保年間まで上昇、享保以降減少、その後藩政改革で上昇と
明らかに人口は変動している。

34 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:52:06 0
>>31
それは上から漏れた情報だ。
鎖国している北朝鮮でも世界情勢の一部は国民に伝わっているぞ。

35 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:55:59 0
なんだかんだで今日本は世界2位の大国じゃん。
鎖国をした事で独自の文化が成熟した事は否定できないと思うしな。
結果オーライっしょ。

36 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:56:08 0
>>33

人口は鎖国期を通じて増え続けたわけ?

37 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:56:21 0
山内センセが、フィリピン等へ勢力拡張を目指して、
イスラームの抵抗に苦しめられていたかもと、どっかで書いてた記憶がある。

38 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:57:09 0
>34

あのね、>31の例は全部幕府ルート以外の情報だよ。

・オランダ文字流行→江戸庶民がオランダ使節の所へ押しかけて聞いた
・ご隠居の情報→知り合いから聞いた話。ちなみにオランダ風説書より
ご隠居の知識のほうが正確。
・清の書籍→入手経路は清の商人からか?南部の儒者が写本を作り
草の根で流布。幕府はこの情報をまったくつかんでいない。

もう少し勉強した法がいいと思うがねえ。

39 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:58:04 0
>>35
それをいったらナチスドイツも結果オーライになってしまうよ。
ナチのせいでドイツは経済も国家も壊滅したんだが。


40 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:59:17 0
それにしてもスレのびるな。まだ明るいうちから。
俺たちのGWの過ごし方、これで有意義なのか・・・

41 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:00:22 0
社会を科学的に分析しようとしているのだから、有意義なのだ

42 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/05/01(日) 18:01:44 0
>・清の書籍→入手経路は清の商人からか?南部の儒者が写本を作り
逆に、日本から『吾妻鏡』や、本国では散逸した漢籍が伝わってもいますね。
荻生徂徠も早い内から知られており、議論されていた筈です。
蘭癖大名の中には、オランダ語で手紙を書いた者もいました。
以前、京都の古書店の目録にも出ていた覚えがあります。

43 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:02:05 0
>36
鎖国完成時期は増えてるよ。相馬の統計では
吉宗が暴れ始めた享保五年を境に人口が減少。
各藩ごとでも違うけどね。東北は基本的に冷害及び上方資本に
やられて経済破綻し、餓死者続出により人口減。
西国は藩専売の事業が成功して人口増。
まあ東北でも勝ち組と負け組はかなり別れていて、
相馬藩は二宮の改革で復活しているが、
二本松藩は改革派を一揆が追放させたことにより全く無策のウチに
人口が減少し続けている。

44 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:02:30 0
>>37
イスラムの抵抗ってフィリピンのミンダナオ島の事?
あんなもの、フィリピンの弱小スペイン政府でさえ征服できたんだから、日本なら瞬殺出来るよ。

45 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:04:29 0
>>43
日本全体の人口動態はどうだったの?

46 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:06:16 0
>44

よくわかった。台湾から負けて帰って来た有馬晴信と村山等安は
日本人じゃないんだね。君の脳内日本とリアルには凄い落差があるから。

47 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:06:39 0
鎖国をしないと海上貿易によって力を蓄えたブルジョワ勢力が出現した可能性が高い。
そうなれば、海外の思想の輸入も相まって、反封建思想が広まり明治維新よりも遙かに早い段階で市民革命が起きた可能性が高い。

48 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:07:46 0
>>46
有馬と村山は何人ぐらいの兵力を台湾に送ったのかね?

49 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:10:08 0
本国から遙かに離れた弱小勢力オランダでさえ台湾を統治できたのだから、本気をだせば当時の日本が出来ないわけがない。

50 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:10:32 0
>45

ttp://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1150.html
↑この手の研究では必ず出てくる鬼頭宏氏の人口推定統計だが、
関が腹よりはあがっている。

51 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:14:48 0
有馬藩は五万石だから、最大動員数は1万石当たり400人として
2000人。兵数の記録はみあたらないけど、最大動員数よりは
下回るのではないか。

52 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:15:32 0
>>50
享保改革から明治維新までほとんど人口が増えていない(泣
この時期の欧州は逆に人口が大爆発を迎えており、植民地の開発も進むのだが。

53 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:16:46 0
中国でさえ人口では着実に増加し続けたのに。
日本の鎖国は国家の自殺行為だったな。

54 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:24:57 0
だからさ、そんな戦争ばっかりしてて、文化が育つか?鎖国は開国後の日本の発展の土台として、
物凄く重要なんだって言ってるのが何故ことごとく無視されるのよ?

55 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:30:24 0
>53
グラフ見るとわかるけど、確実に人口は増えているぞ。
吉宗の時に伸びが鈍くなるだけで、実はこの直後
若年寄の田沼意知は開国を画策していたらしい。

鎖国政策決定以後急激に増加→吉宗の時に鈍化というのが
正しい。ようするに鎖国政策を決定した事はかならずしも
間違ってはいなかったのではないかということが人口からは
見て取れる。ようは吉宗が暴れたのが問題。

56 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:31:46 0
戦争ばかりしているイギリスもフランスもドイツも文化は育った。
鎖国をしなくても日本は発展できる素地を十分持っていた。
というか鎖国したおかげで、日本の文明は停滞した。


57 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:34:36 0
>>54
勿論破壊もあるが戦争ほど科学技術を進歩させるものは無い訳だが。
この場合主に国外での戦争になる訳だし。
例えば戦国から安土桃山時代に文化が発展しなかったとでも?

58 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:37:35 0
>>47

江戸時代の商人は十分ブルジョワに見えるのでは?
幕府の批判や身分制度否定などの反封建思想だって、あったはず。

59 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:38:38 0
>>55
>グラフ見るとわかるけど、確実に人口は増えているぞ。

150年間で3100万から3300万だろ
当時の欧州の人口増加グラフと比較してみなさい。

>鎖国政策を決定した事はかならずしも
>間違ってはいなかったのではないかということが人口からは
>見て取れる。ようは吉宗が暴れたのが問題。
>
鎖国をした当初は国内の開発する土地がたくさんあった。
しかし1700年頃から国内だけの生産力だけで養える人口は限界に達した。
それが3000万からほとんど増えなかった理由。
吉宗が暴れたかどうかなど関係ない。

開国直後から人口が急増している理由を考えよう。


60 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:43:55 0
>>56
100年戦争時の英国仏国は、周辺の国に比べて文化レベルで劣っていました。
巻き返すのは100年戦争が終わってからです。
>>57
戦争の産物による科学技術は即文化レベルにはつながらない。

61 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:47:07 0
>>57
安土桃山文化は大まかに言って大衆的なものとは言いがたい。
あの時代に市民の生活レベルが向上しただろうか?

62 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:49:37 0
>>56
江戸時代にアジアで自律的経済成長を遂げたのは日本だけ。
朝鮮出兵で古来からのアジアにおける中国中心の国際秩序は崩壊した。
「日本は明治維新によって近代化した」
この手の洗脳にはもうかんべん。

63 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:50:31 0
>>61
それは屁理屈だよ。

64 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:53:23 0
>>57
戦争ほど科学技術を進歩させるものは無い訳だが>>
正気か?
普通に平和な状態のほうが科学は進歩すると思うけどな。
内戦状態のアフリカや南米はとてつもなく進歩してなきゃおかしい。

65 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:54:35 0
>>61
何故屁理屈なの?事実だろ。
日本史上、平安時代並に文化レベルがぐんと様変わりするのは、
江戸時代になるまで待たなきゃならない。室町時代の文化だって、
さほど向上したとは言いがたい。

66 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:57:47 0
>>57
戦国から安土桃山時代に文化が発展しなかったとでも? >>
というより信長や秀吉による統一事業により戦国時代が終わり、社会が安定し、
そこから安土桃山文化へとつながったのだが。


67 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 18:59:31 0
>>65
室町や戦国はそうだけど、
安土桃山時代は結構華やかな文化が栄えたってイメージあるけどな。

68 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 19:06:06 0
おいおいおいおい、楽しく激論戦わしてる時に、北朝鮮が日本に向けてミサイル発射したの米軍が確認したっていってるぞ。
テレビつけろ。日テレ。

69 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 19:06:52 0
なんか失敗で日本海に落ちたらしい

70 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 19:15:03 0
午前に発射したミサイルに気が付くのが夕方かよ・・・・
この国守れねえのか、今の防衛システムではorz

71 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 19:19:03 0
日本が植民地化を免れた背景には茶、綿花などの自給体制があったわけで、鎖国をしなければ近代化はなかった、
少なくとも遅れていたのではないでしょうか。

72 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 19:28:19 0
>戦争ほど科学技術を進歩させるものは無い訳だが

分かった。これ取り消すわ。モラルに反するしな。

73 :乳1号:2005/05/01(日) 20:08:30 0
そもそも開国当初19世紀の日本は思われてるほど欧米列強に比して遅れてなんていなかったのでは。
だからこそ欧米の技術他をキャッチアップできた。
それも鎖国があればこそでしょう。

仮に、おおよそありえないことと思いますが17世紀初頭に日本が海外に大きな植民地を得たとしても、
スペイン・ポルトガルの運命をたどるのが関の山ではないかと。

74 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 20:18:58 0
そうだね、うまい汁吸える大規模市場なんか開拓したら、
イギリスに征服されちゃうよ。

75 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 20:30:48 0
東南アジアや豪州NZなら地理的にイギリスより日本の方が有利でしょ。
征服するとかは別にして。
今の経済圏でもそうだし。

76 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 21:46:47 0
>>60
ドイツもイギリスもフランスも中世以降も戦争をし続けた。
それでも文化は発展したんだよ。
かなりの規模でも限定戦争なら戦争そのものは文化の発展を妨げない。

77 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 21:47:31 0
むしろヨーロッパの発展は継続的な限定戦争に基づく富国強兵の結果なのだが。

78 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 21:48:45 0
>>74
鎖国していた日本が征服されないのに、鎖国していない日本が征服されるか。

79 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 21:52:27 0
>>73
>そもそも開国当初19世紀の日本は思われてるほど欧米列強に比して遅れてなんていなかったのでは。
>だからこそ欧米の技術他をキャッチアップできた。

それは違うでしょ。
欧米列強にまるっきり遅れていたから、植民地化の危機意識を持った。
その結果、大変革をもたらす明治維新を断行した。
脱亜入欧を唱えたのは欧米列強に引き離された差を縮めようとする現れだ。
その差を作り出した決定的な要因が鎖国政策だった。

80 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 21:54:46 0
明治維新は奇跡的な改革だった。
幕府が政権を持ち続ける可能性も十分あった。
日本は植民地化の一歩手前までいっていたと思う。


81 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 22:02:40 0
うーん、鎖国否定派の人ってスレざっとみた限りだと、
頭の中にある頑なな定義を主張して他人の意見は全く無視してるから
説得力に乏しいよなあ。歴史も知らないし。ニュー速の連中?

>79>80
あんたの言いたい事は良く分かったから、あんたの言うことを証明できる
史料を持って来い。まるっきり遅れていた、なんて随分主観的な
主張じゃないか。
本当にまるっきり遅れていたら、あんな短時間で追いつけないぞ。

82 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 22:32:41 0
どう考えても鎖国肯定派のほうが説得力に欠けるが。
例えば、日本が鎖国していなかったら植民地化されていた、という意見だ
何の根拠があって?

また鎖国が近代化を作り出した、という意見。
鎖国をしていて日本は大幅に軍事技術や海外交易や海外領土の獲得に遅れたという現実を無視しているが。

また人口の増加に関してだが、
鎖国によって150年間人口がほとんど増えなかった事実をどう考えているのか?

鎖国肯定派の人間に聞きたいのは、日本はあの当時鎖国をしたほうが賢明だったの考えているのかと言うことだ。
大航海時代に突入した世界において、日本は世界から分断する必要があったのか。
鎖国をしなければならない必然性はなかった。

83 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 22:35:45 0
鎖国した国では発展に限界がある。
欧州が世界を支配できたのは鎖国とは逆の事を行ったからだ。
例えばイギリスが鎖国をしていて世界を支配できたかな。
それは全ての国に当てはまる。
オスマンやロシアやアメリカが日本と同じように鎖国したら発展する物もしなくなくだろう。


84 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 22:43:58 0
>>81
>あんたの言いたい事は良く分かったから、あんたの言うことを証明できる
>史料を持って来い。まるっきり遅れていた、なんて随分主観的な
>主張じゃないか。

明治維新前の日本が欧米に比べて遅れていたというのは、ごく普通の意見だと思うが。
自然科学や科学技術や地理学や社会科学、軍事技術など大幅に遅れをとっていた。
ぺりーの4隻の軍艦の前に手も足もでなかったのが、明治維新前の日本なのだが。




85 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 23:21:04 0
>>78
鎖国していたから征服されないんだよ。貪欲な外の目に餌を見せず、精神汚染を防ぎ、
宗教的支配からことを進めてこようとする古い考えの国を寄せ付けず、純粋な貿易を求めてきた
オランダのみを、「出島」という隔離空間でのみ迎え入れ、国内の魅力あるかもしれないものを見せない。
これによって、「黄金の国」という幻想がなくなった後の「魅力のない国、日本」のイメージを外国に抱かせ、
国を守ってきたんだ。開国後にやってきた西洋人たちは、日本に対して抱いていたイメージとかけ離れた、
清潔で、文化レベルが高く、貧しい農村に至るまでが希望に満ちた人であふれた国「日本」をみて驚いたんだ。

86 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 23:39:38 0
>>83
だから何度言えば君はイギリスと日本を同一環境で違う道を取ったモデルに見たがるんだ?
歴史音痴は来ないでくれ。イギリスは始めから周辺諸国とかかわりがあるんだ。何で鎖国しなきゃならない?
そもそも、西欧が交易に力を入れなければならない理由すら君はしらんのではないのか?
東洋の肥沃土地に比べて、日照時間の少ない大地の痩せたキリスト教世界と一緒にされては困るよ。

87 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 23:40:23 0
近代化ってのは豊かな東アジアの物産(綿布、茶etc.)を、貧しくて陰険なヨーロッパ人が
産業革命と新大陸の発見で国産化していく過程だったので。
ところが日本ではこれらの物産が自給されていた。さらにイギリス産の綿布やインド産の茶は日本人の生活に合わなかった。
鎖国によって培われた文化の特異性が日本を植民地化から救ったのではないだろうか。

88 :乳1号:2005/05/02(月) 00:28:30 0
>鎖国肯定派の人間に聞きたいのは、日本はあの当時鎖国をしたほうが賢明だったの考えているのかと言うことだ。

ええもちろん。

89 :乳1号:2005/05/02(月) 00:39:19 0
>東南アジアや豪州NZなら地理的にイギリスより日本の方が有利でしょ。

>欧米列強にまるっきり遅れていたから、植民地化の危機意識を持った。
>その結果、大変革をもたらす明治維新を断行した。

そんな地理的条件や精神論で国は発展しません。
地理的条件が良くても、危機感を持っていても、
発展する素地がないところはなかなかテイクオフできないから発展途上国があるのです。

90 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 00:48:41 0
植民地を広げていたら、『勤勉革命』は起きなかったでしょうね。
安土桃山時代の宣教使は、日本人は誠実だが時間にとてもルーズだと記録している。
中南米と同じ労働思想のまま、近代化を行うことは不可能。
少なくとも、田沼以前に開国していたら、我々が知っている『日本人』は生まれていなかったと思います。

91 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 00:50:16 0
>欧米列強にまるっきり遅れていたから、植民地化の危機意識を持った。

遅れていたのは、産業革命後の技術力に対して対抗し得なかったというだけのもの。
都市の規模、市民の生活、文化レベル、人口、ドレをとっても江戸は当時においても世界に誇れる大都市です。
具体的に何が遅れていたのかといえば、最新医学知識、銃砲、そして、最大の差「蒸気」。
西洋世界をすっかり変えてしまったスチームの力こそが、開国をなしたと言って過言ではないのです。

92 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 01:04:59 0
>>90
田沼以前以後の変化とは?

しかし清潔好き、礼儀正しい、愛想がいい、犯罪少ない
とかの評価は昔っから変わって無いでしょ。
それこそ魏志倭人伝の頃から。

93 :乳1号:2005/05/02(月) 01:10:57 0
国の発展、進んでる遅れてる、のものさしの定義がなされてませんが、
まあ普通イメージされるのは近代化、
つまり工業化とそれにともなう経済清祥、大衆社会化、生活大国化でしょう。

つまりは産業革命とそれにともなう社会変革がなされるということですが、
産業革命がなされる条件は
・ある程度以上に手工業が発達していたこと
・資本の蓄積
・労働力
・市場
などです。


>鎖国をしていて日本は大幅に軍事技術や海外交易や海外領土の獲得に遅れた

領土が広い=すごい国だというわけじゃないですよ笑

軍事技術はたしかに遅れた(ただしそれすら多少だと思いますが)。
けれども軍事技術は産業革命の前提条件にはなりませんし、
逆に産業革命を経なければ軍事技術がどんどん遅れていく一方という関係でしょう。

広範な海外交易や海外領土は市場と関係はすると思いますが、
これらはプラスマイナス両面です。
十分な国力がなければ、逆に他国のターゲットとなってしまいます。
(国力=軍事力ではないですよここでは)
なお、鎖国によって国内市場が育った面も忘れてはならないでしょう。

94 :乳1号:2005/05/02(月) 01:16:34 0
産業革命がなされて生産力が増大してこそ、海外交易が生きるのです。
現代でも発展途上国ほど保護主義でしょ。
自国の未熟な産業を守らなければならないからで、
海外交易すれば発展するわけではありません。

>鎖国によって150年間人口がほとんど増えなかった事実

これも、産業革命前の社会で養える限界に日本の人口が達していたことを意味します。
(人余りの状態)
つまり産業革命が起これば、それに必要な労働力を供給できる状態であったということです。

95 :『文明としてのイエ社会』より:2005/05/02(月) 17:10:06 0
もし信長が、あと10年生きていたら、彼の手で、全国統一が行われたことは、ほぼ確実だろう。
その場合信長は「一大艦隊を編成してシナを武力で征服する」計画だったという。
宣教師から贈られた地球儀に大きな興味を示していた信長が、
大陸への進出か海洋への進出かは別として、大規模な対外進出を考えていたことは恐らく真実であろう。
そして当時の国際状況を考えると、準備さえ慎重に行われれば、それはまったく無謀な選択ではなかった。

そしてもし対外進出帝国建設の道が選択してされていた場合、イエ社会のサイクルは
実際にたどった経路とは非常に違った軌跡を描くことになったであろう。
現実の信長政権でさえ、イエ型の組織原則を効果的に適用するにはは大きくなりすぎていた。
まして内部に異質な要素を多様に含んだ巨大帝国の統合運営に
イエ型組織原則が不適切なことはあまりに明らかであり、「日本帝国」の建設者たちは、
より普遍性の高い文明の原理の採用に、踏み切らざるを得なくなったはずである。

しかし信長の突然の死と、秀吉の朝鮮出兵の失敗と徳川幕府の鎖国政策とにより、
帝国化の道はひとまず放棄された。
イエ型組織原則の成長の限界を大幅に越えて日本国家が膨張するという事態は回避されたのである。

また、鎖国政策と明清帝国の対日不侵略政策とにより、
徳川期の日本は一世紀以上に渡って外国の脅威から自由であった。
信長革命を経て大イエ型組織を完成させたイエ社会は、
鎖国と平和の持続という閉じた環境のなかで新しい方途を模索するのである。

96 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 17:12:23 0
上げとくな。

97 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 19:40:34 0
江戸のインフラは相当すごいぞ〜 水道が完備され、ゴミ収集までしてた都市は
世界中でもまれなのは確かだ。あと大阪の金融業もなかなかじゃないかな。



98 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 19:43:55 0
>>97
鎖国がなければ、その「相当凄い」インフラがあり得たのか考察するスレです。
大阪の金融業は、鎖国が無くても成立したかも。江戸のリサイクルシステムはなかったんではないか?

99 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 20:26:07 0
どうだろ。
金融業の維持はそれ自身の存在があればいい(巨大金融機関の存在自体が
そこを金融の中心とする)が、金融業の発生はそれ以外のバックボーンがいるだろう。
権力、産業、鉱山etc.15C〜17Cくらいの大阪にそれほどのメリットがあったか?

100 :99:2005/05/02(月) 20:42:20 0
ああ、言い忘れていたけど「鎖国された日本の金融業」としての中心として大阪は
アドバンテージもっているかもしれない(消費後背地の存在)。
ただ、鎖国されていない状態で、東アジア+東南アジアを相手としたときに
それらの市場に対抗できるのか?

101 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 22:02:26 0
>>95
信長のやり方で全国統一を成し遂げるには時間かかるよ。
はっきり服従か死かで白黒つけないときがすまない信長が全国統一するには、
どんなにうまいことことが運んでも、2倍長生きしてもまだ時間が足りないだろう。

102 :世界@名無史さん:2005/05/03(火) 01:10:35 0
>>101
信長が100歳にならないと全国を支配できなかっただと。
そんなわきゃぁ無い。

103 :蕎序:2005/05/03(火) 01:30:00 0
確かに信長を甘く見てもらっちゃー困る。主要軍こそ弱いが、器量は女に振り回される秀吉や、
三方が原では信玄の挑発に乗り大敗し、関ヶ原では血迷い小早川秀秋の陣中に鉄砲を撃ち、大阪夏の陣では
戦況の膠着状態に苛立ち味方を斬りつけるような奴とは役が違うわい。

104 :世界@名無史さん:2005/05/03(火) 10:32:22 0
金融の話だと、世界に先駆けて先物と言うものが生まれたのが日本。
数学も伝わらなかったが西洋の人間より先に日本で積分が発明されている。

105 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 01:43:22 0
>>104
だから日本は西欧に遅れていなかったなんて証明にはならないよ。
世界に先駆けて発明したということを競うなら中国なんて腐るほどある。


106 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 09:26:23 0
捏造が多いけどなw

107 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 15:10:55 0
>>106
韓国と中国の違いも知らない知ったかぶり厨房が増えましたね。

108 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 17:12:31 0
「鎖国しなかったら?」という問いの前に、実際の鎖国の影響というものへの考察が欠けているような気がしますね。
16〜17世紀の日本は、皆さんもご存知のように大量の金銀を産出していました。
当時の国際的な通貨であった銀の産出量に関しては、全世界の三分の一を占めていたというのも有名な話しですね。
明の通貨の原材料は日本産の銀でしたし、東南アジア諸国の通貨は明の銀銭(前述のように日本産の銀)と日本の銅銭でした。
実際の鎖国というものは、こういった銀や銅などの海外流出を大幅に制限するという政策として行われました。

こうした政策の世界的な影響はどのようなものだったのでしょうか?
まずは近い時期に明の滅亡がありましたが、これは他の要因も大きすぎますし、また多すぎますから簡単に結びつけることは困難です。
しかし、日本産の銀を大量に輸入し通貨として利用していたのですから、全くの無関係と言い切ることもまた困難でしょう。
明(と清)の属国もまた朝貢銀を日本産の銀に頼っていましたが、入手難から国内は苛斂誅求を極め、国内は荒廃していきます。
東南アジア、特に現在のインドネシア近辺は影響が最も大きかった地域です。
この地域は古代からインドと中国との海上交易の中継基地として栄えてきました。
16世紀になると、これに日本との交易が加わります。
経済的な規模で言えば世界で一位から三位までの国々との交易ですから、大いに繁栄していたようです。
しかし、日本の鎖国と明末清初の混乱による事実上の通貨流入停止。
これらがもたらした経済的な大混乱から政治的な大混乱によって、この地域はオランダの植民地になってしまいます。
東南アジア諸国でも大陸部に属する国家でも経済的混乱がありましたが、海上交易に頼っていた国家ほどには大きな影響は無かったようです。

109 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 18:48:17 0
> 明の銀銭

何それ?銀と(銅)銭と言うこと?

> 実際の鎖国というものは、こういった銀や銅などの海外流出を大幅に制限するという政策として行われました。 

それは鎖国じゃなくて正徳新例では(もちろん関連はしてるけど)?つか、それ以前から産出量自体が減ってんじゃ?
あと、メキシコ銀もあるよ。

> 明(と清)の属国もまた朝貢銀を日本産の銀に頼っていましたが、入手難から国内は苛斂誅求を極め、国内は荒廃していきます。 

具体例は?ちなみに朝鮮には対馬経由で大量の銀が行ってますよ。

> これらがもたらした経済的な大混乱から政治的な大混乱によって、この地域はオランダの植民地になってしまいます。 

経済だけを見れば18世紀に回復します。オランダの植民地化は西ジャワを除けば遙かに遅れます。

110 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 19:43:58 0
>>107
中国の教科書って凄いんだよ。

111 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 20:00:11 0
>>110
はいはい、君も凄いね。

112 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 20:42:31 0
俺、sugeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!


113 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 01:11:12 0
江戸期に外洋渡航が可能な船は建造禁止っつー無茶苦茶な命令出ましたしね
それだけでなく、造船の図面なんかを処分させた、つう説もあるとヨットデザイナの横山氏が書いていたと思う。

114 :東亜+勝手連:2005/05/06(金) 01:28:20 0
既に出てると思いまつが、清水義範に、そんな小説ありましたな。
清水氏特有の軽妙な語り口で楽しめる作品なのでつが、
おおまかに流れを書いちゃうと
・キリシタンの場合、バカ高い冥加金を取りまつ→キリシタン広まらず
・幕府の打倒は、「英国と共同で鉄道敷設」というプランに対し
 「諸外国は、それで植民地化されたのだ」という反発で起こる
・南北戦争終結前の米国で、用済みとなった大量の武器を倒幕派が買い付け

みたいな。

115 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 21:54:14 0
>江戸期に外洋渡航が可能な船は建造禁止っつー無茶苦茶な命令出ましたしね

それは間違い。

1609年に出された500石積以上の舟を諸大名が持つことを
禁じるという徳川幕府の禁令は、軍船のみで商船は含まないのだが、
鎖国諸令と同時期にこの禁令が発令されたため、長い間「大型商船
も建造不可」だったと誤解されていた。
実際には千石船がぐんぐん航海を行い、オランダ商館のケンペルが
驚嘆するほど海運が盛んな国だった。詳しくは石井謙治の「和船工」
参照。


116 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 22:26:36 0
朱印船って、ガワが和風に仕上がってても、構造が日本の船じゃないよな。

117 :世界@名無史さん:2005/05/28(土) 12:31:22 0
>>115
どのみち千石船で外洋は渡れないから一緒でしょ

118 :世界@名無史さん:2005/05/28(土) 17:12:12 0
日本の鎖国がガイキチだったのは過去レスで証明済みだな。

119 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/05/28(土) 18:16:52 0
『慶長日件録』に書いてある加藤清正が新造した朱印船から推測される容積は、
約550tに及ぶから外洋航海は楽々できたと思われるんだけどね。

寛永年間(1624〜1644年)に描かれた船絵馬(長崎市立博物館蔵)を参考にすれば、
船尾はガレオン、船首は日本軍船、船体はジャンクという、
日本独特の大型外洋船が朱印船貿易の主役だったとことが伺えるよ。

120 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/05/28(土) 18:32:31 0
船首、つまり“前”が日本式だから、日本前式とも言う型式ね。

121 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/05/28(土) 18:43:54 0
16世紀には、スペインガレオン船のほとんどがフィリピンのビサヤ諸島製だった。
1587年ドレークの部下がその事を確認しており、
17世紀のイエズス会宣教師アルシスコ=アルシナによれば、
ポラケイというフィリピン人船大工が20隻以上のガレオン船を建造したという。

122 :世界@名無史さん:2005/05/28(土) 21:22:29 0
材料の入手先の問題からそうなったんだろうな

123 :世界@名無史さん:2005/05/29(日) 12:15:19 0
文明の海洋史観読め

124 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/05/30(月) 20:18:06 0
>>122
フィリピン人船大工の方が腕が良かったからが正解だよ。
世界周航で有名なマゼラン一行の乗っていたヨーロッパ製のガレオン船は、
8ヶ月で船喰い虫と東南アジアの湿度にやられて航行不能になったものの、
フィリピン人の船大工のガレオン船はそれよりはるかに長持ちしたみたい。

125 :乳1号:2005/05/31(火) 18:32:17 0
支倉常長の乗った船もスペインが強く所望して艦隊に組み込んでる

126 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/05/31(火) 20:07:24 0
>>125
支倉常長の乗った船って、仙台藩が建造したガレオン船のことでしょ?
太平洋を2往復した後、スペインがマニラで買い取った以降の消息が不明なんだよね。
有力な資料も現存してないし、日本版ガレオンの実像って、どんな船だったんだろう。

127 :世界@名無史さん:2005/05/31(火) 23:49:27 0
何にせよ、日本が独自に海外発展する素地は整っていた。
それをたたきつぶしたのが鎖国政策な訳。

しかもその悪政が200年以上も続いてしまったのが痛い。

128 :世界@名無史さん:2005/05/31(火) 23:55:46 0
やれやれ

129 :世界@名無史さん:2005/06/01(水) 00:19:03 0
日本は今も鎖国しておくべきだったな。
そうすれば北朝鮮のようになれたかもしれないのにw

130 :世界@名無史さん:2005/06/01(水) 01:26:46 0
>>126
サン・ファン・バウチスタ号なら石巻市に復原帆船が展示されてるが。
船首像が東洋の龍になってる、なかなかけったいなガレオンだ。

131 :世界@名無史さん:2005/06/01(水) 16:41:11 0
>>127
ifであるからにはと、どこまでも都合のよい展開しか認められない馬鹿は、ifをすら語る資格ないよ。
たとえば、君の創作小説なら別だけどね。ここは 学問・文系 に属する 世界史板 だからね。

132 :世界@名無史さん:2005/06/02(木) 02:14:25 0
>>131
あんまり学問板学問板と騒ぐのもどうかと思うが、大筋では同意だな。

朱印船貿易の頃は確かに日本商人はかなり活躍してたし、日本人傭兵
も重宝されてた。オランダ人なんかはかなり朱印船の購買力を警戒してた。

一方で中国人もわんさか日本に流入してたわけで、磁器・砂糖・絹といった
製品の輸入代替化が行われず、独自通貨も発達しないまま中国の市場圏
に包摂されてしまい、マレーシアやらインドネシアみたいになってた可能性
も有るわけだしな。

133 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/02(木) 21:05:58 0
仙台藩遣欧船は、近年までガレオンかスクーナーか喧々諤々の論争があったほど資料がなくって、
近年良質資料が発見されたってうわさを聞かないから、たぶん“安宅丸”あたりをベースにして、
憶測で作られた模型かもしれないね。

134 :乳1号:2005/06/02(木) 21:48:23 0
一応。

http://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_warship_San_Juan_Bautista



135 :乳1号:2005/06/02(木) 21:50:59 0
よく信長が生きてたら〜、と言われますが
信長死後ほとんど半世紀くらい日本人の海外活動は活発でした。

仮に信長がもし100歳以上生きていたら、やっぱり後世から鎖国と呼ばれる政策を行ったでしょう。

136 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 00:59:41 0
>>135
>仮に信長がもし100歳以上生きていたら、やっぱり後世から鎖国と呼ばれる政策を行ったでしょう。

さて、その理由は?

137 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 01:29:31 0
初期鎖国の問題点
・薩摩藩に琉球を実質占拠されてしまった。
南方貿易の拠点である琉球を明らかに体制派とはいえない薩摩藩に取られてしまったのは痛かった。
家康が生きていたうちに、なんとしてでも島津を取り潰して琉球を幕府の勢力圏内に入れるべきだった。

・明を助けなかった
家光は清に追われてる南明を援助して日本の勢力を大陸にも食い込ませておくべきだった。
もともと中国が統一されてる状態だと、唐しかり元しかり日本とかち合うのは確実なので、
南明を援助して華南に明、華北の清の南北朝時代を作り出して華北の勢力が日本にまで及ばないようにする。
これができていれば史実近代日本の負担は確実に減っただろう。

・思想の輸出をしなかった。
鎖国で入ってきたのは海外の文物ばかり、日本の思想や美術を積極的に輸出するなどということはしなかった。
上の二番目とは矛盾する意見だが、海外と戦争せずに国内の安定を望むという「鎖国」の思想を
オランダ語にして欧州に輸出するぐらいの意思は欲しかった。きっと啓蒙主義者には受けただろう。

とりあえずざっとでるのはこれぐらいか。一番は必ず、
二番目か三番目はどちらか実行して欲しかった。

138 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 04:58:32 O
有効性が極めて怪しい上に
後だしジャンケンにもほどがある

139 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 05:14:12 0
結果論だが、鎖国はバブルのソフトランディングに成功させたって意味合いもあるかな

140 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 22:10:58 0
>>137
その時代を生きている人間がそこまで先を見通せたらエスパーだよ。
>>138の言うとおり後出しじゃんけんにもほどがあると言わざるをえない。

141 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 22:40:46 0
>>138,140
明を助けなかった に関しては当時の観点からだけ考えてもかなりの
有効性があると思うのだが・
当時の外様大名への過剰警戒からくる取り潰し政策と
浪人対策
増えすぎた国内テロ予備要因のような浪人
と取り潰しに変わる外様大名への消耗政策





142 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 23:05:37 0
 それはともかく>>137
思想の輸出をしなかった。
について考えると>>95のコピペにあるように
日本の膨張が臨界点を過ぎれば分解分散に向かう可能性があった。
日本的国家がアジア太平洋地域に複数以上生じてきた可能性です。

 日本本国が鎖国的に亜状況になったとして徹底封鎖じゃなく
余剰人口の排出と在外日本人領との制限交易は遂行する
とか危険な外様や末期養子の容認の変わりにその大名の
海外開拓責任押し付けといった取り潰しに変わる
一藩流刑政策といった緩急のつけ方もあったと思えるのです。

環太平洋にあるいは新大陸のアラスカ近辺とかにも
日本語の変形を語ったり日本的な習俗の変形が息づいた和的国家
が生じてきた可能性ですね。
藩のような分国が独立国家的に残っていき、土着の民を
蝦夷のように強引に同化征伐しながら定着していくわけで
そのような作業を延々と300年西欧列強と接触しながらやっていく。
 決して不可能とはいえないと思う。
奈良飛鳥時代に同じことをやっていたのだから
西欧列挙唸らぬ中華帝国の圧力に抗しながらね・・

 つまり日本がそのまま巨大化するのではなく
日系国家群のようなものが生じアジア太平洋に
西欧文化圏、中華文化圏、と抗する日本文化圏の定義が
生じていったんじゃないかと思われる。



143 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/03(金) 23:05:54 0
>>137さんに勝手に補足ね。
初期鎖国の問題点には、ヨーロッパのキリスト教国を締め出したものの、
中国人にキリスト教徒がいるということを見落としたこともありました。
…っと、日本史になりそうなんで興味のある方はご自分でね。

144 :世界@名無史さん:2005/06/03(金) 23:06:34 0
 日本の文明的拡散分解
この良し悪しはともかく 
やがては、ある重大な問題を呼び起こす可能性もあったかな。
つまり権威の朝廷、権力の武家の二重体制の複雑化

 例えば薩摩とかは琉球台湾を結んで勝手に割拠し独立国家化
するとして
島津王は薩摩では天皇を日本国王として頂くが
琉球では南明を元首としていただき
台湾では自分が日本国王(天皇?)に伍す台湾王として振舞う

 伊達仙台藩がアラスカに飛び地を設けイスパニアの殖民地に
入り込んでいくとして
伊達王は仙台では天皇を日本国王としていただきその代理徳川に
臣従するが新大陸ではイスパニア王の臣下として振る舞い
アラスカでは自らが日本国王(将軍かな?)に伍す王として振舞う

 てーなかんじの西欧であった国際的封建構造に近い形が生じてきたり
まして明を救援して南明を建国させたりした日には・・・

145 :乳1号:2005/06/04(土) 00:05:21 0
思想の輸出って・・・
鎖国なる思想があったわけじゃないですよ。
後世からある状態を、鎖国と称したというだけです。

>>136
ifですしきっちり根拠があるわけじゃないですが、
朝鮮出兵→失敗→貿易独占&キリスト教排斥
の流れを信長が生きていたらとっていたでしょう。
信長と秀吉、そして徳川の政策が大きく異なるものになるという理由が逆にわかりません。
その時代状況として為政者がまあ順当に舵を取れば、そうなるというもの。

146 :世界@名無史さん:2005/06/04(土) 00:54:19 0
現地の人間でさえ今まさに置かれている状況と有効な策を見通すなんて難しいのに、
なんで日本の家光が、リアルタイムでマスコミが取材して報道しているかのように
的確な情勢掴んで、神がかり的な采配振るえるのよ?だから後出しじゃんけんだってんだよ。
ifだからって、どこまでも都合のいいif連鎖ばかり選んでたら、キリがないの。

147 :乳1号:2005/06/04(土) 01:02:47 0
そしてそれは信長でも同じですね。


もっとも、鎖国しなかったら良かったとはまず思えませんが。

148 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/06/04(土) 01:03:04 0
>>137
初期の問題点として、
・当時のヨーロッパ諸国に日本を侵略する余裕はない
を挙げておく。何しろ三十年戦争中だからして。

鎖国支持者はキリスト教の布教を通じて侵略すると言うが、
それ自体が当時のヨーロッパへの過大評価ではないかと。
もしヨーロッパ情勢が正しく伝わっていれば、当面は朱印船貿易継続で
鎖国するまでもない、というところに落ち着いた可能性は結構あると思う。

ただ、当時の東アジアにおけるオランダの活動に危機感を覚えての鎖国なら、
(台湾で日本とオランダが衝突したり、ジャワの方で現地の王国と戦争になったりしている)
後世の我々にはどうしようもないが、それならオランダも閉め出すべきだったろうし、
鎖国の主因とは考えにくいんだよね。

149 :乳1号:2005/06/04(土) 01:08:04 0
私が鎖国を支持する理由は
鎖国しなかったらヨーロッパ諸国に侵略されていただろうからではなく
(それはまずないでしょう)
鎖国と呼ばれる体制があったからこそ、
明治以後の発展への蓄積がなされただろうから、
です。

150 :山犬 ◆RDX1.dOCHY :2005/06/04(土) 01:54:52 0
  .i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;i     ;,,_,,;;;;;;;;,,..;_   、     ,.__..,;_,,,;;;,,;;;;;;;;__,,___  ....;;;;;;;;;;;;;;;;;
:!;;;;;;;;;;;;;;;;;;フ;'"゙゙゙゙゙゙゙゙゙~~ ̄゛  `!i、            ̄´  ̄ .`''‐  i;;;;;;;;;;;;;;;;
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 ヽ;;ノ;;;;;;;;;;;;;;;  .`''`-ヽ--''゙゙゙  ;;         '゙ゝヽ-ノ-‐'゙´   ;.i;;;;;;i.フ;;;;;;l
    ゙l;;;;;;;;;;;;`、         ,!                   : ,、|ll/ ;;;;;;;;r"  鎖国が日本の近代化を遅らせた…
    i;;;;;;;;;;;;;;l、           /   ;:;:              :.゛゛:l ;;;;;;;;./
     '';;;;;;;;;;;;;i         i;;;;;;.;:;:;;;;;;;:                 .i;;;;;;;;;;;;;;;    そんなふうに考えていた時期が
       /;;;ゝ       ./´:::: ´;:;:;;;;;;                ,!;;;;;;;;;;;;;;;;;i   俺にもありました
        ミ;;;;'!       .ヽ;;、_;.::__::::;;::              /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;!
    : 、.-、/;;;|l            `;:;:;:               ,.ノ.::: :lく;;;;;;;;l゙゙′
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     ;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ,    ゙゙--= ゙̄~゛`''>,,._,..,r;"      ,,l゙ ::::::::::::   i;;;;;;
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          ;;.'ミ;;;;;;;;;:'.、    ゙゙゙゙"'''"~        ‐""::::::::::::::::::::    i

151 :山犬 ◆RDX1.dOCHY :2005/06/04(土) 01:56:29 0
ま、私は乳一号さんではありませんが、為政者が誰であったとしても、いずれ管理貿易へと
移って行ったでしょうね。その一つの理由としては国内産金・産銀・産銅量の減少が挙げら
れます。

新井白石は「折りたく柴の記」の中で、1648(慶安元)年から1708(宝永5)年の間に貿易によって
海外に流出した額を240万両と見積もっています。(この額はやや過大な額で、実際には
百五十・六十万両ほどであったろうあるという研究があります)1648年以前の流出額もかなりの
額にのぼったであろう事が容易に推察されますが、幕末に流出した正貨が約50万両であった
ことを考えれば、これが相当な額であったことが理解頂けると思います。

まぁ、一言で言えば、16世紀半ばから18世紀にかけての日本の貿易は、銀と銅の豊富な生産と
その輸出に支えられた大幅な輸入超過の状態でした。国内の金銀銅の産出量が豊富であった
時代にはこうした貿易を続けても問題なかったかもしれませんが、それらが減少し始める17世紀
半ば以降こうした形の「自由貿易」を続けるのは不可能であったと思われます。16世紀の日本の
購買力は金銀銅産出量の莫大な増加に支えられたものであって、19世紀のヨーロッパ諸国の
ような、生産力の優越によるものではありません。

今で言うとオイルマネーで潤う産油国を想像して頂くと解り易いと思いますが。

152 :山犬 ◆RDX1.dOCHY :2005/06/04(土) 01:57:32 0
日本の主要な輸入品は絹でしたが、国内に絹の自給体制が本格的に整うのは、
白石による正徳新令以降であり、また戦国時代の旺盛な鉄需要は輸入によって
かなりの部分が賄われました。国内の鉄需要を日本国内の生産で賄う事ができる
ようになったのは、江戸期に鉄穴流しや天秤鞴等の様々な技術革新が行われ、
鉄の生産力が増大して以降のことです。

16世紀的な野放図な「自由貿易」が続き、幕府による「海禁」政策が行われなかった
場合、国内の産業基盤の整備や資本の蓄積が、史実よりも遅れた可能性は高いと
思います。それに、国内の資本蓄積や、庶民にまで及ぶ高い教育水準、それに商道徳
など、明治維新を可能にした様々な要因が、江戸260年の太平の時代に育まれました。
 
江戸時代って、戦国時代なんかよりも面白いですよ

153 :山犬 ◆RDX1.dOCHY :2005/06/04(土) 02:06:58 0
>>137さん
>・薩摩藩に琉球を実質占拠されてしまった。
薩摩藩に占拠されなかった場合、琉球が中国の版図に組み込まれてしまっていた
可能性は考慮されませんか?幕府には、琉球を占領するという考えは全くありま
せんでしたが。

>・明を助けなかった
幕府には、対外戦争を行う意思はありませんでした。それ以前に、明を助ける義理も
ありません。

>・思想の輸出をしなかった。
「思想の輸出」が出来るのは強国だけです。「思想の輸出をしよう」と意図したからと
いって、それが上手く行くとも思えません。

154 :世界@名無史さん:2005/06/04(土) 03:54:57 0
まず、思想の輸出において鎖国という概念がその当時に存在したとしても西欧では全く影響を与えないだろう。
なぜなら、西欧のどこの国も鎖国する必要性が全く感じられないからだ。
むしろ国家の発展にとってマイナスに作用するとしか思えないだろう。
ロシアなどは、スゥエーデンなどの経済封鎖的な鎖国状態から脱するために北方戦争を行い、サンクトペテルブルクを建設した。
それほどまでにヨーロッパにおいては貿易権というのは重要なものだった。


155 :世界@名無史さん:2005/06/04(土) 04:01:48 0
>>151>>152

鎖国しなくても金銀の流出を止めることは出来る。
保護貿易すればいいだけだ。
つまり関税をかければよい。
産業革命がイギリスで起きたときに、他の国は保護貿易で対抗した。
イギリス自身もオランダから羊毛の輸入を制限し、インドから絹の輸入を制限していた。
鎖国しなくても保護貿易をすれば自国の産業は発展する。


156 :世界@名無史さん:2005/06/04(土) 04:28:53 0
>>145
> 朝鮮出兵→失敗→貿易独占&キリスト教排斥
>の流れを信長が生きていたらとっていたでしょう。

何故、それが鎖国になるの?

>信長と秀吉、そして徳川の政策が大きく異なるものになるという理由が逆にわかりません。

秀吉と家光の海外政策は明確に違うけど。
信長や秀吉が生きていたら鎖国を行うのを必然と思う理由が全くわかりません。





157 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/06/04(土) 10:48:07 0
国内レベルの話になるが、鎖国(というか日本人の海外渡航禁止)が遅れていたら
浪人たちがもっと海外に出て行ったろうし、
そうなったら由比正雪の事件も起きず、末期養子の禁も緩和されなかったかも知れない。
となると、改易される大名が増えてもっと幕府の直轄領が増えていた可能性はある。
史実では25%(旗本の分を含めて50%)だけれど、これが
30%くらいになっていたらどうなったろう?

158 :世界@名無史さん:2005/06/04(土) 16:27:18 0
ようは、鎖国しないとマンパワー(潜在的工業力)と石高が増えないからイクナイ!
鎖国すると明治時点での工業化に必要な技術や絶対国防圏を確保できないからイクナイ!

・・・一長一短だと思うけどなぁ。
江戸初期じゃなくて、吉宗〜田沼〜水野の間に仮定したほうが肯定派は有利だな、進出に必要な国力は有している。
否定派はそれこそ戦国〜吉宗の方が有利、海外に進出しても後が続かないから。

159 :世界@名無史さん:2005/06/05(日) 02:06:37 0
>>155
鎖国というのは保護貿易なんですが

160 :世界@名無史さん:2005/06/05(日) 14:33:49 0
>>159

鎖国というのは日本人の海外渡航禁止という意味なんですが。

161 :世界@名無史さん:2005/06/05(日) 15:35:33 0
「鎖国」と書こうよ

162 :世界@名無史さん:2005/06/05(日) 16:01:26 0
「鎖国」がなかったら、もっと早く、もっと不利な形でアメリカに
降伏していたでしょう。と誰かが言っていました。

163 :世界@名無史さん:2005/06/05(日) 16:49:47 0
>>159
>>160
管理貿易だよね。

しかし、17世紀の世界的経済危機をどこ吹く風で受け流せたのは
鎖国のおかげだろうな。
東南アジアも中国も混乱。朝鮮経済は17世紀にほぼ壊滅。

日本もそうなって「アジア的停滞」の仲間入りしていた可能性はある。
植民地帝国を作っても、イギリスではなくスペイン的なものにしかならないだろう。
版図もフィリピンからインドネシア程度がせいぜいだろうし。

164 :世界@名無史さん:2005/06/06(月) 04:49:22 0
>>31
>やれやれ…鎖国=停滞という史観からして昭和30年代に
>作り上げられたものなんだけどなあ。

徳富蘇峰が明治期から既に鎖国を批判してたような。

165 :世界@名無史さん:2005/06/06(月) 11:33:04 0
>>164
17世紀の鎖国と18世紀の鎖国と19世紀の鎖国は、実は内容は全然違うし、
蘇峰の頃は、そんな細かい話は知られていなかった。
史観としての鎖国=停滞論にいたる、素朴な「遅れたのは幕府の政策が悪い」論は
それこそ幕末からあった罠。

166 :世界@名無史さん:2005/06/06(月) 16:30:14 0
>>165
>17世紀の鎖国と18世紀の鎖国と19世紀の鎖国は、実は内容は全然違うし

どうちがうの?

167 :北方領土@名無史さん:2005/06/06(月) 21:18:53 0
>>165ではないが。

17世紀の「鎖国」は
・日本人の海外渡航禁止
・幕府による海外貿易の独占
・ポルトガルやイギリスのような布教国の締め出し(他の国については明記していない)

18世紀末〜19世紀初頭に鎖国という言葉が使われ始めたが、この頃はロシアとの接触が頻繁だった。
ここでの鎖国は、貿易相手国はオランダ・中国・朝鮮・琉球に限るというもの。
ロシアも日本の鎖国は知っていたが、別段「異国お断り」でもなかったわけだし、
イギリスとは宗派が違うから通商の道は開けるかもしれないと思っていた。
松平定信はロシアに通行手形をくれてるから、
一般に思われているような門前払いとは違うのですよ。

これが1820年を過ぎると、「異国船打ち払い令」でもお分かりのように、
とにかく門前払いを決めるようになる。

なお一般に浸透している攘夷的鎖国は幕府の考えではなく、
幕府の鎖国を後に徹底批判している薩長の政策なのだから笑えますね。
鎖国を悪く言うのは自分達が敗戦したことへの照れ隠しとしか言いようがない。

168 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 11:26:56 0
日本にとっては鎖国してて良かったと思うよ。
海外に出ていたらおそらく東南アジアなどに影響力をある程度
発揮しただろうが、流動的な世界に翻弄されて
徳川幕府はおそらく150年程度で崩壊するんでは
ないかと思うし、その後安定的な政権を作り文明文化を
発展できるかどうかと言うと、やってみなわからんが
微妙だと思われ。


どうでもいいことだが
MMORPGよりMORPGの方が細部が作りこまれて質が高いものが多い、
ということを連想した。


169 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 21:25:27 0
アラスカがアメリカに売却されたのは、
鎖国中の日本がロシアとの通商を断ったことに関係がある。

170 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 22:23:27 0
ロシアにアラスカをとられたことが情けない。

171 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 22:28:04 0
鎖国じゃなくて「鎖国」です。

172 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 22:59:10 0
>>171
「サコク」という表記ではどうだ

173 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 23:00:34 0
ロシアと接触した時期には鎖国という言葉が使われていたので、
「鎖国」でなくてもよろしいかと思われます。

174 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 23:04:02 0
何でカッコ付けにしなければいかんの?


175 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 23:18:30 0
鎖国していなかったら日本は、大英帝国に匹敵する海洋植民地帝国になっただろうな。
だって東にライバルがいないんだもん。

176 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 23:37:04 0
>>175
こういう馬鹿を曝し上げるスレです。

177 :世界@名無史さん:2005/06/08(水) 00:35:16 0
もしも鎖骨がなかったら?

178 :世界@名無史さん:2005/06/08(水) 00:46:24 0
>>168
別に徳川幕府が十七世紀に鎖国に至ったのは取り立てておかしなことじゃない、
むしろまっとうなことだと思うけど、
問題なのはそれが十九世紀にペリーに脅されて不平等条約結ばされるまで
ダラダラと続いてしまったことではないかと。
皆さんは鎖国政策の寿命はいつ頃だったと思う?

179 :世界@名無史さん:2005/06/08(水) 01:01:27 0
>>178
田沼時代。
経済社会も自給体制も完成し、同時にまだ西洋に対するキャッチアップが容易な時期。

180 :世界@名無史さん:2005/06/08(水) 04:23:34 0
>>178
ペリー以前に1807年の択捉事件を考えたほうが良いよ。
数百の兵で防衛ラインを敷いたのに数十名のロシア兵にコテンパンにやられた話。
飛び道具の質が違いすぎた。

181 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 02:00:31 0
>>176
馬鹿どころか極めて真っ当な意見だ。

182 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 02:05:06 0
>>181
だよね。戦国時代の日本は当時最強の軍事力を持ってたけど、
それを外征に回せば、中国本土はともかく、東南アジアは簡単に
日本の領土に出来ただろ

183 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 02:12:30 0
ひまなら俺に逝ってくれヽ(´ー`)ノ

ttp://omecoboshi.cool.ne.jp/text/text62.html

184 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 02:16:00 0
↑それ今NHKでやってるし・・・

185 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 02:19:15 0
>>182
短期間の征服で考える必要は無い。
西欧のように250年間鎖国せずに、貿易活動を続け、徐々に植民地を拡大していく。
島国の日本は大陸諸国に関して圧倒的に有利な位置にあるね。

186 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 02:21:14 0
ところでこのスレには西欧の保護貿易と日本の鎖国の違いを理解していないのがいるね。

187 ::2005/06/09(木) 03:48:55 0
保護貿易という言葉を使ってる人も
現代的な意味そのままと考えてる人はいないでしょう

幕府による貿易の利の独占(他はそのおこぼれ)を狙ったものと思いますが
その点、スペインあたりに似てるのかも

188 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 04:29:53 0
とんだ電波野郎だな。
バテ公対策が第一義だよ。

厨房でも習う接触絶った順番もしらんのだろ。


189 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 07:17:45 0
>>181
>>182
ここはアカデミー板ですが?
三戦板やコヴァ板の住人はお帰り下さいな。

190 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 17:40:09 0
鎖国=保護貿易って笑える

191 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 20:11:23 0
(つд`)
鎖国してなきゃ日本は東洋の大英帝国になってたろうとかいう
アフォーが出るようになってはね・・
 幕末の頃から吉田松陰が織田信長が天下とってたらこんな状況ではなかった
といった故事は有名だから、こうしたイフを語っても良いようには思うが
 当時の状況からして「鎖国」してもしなくても大勢に変化はないというのが
漏れの意見

織田信長が天下とってた場合、明への出兵はありえたが、秀吉のように失敗か
成功しても大陸沿岸に乗り出す程度が関の山、対中国貿易に積極的にコミット
したくらいで国内的に大々的な海外進出の気風を齎したとは思えん。
せいぜい呂宋、台湾が日本固有の領土となったくらいかな?
 

192 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 20:21:00 0
 関が原で西軍が勝ってた場合
これだと徳川幕府以上の鎖国的に日本になったと思える。
西軍が勝ってたら不安定になったとかいう論議もあるが
逆に幕府とは比較にならない凄く集権的な日本となったのは明白
(根拠もあるがスレ違いなので勘弁)
集権的な政権が貿易を一元的に管轄するようになるので
これまた江戸時代と大差はない。

そもそも鎖国というが海に乗り出す自由を有る程度
幕府が容認したとして積極的な交易になるわけがない。
近隣に交易圏を作る必要性に迫られた相手はなく自分にも無く
海外に乗り出していかねば国が成り立たないという危機感にも
乏しい。
こうした民族性、国家的意思、内政事情全てが当時の日本のありようを
決めたのであって徳川幕府ではなかったらとか幕府が鎖国してなかった
らというくらいで
状況が曹操一変するとも思えない。

193 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 20:32:39 0
>>182
補給どうする気?

194 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 20:44:30 0
>>192
スレ違いじゃいから書いて
西軍が勝ったら徳川幕府以上の鎖国的日本になったといえる根拠

天然の水路瀬戸内海の終点の大阪に拠点があったら
普通に考えれば交易重視の商業的な性格が強まると思うが

195 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 20:45:14 0
信長ヲタは補給のことなんか頭にない。
人間が飯も食わなきゃウンチもしないゲームの世界に生きているだけだから。

196 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 20:52:11 0
西九州はポルトガル領になってただろうね。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/9613/timor/chishiki.html

197 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 21:41:01 0
>>196
いくらなんでも海外進出するってきめたなら
スペインポルトガルとは真っ先に敵対するだろ

198 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/09(木) 21:54:03 0
とっくに1580年には併合されてるポルトガルは衰退期だよ〜。

199 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 22:05:16 0
 >>194確かに大阪だと交易重視の商業的な性格が強まると思えるのですが
当時の海外事情をよーく加味して考えると・・
とその前に
当時の日本国内は戦争に倦み疲れ社会全般が安定志向に傾いていたので
それにうまく乗って徳川が保守長期政権を確立したといえるのだが
例え西軍が勝っても、こうした社会的なニーズは無視できない。
 豊臣政権の場合、徳川幕府と違い
朝廷権威−武家政権権威が密着している。それに外様雄藩が最初から
五大老とかいったように政権参加する前例ができてる・・つか
協力が不可欠・・これと似たような室町幕府は失敗してるが
豊臣政権の場合、当時と時代背景も世論的なニーズも違うわけで
 似てるから室町の二の舞になるとも決め付けられない。



200 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 22:22:03 0
 毛利、上杉が東西の二大巨頭として三成らの頭上に圧し掛かる上
真田、島津、佐竹、前田・・といった外様大名が巨大化している状況
 豊臣政権の性格と関が原の経緯からして、それを征伐するのも
より難しなるだろうから
(徳川征伐の過程で彼らに戦功や政権への発言力を与えてしまっている上
 豊臣には五大老とか外様が働きかけるロビーストには事欠かない)
勢い彼らを、ある程度是認して地方政治の管轄を委任する
その周辺地域の諸侯の取次ぎとかを有る程度任せる方向が
 最初は暫定的に、そして恐らく三成没後には、そのまま定着し
室町の三管四色か江戸の御三家のようなのに近い・つまり小幕府みたい
な地方政権になる可能性がある。

 ただ、全国経済の物流や流通は江戸時代もそうだったように進む。
徳川幕府より商人的な性格の強い豊臣政権の場合だと
江戸時代以上に上方商人の巨大化や富と資本の集積が進むと思えるし
政治的な発言についても農本的な家康以下と違うので
経済的な相談役として積極的に豪商に名字帯刀を許したり、するかも・・

朝廷権威−武家政権(中央)―外様雄藩(地方)―豪商商業資本
それに寺社権威?
が豊臣政権に集中してその均衡で支えられ
逆に権威も高まる(なんとなく絶対王政のそれと似たような感じだが)
ような感じで国内が集権的な状況になる。

201 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 22:38:22 0
 国内が固まったところで何処と交易する気だって事になる。
豊臣が継続する以上、明朝鮮との交易再開や和解は難航する。
イスパニア、ポルトガルは早晩、退潮していくので長期的に
本格交易していけうかは難しい。
イギリスは史実でもインド経営とかを主力とし日本ではオランダとかに
追い落とされていくが、それに変化が起きるとは思えない。
結局史実同様、というか史実より手狭くオランダ相手の交易に
絞られるわけで
清朝が台頭する頃までは相手となる交易国が史実と大差ない
寧ろ史実より少なくなる訳で、
 何よりも交易する輸出物産がないww
国内産業の殖産興業こそ優先課題で、
長期的に見ると外様雄藩(地方)はリスクの高い海外交易から
徐々にシフトを移し
史実の江戸時代と大差ない国内の殖産興業を重視し
 政権基盤として交易にも口も手も出し
豪商とかを政権に抱え込んでる豊臣が交易の利を追う事で
リスクの高い海外相手の交易を一手に担うようになっていく形に
なる。



202 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 22:46:51 0
三成はそもそも官僚支配的な志向が強いので、西軍が勝てば集権的色彩が強くなるだろう。
関が原以前に「約束手形」を各大名に乱発しているが、
名誉職的な扱いにして実権は自分が握ると思われる。

その後は、秀頼の資質如何ではないか。
一般に言われている「暗愚の幼君」であれば、三成は自分の没後を見据えて集団指導体制を作るだろうし、
「明君であるがゆえに将来を危惧して家康は急いで豊臣を滅ぼした」という小説のような設定なら
権的体制を保持するだろう。

良くも悪くも、次代の豊臣家当主が幼いということはKeyになるだろう。


203 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 22:51:13 0
 ようは交易する物産が史実と変わらず
逆に交易相手も豊臣の場合だと、より限られるし
海外交易はハイリスクハイリターンの代物なので
寧ろ国内産業を育成し内需拡大したほうが良いという
選択がメインになっていくのは、あまり変わらないと思われなのです。



204 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 22:52:14 0
>>201
のうたりん。
実際は当時の東アジアの海洋貿易の拠点は日本にあった。
おまえ倭寇とか海禁政策なんて言葉さえしらねぇんだろ。

あと豊臣は政権が安定したら太閤悲願の大陸進出とかいいはじめるだろ。


205 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 23:17:37 0
拠点はマニラ

206 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 23:17:53 0
今年の夏はどこへいくのか・・・・涼しいとこがいいな
新和国へいって麻織族の踊りとか見たいな
その東の南方大陸の新南紀州とか田沼岩を見たいな
田沼岩!発見されたときの老中の名前からとったんだよね 大平原の真ん中にあって神秘的だ
墨州も日本語が通じるし、その北の刈穂もいい
天保時代に合衆国との戦争にかった時の遺蹟もあるし


207 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 23:21:16 0
新和国の東は多飛智島とかだね ごめん

208 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 23:29:17 0
ニュージーランドのマオリか?
田沼岩はエアーズロック?メキシコにカリフォルニアか。

しかしどう考えても、当時の日本の航海技術でオーストラリアまで行けたものか・・・

209 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/06/09(木) 23:49:59 0
鎖国ってのは保護貿易である以上に日本人の海外渡航禁止政策だから、
日本人が当時の東南アジアや中国に出ていって貿易することが
禁止されるかどうかが、一つの問題だと思う。
豊臣政権が存続した場合、朱印船貿易というか、より管理貿易に近い
奉書船に近い形になるかも知れないが、
海外渡航が完全に禁止される可能性は低いんでないかと。
商人たちは渡航しての貿易を望むだろうし、西国大名もそれを後押しするだろうからね。
(渡航さえ出来れば、現地で商業活動が出来るから)
そうなった場合、東南アジアの日本人町もそれなりに発展し続けるだろうし、
華僑ならぬ日僑という言葉が出来ていたかも知れない。

210 :日本人:2005/06/10(金) 20:06:06 0
16世紀船の往来が激しくなり東南アジアから伝染病がもちこまれ、かなりの
乳幼児が死亡し社会問題だった。幕府医官はその対策として検疫居留地の建設を
提案、幕府中枢、商人もそれに同意し、建設された。
 その扇の形は貿易の振興を願い末広、また易学において厄よけを表し、外来の
伝染病を防いだ。その坪数三千九百二十四坪。仏教で三千世界、二十四節気、
九星人の世の吉凶を占う。となる。 正史。

211 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 20:11:43 0
>>208
>しかしどう考えても、当時の日本の航海技術でオーストラリアまで行けたものか・・・

当時っていつの話?
鎖国していなければ、東南アジアとの貿易に日本人自身が乗り出して、航海技術は向上していく。
そもそも、東南アジア程度の距離の航海なら、戦国時代でも可能だった。

何か、鎖国肯定論者は日本が鎖国しないと発展しないと思いこんでる意見が多いな。

212 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 20:13:25 0
江戸時代後期の銭屋なんとかがタスマニアまで行ったという話がありましたね。

213 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 20:22:15 0
後、日本が鎖国しなかった場合、積極的に海外交易に乗り出したとは思えない、という意見について。
朱印船貿易がどれほど活発だったのか知らないのか?
タイは日本の朱印船の購買力に狂喜していたんだよ。

また、鎖国しなかった場合、国内の産業が発達しなかったとう意見について。
それだったら海外の貿易は活発になるな。
なぜなら、日本の国内で充足できない物は海外から輸入するからだ。

また鎖国と保護貿易を同じと考えている点について。
鎖国が西欧の保護貿易と根本的に違うのは海外渡航を禁止したこと。
これによって日本人自身が海外に乗り出す機会が失われた。
また情報統制もきわめて厳格な物になった。
その結果、地理学や政治学や航海技術等や海外の多様な思想など、ヨーロッパが発展した多くの要素が失われてしまった。
外部からの刺激を失った社会は停滞する。



214 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 20:22:37 0
だから都合のいい展開しか考えないんじゃ、学問として成立しねえってのに。
おとなしく荒巻義雄でも読んでろよ。

215 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 21:12:29 0
都合の悪い展開は鎖国肯定論者が書き込んでいるからなw

216 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 21:28:01 0
まあ、ある朝、日本人が目覚めてみたら全員が英独仏語と理系の学問を忘れていて
辞典類も文法書も教材も、それどころかあらゆる西洋の文献も
僅かなオランダ語関係以外のものは消え失せていたらどうなるか考えてみ。
もちろん理系の文献も設備もな。それが鎖国の結果だよ。
おかげで近代化が成功したんだそうだが。

217 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 21:32:15 0
>>216
>おかげで近代化が成功したんだそうだが

何で?って思うのが普通だけどね。
保護貿易という点では評価できる点はあった。
ただしそれは鎖国をしていなくても出来るよね。

218 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 21:33:17 0
日本が「鎖国」しなかったとして・・・
・アメリカ大陸への進出はあったのか
・産業革命を世界に先んじて起こすことはできたのか

ムリジャネ?

219 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 21:42:39 0
>>218
産業革命は鎖国していた現実の日本よりも早い段階で起きる可能性はあるだろ。
貿易をしていれば、オランダやイギリスとの接触はより活発になっただろうから。
アメリカ大陸には容易に進出できただろう。
本拠地がはるか何千キロも先のロシアでさえアラスカまで進出したんだから。
日本の場合、有利なのは島国で海岸沿いに勢力を伸ばしていけることだ。
ロシアなんてあの巨大で酷寒のシベリアを走破してアラスカを領有したくらいだ。

アメリカ以外にも台湾やフィリピンおよび、パプアニューギニアやオーストラリア、ニュージーランドにも進出できた可能性は高い。
この間には日本の軍事力に匹敵する国家が存在しないから。



220 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 21:42:45 0
進出は無理だろうが、産業革命に関しては他のヨーロッパ先進国と同様
歴史的現実よりもスムーズについていくことは出来ただろうな。
とにかく鎖国マンセー派というのは、一昔前の江戸時代暗黒説への反動で
江戸時代の先進性を過大に評価している香具師が大杉。
せめて田沼時代に開国していればな、とつくづく思う。


221 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 21:45:55 0
というか南方はフィリピンも含めて国家というレベルに達していた文明が存在していなかった。
日本人が銃器をもって植民すればそこはもう日本の領土。
そんなレベル。
西欧のアメリカ大陸進出よりも容易。
オランダが存在しているが、日本の軍事力の前には簡単に粉砕されるだろう。

222 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 22:16:21 0
鎖国がなかったところで白人以外が勝ち組になれる世界じゃねーとおもうが。


223 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:00:39 0
>>213
江戸時代は停滞してないってのがわからんのか。
さらに、その購買力自体が日本経済にとって危険だったと何回言われれば覚えるんだ?

224 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:05:31 0
>>223
購買力による金銀の流出や産業の発展の阻害ついては保護貿易をすればいい。
輸入品に対して関税をかければ国内産業は保護できる。

225 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:05:49 0
>>219
逆だ。
国内で生産基盤の無い桃山までの日本じゃ、産業革命どころか経済崩壊が関の山。
産業革命は、別に単純に発展すれば発生するもんじゃねーってなんでわからんのかね。
海外発展して経済が栄えれば産業革命が起きるなら、
東南アジアに日本人の十倍からいた中国人が産業革命起こせなかった理由説明しろよ。

理系の学問が消えたなんで馬鹿なこと言ってる奴は、ホントに一回江戸時代の小説や教科書以外の本を読め。

226 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:06:25 0
>>224
あ、やっぱり全然わかってね。

227 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:08:00 0
>>226
鎖国していないと経済が崩壊するのが必然なのかね?

228 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:09:54 0
>>225
東南アジアに10倍中国人がいても、東南アジアそのものに産業革命が起きる下地が整っていない。



229 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:14:08 0
>>225
海外発展することで産業革命が早まる可能性は十分にあっただろう。
海外貿易によって商人が巨大な力を持ち、巨大なブルジョワ層を形成する。
ブルジョワが強くなれば、近代化の動きも加速化されたかもしれない。
また海外の動向も択一伝わるわけで、啓蒙思想の影響も明治維新よりも早く受けただろう。


230 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 23:19:33 0
>>225
中国で産業革命が起きなかった理由は、国家間の競争がなかったからだ。
つまり富国強兵の概念が弱かった。
現在の中国は国際的な競争を行っているので、高度経済成長している。

231 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/06/11(土) 00:44:15 0
>>225
理系に関しては、常に最先端のものを取り入れないと
徐々に発展から遅れてしまうのは必然だろう。
知識や技術の伝播にワンクッション置くことになるからね。
そして、オランダは18世紀以降、既に最先端ではなくなっていた。
もし「ヨーロッパで唯一の貿易相手国」がイギリスなら、鎖国していても
日本も史実ほど技術的に遅れなかったかも知れないとは思うが。

あと中国は人口が多くて、何でも人の手でやってしまうしそれで間に合うから。
新しい機械を買うより人を雇った方が安ければ、機械工業は発展しにくい。
それに比べれば、西欧では機械化が割に合う社会構造だったんでないかと思う。

232 ::2005/06/11(土) 00:54:22 0
明治以降の日本のキャッチアップの裏には
日本が西洋に較べて遅れている
という強い危機意識があります。

開国していたら西洋と同調して技術文明が進む、
と考えるほうが難しい。
ついでに距離も当時は今よりはるかに大きな要素。

233 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 01:14:57 0
だからその開国をペリーが来るまで続けたことが問題だと何度も

234 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 07:31:25 0
すでに大黒屋光太夫帰国の時にロシアとの差さえも歴然としていた。
大海を超えてくるロシア船団と沿岸航行しか出来ない和船。喧嘩にならない。
医療に関しても杉田玄白の逸話で知られるとおりだ。
しかし仮に「開国」していたところで、医療はともかく技術力が発展するとは限らない。
日本とイギリスとでは石炭の質が違いすぎて、蒸気機関が生まれる余地はないだろ。

235 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 17:56:07 0
>>234
>しかし仮に「開国」していたところで、医療はともかく技術力が発展するとは限らない

資本主義なら技術は発展するだろ。日本人は海外の技術を取り入れることに何の抵抗も無い民族だからな。

236 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 20:05:49 0
>資本主義なら

すると江戸時代の日本は資本主義じゃないから無理ということか。

237 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 23:01:47 0
えーと、整理しますね

鎖国賛成派の長所
・産業革命に必要な労働力、生産力を養成するために鎖国は有効
・スペインの二の舞を避ける
否定派の長所
・絶対国防圏の早期確保
・先端技術の取入れが可能

238 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 23:58:37 0
このスレ見ながら色々考えて思ったが
鎖国否定派には西日本人
肯定派には東日本人が多いと見た。
8割方当たってると思う

239 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 00:16:21 0
俺は神戸だが、初期鎖国肯定派だぞ

240 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 00:25:20 0
>>238
京都だが、ずっと鎖国肯定でやってる。
今の京都学派は鎖国肯定論の牙城だぞ?

241 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 01:05:58 0
>>224
関税を高くするより鎖国した方が相手国の怒りを買う危険は少ない。

242 :206と207:2005/06/12(日) 09:20:55 0
うちは父方母方とも3代前から東日本だが鎖国を否定する


243 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 11:26:32 0
このスレに書き込む人間はそれなりに考えて書き込んでいるのが多いので、地域性は関係ないと思うが。


244 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:04:07 0
>>238
逆に何故そう思ったか聞きたい。

245 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:14:48 0
>>237
>絶対国防権の早期確保

絶対国防権ってどこからどこまで?


246 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:17:46 0
さて鎖国肯定論者に聞きたいのだが、
スペインを出して鎖国してよかったと述べているが、フランスもオランダもイギリスもアメリカもロシアもドイツも鎖国をしていなかった。
何故、スペインを出して鎖国がよかったというのか聞きたい。

それから鎖国しなければ日本の経済は崩壊した、という意見があるが、それは必然なのかな?


247 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:33:10 0
>245
・朝鮮への影響力獲得
・東南アジアへの進出基盤確保(台湾かルソン島、せめて琉球の早期併合・基地化)
・小笠原〜サイパンあたりの南洋拠点

東南アジアは難しいので、1と3はあったほうがいい。

>246
>スペインを〜
言語障害?
>それから鎖国を〜
技術があっても、資本があっても、国内に資本の投下が出来ないので生産力と労働力の増加が出来ない。

248 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:39:19 0
>>245
朝鮮の役で負けてんだから既に無理ジャンww

台湾は鄭成功で不成功でまたまた無理。

絶対無理国防圏で無理して太平洋で冒険して負けて平和引き篭もりになったように、、、

、、、やはり鎖国となるわけだ。

片や300年の泰平を生み、片や独立を失う。やっぱ先人は偉いやw

249 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:39:55 0
>>247
東南アジアを植民地にするのが難しい?
あのスペインでさえフィリピンを、オランダでさえ台湾、インドネシアを支配できた。
日本なら容易に植民地化することが出来ると思うが。

>技術があっても、資本があっても、国内に資本の投下が出来ないので生産力と労働力の増加が出来ない。

何で国内に資本の投下が出来ないと思うの?
貿易を行うから?




250 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:42:32 0
>>248
>片や300年の泰平を生み、片や独立を失う。やっぱ先人は偉いやw

何でいきなり独立を失うという結論になるわけ?

251 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 12:47:45 0
>>249
そのスペインは既に戦国時代にフィリピンを支配し、
そのオランダを鄭ちゃんは追い出した。


252 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 13:03:02 0
スペインのフィリピン軍が強いと思ってるわけ?
鄭成功がオランダを追い出すのは1662年だよ。
それまでに日本が台湾を領有する可能性はある。
中国に領有されたところで、戦争して台湾を植民地化することも可能だろう。
中国は内陸国家で鎖国しなかった海洋国家の日本とは海軍力のレベルが違うだろうから。

253 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 13:17:33 0
>>252
で、既に二度失敗している半島にまた出兵するのか?あほ?

254 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 13:23:39 0
>>253
半島に出兵してどうするw
海軍力で決着をつければいいだろ。


255 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 13:26:43 0
当時の台湾を領有するのに陸軍はいらない。
オランダは海軍だけで支配したわけだし

256 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 13:32:33 0
明治になってから台湾征伐に3000人を派遣し、一部族を壊滅させたが、
まもなく日本兵の大半が風土病で戦えなくなった。

257 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 13:44:06 0
>249>252
フィリピン征服は簡単とおっしゃりますが、征服してもアメリカの西進政策とガチでぶつかると、米西戦争が米日戦争になるわけで。
台湾も清とやりあうとやはり主戦場は朝鮮〜琉球〜台湾となるわけで。
大規模な戦争で国力を疲弊するのはよろしくない。
土人に勝ってもスペイン、ポルトガル、フランス、イギリス(+清)の列強と遣り合って勝てるかは微妙な線であるかと。

>250
独立を失ったのはこのあいだの負け戦、WW2のことじゃないかな?

国内に資本の投下が出来ない→スペインの例がその1
その2は生糸が史実より安価に手に入るから、国産する必要がなくなる。
その3は大日本帝国の併合政策が例
台湾や朝鮮に投入された金を東北につぎ込めば、東北はもうちょっとましになっていたはず。

258 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 14:21:44 0
>>257
いいこと言うなー、特に後半な。

259 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 14:46:02 0
>>249
当時の日本の貿易赤字額を考えろ。それで経済がまわっていたのは金銀のおかげ。
鎖国でいろいろな物資の国産化が進まなければ、産金量の激減(1720〜)と共に経済が壊滅していたはず。

それ以前に。帝国主義以前に東南アジアを支配するメリットは?
スペインはキリスト教布教と、インド洋経済圏の利権確保(香辛料生産地からの産直体制確立)のために
東南アジアに拠点を作っていただけで、別に植民地それ自体を当時の人間がほしがっていたかのような
意見を言う奴は、当時の東南アジア「植民地」の実態を調べてから言え。

ジャポニカの育成限界以南を支配しても農業移民なんて無理だぞ。
商業移民は華僑の天下で、日本人町は中国人町の郊外にくっついてたのも知らんのか。

260 :247と257:2005/06/12(日) 15:10:12 0
正直、僕の理論も後出しジャンケンに過ぎないので
「土人に勝てるから進出」も「アメリカに勝てないから鎖国」も馬鹿馬鹿しくなる。
もしこれ以上IFで鎖国否定喋りたかったらイギリス、フランス、アメリカに勝てる方法持って来なさい

261 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 18:42:03 0
>>260
>イギリスフランスアメリカに勝てる方法持って来なさい

いつのイギリスフランスアメリカだよ?
しかも日本が鎖国をしていなければ日本の国力や軍事力、経済力も違う物になっていただろう。
それこそIFの連続になるぞ。
もちろん鎖国していなければ、海軍力は史実とは比べ物にならないほど巨大な物になっていた可能性が高い。
なぜなら日本はペリー来航まで海軍力はゼロに等しかったからな。
海外貿易を行い、東南アジアへ植民地を行っていたと仮定した場合、鎖国した日本よりも海軍力が上なのは確実。
そこで、オランダやスペインとやり合うわけだから最低限の海軍力がなければ東南アジア進出は無理。

またイギリスフランスアメリカが東南アジアに植民地を拡大するのは19世紀の中盤以降。
それまでに日本が巨大な海軍力を身につけておけばいいだろ。

で、巨大な海軍力を身につける方法だが、日本は島国なので、海軍力を身につけるのは簡単。
貿易赤字に関しては、保護貿易を行えば産業は発展する。



262 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 18:53:26 0
>>257
>フィリピン征服は簡単とおっしゃりますが、征服してもアメリカの西進政策とガチでぶつかると、米西戦争が米日戦争になるわけで。
>台湾も清とやりあうとやはり主戦場は朝鮮〜琉球〜台湾となるわけで。

台湾が清の領土になるのは1683年だ。
明は台湾を化外の地として領土とは認めなかった。むしろ日本の領土だと思っていたふしもある。
だからオランダが征服できたわけで。
しかも清が征服した後も、明と同じく台湾を手放すかどうかで宮中はもめにもめた。
清は明と同じく内陸国家だからな。
台湾を植民地にするのに清が征服する前に支配できる。日本は琉球に対して17世紀の前半に支配権を及ぼしていたし、台湾も有馬のような大名が出兵していた。
また中国に領有された後に戦争するにしても日本が海軍力を増強すれば台湾を領有するのは難しいことではない。
また海軍力を増強した日本が朝鮮や中国の侵略をおそれる必要もない。


263 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 18:54:11 0
一言で言えば、当時の状況として台湾を領有する事は簡単だったと言うことだ。

264 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:00:54 0
>>257
>大規模な戦争で国力を疲弊するのはよろしくない。

どのくらいの大規模な戦争を想定しているの?
17世紀中盤の朝鮮や中国は国内が混乱の極みにあった。
そんな中国や朝鮮が日本の台湾領有に国家の総力を挙げて侵略してくるとは想定しにくいが。
しかも日本も台湾も島国だから海軍力の問題になる。

>土人に勝ってもスペイン、ポルトガル、フランス、イギリス(+清)の列強と遣り合って勝てるかは微妙な線であるかと。


17世紀なら問題は無いと。19世紀ぐらいになればわからないけど。
19世紀について語ればIFの連続になる。
ただし、経済の問題に関してはイギリスと同じように自国の産業を保護貿易よって育成すればいい。



265 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:03:09 0
>もちろん鎖国していなければ、海軍力は史実とは比べ物にならないほど巨大な物になっていた可能性が高い。

妄想炸裂w

266 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:09:44 0
>>257
>独立を失ったのはこのあいだの負け戦、WW2のことじゃないかな?

日本は鎖国を辞めたから独立を失った、ってわけじゃあるまい。
鎖国を続けてたら19世紀に植民地化されてたよ。

>国内に資本の投下が出来ない→スペインの例がその1
>その2は生糸が史実より安価に手に入るから、国産する必要がなくなる。

国内に資本の投下をすればいい。
国内の産業を興したいなら、輸入品に対して関税をもうけ、保護すればいい。
イギリスもフランスも保護貿易で自国産業を保護しながら発展した。

>その3は大日本帝国の併合政策が例
>台湾や朝鮮に投入された金を東北につぎ込めば、東北はもうちょっとましになっていたはず。

台湾や朝鮮は日本の統治によって発展した。つまり資本の投下の効果があったということだ。



267 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:18:02 0
>>259
>当時の日本の貿易赤字額を考えろ。それで経済がまわっていたのは金銀のおかげ。
>鎖国でいろいろな物資の国産化が進まなければ、産金量の激減(1720〜)と共に経済が壊滅していたはず。

貿易赤字国がすればいい方策は保護貿易だね。
金が底をつく前に、国内の産業を興せばよい。

>>259
>ジャポニカの育成限界以南を支配しても農業移民なんて無理だぞ。

育成限界以南というのはどこかな?

フィリピンは稲作を行うのが十分に可能。
また様々な食物があるのだから、ジャポニカだけにこだわる理由が理解できない。







268 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:23:04 0
鎖国を行うことで失われた物として、技術の発展と国家間の競争がある。
圧倒的な情報不足を鎖国下の日本は続けた。
情報源はオランダからの細々とした本の輸入だけだったわけ。

269 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:30:12 0
16世紀初頭に自衛艦みらいがタイムスリップし
その献策により幕府は巨大海軍を建造し
250年間その維持に勤めようとしましたが16世紀末財政が破綻。
負担を強いられていた西南諸藩により幕府は転覆され、
新幕府はその反省から鎖国政策をとりますた。

ifだからってなんでもありじゃねえぞ。

270 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:35:04 0
鎖国しなかった場合、日本がイギリス型になれたのかスペイン型になるのかで肯定否定の意見がわかれるな。


271 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 20:26:31 0
>>246
何でヨーロッパ諸国と日本を同一モデルで語れると思うの?

272 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 20:48:29 0
>>267
だから、鎖国は保護貿易政策だと何度言ったら・・・。

どうやって送り込まれた奴ら食ってくんだ?具体的に説明しろよ。
食いもん幾らでもあるジャングルの中に欧米人も中国人も移民しなかった理由も添えてな。

日本の農業技術体系や収集体系はジャポニカ前提にできてる。
経済社会(経済による成長構造を含んだ社会)が成立する前に送り込んでも餓死するか反乱起こされるかだ。
だいいち、経済成長を当時の武家政権が目的にすると思うか?

鎖国しなければ、幕藩体制が崩壊してまた戦国時代になり、
そこで金銀がつきれば、日本は朝鮮並みの国に転落していてたかもよ。
その可能性のほうが、海洋帝国よりよほど高い。

273 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 20:55:49 0
>>270
日本は日本型だよ。どっちにもならない。

274 ::2005/06/12(日) 21:00:19 0
産業革命はイギリスで起こった特殊事例です。
18世紀より100年ほどかけて成された産業・社会構造の緩慢な変化であり、
革命という言葉を用いるべきではないという人もいます。
産業革命の条件・要因となったものは様々にあげられるでしょうが、
イギリス以外の国では発生しなかった。

他の国は、その後追いです。
新しいシステムが、いきなり古いシステムに取って代わったわけではありません。
フランスでも産業革命が成されるのは1830年代で、開国のほんの少し前です。

そして日本は鎖国により産業革命にもう少しで手が届く距離にまで社会が発展した、
と言えます。

275 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 21:03:58 0
鎖国がなかったらチャイニーズ共に内政干渉されまくりで属国にされてたんじゃねーの?

276 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 21:06:34 0
鎖国をしなかったらキリスト教が流入してきて、日本の文化は破壊されることになったと思うよ。安易に、鎖国してなかったら日本はもっと発展していたなんて小学生の言うことだね。

277 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 21:07:43 0
>>275
その肝心のチャイニーズが国策で海禁やってたから
それほどひどくはならなかったろう。

278 ::2005/06/12(日) 21:10:11 0
ちなみに鎖国前、海外日本人町在住の日本人は
醤油ほか各種食材を日本から取り寄せています。

移住一世は、生活習慣はあまり変わらず日本とのつながりをいつまでも持とうとし、
二世は一気にそれを失い現地化するのが今も当時も日本人の傾向のようです。

279 :247と257:2005/06/12(日) 21:22:09 0
>261
イギリスならアヘン戦争、アメリカなら米西戦争時を想定で
勝利目的は20世紀初頭までに史実に追いつくとして。
>267
「鎖国しても金銀が底を突いた」のですが
そして生糸の購入から自給に移って産業革命の下地を作った
>264
清は鄭成功を許しませんでしたが何か?
規模は最悪を仮定して朝鮮出兵クラスな。
あのころの清は伸び盛りだし。
勝利しても財政を圧迫すれば崩壊は目の前。

280 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 21:53:41 0
>>261-
は相手にする必要ないと思われ。
鎖国していなければ強くてかっこいい大日本帝国が世界に君臨していたのに!
という厨房の妄想かと。

当時の日本に要求するのは300年先まで正確に見通す超能力であるのに
一方本人は100年前の素朴な大国観w
いや2000年以上前のアレクサンダーと同レベルか。

281 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 23:41:08 0
「東北をもうちょっとましにする」には、
東南アジアに進出しようがしまいがあんまり関係ない。
むしろ重要なのは農業/料理文化だろう。

米作主体で他の作物を「雑穀」として見下す農業/料理文化は、
本当のところ北日本の風土には適合してなかった。
北日本は米作の北限に近いため、ここでの米作はギャンブルで、
ちょっと夏が涼しいだけで米が実らなくなり、飢饉が起きたわけだ。

風土条件の近い華北や欧州で普通に行われていたように、
主食は小麦の粉食で、ジャガイモやコーンも栽培し、
豚か何か飼うという農業/料理文化を採用していたら、
何年かおきに発生した東北の飢饉は避けることができたはずだ。

また、そういう農業/料理文化なら、江戸時代に北海道を開拓して、
百万かそこらの人口を養うこともできただろうし、樺太や千島も、
史実の蝦夷地のような感覚で「日本領」になっただろう。

その時間線では、膨張するロシアと樺太あたりで衝突することになり、
米国ではなくロシアによって開国を迫られることになるだろう。
日本と白人諸国との交流再開は史実よりも数十年早まるはずで、
それによってその後の世界史も変わってくるわけだ。

282 :247と257:2005/06/12(日) 23:44:31 0
>281
それに必要な資本を東南アジアに投下しちゃ出来ねえでしょ。
といいたかったのですが

283 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 23:45:23 0
殆ど架空戦記の世界みたいになってきたな。

284 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:46:21 0
そもそもこのスレ自身がIFを目的としたスレだからな。
IFについて語るなというのはむちゃくちゃな話で。

285 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:57:11 0
ifでもひとつひとつまともにありえる設定を積み重ねろよ


286 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:06:20 0
日本の台湾領有は普通にあり得る話だ。
その後のフィリピン領有もな。
その後の香料諸島やパプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランドの領有もな。

287 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:10:59 0
領有してなんになるんだか

288 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:12:33 0
鎖国をしなかったら日本は経済が崩壊する、という意見が多いな。
学者だったら誰が似たような論調なのかな?

289 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:13:38 0
ヨーロッパよりも先にフィリピン、インドネシアをゲットしていれば
朝鮮や中国のようななんのうまみもない土地に手を出さなかっただろうに。

290 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:14:50 0
フィリピンはスペインが領有していた。
台湾はオランダが領有していた。
それを日本が自分のものにするのかだな。

291 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:16:16 0
だから領有してどうするんだ

292 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:16:28 0
IFを語るときは、時の為政者の選択になる。
どっちにしろ運命論は無いと思うよ。

293 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:19:57 0
20世紀まで見通して政策を選択できる為政者はいないよ

294 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:20:20 0
鎖国がなかったら、海外の影響が強まるだろう。
思想にしろ技術にしろ経済にしろ。
日本はもっと変化のある社会になった。



295 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:26:03 0
欧州諸国の東南アジア領有というのも、現代の視点で見ると意味不明だな。
遥か彼方の熱帯の土地に貧弱な帆船で軍を派遣して、
広い土地を自国の色に塗り大人口を押さえた目的が……香辛料の確保w

仮に、これが史実でなく別の時間線で書かれた仮想史の中の記述だとしたら、
作品は不自然だと評され、作者は厨房呼ばわりされるはずだ。

296 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:29:01 0
>広い土地を自国の色に塗り大人口を押さえた

17、18世紀時点で抑えてません。

297 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:46:00 0
>>296
フィリピンのルソン島はスペインに抑えられていた。
後は、巨大なアメリカ大陸も支配下に納めていた。
そう考えると欧州というのはとんでもない事を行っていたわけだ。
当時のアジアでは考えられないことw


298 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:49:05 0
インドネシアも18世紀を通じてオランダの支配下に組み込まれていった。
本国から遙かに遠くの海外の地で征服活動を続け、本国よりも多くの人口を支配するのは凄い。
頭がいいというか何というか。

299 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:51:34 0
アジアと西欧の差ということを考えると政治的な洞察力の差を感じる。
どうもアジアは鈍くさい。
オランダやイギリスのようなシャープさが無い。
西欧の複雑な国際政治が生み出した情報量の差なのかも。

300 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:53:10 0
スペインもオランダも19世紀を待たずに絶頂期を終えた
結局でかい領土かっこいーってだけ?

301 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 01:58:30 0
>>295
西欧の不自然な征服を可能にしたのは、海軍力だろ。
何千キロも航海できる造船技術と、大砲などの技術の発展が少数の人間による多数の支配を可能にした。



302 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 02:25:03 0
>>301
あと、各地域のボスをうまく押さえ込んだというのも付け加えたい。

303 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 02:51:38 0
>>302
そこは政治力だね。
複雑な国際政治を何百年にもわたって経験した西欧人からするとアジアの政治の駆け引きなんて幼稚きわまりないものだったんだろう。

304 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 03:00:11 0
>>298
>インドネシアも18世紀を通じてオランダの支配下に組み込まれていった。
>本国から遙かに遠くの海外の地で征服活動を続け、本国よりも多くの人口を支配するのは凄い。
>頭がいいというか何というか。

その狡猾極まりないオランダ人を出島に隔離して日本人とは最低限の接触しか許さず、
その出島という小さな窓口を通じて海外の物資と知識・情報だけは
しっかり取り入れていた当時の徳川幕府の頭のよさはさらにその上をいっている。

万一日本が鎖国してなかったら、DQN君主が現れた時にオランダだかイギリスだかに
つけこまれて何らかの形で支配下に組み込まれていたような気がする。

305 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 03:12:55 0
>>304
>しっかり取り入れていた当時の徳川幕府の頭のよさはさらにその上をいっている。

ただ単に引きこもっていただけじゃんw
挙げ句の果てに圧倒的に強大なペリー艦隊に強制的に引きこもりを辞めさせられるし。
頭がいいとはとても思えん。

306 ::2005/06/13(月) 07:58:26 0
>広い土地を自国の色に塗り大人口を押さえた目的が……香辛料の確保w

16世紀から17世紀なかばにかけては、香辛料による利益は馬鹿に出来るものではないでしょう。

ただそれだけではヨーロッパの入超です。
ヨーロッパから資金(銀)が流出する一方となります。
それを補ったのが日本の銀です。

307 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 08:01:41 0
日本に入ってきたものは?

308 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 08:02:19 0
それは結果論じゃね?1853年にペリーが浦賀に来るって事を知っているから言えることだよ。
鎖国はキリスト教の侵入を防ぐ意味でとても理にかなった方法だった。

309 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 08:02:54 0
>305 へのレスね


310 ::2005/06/13(月) 08:03:01 0
>>307
主に生糸

311 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 08:50:10 0
鎖国否定論者を見ていて思うのは、なぜか西洋科学に対する信仰がすごいんだよね。
これは実は鎖国が成功であった証拠なんだがw

西洋の科学が、東洋のそれと比較してすすんだ物となったと明確に言えるのは
せいぜい18世紀後半から。
それにしたところで、キリスト教神秘主義と密接に絡まったもので、錬金術や
神秘主義から分離した科学の成立なんて、19世紀以降でしょ。

キリスト教の禁止により、神秘主義、錬金術などと無縁な純粋に技術的、実用的なもの
だけが流入してきたのは、メリットとして非常に大きいと思われ。
江戸期の日本は、西洋文明の歪なところをシャットアウトし、有用ですすんだ部分だけ、
取り入れることが出来たという点で、実に幸運だったと思うぞ。
19世紀半ばという科学史的にも絶妙なおいしいタイミングで開国しているし。

312 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 09:16:05 0
>>305
それは250年も後のことだろうと、言って見るテスト。
しかもペリーの来航後にすぐに南北戦争が始まり南軍への海上封鎖
で神国に圧力かけられずと言う神業。

313 :鎖国なんて用語はさー:2005/06/13(月) 09:23:51 0
倒幕派のプロパガンダみたいなものなんだから真に受けても
どうかと思うよ。

314 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 12:38:32 0
高炉一つ作れず、まともな製鉄能力も無かった国が
どの面下げて西洋の科学を批判してられるのやら。
鉄が潤沢でないと近代産業技術なんてそもそも起こしようがない。

有名な話だが、福沢諭吉が西洋では火事があっても
だれも焼け跡の釘拾いになんかいかない、と驚いている。
焼けた釘ですら血眼で探さないとならない、これが幕末の現実だった。

ちなみに西洋で高炉による製鉄が行われるようになったのは14-5世紀、
コークスによる製鉄も18世紀初頭には始まっている。




315 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/06/13(月) 13:30:48 0
>>298
侵略というか、ジャワ王家の内紛につけ込んで権益を獲得していったという
レベルなんだがね。>18世紀のオランダ
しかもこの過程でオランダ東インド会社は赤字になって、最後には解散させられる。
17世紀からの200年を通した総合的な収支で言えば、赤字か黒字か怪しいもんだ。

>>308
キリスト教の侵入を通した侵略をやる余力は、鎖国始めた当時の
ヨーロッパのどこの国にもない。繰り返しになるが。
何故なら三十年戦争の最中だから。
幕府の表向きの鎖国理由やケンペルの記録を信じてるなら、
逆に当時のヨーロッパを過大評価しすぎと思う。
経済方面の理由の方がまだ(不確定要素が多いだけに)説得力がある。

まあ、渡航禁止までしなくてもとは思うがね。
自ら仕入れに行かず、しかも相手国を絞るということは、必然的に
相手の言い値になりやすいということ。糸割符制などの対策はしていたようだが、
割高な値段で買わされてた例があっても不思議じゃない。
政策論で言えば、新井白石がやった総量規制を、むしろ鎖国より先に導入すべきだったと思う。


316 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 18:39:56 0
>>305
お前、徳川幕府が何年続いたと思ってるの?
とっくに時代が違うんだよ。

317 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 18:42:31 0
>>314
技術や文化の発展は必要からそのように至るのであって、
それまで無用だった技術が何で存在していなきゃならんのだ?

318 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 18:58:50 0
つまり幕末の日本は高炉も必要としないほどの技術・文化の発展段階だったと?

319 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 19:06:10 0
酷い馬鹿がいるもんだ。
必要になった瞬間、天から技術が降ってくるのか?地から湧くのか?


320 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 00:56:50 0
>>317
必要だったが科学技術の発達が未発達だったので作れなかっただけだろ。
鎖国は情報というもっとも重要な要素において圧倒的に不利になった政策だったんだよ。

321 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 01:06:06 0
>>315
>まあ、渡航禁止までしなくてもとは思うがね。
>自ら仕入れに行かず、しかも相手国を絞るということは、必然的に
>相手の言い値になりやすいということ。糸割符制などの対策はしていたようだが、
>割高な値段で買わされてた例があっても不思議じゃない。
>政策論で言えば、新井白石がやった総量規制を、むしろ鎖国より先に導入すべきだったと思う。

つまり保護貿易を行えば良かったってことだな。
鎖国=保護貿易ととらえている意見があるが、鎖国が保護貿易と違うのは海外への渡海の自由を完全に禁止したことだ。
また海外の貿易も長崎一港のみ、という極端な制限をもうけた。
この事を批判しているわけで、保護貿易は必要なことだよ。

322 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 01:08:59 0
>>312
>それは250年も後のことだろうと、言って見るテスト。
>しかもペリーの来航後にすぐに南北戦争が始まり南軍への海上封鎖
>で神国に圧力かけられずと言う神業。

新しい歴史教科書の連中に影響されすぎじゃない?
西尾も小林も含めてあそこらへんの連中の意見は先祖の行いを全て肯定するって感じだからな。


323 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 01:10:45 0
先祖崇拝は気持ち悪いよ

324 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 01:16:04 0
>>321
海外侵略できた、そうすればもっと経済発展して、
帝国主義国家を築けたという厨意見を批判しているだけ。
渡航禁止も全面的に認めているわけではないよ。

当時の幕府の安定には、必要不可欠な政策だったろうし、
徳川幕府が不安定なものになったときの日本の受ける
ダメージについては全く想像できないから、
その点は議論になるとは思わない。

325 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 01:18:21 0
鎖国がなければ日本の航海技術は発達していただろう。

326 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 01:44:07 0
海禁政策が無かった場合の[日本史最悪シナリオ]も想像してみよう。
[ちょっと条件を変えた場合の日本史の一般解]を考察するには、
同時代の欧州諸国よりもアジア諸国の方が適切な参考事例のはずなんだが、
なぜかw、この種の議論から抜け落ちがちな観点なので。

327 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 01:54:18 0
最悪シナリオというのなら、もう一つ鎖国政策は歴史通りおこなわれたが
佐幕派が勝利したり、あるいは維新の元勲たちの奇跡的な手際が無くて
「もし明治維新が失敗していたら」というのがあるよw
このどちらかに陥った可能性も高かったと思う。

328 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 06:10:26 0
結局さキリスト教を通じたスペインポルトガル勢力の排除
という以外は東国政権の維持の為だろ
西国が日本の中心だったら、特に大阪だったら
間違いなく交易重視の商業的志向のある政権になったはず。
それで富を蓄えれば政権も強力になるし。
東国だとそれに適さないし、
西国大名が力をつけて統制が利かずはむかってくるから
鎖国政策を強化したんだろ。
関が原で西軍が勝てば、いやそれ以前に秀吉に子種があれば
まったく日本史アジア史世界史は変わった筈だ。

329 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 08:12:57 0
>>328
坊主や公家が茶々いれてまた公武対立から挙句の果て戦国時代だなww

330 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 08:50:37 0
長い戦乱の後だったのだから国内統治を優先重視する政策は当然だと
思うけどね。対外膨張政策だの渡航の自由だのはすぐには無理だね。
いつごろ開国したいとか考えるわけだ?
まぁ国内の安定考えたら早くて17世紀後半から18世紀初頭だな。
あっちゃー、革命後の混乱から英国が台頭してくる時期とガチだなww

一個人の想像力なんぞは史上の多くの人間の行為に比べれば貧弱なものだよ。

331 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 09:14:05 0
清の攻撃を受けた明から日本に援軍要請があったんだが、
この時に要請に応じるという分岐点も考えられるな。

332 :双六:2005/06/14(火) 09:36:06 0
で、大陸進出してまたまた振出へ戻る。
維新政府か秀吉の末路しかないな。

333 :日本@名無史さん:2005/06/14(火) 12:58:39 0
>国内の安定考えたら早くて17世紀後半から18世紀初頭

こっちから出向くならともかく、よそからの訪問客はオロシャだけですよ。
(中国・オランダ・朝鮮・琉球・アイヌは別として)

334 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 22:46:20 0
開国はもう少し遅くてもかまわないと思う。
やはり開国という考えが多少なりとも出てきた18世紀後半の田沼時代とか。


335 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 00:02:43 0
このスレの大前提として鎖国をしなかったらどうなるのかってのがあるから。
鎖国の是非は関係ない話題だな。

336 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 00:03:32 0
徳川幕府が鎖国をしなければ徳川の世の終わりはもっと早かっただろう。

337 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 04:19:01 0
>>336
それは全くその通りだな。
鎖国が日本の国益にとってプラスだったかマイナスだったかは不明だが、
徳川幕府にとってプラスだったことは間違いない。
幕府が鎖国しないシナリオを考察するには、
幕府にとっての部分利益の点でも鎖国が有利となるように、
前提状況を変更するところから考えないといけないね。

338 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 06:05:36 0
西欧キリスト教系諸国家だけでなくオスマン・トルコやムガールなどイスラム系諸国とも接触を持って
日本各地にキリスト教会だけでなくモスクが立ち、更にユダヤ人がやってきてシナゴーグまで立つ・・・


339 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 08:45:09 O
外国人の流入は、村落共同体を崩し、治安を悪くする。
当時の日本人のありようが根底から変わってしまうだろう。

340 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 16:38:45 0
とりあえず徳川になる前の全国統一直後の流れとして、
刀一本立身出世、という侍達の夢をどう処理するか、てのがある。

単に押さえつけるだけで処理できる訳もなく、勢いがある勢力は
放っておけば勝手に海外へ流出する訳で(例えば倭寇とか)、
統一直後にはそういう不満勢力というか有り余った戦力を何かに
有効活用する必要が生じたと思う。そこで一番判りやすいのは
半島進出な訳で、あの辺はほとんど歴史の必然かと。

だから鎖国反対派はその1回のチャンスをどう生かすかという
IFを考えてみるのが良いと思われ。

341 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 18:56:46 0
無駄な提案だな。ここにいる鎖国否定派の根底には、
「より強い大日本帝国があればよかった。」であって、
そこに至る過程としての理由付けが欲しいだけ。
基に望みの結論が不動のものとしてすえつけてある限り、
厨理論は払拭不可能。

342 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 20:02:32 0
>>340
アンタ、井沢元彦の影響を受けてますか?

343 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 20:05:49 0
新しい歴史教科書の影響を受けています

344 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 20:20:05 0
同じことだ。頼むから黙っていてくれ。

345 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 20:39:18 0
ギャンブルを肯定するか、否か?
明治以降はギャンブルを選択せざるを得なかったから仕方ないが・・・。
鎖国しなかった場合、江戸幕府が史実よりも早く倒れた可能性は高いと思うが、
その結果明治政府のような形の政府が誕生するか、別な幕府ができてしまうか
は微妙なところだよな。

346 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 17:25:25 0
再び群雄割拠の時代に突入→国力低下→西洋の侵略を受け日本滅ぶ

347 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 17:38:56 0
江戸幕府は100年ほどで倒れたほうがいいよ。
あと日本の戦国時代は国力が増大した時代。
江戸時代こそ、中期以降国力が停滞した時代。

348 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 18:01:35 O
国中が内乱で、まとめあげる事も出来ない状況を、
武器の供給量が上がった程度で、国力が増大したと言えるか?

349 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 18:04:16 0
城郭建築も大幅に向上してるだろ
鎖国するまでの江戸初期までで
あれだけ各地に大規模な城郭築けた国って
どれくらいあるのかな

350 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 18:06:37 0
>>348
戦国時代は人口も国高も増えている。
それに比べて江戸時代は中期以降は停滞。東日本に至っては低下。

351 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 19:59:10 0
兵糧が必要だから常に開墾の必要があっただけだ。
あと、動物は生命の危機が多いほど、より増えるようにできている。
安定した社会では、増減は緩やかになり、時として低下する。

352 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 20:11:59 0
現在の日本は停滞どころか衰退か。
人口を根拠にすれば。

353 ::2005/06/16(木) 20:16:01 0
戦国時代が概算推定1500万人くらい。
江戸時代が3000万くらいじゃなかったっけ?

倍にもなってます。
3000万で止まったのは日本の国土では産業革命前ではそれが限界ということでしょう。

354 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 20:52:16 0
>>353
それは江戸時代初期だけの数字。
中期以降は人口も国高も伸びていない。
また明治以降急激に耕地面積も人口も伸びているから(農村にはさほど大きな変化はない)
無理なんじゃなくて、しなかっただけ。
競争性が低いから、どうしても停滞してしまう。

355 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 23:07:12 0
>>354
戦国時代さえ来ればまた成長するみたいな妄想をする人が多いね。
確かに中国の春秋戦国や近世ヨーロッパは成長したが
三国時代は成長したのか?五胡十六国時代は?30年戦争でドイツはどうなった?
社会の余力を根こそぎ奪って立ち直れなくなる戦国時代も数多い。
特に、金銀のつきた後の日本が戦国時代に突入すれば、
再起不能になってもおかしくない。

356 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 23:29:05 0
物事を1面的にしか捉えられない者は厨理論に走りがちだ。

357 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 00:14:06 0
>>355
君は平和なら、社会が発展すると思いこんでいるようだね。

あと再起不能になることはないだろうね。
もう一度戦乱の時代にもどれば、格藩が力の限り国力の増大に力を注ぐだろう。
けど、江戸幕府が続いたら、江戸滞在と参勤交代で無駄な消費にのみ資金を注ぐことになる。
結果国力は低下する。日本の場合は戦乱に戻ったほうがよかったのは確実だろう。

例えばおとなりの朝鮮も、新羅、百済、任那などが争って、さらに満州から高句麗がきて、
覇を競っていた時代のほうがマシだったよ。
新羅が統一し、日本の統治下に入るまで、王朝がかわるときも目立った争乱はなかった。
(朝鮮版三国時代に一時もどったが)
結果この長い間で人口はせいぜい倍といったところ。ずっと停滞していたんだよ。

つまり100年以上の平和にはなんの価値もない。

358 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 00:44:56 0
>>357
いえいえ。発展論者は藩単位の富国強兵のそれも好影響ばかり語ってませんか?と言いたいだけですよ。
全然、触れられてませんからね。悪影響や庶民文化が生まれなくなることの悪影響。
下手すりゃ、大日本海洋帝国どころか「日本」という単位が実質消滅する可能性もあると思うんですけどね。

359 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 00:55:51 0
>>358
どんな可能性もある。
ただし鎖国していない日本が植民地化する可能性はきわめて低いと思うがな。

360 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 00:59:33 0
戦国時代と江戸時代初期は社会のシステムが全く違う。
兵農分離が徹底され、農民出身の豊臣秀吉が天下をとれる時代ではなくなっている。
つまり社会のシステムが固まったわけであり、戦国時代のように長期にわたる大混乱になる可能性は低い。


361 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 01:04:02 0
鎖国しなくても国家が分裂した可能性は低い。
すでに、日本は確固とした国家意識があったから。
一時的な混乱があっても、再び統一に向かうだろう。
ただし、日本が海外植民地を持った場合は植民地と本土が分裂する可能性は十分にある。


362 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 01:15:26 0
>>357
西欧列強がアジアを食い物にし続けている中、日本が戦国時代などに戻ったら、
そのビジネスチャンスを何もしないで眺めていると思うか?異文化相手の巧妙な取引に長けた
海千山千の相手に、いいように操られて日本がめちゃくちゃになるのが一番ありえるシナリオだ。

363 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 01:56:39 0
>>361
何こいてるかなー。先の大戦まで藩閥抜けなかったんよ?

あと、上の方にマルクスみたいな進歩主義者がおるな。アホだww

364 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 02:08:17 0
>>362
清初期の混乱には西欧は何も乗じることは出来なかったけどな。
日本は西欧から遠すぎるし、国力がありすぎる。
少々分裂したからと言って、産業革命が進行する19世紀までは植民地化するほど西欧は強力ではない。

365 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 02:10:30 0
>>363
意味の無い突っ込みするなよ

366 ::2005/06/17(金) 02:20:30 0
拠点を抑えていたのみだったオランダのインドネシア植民地化は
当地の政治的混乱に乗じたものですね。

まあ鎖国せずとも戦国の世であっても日本が植民地化されるとは思いませんが
(いくつかの拠点はそうなる可能性は高いでしょう。事実なりかけており、回収したのは秀吉)
戦乱で発展し平和に価値がないとはあまりにもあまりにも(もちろん倫理的意味ではなく)。

また参勤交代は大名の力を弱めましたが一方で幕府(中央権力)の強化、
そして内需拡大に役立ちました。
文化の地方への波及にも。

367 ::2005/06/17(金) 02:30:41 0
幕府が早期に倒れていたら、という仮定ですが、
いわゆる維新?が早まる可能性はまああまりないでしょう。

明治政府の諸政策は、結局は幕末の幕府側の考えを多く引き継いだものです。
鎖国していようが、結局は世界的な時代の流れに乗って、日本の変革が生じたのです。
アヘン戦争なくしてどのように日本が危機意識を持てたか。
開国していてもそれが大きく早まる要素を見出すことは難しいと思いますが。


368 ::2005/06/17(金) 02:31:48 0
なお、鎖国などしていなくても日本よりはるかに西洋に近いロシアの産業革命は、日本と時期的に変わりがありません。
またドイツの産業革命が遅れたのは、統一が遅れたことを一因とする意見はよく見かけるものだと思います。

369 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 03:26:34 0
>>359
早期に植民地になるとは言わないよ。
19世紀に産業革命起こせる社会基盤は整わなかった可能性はあるが。
>>361
雄藩が5つ程度併立し、それぞれが後背地を抱えて分裂が固定化した場合のことを
競争的な状態として、主張しているのではないのですか?
その場合、戦国時代のような複合的な階層構造はもう消えていますので、
それぞれが半絶対主義的な体制になってしまったら、
日本という統一された市場やそれを前提とした産業が起こらない可能性も考えてください。

370 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 03:30:08 0
>>359
早期に植民地になるとは言わない。
19世紀に産業革命起こせる社会基盤は整わなかった可能性はあるが。
>>361
雄藩が5つ程度併立し、それぞれが海外植民地=後背地を抱えて
分裂が固定化した場合のことを、競争的な状態として主張しているのではないの?

その場合、戦国時代のような領主権力の及ばない、複合的な階層構造はもう消えていますので、
それぞれの藩が半絶対主義的な体制になってしまう可能性が高いかと。
日本という統一された市場や、それを前提とした商業流通が起こらない可能性も考えてください。
大阪の先物取引と国学は生まれないでしょうね。

371 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 04:19:54 0
織田信長が桶狭間で死ぬか何かして歴史に登場しなかったら、
日本はそういう地域国家の連合になっただろうな。
島津領、毛利領、一向門徒領、武田領、北条領、伊達領……といった感じに分かれて。
その中にはキリスト教に改宗して西洋人に操られてしまう奴も出て来ただろう。

372 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 12:16:32 0
>>358
江戸の町民文化は産まれないでしょうね。
で、日本の発展となんの関係が?
そしてまさか戦国時代に文化がなかったとは言いませんよね。

で、中期以降の江戸時代より、デメリットがあるなら、是非教えてください。
遠方の藩の場合約50%は、「無駄」な出費を常に強いられるという体制で、
どうして、江戸と街道以外が発展するのかもね。

なお明治期には、日本という単位でものを考えた人など殆どいませんよ。
たいていは、藩単位で考え行動しています。
日本という単位を作りだし、徹底したのは、明治政府ですから。
まあ、早く内乱になれば、明治政府はできないでしょうから、そういう意味では必要かもしれません。
けど、江戸時代が必要なわけではなありませんので。

373 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 12:25:25 0
>>366
内需の拡大というのは、江戸と街道筋なんだろうけど、
それが諸藩の開発を妨げ、地方の没落に繋がったのも否定できない事実。
そして、それが、東北北関東の人口の減少にも繋がった。
(西南雄藩は改革に成功して、逆に増加に転じた)
ついでに、江戸などの都市部の人口も中期以降、減少の一途を辿る。
>>367
どっちかというと、西南雄藩の考えだと思われ。
幕府と被っているのは、もともと西南雄藩でも行われていたことが多いし。

374 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 12:26:29 0
ヨーロッパの植民地化は宗教が大きく関わっていることも考慮したい。
日本がとる方法は西洋のやり方はありえず、
朝鮮で見たような失敗を台湾やルソンに行ってもやってしまうと思われ。

それと、>371みたいな信長ヲタは黙っていなさい。
どうしてもというなら信長以前に頼朝による武家政権から語れ。
なんでも信長信長言う奴、ウザイ。アンチもヲタも。

375 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 12:31:43 0
>>374
>なんでも信長信長言う奴、ウザイ。アンチもヲタも。
自分で自分をウザイと認定か?

376 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 12:40:18 0
>>369
その社会基盤を阻害していたのが、ほかならぬ江戸幕府なんだけど。
江戸幕府は、自らが力をつけたり、民間の力をつけるように助勢していたわけではない。
していたのは、極論すれば、藩の力を弱め、民間の力の発展を弱める、ただこれに尽きる。
だから江戸幕府は、足枷でしかないの。

また統一した日本市場ができない可能性を示唆しているが、それはどうだろうか。
戦国時代に関所が多く、通商に問題があったのは事実だが、
商人たちの多くは、大名同士のしがらみには捕われず、近隣の国と貿易している。
また幕府は大形の船と海外貿易を制限していたが、これもなくなるわけだから、
海上輸送と、海外貿易が進展した可能性はかなり高い。

377 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 12:45:29 O
馬鹿過ぎ

378 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 12:53:26 0
>>375
信長など気にも留めないからアンチじゃないも〜ん♪

379 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 13:11:17 0
馬鹿の巣くつはここでつか?

380 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 13:24:46 O
妄想と思い込みのみの厨は幕府よりも原始人

381 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 17:02:29 0
まあ、あれだ。
ペリーが田沼〜水野時代ぐらいに来てくれたらなぁ・・・

これ以上の結論はあるかな?

382 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 18:55:30 0
せめて田沼の「改革」が成功していればな。
けど、失敗したからこそ、幕府が糞なわけで。

383 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 20:02:29 0
>>381
ペリーではないが1837年に通商を目論むアメリカの船が来ていますよ。
ロシアも何回か現れているじゃん。

384 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 22:14:38 0
元凶は水野か!
打ち払い令なぞだしよって!

>383
炉助は信用できないから除外ね

385 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 22:31:02 0
とにかくね、日本の現状がどうであるかという判断によって
鎖国が良かったか、悪かったかというのにもいくらでも後付で理屈が付き得るのよ。
今の日本は疑うところのない先進国だから、それを鎖国の成功裏の帰結として
鎖国派は鎖国肯定の理屈を組み立てるわけだ。
逆に昭和二十五年に和辻哲郎が悲嘆のうちに「鎖国:日本の悲劇」を書いた時は
敗戦後の惨めな現実を鎖国の帰結とする認識から理屈が組み立てられていたわけ。

正直、俺は惨憺たる敗戦に至った明治国家の運命と、戦後における第二の、
それも外国に強いられた改革の上に現代日本があることを忘却した上で
脳天気に鎖国を肯定している香具師のゆるゆるの精神を好かないな。
国内を十分に豊かにする前に後発帝国主義国として外へ打って出るという
無理を重ねた/重ねざるを得なかった明治国家の運命を決定した最大の理由が
長すぎた幕藩体制の存続と開国の遅れだったろうに。

386 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 22:50:49 0
>385を通訳します
駄目・・・なんだぁ!大日本帝国が!皇国が!大東亜共栄圏を作るには!
水野でも!田沼でも!吉宗でも綱吉でもだめなんだぁあぁ!
ここは・・そうだ鎖国が悪いんだ!
江戸の狸爺が!
鎖国なんかせずに大東亜共栄圏を作ればわが国は鬼畜米英の下風に立たずに!
チャンコロになめられずにすむのだああぁぁ!

折衷論なら。>381が出してるし。幕府が糞なのも打ち払い令あたりで出てる。

387 ::2005/06/17(金) 23:14:15 0
江戸時代に地方が没落したというのは初耳です。
江戸時代はどちらかといえば、地方の時代と語られるほうが多いかと。

参勤交代で発展したのは街道筋ばかりではありません。
一側面として、物、人、文化の流れが促進されたのです。

江戸中期以降の文化人に、地方の人も多いのはその証でしょう。

388 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 23:14:46 0
>>381 そのころはカリファルニアもメキシコ領だったし、アメリカは太平洋への関心は薄かったと思います
ペリーといえば、米英戦争でかつやくしたというのは彼の兄なのだろうか。年齢的に父親ではないだろうか。
スレ違いですまんが、知ってる方教えてください

389 ::2005/06/17(金) 23:28:46 0
>幕府と被っているのは、もともと西南雄藩でも行われていた

倒幕勢力の標語はなんだったでしょうか?
尊皇攘夷です。
幕府よりずっと保守的な考え方です。
また、雄藩内で改革を推進した勢力と、倒幕勢力とはあまり重なりません。

倒幕してた時点で維新政府はとりあえずその方向性は定まってませんでした。
日本をどういう国にするか、まったくはっきりしてなかったのです。

欧米遣使などの結果、結局は、少なくない部分を旧幕府の考えを引き継ぐことになりました。
それは西南雄藩の考えとたぶる部分もあるでしょうが、
基本的には幕府が準備したものを受け継いだと言っていいかと考えます。

そしていずれにせよ、
西南雄藩においても、幕府においても、似たような改革が進められていたことは、
鎖国化においても世界史的流れによって日本の変革がなされたということです。

ちなみに開国がもっと早くになされていたら、
そうした日本の変革が大きく早期に行われることになったかといえば、
そうでもないと思われます。

390 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 23:55:35 0
>ちなみに開国がもっと早くになされていたら、
>そうした日本の変革が大きく早期に行われることになったかといえば、
>そうでもないと思われます。
ここ詳細きぼんぬ

391 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 00:02:20 0
ちなみに鎖国がなければおまえらこの世に存在しません

392 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 00:19:46 0
391それはどういう意味だろう?
白人の血を引くほりの深いマスクで「ジョン・スズキ」とか「アントニオ・タナカ」とかいう名でクリスチャンでこの世に存在してると思うぞ


393 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 01:44:10 0
>>387
中国地方や東北で、五割強。四国、九州なら7割にも達するのに、
どうやって領内の開発に金を回せるのか教えて欲しいね。
西南雄藩はそれでも、山の上まで開墾して、専売や産業の発展に頑張ったけど、
それは幕藩体制がなければ、もっと上手く言ったということにしかならない。
失敗した北関東、東北は、飢饉に飢餓移出で人口激減という惨状。
>>389
>倒幕勢力の標語はなんだったでしょうか? 尊皇攘夷です。

貴方は攘夷の意味がわかってないと思われ。
例えば高杉晋作は、アメリカはイギリスに攘夷して独立を勝ち取ったと言っている。
彼等にとって攘夷とは、欧米に占領されない国作りであって、拝外主義を意味するものではない。
攘夷の筆頭である長州藩は、伊藤井上などを早い内に欧米に送っているし、
大形の反射炉や、アームストロング砲などを輸入して、下関で砲撃しているわけ。

>倒幕してた時点で維新政府はとりあえずその方向性は定まってませんでした。

馬鹿な事を言わないで下さい、新政府の目標は、最初から強力な中央集権国家の成立です。
木戸などは、長州征伐で勝った頃から、土地を天皇に返すことを提案しており、封建体制の脱却を目的としていました。

>欧米遣使などの結果、結局は、少なくない部分を旧幕府の考えを引き継ぐことになりました。

廃藩置県は遣欧施設の前ですし、徴兵制、学制、地租改正などは留守政府はやっています。
つまりもともと、そういう道を模索していたのです。
というか新政府の政策とは、すでに西南雄藩で行われていたことを、拡大再生産したものです。
例えば学制と前進として、西南雄藩で一村に一つ、藩の援助で寺小屋をつくり、武士が教えることにより、藩の思想などを伝播する体制がすでにできつつありました。
戸籍なども長州藩ですでに行われていたものです。徴兵制も同じく。

>西南雄藩においても、幕府においても、似たような改革が進められていたことは、

幕府には無理です。幕府が行っていたのは、欧米から返せないほどの膨大な借金をして、
一部を近代化に使っていただけです。その借金の大半は、大奥や旗本の給料などに消えて行く始末。

394 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 01:53:02 0
大型の反射炉ね、あとこれは製造。
これで多くの大砲を自前で鋳造していたわけ。
なんでも庶民は鍋釜まで自主的に寄贈し、寺の鐘までつかったという話。

徴兵制はいうまでもないけど、(志願と徴兵は違うことは違うが)奇兵隊が前身。
これを進めたのは、大村、のちに奇兵隊の軍艦である山縣だし。

>そうした日本の変革が大きく早期に行われることになったかといえば

幕府が潰れなければ、開国しても駄目、
潰れれば、自動的に開国するだろうから、問題はないし、
改革も進んだでしょうね。


395 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 12:18:13 0
>394
ダウト、国学が盛んになって尊王攘夷論が出て、かつ攘夷連中が薩英戦争かなんかで負けなきゃ馬鹿幕府の再生産か内戦になると思われ

396 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 13:12:38 0
>>388
ゴールドラッシュの時代ですぜ。
捕鯨船がたくさん太平洋に現れ、日本近海にも姿を見せている。
1844年には捕鯨船が遭難した日本人の船乗り22人をつれて日本に来た。
幕府は賢明にも彼らを引き取り、捕鯨船には食糧や水や燃料を提供しましたとさ。

397 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 14:04:05 0
>>373
水戸学をどうとらえるかによるだろうな。あと蘭学かな。
>>372
諸藩も幕藩体制下で改革していたわけだから幕藩体制は否定できんだろ。
幕藩連合国家があればこそ維新への委譲もできたんだと思うけどね。

398 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 14:52:19 0
外に出て大領土を獲得したのは、いくつかの限られた民族だけ。
あまたある諸民族の中で、そういう特別な民族にならなくったっていいじゃん。
例えて言えば、権力の地位につくチャンスがあったが、それを
諸般の事情を鑑みて、辞退して引きこもった。
立派なことだと思うけどな。
確かに、損得勘定で言えば、機敏にやって地位についた方が得であったとしても、
そういうモノで得られる条件は必ずしも永久不変のものではないし、
一回チャンスを見送るというのは、人生においてもあると思うが、
有効に働くことが多いものだよ。
たとえば、明治の頃にゆっくり開国した日本はキリスト教の敵とはみなされなかった。
だが、大航海時代のあちらもテンパってる時代に、前面に立って対峙していたらどうなったか?
勝てばいいが、そうでなければ相当の不利益と怨念を引き摺る状況に落とされていたかも知れないぞ。
>>85のように本質を見せないで進む韜晦戦術。

399 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 15:48:57 0
>>397
幕藩体制がなければもっと上手くいったよ。
諸藩にとってあの体制は酷すぎる。

400 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 17:03:29 0
>>399
維新政府はそんなに地方に寛大だったかな?


401 ::2005/06/18(土) 20:55:22 0
東北地方の農村の困窮は昭和まで続きます。
幕藩体制だったから、参勤交代があったから、
などではありません。

米に依存する藩財政の危機を参勤交代が後押ししたのはたしかですが、
よって地方が没落したわけではありません。
地方名産、特産物の発生またそのブランド化は江戸期に成されたものが多い。
藩財政の危機が米以外の地方産物の育成を後押しした一面もあると考えられますし、
なによりそれを可能とする全国単位での流通経済が存在しました。
特産物があってもそれを消費する場所や意志がなければなんにもなりません。

参勤交代制が全国単位の市場形成に直接的に影響したとまでは言いませんが、
(物流は水運のほうがメインですし)
中央と地方の結びつきを強めた面があるのは確実でしょう。
藩主以下が定期的に江戸に滞在しその見聞を藩に持ち帰るのです。
その影響がないわけはなく、先に述べたように江戸期には地方にも文化人知識人が排出した。

さて江戸幕府は封建制ではありますが、西洋に較べて異なるのは、中央の権力が非常に強かった点です。
参勤交代はそれを意図したものです。
仮に地方の独立性がずっと強かったら、全国規模の市場がうまく形成されたかどうか怪しいところです。

402 ::2005/06/18(土) 21:02:23 0
攘夷はもともとはまあ拝外主義と言っていいものです。
一部志士は下関戦争や薩英戦争を経て、それは無理であることに築き、
攘夷の内容を変質させますが、
それを言うのであれば幕府はアヘン戦争の時点でそれに気づき始め、
まず異国船打ち払い令を撤去します。
まあその後はまたいろいろあるわけですが。

そして倒幕勢力の多くが、それを理解していたかというと、非常に怪しい。
もちろん、幕府側にもこちこちの攘夷主義者はいるわけですが。

私が言ってるのは、鎖国体制化であっても、当時の世界史的流れの中に日本も結局はあり、
改革の気運が生じていたということ。
そしてそれは幕府側が先行していたのです。

403 ::2005/06/18(土) 21:21:48 0
>新政府の目標は、最初から強力な中央集権国家の成立

維新政府のまず発布した五箇条の御誓文のベースとなったのは坂本龍馬の船中八策ですが、
これはそもそも倒幕勢力を牽制するために公武合体派に用いられたもの。
維新政府もそれをまず持ってくるのだから、では倒幕とはなんだったのか?とすら疑うことも可能。

もっとも倒幕勢力に、より強力な中央集権を考える人らがいたのもたしかです。
その功罪は別として、結局はその方向に進んだのも事実でしょう。
ただそれが倒幕勢力が全体として持っていた明確なプランだったのか?それを目指したが故の倒幕だったのか?
それはかなり疑問でしょう。

404 ::2005/06/18(土) 21:30:07 0
徴兵制はともかく、軍制改革は諸藩も幕府も行ってます。
新政府の海軍は旧幕府の海軍を引き継いだものと言っていいでしょうし、
陸軍においても、幕府側で軍制改革に携わった者がかなり関わります。

たとえば西周は維新政府の軍制にもまた学制にも関わっています。

そもそも学制が実効性を得たのも、江戸時代の庶民の教育水準の高さ抜きにはないでしょう。
寺子屋は幕府の政策というわけではないですが、江戸時代にそのベースが出来上がっていたのです。

405 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 21:33:04 0
>>401
>東北地方の農村の困窮は昭和まで続きます。

数万単位で餓死者が出て、廃村にまでおいこまれた村があり、人口が何割も減った、江戸時代と、
なんだかんだいって、人口も耕地面積、収穫量も上昇しつづけた、明治以降とを同一視するべきではない。

>よって地方が没落したわけではありません。

根拠を述べたまえ。

>藩財政の危機が米以外の地方産物の育成を後押しした一面もあると考えられますし、

それはただの結果論だ、失敗した藩では、借金の返済に終われ、飢餓移出にまで至っている。
またそれは、幕府がなくとも行われただろう、というかむしろなかったほうが成功しただろうな。

>なによりそれを可能とする全国単位での流通経済が存在しました。

それも幕府が作り上げたものではない、むしろ幕府は江戸に通じる道には橋をかけず、
さらに1000石以上の船を製造することを禁止し、車輪の使用も一部の地域を除き禁止した、
むしろ流通の発達を阻害していたといわざるをえない。

>藩主以下が定期的に江戸に滞在しその見聞を藩に持ち帰るのです。

そんなものは、人の行き来があれば、問題ない、国費の大半を使ってまですることではない。
議員が無茶苦茶な予算を組んで、欧米に視察にいくほうがまだマシだよ。

406 ::2005/06/18(土) 21:36:50 0
それから奇兵隊は徴兵制=国民国家の国民軍、というものとは別物でしょう。
明治初期における徴兵制も同様です。
徴兵制反対の一揆が各地に起こった。

なおイギリスでは第一次大戦まで徴兵制はなされてません。
またドイツは現代に至るまで連邦制です。

407 ::2005/06/18(土) 21:46:22 0
誰も幕府が存続したほうが近代化がうまくいったと主張していません。
もちろん維新を否定する意図もなしです。

幕府にもその時代に応じた改革案はあり、
その一部は実現しつつあった。

維新政府にもその旧幕府側の考えが多く流入しており、
また幕府の官僚的統治機構を受け継いでいる。
と言っているのです。
そして「鎖国」だからといって世界史の流れから日本が取り残されていたわけではなく、
鎖国下においても日本は世界史的流れに乗っていたことを述べるのが本題です。

ある方向には維新が改革を早めた面もたしかにある。
旧幕府では難しかったこともある。
ただし薩長の倒幕によらずともまた別の方向での改革の可能性はあった。
まあその可能性を具体的に探るのは、またifを重ねることになり、しませんし、
これまで述べてきたこととは話題がずれます。

408 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 21:54:09 0
>>402
>攘夷はもともとはまあ拝外主義と言っていいものです。

それは違う、バリバリの攘夷主義者であろうと、(一部の馬鹿は除くが)外国の技術や学問の流入には反対などしていない。
というかむしろ、そいつらが、蘭学などをならいにいったこともある。
貴方は一部の例を一般しているだけに過ぎない。

>それを言うのであれば幕府はアヘン戦争の時点でそれに気づき始め、

それなら、その場で外国の技術の流入などを図り、軍事体制を再建などをすればよかった。
けどこれが行われたのもやはり西南雄藩。大金のかかる演習などを行い、少しでも対処しようとしていたのに比べ、
幕府はやはりそれをおこなわず、ペリーがきた後で、たった7隻の船に脅され、
不平等条約を締結させられている。条約の締結はまだしかたないにしても、
関税をもって上げるなど、いくらでもやりようはあったのにね。

>そして倒幕勢力の多くが、それを理解していたかというと、非常に怪しい。

長州の木戸、薩摩の大久保などは、新政府成立前から、廃藩置県に繋がる思想をもっていたことがわかっている。
末端は兎も角トップクラスは、明確なビジョンがあったのは間違いない。

>改革の気運が生じていたということ。 そしてそれは幕府側が先行していたのです。

そんな歴史的な事実は存在しない。

409 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:01:05 0
田沼時代の開国という意見を良く見るけど、
その時代は「鎖国」状態だから、それにあわせて「開国」とすべきだね。
しかし田沼の時代が「開国」傾向かというと、それは疑問。
長崎での貿易を拡大したり蝦夷地調査を行うなどはそれらしいが、
実質的に「鎖国」は幕府による独占貿易のことだから、
田沼が行おうとしたことも決してその枠から出るもではない。
本当に「開国」なら諸般による対外貿易になるだろうよ。
それに田沼時代はせいぜいロシアが千島列島を南下して接近したくらいで、
ペリーが来た幕末とは事情が違いすぎるよ。

410 ::2005/06/18(土) 22:02:24 0
>なんだかんだいって、人口も耕地面積、収穫量も上昇しつづけた、明治以降とを同一視するべきではない。

単に近代と前近代の差です。
時代の限界です。
維新政府がある方向への近代化をそれなりに早めたのを否定しませんが、
幕府が早期に瓦解してれば、早期に開国してれば近代化が大きく早まった可能性を見出すのは難しい。

近代化できない以上、幕府だろうがなんだろうが大差ないでしょう。

411 ::2005/06/18(土) 22:09:18 0
>>よって地方が没落したわけではありません。

>根拠を述べたまえ。

根拠もなにも、藩は疲弊していようとも各地方が栄えてなければ全国市場など成り立ちません。
地方は収奪されていただけとでも?
藩財政=地方経済でもないですよ。相互に関連はしますが。
自治体が赤字の地方が経済的に沈んでるんですか?
まあ経済的に沈んでいる地方は自治体は赤字となりやすいでしょうけれども。

なお江戸時代に栄えたのは城下町だけではなく、純粋に経済的に発展する在方町も発生してきます。

>またそれは、幕府がなくとも行われただろう、というかむしろなかったほうが成功しただろうな。

なかった場合どうなるかを具体的に述べていただけなければ、なんにも言えませんが。
幕府のため重農主義だった、幕府じゃなければ各藩重商主義だったろう、なんてのはやめてください。

412 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:12:12 0
>>403
>維新政府のまず発布した五箇条の御誓文のベースとなったのは坂本龍馬の船中八策ですが、

竜馬と親交のあった福岡孝弟だけが作ったわけじゃないぞ。
由利公正が最初につくり、彼が付け加え、最後に木戸が修正して始めて出来あがったわけ。
つまり、最終的には木戸の思想を反映したものでしかないんだよ。
船中八策が、とか言っている人は、ただの竜馬ヲタです。

>徴兵制はともかく、軍制改革は諸藩も幕府も行ってます。

幕府歩兵も幕府海軍もなんら実績をあげていない。
なので、西南雄藩に比べはるかに劣っているとしかいえない。
というかだから、西南雄藩に大敗するわけなんだけど。

>そもそも学制が実効性を得たのも、江戸時代の庶民の教育水準の高さ抜きにはないでしょう。

それは幕府の手柄じゃない、むしろ幕府は水野忠邦をはじめとして、それを喜んでなどいない。
西南雄藩の場合は、逆に寺小屋が増やし、積極的に庶民の教育に乗り出している藩だってあるのに。

413 ::2005/06/18(土) 22:12:37 0
>そんなものは、人の行き来があれば、問題ない、国費の大半を使ってまですることではない。

促進したのは確実です。
藩(大名以下武士層)にとってそれがそのコストに見合うだけのものであったかというと見あわないでしょうが、
地方の発展に寄与をします。

さて参勤交代は幕府の中央権力の強化につながるものです。
維新政府の中央集権化を評価するのに対し、幕府のそれを否定するのはどういうことでしょう。

414 ::2005/06/18(土) 22:16:16 0
>>改革の気運が生じていたということ。 そしてそれは幕府側が先行していたのです。

>そんな歴史的な事実は存在しない。

ていうかこれでもう萎えたのですが。

415 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:16:56 0
>>412
幕府の海軍の方が進んでたんじゃねーか?

416 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/18(土) 22:19:02 0
世界史板ほど盛り上がる日本史ネタの怪だよね(藁

市場封鎖は一定以上の効用を有する事は論を持たないよね。
ヨーロッパ諸国(含む日米ソ)はブロック経済へ移行したし、
大戦後の米ソによるCOME-CONとOECDの二大経済ブロックや、
冷戦後のEC、NAFTA、ASEANといった地域経済圏の発展を鑑みるに、
旨みのある経済体系には間違いないと思う。


417 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:21:07 0
>>406
庶民が自らの国を、自ら守ることに意義があるんです。
その為に、長州藩では、庶民の教育から着手していたわけなのです。
で、幕府はそういうことをしていたかといわれると、全くしていないわけです。

長州では庶民の理解があったので、長州征伐から、戊辰戦争にかけても一揆は殆ど(四件)起こっておらず、
他の藩で多発し、都市部では打ち壊しが多発していたのと対照的です。
とくに江戸では、貿易利権の独占と、フランスから莫大な借金をしていたため、
その代りに、生糸の優先的な輸出をフランスとしました。
そのため、生糸の値段が暴騰して、インフレに突入、
また膨大な米の買占め、貨幣の改悪などを行った結果、米価は八倍にもなってます。


418 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:33:18 0
>>407
>維新政府にもその旧幕府側の考えが多く流入しており、

多少は影響を与えているでしょうけど、やはりそれは「多少」です。
多くの場合は、新政府側と同一思想をもっていたから、雇われていただけですので。
そもそも思想が違えば、その影響を与えたものなど。真っ先に追い出されます。

>また幕府の官僚的統治機構を受け継いでいる。

それはどの藩でも同じです、とくに西南雄藩では早くから藩校をつくり、
身分に左右されない人材の活用がすでに行われていました。
また官僚機構は幕府というより、中国の影響と言うべきですね。

>>410
それはマルクス主義的な分け方にすぎません。
新たな農具や農法、もしくは新田開発、灌漑施設でかわるのです。
そしてそれを行ってなかった、もしくは十分でなかったから、あの惨状があり、
十分に行っていたから、明治期の発展があるわけです。

419 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:39:07 0
>>418
でもまた華族身分つくるだろ。藩閥も残るしな。

420 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:40:48 0
>>418
江戸時代が一貫して生産力が低下していたわけでもないのでは?

421 ::2005/06/18(土) 22:41:28 0
>>417
違う人のようですね。

長州藩では保守派と改革派で争いがあります。
奇兵隊はまず改革派が実権を得るために用いられたものです。

民衆が自らの国を守るために、というのには実際としては疑問を挟む余地があるでしょう。
またそれがそのまま全国的な徴兵制にはつながりません。
(兵士の側としてです。徴兵制を敷く側にはつながりはあるでしょう。
 また徴兵制を仮に是として、幕府側では維新政府以上に成そうという意志があっても難しいのも事実でしょう)

ともあれ、陸軍の軍制においても旧幕府側の人材が関わってきます。
私の主張は、維新が無駄だったではなく、維新政府は幕府の改革案の多くを引き継いだ、ですから。

なお、幕府陸海軍が結果を出さなかったのは、
実力がなかったからというよりは、その意志がなかったというのが大きいでしょう。
(そりゃ部分的にはいくらでもあったので戊辰戦争が起こったわけですが)
公武合体も政府の一元化を意図します。
内乱を避け、戦わずして負けたのはこれは幕府の功績です。
仮に幕府が全体として徹底抗戦していたら、維新もスムーズには行われず、改革は大きく遅れでしょう。

422 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:48:26 0
>>411
>根拠もなにも、藩は疲弊していようとも各地方が栄えてなければ全国市場など成り立ちません。
>地方は収奪されていただけとでも?

ええ、収奪されていただけです。地方の富を収奪する体制というべきですが。
赤字の自治体といいましたが、その自治体が消費を強いられるのはどこですか?
それは街道と都市部です。言わば有効需要を、街道と都市部で強制的作らされる体制ですね。
これで地方経済が上向くわけがありません。実際に全国市場と言われてますけど、
その流通は、大都市、最終的には江戸にいくだけです。全国で供給しているだけとも言えます。
つまり地方にいれば、地方で消費をして地方の経済を発展させることが出来たのですよ。

>幕府のため重農主義だった、幕府じゃなければ各藩重商主義だったろう、なんてのはやめてください。

いや、これは間違いないでしょう。糞の水野を始めとして、需要を極力抑えて、発展を阻害するのが基本ですから。
重商主義は西南雄藩に限りますけどね。

>促進したのは確実です。

予算に見合ってません、それが予算の大半を使ってすることですか?

>さて参勤交代は幕府の中央権力の強化につながるものです。

厳密には違います、幕府がしたのが、中央の強化ではなく、
地方の力を減少させることで、相対的に中央の権力を強化していただけです。
当然日本そのものの国力を弱める方法が、言い訳ないでしょうが。
>>415
数だけわね、確かに薩長土肥全て合わせた数よりも多い。
けど、運用がサッパリだから、長州征伐でも奇襲されて逃走。
戊辰戦争では座礁と、救いようがない。幕府がしていたのは形だけ。


423 ::2005/06/18(土) 22:55:47 0
>多少は影響を与えているでしょうけど、やはりそれは「多少」です。

単純に考えてください。
開国以前から幕府およびいくつかの藩に近代化への流れが発生し
(鎖国下であっても世界史的流れの中に日本がいたことを意味するでしょう)
開国後そのうち少なくない人材が幕政に関わってきます。

薩長の政策の延長に過ぎないと言うほうが無理がある。
>新政府側と同一思想
って何ですか?
幕府側の人材・思想が大きく流入して明治は出来たのです。

別の方が述べた、五箇条の御誓文に関しての木戸云々も事実です。
だからそれを、維新側に強力な中央集権を意図する者もいたと述べた。
それはある意味で効をなしたが、それが絶対だったかどうかはわからない。
ついでにいえば、江戸時代植民地収奪経済で財をなしたのが薩摩藩ですが、
その発想が明治以後の海外拡張政策につながるという人もいる。
私はそれは言い過ぎと思いますが、
仮にそうとすれば、鎖国をしていなければ!という人も、その薩摩藩の流れを受け継ぐ人かもしれませんね笑

424 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 22:59:41 0
>>417
>庶民が自らの国を、自ら守ることに意義があるんです。

何の意義かあるんだ?足軽辺りも似たようなものだと思うぞ。
要は専門的な訓練を施した兵力増やせばいいだけだろ。
別に貴族でも傭兵でもいいだろ。
近代的な国民軍の創設と国民総力戦とかにもっていきたいのなら、
当時は諸外国でも身分や、例えば米国は奴隷制度維持している時期だが南北戦争をシビルワー
とか言うわけだよ、性別や人種でまだまだ違いがある時代だろ。
選挙制度なんかその典型なわけだ。英国なんか典型だな。
ドイツもユンカ−貴族率いてモルトケやビスマルクが頑張っていた時代だな。


425 ::2005/06/18(土) 23:03:18 0
>>422
めんどくさいのでひとこというと
東京への一極集中は維新後さらに敗戦後ですよ。

426 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:08:34 0
>>422
首都防衛の要所、横須賀に海軍造船所の基礎つくって形だけはねーだろw

427 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:09:17 0
>>419
身分制度など、あってないようなものですよ。
華族の特権などないに等しく、大正期には殆どが没落。
藩閥も同じくね。
>>420
中期以降は一貫して停滞、東北は減少。西南雄藩は増加といったところ。
>>421
俗論派が存在するまえから、奇兵隊は存在していましたよ。
というか第一次長州征伐の結果、俗論派が一時的に台頭しただけなんですけど。
むしろ例外と言っても言い。

>民衆が自らの国を守るために、というのには実際としては疑問を挟む余地があるでしょう。

国というか、当時は藩ですか、それを守る為、それ以外のどんな理由で戦うのでしょうか?

>またそれがそのまま全国的な徴兵制にはつながりません。

新政府の初期から徴兵制を模索していたのは、大村、山縣、
奇兵隊の軍艦として、実質奇兵隊を掌握していた山縣としては、当然の方針かと思われます。
よって、陸軍の軍制になると、幕府の人材は殆どお呼びでない。

>仮に幕府が全体として徹底抗戦していたら、維新もスムーズには行われず、改革は大きく遅れでしょう。

戦えなかったというべきですね。資金が全くありません。
下関での賠償を押しつけられ300万ドル(ポンドで借りたかも?)ほど、英国に借金があり、
(幕府が開港していれば賠償金など払う必要はなかったし、結局英国に脅され開港している)
長州征伐などで、商人から550万両を借りうけ、
フランスからも100万ドル(これも通貨が違うかも)借りうけ、
さらにもう600万ドルほど追加で借りようとしていたほど。
この追加借款が成立しないかぎり、戦争は続けられません。
さらに親藩から真っ先に裏切ってますから、徹底交戦してもどれだけ賛同者が現れたことやら。

428 ::2005/06/18(土) 23:13:19 0
>>427
資金については薩長側よりは幕府側のほうがはるかに有利だったという説もあります。
いずれにせよ軍制とは関係ありませんが。

徴兵制自体はともかくとして、軍制について幕府の人材がおよびでないとは
陸軍と言えども過ちです。
維新後の徳川静岡藩下の兵学校の人材がすぐに維新政府に登用されています。

429 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:17:43 0
>>427
大戦中の海陸軍の対立にはまだまだ薩長の確執があったらしいけどね。
大戦前の近衛馬鹿麿内閣も知らないな?

没落で言うなら武士も商人には頭があがらなくなった江戸時代も大した身分制でもないね。



430 ::2005/06/18(土) 23:20:22 0
とうか、幕府か薩長かという構図が私の意図するものではありません。
幕府側も薩長側も、近代化の路線にいた。
それが世界史的流れだった。
鎖国下いえどもそうであり、仮に「鎖国」でなかったとしても、
それが大きく早まることはないということです。

431 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:21:21 0
それで薩長が徳川にとって代わっただけだと思うけどねw

432 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:22:36 0
>>423
>薩長の政策の延長に過ぎないと言うほうが無理がある。

では具体的に、明治の重要な改革で、明治政府に移った幕臣が構想し実現したものがあるのなら、
教えてください、もしあるのならね。

>別の方が述べた、五箇条の御誓文に関しての木戸云々も事実です。

つーか貴方にレスしているのは全て俺なんですが。
あと逆ですね、新政府の仲にもいた、ではなく幕府のなかにも少しはいた。
そう示すべきです。
新政府に少なからず影響を与えたことは否定しませんが、
新政府の道筋をかえるほどではないんです。既定路線ですからね。

>仮にそうとすれば、鎖国をしていなければ!という人も、その薩摩藩の流れを受け継ぐ人かもしれませんね笑

それならそれで、結構です。日本がした統治経営型とは違いますがね。
また薩摩藩が収奪した理由は、本州の先から参勤交代を強いられたからなんですけどね。
松前藩や対馬藩は、何年かに一度だったのに、かなり厳しかった。
まあ、一番大きいのは石高を水増ししていたからなんですが。

433 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:31:44 0
>>431
だから長州忠魂碑が靖国神社になるわけだな。
なるほど匪賊西郷に厳しいわけだ。

山縣有朋一人勝ちー、と。
で、陸軍暴走ですか、そうですか。


434 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:35:09 0
>>424
防衛というものを、一部のものに委譲していては駄目なんです。
上下関係が生まれてしまいますから。

>>426
幕府海軍になんか役にたちました?
それとも東郷のおべっかを引用するつもりですか?

>>428
>資金については薩長側よりは幕府側のほうがはるかに有利だったという説もあります。

誰の説ですか?初耳ですが?
なお薩摩は英国から多少借金していましたが、
長州や肥前は、それぞれ100万両近い備蓄があり、一切欧米からは借金していません。
それどころか、新政府は諸藩に欧米からの借金を禁じてますね。これを理由に植民地化されるかもしれないからと。
ついでに幕府が倒れたときに、フランスが借金の差し押さえに動いています。(明治政府が代りに払う代りに止めました)

>維新後の徳川静岡藩下の兵学校の人材がすぐに維新政府に登用されています。

徴兵制を推進した人物を、そのなかの一人でもいいから上げられますか?
>>429
その頃には、薩長の権勢下にありませんよ。
とくに陸軍にいたっては、山口の人間は、士官学校へは一人も入学できていません。

435 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:38:49 0
>>430
その政策の予算をすべて借金で賄っているから、まず幕府主導での近代化は成功しないと思われ。

436 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:39:15 0
>>432>>434
維新政府参議兼海軍卿、勝安房。


437 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 23:40:50 0
>>433
陸軍暴走と山縣は関係ないな、
むしろ例としてあげるなら、児玉だろう。
山縣は政府の指示を無視した時は、自分で説得している。

438 ::2005/06/18(土) 23:48:57 0
幕府の圧制のために薩摩藩の植民地経営が成されたというなら
鎖国しないで植民地経営をしようという意図はどこから発生するのでしょう?

倒幕側の既定路線というのは???
薩摩が長州と合流したのはだいぶあとのことになりますし、
維新後も在野におりる者は多かったわけです。

幕府のほうが組織が大きいだけに改革が鈍くなるのを否定しませんし、
薩長による維新がある面で早めたのを否定もしていません。

また幕府側にはどちらかといえば連邦制的な構想があった。
薩長側は中央集権を意図していた。
方法論の差もありますが、中央集権が失敗だったとも思いません。
事実、大戦に至ったとはいえ、現在の日本の繁栄につながっている。
だが幕府側の構想は駄目だったか?
それはifになってしまうので何とも言えませんが、近代化への意図は十分以上にあった。
かつ薩長よりは先行していた。

名を成すのは山形など倒幕側であっても、
実務に携わった人材、実際に活用された設備組織は幕府を引き継いだものでしょう。

439 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:00:22 0
>>438
>鎖国しないで植民地経営をしようという意図はどこから発生するのでしょう?

つまり幕府がいなければ圧政する必要はない。
明治政府に移ってからは、圧制は行われてないでしょ。

>倒幕側の既定路線というのは???

何度も言っているんですが、近代化と中央集権国家。
木戸などは、領土を天皇に返上することにより、封建体制そのものからの脱却もほのめかしています。
ついでに欧米には付け入る隙を作らないですかね。
また、在野に下りるのは、西郷をはじめとする、近代化の抵抗勢力みたいなものだから、
いくらおりてもかまわん。つかいないほうがいい。

>また幕府側にはどちらかといえば連邦制的な構想があった。

幕藩体制を引きずるだけだと思いますけど。
最低でも廃藩置県は遣ってもらわないと。

440 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:01:24 0
>>436
彼ってなんかした?

441 ::2005/06/19(日) 00:01:51 0
幕府側有利は誰が言ってたかは思い出せませんが、単純に収入です。
もちろん支出も多いわけですが、その一因は倒幕勢力への対応です。

維新政府は結局実質上増税によってまかなうことになります。
外国からの借款をしなかったのは維新政府の見識とは思います。
ただ本格的な内乱になっていたらどうだかわかりませんが。

442 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:05:09 0
まず一つ質問。
・鎖国はいわゆる「ブロック経済」なのか?

443 ::2005/06/19(日) 00:12:17 0
>>鎖国しないで植民地経営をしようという意図はどこから発生するのでしょう?

>つまり幕府がいなければ圧政する必要はない。
>明治政府に移ってからは、圧制は行われてないでしょ。

いや本題に立ち返ったのですが、レスの意図がわかりません。
明治政府に移ってから圧制は行われていない、というのもどういう意味か不明ですが。
維新直後、一揆は増えていたはずですが。


>何度も言っているんですが、近代化と中央集権国家。
こちらも何度もいってますが、近代化の意図は幕府にも十分以上にあり、かつ薩長に先行していた。
中央集権化については幕府では維新政府よりは難しいことは否定しない。
政府の一元化は幕府側も意図していた。
より中央集権を果たしたことが良かったのかどうかはわからない。
ただ現代の日本を私は肯定するので、維新を否定する気はない。

ただ近代化は幕府側も推進していたし、
維新政府はそれを大きく引き継いだと言ってるだけですが?

>また、在野に下りるのは、西郷をはじめとする、近代化の抵抗勢力みたいなものだから、
>いくらおりてもかまわん。つかいないほうがいい。

倒幕前から明確な構想があったということへの反論なわけですが。
そのレベルなら幕府にもあった。
もちろん、幕府が改革を成そうとしても、抵抗勢力の反発は方向性によっては維新政府より大きくなる。


444 ::2005/06/19(日) 00:17:46 0
なお中央集権を良しとするなら参勤交代を批判するのは意味わかりません。
地方の弱体化を導いたから、というのがその根拠のようですが、
中央と地方の力の差は相対的なものでしかありません。
かつ、藩財政はともかくも地方は栄えていますし、それはある意味では理想的な中央集権化です。

各藩がより独立性が強かったなら、維新の中央集権化は果たせず、
ドイツのように連邦制になったでしょう。
それが即悪かったかどうかはわかりませんが。

445 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:17:50 0
>>441
幕府の直轄地はせいぜい400万石。旗本いれて800万石、
関東近辺は幕末でも石高は増えていないので、(減っているところもある)
実高でも大きな差はないと思われ。あとは東北だが、こっちは貧乏だから期待できない、
欧米から借金して、軍事費捻出していたくらいだし。

薩長土肥の幕末の表高は、200万石もないが、実高は300万石以上とも言われる。
さらに尾張を始めとする親藩が裏切っている、生産力では西日本のほうが優位。
よって、収入も多いとは言えないんだけど、
さらに支出がねえ、給料削っても、それでも大赤字、
そして給料を削るから、やる気がなくなるスパイラル状態。

というか幕府は借金が多すぎます、新政府がそれでどれだけ苦労したことやら。
新政府にも薩摩みたいに、250年払いにして、その大半が新政府が払った例もありますがね。

446 ::2005/06/19(日) 00:22:48 0
>>445
幕府側の収入は石高だけでは表せませんよ。
金山銀山、蝦夷地開発、貿易収入も大筋握っていたのです。

雄藩はもちろん効率は幕府以上でしょうが、規模が違います。

借金は否定できません。
ただし本格的内戦となっていれば、薩長側も借金せずにはいられなかったでしょう。

447 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:32:03 0
>>443
>いや本題に立ち返ったのですが、レスの意図がわかりません。

幕府の圧政がなければ、そもそも圧政する必要はないのですが。

>維新直後、一揆は増えていたはずですが。

沖縄で薩摩統治より酷い圧政があったのですか?
あと一揆が増えたのは天領だけですね。
天領は外様の諸藩より、税が大幅に安かったですから、(五割はやすかった)
全国で地価を基準に税を均一化したので、地方は助かり、天領は増税となりました。

>こちらも何度もいってますが、近代化の意図は幕府にも十分以上にあり、かつ薩長に先行していた。

だから先行していたという事実をあげて下さい。歴史的な事実を偽らない限り、まずありませんから。

>ただ近代化は幕府側も推進していたし、
>維新政府はそれを大きく引き継いだと言ってるだけですが?

それを嘘だと言っているのです。引き継いだのではなく、既定路線を進んだだけで、
幕府は、西南雄藩ほど、進めていませんでした。

>そのレベルなら幕府にもあった。

幕府の場合、抵抗勢力のほうが権力が強いのですから、新政府に抜擢される以外の方法で改革など行えません。
小栗マンセーの人をたまに見かけますが、彼の足を引っ張っていたのは幕府ですよ。
>>444
相対的に優位にたっても、日本そのものが総体的に弱まったら、富国強兵にはなりませんよ。
また幕藩体制がなければ、史実以上に発展したのは、イフですが、疑いようがありません。
予算の大半を江戸滞在費や参勤交代で失うことはありませんからね。

448 ::2005/06/19(日) 00:32:56 0
>・鎖国はいわゆる「ブロック経済」なのか?

そりゃ違うでしょう。

ところで今まで私は経済面からは鎖国は保護あるいは管理貿易に過ぎないと言いましたが、
意図としてはやはりキリスト教対策です。

一向一揆などの実例があり、宗教勢力への警戒心は強かったでしょう。
事実幕府は寺院勢力を統制下に置くことに成功します。
寺は幕府の下部行政機構がごときに化したわけです。

キリスト教をそうできるか?
それはまあ無理でしょう。
フランス革命後も教会勢力はずっと一定の勢力を保ち、
フランスの政情不安定の一因となり、今に至ります。

449 ::2005/06/19(日) 00:35:52 0
本題とは、鎖国がなかったらどう変わったかです。
鎖国がなければ開国し日本が植民地経営を行い列強と早期に並んだ
というのが開国していたら!という人の主張だったかと思いますが。
幕府の圧制がなければ植民地経営はなかった。
では幕府がなければどのように植民地経営を成したのでしょう?

450 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:38:14 0
>>446
石高というのはですね、米の収穫だけじゃないんです。
収入を米でどれだけか、というのをあらわしたものなんです。

また鉱山収入など、中期以降減りつづけ、この頃はろくにありませんし、
蝦夷地開発なども、資金ばかりかかって、この頃は収益はないに等しいです。
せいぜいあるのは独占していた貿易ですが、西南雄藩は幕府無視してやっているんですよねえ。

というかそれでも赤字だったから、商人や外国から莫大な借金をしていたのですけど。
大奥とか無駄なところが多すぎるのですよ。

451 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:38:22 0
>>447
>>幕藩体制がなければ、史実以上に発展したのは、イフですが、疑いようがありません。
ここにすごく引っかかるのだが・・。
あの戦国末期からいきなり中央集権国家にする気?無理にきまっておるでしょうが・・
 暫定的にせよ幕藩体制のような制度を整え
そのうえで諸侯を参勤交代やらで財政的に干上がらせ
版籍奉還(実際薩摩藩は徳川幕府に申し出する寸前まで言ってるしなww)
とかにもっていくのが現実的だと思う。

 元禄期あたりに版籍奉還や中央集権国家化への転換ができれば
ベストなんでしょうが・・

452 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:40:01 0
>>449
殖民と統治経営、つまり開発型となる。
って史実の日本が歩んだのと同じ道ですな。

453 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:50:57 0
>>452
で、米国の代わりに英国に負けるだけだろw

454 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:52:48 0
>>451
いや地方の発展について。

なおその場合は軍事力で統一することになるでしょうね。
そしてそれがベストかと思われ。
各藩が、それぞれ力の限り、領内を発展させ、その国力を背景に軍事に力をいれる。
技術なども欧米から積極的に輸入するだろうし、
そして欧米もまだそれほど国力はないから、日本がどうこうされる心配はない。

ベストとしては、100年で江戸時代が終わり、戦乱の時代へともどることだね。

455 ::2005/06/19(日) 00:53:01 0
たとえば幕府が軍制改革にとりかかるのは天保年間です。
まあスムーズには行きませんが。

雄藩でも先行する肥前藩が軍事改革にとりかかるのは嘉永年間です。

456 ::2005/06/19(日) 00:53:47 0
>452
いや、なると言われても。
意味不明ですな。

457 ::2005/06/19(日) 00:57:09 0
化政文化が江戸幕府の精華と考えるのですが不要ですか。

458 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 00:57:43 0
>>456
日本の朝鮮や台湾への政策わかっているの?
短期的な収奪じゃなくて、莫大な投資をして、中長期的にあがりを期待する形。
同じ方法をとる可能性は高いよ。
薩摩藩や松前藩みたいなことする必要はない。

459 ::2005/06/19(日) 00:59:58 0
>短期的な収奪じゃなくて、莫大な投資をして、中長期的にあがりを期待する形。
>同じ方法をとる可能性は高いよ。

は?

460 ::2005/06/19(日) 01:01:02 0
どのように?、というのはどういう形で?ではありません。
どのようなモチベーション、意図を以て、という意味ですが。

461 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 01:01:50 0
>>454
で、また150年戦乱の時代続けるのか?
終わった頃丁度19世紀後半だなw

維新のような集権化はますます難しくなるなww

462 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 01:04:04 0
各藩の国力が増大しているとなると今度の戦国時代は200-300年
ぐらい続くのかな。
あれ?今現在戦国時代だぞw

463 ::2005/06/19(日) 01:07:22 0
>予算の大半を江戸滞在費や参勤交代で失うことはありませんからね。

これがどこに消えたと思ってるのでしょう。

464 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 01:10:01 0
>>458
18世紀は清朝全盛期だぞ。ああー、灯台下暗し。


465 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 01:25:48 0
>>460
幕藩体制がなければ、短期的な収奪をする必要はない。
>>461
江戸時代を経過したのと違って、日本の国力が低下しないから、
そっちのほうがいい。
>>462
そうなったら、それはそれで面白いけど、
輸送力とかは戦国時代より、よくなっているので、(江戸時代禁止されていたものも復活するだろうし)
残念ながらそれほど長引かないと思う。最低でも100年は続いて欲しいのだが。
>>463
都市部と街道。

466 ::2005/06/19(日) 01:30:26 0
短期的な収奪をする必要はなくとも
わざわざ朝鮮・台湾くんだりにまで国内を置いておいて投資するモチベーションがどこに???

江戸時代に国力が低下した?????

戦乱の時代に流通が活性化する????

都市部と街道、直接的にはそうです。要するに民間です。

467 ::2005/06/19(日) 01:35:25 0
民間に金が流れたのはその分経済が発展することを意味します。
もちろんそれは幕府が意図したことではありませんが。

各領国がしっかり蓄えを維持するほうが経済が発展する、
というのはどうかと。


468 :双六太郎:2005/06/19(日) 01:35:42 0
明治維新は或る意味薩長土肥雄藩のみが近代化に
先んじていたから容易に集権化できたんだろ。
各藩が発展してたら寧ろ難しいだろうな。
幕府の諸藩弱体化は維新政府にもプラスになっていたはずだろ。

よくあるよな、みんなで発展すればハッピーとか言う勘違いなww

>>465
国が分裂してうれしいと言うのも変わり者だなw
米国に中南米化されるのが落ちだ。丁度米国はそれやっている頃だよ。
19世紀初頭は中南米独立の世紀。以後プランテーション化が進む。
ハワイも19世紀後半はそうなる。
いよいよペリー提督が来て100年ほど早くモ−ゲンソ−案でも実行だな。



469 ::2005/06/19(日) 01:40:33 0
薩長土肥雄藩の近代化とは?

470 :双六太郎:2005/06/19(日) 01:41:34 0
で日本人は黒人奴隷同然かはたまた中南米の小国のように個別撃破されて
米国の裏庭としてプランテーション労働者になるのでありました。

どうせならまとまって米国に負けといた方がいくねーか?

471 ::2005/06/19(日) 01:43:56 0
自己レス。

>薩長土肥雄藩の近代化とは?

いや失礼。一般的な意味ではわかる。
それを幕府が成していなかったか?といえば、成していた。
ただ、でかいだけに、全体からすれば一部分でしかなかった。

では薩長土肥が明治維新後みたいな近代国家に脱皮していたのか?
そんなことはない。

472 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 06:34:05 0
ふつー流通が発達するのは平和な時代だよな。
パクスロマーナ・モンゴリア・ブリタニカ・アメリカーナ。

戦国時代に経済発展したのは特例に近い。
戦乱にさえなれば、経済がより発展するというのは意味不明。
大抵は、(特に巨大雄藩の割拠となれば)軍事費の負担やインフラの破壊で衰退するもんだ。

次の戦国時代が、経済発展すると言うことを証明して貰わないとなぁ。
脳内イメージだけで語られてもアホかとしか思えん。

本物のアホの可能性が高いだろうが。

473 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 11:09:09 0
>>466
未開の地域を開発する余裕はありますよ。
また江戸時代に国力は低下しましたが、まだ理解してないのですか?
人口、国高ともに、停滞してます、細かく言えば、少し減少しているほどです。

>戦乱の時代に流通が活性化する????

戦争ってのは、膨大な物資を輸送せねばならんのですよ。
そして幕府は、流通の発展を常に阻害していましたから、いないほうがいいのです。

>>467
だから地方経済はどうなっているのか?といっているんだか?
江戸や街道に金をつかえば、地方の民間には金が入らないでしょ。
そして幕府にいたっては、奢侈風俗の取締、贅沢の禁止を、民間にまで押しつけて、消費を抑制しているのだがね。

>>468
当時のアメリカの国力で日本を植民地化などできないよ、
地球を半周して、日本に何隻送れると思っているのやら。
補給も続かないので、雄藩なら一つの藩だけで追い払える。

474 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 11:23:51 0
>>471
意味がよくわからない。
幕府と違い、木戸大久保などの、西南雄藩の指導者達は、明治維新後のような近代国家の青写真を、
最初から描いていた事にはもうふれた。
西南雄藩は。幕府の官僚を雇わずとも、似たような維新を達成しているだろう。
幕府の官僚は殆どが中堅以下で、省内で意見を通したりするほどの権限は与えられていない。
>>472
普通国家が発展するのは戦乱の時代なんだけど、中国の戦国時代にしても、
欧州の戦乱の時代にしてもね。これがなければ、中国の版図も人口も微微たるものだったし。
欧州は辺境のままだった。むしろ平和、とくに長期わたる平和で発展することのほうが稀。
ローマなんてその最たる例だし、モンゴルはすぐに分裂しているし、アメリカは冷戦だ。

そしてなにより、日本では戦国時代に発展し、江戸時代では中期以降停滞した。
これらの歴史的な事実に即して言っているのに、貴方は思いこみでレスしているだけだ。

475 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 11:35:18 0
人口が減るのは先進国に見られるわけだが。
石高は江戸時代に上がっているね、戦国は土地が荒れてしまう。
武田信玄の領内でも村ごと逃亡したって言う話があるぞ。
それに江戸時代中〜後期の日本にとって当面の強敵はロシアだ。
1806年に何があったか知らないようではどうしようもないな。
雄藩ひとつで追い払える? 
地球を半周してくるほどの海軍に、近海航行の船で何が出来る?
1639年の「鎖国令」からペリー来航まで、
外国が一度も日本にこなかったと思っているんじゃないか?

476 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 11:51:28 0
江戸時代が先進国ねえ?
江戸時代の人口減は少子晩婚化だけが問題じゃないよ。
米の北限や寒冷化などもあるが、その理由の多くは幕藩体制により飢餓移出を強制されたため。
その結果田舎じゃ生活できないからって、出稼ぎに都市部にいかざるをえなくなり。
そして江戸などの都市部にでてきたら、免疫のない田舎の人間は病気でバタバタと死んでいく、
そして同時に風土病が都市部に蔓延して、都市部の人間もバタバタと死んでいく。
この結果、都市部の人口も中期にくらべ、50万人も減っている。
江戸への流出が多かった北関東でも、二割は人口が減っているな。

なお江戸時代は中期以降は国高は増えてない。西南雄藩を除けばむしろ減少している。
だが戦国時代は一貫として延びているんだよ、土地があれてしまうって?
農繁期には軍は普通動かさないし、動かしても、常備軍だけ。
生産力に支障をきたしてまで、軍を動かすことなどまずない。
また占領してもローマみたいに、塩まいて、使えなくするわけじゃないんだから。

ついでにロシアがきたとして、占領できると思うのか?
はっきりいって無理だよ。占領するのにどれだけの上陸部隊が必要だと思っているの?

477 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 11:56:21 0
なおアヘン戦争では4000人、馬関戦争では2000人しか上陸部隊はつれていっていない。
そして馬関戦争では、死傷者は連合軍のほうが多いし、沿岸砲台によって幾つか敵船に命中させており、
英国旗艦の艦長以下士官数名を殺傷している。

でさ、この程度占領できるのかな?

478 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 12:27:31 0
>ついでにロシアがきたとして、占領できると思うのか?

占領までは行かなくとも荒らされるだけ荒らされて終わり。
1807年、択捉では南部・津軽の兵士百数十人が僅か十数名のロシア兵に蹴散らされた。
この程度の歴史も知らない人が何いってんだかw

479 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 12:32:48 0
>ついでにロシアがきたとして

「きたとして」って実際に来たんですけど。


>占領するのにどれだけの上陸部隊が必要だと思っているの?

これは同意だ。
つまり日本も海外に行って植民地をつくれないってことだな。

480 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 12:40:56 0
>>474
技術や環境の発達が閾値を超え、成長期になったからこそ
競争と変化がが激しすぎ、結果として戦乱になった時期と、

先に戦乱ありきと一緒に出来るか。ヴォケ。
17世紀の小氷期にそんな大発展をどうやって想定できるのか、脳内構造が不明。
つか、歴史地図帳でも見ながら喋ってるのか?

481 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 12:43:14 0
アヘン戦争の結末って・・・・
中国はイギリスを追い払ったんでしたかね。

482 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:04:52 0
>>478ー479
だから、その程度で藩を侵せるか?
そもそもただ荒すためだけに、大艦隊を派遣するほど馬鹿じゃない。
また日本から近海への殖民と、欧州から地球半周回っての殖民には大きな差がある。
>>480
気温の低下は、明治以後もずっと、最近やっと温暖化に転じただけ。
また清はその間にも人口が増えつづけ、明の時代は6000万人、多くて8000万ていどだったのが、
幕府が潰れた1860年頃には四億近くにまで増えている。その差は4倍以上。
2倍しか増えておらず、中期以降は停滞した幕府とは違うのだがね。

483 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:09:36 0
>>481
上陸兵4000人、艦船17隻。
この程度で清をどうこうするのは不可能。
講和に応じたのは、ただ清へタレだっただけ。
薩英戦争、馬関戦争でも薩摩長州は、
領土や賠償金には応じないと突っぱねているのと対照的。

東北の諸藩がロシアに領土を割譲しても、のちに西南雄藩が奪回するだけだろうね。

484 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:25:54 O
一面のみしか見れない厨に何を言っても無駄。

485 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:28:30 0
うむ、一部の反例だけをみても、全体を把握するのが困難なのと同じだな。

486 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:32:48 O
西南雄藩なら西南雄藩ならってw
信長万能をいう奴はいるがこいつは珍しいなw

487 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:34:35 0
> >>480
> 気温の低下は、明治以後もずっと、最近やっと温暖化に転じただけ。
おいおい、「下がり続けた」なんて思ってないよな?
気温の底はいつだ?

> また清はその間にも人口が増えつづけ、明の時代は6000万人、多くて8000万ていどだったのが、
> 幕府が潰れた1860年頃には四億近くにまで増えている。その差は4倍以上。
> 2倍しか増えておらず、中期以降は停滞した幕府とは違うのだがね。
耕地面積あたりの生産性は?
面積も、戸籍の接続性もないもの比べてもしかたない。
明代は一億程度とも言われているし、清代はずっと面積が広いのに、明治維新期に
三億六千万程度のはず。三倍程度なら、日本と同じだ。

488 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:37:27 0
まちがい。

>82
四億乗ったのは、民国時代だろ。確か。
辛亥革命期でも四億未満だ。

489 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:45:06 0
>>486
幕府がカスなだけ。
>>487
>おいおい、「下がり続けた」なんて思ってないよな?

俺は低下はとしているが、大丈夫っすか?
つーか今も実は氷期に入ったと思われ。

>耕地面積あたりの生産性は? 面積も、戸籍の接続性もないもの比べてもしかたない。

中国はしらんが、日本は増えてないな。

>明代は一億程度とも言われているし、清代はずっと面積が広いのに、明治維新期に

そんなにいないよ、清代ではじめて一億突破。
戸籍上だけなら、明末期は5000万切っている、まあ動乱期の数字は出鱈目だから、
多少色つけても、明のピーク時の人口8000万人を上回るとはおもえん。
なお日本は戦国時代末期で1500万程度、幼児人口を排除すれば、1227万だったかな。
一説には1800万とも、国高から逆算して2000万人とも言われている。
少なめの1500万人を基準にしても、。江戸時代中期で3000万弱、末期で2800万人だから。
せいぜい2倍と思われ。

490 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:51:17 0
>>488
だから四億弱だと言っているでしょ。
このごろすでにそれだけいっているの、で丁度大平天国の乱があって、
「戸籍上」は二億6000万人まで減っている。
だからその後「戸籍上」でその数字までいくのは、時代が多少下る。

あと明代を一億とするのは、戸籍漏れなどの人間を全て想定した場合だと思うが、
それをすれば、清での人口も同じ割合で増えるぞ。

491 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:53:09 0
つまり

東北で大飢饉がしばしばあった=地方は没落していた

人口の伸びがとまった=江戸時代は国力が低下した

アヘン戦争で講話した清=へたれ

黒船で開国した幕府=へたれ

薩英戦争、馬関戦争をした薩長=かっこいい!素敵!

西南雄藩だけは石高が伸びた=すごい!素晴らしい!

西南雄藩は近代的!先進的!かっこいい!強くて世界を征服できる!

ということですね?

492 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:55:58 0
一番下以外は同意。

493 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 13:59:44 0
同意されたよw

494 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:01:24 0
戦争=無条件で国力発展

開国=無条件で国力発展

と続くわけだな

495 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:05:16 0
私の地元金沢は、
維新後、武士の衰退はもちろん商人・職人の仕事がなくなり衰退します。
人口が江戸末期の水準に回復するのは明治も40年になってからです。

496 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:05:16 0
いや違うな、幕府無条件で国力の減退と記すべきだ。
幕府がやった開国などなんの意味があったのか。
金の流出、物価の高騰、国内の混乱。
そして幕府の解決手段は、横浜鎖港
その結果物価がさらに高騰したのは言うまでもない。

497 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:43:43 0
戦争で国力が上がるんなら、
戦時中の日本は今の日本よりも国力が上ということか。

498 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:54:16 0
鹿児島は1837年にアメリカ船を砲撃し日本人漂流民を追い返しているんだが。
攘夷とは違うが少なくとも開明的な国でなかったことは間違いない。


499 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:54:23 0
>>497
知らないんですか?

30年戦争によってどれだけドイツが発展したかをw
ローマ帝国の崩壊とゴート族侵入による戦乱で、イタリア半島がどれだけ発展したかをw

よく知らないけど、戦乱が社会を発展させるといっているバカの住んでいる脳内歴史では
上の二つでも、きっと農業生産力が激増したんですよ。たぶん。

・・・えぇと、戦乱があってかつそれが刺激になって、発展した例って、世界史でも
たぶん存在しないんではなかろうか?

戦国時代だって、細分化されすぎた権力が、下克上による再編である程度整理され、
その権力で治水や大規模開発が出来たから、成長したわけで、戦乱の中で平和と安定を
確保できたところが成長したわけだからなあ。

四六時中内乱に明け暮れて、平和でなかった国はろくに成長してないし。

500 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:57:15 0
旧ユーゴは内戦続けたほうが良かったなw
アフリカはどんどん発展するぞ!
EUなんて愚か極まりない!

501 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:58:05 0
そして幕府は1844年にアメリカの捕鯨船から漂流民を受け取っている。
数多い異国からの帰還者が追い返されたのは、
上で記した1837年のモリソン号事件だけである。

502 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:58:11 0
中東モナー

503 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 15:05:25 0
戦争が技術の発展を進める面があるのも事実だけどね。
だが、馬鹿はその一面しか見えないらしい。

たしかにそういう面・部分もあるが、
全体としては戦争が発展を生むというよりも、
発展が余力を生み戦乱を起こし、
より広範囲で統一される、
というのが歴史の流れ。
その統一された地域でさらに発展し余力を生むとまた戦争が起こる。

504 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 15:32:29 O
当たり前の話で余力がなければ戦争しようにもできないからな。
余力を生もうと開発を進める一面もあるが、ずっと戦争していたら続かない。

なにより分裂状態では、鎖国否定論者の望む海外への発展がほとんどありえないという罠。
漢まで待たねば中華民族が西域まで進出することはなかったし、
チンギスハンがモンゴル民族を統一しなければあんな遠征は行われなかった。
レコンキスタ完了を以って大航海時代が始まるし、
ドイツは統一後バカ皇帝が海外拡張の夢を追う。

505 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 15:58:36 0
じゃあ地球も早く統一しないと宇宙に進出できませんね

506 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 16:00:04 0
>>505
進出してる国あんのか?
お月様でさえウサギさんしか住んでないんだぜww

507 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 16:21:59 0
長い耳の人とか、青い皮膚の人とか、ヘンな虫みたいな敵とかがもう進出していたような・・・

508 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 16:51:30 O
ジオン公国

509 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 17:08:56 0
まあ日本人の民族性にとって激しくマイナスに働いたのは事実だな

510 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 18:38:09 0
>>509
だからと言って鎖国しなけりゃプラスに働いたと言うことにもならんだろう?

511 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 18:40:32 O
日本の民族性がマイナスってなんだ?

512 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 18:42:53 0
相対的には、日本は世界で一番成功している部類の国なんだが、
そんな日本でさえ、歴史は後悔に満ちている。
「もしも鎖国をしなかったら?」
「世界大戦では、別の立ち回り方があったんじゃないか?」
答えの出ないそういう問いに悶々とする。
であれば、もっと現状が不幸な国(世界の大半の国)では、
歴史を振り返ると、もっと切実に苦悩するんだろうな。

513 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 18:44:26 O
そんな人は一部です

514 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 19:24:32 0
>>512
鎖国を評価するときは、現在ではなく鎖国期の状況を見て判断するべきだ。
鎖国したから現在があるわけではない。
現在の日本を生み出すのはもっと別の因果関係がたくさんある。

515 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 19:29:01 0
戦争があると国力が衰退するという意見と発展するという意見だが。
ケースバイケースだ。
ヨーロッパの発展は安定した上での分裂があり、長期にわたる限定戦争を行ったから。
総力戦は30年戦争で懲りた。
だから100年戦争や第二次大戦のような総力戦は国力を消耗するだろうが、18世紀以降のイギリスやフランスが行った限定戦争なら国力は発展する。
限定戦争は富国強兵を行う刺激を与えるからだ。
日本が鎖国しなかった場合、海外勢力との限定戦争を行い続けたかどうか。
それとも国内の混乱、総力戦を繰り返したかによって日本の発展は違ってくるだろう。

516 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 19:40:38 0
日本が総力戦をできる体制になったのは明治政府誕生以後じゃないか?
秀吉の朝鮮攻めも総力戦とは言いがたい(西国大名は疲弊したがな)。

517 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 20:13:35 0
朝鮮出兵はその規模と長さからして限定戦争とはいえない。
とはいえ総力戦でもない。
その中間と言ったところかな。

518 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 20:19:11 0
それで、ここは戦争ではなく鎖国が日本や世界に及ぼした影響を考えるスレ

519 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 20:34:34 0
だから鎖国しなければ海外との摩擦が起きるという展開がこのスレで話し合われているわけだが。

520 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 00:01:50 0
>>476
幕藩体制の藩の経済圧迫と、江戸の町民の暮らしと何の関係があるの?

521 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 00:12:07 0
江戸の町民の暮らしってのは、
諸藩(とおつきの武士)が江戸で消費をするから、成り立っていたわけ。
とくに江戸は物価が高かったから、藩の予算の4分の一くらいは使っていたんだよ。
おつきの武士は、借金して回ってました。

522 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 00:37:01 0
>>509
それは嘘だな。日本人は鎖国以前も大した外交なんぞしていない。
特段外交的な性格だったわけでもない。

歴代の天皇家や将軍家、公家や武士の棟梁見ても隣国との血縁さえも
殆どない。英国と比べて味噌。
つまりもともと閉鎖的。鎖国は寧ろ我意を得たりと言うところだろうな。
>>476
チミ、データを江戸時代後半だけに限定しすぎ。

523 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 00:41:08 0
江戸時代は100年で終わるべきだったと言っているんだから、
そりゃ後期に限定しますよ。

524 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 01:02:43 0
終わるって何w
1700年前後に何が発生したらどうなるというんだ?

525 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 10:22:40 0
江戸文化は平和のなかで養われたわけだし。
なにも軍事力だけが国家の豊さを判断する材料ではないだろ。

526 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 11:53:37 0
> 歴代の天皇家や将軍家、公家や武士の棟梁見ても隣国との血縁さえも
> 殆どない。英国と比べて味噌。
それは、ちと比較の仕方がまずいのでは。

シナの皇帝にせよ貴族にせよ、王朝が倒れたらそれまででしょ。
その辺の入れ替わりの少ない、ヨーロッパの貴族と比較するのは
間違いだと思われ。

あと、その気になれば泳いで渡れるドーバー海峡と、泳いで渡ろうと
思ったら確実に死ねる東シナ海との違いも考えるべきでしょ。

対岸と結びつくことによるメリットに英国と日本では違いがありすぎる。

527 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 20:32:11 0
鎖国がなくても庶民が現在みたいに海外旅行する時代でもないわけよ。
だから大差はない。

528 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 20:46:39 0
>>522>>526
>歴代の天皇家や将軍家、公家や武士の棟梁見ても隣国との血縁さえも
>殆どない。

その点、高麗はすばらしかったな。
13世紀以降の高麗の王妃は全員モンゴル人w

529 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/20(月) 21:13:07 0
天皇は僧王的性格の存在であり、暗殺やクーデターで廃位したり、
地位を簒奪で血筋が絶える性質の存在ではないので、
イギリスあたりと比較する事自体がナンセンスなんじゃないかな。
(参考資料:『紫式部とその時代』/角田文衛著/角川書店/
“ある夜の紫式部−宮廷における暗殺とクーデターの問題”)

530 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 23:08:51 0
血縁を同盟関係や政治力の便にすることは日本国内でもあることだよ。
平安時代の宮廷然り、戦国武将然り。それでも
海外との血縁が少ないのは普通に外交関係の希薄さだよ。
貿易や文化交流はしても外交はあまりしない。
これが日本の隣国との基本的な関係。
>>526
そのメリットがないと言うことは外交関係が希薄な理由だろ。
>>529
帝位の維持だけが血縁の交流の理由にはならないだろ。
寧ろ同盟等外交関係の担保にすることの方が多い。



531 :世界@名無史さん:2005/06/21(火) 09:27:42 0
大体天皇になった所で自分で好き勝手に世の中切り回したり出来ないし。
担がれる対象だから自分からそこまで強くは言えない。
せいぜい気に入った女性を側室に加えるぐらいでしょ。

532 :世界@名無史さん:2005/06/21(火) 19:36:41 0
ふと思ったけど
江戸時代の諸藩の中でも薩摩や佐賀は二重鎖国と言われるくらい
人の出入りに厳しかった藩だったような。

しかし、他藩に先んじた部分は多かったですね。

533 ::2005/06/21(火) 19:37:18 0
HN抜けた

534 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 00:21:00 0
徳川幕府が、自家の存続のために他藩の国力を削減しようと必死だったのは確か。
徳川の鎖国は産業保護どころか、他藩の産業の取りつぶし、発展の足かせを行い続けた。


535 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 00:52:16 0
小学生でも知ってること得意げに書くなよ。

536 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 00:54:19 0
産業の取りつぶしは嘘

537 :世界@名無史さん:2005/06/23(木) 09:12:46 0
>>536
むしろ、幕府が経済的圧迫を他藩に強要したので産業育成に力注いだ。
特に、西国の雄藩は。

538 :世界@名無史さん:2005/06/24(金) 02:51:57 0
江戸時代が他世界と比べて圧倒的に豊かだった理由が参勤交代。

金が集まる所が金を使うように強要すれば経済は良く回る。
現状の政策は全く逆だな ('A`)

539 :世界@名無史さん:2005/06/24(金) 05:21:03 0
節約とか言って改革失敗したのと似ているなww

540 :世界@名無史さん:2005/06/25(土) 01:46:34 0
他世界と比べて豊かだったのは農民が新しく生まれた子供を間引く習慣があったから。
3000万という人口の限界のラインでも比較的豊かな生活が送れた。

541 :世界@名無史さん:2005/06/25(土) 02:32:37 0
>>540
今でも毎年公称30-50万人の堕胎が行われているらしいよ。
実際はその2-3倍らしいけどね。
これは年間の出生数と同じになるねw

幕末の横浜に来た伊海軍将校が堕胎と離婚が自由なのに驚いている。

542 :世界@名無史さん:2005/06/25(土) 20:21:59 0
>>538
江戸時代じゃなくて、江戸だけ。
日本の95%は、江戸の為に苦しめられていた。
なにしろ、需要が江戸に集中してしまうからな。

そしてその費用が、地方の開発に進められていれば、日本は停滞することはなかったのに。

543 :世界@名無史さん:2005/06/25(土) 23:15:41 0
うーむ。>542は
(1)釣りでわざとアホ丸出しの発言をしている。
(2)貨幣経済をしらない。
(3)老荘思想の徒で、物々交換の世界をすばらしいと本気で思っている。

・・・のどれでしょう?

最後の一文を見る限り(3)はなさそうですが。

江戸という消費の中心が存在したこと、が、まさしく江戸時代の経済的成功の
証拠なんですが。
ちなみに富を強制的に偏在させて、消費の中心をなくし、金詰りを起こすことが
経済を停滞させるもっとも簡単な方法です。たぶん。


544 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 01:48:14 0
徳川幕府が日本全体の国力の底上げを意図したことなど一度もない。
ひたすら他の藩の力を削ぐことしか考えていなかった。

545 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/26(日) 01:57:21 0
町民は無税、農村部は実質税率10〜20%の江戸時代…うらやましい。

546 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 08:43:22 0
東北が駄目だった、てな話があるけど
やっぱ東北側にはまともな街道作れなかったの?
流通経路さえなんとか出来れば潤ったと思うんだけど

と簡単に考えてしまう九州人の漏れ

547 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 09:01:02 O
その流通経路からして山だの雪だのが多くて大変だと思う秋田出身の俺が来たわけだが

548 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 10:10:31 0
田中角栄が「山なんて切り崩してしまえ」とか無茶言ってたような
まぁ彼がロッキードで失脚してなければ本気でやったかもしれんが

549 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 10:42:27 0
>>543
アホはおまえだ。
江戸だけしか消費が存在しないから問題なのだよ(あと街道もあるか)
藩主や藩士が藩にいれば、藩で消費するし、藩で需要が生まれる。
けど江戸に行ってしまえば、それがなくなる、
流通も江戸を最終的な目的地とする歪なもので、全国に流通する形ではなくなった。

さらになにより。諸藩の開発費用が江戸の滞在費と参勤交代でなくなった。
地方にそのままいれば、その多額の予算を領内の開発にむけ、
そこでさらに需要と消費が生まれるという好循環がおこったのに、それを全てなくしたのが江戸幕府。

なお幕府は何度も緊縮財政を行い、町民に対しても贅沢を取締、消費の抑制を図っている。
>>545
それだけ安いのは天領だけ、外様は4割はある。というかそれでもきつかった。

550 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 15:49:28 0
>>549
領内の開発はそれ以前に限界に達して停滞してたんではなかったっけ?
停滞したからこそ、全国流通に向かったという流れの筈だが。

551 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 15:57:42 0
領内開発を停滞させたのが幕府だろう、
現に明治維新を期に一気にに全国的に増加したのと矛盾する。
初期は新技術などが導入された結果というわけでもないからな。
また西南雄藩に限っては、あの状況ですら、50%弱も生産量を増やし人口も増やした。
東北、北関東ではむしろ減少しているから、限界に達していたというより、
幕藩体制により、潰されたとみるべき。

そしてその流通とは江戸に集結するものであって、地方に渡るものではなかった。
江戸が飽食であったのに、地方では餓死者がゴロゴロという惨状だったからな。

552 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 23:52:57 0
>>551
べきべき言われても、何の実証もしてないで押しつけられてもな。
ここののびがすっかり鈍ったのも、論証も文献の紹介もせずに決め付ける
空想的な意見のごり押しのせいだよね。

せいぜい誰にも相手されなくなった今から勝利宣言でもしてれば?
そうじゃないというなら、「論証」してみればいいよ。

553 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 05:51:45 0
>>551
あほだな。江戸時代はそれでも250年続いたろ。
維新政府の短命と比べてみろ。
関東軍の暴走は東北の暴走みたいなものだ。関東軍、満州国ともに東北の軍人や
軍属や入植者が多かった。維新政府の維新以来の外貨獲得や人減らしの政策の延長にあるものだ。
もともと東北や関東を統治していたのが律令制以来の将軍や幕府の歴史的役割だ。
だから江戸期も関東に幕府を置いたんだよ。結局、倒幕は失政だったと言うことだ。
国家の独立や内政安定を失った政権をいくら正当化しようとしても無駄だよ。
政権の最重要過大は経済ではない。国内統治だよ。
維新政府は西南戦争から満州事変ぐらいまでの半世紀ほどしか
事実上国内統治はできとらん。

それだけの政権だったと言うことだ。

554 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 14:15:22 0
>政権の最重要過大は経済ではない。国内統治だよ。

いいこといった。あなたは偉い。

555 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 14:30:29 0
「国家安康」について触れた本を出版して処刑される徳川より、反政府運動を展開しても処刑されない明治政府のほうがいい。
秀吉の墓を暴き、豊国社を破却した徳川より家康の墓を暴かず、東照宮も破却しなかった明治政府のほうがいい。
徳川の最大の犯罪は朱子学などという人間のクズを養成するような学問を勉強しなくてもすむ現代が最高さ。

556 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 14:40:39 O
国語のお勉強ちまちょうね

557 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 17:15:59 0
俺も現代と江戸時代とどっちがいいといわれたら現代だけど、
明治と江戸中期だったら江戸中期だな。

558 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/28(火) 18:10:20 0
>>551
乱開発が原因と考えられる災害被害があったため、
開発制限をしたのは賢明な措置だったと思うよ。
現在のようにへんてこな公共事業で影響が出るほうが問題じゃない?
諫早湾干拓事業とか典型的。

559 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 19:14:48 0
>>552
反論も出来ない雑魚は黙ってみててね。
俺が言っているのは、鬼頭氏速水氏などの著書、つまり歴史人口学を少しでもかじっていれば、
当然わかることなんだよ。
西南雄藩の発展などは、田中氏や長野氏をはじめとして多くの人に検証されている。
いわば最低限の基礎知識があればわかることなの。
>>553
その為に諸外国と渡り合えない国を作ってどうするんだよ。
一番重要なことは、諸外国と渡り合える国を作ること。そして国内を豊かにすること。
言わば富国強兵ね。
これは古今東西どこの国でも、一番に考えることなんだよ。

そして250年を治めたからなんなんだ、国を停滞させて治めることになんの意味もない。
ニートの人生になんら価値がないのと同じだ。日本の時間を100年以上は無駄に使っただけといえる。

そしてなにより経済よりまず、国内統治?
北朝鮮マンセーじゃあるまいし、もう少し考えて言ってくれ。
>>558
米余りの今と、飢饉が頻発していた当時を同一視するのは頂けないね。

560 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 19:38:03 0
>>559
君は人口の増減でしか国を図る基準を持たないのか?

561 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 19:50:05 0
>>559
世界がリアルタイムで繋がれた現代とは違う、
東の最果ての日本にとって、一体どういうわけで、
何が何でも西欧諸国とがっちりくっ付いていかねばならぬ必要があるのか?
貿易の是非と国が国体を維持するのとはセットではないぞ。
現実に江戸文化は250年の大繁栄を成し遂げたんだ。
外に広がるばかりが繁栄ではない。

562 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 20:03:59 0
>>560
国力の増減を人口や耕作地の増減以外で、どうやって判断するんだ。
なお明治新政府の財政の七割以上は地租。ほぼ=で結んで構わない。
>>561
幕藩体制などというクソな体制がなければ、西洋諸国に遅れをとることはない。
幕末明治期にあれほど苦労することはなかっただろうね。
そして貿易の規制、洋学の規制が、技術の発展を多いに阻害したのは否定できるものじゃない。

で、江戸文化の「繁栄」って?
文化に繁栄というか、優劣があるのか?
それとも江戸時代の文化は素晴らしいが、
戦国時代に発展した、水墨画、日本画、茶などは価値がないと?

563 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 20:50:50 0
なんで現代人の視点にたって西洋を仮想敵に
1700年代くらいの国策を決定しようとしてるんだ、コイツは。


564 ::2005/06/28(火) 21:01:01 0
東北諸藩で人口・耕作面積ともに頭打ち、
西南諸藩では幕末まで増加が続く

という傾向から、
江戸時代の後半人口・耕地面積の伸びが全国レベルで停滞したのを
(江戸幕府の政策が云々と関係なく)
自然環境(そしてそれに対する当時の技術限界)に原因を見るのが
普通なんですけどね。

565 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:03:47 0
>国力の増減を人口や耕作地の増減以外で、どうやって判断するんだ。

ゲームばっかしてるから…

566 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:16:21 0
>>563
まあ西洋を仮想敵国にするのは無理があるにしても、大清が攻めてくるかもしれないって
ことを江戸期の人達が考えなかったのが不思議だと思った。
実際幕府はどの程度対外的な見通しを持ってたんだろう?
ジュンガルとか鄭成功がやられたときにヤバイとか思わなかったのだろうか?

567 ::2005/06/28(火) 21:17:34 0
>幕藩体制などというクソな体制がなければ、西洋諸国に遅れをとることはない。

「鎖国」がなければ日海外に進出し強くてかっこいい日本になれたことは間違いない!
と根拠もなく妄想してるのと違いがないですね。


ヨーロッパ諸国で成された発展のひとつ、産業革命は、
イギリスで18世紀〜19世紀にかけて、
継いでフランスで1830年代頃、
ドイツでは1840年代に始まり飛躍的に発展するのは統一つまり70年代以降、
ロシアでは1890年代、
日本も1890年代に開始、
スペインでは20世紀に入ってから。

鎖国してようがしてまいが、各国の事情で産業革命が始まるのです。
日本において産業革命が早まるとしたらどういう要因が考えられるのでしょう?

江戸幕府でなければ鎖国はなされず←ここですでにおよそ間違ってる
鎖国がなければ産業発展が早期になされる→なぜ?

568 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/28(火) 21:52:16 0
人口論を唱えるのに、幕末の伝染病は無視ですか?そうですか。

569 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 23:29:23 0
>>559
雑魚でいいけどさ。
その程度は当然知ってるって。君の立論がそれだけで成立するなら、
既に専門の人間が徳川の施政評価の議論をしてるはずだよね。

ところが、そんなの未だ無いだろ?

当時は経済社会の成立に伴う構造的な変化が大きすぎて、
社会モデルすら作れていないのが現状でしょうに。
そんなに自信あるなら、こんなとこでのたくってないで
学会誌に投稿すれば?

当時の社会の発展余力や強度を測るなら
物差しは当時は人口より経済システムの成熟度の方が
適当だと何度も言ってるつもりだがね。。

570 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 00:36:40 0
>>567
俺は鎖国や産業革命もだが、それよりも地方を衰退させた、
参勤交代と江戸滞在に重きをおいているのだが。

また鎖国していなければ、豊臣政権や、江戸時代初期のように積極的に海外に出て、
出会い貿易をそのまま続けた可能性が高いわな、そして西洋の文化と技術の取り入れがかなり早まる。
>>568
西洋からのか?それとも北関東や東北から、江戸に膨大な難民が流入した結果、
風土病が江戸で蔓延して、(さらに地方でも伝播)
都市部の人口が何割も減少したことか?後者のはもう指摘した。
>>569
>ところが、そんなの未だ無いだろ?

は?君さ、彼等の著書読んだ事あるんだろ、なんでこんなこと言っているの?
幕藩体制下における、諸藩の苦境、その結果の借金の増加と領地の荒廃、そして飢餓移出、
これらを結びつけているものなど、なんら目新しくないだろうが。

>物差しは当時は人口より経済システムの成熟度の方が

千石を超える大型船の建造の禁止、一部の地域を除き車輪の製造の禁止、
江戸に通じる河川の架橋の禁止などなど、これらいくつもの流通の障害をつくりあげて、
どうやって経済システムを成熟させるのかな?
そもそも「江戸時代」と、「幕藩体制」の政策の評価はまた別の問題だからね。
どうもこのスレには(世界史板だから仕方ないんだが)江戸時代に達成したものを、
あたかも、江戸幕府のおかげで達成したように思いこんでいる人が多い。

571 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 00:44:55 0
>>564
米の北限が伸びて、その後寒冷化という悪条件はある。
けどそれだけが原因なら、中期以降、ずっと減少していたものが、
明治期に人口、耕作地ともに増加に転じられるわけがないんだが、
1870年頃を境に気候が激変したとでも言うつもりかね?

572 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 01:30:55 0
江戸幕府というのは北朝鮮みたいなものなの。
徳川のみを潤わせ、その他全てを犠牲にする。
北が金一家のみに忠誠を誓う軍隊だけ優遇して、一般の国民が何百万人餓死しようがおかまいなしなのと全く同じ。
その体制が250年間続いたって事だ。
鎖国によって国外からの情報が遮断されているので批判勢力が力を持ち得ない。
支配者の側の論理だけが押しつけられ、批判のための論理は根絶やしにされる。
北も国外の圧力がかからなければ1000年は持ちこたえそうだよ。

573 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 01:39:46 0
>572

確かに北朝鮮はいまだ中世レベルだな。

574 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 01:41:47 0
何でヨーロッパが発展したかというスレが世界史版にはあるね。
その中の有力な説として、ヨーロッパが安定した分裂を長期にわたって維持したため、というのがある。
分裂していたので思想が統一されることがなかった。
30年戦争のような悲惨な殲滅戦争を経験したので限定戦争中心になっていった。
安定した分裂は国家意識を強め、富国強兵を行うようになった。

徳川幕府は鎖国を行うことで、ヨーロッパが発展した要素を遮断した。
つまり、情報の多様性を遮断した。
外国との接触がないので、競争が行われず、富国強兵を行わなかった。
逆に徳川の敵は唯一、国内の他藩であった。
敵をひたすら弱らせる政策に終始した。
当然日本という国家単位で見れば、最悪の政策であった。


575 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 01:43:21 0
今どき珍しいな

576 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 01:52:50 0
江戸時代の鎖国の痛いところは、日本という国家を意識させる機会が極端に減った事だ。
為政者にあるのは藩意識だけで、藩の繁栄しか考えなかった。
徳川は他の藩が力をつけないように搾取し続けた。
国家としての有効な政策は殆ど行われなかった。



577 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 02:36:47 0
搾取ならまだいいが、あれは浪費というべきだろう。
幕府はひたすら富を溝に捨てさせたのだよ。

578 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 03:15:49 0
捨てた富はどこに行ったの?

579 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 06:05:30 O
いまどき江戸時代暗黒史観もないよなあ

580 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 08:44:37 0
日本において、江戸時代以外に暗黒時代などないよ。
違うと言い張る奴は、欧米もどうとかほざいているだけ。

581 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 12:29:27 O
放置推奨

582 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 13:12:13 0
では、大黒屋光太夫事件のときに
ロシアと通商条約を結んでいればよかったということで決まりでしょうか?

583 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:46:06 0
>>1豪州はさすがに当時の日本の認知外だと思われ。

584 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:47:09 0
>>582
当時の日本の国力で通商をおこなって軍事力の詳細を知られると結構まずいんじゃないのかなとも
思うよ(ワラププ

585 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:47:49 0
ロシアと外交通商むすんで無事でいられたアジアの国ってありましたっけ。

586 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:50:43 0
>>576
まず国民意識というものが日本に形成されてなかった。
当時の領民も御料地意識はあったけれど、日の本という
意識が実感としてあったかというとこれは疑わしい

外国の対比として日本が一国であると認識し実感したのは
武士ですら幕末になってからだと思われ。
無論蘭学者や開明名派の大名はちがうと思うけどそれは
全体の比率としては1%もないじゃないかと(ワラププ

587 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:53:52 0
>>584
常備軍8万だけど?
16世紀なら世界有数の陸軍だね。火器装備率も高めだし。
まあ海軍力がさっぱりなのが痛いがな。

588 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:55:22 0
>>586
そんなこと言うなら、16世紀〜17世紀に国民国家だった国がどれだけあるのよ?

589 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:57:16 0
>>585
草刈場となったシベリアやカフガズへの侵攻、フィンランドやポーランドリトアニアへの侵食を別に考えると
中央アジアへの侵攻の時期は結構遅いね。 
清を恐れていたのは乾隆帝の事もあったんだろうけど、沿海州やシベリアなどで拡張してからようやく
トルコや各ハーン国やチェチェン戦争戦や清への侵食を図りつつあるイメージがある。
北方戦争やナポレオン戦争や露土戦争で結構きつい戦あったから狩猟民や遊牧民には勝利できても
国家相手の侵攻は時期が遅い印象もあるんだ(ワラププ

まあ印象なんであまりつっこまないようになw

590 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 15:01:23 0
>>587
旗本の実力はどんなものだろう。 幕府が洋式化された薩長の軍隊に負けた事を鑑みても
むつかしいのではないかと。

清の漢蒙満の八旗軍も乾隆帝の頃は非常に強かったけども、太平天国の頃は役にたたずに
結局湘軍が倒すありさまだったし。おまけに幕府は火器の改良を禁じているよ(ワラププ

ワシは日本びいきだけど、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」と思うのよ(ワラププ

591 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 15:06:41 0
そりゃ天下泰平が長く続けば緩みきるだろうが、
そうなる前ならいけるだろ。

592 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 15:06:51 0
>>588
いや、問題がずれているのではないかと。
日本が諸国と交流していれば日本を強く意識していたかといえば
疑問なり。日本の内情は諸侯によって分割支配されていて幕府と
いえども家光以降は改易転封も難くなっているわけで。

自然と領民も自己の生活領域を「国」=御料地と認識しているわけで。
言葉も諸国でばらばらでそういう事も考えるとフランスの絶対王政や
ナポレオンの国民軍みたいな過程がなかなか難い。
次第に外国が着だして開国論が高まって最後に黒舟が来て
大きく日本人の意識が変革していくわけだからね(ワラププ

593 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 15:09:29 0
ナポレオンが活躍し始めてフランスに国民国家が成立し始めたのは
18世紀末期から19世紀初頭では?
つーか、幕府が鎖国しない場合っていう前提じゃないの?

594 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 15:11:17 0
>>591
行けません。国姓爺合戦で有名な台湾情勢にも出兵しなかったからね。
生まれながらの将軍であった家光は乗り気であったそうですけど、
朝鮮出兵の惨敗を知っている幕府の古参や知恵伊豆が猛反対した。

また商人活動を行っていっても東インド株式会社がすでに1600年に
成立していく中で日本の勢力圏として東南アジアを入れるにせよ
欧米との衝突は引けられない。
国姓爺のように根拠地にするにせよはるか日本からフィリピン
インドネシアタイの地域を制圧し、維持しえるかというと?がつく(ワラ

595 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 15:17:36 0
>>593
どのみち欧米はアジア地域に進出するよ。それも一国でなく複数国が来るのに東南アジアを獲得しても
維持しえるのかい?
時期はばらばらになるけど
逝っておくけど、安南は清が押さえ、南はチャンバが押さえ、中部には阮氏が抑え、タイとビルマが戦争している時期で
台湾には鄭氏、後には清が入り、フィリピン、インドネシアの要所はオランダがいるし要所は通商国家アチェが
20世紀初頭までオランダに屈していない。 そういう時代で国政の拡張を図るのは難儀ではないかと。
山田長政も暗殺されたし(ワラププ

596 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 16:57:02 0
>>587
1807年に択捉で何があったか知らないと見える

597 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 17:09:37 0
下関戦争や薩英戦争でさんざんぼこられてもいるよな。
上陸されて略奪三昧で全然対抗できなかったことにショックうけているのだから。

598 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/29(水) 18:40:28 0
>>594
1628年浜田弥兵衛がわずか170人で台湾のオランダ長官府を占領してた事件は無視ですか。
そうですか。

599 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/29(水) 18:49:22 0
江戸時代は飢饉が蔓延していたとか、日々食べるものにも困ったなんて主張する人がいるなんて…。

600 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 18:50:48 0
>>598
その事件は知らないよ。だが、それで恒久支配できた訳では無いんだろ?
一時的に占領しても駄目だと思うがなあ。
少数の事例を持って特定の地域を制圧し維持できるかのように議論すすめると
その手の厨の妄想がひろがりんぐになると思うが。
南米の事例はさておき、あんたの挑発的な態度ももどうにかならんかな。山野さんとの剣王スレも
どうかなと思ったけどさ。まあ俺も人の事をいえないけどな(ワラププ
スレを荒れさす方向にもっていきたいやもしれぬが、俺はそういうのは嫌いだから。

601 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 18:54:33 0
俺も以前は妄想広げて日本がこーすれば夢がひろがりんぐって思っていたよ。
だけど、根拠の無い事や都合よい処だけつまみ食いしてもそれが自分の知識の
向上になるか(自分なりに)有益なことになるかというとちがうんだよな。
煽り煽られは所詮2ちゃんたかが2chといえど、いちおう歴史板に書き込むんだから
妄想はやめたほうがいいかなと思うようになったんだわ(ワラププ

602 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 19:14:15 0
>>570
「参勤交代が地方を衰退させた」
まずこの認識が間違い。

603 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/29(水) 19:14:28 0
>>600
幕府が鎖国政策を推進したために台湾から手を引いたにすぎないわけで、
支配権を確立したあとに崩壊したわけじゃないんだから、
維持できなかったなんて主張するのはおかしな理論だよね。

あなたみたいに後年の結果論だけで強弁するなら話にならないんじゃない?
学問板にふさわしい議論をしたいならもう少し考えたほうがいいと思うよ。
お互いの意見を尊重しながら論点を掘り出して行く姿が本来の姿であって、
別の板の話とか持ち出して相手を牽制したりやりこめようとする態度って、
学問板じゃあマナー違反じゃないかな?

604 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 19:27:31 0
>582 :世界@名無史さん :2005/06/29(水) 13:12:13 0
>では、大黒屋光太夫事件のときに
>ロシアと通商条約を結んでいればよかったということで決まりでしょうか?

>584 :世界@名無史さん :2005/06/29(水) 14:47:09 0
>>582
>当時の日本の国力で通商をおこなって軍事力の詳細を知られると結構まずいんじゃないのかなとも
>思うよ(ワラププ

大黒屋光太夫の帰国の後、ロシアが次に来たのはいつだか知ってる?
ラクスマンと大黒屋光太夫は1792年、次に来たレザノフは1804年。
ロシアはすぐに日本に使節団を送ってきたわけじゃないことは確かだ。

この間にロシアで起こった政変など全く御存じないようですね。
エカテリーナ女帝は1796年に崩御して、後継者のパーヴェルは対日通商など眼中になし。
仮に松平定信が「ロシアと通商します」と言った所で先方が来ないからどうにも成らん。
やがて定信は失脚し、日本は鎖国論が台頭している。歴史の事実。
レザノフが来る前に対露通商など頭からなくなり、歴史は元に戻ってしまう。

>582の質問は、
「レザノフ来航の時ロシアと通商条約を結んでいればよかったということで決まりでしょうか?」
なら多少は意味があろう。
ロシアが日本との通商を望んだのはアリューシャンやアラスカでの生鮮食糧や物資の調達で、
もし日本か野菜や米などが大量にロシアの植民地に運ばれることがあれば、
ロシアはアラスカを売却せずに済んだ。
つまり日本の鎖国はロシアの北太平洋制圧を結果的に阻んだことになり、
ここに大勢いそうなロシア嫌いの人間にとっては歓迎されるべきことだろう。

605 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 19:29:49 0
>>603
後世清朝が台湾を征した史実があるのに浜田弥兵衛が継続して維持できていたと思う理由がそれですかね。
鄭氏にしても半漢半日のハーフであるわけですが、幕府に救援を要請しても大陸情勢には不関与の方針でしたでしょ。
家光の積極的な関与方針に周辺が反対したのは前政権の豊臣氏が明入りを企画し、やがては徳川氏の覇権を確立
させる要因の一つになったことが念頭にあるとおもいますがいかがでしょうか。

何よりも家康自身が豊臣氏の外征政策が失敗に終わり、自分に天下が回る主要因と知悉していますから、
シャム国への交易を図るなど朱印船の拡大を図れど、外征を図るメリットが無いと思うのですが、
牢人対策として棄民を主目的にして台湾を取得するにせよ清や進出してくる欧米勢をどう交わすのでしょうか。
維持し続けるには兵員と費用を投下するに足る利益が無いと国は動きませんよ。

そしてその答えは朱氏がいうように幕府は「鎖国政策」を推進する方が体制維持に適しており、
台湾出兵には利が無いと結論をだしているわけですが。どうでしょう(ワラププ

606 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 19:38:26 0
>>604
ああ、そういう外交史の経緯は知らなかったです。 申し訳ない。(ワラププ



607 :暴れん坊教員 ◆DxURwv1y8. :2005/06/29(水) 19:48:31 0
まあ当時の台湾を取ってもそんなに利益はないかもな。
あそこは有力な産業があるわけでもなし、土地も枯れて、風土病も蔓延していたからなあ。

しかし鎖国がそこまで間違っていたんだろうか。
トルデシーリャス条約など西洋覇権主義への対抗やキリスト教思想への対処という観点から、
割と妥当な政策だったと思うんだが。対外貿易を禁止したわけでもないしな。

608 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:01:30 0
>>607
一つ聞きたいのですが、キリスト教は徳川の体制を揺るがすのが主要因の一つだとは理解しているのですが、
キリスト教を体制内に取り込んで支配の一助にする手は無かったのでしょうか。

仏教も宗派によっては迫害された経緯があれど、ああいう風に需要するというのは近世社会では無理だったんでしょうか。
その辺が自分なりに疑問に感じているのですが(ワラププ

609 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:06:30 0
>608
仏教があるので要りません(金地院ワラププ

610 ::2005/06/29(水) 20:10:04 0
>>608
そりゃ無理でしょ。
それをしようとするならば、受け入れた上でカソリック教国と戦争するなり、
もしくは鎖国なりしなければならず、結局同じでは。

611 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:11:29 0
なんでみんな(ワラププ とかつけてんだよ(ワラププ
(ワラププ 付けないと会話できんのか、おまいらは(ワラププ

612 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:12:36 0
しかし鎖国がそこまで間違っていたんだろうか。  

というよりも徳川としては動くにたる動機に乏しいと思います。
江戸初期は大久保長安の活躍もあって徳川氏の財政は非常に豊かでしたし、
前政権の外政策の失敗もあるわけです。
家康は積極的な通商政策を企図していましたが、仮に秀忠、家光が彼の通商
政策を変更なく継続していたといしても台湾、あるいは東南アジアの自己領域化を
図っていたか疑わしいと考える次第です(ワラププ

613 ::2005/06/29(水) 20:16:07 0
>下関戦争や薩英戦争でさんざんぼこられてもいるよな。
>上陸されて略奪三昧で全然対抗できなかったことにショックうけているのだから。

こうした大きなショックが維新後の少々無理をしての発展の源であって、

それがなければ、たとえ開国がより早期であり多少技術の流入が早まることはあっても、
定着や発展のエネルギーがあまり生じないのでは。

テイクオフする時期を大幅に早めるには、開国というだけでは不十分かと。

614 :暴れん坊教員 ◆DxURwv1y8. :2005/06/29(水) 20:17:10 0
>>608
無かったでしょうね。仏教の教義というのは、ここでいう仏教とは大乗仏教ですがね、
戒律に縛られず、世俗の価値観と反発しない特徴があるんです。
しかし一神教はだいたいそうなんですがキリスト教というのはキャパシティーが低く、
世俗の価値観に完全に染まる事はないんですね。
それにキリスト教は西欧覇権主義の尖兵として利用されている経緯もありますので、
日本文化を守るという観点からキリスト教の禁令は必然だったのでしょう。

ところで、語尾につけている「ワラププ」というのはどういう意味でしょうか。
ブリタニカ大辞典にも載ってないようですが、是非意味を教えていただきたい。

615 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:27:30 0
>>613
そうなんだよな。
大政奉還、廃藩置県という中央集権国家建設が戊辰戦争程度の内乱で済み、その後が比較的すんなりと進んだのは、薩英戦争とか下関戦争の敗戦→薩長の改革、そして近代兵器の威力を皆が身をもって知ったからだと思う。
維新政府の元、日本国民全体が(一揆や西南戦争のようなものはあったものの)文字通り我が身を削って働き続けたのも大きな危機感があったからではないか?

616 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:34:57 0
>>613
いや同感です。 まったく西洋に抗し得えない事を知って向上していく。
ただ、交易をしていたら周辺情勢をオランダや清からの仄聞でなく、
幕府も洋上航海型の技術の維持や継承、発展に意を用いていたであろうし、
火器ら他のテクノロジーの向上にも意を注いでいた可能性もあるとは思いますし、
幕府も他国同様に他国が組みやすしと見れば通商以上の関係、
具体的にいえばその国の情勢や王朝の継承らに内政干渉した可能性も
あるとは思います。思いますが、清や欧米の進出と時期が重なる時期でも
あり、非常に微妙だったとは思いますね(ワラププ


>>614
えーちょっと日本厨だったことがありまして色々書き散らしていたときに
相手を煽る目的でそういう風に書いていた事があったのです。
今はそういう意味で使う事は少なくなりつつあるのですが、このレスは
俺が書いたよな日記帳みたいなものだとおもってください。
ウザイならプラウザで俺のレスをNGにしてください。

617 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:40:26 0
>>614
無知で申し訳ないし、スレ違いであるとも思いますが、小乗仏教はタイらでどうして受容されたのでしょうか。
いや伝播していったというのは理解できるのですが(ワラププ

618 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:40:38 0
とりあえず、これを求めているのでしょうから、期待に応えて


      r;ァ'N;:::::::::::::,ィ/      >::::::::::ヽ
.      〃  ヽル1'´        ∠:::::::::::::::::i
       i′  ___, - ,. = -一   ̄l:::::::::::::::l
.      ! , -==、´r'          l::::::/,ニ.ヽ
      l        _,, -‐''二ゝ  l::::l f゙ヽ |、
        レー-- 、ヽヾニ-ァ,ニ;=、_   !:::l ) } ト  ここはおまえの日記帳じゃないんだ>>616
       ヾ¨'7"ry、`   ー゙='ニ,,,`    }::ヽ(ノ
:ーゝヽ、     !´ " ̄ 'l,;;;;,,,.、       ,i:::::::ミ     書きたかったらチラシの裏、な!
::::::::::::::::ヽ.-‐ ト、 r'_{   __)`ニゝ、  ,,iリ::::::::ミ
::::::::::::::::::::Vi/l:::V'´;ッ`ニ´ー-ッ-,、:::::`"::::::::::::::;゙ ,
:::::::::::::::::::::::::N. ゙、::::ヾ,.`二ニ´∠,,.i::::::::::::::::::::///
:::::::::::::::::::::::::::::l ヽ;:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ /
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::::::::::::::::::::::::::::/ ヽ|;;,, `'' ‐---‐ ''"´_,/
:::::::::::::::/ヽ;/ へ、\;;;;:. ;;;-─ _,.ニ-ァ'´\
::::/7 ) ./ |××| | ;;; ;;;::::| ̄ /×××>、
/ ././ /ニ=、\±L/;;;;:::_;;:」_,/×××/  \
 l. l /  ー- ゝ |××× /×× ゝ‐''´==


619 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:45:47 0
問われたから書いただけ。まあいいじゃん。いわゆるIFスレなんだしさ。

620 :暴れん坊教員 ◆DxURwv1y8. :2005/06/29(水) 20:52:53 0
>>617
国民の間に浸透していることと、世俗権力に庇護されていたという二つの理由でしょう。
日本の例を「大乗仏教」だからとわざわざ限定したのは、
日本には旧来の世俗信仰で権力のルーツでもある国家神道との妥協がなければ、
宗教思想も扶植できないのです。そこで国家神道と大乗仏教との融合である本地垂迹説が生まれたわけです。
こういうひねり技は教義に厳格な小乗仏教や一神教ではできない芸当でしょうな。

621 :ササキ:2005/06/29(水) 20:55:53 0
>>614 
 キリスト教が問題だったのではなく、それを傘にした人間が問題だった。
イエスは言う「人を見るな」しかし現実は人を見なけりゃいけない。

622 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 23:09:02 0
>>599
江戸時代だけで、100万人は優に超えますが、なにか。
寛永、(これだけは前期)享保、天明、天保・・・細かいのも含めれば、(元禄、宝歴など)
中期以降は慢性的に起こっています。酷いのは数年続くこともありますしね。
なお中期以降の三つを合わせて、三大飢饉、寛永をあわせて四大飢饉などと言われています。
日本の歴史上でもこのクラスの飢饉は早々ありませんし、
ここまで短期間に頻発したのは、江戸時代に中期以降に限定してもいいでしょう、
浅間山の噴火などの影響が強いですが、天明の大飢饉などは、日本の永い歴史の中でも文句なしトップクラスです。
勿論人口比率でね。

>>602
わからんのなら、過去ログ読め。反論があるならシロ。

623 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 23:22:26 0
>>597ー613
薩英戦争では、そもそも上陸兵を連れていてないから、
上陸されてませんし、
馬関戦争では上陸されましたけど、砲台を破壊するだけで、
その日の内に帰っています(2000人程度では維持するのは無理だったから)
なので都市部には一切手をつけていません、
戦後の交渉でも、下関を破壊しなかった、報酬を要求しているくらいですから。

>>615
馬関戦争で長州が設置したいたものは、当時の要塞砲としては平均レベルのもので、
最新ではないものの、決して欧米に劣っているわけじゃありませんし、
英国の戦艦にも設置してあった、アームストロング砲なども輸入して設置していましたから、
(日本はもとより、英国海軍でも故障が多く、あまり使えなかったそうですが)
これを気に、近代化を目指した、というのは間違いかと思われます。

624 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 23:59:24 0
薩英戦争

文久3年(1863)7月 賠償を求めてイギリス艦隊7隻(旗艦ユーリアラス号2371t)が鹿児島湾に襲来し、
薩摩藩との交渉決裂により戦闘となる。
 これにより薩摩藩の砲台は壊滅的損害を受け、城下町も一割が焼失する。また、イギリス側も60余人の死傷者を出す。
講和談判で薩摩側は賠償金を払うことに同意。薩摩は攘夷が不可能であることを痛感する。


馬関戦争

文久3年(1863)5月11日未明…関門海峡を通過しようとしたアメリカ商船「ペンブローク号」に対して、馬関
(下関の別称)に作られた長州藩砲台が猛烈な砲撃をくわえる。
長州藩のその無謀とも言える「攘夷・外国船打ち払い」の行為だった。
さらに、5月23日にはフランス艦キャンシャン号を砲撃。26日にはオランダ艦メデューサ号を砲撃。
これに対して、元治元年(1864)8月5日にイギリス、オランダ、フランス、アメリカの計17隻の連合艦隊が襲来。
あっという間に長州の軍艦2隻を撃沈。海岸の長州側砲台も沈黙させて、やすやすと占領。
当時の日本と西洋列強との武力の差を嫌というほど日本側に見せつけた。





 



625 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 00:12:18 0
http://www2.tip.ne.jp/~kondou00/taihou.htm

維新前、長州藩は一時的に鎖国継続(攘夷)の政策を取りました。そして、外防を固めるとして、関門海峡沿いの
前田、細江、亀山社、彦島などに配備しました。 
 元冶元年(1864年)。外国との間で小衝突を繰り返していましたが、8月4日、英仏欄米の四カ国艦隊が、前田沖に集結。
世に云う「下関戦争」が始まりました。近代兵器の威力の前に、長州の武士は為すすべもなく、6日には、英国海兵隊1400、
仏国兵350、阿蘭陀兵200が前田に上陸。茶臼山、前田、壇ノ浦一帯の砲台を占拠、破壊。彦島の砲台も砲撃。8日、前田、
彦島の砲台から砲を捕獲。午後、高杉晋作らが休戦協定を締結。 
 これを契機に長州藩は「開国」政策に転換し、やがて維新への大激動となっていきます

626 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 00:18:05 O
キチガイは放置

627 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 00:20:18 0
http://kirara.pref.yamaguchi.lg.jp/backnum/03_winter/tokushu1.html

彦島の分割要求もでていたよな? 晋作の活躍のおかげだな。アホが交渉していたらトンでもないところになっていたと思う。


田さんと清永さんは、海峡に臨む、ある草深い高台を訪ねた。そこは元治元年(1864)8月、英米仏蘭四カ国連合艦隊来襲の際、
連合軍に占領された「前田砲台跡」で、原田さんは草に埋もれかけた碑に手を置くと、こう言った。
「近代日本が初めて外国軍隊の侵略を受けた土地です。あまりの恐怖に何キロも走って逃げた兵士もいたそうです。恥じゃありません。
前田砲台こそ、下関が残さなきゃいけない歴史の記念碑ですよ」
 この戦いで長州藩は列強の脅威をまざまざと味わい、それが幕府に頼っておれないという倒幕への引き金になったといえる。


その講和談判の際、藩から使節に命じられて連合軍の軍艦に乗り込んだのが、晋作だった。彼は礼装用の直垂に烏帽子という大仰ないでたちで現れ、
その様子は連合軍の通訳が「魔王のごとくだった」と書き残しているほどだ。
 「晋作はそのとき、神主の祝詞みたいに日本開びゃくの歴史を説き起こし、連合軍側を煙に巻いたそうですね。賠償金の請求には『幕府の”外国船打ち
払い令”に従っただけだ。どうしても払えというなら、我々は前田砲台で負けただけだから、いざとなったら長州藩あげて抵抗するぞ』って。その勢いに
押されて連合軍の賠償金請求は幕府に回っていく。幕府は払ってますね。晋作の説得力は、尋常じゃないよね。



628 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 00:24:11 0
■長州藩vs4ヵ国連合艦隊 馬関戦争

攘夷論をかかげていた長州藩と海峡封鎖のため西日本一帯の物資の流れが停滞してしまい、長崎港における
日英貿易は大きなダメージを受けました。元治元年(1864年)海峡封鎖を解除するため、イギリスの呼びかけで
アメリカ.フランス.オランダの四カ国連合艦隊が下関を襲撃しました。これを馬関戦争といいます。この戦いで
長州藩は惨敗し、事実上の下関港となりました。


629 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 00:33:16 0
なお英国の艦隊も被害を受けているし、
馬関、薩英ともに、英国、連合軍の方が死傷者が多かったりする。

630 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 00:49:01 0
薩摩長州ともに方針を変換して攘夷をやめているけどな。


631 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 01:26:09 0
「攘夷」ってなんだかわかっているの?
「攘夷」とは、欧米に舐められない国を作る、
欧米に弱みをみせず、占領されないという意味であって、拝外主義じゃないよ。

新政府は、欧米からは極力借金をせずに、
そして国内の開発も、日本自らの手で行っている。
幕府がフランスから多額の借款をして、鉄道の敷設なども欧米に任せようとしていたのと、対照的。

632 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 01:31:23 0
鎖国をしなかった場合、日本の海軍力はアジア一になっていただろう

633 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 01:36:45 0
「攘夷」ってなんだかわかっているの?
「攘夷」とは、欧米に舐められない国を作る、
欧米に弱みをみせず、占領されないという意味であって、拝外主義じゃないよ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%98%E5%A4%B7

攘夷(じょうい)は、日本においては、江戸末期に広まった考えで、夷人(外国人)をしりぞける。つまり外国人を実力行使で排斥しようという過激思想。

帝国主義の発想を持つ欧米のアジアへの接近(侵略・進出)により、それまでの江戸の天下泰平の世の中(鎖国体制下の社会)を維持したいという
発想として盛り上がった。開港以後は、日本は神国であるというナショナリズムの発想である尊王論と結びつき、尊王攘夷論となって諸藩の志士や
公卿によって支持された。 しかし薩英戦争や下関戦争において外国艦隊との力の差に直面したことにより、外国との交易によって富国強兵をはかり、
諸外国と対等に対峙する開国論に取って代わられていった。



634 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 01:39:50 0
これを気に、近代化を目指した、というのは間違いかと思われます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%96%A2%E6%88%A6%E4%BA%89

その後、高杉晋作によって和平交渉が行われ、長州藩は下関海峡の外国船の通行の自由、石炭・
食物・水など外国船の必要品の売り渡し、下関砲台の撤去などの条件を受け入れて講和が成立した。

禁門の変とこの事件により、長州藩内の攘夷派は没落し、保守派へと主導権が移っていった。




635 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 01:50:41 0
政府は、欧米からは極力借金をせずに、
そして国内の開発も、日本自らの手で行っている。
幕府がフランスから多額の借款をして、鉄道の敷設なども欧米に任せようとしていたのと、対照的。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E9%9B%87%E3%81%84%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA
お雇い外国人

お雇い外国人(おやといがいこくじん)とは幕末以降、明治初期に、日本の政府や各府県、民間において
殖産興業のため欧米の技術や学問、制度の輸入のために、雇用した欧米人のことである。高給で待遇した事が知られる。
広義では在外公館で雇用されていた者や、外国人居留地の警備に当たった者なども含まれるが、ここでは欧米から
新しい技術や知識を学ぶために雇用した人物について述べる。

政府関係では1872年(明治5年)時点で214人であった。中でも外国人を最も多く雇用していたのは工部省で、
その発足から廃止まで(1870年-1885年)の間に総計580人の外国人を雇っており、最も多かった1874年(明治7年)に
は鉄道関係を中心に290人を数えたという。

国別で見ると、大部分がイギリス人であった。なお、陸軍は当初フランス人が多かったが、普仏戦争にプロシア(ドイツ)が
勝利すると、軍制の転換によりドイツ人が多くなり、海軍ではイギリス人を雇用した。北海道開拓関係ではアメリカ人が多かった。
土木のデ・レーケはオランダ人であるが、これはオランダの治水技術が関係者に高く評価されていたためと考えられている。



636 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 01:54:11 0
そして国内の開発も、日本自らの手で行っている。

http://www.moj.go.jp/SHIRYO/shiryo06.html
お雇い外国人

明治時代における我が国近代化の過程について考えるとき, いわゆる「お雇い外国人」といわれる人々の存在を無視することは到底できません。
法典や法制度の近代化に際してもたくさんのお雇い外国人が, 重要な役割を果たしていました。フランス人ボアソナードは, 司法省お雇い外国人
として明治6年から同28年まで滞在し,その間,刑法, 治罪法(現在の刑事訴訟法に当たるもの),旧民法(施行されなかった)などの法典編さんに
尽力しました。 また,法学教育に携わり,外交問題の助言も行っています。 このほかにも,法分野の近代化に寄与した外国人としてはフランス人ブスケ,
ドイツ人ロエスレル,テヒョーがあげられます

637 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 02:00:08 0
そして国内の開発も、日本自らの手で行っている。

http://www.d1.dion.ne.jp/~o_hideki/docfile/dc3-1.htm

しかし,この明治政府の取った,最も短期間に西欧に追いつくための施策は,いってみれば日本あるいは東洋伝統の暗記手法だった.
確かに,学術あるいは科学のレベルを西欧のそれに引き上げるのに必死で,独自のものを考えるいとまがなかったという考えもできようが,
明治政府による初期の外国技術の導入策は,国内産も存在する石炭などの資源はもちろんのこと,スコップ,ツルハシ,コップといった
国内でも同等品が十分製造あるいは調達可能なものまで全て輸入するという,なりふり構わないものであった(5).そしてそこには,互いの
文化を見比べ引き上げ合うという思想,あるいは精神的余裕はほとんど見られなかった.

(中略)

このように,明治期急速に行われた我が国への西欧近代技術の移入は,特に鉱工業分野において,初期のお雇い外国人による指導の多くは
挫折したものの,その後留学によって直接当該技術を学んできた日本人技術者や,外国人教師によって基礎からの教育を受けた日本人技術
者たちによって成功に導びかれることになった.基礎を飛び越えて,一足飛びに応用に走り,後で基礎の伝習を計った結果,西欧技術の移入期,
日本に適合しないことがお雇い外国人技術者達によって行われていても,それを判断する能力が日本人に欠落していた時期があったのである.
つまり,日本における外来技術の導入は,はじめ何らかの失敗を経て日本人の手に移り,日本の文化の中に根付いて行くことになったと言うことが出来るのである.



638 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 02:02:10 0
それで薩長マンセー、幕府糞くらえ、
って結論導き出しちゃうところがデムパ

639 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 02:09:52 0
な事いっりゃせんがな。

640 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 02:10:28 0
なこといっとりゃせんがな。

641 :スローガン:2005/06/30(木) 04:37:58 0
>>559
何の為の富国強兵だ?独立自尊のためじゃないのか?
敗戦し結局50-70年で独立を喪失したわけだから失敗だったなw

あとな、政権を維持する機関を政府と言う。政権とは政治権力。
これは内政の把握から生まれるものだ。
政府は必ずしも経済政策はうたない。
その本質が政権維持、特に重要なものは軍事力のコントロールだ。
参勤交代はその典型だ。維新政府は結局は軍部のコントロールが
できずに短命で滅んだ。挙句独立も放棄せざるを得なかった。
無条件降伏だからな。完全に失敗した政権だよ。

君は内政統治の困難さが理解できていないよ、ぼうや。
現在の政府が敗戦を終戦と言わざるわ得ないのも失敗した政府の
後継だからだろうな。

642 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 10:47:04 0
>>633
ウィキが出鱈目なだけだろう。高杉の言葉を調べてから言え。
んで、お雇い外国人がなんか問題か?
幕府がしていたのは、資本から外国に全てをまかせるというもの、
この結果、鉄道の敷設などにより、資産を守るという理由で駐兵されたり、
借款の返済が滞れば、土地の租借やらを要求するわけ。

新政府の場合は、知恵を借りていただけ。
当然外国は権利を要求することは出来ない。

>>641
北朝鮮にいってこい。
おまえには御似合いだ。
幕府が続けば、とっくに欧米の植民地、未だに世界のなかでは三流国であるのだけは間違いない。

643 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 11:18:25 0

ウィキが出鱈目なだけだろう

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=580634

あんたの考えを誰も支持していないようだが。








644 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 11:19:37 0
雇い外国人がなんか問題か?
幕府がしていたのは、資本から外国に全てをまかせるというもの、
この結果、鉄道の敷設などにより、資産を守るという理由で駐兵されたり、
借款の返済が滞れば、土地の租借やらを要求するわけ。

最初あんたの発言は
新政府は、欧米からは極力借金をせずに、
そして国内の開発も、日本自らの手で行っている。
幕府がフランスから多額の借款をして、鉄道の敷設なども欧米に任せようとしていたのと、対照的。

じゃあ実際はどうだったのか? 
http://www.yorozubp.com/9801/980117.htm
しかし、明治維新の黎明期はそうではなかった。新政府は徳川幕府が残した巨額の対外債務で苦しんだ。
国家の為政者が徳川家から天皇に変わっても外国から見れば「日本は日本」なのである。明治政府と英
国東洋銀行」(立脇和夫著、中公新書)を読むとそんな明治政府の苦労がよく分かる。そして通貨の持つ意味を考えさせられる。
日本が国立第一銀行を設立する10年も前から横浜には外銀が多く支店を構え、通貨まで発行していた。このことはあまり知られていない。
そのなかでも約20年にもわたり帝国政府の造幣所設立や鉄道敷設に深く関与していたのが英国東洋銀行(オリエンタルバンク)であった。
明治政府の最初の対外交渉は、条約改正でもなんでもない。借金の付け替え交渉だった。幕府が建設した横須賀製鉄所の借款をフランスが
求めてきた。借りたのはフランス政府ではない。ソシエテ・ジェネラル銀行である。
幕府が崩壊してフランス側は資産差し押さえに出ようとした。アジア諸国は同じ時期に、同じ手口で国を乗っ取られた。
明治政府が頼ったのが、オリエンタルバンク。というより当時の在日公使のパークスだ。政府は急きょ、オリエンタルバンクから50万ドルの巨額の
借金をすることになった。しかし、利息は年15%、元金は2年据え置きの10年返済と厳しいものだった。政府は横浜港の関税収入を担保として差し
入れた。英国側から要求されたとしたほうが正しい。外国に門戸を開いたばかりの明治政府に担保に差し出す資産らしいものはほかになかった。
15%の金利が高いか安いかは判断材料がない。しかし当時、ロンドンでの起債で7%前後が相場だったというからやはり、新興国に対する信用度は
相当低かったとみるのが妥当といえそうだ。


645 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 11:21:01 0
明治政府が偉いと思うのはこの巨額の借金をきちんとしかも前倒しで返済していることである。アジア諸国のなかには返済の遅れで借
金が雪だるま式に増えたり、そのまま関税収入を外国企業に乗っ取らたケースは枚挙にいとまがない。

 ●早期返済で植民地化を免れた日本

著者の立脇氏は、明治政府の「金融事始め」に対してオリエンタルバンクが親身になって支えてくれたという論旨で終始しているが、
どうもそこのことろの認識が甘いような気がする。確かに結果的に明治政府が近代国家への脱皮に成功、西欧の植民地にならなかっ
たからオリエンタルバンクの「協力」が大きくクローズアップされることになるが、逆にアジアの植民地化のプロセスは皆、現地政府へ
親身な協力から始まったといっても過言でない。


西欧社会は契約社会だから、その契約通りに物事を進めたら問題は起きない。ちょっとした契約履行のミスにつけこまれ長い時間のなかで
徐々に植民地化が進められたというのが歴史の実態なのだ。

「明治政府と英国東洋銀行」では、明治初期の日本で銀行券と手形や小切手の区別がつかない人が多かったというエピソードが紹介されている。
当時の官僚の金融知識は相当低かったようだ。これも考えてみればそんなにおかしいことではない。現在は国の信用によって銀行券が発行されて
いるが当時は日本に中央銀行すらなく、外銀が国内で堂々と紙幣(洋銀)を発行していた。


646 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 11:29:45 0
新政府は、欧米からは極力借金をせずに、
そして国内の開発も、日本自らの手で行っている。
幕府がフランスから多額の借款をして、鉄道の敷設なども欧米に任せようとしていたのと、対照的。


幕府がしていたのは、資本から外国に全てをまかせるというもの、
この結果、鉄道の敷設などにより、資産を守るという理由で駐兵されたり、
借款の返済が滞れば、土地の租借やらを要求するわけ。

新政府の場合は、知恵を借りていただけ。
当然外国は権利を要求することは出来ない。

http://www.asahi-net.or.jp/~aj4s-ski/history-2/newpage2.htm

草創期の明治政府には鉄道を建設する技術も資金も無く、すべてイギリスからの借金で1871年(明治3年)3月、
英国人の技師エドモンド・モレルらによって鉄道施設工事が始まりました。1872年(明治5年)5月品川〜横浜間が仮営業。同
年10月14日、新橋〜横浜間29キロ(現在の汐留〜桜木町間)に鉄道が開業しました。この前年にイギリスから輸入した5形式10両の軸配置1
B形のタンク式蒸気機関車がわが国最初のSLになりました。また客車58両(2軸4t)貨車75両も同時期に輸入されました



647 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 14:29:10 0
鎖国をしなかったら日本は今頃世界一の強国間違い無しですよ。

648 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 21:55:04 0
>>646
国有化が長すぎて広軌や複線化に遅れ、戦時物資の輸送にさえ支障を露呈した国鉄の起源だなw

649 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 22:50:08 0
>>643
そのなかにも、攘夷は方便というものが書かれているのだが?
>>646
英国の銀行から借りたのは、50万ドルで、
そのうちの大半は、返済期限が近づいていた、幕府の借款の支払いなんだけど、
対外債務だけで、数百万ドルの借款や賠償金があったからね。
実際幕府は1度支払えず、借金の期限延長と引き換えに、関税率は20%から5%にまで引き下げられた。

ついでに英国資本で英国が敷設するのと、英国から借款を組み、英国人技師を雇って敷設するのは違うよ。
前者だと英国のものだが、後者だと日本のもの。

650 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 01:13:28 0
鎖国は保護貿易とは違うぞ

651 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 08:59:19 0
>>649
君は要旨を理解しているのか? 攘夷は方便の意味を分かっているの?
攘夷を実行に移したのは薩長だが、両藩とも負けて攘夷が出来なくなった
現実、藩内部での攘夷派の没落を考証すべき。君はどうも結論の跡に事実
をあわせる悪癖があるようだが、それはちょっと直さないとな。
君は>>631のような「攘夷」について>>631のような認識をしているようだが、
実際は>>633だ するとwikiが間違っている自分が正しいと主張する
君は>>642みたいなことを言い出す。でこのレスの冒頭の論につながるわけだ。
日本史板によくある類の人の話を聞かないレスはやめてくれよね。
幕末の攘夷は薩長と欧米の軍事衝突で敗北した。これをきっかけとして
両藩の対外政策が変化した。そういう事を認識しないとなあ

鉄道に関して言及すると>>646の>の前の発言が過去ログでの君の発言な
訳だ。国内の開発は君の主張とは反対に資金も技術も人員もいなかった。
独自の国産化が不可能だった事と米国の鉄道敷設権要求もある。
フランスからの借款返済要求もあった。 しかし明治政府には借り替えた洋銀
金が無いから横浜の関税収入を担保に出した。
利率が15%でトイチも裸足で逃げ出す金利だが背に腹は替えられなかった。
君は何がしたいのかしらんが、自説に固執するあまり維新時の明治政府を
過大評価しすぎだよ。文明開化も当時の明治人には性急なモノであり、
あちらの方が優れていたから一から十まで依存したのだから。
ちなみに外国の権利要求云々は君が言い出したことなんだけどなあ。>>642で。
それと独自開発という語句は内製で築いている事を開発
石炭からスコップにいたるまで全てがあちらからの供給という事が、草創期の
日本の技術力の現実であった訳だけどね。



652 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 12:05:09 0
>>651
>攘夷を実行に移したのは薩長だが、両藩とも負けて攘夷が出来なくなった

だから「攘夷」の意味が分かっているのか?
と言っているんだ。「攘夷」とは「開国」の対立概念でも、欧米の技術文化を否定する概念でもない。
だから、対外政策には変更などないんだよ。砲撃するまえから、
伊藤や井上などを洋行させているし、ガチガチ攘夷主義者といわれる、久坂なども、
藩費で洋学を勉強している(それほど長い時間ではないが)
外国の文化、技術、貿易などには、反対していない、そして反対していたものも方便にしか過ぎないわけ。
なかには、貴方の言うような、ステレオタイプの人もいただろうが、それは一部の例であって、それを一般化するのは、
それは近年の研究成果を無視しているといわざるをえない。

>国内の開発は君の主張とは反対に資金も技術も人員もいなかった。

なにをいいたいんだ?俺が最初から言っているように、
新政府は日本による開発にこだわり、幕府は外国に頼ろうとした、これは大きな差だろう。
その資本の出所の一部が外国だったからといって、鉄道の敷設をそのまま外国にまかせようとしていた幕府とは違う。
前者の場合は、鉄道の権利は日本にあるが、後者の場合は、外国のものだ。
その結果、鉄道を守るために、駐兵させろ、というのが、中国を始めとする、一般的な植民地化の流れ。
だからこそ、明治政府は、鉄道の敷設を日本でやることにこだわったわけ。

というか、資本や技術を外国から借りたことになんの意味があるのか俺にはわからん。
銀行から金借りて、事業を展開するのと、事業そのものを他の会社に委任する場合を、同一視しているようなもんだぞ。

その借金も幕府借金の返済であり、しっかり返済しているだろ、
幕府が借金に借金を重ねて、関税を担保どころか、実際に引き下げられたのとは違うだろう。
小栗の馬鹿などは、さらに追加借款を要請しているくらいだしな。

>利率が15%でトイチも裸足で逃げ出す金利だが背に腹は替えられなかった。

当時東方の小国の発展途上国の利率としては妥当、インフレも激しいし。
当時は固定相場制だったから、インフレしても外債が膨らむわけじゃない。

653 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 13:27:14 0
鎖国は幕府による貿易の独占ですが

654 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 13:39:46 0
>>653
実際問題として、鎖国をやめたとして、魅力的な海外の商品が当時あったかというと・・・
ほとんどない。

ヨーロッパの場合、香辛料を手に入れるという動機があったけど、日本の場合
海外に進出して、領土を獲得する動機もほとんどないし、取引したいと思えるものも
どう考えても、ほとんどない。
強いて言えば砂糖ぐらいかな?

書籍とか重要な物は、鎖国下でもきっちり入ってきていたから、取り立てて問題ないし。

655 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 13:52:51 0
逆にやばいのが入ってくるな。キリスト教とか。

656 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 14:53:29 0
>>655
キリスト教自体がやばいかどうかはおいとくとしてw

江戸時代と同時代のヨーロッパでは、科学と魔術がまだ未分化で
魔術とキリスト教神秘主義は密接にくっついていますから、
技術だけをうまく取り入れることに成功した実際の歴史と違って、
日本の学問・文化レベルは間違いなく下がるでしょうね。

解体新書とかの印象で、ヨーロッパの科学は進んでいたという迷信が
日本人にはありますが、あれは「解剖してみただけ」で、それが成果に
つながるのはせいぜい19世紀に入ってからですし。

657 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 15:02:45 0
いやそうでなくてw
キリスト教にくっついて入ってくる宣教師とかヤバイんでじゃない?

658 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 15:23:14 0
日本がまるまる植民地になる可能性はほとんどないだろうけど
いくつかの拠点がゴアやマラッカのような植民地になってる可能性はあるね。

659 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 16:36:09 0
儒教、朱子学が国教になることはなかっただろう。

660 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 17:16:37 0
>>659
朱子学は官学ですが、国教ではありません。

江戸時代の国教を強いてあげるなら仏教でしょうな。
寺請制度があって、すべての国民は理論上どこかの寺の檀家になっているわけですから。

661 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 17:25:33 0
どちらにしても>>659
なんでそ〜なるの!って欽ちゃんが言いそうだが。

儒教・朱子学的思想が武士層に相当な程度に浸透してなかったら、
武士はどうなっていただろう。

662 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 18:48:37 0
南方進出言うけどさ
ニポンジンにはマラリア対策のノウハウも何もなくね?

663 :566:2005/07/01(金) 19:54:49 0
大清が攻めてくる可能性はなかったの?

664 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 20:13:46 0
>>662
その通りだね。
明治に入ってから台湾に出兵したことあって、
兵三千で一部地域を制圧したのはいいが、
病気にかかってほとんどが短期間のうちに戦闘不能で引き上げている。
航行技術に乏しい戦国〜江戸の頃ならなおさらだ。

665 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 21:03:40 0
鎖国してなかったら、日本が大陸各地を占領して無敵皇軍に!とか言ってる人は、
現実の歴史の参勤交代あたりにケチ付けてるけど、これで疲弊する国が国外に進軍して、
疲弊しない理屈をぜひ疲労していただきたい。

666 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 21:25:31 0
>>665
当時の東南アジアあたりをコスト無しで占領してガポガポ収奪しても反乱が起きず
疫病の逆輸入もなく、現地化した部隊の分離もないくらいの国民意識が
参勤交代による文化や言葉・経済的一体感の成熟が無くても何故か存在し、
さらに収奪した富が、一方的に国の経済を発展させて、
実際の英国では、輸入超過による国内産業壊滅への対処として始まった産業革命が、
産業壊滅(とその前提となる国内市場と産業の発展)が無くても起きるという前提で
ものをおっしゃってますから。

667 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 21:45:48 0
幕末→維新は政治・経済ともに必然的な工程だと捉えていいんじゃまいか。
経済:【日本史を経済学的に考察するスレ】
ttp://www.ichigobbs.net/cgi/15bbs/economy/1013/
政治:【The Politics of Oligarchy: Institutional Choice in Imperial Japan】
(Political Economy of Institutions and Decisions)
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0521473977/qid%3D1104471040/sr%3D1-14/ref%3Dsr%5F1%5F2%5F14/249-3610959-2752345

幕府初期→幕末が必然的な工程だったか、どうか。。。
これが、いまいちよくわからない。
これって誰か仮説してる人っていないのかな??


レス見たら、金銀のことが書いてあったのでついでに。
これ見る限りだと、清銀貨(たしか銀含有80%くらい)の方が物価はずっと安いみたい
密貿易での流出量はわからないが、結構大きそう。
ttp://www.sycee-on-line.com/Ching_purchase_1.htm
あと、幕府は175x年から金銀の輸入政策ですよ、うまくいかなかったけど。





668 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 00:32:39 0
>>654
朱印船貿易を知らないのか?
当時の日本の海外商品に対する需要は相当なもので、タイの国王は日本の朱印船が大量に商品を買い取ってくれているの喜んでいた。
当時の日本が海外商品に対する需要が無いなんて初めて聞いたよ。

669 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 00:35:26 0
>>662
台湾やフィリピンを領有したオランダ人やスペイン人はマラリア対策は出来ていたと言うことだな。
鄭成功も出来ていた。
当然、日本もマラリア対策が出来るようになるのはさして難しくないだろう。

670 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 00:38:01 0
>>663

清がどこを攻めるんだ?
日本が台湾を領有したら攻めるかもしれないが、当時の中国は台湾に対する執着がほとんど無い。
鄭氏の征服の後も、台湾を手放すかどうかでもめたくらいだ。
日本は島国だから、強力な海軍などすぐに作れる。
清はその日本と戦争して勝てるのかね?
またそこまで執着するかね?

671 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 00:40:18 0
余剰人口の行き先としても重要だな。
戦国後期、江戸初期を考えれば、
鎖国をしていなければ、東南アジアには華僑のごとく日本人がいた可能性がある。

ま、そのかわり、欧米から、中間搾取者として雇われ、
憎まれた可能性もあるが、今の華僑印僑のように。

672 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 00:41:31 0
>>666
オランダはインドネシアを着実に植民地化したな。
スペインもフィリピンを植民地化した。
東南アジアなんか、まともな海軍力があれば、容易に植民地化できる。
一気に植民地化する必要もないしな。
オランダが行ったように少しづつ何世紀もかけて植民地化していけばいい。
それは、海軍力があれば可能だ。

673 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 00:42:16 0
徳川時代でもたしかあったな、明の支援として、大陸に出兵するってのが、
これをやっていれば、面白かったのに、幕府のボケはリスクを嫌ってしなかった。

674 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 01:13:39 0
>>672
ひょっとして、17〜19世紀まで、実行支配が続いていたとでも思ってるんだろうか。こいつ。

ところで、東南アジアにコストに見合う価値(当時の日本にとって)があるのかという質問は
いったいいつまでスルーするんだ?

675 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 01:45:18 0
>>668
朱印船貿易で取引されていた品目を挙げてみれば、海外商品に対する需要があるのかないのか
一目瞭然だと思うけどなあ。

輸入:生糸、絹、砂糖、鮫皮、鹿皮
輸出:銀、銅、銅銭、硫黄、刀

結論。出島で取引不可能な類の海外製品に対する需要は「まったくない」

生糸、絹は明が海禁政策を採っていたから、東南アジアで中継貿易していただけだし。

676 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 02:51:46 0
福沢諭吉〈脱亜論〉の現代語訳。
http://plaza.rakuten.co.jp/isanotiratira/diary/200506100000/

677 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 09:43:05 0
>>674
少なくとも秀吉のやろうとした明征服よりは価値があるな。

678 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 19:26:24 0
>>670
秀吉の朝鮮征伐に対する懲罰戦争、倭寇に対する復讐、
朝貢国の琉球に対する内政干渉、大清の帝威への不服従、その他もろもろを理由にして
朝鮮経由で北九州に上陸、現地土侯(薩長とか)と提携して江戸幕府を朝貢国に
とか考えてもおかしくなさそうだけど。
あと鎖国体制のなかでそんなにすぐに強力な海軍なんかつくれるかな?

679 :日本@名無史さん:2005/07/02(土) 20:52:56 0
島国だと海軍が作れるというのは変な話だな。
イギリス以外で強力な海軍があった島国ってどこよ。
それにそのほかの欧州の国々は島国じゃねえぞ。

680 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 21:04:04 0
>679
アメリカ。汎アメリカ構想や欧州を中心に考えるとそうなる

681 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 21:12:17 0
>>642
馬鹿だな相変らず。
内政の統一維持が重要ではないと言うのなら、
江戸時代どころか応仁の乱まで遡らねばならんよ。
信長-家康の過程が無意味と言うことになるな。

政治とは先ずもって秩序を維持する行為だ。
政治学からやり直しだなww
維新が改革で済み、大規模の本格的な内乱にならなかった理由をよく考えてみろ、こぞう。
そこに秩序があったからだ。維新政府も藩閥から抜け出せていない。
藩単位の統制のとれた行動とは江戸時代に形成された秩序だ。
だから廃藩置県も上手く行ったのだ。江戸時代の各藩には戦国時代のような下克上はない。
150年の戦国時代を克服した統治体制こそ幕藩体制だ。藩の中の藩こそ幕府だったわけだ。
それに代わった薩長が明治政府の総理を交代にやっていた現実を直視しろ。
幕藩体制を維新政府はしっかりと継承せざるをえなかったのだ。それが250年の実績と伝統と歴史だ。
陸海軍がそれぞれ薩長閥で占められていたと言う現実は言うまでもないな。

682 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 22:50:13 0
>>681
国力を停滞させ、経済の発展の阻害することによって秩序を維持する?
それは国を滅ぼしているだけだよ。
秩序を維持するというのは、それだけで、階層がつくられ、
人材の活用を阻害し。国の新陳代謝が阻害されるのにさ。
だからおまえは、北朝鮮にいってこいというんだよ、君の目指す国家だぞあれは。
国民が餓死しようが、経済が停滞しようが、一部の特権階級とそれを認めるもののみが、
平和に暮らせる、秩序ある国家だというのに。

>維新が改革で済み、大規模の本格的な内乱にならなかった理由をよく考えてみろ、こぞう。

それは簡単です、西南雄藩が有能であり、幕府とそれに組するものが無能だったからです。
20分の一以下の軍に大敗すりゃ、誰だって駄目だと思うし、
今までの幕府に対する不満から、親藩までも裏切り、新政府についた。
いやこれこそが幕府の「功績」という意味か、諸藩を虐めていたから、ろくに味方がおらず、あっさり幕府は崩壊した、
そして諸藩を虐めていたから、幕府についたものも、抵抗する力などなかった。
なにより秩序を優先していたから、無能の譜代大名が国政を預かっていた為、
幕府すらもなんら抵抗できなかった。確かにこれは功績だ、
幕府がもしも有能だったら、内乱が長期化していた恐れがあるな。

>江戸時代の各藩には戦国時代のような下克上はない。

幕府と違い、藩校を建て、そこから有能な人材を発掘して、それらが有能な官僚になり、
藩政を担うようになっている。藩主は判子押すだけで、なにもしない。君臨すれども統治せずという状況ですな。
内部の権力構造は、中層以下に移っているのです。実質的な下克上がおこっているんですよ。
・・・幕府も後期には、禄高が低くとも、取り立てる制度ができつつあったが、遅すぎた。

>幕藩体制を維新政府はしっかりと継承せざるをえなかったのだ。それが250年の実績と伝統と歴史だ。

馬鹿かい、明治の元老達は、誰に政治を継承させた、薩長の藩閥か?違うだろうが。

683 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 23:21:58 0
>>682
> 秩序を維持するというのは、それだけで、階層がつくられ、
> 人材の活用を阻害し。国の新陳代謝が阻害されるのにさ。
なんと言うか根本的なところから間違っている。

・・・・いや、江戸時代が停滞の時代だなんていってる時点で、根本から致命的に間違っているのは
明らかなんだけどw

秩序が乱れると社会が発展するのではなく、「社会が発展して新しい社会慣習が生まれてきて、
それと体制との間に矛盾が生じたときに、新しい秩序のための混乱が生じる『こともある』」
というのが正しい。

もちろん発展した社会が必ずしも混乱するわけではないし、秩序があれば必ず発展するわけでもない。
しかし、社会の発展は秩序ある平和の中からしか生まれない。


684 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 23:31:50 0
>>682
幕府がいつ国を滅ぼした?馬鹿者。
滅ぼしたのは明治政府だ。1945年のことだな。

大馬鹿者。西郷や大久保を教化したのは島津斉彬公だ。
維新改革のグランドデザインを描いていた人間だ。
山縣の下で軍人勅諭を起草した西周は元幕臣だよ。
もっとよく事実を調べてから反論しろ。

ほんものの馬鹿だな。明治政府の内閣総理大臣は薩摩と長州
が交互に成ったのだよ。これを藩閥政治と言う。
特に西郷は身贔屓がひどかったのだ。大久保は冷徹ではあったが
公平であったらしい。にもかかわらず、薩摩藩以外にも人望があったのが西郷だ。
これが当時の人間の本性だよ。つまり藩の意識の方が遥かに強く、
藩の贔屓と言うものには何等抵抗がなかった。
寧ろ公平な大久保の方が恨まれ、殺されたくらいだ。

こぞうは、社会と言うものを平面的に、無機的にしかみとらんな。
進歩主義史観の愚かな影響だな。
そういえば戦前の右翼も戦後の左翼も平等大好き君だったな。
早くその下らない史観と観念から卒業しろw
正しく北朝鮮の好きなマルクス主義階級史観そのものだろ。
本当は封建的体質が、、、、なんい言いたくて仕方ないんじゃないのか?


685 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 23:59:58 0
そう言えばやたらと経済構造に執着するのも、あれかな、
どっかの半島の国や大陸の革命の国の影響なのかな?

例の下部構造とか言うアレかい?

686 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 00:20:12 0
>>683
>・・・・いや、江戸時代が停滞の時代だなんていってる時点で、根本から致命的に間違っているのは

ほほう、それなら、証明してもらおうか、通説を覆す、新説でも発表されたのかな?

>しかし、社会の発展は秩序ある平和の中からしか生まれない。

逆だな、秩序ある平和のなかからは、なにも生まれない、ただただ失われ続けるのみ。
国力、経済力の増加は、戦時と戦争が終わって、数十年から、せいぜい100年までしか伸びない。

欧州が統一し、平和な秩序ある国家のようになっていれば、今頃辺境の小国であろうし、
そして外敵が現れたら、ローマのようにあっさり崩壊するだけだろう。


687 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 00:42:38 0
>>686
>ほほう、それなら、証明してもらおうか、通説を覆す、新説でも発表されたのかな?

お前一体何十年冬眠してたんだ。

688 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 00:45:39 0
>>684
>幕府がいつ国を滅ぼした?馬鹿者。

幕府のために、亡国の淵にあったものが、明治政府によって救われたんだよ。

>大馬鹿者。西郷や大久保を教化したのは島津斉彬公だ。 維新改革のグランドデザインを描いていた人間だ。

西郷のごとき旧式の小物は、明治政府に何ら寄与していない、ただの抵抗勢力。
いやむしろ癌。人望があった?そんなのただの個人的な主観に過ぎない。
そしてもしあったとしても、人望なんぞで国は動かない。
事実新政府を作り、動かしていたのは、木戸と大久保。
彼等二人の案を、折衷して政策が決められ、そして実行に移された。
そして大久保の思想と、斉彬の思想は全く一致していない。

というか明治政府のグランドデザインをしたのは木戸、廃藩置県など封建体制の廃止は彼の案。
そして大久保による実行力があり、大隈伊藤などの有能な部下を得て、始めて達成したもの。

西郷がなにか一つでも改革をしたか?徴兵制だって、西郷は最後まで反対していただけなんだよ、知っているのかな?
軍人勅諭にしても山縣の思想を、描いたものであり、下っ端の小物が内容を決めていたわけじゃないんだよ。

>ほんものの馬鹿だな。明治政府の内閣総理大臣は薩摩と長州

あのな、その後どうなったよ。藩閥政治はどれだけつづいた?
元老は自らの子供に権力を与え、後継者にしたか?
平民宰相と言われる(実は思いっきり名家だが)原敬を首相として、組閣させたのは誰だ?
最低限の知識をもってから、レスしてくれ、世界史板だからといって、
日本史の知識がない君は酷すぎる。

つか君、小説しか読んだ事ないだろ、西郷ごとき小物をマンセーしている段階で、バレバレだ。
新政府についての研究書を読めば、木戸、大久保、大隈、伊藤、井上、山縣、江藤あたりをマンセーすることはあっても、
西郷なんぞをマンセーすることはとてもじゃないが出来ない。

689 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 00:49:01 0
>>687
だから、証明してくれって、あるんだろ?
江戸幕府が、国力、経済、しいては社会の発展に尽力したことがさ。

690 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 00:54:41 0
藩閥政治制度自体は太政官や貴族院で制度的連続性があったんじゃない?

>内政の統一維持
これって言葉的によくわからない。
例えば、信長が官位で自分は未だに地方勢力なので
官位は低くしてと懇願したことはないし、敵対勢力の剥位もしている。
その勢力内の統治維持のことなのかな?


691 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 00:58:41 0
つーかなんで内閣総理大臣と西郷が一緒に語られているんだ?
まさか、同時期だと思ってないよね?

692 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:07:27 0
>藩閥政治制度自体は太政官や貴族院で制度的連続性があったんじゃない?

太政官制の復活(一応江戸時代もあったようだが)なんて内閣制度をしかれるまでだし、
貴族院を藩閥政治というのは無理がないか?
確かに明治期は山縣閥の、強い影響下にあったの事実だが、

693 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:24:45 0
>>689
平和な時代に、非生産的な武士の仕事は行政的なものへと移行したし、
新田開発や湾内の埋め立て事業を進めたし、堺の商人との協力で、
国内の頑強な経済システムを作り出したし、治水をよくした。
戦がなくなれば、芸能、美術、文学等も大いに発展をする。
一部の大尽のみならず、庶民までもが文化的な暮らしをするまでに至ったのは、
国力、経済、社会の発展以外の何ものでもないだろう?

694 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:27:54 0
っていうか、「証明」をしてくれって物言いがそもそもおかしいな。
史実は既に証明済みの事実だろうに。自分の語る、ifと言う名の妄想、
「超大国日本」の成功するという証明こそを、どうにかしてもらいたいもんだよw

695 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:44:08 0
>>674
>ひょっとして、17〜19世紀まで、実行支配が続いていたとでも思ってるんだろうか。こいつ。

どこの国のこといってるのかな?

>ところで、東南アジアにコストに見合う価値(当時の日本にとって)があるのかという質問は
>いったいいつまでスルーするんだ?

フィリピンやインドネシア東部などは容易に征服し支配できるので、コストも対してかからない。
征服して得られる利益は、海洋貿易や豪州進出における地政学的な有利性と、砂糖や香辛料などの生産地として有益に使える。



696 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:48:30 0
>>678
清が朝鮮征伐を理由に九州に攻め込んでくる?
当時の国際情勢を理解しているのか?

>あと鎖国体制のなかでそんなにすぐに強力な海軍なんかつくれるかな?

鎖国していなかった場合を前提に話をすすめているんだ。
何で鎖国体制のなかでってなるの?

697 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:50:52 0
>>679
イギリスがオランダをしのぐ海洋国家に成長したのは島国であるという利点が多い。
そんなことは高校の世界史講座でも言われていることだよ。

698 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:52:45 0
>>694
ここはIFで歴史を語るスレなんだけど。
スレの主旨を理解しているのかな?

699 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 01:57:27 0
>>694
ついでに言うと史実としての鎖国政策は中期以降は日本の発展に大きなマイナス要因になった。
生産力、人口、自然科学、社会科学、思想、地理学、航海術、軍事技術などそのほか諸々の面でな。

700 :692:2005/07/03(日) 02:04:27 0
>>692
明治憲法下では、内閣制の太政大臣でも同じだと思うよ、
実際に歴代太政大臣は公家出身者で
総理大臣の任命権もあったし、罷免権もあった。

スレ違いだけど、その後大日本帝国憲法施行で総理大臣の組閣任命権が
明示されけど罷免権がないよん。西園寺とかがんばってたけど、なんともならんでしょう。


701 : :2005/07/03(日) 02:05:04 0
>>693
全部、幕府のための行為だろ。
この文章では日本の発展のために幕府が尽力したのかさっぱりわかりませんな。

702 :700 :2005/07/03(日) 02:13:26 0
>>700
はぁ、漏れ日本語おかしいね
全然、>>692へのレスになってない、ウヒャひゃひゃ

忘れてくらはい(ry


703 :手の内見たいんだろ?:2005/07/03(日) 04:49:47 0
>>688
どうしようもない馬鹿だな。倒幕は西郷の貢献大だろ。
島津斉彬の薩摩藩政改革を少々。
1850年代の殖産興業。例えば製錬所、反射炉設置。
電信、ガス燈の実験、紡績機械の導入。
軍備に関しては、洋式兵備、五隻の軍艦建造、
馬鹿は先ず屁理屈垂れる前に調べろ。

山縣が全てやるわけないだろ。アホ。実務は官僚がやるものだ。
西周は官僚であり政治家ではない。細部まで自分でやる馬鹿大臣は
いない。そんなに山縣は暇人だったのか?
西はオランダ留学で御存知のように哲学や法学を習得している。
帰国後は開成所の教授だよ。
だから勅諭を任されたんだよ。西欧の軍事思想をも導入したかったからだ。
医師を父にもち、故郷津和野では(クラウゼビッツを翻訳した軍医鴎外と同郷で
長州の隣接藩)儒学を学び慶喜の政治顧問をしていたバリバリの秀才だ。
維新後は陸軍のみならず文部、内務官僚も勤める。
山縣とは同郷みたいなものだから登用されたのだろうな。
陸軍は岩手の原敬の同郷東条英輝の父親が長州閥で出世できなかったところだ。
多くの翻訳語、例えば社会や宗教と言う翻訳造語も彼が創った。
だから西欧軍事思想と儒学のミックスされた勅諭ができた。
著作も多い。これは山縣ではできない。

貧乏藩士の山縣がどれほど賢かったか実例でも挙げてくれ。
この男は狡い政治家ではあったが特段優れた教養や知性に溢れていたわけでもない。
また特段人格者と言うわけでもない。
翻訳もできないようでは西欧式兵制にも合った勅諭なんぞはつくれないはずなんだがな。
で、山縣は外国の何語を喋れたんだ?長州弁か?ww


704 :手の内見たいんだろ?:2005/07/03(日) 04:50:58 0
>>692
あほだな。藩閥は議会にも政府にもあったのだよ。
>>690
やはりアホだ。藩閥は制度とは言わないw法定でもされていたのか?
少しはモチツイテ調べろ。

政治家や官僚は養子や閨閥で昔も今も固まっているよ。
今でもそのかいあって自民党の7割は世襲議員だよ。
小泉の故郷は薩摩、安倍は長州。
例えば東京生まれの吉田茂は大久保利通の次男の娘婿だよ。
岩手の原敬は長州の典型的な藩閥政治家井上馨の推挙で出世した男だ。
井上は同郷伊藤博文の盟友だ。

原敬 はらたかし
 1856〜1921(安政3〜大正10)日本近代の代表的政党政治家。
南部藩重臣の二男として盛岡に生まれる。1871年(明治4)上京して苦学の末,
1876年司法省法学校に入ったが,1879年賄征伐の処分をめぐって学校当局と争い退校させられ
「郵便報知」の記者となる。1882年官僚系の「大東日報」主筆に転じ,井上馨・井上毅に認められて
半年後に外務省に入る。1883年薩摩出身の官僚中井弘の娘貞子と結婚(1905離婚)したあと
天津領事となって情報入手に才腕を示し,1885年パリ公使館書記官としてフランス行政を実地に学ぶ。
http://www.tabiken.com/history/doc/O/O340C200.HTM

まぁ、唯物論屁理屈太郎の知識が貧弱なのはよくわかった今日この頃w
原は長州の引き合いと薩摩の婚姻で出世した男だ。
1908年に同郷の管野浅と再婚している。
初婚は恐らく政略結婚だろ。
初めて藩閥政治を破ったと言われている政治家の裸の姿は雄藩閥でズブズブだ。
もう少し教科書を疑えよ、多重人格唯物論者ww


705 :手の内見たいんだろ?:2005/07/03(日) 04:51:23 0
喪前のようなナイーブ君は「小泉改革はすごい!」とかなんとか
有名な作家や学者が書くと鵜呑みにしちゃうタイプなんだろうな。
改革はすごい、国際化は必要です、グローバルです、開国です、、、なんか
どっかの政党のスローガンそのままだなw
君のような国民ばかりだと政府はさぞかし政治をやり易かろうなー。

戦前が藩閥と閨閥で固まっていたなんて常識だよ。実は戦後もねw
下積みのジャーナリストや役人、学者時代や婚姻関係、父母や祖父母の故郷
等をよーく調べて味噌。

現代でも結構人間は生まれや親の職業に縛られているものだ。
人間が生まれながらにして平等等ということは永遠にない。
後天的な環境はこれを補填できるはずのものなんだが、教育と言うものが
これまた見事に不平等にできている。
余談になるが、子の学歴と親の所得がほぼ正比例すると言うのは今の
受験界では常識だ。しかもこれはグローバルにだww
日本も確実にそうなのだが、まだマシなほうだ。

ただし、こんな現実には負けずにいい夢見ろよwロマンチック太郎。
ただ唯物論だけはやめとけ、不毛だ。


706 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 07:23:28 0
で、それが鎖国と何の関係があるんだ?
そういうのはそれにあった板でやってくんない?

707 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 08:30:40 0
歴史は最終的には主観に落ち着く、とはよく言ったもんだ

708 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 08:33:13 0
>>697
島国=海軍力が強くなる要素じゃねーだろ。
>>698
何度か既出だけど、都合のいい面だけしか見ない妄想は、ifとしてさえ失格だと言っている。
そんなのはただの妄想、ファンタジーだ。
>>699
「江戸文化」としての社会はますます円熟していくのだが。
それに、江戸中期に、いきなり幕府が鎖国を止めたら、それが即ち日本の発展に繋がるという
訳では無いだろう。そもそも、1次産業は開国した所で変わりようが無い。


709 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 08:34:07 0
>>701
江戸の城下町は庶民にとって意味を持ちませんか、そうですか。

710 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 08:45:18 0
>オランダはインドネシアを着実に植民地化したな。
>スペインもフィリピンを植民地化した。

それでオランダやスペインの繁栄がどれだけ続いた?
植民地をつくること自体に日本にとってどれだけ意味があるのか。

711 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 08:58:29 0
>秩序を維持するというのは、それだけで、階層がつくられ、
>人材の活用を阻害し。国の新陳代謝が阻害されるのにさ。

秩序下で見られるマイナス例を取り上げで秩序は駄目、
戦争におけるマイナス面は無視して戦争状態を良しとするなんて
とても阿呆ですね。

なお大量の国民が餓死し経済が破綻混乱している状態は
秩序のある状態とは言わない。

>幕府すらもなんら抵抗できなかった。

幕府は抵抗を早期に諦めた。
それでも武力に持ち込んだのは維新側。
より大規模な内乱状態になり明治以後の発展が大幅に遅れたり
列強の勢力が国内にずっと浸透した可能性は高い。
それを避けたのは幕府の意志。



712 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:06:36 0
>ほほう、それなら、証明してもらおうか、通説を覆す、新説でも発表されたのかな?

そのへんの本屋に並んでる概説書でも
いまどき江戸時代を停滞の時代としてるものなどほとんどないだろ。

>国力、経済力の増加は、戦時と戦争が終わって、数十年から、せいぜい100年までしか伸びない。

戦争で消費・破壊された分が戦後に回復されるのだから当たり前だ。
回復されずそのまま駄目駄目が続くケースもあれば、
回復からそのまま発展につながるケースもある。
いずれも戦争のおかげではない。

>欧州が統一し、平和な秩序ある国家のようになっていれば、今頃辺境の小国であろうし、
>そして外敵が現れたら、ローマのようにあっさり崩壊するだけだろう。

君の頭は、
状態の一側面とひとつのありうる結果がほとんど確定事項として直結されてしまう、
よほど単純な頭らしい。

713 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:13:12 0
>フィリピンやインドネシア東部などは容易に征服し支配できるので、コストも対してかからない。
>征服して得られる利益は、海洋貿易や豪州進出における地政学的な有利性と、砂糖や香辛料などの生産地として有益に使える。

スペインはどうなった?オランダはまだマシだが。
使えるかどうかは植民地を持つ国による。

おまけに日本はその時期植民地がなくても今現在の繁栄という結果を出している。
あればどうなったかのシミュレーションがまったくない。
ただもっと発展していたというだけ。

714 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:16:29 0
>ここはIFで歴史を語るスレなんだけど。

ifで妄想を語ってるだけだな。
ifの歴史を語るなら、その過程をきちんと書け。

江戸時代に海外発展し植民地を獲得→とても発展
そんなのは歴史とは言わない。→の部分が歴史だ。


715 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:23:46 0
>史実としての鎖国政策は中期以降は日本の発展に大きなマイナス要因になった。

中期以降、「欧米に較べたら」停滞した面はある。
鎖国してなかったら欧米並に発展するという根拠がない。
情報がもっと流入するだろうからというだけ。
情報で発展するなら、現代社会のほとんどの国は発展まっさかりだな。

そして鎖国下の日本でもヨーロッパとは違う形で、
またときにはヨーロッパの技術も取り入れて、
発展は続いていたのが事実。
江戸時代庶民文化がもっとも華々しく咲いたのは19世紀。

716 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:40:09 0
>全部、幕府のための行為だろ。

それでも問題ない。それで結果を出している。

幕府だったからとか西南雄藩だったからとか馬鹿としかいいようがない。
もし戦国時代の勝者が薩摩藩だったとしても、
多少の違いは生じようとも、史実の江戸時代と同じような社会発展となるだろうし、
(無茶な海外進出など変なことをしなければなw)
田沼期に西南雄藩が政権をとっても社会の発展はそれほど変わらないだろう。
(その過程で発生するだろう大きな内乱や混乱がその後の歴史に悪影響となる可能性のほうが高い)
西南雄藩による倒幕はなくとも幕府内の改革勢力によるクーデターが発生するなりすれば、
明治と似たような社会発展はなされるだろう。

歴史が異なっても、その国の社会発展が大きく変わる可能性は少ない。
よほど変なことをしない限りな。

幕府はまず順当と言える日本の社会発展を実現し、
大きな改革が必要となったときに(それは幕府のせいではない。歴史がそうであったというしかない)
政権の持ったのがたまたま維新勢力だったというだけだ。
改革する政権は薩長だろうが幕府だろうが他の勢力だろうが構わない。


717 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:41:00 0
国外との交流が無いと停滞っていうんなら、日本は遣唐使船廃止以降、無進歩のはずなんだがな。

718 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:45:58 0
>>716を少し補足する。

倒幕がなされず幕府が政権を維持したままであれば、改革が多少遅れた可能性はもちろんある。
逆に西南雄藩による倒幕行動が内乱に発展し、改革が多少遅れる可能性もあった。

いずれにせよ時代が改革を求めていて、
どのような勢力が政権を握っても遅かれ早かれ改革がなされただろうことにはほぼ変わりがない。

西南雄藩勢力は、たまたま大きな内乱なしに政権奪取に成功したからこそ
改革をになうことになっただけ。
もちろん、だからといって明治政府の功績がないわけではない。

719 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 09:53:14 0
島津斉彬の政策が可能だったのも調所広郷の改革があってこそだしな。

一人の人物や一つの政権が歴史が大きく変えるわけではないな。

720 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 10:02:29 0
しかし、大きな歴史の変動に、代えのきかない「この人」という人物はいる。
もしも、ヒトラーが存在しなくても、代わりのヒトラー的人物が現れたに
違いないなんてことはありえない。そのタイミングでたまたまその人が
いたからこその歴史。というのが事実である以上、開国のタイミングは、
結果論から行って史実以上の良時期はありえないともいえる。

721 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 10:09:15 0
ヒトラーがいなくとも、ドイツの全体主義化→欧州大戦、の歴史になったと思うよ。
当時ヒトラー的独裁者はヒトラーだけではなかったろう。
ヒトラー的独裁者が出現しなくとも、日本的全体主義(?)になったかもしれないし。
第一次大戦後のドイツの状況は、なんらかのショック療法的な変化が必然だったろう。

>開国のタイミングは、 結果論から行って史実以上の良時期はありえないともいえる。

これは同意だが。

722 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 10:10:40 0
すまん。そう思うというだけで詳しくはない。

723 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 10:15:13 0
たとえば開国が50年早ければ、史実では維新後の諸改革が少しだけ早まった可能性はあるとは思う。
だが大きく早まる可能性は考えにくいな。

50年早まった場合のマイナス面はわからん。

724 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:02:13 0
>>652
攘夷を実行に移したのは藩単位では薩長だ。だが戦争に負けて砲台を潰され実際に攘夷が不可能に
なった。 藩内の政治勢力が変わり、攘夷はなされなくなり、有名無実と化した。
木を見て森を見ず、頭がおかしい人は書き込むな。

725 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:04:48 0
なにをいいたいんだ?俺が最初から言っているように、
新政府は日本による開発にこだわり、幕府は外国に頼ろうとした、これは大きな差だろう。
その資本の出所の一部が外国だったからといって、鉄道の敷設をそのまま外国にまかせようとしていた幕府とは違う。

お金も人員も技術もまるごと英国からの輸入。。
金が無いので関税を担保にして出したわけだ。出所の一部ではない。
それも事の経緯は米政府が鉄道の敷設権を主張したからだし。

726 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:08:38 0
開国を1854年だとすれば、
50年早まると1804年でロシアしか来ていない時期だぞ。
交易で日本に入ってくるのはセイウチの毛皮くらいのもんだろ。
アメリカが日本に初めて接近したのは1837年だからね。
この時アメリカの船を砲撃しているのは幕府は勿論、薩摩藩も。

727 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:11:09 0
>>670
日本は島国だから、強力な海軍などすぐに作れる。

根拠ない書き込み


清はその日本と戦争して勝てるのかね?

天下泰平の幕府軍と康熙帝や乾隆帝の軍と戦って勝てる
可能性の方が低いな。 現に台湾は落とされているのだから
根拠地にしてもいない幕府が維持を企図したところでねぇ。
幕府が良くとすれば国姓爺の時だろうが、反清の牙城を放置
するはずもないし。

728 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:13:51 0
>>672
欧米諸国も東南アジアに進出してきている状態で他国あるいは他社の挑戦をしりぞけ継続して
維持でき(たら)の話だわな。 ちなみにインドネシアといってもんだな20世紀初頭までアチェは
残っていたし。 他が出来たから日本が逝けば庶民地でウマーなんてゴヴァの妄想に過ぎない。

729 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:15:38 0
>>715
> 中期以降、「欧米に較べたら」停滞した面はある。
17,18世紀は日本の方が圧倒的に発展していたけど、19世紀の欧米の産業革命、科学革命は
それを上回ってすごかったというだけでしょ。その表現だとまるで中期以降の江戸時代が停滞期に見える。

> 江戸時代庶民文化がもっとも華々しく咲いたのは19世紀。
庶民レベルでサブカルチャーが圧倒的に成熟しているという、現代日本のある意味最大の武器が用意されたのは
江戸後期ですからね。この点は高く評さされるべきでしょう。
・・最もこれは日本人の国民性と密着しているので、「平和で豊かでさえあれば」、政治体制、外交状態とは
おそらく関係ないでしょうが。

>>717
> 国外との交流が無いと停滞っていうんなら、日本は遣唐使船廃止以降、無進歩のはずなんだがな。
中国文化と違う独自の文化を発展させたチョッパリは野蛮人で、中華文明をひたすら真似した朝鮮は小中華で
進歩した文明国なんですよ。知りませんでしたか?
・・そんな事いっているのは、世界中で朝鮮人だけですがw

730 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:17:59 0
>>677
やろうと乗り気だったのは家光一人。幕閣は猛反対。 誰が考えても無謀の極み。
社稷つぶした秀吉と同じ愚を誰も支持しないし地理不案内な国で数十万単位の合戦なぞ
狂気の沙汰でごじゃりまする。

731 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:20:39 0
>>727
> 天下泰平の幕府軍と康熙帝や乾隆帝の軍と戦って勝てる
> 可能性の方が低いな。 現に台湾は落とされているのだから
中国本土->台湾の距離と、中国本土->の日本の距離を比較して見ましょう。

あなたが世界地図を見たことがないとか、物差しの使い方を知らないとか
そういうレベルの知性でなければ、問題点はすぐにわかるはずです。

・・・・・このスレでの、あなたの物と思われる一連の書き込みを見ていると、
「ひょっとしてそういうレベルの知性ではないか」という疑いは拭えませんがww

732 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:44:54 0
>>728
なんでコヴァが出てくるんだよw

733 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 15:15:43 0
>>731
え? ひょっとして日本を清が討伐するという意味で使っているの?
そうではなくて国姓爺合戦に参加するのなら清と軍事衝突は避けられないという事。
滅清復明をあげる鄭成功と同盟するという事はそういう事だよ。

で、日本は島国だからs強力な海軍をつくれるという根拠を教えてくれる?
妄想は無しにね。

734 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 15:31:53 0
そういえば、日本って木造船で海外展開をするには、いまいち木に恵まれなかった希ガス。
杉やヒノキって船の材質としては、いまいち向いてなかったんじゃなかったっけ?

東南アジア方面にも船舶向き木材はないので、南方進出は何の解決にもならんけどw

735 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 15:53:54 0
そういや16世紀は日本の森林極小期だよな。
今鬱そうとした森になっている山も、疎林の状態だったのは当時の風景画からわかる。
そんな国が、大艦隊を作るなら、先に木材輸入のルートを造っておかないと
あっという間に森林資源枯渇・洪水多発・地力衰退で国力は却って減退しかねない。

736 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 17:39:14 0
>733
陸軍にかける金を船につぎ込める。そんな事もわからんのか
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%94%BF%E5%AD%A6
の論理では「シーパワー(海軍力)」と「ランドパワー(陸軍力)」があって
中国やロシア、ドイツのような国では主に敵が陸から攻めてくるから(中国はアヘン戦争まで主に対北方民族)
陸軍力に金をつぎ込まなきゃならない。相対的に海軍力はある程度切り捨てざるを得なくなる。
島国はその逆。
アメリカみたいな国は国力がずば抜けているのでどっちも強化できる。
(イギリス→太平洋と進出したため必要上は海軍国ですが)
半島やベネルクス低地諸国見たいな国は陸軍国と海軍国の間に挟まれていい迷惑。

737 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 18:03:39 0
>>736
日本が島国でも、分裂していたら陸軍に力割かなきゃならんわな。
分裂せず、秩序が安定していればなぜか停滞するらしいから
どのみち日本が海軍国になるのは無理らしい(w

738 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 18:04:11 0
>>736
>陸軍にかける金を船につぎ込める。そんな事もわからんのか

現在の日本みたいに国防オンリーで外に打って出ないのが前提の場合や
はなっから外にせめて出るだけの国力がない場合はある程度正しいけど・・・

海外に領土確保を行うなら、陸軍力は結局必要ですよ。
制海権だけ抑えれば干し殺しに出来るような、小島を攻めるなら別でしょうが。

739 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 18:35:24 0
そもそも>>736の脳内には欧米の進出は一切勘定にいれていません。
日本=幕府が海洋進出さえすれば後はノー問題だと思い込んでいるか
信じようとしているのです。 でも事実を無視して「〜こうに違いない」と
憶測でしか物事を語っていないので所詮は3流仮想戦記以下の妄想
にしかならないのです。 それでも相手してくれる2ちゃんねるってホント
懐広いよね。チラシの裏にかいたものをネットとはいえ開陳できるのだから。


740 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 18:38:19 0
>>736
シーパワーの重要性を米英は理解していたけど黒舟の来航で政治判断を先延ばしし
実力で排除できなかった幕府にそういう次元での国防の発想など期待するべくもありません。

741 :736:2005/07/03(日) 22:17:24 0
あのう、僕は鎖国肯定派なのですが・・・
地政学的に島国がどうして強い海軍を持てるか誰も何も言わないので言っただけなのですが・・・

アメリカには勝てませんよねぇ、やっぱり

742 :736:2005/07/03(日) 22:18:36 0
あ、あと上のほうで海外進出不可論も唱えてますよ僕はw

仲間割れしてどーすんのさ!

743 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 23:07:28 0
>>693
官僚になったというより、儀礼を重視して、無理矢理仕事作っただけだろ。
どんな仕事があったか、知ってて言っているのか?
尿瓶もちやら、袴の上げ下げやら、給料どろぼうとしかいいようのないものがかなり多い。
新田開発にしても、国高、人口の増減をみる限り、戦国時代以下としかいわざるをえない。

文化にしても、武士、商人をパトロンとして、戦国時代にも多く産み出されたのを考えれば、
平和な江戸期でしか産まれないものではない。
そして江戸期において豊かなのは、江戸の町民、その中層以上だけだが。
外様の農民や町人、さらには武士にいたっては、食っていくのがやっと。

744 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 23:10:08 0
もういい加減まじで放置しようよアホすぎだから

745 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 23:35:01 0
江戸時代と北朝鮮を同一視している時点でもうダメポ。
なんか天才様にしか見えないフィルターがかかっているとしか思えん。

江戸の町民文化、上方文化。
中央集権ながらも各地に"国"があることによる多様性。
かの国とどこが似ているのだろうか・・・。

746 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 23:40:37 0
>>703
>どうしようもない馬鹿だな。倒幕は西郷の貢献大だろ。 島津斉彬の薩摩藩政改革を少々。

西南雄藩の発展を否定した憶えは無い、だが、
西郷や斉彬は、新政府の改革とは無関係。はっきりいって、なにもしていない。

>山縣

あのさ、あんた山縣のことさっぱりしらんだろ。
山縣は新政府ができるやいなや洋行しているわけ。ついでに自宅の蔵書は、
ドイツなどから直輸入された、洋書も多く、ドイツの読み書きは問題ない。
詩や書も多く残していて、教養もある人物なんだよ。
非常に厳格で、部下の仕事にいちいち口を出すタイプで、なにからなにまで自分でしないと気がすまないタイプ。
人格者ではないし、人気も人望もないが、知性と教養に溢れる人間であることは間違いない。
つか山縣に付いて語るなら、岡氏の山縣有朋くらい読んどけよ、恥ずかしい。

747 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 23:54:38 0
>>745
しかも、江戸時代と北朝鮮を同一視する理由が「安定した秩序体制」だもんなあw

北朝鮮(1948年9月9日建国)だから、建国60年にも満たない状態で、まともな民族なら、
数回は政府がつぶれているような国を安定しているといっちゃえる感性が素敵ww

748 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:00:45 0
>>704
>あほだな。藩閥は議会にも政府にもあったのだよ。

アホはおまえだ、内務省や貴族院の山縣閥は、大正期にはほぼ崩壊している。

>岩手の原敬は長州の典型的な藩閥政治家井上馨の推挙で出世した男だ。

あのなあ、藩閥を維持したいなら、他藩の人間なんか取り立てるわけないだろうが、
藩閥より、日本の為を考えたから、出身地によらないで、人材を取り立てていたわけ。

そして原敬は、政権を譲られたが、藩閥は受け継いでないんだよ。
出世において、藩閥を利用しただろうが、地盤としたものは政党。
政友会は伊藤が作ったものだが、ころころはとっくに伊藤の手を離れているしな。

そして、山縣と原敬が共同歩調とったと思っているのかよ。
思想的には確かに近いが、議会、政党という山縣には決して受け入れられないものが原の根底にあった。
だから、山縣の派閥を継承するのではなく、妥当することになったわけ。
原が政党政治家というスタンスを捨てていれば、もっと早く山縣の信任のもと、首相になっていたが、
だが、歴史は違うわけ。

749 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:13:33 0
>>771
>秩序下で見られるマイナス例を取り上げで秩序は駄目、
>戦争におけるマイナス面は無視して戦争状態を良しとするなんて

仕方なかろう、議題になっている江戸時代はマイナス面ばかりで、
戦争におけるマイナス面なんて、問題にならないくらいの悪政だったのだから。

>なお大量の国民が餓死し経済が破綻混乱している状態は 秩序のある状態とは言わない。

つまり江戸時代に秩序はなかったと?さっきと言っている事が違うねえ。
日本の歴史上で、江戸時代以上に、餓死者がでた時代を教えて欲しいね。
そして幕末は、物価が高騰し、米価が八倍にもなり、経済的に完全に破綻していた状態。

>幕府は抵抗を早期に諦めた。 それでも武力に持ち込んだのは維新側。

抵抗できなかっただけ、有力な諸藩にはすでに根回しがすんでおり、
関東、東北以外は、親藩譜代に至るまで、新政府に恭順している。
いやその結果をみて幕府すらも、恭順したというべきかな。
また、江戸や大坂の商人がら、多額の借金をし、(長州征伐などで550万両にものぼる借金をした)
欧米から、多額の賠償金の支払いを要求され、フランスからも莫大な借金をしていた幕府には、
これ以上の借金を出来ません、(領土を担保にすれば別ですが)
つまり金が全くありませんから、抵抗は不可能。
なお江戸に入った新政府が幕府の手元の資金を接取していますが、10万両ちょっとしかなかったそうです。
とてもじゃないが、新政府を負かすほどの、軍勢を動かす事はできません。

750 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:20:00 0
>>712
>そのへんの本屋に並んでる概説書でも

だから具体的な史料の名前を明かしてくれよ。
幕府の政策で、日本が発展しましたって、書かれているものをさ。

>戦争で消費・破壊された分が戦後に回復されるのだから当たり前だ。

戦争により、培われた技術により伸びるだけですね。
平時では産み出されませんから、数十年で停止してしまうのです。
また、戦時下では実力主義ですから、戦後にいたっても必然的に有能な人物が、領内開発などを行うので、
どうしても平時より伸びるのです。大規模な領内開発はほぼ江戸初期に限定されていますしね。

>状態の一側面とひとつのありうる結果がほとんど確定事項として直結されてしまう、

君は一部の反例のみに、注目し、全体を見ることが出来ないようですね。



751 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:27:05 0
>>715
清と比べても、停滞しているね。

>情報で発展するなら、現代社会のほとんどの国は発展まっさかりだな。

事実そうだが?発展途上国の経済成長率は馬鹿にならん。
ほぼ鎖国している、北朝鮮と比べてもそれは明らかだろう。

>江戸時代庶民文化がもっとも華々しく咲いたのは19世紀。

だから?文化など、どの時代、どの国でも花開いている。
つまり君の感性にとって、江戸時代が好ましく見えるだけに過ぎない。
10人いれば、全く別の答えをするだろう。それが文化。優劣などない。

752 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:43:08 0
>>716
幕府でなければ、参勤交代、江戸滞在などはまずない。
あっても、藩主と家老と護衛が小数で行き来するのみ、
室町時代や、豊臣政権においても、せいぜい人質をとるくらいのもので、
大規模な移動を命令することはなかった。

これがないだけで、諸藩の経営がまるで違う。
無駄な出費を強いられないので、領内開発に力を入れるだろうし、
事実、あれだけの出費を強いられながらも、米の増産や、商品作物の開発に余念がなかった。
逆に、江戸と街道は寂れるだろうね。だが、日本全土の開発と、江戸と街道では比較にならん。

また江戸幕府でなければ、大型の船舶の製造の禁止や、架橋、車輪の規制なども行われないと思われ。
実際それまでなかったからな。これがなければ、流通網の拡大、効率化に非常に有利だったであろう。
また、ある程度の貿易規制はあるだろうが、あそこまでやる可能性は低い。
西洋の技術、文化の流入を阻害することもまずない。

というか江戸幕府とは、これまでの幕府と違い、かなり特異なものであるから、
他の大名が政権を取れば、まず間違いなく、別の統治形態になる。
江戸幕府ほど長続きはしないだろうが、江戸幕府ほど国内を荒廃させないので、
そちらのほうがはるかにマシ。

753 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:49:26 0
>>749
> 日本の歴史上で、江戸時代以上に、餓死者がでた時代を教えて欲しいね。
世界史上で江戸時代より餓死者の少なかった時代と場所を教えてほしいもんだw
もちろん人口が少なくて採取経済だけで餓死が発生しようのないところは別にしてな。

江戸時代の日本は、同時代の世界と比較して圧倒的に餓死者が少ないんですが。
ヨーロッパでの餓死者の平均を基準にすると江戸時代には一度も飢饉がなかったと
極論する人間さえも見たことあるし。

> また、江戸や大坂の商人がら、多額の借金をし、(長州征伐などで550万両にものぼる借金をした)
薩摩藩がいくらの借金を踏み倒したか知っていますか?

> 戦争により、培われた技術により伸びるだけですね。
> 平時では産み出されませんから、数十年で停止してしまうのです。
江戸時代後期の綺羅星のごとき地方産業や商品作物の発展がどの戦争で培われた技術かいってみろw
戦国時代に培われた技術が、なぜか100年ほどの時間を経て現れたなんて電波はなしな。もちろん。


754 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:50:32 0
>>745
鎖国、国民が餓死しても放置、経済が破綻しても、
肥大化した官僚機構を維持するためだけに、運用される政府。
農村部では慢性的な飢饉がおこるが、
ピョンヤンなどの都市部だけは、豊かで文化的な生活が出来る。

755 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:54:28 0
>>754
肥大した官僚機構・・・って、あんた、江戸の治安を何人の同心が維持していたか知っていていってる?

老子様が聞いたら涙を流して喜びそうな、小規模な官僚システムだぞ。幕府って。

756 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:57:24 0
>>749
君は世界一の江戸時代通なんだね。
杉浦日向子も驚きだな。

757 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:59:42 0
>>753
江戸250年の総餓死者数と、他の時代の1シーズンの餓死者数を比べる気ですか?

758 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:06:55 0
>>753
>世界史上で江戸時代より餓死者の少なかった時代と場所を教えてほしいもんだw

国が違えば、気候環境が違う。適した作物も違う。
同一地域で比べるべき、確かに気候の変化あるが、
明治期に上昇に転じていることから、江戸期だけの問題があることがわかる。
つまり江戸時代こそ、日本史上唯一といっていい、暗黒時代。
日本の歴史上で、これだけ短期間に飢饉が頻発した時代はない。

>薩摩藩がいくらの借金を踏み倒したか知っていますか?

物価が違うから、同一視はできないが、500万両。ただ年ニ万両払っていたので、
藩がなくなるまで、70万両くらいは払ったかな。幕府の場合ほぼ全額。
ついでに、言うまでもないことだが、幕府の借金は550万両だけじゃない、
これはあのときだけで、新たにした借金。
なお、長州藩や肥前藩などは、借金をしていない(というか払いきった)
結果、100万両ずつあまり、新政府にそれぞれ70万両献上したという。

>江戸時代後期の綺羅星のごとき地方産業や商品作物の発展がどの戦争で培われた技術かいってみろw

おいおい、江戸時代後期に産み出された、地方産業、商品作物?
正気で言っているのか?
この多くは、すでに商品化されていたものを、他の地域でも植えつけただけだぞ。
まさか江戸時代に開発されたなどと思ってないよな。
つーかこれで、東北ではプランテーション農法みたいに、食料生産の面積が減り、
餓死者が増加するという、最悪の結果を招いてしまったわけだが、
なれない地域で無理に栽培するから、収穫も安定しないし、
そもそも栽培に失敗することも多い、結果大失敗した藩がやまほどある。

759 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:10:39 0
>>755
それは治安維持にたったそれだけの人間しか回さず、
無駄な行事などに、人を回していただけなんだが、
江戸の市民は100万人以上、だがその半分は武士だった、これをわすれちゃいけない、

760 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:12:20 0
>>758
奈良時代・平安時代の方が酷いぞ。
それだけはもう、自信を持って言える。
次が、事実上分裂国家だったはずの室町時代だが。

加地子は農民の自己再生産分を浸食することも多かったと言うから、
江戸時代の方が農業経営自体は安定していただろうな。

761 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:23:29 O
>758
江戸時代の飢饉の頻発の理由は、
気象異常の周期によるものが
最大の理由なんだがね。

>>759
江戸時代は、戦国時代の忍者の残党による
盗賊団のいた初期まで以降は、犯罪発生率が、
現代の常識では、有り得ないぐらい低かったので、
警備の人員はさほどいらなかった。

762 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:27:02 O
あと江戸住民中50万人も武士がいたソースを希望する。

763 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:28:29 0
江戸時代では日本史上で最高クラスの大飢饉がいつくも、連発している、
有名なのは、日本の有史以来最大とも言われる、天明の大飢饉。
数年にもわたって続き、一説には100万人を超えるとも言われる、
それには劣るが、享保の大飢饉も凄まじい、これも100万人近くにまで達し、
餓死者がゴロゴロというありさま。

これらは天候が「最初」の原因ではあるが、これだけ餓死者でたのは天候だけじゃない。
まず商品作物の作付けを強制していたため、食料の確保がままならなかった。
また諸藩は例外なく、莫大な借金を背負っていた為、来年の米をもうすでに、商人を売っていた。
そのため、領民が餓死するのを覚悟して、米を移出していた。
さらに、酷い所は、新たに検地をして、税をさらに増やしている。
幕府も参勤交代や江戸滞在を免除するなどすればいいのに、
よっぽど苦境の藩でないかぎり、中々認めない。
そして飢饉がさったら、また再開させるので、必然的に諸藩は借金体質の自転車操業となり、
凶作のたびに、慢性的に飢饉が頻発することとなる。
長州藩などは、こういう有事の際の対策のため、別会計の貯金をしていたが、
この結果さらに一般会計が圧迫され、、、、という保険倒れ状態。

はっきりいって、江戸時代の飢饉は、天候は原因の一端でしかなく、
大部分は人災と言える。

764 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:29:47 0
>>760
> 江戸時代の方が農業経営自体は安定していただろうな。
この部分はちょっとだけ微妙。

江戸時代は商品作物の普及、肥料、農機具の発達、流通経済の発展と
とにかく経済的発展に伴う負担が多かった時代であるのも確かですので。

付加価値の生産という点ではどうしても、都市と比較すると農村の方が
劣る点が多く、実入りも多い代わり出て行くものも多い時代は農業経営に
とって安定した時代ではないでしょう。

農業経営にとって安定した時代というのは、気候が良くて経済が停滞した時代
でしょうから、気候が悪く消費経済が発展した江戸時代というのは、必ずしも
楽な時代ではなかったと思われ。

765 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:31:33 0
>>762
ttp://www.tsuta-club.jp/newses/nh12_0805.html

766 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:36:10 0
>>760
奈良、平安時代の飢饉っていっても、1回にせいぜい数万〜十数万クラス、
人口が三、四分の一としても、江戸時代には及ばない、

767 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:36:58 O
もしかして、参勤交代って、国から江戸まで、ずっと大名行列やってたと思ってる?

768 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:40:53 O
ここ、鎖国がなかったらスレのはずだよね?

769 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:43:34 0
>>767
誰もんなことは言ってない、
だがそれでも、予算の二割か三割はこれで消える。

770 : :2005/07/04(月) 02:02:57 0
ここは鎖国がなかったらスレのはずです

771 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 02:28:04 0
参勤交代は一つの公共事業みたいなもので、藩財政にはマイナスでも、
日本全体の経済効果という意味ではプラスに働いていたと思うのだがどうだろうか。

772 :世界@名無しさん :2005/07/04(月) 02:38:56 0
鎖国肯定論者の屁理屈っぷりには笑える。
いい弁護士になれるよww

773 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 03:38:12 0
ところで樺太と台湾、千島と小笠原が日本領なら超形がいいと思わないか?

774 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 03:55:11 0
もう幕府極悪江戸時代暗黒説の馬鹿はほっとけって。

775 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 10:01:43 0
>>742
トリップつけろ 名無し多すぎ

776 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 11:27:48 0
ファンタジー脳のお子様にとって、論理的思考は全てへ理屈になるそうだ。


777 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 11:44:23 0
鎖国してなければ日本は海外雄飛して発展しまくりだった!というために、
徳川幕府はとにかく最悪で幕府さえなければ幕府よりはましで幕府よりは発展していた!
とは、なかなかアクロバティックな理屈ですなあw

778 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 12:36:25 0
ifを考えるというのは決して嫌いじゃないし
鎖国に関して別に肯定も否定もしないが、
このスレの鎖国否定論者はまず結論があって
そこに向かって現代人の視線で絵を描いているから
説得力がないんだよね

779 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 12:51:40 0
逆に、幕府は最悪と書かれてる書物ってあるのかね。

780 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 12:58:13 0
昔のプロパガンダ書物にはあるよ。

781 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 13:09:29 0
そもそも幕府が最高だの最悪だのという観点自体がおかしいのではないか
と思うわけだが。
当然それはある種の価値観を持った上での視点になるわけだから。
小説ならそれでいいかもしれんがね。

782 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 14:23:54 0
それはもちろん、日本の発展にどれだけ寄与しどれだけ阻害したかという視点からだろう、この場合。

783 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 14:30:25 0
>>782
発展の定義は?

784 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 14:48:05 0
言われるかもしれないとは思ったが、
そこまで突き詰めてくときりがないし、
定義をひとつに決めることもほとんど不可能だろうw

785 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 14:56:45 0
俺は幕府にとっての政策とはまず何をおいても幕藩体制の堅持にあると思うのね。
日本が世界に伍するなんて事は「考えてない」わけ。 江戸初期というのは
西洋というのは交易相手であり、キリスト教を伝播する異邦人に過ぎなかった。
だから鎖国をすれば(語弊があるが)フィルターとなって交易のよい処どりができた。

それで国内の発展がそれなりに動いた。 これが江戸時代。

786 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 15:11:44 0
幕府の意図はなんだったかをあーだこーだ言ってる人はいないと思うのね。
一人を除いて。

787 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 15:15:44 0
>>784
その定義がずれてるから揉めてるわけで、
否定厨は「海外領土の大きさと科学技術力」を発展と呼び、
それ以外を無視しているでしょ?

反対派は社会構造とか文化的な発展や統一性。国内産業とか経済とかを発展と呼んでる。

両方、日本の発展の視点なのは同じなんだよ。

788 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 15:21:12 0
>>787
それほどにはずれてはいないと思うよ。
少なくとも経済・技術の発展を双方とも発展と認識してると思う。

また鎖国してなければ良かったという側も、
海外領土が大きい=発展ではなく、
海外領土が大きい→発展(根拠はとても怪しいと思うがw)という認識でしょう。

789 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 15:22:59 0
>>786
つっかっているようだけど、江戸暗黒論者とかんちがいしているでしょアンタ。
下種の勘ぐりって知ってますか?

790 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 15:27:04 0
つっかかっているようだけどと自己訂正。つまらない事でけちをつけてくるきち●いがいるようだし。

791 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 15:28:08 0


792 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 15:41:12 0
世界に伍するというのはともかく、国防の意識は開幕当初からあるだろう。

793 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 16:06:52 0
鎖国がなかったら?を語るスレなのに、
ひたすら江戸時代は最悪だったとかスレ違い主張して置きながら、
江戸時代暗黒論者じゃないよとか言い出す始末。
あげく、自分のことを棚にあげて「相手が突っかかってくる」と主張。

794 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 16:10:27 0
>>793
は俺じゃないぞ!

795 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 16:33:00 0
おれだよおれ

796 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 17:32:41 0
開幕ってなんだペナンとレースがはじまるのか

797 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 22:29:48 0
>>771
藩財政どころか、領内にたいする公共事業がこれで減ってますがな、
潤ったのは、江戸と街道筋のみ、
日本全体としてみたら、明らかにマイナス。

798 :世界@名無しさん :2005/07/04(月) 22:41:19 0
鎖国政策のもたらした結果について考えるんじゃなくて、鎖国をしなかった場合のシュミレーションについて考えるスレだろ。
もっと自由にシュミレーションをしようぜ。

799 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 22:42:50 0
>>798
「シミュ」レーションと妄想の違いが分からない奴は学問板に来るな。

800 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 22:47:43 0
横レスだが、
だからこそ、「シュミ」レーションだろ、みなわかってて、使っていると思うのだが、


801 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 23:17:37 0
例の日本が「コロニーオブコリア」になってる地図並のご都合主義妄想は、
「もしも」の数が多すぎて、if歴史シミュレートとは呼べないよな。

802 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 23:25:59 0
>>800
素だろ?
わかってるなら”シュミ”レーションとか趣味レーションとか書くだろ。

803 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 23:56:47 0
俺は趣味レーションと書きこんで、
プッ、シミュレーションだろと、突っ込まれた事があるのはナイショだ。

804 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 00:44:23 0
シュミレーションと打ち込んだらシミュレーションの打ち間違いとコンピューターから注意された。

805 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 01:17:41 0
最初いたコテハン連中は話がこみいるといなくなるのは何故

806 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 03:01:02 0
1811年にロシア船ディアナ号が蝦夷地で抑留される事件があったが、
その艦長ゴロウニンは体験を手記として出版している。
ゴロウニンの手記の中で日本に関する部分だけを抜粋した
〈ロシア士官の見た徳川日本〉(講談社学術文庫)が手元にある。
このスレの主題となっているifシナリオを、ゴロウニンも考えているので、
その部分だけ引用してみる。

807 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 03:04:17 0
日本の政府は、国民が自国の文明だけで満足し、
そして自分たちの知恵で発明したものだけを利用することを欲し、
外国の学問や芸術やまた風習がこの国に入り込まないためにも、
外国人の港湾や発明をまねることを禁じている。
日本の隣国は、予見が日本の立法家たちにこのような考えを吹き込んだことに感謝し、
日本人が自分の政策を放棄し、ヨーロッパ式を採用するきっかけを
日本人に与えないよう努力すべきである。
もしこの人口多く聡明で抜け目のない、模倣の上手な、
忍耐強く勤勉でどんなことでもできる国民の上に、
わがピョートル大家ほどの偉大な王者が君臨すれば、
日本が内蔵している能力と財宝によって、
その王者は多年を要せずして、日本を全東洋に君臨する国家に仕上げるであろう。
その時には、遠く離れた国が保護しなければならない、
アジアの東部やアメリカ西部の沿岸の地方はどのようになるであろう?

808 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 03:07:41 0
また、もし日本人がヨーロッパの文明を取り入れ我々の政策に追随しようと考え出したら、
支那人も同じ政策をとらざるをえないだろう。
そのようなことが実現すれば、この二大強国は
ヨーロッパの問題をまったく別のものにすることができるだろう。
日本や支那の政策には異国的なものに対する深い嫌悪が根を下ろしているにしても、
両国の制度にこのような変化が起こることがありえないとは言えない。
彼らも人間であり、人間のやることに不変のものはない。
彼らが自発的にやろうと欲したら、どんな極端なことでもとことんやれるのである。
例えば隣国の襲撃が頻繁に繰り返されると、
一握りの異国人のために多数の国民が不安に陥ることがないように
日本人は防止する方法を考えざるをえないだろう。
これがヨーロッパの形式の軍艦を作るきっかけとなり、これらの軍艦から艦隊が生まれ、
その次には、たぶんこの方策の成功は、
人類の絶滅に役立つ他のヨーロッパ文明の技術を日本人が採用することとなり、
わがピョートル大帝のような飛びぬけた天才がいなくても
情勢の推移によってそれが実現するであろう。
日本側がただ招聘する気にさえなれば、
ヨーロッパの隅々からでも大勢の先生方が飛んでくるであろう。


809 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 03:09:56 0
それゆえに、この公正で尊敬すべき国民を、
いうなれば刺激すべきではないと私は思う。
もし思いがけなく何らか余儀ない理由により他の行動に出ざるを得ないときには、
あらゆる手段と力を傾注し決然と行動すべきである。
すなわち事態を短期間のうちに完結することである。
私は、日本人や支那人がヨーロッパの様式を取り入れ、
我々の世代にヨーロッパの諸国に危険な国民になれるとは思わない。
しかしそれは早晩起こりうることである。


──以上〈ロシア士官の見た徳川日本〉から

810 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 03:22:54 0
誤字があったので修正しとく。ごめんなさい。

>>807
港湾や発明→考案や発明
ピョートル大家→ピョートル大帝



811 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 05:54:27 0
>>805
みなさん名無しとして話を誘導するだけで精一杯になるのです。

812 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 10:04:46 0
今のようにあまりにヒドい外交音痴にはならなかっただろう。

813 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 10:23:01 0
今はあまり日本人の利益になるようなことを考えてるとは思わない
小泉の構造改革だってアメリカが日本に構造改革を要請した文書が元になってるんでしょ?
小泉はアメリカの言いなり、岡田は中国の言いなり、自民の抵抗勢力は支持者のために税金を
使うことしか考えてない。
結局だれも国民の利益を考えてないように思える。

814 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 11:55:35 0
>>812
ひどくなってるのは戦後からだろ。
戦前は欠陥はあったにせよ外交力はあったほうだ。

815 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 13:16:26 0
>>814
戦前とひとくくりにしちゃいかんでしょ。

対中戦線を拡大して泥沼化させたのは、外交の失敗だし、中国利権で英米と対立して、
2次大戦を戦わざるをえない状況に追い込まれたのも外交の失敗なんだから。

あと、戦後の外交は、対中韓の土下座外交を除けば、必ずしも失敗ではない。

他国を踏みにじっても、利権を奪ってくるというゼロサム的な視点から見れば、日本の外交は
拙劣だけど、無尽蔵の資本力に裏打ちされているとはいえ、反日国が世界中にほとんど存在せず
親日国は世界中にあるという現状は、明らかに日本の善隣外交の成果でしょ。

816 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 14:17:20 0
対中戦線拡大が失敗って言ってもさ、あれってどうやったら外交で解決できたん?
相手は和平は飲まんし日本側は大陸経営に足突っ込んでる以上退けないし。

817 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 15:15:41 0
>>816
まず戦線を拡大しない。
中国は国民党と共産党が争っているんだから、こっちから不要に戦線を拡大しなければ
向こうから満州国に攻めてくるだけの余裕はないので、泥沼化せずに必要なだけ戦線の
拡大が可能かと。

で、国民党と共産党の争いに便乗して、手を貸したり、金を出したりする代わりに
領土や権益の割譲を要求する。この辺の介入を英米(+仏)と一緒に強調して、
中国利権を分割する。

あくまでも、制御可能な範囲で、少しずつ領土を削り取ってく。
短期決戦や英米の排除なんて欲をかかなければ、手の打ちようはいくらでもあるかと。

818 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 15:43:33 0
>>817
結局中国利権にずぶずぶになって、利権でがんじがらめになったグループの近視眼的な暴走で失敗するな。
日本外交の弱さは、国内で自己判断や利権で動くグループの多さ。それをまず解決してくれ。

819 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 15:47:27 0
っていうか有名な「欧州情勢は複雑怪奇なり」の電報一つにしても外交音痴を露呈しているわけで。。
空気読めないのは日本の持病といえなくもない。

820 :817:2005/07/05(火) 16:00:17 0
>>818
そもそも軍を制御しきれてない時点で、仮に外交能力がどれだけあっても話にならないわけで。

「外交的に可能かといわれれば、選択肢は十分あった」のは確かでしょ。

軍と政府のトップが日清戦争当時とまでは行かなくても、日露戦争のときのレベルにあれば、
制御可能な問題だったと思うけどな。
アジア利権を守るためには、日本の協力が必要不可欠という状況を作っておけば、
第二次世界大戦でも間違いなく勝ち組に入れたはずだし。

・・・それがアジアにとって幸せだったかどうかはともかくとして。

821 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:21:19 0
>>817
ちょっと甘すぎる。戦前にアメリカが敷いていた、関税による万里の長城や
日本製品の締め出しを考慮に入れてない。こっちが喧嘩を売ったり買ったり
しなければ、喧嘩せずに済んだかのような認識はいかにも幼稚。

外交とは一人でやるものではなく、相手に確固たる意志があればこちらが
どう頑張っても衝突が不可避という状況は存在する。
当時の日本政府が、戦争を回避するために譲歩しなければならないものが
何であったのか、それをまず明確にしなければ、当時の外交による選択の
批評は出来ないだろう。同時に、何が可能で何が不可能であったのかも
明確にしなければならない。戦線不拡大という意志だけで戦線を拡大せずに
済んだのかどうか。

822 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:36:56 0
if違い

823 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:47:39 0
外交能力とは頭脳・技術的なこともあるが
人脈的な要素も大きいと思われ。

欧米諸国同士に較べ、
日本と欧米との人的交流は物理的に少なくあるいは薄くならざるを得ず、
外交下手でもやむをえないというか、どうしようもなく不利。

824 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:48:19 0
関税による万里の長城ってなんじゃ?わけわからんが

825 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:50:27 0
九国条約破るような猿に、外交なんていわれたくないね

826 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:51:17 0
>>823
中国や台湾の外交戦はすさまじいぞ。 欧米各国の議員にロビイストがいる。
日本企業も献金しているんだけど、連中のように有効活用しているとは言いづらい。

アラブ人やユダヤ人のように外交巧者もいる事だし、地勢学的に遠距離なのは
人脈作りの言い訳にはなっていないかと。

827 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:55:46 0
中国や台湾は、そうしたロビー活動などで、
不利をあがなおうとしているわけで、
不利には違いないでしょう。

828 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 16:58:42 0
>827
大事はひっくり返せないけど、利権関係や細かい揉め事などには効果を抜群に発揮するんじゃないかな?

829 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:02:03 0
>>821
英米にとって中国利権はほしいものなんだから、中国進出の共犯者として、
日本の協力が役に立ち、かつ必要、という状況を作っておけば、
餌として、ブロック経済からの締め出しは「ある程度」回避できるでしょ。

もちろん、所詮はある程度でしかなく、中国で得られるであろう権益以上の
メリットを餌としてくれる訳はないけど。

830 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:06:07 0
>>828
そりゃもちろん効果あるでしょう。
ただ、日本は不利だと。

明治期と昭和期の日本外交の差は、
政府トップあるいは上流階級の諸外国の人間との個人的人間関係の強さ弱さにも
原因の一部はあったりしないのかな。
詳しくないので、問いかけだけど。

831 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:26:33 0
米国やフジモリ氏など世界各地に日系の政治家がいるんだけど
皆共通しているのが自系の国や日本に絶対に便宜を図ったり
利益誘導しない事。 欧米系や中国系、インド系、アラブ系、
ほとんどすべてが利益誘導はかっているのにこの潔癖さが
日本人の立場をよわめているような。

832 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:33:02 0
>>830
日本政府が人脈づくりに弱いのは外相や特定国の大使が
ころころ変わってしまうからだよ。
10年20年かけてつくるような長期性がないんだよね。
それは戦前も同じで大島大使が複雑怪奇なりと打電したけど
任官数年の軍人上がりを当時の欧州に派遣してどうしょうと
いうのか訳わからん。 軍部の発言がつよくなったから派遣したという
国内政治の延長で派遣されたのであってプロじゃないんだよね。
当然そこから送られた情勢を前提条件として政治判断をするけど
何も動き捕捉できていないから話にならない。
バスに乗り遅れまいとなってしまうのはそういう事もあったと思う。

833 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:33:18 0
お前の稚拙な想定だと
移民だらけのアメリカ合衆国は今頃ボロボロだな m9(^Д^)

834 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:34:22 0
数年というのはこの場合外交畑でという意味。その辺よろ

835 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:35:33 0
>>833
アメリカはまた事情がちがうからな。

836 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:35:59 0
>>829
日英同盟の締結以来、同盟解消後もなお日本はアジアにおける英国の忠実な番犬であったが、
近代化が進むにつれ、おこぼれとして頂ける餌だけではその生命を維持することが出来なく
なりつつあったわけで。それでも紳士的な近代国家のお手本として振る舞うよう勤めていたが、
シナ大陸に利権の乏しかった米国に、踏み石として目をつけられてしまったのが不幸。

この時代のアジア情勢を語るのに、英米を併記して語るのは間違いだ。英国は古くから
シナ大陸において、他の欧米列強から頭一つ抜きん出た特権的地位と利権を持っており、
かたや米国は強力な潜在力を持った新興国ではあったが、シナ大陸には利権をほとんど
持っていなかった。英国は日本の力をアジアにおける番犬として巧く使おうという意志が
あったが、米国はアジアにおける利権を拡大するための障害、あるいは追い落としが可能な
脆弱な競争者として日本を見ていた。また同時に、米国はアジアにおいて番犬を必要と
するほど大きな利権をまだ入手しておらず、自身の利権を守るのに番犬を必要としないほど
強力な実力も持っていたのが、日本の不幸だった。

そのような情勢下において徐々に進められた日本への経済的な締め付けが、折り悪く
発生した世界恐慌によって加速し、日本はいよいよ近代国家としての自己保存のために
独自の経済圏を作る必要に迫られた。それが満州への進出であり、もともと日本の進出は
欧米列強のように、利益の拡大ではなく生存のための最低限の資源と市場の確保を目的
としていたことを考えれば、太平洋戦争に至った原因は日本の英米との協調失敗ではなく、
米国の日本への過度の締め付けという、米政府の外交的失敗であると言える。

アジアにおける経済的競争相手であった日本を潰したことが、なぜ失敗であったと言えるのか?
結果としてシナ大陸は赤化し、当初の目的であったシナ大陸4億人市場を丸ごと失って
しまったからである。

837 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:37:49 0
>>836の感想。 番犬と形容する以外にみるところがない駄文。

838 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:40:43 0
鎖国はどうなったんだよ

839 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:47:24 0
>>831
潔癖というより同化してしまうんだろうよ。
日本の文化というか民族性というものはそれくらい脆弱だってことなんじゃないのかな。

840 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:48:31 0
鎖国の話をしているのではない。日本をどうやれば超大国にできるか
みんな必死で考えているんだ。そういう国士の思いに水を差すな。

841 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:49:13 0
つ【ブラジルにおける日系移民】

842 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:50:23 0
>>839
三馬鹿が占領したらあっというまに民族が消滅しそうだな・・・・いやマジで。
犬を食うぐらいなら割腹自殺するよ俺は。

843 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 17:56:27 0
明治人をいきなり現代に連れて来たら、髪染めてカラーコンタクト入れたり、
ヘソ出してピアスつけるDQN女とか、英語で溢れかえる看板なんかには
耐えられても、朝鮮人が日本の領土占領して街中で堂々と賭場開場して
庶民を食い物にしたり、それをメディアが咎めるどころか擁護して朝鮮賞賛するのに
耐えられなくって切腹しまくるだろうな(w

844 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 18:26:17 O
妄想w

845 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 18:40:08 0
>>843
江戸から急速に欧米化した明治人には意外と耐えられそうな気がするぞ。

846 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 18:43:40 0
なんか変なのが集まってきたね

847 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 18:55:17 0
名無しがいってもなあ

848 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 21:54:00 0
>>806
鎖国をして、日本が豊かになったと言う証言者じゃないか。
っていうかね、昔は、他国の脅威を説くために、大げさな表現をするものなの。
そもそも、たまたま立ち寄ったロシア人がそういったからって、当時の日本が大陸進出して
成功できると確定事項になったわけではない。今現代に生きる君が、
「憲法9条を廃止すれば日本は世界最強になる!」とか言い出すのと
同じようなレベルの発言に過ぎないよ。

849 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 21:57:18 0
どのスレにも現れて、スレ違いを延々と書き込む二次大戦厨は逝け。

850 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 22:24:27 0
というかゴローニン自身は日本の内部の見聞してその結果だした結論
ではないからなー外部から見た日本はそういう風に見えるというだけで
実際に開国路線を江戸初期からとっていれば日本が大国になったかと
いうと疑問符がつく。

851 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 22:27:23 0
素浪人みたいな名前だな

852 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 22:31:35 0
で堂々巡りになるが大陸進出した結果できずに政権が不安定化して
徳川の世になった先例があるわけよ。
実体験から幕藩体制の存続はとりあえずは貿易からと言うことでタイに
通商を求めた。 家康の外交は結果をアダムスから報告受ける前に
なくなったのでそれ以上の事はわからんわけよ。

確実にいえることは秀忠、家光はシャムとの交易を否定し、
オランダと清、朝鮮のみに次第に収斂していったということなんだよね。


853 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:10:47 0
>>852
みんな知ってることだと思うよ

854 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:13:40 0
>>807
>日本の政府は、国民が自国の文明だけで満足し、
>そして自分たちの知恵で発明したものだけを利用することを欲し、
>外国の学問や芸術やまた風習がこの国に入り込まないためにも、
>外国人の港湾や発明をまねることを禁じている。

日本文明の長所である応用の才が鎖国によって抑圧されたことだけは確かだな。
上記の言葉は事実だよ。


855 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:16:09 0
ロシアは欧州から遅れないようにするために、モスクワからサンクトペテルブルクに首都を移した。
ある意味、日本と同じように非西欧文明だからこそ鎖国下の日本に対する的確な分析が出来たのかもしれない。

856 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:19:00 0
>>807
>アジアの東部やアメリカ西部の沿岸の地方はどのようになるであろう?

これはロシアにとって切実な問題だっただろう。当時のロシアはアラスカまで進出していたのだから。
ロシアよりも本国が遙かに近く島国で海岸沿いに領土を拡大していける日本は開国させてはならないと思ったのだろう。



857 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:22:04 0
しかし情報化社会の時代のこのスレの論者よりも200年前のゴロウニンのほうが的確な分析が出来ているのが痛い。
社会科学は才能なのかね?


858 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:57:19 0
的確だってw
褒められれば適格かよ。
そのロシア人がどれほど日本を知れたんだよ。
本の数ヶ月程度でその国の国力や底力が把握できたら、エスパーだよ。

859 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:02:38 0
>>853
茶々を入れているけど、そういう前提を無視して論進めている人が
結構いる印象があるんだよね。

860 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:04:09 0
>>855
ゴローニン=ロシアそのものの意思というわけでも無いし。
ゴローニンの状況分析そのものが絶対というわけでもないし。

861 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:06:43 0
>>857
ゴロウニンの寝言を見て、的確とか言っているおまいのおつむが一番痛いのではw


> 外国の学問や芸術やまた風習がこの国に入り込まないためにも、
> 外国人の港湾や発明をまねることを禁じている。
キリスト教神学と、神秘主義を除けば、欧米の学問は普通に入ってきているし。

> わがピョートル大家ほどの偉大な王者が君臨すれば、
> 日本が内蔵している能力と財宝によって、
> その王者は多年を要せずして、日本を全東洋に君臨する国家に仕上げるであろう。
あんな行政能力のない、バカにこられても困るしww


862 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:14:42 0
アホか?ピョートルの功績のおかげでロシアは帝国主義国家になることが出来た。
ロシア史を少しは勉強しろよ。


863 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:15:12 0
ピョートルって、エカテリーナのだんなか?

864 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:18:20 0
>>863

それはピョートル三世。

865 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:21:53 0
マジレスが帰ってきたw

866 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:25:20 0
ピョートル改革のモデルは明治政府の政策に大きな影響を与えた。

非西欧文明が富国強兵を行い成功したモデルだった。


867 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:26:30 0
そのロシアの産業革命はいつだと思ってるんだ

868 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:30:37 0
ピョートルの改革がなければロシアなんざスゥエーデンとポーランドとオスマンに分割統治されていた可能性が高いんじゃないの?

869 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:33:01 0
でも、江戸時代初期の日本にピョートルがいたからって、アジアの派遣をとれる訳じゃないよ。

870 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:33:39 0
>>867
ロシアの産業革命が遅れたのとピョートルの改革は何か関係あるのかね?


871 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:35:00 0
>>869
家光よりはまともな政策が取れると思うがなwwww

872 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:45:48 0
>>868
日本には吉だったろうなあ。
ほれ、国際連盟脱退しても北進策とれるしいい事づくめ。
ドラえもんかTPぽんを派遣してピョートルを亡き者にしてほしい。

873 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 00:53:43 0
ピョートル大帝は才能のある人間だけど、才能があるだけに
江戸時代の日本においたら、余計なことをやって確実に破綻するでしょうね。
ロシアの改革時には適材適所だったからいいようなものの。

場違いな才能のある働き者ほど有害なものはない。

戦国時代なら、活躍できた可能性はあるけど、江戸時代なら
どの時代の殿様になっても、藩の(あるいは幕府の)財政を破綻させるかとw

斉彬と同じタイプの、才能はあるけど、ほっとくと財政を食いつぶして
破綻めがけてまっしぐらな人間なので、日本にはどう考えてもいらん。

874 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 01:01:26 0
>>873
>余計なことをやって確実に破綻するでしょうね

どこからそんな妄想が確信に変わるのかな?w

875 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 01:05:16 0
ピョートルの時にロシアは破綻せずに発展したがな。
国家を確実に破綻させる奴というのは単なる馬鹿だ。
ピョートルは単なる馬鹿とは違うね。


876 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 01:10:43 0
戦争好きで内政を顧みない君主は馬鹿だ。
確実に国家を破綻させるだろう。
ピョートルは戦争を行いながら内政も大規模な改革を行い続けた。
戦争をしながら戦争を遂行できる国家体制を作り上げた。
富国強兵に邁進したわけだ。
強兵だけを試みるそこら辺の馬鹿君主とは根本的に異なる。



877 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 01:24:12 0
これがゲーム脳ってやつですか?

878 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 01:32:07 0
ピョートルが必ず財政を破綻させるという確信は電波飛びすぎ。

879 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 02:07:26 0
幕府最悪君は今度はロシアに目を付けたのでですか。
大変ですな。

880 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 02:11:21 0
もう次スレは日本史板でいいだろう。
今の日本史板の惨状なら彼も生きてくるだろ

881 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 10:57:56 0
日本は鎖国をしたからこそ豊かになったのか?単に戦国時代が終わってそれなりに平和になっただけの話じゃないのか?
ホントに豊かになったといえば明治、第二次大戦後のほうが圧倒的に上だろ。
NHKの江戸時代礼賛番組などが明治=軍国と結びつけて薩長=悪としたがってるように見えるけど、何か胡散臭いんだよな。

882 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 11:02:59 0
そんな餌にクマー

883 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 11:44:31 0
何で海外進出=領土獲得みたいな話になってるのか

実際に東南アジアの各地にあった日本人町のような感じで
それが維持されて日本人が出て行けば
本土とつながり持ちながら繁栄できて
なおかつ海外の情勢に明るくなり
変化に対応しやすかったって話だろ

なんで鎖国否定=海外に攻め込むみたいな話になってるの?

884 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 11:44:49 0
なんでもかんでも、江戸暗黒史観厨にしたい馬鹿がいるな。

885 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 11:48:20 0
>883
そういう馬鹿が暴れてたから

886 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 12:03:15 0
>>884
韓国では徳川の評判がいいから、それに媚びて明治=暗黒としたい左翼集団が暗躍してるんだよ。

887 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 12:05:33 0
開国を海外進出とセットにし、江戸暗黒史を展開するDQNのおかげでさびれたな

888 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 12:38:46 0
それを海外進出というなら海外渡航帰国の禁の前もそうだし
今現在もそうだな

889 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 13:59:26 0
ほれ日本史板

http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1082390223/l50


890 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 20:20:11 0
しかし蝦夷地と言う「外国」に領土を拡張し、
北海道は勿論樺太南部や国後択捉を支配下に入れたのは鎖国時代だ。

891 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 21:27:30 0
蝦夷地には近代国家がなかったのに外国なのか? 無人の荒野に土人(明治憲法にはそう記されている)が
住んでいたにすぎないしね。

892 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 22:09:55 0
>>886
そういえば、奴等は朝鮮通信使などを行い善隣外交をしたと幕府マンセーして、
明治政府を扱下ろしていたな。

893 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 01:01:39 0
江戸時代礼賛論者の頭の悪さはキチガイじみている。
鎖国を辞めるタイミングは史実通り以外に考えられないとか言ってる。
真正のアホだ。

894 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 01:47:54 0
>>893
へー、きみかしこいんだぁ。すごぉいすごぉい。

895 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 11:07:37 0
江戸暗黒史観論者が証拠文献を明示しない件について

896 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 12:39:41 0
意味の無い一行レスで流すのやめてくれんか?

897 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 12:48:10 0
証拠文献を出してからレスしろ 出ない場合は放置

898 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 12:58:13 0
データはたまに出てるだろ。
その解釈が一面でしか捉えられない馬鹿ではある。

899 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 16:18:41 0
自国に引篭もってオナニーしてたから東南アジア華僑に盗られちゃっただろ!

900 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 16:41:38 0
>>899
引きこもって無くてもとられたよ。
華僑は日本人の100年以上前から10〜20倍が進出してる。
本国の経済力もダンチ(日本の経済力は江戸時代中期まで中国にはかなわない)。
華僑以上になりたいなら、10万以上を計画的に進出させると同時に
国内の内需拡大と手工業の開発を急ピッチで行って、
同時に、独立傾向や不安定になる社会を押さえ込むことが必要。

戦国の記憶が残る時代にやれたことではないと思うよ。

901 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 17:45:00 0
自国に引篭もってオナニーしてたから北米アングロに盗られちゃっただろ!

902 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 22:09:26 0
>>901
それ以前にロシアが北米に手を出していますが。
日本が「開国」してロシアと通商してたら、
ロシアは北米でとれる物産を日本に売って生鮮食料を買い付ける。
これでロシアの北米植民政策は安泰。

お前そんなにロシアが世界制覇するのを喜んでいるのか?

903 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 22:40:43 0
>>895
たびたび、史料を示しているのだが?
君、目が不自由なのか?
>>898
一部の反例によって、相対化するつもりはない。
それはただの詭弁だ。
>>900
明治以降だよ、江戸時代は以前として駄目だったから。

904 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 07:34:49 0
>>900
別に華僑以上とかじゃなくて日系人の系譜が途絶えたのはもったいない気がする
経済力と移民って関係あるかね
たとえば韓国は日本より数段経済力が無いが
北米の移民とか日本人の倍以上じゃないの

鎖国が国内の安定に寄与したのは確かだが
広く見たとき日本をカゴの鳥に押し込めてしまった気がする
ペリーにせっつかれて開国したときには周りを植民地で囲まれ
後発国になってしまった

905 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 11:24:11 0
薩長マンセー発狂くん、いい加減包茎手術してこい。お前の臭さは公害だ。

906 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 13:01:57 0
>>902
> ロシアは北米でとれる物産を日本に売って生鮮食料を買い付ける。

日本からアラスカまで7000kmもあるのにどうやって生鮮食料を輸送するんですか?

907 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 13:08:45 0
>>903
藻前ソース出したか?

脳 内 ソ ー ス な ら 腹 一 杯

908 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 13:22:11 0
>>906
生鮮品と言っても肉や魚はあちらで不自由しないので、ここでは米や野菜をさしている。

>日本からアラスカまで7000kmもあるのにどうやって生鮮食料を輸送するんですか?

船にきまっとるだろ。

909 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 13:35:55 0
信長秀吉家康による統一がなされず戦国時代がずっと続いていたら
九州がスペインの強い影響下となりラテン化し楽しかっただろう。

910 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 13:50:02 0
ロシアには日本との通商のほかに、次のような企画もあった。

バルト海から大西洋を南下〜ドレーク海峡を抜けて太平洋を北上しアラスカ方面に物資を送る
アラスカ方面で得た毛皮などを日本・中国・東南アジアで売りインド洋〜大西洋の航路で帰航

当時のロシアは、日本に想像できない能力を持っていたことがわかる。
んで実際にバルト海〜大西洋〜南米〜オセアニア〜ハワイ〜アラスカの航路は半年ほど。
日本とアラスカの片道なら二ヶ月もあれば充分。

911 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 14:21:20 0
>>879 >>880 >>885 >>894>>895>>897 >>905 >>907

書く事無いならロムってろ。頼むから

912 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 14:37:40 0
>>910
ロシア工作員乙。 時給イクラ?

913 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 14:49:34 0
黒いイクラならいい給料だな。

914 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 15:26:11 0
>>912
あの〜俺902でもあるんですが。

915 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 00:59:37 0
むしろどうすれば日本で植民地帝国を築けるんだ?
大日本帝国まで待たなきゃダメ?

916 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 01:22:19 0
お前は大和魂というものをしらない朝鮮人だろ

917 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 03:55:12 0
はぁ?

918 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 10:10:52 0
>>907
ソースがないところがあり、ソースが必要なものなら、是非聞いてくれ。
君等のように、脳内妄想を書き綴っているわけじゃないから、
ソースは存在するからね。

919 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 13:29:17 0
川勝平太《日本文明と近代西欧》が、おもしろい観点を提示している。
調味料・綿花・金銀という産物に着目して近世の経済構造を描写し、
それを域内でまかなえず、産地を求めて海外進出せざるを得なかった西欧と、
国内で豊富に産出し、自給できた日本とを対比している。
これを読むと、近世型経済構造への移行という点では、むしろ日本の方が基本形で、
西欧で起きた並行事例の方が、特殊な地域事情を反映した変化形に思えてくる。


920 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 15:44:14 0
>>918
名 無 し で ナ ニ 言 っ て る ん だ ?ギガワロス

921 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 17:19:01 0
>>904
>たとえば韓国は日本より数段経済力が無いが
>北米の移民とか日本人の倍以上じゃないの

韓国人が一番嫌ってるのは、日本人じゃなく韓国人。
誰もかれもが、金とチャンスさえあれば豊かな先進国に移住したいと願ってる。
だからこんなに世界中に韓国移民が広がってるんだ。

つまり、移民を多数排出する国ってのは、暮らしにくいクソな国ということ。
日本が没落して国内で喰えなくなれば、ほっといても移民輸出が急増するだろうが
自国がそんな状態にあることを願う気にはなれないな。

それと、北米や豪州みたいに、大陸ごと乗っ取る勢いの本物の移民植民地と、
シナ大陸や東南アジアやインドにあった「植民地」ってのは別物だ。
後者は大衆を移植するためのものじゃなく、現地の資源と労働力を搾取する
ために管理者を移民してただけだから、正確に言えば移民したというより
サラリーマンが出向してたような状態だ。

922 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 22:11:59 0
日本人の特質として、「移住しない」という点がある。
日本人はどこの国に行っても、するべきことをし終えたら、
さっさと日本へ帰ってゆく。だからこそ、歓迎される。
中国人、朝鮮人が嫌われる理由は、住み着き、仲間を呼び、
わずかな期間に、街ごと占領する勢いで増えるからだといわれる。
およそ世界中で、彼らと○○○○のやってこない場所は無いといわれるほど。

923 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 01:58:28 0
>>902
日本が鎖国しないことを前提に話しているので、17世紀にロシアはアラスカにはいない。
ロシアがアラスカに進出するのは19世紀から。
ロシアと日本がアラスカを争って、どちらが有利かは一目瞭然だな。

924 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 03:14:43 0
日本が鎖国しなかったらロシアはアラスカにいない理由は?

925 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 03:40:40 0

 つ 日露雑居之地

926 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 03:58:10 0
>>924
居るいない以前に、まずは戦争となるだろな。
ロシアの南進とイギリス植民地のぶつかり合いみたいに。

927 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 04:34:16 0
で日本はたぶん負ける。中央アジアのハーン国やチェチェン戦争みたいにもうぼろくそになるんとちがうか。

928 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 11:27:08 0
どうやったら負けるんだ?
むこうは、バルチック艦隊よろしく。地球を半周してきて、日本に対処しなければならん。
陸から送るにしても、シベ鉄のない時代だ、数ヶ月かがりで、移動?
すくなくとも、日本クラスの大国と遣り合うのは無理、清に敗れたように、同じ結果になるだけ。


929 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 11:42:44 0
当時の日本が北に進軍する困難については触れないのですか?

930 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 11:51:41 0
それが最強日本厨クオリティ

931 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 12:30:10 0
俺は日本はスゲェ国だと思っているが江戸時代の下積みあってこそだと思うな。

932 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 13:21:50 0
>>929
江戸からアラスカまで黒潮に乗って北上、帰りは親潮に乗って帰ってくる。
日本とアラスカの片道なら二ヶ月もあれば充分。

933 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 16:24:09 0
鎖国時代とはいえ、国境が不確かな北方へは日本は少なからず勢力圏を広げている。
しかしその限界が北海道から樺太南部や択捉国後だったということ。
鎖国がなく、日本人の渡航が禁止されなければ、
北よりは東南アジア方面に目が行くでしょ。朱印船の時代のように。

934 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 18:16:41 0
>>932
補給は?そして、広大な露領を蹂躙するための兵の頭数は?
それによって引き起こされる本土での労働力不足の解決は?
各大名の自国領を守るための兵の確保は?資金は?
ねえ、そういう現実的問題一切に何故目を向けないの?
日本が長い戦国時代を、破綻せずに乗り越えられたのは、
所詮、狭い国内だったから、そういう一切が破綻せずに持ったんだよ。


935 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 18:27:30 0
>>932
ハゲワロタ。黒潮はアラスカまで流れてないぞ。

936 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 18:41:10 0
そうだな、黒潮に乗ったら、太平洋に流されてしまうな。

937 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 19:29:19 0
二本厨の頭の悪さに全朝が火病した。

938 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 19:30:57 0
>>933
>>937
分かった・・・。分かったから・・。
もう無理しなくていいって・・。

939 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 20:00:23 0
で黒舟にのって太平洋にいって何がしたいの?

940 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 20:32:55 0
アメリカにボートピープルとして入国する

941 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 22:01:24 0
アラスカを争って日本がロシアに負けるって相当馬鹿なシナリオだな。

942 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 22:05:24 0
補給線云々言ってるが、補給線の確保のしようの無いロシアがアラスカにまで進出してるんだよ。
補給線ってのは戦争の時に必要になるもので、人が住む分には殆ど必要ない。
オーストラリアやニュージーランドにイギリス人が移住できた理由を考えてみろ。
中南米にスペイン人が移住できた理由を考えてみろ
アラスカの周辺に日本の移住の脅威になる勢力が存在するか?
で、日本人がアラスカにまで移住する理由だが、ロシア人と同じ。
鎖国をしなければ毛皮や領土をを求めてアラスカにまで進出するだろう。


943 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 22:07:11 0
船で北海道や北方領土、アラスカと海岸沿いに領土を拡大していける。
敵はエキスモーぐらいな者だ。

944 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 22:09:03 0
未開地の海岸沿いの領土拡大は広範囲を容易に征服できる。
西欧の植民地の領土を考えてみろ。

945 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 22:27:45 0
文化5年(1808)北方警固のための仙台藩の出兵で、
戦闘が全く無かった、ロシアによる補給の妨害さえなかったのに
クナシリ島派遣部隊500人のうち、80人以上がたった1年で死んでる。

無茶な進出をするよりアイヌ人との交易で欲しいものは手に入る。
近代国家誕生前の無茶な北方進出は考えにくい。

946 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 22:46:50 0
植民という観点からいくと、もし鎖国してなければ
いくつかの飢饉の時に移住した可能性はあるね。
ただ、それを維持できるかどうかは別の話。
まずは、食えなきゃ話にならない。

日本は稲ベースの農耕を持っているので、むしろ稲を栽培できる
南方に進出する可能性のほうが大きいと思う。
んで、その植民を巡って欧米列強と衝突を含む競争があるんじゃないかな。
アラスカだかシベリアへはそのあとでしょ。

947 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:42:43 0
>>942
奴らは元々、極寒の地の住人で、祖国と地続きで、おなじ農作物が栽培できる。
人員も物凄くたくさんいる。そういうのみないと駄目だよ。子供にゃ難しいかな?

948 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:44:01 0
>>944
当時の日本に、蝦夷よりもはるかに北の、氷漬けの海岸線が何の意味を持つんだ?

949 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:47:44 0
>>946
移住だけじゃなく、雑賀のように傭兵として各国に派遣した可能性もあり。
実際、東南アジアでは日本の傭兵村を重要視&恐れられてたわけだし。
日本の豊かな地方は閉じこもり、資源のない地方の人々は移民&傭兵としてアジアに派遣された
可能性が高いと思う。
それにともない、中国では倭冠時に日本刀に対するために武器が劇的に発展を遂げたように
各国の武器や武術もかなり発展したかもしれない。

950 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 00:06:08 0
そもそもそんなに簡単にシベリアに殖民できるのならロシア以前に清いや金や遼らが自己領域化しているって。
清ですらせいぜいアムール川沿いに支配していた程度だし当時の日本に予防占領なんて概念があるとはおもえん罠。

951 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 00:07:51 0
>>949>>900を100回は読んでから書き込む事。

952 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 00:30:26 0
耕地面積の拡大は18世紀初頭でとまったけど、商品作物の普及とか
問屋制家内工業の浸透などは江戸中後期に顕著。

それから農村の識字率の向上は、19世紀になってから。

ペリー来航以降は関東や東北の豪農層も国事に興味を持って清川八郎や
新選組の面々を生み出した。彼らは突出したDQSではなくて、さまざまな政治情報を
記した文書が豪農層の蔵からたくさん出てくるし、国政への関心と参加意識は広汎に
見られる。明治に入ってから自由民権運動が全国で燎原の火のように広がったのは
江戸時代からの豪農の政治意識の高まりを引き継いでいたもの。

明治以降の近代化はすばらしい達成だが、その基盤は鎖国していた時
代に培われたもの。

953 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 01:24:42 0
「ポテト栽培ベースの食文化を確立できるかどうか」というのが重要な分岐点

954 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 01:38:04 0
日本の芋はサツマイモと、それ以前はタロか…北じゃ難しいな。
せめてライ麦位は栽培できたらな。
ジャガが来たのはいつごろだっけ?
北海道以北で大々的に農作をやれたのは近代以降になるよね。

955 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 01:56:06 0
ペリーの子孫達が来日することはなかった。

956 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 02:43:53 0
>日本の芋はサツマイモと、それ以前はタロか…北じゃ難しいな。
>せめてライ麦位は栽培できたらな。
>ジャガが来たのはいつごろだっけ?

ジャガイモも戦国時代には日本に来てたんじゃないかな?

ジャカルタイモ→ジャガイモって位だから
まだ南蛮貿易が行われていた時代にすでに伝わっていたと思う

957 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 03:00:55 0
>>935
流れてるじゃねぇかよ!(゜Д゜)ゴルァ!!

ttp://www.alaska.or.jp/anchorage.html
アンカレジを中心とする中南アラスカは内陸性気候と海洋性気候の中間にあり、太平洋の黒潮が南を流れ、
アラスカ山脈が北部にそびえて北風を防いでいるので、気候は比較的温暖で、しかも乾燥した爽やかさ。
夏期の気温は摂氏10 〜 21度、冬期は摂氏マイナス14.4 〜 マイナス6.7度となる。

ttp://www.alaska-japan.com/regions/southwest.html
キナイ半島のコディアック島はアラスカ最大の島で、暖流と黒潮の影響で1年中温暖な気候。
周囲には常緑の島々が点在し、はるか彼方のキナイ山脈やアリューシャン山脈を遠望できます。
鮭、エビ、ニシン、ハリバット、マス、キング・クラブ、ダンジネス・クラブなどが荷揚げされる
米国三大漁港の一つで、日本からも数多くの水産業者や船が訪れる地域。

958 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 04:08:42 0
いっそ九州をマカオみたくしてしまえ


959 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 06:35:01 0
手元に資料があった。

「栽培作物の起源と伝播」より
>ジャガイモ
>(中略)
>日本へは慶長6(1601)にジャカトラ港からオランダ人が伝えたのが最初で、
>寛政年間(1789〜1800)にはロシア人が北海道に伝えた。

960 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 09:21:23 0
1800年代など江戸時代後期じゃないか

961 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 14:21:48 0
んで鎖国を言い出したのは、その1800年ごろだね。

962 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 14:29:44 0
そもそも農耕民族の日本人が稲作がまともに出来ない北方に
大挙して進出するとは考えられんのだが.

963 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 14:36:56 0
1800年ごろに進出しても遅いだろう。
戦国時代直後に進出という話でなかったか?
で。進出すると朝鮮ひとつ征服できずに豊臣は崩壊し、
家康は和睦して拡張路線を断念しているわけだが。

964 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 14:41:37 0
西国大名が交易で力をつけたり、
大船造って江戸まで大船団をよこしたりしないようにしたのが、
いわゆる寛永の鎖国令だったりする。

965 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 19:19:01 0
職人の身分が低い国は、自力での近代化ができなかったな。
中国然り、韓国然り、日本の技術指導で二十世紀終わり頃にようやくそれらし
くなったけど。

日本の職人はものによっては結構重宝されてたけど、親方クラスが準貴族扱い
だったイングランドほどじゃ無かったから、自前で産業革命起こせたかはかな
り疑問。

966 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 20:41:57 0
>>957
潮流図を検索してみるとよろしい。
普通に流れに乗ってても北にはいけないよ。

967 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 20:46:17 0
>>965
そもそもその職人の利権と真正面からぶつかるのが産業革命じゃん
「職を奪うな」と紡績機をぶっ壊された話もあるし

産業革命起こしても何作るん?国内だけだと需要が乏しいだろうし
すぐ隣は海禁だろうし、絹作るにしても当時は中国絹>日本絹で他国がその仲介をして儲けていた時代じゃなかったっけ

968 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 20:58:26 0
>>957
あそこには暖流(南から来ている海流)はあるが、それに黒潮からの水がどれくらい流れ込んでいるかというとww
四国沖の黒潮の水のうち、四国沖で循環している+日本の東沖合(日付変更線くらいまで)までの間で南下する流れで大部分(9割以上といっていいだろう)。
残りのわずかな北上流に乗ってアラスカに行こうなんていうのは賭け以前の考え。

まだ、カリフォルニア沖に到達する可能性のほうがある。
房総だか、伊豆だかの漁船が黒潮に流されて漂流・餓死したのの最後はカリフォルニア沖でなかったっけ?
漁船の名前思い出せないので検索できないのだが。

969 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 21:58:19 0
>>966,968
漂流船じゃないんだから風使えよ。

>房総だか、伊豆だかの漁船が黒潮に流されて漂流・餓死したのの最後はカリフォルニア沖でなかったっけ?
良栄丸だろ
ttp://www.kdn.gr.jp/~takion/no2.htm

970 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 22:39:38 0
つーか海流よりも、風向きのほうが大事だろ。
日本の船だって、風で動いているんだからさ。

971 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 05:29:32 0
>>967
そもそも維新後、お雇い外国人の手で殖産産業たちあげても欧米の産業にたちうちできなくて
ダンピング輸出しても安いが品質悪いで悪評だったしね。

それも文明開化で急速に西欧化政策をすすめてソレだったわけだし、なんというか
前提条件からしてアレすぎる。 何売るんですかって奴。 


972 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 05:31:19 0
最初に「黒潮に乗って」って言ったの誰だよw

973 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 05:39:51 0
紡績以外で産業革命ってのは難しいのかな。


974 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 05:57:16 0
言い出す奴はいないとおもうけど、釘をさしておくと浮世絵売るとか、伊万里を売るとかそういうのとは
根本的にちがうからな。 分かっているんだろうけど、それで近代国家を起こすなんてトンでも理論は
するなよと日本厨に牽制しとくわ。 また日本の美術はすばらしいものがあったからこれで食うんだとか
超理論聞かされてもアレだから。 もうこのスレ残り少ないし、変なことかくなや。

後、次スレ立てるならdatオチしてもいいように今までの流れを簡潔に2−5ぐらいの間で
簡潔に誰かまとめてもいいやな。 

975 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 05:58:29 0
あー文章が変。 さけのんでへべれけになっている頭じゃあ碌な事かけないわ。
まぁいっか! 

976 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 06:03:08 0
金銀掘って輸出してる段階だから産業革命なんて起こりようが無いって
物凄く楽観的に見ても鉱山の排水に蒸気機関は使われないでもないがそれは産業革命とは言わんて


977 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 08:31:09 0
基本である古典物理や数学がないのが痛いな。

978 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 08:37:09 0
>>977
つ和算

産業革命には両方とも直接は関係してないし。

19世紀の科学革命以前の西洋科学なんて、錬金術と大差ないし
学ぶべきものもたいしてない。
神秘主義やキリスト教的頑迷さまで含めて西洋化したいなら話は別だけど。

979 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 09:26:05 0
まあ科学革命を起こすにはやっぱり物理と数学の下地がいるわけだが。

980 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 10:03:21 0
むしろ錬金術の下地の方が重要かもしれない。
妙に体系立って世界を説明しようとするところとか。
その体系が実証主義に基づけばいい。

981 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 10:26:54 0
で、何を商売にして儲けるの?
いっておくけど、家康が朱印船交易していた時代には>>990にあるように
華僑が進出しているのよ。 そもそも産業革命を起こすという発想が
あったろうか。家康は農本主義で改革者とされる後世の吉宗も
経済の建て直しには米将軍と呼ばれるほど米価の変動を意識しており
ついぞ世界に打って出るなど欠片もなかったのだが。

982 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 10:56:19 0
>>979-980
究理の姿勢自体は日本にもあるので、別に錬金術を下地として仕入れる必要はないでしょ。
西洋での科学革命の「成果」を、後から日本に移植するだけなら。
そして現にそれは江戸末期から明治維新の日本で成功しています。

問題は「自力で」科学革命を起こす必要があるかどうかで、自力で科学革命を起こすとなると
不老不死とか賢者の石とかに対する執念や、唯一全能な神の元での数学的調和だのいった
迷妄まで全部セットで、神学・迷信も込みの西洋化をする必要があるともわれ。

江戸末期から明治を見れば判るように、日本人は十分以上に合理的で、成果の移植に
完璧に成功しているので、不要だった方に一票。

ほかのアジア・アフリカ地域でも、西洋文明の迷妄性が定着したところはあっても、
究理性が定着したところなんて見当たらないし。

983 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 11:20:32 0
> 家康は農本主義で改革者とされる後世の吉宗も
> 経済の建て直しには米将軍と呼ばれるほど米価の変動を意識しており
西洋の君主にも産業革命を起こすことに積極的だった君主なんていませんが?
産業革命が起こった後、それを移植しようとした君主ならいますけど。

江戸時代の農村はうまく行き過ぎているので、産業革命はあまり起こしにくいとは思われ。

もうちょっと定期的かつ大規模に飢饉が起こって、食い詰めた農民が都市部に流れ込めば
何とかなるかもと思いますが、江戸時代の農村のように、豊かで商業作物が豊富では、
家内制手工業から次へのステップが起こらんでしょう。

984 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 12:26:26 0
大量生産の需要がなかったからな。

985 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 12:33:11 0
車輪付きの乗り物を禁止して人力の駕籠を陸上の唯一の乗り物にするとか、
船のサイズを制限するとかいった、効率改善の邪魔さえ控えてくれたらいい。
技術革新を奨励しろなんて贅沢は言わない。

986 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 12:47:51 0
効率優先にしたら幕藩体制が危ういと幕閣の中の人らが考えたからな。
大井川ら大河川に端をかけないのも船のサイズを制限するのも、
諸侯の統制策な訳だから。 その甲斐なく薩長に簒奪されるのだから
駄目なものは駄目ともいえるけど。

987 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 12:53:10 0
なんでこのスレ日本史板じゃないわけ?
つーか鎖国した国は日本だけじゃないのになんで日本限定で語ってるんだ?
それこそ日本史板に逝けって感じだ

988 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 13:23:04 0
イギリスを除くヨーロッパ諸国の産業革命など19世紀後半ですが、何か?

産業革命以降もイギリス製品はアジアで売れてませんが、何か?

ロシアは自己資本による産業革命なんてありませんでしたが、何か?

産 業 革 命 の ス ゴ サ を 説 明 し て く れ な い か ?

989 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 13:31:32 0
先進工業国では人口の増加率が鈍っており、

爆発的に人口が増加している地域は途上国だが、

人口の増加を単純に発展と捉えるオメデタイ香具師だらけなのはなぜだ?

990 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 13:42:12 0
イスラムから科学文明貰ったヨーロッパが
「自力で」科学革命を起こしたとする珍説について検討する会

991 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 14:53:59 0
結局、徳川幕府の愚策せいで大帝国への道が閉ざされたでFA?

992 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 15:17:59 0
>>991
>結局、徳川幕府の愚策せいで大帝国への道が閉ざされたでFA?

AFO


993 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 16:05:27 0
大帝国への野望はすでに豊臣政権時の朝鮮出兵大失敗でなくなったものかと。

994 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 16:36:24 0
実際のとこ徳川幕府が重きをおいた朱子学にも格物窮理というのはあるからね。

995 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:55:34 0
フィリピンに進出して実力を養い、ベトナム、タイ、ビルマを征服後、インドに上陸して清を併合すれば世界帝国なんて余裕だろ。
秀吉はじっさいルソンに行く気もあったよ!

996 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 18:04:39 0
ルソンまでどうやって行く気だ。
朝鮮征討でさえ兵站で苦労してたのに無理無理。

997 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 19:30:36 0
ゲームを根拠に可能と考えてる連中だからな。

998 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 19:32:12 0
ゲームなら鎌倉幕府で世界征服も可能だし。

999 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:06:07 0
いい国作ろうキャバクラ幕府

1000 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:11:21 O
所詮小日本

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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