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【はみがき】衛生概念の歴史【しゃんぷぅ】

1 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 23:55:33 0
人間が生活すれば、すなわち汚れる。
ということで、清潔の歴史を語りましょう。

2 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:07:00 0
古代ローマ人や、シベリア先住民は小便で洗濯したり、顔を洗っていました。



3 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:09:20 0
前近代では、ローマ人が一番清潔じゃないだろうか。
逆で悪名高いのが中世〜近世のヨーロッパ人だな

4 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:10:31 0
歯磨きってさ、古代人もしてたの?
当時は虫歯なんて相当な脅威だったんじゃないの?

5 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:11:03 0
人類が歯磨きを始めたのは何時から?

6 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:13:20 0
>>2戦場では馬のション便がすなわち上水だったんでしょ?
それで顔洗ったり、飲んだり、煮炊きに利用したりと。

7 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:14:38 0
「路上に脱糞するなかれ」

「商家などは一定の便所がないので、屋内に鉄筒あるいは木器をおいて放尿し、
それを自家の門前路上に棄てるので通りがかりの警官は打水かと信ずるという具合である」
これは1911年6月8日付の「毎日新報」の社説の一部である。
「路上に脱糞するなかれ」は日韓併合後の一大社会運動であったが、この悪習はなかなか直らなかった。
この風習は満洲でも同じことで満鮮地方の風物詩かもしれない。
(朝鮮軍司令部1904〜1945 古野直也著 国書刊行会 25Pより)



8 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :2005/06/10(金) 00:22:15 0
>4,5
今のような歯ブラシが使われるようになったのは中国の宋代以降。
禅宗の寺院から骨の柄にブタの毛を植えた歯ブラシが見つかっている。
歯磨き自体の歴史はもっと古く古代エジプトでも木の枝を噛んで先を房状に
したもので歯の手入れをしている。

9 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/10(金) 00:25:52 0
とりあえず、『世説新語』から漱石の故事でも挙げておきましょうか。
石を使うのは、いくらなんでも無茶だと思いますが・・・。
中世に大宰府まで宋から歯医者・目医者が来ていましたが、特別な治療法が
当時確立されていたのでしょうか。>出典忘却

>歯磨きについて
『日本霊異記』下・序に、
「比丘斎食訖りて後に、楊子を噛みて、口を漱ぎ、手を洒ひて、礫を把りて玩ぶ」
とあります。10世紀に書かれた『九条右丞相遺誡』には、五日に一度沐浴すべ
き事が記されていますが、これは『黄帝伝』に由来したものでした。
逸書であり、舶来の書か否かも分かりませんが、どなかたご存知ですか。

10 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:31:27 0
>>8へえ・・・中国人は葉を磨かないっていう印象があったんですが・・そうでしたか。

11 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:35:18 0
江戸時代、花魁が髪を洗うのは月に一回。

饂飩粉をフノリで練ったものをシャンプーとして使った。

12 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:36:22 0
古代人ってフケツだね。エンガチョ

13 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 00:47:37 0
現代人って免疫力弱っちいんだね。

14 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 01:04:26 0
中世人にくらべりゃぜんぜんまし

15 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 02:06:45 0
石鹸の歴史
ttp://www.southwave.co.jp/swave/3_blue/soap/soap2_1.htm
『石鹸は国民の反映と文化を測るものさしとなった。どのような点から見ても石鹸を多く使う国民ほど
豊かで文化の程度も高いといえよう...』とドイツの有名な化学者ユストス・フォン・リービッヒはこう書いています。
 今から約4000年前、小アジアのヒッタイト人がシャボンソウの灰を混ぜた水で手を洗ったこと、
シュメール人が手や足、身体を洗うためにアルカリ液を作ったこと、これが石鹸の始まりです。
しかしどちらも今でいう石鹸といえるものではありませんでした...
 本物が作り出されたのは紀元前600年、航海民族フェニキア人によるものでした。
1世紀の学者プリニウスは名著『博物誌』に“山羊の脂肪とブナの木灰からsoapをつくる....”
という記述を残しています。このときの石鹸は鹸化と呼ばれるプロセスで作られていました。
しかし質は肌を乾燥させたり、湿疹の元になったりする粗悪なものだったようです。
その後<清潔>ということに価値を見いだしていなかったヨーロッパの社会、また肌をさらすことを
罪悪としていたキリスト教の影響などから、石鹸は人気を失いました。
 その後8世紀になり石鹸を再起させたのはやはり医学の力でした。病気の一つの原因は、
細菌であることがわかり、入浴に対する意識が、特に裕福な人々の間で高まりました。またこの頃、
地中海沿岸の都市を中心に石鹸作りを職業とする人々が現れ、地名や都市名が石鹸名になり石鹸の
本格的復活となりました。イタリアの都市サボナは日本の「シャボン」の語源です。またこのころから
石鹸にふんだんに色や香りが付けられたるようになりました。 9世紀頃から12世紀にかけて、マルセイユは
イタリア・エスパニアの石鹸集散市場として栄えました。 16世紀初頭にはインドより移入したリンネ工業の
興隆の影響で石鹸の需要が大きく拡大、その結果ヨーロッパ石鹸業界に君臨、その後マルセイユ石鹸という
名を残しました。ちょうどこの頃日本に石鹸が渡来しました。
 その後18世紀までは石鹸製造技術には重要な進歩はありませんでした。 1790年フランスのN・ルブランに
よって食塩からソーダの製造法が発明され、また油脂化学の進歩によって今日の石鹸製造の基礎が築かれました。

16 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 02:32:33 0
↑皮膚の清潔度はすなわち文明の高下ってやつですか?

17 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 20:58:58 0
頭髪を洗う歴史っていつから?

18 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 12:26:27 0
中世ヨーロッパがとんでもなく不潔だったのは有名だが、
冷涼乾燥の気候だったので不潔でも「これだけの被害で済んだ」ふしがある。

同じことを高温多湿の日本でやったら目も当てられない。

19 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 13:21:39 0
日本には幕末あたりから石鹸が舶来したみたいだけど、それまでは
手の脂っけや体はなにで洗浄してたんだろ。

20 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 13:32:47 0
10年くらい前「ボディーシャンプー」
今「ボディソープ」

21 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 13:40:52 0
でも今のような医学体系じゃなかった古代で、石鹸や手洗いは清潔の類に入ったのだろうか?

22 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 13:43:05 0
石鹸以前は、日本では米ぬかで身体を洗っていました。

銭湯では、女が使った糠袋を盗み取る痴漢がいたそうです。

23 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 18:02:46 0
HENTAIは江戸時代からも脈々と受け継いでいるのですね。感動した!!
漏れは娘があそこを拭いた後の和紙ですることしかしらなかったので。

24 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 18:36:31 0
日本人もうだめぽ

25 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 18:40:38 0
生きてりゃ何とかなる!
何の園これ式、
ちょっとカルトが政権与党になったって、
ちょっといつまでもアメリカ傀儡政権の自民が与党だって
ちょっとこれから中国人犯罪者がノービザで入国したって、
ちょっと韓国に竹島とられたって、
ちょっと国内長者の4分の一がなぜか外国人だったって・・・

やっぱだめかもしれんね


26 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 18:58:51 0
預言者ムハンマドが死ぬ直前に歯磨きをした逸話があるが。
草の茎みたいなもので、衰弱して噛む力がなくなっていたから
妻のアーイシャがかわりに噛んでほぐしたんだそうな。

27 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 19:03:41 0
へえ。やっぱり当時も口臭は気になる要素だったんですね。

28 :世界@名無史さん:2005/06/11(土) 19:06:15 0
ムハンマドは香料や香水も好きだったらすぃ

29 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 00:00:43 0
どのムハンマドですか?
⊃石

30 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 01:09:43 0
世界中でもっとも清潔な民族はにほんじん〜

31 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 09:18:36 0
お歯黒は衛生のため?汚れても目立たなくするため?
日本人以外にあった風習?

32 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 11:26:31 0
ポリネシアでも、歯を黒く染める風習がある。

33 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 13:24:31 0
『南海寄歸内法伝』や『大唐西域記』に、インドでは楊枝を使用して歯を磨き、
手を洗い、口を漱いでから礼拝を行ったと記されていますね。
『梵網経』にも楊枝が登場しており、中国にも仏教伝来と共に伝わったものの様
で、9世紀末に敦煌の壁画に描かれた仏を礼拝する前に楊枝を使用しているも
のが、現存する中国最古の楊枝の絵です。
>9の『日本霊異記』には、玄奘の弟子の道照が登場していますが、これもまた
仏教の影響で「歯磨き」の習慣が伝来したものでした。
『華厳経』でも、楊枝の使用による10種の功徳が語られています。
もっとも、『正法眼蔵』によれば、道元が入宋した時には既に宋では楊枝は使用
されておらず、>8にある通りの歯ブラシがあったという事です。
こちらでは、馬の毛を牛の骨に植えつけたものという事になっていますが、い
ずれも仏典で定められた楊枝を使用しなくなったせいで口臭が甚だしく、仏法
滅亡も間近に感じられた、という事でした(象牙製も出土しています)。
裏を返せば、日本ではまだ楊枝を使用していたという事。

34 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 13:26:29 0
鉄漿のルーツは南方起源とする説が有力な様ですが、はっきりしません。
『魏志』にも、倭人の風俗が南方系だと書かれてはいますが。
古墳時代には、既に原形があったともいいますが、未詳。
また、百済にも「黒歯」の習慣があったという事です。
岡山県の一部で生産されていた香登鉄漿は虫歯予防にも効果があった様ですが、
残念ながら、どの鉄漿でも有効という訳では、ありませんでした。
鉄漿は20世紀初頭にはほとんど廃れ、完全に廃絶したのは、1970年代。
16世紀以降、レザノフやベルツや朝鮮通信使といった、諸々の外国人たちに
は不評でした。日本でも、今では時代劇にもまず出て来ませんね。

男性貴族が鉄漿を付け出したのは、衣装に大変化のあった鳥羽院の時代とも。
武士にも付けた例があります。これを貴族化と呼ぶのは、武士と貴族・上方の
文化が水と油という固定観念があるからでしょう。
どちらかと言えば、文化の中心であった上方の上流階級の習慣と考えた方がよ
さそうなもので、小田原北条氏の祖早雲も、鉄漿を家臣団に広めていますね。

35 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 21:37:13 0
鉄漿っておはぐろって読むのか!いまIMEで変換したら出た。
ってかおはぐろって食事の味を変えそうでいやだな。すぐ溶け出しそう。

36 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 22:08:39 0
>>30
西洋人は、日本人が鼻水をすすったり、唾を吐いたりするのを見て
「不潔!」と思うそうです。

37 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 22:11:03 0
もれは電車で白人の席の隣にすわると強烈なミントのにおいをフケツな証拠とする。
しかし、否定的な感情はわかない。

38 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 22:11:41 0
世界一高級な紙を使って洟をかむのは日本人だけ〜

39 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :2005/06/12(日) 22:19:26 0
中世ヨーロッパでは紙が一般に普及していなかったので、天正少年使節がローマへ
向う途中に立ち寄ったスペインの港町では彼らが洟をかんだ懐紙がお宝になったそうだ。

40 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 22:48:39 0
ほんまかいな。よく考えるとかなり疑わしい気がするが。

41 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 23:09:55 0
台湾や東南アジアではビンロウを噛むが、やりすぎると歯が赤く染まり、
最終的には黒く染まってしまう。

42 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 23:18:41 0
そういえば、昔のカッフェなんかだと砂がしいてあったらしいね。

43 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 23:29:51 0
朱印船交易が盛んであった時代、東南アジアで日本人商人が鼻紙を使用して、
ヨーロッパ人に驚かれたという話もありますが、典拠不詳。
かなり後の話になりますが、『常山紀談』には、17世紀に甲斐のちり紙に税
をかけようとしたところ、どんな貧乏人でも買える生活必需品を押えるべき
ではないという意見が出て、立ち消えになったと記されています。

44 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 23:39:01 0
そんな昔っからちり紙ってあったんか・・
日本恐るべし!

45 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 23:48:28 0
しかし大便のあと、紙で尻を拭うようになったのはかなりあと。
奈良、平安時代頃は尻を木の箆で拭っていた。このような箆を「チュウギ」という。
山村では、このチュウギを戦前まで使用していた例もある。

なお、平安時代頃には平安京には「便所」というものがなく、貴族は木の箱に大便をし、
川に捨てさせていた。庶民は、「餓鬼草紙」にもあるように路上に垂れ流していた。
なお、この場面を良く見ると、裸の少女の履いている足駄が明らかに大人用のものだが、
これは明らかに着物に跳ね返りがつかないように用心のための専用足駄であり、
路上の垂れ流しでもその場所には専用の足駄が備え付けられ、貸し出されていたことがわかる。
さきの「チュウギ」も、この場面に描かれている。

46 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 23:53:04 0
>「餓鬼草紙」
河本家本のアレですか。足元に、紙が散らばっているのも見る事が出来ますね。
京都に限って言えば、『餓鬼草紙』の時代には、既に紙の使用もありました。
尿筥(便器)の中身であれば、手近な溝や芥川に捨てる方が多かったかと。

47 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 23:57:26 0
そのまま川でするという発想の転換はできんのか・・

48 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:02:38 0
日本の飯屋でおしぼりが出るのは外人から見てどうなんですかね。
外国の店で紙のナプキンだけで済まされるのは結構フラストレー
ション感じるのよ。

49 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/13(月) 00:03:43 0
井戸もありましたが(阿弥陀井などが有名)、やはり生活用水としての利用も
かなりありましたから。
河原は葬送の地であり、また七夕には女房達が髪を洗うところでもあり、陰
陽師が祓いをするところでもあり、斎王が禊をするところでもあり、勿論魚
などをとるところでもあり・・・。
あまり綺麗だったとは言えませんが、今の様な「ただの排水路」と違います。
もっとも、川といっても当時の京都には、今では埋められてしまった多数の
小川が点在しており、古記録と現状とはずいぶんズレが見られますが。

50 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:12:07 0
穴を掘ってするという発想の転換は(ry・・

51 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/13(月) 00:12:22 0
『アニメ三銃士』にも出ていた、セーヌ川の水の利用について。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1110120263/63-64


52 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:13:50 0
セーヌ川はね、ジャンバルジャンを追っかけていたゼニガタ刑事が(ry・・

53 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:39:46 0
日本じゃ平安時代の光景がヨーロッパじゃ近代まで続いてたんだな。
糞尿を窓から投げなくなったのっていつからだっけ?

54 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:49:48 0
マントを着るのは、窓からの汚物から服を守るため、なんていう話もありましたな。

日本で大小便を肥やしに使うようになったのは、鎌倉以降。
便所が作られるようになったのもこれ以降でしょう。

55 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 00:56:30 0
>>53
ナポレオン三世が下水道を作らせるまで。

56 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/13(月) 01:13:46 0
>日本で大小便を肥やしに使うようになったのは、鎌倉以降。
少なくとも、馬糞の利用は確認出来ます。人糞の利用もおそらくこれ以降だ
と思われますが、考古学の成果で確認出来るのは、16世紀から。
全国的な広がりが確認出来るのも、この頃になってからでしょう。
野外便所は、南北朝時代に成立した『慕歸絵』に登場しています。
もっとも、一寸した手洗いの為に庭先で用を足す事は、山荘を中心に後々ま
で行われており、鎌倉時代から江戸時代まで、ほぼ同じ構造の手水鉢が縁側
に備え付けられているのが見られます(木製・柄杓付き)。

57 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 08:46:16 0
>>39
咸臨丸の使節だったか、江戸末期・明治初期の日本人がアメリカ人が布のハンカチで鼻をかむのをみて
「さすがアメリカ人は裕福だ」と感心した、という話があったと思う。

その後、そのハンカチは使い捨てではなく洗って再利用すると聞くと
「アメリカ人は鼻紙を再利用するのか」とあきれた、という後日談がついている。

58 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 17:43:04 0
>>48
飛行機の話だけど、JALのおしぼりを真似て、最近は海外の機内でもおしぼり出すよ。

59 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 11:29:49 0
他の鼻紙の話はともかく、スペインでの天正少年使節の話は、
日本から持ってきた鼻紙とするならたどり着くまでの期間や
供給不可の点を考えるとかなり疑わしい。

60 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 21:46:27 0
ちり紙普及の前は、鼻水は「手ばな」で済ましていたんだろうが、
オナニーのあとはどうしていたんだろうか・・・

61 :世界@名無史さん:2005/06/14(火) 23:06:17 0
川洗浄

62 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :2005/06/15(水) 08:27:50 0
>59
言われてみれば確かにそうだ、と思い再度調べてみると天正少年使節ではなく
同じ年にヨーロッパへ向かった支倉常長一行の話だった。
ちり紙の記述はスペインからイタリアへ行く途中に悪天候のため立ち寄った
フランスのSaint tropezの年代記にある。
他にも「食べ物を手で食べず、2本の棒を使って食べる。」と言う記述もあり
当時のフランスの田舎では手づかみで食べていたことが分かる。

63 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 09:31:55 0
>>60
布でぬぐって洗濯とかじゃないの?

64 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 02:29:05 0
江戸時代、江戸の街から出る下肥は、出した人間によって等級があった。

最上品は、上級武家屋敷や豪商の便所から出たもの。やはり食べ物がいいと便にも栄養がある。
次に街の共同便所のもの。盛り場の共同便所は尿が多くて質が悪く、最下層品は牢屋の便所のものだった。


65 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 09:53:19 0
( ´_ゝ`)フーン 

66 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 11:22:32 0
漏れが工房の頃、同和教育の教科書に下肥屋の体験談が載っていたのを
思い出した。

「集めた糞はまず嘗めてみる。金持ちの家は
 水で(便所を)そうじするから、(ウンコが)うすいんや」
 という一文は今でも覚えている。

その頃は1980年代だったが、今どきの日本で下肥使ってるとこってあるの?
それにだいいち、今の日本に下肥屋なんているのか?
この教科書作ってる奴らは何考えてこんな話を人権の教科書に載せたのか?
下肥屋の体験談を読むことが人権を啓発することにつながるのか?
当時の漏れには理解できなかったし、今でもわからない。

67 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 21:00:03 0
>>66
>今どきの日本で下肥使ってるとこってあるの?
田舎の農家はまだけっこう使ってるよ。
うちに野菜をくれるおばちゃんのところも使っている。
自家のトイレの分だけで、さすがに他から下肥を買ったりはしないらしいが。

68 :若狭 ◆yqXqaUpMzk :2005/06/18(土) 21:10:37 0
うちの近所で大規模に野菜作っている人は牛糞を使っていますね。
肉牛の生産者から買っています。
最近は田舎でも、トイレの水洗が普及していますから。

69 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 02:01:10 0
下肥を使ってるため日本では戦後まで生野菜(サラダ)を食べる習慣がなかった。

70 :66:2005/06/19(日) 03:45:38 0
>>67-68
ありがとうございます。

>>69
「西洋人はバタ臭く、日本人はアレ臭い」と言われていた頃ですね。

71 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 09:55:19 0
土は貴重品なんだぞ。

72 :Cipher:2005/06/19(日) 11:00:03 0
>>15
[その後8世紀になり石鹸を再起させたのはやはり医学の力でした。病気の一つの原因は、
細菌であることがわかり]

病気の原因が細菌であることがわかったのは19世紀のドイツのコッホの研究
8世紀頃は土地などから発生するミアスマを吸って発病すると考えられていた。
このミアスマは小さな生き物(毒気説もあり)とも考えられてもいたからニュアンスとして
細菌に近い気もするが実験的に証明されたわけではなく、あくまでも仮説だった。


73 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 14:11:38 0
うなぎは川に落ちた目見えずだなんて本気で信じてた時代になにをかいわんや

74 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 16:08:30 0
山田風太郎の「八犬伝」に、馬琴が下肥の値段(大根○本)で
百姓が契約通りの本数を持ってこない、と怒るシーンがある。

ネパールに行ったとき、ポカラの展望台へ登ったんだが、
途中でお父さんが幼児を庭先で用を足させているシーンを見た。
ほほえましい光景なんだけど、あれは・・・トイレがなかったのかもしれない。

75 :世界@名無史さん:2005/06/21(火) 10:59:23 0
長屋の差配人(マンションの管理人みたいなもん)は
長屋の共同便所の下肥料が入るから
それなりにおいしい仕事だったらしいね。

76 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 13:25:34 0
>>75
店子だけでは足りずに公衆便所にして通行人にも開放した例もあったんでしたっけ。

77 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/03(日) 13:34:08 0
>>74
それは馬琴が日記に自分で書いてるんです。彼は隣家の御家人夫婦が落ち葉やゴミを
瀧澤家の庭に棄てるとかで憤慨して、その度に日記で筆誅を加えています。

78 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/03(日) 13:40:48 0
>>73
「山の芋が川に下って鰻に変じる」という俗諺がありますが、メメズにもなるんですか?

79 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 15:10:16 0
ミミズが転じてうなぎに。ヤマノイモでも可。

80 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 16:10:29 0
ミミズに小便をかけるとちんちんが腫れる現象の歴史

81 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 18:48:46 0
支那人は眼が疲れると目蓋にナメクジを載せて充血を取るらしい。

82 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 18:53:26 0
え?ナメクジ?
蛭を使って血を吸わせる話はよく聞くが。

83 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 19:00:44 0
最近は蛆虫治療もあるからね。勇気スレで散々既出の踵にウジがわいてる画像があるけど、
多分あれは蛆虫治療の画像だと思うな。

84 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 20:14:42 0
>83
どういう写真?誘導してくれたらありがたい。

85 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 00:52:52 0
腐った肉は食べるけど健康な肉は食べないから
労せずして腐った部分を除去できるってやつ?


86 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:13:45 0
かなりの再生効果があるんだっけ。切断必至だと思われていた足が元通りに
再生したとか。

87 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:29:34 0
沖縄戦の生き残りの人も証言していたな。
悪くなった部分のみ食べ、健康な肉は食べないから、傷がきれいに治る、と。

88 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 06:48:28 0
いややっぱりウジも生きたいもんだから、あんまし放っておくと生きた筋繊維も
食べちゃうらしいよ。
>>84ラウンジの勇気スレの雑談スレで訊いてこいよ。

89 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/04(月) 20:28:37 0
>>11
ふのりの使用は、『吾輩は猫である』にも登場します。
大正時代までは、シャボンも貴重品で、風呂屋に預けてあったのを、知人と
偽って暫時拝借する者までいました。

90 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 20:36:19 0
食器は米の研ぎ汁や、サイカチの木の実を溶かした水を使って洗った。

衣類は灰汁やフノリを使って洗った。


91 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 20:43:54 0
石鹸を作るには、まず脂肪分と灰汁を大釜で煮込み、それに塩を加えてから
型に流し固める。
西洋では相当古くから石鹸が作られていたようだ。

アメリカの開拓時代も、石鹸はとにかく重要だった。
奥地に入植した開拓民にとっては、家畜の豚は食料以外にも石鹸用の脂肪を取るために
重要だった。

92 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 22:05:53 0
鯨の脂身なんかもつかったの?

93 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 08:56:53 0
石鹸以前はたいへんだったろうねえ=お風呂

94 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 09:50:09 0
さて、それはどうだろう。

95 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 09:57:26 0
まあ、身体は米ぬかで洗っていたけど。

水道やガスが普及する前は、風呂を沸かすことそのものが大変だった。

96 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 10:02:59 0
現代日本人の感覚で語るべきか、と言うこともある。


97 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 11:17:54 0
昔の風呂は「鉄砲風呂」とか「ヘソ風呂」といって、大きな風呂桶の隅に鉄の管を取り付け、
その中で火を焚いて湯を沸かせた。
しかしこれは熱効率が悪いので、いい湯加減になるには数時間もかかった。

その点、五右衛門風呂はすぐに湯が沸くので、時間からも燃料の節約からいっても都合が良かった。
入るのにコツがいる、という欠点はあったが。


98 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 19:57:34 0
江戸っ子は風呂好きで一日二回は銭湯に通ったそうな。

99 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 20:10:31 0
そんな大量の湯を沸かす燃料は何だったんで?

100 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 20:14:06 O
タタラ

101 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 20:27:01 0
当然薪を使います
当時の製鉄にも木炭がいります
だから手入れしてない場所はハゲ山だらけになったんじゃなかったか

102 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 20:29:31 O
日本でも飛鳥時代、皇極女帝が後の持統女帝と一緒に温泉地に行幸したり、奈良時代には考謙女帝が入浴の心地よさを民に教えたりと、古代の最高位の女性達は常に清潔に気を使っていましたよね。平安時代に入ってから途絶えましたが…

103 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/05(火) 21:57:33 0
>日本でも飛鳥時代、皇極女帝が後の持統女帝と一緒に温泉地に行幸したり、
有馬の湯は、古代〜中世を通じて使われ、現代に至っていますね。
>奈良時代には考謙女帝が入浴の心地よさを民に教えたりと
『続日本紀』に出てきましたか。
>平安時代に入ってから途絶えましたが…
これは、確かに。男子は沐浴も入浴(蒸し風呂)も利用していましたが。
銭湯は平安時代後期からありましたが、営業が普通に見られる様になったの
は、室町時代から。元々は、寺院を中心に見られたもの。

大体、40年ほど前までは、木の葉でも割り箸でも小枝でも焚き付けにして
いたもので、現在は過去の歴史からすれば、特異過ぎます。
中国山地の村などは、未だに薪を使用している家も多いですが。

104 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 22:46:39 0
小規模ならともかくどいつもこいつも薪使ったって賄えるわけねーだろ

105 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 22:47:05 0
聖徳太子は皇族の権力争いがトラウマになり温泉療養をしていた

106 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:24:00 0
山野の日本史ネタうぜえええ

107 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 23:46:12 0
他の名無しが日本史ネタ言っても問題ないのに、山野が日本史語ると叩かれる。
これを「嫉妬」という。

江戸の町は関東ロームの赤土でほこりっぽく、舗装道が無い時代はとにかく体が汚れた。
当然風呂の需要は多かろうが、江戸の町は火事が華、とにかく火の元は少なくしなければいけない。
そこでお上は内風呂の建造を禁止し、かくして銭湯が、湯屋が大流行となる。
しかし当時は水道もガスも重油もないので、水はいちいち井戸からくみ上げねばならず、
燃料は江戸中を歩き回って建築現場などの木っ端を集めなければならない。
しかもタイルなど無く、木の浴槽の時代。常に砂で浴槽や床を磨かねばならず、
とにかく銭湯の下働きは重労働だった。
なお、江戸の湯屋にはよく衣類を盗む不届き者が出没したが、湯屋のほうではこれを捕らえても、
番屋や奉行所に突き出すことはしなかった。お礼参りに付け火されるのを恐れたからである。

さて、銭湯と言えば寺社建築に似せた大屋根の破風造りを思い浮かべる御仁も多かろうが、
これは案外新しく、しかも関東近隣に限ったものである。関東大震災で丸焼けになった下町の銭湯を再建する際、
宮大工がかかわったため、寺社建築に似た銭湯が建てられ、それが評判となってあちこちに真似された。


108 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 01:54:13 O


109 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 02:08:15 0
植物油から石鹸ってつくれるのかな。菜種とか大豆とか。
あと石鹸で髪洗ったらリンスがいるだろうけど、米酢で
代用したら臭いだろうかな。やっぱり。


110 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 02:11:15 0
物油でつくれるみたいだね。
ttp://homepage3.nifty.com/anges/page019.html


111 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 03:38:24 0
昔はリンスなんてなかったからな。
まあ例えあっても、酢とかそういう妙なものを
使うぐらいなら石鹸だけでいいや。

112 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 08:31:28 0
>>109
洗面器一杯のお湯に米酢を大匙二杯くらい入れて
洗面器に頭を突っ込んで洗えば臭くない
石鹸の成分を中和するならこれで充分

113 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 11:42:00 0
つうか石鹸って植物油が原料だろ

114 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 13:36:06 0
>>113

石鹸(せっけん)とは、
高級脂肪酸の塩の総称のことであり、
特に、脂肪酸ナトリウムまたは、脂肪酸カリウムのことを指す。
工業的には、『動植物』の油脂からつくられる。



115 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:43:32 0
日本で石鹸が普及してなかったのはなんで?


116 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:49:31 0
油が超貴重品だったから

117 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:56:00 0
>>113
今でもラード(豚脂)、ヘット(牛脂)とか使われる。

118 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 10:45:31 0
シリアのアレッポの石鹸は、オリーブ油が原料のはず。

119 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 10:56:07 0
石油からも作れる。

120 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 01:56:07 0
いわゆる合成洗剤?

121 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 01:58:18 0
徳川家康は戦場に石鹸を持参し、兵士の衛生に気を配ったというね。

122 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 01:58:57 0
シャンプーの起源はなんですか?

123 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 02:04:17 0
明治時代、「髪洗い粉」なるものが売られていたそうだが。

124 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 02:04:56 0
DDT

125 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 02:58:02 0
近世フランスでは入浴の習慣はあまりなかったけどその代わり
一日に何度も下着を取り替えることで清潔さを保とうとしていたと
大学の講義で聴いたのですが本当でしょうか?

126 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 05:21:19 0
田舎の婆さんは昔粉石鹸みたいなので体から頭から歯から洗ってた。
ひょっとしたら服も洗ってたかも。


127 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 22:25:57 0
>>125
かなり怪しい話だと思います。
下着を毎日取り替えるのは(取り替えない人もおられるでしょうが)日本でも、昭和40年代からです。
洗濯機が普及するまでは、3日くらい着ているのが普通でした。
親日家のフランス人外交官が「日本では筋肉労働者でさえ清潔な下着を着ている」と感心しています。
クセジュ文庫の『ニッポン人の生活』にある話です。
>>126
多分、服を洗うのは洗濯石鹸だったと思います。ほとんど資○堂製品で商標の形でした。

128 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 23:07:09 0
あげてしまったので、ついでに。
明治時代の「髪洗い粉」はおそらく粘土製で、成分にモンモリロナイトが入っていたようです。
モンモリロナイトは油を乳化させる効力があり、鬢付け油でも溶かしたそうです。
扱いが面倒なので、昭和初期に固形シャンプーが発売されてからは見かけなくなりましたが、
力士は使っていたとのことです。


129 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 23:11:50 0
力士が髷を普通のシャンプーで落とそうとすると一瓶必要になるらしい。

130 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 23:20:28 0
何しろ、江戸時代の「髪洗い粉」の原料には火山灰も入っていたというからねぇ。

キューティクルはがれまくり!

131 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 18:45:59 0
『江戸幕末滞在記』で、デンマークの武官が、日本人は入浴好きだが
服をあまり着替えないとしている。これは何もデンマークに限ったこと
ではなく、着替えの回数は、ヨーロッパ人>日本人ということが念頭
にあるのだろう。入浴の回数が多いということはそれだけの服を持って
いないと同じ服を着ることになるからね。

132 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 20:04:46 0
どっちが清潔だと言えるのか

133 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 00:18:44 0
うーんでもヨーロッパの下層民はどうだったんだろう?
服の代えも少なく風呂も入ってなかったら
清潔度では日本人>ヨーロッパ人だと思うけど

134 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 00:36:38 0
現代日本人は人類史上最高の清潔文化、清潔主義者だろうな。
しかし、それが本当によい事なのか、そして幸せなことなのかは
賛否あるだろうなあ。

こういうのサニタリズムとか外国の人がいってったっけ。

135 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 02:22:41 0
どう考えても清潔なほうが良い事、幸せな事だと思うけどねぇ。
否定する人たちって中世の不潔な生活に耐えられるんだろうか。

136 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 03:06:04 0
最近はアレルギーとか、抵抗力低い人間とか増えてるそうだが、普通なら死なない
病原菌で病気になってあっさり死んでも清潔なら幸せとか言ってられるわけもない。
最近の研究では清潔すぎるのは逆に不自然、不健康とか言ってるし、
過ぎたるはおよばざるがごとし、という事ぐらい分かりそうなもんだが、
どう考えてもっつうのはさすがに何も考えてないのかな、とも思わんでもない。

137 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 03:14:11 0
抗菌グッズだの除菌なんとかだのは明らかにやりすぎだね〜。

138 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 03:21:34 0
フランス人は日本人よりも人口あたりのアレルギー発症率が
ずっと低い。ま、林野庁のせい、という話もあるがw
それがなくとも、フランス人が生物として抵抗力強そう。

139 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 15:30:32 0
不潔な時代の感染症や外科手術の死亡率に比べりゃ屁でもない。
でんしゃで不潔なホームレスに隣に座られちゃ嫌がるくせに。

140 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 23:26:07 0
バックトウーザフューチャーで開拓時代にタイムスリップした
MJフォックスが歯が白いとののしられてたな

141 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 23:29:34 0
歯磨きしていなかった時代に、接吻の風習はあったのか?

142 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 23:29:35 0
病原性大腸菌(O-157)で死ぬのは日本人ぐらいだな。

143 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 23:34:22 0
>>138
日本人にアレルギーが多いのは、寄生虫の罹患率が低いせい。

144 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 00:20:35 0
その説はどうも怪しいって話だけど

145 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 00:20:54 0
まあ寄生虫がいるとアレルギーになり難い傾向はあるらしいが、それが主原因
のように言うのはどうか。下手すると珍説扱い。

ところで寄生虫を腹に飼ってる人は不潔になるのかやっぱ?

146 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 01:37:07 0
気候がぜんぜん違うのに
こっちは清潔だ あっちは不潔だって言われても名

147 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 10:51:11 0
>142
>病原性大腸菌(O-157)で死ぬのは日本人ぐらいだな。
 はあ?

148 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 16:47:19 0
人糞を肥料にしてたから
1970年代ぐらいまで日本では寄生虫もちは珍しくなかった

149 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 22:38:06 0
さすがに70年代は激減してたと思うが名。


150 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 00:51:13 0
イギリスでは19世紀に公衆衛生法が出来て
衛生改革が国家事業になるけど、
衛生概念が上がったのって近代からなのかな?

151 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 23:17:46 0
食文化スレのほうがレス付くかもしれんが、
食器の回し飲みや大皿を大勢でつついたりする習慣への許容度って国や時代によってどんなものでしょう。
使い捨ての割り箸を考案した日本は結構几帳面というか神経質なほうでしょうか。
でも鍋をつつくのも抵抗ないしなあ。

152 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 00:29:21 0
洋式便座で間接ケッツも気になる人は気になるだろうなあ。

153 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 00:34:43 0
お尻のできもの対策には便座を清潔にするといいらしい

154 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 11:59:45 0
江戸時代後期の町人は小麦粉とふのりをお湯で練ったもので髪を洗っていたそうだ。
小麦粉には油を落とす働きがあり、そのうえ小麦タンパクには髪の傷みを補修する働きがあるためシャンプーにするには適しているとか。
たしかに最近のシャンプーやトリートメントにも「加水分解小麦タンパク」が入ってるから、あながち間違いではないのかも。

それから俺の郷里(岩手)では、体を洗うのにサイカチ(セイカチ)の実を使っていた。
大きな豆のさやのような感じの木の実で、乾燥させた物を水につけてこするとあら不思議。
もこもこと泡立ってくる。ちゃんと洗浄能力もある。
他の地方でも使っていたのかは不明なんで、知ってるエロい人はどうかご教示願います。

155 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 19:15:39 0
↑ヘチマは関係ないのか?
で、西洋って日本のように温暖多湿じゃないからそんなに湯風呂に入らなくてもいいのでは?


156 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 19:48:23 0
ヘチマってのはスポンジの代わりじゃないの?

157 :世界@名無史さん:2005/08/09(火) 16:26:54 0
>154
世界不思議発見でやってたけど、パスタを茹でたお湯で洗濯してた。
油汚れが落ちるそうな。

158 :世界@名無史さん:2005/08/09(火) 16:42:05 0
ふむ。塩と小麦粉だもんな。

159 :世界@名無史さん:2005/08/09(火) 16:59:37 0
昔の日本では、米糠や米の研ぎ汁で髪や身体や食器を洗っていましたよ。

160 :154:2005/08/09(火) 17:45:50 0
みなさんどうもありがとうです。

米糠も油が落ちるよね。パスタのゆで汁も分かる。
中華麺(生麺)のゆで汁でも油汚れは良く落ちるし。
サイカチ、うちのとこだけなのかなぁ?
今度帰省するとき産直店で売ってるのを写メしてみます。

161 :154:2005/08/09(火) 17:50:40 0
って、ググったら出てきました。
こんな木の実です。

http://www.e-yakusou.com/yakusou/151.htm

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